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【基礎 物理(電磁気学)】Module 7:電磁誘導
本モジュールの目的と構成
Module 5では、エルステッドの発見を基点に、定常的な電流がいかにして静的な磁場を生み出すか、その法則性を探求しました。電気の運動が磁気を生む――この発見は、電気と磁気の間に隠された結びつきを白日の下に晒しました。しかし、科学の探求は常に対称性を求めます。もし電流が磁場を生むのならば、その逆、すなわち磁場が電流を生むことは可能なのでしょうか?
この根源的な問いに生涯を捧げ、そして見事に答えを見出したのが、19世紀最大の実験物理学者、マイケル・ファラデーです。彼は、単に磁石をコイルの隣に置くだけでは何も起こらないが、磁石をコイルに対して動かす(あるいはコイルを動かす)という、**「変化」を与えた瞬間にのみ、電流が誘起されることを発見しました。静的な存在ではなく、動的な「変化」**こそが、磁気から電気を生み出す鍵だったのです。この「電磁誘導 (electromagnetic induction)」の発見は、電気と磁気の対称性を完成させ、後のマクスウェルによる電磁気学の統一へと至る道を拓くとともに、現代社会の電力供給を支える「発電機」の基本原理となりました。
本モジュールでは、この電磁誘導という、現代文明のまさに原動力となっている現象について、その基本法則を体系的に解き明かしていきます。私たちは、現象を定量的に記述するための新たな物理量「磁束」を導入し、誘導される起電力の大きさを決定する「ファラデーの電磁誘導の法則」と、その向きを支配する、エネルギー保存則の深遠な現れである「レンツの法則」を学びます。
学習は、ファラデーの実験的な発見から始まり、それを記述するための物理法則の定式化、そして具体的な物理系への応用と、技術的な実現例の理解へと、以下のステップで進められます。
- ファラデーの電磁誘導の法則: まず、ファラデーがどのような実験から電磁誘導を発見したのか、その歴史的な経緯を追体験し、現象の定性的な理解を深めます。
- コイルを貫く磁束(磁力線束)の定義: 電磁誘導を引き起こす「磁場の変化」を定量的に捉えるための、極めて重要な物理量「磁束」を定義します。
- 誘導起電力の大きさの計算: 磁束の時間的な変化率が、誘導される起電力(電圧)の大きさを決定するという、「ファラデーの電磁誘導の法則」を数学的に定式化します。
- レンツの法則(誘導電流の向き): 誘導される電流が、常に「変化を妨げる」向きに流れるという、一見すると意地悪にも思える自然の法則、「レンツの法則」を学びます。
- エネルギー保存則としてのレンツの法則: レンツの法則が単なる経験則ではなく、物理学の大原則である「エネルギー保存則」が必然的に要求する帰結であることを、思考実験を通じて理解します。
- 導体棒に生じる誘導起電力: 電磁誘導の法則を、磁場中を運動する一本の導体棒という、大学入試で頻出する具体的なモデルに適用し、そこに生じる起電力を導出します。
- 導体棒を流れる誘導電流と電磁力: 誘導された電流が、今度は磁場から力を受け、運動を妨げる方向に作用する現象を解析し、エネルギーの変換という視点から系全体を捉えます。
- 渦電流の発生とその影響: 導体棒だけでなく、金属板のような広がりを持つ導体内部に生じる、渦状の誘導電流「渦電流」について学び、その応用と影響を探ります。
- 発電機の基本原理: 本モジュールの集大成として、電磁誘導がいかにして機械的な回転運動を電気エネルギーに変換するのか、「発電機」の基本原理を解き明かします。
- 電磁調理器(IH)への応用: 電磁誘導が、熱を発生させるという形で現代の調理技術に応用されている「IHクッキングヒーター」の仕組みを理解します。
このモジュールを修了したとき、あなたは、私たちの文明を支える電力が、いかにして磁場の「変化」という、目に見えないダイナミズムから生み出されているのか、その根源的な原理を手にしていることでしょう。
1. ファラデーの電磁誘導の法則
1820年のエルステッドによる電流の磁気作用の発見は、ヨーロッパの科学界に大きな衝撃を与えました。そして、多くの科学者が、その逆の現象、すなわち「磁気から電気を創り出す」ことの可能性を信じ、研究に乗り出しました。その中でも、最も粘り強く、そして最も深くこの問題を探求したのが、イギリスの科学者マイケル・ファラデー (Michael Faraday) でした。
ファラデーは、約10年にもわたる試行錯誤の末、1831年、ついにその謎を解き明かします。その発見の鍵は、静的な状態ではなく、動的な「変化」にありました。このセクションでは、ファラデーが歴史の扉を開いた一連の実験を追体験し、そこから導かれる「電磁誘導 (electromagnetic induction)」という現象の、定性的な法則を学びます。
1.1. ファラデーの実験
ファラデーが行った実験は、巧妙でありながら、その本質は非常にシンプルです。彼は、主に2つの異なるアプローチから、同じ結論にたどり着きました。
実験1:磁石とコイル
- セットアップ: 導線を巻いて作ったコイルの両端を、電流の有無を検知するための検流計 (galvanometer) に接続します。
- 試行1(失敗): コイルの近くに、強力な棒磁石を静止させて置きます。
- 結果: 検流計の針は全く振れません。つまり、定常的な磁場だけでは、電流は生まれないことがわかります。
- 試行2(成功): 棒磁石のN極を、コイルに近づけていきます。
- 結果: 磁石を動かしている間だけ、検流計の針が振れ、コイルに電流が流れたことを示します。
- 試行3(成功): コイルの中に入れた棒磁石を、今度は遠ざけていきます。
- 結果: 磁石を動かしている間だけ、再び検流計の針が振れます。しかし、その振れる向きは、試行2のときとは逆向きでした。
- 試行4(成功): 磁石を静止させたまま、コイルの方を磁石に近づけたり遠ざけたりします。
- 結果: 試行2、3と同様に、相対的な運動がある間だけ、電流が流れます。
実験2:二つのコイル(電磁石)
- セットアップ: 鉄のリング(鉄心)に、2つの独立したコイルを巻きます。一方のコイル(一次コイル)は電池とスイッチに、もう一方のコイル(二次コイル)は検流計に接続します。二つのコイルは電気的には絶縁されています。
- 試行1(失敗): 一次コイルのスイッチを入れ、一定の電流を流し続けます。一次コイルは電磁石となり、鉄心の中に定常的な磁場を作ります。
- 結果: 検流計の針は全く振れません。
- 試行2(成功): 一次コイルのスイッチを入れた瞬間。
- 結果: スイッチを入れた一瞬だけ、二次コイルの検流計の針が大きく振れます。
- 試行3(成功): 一次コイルのスイッチを切った瞬間。
- 結果: スイッチを切った一瞬だけ、再び検流計の針が振れます。しかし、その向きは、試行2のときとは逆向きでした。
1.2. 実験からの結論
これらの一連の実験から、ファラデーは以下の普遍的な結論を導き出しました。
ファラデーの電磁誘導の法則(定性的表現):
コイル(などの閉回路)を貫く磁場が変化するとき、その変化がある間だけ、コイルに電圧が生じ、電流が流れる。
この現象が「電磁誘導」です。そして、このとき生じる電圧を「誘導起電力 (induced electromotive force, induced EMF)」、流れる電流を「誘導電流 (induced current)」と呼びます。
【「変化」こそが本質】
ファラデーの発見の核心は、「磁場の存在」そのものではなく、「磁場の時間的な変化」が電気を生み出す、という点にあります。
- 実験1では、コイルと磁石の相対的な運動によって、コイルが感じる磁場の強さ(あるいは向き)が時間的に変化しました。
- 実験2では、一次コイルの電流が変化する(0→I、またはI→0)ことによって、それが作り出す磁場もまた時間的に変化しました。
静的な磁場と静的な電荷が「静電気学」と「静磁気学」という別々の分野であったのに対し、動的な「変化」が、電気と磁気を結びつける架け橋となったのです。
しかし、この定性的な法則だけでは、どれくらいの「変化」が、どれくらいの大きさの電圧(誘導起電力)を生み出すのかを定量的に予測することはできません。そのためには、「磁場の変化」を正確に測るための、新しい物理的な尺度が必要となります。それが、次セクションで学ぶ「磁束」です。
2. コイルを貫く磁束(磁力線束)の定義
ファラデーは、電磁誘導が「コイルを貫く磁場の変化」によって引き起こされることを見出しました。しかし、この「変化」を定量的に扱うためには、そもそも「コイルを貫く磁場の総量」をどのように定義すればよいのでしょうか。
例えば、同じ強さの磁場でも、コイルの面積が大きければ、より多くの磁場がコイルを貫くはずです。また、磁場に対してコイルが斜めになっている場合と、垂直になっている場合でも、貫き方は違うでしょう。これらの要因をすべて考慮に入れた、磁場の「貫き具合」を表す物理量が「磁束 (magnetic flux)」です。磁力線の束(たば)という意味で「磁力線束」とも呼ばれます。
2.1. 磁束の定義
【一様な磁場で、面に垂直な場合】
最もシンプルな状況として、強さ(磁束密度) \(B\) [T] の一様な磁場が、面積 \(S\) [m²] の平面に対して垂直に貫いている場合を考えます。
このとき、この面を貫く磁束 \(\Phi\)(ギリシャ文字の大文字ファイ)は、磁場の強さと面積の単純な積で定義されます。
\[ \Phi = BS \]
磁束は、その面を貫く磁力線の総本数に比例する量である、とイメージすることができます。磁場 \(B\) は単位面積あたりの磁力線の本数(密度)に対応するので、それに面積 \(S\) を掛けることで、総本数が得られる、という考え方です。
【単位:ウェーバ (Wb)】
磁束の単位には、ドイツの物理学者ヴィルヘルム・ヴェーバーにちなんで、「ウェーバ (Weber)」が用いられ、記号 Wb で表されます。
定義式から、単位の関係は以下のようになります。
\[ 1 , Wb = 1 , T \cdot m^2 \]
磁束密度 \(B\) の単位が \([T] = [Wb/m^2]\) と表されることがあるのは、この関係に基づいています。
2.2. 磁場が面に斜めの場合
では、磁場が面に対して斜めに貫いている場合はどうなるでしょうか。
一様な磁場 \(\vec{B}\) が、ある平面に対して、その面の法線ベクトル \(\vec{n}\)(面に垂直な、長さ1のベクトル)と角度 \(\theta\) をなす向きにかかっているとします。
このとき、磁束の計算に寄与するのは、磁場ベクトル \(\vec{B}\) のうち、面に垂直な成分 \(B_{\perp}\) のみです。面に平行な成分 \(B_{||}\) は、面を「貫いて」はいないので、磁束には寄与しません。
- 磁場の垂直成分: \(B_{\perp} = B \cos\theta\)
- 磁場の平行成分: \(B_{||} = B \sin\theta\)
したがって、この場合の磁束 \(\Phi\) は、
\[ \Phi = B_{\perp} S = (B \cos\theta) S \]
となります。
\[ \Phi = BScos\theta \]
これが、一様な磁場における磁束の一般的な定義式です。
【水流のアナロジー】
磁束の概念は、窓を通り抜ける雨の流れに喩えると直感的に理解できます。
- 磁場 \(B\) ⇔ 雨の強さ(単位面積あたりに降る雨量)
- 面積 \(S\) ⇔ 窓の面積
- 磁束 \(\Phi\) ⇔ 窓全体を通り抜ける雨の総量
窓を通り抜ける雨の総量は、雨が強いほど(\(B\)大)、窓が大きいほど(\(S\)大)多くなります。そして、雨が窓に真正面から(\(\theta=0^\circ, \cos\theta=1\))吹き付けるときに最大となり、窓に平行に(\(\theta=90^\circ, \cos\theta=0\))降るときは、全く窓を通り抜けません(\(\Phi=0\))。このアナロジーは、\(\cos\theta\) の項がなぜ重要なのかを明確に示しています。
【N回巻きコイルの場合】
もし、面積 \(S\) のコイルがN回巻かれている場合、各巻きが同じ磁束 \(\Phi_1 = BScos\theta\) を貫いています。この場合、コイル全体として鎖のように絡み合う磁束(鎖交磁束)は、単純にN倍となります。
\[ \Phi_{total} = N \Phi_1 = NBScos\theta \]
ファラデーの法則を考える際には、このN回分の磁束を考慮に入れることが重要です。
2.3. 電磁誘導の再定義
この磁束 \(\Phi\) という新しい物理量を用いると、電磁誘導が起こる条件を、より厳密で普遍的な形で表現することができます。
電磁誘導は、コイルを貫く磁束 \(\Phi\) が、時間的に変化するときに起こる。
磁束 \(\Phi = BScos\theta\) の式からわかるように、磁束を変化させるには、以下の3つの方法があります。
- 磁場の強さ \(B\) を変化させる:
- コイルの近くで磁石を動かす、あるいは電磁石の電流を変化させる。
- コイルの面積 \(S\) を変化させる:
- 回路の面積を広げたり、縮めたりする。(導体棒がレール上を滑る問題など)
- 磁場とコイルの面の角度 \(\theta\) を変化させる:
- 磁場の中でコイルを回転させる。(発電機の原理)
これら3つのいずれかの方法、あるいはその組み合わせによって磁束が変化したとき、誘導起電力が生じます。次のセクションでは、その誘導起電力の「大きさ」が、この磁束の変化の「速さ」によって、どのように決まるのかを定量的に見ていきます。
3. 誘導起電力の大きさの計算
磁束という概念を導入したことで、私たちは電磁誘導を引き起こす「磁場の変化」を、\(\Delta \Phi\) という一つの量で定量的に表現できるようになりました。次のステップは、この磁束の変化と、それによって生じる誘導起電力の「大きさ」とを、数学的な法則で結びつけることです。
ファラデーは、数多くの実験を通じて、誘導起電力の大きさが、単に磁束がどれだけ変化したか(\(\Delta \Phi\))だけでなく、その変化がどれだけ速く起こったか(\(\Delta t\))に依存することを発見しました。すなわち、磁束の時間変化率こそが、誘導起電力の大きさを決定する本質的な量なのです。
3.1. ファラデーの電磁誘導の法則(定量的表現)
1巻きのコイルからなる閉回路を考えます。
このコイルを貫く磁束が、微小な時間 \(\Delta t\) の間に \(\Delta \Phi\) だけ変化したとします。このとき、コイルに生じる誘導起電力 \(V\) の大きさは、
\[ |V| = \left| \frac{\Delta \Phi}{\Delta t} \right| \]
と表されます。
ファラデーの電磁誘導の法則: コイルに生じる誘導起電力の大きさは、コイルを貫く磁束の時間変化率(単位時間あたりの磁束の変化量)の絶対値に等しい。
- \(\Delta \Phi / \Delta t\) は、磁束の変化の「速さ」を表しています。
- ゆっくりと磁石を動かす(\(\Delta t\) が大きい)よりも、素早く磁石を動かす(\(\Delta t\) が小さい)方が、同じ磁束変化(\(\Delta \Phi\))でも、より大きな誘導起電力が生じることを、この式は明確に示しています。
【N回巻きコイルの場合】
もし、コイルがN回巻かれている場合、各巻きで生じる誘導起電力が直列に足し合わされると考えることができます。あるいは、前セクションで学んだ鎖交磁束 \(\Phi_{total} = N\Phi\) の変化を考えます。
鎖交磁束の時間変化は \(\Delta \Phi_{total} = N \Delta \Phi\) となるため、N回巻きコイルに生じる誘導起電力 \(V\) の大きさは、
\[ |V| = N \left| \frac{\Delta \Phi}{\Delta t} \right| \]
となります。誘導起電力の大きさは、コイルの巻数 \(N\) に比例します。より大きな電圧を得たい場合は、コイルの巻数を増やせばよいのです。
【微分の形】
物理学では、時間変化率は微分を用いて表現するのがより厳密です。\(\Delta t \to 0\) の極限を考えると、ファラデーの法則は以下のように書かれます。
\[ V = -N \frac{d\Phi}{dt} \]
ここで、\(d\Phi/dt\) は磁束 \(\Phi\) の時間微分を表します。
この式に含まれる負号(-)は、次に学ぶ「レンツの法則」を表しており、誘導起電力が磁束の変化を妨げる向きに生じることを意味しています。まずは、その「大きさ」が \(N |d\Phi/dt|\) で与えられることを、しっかりと理解しましょう。
3.2. 法則の適用例
問題: 100回巻きのコイルがあり、それを貫く磁束が 0.20 秒間に、\(5.0 \times 10^{-3} Wb\) から \(1.0 \times 10^{-3} Wb\) へと一様に減少した。このとき、コイルに生じる誘導起電力の大きさを求めよ。
- 与えられた量を整理する:
- 巻数: \(N = 100\) 回
- 時間変化: \(\Delta t = 0.20\) s
- 磁束の初期値: \(\Phi_{initial} = 5.0 \times 10^{-3}\) Wb
- 磁束の最終値: \(\Phi_{final} = 1.0 \times 10^{-3}\) Wb
- 磁束の変化量 \(\Delta \Phi\) を計算する:
- \(\Delta \Phi = \Phi_{final} – \Phi_{initial} = (1.0 \times 10^{-3}) – (5.0 \times 10^{-3}) = -4.0 \times 10^{-3}\) Wb
- 磁束は減少しているので、変化量は負になります。
- ファラデーの法則を適用する:
- 誘導起電力の「大きさ」を求めたいので、絶対値をとります。\[ |V| = N \left| \frac{\Delta \Phi}{\Delta t} \right| = 100 \times \left| \frac{-4.0 \times 10^{-3}}{0.20} \right| \]
- 計算を実行する:\[ |V| = 100 \times \frac{4.0 \times 10^{-3}}{0.20} = 100 \times (20 \times 10^{-3}) = 100 \times 0.020 = 2.0 , [V] \]
- したがって、コイルには 2.0V の起電力が生じます。
この定量的な法則を手にしたことで、私たちは電磁誘導という現象を、単に「起こる」と知っているだけでなく、その規模を正確に予測し、制御するための、強力な数学的ツールを獲得したことになります。しかし、この起電力によって流れる電流が、一体どちらの「向き」に流れるのか、という重要な問いがまだ残されています。その答えを与えるのが、次のレンツの法則です。
4. レンツの法則(誘導電流の向き)
ファラデーの法則は、誘導起電力の「大きさ」を教えてくれますが、それによって流れる誘導電流の「向き」については何も語りません。コイルに電流が流れると言っても、時計回りに流れるのか、反時計回りに流れるのかでは、全く異なる現象です。
この誘導電流の向きを決定する、普遍的で極めて重要な法則が、1834年にロシアの物理学者ハインリヒ・レンツによって発見された「レンツの法則 (Lenz’s law)」です。この法則は、一言で言えば「自然は変化を嫌う」という、物理現象の根底に流れる一種の「慣性」を、電磁気の世界で表現したものです。
4.1. 法則の定義
レンツの法則は、以下のように述べられます。
レンツの法則: 誘導電流は、その電流自身が作る磁場によって、元の磁束の変化を妨げる(打ち消す)向きに流れる。
この法則は、少し回りくどい表現に聞こえるかもしれませんが、その意味を分解して理解すれば、非常に明快です。
【思考のステップ】
誘導電流の向きを決定するには、以下の3つのステップを踏みます。
- Step 1: 元の磁束の変化を把握する
- まず、コイルを貫く磁束 \(\Phi\) が、どちらの向きに、そして増加しているのか、減少しているのかを正確に把握します。
- Step 2: 変化を妨げる磁場の向きを決める
- レンツの法則によれば、誘導電流は、この磁束の変化を「妨げる」ような磁場を作ろうとします。
- もし、元の磁束が増加しているならば、誘導電流は、その増加を打ち消すために、元の磁場とは逆向きの磁場を作ろうとします。
- もし、元の磁束が減少しているならば、誘導電流は、その減少を補うために、元の磁場と同じ向きの磁場を作ろうとします。
- このステップで、「誘導電流が作るべき磁場の向き」が決定されます。
- レンツの法則によれば、誘導電流は、この磁束の変化を「妨げる」ような磁場を作ろうとします。
- Step 3: 右ねじの法則を適用する
- Step 2で決まった「誘導電流が作るべき磁場の向き」を、右手の親指の向きに合わせます。
- そのとき、残りの4本の指が巻く向きが、コイルに流れるべき誘導電流の向きとなります。(これは、円形電流が作る磁場の向きを求める右ねじの法則の応用です。)
4.2. 具体例による思考の訓練
この思考プロセスを、具体的な例で練習してみましょう。
例1:N極をコイルに近づける
- Step 1 (磁束の変化):
- 棒磁石のN極からは、下向きの磁力線が出ています。
- N極をコイルに近づけるので、コイルを下向きに貫く磁束は、時間とともに増加します。
- Step 2 (妨げる磁場の向き):
- 「下向きの磁束の増加」を妨げるには、誘導電流は上向きの磁場を作らなければなりません。
- Step 3 (電流の向き):
- 右手の親指を上向きに立てます。
- すると、4本の指は、コイルを反時計回りに巻く向きになります。
- 結論: 誘導電流は、反時計回りに流れます。
例2:N極をコイルから遠ざける
- Step 1 (磁束の変化):
- コイルを下向きに貫く磁束は、時間とともに減少します。
- Step 2 (妨げる磁場の向き):
- 「下向きの磁束の減少」を妨げる(補う)には、誘導電流は下向きの磁場を作らなければなりません。
- Step 3 (電流の向き):
- 右手の親指を下向きに向けます。
- すると、4本の指は、コイルを時計回りに巻く向きになります。
- 結論: 誘導電流は、時計回りに流れます。
【磁極との関係による解釈】
この結果は、誘導電流が流れるコイルが電磁石になる、という観点からも解釈できます。
- 例1(N極を近づける): コイルは反時計回りに電流を流し、その上面がN極となるような電磁石になります。近づいてくるN極に対して、自らもN極となって反発し、その接近を妨げようとするのです。
- 例2(N極を遠ざける): コイルは時計回りに電流を流し、その上面がS極となるような電磁石になります。遠ざかっていくN極に対して、S極で引き止め、その離脱を妨げようとするのです。
この「近づけば反発し、去れば引き止める」という、まるでツンデレのような振る舞いが、レンツの法則の本質です。「変化を嫌う」という性質が、このような形で現れるのです。
レンツの法則は、一見すると複雑な電磁誘導の現象に、明確な方向性を与える、エレガントな法則です。この3ステップの思考法を繰り返し練習し、どんな状況でも、素早く正確に誘導電流の向きを判断できるようになることが、電磁誘導をマスターする上で不可欠です。
5. エネルギー保存則としてのレンツの法則
レンツの法則は、誘導電流が常に「変化を妨げる」という、少し意地悪な性質を持つことを示しています。近づく磁石を押し返し、去りゆく磁石を追いすがる。自然はなぜ、このような振る舞いをするのでしょうか?
実は、このレンツの法則は、単なる経験則や自然の気まぐれではありません。それは、物理学の最も根源的で、決して破られることのない大原則、「エネルギー保存則 (law of conservation of energy)」が、電磁気の世界において必然的に要求する帰結なのです。このセクションでは、思考実験を通じて、もしレンツの法則が破れたら何が起こるかを考え、そこからレンツの法則の物理的な必然性を理解します。
5.1. 背理法による思考実験
物理学において、ある法則の正しさを証明する強力な方法の一つが「背理法」です。これは、「もし、その法則が成り立たなかったとしたら、どんな矛盾が生じるか」を考えることで、逆説的に法則の正しさを証明する論法です。
【仮定:もしレンツの法則が逆だったら?】
仮に、自然がレンツの法則とは逆の性質を持っていたとしましょう。すなわち、
「誘導電流は、その電流自身が作る磁場によって、元の磁束の変化を助長する(強める)向きに流れる」
と仮定します。
この「逆レンツの世界」で、コイルにN極を近づける実験をしたら、何が起こるでしょうか。
- 磁束の変化:コイルにN極を近づけると、コイルを下向きに貫く磁束が増加します。
- 誘導電流の発生(逆レンツの世界):「逆レンツの世界」の法則によれば、誘導電流は、この「下向き磁束の増加」を助長する向きに流れます。つまり、自らもさらに下向きの磁場を作るように電流が流れます。右ねじの法則を適用すると、誘導電流は時計回りに流れることになります。
- コイルの磁化:時計回りの電流が流れると、コイルは電磁石となり、その上面はS極になります。
- 力学的相互作用:今、コイルに近づいてくるN極と、それに応答して現れたコイル上面のS極が向かい合っています。異符号の磁極は互いに引き合います。つまり、コイルは、近づいてくる磁石に対して、引力を及ぼします。
【破局的な結末】
この「引力」が、破局的な矛盾を引き起こします。
- 磁石をコイルに向かって、ほんの少しだけ、チョンと突いてやるとします。磁石はコイルに向かって動き始めます。
- すると、コイルには誘導電流が流れ、磁石を「もっと来い」とばかりに引き寄せる力が発生します。
- この引力によって、磁石はさらに加速されます。
- 磁石の速度が増すと、磁束の変化率(\(|d\Phi/dt|\))がさらに大きくなるため、ファラデーの法則により、より強い誘導電流が流れます。
- より強い電流は、より強い電磁石を作り、磁石をさらに強く引き寄せ、さらに加速させます。
このプロセスは、無限に自己増殖していきます。ほんの少しのきっかけを与えただけで、磁石は外部からエネルギーを供給されることなく、勝手にどんどん加速していき、その運動エネルギーは無限に増大し続けます。同時に、回路では巨大な電流によって、無限のジュール熱が発生するでしょう。
これは、何もないところから無限のエネルギーが湧き出してくることを意味しており、物理学の根幹をなすエネルギー保存則に真っ向から反します。このような「永久機関」は、現実の世界では決して実現不可能です。
5.2. 結論:レンツの法則は必然である
この破滅的な矛盾は、最初の「もしレンツの法則が逆だったら?」という仮定が、根本的に間違っていたことを示しています。
エネルギー保存則が成り立つ、私たちの現実世界では、このようなことは起こり得ません。
現実の世界では、
- N極を近づけると、レンツの法則に従い、コイルの上面はN極となって斥力を生じます。
- この斥力に逆らって、磁石をコイルに押し込むためには、外部から力学的な仕事をしてやる必要があります。
- この「外部からなされた仕事」こそが、回路内でジュール熱として消費されたり、電気エネルギーとして蓄えられたりするエネルギーの源なのです。
つまり、電磁誘導とは、力学的なエネルギー(仕事)を、電気エネルギーに変換するプロセスに他なりません。そして、レンツの法則は、このエネルギー変換のプロセスにおいて、エネルギー保存則が常に守られることを保証するための、自然の巧妙な安全装置(セーフガード)なのです。
レンツの法則を単なる向きのルールとして覚えるだけでなく、その背後にあるエネルギー保存則という、より深く、より普遍的な物理法則の現れとして理解することで、電磁気学の世界は、より一層、整合性の取れた美しい体系として見えてくるはずです。
6. 導体棒に生じる誘導起電力
ファラデーの電磁誘導の法則は、コイルを貫く磁束が変化するときに起電力が生じる、という普遍的な法則でした。この法則を、大学受験物理で極めて頻繁に登場する、もう一つの重要なモデル「磁場中を運動する導体棒」に適用してみましょう。
一様な磁場の中を、一本の導体棒が運動するとき、その導体棒の両端には電位差、すなわち誘導起電力が生じます。この現象は、2つの全く異なる、しかし等価な物理的描像から説明することができます。一つは、導体内部の荷電粒子が受ける「ローレンツ力」の観点、もう一つは、導体棒が磁場を「横切る」ことで生じる「磁束の変化」の観点です。
両方のアプローチを理解することで、電磁誘導という現象を、ミクロな視点とマクロな視点の両方から、複眼的に捉えることができるようになります。
6.1. アプローチ1:ローレンツ力による説明(ミクロな視点)
【状況設定】
- 強さ \(B\) の一様な磁場が、紙面の奥から手前に向かう向きにかかっているとします。
- この磁場中を、長さ \(l\) の導体棒が、磁場と垂直、かつ棒の長さとも垂直な向きに、速さ \(v\) で右向きに運動しているとします。
【導体内部のキャリアに働く力】
- 導体棒が全体として速さ \(v\) で運動しているということは、導体棒の内部にある無数の自由電子(電荷 \(-e\)、\(e>0\))もまた、平均して速さ \(v\) で右向きに運動していることを意味します。
- 磁場中を運動する荷電粒子は、ローレンツ力を受けます。この電子が受けるローレンツ力 \(\vec{F}_B\) の向きと大きさを考えてみましょう。
- 向き: フレミングの左手の法則を適用します。(キャリアは負電荷であることに注意!)
- 人差し指(磁場B)を、奥から手前へ。
- 中指(電子の速度v)を、右向きへ。
- 親指(もし正電荷なら受ける力)は、下向きを指します。
- しかし、電子は負電荷なので、実際に受ける力の向きは、これと逆、すなわち上向きとなります。
- 大きさ: 電子の速度と磁場は垂直なので、\(F_B = |-e|vB = evB\) です。
- 向き: フレミングの左手の法則を適用します。(キャリアは負電荷であることに注意!)
- この上向きのローレンツ力によって、導体棒内の自由電子は、一斉に棒の**上端(P側)**へと移動を開始します。
【誘導起電力の発生】
- 電子が上端(P側)に集まると、P側は負に帯電し、電子が去った下端(Q側)は、相対的に正に帯電します。
- この電荷の偏りによって、導体棒の内部には、Q側からP側へ向かう(下から上へ向かう)静電場 \(\vec{E}\) が生じます。
- この内部電場は、今度は電子に対して、ローレンツ力とは逆向き、すなわち下向きの電気的な力 \(\vec{F}_E = (-e)\vec{E}\) を及ぼします。
- 電子の上端への移動は、この下向きの電気的な力 \(F_E\) が、上向きのローレンツ力 \(F_B\) と完全に釣り合うまで続きます。\[ F_E = F_B \]\[ eE = evB \]この力のつり合いから、導体内部に生じる電場の強さ \(E\) は、\(E = vB\) となります。
- この一様な電場 \(E\) が、長さ \(l\) の導体棒の両端(PとQ)の間に生じさせている電位差こそが、求めたい誘導起電力 \(V\) です。\[ V = El = (vB)l = vBl \]
【結論】
導体棒に生じる誘導起電力の大きさは \(V = vBl\) であり、ローレンツ力によって電子が集まったP側が低電位、Q側が高電位となります。この導体棒は、起電力が \(vBl\) で、Q側が正極、P側が負極の電池と等価であると見なすことができます。
6.2. アプローチ2:磁束の変化による説明(マクロな視点)
次に、同じ現象を、ファラデーの電磁誘導の法則(\(V = \Delta\Phi/\Delta t\))から説明してみましょう。
この法則を適用するには、導体棒を含む「閉回路」を考える必要があります。
【状況設定の変更】
導体棒が、コの字型の導体レールの上を、速さ \(v\) で滑っている状況を考えます。これにより、導体棒とレールで囲まれた、閉じた長方形の回路が形成されます。
【磁束の変化の計算】
- 時刻 \(t\) において、導体棒の位置が \(x\) であったとします。このとき、回路が囲む面積 \(S\) は、\(S(t) = lx\) です。
- この面積を貫く磁束 \(\Phi\) は、\(\Phi(t) = BS(t) = Blx\) となります。
- 微小な時間 \(\Delta t\) の間に、導体棒は \(\Delta x = v \Delta t\) だけ移動します。
- その結果、回路の面積は \(\Delta S = l \Delta x = lv\Delta t\) だけ増加します。
- したがって、この \(\Delta t\) の間の磁束の変化量 \(\Delta \Phi\) は、\[ \Delta \Phi = B \Delta S = B(lv\Delta t) \]
【誘導起電力の計算】
- ファラデーの電磁誘導の法則によれば、誘導起電力 \(V\) の大きさは、磁束の時間変化率に等しくなります。\[ V = \left| \frac{\Delta \Phi}{\Delta t} \right| = \left| \frac{Blv\Delta t}{\Delta t} \right| = Blv \](\(v\) は \(dx/dt\) なので、微分を用いても \(V = d\Phi/dt = d(Blx)/dt = Bl(dx/dt) = Blv\) となります。)
【結論】
磁束の変化というマクロな視点からも、誘導起電力の大きさは \(V = vBl\) となり、ローレンツ力から導いた結果と完全に一致します。
(電流の向きは、回路を下向きに貫く磁束が増加するので、レンツの法則により、上向きの磁場を作る向き、すなわち反時計回りに流れます。これは、Q→Pの向きとなり、Qが高電位であるというミクロな視点の結果とも整合します。)
この二つのアプローチは、電磁誘導という現象の異なる側面を照らし出しています。ローレンツ力による説明は、なぜ電荷の分離が起こるのか、その物理的なメカニズムを明らかにし、磁束の変化による説明は、より一般的で、複雑な形状の回路にも適用可能な、マクロな法則の力を示しています。
7. 導体棒を流れる誘導電流と電磁力
前セクションでは、磁場中を運動する導体棒が、起電力 \(V=vBl\) の電池として機能することを見出しました。では、この導体棒を抵抗器などにつないで閉回路を完成させると、何が起こるでしょうか?
当然、誘導起電力によって回路には誘導電流が流れます。しかし、物語はここで終わりません。ひとたび電流が流れ始めると、その導体棒は「磁場中にある、電流が流れる導線」という、Module 5で学んだ状況そのものになります。その結果、導体棒は電流が流れることによって、今度は磁場から電磁力を受けることになるのです。
このセクションでは、この誘導電流によって生じる電磁力が、どのような向きに、どれくらいの大きさで働くのかを分析し、そこからエネルギー保存則の観点から、系全体で何が起きているのかを考察します。
7.1. 誘導電流の計算
【状況設定】
前セクションと同様に、長さ \(l\) の導体棒が、抵抗が無視できる導体レール上を、速さ \(v\) で滑っているとします。レールの端には、抵抗値 \(R\) の抵抗器が接続されており、全体として閉回路を形成しています。磁場 \(B\) は、回路の面に垂直にかかっています。
- 誘導起電力:導体棒には、大きさ \(V = vBl\) の誘導起電力が生じます。この導体棒は、起電力が \(V\) の電池と見なせます。
- 回路とオームの法則:この「電池」に、抵抗 \(R\) が接続された、単純な直流回路と見なすことができます。したがって、オームの法則により、回路に流れる誘導電流 \(I\) の大きさは、\[ I = \frac{V}{R} = \frac{vBl}{R} \]となります。
- 電流の向き:電流の向きは、レンツの法則、あるいはローレンツ力による電位の高低から決定できます。どちらの方法でも、電流は抵抗を通って、導体棒の下端から上端へと流れる向き(反時計回り)になります。
7.2. 導体棒に働く電磁力
अब、この誘導電流 \(I\) が流れている導体棒に働く電磁力 \(F_{mag}\) を考えます。
- 力の大きさ:電流 \(I\) が、磁場 \(B\) と垂直な、長さ \(l\) の導体棒を流れているので、電磁力の公式 \(F=IBL\) を適用できます。\[ F_{mag} = I \cdot B \cdot l \]この \(I\) に、先ほど求めた \(I = vBl/R\) を代入すると、\[ F_{mag} = \left( \frac{vBl}{R} \right) Bl = \frac{vB^2l^2}{R} \]となります。
- 力の向き:この電磁力の向きは、フレミングの左手の法則で決定できます。
- 人差し指(磁場B)を、紙面の奥から手前へ。
- 中指(電流I)を、導体棒に沿って下から上へ。
- すると、親指(力F)は、左向きを指します。
【重要な結論】
この力の向き(左向き)は、導体棒が運動している向き(右向き)と、真逆です。
つまり、誘導電流が流れることによって発生する電磁力は、常に、元の運動を妨げる向き、すなわちブレーキとして働くのです。この力は、しばしば電磁ブレーキや電磁制動力と呼ばれます。
この結果は、レンツの法則「変化を妨げる」が、力のレベルでも現れていることを示しています。もしこの力が運動を助ける向きに働けば、導体棒は勝手に加速し始め、エネルギー保存則が破綻してしまうでしょう。
7.3. エネルギーの変換と保存則
この「ブレーキ力」の存在は、エネルギー保存則の観点から、系全体で何が起きているかを考える上で、極めて重要です。
- 導体棒を一定の速さ \(v\) で動かし続けるためには、この電磁ブレーキ力 \(F_{mag}\) に逆らって、それと同じ大きさの外力 \(F_{ext}\) を加え続けなければなりません。\[ F_{ext} = F_{mag} = \frac{vB^2l^2}{R} \]
- この外力を加える「誰か」(例えば、手で引っ張る人や、エンジン)は、導体棒に対して仕事をしています。単位時間あたりになされる仕事、すなわち仕事率 \(P_{ext}\) は、\[ P_{ext} = F_{ext} \cdot v = \left( \frac{vB^2l^2}{R} \right) v = \frac{v^2B^2l^2}{R} \]
- 一方、この回路では、抵抗 \(R\) でジュール熱が発生し、エネルギーが消費されています。単位時間あたりに消費される電力 \(P_{elec}\) は、\[ P_{elec} = I^2 R = \left( \frac{vBl}{R} \right)^2 R = \frac{v^2B^2l^2}{R^2} R = \frac{v^2B^2l^2}{R} \]
【エネルギー保存則の成立】
\[ P_{ext} = P_{elec} \]
この二つの式は、完全に一致します。
これは、外部の力(例えば、人が棒を引く力)がした力学的な仕事が、少しも無駄になることなく、回路で発生する電気的なエネルギー(ジュール熱)に、そっくりそのまま変換されていることを意味しています。
電磁誘導とは、このように、力学的なエネルギーを電気エネルギーに変換するための、エレガントなメカニズムなのです。発電所が、水力や火力、原子力を使ってタービンを回し(力学的な仕事)、その回転運動で発電機(電磁誘導の応用)を駆動して電気エネルギーを生み出すプロセスは、まさにこの導体棒のモデルの、壮大な応用例に他なりません。
8. 渦電流の発生とその影響
これまでは、誘導電流が流れる経路として、コイルや導体棒といった、細い「線」状の回路を主に考えてきました。では、もし磁場が変化する場所に、一枚の金属板のような、広がりを持ったバルク(塊状)の導体を置いたら、何が起こるのでしょうか?
この場合も、もちろん電磁誘導は起こります。しかし、電流は特定の経路に閉じ込められていないため、導体の内部を、 마치水の渦のように、ぐるぐると回る無数の小さなループ状の電流が誘起されます。この電流を「渦電流 (eddy current)」と呼びます。
渦電流は、一見すると捉えどころのない現象に見えますが、その発生原理はレンツの法則に支配されており、私たちの身の回りで、時には有用な効果を、時には望ましくない損失をもたらしています。
8.1. 渦電流の発生メカニズム
渦電流の発生原理は、これまでに学んだ電磁誘導と全く同じです。
バルクの導体を貫く磁束が変化するとき、その変化を妨げる向きに、導体内部に渦状の誘導電流が流れる。
【具体例:磁場に進入する金属板】
- 状況: 一様な磁場領域(紙面の奥向き)に、金属板が右向きに進入してくるとします。
- 磁束の変化: 金属板のうち、磁場の中にある部分の面積が増加していくため、金属板を奥向きに貫く磁束は増加します。
- レンツの法則: この「奥向き磁束の増加」を妨げるために、渦電流は、手前向きの磁場を作ろうとします。
- 電流の向き: 右ねじの法則を適用すると、手前向きの磁場を作るためには、電流は反時計回りに流れる必要があります。したがって、金属板の磁場に進入する部分に、反時計回りの渦電流が発生します。
【電磁ブレーキ効果】
この渦電流は、元の運動にどのような影響を与えるでしょうか。
- 渦電流のうち、磁場の内部にある部分は、磁場から電磁力を受けます。
- フレミングの左手の法則を、渦電流の各部分に適用してみましょう。
- 渦電流の上側の部分は、左向きに流れています。力は下向きです。
- 渦電流の下側の部分は、右向きに流れています。力は上向きです。
- 渦電流の最前線(右端)の部分は、下向きに流れています。力は左向きです。
- これらの力を合成すると、全体として、金属板の運動方向(右向き)とは逆向きの、ブレーキ力として働くことがわかります。
これは、導体棒の場合と同様に、レンツの法則が力として現れたものです。金属板が磁場を横切る運動は、この電磁ブレーキ力によって、強く制動されます。
8.2. 渦電流の応用例
この渦電流によるブレーキ効果や、電流が流れることによるジュール熱の発生は、様々な技術に応用されています。
- 電磁ブレーキ:
- 電車やエレベーター、あるいは遊園地の絶叫マシンなどの、非接触型のブレーキとして利用されています。
- 車軸と共に回転する金属の円盤(ディスク)の近くに、強力な電磁石を配置します。ブレーキをかける際には、電磁石に電流を流して強い磁場を発生させます。
- 回転するディスク内には強力な渦電流が誘起され、その結果生じる電磁ブレーキ力が、ディスクの回転を滑らかに、しかし強力に制動します。
- 物理的な摩擦を利用しないため、摩耗がなく、メンテナンスが容易であるという利点があります。
- IHクッキングヒーター(電磁調理器):
- これは、渦電流によって発生するジュール熱を、調理に利用した例です。
- ガラストップの下には、高周波の交流電流を流すためのコイルが内蔵されています。
- この交流電流が、非常に速い周期で変化する磁場を、その上方に発生させます。
- この変化する磁場が、ガラストップの上に置かれた金属製(鉄やステンレスなど)の鍋の底を貫き、鍋の底の金属内部に、強力な渦電流を誘起します。
- 鍋の金属は電気抵抗を持っているため、この渦電流が流れると、\(P=I^2R\) の関係に従って大量のジュール熱が発生し、鍋自体が直接加熱されます。
- 火を使わず、調理器具自体が発熱するため、熱効率が非常に高く、安全であるという特徴があります。
- 金属探知機:
- 探知機のコイルに交流電流を流し、変化する磁場を発生させます。
- もし、その近くに金属片があると、その金属内に渦電流が誘起されます。
- この渦電流は、それ自身がまた別の(逆向きの)変化磁場を作り出します。
- この二次的な磁場を探知機の別のコイルで検知することで、金属の存在を非接触で検知します。
8.3. 望ましくない渦電流:鉄損
一方で、渦電流はエネルギーの損失源となる場合もあります。
- 変圧器(トランス)やモーターの鉄心:これらの機器では、磁場を強めるために、コイルの内部に**鉄心(コア)**と呼ばれる鉄の塊が使われています。
- しかし、これらの機器は交流で動作するため、鉄心を貫く磁束は常に変化しています。
- その結果、導体である鉄心の内部に、望ましくない渦電流が誘起されてしまいます。
- この渦電流は、ジュール熱を発生させ、エネルギーを無駄に損失させる(この損失を鉄損という)だけでなく、機器の過熱の原因にもなります。
- 対策:この渦電流による損失を低減するため、鉄心は単なる鉄の塊ではなく、**薄い鉄板(ケイ素鋼板)**を何枚も重ね合わせて作られています。各鉄板の表面は、絶縁性の被膜で覆われています。
- この構造により、大きな渦電流が流れるためのループが分断され、非常に小さな渦しか発生できなくなります。
- 渦電流の経路が狭められると、実質的な抵抗が大きくなり、電流が流れにくくなるため、ジュール熱による損失を大幅に抑制することができるのです。
渦電流は、電磁誘導という同じ原理から生まれながらも、その文脈によって、ヒーローにもなれば、悪役にもなる、興味深い現象と言えるでしょう。
9. 発電機の基本原理
電磁誘導の発見が人類の文明に与えた最も大きなインパクトは、間違いなく「発電機 (generator)」の発明を可能にしたことです。発電機は、力学的なエネルギー(特に回転運動)を、電気エネルギーに変換する装置であり、今日、私たちが利用する電力のほぼ全ては、この電磁誘導の原理に基づいた発電機によって生み出されています。
水力、火力、原子力といった発電所は、エネルギー源こそ異なりますが、その全てが、最終的には水蒸気や水の力で巨大な「タービン」を回し、その回転運動を発電機に伝えて電気を創り出しているのです。このセクションでは、その最も基本的な原理である、磁場の中でコイルを回転させることで、いかにして電気が生まれるのかを解き明かします。
9.1. 発電の基本構造
最もシンプルな交流発電機のモデルは、実はモーターの構造とほとんど同じです。
- 磁石(界磁): N極とS極が向かい合い、一様な磁場 \(\vec{B}\) を作っています。
- コイル(電機子): 磁場の中で、外部の力によって強制的に回転させられる、N回巻きの長方形のコイル。面積を \(S\) とします。
- スリップリング (Slip Rings) と ブラシ (Brush): 回転するコイルから、外部の回路へと、切れ目なく電流を取り出すための仕組み。整流子とは異なり、スリップリングは単純な金属の輪であり、電流の向きを途中で切り替えることはしません。
9.2. 誘導起電力の発生メカニズム
コイルが、磁場の中で角周波数 \(\omega\) [rad/s] で、一定の速さで回転しているとします。このとき、コイルに誘導起電力が生じる理由を、ファラデーの法則(磁束の変化)から考えてみましょう。
- 磁束の変化:
- コイルを貫く磁束 \(\Phi\) は、\(\Phi = BScos\theta\) で与えられます。
- コイルは角周波数 \(\omega\) で回転しているので、時刻 \(t\) における磁場とコイル面の法線とのなす角 \(\theta\) は、\(\theta = \omega t\) と表すことができます。(\(t=0\) で \(\theta=0\) とする)
- したがって、時刻 \(t\) における、1巻きあたりの磁束 \(\Phi(t)\) は、\[ \Phi(t) = BS \cos(\omega t) \]となります。
- この式からわかるように、コイルが回転することで、コイルを貫く磁束は、時間とともに周期的に(コサインカーブを描いて)変化します。
- 誘導起電力の計算:
- ファラデーの電磁誘導の法則によれば、N回巻きのコイルに生じる誘導起電力 \(V\) は、鎖交磁束 \(N\Phi\) の時間変化率(時間微分)にマイナスをつけたものです。\[ V = – \frac{d(N\Phi)}{dt} = -N \frac{d}{dt} (BS \cos(\omega t)) \]
- \(N, B, S\) は定数なので、微分の外に出せます。\(\cos(\omega t)\) を時間 \(t\) で微分すると、合成関数の微分により \(-\omega \sin(\omega t)\) となります。\[ V = -NBS \frac{d}{dt}(\cos(\omega t)) = -NBS (-\omega \sin(\omega t)) \]\[ V = NBS\omega \sin(\omega t) \]
【結論】
これが、発電機が生み出す誘導起電力(電圧)の、時間変化を表す式です。
- 交流電圧の発生:この式は、誘導起電力 \(V\) が、時間とともに sinカーブを描いて、正と負の間を周期的に変化することを示しています。このような、時間とともに大きさと向きが周期的に入れ替わる電圧を「交流 (Alternating Current, AC)」と呼びます。私たちが家庭のコンセントで利用している電気は、この交流です。
- 起電力の最大値と周波数:
- 起電力の大きさは、\(\sin(\omega t)\) の値が +1 または -1 になるときに最大となります。その最大値 \(V_{max}\) は、\[ V_{max} = NBS\omega \]です。より大きな電圧を得るには、巻数 N を増やす、磁場 B を強くする、コイルの面積 S を大きくする、回転の速さ \(\omega\) を上げる、といった方法があることがわかります。
- 交流の周波数 \(f\)(1秒あたりの周期の数)は、角周波数 \(\omega\) と \(\omega = 2\pi f\) の関係にあります。
9.3. ローレンツ力による別のアプローチ
この交流起電力の発生は、コイルの辺が磁場を横切る速度の、磁場に垂直な成分によって、導体棒に誘導起電力が生じる、というローレンツ力の観点からも説明できます。
- コイルの辺abとcdは、速さ \(v = r\omega\)(rは回転半径)で円運動します。
- この速度のうち、磁場を効果的に「横切る」成分(磁場と垂直な速度成分)が、誘導起電力を生み出します。
- この垂直成分は、コイルの回転角度 \(\theta\) とともに \(\sin\theta\) に比例して変化するため、結果として起電力も \(\sin(\omega t)\) に比例して変化する、という同じ結論が導かれます。
発電機の原理は、ファラデーの電磁誘導の法則が、いかにして連続的なエネルギー変換を可能にするかを示す、最も重要で壮大な応用例です。機械的な回転という単純な運動が、サインカーブという美しい数学的な形で、私たちの文明を動かす電気エネルギーへと変換されていくのです。
10. 電磁調理器(IH)への応用
電磁誘導の法則は、発電機のような巨大なスケールの技術だけでなく、私たちの日常生活に密着した、非常に洗練された形でも応用されています。その代表例が、「IHクッキングヒーター (Induction Heating Cooker)」、すなわち電磁調理器です。
IHクッキングヒーターは、火やヒーターからの熱伝導といった従来の方法とは全く異なる原理で、鍋自体を直接発熱させることができます。その鍵となるのが、Module 8で学んだ「渦電流」と、それによって発生する「ジュール熱」です。このセクションでは、IHクッキングヒーターが、電磁誘導の法則をどのように利用して、安全で効率的な調理を実現しているのか、その仕組みを解き明かします。
10.1. 基本原理:変化する磁場と渦電流
IHクッキングヒーターの基本原理は、以下の2つのステップに集約されます。
- Step 1: 変化する磁場を発生させる
- IHクッキングヒーターのガラストップの下には、平たい渦巻き状の**コイル(加熱コイル)**が内蔵されています。
- このコイルに、家庭用の交流電源から得た電気を、インバーター回路によってさらに周波数を高めた、非常に高い周波数(20kHz〜90kHz程度)の交流電流を流します。
- コイルに交流電流が流れると、その周りには、電流の向きと大きさが1秒間に数万回も変化するのに伴って、非常に速く、そして周期的に変化する磁場が発生します。
- Step 2: 鍋底に渦電流を誘導し、ジュール熱を発生させる
- この激しく変化する磁場が、ガラストップの上に置かれた金属製の鍋の底を貫きます。
- ファラデーの電磁誘導の法則によれば、導体を貫く磁束が変化すると、導体内部には誘導起電力が生じ、誘導電流が流れようとします。
- 鍋底のような、広がりを持った導体の場合、この誘導電流は「渦電流」として、鍋底の金属内部をぐるぐると流れます。
- 鍋の金属には、固有の電気抵抗があります。渦電流がこの抵抗のある金属の中を流れると、電力の公式 \(P=I^2R\) に従って、大量のジュール熱が発生します。
- このジュール熱によって、鍋自体が内側から直接加熱され、中の食材を調理することができるのです。
10.2. IHクッキングヒーターの特徴と利点
この電磁誘導を利用した加熱方式は、従来のガスコンロや電気抵抗ヒーターにはない、多くの優れた特徴を持っています。
- 高い熱効率:
- 発熱するのは鍋自体であり、ヒーターから鍋への熱伝達というプロセスがないため、エネルギーのロスが非常に少なく、熱効率が極めて高い(約90%程度、ガスコンロは約40〜55%)。
- 高い安全性:
- 火を一切使わないため、火事の危険性が低く、立ち消えによるガス漏れの心配もありません。
- ガラストップ自体は、鍋からの熱伝導以外ではほとんど熱くならないため、火傷の危険性が低減されます。(ただし、使用直後の鍋からの熱でトッププレートは熱くなっているので注意は必要)
- 精密な温度制御:
- コイルに流す交流電流の大きさや周波数を電子回路で精密に制御することで、加熱のパワーを非常に細かく、そして素早く調整することができます。
- 清掃の容易さ:
- トッププレートが平らなガラストップであるため、吹きこぼれなどの汚れを簡単に拭き取ることができます。
10.3. 使用できる鍋の制約
IHクッキングヒーターの原理から、使用できる鍋には制約があることも理解できます。
- 材質: 渦電流を効率よく発生させ、かつ電気抵抗によって発熱するためには、鍋の材質が磁石にくっつく金属(磁性金属)であり、かつ適度な電気抵抗を持つ必要があります。鉄や鉄ホーロー、一部のステンレス製の鍋がこれに該当します。
- 非対応の材質: アルミニウムや銅は、電気抵抗が低すぎるため、十分なジュール熱を発生させることができず、IHクッキングヒーターでは効率よく加熱できません。また、土鍋やガラス、陶磁器といった、そもそも電気を通さない材質の鍋は、全く使用することができません。(近年は、鍋底に発熱体を貼り付けた、オールメタル対応のIHもあります。)
- 形状: 鍋底が平らでないと、コイルとの距離が離れてしまい、効率よく磁場を受けることができないため、加熱効率が低下します。
IHクッキングヒーターは、ファラデーが発見した電磁誘導の法則が、数々の電子技術を経て、私たちの最も身近な生活シーンである「食」の世界にまで浸透していることを示す、象徴的な応用例と言えるでしょう。
Module 7:電磁誘導の総括:変化が生み出す力と、エネルギー変換の理
本モジュールにおいて、私たちは電気と磁気の関係性を、静的なものから動的なものへと大きく飛躍させました。その中心にあったのは、マイケル・ファラデーの不朽の発見、「電磁誘導」です。それは、自然界の根源的な対称性、すなわち「運動する電気が磁気を生むならば、変化する磁気もまた電気を生むはずだ」という信念が見事に結実した瞬間でした。
私たちは、この「変化」を定量的に捉えるための鍵となる概念「磁束」を学び、その時間変化率が誘導起電力の大きさを決定するという「ファラデーの電磁誘導の法則」を手にしました。これにより、私たちは電磁誘導という現象を、その規模や大きさに至るまで、数学的に予測する能力を獲得しました。
しかし、自然の法則は、大きさと共に常にその「向き」を規定します。誘導電流の向きを支配する「レンツの法則」は、一見すると「変化を嫌う」という天の邪鬼な性質を示しているように見えました。しかし、その背後にある物理的必然性を探求したとき、私たちは、この法則が「エネルギー保存則」という、物理学の揺るぎない金字塔を守るための、必然的な帰結であることを見出しました。誘導現象とは、外部からなされた力学的な仕事が、電気エネルギーへと変換されるプロセスであり、レンツの法則はそのエネルギーの収支が常に保たれることを保証する、自然の巧妙な論理だったのです。
この基本原理を、磁場中を運動する「導体棒」という具体的なモデルに適用することで、ミクロな「ローレンツ力」の描像と、マクロな「磁束変化」の描像が、V=vBl
という同じ結論へと見事に収束することを確認しました。さらに、誘導電流が運動を妨げるブレーキとして働くこと、そして外力がした仕事がジュール熱へと変換される過程を追うことで、エネルギー変換の連鎖を定量的に理解しました。
そして、この電磁誘導という原理が、いかにして人類の文明を駆動する力へと昇華されたか、その頂点にあるのが「発電機」です。磁場の中でコイルを回転させるという、単純な機械的運動が、私たちの社会を動かす交流電力を絶え間なく生み出し続ける。この壮大なエネルギー変換のメカニズムは、電磁誘導の法則の最も輝かしい応用例と言えるでしょう。また、IHクッキングヒーターの例は、この法則が私たちの食卓にまで深く浸透していることを示していました。
このモジュールを通じて、私たちは電気と磁気が、静的な関係だけでなく、「変化」を介して互いを生み出し合う、ダイナミックで分かちがたい統一体であることを学びました。この理解は、次なる「自己誘導」や「相互誘導」といった、回路自身の変化が引き起こす、より内省的な電磁誘導の世界を探求するための、確固たる基盤となるはずです。