【基礎 地理】Module 4: 人文地理Ⅰ:人口・村落・都市

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【本モジュールの学習目標】

これまでのモジュールで、私たちは地球という壮大な舞台を構成する物理的なシステム、すなわち気候、海洋、地形について学んできました。それはいわば、演劇における舞台装置や照明を理解する作業でした。このModule 4からは、いよいよその舞台の主役である**「人間 (Human)」**に焦点を当て、人文地理学の核心へと足を踏み入れます。

人文地理学の探求は、最も基本的な問いから始まります。「人々は、地球上のどこに、どれだけ、なぜ住んでいるのか?」。この問いに答えるのが人口地理学です。私たちはまず、世界の人口分布の著しい偏りと、その背景にある自然的・社会経済的要因を解き明かします。そして、人口が時間と共にどのように変化するのかを、人口転換モデル人口ピラミッドという二つの強力な分析ツールを用いて、その歴史的・未来的なダイナミズムを読み解きます。

次に、人口の静的な側面だけでなく、その動的な側面、すなわち**人口移動(Migration)**に目を向けます。人々が故郷を離れ、新たな土地を目指すのはなぜか。そのグローバルな潮流は、送り出す国と受け入れる国に何をもたらすのか。人間の移動という根源的な営みの地理的意味を探ります。

そして、人々が定住する「場」である居住空間の地理へと進みます。人類の居住の原風景である村落が、どのような場所に、どのような形で築かれてきたのか。さらに、現代世界の最大の特徴である都市化のプロセスを追い、人々が都市に集中するメカニズムと、それがもたらす光と影(都市問題)を考察します。都市の内部はどのように構成されているのか(内部構造論)、都市と都市はどのような関係で結ばれているのか(中心地理論)。最終的には、現代のグローバル経済を牽引するメガシティグローバルシティといった巨大都市の機能と役割を理解します。

このモジュールを通して、皆さんは人間社会の空間的なパターンとその背後にある論理を読み解く「人文地理的思考力」を養うことになります。それは、単に地名や統計を覚えることではなく、私たちの生きるこの世界の構造そのものを深く理解するための、知的で刺激的な旅となるでしょう。


目次

1. 世界の人口:分布の偏りと変動のダイナミズム

地球上に住む80億を超える人々。しかし、その分布は驚くほど偏っています。なぜ特定の場所に人々は密集し、他の広大な土地は無人となるのでしょうか。そして、その数はどのように増減してきたのでしょうか。人口の「空間」と「時間」の二つの側面から、人間社会の最も基本的な姿を解き明かします。

1.1. 人口分布:なぜ人は偏って住むのか?

地球の陸地面積のわずか10%に、世界人口の約90%が集中していると言われます。この極端な偏りを生み出す要因は、人間の力だけではどうにもならない自然的要因と、歴史や経済活動に根差した人為的(社会経済的)要因に大別できます。

  • 自然的要因:人間居住を制約する「壁」
    • 気候: Module 2で学んだ知識が直接活きてきます。人間は、極端な気候条件を避ける傾向が顕著です。
      • 寒冷の壁: **寒帯(E)冷帯(D)**の厳しい寒さは、農業を困難にし、生命維持コストを高めるため、人口は極めて希薄です。シベリアやカナダ北部、グリーンランドがその典型です。
      • 乾燥の壁: **乾燥帯(B)**における水不足は、人間居住にとって最も深刻な制約の一つです。サハラ砂漠や中央アジア、オーストラリア内陸部といった広大な砂漠地帯は、ほとんど人が住んでいません(アネクメーネ:非居住地域)。
      • 湿潤の壁?: かつては熱帯の高温多湿も、伝染病(マラリアなど)や土壌(ラトソル)の問題から人口増加を妨げると考えられましたが、特にアジアの**モンスーン地域(Af, Am, Aw, Cfa, Cwa)**は、稲作に適した気候と豊富な水資源に恵まれ、世界最大の人口密集地帯(エクメーネ:居住地域)となっています。
    • 地形: Module 3の知識と連動します。
      • 人々は、険しい山岳地帯を避け、農業や交通に適した平野部、特に河川が作り出した沖積平野三角州に集中します。ユーラシア大陸の南側(メソポタミア、インダス、ガンジス、長江、黄河の各平野)に人口が集中するのはこのためです。
      • また、交易や漁業の利便性から、沿岸部は内陸部に比べて人口密度が高くなる傾向があります。
    • 人口密度: 人口の偏りを客観的に示す指標として、人口密度があります。
      • 人口密度(一般) = 総人口 ÷ 総面積
      • 生理的(耕地)人口密度 = 総人口 ÷ 耕地面積
      • 例えばエジプトは、国土の大部分が砂漠であるため、一般的な人口密度は高くありません。しかし、人々がナイル川流域のわずかな耕地に集中して暮らしているため、生理的人口密度は世界で最も高いレベルにあり、国土への真の人口圧力を示しています。
  • 人為的要因:歴史と経済が刻んだパターン
    • 歴史的要因:
      • 四大文明の発祥地(ナイル、チグリス・ユーフラテス、インダス、黄河の各河川流域)は、数千年にわたって農業生産の中心地であり、その歴史的な蓄積が今日の人口分布の基礎となっています。
      • 18世紀の産業革命以降、ヨーロッパでは石炭産出地(古期造山帯)を中心に工業都市が発達し、新たな人口密集地が生まれました。この工業化の波は、北米や日本にも及び、同様の人口集中を引き起こしました。
    • 経済的要因: 現代においては、第二次・第三次産業の集積地、すなわち大都市圏が、雇用機会を求めて人々を惹きつける最大の磁石となっています。
    • 政治的要因: 政府による首都の移転や、辺境地域の開発政策(ブラジルのアマゾン開発など)も、人口分布に影響を与えます。

1.2. 人口変動のメカニズム:出生・死亡・自然増加

ある地域の人口は、出生によって増え、死亡によって減ります。この差を自然増加と呼びます。また、他の地域からの**転入(社会増加)と、他の地域への転出(社会減少)**によっても変動します。

人口変動 = 自然増加(出生数 – 死亡数) + 社会増加(転入数 – 転出数)

ここでは、まず自然増加のメカニズムを見ていきましょう。

  • 出生率と死亡率: 人口動態を比較するためには、通常、人口1000人あたりの出生数・死亡数である**普通出生率(CBR)普通死亡率(CDR)**が用いられます。
  • 出生率に影響を与える要因:
    • 経済的水準: 一般に、経済発展が進むと出生率は低下する傾向があります。農業中心の社会では、子供は重要な労働力(労働力価値)と見なされますが、工業化・サービス化が進んだ社会では、子供一人を育てるための費用(教育費など)が増大し(養育費価値)、少子化が進みます。
    • 女性の地位: 女性の教育水準の向上や、社会進出が進むと、結婚年齢の上昇や、キャリア形成との両立の観点から出生率は低下します。
    • 価値観・宗教: 子供を神からの授かりものと考える文化や、避妊に否定的な宗教(カトリックなど)が広く信仰されている地域では、出生率が高く維持される傾向があります。
    • 政策: 中国のかつての一人っ子政策のような人口抑制策や、フランスやスウェーデンのような手厚い子育て支援を行う**人口奨励策(プロナータリズム)**も、出生率に影響を与えます。
  • 死亡率に影響を与える要因:
    • 医療・公衆衛生: 20世紀以降、世界の多くの地域で死亡率が劇的に低下した最大の要因は、医療技術の進歩(抗生物質、予防接種など)と公衆衛生の改善(安全な水の供給、下水道の整備など)です。
    • 栄養状態: 食料生産の増大と安定供給による、栄養状態の改善も死亡率の低下に大きく貢献しました。
    • 戦争・紛争: 戦争や内乱は、直接的な戦闘による死者だけでなく、それに伴う飢餓や疫病の蔓延によっても、死亡率を急上昇させます。

1.3. 人口転換(デモグラフィック・トランジション)モデル

一国の経済発展に伴い、その国の人口動態(出生率と死亡率のパターン)が、ある典型的な段階を経て変化していくことを示したモデルが人口転換モデルです。これは、世界の人口問題を理解するための最も重要な理論の一つです。

  • 第1段階:高位安定期(多産多死)
    • 特徴: 出生率、死亡率がともに非常に高い水準で推移します。
    • 背景: 医療は未発達で、衛生状態も悪く、食料供給も不安定なため、乳幼児の死亡率が特に高い。人々は、多くの子が死ぬことを見越して、多くの子を産みます。
    • 人口増加: 死亡率が高いため、出生率が高くても人口はほとんど増えません。産業革命以前のすべての国がこの段階にありました。
  • 第2段階:初期拡大期(多産少死)
    • 特徴: 死亡率が急激に低下し始めますが、出生率は依然として高いままです。
    • 背景: 医療の普及や公衆衛生・栄養状態の改善により、死亡率(特に乳幼児死亡率)が劇的に低下します。しかし、子供を多く持つという伝統的な価値観はすぐには変わらないため、出生率は高い水準に留まります。
    • 人口増加: 出生率と死亡率の間に大きなギャップが生まれ、人口爆発と呼ばれる、爆発的な人口増加が起こります。現在のサハラ以南アフリカの多くの国が、この段階にあります。
  • 第3段階:後期拡大期(減産少死)
    • 特徴: 死亡率は引き続き低い水準で安定し、遅れて出生率が低下し始めます。
    • 背景: 経済発展と都市化が進み、子供が労働力から養育コストへと意味合いを変えます。女性の教育水準の向上や家族計画の普及も、出生率の低下を促します。
    • 人口増加: 人口増加の勢いは鈍化していきます。ラテンアメリカやアジアの多くの国が、この段階にあります。
  • 第4段階:低位安定期(少産少死)
    • 特徴: 出生率、死亡率がともに低い水準で安定します。
    • 背景: 高度に産業化された社会。人々は少数の子供に多くの資源(教育など)を投下するようになります。
    • 人口増加: 人口増加はほぼ停止するか、ゼロに近くなります。日本や欧米の多くの先進国がこの段階にあります。
  • 第5段階:人口減少期?
    • 近年、一部の先進国では、出生率が死亡率を下回る「自然減」の状態に突入しています。これにより、総人口が減少し始める段階です。日本、ドイツ、イタリアなどがこの段階に入っているとされ、深刻な高齢化という課題に直面しています。

1.4. 人口ピラミッド:年齢構造を読み解く

人口ピラミッドは、男女別に、各年齢階層(0-4歳、5-9歳…)の人口を積み上げたグラフです。その形は、その国の人口転換の段階、過去の歴史、そして未来の姿までをも雄弁に物語る「人口のレントゲン写真」です。

  • ピラミッドの形状と人口転換段階:
    • ① 富士山型(Expansive Pyramid):
      • 形状: 底辺が広く、上に向かって急激にすぼまる、きれいな三角形。
      • 意味: 出生率が非常に高く、子供の割合が多い。平均寿命は短く、高齢者は少ない。人口転換の第2段階に対応し、将来の急激な人口増加を示唆します。
      • 分布: サハラ以南アフリカ(ナイジェリアなど)、一部のアジア・ラテンアメリカ諸国。
    • ② 釣鐘型(Stationary Pyramid):
      • 形状: 底辺の幅が中間層とあまり変わらず、全体として釣鐘のような形。
      • 意味: 出生率が低下し、死亡率も低いため、各年齢層の人口が比較的均等。人口転換の第4段階に対応し、人口が安定している状態を示します。
      • 分布: アメリカ、フランス、スウェーデンなど。
    • ③ 壺型(Constrictive Pyramid):
      • 形状: 底辺が中間層よりも狭く、すぼまっている壺のような形。
      • 意味: 出生率が極端に低く、子供の数が少ない(少子化)。中間層以上が厚く、高齢者の割合が高い(高齢化)。人口転換の第5段階に対応し、将来の人口減少が確実であることを示します。
      • 分布: 日本、ドイツ、イタリアなど。
  • 人口ピラミッドから読み解く歴史と社会:
    • ピラミッドの特定の部分のへこみや出っ張りは、過去の出来事を反映します。
      • 戦争で多くの若年男性が亡くなった国では、その世代の男性側が大きくへこみます(例:第二次大戦後のドイツ)。
      • ベビーブームがあった世代は、ピラミッドの中で大きな突出部となります(例:日本の団塊の世代)。
      • 産油国など、外国人労働者を多く受け入れている国では、生産年齢の男性側だけが異常に突出した、いびつな形になります(例:カタール、UAE)。
  • 従属人口指数:
    • (年少人口(0-14歳) + 老年人口(65歳以上)) ÷ 生産年齢人口(15-64歳) × 100
    • この指数は、働く世代一人当たりが、何人の子供と高齢者を支えなければならないかを示します。富士山型の国では子供の多さが、壺型の国では高齢者の多さが、それぞれ社会保障(教育、年金、医療)に大きな負担をかけることを示唆しています。

2. 人々の移動:村から都市へ、国境を越えて

人口は静的なものではなく、常に移動しています。通勤・通学といった日常的な移動から、人生を大きく変える移住まで、人間の移動(Migration)は、地域や国家の姿をダイナミックに変容させる力を持っています。

2.1. 人口移動の理論と要因

人々はなぜ故郷を離れるのでしょうか。そのメカニズムを説明する最も基本的なモデルが、リーのプッシュ・プル要因モデルです。

  • プッシュ要因(Push Factors) – 流出要因:
    • 人々をその場所から「押し出す」ネガティブな要因です。
      • 経済的: 貧困、失業、低賃金、土地の不足。
      • 政治的: 政治的迫害、人権侵害、戦争、内戦。
      • 社会的: 宗教的・民族的差別、教育機会の欠如。
      • 環境的: 自然災害(地震、洪水、干ばつ)、環境悪化。
  • プル要因(Pull Factors) – 流入要因:
    • 人々を新たな場所へ「引きつける」ポジティブな要因です。
      • 経済的: より良い雇用機会、高賃金、ビジネスチャンス。
      • 政治的: 自由と安全、安定した社会。
      • 社会的: より良い教育・医療、家族や友人の存在。
      • 環境的: 快適な気候、良好な生活環境。
  • 介在障害(Intervening Obstacles):
    • 移住を決意しても、その実行を妨げる様々な障壁が存在します。
      • 距離と費用: 移動にかかる物理的な距離と経済的コスト。
      • 法的・制度的障壁: 国境、ビザ、移民政策。
      • 情報・心理的障壁: 情報の不足、言語や文化の違いへの不安。
  • 人口移動の類型:
    • 規模による分類:
      • 国内移動: 国境を越えない移動。特に、農村から都市への**「離村向都」**型移動は、多くの国の都市化を支えてきました。
      • 国際移動: 国境を越える移動。
    • 意志による分類:
      • 自発的移動: 主に経済的な理由など、自らの意志で行う移動。
      • 強制的移動: 自らの意志に反して、移動を余儀なくされる人々。
        • 難民 (Refugee): 人種、宗教、国籍、政治的意見などを理由に迫害を受ける恐れがあり、国境を越えて他国に逃れた人々。国際法(難民条約)で保護されます。
        • 国内避難民 (IDP): 難民と同様の理由で避難しているが、国境は越えずに国内に留まっている人々。
    • 期間による分類: 永住、一時的な出稼ぎ(外国人労働者)、留学など。

2.2. グローバルな人口移動の潮流

現代の世界では、人口移動は特定の方向性を持つ、グローバルな潮流となっています。

  • 南から北へ(Developing → Developed):
    • 現代の国際移動の最も主要な流れです。ラテンアメリカから北米へ、アフリカ・中東・南アジアから西ヨーロッパへといった流れが代表的です。
    • 根本的な原因は、両者の間にある圧倒的な経済格差です。より高い賃金とより良い生活を求める人々が、先進国を目指します。
  • 南から南へ(Developing → Developing):
    • 近年、この流れも非常に活発になっています。
      • 労働移動: 南アジアや東南アジアから、石油資源で豊かな中東の産油国への出稼ぎ労働者の流れ。
      • 難民移動: アフリカや中東で紛争が起こると、多くの人々が、先進国ではなく、まず隣接する発展途上国へと避難します。
  • その他の流れ:
    • 北から北へ: 先進国間の移動。高度な技術を持つ専門職(IT技術者、研究者など)や、企業の国際的な人事異動などが主です。
    • 旧宗主国と旧植民地: 歴史的な結びつきが、現代の人口移動にも影響を与えています。例えば、インドやパキスタンからイギリスへ、北アフリカ諸国(アルジェリア、モロッコなど)からフランスへ、といった流れです。

2.3. 人口移動がもたらす影響

人口移動は、送り出す国(流出国)と受け入れる国(受入国)の双方に、光と影をもたらします。

  • 流出国への影響:
    • プラス面:
      • 送金(Remittance): 出稼ぎ労働者が故郷の家族に送るお金は、多くの発展途上国にとって、国の貿易黒字や政府開発援助(ODA)を上回るほどの、貴重な外貨獲得手段となっています。
      • 人口圧の緩和: 国内の失業問題や食料問題を緩和する効果があります。
    • マイナス面:
      • 頭脳流出(Brain Drain): 医師、技術者、研究者といった、国の発展に必要な高度な知識や技術を持つ人材が流出してしまう問題。
      • 労働力不足: 若い労働力が大量に流出することで、国内産業の担い手不足や、社会の高齢化を加速させる可能性があります。
  • 受入国への影響:
    • プラス面:
      • 労働力不足の解消: 少子高齢化に悩む先進国において、特に建設業、介護、農業などの分野で、安価で豊富な労働力を確保できます。
      • 経済の活性化: 移民が新たな消費者となり、また起業家として経済に貢献することもあります。
      • 文化の多様化: 様々な文化がもたらされ、社会がより豊かになります。
    • マイナス面:
      • 社会的摩擦: 地元住民との間で、雇用や文化・習慣の違いをめぐる摩擦や対立が生じることがあります。
      • 社会保障への負荷: 教育、医療、住宅といった公的サービスへの需要が増大します。
      • 治安の問題: 一部の移民コミュニティと犯罪を結びつける偏見や、実際の治安悪化が問題となることがあります。
      • 多文化主義の課題: 異なる文化を持つ人々が、どのようにして一つの社会に統合されていくか、という難しい課題に直面します。

3. 居住の原風景:村落の立地と形態

都市化が急速に進む現代においても、人類の居住の歴史は村落から始まりました。村落は、人々が自然と密接に関わりながら生活を営んできた空間であり、その立地や形態には、厳しい自然環境に適応し、社会的な結びつきを維持するための知恵が凝縮されています。

3.1. 村落の立地:人はどこに村を作ったか?

人々が村を築く場所を選ぶ際には、いくつかの普遍的な条件があります。

  • 水の確保:
    • 生命維持と農業に不可欠なへのアクセスは、最も重要な立地条件です。
      • 湧水点: 山麓の扇状地の末端(扇端)など、地下水が湧き出す場所には、古くから集落が立地します。
      • 河川沿い: 川は飲料水、農業用水、交通路として利用されました。
      • 井戸: 地下水が得やすい場所も、集落の立地点となります。
  • 防御・防災:
    • 外敵からの攻撃や、自然災害から身を守るための、防御的立地も重要でした。
      • 丘上・山頂: 見晴らしが良く、防御に有利なため、ヨーロッパには多くの丘上集落が見られます。
      • 河川の屈曲部(蛇行核): 川が自然の堀の役割を果たす場所。
      • 自然堤防: 周囲の低湿地よりもわずかに標高が高く、洪水のリスクが低いため、集落が列状に立地します(微高地立地)。
  • その他の要因:
    • 日照: 中緯度地域では、農作物の生育や暖房のために、太陽光が多く当たる南向きの斜面が好まれます。
    • 交通の要衝: 街道の交差点や、渡し場(川を渡る場所)なども、人々が集まる拠点となりました。

3.2. 村落の形態:集村と散村

家々の集まり方によって、村落は大きく集村散村に分けられます。

  • 集村 (Agglomerated/Clustered Settlement)
    • 特徴: 家屋が一箇所に密集して塊をなし、その周囲に耕地が広がっている形態です。
    • 成立要因:
      • 共同防衛: 外敵の脅威に対抗するため。
      • 共同労働: 水路の管理など、共同作業が必要な水稲耕作が卓越するアジアのモンスーン地域では、集村が一般的です。
      • 社会的結合: 教会や広場を中心に、共同体としての強い結びつきを維持するため。
    • 形態による分類:
      • 塊村(かいそん): 不規則な形の集落。ヨーロッパで一般的。
      • 路村(ろそん): 道路や自然堤防に沿って、家屋が列状に並ぶ。
      • 円村(えんそん): 広場や教会を中心に、家屋が円形に配置される。防御的な意味合いが強い。
  • 散村 (Dispersed/Scattered Settlement)
    • 特徴: 個々の家屋が、自らの耕地の中に分散して点在している形態です。
    • 成立要因:
      • 農業経営の効率化: 自宅から自分の畑まですぐに行けるため、管理が容易。
      • 水の確保の容易さ: どこでも水が得られる豊かな水環境。
      • 社会的背景: 共同体よりも個人の独立性が重んじられる社会や、新しく開拓された土地に見られます。
    • 代表例:
      • 日本の砺波(となみ)平野(富山県)や出雲平野(島根県)など。
      • アメリカ中西部の開拓地。タウンシップ制という碁盤目状の土地分割制度により、整然とした散村景観が広がっています。

3.3. 世界の伝統的住居と自然環境

家屋の材料や構造は、その土地の気候や地形といった自然環境への見事な適応を示しています。

  • 熱帯(高温多湿)地域の住居:
    • 特徴高床式住居が広く見られます。床を高くすることで、①地面からの熱や湿気を避け、②風通しを良くし、③洪水や害虫、猛獣から身を守るという、多くの利点があります。屋根の傾斜は、激しいスコールを速やかに流すために急になっています。
    • 分布: 東南アジア、オセアニア。
  • 乾燥(高温低湿)地域の住居:
    • 特徴日干しレンガや土でできた、壁の厚い家が特徴です。厚い壁は、日中の強烈な日差しを遮って室内を涼しく保ち、夜間の放射冷却による冷え込みを防ぐ断熱材の役割を果たします。窓は小さく、屋根は雨が少ないため平らな陸屋根が多く見られます。
    • 分布: 西アジア、北アフリカ。
  • 冷帯・寒帯(寒冷)地域の住居:
    • 特徴: 厳しい寒さを防ぐため、断熱性が重視されます。太い木材を用いたログハウスや、石造りの家。窓は熱が逃げるのを防ぐために小さく、二重窓になっていることもあります。屋根は、積もった雪の重みに耐え、雪を滑り落としやすくするために、急な傾斜を持っています(例:白川郷の合掌造り)。
    • 分布: 冷帯地域、山岳地域。
    • イヌイットのイグルー: 雪のブロックをドーム状に積み上げた、究極の寒冷地適応住居。雪が優れた断熱材であることを巧みに利用しています。

4. 都市の時代:都市化と巨大都市の出現

人類の歴史上、初めて都市に住む人口が農村に住む人口を上回ったのは、21世紀に入ってからのことです。私たちはまさに「都市の時代」を生きています。ここでは、社会が都市化していくプロセスと、その結果として現れる現代都市の姿と課題を考察します。

4.1. 都市化のプロセスとS字カーブ

都市化とは、単に都市の人口が増えることだけを指すのではありません。一国の全人口に占める都市人口の割合(都市人口率)が高まり、産業構造や人々のライフスタイルが農村型から都市型へと変化していく、質的な社会変動のプロセスです。この都市人口率の推移は、多くの場合、特徴的なS字カーブを描きます。

  • 初期段階: 農業が社会の中心である段階。都市人口率は30%未満と低く、都市化の進展は緩やかです。
  • 加速段階産業革命や工業化をきっかけに、都市に工場が建設され、雇用が生まれると、農村から都市への大規模な人口移動が起こります。都市人口率は急激に上昇し、30%から70〜80%に達します。多くの発展途上国が、現在この段階にあります。
  • 終末段階: 都市人口率が80%を超え、非常に高い水準に達すると、その上昇は頭打ちになります。国内の移動は都市から都市へ、あるいは都市から郊外・地方へと、より複雑なパターンを示すようになります。多くの先進国がこの段階にあります。

4.2. 先進国と発展途上国の都市化の違い

同じ「都市化」という言葉でも、その経験と現状は、先進国と発展途上国とで大きく異なります。

  • 先進国の都市化:
    • 特徴: 19世紀から20世紀にかけて、工業化と共に比較的長い時間をかけて進展しました。
    • 現代の動向:
      • 郊外化 (Suburbanization): 自動車の普及(モータリゼーション)に伴い、人々は都心の過密を避け、より広く快適な住環境を求めて郊外の一戸建てに移り住むようになりました。これにより、都市圏はドーナツ状に拡大します。
      • 都心部の衰退(インナーシティ問題): 郊外化の結果、都心部では人口が減少し、商業活動が停滞。建物は老朽化し、失業や貧困、犯罪の温床となるインナーシティ問題が発生しました。
      • 再都市化・都心回帰 (Re-urbanization): 近年、インナーシティの再開発が進み、職住近接の利便性などを求めて、再び富裕層や若者世帯が都心部の高層マンションなどに住むようになる都心回帰の動きが見られます。これは、ジェントリフィケーション(地域の高級化)とも呼ばれ、古くからの住民が家賃の高騰などで追い出されるという新たな問題も生んでいます。
  • 発展途上国の都市化:
    • 特徴: 第二次世界大戦後、特に1970年代以降に、先進国とは比較にならないほどの爆発的なスピードで進展しました。
    • 課題:
      • 過剰都市化 (Over-urbanization): 都市のインフラ整備や雇用創出のペースが、人口の流入に全く追いつかない状態。
      • プライメイトシティ (Primate City): 国全体の人口や政治・経済機能が、一つの都市(多くは旧植民地時代の首都)に極端に集中する現象。タイのバンコクやメキシコのメキシコシティがその典型例です。第二の都市との規模の差が著しく、国内の地域格差を象徴しています。

4.3. 世界の都市問題

急速な都市化は、世界中の都市、特に発展途上国の都市に、深刻で複合的な問題をもたらしています。

  • 発展途上国の都市問題:
    • スラム(不良住宅地区)の形成: 都市に流入した貧しい人々は、正規の住宅に住むことができず、都市の空き地や河川敷などに、廃材などでできた粗末な家を建てて住みつきます(スコッター、不法占拠)。こうして形成されたスラムは、電気・水道・下水といった基本的なインフラを欠き、衛生状態は劣悪で、犯罪の温床ともなっています。ブラジルのファベーラ、インドのダラヴィなどが有名です。
    • インフォーマルセクターの増大: 正規の職に就けない人々が、露天商、靴磨き、ゴミ拾いといった、法的な保護や社会保障のない非公式な経済活動(インフォーマルセクター)で生計を立てざるを得ない状況が広がっています。
    • 交通渋滞と環境汚染: 自動車の急増や、公共交通機関の未整備により、深刻な交通渋滞が発生。排気ガスによる大気汚染や、工場・生活排水による水質汚濁も深刻な問題です。

4.4. 都市の内部構造論(シカゴ学派)

都市の内部では、土地の利用法が混沌としているように見えて、実は一定の法則性を持って配置されています。20世紀初頭のアメリカ・シカゴ大学の研究者たち(シカゴ学派)は、当時のシカゴをモデルに、都市の内部構造に関する古典的な三つの理論を提唱しました。

  • 同心円モデル(バージェス):
    • 都市は、都心(CBD)から同心円状に、外側へ向かって成長していくと考えました。
    • 中心業務地区(CBD): 地価が最も高く、企業のオフィスやデパートが集中。
    • 遷移地帯: CBDを取り巻く、工場と古い住宅が混在する地域。貧しい移民などが住むスラムが形成されやすい。
    • 低級住宅地帯 → ④中級住宅地帯 → ⑤**高級住宅地帯(通勤者地帯)**と、外側に行くほど所得階層が高くなる。
  • 扇形(セクター)モデル(ホイト):
    • 都市の成長は、同心円状ではなく、都心から放射状に延びる交通路(鉄道や幹線道路)に沿って、扇形に進展すると考えました。
    • 例えば、高級住宅地は、景色の良い湖岸や、都心へのアクセスが良い特定の交通路に沿って扇状に広がり、工場は鉄道や運河沿いに、低級住宅地は工場の近くに、というように、類似した機能が同じセクターに集まる傾向があるとしました。
  • 多核心モデル(ハリス、ウルマン):
    • 近代的な大都市は、CBDという単一の中心だけでなく、複数の核(センター)を持って発展すると考えました。
    • 都市は、CBDの他に、副都心工業地区港湾地区大学大規模な郊外のショッピングセンターなど、機能の異なる複数の核を中心に形成されます。特定の機能(例:重工業と高級住宅地)は互いに反発しあって離れた場所に立地し、都市構造はモザイク状に複雑化します。現代の自動車社会における大都市の姿を、より現実的に説明するモデルです。

4.5. 中心管理論と都市システム(クリスタラー)

都市の内部構造から、都市と都市の間の関係性へと視点を移します。なぜ世の中には、たくさんの小さな町と、少しの大きな都市、そしてごくわずかの巨大都市が存在するのでしょうか。この都市の数と規模の階層的な秩序を説明したのが、ドイツの地理学者ヴァルター・クリスタラー中心地理論です。

  • 理論のキーワード:
    • 中心地 (Central Place): 周辺の地域(背後地)に、商品やサービスを供給する機能を持つ場所(都市や村落)。
    • 背後地・補給圏 (Hinterland): ある中心地から商品やサービスの供給を受ける範囲。
    • 財・サービスの到達範囲 (Range): 人々が、ある商品やサービスを得るために、移動してもよいと考える最大距離
    • 最小要求値(閾値, Threshold): ある店や施設が、経営を維持するために必要とされる最小限の顧客数(人口)
  • 中心地の階層性:
    • この理論の核心は、商品やサービスには**「階層」**がある、という考え方です。
      • 低次な財・サービス: 購入頻度が高く、生活に不可欠なもの(例:食料品、日用品)。到達範囲は短く、最小要求値も小さい。そのため、コンビニスーパーは、小さな町や村(低次の中心地)にも数多く存在します。
      • 高次な財・サービス: 購入頻度が低く、専門的なもの(例:高級ブランド品、専門的な医療、大学)。到達範囲は長く、最小要求値も大きい。そのため、デパート大病院大学は、多くの人々を集められる大きな都市(高次の中心地)にしか存在できません。
    • この結果、中心地には、低次の中心地(村、町)、中次の中心地(地方都市)、高次の中心地(大都市)という**階層構造(ヒエラルキー)**が生まれます。高次の中心地は、低次の中心地が持つ機能をすべて兼ね備えています。
  • 六角形の補給圏: クリスタラーは、理論上、すべての地域に効率よくサービスを供給するためには、中心地の補給圏は正六角形になる、と想定しました。これにより、無数の小さな六角形(村の商圏)と、それらを包含する少し大きな六角形(町の商圏)、さらにそれらを包含する巨大な六角形(大都市の商圏)が、ハチの巣のように規則正しく配置される、理想的な都市システムが描かれます。

4.6. メガシティとグローバルシティ

現代の都市システムは、グローバリゼーションの進展とともに、新たな段階に入っています。その象徴がメガシティグローバルシティです。

  • メガシティ (Megacity)
    • 定義: 人口規模によって定義される巨大都市。国連の定義では、人口1000万人以上の都市を指します。
    • 特徴: 20世紀半ばまでは、東京やニューヨークなど先進国が中心でしたが、現在ではその多くが、デリー、上海、サンパウロ、メキシコシティ、カイロなど、発展途上国に集中しています。これは、発展途上国における爆発的な都市化の結果です。多くの場合、スラムや交通渋滞、環境問題といった深刻な都市問題を抱えています。
  • グローバルシティ(世界都市, World City)
    • 定義: 人口規模ではなく、その都市が世界経済システムの中で果たしている機能と影響力によって定義される都市。社会学者サスキア・サッセンによって提唱されました。
    • 機能: グローバルシティは、グローバル資本主義の**「司令塔(コマンド・センター)」**です。
      • 多国籍企業(TNCs)の本社が集中。
      • 株式市場など、国際金融のハブとしての機能。
      • 企業の国際的な活動を支える、法律、会計、広告、コンサルティングといった**高度専門サービス業(生産者サービス)**が集積。
      • 人、モノ、カネ、情報が世界中から集まり、発信されていく、グローバル・ネットワークの最重要**結節点(ノード)**です。
    • 階層: グローバルシティの間にも、明確な階層が存在します。
      • トップには、ロンドンニューヨーク東京が君臨します。
      • その下に、パリ、シンガポール、香港、上海、シカゴなどが続きます。
    • これらの都市は、自国内の地方都市との結びつきよりも、国境を越えた他のグローバルシティとの結びつきの方がはるかに強く、世界を一つのネットワークとして動かしているのです。

【モジュール4 全体の要約】

本モジュールでは、人文地理学の出発点として、人間社会の根幹をなす人口村落都市という三つのテーマを深く掘り下げました。

私たちはまず、世界の人口分布が、自然環境という舞台設定と、歴史・経済という人間側の要因によって、いかに不均等に形成されているかを見ました。そして、人口転換モデル人口ピラミッドを使い、人口が時間とともに変化するダイナミックなプロセスを分析する手法を学びました。

次に、国境を越える人口移動のメカニズムを、プッシュ・プル要因から理解し、それが送り出す国と受け入れる国の双方に複雑な影響を及ぼす現代のグローバルな現実を考察しました。

そして、人間の居住空間の原型である村落の立地と形態に、自然への適応と社会の論理が凝縮されていることを見ました。そこから、現代を象徴する都市へと視点を移し、都市化という不可逆的なプロセス、その内部構造、そして都市間の機能的な関係性を、古典的な地理学理論を通して解き明かしました。最終的に、現代のグローバル経済を操るグローバルシティの出現は、私たちの生きる世界が、国家という単位だけでなく、都市をノードとするネットワークによっても強く結びついていることを示していました。

ここで学んだ人口や都市に関する知識と理論は、次のモジュールで扱う、資源、産業、交通といった、人間の経済活動を理解するための、そしてさらには文化、社会、政治といった、より複雑な人間社会の側面を地理的に考察するための、確固たる土台となるでしょう。

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