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【基礎 物理(電磁気学)】Module 2:電位と静電エネルギー
本モジュールの目的と構成
Module 1では、静電気現象を「力」と「場(電場)」というベクトル的な視点から捉え、その法則性を解き明かしました。それは、現象を直接的かつ力強く記述する描像です。本モジュールでは、それとは全く異なる、しかし等価で、多くの場面でより強力な武器となる「エネルギー」と「電位」というスカラー的な視点を導入します。これは、言わば一枚の地形図を、険しい斜面や力の向きで捉えるのではなく、その土地の「高さ(標高)」で捉え直すようなものです。地形図上で等しい高さを結んだ「等高線」が、電場の世界における「等電位面」に相当します。そして、坂の傾きが力の大きさを決めるように、電位の変化の度合いが電場の強さを決定するのです。
この「電位」という新しい視点を手に入れることの利益は絶大です。エネルギーや電位は向きを持たないスカラー量であるため、複数の電荷が存在する状況でも、複雑なベクトル和の計算から解放され、単純な足し算(代数和)で場を記述できるようになります。これにより、問題解決のプロセスは劇的に簡素化され、より本質的な物理的洞察に集中することが可能となります。本モジュールは、ベクトルとスカラーという二つの異なる言語を自在に操り、静電場の問題を複眼的かつ効率的に攻略するための知的技法を習得することを目的とします。
学習は、力学の基本的な考え方から出発し、それを電場の世界へと応用していく、以下の論理的なステップで進められます。
- 静電気力による位置エネルギー: まず、力学の基本に立ち返り、「仕事」と「エネルギー」の関係を復習します。そして、保存力である静電気力に対しても「位置エネルギー」を定義できることを示し、その数学的な表現を導きます。
- 電位の定義(1Cあたりの位置エネルギー): 次に、位置エネルギーを電荷量で規格化することで、個々の電荷の性質によらない、空間そのものが持つスカラー的な性質「電位」を導入します。これは、Module 1で力を規格化して「電場」を定義したプロセスと完全に並行しています。
- 電位と電場の関係(E = -dV/dx): 「電位」と「電場」という、静電場を記述する二つの異なる表現が、実は互いに深く結びついていることを学びます。電位の空間的な変化率(微分)が電場を与える、というこの関係は、二つの世界観を繋ぐ重要な架け橋です。
- 等電位面の定義、性質、描き方: 電位の概念を視覚化するためのツール「等電位面」を導入します。地形図の「等高線」とのアナロジーを通じて、その性質と描き方を学び、電場と電位の幾何学的な関係を直感的に理解します。
- 点電荷が作る電位の導出: 最も基本的な電荷配置である点電荷が、その周囲にどのような電位を形成するのかを、定義に基づいて導出します。このシンプルな公式が、あらゆる電位計算の基礎となります。
- 複数の点電荷が作る電位の重ね合わせ: スカラー量であることの真価がここで発揮されます。複数の電荷が作る電位は、ベクトル和ではなく、単なる「数の足し算」で求められることを学びます。これにより計算の複雑さが劇的に軽減されることを実感します。
- 電位差(電圧)の概念: 電位の絶対的な値よりも物理的に重要な意味を持つことが多い「電位差(電圧)」を定義し、その意義を理解します。
- 静電気力による仕事と電位差の関係: 電荷を電位差のある二点間で動かす際に、静電気力や外力がする「仕事」がどのように計算されるかを学び、エネルギーと電位差の関係を定量的に結びつけます。
- 導体球の電場と電位: Module 1で学んだ導体の性質を、電位の観点から再検討します。特に重要なモデルである導体球について、その内外の電場と電位がどのように分布するかを詳細に分析します。
- 点電荷系の静電エネルギー: 最後に、複数の電荷を空間に配置するために必要な「仕事」、すなわち、その電荷系全体が蓄えている「静電エネルギー」を計算する方法を学びます。
このモジュールを修了したとき、あなたは静電場という一つの対象を、「電場」というベクトルの槍と、「電位」というスカラーの盾、二つの強力な武器を用いて、自在に分析し、攻略する能力を手にしていることでしょう。この複眼的な思考法こそが、より複雑な電磁気現象の深淵を探求するための鍵となります。
1. 静電気力による位置エネルギー
物理学において「エネルギー」は、運動量と並んで最も中心的な概念の一つです。特に「位置エネルギー」は、物体がその「位置」にあることによって蓄えている、仕事をする能力の潜在的な尺度です。私たちは力学の学習において、重力による位置エネルギーや、ばねの弾性力による位置エネルギーについて学んできました。これらの力に共通する性質は、それらが「保存力 (conservative force)」であるということです。
このセクションでは、まず保存力と位置エネルギーの関係を力学の視点から復習し、その考え方を静電気学の世界に適用します。そして、静電気力(クーロン力)もまた保存力の一種であり、それに対応する「静電気力による位置エネルギー (electrostatic potential energy)」を定義できることを論理的に示します。この概念は、次に学ぶ「電位」の土台となる極めて重要なステップです。
1.1. 力学の復習:保存力と仕事、位置エネルギー
ある力 \(F\) が保存力であるとは、その力が物体に対してする仕事 (work) が、物体の移動する経路によらず、始点と終点の位置だけで決まるという性質を持つ力のことです。言い換えれば、物体が任意の閉じた経路(スタート地点とゴール地点が同じ経路)を一周して元の位置に戻ってきたとき、保存力がする仕事は必ずゼロになります。
代表的な保存力は、重力と弾性力です。一方で、摩擦力や空気抵抗のように、仕事が経路に依存する力(例えば、長い距離を移動するほど多くの仕事を奪う)は、非保存力 (non-conservative force) と呼ばれます。
保存力に対しては、「位置エネルギー (potential energy)」というスカラー量を定義することができます。位置エネルギー \(U\) の変化量 \(\Delta U\) は、保存力 \(F_{cons}\) が物体にする仕事 \(W_{cons}\) と、以下のような関係で定義されます。
\[ \Delta U = U_{final} – U_{initial} = -W_{cons} \]
つまり、保存力が正の仕事をする(力の向きに物体が動く)と、その分だけ位置エネルギーは減少します。逆に、保存力に逆らって外力が仕事をする(例えば、重力に逆らって物体を持ち上げる)と、その外力がした仕事の分だけ、位置エネルギーは増加します。外力がする仕事を \(W_{ext}\) とすると、\(W_{ext} = -W_{cons}\) の関係が成り立つので、
\[ \Delta U = W_{ext} \]
と書くこともできます。位置エネルギーは、いわば「保存力に逆らってされた仕事」が蓄えられたもの、と解釈することができます。
【重力による位置エネルギーのアナロジー】
質量 \(m\) の物体を、高さ \(y_A\) の点Aから高さ \(y_B\) の点Bへ移動させる場合を考えます。重力(保存力)の大きさは \(mg\) で、常に鉛直下向きです。
- 重力がする仕事 \(W_{grav}\): \(W_{grav} = mg \times (y_A – y_B) = -mg(y_B – y_A)\)
- 位置エネルギーの変化 \(\Delta U\): \(\Delta U = U_B – U_A = -W_{grav} = mg(y_B – y_A)\)
もし、基準点(例えば地面)の高さを \(y=0\)、その点での位置エネルギーを \(U=0\) と定めれば、任意の高さ \(y\) での位置エネルギーは \(U(y) = mgy\) となります。重要なのは、位置エネルギーの絶対値には意味がなく、2点間の**差(変化量)**だけが物理的な意味を持つということです。どこを基準(\(U=0\))に選ぶかは、便宜上の問題です。
1.2. 静電気力(クーロン力)は保存力である
では、静電気力(クーロン力)は保存力なのでしょうか?結論から言うと、イエスです。
静電気力の大きさは、\(F = k \frac{|q_1 q_2|}{r^2}\) で与えられ、その向きは2つの電荷を結ぶ直線方向です。このような、力の中心点からの距離のみに依存する中心力 (central force) は、数学的に常に保存力であることが証明されています(大学レベルのベクトル解析で学びます)。
直感的には、重力 \(F = G \frac{m_1 m_2}{r^2}\) と全く同じ形式をしていることからの類推(アナロジー)でも、静電気力が保存力であることは十分に納得できるでしょう。重力の場合と同様に、電荷をある点Aから別の点Bへ移動させるとき、静電気力がする仕事は、その間の移動経路には依存せず、始点Aと終点Bの位置だけで決まります。
したがって、我々は静電気力に対しても、重力の場合と全く同様に、静電気力による位置エネルギーを定義することができます。
1.3. 静電気力による位置エネルギーの導出
点電荷 \(Q\) が原点に固定されており、その周りに試験電荷 \(q\) が存在する場合を考えます。この試験電荷 \(q\) を、点A(原点からの距離 \(r_A\))から点B(原点からの距離 \(r_B\))まで移動させるとき、静電気力がする仕事 \(W_{AB}\) を計算してみましょう。
クーロン力は距離によって変化するため、仕事の計算には積分が必要です。力 \(\vec{F}\) を、微小な変位 \(d\vec{r}\) に沿って点Aから点Bまで積分します。
\[ W_{AB} = \int_A^B \vec{F} \cdot d\vec{r} \]
ここでは、計算を簡単にするために、電荷 \(q\) を原点から放射状に、つまり距離 \(r_A\) から \(r_B\) までまっすぐ動かす場合を考えます(保存力なので経路によりません)。このとき、力 \(F(r) = k \frac{Qq}{r^2}\) と変位の向きは同じなので、
\[ W_{AB} = \int_{r_A}^{r_B} F(r) dr = \int_{r_A}^{r_B} k \frac{Qq}{r^2} dr \]
\[ W_{AB} = kQq \int_{r_A}^{r_B} \frac{1}{r^2} dr = kQq \left[ -\frac{1}{r} \right]{r_A}^{r_B} \]
\[ W{AB} = kQq \left( -\frac{1}{r_B} – \left(-\frac{1}{r_A}\right) \right) = kQq \left( \frac{1}{r_A} – \frac{1}{r_B} \right) \]
これが、静電気力がする仕事です。
位置エネルギーの変化 \(\Delta U = U_B – U_A\) は、この仕事のマイナスでしたから、
\[ U_B – U_A = -W_{AB} = -kQq \left( \frac{1}{r_A} – \frac{1}{r_B} \right) = k \frac{Qq}{r_B} – k \frac{Qq}{r_A} \]
この式を見ると、位置エネルギー \(U\) は、\(k \frac{Qq}{r}\) という形をしていることがわかります。
1.4. 位置エネルギーの基準点と公式
位置エネルギーの絶対値を決めるには、基準点を設定する必要があります。重力では地面や机の表面を基準に取ることが多いですが、静電気力のような、影響が無限遠まで及ぶ力では、**無限遠の点を位置エネルギーの基準(ゼロ)**と定めるのが最も自然で便利です。
つまり、\(r \to \infty\) のとき、\(U(\infty) = 0\) と定義します。
この基準を用いると、点電荷 \(Q\) から距離 \(r\) の点にある試験電荷 \(q\) が持つ静電気力による位置エネルギー \(U(r)\) は、上記の式で \(r_A \to \infty\) (したがって \(U_A=0\))、\(r_B = r\) と置くことで、
\[ U(r) – 0 = k \frac{Qq}{r} – k \frac{Qq}{\infty} \]
\[ U(r) = k \frac{Qq}{r} \]
これが、点電荷 \(Q\) と \(q\) のペアが持つ、静電気力による位置エネルギーの公式です。
【公式の解釈】
- 符号の意味: この式には絶対値がついていないことに注意してください。
- \(Qq > 0\) (同符号、斥力)の場合: \(U > 0\) となります。これは、斥力に逆らって2つの電荷を無限遠から距離 \(r\) まで近づけるのに、正の仕事(エネルギーの投入)が必要なことを意味します。同符号の電荷は、自然な状態では離れたがります。その反発に抗して近づけるには、外部からエネルギーを与えなければならないのです。
- \(Qq < 0\) (異符号、引力)の場合: \(U < 0\) となります。これは、引力によって2つの電荷が自然に引き寄せられる際に、静電気力が正の仕事をすることを意味します。無限遠(エネルギーゼロ)の状態から、何もしなくても勝手に近づいてくるため、その分だけ系のエネルギーは低く(負に)なります。この状態から2つの電荷を無限遠まで引き離すには、逆に外部から正の仕事をして、エネルギーをゼロまで戻してやる必要があります。
- 距離との関係: 位置エネルギーは距離 \(r\) に反比例します。
- 斥力の場合(\(U > 0\))、近づく(\(r\) が減少)と \(U\) は増加し、離れる(\(r\) が増加)と \(U\) は減少します(ゼロに近づく)。
- 引力の場合(\(U < 0\))、近づく(\(r\) が減少)と \(U\) はより大きな負の値になり(エネルギーは減少し)、離れる(\(r\) が増加)と \(U\) は増加します(ゼロに近づく)。
この静電気力による位置エネルギーの概念を導入したことで、私たちは静電場の問題を、力(ベクトル)だけでなくエネルギー(スカラー)の観点からも分析できるようになりました。これは、次なる概念「電位」への重要な橋渡しとなります。
2. 電位の定義(1Cあたりの位置エネルギー)
Module 1において、私たちは「力」という相互作用の概念から出発し、それを試験電荷 \(q\) で割ることによって、電荷 \(q\) の性質によらない空間そのもののベクトル的な性質「電場 \(\vec{E}\)」を定義しました(\(\vec{E} = \vec{F}/q\))。
前章では、静電気力という保存力に対して「静電気力による位置エネルギー \(U\)」というスカラー量を定義しました。ここでも、Module 1と全く同じアナロジー(類推)を用いることで、私たちは電場を記述するための、もう一つの新しい物理量を導入することができます。それは、位置エネルギー \(U\) を試験電荷 \(q\) で割ることによって得られる、空間そのものが持つスカラー的な性質、すなわち「電位 (electric potential)」です。
2.1. 電位の定義式
ある電場の中に試験電荷 \(q\) を置いたとき、その電荷が持つ静電気力による位置エネルギーが \(U\) であったとします。このとき、その場所の電位 \(V\) は、以下のように定義されます。
\[ V = \frac{U}{q} \]
この式が電位の定義です。言葉で表現すると、以下のようになります。
電位 (Electric Potential) とは、空間のある点において、その点に置かれた単位正電荷 (+1C) あたりが持つ静電気力による位置エネルギーのことである。
この定義から、いくつかの極めて重要な性質が導かれます。
- スカラー量: 位置エネルギー \(U\) が向きを持たないスカラー量であるため、それをスカラー量である電荷 \(q\) で割った電位 \(V\) もまたスカラー量です。これは、電位を扱う最大の利点です。複数の電荷が作る電位を合成する際に、複雑なベクトル和ではなく、単純な数の足し算(代数和)で済むことを意味します。
- 単位: 電位の単位は、エネルギーの単位(ジュール \(J\))を電荷の単位(クーロン \(C\))で割ったもの、すなわちジュール毎クーロン (J/C) となります。この単位には、「ボルト (Volt)」という固有の名称が与えられており、記号 V で表されます。イタリアの物理学者アレッサンドロ・ヴォルタに由来します。\[ 1 , V = 1 , J/C \]
- 空間の性質: 電位 \(V\) の定義式 \(V = U/q\) を見ると、その値は試験電荷 \(q\) に依存しないことがわかります。なぜなら、試験電荷の電気量 \(q\) が2倍になれば、位置エネルギーの公式 \(U = k \frac{Qq}{r}\) からわかるように、位置エネルギー \(U\) も2倍になるため、その比である \(V\) は一定に保たれるからです。したがって、電位 \(V\) は、そこに置かれる試験電荷の性質にはよらず、源電荷の分布と、考えている空間の点(位置)だけで決まる、空間そのものが持つ物理的な性質なのです。
2.2. 電位と位置エネルギーの関係
電位の定義式を変形すると、位置エネルギー \(U\) を電位 \(V\) を用いて表すことができます。
\[ U = qV \]
この関係式は非常に重要であり、常に意識しておく必要があります。ある点の電位 \(V\) が分かっていれば、その点に電荷 \(q\) を置いたときの静電気力による位置エネルギーは、単純な掛け算で直ちに計算できます。
- もし \(q > 0\) (正電荷)ならば、\(U\) と \(V\) は同符号です。つまり、電位が高い場所ほど、正電荷の位置エネルギーは高くなります。
- もし \(q < 0\) (負電荷)ならば、\(U\) と \(V\) は異符号です。つまり、電位が高い場所ほど、負電荷の位置エネルギーは低くなります。
2.3. 「電気的な高さ」としてのアナロジー
電位の概念を直感的に理解する上で、最も強力なアナロジーは「重力場における高さ(標高)」です。
静電気学 | 重力場(力学) |
電位 \(V\) | 高さ(標高) \(h\) |
位置エネルギー \(U = qV\) | 位置エネルギー \(U_g = mgh\) |
電荷 \(q\) | 質量 \(m\) |
電場 \(\vec{E}\) | 重力加速度 \(\vec{g}\) の場 |
このアナロジーは、以下のような対応関係を鮮やかに示してくれます。
- 電位が高い場所 ⇔ 標高が高い場所
- 電位が低い場所 ⇔ 標高が低い場所
そして、物体の振る舞いは、
- 正電荷 (\(q > 0\)) は、電位が高い方から低い方へと自然に動こうとします。これは、あたかも**普通の物体(質量 \(m > 0\))**が、坂を転がり落ちるように、標高が高い方から低い方へと動くのと同じです。
- 負電荷 (\(q < 0\)) は、電位が低い方から高い方へと自然に動こうとします。これは、あたかも**「負の質量」を持つ物体**(もし存在すれば)が、坂を駆け上るように、標高が低い方から高い方へと動くのに相当します。ヘリウムガス入りの風船が、重力に逆らって上空へ昇っていく様子をイメージすると良いでしょう。
この「電気的な高さ」というイメージは、電位の正負や、電荷の運動方向を判断する際に、非常に有効な思考の補助線となります。
2.4. 電位の基準点
位置エネルギーが基準点の選び方に依存したように、位置エネルギーを元に定義される電位もまた、どこを電位の基準(ゼロ)とするかという定義に依存する相対的な量です。
静電気学では、特に断りがない限り、位置エネルギーの基準点と同様に、無限遠点を電位の基準点とし、その電位をゼロと定めます。
\[ V(\infty) = 0 \]
この基準の下で、「ある点Pの電位が \(V_P\) である」とは、「単位正電荷 (+1C) を、無限遠から点Pまで、静電気力に逆らってゆっくりと運ぶのに必要な仕事が \(V_P\) である」と定義することもできます。
- もし \(V_P > 0\) ならば、+1Cの電荷を運んでくるのに正の仕事が必要だったことを意味します。これは、その道中に斥力(反発力)が存在したことを示唆します(つまり、近くに正の源電荷がある)。
- もし \(V_P < 0\) ならば、+1Cの電荷を運んでくる際に、静電気力が正の仕事をした(手を貸してくれた)ことを意味します。これは、その道中に引力が存在したことを示唆します(つまり、近くに負の源電荷がある)。
電位は、このようにエネルギーや仕事という具体的な物理量と結びついた、場のスカラー的な性質を表す極めて重要な概念です。ベクトルである電場とは異なる、もう一つの静電場の顔と言えるでしょう。
3. 電位と電場の関係(E = -dV/dx)
私たちは、静電場を記述するための2つの異なる物理量、「電場 \(\vec{E}\)」(ベクトル量)と「電位 \(V\)」(スカラー量)を手にしました。これらは、あたかも一枚のコインの裏表のように、同じ静電場という現象の異なる側面を表現しています。だとすれば、両者の間には深い関係性があるはずです。
このセクションでは、電場と電位を結びつける定量的な関係を導出します。この関係を理解することで、一方の量が分かっていれば、もう一方の量を計算することが可能になります。特に、「電位(スカラー)の計算は比較的容易なので、まず電位を求めてから、それを微分して電場(ベクトル)を求める」という強力な問題解決戦略が拓かれます。
3.1. 一様な電場における関係
まず、最もシンプルな状況である一様な電場 \(\vec{E}\) の中で、電場と電位の関係を考えてみましょう。一様な電場とは、空間のどの点でも電場の向きと大きさが一定であるような電場です。例えば、平行平板コンデンサーの極板間に見られます。
電場の向きに沿ってx軸を取ります。つまり、電場 \(\vec{E}\) はx軸の正の向きを向いており、その大きさは \(E\) であるとします。
この電場の中で、電荷 \(q\) を、位置 \(x_A\) にある点Aから、位置 \(x_B\) にある点Bまで、電場の向きに沿ってゆっくりと移動させることを考えます。このとき、静電気力がする仕事 \(W_{AB}\) は、
\[ W_{AB} = (\text{力}) \times (\text{距離}) = (qE) \times (x_B – x_A) \]
となります。一方、位置エネルギーの変化 \(\Delta U = U_B – U_A\) は、\(-W_{AB}\) ですから、
\[ U_B – U_A = -qE(x_B – x_A) \]
ここで、電位の定義 \(V=U/q\) (すなわち \(U=qV\))を用いると、\(U_A = qV_A\)、\(U_B = qV_B\) となります。ここで \(V_A, V_B\) はそれぞれ点A, Bにおける電位です。これを代入すると、
\[ qV_B – qV_A = -qE(x_B – x_A) \]
\[ q(V_B – V_A) = -qE(x_B – x_A) \]
両辺の \(q\) を消去すると、
\[ V_B – V_A = -E(x_B – x_A) \]
という、電位差 \(V_B – V_A\) と電場の大きさ \(E\)、そして距離 \(x_B – x_A\) の間の関係式が得られます。
ここで、2点間の距離を \(d = x_B – x_A\) とし、電位差を \(V_{AB} = V_A – V_B\) と(高電位側 – 低電位側で)定義すれば、
\[ V_A – V_B = E(x_B – x_A) \]
この式は、しばしば電位差(電圧)を \(V = V_A – V_B\) として
\[ V = Ed \]
という、非常にシンプルで重要な関係式で表されます。これは、一様な電場において、電場の大きさは、単位距離あたりの電位差(電位の下がり方)に等しいことを意味しています。
3.2. 一般的な関係式:微分による表現
では、電場が一様でない、もっと一般的な場合はどうでしょうか。先ほどの式 \(V_B – V_A = -E(x_B – x_A)\) を、変化量 \(\Delta V = V_B – V_A\) と \(\Delta x = x_B – x_A\) を使って書き直すと、
\[ \Delta V = -E \Delta x \]
となります。これを \(E\) について解くと、
\[ E = -\frac{\Delta V}{\Delta x} \]
これは、2点間の平均的な電場の大きさを表しています。ここで、点Aと点Bを無限に近づける、つまり \(\Delta x \to 0\) の極限を考えます。すると、この比は数学における微分係数 (derivative) の定義そのものになります。
\[ E_x = -\frac{dV}{dx} \]
これが、電場と電位を結びつける、より一般的で強力な関係式です。ここで \(E_x\) は、電場のx成分を表します。
【この式の物理的な意味】
- 微分(\(dV/dx\)): これは、**電位 \(V\) の空間的な変化率(傾き)**を表します。\(V-x\) グラフを描いたとき、そのグラフの接線の傾きに相当します。
- 負号(-): このマイナスの符号は、極めて重要な物理的意味を持っています。それは、「電場は、電位が減少する向きを向いている」ということです。
【坂道のアナロジー】
この関係は、「高さ(電位)」と「坂の傾きと向き(電場)」のアナロジーで考えると非常に明快です。
- \(V(x)\) は、ある場所の標高マップ(断面図)です。
- \(dV/dx\) は、その場所の坂の「傾きの大きさ」です。急な坂ほど、この値は大きくなります。
- \(E_x = -dV/dx\) は、坂の「下る向き」とその「険しさ」を表します。
- もし坂が右下がり(\(dV/dx < 0\))ならば、\(E_x\) は正となり、電場は右向きです。
- もし坂が右上がり(\(dV/dx > 0\))ならば、\(E_x\) は負となり、電場は左向きです。ボール(正電荷)は、坂を下る向き、つまり電場の向きに転がっていきます。このイメージは、電場と電位の関係を直感的に把握する上で非常に役立ちます。
3.3. 積分による表現
微分と積分は逆の演算なので、\(E_x = -dV/dx\) という関係は、積分を使って表現することもできます。始点(基準点)\(x_0\) から終点 \(x\) までの電位差 \(V(x) – V(x_0)\) は、電場 \(E_x\) を積分することで得られます。
\[ V(x) – V(x_0) = -\int_{x_0}^{x} E_x dx \]
もし、基準点 \(x_0\) を無限遠(\(V(\infty)=0\))に取れば、任意の点 \(x\) における電位 \(V(x)\) は、
\[ V(x) = -\int_{\infty}^{x} E_x dx \]
と計算できます。これは、電場の情報から電位を求めるための公式です。
例えば、点電荷が作る電場 \(E = kQ/r^2\) をこの式に代入して積分すると、点電荷が作る電位 \(V = kQ/r\) を導出することができます。
3.4. 3次元への拡張
これまでは1次元(x軸方向)で考えてきましたが、電場は3次元のベクトル量です。3次元空間における電位 \(V(x, y, z)\) と電場 \(\vec{E} = (E_x, E_y, E_z)\) の関係は、各成分について同様の関係が成り立ちます。
\[ E_x = -\frac{\partial V}{\partial x}, \quad E_y = -\frac{\partial V}{\partial y}, \quad E_z = -\frac{\partial V}{\partial z} \]
ここで使われている \(\partial\) は偏微分 (partial differentiation) の記号で、例えば \(\partial V / \partial x\) は、\(y\) と \(z\) を定数とみなして \(x\) だけで微分することを意味します。
これらをベクトルとしてまとめると、
\[ \vec{E} = – \left( \frac{\partial V}{\partial x}, \frac{\partial V}{\partial y}, \frac{\partial V}{\partial z} \right) = – \nabla V \]
と書くことができます。ここで \(\nabla\) は「ナブラ」と呼ばれるベクトル演算子で、\(\nabla V\) は「Vの勾配 (gradient)」と呼ばれます。これは、スカラー場(電位)からベクトル場(電場)を生成する操作であり、大学の電磁気学やベクトル解析で中心的な役割を果たします。
大学受験物理の範囲では、主に1次元のケース \(E = -dV/dx\) や、一様な電場での \(V=Ed\) をしっかりと理解し、使いこなせることが重要です。電位というスカラーの地図から、電場という力のベクトルを読み解く。この強力な関係性をマスターすることは、静電場の問題をより深く、そしてエレガントに解くための鍵となるのです。
4. 等電位面の定義、性質、描き方
電場の様子を視覚化するために「電気力線」というツールを学んだように、電位の様子を視覚化するためにも非常に便利なツールがあります。それが「等電位面 (equipotential surface)」または「等電位線 (equipotential line)」(2次元の場合)です。
等電位面を理解し、その性質を知ることで、電位という抽象的なスカラー場の分布を、あたかも地形図を読むように直感的に把握することができます。さらに、等電位面と電気力線は互いに密接な関係にあり、両者を併せて考えることで、静電場の全体像をより豊かに、そして深く理解することが可能になります。
4.1. 等電位面の定義と「等高線」のアナロジー
等電位面とは、その名の通り、電位(\(V\))が等しい点を結んでできる面のことです。
この概念を理解する最も良い方法は、やはり「地形図における等高線」とのアナロジーです。
- 等高線: 地表の「高さ(標高)」が等しい点を結んだ線です。
- 等電位面: 空間の「電気的な高さ(電位)」が等しい点を結んだ面です。
等高線が密集している場所は、坂が急であることを意味します。同様に、等電位面が密集している場所は、電位が急激に変化している、すなわち電場が強いことを意味します。逆に、等高線がまばらな場所がなだらかな地形であるように、等電位面がまばらな場所は電場が弱いことを示します。
このアナロジーは非常に強力で、等電位面の多くの性質を直感的に理解する助けとなります。
4.2. 等電位面の基本的な性質
等電位面には、その定義と、電場や導体の性質から導かれるいくつかの重要な性質があります。これらを理由とともに理解しましょう。
1. 電気力線と等電位面は、必ず直交する
- 理由: 前章で学んだように、電場 \(\vec{E}\) は電位 \(V\) が最も急激に減少する向きを向いています。一方、等電位面上では電位は変化しません。ある面の上をどの方向に移動しても値が変化しないということは、その値が最も急激に変化する方向とは、必ず直角をなすはずです。
- アナロジー: 地形図において、坂をまっすぐ下る最短経路(傾きが最大)は、必ず等高線と直角に交わります。電気力線は「坂を下る向き」、等電位面は「等高線」に対応するため、両者は必ず直交します。
- 仕事との関係: もし電気力線と等電位面が直交しないとすると、電場に沿って電荷を動かす(仕事をする)成分と、等電位面に沿って動かす(仕事がゼロ)成分が混在することになり、矛盾が生じます。電荷 \(q\) を等電位面上のある点Aから別の点Bまで動かすとき、電位差がゼロなので、静電気力がする仕事は \(W = -q\Delta V = 0\) となります。仕事がゼロであるためには、力の向き(電場の向き)と変位の向きが常に垂直でなければなりません。
2. 異なる電位の等電位面は、決して交わらない
- 理由: もし、例えば10Vの等電位面と5Vの等電位面が交わるとしたら、その交差点は10Vでもあり5Vでもあることになり、一つの点の電位が複数の値を持つという矛盾が生じます。ある一点の電位は、ただ一つの値に定まります。
- アナロジー: 標高100mの等高線と標高50mの等高線が交わることはあり得ないのと同じです。
3. 等電位面の間隔が狭い(密である)ほど、電場は強い
- 理由: これは、関係式 \(E \approx -\Delta V / \Delta x\) から直接導かれます。同じ電位差 \(\Delta V\) (例えば1Vごと)の等電位面を考えたとき、その間隔 \(\Delta x\) が小さいほど、電場の大きさ \(E\) は大きくなります。
- アナロジー: 地形図で、等高線の間隔が狭い場所ほど、坂が急峻であることに対応します。
4. 静電平衡にある導体の表面は、必ず等電位面である
- 理由: Module 1で学んだように、静電平衡にある導体は、その内部および表面のすべてが等電位です。これは、もし電位差があれば自由電子が移動を開始し、静電平衡ではなくなってしまうからです。したがって、導体の表面そのものが、一つの等電位面を形成します。
4.3. 等電位面の描き方の実践
電気力線と等電位面は、静電場の「骨格」と「肉付け」のような関係にあり、両方をセットで描くことで、場の全体像が明確になります。
1. 単一の点電荷 (+Q)
- 電気力線: 電荷から放射状にまっすぐ湧き出す。
- 等電位面: 点電荷が作る電位は \(V = kQ/r\) であり、距離 \(r\) のみに依存します。したがって、等電位面は、点電荷を中心とする同心円状の球面となります(2次元で描く場合は同心円)。
- 間隔: 電場は電荷に近いほど強い(\(E \propto 1/r^2\))ため、等電位面の間隔は、電荷に近いほど密になり、遠ざかるにつれて疎になります。
- 直交: 放射状の電気力線と、同心円状の等電位線は、全ての点で直交しています。
2. 電気双極子 (+Q と -Q)
- 電気力線: 正電荷から出て、負電荷に入る曲線群。
- 等電位面:
- 正電荷の周りでは、電位は正で、電荷に近いほど高くなります。
- 負電荷の周りでは、電位は負で、電荷に近いほど低く(より大きな負の値に)なります。
- 二つの電荷のちょうど中間を結ぶ垂直二等分線上では、任意の点において正電荷からの距離と負電荷からの距離が等しくなります。したがって、この線上の電位は \(V = kQ/r + k(-Q)/r = 0\) となり、電位ゼロの等電位線となります。
- 等電位面は、電気力線と常に直交するように、複雑に湾曲した閉じた面を描きます。
3. 平行な導体板(一様な電場)
- 電気力線: 正の板から負の板へ向かう、等間隔で平行な直線群。
- 等電位面: 電気力線と直交するため、導体板と平行な平面になります。
- 間隔: 電場がどこでも一様であるため、等電位面の間隔もどこでも等間隔になります。これは、電位が距離に対して線形に(一定の割合で)変化していくことを示しています(\(V = Ex\))。
等電位面を正しく描き、解釈する能力は、電場の問題を定性的に素早く理解するための重要なスキルです。特に、電気力線と等電位面が直交するという性質は、どちらか一方の様子が分かっていれば、もう一方の様子を推測することを可能にする、強力な手がかりとなります。これらの図を自分自身で描く練習を通じて、静電場の幾何学的な構造に対する深い直観を養ってください。
5. 点電荷が作る電位の導出
これまでに、電位は「1Cあたりの位置エネルギー」であり(\(V=U/q\))、点電荷 \(Q, q\) 間の位置エネルギーは \(U=k\frac{Qq}{r}\) であることを学びました。これらの定義を組み合わせることで、最も基本的で重要なケースである「一個の点電荷がその周りにどのような電位を作るのか」を定量的に導出することができます。
この点電荷が作る電位の公式は、電場における \(E=k\frac{|Q|}{r^2}\) と同様に、あらゆる電位計算の出発点となります。その導出プロセスを理解し、公式の意味を深く吟味することは、電位の概念を確固たるものにする上で不可欠です。
5.1. 導出の論理プロセス
導出には、大きく分けて二つのアプローチがあります。どちらも同じ結論に至りますが、異なる物理的側面に光を当てるため、両方を理解しておくことが望ましいです。
アプローチ1:位置エネルギーの定義からの導出(最も直接的)
この方法は、既に確立している定義を直接組み合わせる、非常に明快なものです。
- Step 1: 状況設定
- 電位の源となる源電荷 \(Q\) を、空間の原点 O に固定します。
- この源電荷 \(Q\) が作る電位を知りたい点 P を、原点から距離 \(r\) の位置に考えます。
- Step 2: 位置エネルギーの公式を思い出す
- 点 P に試験電荷 \(q\) を置いたとします。このとき、電荷のペア \(Q\) と \(q\) が持つ静電気力による位置エネルギー \(U\) は、前章で導出したように、\[ U = k \frac{Qq}{r} \]で与えられます。この式は、無限遠を位置エネルギーの基準(\(U(\infty)=0\))としています。
- Step 3: 電位の定義式を適用する
- 点 P における電位 \(V\) は、定義により、その点での位置エネルギー \(U\) を、そこに置いた試験電荷 \(q\) で割ることで得られます。\[ V = \frac{U}{q} = \frac{1}{q} \left( k \frac{Qq}{r} \right) \]
- Step 4: 最終的な公式の導出
- 上式の \(q\) を約分すると、\[ V = k \frac{Q}{r} \]という、点電荷が作る電位の公式が直ちに得られます。
アプローチ2:電場を積分しての導出(より根源的)
この方法は、電場と電位の関係式 \(V(r) = -\int_{\infty}^{r} E dr\) を用いる、より数学的で根源的なアプローチです。電位の定義を知らなくても、電場の知識から電位を導き出せることを示しています。
- Step 1: 状況設定と関係式の準備
- 同様に、原点に源電荷 \(Q\) を置き、距離 \(r\) の点 P の電位を求めます。
- 電位と電場の関係式(基準点を無限遠として)を用意します。\[ V(r) = -\int_{\infty}^{r} E(r’) dr’ \]
- Step 2: 点電荷の電場の公式を代入する
- 点電荷 \(Q\) が距離 \(r’\) の点に作る電場の大きさは \(E(r’) = k \frac{|Q|}{(r’)^2}\) です。ここでは、\(Q\) が正の場合を考え、\(E(r’) = k \frac{Q}{(r’)^2}\) とします。
- これを積分式に代入します。\[ V(r) = -\int_{\infty}^{r} k \frac{Q}{(r’)^2} dr’ \]
- Step 3: 積分計算の実行
- 定数 \(kQ\) を積分の外に出し、\(1/(r’)^2\) の積分を実行します。\[ V(r) = -kQ \int_{\infty}^{r} \frac{1}{(r’)^2} dr’ = -kQ \left[ -\frac{1}{r’} \right]_{\infty}^{r} \]
- Step 4: 最終的な公式の導出
- 積分の上端と下端を代入します。\[ V(r) = -kQ \left( \left(-\frac{1}{r}\right) – \left(-\frac{1}{\infty}\right) \right) \]
- \(1/\infty = 0\) なので、\[ V(r) = -kQ \left( -\frac{1}{r} \right) = k \frac{Q}{r} \]となり、アプローチ1と全く同じ結果が得られます。(Qが負の場合も、電場の向きと積分の向きを考慮すると同じ結果になります)
5.2. 点電荷が作る電位の公式とその解釈
真空中に置かれた電気量 \(Q\) の点電荷から、距離 \(r\) だけ離れた点に作られる電位 \(V\) は、
\[ V = k \frac{Q}{r} = \frac{1}{4\pi\epsilon_0} \frac{Q}{r} \]
となります。この公式について、いくつかの重要な点を深く理解する必要があります。
1. 符号の扱い(絶対値はつかない!)
- 電場の公式 \(E = k \frac{|Q|}{r^2}\) では、力の大きさを表すために電荷 \(Q\) に絶対値がついていました。
- しかし、電位の公式 \(V = k \frac{Q}{r}\) には絶対値はつきません。源電荷 \(Q\) の符号が、そのまま電位 \(V\) の符号を決定します。
- \(Q > 0\) (正電荷)の場合: \(V > 0\) となります。正電荷の周りの空間は、正の電位(電気的に高い場所)になります。
- \(Q < 0\) (負電荷)の場合: \(V < 0\) となります。負電荷の周りの空間は、負の電位(電気的に低い場所)になります。
2. 距離との関係(\(1/r\) に比例)
- 電場の強さが距離の2乗(\(1/r^2\))に反比例して急激に減少するのに対し、電位の大きさは距離(\(1/r\))に反比例して、より緩やかにゼロに近づいていきます。
- この \(V \propto 1/r\) という関係は、等電位面(同心球面)の間隔が、電荷から離れるにつれてどんどん広がっていく(疎になる)ことを数学的に裏付けています。
3. V-r グラフ
- 点電荷が作る電位の様子をグラフにすると、その特徴がよくわかります。
- 正電荷 (Q>0): グラフは \(1/r\) の形をした曲線で、第一象限に描かれます。\(r=0\) に近づくと \(V\) は \(+\infty\) に発散し、\(r \to \infty\) で \(V \to 0\) に漸近します。
- 負電荷 (Q<0): グラフは \(-1/r\) の形をした曲線で、第四象限に描かれます。\(r=0\) に近づくと \(V\) は \(-\infty\) に発散し、\(r \to \infty\) で \(V \to 0\) に漸近します。
このシンプルな公式 \(V = kQ/r\) は、電位という概念を定量的に扱うための第一歩です。次のステップとして、この公式と「重ね合わせの原理」を組み合わせることで、より複雑な電荷配置が作る電位をいとも簡単に計算できるようになります。
6. 複数の点電荷が作る電位の重ね合わせ
点電荷が一つだけ存在する状況は、理論の出発点としては重要ですが、現実の多くの問題は複数の電荷が関わってきます。Module 1では、複数の電荷が作る「電場」を求めるためには、各電荷が作る電場ベクトルを「ベクトル和」として合成する必要があり、しばしば複雑な幾何学計算や成分分解が伴いました。
しかし、「電位」を扱う場合、状況は劇的にシンプルになります。なぜなら、電位は向きを持たないスカラー量だからです。このセクションでは、複数の電荷が作る電位を求めるための「重ね合わせの原理 (principle of superposition)」を学びます。これは、電位という概念が持つ最大の利点の一つであり、その計算上の威力を実感する場面です。
6.1. スカラー和としての重ね合わせの原理
電位における重ね合わせの原理は、以下のように極めてシンプルに述べられます。
重ね合わせの原理: 複数の点電荷が存在するとき、空間のある点における合成電位は、それぞれの点電荷が単独でその点に作る電位の**代数和(スカラー和)**に等しい。
数式で表現すると、\(n\) 個の点電荷 \(Q_1, Q_2, \dots, Q_n\) が存在し、これらからそれぞれ距離 \(r_1, r_2, \dots, r_n\) の位置にある点 P を考えます。点 P における合成電位 \(V_{total}\) は、各電荷 \(Q_i\) が単独で点 P に作る電位を \(V_i\) として、
\[ V_{total} = V_1 + V_2 + \dots + V_n = \sum_{i=1}^{n} V_i \]
と表されます。ここで、各 \(V_i\) は点電荷の電位の公式 \(V_i = k \frac{Q_i}{r_i}\) で与えられます。したがって、
\[ V_{total} = k \frac{Q_1}{r_1} + k \frac{Q_2}{r_2} + \dots + k \frac{Q_n}{r_n} = k \sum_{i=1}^{n} \frac{Q_i}{r_i} \]
となります。
【この原理がもたらす絶大なメリット】
- 計算の簡略化: ベクトル和のように、向きを考慮したり、成分に分解したり、三角関数を用いたりする必要が一切ありません。単に、各電荷が作る電位(正負の符号を含むただの数値)を計算し、それらを全て足し合わせるだけでよいのです。
- 直感的な理解: 複雑な幾何学的配置であっても、各電荷からの距離さえ分かれば、機械的に計算を進めることができます。
この原理が成り立つのは、電場の場合と同様に、電磁気学の基本法則が線形であるためです。位置エネルギーもまた、単純な和で表される量であり、それを電荷量で割った電位も同様に単純な和で表せるのです。
6.2. 電場と電位の計算の比較
重ね合わせの原理が、電場と電位でどのように異なるか、具体例で比較してみましょう。
状況設定: 正方形の4つの頂点 A, B, C, D のうち、A, B, C にそれぞれ \(+Q\) の点電荷を置く。正方形の中心点 O における電場と電位を求めよ。(一辺の長さを \(L\) とする)
【電場の計算(ベクトル和)】
- 各電場の計算:
- 点 A, B, C から中心 O までの距離は等しく、\(r = \sqrt{(L/2)^2 + (L/2)^2} = L/\sqrt{2}\)。
- A が作る電場 \(\vec{E}_A\) は、AからOを通りDへ向かう向き。大きさは \(E_0 = kQ/r^2 = 2kQ/L^2\)。
- B が作る電場 \(\vec{E}_B\) は、BからOを通りその対角へ向かう向き。大きさは同じく \(E_0\)。
- C が作る電場 \(\vec{E}_C\) は、CからOを通りAへ向かう向き。大きさは同じく \(E_0\)。
- ベクトル和:
- \(\vec{E}_A\) と \(\vec{E}_C\) は大きさが等しく、向きが真逆なので、互いに打ち消しあう (\(\vec{E}_A + \vec{E}_C = 0\))。
- したがって、合成電場 \(\vec{E}_{total}\) は、\(\vec{E}_B\) のみとなる。
- \(\vec{E}_{total} = \vec{E}_B\)。その向きはBからOを通る向きで、大きさは \(2kQ/L^2\)。
- この問題では対称性から簡単になったが、少し配置がずれるだけで、複雑な成分計算が必要になる。
【電位の計算(スカラー和)】
- 各電位の計算:
- 点 A, B, C から中心 O までの距離は、すべて \(r = L/\sqrt{2}\)。
- A が作る電位 \(V_A = kQ/r = kQ\sqrt{2}/L\)。
- B が作る電位 \(V_B = kQ/r = kQ\sqrt{2}/L\)。
- C が作る電位 \(V_C = kQ/r = kQ\sqrt{2}/L\)。
- これらはすべて正のスカラー値である。
- スカラー和:
- 合成電位 \(V_{total}\) は、これらの単純な和である。
- \(V_{total} = V_A + V_B + V_C = 3 \times (kQ\sqrt{2}/L) = \frac{3\sqrt{2}kQ}{L}\)。
- 計算は、向きを一切考慮しない、ただの足し算で完了する。
この比較から、電位の計算がいかに簡単で直接的であるかが明らかです。
6.3. 計算における注意点
電位の重ね合わせを計算する際には、以下の点に注意する必要があります。
- 符号を忘れずに: 各電荷 \(Q_i\) が作る電位 \(V_i = kQ_i/r_i\) を計算する際、電荷の正負の符号を必ず含めて計算してください。正電荷は正の電位を、負電荷は負の電位を作ります。最終的な和は、これらの正負の値をすべて足し合わせたものになります。
- 電位がゼロになる点: 複数の電荷が存在する場合、合成電位がゼロになる点や面が存在することがあります。例えば、大きさが等しく符号が異なる二つの電荷(電気双極子)を結ぶ線分の垂直二等分線上では、電位は常にゼロです。しかし、注意すべきは、電位がゼロであっても、電場はゼロであるとは限らないということです。電気双極子の例では、垂直二等分線上の電位はゼロですが、電場は存在します(負電荷の向きを向いています)。電位は「高さ」であり、電場は「坂の傾き」です。標高ゼロメートルの場所にも、坂は存在しうるのです。
電位の重ね合わせの原理は、静電場の問題を解く上で極めて強力なツールです。特に、エネルギーの計算や、複雑な電荷分布が作る場の大まかな様子を知りたい場合に威力を発揮します。このスカラー和のシンプルさを活用することで、物理的な洞察により多くの思考リソースを割くことが可能になるのです。
7. 電位差(電圧)の概念
これまでに学んだ「電位」は、無限遠を基準(0V)とした、空間の各点が持つ「電気的な高さ」を表す量でした。しかし、多くの物理現象、特に電気回路などを考える上では、ある点の絶対的な電位の値そのものよりも、2つの点の間の電位の差の方が、より重要で直接的な意味を持ちます。この2点間の電位の差を「電位差 (potential difference)」と呼び、一般的には「電圧 (voltage)」という言葉で知られています。
このセクションでは、電位差の定義を明確にし、それがなぜ物理的に重要なのか、そして絶対的な電位との関係性について探求します。
7.1. 電位差(電圧)の定義
空間内の2つの点、点Aと点Bを考えます。点Aの電位を \(V_A\)、点Bの電位を \(V_B\) とします。このとき、点Aと点Bの間の電位差 \(V_{AB}\) は、以下のように定義されます。
\[ V_{AB} = V_B – V_A \]
これは単に、2つの点の電位の値を引き算したものです。しばしば、文脈に応じて \(\Delta V\) と書かれたり、あるいは単に \(V\) と書かれたりすることもあります。
【用語の整理】
- 電位 (Potential): ある一点が持つスカラー量。単位はボルト(V)。基準点の選び方に依存する。
- 電位差 (Potential Difference): 2点間の電位の差。単位は同じくボルト(V)。
- 電圧 (Voltage): 電位差とほぼ同義で使われる、より一般的な用語。特に電気回路の文脈で頻繁に用いられます。例えば、「電池の電圧が1.5V」というのは、電池の正極と負極の間の電位差が1.5Vであることを意味します。
7.2. 電位差の物理的重要性:基準点からの独立
電位差がなぜ重要なのか。その最大の理由は、電位差が基準点の選び方によらない、不変の量であるからです。
例を考えてみましょう。
点Aの電位が \(V_A = 10V\)、点Bの電位が \(V_B = 3V\) であったとします。(これは無限遠を0Vとした場合の値です)。
このとき、AからBへの電位差は、\(V_B – V_A = 3V – 10V = -7V\) です。
ここで、電位の基準点を変更してみましょう。例えば、無限遠ではなく、ある点Pの電位を新たに0Vと定義したとします。その結果、空間全体の電位の値が、一律に5Vだけ上昇したとします。(つまり、以前の電位の値にすべて+5Vする)。
- 新しい基準でのAの電位: \(V’_A = V_A + 5V = 10V + 5V = 15V\)
- 新しい基準でのBの電位: \(V’_B = V_B + 5V = 3V + 5V = 8V\)
この新しい基準の下で、AとBの電位差を計算してみると、
\(V’_B – V’_A = 8V – 15V = -7V\)
となり、基準点を変更する前の値と全く同じになります。
これは、地形図のアナロジーで考えると明らかです。
富士山の山頂の標高は3776m、5合目の標高は約2300mです。これは、海面の高さを基準(0m)とした値です。山頂と5合目の標高差は約1476mです。
もし、基準を甲府盆地の平均標高(約250m)に変更したとしても、富士山山頂と5合目の標高差が1476mであるという事実は何ら変わりません。
このように、電位の絶対値は基準という「約束事」に依存する相対的な量ですが、電位差は、測定や計算によって一意に定まる、客観的で物理的な量なのです。電荷がどちらに動くか、どれだけエネルギーを得るか(または失うか)を決定するのは、この電位差です。
7.3. 電圧計が測定しているもの
私たちが電気回路で用いる電圧計 (voltmeter) は、ある点の絶対的な電位を測定しているわけではありません。電圧計は、必ず回路の2つの点に接続し、その2点間の電位差を測定する装置です。
例えば、乾電池の電圧を測る際には、電圧計の2本の端子を、それぞれ電池の正極と負極に接触させます。電圧計が表示する「1.5V」という値は、正極の電位が、負極の電位よりも1.5Vだけ高い、という電位差を示しているのです。負極の絶対的な電位が何ボルトであるかは、この測定からは分かりませんし、通常は問題になりません。
7.4. 電位差と一様な電場の関係の再訪
一様な電場 \(E\) において、電場の向きに沿って距離 \(d\) だけ離れた2点間の電位差(電圧)\(V\) は、
\[ V = Ed \]
という関係にあることを学びました。この式は、電位差(電圧)が、電場と距離という、より基本的な物理量と直接結びついていることを示しています。
この関係は、平行平板コンデンサーの解析や、荷電粒子の加速など、大学受験物理の様々な場面で応用される極めて重要な公式です。この式を使う際には、\(V\) が2点間の電位差(電圧)であることを常に意識してください。
まとめると、電位差(電圧)は、基準の取り方によらない普遍的な物理量であり、電荷の運動やエネルギー変化を直接的に記述するための鍵となる概念です。これからの議論、特に次章の「仕事」との関係や、電気回路の解析においては、常にこの「差」を意識することが重要になります。
8. 静電気力による仕事と電位差の関係
物理学における「仕事」とは、物体に力が作用し、物体がその力の向きに移動したときに、エネルギーが移動または変換された量を表す、極めて中心的な概念です。私たちはこれまでに、「電位」を「1Cあたりの位置エネルギー」として定義し、「電位差」が2点間の電気的な高さの差であることを学びました。
このセクションでは、これらの概念を「仕事」と結びつけます。電荷を電位差のある2点間で移動させるとき、静電気力や、それに逆らう外力がどれだけの仕事をするのか。この関係を定量的に明らかにすることで、エネルギー、電位、仕事という3つの重要な概念が、どのように一つの整合した体系をなし、互いに関係しあっているのかを深く理解することができます。
8.1. 基本的な関係式:W = qΔV
まず、最も基本的な関係から始めましょう。
位置エネルギー \(U\) の変化量 \(\Delta U\) は、外力がする仕事 \(W_{ext}\) に等しいのでした。
\[ \Delta U = W_{ext} \]
また、電位 \(V\) は、位置エネルギー \(U\) を電荷 \(q\) で割ったもの(\(V = U/q\))なので、位置エネルギーは \(U = qV\) と書けます。
したがって、電荷 \(q\) を、電位が \(V_A\) の点Aから、電位が \(V_B\) の点Bまで移動させたとき、位置エネルギーの変化は、
\[ \Delta U = U_B – U_A = qV_B – qV_A = q(V_B – V_A) \]
となります。ここで、\(V_B – V_A\) は、点Aから点Bへの電位差 \(\Delta V\) です。
よって、外力がする仕事 \(W_{ext}\) は、
\[ W_{ext} = \Delta U = q \Delta V = q(V_B – V_A) \]
となります。これが、電荷 \(q\) を電位差 \(\Delta V\) のある2点間で運ぶときに、外力が必要とする仕事を表す、極めて重要な公式です。
一方、静電気力(保存力)がする仕事 \(W_{elec}\) は、外力がする仕事とは符号が逆(\(W_{elec} = -\Delta U\))なので、
\[ W_{elec} = -\Delta U = -q \Delta V = -q(V_B – V_A) = q(V_A – V_B) \]
となります。
【まとめ】
電荷 \(q\) を、点A (電位 \(V_A\)) から点B (電位 \(V_B\)) へ移動させるとき、
- 外力がする仕事: \(W_{ext} = q(V_B – V_A)\)
- 静電気力がする仕事: \(W_{elec} = q(V_A – V_B)\)
8.2. 関係式の物理的な解釈
これらの公式を、具体的な状況に当てはめて解釈してみましょう。
状況1:正電荷 \(q>0\) を、電位が低い方から高い方へ運ぶ (\(V_A < V_B\))
- これは、坂のふもとから頂上へ、物体を押し上げる状況に似ています。
- 外力がする仕事: \(V_B – V_A > 0\) なので、\(W_{ext} = q(V_B – V_A) > 0\) となります。
- 外力は正の仕事をする必要があります。つまり、エネルギーを投入して、坂を押し上げてやらなければなりません。
- 静電気力がする仕事: \(V_A – V_B < 0\) なので、\(W_{elec} = q(V_A – V_B) < 0\) となります。
- 静電気力は負の仕事をします。これは、静電気力(坂を滑り落ちようとする力)が、移動の向きと逆向きに働いていることを意味します。
状況2:正電荷 \(q>0\) を、電位が高い方から低い方へ運ぶ (\(V_A > V_B\))
- これは、坂の頂上からふもとへ、物体が転がり落ちる状況に似ています。
- 外力がする仕事: \(V_B – V_A < 0\) なので、\(W_{ext} < 0\) となります。
- 外力は負の仕事をします。つまり、何もしなくても勝手に動くので、むしろブレーキをかけてゆっくり動かすようなイメージです。エネルギーが外部に放出されます。
- 静電気力がする仕事: \(V_A – V_B > 0\) なので、\(W_{elec} > 0\) となります。
- 静電気力は正の仕事をします。静電気力(坂を滑り落ちる力)の向きに物体が移動し、エネルギーを得る(運動エネルギーに変換される)ことを意味します。
負電荷 (\(q<0\)) の場合は、これらの関係がすべて逆になります。 例えば、負電荷は電位が低い方から高い方へ(坂を駆け上るように)自然に動くため、この過程で静電気力は正の仕事をします。
8.3. 電子ボルト(eV)という単位
原子や素粒子の世界では、扱うエネルギーが非常に小さいため、SI単位であるジュール(J)では数値が煩雑になりがちです。そこで、この分野で特別によく用いられるエネルギーの単位が「電子ボルト (electron volt)」、記号 eV です。
電子ボルトの定義:
1電子ボルト(1eV)とは、電気素量 \(e\) を持つ粒子(例えば電子や陽子)が、1ボルト(1V)の電位差によって加速または減速されるときに、やり取りするエネルギーの量である。
仕事の公式 \(W = q \Delta V\) を使って、1eVが何ジュールに相当するかを計算してみましょう。
- 電荷: \(q = e \approx 1.602 \times 10^{-19} C\)
- 電位差: \(\Delta V = 1 V\)
\[ 1 , \text{eV} = e \times (1 , V) = (1.602 \times 10^{-19} C) \times (1 , J/C) \]
\[ 1 , \text{eV} \approx 1.602 \times 10^{-19} , J \]
これは非常に小さなエネルギーですが、原子核物理学や物性物理学の世界では、まさにこのオーダーのエネルギーが重要になります。例えば、半導体のバンドギャップや、原子のイオン化エネルギーなどを記述するのに、非常に便利な単位です。
大学受験物理で直接eVを用いて計算する問題は少ないかもしれませんが、この単位の背景にある \(W=q\Delta V\) という関係は、物理現象をエネルギーの観点から理解する上で極めて重要です。電位差(電圧)が、電荷にエネルギーを与える(あるいは奪う)能力の直接的な尺度であることが、この関係から明確に理解できるのです。
9. 導体球の電場と電位
これまでに学んだ静電場の法則(ガウスの法則、静電平衡の性質、電位の定義など)を総動員して、非常に重要で基本的なモデルである「導体球」が作る電場と電位を詳細に分析します。導体球は、球対称性という美しい対称性を持っているため、電場や電位の様子を数学的に厳密に、かつ比較的簡単に求めることができます。
この導体球の解析を通じて、私たちはこれまでの知識を統合し、具体的な物理系に適用する訓練を行います。特に、導体球の「内部」と「外部」で、電場と電位の振る舞いがどのように異なるかを理解することは、静電気学の応用において極めて重要です。
9.1. 静電平衡にある導体の性質(再確認)
解析を始める前に、静電平衡状態にある導体が持つ4つの鉄則を再確認しておきましょう。これらが全ての議論の土台となります。
- 内部電場はゼロ: 導体の物質内部では、常に \(\vec{E} = 0\)。
- 電荷は表面のみ: 与えられた余剰な電荷は、全て導体の表面に分布する。
- 全体が等電位: 導体の表面および内部は、全て同じ電位にある。
- 表面電場は垂直: 導体表面から出る(または入る)電場の向きは、必ず表面に垂直である。
9.2. ケース1:電荷 \(Q\) を与えられた導体球
半径 \(R\) の導体球に、正の電荷 \(+Q\) を与えた場合を考えます。
【電場 \(E\) の分布】
静電平衡状態では、与えられた電荷 \(+Q\) は、互いの斥力によりできるだけ離れようとし、球対称性から、導体球の表面に一様に分布します。
- 球の外部 (\(r > R\)):
- ガウスの法則を適用すると、導体球の外部の電場は、まるで球の中心に全ての電荷 \(+Q\) が集まった点電荷が作る電場と全く同じになることが証明できます。これは、球対称性による非常に強力な結論です(球殻定理)。
- したがって、電場の大きさは、点電荷の公式そのものです。\[ E(r) = k \frac{Q}{r^2} \quad (r > R) \]
- 球の内部 (\(r < R\)):
- これは、静電平衡にある導体の性質そのものです。導体内部の電場はゼロです。\[ E(r) = 0 \quad (r < R) \]
【電位 \(V\) の分布】
電位は、無限遠を基準(\(V(\infty)=0\))として、電場を無限遠から積分することで求められます。
- 球の外部 (\(r > R\)):
- 電場が中心にある点電荷のものと同じなので、電位もまた、中心に点電荷 \(+Q\) がある場合と同じになります。\[ V(r) = k \frac{Q}{r} \quad (r > R) \]
- 球の内部 (\(r \le R\)):
- 導体内部は全て等電位です。その電位の値は、表面の電位と同じになります。
- 表面の電位は、外部の電位の式で \(r=R\) とおくことで求められます。\[ V_{surface} = k \frac{Q}{R} \]
- したがって、内部のどの点でも、電位はこの一定値をとります。\[ V(r) = k \frac{Q}{R} \quad (r \le R) \]
- これは、内部の電場がゼロ(\(E = -dV/dr = 0\))であることと、電位が一定(傾きがゼロ)であることが、見事に整合していることを示しています。
【E-rグラフとV-rグラフ】
これらの結果をグラフにすると、その特徴が一目瞭然となります。
- E-rグラフ: \(r=R\) で、\(kQ/R^2\) から 0 へと不連続にジャンプします。
- V-rグラフ: \(r=R\) までは \(kQ/R\) で一定(水平な線)であり、そこから \(1/r\) に従って滑らかに減少していきます。グラフは \(r=R\) で連続(つながっている)です。
9.3. ケース2:中空の導体球(導体球殻)
次に、半径 \(R_1\) の内空と半径 \(R_2\) の外殻を持つ、中空の導体球(導体球殻)を考えます。
状況A:球殻に電荷 \(Q\) を与える
- 電荷 \(Q\) は、導体部分に与えられます。内部に電荷がないため、静電誘導は起こらず、電荷 \(Q\) は全て外側の表面(半径 \(R_2\))に一様に分布します。内側の表面(半径 \(R_1\))には電荷は現れません。
- その結果、電場と電位の分布は、ケース1の半径 \(R\) を \(R_2\) に置き換えたものと全く同じになります。
- \(r > R_2\): \(E = kQ/r^2\), \(V = kQ/r\)
- \(R_1 < r < R_2\) (導体内部): \(E=0\), \(V=kQ/R_2\) (一定)
- \(r < R_1\) (空洞内部): 内部に電荷はなく、導体に囲まれているため、電場はゼロ(静電遮蔽)。電位は周囲の導体と同じく \(V=kQ/R_2\) で一定。
状況B:空洞の中心に点電荷 \(+q\) を置く(球殻は中性)
- 電荷の分布:
- 中心の \(+q\) の電場の影響で、静電誘導が起こります。
- 内側の表面(半径 \(R_1\)): \(+q\) に引かれて、-q の電荷が一様に分布します。
- 外側の表面(半径 \(R_2\)): 電荷の保存則から、+q の電荷が一様に分布します。
- 電場 \(E\) の分布:
- \(r > R_2\) (外部): 全電荷は \((-q) + (+q) = 0\) と中心の \(+q\) の合計で \(+q\)。したがって、まるで中心に \(+q\) の点電荷があるかのように振る舞う。\(E = kq/r^2\)。
- \(R_1 < r < R_2\) (導体内部): 静電平衡なので \(E=0\)。
- \(r < R_1\) (空洞内部): 中心にある点電荷 \(+q\) のみが電場を作る。\(E=kq/r^2\)。
- 電位 \(V\) の分布:
- \(r > R_2\): \(V = kq/r\)。
- \(R_1 < r < R_2\): 導体内部は等電位。表面の電位 \(V(R_2) = kq/R_2\) に等しい。\(V = kq/R_2\) (一定)。
- \(r < R_1\): この領域の電位は、導体表面の電位 \(V(R_1)\) と、空洞内部の電場によって決まります。\(V(r) – V(R_1) = -\int_{R_1}^r E dr’ = -\int_{R_1}^r (kq/r’^2) dr’ = kq(1/r – 1/R_1)\)\(V(R_1)\) は導体部分の電位と同じく \(kq/R_2\) なので、\(V(r) = V(R_1) + kq(1/r – 1/R_1) = kq/R_2 + kq(1/r – 1/R_1) = kq(1/r – 1/R_1 + 1/R_2)\)。
この導体球の解析は、一見複雑に見えますが、基本法則(ガウスの法則、静電平衡の性質、電位の定義)を一つ一つ丁寧に適用していくことで、論理的に解き明かすことができます。特に、E-rグラフとV-rグラフを自分自身で描けるようになることは、理解度を測る良い指標となります。
10. 点電荷系の静電エネルギー
これまでに、2つの点電荷 \(Q\) と \(q\) が距離 \(r\) だけ離れているとき、そのペアが持つ静電気力による位置エネルギーは \(U = k \frac{Qq}{r}\) で与えられることを学びました。
このセクションでは、その考え方を拡張し、3つ以上の多数の点電荷から構成される系 (system) 全体が、全体としてどれだけの静電エネルギーを蓄えているのかを計算する方法について学びます。この「系の静電エネルギー」とは、ばらばらの状態にあった電荷たちを、現在の配置になるように一体ずつ無限遠から運んできて組み立てるために、外力が必要とした全仕事に相当します。このエネルギーは、電荷の配置そのものに蓄えられており、もし束縛を解けば、電荷が飛び散る際の運動エネルギーなどに変換されます。
10.1. 2電荷系のエネルギー(再訪)
まず、基本となる2電荷系の場合を、組み立てのプロセスから考えてみましょう。
- 1個目の電荷 \(q_1\) を持ってくる:
- 空間には他に何もないので、静電気力は働かず、抵抗なくどこにでも置けます。
- したがって、外力がする仕事は \(W_1 = 0\) です。
- 2個目の電荷 \(q_2\) を持ってくる:
- 電荷 \(q_1\) が既に存在するため、空間には \(q_1\) による電位が形成されています。\(q_2\) を置きたい点(\(q_1\) からの距離 \(r_{12}\))の電位は、\(V_1 = k \frac{q_1}{r_{12}}\) です。
- 電荷 \(q_2\) を無限遠(電位0)からこの点まで運ぶのに外力が必要とする仕事 \(W_2\) は、公式 \(W_{ext} = q\Delta V\) より、\[ W_2 = q_2 (V_1 – V(\infty)) = q_2 V_1 = q_2 \left( k \frac{q_1}{r_{12}} \right) = k \frac{q_1 q_2}{r_{12}} \]となります。
- 系の全エネルギー:
- この系を組み立てるのに要した全仕事(系の静電エネルギー \(U\))は、\(W_1 + W_2\) です。\[ U = W_1 + W_2 = 0 + k \frac{q_1 q_2}{r_{12}} = k \frac{q_1 q_2}{r_{12}} \]
- これは、私たちが既に知っている2電荷間の位置エネルギーの公式と一致します。
10.2. 3電荷系のエネルギー
では、このプロセスを3つの点電荷 \(q_1, q_2, q_3\) からなる系に拡張してみましょう。
- 1個目の電荷 \(q_1\) を持ってくる: 仕事 \(W_1 = 0\)。
- 2個目の電荷 \(q_2\) を持ってくる: \(q_1\) が作る電位 \(V_1\) に逆らって運ぶ。仕事は \(W_2 = k \frac{q_1 q_2}{r_{12}}\)。
- 3個目の電荷 \(q_3\) を持ってくる:
- このとき、空間には既に \(q_1\) と \(q_2\) が存在し、電位を作っています。
- \(q_3\) を置きたい点(\(q_1\) からの距離 \(r_{13}\), \(q_2\) からの距離 \(r_{23}\))の電位は、重ね合わせの原理により、\(q_1\) が作る電位 \(V_1\) と \(q_2\) が作る電位 \(V_2\) のスカラー和になります。\[ V_{1+2} = V_1 + V_2 = k \frac{q_1}{r_{13}} + k \frac{q_2}{r_{23}} \]
- したがって、\(q_3\) を運んでくるのに必要な仕事 \(W_3\) は、\[ W_3 = q_3 V_{1+2} = q_3 \left( k \frac{q_1}{r_{13}} + k \frac{q_2}{r_{23}} \right) = k \frac{q_1 q_3}{r_{13}} + k \frac{q_2 q_3}{r_{23}} \]となります。
- 系の全エネルギー:
- 3電荷系の全静電エネルギー \(U\) は、これらの仕事の総和です。\[ U = W_1 + W_2 + W_3 = 0 + k \frac{q_1 q_2}{r_{12}} + \left( k \frac{q_1 q_3}{r_{13}} + k \frac{q_2 q_3}{r_{23}} \right) \]\[ U = k \left( \frac{q_1 q_2}{r_{12}} + \frac{q_1 q_3}{r_{13}} + \frac{q_2 q_3}{r_{23}} \right) \]
- この結果をよく見ると、系の全静電エネルギーは、考えられる全ての電荷ペアの組み合わせについて、そのペアが持つ位置エネルギーを単純に足し合わせたものになっていることがわかります。
10.3. 一般式と「1/2」の謎
この考え方は、N個の点電荷系にも一般化できます。系の全静電エネルギー \(U\) は、全てのペア \((i, j)\) についての位置エネルギーの総和で与えられます。
\[ U = \sum_{i<j} k \frac{q_i q_j}{r_{ij}} \]
ここで、\(\sum_{i<j}\) は、同じペアを二度数えないように(例えば、(1,2)と(2,1)を区別しないように)、\(i < j\) の条件の下で和を取ることを意味します。
さて、系の静電エネルギーを計算するには、もう一つ別の考え方があります。それは、
「各電荷 \(q_i\) が、自分以外の全ての電荷が作る合成電位 \(V_i\) の中で持つ位置エネルギー(\(q_i V_i\))を、全ての電荷について足し合わせる」
という方法です。
この考え方を、先ほどの3電荷系で試してみましょう。
- 電荷 \(q_1\) の位置における、\(q_2\) と \(q_3\) が作る電位: \(V_1 = k\frac{q_2}{r_{12}} + k\frac{q_3}{r_{13}}\)
- 電荷 \(q_2\) の位置における、\(q_1\) と \(q_3\) が作る電位: \(V_2 = k\frac{q_1}{r_{12}} + k\frac{q_3}{r_{23}}\)
- 電荷 \(q_3\) の位置における、\(q_1\) と \(q_2\) が作る電位: \(V_3 = k\frac{q_1}{r_{13}} + k\frac{q_2}{r_{23}}\)
これらの位置エネルギーの和 \(U’ = q_1V_1 + q_2V_2 + q_3V_3\) を計算すると、
\[ U’ = q_1(k\frac{q_2}{r_{12}} + k\frac{q_3}{r_{13}}) + q_2(k\frac{q_1}{r_{12}} + k\frac{q_3}{r_{23}}) + q_3(k\frac{q_1}{r_{13}} + k\frac{q_2}{r_{23}}) \]
\[ U’ = 2 \left( k \frac{q_1 q_2}{r_{12}} + k \frac{q_1 q_3}{r_{13}} + k \frac{q_2 q_3}{r_{23}} \right) \]
となり、これは先ほど求めた正しいエネルギー \(U\) のちょうど2倍になっています。
なぜ2倍になってしまうのでしょうか?
それは、この計算方法では、例えば電荷ペア \((q_1, q_2)\) の相互作用エネルギー \(k\frac{q_1q_2}{r_{12}}\) を、\(q_1V_1\) の項(\(q_2\)が\(q_1\)の位置に作る電位)と、\(q_2V_2\) の項(\(q_1\)が\(q_2\)の位置に作る電位)で、2回重複して数えてしまっているからです。
したがって、この方法で正しい系のエネルギーを求めるには、重複を補正するために、総和を2で割る必要があります。
\[ U = \frac{1}{2} (q_1V_1 + q_2V_2 + \dots + q_NV_N) = \frac{1}{2} \sum_{i=1}^{N} q_i V_i \]
この公式は、系の静電エネルギーを計算する上で非常に強力です。特に、電荷が連続的に分布している場合(導体やコンデンサーなど)のエネルギーを考える際に、中心的な役割を果たします。後に学ぶコンデンサーに蓄えられるエネルギーの公式 \(U = \frac{1}{2}QV\) も、この考え方に基づいています。この「1/2」が、相互作用エネルギーの二重カウントを避けるための係数であることを、深く理解しておきましょう。
Module 2:電位と静電エネルギーの総括:エネルギーの視点で場を制する、物理学の新たな地平
本モジュールを通じて、私たちは静電場の世界を、Module 1の「力」と「ベクトル」という視点から、「エネルギー」と「スカラー」という新たな視点へと移行させました。このパラダイムシフトは、単に計算手法を増やす以上の、深い物理的意義を持っています。それは、電磁気現象を、物理学の最も根源的な法則である「エネルギー保存則」の文脈で捉え直すことを意味します。
私たちは、力学における位置エネルギーのアナロジーから出発し、保存力である静電気力に対しても「静電気力による位置エネルギー」を定義しました。そして、このエネルギーを規格化するという、Module 1で電場を定義した際と同じ思考の飛躍を経て、空間そのものが持つスカラー的な属性「電位」という概念に到達しました。電位は「電気的な高さ」であり、その導入によって、複雑なベクトルの合成は、驚くほど単純なスカラーの和へと姿を変えました。
さらに、電位と電場の関係(\(E = -dV/dx\))を探求したことで、これら二つの概念がコインの裏表であり、互いに変換可能であることを学びました。電位の等高線である「等電位面」は、電場を可視化する「電気力線」と常に直交し、場の幾何学的な構造を補完的に、そして豊かに描き出してくれました。電荷を運ぶ「仕事」と「電位差(電圧)」の関係は、エネルギーという概念が、いかに実践的な物理量と結びついているかを明確に示しています。
導体球の解析では、これらの法則が一体となって、対称性の高い系をいかにエレガントに記述するかを目の当たりにしました。そして最後に、複数電荷からなる「系」全体のエネルギーを考えることで、相互作用のエネルギーを体系的に計算する方法論を確立しました。特に、エネルギー計算における「1/2」という係数の出現は、個々のエネルギーの単純な総和ではなく、相互作用の二重カウントを避けるという、物理的な洞察の重要性を示唆しています。
このモジュールで手にした「電位」と「エネルギー」というスカラー的なアプローチは、皆さんの物理学における思考の道具箱に、強力な新しいツールを加えたことに他なりません。それは、複雑な問題をよりシンプルに、そしてより本質的に捉えるための武器です。ここで築いた盤石な土台は、次なる「コンデンサー」におけるエネルギーの蓄積や、「電気回路」における電圧の役割を理解する上で、不可欠なものとなるでしょう。物理学の探求とは、多様な現象を、より少なく、より普遍的な原理で説明しようとする知的な営みなのです。