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学習設計における究極のエンジン：「やり抜く力（グリット）」の科学と育成法
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挑戦的な目標、特に、数年にわたる長期間の努力を要する知的探求の成否は、一体何によって決まるのだろうか。生まれ持った才能か、知能指数（IQ）か。現代心理学の最前線が導き出した答えは、よりシンプルで、かつ、より希望に満ちたものである。それは、「グリッ卜（Grit）」、すなわち、長期的な目標に向けた「情熱」と「粘り強さ」を併せ持つ、後天的に獲得可能な「やり抜く力」である。
多くの学習者は、困難な壁に直面した時、成績が停滞した時に、「自分には才能がない」と結論づけ、努力を放棄してしまう。しかし、心理学者アンジェラ・ダックワースによる画期的な研究は、この「才能神話」を覆し、長期的な成功を予測する最も確かな指標が、才能ではなくグリットであることを明らかにした。
本稿の目的は、この「やり抜く力（グリット）」という、学習設計における究極のエンジンについて、その構造を科学的に解明し、学習者自身が、それを自らの内に意図的に育て上げるための、体系的かつ実践的なロードマップを提示することにある。これは、根性論ではない。ダックワースの理論を基盤に、関連する心理学（自己決定理論、成長マインドセット、意図的な練習など）の知見を統合し、なぜ情熱が重要なのか、質の高い努力とは何か、そして、いかにして困難と退屈を乗り越えるのかを、具体的に解き明かす。この最強の思考習慣と行動様式を身につけることは、単に目標を達成するためだけでなく、人生のあらゆる局面で自らの可能性を最大限に引き出し、意義ある人生を築くための、最も確かな基盤となるだろう。
目次
1. 「やり抜く力（グリット）」とは何か：才能神話の終わり
グリットを育成する旅を始める前に、まず、その正確な定義と、なぜそれが現代においてこれほどまでに重要視されるのかを理解する必要がある。
1.1. アンジェラ・ダックワースによる定義：情熱と粘り強さ
ダックワースによれば、グリットは、以下の二つの要素から構成される。
- 情熱（Passion）: これは、単なる「好きなこと」ではない。それは、特定の分野に対する、深く、そして持続的な興味と、その活動が自分自身や他者にとって重要であるという目的意識が融合したものである。グリットを持つ人々は、何年にもわたって、同じ一つの重要な目標に対して、飽くなき探求心と関心を維持し続ける。
- 粘り強さ（Perseverance）: これは、目標達成の過程で避けられない、数々の困難、挫折、失敗、そして「退屈」に直面しても、諦めずに努力を継続する能力である。それは、日々の地道な努力を、来る日も来る日も、着実に積み重ねていく、精神的な強靭さと自己規律を意味する。
つまり、グリットとは、長期的な目標に対する情熱を羅針盤とし、粘り強さというエンジンで、何年もの間、航海を続ける能力なのである。
1.2. なぜグリットは重要なのか：長期目標達成における驚異的な予測力
ダックワースらの研究は、多様な分野において、グリットが才能やIQといった他のいかなる指標よりも、長期的な成功を強く予測することを示している。
- ウェストポイント陸軍士官学校: 米国で最も過酷とされるこの士官学校で、最終的に厳しい訓練を乗り越え、卒業までたどり着く候補生を最も正確に予測したのは、入学時の学力や身体能力ではなく、「グリット・スケール」で測定されたグリットの強さだった。
- 全国スペリング・ビー（単語の綴り大会）: 全米の子供たちが参加するこの大会でも、最終ラウンドに進む子供たちを予測する最も強力な指標は、言語的知能ではなく、グリットだった。彼らは、他の子供たちよりも、一人で地道な練習に費やす時間が長かった。
これらの研究は、挑戦的な目標達成において、生まれ持った資質よりも、「自らが選択した道に対して、どれだけ情熱を持ち、粘り強く努力を続けられるか」という後天的な要因が、遥かに重要であることを科学的に証明したのである。
1.3. グリットと関連概念の整理：何が違うのか？
グリットをより深く理解するために、類似する概念との違いを明確にしておこう。
- 自己コントロール（自制心）: 短期的な誘惑（例：スマートフォン）に打ち勝ち、目先の目標（例：今日の学習計画）を達成する能力。グリットがマラソンなら、自己コントロールは100メートル走のスプリントである。両者は関連するが、グリットはより長期的で、情熱という方向性を含む。
- 根性: しばしば精神論的に語られ、困難に対してただ闇雲に耐えるイメージが強い。グリットは、単なる忍耐ではなく、情熱という「なぜ」に支えられ、質の高い努力（後述の意図的な練習）という「どのように」を伴う、より戦略的な概念である。
- レジリエンス（精神的回復力）: 逆境から立ち直る力。これは、グリットの「粘り強さ」の重要な構成要素であるが、グリットは、それに加えて「情熱」という、前進し続けるための積極的なエネルギー源を含む。
2. グリットの第一の柱「情熱」：興味と目的意識の源泉
粘り強い努力は、それを支える強固な「情熱」なくしては成り立たない。この情熱は、「興味」という個人的な好奇心と、「目的」という利他的な貢献意欲という、二つの要素から育まれる。そして、この二つを結びつけ、力強いエネルギーへと変換するのが「物語の力」である。
2.1. 興味（Interest）：内発的動機づけの発見と深化
情熱の種は、常に「興味」から芽生える。それは、「面白い」「もっと知りたい」という、内発的動機づけの最も純粋な形である。
- 興味の発見: 多くの人は、「天職」や「情熱を注げるもの」が、ある日突然、天啓のように見つかると信じている。しかし、ダックワースによれば、興味は、多くの場合、多様な分野に触れ、試行錯誤する中で、徐々に発見され、育まれていくものである。
- 興味の深化: 一度興味を持った対象に対して、意図的に関わり続け、新しい問いを立て、少しずつ理解を深めていくプロセスが不可欠である。最初は漠然としていた興味が、学習を通じて、より明確で、より深く、そして持続的なものへと進化していく。
2.2. 目的（Purpose）：「なぜ学ぶのか」という問いと物語の力
興味が「自分」に向かうエネルギーであるとすれば、目的は「自分以外の何か」に向かう、より大きく、より利他的なエネルギーである。目的とは、「自分の仕事は、自分以外の人々にとって重要である」という信念である。この目的意識こそが、避けられない困難や退屈を乗り越えるための、最も強力な支えとなる。そして、この目的意識を育む上で、絶大な力を持つのが「物語」である。
2.2.1. 物語が知識と感情を結びつけ、学習に意味を与える
私たちは、単なる事実や数字の羅列よりも、因果関係と感情的な意味を持つ物語の中に、世界を理解する手がかりを見出すように進化してきた。歴史の年号を覚えるのは退屈でも、その裏にある人々のドラマや時代のうねりという物語を知れば、知識は生き生きとした意味を持ち始める。
- 感情との結びつき: 物語は、抽象的な知識と、喜び、悲しみ、驚きといった人間の根源的な感情を結びつける。物理学を学ぶ際に、アインシュタインが相対性理論を構築するまでの苦闘の物語は、単なる数式
E=mc^2を、人間の知性の偉大な探求の結晶として、感情を伴う記憶に変える。 - 複雑な概念の理解促進: 物語は、複雑な概念を、具体的で理解しやすい形で提示する。経済学の理論を、特定の企業の興亡史という物語を通して学ぶことは、教科書の定義だけを追うよりも、遥かに深いレベルでの理解をもたらす。物語は、知識を断片的な「点」ではなく、相互に関連し合った「体系」として捉えることを助ける。
2.2.2. 自己物語（セルフ・ナラティブ）による目的意識の醸成
「なぜ学ぶのか」という問いの核心は、その学びが自分自身の人生という「物語」の中で、どのような意味を持つのか、という点にある。私たちは、自分自身の「大きな物語」を紡ぎ、その中に現在の学習を位置づけることで、明確な目的意識を生み出すことができる。
- 未来からの逆算:「将来、自分はどのような人間になりたいのか」「どのような形で社会に貢献したいのか」という、未来の理想像という物語の最終章を描く。
- 現在との接続: そして、「その最終章に到達するために、今、目の前のこの学習（例：英語の長文読解力の習得）は、どのような役割を果たすのか」と、現在と未来を物語の線で結びつける。「将来、国境を越えて人々の健康を支える医師になるために、今、私は世界中の最新の医学論文を読むための英語力を鍛えているのだ」と考えることで、目の前の地道な努力は、崇高な目的を持つ、英雄的な冒険の一場面へと意味転換される。
2.2.3. 代理経験と共感：他者の物語から力を得る
歴史上の偉人、現代社会で活躍する人々、あるいは身近な先輩や友人の物語に触れることは、グリットを育む上で重要な「代理経験」となる。
- 自己効力感の向上: 彼らが幾多の失敗や困難を乗り越えて目標を達成した物語は、「自分と同じような人間でも、努力すればできるのかもしれない」という自己効力感を育む。
- 関係性の充足: 周囲の友人が懸命に学習に取り組む姿や、先生が自身の経験を語る物語もまた、良い刺激となる。他者の物語を通じて、学習が孤独な戦いではなく、多くの人が同じように努力している共同の営みであることを実感し、自己決定理論における「関係性」の欲求を満たすことにも繋がる。
- 回復力（レジリエンス）の源泉: 挫折やスランプに陥った時、歴史上の人物が逆境を乗り越えた物語や、スポーツ選手が怪我から復帰して栄光を掴んだ物語は、「自分も諦めずに努力すれば、きっと乗り越えられる」という希望と回復力を与えてくれる。
3. グリットの第二の柱「粘り強さ」：困難と退屈を乗り越える技術
情熱という方向性が見つかっても、そこへ向かう道は平坦ではない。粘り強さとは、その道を、たとえ困難で、退屈であっても、一歩一歩着実に進み続ける能力である。これは、単なる根性ではなく、科学的な原理に基づいた、極めて戦略的な「努力の質」の問題である。
3.1. 意図的な練習（Deliberate Practice）：質の高い努力の科学
心理学者アンダース・エリクソンが提唱した「意図的な練習」は、エキスパートがその卓越したスキルを獲得する過程を分析して見出された、極めて質の高い練習法である。これは、単に「長時間練習する」こととは全く異なる。
意図的な練習の4つの要素:
- 明確な目標: 練習の目的が、漠然とした「上達」ではなく、「自分の現在の能力をわずかに超える、特定の側面の改善」という、極めて具体的な目標に設定されている。
- 完全な集中: 練習中は、注意散漫を許さず、そのタスクに完全に集中している。
- 即時かつ有益なフィードバック: 自分のパフォーマンスがどうであったかについて、即座に、そして具体的な情報を含むフィードバックが得られる（自己評価または他者からの評価）。
- 反省と改善: フィードバックに基づき、自分のパフォーマンスを振り返り、改善点を見出し、次の練習に活かす。
グリットにおける粘り強さとは、この意図的な練習のサイクルを、何年にもわたって、飽くことなく回し続ける能力なのである。
3.2. 成長マインドセット：粘り強さを支える思考のOS
粘り強い努力を支える、最も根本的な信念が、キャロル・ドゥエックの言う「成長マインドセット」である。「能力は努力と戦略によって伸ばせる」というこの信念がなければ、困難に直面した際に努力を継続する理由が失われる。成長マインドセットは、失敗を「能力の限界」ではなく「改善のためのデータ」と捉えさせ、努力を「才能のなさの証明」ではなく「能力を開花させるプロセス」と意味づけることで、粘り強さという行動を下支えする、思考のOSとして機能する。
3.3. 楽観的な自己説明スタイル：失敗からの回復力を高める
マーティン・セリグマンの研究によれば、逆境からの回復力は、失敗の原因をどのように説明するかという「自己説明スタイル」に大きく左右される。グリットの高い人々は、楽観的な説明スタイルを持つ傾向がある。
- 失敗を、「一時的」で「限定的」で「外的（あるいは、内的でも変更可能）」なものと捉える。
- 例：「今回の模試の失敗は、たまたま（一時的）この単元の（限定的）勉強法が（変更可能）悪かっただけで、自分の能力全体がダメなわけではない。」 この解釈が、失敗によるダメージを最小限に抑え、次への挑戦意欲を維持させる。
4. グリットを育むための具体的実践法（インサイド・アウト）
グリットは、内側（思考や信念）と外側（行動や環境）の両方から、意図的に育て上げることができる。
4.1. 興味の探求と深化：知的好奇心を育てる
- 多様なインプット: 自分の専門分野だけでなく、一見無関係に見える分野の本を読んだり、ドキュメンタリーを見たりすることで、予期せぬ興味の種を見つける。
- 問いを立てる習慣: 学習中に、「なぜだろう？」「もっと知りたい」と感じたことを、メモしておく習慣をつける。
4.2. 目的意識の明確化：自分だけの「なぜ」を言語化するワーク
- 価値観のリストアップ: 自分が人生で大切にしたい価値観（例：貢献、成長、安定、自由など）を書き出す。
- 物語の執筆: 自分の学習が、その価値観の実現や、将来の理想像にどう繋がるのかを、短い文章（自分だけの英雄譚）として書き出してみる。
4.3. 意図的な練習のシステム化：フィードバック・ループの構築
- 目標の細分化:「数学を得意にする」ではなく、「今日は、二次関数の平方完成を、ミスなく5分でできるようになる」と、具体的で測定可能な目標を設定する。
- 弱点の特定と集中: 模試や問題演習を通じて、自分の弱点をピンポイントで特定し、その改善だけを目的とした練習時間を設ける。
- 即時フィードバックの仕組み: 問題を解いたらすぐに答え合わせをし、なぜ間違えたのかを徹底的に分析する。可能であれば、教師や友人に答案を見せ、客観的なフィードバックを求める。
5. グリットを支える外部環境（アウトサイド・イン）
個人の努力だけでなく、グリットは周囲の環境によっても大きく育まれる。
5.1. 挑戦と支援を両立させる文化：心理的安全性の重要性
失敗を非難せず、挑戦そのものを称賛し、困難な時には助けを求めることができる「心理的に安全な」環境（家庭、学校、友人関係）は、グリットの育成に不可欠である。
5.2. グリットを持つ他者との関わり：メンター、ロールモデル、仲間
グリットは伝染する。高いグリットを持つメンター、ロールモデル、あるいは仲間と日常的に関わることは、その思考様式や行動パターンを学ぶ絶好の機会となる。彼らの存在は、「自分もできるかもしれない」という希望と、困難な時に諦めないための社会的な支えを与えてくれる。
6. グリットとの対話：自己診断、健全な育成、そして賢明な活用
これまでの章で、私たちは「やり抜く力（グリット）」が、長期的な目標達成においていかに重要であるか、そしてその二つの柱である「情熱」と「粘り強さ」を、どのような原理で育むことができるかを学んできた。しかし、グリットは、単にその存在を知るだけでは意味をなさない。それは、自らの内に見出し、測定し、育て、そして何よりも、賢明に活用すべき、極めてパーソナルな資源である。
本章の目的は、このグリットという強力なエンジンと、学習者自身が「対話」するための、統合的なフレームワークを提供することにある。まず、科学的な手法を用いて、自らのグリットの現在地を客観的に「診断」する。次に、その成長を日々追跡し、加速させるための具体的な「育成」システムを構築する。そして最後に、グリットが万能薬ではないという事実を直視し、その「光と影」を理解し、その力を健全に、そして賢明に「活用」するための、高次の視座を獲得する。この一連のプロセスは、自らの可能性を最大限に引き出し、持続可能な成功を収めるための、自己との対話の技術に他ならない。
6.1. 【診断】あなたの「やり抜く力」を可視化する
自己変革の旅は、常に正確な現在地の把握から始まる。自分のグリットはどの程度のレベルなのか、そしてその内訳はどうなっているのか。それを客観的に可視化するための、定量的・定性的なアプローチを紹介する。
6.1.1. 定量的アプローチ：アンジェラ・ダックワースの「グリット・スケール」
ダックワースが開発した「グリット・スケール」は、自身のグリットの強さを数値化するための、簡潔で信頼性の高い自己診断ツールである。ここでは、一般的に用いられる8項目のバージョンを紹介する。
【実践ワーク：グリット・スケール自己診断】 以下の各項目について、自分自身がどの程度当てはまるかを、5段階で評価してみよう。（5: とてもよく当てはまる, 4: かなり当てはまる, 3: ある程度当てはまる, 2: あまり当てはまらない, 1: 全く当てはまらない）
- 新しいアイデアやプロジェクトが出てくると、つい本来の目標から逸れてしまう。（逆転項目）
- 挫折しても、めげずに乗り越えることができる。
- 目標を設定しても、頻繁に変えてしまうことが多い。（逆転項目）
- 私は努力家である。
- 数ヶ月で達成できないような目標に対して、集中し続けるのが難しい。（逆転項目）
- 一度始めたことは、必ずやり遂げる。
- 私の興味は、年ごとに変化する。（逆転項目）
- 私は勤勉である。どんな困難にも屈しない。
【採点と解釈】
- 逆転項目の処理: 質問1, 3, 5, 7の項目は「逆転項目」であるため、スコアを逆転させる（1点→5点, 2点→4点, 3点→3点, 4点→2点, 5点→1点）。
- 総合スコア: 全8項目のスコア（逆転処理後）を合計し、8で割る。これがあなたの「グリット・スコア」（最大5点）である。ダックワースの研究によれば、成人アメリカ人の平均スコアは3.8程度とされている。
- サブスコアの算出:
- 情熱スコア: 質問1, 3, 5, 7（逆転処理後）の平均点。目標に対する興味関心の一貫性を示す。
- 粘り強さスコア: 質問2, 4, 6, 8の平均点。困難に対する努力の持続性を示す。
このスコアは、あなたの絶対的な価値を決めるものではない。それは、あくまで現時点でのあなたの傾向を示す「スナップショット」であり、今後の成長のための貴重な「出発点」となるデータである。
6.1.2. 定性的アプローチ：あなたの情熱と粘り強さを物語るエピソードの探求
数値だけでは捉えきれない、グリットの質的な側面を理解するためには、自己の経験を深く内省することが不可欠である。
【実践ワーク：グリット・ジャーナリング】 以下の問いについて、具体的なエピソードを思い出しながら、自由に書き出してみよう。
- 情熱の探求:
- 「時間を忘れて没頭できた学習経験は、どのようなものだったか？その時、何が自分を惹きつけていたのか？」
- 「もし、評価や結果を一切気にしなくてよいとしたら、自分は本当は何を学びたい、知りたいと思っているのか？」
- 「自分の現在の学習が、将来、自分や他者にとってどのようなポジティブな影響をもたらすか、具体的な物語として語れるだろうか？」
- 粘り強さの探求:
- 「これまで直面した、最も大きな学習上の困難は何だったか？その時、自分はどのように考え、行動したか？」
- 「スランプに陥った時、そこから抜け出すきっかけとなった、ほんの些細な行動や考え方の変化は何か？」
- 「『もうダメだ』と思ったにもかかわらず、そこからもう一歩だけ踏ん張ることができた経験はあるか？その時、何が自分を支えてくれたのか？」
これらの問いへの答えが、あなたのユニークなグリットの源泉と、今後の強化ポイントを明らかにしてくれる。
6.1.3. 診断結果の解釈：グリットは状態であり、固定的特性ではない
重要なのは、診断結果を「自分はグリットが低い人間だ」という固定的なレッテルとして使わないことである。グリットは、才能のように固定されたものではなく、筋肉のように鍛えることができる。また、グリットは、分野や状況によっても変動する。例えば、好きな科目には高いグリットを発揮できても、苦手な科目には発揮できない、といったことは誰にでもある。診断の目的は、自己を断罪することではなく、**「どの領域で、どのようにグリットを育んでいくか」**という、具体的な戦略を立てるための材料を得ることなのである。
6.2. 【育成】グリットの成長を追跡し、加速させる
グリットは、日々の意識的な実践を通じてのみ、着実に成長する。その成長を可視化し、プロセスを加速させるためのシステムを構築する。
6.2.1. グリット・ジャーナリング：日々の情熱と粘り強さを記録する
日々の学習の終わりに、数分間、以下の項目について短いジャーナル（日誌）をつける習慣を設ける。
- 今日の情熱ポイント:「今日の学習で、最も興味深いと感じたことは何か？」「自分の長期的な目標との繋がりを実感できた瞬間はあったか？」
- 今日の粘り強さポイント:「困難だったが、乗り越えようと努力したことは何か？」「どのような工夫や戦略を試したか？」「失敗から何を学んだか？」
- 明日のグリット目標:「明日、特に意識してみたい情熱の持ち方や、粘り強い取り組み方は何か？」
このジャーナリングは、日々の活動の中にグリットの要素を見出す訓練であり、成長を実感し、自己効力感を高める上で絶大な効果を発揮する。
6.2.2. 定期的なレビュー：成長を可視化し、次のステップを設定する
週に一度、あるいは月に一度、グリット・スケールを再評価したり、ジャーナルを読み返したりする「レビュー」の時間を設ける。
- 成長の確認:「1ヶ月前と比較して、グリット・スコアに変化はあったか？」「情熱と粘り強さのバランスはどう変わったか？」「ジャーナルに書かれている内容に、どのような成長の兆しが見られるか？」
- 課題の特定:「依然として、どの部分で粘り強さを発揮するのが難しいか？」「情熱が薄れがちなのは、どのような状況か？」
- 戦略の修正: レビューの結果に基づき、次なる期間のグリット育成戦略を修正・改善する。「来月は、特に失敗回避動機への対処法を重点的に実践してみよう」など。
6.3. 【応用と注意】グリットの「影」を理解し、その力を健全に解き放つ
グリットは、強力な力であるがゆえに、その使い方を誤ると、自らを傷つける「諸刃の剣」にもなりうる。その「影」の側面を理解し、賢明に活用することが、真の熟達者への道である。
6.3.1. 執着という名の罠：「頑固さ」と「粘り強さ」の境界線
グリットにおける粘り強さと、非生産的な「頑固さ」や「固執」は、紙一重である。
- 健全な粘り強さ: 長期的な目標は変えないが、そこに至るための「戦略」や「戦術」は、フィードバックに基づいて柔軟に見直す。
- 不健全な固執: 成果が出ていないにもかかわらず、同じ非効率な方法を、意地になって繰り返し続ける。これは、サンクコスト効果や、変化への恐怖に囚われている状態である。
健全な活用法: 定期的なレビューを通じて、常に「この努力は、本当に目標達成に繋がっているか？」と、自らの戦略の有効性を客観的に問い直す。時には、目標自体がもはや自分にとって価値がないと判断し、**その目標を手放す「勇気ある撤退」**もまた、広義のグリットの一部である。
6.3.2. 燃え尽き症候群（バーンアウト）の危険性：グリットとセルフケアの弁証法
グリットの高い人々は、その情熱と粘り強さゆえに、自らの心身の限界を超えて努力を続けてしまい、深刻な「燃え尽き症候群」に陥るリスクを抱えている。
- 燃え尽き症候群の兆候: 情動的消耗感（疲れ果てたと感じる）、脱人格化（学習や他者に対して冷めた、人間味のない態度をとる）、個人的達成感の低下（努力しても達成感が得られない）。
- 健全な活用法: グリットを、短距離走ではなく、戦略的な休息と回復を伴うマラソンとして捉える。睡眠、栄養、運動といった身体的基盤を整えることはもちろん、趣味や友人との交流といった、学習以外の活動を意図的に計画に組み込み、心身のエネルギーを回復させる。グリットとセルフ・コンパッション（自己への慈しみ）は、対立するものではなく、むしろ持続可能なグリットを支えるための必須のパートナーなのである。
6.3.3. 才能と適性の現実：グリットと自己理解の健全なバランス
成長マインドセットを中核とするグリットは、「努力すれば何でもできる」という、非現実的な万能主義を意味するものではない。人間には、遺伝的な素質や、特定の分野に対する初期の適性の違いが、紛れもなく存在する。
- 健全な活用法: グリットの理論は、才能を否定するものではなく、むしろ、才能を「開花させる」ための触媒として、努力の重要性を強調するものである。ダックワースは**「才能 × 努力 = スキル」「スキル × 努力 = 達成」**という方程式を提示し、努力が二重に重要であることを示した。
- 自己理解との統合: 自分の持って生まれた興味の方向性や、比較的容易にスキルが伸びる分野（才能）を、客観的に自己分析する。そして、その分野に対して、最大限のグリットを発揮することで、自分のポテンシャルを最も効率的に、そして最大限に引き出すことができる。グリットとは、自己の特性を無視して闇雲に突き進むことではなく、深い自己理解の上で、最もレバレッジの効くポイントに、持続的な情熱と努力を注ぎ込む知恵なのである。
結論：才能ではなく、誰でも獲得できる究極の力
「やり抜く力（グリット）」は、一部の特別な人間に与えられた、神秘的な才能ではない。それは、自らの内なる「情熱」の源泉としての興味と目的を見出し、それを「粘り強さ」という、質の高い努力を通じて育んでいく、誰にでも獲得可能な科学的スキルセットである。
学習という長い道のりにおいて、私たちは何度も壁にぶつかり、自分の限界を感じるだろう。しかし、その時こそ、才能の有無を問うのではなく、自らのグリットを問うべきである。自分の心の中にある「なぜ」という物語を思い出し、失敗を学びのデータと捉え、意図的な練習のサイクルを回し続けること。
このグリットという名の思考と行動のOSを自らの内にインストールすることで、学習者は、短期的な結果に一喜一憂することなく、長期的な視点で自己の成長を追求し続けることができるようになる。それは、目標達成の確率を最大化するだけでなく、そのプロセス全体を、自己発見と自己実現の喜びに満ちた、意義深い冒険へと変える、最も確かな力となるのである。