【基礎 物理】Module 10: 現代物理学Ⅰ:相対性理論

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【本モジュールの学習目標】

19世紀末、物理学の世界は、ニュートン力学とマクスウェルの電磁気学という二つの偉大な理論体系によって、ほぼ完成されたかのように見えました。しかし、その完璧に見えた建物の礎には、深く静かな亀裂が走っていました。このモジュールでは、その亀裂から物理学の常識を根底から覆した、20世紀最大の科学革命**「相対性理論」を探求します。まず、すべての波の媒質として仮想された「エーテル」の存在を否定し、「光の速さは、誰から見ても常に一定である」という驚くべき実験事実を突きつけたマイケルソン・モーリーの実験から物語を始めます。次に、この矛盾を解決するために、若きアインシュタインが、時間と空間が絶対的なものではないという大胆な仮説の上に打ち立てた特殊相対性理論の世界に分け入ります。そこでは、高速で動く時計は遅れ、物は縮み、そして質量とエネルギーが等価である(E=mc2**)という、常識を超えた帰結が次々と導かれます。最後に、特殊相対性理論が扱えなかった「加速度」と「重力」の問題に取り組む中で、アインシュタインが重力の正体を「時空の歪み」として描き出した、さらに壮大な理論、一般相対性理論の入り口を覗きます。このモジュールを終えるとき、あなたは我々が生きるこの世界の、時間、空間、そして重力に対する見方が、不可逆的に、そして永遠に変わってしまう経験をすることになるでしょう。


目次

1. 古典物理学の矛盾と光速の謎

相対性理論は、真空から生まれたわけではありません。19世紀物理学が抱えていた深刻な矛盾を解決しようとする、苦闘の末に生まれたのです。

1.1. 相対性原理の衝突:ニュートン vs. マクスウェル

  • ガリレイの相対性原理とニュートン力学:
    • 力学の世界では、「静止している観測者」と「等速直線運動している観測者」は、物理的に全く対等であり、どちらの立場で観測しても、力学法則(運動方程式など)は全く同じ形で成り立ちます。これをガリレイの相対性原理と呼びます。
    • この原理のもとでは、速度は単純な足し算で合成されます。例えば、時速100km/hで走る電車の中で、進行方向に時速10km/hでボールを投げれば、地面にいる人からはボールの速さは110km/hに見えます(100+10=110)。これは我々の直感と完全に一致します。
  • マクスウェルの方程式が突きつけた挑戦:
    • Module 9で学んだように、マクスウェルは電磁気学の法則を完璧な理論体系にまとめ上げ、その理論から、電磁波(光)の速さが真空中で特定の値 c=1/ϵ0​μ0​​ をとることを預言しました。
    • ここに深刻な問題が生じます。マクスウェルの方程式には、**「誰から見た速さか」**が書かれていません。もしガリレイの相対性原理が正しいなら、光に向かって進む観測者からは光速は速く見え、光から逃げる観測者からは遅く見えるはずです。しかし、マクスウェルの方程式は、観測者の運動によらず、光速は常に一定値 c であることを示唆しているように読めます。
    • ニュートン力学と電磁気学、この二大巨頭が、**「速さの合成則」「光の速さ」**を巡って、真っ向から対立してしまったのです。

1.2. 光の媒質「エーテル」という仮説

  • この矛盾を解決するため、19世紀の物理学者たちは、一つの巧妙な仮説を立てました。
  • エーテル(Ether):
    • 音波が空気を、水面波が水を媒質とするように、光もまた、宇宙空間に満ちている未知の媒質**「エーテル」**の中を伝わる波なのではないか、と考えました。
    • もしエーテルが存在するなら、マクスウェルの方程式が預言する光速 c とは、「エーテルに対して静止している観測者」から見た光の速さである、と解釈できます。
    • 地球は宇宙空間を公転しているため、エーテルの中を高速で運動しているはずです。これを「エーテルの風」と呼びます。
    • したがって、地球上では、エーテルの風の方向によって、光の速さが異なって観測されるはずだと考えられました。例えば、風上に向かう光は遅くなり、風下に向かう光は速くなるはずです。

1.3. マイケルソン・モーリーの実験:エーテルの探索と失敗

  • 実験の目的と原理:
    • 1887年、アメリカの物理学者マイケルソンとモーリーは、この「エーテルの風」を検出するために、驚くほど精密な実験を行いました。
    • 彼らは、マイケルソン干渉計という装置を用いました。これは、一つの光源から出た光をハーフミラーで直交する二つの経路に分け、それぞれの端にある鏡で反射させた後、再び一つに合成して干渉縞を観測する装置です。
    • もしエーテルの風が吹いていれば、風に平行な経路を進む光と、垂直な経路を進む光とで、往復にかかる時間にわずかな差が生じるはずです。
    • この時間差によって、二つの光が再び合わさったときに位相のずれが生じ、干渉縞に特定の「ずれ」が観測されると予想されました。装置全体を90度回転させれば、この干渉縞のずれはさらに変化するはずでした。
  • 予想された結果と衝撃的な「零」結果:
    • 実験は、予想される干渉縞のずれを十分に検出できる精度を持っていました。
    • しかし、結果は衝撃的でした。何度実験を繰り返しても、装置をどのように回転させても、予想された干渉縞のずれは全く観測されなかったのです。
    • この「零結果(null result)」は、物理学史上最も重要な「失敗した実験」として知られています。それは、エーテルの風が存在しないこと、すなわち、地球の運動に関わらず、どの方向に進む光の速さも全く同じであることを意味していました。
  • 「光速度不変の原理」の誕生:
    • この実験結果は、物理学の根幹を揺るがすものでした。エーテルという仮説は完全に否定され、物理学者たちは、マクスウェルの方程式が示唆する「光の速さは観測者の運動によらない」という事実を、実験的な真実として受け入れざるを得なくなりました。
    • これが光速度不変の原理の実験的な確立です。しかし、これが我々の常識(ガリレイの速度合成則)とどう両立するのか、誰も説明できませんでした。

2. 特殊相対性理論 – 時間と空間の革命

この深い謎と混乱の中から、当時スイスの特許庁に勤める無名の青年、アルバート・アインシュタインが、物理学の風景を一変させる革命的な理論を提出します。

2.1. アインシュタインの二つの原理

1905年、アインシュタインは、エーテルのような複雑な仮説を捨て、ごくわずかな、しかし極めて強力な二つの原理(公理)から出発する新しい理論を提案しました。それが特殊相対性理論です。

  • ① 特殊相対性原理 (The Special Principle of Relativity)すべての慣性系(静止または等速直線運動する観測者の系)において、すべての物理法則は、全く同じ形で成り立つ。
    • これは、ガリレイの相対性原理を、力学だけでなく、電磁気学を含むすべての物理法則に拡張したものです。
    • つまり、「特別な」慣性系(エーテルが静止している系など)は存在せず、すべての慣性系は完全に同等である、と宣言しています。
  • ② 光速度不変の原理 (The Principle of the Constancy of the Speed of Light)真空中の光の速さは、光源や観測者の運動によらず、すべての慣性系で常に一定の値 c である。
    • これは、マイケルソン・モーリーの実験結果を、普遍的な物理法則として格上げしたものです。
    • 光速 c は、もはや単なる波の速さではなく、この宇宙の根源的な定数であると位置づけられました。

2.2. 相対論的運動学:常識の終焉

アインシュタインの偉大さは、この二つの原理が両立するためには、我々が絶対的だと信じてきた**「時間」と「空間」の概念そのものを変革しなければならない**ことを見抜いた点にあります。

  • 同時の相対性:同時は絶対ではない:
    • 特殊相対性理論が導く最初の奇妙な帰結は、「同時」という概念が観測者によって異なる、相対的なものであるということです。
    • 例えば、高速で飛ぶ宇宙船の中央で光が発せられ、両端に同時に到達したとします。宇宙船内の観測者にとっては、この二つの出来事は「同時」です。
    • しかし、宇宙船の外で静止している観測者から見ると、光が両端に到達するまでの間に宇宙船は前進しているため、光は宇宙船の後方の端に先に到達し、前方の端には遅れて到達するように見えます。
    • つまり、ある観測者にとって同時の出来事が、別の観測者にとっては同時ではないのです。「絶対的な同時」は存在しません。

2.3. 時間の遅れ(ウラシマ効果)

  • 「同時」が相対的なら、「時間」そのものの進み方もまた、観測者によって異なるはずです。
  • 思考実験:光時計:
    • 天井と床が鏡になった高さ L の「光時計」を考えます。光が天井と床を1往復する時間を1単位とします。
    • 静止している観測者が見ると、光は距離 2L を進むので、時間の1単位は Δt0​=2L/c です。この Δt0​を固有時(その時計と一緒に運動している観測者が測る時間)と呼びます。
    • 速さ v で運動する宇宙船に乗った光時計を、外で静止している観測者が見る場合を考えます。
      • 観測者から見ると、光は、宇宙船の前進に合わせて斜めに進むように見えます。三平方の定理より、光が進む距離は 2L2+(vΔt/2)2​ となります。(Δt は外部の観測者が測る時間)
      • 光の速さは、この観測者にとっても不変で c なので、光が進んだ距離は cΔt でもあります。
      • cΔt=2L2+(vΔt/2)2​ という関係が成り立ちます。
    • この式を Δt について解き、L=cΔt0​/2 の関係を代入すると、Δt=1−(v/c)2​Δt0​​
  • 結論:
    • 1−(v/c)2​ は常に1以下の値なので、Δt≥Δt0​ となります。
    • これは、動いている物体で流れる時間は、静止している観測者から見ると、ゆっくり進むように見えることを意味します。これを時間の遅れと呼びます。速く動くほど、時間の進み方は遅くなります。

2.4. ローレンツ収縮:空間の縮み

  • 時間が相対的なら、空間(長さ)もまた相対的でなければなりません。
  • 思考実験の続き:
    • 速さ v で動く宇宙船が、距離 L0​(静止した観測者が測る長さ)の区間を通過する時間を考えます。
    • 静止した観測者が測る時間は Δt=L0​/v です。
    • 宇宙船内の観測者にとっては、時間が遅れており、その経過時間は固有時 Δt0​ です。また、彼にとっては区間の方が速さ v で動いているように見え、その長さを L とします。Δt0​=L/v となります。
    • 時間の遅れの式 Δt=γΔt0​(γ=1/1−(v/c)2​ はローレンツ因子)に、これらの関係を代入すると、vL0​​=γvL​⇔L=γL0​​>L=L0​1−(v/c)2
  • 結論:
    • これは、動いている物体の長さは、その運動方向に、静止している観測者から見ると、縮んで見えることを意味します。これをローレンツ収縮(またはフィッツジェラルド収縮)と呼びます。

2.5. 質量とエネルギーの等価性:E=mc2

  • 特殊相対性理論は、時間と空間だけでなく、質量とエネルギーという、全く別物だと考えられていた概念の関係性をも根本から変えました。
  • 相対論的質量:
    • 物体を加速していくと、その速さが光速に近づくにつれて、さらに加速するのがどんどん難しくなっていきます(光速を超えることはできない)。これは、あたかも物体の質量(動きにくさ)が増加しているかのように見えます。
    • 静止しているときの質量(静止質量)を m0​ とすると、速さ v で運動しているときの相対論的質量 m は、m=1−(v/c)2​m0​​=γm0​
  • E=mc2 の導出と考え方:
    • アインシュタインは、この質量の増加が、物体に加えられた仕事(運動エネルギーの増加)に由来することを突き止めました。
    • 彼は、質量とエネルギーは本質的に同じものであり、互いに変換可能であることを見抜きました。その関係式が、物理学で最も有名な公式、E=mc2
    • 意味:
      • E はエネルギー、m は質量、c は光速。
      • これは、質量 m を持つ物体は、それだけで mc2 という膨大なエネルギーを内包している静止エネルギー)ことを意味します。
      • 逆に、エネルギーは質量を持ちます。
  • 核エネルギーの源泉:
    • この法則は、原子力発電や原子爆弾の原理を説明します。核分裂や核融合では、反応の前後で、ごくわずかな質量が減少します。この失われた質量(質量欠損)が、E=mc2 の式に従って、莫大なエネルギーに変換されて放出されるのです。太陽が輝き続けるエネルギーの源も、中心部での核融合によるものです。

3. 一般相対性理論 – 重力の幾何学

特殊相対性理論は、慣性系という「特殊な」状況に限定された理論でした。アインシュタインは、次に、加速度運動や、特殊相対論では扱えなかった「重力」を包含する、より「一般」的な理論の構築へと向かいます。

3.1. 特殊から一般へ:加速度と重力の問題

  • 特殊相対性理論は、加速度運動をする観測者の系(非慣性系)では成り立ちません。
  • また、ニュートンの万有引力の法則は、力が瞬時に伝わる「遠隔作用」を前提としており、情報伝達の速さが光速を超えることはない、という特殊相対論の要請と矛盾します。
  • アインシュタインは、この重力の問題を解決するため、10年の歳月をかけて一般相対性理論を構築しました。その出発点となったのが、ある一つの思考実験から得られた「人生最良の着想」でした。

3.2. 等価原理:重力と加速度は区別できない

  • 思考実験:エレベーター:
    • 窓のないエレベーターの中にいる人を考えます。
    • ケース1: エレベーターが地上に静止している。中の人は、自分の体重(重力)を感じます。手から離したボールは床に落ちます。
    • ケース2: エレベーターが、重力のない宇宙空間で、重力加速度 g と同じ加速度で「上向きに」加速している。
      • 中の人は、慣性力によって床に押し付けられ、ケース1と全く同じ「体重」を感じます。
      • 手から離したボールは、その場に静止しようとしますが、床の方が加速して追いかけてくるため、ボールは床に向かって「落ちる」ように見えます。
  • 等価原理 (Equivalence Principle):
    • アインシュタインは、このエレベーターの内部にいる観測者は、自分がどちらの状況にいるのかを、いかなる物理実験によっても区別することができない、と考えました。
    • これを等価原理と呼びます。局所的な領域において、重力と、加速度運動による見かけの力(慣性力)は、物理的に全く等価である。

3.3. 重力と時空の歪み

等価原理は、重力の正体について、驚くべき結論を導きます。

  • 重力による光の曲がり:
    • 加速するエレベーターの壁の穴から、水平に光を入射させます。
    • 光がエレベーターを横切る間に、エレベーターは上昇するため、光は内部の観測者から見ると、放物線を描いて「下向きに曲がる」ように見えます。
    • 等価原理によれば、重力と加速度は区別できないので、重力のある場所でも、光は同様に曲がるはずです。
    • しかし、光は常に空間をまっすぐ進むはずではなかったか?もし光が曲がるなら、それは光が通る空間そのものが曲がっているとしか考えられません。
  • 重力による時間の遅れ:
    • 加速するエレベーターの床から天井に向かって光を発します。
    • 光が天井に届くまでの間に、エレベーターは加速して速度を増すため、ドップラー効果により、天井で観測される光の振動数は、床で発せられたときより小さくなります(赤方偏移)。
    • 振動数が小さいということは、時間の進み方が遅いことを意味します。
    • 等価原理により、重力が強い場所(例えば床)ほど、時間の進み方は、重力が弱い場所(天井)よりも遅れるはずです。

3.4. 重力の本質:時空の幾何学

  • これらの考察から、アインシュタインは、重力の本質についての革命的な結論に達しました。重力とは、ニュートンが考えたような、物体間に働く「力」ではない。重力とは、質量やエネルギーの存在によって、時間と空間が一体となった「時空」が歪み、その歪みに沿って物体が運動している、時空の幾何学的な性質そのものである。
  • ゴムシートの上のボウリング球:
    • ピンと張ったゴムシートの上に、重いボウリング球を置くと、シートはその周りでへこみます。
    • その近くを転がしたビー玉は、ボウリング球に「引力」で引かれているのではなく、ボウリング球が作ったシートのくぼみ(曲がった空間)に沿って、まっすぐ進もうとした結果、軌道が曲げられてボウリング球の周りを回るのです。
  • 惑星が太陽の周りを公転するのも、太陽という巨大な質量が作った「時空の歪み」の中を、惑星が自身の「まっすぐな道(測地線)」を進んでいる結果なのです。一般相対性理論は、重力を力学から幾何学へと書き換えた、壮大な理論です。

【Module 10 まとめ】

本モジュールでは、20世紀物理学の二大支柱の一つ、相対性理論の壮大な世界を探求しました。

  1. 古典物理学の危機: 我々はまず、ニュートン力学とマクスウェル電磁気学の間に存在した深刻な矛盾と、その解決策として提唱された「エーテル」仮説が、マイケルソン・モーリーの実験によって否定され、光速度不変という不可解な事実だけが残された、19世紀末の物理学の危機的状況を確認しました。
  2. 特殊相対性理論: アインシュタインが、特殊相対性原理光速度不変の原理という二つの公理から、我々の常識を根底から覆したことを見ました。絶対的だと信じられていた時間と空間が、観測者の運動によって変化する相対的なもの時間の遅れ、ローレンツ収縮)であり、さらには質量とエネルギーが等価であるE=mc2)という、驚くべき結論が導かれる様を追体験しました。
  3. 一般相対性理論への道: 特殊相対性理論が扱えなかった加速度と重力の問題に対し、アインシュタインが等価原理という鋭い洞察を武器に、重力理論の革命に挑んだことを見ました。
  4. 重力の新しい姿: 一般相対性理論が描き出す、重力の新しい描像を学びました。重力とは「力」ではなく、質量が引き起こす「時空の歪み」であり、すべての物体はその歪んだ時空の中をまっすぐ進んでいるに過ぎない、という幾何学的な世界観です。この理論は、光の曲がりや時間の遅れといった、ニュートン重力では説明できない現象を正確に預言し、観測によって証明されました。

相対性理論は、高速な運動や強い重力が関わるマクロな世界の物理学を完成させ、宇宙論や天体物理学の基礎となりました。しかし、20世紀物理学には、もう一つの、そして相対性理論と同じくらい奇妙で、影響力の大きな革命がありました。それは、原子や電子といった、ミクロな世界の奇妙な振る舞いを記述する理論です。

次の**Module 11「現代物理学Ⅱ」では、20世紀物理学のもう一つの柱、「量子力学」**の世界に足を踏み入れます。そこでは、エネルギーはとびとびの値をとり、粒子は波のように振る舞い、そして観測することが状態を決定するという、相対性理論とはまた違った形で、我々の常識が再び揺さぶられることになります。

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