【基礎 物理(熱力学)】Module 11:二原子分子の理想気体
本モジュールの目的と構成
これまでのモジュールで、私たちは「単原子分子理想気体」という、最もシンプルなモデルを基盤に、熱力学の法則を探求してきました。ヘリウムやアルゴンのような、一つの原子が点として振る舞うこのモデルは、熱力学の基本原理を理解する上で、極めて有効な出発点でした。しかし、私たちの身の回りに最も豊富に存在する気体—大気の約99%を占める窒素(\(N_2\))や酸素(\(O_2\))—は、二つの原子が結合した「二原子分子」です。
これらの分子は、もはや単なる「点」ではありません。二つの原子が結びついた「ダンベル」のような構造を持つため、空間を飛び回る「並進運動」に加えて、コマのようにくるくると「回転運動」することも可能です。この新しい運動の可能性は、気体がエネルギーをどのように蓄え、熱にどう反応するか、その性質を根本的に変えてしまいます。
本モジュールでは、この「二原子分子」という、より現実に近いモデルへと理論を拡張します。そのための鍵となるのが、「エネルギー等分配の法則」と「自由度」という、統計力学の強力な概念です。なぜ二原子分子の比熱は、単原子分子よりも大きいのか?その違いが、断熱変化にどのような影響を及ぼすのか?これらの問いに答えることで、私たちは気体の種類(内部構造)と、そのマクロな熱力学的性質との間に存在する、深い繋がりを解き明かしていきます。
このモジュールを学習することで、あなたは以下の知的なステップを登ります。
- エネルギー等分配の法則の定性的理解: 熱平衡状態にある系で、エネルギーがどのように「公平に」分配されるかという、統計力学の基本原理を学びます。
- 並進運動と回転運動の自由度: エネルギーを蓄えることができる独立した運動モードである「自由度」の概念を理解し、単原子分子と二原子分子でその数がどう異なるかを分析します。
- 二原子分子の内部エネルギー: エネルギー等分配の法則を使い、二原子分子理想気体の内部エネルギーが \(U = \frac{5}{2}nRT\) となることを導出します。
- 二原子分子の定積モル比熱: 内部エネルギーの新しい表現から、定積モル比熱が \(C_V = \frac{5}{2}R\) となることを見出します。
- 二原子分子の定圧モル比熱: マイヤーの関係式を適用し、定圧モル比熱が \(C_p = \frac{7}{2}R\) となることを導きます。
- 二原子分子の比熱比: 二つのモル比熱から、比熱比が \(\gamma = 7/5 = 1.4\) となることを計算します。
- 単原子分子と二原子分子の断熱変化の違い: 比熱比 \(\gamma\) の値が異なることで、断熱変化のP-V図上での振る舞いがどう変わるかを比較します。
- 温度による振動の自由度の寄与: より高い温度で現れる「振動」という新しい自由度に触れ、古典物理学の限界と量子力学の必要性を垣間見ます。
- 気体の種類と熱力学的性質の関係: 分子の内部構造(自由度)が、その気体のすべての熱的性質を決定づけるという、美しい対応関係を総括します。
- 内部エネルギーの式を用いた応用計算: 二原子分子の公式を使い、より現実的な気体に関する具体的な問題を解く応用力を養います。
このモジュールを終えるとき、あなたは理想気体のモデルを、より洗練され、現実の気体により近いものへとアップデートさせています。それは、ミクロな分子の構造が、マクロな世界の物理法則に、いかに深く、そして定量的に反映されているかを理解する、感動的な知的体験となるでしょう。
1. エネルギー等分配の法則の定性的理解
1.1. ミクロな世界の「公平な分配」
熱平衡状態にある、無数の分子からなる気体系を考えます。系全体のエネルギーは、個々の分子の運動エネルギーとして存在しますが、衝突を通じて、エネルギーは絶えず分子から分子へとやり取りされています。では、このエネルギーは、長い目で見ると、どのように分配されているのでしょうか。
19世紀後半、マクスウェルやボルツマンらの統計力学の研究により、この問いに対する驚くほどシンプルで強力な答えが見出されました。それが「エネルギー等分配の法則(あるいはエネルギー均等分配の法則)」です。
この法則を、定性的に述べると以下のようになります。
熱平衡状態にある系では、その系が持つ全エネルギーは、エネルギーを蓄えることができる、すべての独立した運動のモード(自由度)に対して、統計的に均等に分配される。
1.2. 法則を理解するためのアナロジー
この法則は、会社のパーティーでのボーナスの分配に例えると、直感的に理解しやすくなります。
- 会社の全利益(全エネルギー): パーティーの主催者が用意した、ボーナスの総額。
- 社員(分子): パーティーの参加者。
- 自由度: ボーナスを受け取ることができる「資格」や「権利」のようなもの。
シナリオ:
会社には、いくつかの種類の「資格(自由度)」があります。例えば、「基本給資格」「歩合給資格」「役職手当資格」などです。エネルギー等分配の法則とは、この会社では、ボーナスは個人の能力や貢献度に関わらず、「保有する資格一つあたり、全く同額」が分配される、というルールに相当します。
- 社員A(単原子分子): 「基本給資格(x, y, z方向の並進運動)」の3つの資格しか持っていません。彼は、3資格分のボーナスを受け取ります。
- 社員B(二原子分子): 「基本給資格(並進運動)」の3つに加えて、「特殊技能手当資格(回転運動)」を2つ持っています。彼は、合計で5資格分のボーナスを受け取ります。
この結果、社員Bは社員Aよりも多くのボーナス(エネルギー)を保有することになりますが、資格一つあたりの単価は、完全に同じです。
1.3. 定量的な表現
統計力学によれば、この「資格一つあたりのボーナスの単価」は、系の絶対温度 \(T\) のみによって決まり、その額は \(\frac{1}{2}k_B T\) であることが示されています。(\(k_B\) はボルツマン定数)。
エネルギー等分配の法則(定量的表現):
熱平衡状態(絶対温度 \(T\))にある系において、それぞれの自由度には、平均して \(\frac{1}{2}k_B T\) のエネルギーが分配される。
この極めてシンプルで強力な法則が、気体の種類によって、その熱的性質(内部エネルギーや比熱)がなぜ異なるのかを、統一的に説明するための鍵となります。ある分子が、いくつの「自由度」という名の「エネルギーを入れるポケット」を持っているか。それを数え上げることが、次のステップです。
2. 並進運動と回転運動の自由度
2.1. 自由度とは何か?
エネルギー等分配の法則の中心的な概念である「自由度 (degrees of freedom)」とは、物理学的には、ある物体の状態(特に、その運動エネルギー)を記述するために必要な、独立した変数の数を指します。
気体分子の文脈では、これは「分子がエネルギーを蓄えることができる、独立した運動の種類」と読み替えることができます。私たちは、分子の構造(単原子か、二原子か)に応じて、これらの運動の種類を数え上げていきます。
2.2. 並進運動の自由度
- 定義: 並進運動 (translational motion) とは、分子の重心が、空間の中を移動していく運動です。
- 自由度の数:私たちの空間は3次元なので、あらゆる並進運動は、互いに直交する三つの独立な方向(x軸、y軸、z軸)の運動の重ね合わせとして表現できます。分子の速度ベクトル \(\vec{v}\) は、\((v_x, v_y, v_z)\) という三つの成分を持ち、分子の並進運動エネルギーは、\[ KE_{trans} = \frac{1}{2}mv_x^2 + \frac{1}{2}mv_y^2 + \frac{1}{2}mv_z^2 \]という、三つの独立した項の和で書くことができます。
- 結論: したがって、分子の構造に関わらず、あらゆる気体分子は、3つの並進運動の自由度を持ちます。
2.3. 回転運動の自由度
- 定義: 回転運動 (rotational motion) とは、分子が、自身の重心を中心として、コマのように回転する運動です。
- 自由度の数: この自由度の数は、分子の形状によって劇的に異なります。
2.3.1. 単原子分子の場合 (例: He, Ar)
- モデル: 単原子分子は、大きさのない「質点」としてモデル化されます。
- 考察:質点には、大きさも、形状もありません。したがって、その重心周りの回転を考えても、物理的には何の変化ももたらしません。また、物理学的には、質点の回転のエネルギー(慣性モーメントがゼロなので)は、無視できるほど小さいとされます。
- 結論: したがって、単原子分子は、回転運動の自由度を持ちません。\[ \text{自由度の総数 (単原子)} = (\text{並進}) + (\text{回転}) = 3 + 0 = 3 \]これは、Module 3で学んだ \(\overline{KE} = \frac{3}{2}k_B T = 3 \times (\frac{1}{2}k_B T)\) という結果と、見事に一致します。
2.3.2. 二原子分子の場合 (例: N₂, O₂, H₂)
- モデル: 二原子分子は、二つの原子(質点)が、長さの変わらない固い棒(剛体的な化学結合)で結ばれた、「剛体回転子 (rigid rotator)」または「ダンベル」の形でモデル化されます。
- 考察:このダンベルの回転を考えます。空間内での物体の回転は、一般に、互いに直交する三つの独立な回転軸の周りの回転に分解できます。
- ダンベルの軸に垂直な第一の軸の周りの回転: これは、ダンベルを横向きにして、中央でくるくる回すような運動です。明確な運動エネルギーを持ちます。→ 自由度1
- ダンベルの軸に垂直な第二の軸の周りの回転: これは、ダンベルを縦向きにして、羽根つきの羽根のように、きりもみ回転させる運動です。これも、明確な運動エネルギーを持ちます。→ 自由度1
- ダンベルの軸そのものを回転軸とする回転: これは、ダンベル(あるいは、細い針)を、その長軸の周りに、ドリルように回転させる運動です。原子は、この回転軸上に乗っている「質点」と見なせるため、この回転に対する慣性モーメントは、他の二つの軸に比べて、無視できるほど小さくなります。したがって、古典力学の範囲では、この回転モードはエネルギーをほとんど蓄えることができず、自由度としてはカウントしません。(これは、量子力学によって、より厳密に正当化されます。)
- 結論: したがって、直線状の分子(二原子分子など)は、2つの回転運動の自由度を持ちます。\[ \text{自由度の総数 (二原子)} = (\text{並進}) + (\text{回転}) = 3 + 2 = 5 \]
2.4. まとめ
- 単原子分子: ポケットが3つ(並進のみ)。
- 二原子分子: ポケットが5つ(並進3つ+回転2つ)。
この「自由度の数」の違いが、二つの気体の熱力学的な性質のすべての違いの根源となります。同じ温度(資格あたりの単価が同じ)であれば、ポケットの数が多い二原子分子の方が、より多くの内部エネルギーを蓄えることができるのです。
3. 二原子分子の内部エネルギー
3.1. エネルギー等分配の法則の適用
二原子分子理想気体の内部エネルギー \(U\) を、理論的に導出しましょう。そのための武器は、これまでに確立した二つの強力な原理です。
- 原理1:エネルギー等分配の法則:熱平衡状態(温度 \(T\))において、分子が持つ自由度一つあたり、平均して \(\frac{1}{2}k_B T\) のエネルギーが分配される。
- 原理2:二原子分子の自由度の数:(常温域で考慮すべき)二原子分子の自由度の総数 \(f\) は、5 である。(並進3 + 回転2)
3.2. 内部エネルギー U の導出
この二つの原理を組み合わせることで、計算は極めてシンプルに進みます。
ステップ1:分子1個あたりの平均エネルギー
- 二原子分子は、エネルギーを蓄えるための「ポケット(自由度)」を5つ持っています。
- それぞれのポケットには、平均で \(\frac{1}{2}k_B T\) のエネルギーが入ります。
- したがって、二原子分子1個が持つ平均の全エネルギー \(\overline{E}\) は、\[ \overline{E} = (\text{自由度の数}) \times (\text{自由度あたりのエネルギー}) \]\[ = 5 \times \left( \frac{1}{2}k_B T \right) = \frac{5}{2}k_B T \]となります。
ステップ2:\(N\) 個の分子の全エネルギー(内部エネルギー)
- 理想気体の内部エネルギー \(U\) は、分子間力がゼロなので、全分子のエネルギーの総和に等しくなります。
- 系内に \(N\) 個の分子が存在する場合、その内部エネルギー \(U\) は、\[ U = N \times \overline{E} = N \left( \frac{5}{2}k_B T \right) = \frac{5}{2} N k_B T \]
ステップ3:マクロな量への書き換え
- 最後に、このミクロな表現を、測定可能なマクロな量(物質量 \(n\)、気体定数 \(R\))で書き換えます。
- 関係式 \(Nk_B = nR\) を用いると、
二原子分子理想気体の内部エネルギーの公式:
\[ U = \frac{5}{2}nRT \]
という、最終的な結論が得られます。
3.3. 単原子分子との比較と考察
この結果を、単原子分子の場合と比較してみましょう。
- 単原子分子 (自由度 3): \(U = \frac{3}{2}nRT\)
- 二原子分子 (自由度 5): \(U = \frac{5}{2}nRT\)
この比較から、以下の重要な事実が明らかになります。
同じ物質量、同じ温度の気体であっても、二原子分子気体は、単原子分子気体よりも多くの内部エネルギーを蓄えている。
その差額は、\(\frac{5}{2}nRT – \frac{3}{2}nRT = nRT\) です。この差額こそが、\(n\) mol の二原子分子気体が、その2つの回転の自由度に蓄えているエネルギーの総量に他なりません。
- 並進運動エネルギー: \(n \times 3 \times (\frac{1}{2}k_B T) = \frac{3}{2}nRT\)
- 回転運動エネルギー: \(n \times 2 \times (\frac{1}{2}k_B T) = nRT\)
- 合計内部エネルギー: \(\frac{3}{2}nRT + nRT = \frac{5}{2}nRT\)
このように、エネルギー等分配の法則と自由度の概念は、分子の内部構造の違いが、マクロな内部エネルギーの値に、いかに直接的に、そして定量的に反映されるかを、見事に説明してくれるのです。この新しい内部エネルギーの表現が、次のモル比熱の計算の、不動の出発点となります。
4. 二原子分子の定積モル比熱
4.1. 普遍的な関係式への回帰
二原子分子理想気体の定積モル比熱 \(C_V\) を決定しましょう。そのための鍵となるのは、Module 5で確立した、内部エネルギーの変化量 \(\Delta U\) と \(C_V\) を結びつける、あらゆる理想気体に対して成り立つ普遍的な関係式です。
\[ \Delta U = n C_V \Delta T \]
この式は、内部エネルギーが状態量であることに由来するため、気体の種類(単原子か二原子か)にはよりません。
4.2. \(C_V\) の導出
私たちの手元には、二原子分子の内部エネルギーに関する、二つの表現があることになります。
- 普遍的な熱力学的定義:\[ \Delta U = n C_V \Delta T \]
- エネルギー等分配の法則からの理論的帰結:前節で導出した \(U = \frac{5}{2}nRT\) から、温度が \(T_1\) から \(T_2\) へと変化したときの内部エネルギーの変化量 \(\Delta U\) は、\[ \Delta U = U_2 – U_1 = \frac{5}{2}nRT_2 – \frac{5}{2}nRT_1 = \frac{5}{2}nR(T_2-T_1) = \frac{5}{2}nR\Delta T \]
この二つの \(\Delta U\) の表現は、当然、等しくなければなりません。
\[ n C_V \Delta T = \frac{5}{2}nR\Delta T \]
両辺に共通して存在する \(n\Delta T\) の項を消去すると、
二原子分子理想気体の定積モル比熱:
\[ C_V = \frac{5}{2}R \]
という、明確な結論が得られます。
4.3. 単原子分子との比較と物理的意味
この結果を、単原子分子の場合と比較することで、その物理的な意味がより鮮明になります。
- 単原子分子 (自由度 3): \(C_V = \frac{3}{2}R \approx 12.5 , \text{J/(mol·K)}\)
- 二原子分子 (自由度 5): \(C_V = \frac{5}{2}R \approx 20.8 , \text{J/(mol·K)}\)
二原子分子気体の定積モル比熱は、単原子分子気体のそれよりも、ちょうど \(R\) だけ大きい。
なぜ、このような差が生まれるのでしょうか。
\(C_V\) は、定積変化において、1 mol の気体の温度を 1 K 上げるのに必要な熱量でした。そして、定積変化では、加えられた熱はすべて内部エネルギーの増加になります。
- 単原子分子: 温度を 1 K 上げるためには、3つの並進自由度のエネルギーを、それぞれ \(\frac{1}{2}k_B\) ずつ、合計で \(\frac{3}{2}k_B\) だけ増加させる必要があります(1分子あたり)。1 mol あたりでは、\(\frac{3}{2}R\) の熱量が必要です。
- 二原子分子: 温度を 1 K 上げるためには、3つの並進自由度に加えて、2つの回転自由度のエネルギーも、同様に増加させなければなりません。したがって、3つの並進自由度のために \(\frac{3}{2}R\) の熱量、さらに、2つの回転自由度のために \(2 \times \frac{1}{2}R = R\) の熱量が、追加で必要になります。
その結果、合計で \(\frac{3}{2}R + R = \frac{5}{2}R\) の熱量が必要となるのです。
この差 \(R\) は、まさに回転運動を「温める」ために必要なコストに他なりません。
定積モル比熱 \(C_V\) の値は、その気体分子が、いくつの自由度(エネルギーのポケット)を持っているかを、直接的に反映する鏡なのです。実験で気体の \(C_V\) を測定することは、目に見えない分子の内部構造(並進しかしないのか、回転もするのか)を、間接的に探るための、強力な手段となります。
5. 二原子分子の定圧モル比熱
5.1. 普遍法則「マイヤーの関係式」の威力
次に、二原子分子理想気体の定圧モル比熱 \(C_p\) を求めます。
ここで、私たちは、再び、熱力学の普遍的な法則の恩恵を受けることができます。Module 5で導出した「マイヤーの関係式」です。
\[ C_p – C_V = R \]
この関係式は、熱力学第一法則と理想気体の状態方程式のみから導出されたものであり、その気体が単原子分子であろうと、二原子分子であろうと、あらゆる理想気体に対して、等しく成り立ちます。
\(C_p\) と \(C_V\) の差が、1 mol, 1 K あたりの膨張仕事の量 \(R\) に等しい、という物理的な意味は、分子の内部構造には依存しないからです。
5.2. \(C_p\) の導出
この普遍的な関係式を用いれば、\(C_p\) の計算は非常に簡単です。
マイヤーの関係式を \(C_p\) について解くと、
\[ C_p = C_V + R \]
となります。
ここに、前節で求めた、二原子分子の定積モル比熱 \(C_V = \frac{5}{2}R\) を代入します。
\[ C_p = \frac{5}{2}R + R = \left(\frac{5}{2} + 1\right)R = \frac{7}{2}R \]
二原子分子理想気体の定圧モル比熱:
\[ C_p = \frac{7}{2}R \]
5.3. 単原子分子との比較と物理的意味
この結果も、単原子分子の場合と比較してみましょう。
- 単原子分子 (自由度 3):
- \(C_V = \frac{3}{2}R\)
- \(C_p = \frac{5}{2}R\)
- 二原子分子 (自由度 5):
- \(C_V = \frac{5}{2}R\)
- \(C_p = \frac{7}{2}R\)
どちらの場合も、\(C_p\) は \(C_V\) よりも、きっちり \(R\) だけ大きいことが確認できます。
物理的解釈:
1 mol の二原子分子気体の温度を、圧力一定のまま 1 K 上げるのに必要な熱量 \(C_p = \frac{7}{2}R\) の内訳は、以下のようになっています。
- 内部エネルギーの増加 (\(\Delta U\)) のため:温度を 1 K 上げるためには、5つの自由度(並進3+回転2)を温める必要があり、そのために \(nC_V\Delta T\) に相当する \(\frac{5}{2}R\) のエネルギーが必要です。
- 外部への仕事 (\(W_{by}\)) のため:温度を 1 K 上げると、定圧下では気体は膨張し、外部に対して \(P\Delta V = nR\Delta T\) に相当する \(R\) の仕事をします。
合計必要な熱量 \(Q_P\):
\[ Q_P = \Delta U + W_{by} \]
\[ C_p = C_V + R \]
\[ \frac{7}{2}R = \frac{5}{2}R + R \]
マイヤーの関係式は、このエネルギー収支の内訳を、美しく表現しているのです。分子の内部構造が複雑になり、内部エネルギーを蓄えるためのコスト(\(C_V\))が増えれば、その分、外部への仕事のコスト(\(R\))も上乗せされるため、定圧下で温めるための総コスト(\(C_p\))も、同じだけ増加する、というわけです。
6. 二原子分子の比熱比
6.1. 比熱比 \(\gamma\) の再訪
比熱比 \(\gamma\) は、定圧モル比熱 \(C_p\) と定積モル比熱 \(C_V\) の比で定義される、気体の断熱的な性質を特徴づける重要な無次元量でした。
\[ \gamma = \frac{C_p}{C_V} \]
その値は、分子の自由度の数に依存するため、二原子分子の場合、単原子分子とは異なる値をとるはずです。
6.2. \(\gamma\) の導出
これまでに求めた、二原子分子のモル比熱の値を、この定義式に代入します。
- \(C_V = \frac{5}{2}R\)
- \(C_p = \frac{7}{2}R\)
\[ \gamma = \frac{C_p}{C_V} = \frac{\frac{7}{2}R}{\frac{5}{2}R} \]
気体定数 \(R\) と、分母分子の 2 が、きれいに打ち消し合います。
二原子分子理想気体の比熱比:
\[ \gamma = \frac{7}{5} = 1.4 \]
6.3. 単原子分子との比較と重要性
二つの気体の比熱比を比較してみましょう。
- 単原子分子 (自由度 3): \(\gamma = \frac{5}{3} \approx 1.67\)
- 二原子分子 (自由度 5): \(\gamma = \frac{7}{5} = 1.40\)
二原子分子気体の比熱比は、単原子分子気体のそれよりも、小さい値をとる。
この数値の違いは、実験的に非常に重要な意味を持ちます。空気(主成分は窒素と酸素なので、二原子分子と見なせる)の比熱比を測定すると、その値は常温でほぼ 1.40 となり、この理論的な予測と驚くほどよく一致します。これは、気体分子運動論、特にエネルギー等分配の法則と自由度の概念が、現実の気体の性質を正しく捉えていることの、強力な証拠となりました。
比熱比 \(\gamma\) は、より一般的に、自由度の数 \(f\) を使って表現することができます。
- \(C_V = \frac{f}{2}R\)
- \(C_p = C_V + R = (\frac{f}{2}+1)R = \frac{f+2}{2}R\)
- \(\gamma = \frac{C_p}{C_V} = \frac{(f+2)/2 \cdot R}{f/2 \cdot R} = \frac{f+2}{f} = 1 + \frac{2}{f}\)
この式 \(\gamma = 1 + 2/f\) から、自由度の数 \(f\) が大きい分子ほど、比熱比 \(\gamma\) の値は 1 に近づいていくことがわかります。
この違いが、次の断熱変化の挙動に、どのような差異をもたらすのかを見ていきましょう。
7. 単原子分子と二原子分子の断熱変化の違い
7.1. 断熱変化を支配するポアソンの法則
断熱変化における圧力 \(P\) と体積 \(V\) の関係は、ポアソンの法則によって支配されます。
\[ PV^\gamma = \text{一定} \]
この法則に登場する指数 \(\gamma\)(比熱比)の値が、単原子分子と二原子分子とで異なるため、当然、断熱変化の際の振る舞いも異なってきます。
- 単原子分子: \(PV^{5/3} = \text{一定}\)
- 二原子分子: \(PV^{7/5} = \text{一定}\) (\(PV^{1.4} = \text{一定}\))
7.2. P-V図上での軌跡の比較
指数 \(\gamma\) が大きいほど、体積 \(V\) の変化に対する圧力 \(P\) の変化が、より急激になります。
(\(P \propto V^{-\gamma}\) なので、\(\gamma\) が大きいほど、\(V\) の増加に対する \(P\) の減少が速い。)
\(\gamma_{\text{単原子}} (\approx 1.67) > \gamma_{\text{二原子}} (1.4)\) なので、
P-V図上において、断熱線の傾きは、単原子分子気体の方が、二原子分子気体よりも急である。
同じ初期状態から、同じ体積まで断熱膨張させた場合、単原子分子気体の方が、圧力も温度も、より大きく低下します。
逆に、同じ体積比で断熱圧縮した場合、単原子分子気体の方が、圧力も温度も、より大きく上昇します。
7.3. 物理的な理由:エネルギーの「器」の大きさ
なぜ、このような違いが生まれるのでしょうか。その理由は、それぞれの分子が持つ「自由度の数」、すなわち、エネルギーを蓄える「器の大きさ」の違いにあります。
断熱圧縮のシナリオで考えてみましょう:
外部から、同じ量だけ、ピストンでゆっくりと仕事 \(W\) (>0) をします。
断熱過程なので、この仕事はすべて、内部エネルギーの増加 \(\Delta U\) となります(\(\Delta U = W\))。
- 単原子分子の場合 (自由度 3):加えられたエネルギー \(W\) は、3つの並進運動の自由度という、3つのポケットに分配されます。ポケット一つあたりに分配されるエネルギーは、\(W/3\) です。
- 二原子分子の場合 (自由度 5):加えられた同じエネルギー \(W\) は、3つの並進運動と2つの回転運動の自由度という、5つのポケットに分配されます。ポケット一つあたりに分配されるエネルギーは、\(W/5\) です。
温度上昇との関係:
絶対温度 \(T\) は、自由度一つあたりの平均エネルギー(\(\frac{1}{2}k_B T\))に比例する量でした。
したがって、自由度一つあたりに分配されるエネルギーが大きいほど、温度の上昇も大きくなります。
\(W/3 > W/5\) なので、同じ仕事(エネルギー)を加えても、単原子分子の方が、二原子分子よりも、温度が大きく上昇するのです。
そして、温度が大きく上昇すれば、圧力もまた、より大きく上昇します。
このように、単原子分子は、エネルギーの「器」が小さいため、加えられたエネルギーがすぐに「溢れて」、温度上昇という形で顕著に現れます。一方、二原子分子は、回転運動という余分な「器」を持っているため、同じエネルギーを加えられても、それを内部で分散させてしまい、温度上昇はより緩やかになるのです。この性質の違いが、比熱比 \(\gamma\) の値の違い、そして断熱変化の軌跡の違いとして、マクロな世界に現れるのです。
8. 温度による振動の自由度の寄与(高校範囲外への言及)
8.1. 古典物理学の困難:「比熱の謎」
これまで、私たちは二原子分子を、二つの原子が固い棒で結ばれた「剛体回転子」としてモデル化し、その自由度を5(並進3+回転2)と計算してきました。このモデルは、常温付近の窒素や酸素の比熱を、見事に説明します。
しかし、19世紀の物理学者たちは、このモデルに潜む、より深い問題に気づいていました。
もし、原子同士を結ぶ化学結合が「固い棒」ではなく、むしろ「バネ」のようなものであったなら、どうなるでしょうか。その場合、分子は並進や回転に加えて、二つの原子がバネを伸び縮みさせるように**「振動」**することもできるはずです。
- 振動運動 (vibrational motion): この振動は、原子の相対的な動きの運動エネルギーと、バネの伸び縮みによるポテンシャルエネルギーの、二つの形でエネルギーを蓄えることができます。
- 振動の自由度: したがって、振動運動は、2つの自由度(運動エネルギーの項とポテンシャルエネルギーの項)を、新たに追加するはずです。
もし、この振動の自由度も考慮に入れると、二原子分子の全自由度は、\(f = 3(\text{並進}) + 2(\text{回転}) + 2(\text{振動}) = 7\) となります。
この場合、エネルギー等分配の法則によれば、
- 内部エネルギー: \(U = \frac{7}{2}nRT\)
- 定積モル比熱: \(C_V = \frac{7}{2}R\)となるはずです。しかし、これは、常温での実験値 \(C_V \approx \frac{5}{2}R\) と、全く一致しません。
古典物理学の枠組みでは、存在するはずの振動の自由度が、なぜか常温では「凍り付いて」いて、エネルギーの分配に参加していないように見える。この「比熱の謎」は、19世紀末の物理学が抱えた、深刻な矛盾の一つでした。
8.2. 量子力学による解決:「自由度の凍結」
この謎を解決したのは、20世紀初頭に誕生した「量子力学」でした。
量子力学によれば、分子の回転や振動のエネルギーは、古典力学のように任意の値をとれるのではなく、**とびとびの、特定の値(エネルギー準位)**しかとることができません。
- 回転エネルギー準位: 回転のエネルギー準位の間隔は、比較的小さい。そのため、常温(\(T \approx 300\) K)程度の熱エネルギー(\(\sim k_B T\))があれば、分子は容易に回転状態を励起させることができ、回転の自由度は、古典力学と同じように振る舞うことができます。
- 振動エネルギー準位: 一方、振動のエネルギー準位の間隔は、回転に比べて、はるかに大きい。そのため、常温程度の熱エネルギーでは、分子を振動の最低エネルギー状態から、その一つ上の状態へ励起させることすら、ほとんどできません。
その結果、常温では、分子は衝突によってエネルギーを受け取っても、それを振動のモードに蓄えることができず、振動の自由度は、あたかも存在しないかのように「凍結 (frozen)」してしまうのです。
8.3. 温度による比熱の変化
この「自由度の凍結」は、温度によって段階的に「解けて」いきます。二原子分子気体の定積モル比熱 \(C_V\) は、実は定数ではなく、温度の関数として、以下のように階段状に変化します。
- 極低温域 (例: < 50 K):熱エネルギーが非常に小さいため、回転運動すら十分に励起できません。回転の自由度も凍結し、分子はあたかも単原子分子のように振る舞います。\[ C_V \approx \frac{3}{2}R \quad (\text{並進のみ}) \]
- 常温域 (例: 100 K 〜 1000 K):回転は完全に励起されるが、振動はまだ凍結しています。これが、私たちがこれまで扱ってきた領域です。\[ C_V \approx \frac{5}{2}R \quad (\text{並進} + \text{回転}) \]
- 高温域 (例: > 2000 K):熱エネルギーが十分に大きくなると、ついに振動の自由度も励起され始め、エネルギーの分配に参加するようになります。\[ C_V \approx \frac{7}{2}R \quad (\text{並進} + \text{回転} + \text{振動}) \]
この比熱の階段状の変化は、エネルギーが量子化されていることの、動かぬ証拠です。高校物理の範囲では、主に「常温域」の二原子分子を扱い、その自由度を5としますが、その背景には、このような量子力学的な世界の奥深い描像が広がっていることを知っておくのは、物理学の面白さを感じる上で、非常に有意義なことです。
9. 気体の種類と熱力学的性質の関係
9.1. 分子の構造がすべてを決める
これまでの議論を通じて、私たちは、気体の熱力学的な性質(内部エネルギー、モル比熱、比熱比)が、その気体を構成する分子の構造によって、理論的に、そして体系的に決定づけられることを見てきました。
その中心的な связующее звено (connecting link) となるのが、「自由度の数 (\(f\))」です。分子が単原子か、二原子(直線状)か、あるいはより複雑な多原子分子(非直線状)かによって、その分子がエネルギーを蓄えることができるポケットの数 \(f\) が決まります。そして、ひとたび \(f\) が決まれば、エネルギー等分配の法則とマイヤーの関係式を通じて、すべての熱力学的性質が、ドミノ倒しのように次々と決定されていくのです。
9.2. 気体の種類別・性質一覧表
この美しい対応関係を、一覧表としてまとめます。これは、理想気体の熱力学に関する、知識の集大成です。
前提: 常温域を考え、振動の自由度は凍結しているものとします。
分子の種類 | 単原子分子 | 二原子分子 | 多原子分子(非直線状) |
例 | He, Ne, Ar | \(H_2, N_2, O_2, CO\) | \(H_2O, CO_2, CH_4\) |
モデル | 質点 | ダンベル(直線状) | 立体構造(非直線状) |
並進自由度 | 3 | 3 | 3 |
回転自由度 | 0 | 2 | 3 |
全自由度 (f) | 3 | 5 | 6 |
内部エネルギー (U) | \(\frac{3}{2}nRT\) | \(\frac{5}{2}nRT\) | \(\frac{6}{2}nRT = 3nRT\) |
定積モル比熱 (\(C_V = \frac{f}{2}R\)) | \(\frac{3}{2}R\) | \(\frac{5}{2}R\) | \(\frac{6}{2}R = 3R\) |
定圧モル比熱 (\(C_p = C_V+R\)) | \(\frac{5}{2}R\) | \(\frac{7}{2}R\) | \(4R\) |
比熱比 (\(\gamma = 1+\frac{2}{f}\)) | \(\frac{5}{3} \approx 1.67\) | \(\frac{7}{5} = 1.40\) | \(\frac{4}{3} \approx 1.33\) |
(注:二酸化炭素 \(CO_2\) は、分子の形が直線状 O=C=O なので、回転の自由度は2となり、二原子分子と同じカテゴリーに入ります。)
9.3. この表が示すこと
- 予測能力: この表は、気体分子運動論が持つ、驚異的な「予測能力」を示しています。分子の形状さえわかれば、その気体が示すであろう、比熱や断熱挙動といったマクロな性質を、理論的に予測することができるのです。
- 統一的な描像: 気体の性質が、一見バラバラな数値の集まりではなく、「自由度」というただ一つのパラメータ \(f\) を通じて、すべてが内的に、そして論理的に結びついた、統一的な体系をなしていることを示しています。
- 実験との検証: そして、この理論的な予測値は、多くの気体について、実験で測定された値と、非常によく一致します。これは、この理論モデルの正しさを裏付ける、強力な証拠となります。
この表の関係性を理解することは、個々の公式を暗記するレベルを超え、熱力学の法則の、より高い次元にある構造的な美しさを理解することに繋がります。
10. 内部エネルギーの式を用いた応用計算
10.1. 理論の実践
これまでに導出してきた、二原子分子理想気体の内部エネルギーやモル比熱の公式を用いて、より現実的な設定の応用問題に挑戦してみましょう。基本的な解法のフレームワークは、単原子分子の場合と全く同じですが、用いるべき公式の「係数」が異なる点に、最大限の注意を払う必要があります。
使用する主要な公式(二原子分子):
- 内部エネルギーの変化: \(\Delta U = nC_V\Delta T = \frac{5}{2}nR\Delta T\)
- 熱力学第一法則: \(\Delta U = Q + W\)
- ポアソンの法則: \(PV^\gamma = \text{一定}\) (ここで \(\gamma = 7/5\))
10.2. 計算例:断熱変化と熱収支
問題:
シリンダーに閉じ込められた 2.0 mol の理想的な窒素ガス(二原子分子と見なす)が、初期状態 A(圧力 \(2.0 \times 10^5\) Pa, 体積 \(8.3 \times 10^{-3} , \text{m}^3\))にある。この気体を、状態Aから断熱的に圧縮し、体積が \(4.15 \times 10^{-3} , \text{m}^3\) の状態Bになった。次に、状態Bから体積を一定に保ったまま冷却し、圧力が初期状態Aと同じ \(2.0 \times 10^5\) Pa の状態Cに戻した。気体定数を \(R=8.3\) J/(mol·K) とする。
(1) 状態Aの絶対温度 \(T_A\) を求めよ。
(2) 状態Bの圧力 \(P_B\) と絶対温度 \(T_B\) を求めよ。
(3) 過程 A→B において、気体が外部からされた仕事 \(W_{AB}\) を求めよ。
(4) 過程 B→C において、気体が放出した熱量 \(Q_{BC}\) を求めよ。
思考プロセス:
(1) 状態Aの温度
- 使う法則: 理想気体の状態方程式 \(PV=nRT\)
- 計算:\[ T_A = \frac{P_A V_A}{nR} = \frac{(2.0 \times 10^5) \times (8.3 \times 10^{-3})}{2.0 \times 8.3} = \frac{2.0 \times 10^5 \times 10^{-3}}{2.0} = 1.0 \times 10^2 = 100 , \text{K} \]
(2) 状態Bの圧力と温度
- 使う法則: 過程 A→B は断熱変化なので、ポアソンの法則 \(P_A V_A^\gamma = P_B V_B^\gamma\) を使う。窒素は二原子分子なので、\(\gamma = 7/5 = 1.4\) を用いる。
- 圧力 \(P_B\) の計算:\[ P_B = P_A \left(\frac{V_A}{V_B}\right)^\gamma = (2.0 \times 10^5) \times \left(\frac{8.3 \times 10^{-3}}{4.15 \times 10^{-3}}\right)^{1.4} \]\[ P_B = (2.0 \times 10^5) \times (2)^{1.4} \]ここで、\(2^{1.4} = 2^{7/5}\) の計算が必要。関数電卓がない場合は、問題で \(2^{1.4} \approx 2.64\) のように与えられることが多い。\[ P_B \approx (2.0 \times 10^5) \times 2.64 = 5.28 \times 10^5 , \text{Pa} \]
- 温度 \(T_B\) の計算: 状態方程式 \(T_B=P_B V_B / nR\) でもよいし、ポアソンの別形式 \(T_A V_A^{\gamma-1} = T_B V_B^{\gamma-1}\) でもよい。後者の方が楽。\(\gamma-1 = 1.4-1 = 0.4\)。\[ T_B = T_A \left(\frac{V_A}{V_B}\right)^{\gamma-1} = 100 \times (2)^{0.4} \]問題で \(2^{0.4} \approx 1.32\) と与えられるとする。\[ T_B \approx 100 \times 1.32 = 132 , \text{K} \](検算:\(P_B V_B / nR = (5.28 \times 10^5 \times 4.15 \times 10^{-3}) / (2.0 \times 8.3) \approx 2191 / 16.6 \approx 132\)。一致。
(3) 過程 A→B の仕事 \(W_{AB}\)
- 使う法則: 断熱変化なので、第一法則は \(\Delta U = W\)。仕事は内部エネルギーの変化に等しい。
- 計算:\[ W_{AB} = \Delta U_{AB} = nC_V(T_B – T_A) \]二原子分子なので、\(C_V = \frac{5}{2}R\) を使う。\[ W_{AB} = 2.0 \times \left(\frac{5}{2} \times 8.3\right) \times (132 – 100) = 5.0 \times 8.3 \times 32 = 1328 , \text{J} \]圧縮なので、仕事をされ、\(W>0\) となり、符号も正しい。
(4) 過程 B→C の熱量 \(Q_{BC}\)
- 使う法則: 定積変化なので、\(Q = \Delta U\)。
- まず状態Cの温度 \(T_C\) を計算:状態方程式から、\(T_C = \frac{P_C V_C}{nR} = \frac{(2.0 \times 10^5) \times (4.15 \times 10^{-3})}{2.0 \times 8.3} = \frac{1.0 \times 10^5 \times 4.15 \times 10^{-3}}{8.3} \approx 50 , \text{K}\)。
- 熱量 \(Q_{BC}\) の計算:\[ Q_{BC} = \Delta U_{BC} = nC_V(T_C – T_B) = 2.0 \times \left(\frac{5}{2} \times 8.3\right) \times (50 – 132) \]\[ Q_{BC} = 5.0 \times 8.3 \times (-82) = -3403 , \text{J} \]
- 結論: 問題は「放出した熱量」を問うているので、大きさ(絶対値)を答える。放出した熱量は 3403 J。
この例題のように、気体が単原子か二原子かによって、用いるべき \(C_V\) や \(\gamma\) の値が明確に変わります。問題文の「窒素ガス」や「空気」といった記述を見たら、それは「二原子分子として扱え」というサインであると、即座に判断できるようにしておくことが重要です。
Module 11:二原子分子の理想気体の総括:分子の個性が描き出す、熱力学の多様性
本モジュールを通じて、私たちは理想気体の世界を、より現実に近い、豊かなものへと拡張しました。これまで物理学の「点」として扱ってきた粒子を、窒素や酸素のような、二つの原子が結びついた「ダンベル」—すなわち二原子分子—として捉え直すことで、熱力学の法則が、分子のミクロな「個性」をいかに鮮やかに反映するかを見てきました。
この探求の鍵となったのは、「自由度」と「エネルギー等分配の法則」という、統計力学の強力な概念でした。単原子分子が持つ3つの「並進」の自由度に加え、二原子分子は2つの「回転」という、エネルギーを蓄えるための新たな「ポケット」を持つこと。そして、熱平衡状態では、温度という名の采配のもと、すべてのポケットに \(\frac{1}{2}k_B T\) という同額のエネルギーが公平に分配されること。この二つの原理が、すべての違いの根源でした。
この基本原理から出発し、私たちは、二原子分子の内部エネルギーが \(U=\frac{5}{2}nRT\) となることを導きました。これは、単原子分子の場合(\(\frac{3}{2}nRT\))よりも \(nRT\) だけ大きく、その差がまさに回転運動に蓄えられたエネルギーに相当することを示しています。この内部エネルギーの表現の違いは、ドミノ倒しのように、すべての熱的性質の違いとなって現れました。定積モル比熱は \(C_V=\frac{5}{2}R\) に、定圧モル比熱は \(C_p=\frac{7}{2}R\) に、そして比熱比は \(\gamma=7/5=1.4\) へと、それぞれ単原子分子の場合から変化しました。これらの理論値が、空気などの現実の気体の測定値と驚くほどよく一致することは、この理論モデルの正しさを雄弁に物語っています。
さらに、私たちは比熱比 \(\gamma\) の値が異なることで、断熱変化のP-V図上での傾きが、単原子分子の方が二原子分子よりも急になること、その物理的な理由がエネルギーを蓄える「器」の大きさの違いにあることを理解しました。そして、高温域で現れる「振動」の自由度という、より深い階層に触れることで、古典物理学の限界と、その謎を解き明かした量子力学の世界を垣間見ました。
もはや、私たちにとって理想気体は、のっぺりとした一つの存在ではありません。そのミクロな構造—原子の数、分子の形—に応じて、それぞれが異なる熱的個性(異なる \(C_V\)、\(C_p\)、\(\gamma\))を持つ、多様な存在として見えているはずです。この、ミクロな構造とマクロな物性を結びつける視点は、熱力学の理解を新たな次元へと引き上げます。次なるモジュールでは、この洗練された理想気体モデルが破綻する領域、すなわち「実在気体」の世界へと、さらに探求の歩みを進めていきます。