【共通テスト 数学1】Module 4: 選択問題【確率】攻略:事象の構造化と条件付き確率
【本記事の目的と概要】
本稿は、共通テスト数学Ⅰ・Aの選択問題の中でも、特に論理的思考力とモデル化能力が問われる「確率」を完全攻略するための戦略マニュアルである。共通テストの確率問題は、単に公式を当てはめて計算するだけの問題は皆無に等しい。その本質は、ゲームのルールや試行の手順といった、一見複雑な事象をいかに正確に**「構造化」し、数学的に正しいモデルに落とし込むかにある。本モジュールでは、確率論の根幹をなす「根元事象」の考え方から、実践的な数え上げの技術である「順列と組合せ」の使い分け、複雑な状況を打破する「余事象」の活用法、そして共通テストで頻出の「独立試行」「条件付き確率」「期待値」**に至るまで、そのすべてを戦術的観点から解説する。ここに記された思考法をマスターし、不確実な事象を論理のメスで切り刻む技術を身につけてほしい。
1. 確率問題の土台:根元事象の確立と数え上げの技術
確率の計算は、すべての事象の総数(全事象)と、注目する事象(当該事象)の場合の数を正確に数え上げ、その比を求めることから始まる。この「数え上げ」の精度が、確率問題の正否を決定づける。
1.1. すべては「同様に確からしい」から始まる
- 確率の基本は、
P(A) = (事象Aが起こる場合の数) / (起こりうる全ての場合の数)
である。この公式が成り立つ大前提は、根元事象(それ以上分解できない個々の結果)がすべて「同様に確からしい」ことである。 - 戦略的思考:
- 区別の原則: 確率の問題では、たとえ同じ色の玉や同じ種類のカードであっても、すべて区別して考えるのが原則である。例えば、「赤玉3個、白玉2個から2個取り出す」という問題では、5個の玉を
赤1, 赤2, 赤3, 白1, 白2
のように、すべて異なるものとして扱う。これにより、各根元事象が同様に確からしい状態となり、組合せの計算5C2
などが適用可能になる。 - 全事象の確立: 問題を読んだら、まず「起こりうる全ての場合の数」が何通りあるのかを確定させる。
- 例1:さいころ2個: 目の出方は
6 × 6 = 36
通り。 - 例2:カードの同時抜き取り: 6枚のカードから同時に2枚を取り出す試行A 1 では、全事象は
6C2 = 15
通り。 - 例3:カードの復元抽出: 6枚のカードから1枚ずつ2回取り出す(もとに戻す)試行B 2 では、全事象は
6 × 6 = 36
通り。
- 例1:さいころ2個: 目の出方は
- 区別の原則: 確率の問題では、たとえ同じ色の玉や同じ種類のカードであっても、すべて区別して考えるのが原則である。例えば、「赤玉3個、白玉2個から2個取り出す」という問題では、5個の玉を
- 教訓: 試行の条件(「同時に」なのか、「1つずつ戻さずに」なのか、「1つずつ戻して」なのか)を正確に読み取り、全事象を正しく設定すること。ここでのミスは、以降のすべての計算を無意味にする。
1.2. P(順列)かC(組合せ)か?:区別の有無という分水嶺
場合の数を数え上げる際の二大ツールが順列 nPr
と組合せ nCr
である。これらの使い分けは「順番を区別するかどうか」に尽きる。
- 組合せ (Combination):
nCr
- キーワード: 「選ぶ」「組」「同時に」
- 本質: 順番を区別しない。
{A, B}
と{B, A}
を同じ1通りと数える。 - 例: 6枚のカードから2枚を同時に取り出す場合 3、
{1, 2}
と{2, 1}
は同じなので組合せ6C2
を用いる。
- 順列 (Permutation):
nPr
- キーワード: 「並べる」「列」「順番に」
- 本質: 順番を区別する。
(A, B)
と(B, A)
を異なる2通りとして数える。 - 例: 6枚のカードから順番に2枚を取り出し並べる場合、
(1, 2)
と(2, 1)
は別物なので順列6P2
を用いる。
- 戦略的思考:
- 共通テストでは、単純な
P
やC
の計算だけでなく、これらを組み合わせた複雑な状況設定が多い。例えば、3人でのプレゼント交換 4 の場合、A, B, C のプレゼントの配り方は3! = 6
通りとなるが、これは「誰がどのプレゼントを受け取るか」という順番(対応関係)を区別しているため、順列的な思考に基づいている。
- 共通テストでは、単純な
2. 複雑な事象を切り分ける戦略的ツール
直接数えるのが困難な事象は、見方を変えたり、分割したりすることで攻略の糸口が見える。
2.1. 余事象:「少なくとも〜」を狩る最短経路
- 「少なくとも1つは~である」 という表現が出てきたら、余事象を考えるのが鉄則である。
- 思考プロセス:
- 求めたい事象
A
が「少なくとも~」であることを確認する。 - 余事象
Ā
を考える。これは「すべて~でない」あるいは「1つも~ない」という事象になる。 - 余事象
Ā
の確率P(Ā)
を計算する。こちらの方が直接P(A)
を計算するより簡単な場合がほとんどである。 P(A) = 1 - P(Ā)
の公式を用いて、目的の確率P(A)
を求める。
- 求めたい事象
- 典型例:2022年度本試験 第3問
- 4人でのプレゼント交換で、「全員が自分以外のプレゼントを受け取る」確率を求めさせている 5。
- 直接計算: 全員が違うプレゼントを受け取る場合の数を数えるのは複雑(完全順列)。
- 余事象の活用: 余事象は「少なくとも1人が自分のプレゼントを受け取る」こと。
- 問題の誘導では、この余事象をさらに「ちょうど1人が受け取る」「ちょうど2人が受け取る」「ちょうど3人が(これは不可能)」「ちょうど4人が受け取る」という、互いに排反な事象に場合分けして数えさせている。
- これら「終了しない場合」の総数を求め、全体の総数
4!
から引くことで、「終了する場合」の数を導き出している。これは余事象の考え方を応用した、より高度な数え上げ戦略である。
2.2. 独立試行と反復試行:確率の乗法定理
- 独立試行: 複数の試行を行う際、それぞれの結果が互いに影響を与えない場合、それらの試行は独立であるという。
- 確率の乗法定理: 2つの事象
A
,B
が独立ならば、両方が起こる確率P(A∩B)
はP(A) × P(B)
で計算できる。
- 確率の乗法定理: 2つの事象
- 反復試行: 同じ条件で同じ試行を繰り返し行う場合。
- 公式: 1回の試行で事象
A
が起こる確率をp
とするとき、この試行をn
回繰り返してA
がちょうどr
回起こる確率は、nCr × p^r × (1-p)^(n-r)
である。 - 公式の本質:
nCr
:n
回中どのr
回で事象A
が起こるかの「場所選び」の組合せ。p^r
:A
がr
回起こる確率。(1-p)^(n-r)
:A
が起こらない事象(余事象)がn-r
回起こる確率。
- 公式: 1回の試行で事象
- 典型例:さいころを7回投げる問題 6
- さいころを7回投げ、3の倍数(確率1/3)が
k
回、それ以外(確率2/3)が7-k
回出た結果、座標が3になる場合を考える。 - 正に1進むのが
k
回、負に1進むのが7-k
回なので、最終座標はk - (7-k) = 2k-7
。 2k-7 = 3
となるのはk=5
のとき。- つまり、7回中、3の倍数がちょうど5回出る確率を求めればよい。これは反復試行の確率そのものであり、
7C5 × (1/3)^5 × (2/3)^2
で計算できる。
- さいころを7回投げ、3の倍数(確率1/3)が
3. 時間軸と思考の連鎖:条件付き確率と期待値
3.1. 条件付き確率 P(B|A):情報更新による確率の変化
- 定義: 事象
A
が起こったという条件下で、事象B
が起こる確率。これをP(B|A)
と書く。 - 計算式:
P(B|A) = P(A∩B) / P(A)
- 戦略的思考(重要): 条件付き確率の本質は、**「全事象の縮小」**である。
- 通常の確率は、起こりうる全ての事象を分母とする。
- しかし、条件付き確率では、「事象Aが起こった」という情報が与えられた時点で、考えるべき世界のすべて(全事象)が
A
の中に限定される。 - したがって、分母は
P(A)
となり、分子は「A
の中でB
が起こる」すなわちA
とB
が同時に起こるP(A∩B)
となる。
- 典型例:2022年度追試験 第3問
- タイルを4枚貼った配置がEであったとき、2枚目を貼った時点での配置がAであった条件付き確率を問うている 7。
- Step 1(分母の計算): まず、「4枚目の配置がEとなる確率」
P(E)
を求める。これは、3枚目の配置がB, C, Dのいずれかであった場合に分岐するため、P(E) = P(B経由でE) + P(C経由でE) + P(D経由でE)
のように、排反な事象の和として計算する。 - Step 2(分子の計算): 次に、「2枚目でA、かつ4枚目でEとなる確率」
P(A∩E)
を求める。 - Step 3(比の計算): 最後に、
P(A|E) = P(A∩E) / P(E)
を計算する。
- 教訓: 「~のとき」「~という条件の下で」という言葉は、条件付き確率の合図である。その合図を見たら、思考を「全事象の縮小」モードに切り替え、何が新しい分母になるのかを冷静に見極めること。
3.2. 期待値 E(X):不確実性の平均値を予測する
- 定義: 確率変数
X
がとりうる値と、その値をとる確率の積を、すべて足し合わせたもの。簡単に言えば、ある試行を無数に繰り返したときに得られる結果の「平均値」である。 - 計算式:
X
が値x1, x2, ..., xn
を、それぞれ確率p1, p2, ..., pn
でとるとき、期待値E(X)
は、E(X) = x1*p1 + x2*p2 + ... + xn*pn
である。 - 典型例:2025年度新課程 第4問
- 当たりが出たら1200円、出なければ0円の景品がもらえるゲームの期待値を計算させている 8。
- Step 1: 景品をもらえる確率(当たりが出る確率)
P(当たり)
と、もらえない確率P(はずれ)
を求める。 - Step 2: 期待値
E(X) = 1200 × P(当たり) + 0 × P(はずれ)
を計算する。 - この問題ではさらに、参加料
Y
の期待値E(Y)
も計算させ、E(X)
とE(Y)
を比較することで、そのゲーム設定が妥当かどうかを判断させている。これは期待値の現実的な応用例として非常に教育的である。
- 教訓: 期待値の計算は、(1)確率変数がとりうる値をすべてリストアップし、(2)それぞれの値をとる確率をすべて計算し、(3)積の和をとる、という3ステップで機械的に行える。確率の計算さえ間違えなければ、確実に得点できる領域である。
4. 応用:複雑な試行のモデル化
共通テストの確率問題は、複数のステップからなる複雑な試行を扱うことが多い。これらを攻略するには、試行のプロセスを正確にモデル化する能力が不可欠である。
4.1. 状態の推移を図式化する
- 典型例1:2023年度本試験 第3問(座標平面上の点の移動)
- 点Pの移動は、硬貨の裏表に応じて、(x, y) 座標が変化していく。これは「状態の推移」と捉えることができる 9。
- 問題では、図2 10 のように、考えられる経路(パス)を格子状の図で示し、各格子点に至る場合の数を書き込ませることで、受験生を誘導している。
- これは、動的計画法(DP)の考え方に通じるものであり、複雑な事象をより単純な部分問題の積み重ねとして解決する強力な手法である。
- 典型例2:2024年度本試験 第3問(じゃんけん)
- 3人で始めたじゃんけんが、あいこなら3人、1人勝ちなら終了、2人勝ちなら2人、というように参加人数が「推移」していく 11。
- 「3人→3人→1人(終了)」や「3人→2人→1人(終了)」といった人数の推移のパターンを考え、それぞれの遷移確率を計算し、掛け合わせることで、目的の確率を求めている。
- 教訓: 複雑なルールを持つゲームや複数回の試行では、状態(例:人数、位置、得点)がどのように変化するのかを、樹形図や状態遷移図、あるいは問題文で与えられた図を用いて視覚化することが、思考を整理し、ミスを防ぐ上で極めて有効である。
結論:確率は「翻訳」と「構造化」のゲームである
確率の問題を解くことは、与えられた日本語のルールを、場合の数と確率という数学語に「翻訳」し、複雑に絡み合った事象を、排反な事象や独立な事象の組み合わせとして「構造化」する知的なゲームである。表面的な計算テクニックに終始するのではなく、問題の背後にある構造を見抜き、最もシンプルで間違いのない道筋を設計する。その論理的思考力こそが、共通テストの確率問題を攻略するための真の力となる。