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【基礎 物理(電磁気学)】Module 4:直流回路
本モジュールの目的と構成
これまでのモジュールで、私たちは静止した電荷が織りなす「静電場」の世界を探求し、その性質を「電場」「電位」「静電エネルギー」といった概念で記述する方法を学びました。コンデンサーは、その静的なエネルギーを巧みに蓄える「ダム」でした。本モジュールでは、いよいよそのダムのゲートを開き、電荷を連続的に運動させ、その流れを制御する世界、すなわち「直流回路 (Direct Current Circuit)」の領域へと足を踏み入れます。
静電気の世界が「ポテンシャル(潜在能力)」の世界であったとすれば、直流回路は「キネティック(運動)」の世界です。ここでは、電荷の流れそのものである「電流」、流れを駆動する「電圧(電位差)」、そして流れの障害となる「抵抗」という、3つの主要な登場人物の関係性を解き明かすことから始めます。その関係性を記述する基本法則が、かの有名な「オームの法則」です。
しかし、現実の電気回路は、しばしば複数の部品が複雑に絡み合ったネットワークを形成しています。このような複雑な回路網を前にしたとき、個々の部品の性質を知っているだけでは、全体の振る舞いを理解することはできません。そこで必要となるのが、回路全体の構造を支配する、より高次の法則です。それが、物理学の二大保存則、「電荷保存則」と「エネルギー保存則」が回路の世界で現れた姿である「キルヒホッフの法則」です。この法則は、どんなに複雑な回路であっても、その内部の電流や電圧の分布を論理的に、そして系統的に解き明かすための、普遍的で強力な羅針盤となります。
本モジュールは、直流回路という、目に見えない電気の流れを、物理法則に基づいて完全に「読み解き」「予測し」「制御する」ための、知的技術体系を構築することを目的とします。
学習は、回路を構成する基本的な概念の定義から始まり、それらを組み合わせた単純な回路の分析、そして最終的には複雑な回路網を解き明かすための高度な手法へと、以下のステップで進んでいきます。
- 電流の定義と担い手(キャリア): まず、物語の新たな主役である「電流」を定義し、その正体が何であるか(担い手は誰か)をミクロな視点で探ります。
- オームの法則と電気抵抗: 電流、電圧、抵抗という3つの基本量を結びつける、直流回路における最も基本的な法則を学びます。
- 抵抗率の定義と温度依存性: 「抵抗」という性質が、物質の種類や形状、さらには温度によってどのように決まるのか、その物理的な起源に迫ります。
- 抵抗の直列接続と並列接続: 複数の抵抗を組み合わせた際の基本的な接続方法と、それが全体の抵抗値にどう影響するかを学びます。
- 電力とジュール熱: 電流が流れることで、どれだけのエネルギーが消費され、仕事や熱に変換されるのか。「電力」の概念を導入し、エネルギーの側面から回路を分析します。
- キルヒホッフの第一法則(電流則): 複雑な回路の分岐点における、電荷保存則の現れである電流則を学びます。
- キルヒホッフの第二法則(電圧則): 回路の任意のループにおける、エネルギー保存則の現れである電圧則を学びます。これら二つの法則が、回路解析の根幹をなします。
- 電池と内部抵抗、起電力: これまで理想的なものとして扱ってきた「電池」について、より現実的なモデルを導入し、「起電力」と「内部抵抗」の概念を理解します。
- ホイートストンブリッジ回路の平衡条件: キルヒホッフの法則の応用例として、精密な抵抗測定に用いられる重要な回路の動作原理を解析します。
- 電位法による回路解析: キルヒホッフの法則を、より系統的かつ視覚的に適用するための強力な手法である「電位法」を習得します。
このモジュールを修了したとき、あなたはもはや、直流回路図を単なる記号の羅列として見ることはないでしょう。それは、エネルギーと電荷の保存則という普遍的な文法で書かれた、論理的な文章として読み解くことができるようになっているはずです。その力は、物理学の探求はもちろんのこと、現代技術を理解するための揺るぎない基盤となります。
1. 電流の定義と担い手(キャリア)
これまでの静電気学の世界では、電荷は導体の表面や不導体の中に静止しているか、あるいは静電誘導によって瞬間的に移動するだけでした。しかし、私たちの生活を支える電気技術のほとんどは、電荷が持続的に一方向に流れ続ける現象、すなわち「電流 (electric current)」に基づいています。モーターが回り、電球が光り、ヒーターが熱を発生するのは、すべてこの電流のおかげです。
このセクションでは、直流回路の物語の主役である「電流」そのものを定義し、その流れを実際に担っているものは何なのか(キャリア, charge carrier)、そして私たちが用いる「電流の向き」という約束事が、実はどのような歴史的経緯に基づいているのかについて、深く探求します。
1.1. 電流の定義
電流とは、簡単に言えば「電荷の流れ」です。しかし、物理学では、この流れを定量的に評価する必要があります。そこで、電流の「強さ」または「大きさ」は、以下のように定義されます。
電流 (Electric Current) とは、ある導体の断面を、単位時間(1秒間)あたりに通過する電荷の量のことである。
数式で表現すると、ある断面を \(\Delta t\) 秒間に \(\Delta Q\) クーロンの電荷が通過したとき、その間の平均の電流の強さ \(I\) は、
\[ I = \frac{\Delta Q}{\Delta t} \]
となります。もし、流れが時間的に変化しない定常電流、すなわち直流 (Direct Current, DC) を考えているのであれば、単に \(I = Q/t\) と書くことができます。
電流の単位には、フランスの物理学者アンドレ=マリ・アンペールにちなんで、「アンペア (Ampere)」が用いられ、記号 A で表されます。
定義式から、単位の関係は以下のようになります。
\[ 1 , A = 1 , C/s \quad (1 , \text{アンペア} = 1 , \text{クーロン毎秒}) \]
つまり、1Aの電流とは、ある断面を1秒間に1Cの電荷が通過するような、非常に大きな流れを意味します。
1.2. 電流の向き:約束事と実際の流れ
電流には、大きさと共に向きがあります。ここで、物理学の歴史から生じた、初学者がしばしば混乱する重要なポイントがあります。
「電流の向き」は、「正の電荷が移動する向き」と定義されています。
これは、電気が本格的に研究され始めた18世紀、ベンジャミン・フランクリンらが、電気の実体(正体)を「電気液」という流体であると考え、その流れが正から負へ向かうと定義したことに由来します。この「正電荷の流れ」という定義は、その後の物理学の理論体系(例えば、磁場が発生する向きを決める右ねじの法則など)の基礎となり、今日まで世界共通の**約束事(慣習)**として使われ続けています。
しかし、その後の物理学の発展、特に19世紀末のJ.J.トムソンによる電子の発見により、金属導体中を実際に流れている電流の正体(担い手、キャリア)は、負の電荷を持つ自由電子であることが明らかになりました。
自由電子は負の電荷を持っているため、電場とは逆向きに力を受けます。したがって、電池の負極から押し出され、回路を通って正極へと向かっていきます。
この事実が意味することは、
金属導体中において、「電流の向き」と「電子の実際の移動方向」は、真逆である
ということです。
- 電流の向き: 電位の高い方(正極)から、電位の低い方(負極)へ。
- 電子の移動方向: 電位の低い方(負極)から、電位の高い方(正極)へ。
この違いは、常に意識しておく必要があります。しかし、心配する必要はありません。回路を流れる電流の大きさや、それによって発生する熱、磁場などを計算する上では、「正電荷が電流の向きに流れている」と考えても、数学的には全く同じ正しい結果が得られます。物理学の法則は、そのようにうまくできています。したがって、回路解析を行う際には、この歴史的な約束事に従い、常に「電流は正極から出て負極へ入る」と考えて進めていけばよいのです。
1.3. 電流の担い手(キャリア)
電流を担うキャリアは、物質の状態によって異なります。
- 金属導体:前述の通り、担い手は自由電子です。金属原子の外側の電子が原子核の束縛から離れ、金属結晶内を自由に動き回れるようになったものです。
- 電解質の溶液:食塩(NaCl)を水に溶かすと、ナトリウムイオン (\(Na^+\)) と塩化物イオン (\(Cl^-\)) という、正負のイオンに電離します。このような溶液に電極を入れて電圧をかけると、正の電荷を持つ陽イオン (\(Na^+\)) が陰極へ、負の電荷を持つ陰イオン (\(Cl^-\)) が陽極へと、それぞれ移動します。このように、電解液中では、正負両方のイオンが電流の担い手となります。
- 気体(放電):通常、気体は絶縁体ですが、非常に高い電圧をかけると、気体分子が電離して正イオンと電子に分かれ、電流が流れるようになります。これが気体放電(雷や蛍光灯の内部など)であり、この場合のキャリアも正イオンと電子です。
- 半導体:半導体中の電流は、電子と、電子が抜けた穴である「正孔(ホール)」という、2種類のキャリアによって担われます。正孔は、あたかも正の電荷を持つ粒子のように振る舞い、電流に寄与します。
大学受験物理では、主に金属導体中の電流を扱うため、「キャリアは自由電子である」と理解しておけば十分です。
1.4. ミクロな視点:電流と電子の速度
電流の大きさを、電子のミクロな運動と結びつけてみましょう。
導体の断面積を \(S\)、導体内の自由電子の数密度(単位体積あたりの個数)を \(n\)、電子の平均的な速度(ドリフト速度)を \(v\)、電子1個の持つ電気量を \(-e\) とします。
- 時間 \(\Delta t\) の間に、断面を通過する電子は、距離 \(v \Delta t\) だけ進みます。
- したがって、この時間内に断面を通過する電子が含まれる体積は、\(S \times (v \Delta t)\) です。
- この体積に含まれる電子の総数は、\(n \times (S v \Delta t)\) 個です。
- この電子たちが持つ電荷の総量 \(\Delta Q\) は、\(e \times (n S v \Delta t)\) となります(大きさだけを考えています)。
電流 \(I\) は \(\Delta Q / \Delta t\) なので、
\[ I = \frac{e n S v \Delta t}{\Delta t} = e n S v \]
この \(I = enSv\) という関係式は、マクロな量である電流 \(I\) と、ミクロな量(\(e, n, v\))を結びつける重要な式です。この式から、電子のドリフト速度 \(v\) を計算することができます。驚くべきことに、一般的な導線を流れる電流の場合、電子のドリフト速度は毎秒数ミリメートル程度と、非常にゆっくりであることがわかります。私たちがスイッチを入れると瞬時に電灯がつくのは、個々の電子がコンセントから電灯まで走っていくからではなく、導線内に既に満ちている電子たちが、電場(その伝播はほぼ光速)の合図で一斉に動き出す「将棋倒し」のような現象だからなのです。
2. オームの法則と電気抵抗
電流が「流れ」であるならば、その流れを生み出す原動力(ポテンシャルの差)と、流れを妨げる「流れにくさ」が存在するはずです。この3つの量、すなわち「電流」「電圧」「抵抗」の関係を、驚くほどシンプルな数式で表現したのが、ドイツの物理学者ゲオルク・オームが発見した「オームの法則 (Ohm’s law)」です。
オームの法則は、直流回路を理解し、解析するための、まさにアルファベットの「ABC」に相当する最も基本的な法則です。このセクションでは、オームの法則を定義し、新たに登場する「電気抵抗 (electrical resistance)」という概念の本質を探ります。
2.1. オームの法則
オームは、様々な導体について、その両端にかかる電圧(電位差) \(V\) と、それによって流れる電流 \(I\) の関係を、系統的な実験によって調べました。その結果、多くの物質(特に金属)において、温度が一定であれば、流れる電流の大きさは、かけられた電圧の大きさに比例することを見出しました。
\[ V \propto I \]
この比例関係こそが、オームの法則の本質です。この関係を等式にするための比例定数を \(R\) と書き、これをその導体の電気抵抗 (electrical resistance) と呼びます。
\[ V = RI \quad \text{または} \quad V = IR \]
これが、私たちがよく知るオームの法則の数学的な表現です。この法則は、回路における電圧、電流、抵抗の間の関係を支配する、中心的な役割を果たします。
【法則の3つの顔】
オームの法則は、求める量に応じて、以下の3つの形に変形して使うことができます。
- \(V = IR\): 電流 \(I\) と抵抗 \(R\) から、電圧 \(V\) を求める。
- \(I = V/R\): 電圧 \(V\) と抵抗 \(R\) から、電流 \(I\) を求める。
- \(R = V/I\): 電圧 \(V\) と電流 \(I\) から、抵抗 \(R\) を求める(抵抗の定義式ともみなせる)。
2.2. 電気抵抗 (Resistance)
電気抵抗、あるいは単に抵抗とは、その名の通り、電流の流れにくさを表す指標です。
- 抵抗 \(R\) が大きいほど、同じ電圧をかけても電流は少ししか流れません(流れにくい)。
- 抵抗 \(R\) が小さいほど、同じ電圧をかけてもたくさんの電流が流れます(流れやすい)。
抵抗の単位には、オームの名にちなんで「オーム (Ohm)」が用いられ、ギリシャ文字のオメガ \(\Omega\) で表されます。
定義式 \(R=V/I\) から、単位の関係は以下のようになります。
\[ 1 , \Omega = 1 , V/A \quad (1 , \text{オーム} = 1 , \text{ボルト毎アンペア}) \]
つまり、1Ωの抵抗とは、1Vの電圧をかけたときに1Aの電流が流れるような抵抗の大きさを意味します。
【水流のアナロジー】
オームの法則は、水道管を流れる水の流れに喩えると、非常に直感的に理解できます。
- 電圧 \(V\) ⇔ 水圧の差(高低差): 水を流そうとする「力」。
- 電流 \(I\) ⇔ 流量(単位時間に流れる水の量): 実際の水の「流れ」。
- 抵抗 \(R\) ⇔ 水道管の細さや内部の障害物: 水の「流れにくさ」。
このアナロジーによれば、オームの法則は、
「流量は、水圧の差に比例し、管の流れにくさに反比例する」
という、ごく自然な関係を表していることがわかります。
2.3. V-I特性グラフ
ある回路素子について、横軸に電圧 \(V\)、縦軸に電流 \(I\) をとって描いたグラフを、V-I特性(またはI-V特性)グラフと呼びます。
- オームの法則に従う素子(オーム性抵抗):\(I = (1/R)V\) の関係が成り立つため、V-I特性グラフは原点を通る直線になります。この直線の傾き \(I/V\) は、抵抗の逆数 \(1/R\) を表します。したがって、傾きが急なほど抵抗は小さく、傾きが緩やかなほど抵抗は大きいことになります。金属抵抗器などは、この性質をよく満たします。
- オームの法則に従わない素子(非オーム性抵抗):世の中の全ての素子が、オームの法則に従うわけではありません。例えば、半導体から作られるダイオードやトランジスタ、あるいは豆電球のように温度によって抵抗が大きく変化する素子などは、V-I特性が直線になりません。
- ダイオード: ある方向には電流をよく流しますが、逆方向にはほとんど流しません。グラフは、原点付近で折れ曲がる曲線になります。
- 豆電球: 電流を流すとフィラメントの温度が上昇し、抵抗が大きくなるため、グラフは上に凸の曲線を描きます。
このように、オームの法則は、万物に適用される普遍的な自然法則というよりは、金属などの特定の物質(オーム性抵抗)について、非常によく成り立つ経験則であると理解するのがより正確です。大学受験物理で「抵抗」と書かれている場合は、特に断りがない限り、オームの法則に従う理想的な抵抗器(抵抗値が一定)と考えて問題ありません。
このシンプルな \(V=IR\) という関係式が、いかにして複雑な回路網の解析の基礎となるのか。次のセクション以降で、その威力を目の当たりにすることになります。
3. 抵抗率の定義と温度依存性
オームの法則によって、導体の「電気抵抗 \(R\)」という性質を定義しました。しかし、この「流れにくさ」は、一体何によって決まるのでしょうか?例えば、同じ金属(例えば銅)でできていても、長くて細い導線と、短くて太い導線では、明らかに電気の流れやすさが違うはずです。
このセクションでは、抵抗というマクロな性質を、よりミクロな視点から分解し、物質の種類に固有の「抵抗率 (resistivity)」という概念を導入します。さらに、多くの物質で抵抗値が温度によって変化する現象、特に金属における抵抗の温度依存性について、その物理的なメカニズムを探ります。
3.1. 抵抗の幾何学的要因:長さと断面積
実験によれば、同じ材質でできた導体の電気抵抗 \(R\) は、その形状に以下のように依存することが知られています。
- 抵抗は、導体の長さ \(L\) に比例する:導線が長くなればなるほど、その中を電子が通過する際に、より多くの原子核イオンとの衝突を経験するため、流れにくくなります。したがって、\(R \propto L\) となります。(水流のアナロジー:水道管が長いほど、管壁との摩擦によるエネルギー損失が大きくなり、水は流れにくくなる。)
- 抵抗は、導体の断面積 \(S\) に反比例する:導線が太くなればなるほど、電子が通れる経路の選択肢が増え、全体として流れやすくなります。したがって、\(R \propto 1/S\) となります。(水流のアナロジー:水道管が太い(断面積が大きい)ほど、同じ水圧でも大量の水が流れる。)
これらの関係をまとめると、
\[ R \propto \frac{L}{S} \]
という比例関係が成り立ちます。
3.2. 抵抗率(比抵抗)の定義
この比例関係を等式にするための比例定数を \(\rho\)(ギリシャ文字のロー)と書き、これをその物質の「抵抗率 (resistivity)」または「比抵抗 (specific resistance)」と呼びます。
\[ R = \rho \frac{L}{S} \]
これが、導体の抵抗値を、その形状と材質から計算するための基本公式です。
抵抗率 \(\rho\) は、長さ \(L\) や断面積 \(S\) といった形状にはよらない、物質の種類によって決まる固有の値です。言わば、「その物質が、本質的にどれだけ電気を流しにくいか」を示す物性値です。
- 銀や銅のように電気をよく通す物質は、抵抗率が非常に小さい。
- ガラスやゴムのような絶縁体は、抵抗率が極めて大きい。
- 半導体は、これらの中間的な抵抗率を持ちます。
抵抗率の単位は、公式 \(\rho = R \cdot S/L\) から、 \((\Omega \cdot m^2) / m = \boldsymbol{\Omega \cdot m}\) (オームメートル)となります。
これは、「断面積 \(1m^2\)、長さ \(1m\) の立方体(単位立方体)が持つ抵抗値」と解釈できます。
【導電率】
抵抗率の逆数 \(\sigma = 1/\rho\) は、「導電率 (conductivity)」または「電気伝導度」と呼ばれ、物質の「電気の流れやすさ」を表す指標として用いられることもあります。
3.3. 抵抗の温度依存性
多くの物質では、温度が変化すると抵抗値も変化します。特に、私たちが回路でよく用いる金属においては、温度が上昇すると、抵抗(および抵抗率)は増加するという顕著な性質があります。
【物理的なメカニズム】
なぜ、温度が上がると金属の抵抗は増えるのでしょうか?
金属内では、原子は結晶格子と呼ばれる規則正しい配列をなしており、その格子点付近で常に微小な振動(格子振動)をしています。電流の担い手である自由電子は、この原子の格子の間をすり抜けるようにして進んでいきます。
- 低温時: 格子振動は比較的小さいため、電子はそれほど邪魔されずに進むことができます。
- 高温時: 温度が上昇すると、原子の格子振動が激しくなります。これは、電子の進路上に、より大きく、より頻繁に動く障害物が増えるようなものです。その結果、電子が格子と衝突する頻度が増加し、スムーズな流れが妨げられます。これが、抵抗が増加するミクロな原因です。
【数式による表現】
比較的狭い温度範囲では、金属の抵抗率 \(\rho\) の温度変化は、基準となる温度 \(t_0\)(例えば \(0^\circ C\) や \(20^\circ C\))での抵抗率を \(\rho_0\) として、以下のような一次式で近似できます。
\[ \rho(t) = \rho_0 (1 + \alpha (t – t_0)) \]
ここで、\(\alpha\) は「抵抗の温度係数 (temperature coefficient of resistance)」と呼ばれる、物質の種類によって決まる定数です。単位は \([K^{-1}]\) または \([^\circ C^{-1}]\) です。
金属の場合、\(\alpha\) は正の値を持ちます。
導体の抵抗 \(R\) は抵抗率 \(\rho\) に比例するので、抵抗値についても全く同じ形の式が成り立ちます。基準温度 \(t_0\) での抵抗値を \(R_0\) とすると、温度 \(t\) における抵抗値 \(R(t)\) は、
\[ R(t) = R_0 (1 + \alpha (t – t_0)) \]
と表すことができます。この線形関係は、温度センサー(抵抗温度計)などに利用されています。
【超伝導】
一方で、ある種の物質を極低温まで冷却していくと、特定の温度(転移温度)で、電気抵抗が完全にゼロになるという驚くべき現象が起こります。これを「超伝導 (superconductivity)」と呼びます。超伝導状態では、一度流れた電流は、外部からエネルギーを供給しなくても永久に流れ続けることができます。この現象は、リニアモーターカーやMRI(核磁気共鳴画像法)など、最先端技術に応用されています。
このセクションで学んだように、抵抗という単純に見える性質も、その背後には物質の構造や熱運動といった、より深い物理が関わっています。抵抗値を、単なる回路のパラメータとしてだけでなく、物質の性質を反映した物理量として捉える視点を持つことが重要です。
4. 抵抗の直列接続と並列接続
コンデンサーの場合と同様に、抵抗器もまた、電子回路の中で複数組み合わせて使用されることが一般的です。目的の抵抗値を持つ抵抗器が手元にない場合や、回路の特定の場所で流れる電流や電圧を調整するために、複数の抵抗器を「直列 (series)」または「並列 (parallel)」に接続します。
このセクションでは、それぞれの接続方法が持つ物理的な特徴を分析し、回路全体が示す合成抵抗の計算方法を導出します。コンデンサーの合成容量の公式との形の「逆転現象」がなぜ起こるのか、その物理的な意味を理解することが、丸暗記から脱却し、真の理解に至るための鍵となります。
4.1. 直列接続 (Series Connection)
【接続方法と特徴】
直列接続とは、複数の抵抗器(ここでは \(R_1, R_2\) とする)を、一本の道に数珠つなぎにする接続方法です。
- 電流はどこでも等しい:直列回路は、電流の通り道が一本しかありません。途中に分岐がないため、回路のどの部分を測定しても、流れる電流の大きさ \(I\) は等しくなります。これは、電荷保存則の現れです。\[ I_1 = I_2 = I \]
- 全体の電圧は各電圧の和になる:全体の電圧 \(V\) は、抵抗 \(R_1\) での電圧降下 \(V_1\) と、抵抗 \(R_2\) での電圧降下 \(V_2\) の合計になります。これは、全体の電位差(高低差)が、各部分の電位差の和に等しいことに対応します。\[ V = V_1 + V_2 \]
【合成抵抗の導出】
この直列回路全体の合成抵抗を \(R_s\) とします。
- 電圧の関係式 \(V = V_1 + V_2\) から出発します。
- 各部分にオームの法則(\(V=IR\))を適用します。
- \(V_1 = I_1 R_1\)
- \(V_2 = I_2 R_2\)
- 全体については \(V = I R_s\)
- これらの式を、電圧の関係式に代入します。\[ I R_s = (I_1 R_1) + (I_2 R_2) \]
- 電流は全て等しい(\(I_1 = I_2 = I\))ので、\[ I R_s = I R_1 + I R_2 = I(R_1 + R_2) \]
- 両辺の \(I\) を消去すると、直列接続の合成抵抗の公式が得られます。\[ R_s = R_1 + R_2 \]
【結論と物理的意味】
直列接続の場合、合成抵抗は各抵抗値の単純な和になります。抵抗を直列につなげばつなぐほど、全体の抵抗は増加します。
これは物理的に、電流が通過しなければならない「道のりが長くなる」ことに対応します。\(R = \rho L/S\) の公式で、実質的に長さ \(L\) が増加するのと同じ効果であり、直感とよく一致します。
4.2. 並列接続 (Parallel Connection)
【接続方法と特徴】
並列接続とは、複数の抵抗器(\(R_1, R_2\))の両端を、それぞれ共通の2点で結ぶ接続方法です。
- 電圧はどこでも等しい:各抵抗の両端は、同じ2点に接続されているため、それぞれの抵抗にかかる電圧(電位差) \(V\) は等しくなります。\[ V_1 = V_2 = V \]
- 全体の電流は各電流の和になる:全体の電流 \(I\) は、分岐点で分かれ、一部が \(R_1\) に(\(I_1\))、残りが \(R_2\) に(\(I_2\))流れます。合流点で再び一つになるため、電荷保存則(キルヒホッフの第一法則)により、全体の電流は各部分を流れる電流の和になります。\[ I = I_1 + I_2 \]
【合成抵抗の導出】
この並列回路全体の合成抵抗を \(R_p\) とします。
- 電流の関係式 \(I = I_1 + I_2\) から出発します。
- 各部分にオームの法則(\(I=V/R\))を適用します。
- \(I_1 = V_1 / R_1\)
- \(I_2 = V_2 / R_2\)
- 全体については \(I = V / R_p\)
- これらの式を、電流の関係式に代入します。\[ \frac{V}{R_p} = \frac{V_1}{R_1} + \frac{V_2}{R_2} \]
- 電圧は全て等しい(\(V_1 = V_2 = V\))ので、\[ \frac{V}{R_p} = \frac{V}{R_1} + \frac{V}{R_2} = V \left( \frac{1}{R_1} + \frac{1}{R_2} \right) \]
- 両辺の \(V\) を消去すると、並列接続の合成抵抗の公式が得られます。\[ \frac{1}{R_p} = \frac{1}{R_1} + \frac{1}{R_2} \]
【結論と物理的意味】
並列接続の場合、合成抵抗の逆数が、各抵抗値の逆数の和になります。この計算からわかるように、抵抗を並列に接続すると、合成抵抗は個々のどの抵抗の値よりも小さくなります。
これは物理的に、電流が通れる「経路が増え、道幅が広がる」ことに対応します。\(R = \rho L/S\) の公式で、実質的に断面積 \(S\) が増加するのと同じ効果であり、これもまた直感と一致します。
2つの抵抗の場合は、コンデンサーの直列と同様に、「和ぶんの積」の形 \(R_p = \frac{R_1 R_2}{R_1 + R_2}\) で計算すると便利です。
4.3. コンデンサーとの比較による記憶の定着
前述の通り、抵抗とコンデンサーの合成則は、直列と並列でちょうど逆の形をしています。
接続方法 | 抵抗 \(R\) の合成 | コンデンサー \(C\) の合成 | 物理的アナロジー |
直列 | \(R_s = R_1+R_2\) (単純和) | \(1/C_s = 1/C_1+1/C_2\) (逆数和) | 長さ・間隔が伸びる効果 |
並列 | \(1/R_p = 1/R_1+1/R_2\) (逆数和) | \(C_p = C_1+C_2\) (単純和) | 断面積が広がる効果 |
この対応関係を、単に「逆」と覚えるのではなく、「なぜ逆になるのか」を物理的なアナロジー(長さ/間隔 vs 断面積)と共に理解することで、記憶はより強固になり、応用力も格段に向上します。回路の問題を解く際には、常にこの物理的イメージを念頭に置くように心がけましょう。
5. 電力とジュール熱
回路に電流を流すとき、電池は化学エネルギーを使って電荷を高い電位へと持ち上げる仕事をします。そして、その電荷が抵抗を通過する際に、蓄えていたエネルギーを解放します。このエネルギーは、一体どこへ行くのでしょうか?多くの場合、それは熱に変換され、抵抗器を温めます。また、モーターを回す仕事や、電球から放たれる光エネルギーに変換されることもあります。
このセクションでは、単位時間あたりに消費される電気エネルギー、すなわち「電力 (electric power)」を定義し、その多くが熱として失われる「ジュール熱 (Joule heat)」の概念について学びます。これは、エネルギー保存則の観点から回路を分析するための、極めて重要なステップです。
5.1. 電力 (Electric Power) の定義
物理学一般において、**電力(仕事率)**とは、単位時間(1秒間)あたりになされる仕事、または消費されるエネルギーのことです。
電気回路において、抵抗などの素子の両端に電圧 \(V\) がかかり、そこに電流 \(I\) が流れている状況を考えましょう。
- 時間 \(t\) の間に、この素子を通過する電荷の総量は \(Q = It\) です。
- この電荷 \(Q\) が、電位差 \(V\) のある2点間を移動するときに失う静電エネルギーは、Module 2で学んだように \(\Delta U = QV\) です。
- この失われたエネルギーが、時間 \(t\) の間に、抵抗によって消費されたエネルギー \(W\) に相当します。\[ W = \Delta U = QV = (It)V = VIt \]
電力 \(P\) は、このエネルギー \(W\) を時間 \(t\) で割ったものですから、
\[ P = \frac{W}{t} = \frac{VIt}{t} = VI \]
となります。これが、消費電力を計算するための最も基本的な公式です。
電力 \(P\) の単位は、仕事(エネルギー)の単位(ジュール J)を時間の単位(秒 s)で割った、ジュール毎秒 (J/s) となります。これには、蒸気機関の改良に貢献したジェームズ・ワットにちなんで、「ワット (Watt)」という固有の名称が与えられており、記号 W で表されます。
\[ 1 , W = 1 , J/s = 1 , V \cdot A \]
5.2. 電力の3つの公式
コンデンサーのエネルギーの場合と同様に、電力の基本公式 \(P=VI\) に、オームの法則 \(V=IR\) を組み合わせることで、あと2通りの便利な公式を導出できます。
1. 基本形
\[ P = VI \]
電圧 \(V\) と電流 \(I\) が分かっている場合に用います。
2. IとRで表す形
基本形に \(V=IR\) を代入します。
\[ P = (IR)I = I^2 R \]
電流 \(I\) と抵抗 \(R\) が分かっている場合に便利です。特に、直列回路(電流が共通)の各部分での消費電力を比較する際などに有効です。
3. VとRで表す形
基本形に \(I=V/R\) を代入します。
\[ P = V \left(\frac{V}{R}\right) = \frac{V^2}{R} \]
電圧 \(V\) と抵抗 \(R\) が分かっている場合に便利です。特に、並列回路(電圧が共通)の各部分での消費電力を比較したり、家庭用の電気製品(100Vの電圧が共通)の消費電力を考えたりする際に有効です。
これら3つの公式は、すべて同じ物理的内容を表しています。問題の状況に応じて、最も計算が簡単になる形を自在に選べるようにしておくことが重要です。
5.3. ジュール熱 (Joule Heat)
抵抗に電流を流したときに消費される電気エネルギーのほとんどは、熱に変換されます。この現象をジュール効果 (Joule effect) と呼び、このとき発生する熱をジュール熱 (Joule heat) と言います。
ミクロな視点で見ると、電場によって加速された自由電子が、導体を構成する原子(陽イオン)に衝突し、その運動エネルギーを原子に与えます。エネルギーを受け取った原子は、その場での振動(格子振動)がより激しくなります。物質の温度とは、この構成原子の振動の激しさの指標ですから、結果として導体の温度が上昇するのです。
抵抗器で時間 \(t\) の間に発生するジュール熱の量 \(Q_H\)(熱量なので記号Qが使われることが多いが、電荷と混同しないよう注意)は、その間に消費された電気エネルギー \(W\) に等しくなります。
\[ Q_H = W = Pt = VIt = I^2Rt = \frac{V^2}{R}t \]
この関係は、ジュールの法則として知られています。
電気ストーブ、ヘアドライヤー、はんだごてといった電熱線を利用する機器は、このジュール熱を積極的に利用した例です。一方で、パソコンのCPUや送電線などでは、ジュール熱はエネルギーの望ましくない損失となり、いかにしてこの熱を効率的に除去するか(冷却するか)、あるいは発生を抑えるかが、技術的な課題となります。
【電力と電力量】
- 電力 (Power) は、瞬間のエネルギー消費率(単位:W, kW)。
- 電力量 (Energy) は、ある時間内に消費されたエネルギーの総量(単位:J, kWh)。私たちが電力会社に支払う電気料金は、消費した「電力」ではなく、「電力量」に基づいています。電力量の単位として、ジュール(J)は小さすぎるため、キロワット時 (kWh) が一般的に用いられます。1kWhは、1kWの電力(=1000W)を1時間(=3600秒)消費したときの電力量であり、\(1 , kWh = 1000 , W \times 3600 , s = 3.6 \times 10^6 , J\) に相当します。
エネルギーという統一的な視点を持つことで、電気回路の現象が、力学や熱力学といった他の物理分野と地続きであることが理解できます。
6. キルヒホッフの第一法則(電流則)
オームの法則は、回路の個々の部品(抵抗)における電圧と電流の関係を記述するものでした。しかし、複数の抵抗や電池が複雑に組み合わさった回路網全体の振る舞いを解析するには、より大局的で、より普遍的な法則が必要となります。そのための強力なツールが、ドイツの物理学者グスタフ・キルヒホッフが確立した2つの法則です。
このセクションでは、その一つ目である「キルヒホッフの第一法則 (Kirchhoff’s first law)」、通称「電流則 (Kirchhoff’s Current Law, KCL)」について学びます。この法則は、一見すると当たり前のことを述べているように見えますが、その背後には物理学の根幹をなすある重要な保存則が隠されています。
6.1. 法則の定義
キルヒホッフの第一法則は、電気回路内の任意の**接続点(接点、分岐点、ノードとも呼ばれる)**における、電流の関係を規定するものです。
キルヒホッフの第一法則: 回路内の任意の接続点において、流れ込む電流の総和と、流れ出す電流の総和は、常に等しい。
数式で表現すると、ある接続点に \(n\) 本の導線がつながっており、それぞれを \(I_1, I_2, \dots, I_n\) の電流が流れているとします。このとき、
\[ \sum I_{in} = \sum I_{out} \]
となります。
例えば、ある点に \(I_1\) と \(I_2\) の電流が流れ込み、そこから \(I_3\) の電流が流れ出している場合、
\[ I_1 + I_2 = I_3 \]
という関係が成り立ちます。
この法則は、しばしば「ある接続点に流入・流出する電流の代数和はゼロになる(\(\sum I_k = 0\))」という形で表現されることもあります。これは、流れ込む電流を正、流れ出す電流を負と定義した場合の表現であり、内容は全く同じです。
6.2. 法則の物理的根拠:電荷保存則
キルヒホッフの第一法則は、なぜ成り立つのでしょうか?その物理的な根拠は、物理学における最も基本的な大法則の一つ、「電荷の保存則 (law of conservation of charge)」にあります。
電荷の保存則とは、「電荷は、勝手に生まれたり消えたりすることはない」という法則でした。
これを回路の接続点に適用して考えてみましょう。
- もし、接続点に流れ込む電流の総和が、流れ出す電流の総和よりも大きかったとしたら、その接続点には、時間とともんどんどん電荷が蓄積されていくことになります。
- 逆に、流れ出す電流の総和の方が大きかったとしたら、その接続点からは電荷がどんどん失われていく(あるいは、どこかから湧き出してくる)ことになります。
しかし、直流回路が定常状態にあるとき、回路のどの部分にも電荷が溜まり続けたり、失われ続けたりすることはありません(もし電荷が溜まるなら、それはコンデンサーです)。接続点は、電流が通過するただの「通り道」であり、電荷を貯蔵する場所ではありません。
したがって、接続点を通過する電荷の量は、入ってくる分と出ていく分で常に釣り合っていなければなりません。単位時間あたりに通過する電荷の量、すなわち電流についても、流入する総量と流出する総量は等しくなければならないのです。
キルヒホッフの第一法則は、この電荷保存則が、電気回路という具体的なシステムにおいて現れた姿に他なりません。
6.3. 法則の応用:未知の電流を求める
この法則は、回路解析において、未知の電流を求めるための方程式を立てるのに使われます。
例えば、以下のような回路を考えます。
電流 \(I_1 = 5A\) と \(I_2 = 3A\) がある点で合流し、\(I_3\) と \(I_4\) に分かれていく。もし \(I_3 = 2A\) であることが分かっている場合、\(I_4\) はいくらになるでしょうか。
- 接続点を見つける: 電流が合流・分岐している点を特定します。
- 第一法則を適用する:
- 流れ込む電流の和: \(I_1 + I_2 = 5A + 3A = 8A\)
- 流れ出す電流の和: \(I_3 + I_4 = 2A + I_4\)
- \(\sum I_{in} = \sum I_{out}\) なので、\[ 8A = 2A + I_4 \]
- 未知数を解く:\[ I_4 = 8A – 2A = 6A \]
このように、第一法則を用いることで、回路内の電流の関係性を記述し、未知の量を決定することができます。
【未知の電流の向きの仮定】
複雑な回路では、最初から全ての電流の向きが分からない場合があります。その場合は、自分で適当に電流の向きを仮定して式を立てます。そして、計算を進めた結果、もし電流の値が負になった場合は、それは「最初に仮定した向きとは、実際には逆向きに電流が流れている」ことを意味します。値の大きさは正しいので、向きだけを修正すればよいのです。恐れずに、まずは向きを仮定して、法則を適用することが重要です。
キルヒホッフの第一法則は、回路網における「交通整理」の役割を果たす、シンプルかつ強力なツールです。次のセクションで学ぶ第二法則(電圧則)と組み合わせることで、その真価が発揮されます。
7. キルヒホッフの第二法則(電圧則)
キルヒホッフの法則の二つ目は、「第二法則 (Kirchhoff’s second law)」、通称「電圧則 (Kirchhoff’s Voltage Law, KVL)」または「閉路則 (loop rule)」です。第一法則が回路の「点(接続点)」に関する法則であったのに対し、第二法則は回路の「線(閉じたループ)」に関する法則です。
この法則は、第一法則が電荷保存則に基づいていたのと同様に、物理学のもう一つの偉大な柱である「エネルギー保存則」にその物理的根拠を持ちます。電圧則をマスターすることは、どんなに複雑な回路でも、その内部の電圧と電流の分布を完全に解き明かすための鍵となります。
7.1. 法則の定義
キルヒホッフの第二法則は、電気回路内の任意の**閉じた一回り(閉路、ループ)**における、電位の変化に関するものです。
キルヒホッフの第二法則: 回路内の任意の閉じたループを一周するとき、起電力(電位が上がる量)の総和と、電圧降下(電位が下がる量)の総和は、常に等しい。
これを、電位の変化という観点から言い換えると、さらに本質的になります。
(別表現): 回路内の任意の閉じたループを一周して出発点に戻ってきたとき、電位の変化の代数和はゼロである。
数式で表現すると、ループ内の各素子での電位の変化を \(\Delta V_k\) として、
\[ \sum_{k} \Delta V_k = 0 \]
となります。
7.2. 法則の物理的根拠:エネルギー保存則
なぜ、ループを一周すると電位の変化がゼロになるのでしょうか?
これは、静電場が保存力場であること、すなわち、その中での仕事が経路によらず、始点と終点のポテンシャル(電位)の差だけで決まるという性質に起因します。
【地形のアナロジー】
この法則は、地形を散策するアナロジーで考えると、極めて明快です。
- 回路のループを一周する ⇔ 山の周りをぐるっと一周して、出発地点に戻ってくる。
- 電位 ⇔ 標高。
- 起電力(電池) ⇔ スキー場のリフトやエスカレーター(位置エネルギーを増やしてくれる装置)。
- 電圧降下(抵抗) ⇔ 坂道を下ること(位置エネルギーが減少する)。
あなたが山の麓のA地点から出発し、リフトでB地点まで上がり、山道を歩いてC地点を経由し、坂道を下って元のA地点に戻ってきたとします。このとき、途中でどれだけ登ったり下ったりしたとしても、最終的に出発点に戻ってきたあなたの標高の変化量は、プラスマイナスゼロです。当たり前のことですが、これが電圧則の本質です。
回路のループを一周するということは、ある電荷がそのループを一周して元の場所に戻ってくるのと同じです。電荷が元の場所に戻れば、その電荷が持つ静電エネルギーも元の値に戻ります。つまり、一周した際のエネルギーの利得と損失は、完全に相殺されていなければなりません。単位電荷あたりのエネルギーが電位ですから、電位の変化の総和もゼロになるのです。
キルヒホッフの第二法則は、このエネルギー保存則が電気回路というシステムにおいて現れた姿なのです。
7.3. 法則の適用方法(方程式の立て方)
電圧則を用いて回路解析を行うには、以下のステップに従って、ループに関する方程式を立てます。
- ループを選ぶ: 回路内から、解析したい閉じたループを一つ選びます。
- ループを回る向きを決める: 時計回り、反時計回りのどちらでも構いません。自分の好きな向きを決めます。
- 電位の変化を追跡する: 決めた向きに沿ってループを一周しながら、各回路素子を通過する際の電位の変化を足し合わせていきます。このとき、符号の付け方に厳密なルールがあります。
- 抵抗 (R) を通過するとき:
- 電流 (I) と同じ向きに通過する場合 → 電流は電位が高い方から低い方へ流れるので、電位は下がる。電位変化は -IR。
- 電流 (I) と逆向きに通過する場合 → 電位が低い方から高い方へ移動するので、電位は上がる。電位変化は +IR。
- 電池(起電力 E)を通過するとき:
- 負極から正極へ通過する場合 → 電位が低い方から高い方へ移動するので、電位は上がる。電位変化は +E。
- 正極から負極へ通過する場合 → 電位が高い方から低い方へ移動するので、電位は下がる。電位変化は -E。
- 抵抗 (R) を通過するとき:
- 方程式を立てる:一周したときの電位変化の総和を「= 0」として、方程式を完成させます。
【具体例】
起電力 \(E\)、内部抵抗 \(r\) の電池に、外部抵抗 \(R\) を接続した単純な回路を考えます。流れる電流を \(I\) とします。
- ループを選ぶ: 回路は一つしかないので、このループを選びます。
- 回る向きを決める: 時計回りに回ることにします。
- 電位の変化を追跡: 点A(電池の負極の下)からスタートします。
- A → 電池 → B: 負極から正極へ通過。起電力 \(E\) だけ電位が上がる(\(+E\))。
- B → 内部抵抗 → C: 電流 \(I\) と同じ向きに通過。\(Ir\) だけ電位が下がる(\(-Ir\))。
- C → 外部抵抗 → A: 電流 \(I\) と同じ向きに通過。\(IR\) だけ電位が下がる(\(-IR\))。
- 方程式を立てる:\[ (+E) + (-Ir) + (-IR) = 0 \]\[ E – Ir – IR = 0 \]\[ E = I(R+r) \]という、よく知られた関係式が導出されます。
キルヒホッフの第一法則(電流則)と第二法則(電圧則)は、セットで用いられます。回路内に未知の電流が \(n\) 個ある場合、第一法則と第二法則を駆使して、独立な方程式を \(n\) 本立てることで、連立方程式として全ての未知数を解き明かすことができます。これこそが、複雑な回路網を解析するための、最も正攻法で強力なアルゴリズムなのです。
8. 電池と内部抵抗、起電力
回路に電流を流し続けるためには、電荷を低い電位から高い電位へと持ち上げ、エネルギーを供給し続ける装置が必要です。その役割を担うのが電池 (battery) です。私たちはこれまで、電池を単に一定の電圧 \(V\) を供給する「理想的な電源」として扱ってきました。
しかし、現実の電池は、内部に電気抵抗成分を持つなど、理想通りには振る舞いません。このセクションでは、より現実に即した電池のモデルを導入し、「起電力 (electromotive force, EMF)」と「内部抵抗 (internal resistance)」という、電池の性能を特徴づける重要な概念について学びます。
8.1. 起電力 (Electromotive Force, EMF)
電池の内部では、化学反応(あるいは光電効果や熱電効果など)によって、電気的な力以外の力(非静電気的な力)が働き、負の電荷を負極に、正の電荷を正極に分離させます。この非静電気的な力が、電荷を電位の低い方から高い方へと「汲み上げるポンプ」のような役割を果たします。
起電力 (EMF) とは、この非静電気的な力が、単位正電荷 (+1C) を電池の内部で低電位側から高電位側へ運ぶ際にする仕事のことです。
記号は \(E\) で表されることが多く(電場と混同しないよう注意)、単位は電圧と同じボルト (V) です。
- 「力」という名前の誤解: 起電力(electromotive force)という名前には「力 (force)」という言葉が含まれていますが、その次元は力(ニュートン N)ではなく、**エネルギー/電荷(ジュール/クーロン = ボルト V)**です。歴史的な経緯でこの名前が使われていますが、本質的には「単位電荷あたりのエネルギー供給能力」と理解するのが正確です。
- 起電力と電位差:もし電池が、電流を全く流していない「開放状態」にあるならば、電池の両端の電位差(端子電圧)は、この起電力 \(E\) に等しくなります。起電力は、その電池が持つ理想的な、最大の電圧と考えることができます。
8.2. 内部抵抗 (Internal Resistance)
現実の電池は、それ自身が電解液や電極といった物質でできているため、電流がその内部を通過する際には、必ずある程度の電気抵抗が存在します。この、電池の内部に存在すると考えられる抵抗を、「内部抵抗 (internal resistance)」と呼び、記号 \(r\) で表します。
内部抵抗は、電池の外部に取り出すことができない、電池と一体化した抵抗と見なすことができます。したがって、現実的な電池のモデルは、「起電力 \(E\) の理想的な電源」と「内部抵抗 \(r\)」が直列に接続されたものとして考えるのが一般的です。
8.3. 端子電圧と内部抵抗の関係
電池が回路に接続され、電流 \(I\) を流している(放電している)とき、電池の両端の実際の電圧(端子電圧 \(V\))は、起電力 \(E\) よりも小さくなります。
これは、電流 \(I\) が電池の内部抵抗 \(r\) を通過する際に、\(Ir\) だけの電圧降下が電池の内部で発生してしまうためです。
キルヒホッフの第二法則を、電池のモデルに適用してみましょう。
電池の負極から正極へ向かう経路を考えると、
- 起電力 \(E\) によって、電位は \(E\) だけ上昇します。
- 内部抵抗 \(r\) によって、電位は \(Ir\) だけ降下します。したがって、電池の両端(端子)間の電位差 \(V\) は、\[ V = E – Ir \]となります。
この式が、起電力、内部抵抗、端子電圧、そして電流の関係を示す、極めて重要な公式です。
【この公式が示すこと】
- 電流がゼロのとき (\(I=0\)): \(V = E\) となり、端子電圧は起電力に等しくなります。
- 電流を流すと (\(I > 0\)): 端子電圧 \(V\) は、起電力 \(E\) から \(Ir\) の分だけ低下します。流す電流が大きいほど、また内部抵抗が大きいほど、電圧の降下は顕著になります。
- 古くなった電池を使うと、機器がうまく作動しないのは、化学変化が進んで内部抵抗 \(r\) が増大し、電流を流したときの電圧降下が大きくなるためです。
- ショート(短絡)したとき: もし電池の両端を抵抗ゼロの導線でつなぐ(短絡, short circuit)と、回路の全抵抗は内部抵抗 \(r\) のみとなります。このとき流れる電流(短絡電流) \(I_s\) は、\(I_s = E/r\) となります。これは、その電池が流すことのできる最大の電流ですが、非常に危険な状態です。
【充電時の振る舞い】
逆に、外部電源を使って電池を充電する場合、電流 \(I\) は、電池の正極から負極へと、通常とは逆向きに流れます。このとき、端子電圧 \(V\) は、
\[ V = E + Ir \]
となり、起電力 \(E\) よりも高くなります。外部電源は、電池の起電力と内部抵抗での電圧降下の両方に打ち勝って、電流を無理やり流し込む必要があるからです。
起電力と内部抵抗の概念を理解することで、私たちは電池を単なる黒い箱としてではなく、その内部の振る舞いまで含めた、より現実的で精緻なモデルとして扱うことができるようになります。
9. ホイートストンブリッジ回路の平衡条件
キルヒホッフの法則は、どんなに複雑な回路でも、原理的には解くことができる万能のツールです。しかし、特定の構造を持つ回路については、その性質を利用することで、よりエレガントに、そして素早く解析することが可能です。その代表例が、「ホイートストンブリッジ (Wheatstone bridge)」と呼ばれる回路です。
ホイートストンブリッジは、もともと未知の抵抗値を精密に測定するために考案された回路ですが、その「平衡条件」は、大学受験物理において、キルヒホッフの法則の応用問題として、また対称性のある回路を解くための重要な思考パターンとして、頻繁に出題されます。
9.1. 回路の構造
ホイートストンブリッジは、4つの抵抗(\(R_1, R_2, R_3, R_4\))を、ひし形(ブリッジ状)に接続し、対角線上の2つの頂点間に電源(起電力 \(E\))を、もう一方の対角線上の2つの頂点(ここでは点Cと点D)の間に検流計 (galvanometer) G を接続した回路です。
検流計とは、非常に感度が高く、微小な電流の有無やその向きを検知することができる電流計のことです。
9.2. ブリッジの平衡条件
この回路の最も重要な特徴は、「ブリッジが平衡している」という特別な状態です。
ブリッジの平衡: 4つの抵抗の値を適切に調整し、検流計Gを流れる電流 \(I_G\) がゼロになった状態を、「ブリッジが平衡している」という。
検流計に電流が流れない、ということは、物理的に何を意味するのでしょうか?
電流は、電位が高い方から低い方へと流れます。したがって、点Cと点Dの間に電流が流れないということは、
点Cの電位 \(V_C\) と、点Dの電位 \(V_D\) が等しい
\[ V_C = V_D \]
ということを意味します。これが、平衡状態の最も本質的な条件です。
9.3. 平衡条件の導出
この \(V_C = V_D\) という条件から、4つの抵抗値の間に成り立つ関係式を導出してみましょう。
- 各点の電位を考える:
- 電源の負極側(点B)の電位を基準の0Vとします(\(V_B = 0\))。
- すると、電源の正極側(点A)の電位は \(V_A = E\) となります。
- 電流を設定する:
- Aから出た電流が、上の経路(\(R_1, R_2\))と下の経路(\(R_3, R_4\))に分かれます。
- 上の経路を流れる電流を \(I_1\) とします。ブリッジが平衡しているので、\(I_G=0\) であり、この電流 \(I_1\) はそのまま \(R_1\) と \(R_2\) を流れます。
- 同様に、下の経路を流れる電流を \(I_2\) とします。この電流 \(I_2\) はそのまま \(R_3\) と \(R_4\) を流れます。
- 点Cと点Dの電位を計算する:
- 点Cの電位 \(V_C\): 点A(電位E)から、抵抗 \(R_1\) で電圧降下した後の電位です。電圧降下の大きさは \(I_1 R_1\) なので、\[ V_C = V_A – I_1 R_1 = E – I_1 R_1 \]
- 点Dの電位 \(V_D\): 点A(電位E)から、抵抗 \(R_3\) で電圧降下した後の電位です。電圧降下の大きさは \(I_2 R_3\) なので、\[ V_D = V_A – I_2 R_3 = E – I_2 R_3 \]
- 平衡条件 \(V_C = V_D\) を適用する:\[ E – I_1 R_1 = E – I_2 R_3 \]\[ I_1 R_1 = I_2 R_3 \quad \dots \text{(式①)} \]
- 別の表現で電位を計算する:今度は、基準点B(電位0)から考えます。
- 点Cの電位 \(V_C\): 点B(電位0)から、抵抗 \(R_2\) を電流と逆向きに遡った電位です。電圧上昇の大きさは \(I_1 R_2\) なので、\[ V_C = V_B + I_1 R_2 = 0 + I_1 R_2 = I_1 R_2 \]
- 点Dの電位 \(V_D\): 点B(電位0)から、抵抗 \(R_4\) を電流と逆向きに遡った電位です。電圧上昇の大きさは \(I_2 R_4\) なので、\[ V_D = V_B + I_2 R_4 = 0 + I_2 R_4 = I_2 R_4 \]
- 平衡条件 \(V_C = V_D\) を再度適用する:\[ I_1 R_2 = I_2 R_4 \quad \dots \text{(式②)} \]
- 最終的な関係式を導く:得られた2つの式、(式①): \(I_1 R_1 = I_2 R_3\)(式②): \(I_1 R_2 = I_2 R_4\)の辺々を割り算します。((式①) ÷ (式②))\[ \frac{I_1 R_1}{I_1 R_2} = \frac{I_2 R_3}{I_2 R_4} \]電流 \(I_1\) と \(I_2\) が消去され、\[ \frac{R_1}{R_2} = \frac{R_3}{R_4} \]という、抵抗値のみの関係式が得られます。この式は、しばしば「たすき掛けの積が等しい」という形で、\[ R_1 R_4 = R_2 R_3 \]と表現されます。これがホイートストンブリッジの平衡条件です。
9.4. 応用
- 抵抗の精密測定:もし、\(R_1, R_2, R_3\) のうち2つの抵抗値が精密に分かっており、1つが可変抵抗器であれば、未知の抵抗 \(R_4\) の値を、ブリッジを平衡させることで極めて正確に求めることができます。検流計は電流ゼロを検知する「ヌル法」で使われるため、検流計自体の内部抵抗や精度の影響を受けにくいという利点があります。
- 回路問題の簡略化:回路問題で、ブリッジ回路が登場し、かつ平衡条件 \(R_1 R_4 = R_2 R_3\) が満たされている場合、中央の抵抗(検流計の部分)には電流が流れないと判断できます。したがって、その部分の抵抗は無視して(取り除いて)、回路をより単純な直並列回路として考えることができます。これは、複雑な回路の合成抵抗を求める問題などで、非常に有効なテクニックとなります。
10. 電位法による回路解析
キルヒホッフの法則は、直流回路を解析するための、間違いなく最も基本的で万能な手法です。しかし、ループの取り方や式の立て方が一意でないため、複雑な回路になると、どのループを選べばよいか迷ったり、符号のミスを犯しやすくなったりすることがあります。
そこで、より機械的で、視覚的に分かりやすい回路解析の手法として「電位法」があります。この方法は、回路の各点の「電位(電気的な高さ)」に注目し、それを基準に計算を進めていくアプローチです。電位法をマスターすれば、多くの回路問題を見通しよく、そして系統的に解くことが可能になります。
10.1. 電位法の基本思想
電位法の根底にある思想は非常にシンプルです。
回路内のどこか一点の電位を基準(通常は0V)として定め、そこからの電位差を計算していくことで、回路の全ての点の電位を決定する。
全ての点の電位が分かってしまえば、
- 任意の2点間の**電位差(電圧)**は、単なる引き算で求まります。
- 任意の抵抗を流れる電流は、その両端の電位差をオームの法則 \(I = \Delta V / R\) に適用することで、直ちに計算できます。
つまり、各点の「標高」を全て地図に書き込んでしまえば、あとはどの坂(抵抗)をどれくらいの勢い(電流)で水が流れるかは自明である、という考え方です。
10.2. 電位法による解析の手順
- 基準点を決める:回路内のどこか一点を選び、その点の電位を 0V と定めます。この操作を「接地する(アースする)」と言い、地図記号のようなアース記号で示します。
- どこを基準点に選んでも、物理的な結果(電流や電位差)は変わりませんが、計算を簡単にするためには、電池の負極や、多くの配線が集まる点などを選ぶのが一般的です。
- 各点の電位を文字で置く:電位が未知の接続点や重要な点について、その電位を \(V_A, V_B, V_x, \dots\) のように、未知数として文字で置きます。
- 既知の電位差を利用する:
- 電池: 起電力 \(E\) の電池は、負極から正極にかけて、電位を \(E\) だけ上昇させます。もし負極の電位が \(V_P\) ならば、正極の電位は \(V_P + E\) となります。この関係を使って、未知の電位の数を減らします。
- 抵抗: 抵抗の両端の電位差は \(IR\) です。
- キルヒホッフの第一法則(電流則)を適用する:電位を未知数として置いた各接続点について、キルヒホッフの第一法則(流れ込む電流の和 = 流れ出す電流の和)を適用し、方程式を立てます。
- このとき、各抵抗を流れる電流は、その両端の電位差を用いて表現します。例えば、抵抗 \(R\) の両端の電位が \(V_A\) と \(V_B\) であれば、そこを流れる電流は \(I = (V_A – V_B) / R\) となります(\(V_A > V_B\) と仮定した場合)。電流の向きは、電位が高い方から低い方へ流れる、と仮定して式を立てます。
- 連立方程式を解く:ステップ4で立てた、各点の電位に関する連立方程式を解き、未知の電位 \(V_x, \dots\) を全て決定します。
- 目的の量を計算する:全ての点の電位が分かったら、問題で問われている電流や電圧、消費電力などを、オームの法則や電力の公式を用いて計算します。
10.3. 具体例:ホイートストンブリッジへの応用
ホイートストンブリッジが平衡していない、一般的な場合を電位法で解いてみましょう。
(抵抗 \(R_1, R_2, R_3, R_4, R_G\) と起電力 \(E\) が与えられているとします)
- 基準点: 点Bを接地し、\(V_B = 0V\) とします。
- 既知の電位: すると、点Aの電位は \(V_A = E\) となります。
- 未知の電位: 未知の接続点はCとDなので、その電位をそれぞれ \(V_C, V_D\) と置きます。
- 電流則の適用:
- 点Cについて: 点Cに流れ込む電流と、流れ出す電流の和が等しい。
- A→Cに流れる電流: \((V_A – V_C) / R_1 = (E – V_C) / R_1\)
- C→Bに流れる電流: \((V_C – V_B) / R_2 = (V_C – 0) / R_2\)
- C→Dに流れる電流: \((V_C – V_D) / R_G\)
- 方程式: \(\frac{E – V_C}{R_1} = \frac{V_C}{R_2} + \frac{V_C – V_D}{R_G}\) … (式i)
- 点Dについて: 点Dに流れ込む電流と、流れ出す電流の和が等しい。
- A→Dに流れる電流: \((V_A – V_D) / R_3 = (E – V_D) / R_3\)
- D→Bに流れる電流: \((V_D – V_B) / R_4 = (V_D – 0) / R_4\)
- C→Dからの電流(Dに流れ込む): \((V_C – V_D) / R_G\)
- 方程式: \(\frac{E – V_D}{R_3} + \frac{V_C – V_D}{R_G} = \frac{V_D}{R_4}\) … (式ii)
- 点Cについて: 点Cに流れ込む電流と、流れ出す電流の和が等しい。
- 連立方程式を解く:未知数が \(V_C\) と \(V_D\) の2つで、独立な方程式が2本(式i, 式ii)立ったので、これを解けば \(V_C\) と \(V_D\) の値が求まります。
- 目的の量を計算:例えば、検流計を流れる電流 \(I_G\) は、\(I_G = (V_C – V_D) / R_G\) として計算できます。
電位法は、ループの取り方を考える必要がなく、各ノード(接続点)について機械的に電流則を適用していくだけでよいため、特に接続が複雑な回路において威力を発揮します。回路図を「標高マップ」として捉え、各点の電位を明らかにしていくこの手法は、回路に対するより深く、直感的な理解を促してくれるでしょう。
Module 4:直流回路の総括:流れの法則を制し、回路の論理を読み解く
本モジュールにおいて、私たちは物理学の舞台を、静止した電荷が支配する「静」の世界から、電荷が絶えず流れ続ける「動」の世界、すなわち「直流回路」へと移しました。これは、蓄えられたポテンシャルが、いかにして制御された運動(電流)となり、我々の世界で有用な仕事(熱、光、動力)を成すのかを探る旅でした。
旅の始まりは、「電流」「電圧」「抵抗」という3つの基本概念の定義でした。そして、これら3者を結びつける、回路理論の礎である「オームの法則」を学びました。しかし、個々の部品の法則を知るだけでは、それらが織りなす複雑なシステム全体を理解することはできません。そこで私たちは、より普遍的な視点、すなわち物理学の二大柱である「電荷保存則」と「エネルギー保存則」に立ち返りました。
この二大保存則が回路の世界で具現化した姿が、それぞれ「キルヒホッフの第一法則(電流則)」と「第二法則(電圧則)」です。電流則は、回路の分岐点における電荷の出入りを規律し、電圧則は、任意の閉じたループにおけるエネルギーの収支がゼロになることを保証します。この二つの法則を手にすることで、私たちはどんなに複雑に見える回路網であっても、その内部の状態を完全に、そして論理的に解き明かすための、普遍的なアルゴリズムを獲得したのです。
さらに、ホイートストンブリッジの平衡条件の解析を通じて、対称性がいかにして問題解決をエレガントに導くかを見ました。また、より現実的な電池のモデルとして「起電力」と「内部抵抗」を導入し、理論と現実のギャップを埋めました。最後に、回路の各点の「電位」に着目する「電位法」を学ぶことで、回路図を単なる配線図から、エネルギーの「地形図」として読み解く、新たな視点を手に入れました。
このモジュールを通じて得られたのは、単なる公式の寄せ集めではありません。それは、目に見えない電気の流れを、基本法則に基づいて分解し、再構成し、その振る舞いを予測するための「体系的な思考法」です。ここで習得した回路解析の能力は、この先に待つ「交流回路」や、コンデンサーやコイルが関わるよりダイナミックな「過渡現象」を理解するための、揺るぎない土台となります。物理法則という名の文法を使いこなし、回路という名の文章を読み解く力。それこそが、本モジュールが目指した到達点です。