【基礎 数学】Module 10: 場合の数と確率のモデル化

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【概要】

数学が持つ広大な応用範囲の中でも、不確実な未来を予測し、無数の選択肢の中から最適なものを見出すための強力な思考ツールが「場合の数」と「確率」です。この分野は、単なる計算技術の習得に留まりません。それは、複雑で混沌として見える事象の背後にある構造を論理的に分析し、適切な数学的モデルを構築するという、知的創造のプロセスそのものです。本モジュールでは、この「モデル化」の技術を体系的に探求します。まず、あらゆる数え上げの根源となる和の法則・積の法則から始め、順列・組合せといった基本ツール、そして円順列や重複組合せなどの応用技法を学びます。この確固たる数え上げの技術を土台として、次に我々は確率の世界へと進みます。コルモゴロフの公理に基づく厳密な定義から出発し、条件付き確率、事象の独立性、そして結果から原因を探るベイズの定理といった、不確実性を論理的に扱うための洗練された概念を習得します。本稿を通じて、あなたは現実の問題を数学の言葉に翻訳し、そのモデルを分析することで未来を洞察する「確率的思考」のOSを身につけるでしょう。


目次

1. 正しく数え上げる技術(場合の数)

確率を計算するためには、その前提として「起こりうるすべての場合は何通りか」そして「注目する事象は何通りか」を、漏れなく、重複なく数え上げる技術が不可欠です。この「場合の数」の探求は、確率論の土台であると同時に、それ自体が論理的思考を鍛えるための優れた訓練となります。

1.1. すべての根源:和の法則と積の法則

あらゆる複雑な数え上げ問題は、突き詰めれば、二つの極めてシンプルな基本原理の組み合わせに過ぎません。

  • 和の法則 (Sum Rule)
    • 原理: 同時には起こらないいくつかの事柄について、そのいずれかが起こる場合の数は、それぞれの場合の数ので与えられる。
    • 集合論的解釈: 二つの事象 A, B が互いに排反(A∩B=∅)であるとき、事象 A または事象 B が起こる場合の数は、n(A∪B)=n(A)+n(B)。
    • 思考のキーワード: 「場合分け」「または」「いずれか」
    • : 東京から大阪へ行くのに、新幹線が3種類、飛行機が2種類ある場合、どちらかで行く方法は 3+2=5 通り。
  • 積の法則 (Product Rule)
    • 原理: いくつかの事柄が連続して、または同時に起こるとき、そのすべてが起こる場合の数は、それぞれの場合の数ので与えられる。
    • 集合論的解釈: 二つの事柄 A, B について、A の各々の場合に対して B の起こり方が同様に確からしいとき、A と B がともに起こる場合の数は、n(A×B)=n(A)⋅n(B)。(直積集合の位数)
    • 思考のキーワード: 「手順」「連続して」「同時に」「かつ」「各々に対して」
    • : Tシャツが3種類、ズボンが4種類あるとき、上下の組み合わせは 3×4=12 通り。

この二つの法則を、問題の構造に応じていかに的確に使い分けるかが、数え上げの第一歩です。

1.2. 順列(P)と組合せ(C):選んで並べるか、選ぶだけか

異なる n 個のものから r 個を取り出す、という操作は、その「順序」を区別するか否かによって、二つの概念に分かれます。

  • 順列 (Permutation)選んで、一列に並べる
    • 定義: 異なる n 個のものから r 個を取り出して、順序をつけて並べたものの総数。記号 ₙPᵣ で表す。
    • 本質: 積の法則の直接的な応用。1番目を選ぶのが n 通り、2番目を選ぶのが (n−1) 通り、…、r 番目を選ぶのが (n−r+1) 通り。
    • 公式: ₙPr​=n(n−1)(n−2)…(n−r+1)=(n−r)!n!​
    • : 5人の候補者から、会長、副会長、書記を1人ずつ選ぶ方法 → ₅P₃ = 5×4×3=60 通り。(役職に区別があるので順序が重要)
  • 組合せ (Combination)選ぶだけ
    • 定義: 異なる n 個のものから r 個を取り出す組合せの総数。順序は考慮しない。記号 ₙCᵣ で表す。
    • 本質: 順列 ₙPᵣ では、選んだ r 個のものを並べる r! 通りをすべて区別して数えている。組合せではこの区別をしないため、順列の総数を r! で割ることで、重複分を補正する。
    • 公式: ₙCr​=r!ₙPr​​=r!(n−r)!n!​
    • : 5人の候補者から、3人の代表を選ぶ方法 → ₅C₃ = 3×2×15×4×3​=10 通り。(代表に区別がないので順序は関係ない)

問題文を読み解き、「順序に意味があるか?」を自問することが、PとCを使い分ける鍵です。

1.3. 複雑な数え上げの技法

基本のPとCを元に、より現実に即した複雑な状況をモデル化する技法を学びます。

  • 重複を許す場合:重複順列と重複組合せ
    • 重複順列: 異なる n 種類のものから、重複を許して r 個を選んで並べる順列。
      • 考え方: r 個の場所の各々に、n 種類のものが独立して入る。積の法則より、n×n×⋯×n=nr通り。
      • : 3種類の数字 {1, 2, 3} を使って作れる4桁の整数 → 34=81 個。
    • 重複組合せ: 異なる n 種類のものから、重複を許して r 個を選ぶ組合せ。記号 ₙHᵣ で表す。
      • 考え方(仕切りを用いたモデル化): この問題は、「r 個の”モノ”と、n−1 本の”仕切り”を一列に並べる順列」の問題に変換して考えることができます。
      • : リンゴ、ミカン、ブドウの3種類から重複を許して5個の果物を選ぶ。
        • 〇〇|〇|〇〇 (リンゴ2, ミカン1, ブドウ2)
        • この状態は、5個の「〇」(果物)と2本の「|」(仕切り)の並べ方に対応する。
        • 合計 5+2=7 個の場所から、〇を置く5個の場所を選ぶ組合せなので、₇C₅ 通り。
      • 公式ₙHᵣ = ₙ₊ᵣ₋₁Cᵣ
  • 対称性の処理:円順列とじゅず順列
    • 円順列: 異なる n 個のものを円形に並べる順列。
      • 考え方: まず n 個のものを一列に並べる (n! 通り)。しかし、円形に並べると、回転させて一致するものが n 通りずつ生じる。この重複を解消するため、n! を n で割る。
      • 公式: (n−1)! 通り。
      • 別解(固定する考え方): 1つのものを特定の位置に固定すると、残りの (n−1) 個のものを一列に並べる順列と等しくなる。
    • じゅず順列: 円順列のうち、裏返して一致するものも同一とみなす順列。
      • 考え方: 円順列 (n−1)! 通りのうち、左右対称なものを除き、ほとんどは裏返すことでペアになる。そのため、基本的には円順列の半分となる。左右対称な配置がいくつあるかを個別に考慮する必要がある場合もある。
  • 組分け問題の類型化
    • n 人をいくつかのグループに分ける問題は、混乱しやすい典型例です。ポイントは「グループに区別があるか、ないか」です。
    • 類型1:区別のあるグループに分ける (例: A組, B組, C組)
      • p人, q人, r人 (p+q+r=n) に分ける場合: ₙCₚ × ₙ₋ₚCᵩ × ₙ₋ₚ₋ᵩCᵣ 通り。
    • 類型2:区別はないが、人数がすべて異なるグループに分ける (例: p人, q人, r人の3組に分ける。p,q,rは全て異なる)
      • この場合、人数が違うことでグループは自動的に区別されるため、類型1と同じ結果になる。
    • 類型3:区別のない、同じ人数のグループに分ける (例: p人ずつの3組に分ける)
      • まず区別があるものとして ₃ₚCₚ × ₂ₚCₚ × ₚCₚ 通りを計算する。
      • しかし、グループには区別がないため、3つのグループの並べ方 3! 通り分を重複して数えている。
      • よって、その総数を 3! で割る必要がある。(₃ₚCₚ × ₂ₚCₚ × ₚCₚ) / 3!

1.4. 包含と排除の原理

  • 原理: 複数の条件の「または」を数え上げる際の、重複を調整するための一般原理。
    • 2つの集合: n(A∪B)=n(A)+n(B)−n(A∩B)
    • 3つの集合: n(A∪B∪C)=n(A)+n(B)+n(C)−n(A∩B)−n(B∩C)−n(C∩A)+n(A∩B∩C)
  • 本質: まず個別にすべて足し合わせ、次に2つの共通部分を引き、3つの共通部分を足し戻す…というように、足す・引くを交互に繰り返すことで、重複を正しく調整している。
  • 応用: 「1から100までの整数で、2または3または5で割り切れる数は何個か」といった問題を解く際に強力なツールとなる。

2. 不確実性を測定する論理(確率論)

確率論は、偶然性に支配される事象が、長期的に見てどの程度の頻度で起こるかを数学的に記述し、予測するための学問です。その基礎は、ここまで学んできた「場合の数」を正確に数え上げる能力の上に築かれます。

2.1. 確率の公理的定義:ラプラスの悪魔からコルモゴロフの公理へ

  • 古典的確率(ラプラスの定義):
    • 定義: 起こりうるすべての結果(根元事象)が同様に確からしいとき、ある事象Aが起こる確率 P(A)は、
      • P(A)=起こりうるすべての事象の場合の数事象Aが起こる場合の数​
    • 限界: この定義は直感的だが、「同様に確からしい」という前提が崩れると適用できない(例: いびつなサイコロ)。
  • 公理的確率(コルモゴロフの公理):
    • 現代数学における確率の厳密な土台。以下の3つの公理から出発する。
      1. 非負性: すべての事象 A に対して、P(A)≥0。
      2. 正規性: 全事象 U に対して、P(U)=1。(何かが起こる確率は100%)
      3. 加法性: 互いに排反な事象 A,B に対して、P(A∪B)=P(A)+P(B)。
    • この公理的定義から、確率に関するすべての定理が論理的に導出される。

2.2. 確率の基本定理:和、積、余事象

  • 加法定理 (Addition Theorem):
    • 一般の事象 A,B に対して、P(A∪B)=P(A)+P(B)−P(A∩B)
    • これは、包含と排除の原理を確率に翻訳したものです。
  • 余事象の利用:
    • 事象 A が起こらないという事象を A の余事象といい、Ac で表す。
    • P(Ac)=1−P(A)
    • 戦略的応用: 「少なくとも1つは~」という確率を求めたい場合、その余事象である「1つも~ない」確率を求めて、1から引く方が計算が圧倒的に楽なことが多い。

2.3. 条件付き確率と乗法定理:情報が更新される世界

  • 条件付き確率 (Conditional Probability)
    • 定義: 事象 A が起こったという情報の下で、事象 B が起こる確率のこと。P(B∣A) と書く。
    • 本質: 考える対象となる世界(標本空間)が、全事象 U から、事象 A が起こったという部分空間に縮小される、というイメージが重要。
    • 公式: P(B∣A)=P(A)P(A∩B)​
  • 乗法定理 (Multiplication Theorem)
    • 条件付き確率の定義式を書き換えたもの。
    • P(A∩B)=P(A)P(B∣A)
    • 意味: AとBが両方起こる確率は、「まずAが起こる確率」に、「Aが起こったという条件の下でBが起こる確率」を掛け合わせたもの。これは、時間的な前後関係がある試行の確率を計算する際に、自然な思考の流れを与えてくれる。

2.4. 独立と従属:事象は互いに影響を及ぼすか

  • 独立 (Independent)
    • 直感的定義: 一方の事象が起こるか否かが、もう一方の事象が起こる確率に全く影響を与えないこと。
    • 厳密な定義: P(B∣A)=P(B)
    • 実用的な判定式: 上記の定義と乗法定理から導かれる、P(A∩B)=P(A)P(B) が成り立つこと。
    • : 1回目のサイコロの目と、2回目のサイコロの目。
  • 従属 (Dependent)
    • 独立でない事象のこと。一方の結果が、他方の確率に影響を及ぼす。
    • : 箱からクジを1本引き、元に戻さずに2本目を引く場合。

「排反」と「独立」は全く異なる概念であり、混同しないよう注意が必要です。排反は「同時に起こらない」(A∩B=∅)ことであり、一方が起これば他方は絶対に起こらないという、極めて強い従属関係です。

2.5. ベイズの定理:結果から原因を探る確率

  • 問題意識: 通常の確率(順確率)が「原因→結果」の確率(例: 当たりクジを引いた人が陽性反応を示す確率)を考えるのに対し、ベイズの定理は「結果→原因」の確率(例: 陽性反応を示した人が、本当に当たりクジを引いていた確率)を計算するものです。
  • ベイズの定理:
    • P(Ai​∣B)=∑k=1n​P(B∣Ak​)P(Ak​)P(B∣Ai​)P(Ai​)​
  • 導出と解釈:
    • この複雑な式は、条件付き確率の定義 P(Ai​∣B)=P(B)P(Ai​∩B)​ から出発し、分子を乗法定理で P(B∣Ai​)P(Ai​) に、分母を確率の全事象の法則で展開したものです。
    • 実用的な解法: 式を丸暗記するのではなく、**乗法定理と樹形図(または表)**を用いて、必要な確率を一つ一つ計算し、最後に定義に従って割り算を実行するのが最も安全で理解しやすいアプローチです。

2.6. 反復試行の確率:ベルヌーイ試行のパターン

  • 反復試行(ベルヌーイ試行):
    • 同じ条件の下で、同じ試行を何回か繰り返す。
    • 各回の試行は互いに独立である。
    • 各回の試行結果は、事象Aが起こるか、起こらないかのいずれかである。
  • 確率の公式:
    • 1回の試行で事象Aが起こる確率を p とする。この試行を n 回繰り返したとき、Aがちょうど k 回起こる確率は、
      • Pk​=n​Ck​pk(1−p)n−k
    • 式の構造:
      • ₙCₖ: n 回の試行のうち、どの k 回でAが起こるかの組合せ
      • pᵏ: Aが k 回起こる確率。
      • (1-p)ⁿ⁻ᵏ: Aが起こらない(余事象)が n−k 回起こる確率。
  • 最大確率の探索:
    • Pk​ の値が最大となる k を求めるには、隣り合う確率の Pk+1​/Pk​ を考えるのが定石です。
    • Pk​Pk+1​​>1⟺Pk+1​>Pk​ (確率は増加)
    • Pk​Pk+1​​<1⟺Pk+1​<Pk​ (確率は減少)
    • この比が1をまたぐ前後で、確率が最大となります。

【末尾の要約】

本モジュール「場合の数と確率のモデル化」では、偶然性と選択肢の背後にある数学的構造を解き明かすための、体系的な思考法を探求しました。

まず、数え上げの技術として、すべての基本となる和の法則・積の法則を学び、そこから順列(P)と組合せ(C)という二大ツールを導出しました。さらに、円順列の対称性、重複組合せの仕切りモデル、組分けの区別の有無といった、より複雑な状況を正確にモデル化する応用技法を習得し、最後に包含と排除の原理によって重複のある和事象の数え上げを一般化しました。

この「場合の数」という確固たる土台の上に、我々は確率という論理の建築物を打ち立てました。コルモゴロフの公理に基づく厳密な定義から出発し、加法定理余事象といった基本計算をマスターしました。そして、条件付き確率という概念によって「情報が更新された後の確率」を捉え、乗法定理事象の独立性へと理解を深めました。最終的には、結果から原因を探るベイズの定理、そして同じ試行を繰り返す反復試行の確率とその最大値の探索という、高度な応用パターンを攻略しました。

結論として、この分野で最も重要な能力は、公式の暗記力ではなく、問題文の状況を正確に読み解き、「何を、どのように数えるべきか」「どの事象の確率を、どの情報の下で求めるべきか」を判断し、適切な数学モデルを構築するモデル化能力です。ここで培った論理的かつ構造的な思考法は、不確実性に満ちた現実世界を読み解き、より良い意思決定を行うための、一生涯の知的財産となるでしょう。

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