【共通テスト 現代文】Module 3: 評論(論理的文章)の構造的速読戦略
本モジュールの目標:評論を「読む」から「解剖する」へ
Module 1「設問解体の高速化技術」とModule 2「選択肢吟味の精密照合法」を通じて、あなたは戦うための「武器」と「防具」を手に入れました。設問の意図を見抜き、解答の根拠となる範囲を特定し、巧妙な罠が仕掛けられた選択肢を論理的に見破る。これらの技術は、あなたの得点力を飛躍的に向上させるものです。
しかし、これらの技術を最大限に活かすためには、その土台となる、より根源的な能力が不可欠です。それが、本文そのものを速く、深く、そして構造的に読み解く力、すなわち**「読解エンジン」**の性能です。本モジュールでは、この読解エンジンを、凡庸な市販車レベルから、F1マシンレベルへとチューンナップすることを目的とします。
ここで定義する**「速読」**とは、単に文字を追うスピードを上げることではありません。それは、文章のどこが重要で、どこが重要でないかを瞬時に見極め、熟読すべき箇所と、戦略的に読み飛ばすべき箇所に緩急をつける、知的な読解技術です。評論という一見複雑で難解な文章を、あたかも精密な機械を解剖するように、その論理構造を分解し、筆者の思考の骨格をむき出しにしていく。本モジュールが提供するのは、そのための体系的な戦略と技術です。
このモジュールをマスターすることで、あなたは共通テストの長大な評論を時間内に処理するだけでなく、その論理の核心を深く掴み、設問に対して圧倒的な優位性を確立することができるようになります。
1. 論理骨格の瞬時抽出―筆者の主張(結論)と論拠の特定
あらゆる評論は、どれほど複雑に見えても、その核心には非常にシンプルな構造が横たわっています。それは、「筆者の主張(結論)」と、それを支える「論拠(理由・具体例)」という二つの要素からなる構造です。あなたの評論読解における最終目標は、この「主張と論拠」という論理骨格を、文章の中から迅速かつ正確に抽出することにあります。この骨格さえ掴んでしまえば、文章の9割は理解したと言っても過言ではありません。
1.1. 評論のDNA:【主張】+【論拠】=【論理】
- 主張(結論)とは?
- 筆者がその文章を通して、読者に最も伝えたい核心的なメッセージ、意見、提言、評価のことです。「~べきだ」「~が重要だ」「~ではないだろうか」といった形で提示されることが多いです。
- 論拠とは?
- その主張がなぜ妥当なのかを支えるための根拠です。これには、理由説明、具体例、引用、統計データ、歴史的経緯などが含まれます。
- 読解のゴール設定
- あなたの仕事は、本文を読みながら、常に「筆者の主張はどこか?」「その主張を支える論拠はどこか?」と自問し続けることです。文章の各部分が、「主張」と「論拠」のどちらに属するのかをラベリングしながら読む意識が、構造的読解の第一歩です。
1.2. 「主張(結論)」の発見法:急所を見抜く
筆者の「主張」は、文章の中に均等に散りばめられているわけではありません。多くの場合、特定の「急所」に現れる傾向があります。
- 出現頻度の高い場所
- 文章の結論部分(最終段落): 最も典型的なパターンです。全体の議論を総括し、「したがって、~である」「このように、~が重要だ」といった形で主張が明確に述べられます。まずは最終段落に目を通し、結論を予測するのも有効な戦略です。
- 逆接の接続詞の直後: 「しかし」「だが」「ところが」 といった逆接の言葉は、それまでの議論の流れを転換し、筆者自身の本質的な主張を導入するための強力なシグナルです。「たしかにAという意見もある。しかし、私が本当に言いたいのはBである」という構文は、評論の王道パターンです。
- 問題提起の応答部分: 文章の冒頭で「~はいかにして可能か?」「~とは何だろうか?」といった問いが立てられている場合、その問いに対する**「答え」**こそが筆者の主張となります。
- 主張を示すシグナル表現
- 提言・当為: 「~べきだ」「~必要がある」「~しなければならない」
- 断定・評価: 「~が重要だ」「~は明らかだ」「~に他ならない」
- 疑問形による強調: 「~ではないだろうか」「~と言えるのではあるまいか」
1.3. 「論拠」の発見法:主張を支える土台を探す
「主張」を見つけたら、次はその主張を支える「論拠」を特定します。論拠は、主張の説得力を担保する重要なパーツです。
- 論拠を示すシグナル表現
- 理由説明: 「なぜなら、~」「というのも、~」「~からである」
- 具体例・例示: 「たとえば」「具体的には」「~という事例がある」
- 引用: 「Aによれば、~」「『~』という言葉がある」
- 論拠の役割を見極める
- その論拠は、主張を**「なぜ(Why)」のレベルで支える理由説明なのか、それとも「どのように(How)」のレベルで支える具体例**なのか。この役割の違いを意識することで、文章の立体構造がよりクリアになります。
1.4. 【実践】過去問を用いた骨格抽出トレーニング
- 【演習問題】2023年度 追試 第1問 『歴史の必然性について』
この文章の論理骨格を抽出してみましょう。
- 問題提起(主張の予告): 文章の冒頭で、「私たちが歴史の一部でしかない」からこそ歴史を把握したいという関心(=**「ゆるい関心」)があると提示されます。しかし、最終段落では「激しい焦燥や憤りの気持ちを抱くことがある。『歴史の捏造』が感じられるときである」と述べられ、「私たちは歴史に内在しようとする」という、もう一つの関わり方が示唆されます。ここから、筆者の主張が「歴史との関わり方には複数のモードがあり、それらは状況によって変化する」**という点にあると予測できます。
- 主張(結論)の特定: やはり最終段落(15段落)に核心があります。「おそらくそのようなとき、人は『歴史の証言者』として名乗り出るのであろう」という一文は、「ゆるい関心」とは異なる、より実践的で当事者的な歴史との関わり方(=内在)が存在することを示しており、これが筆者の最終的な結論部を形成しています。
- 論拠の特定:
- 「ゆるい関心」の論拠:
- 理由説明: 「自分が歴史の当事者ではないから」(4段落)。「歴史的出来事にイホンロウされないこと、その当事者でないことを願うのである」(3段落)。
- 具体例・引用: E・ホブズボーム、キャロル・グラックの歴史家としての態度(1-3段落)。ドロイゼン、ディルタイ、ジンメルらのドイツ歴史哲学における「解釈学」の態度(5-6段落)。これらは全て、歴史を「外から」客観的に理解しようとする姿勢の例として挙げられています。
- 「内在しようとする関心」の論拠:
- 理由説明: 「『歴史の捏造』が感じられるときである」(7段落)。不正に対して、もはや傍観者ではいられないという怒りが、当事者意識を生むと説明されています。
- 「ゆるい関心」の論拠:
このように、文章全体を「主張」と「論拠」のセットで整理することで、一見複雑に見える文章も、明快な論理構造を持つことが理解できます。
2. 対立構造の高速把握―二項対立から多角的な論点整理へ
評論における筆者の主張は、真空状態から生まれるわけではありません。多くの場合、何かと何かを「比較」し、「対立」させることを通じて、自らの立ち位置を明確にし、主張の輪郭を際立たせています。この**「対立構造」**をいかに速く、正確に把握できるかが、構造的速読の鍵を握ります。
2.1. なぜ「対立」が読解のショートカットになるのか?
- 主張のポジショニング: 筆者は、世間の「通説」や「既存のA説」を提示し、それに「しかし」と反論して「自説B」を展開する、という手法を多用します。この「A vs B」という対立構造を掴むことで、筆者が何を肯定し、何を否定しようとしているのか、その立ち位置が一瞬で明確になります。
- 思考の整理: 文章中の様々な情報やキーワードを、この「A陣営」と「B陣営」に振り分けて整理することで、頭の中がクリアになります。対立構造は、情報を整理するための強力な「仕分け箱」として機能するのです。
- 設問への直結: 設問、特に内容合致問題や選択問題は、この対立構造の理解を直接問うてくることが非常に多いです。「選択肢①はA陣営の主張だが、筆者の立場はBだから誤り」といった形で、消去法の強力な根拠となります。
2.2. 二項対立の発見パターン:対立のシグナルを見逃すな
本文中から「A vs B」の対立構造を見つけ出すには、特定のシグナル表現に注目するのが最も効率的です。
対立のパターン | シグナル表現の例 |
明確な逆接・対比 | 「しかし」「だが」「ところが」「一方」「それに対して」「~ではなく」「むしろ」 |
時間的対比 | 「かつては~だったが、現在は~だ」「従来は~、今日では~」「近代以前と近代以後」 |
空間的・文化的対比 | 「西洋ではAだが、日本ではBだ」「都市と農村」 |
学説・人物の対比 | 「**A説(A氏)によれば~、B説(B氏)は~と主張する」 |
価値観の対比 | 「理想と現実」「精神と物質**」「共同体と個人」 |
2.3. 対立構造の図式化(マッピング)
対立構造を把握したら、それを頭の中だけでなく、問題用紙の余白などに書き出して**「図式化(マッピング)」**することをお勧めします。
- 方法:
- 用紙を左右に二分割します。
- 左側に「A陣営」、右側に「B陣営」の見出しを立てます。
- 本文を読みながら、それぞれの陣営に属するキーワード、特徴、評価(プラス/マイナス)などを箇条書きでメモしていきます。
- 効果:
- 対立の軸が視覚的に明確になります。
- 各概念の関係性が整理され、記憶に定着しやすくなります。
- 解答時に、このメモを参照することで、迅速かつ正確に選択肢を吟味できます。
2.4. 【実践】過去問を用いた対立構造の把握
- 【演習問題】2024年度 試作 第1問 『観光のまなざし』
この文章の中心的な対立構造をマッピングしてみましょう。
A陣営:旧来の「見る」観光 | B陣営:新しい「する」観光/パフォーマンス |
提唱者/関連人物 | ブーアスティン(嘆きの対象として) |
特徴 | ・「見るスポーツ」へ変化(3段落) ・受動的、お気楽な商品(3段落) ・「無意味」「空虚」と批判される(3段落) ・消費主義、薄っぺらさ(3段落) ・観光地社会への無理解、無関心(5段落) |
キーワード | 見る、観察、まなざし(初期アーリ)、よそ者、観客 |
筆者の評価 | 時代遅れとされつつも、その批判が新しい観光を生んだ(単純には否定できない) |
このように図式化することで、文章全体の論点がクリアになり、「ブーアスティンは『見る』観光を批判的に捉えていた」「パフォーマンス的転回は、『する』観光を重視する視点である」といった、設問解答に不可欠な知識が整理されます。
3. 抽象・具体の往還運動の追跡―具体例の機能を見極める
評論は、多くの場合、**「抽象的な主張」と「具体的な説明・事例」**が交互に現れる、往還運動によって構成されています。この運動のリズムを掴み、特に「具体例」が果たしている機能を正確に見極めることは、文章の深い理解と戦略的な速読に不可欠です。
3.1. 評論における具体例の3つの機能
筆者はなぜ具体例を挙げるのでしょうか?その機能は、主に以下の3つに分類できます。
- 【機能①】主張の理解促進(翻訳機能): 抽象的で難解な主張を、読者がイメージしやすい具体的な事例に落とし込むことで、理解を助ける機能です。「つまり、こういうことだ」という筆者から読者へのサービスと言えます。
- 【機能②】主張の正当化・論証(証明機能): 自らの主張が、単なる思いつきではなく、客観的な事実や事例に裏打ちされたものであることを示し、説得力を持たせる機能です。
- 【機能③】反論の提示(批判機能): 批判したい対象(通説など)の具体例を挙げ、その問題点を指摘することで、自説の優位性を際立たせる機能です。
3.2. 往還運動のシグナル:展開を予測する標識
文章が「抽象」から「具体」へ、あるいは「具体」から「抽象」へと移行する際には、多くの場合、特定のシグナル表現が用いられます。
- 「抽象 → 具体」のシグナル:
- 「たとえば」「具体的には」「例を挙げると」: これらが現れたら、「これから具体例が始まるな」と予測します。
- 固有名詞の登場: 人名、書名、事件名などが出てきたら、それは多くの場合、抽象的な主張を肉付けする具体例です。
- 「具体 → 抽象」のシグナル:
- 「このように」「つまり」「要するに」「以上から」: これらが現れたら、「ここまでの具体例をまとめて、抽象的な結論・主張を述べるのだな」と予測します。
3.3. 具体例の「読み飛ばし」と「熟読」の戦略的判断
この抽象・具体の構造を理解すると、戦略的な速読、すなわち「緩急をつけた読み」が可能になります。
- 読み飛ばし(高速処理)の判断:
- 条件: 具体例の直前の抽象的な主張が、すでに十分に理解できている場合。
- 方法: 具体例の部分は、一字一句追うのではなく、「ああ、これはさっきの主張の例だな」と確認する程度に、キーワードを拾いながら高速で読み進めます。
- 注意: ただし、設問でその具体例自体が問われている場合は、当然ながら熟読が必要です。だからこそ、設問の先読みが重要なのです。
- 熟読の判断:
- 条件: 直前の抽象的な主張の意味がよくわからない場合。
- 方法: その後の具体例を丁寧に読み、**「この具体例が言わんとしていることは、つまりどういうことだろうか?」**と考えることで、具体から抽象へと遡って、主張の意味を類推します。具体例は、難解な主張を理解するための最大のヒントになります。
3.4. 【実践】具体例の機能を特定する
- 【演習問題】2022年度 共通テスト 第1問 『メディアの中の声』
この文章では、抽象的な主張を具体例で説明する往還運動が繰り返されています。
- 箇所①(2段落)
- 抽象: 「声には『内部(内面)』があるが、音には『内部(内面)』がない」
- 具体: 「物理学者ホーキングの音声合成装置から発する『声』のように、人の身体から直接発したのではない音でも、人に発する意志や意味を表現することによって声になるのである。」
- 機能分析: ここでのホーキングの例は、**【機能①:主張の理解促進】**です。「声の本質は、物理的な発声器官ではなく、その背後にある意志や意味の表現である」という抽象的な主張を、非常に分かりやすい事例で翻訳しています。
- 箇所②(8段落)
- 抽象: 「電気的な複製メディアにおいて、再生される声とそれを語る身体は相互に外在しあう。(中略)語り手の主体性が身体にたいして外在したり、身体から切り離された声の側に投射されたりすることを示している。」
- 具体: 「『電話中毒』の大学生の一人は、深夜の長電話の最中に自分が『声だけになっている』ような感覚をもつことがあると語っていた。」「ある女性は無言電話における他者との関係の感覚を、『メカトロ』という機械的な隠喩によって語っている。」
- 機能分析: ここでの「電話中毒」や「メカトロ」の例も、**【機能①:主張の理解促進】**です。「主体性が声の側に投射される」という非常に難解で抽象的な主張を、具体的な個人の感覚や言葉を引用することで、読者がイメージしやすくしています。この具体例を丁寧に読めば、抽象的主張が何を言いたいのかが見えてきます。
このように、具体例の機能を意識することで、「この段落は、結局この主張を説明したいだけなのだな」と、情報の重要度に軽重をつけながら読み進めることが可能になるのです。
4. ディスコース・マーカーの戦略的利用―論理展開の可視化
ディスコース・マーカーとは、文章の論理的な道筋を示す**「道路標識」**です。主に接続詞や副詞、特定の言い回しがこれにあたります。優れた書き手は、読者が論理の迷子にならないように、これらの標識を適切に配置します。したがって、これらのマーカーに敏感になることは、筆者の思考のナビゲーションシステムをハッキングし、論理展開を先読みしながら読むための極めて有効な戦略です。
4.1. 論理展開を予告する最重要マーカー
数あるディスコース・マーカーの中でも、特に以下のものは筆者の主張や論理の転換点を示す最重要シグナルです。
- 【最重要】逆接・対比のマーカー:主張のありかを告げる
- マーカー: 「しかし」「だが」「ところが」「けれども」「それに対して」「一方」
- 機能: これまでの議論の流れを転換し、筆者自身の本質的な主張や、対立する別の論点を導入します。これらのマーカーの後に書かれていることこそ、筆者が最も強調したいことである可能性が極めて高いです。評論読解において、逆接マーカーを見つけたら、その後の文に最大限の注意を払ってください。
- 譲歩のマーカー:逆接の「予告編」
- マーカー: 「もちろん~、しかし~」「たしかに~、だが~」「なるほど~、けれども~」
- 機能: まず、反対意見や一般論(A)を一度受け入れる(譲歩)ことで、議論に公平性を持たせつつ、その後に続く逆接マーカー以下(B)で、自らの本質的な主張をより際立たせる効果があります。「たしかに」と出てきたら、その後に必ず「しかし」が来ると予測しながら読んでください。
- 換言・結論のマーカー:要約のシグナル
- マーカー: 「つまり」「すなわち」「要するに」「このように」「したがって」
- 機能: それまでの議論をまとめ、要約・結論を述べます。段落の最後や文章の最後に現れることが多く、筆者の主張が凝縮されている重要な箇所です。
4.2. マーカーを用いた「予測読み」の実践
ディスコース・マーカーは、単に読んだ箇所を理解するためだけのものではありません。これから続く文章の展開を「予測」するためにこそ、戦略的に利用するべきです。
- 「たとえば」と出てきたら → 「抽象的な主張の具体例が来るな。主張が理解できていれば、ここは速く読もう」
- 「たしかに」と出てきたら → 「この後、必ず『しかし』が来て、筆者の本音が出るはずだ」
- 冒頭で「~という問題がある」と出てきたら → 「この文章は、この問題の原因分析か、解決策の提示に向かって進むのだろう」
この「予測読み」を実践することで、あなたは常に筆者の数歩先を読みながら、能動的に文章と対峙することができます。
4.3. 【実践】マーカーを道標に論理を追う
- 【演習問題】2021年度 追試 第1問 『「もの」の詩学』
この文章は、ディスコース・マーカーを追いかけることで、筆者の論理展開が明快に見えてきます。
- 冒頭(1段落): 椅子に座ることの生理的苦痛(圧迫、筋肉の緊張)を提示。
- 展開①(2段落~): 解決策の一つとして「背の後傾」を挙げる。
- 展開②(4段落~): **「もうひとつ」**というマーカーで、別の解決策「圧迫をやわらげる努力(クッション)」を提示。
- 【重要】転換(5段落): **「だが」という逆接マーカーが登場。「近代人ならばすぐに機能化と呼んでしまいそうな椅子を成立させた思考も技術も、一七世紀にあっては限られた身分の人間なればこそ生じた身体への配慮のなかに形成された」と述べ、ここから議論が単なる「機能」の話から、「社会階層」「文化的価値」**という、より本質的なテーマへと転換します。
- 主張の深化(6段落): **「むしろ」**というマーカーで主張を先鋭化。「『もの』を機能的にだけ理解することはすでに一種の抽象である」と述べ、ものの「政治学」に目を向けるべきだと主張します。
- さらなる展開(7段落): 衣装という具体例を挙げ、「裸の身体」ではなく「着物をまとった身体」という、より文化的な身体概念を導入。
- 結論(8段落): ブルジョワジーが宮廷社会の「もの」の文化を吸収した例を挙げ、「『身体』の仕組みはそれ自体、すでにひとつの、しかし複雑な政治過程を含んでいる」と、文章全体の主張を結論づけています。
このように、「だが」「むしろ」といった重要なマーカーに注目することで、筆者が議論をどの方向に導こうとしているのか、その意図が手に取るようにわかります。
5. 未知の概念・語彙への対処法―文脈からの意味構築と読み飛ばしの判断
共通テストの評論では、意図的に、受験生には馴染みのない専門用語や、筆者独自の造語、抽象度の高い概念が登場します。こうした未知の語彙に出会ったときにパニックに陥り、思考が停止してしまうのは、多くの受験生が経験することです。しかし、これもまた、あなたの文脈読解能力を試すための、作問者による意図的な仕掛けなのです。
5.1. パニックに陥らないための心構え
- 知らないのが当たり前: まず、「知らない単語が出てきても、慌てる必要はない」という心構えを持つことが最も重要です。難関大学を目指すあなたでさえ知らないのですから、他の受験生も知りません。その語彙を知っているかどうかが直接問われることは、現代文ではまずありません。
- 問われるのは「文脈処理能力」: 作問者が試しているのは、その単語の意味を知っているかという「知識」ではなく、知らない単語に出会ったときに、前後の文脈からその意味を類推し、文章全体の理解を継続できるかという「処理能力」です。
5.2. 文脈から意味を「構築」する3つのヒント
未知の語彙は、多くの場合、その意味を推測するためのヒントが本文中に用意されています。
- ヒント①:換言・具体例を探す
- 最も頼りになるヒントです。難解な語の直後に、「つまり~」「すなわち~」「たとえば~」「~とは、…ということである」といった形で、その意味の言い換えや具体例が示されていることが非常に多いです。未知の語に出会ったら、まずはその直後を確認する癖をつけましょう。
- ヒント②:対立構造を利用する
- その未知の語が、あなたがすでに知っている語と対比して用いられている場合、その反対の意味だと推測できます。
- 例:「その現象は、還元主義的なアプローチではなく、むしろホーリスティックな視点から捉えるべきだ」→この文脈では、「ホーリスティック」は「還元主義的(部分に分解して考える)」の反対、つまり「全体論的」という意味だと推測できます。
- ヒント③:語源・漢字から類推する
- カタカナ語であれば、その語源(英語など)から意味を推測したり、熟語であれば、構成する漢字の意味から類推したりすることも有効です。
- 例:「パラダイム」→ paradigm、「パラダイムシフト」なら「考え方の枠組みが大きく転換すること」かな?と推測。
5.3. 戦略的「読み飛ばし」の判断基準
全ての未知語の意味を完璧に推測する必要はありません。時には、**固執せずに「読み飛ばす」**という戦略的な判断も必要です。
- 読み飛ばしの条件:
- 文脈から意味が推測困難である。
- その語が、設問で直接問われていない。
- その語の意味が分からなくても、段落や文章全体の趣旨の理解に大きな支障がない。
- 読み飛ばしの方法:
- その未知語を、一旦**「X」や「A」といった記号で置き換えて**頭の中で処理し、先に進みます。文章全体の構造を把握することを優先し、もし後でその語の意味が必要になったときに、改めて戻ってくればよいのです。
- この「損切り」の判断ができるかどうかが、時間内に問題を解ききる上で非常に重要になります。
5.4. 【実践】未知の語彙への対処シミュレーション
- 【演習問題】2023年度 追試 第1問 『江戸の妖怪革命』
この文章には、「アルケオロジー」「エピステーメー」といった専門用語が登場します。これらにどう対処するかをシミュレーションしてみましょう。
- 「アルケオロジー」(6段落)
- 遭遇: 「本書ではフランスの哲学者ミシェル・フーコーの『アルケオロジー』の手法をエンヨウすることにしたい。」
- 対処: この時点では意味不明。しかし、パニックになる必要はありません。必ず説明があると信じて読み進めます。
- ヒント①(換言): 直後の7段落で、「フーコーの言うアルケオロジーは、思考や認識を可能にしている知の枠組み――『エピステーメー』の変容として歴史を描き出す試みのことである」と、明確に定義されています。ここで、「アルケオロジー=知の枠組みの変遷史を描く方法」と理解すれば十分です。
- 「エピステーメー」(7段落)
- 遭遇: 「知の枠組み――『エピステーメー』」
- 対処: ここも同様です。
- ヒント①(換言): 直後に「この枠組みがエピステーメーであり、しかもこれは時代とともに変容する」とあり、さらに「事物のあいだになんらかの関係性をうち立てるある一つの枠組みを通して、はじめて事物の秩序を認識することができる」と説明されています。ここから、「エピステーメー=ある時代のものの見方や考え方の根本的な枠組み」と理解できます。
このように、一見難解に見える専門用語も、筆者が読者のために用意してくれたヒント(言い換えや説明)を手掛かりに、文脈の中でその意味を構築していくことが可能なのです。
6. 結論:構造的速読は「全体」と「部分」を往還する技術である
本モジュールで解説してきた5つの技術――「論理骨格の抽出」「対立構造の把握」「抽象・具体の往還追跡」「ディスコース・マーカーの利用」「未知の語彙への対処」――は、それぞれが独立したテクニックでありながら、相互に連携し、あなたの読解を支える一つの強固なシステムを形成します。
このシステムが目指すのは、単に速く読むことではありません。それは、文章を「線」として逐次的に処理するのではなく、論理のつながりや対立軸、階層構造を持った「立体」として捉えることです。森全体(文章の主張・構造)を俯瞰しながら、個々の木(各文・段落)の役割を正確に分析する。この、「全体」と「部分」を絶えず往還するダイナミックな読解こそが、「構造的速読」の本質なのです。
この読解エンジンを搭載したあなたは、もはや難解な評論を前にして怯むことはありません。むしろ、その論理構造を解き明かし、筆者の思考の核心に迫る知的な冒険として、評論読解を楽しむことができるようになるでしょう。
そして、この強靭な読解力は、次なる**Module 4「小説(文学的文章)の読解戦略」**においても、形を変えてその真価を発揮します。論理で構成された評論とは異なり、感情や情景、象徴といった要素で織りなされる小説の世界。その複雑な綾を読み解くためにも、まずは論理的文章を構造的に把握する訓練が、揺るぎない基礎となるのです。