【基礎 物理(電磁気学)】Module 12:電磁波

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本モジュールの目的と構成

私たちの電磁気学を巡る旅は、今、そのクライマックスを迎えます。これまでのモジュールで、私たちは、静止した電荷が電場を、定常的な電流が磁場を生み出す法則、そして、変化する磁場が電場を生む「電磁誘導」の法則を学んできました。そこには、電気と磁気の間に、深く、しかしどこか非対称な関係性が浮かび上がっていました。

この物語を完結させ、電気と磁気を完全な対称性のもとに統一する、壮大な理論体系を完成させたのが、19世紀の物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェル (James Clerk Maxwell) です。彼は、当時知られていた電磁気学の法則を4つの方程式にまとめ上げる過程で、ある法則(アンペールの法則)に論理的な欠陥があることを見抜きます。そして、その欠陥を修正するために、彼は一つの新たな項を方程式に加えました。それは、「変化する電場もまた、磁場を生み出すはずだ」という、大胆かつ美しい仮説でした。

この、一見すると小さな修正が、物理学の歴史を永遠に変える、驚天動地の「預言」を導き出します。すなわち、「互いを生み出しあう電場と磁場の振動が、波となって空間を伝播していく」という、「電磁波 (electromagnetic wave)」の存在です。さらに、マクスウェルが自らの理論から計算したその波の速さは、当時知られていた光の速さと、驚くほど高い精度で一致したのです。この瞬間、何世紀にもわたって探求されてきた「光」の正体が、初めて理論的に解き明かされました。光とは、電磁波の一種だったのです。

本モジュールは、この電磁気学の理論的頂点である、電磁波の発生原理、その性質、そして私たちの世界を形作るその多様な姿を探求することを目的とします。

学習は、マクスウェルの理論的な預言から始まり、その預言がヘルツの実験によっていかにして証明されたか、そしてその発見が私たちの世界観をどのように拡張したかという、科学史上の偉大な物語を追体験する形で進められます。

  1. マクスウェルの預言:電磁波の存在: 電磁気学の基本法則を統一したマクスウェルが、いかにして電磁波の存在を理論的に予測したのか、その思考の核心に迫ります。
  2. 電磁波の発生源: 何が電磁波を生み出すのか?その根源である「加速する荷電粒子」の役割を学びます。
  3. 電場と磁場の振動による伝播: 電場と磁場が、互いを次々と生成しながら空間を伝わっていく、電磁波の自己増殖的な伝播メカニズムを理解します。
  4. 電磁波が横波である理由: 電磁波の電場と磁場の振動方向が、常に進行方向と垂直である「横波」としての性質を学びます。
  5. 電磁波の速さ(光速)と媒質の性質: マクスウェルの理論が導き出した、電磁波の速さが真空の誘電率と透磁率だけで決まるという結論と、それが光速と一致した歴史的意義を理解します。
  6. 電磁波のスペクトル: 私たちが「光」として認識している可視光線が、実は電波からガンマ線まで広がる、壮大な電磁波のスペクトル(分布)の、ほんの一部に過ぎないことを学びます。
  7. 各電磁波の性質と応用: スペクトルを構成する各電磁波(電波、赤外線、紫外線、X線など)が、それぞれどのような性質を持ち、私たちの生活や科学技術でどのように利用されているかを見ていきます。
  8. 電磁波のエネルギー: 電磁波が、エネルギーを空間的に運ぶ能力を持つことを学びます。
  9. アンテナによる電磁波の送受信の原理: ラジオやテレビ、携帯電話といった通信技術の基本である、アンテナがどのようにして電磁波を放射し、また受信するのか、その原理を理解します。
  10. ヘルツによる電磁波の実証実験: マクスウェルの理論的な預言を、見事な実験によって証明したハインリヒ・ヘルツの功績を学び、理論と実験が一体となって科学を進展させる様を見ます。

このモジュールを修了したとき、あなたは、電気、磁気、そして光という、一見すると全く異なる現象が、「電磁気学」という一つの壮大な理論体系の下に、いかに美しく統一されるかを目の当たりにするでしょう。

目次

1. マクスウェルの預言:電磁波の存在

19世紀半ば、電磁気学の世界には、いくつかの重要な法則が、それぞれ独立に発見・定式化されていました。

  • クーロンの法則(ガウスの法則として定式化):電荷が電場を作ること。
  • 磁気単極子不存在の法則:N極やS極が単独で存在しないこと。
  • アンペールの法則:電流が磁場を作ること。
  • ファラデーの電磁誘導の法則:変化する磁場が電場(起電力)を作ること。

これらの法則は、個々の現象をうまく説明していましたが、全体として一つの整合した理論体系をなしているとは言えませんでした。この混沌とした知識の海に、数学という羅針盤を手に航海に乗り出し、壮大な理論大陸を発見したのが、スコットランドの物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルです。

1.1. マクスウェル方程式

マクスウェルは、これらの法則を、4つの(あるいは現代的な表記では20以上の)偏微分方程式からなる、エレガントな一組のセットにまとめ上げました。これが「マクスウェル方程式」として知られる、古典電磁気学の全てを記述する、究極の基本方程式です。

大学受験物理で、これらの方程式そのものを解く必要はありません。しかし、マクスウェルがこの理論体系を構築する過程で行った、一つの天才的な「修正」が、電磁波の発見へとつながる、決定的な一歩となりました。

1.2. アンペールの法則の拡張

マクスウェルは、アンペールの法則(電流が磁場を作る)を検討している際に、ある奇妙な矛盾に気づきます。それは、コンデンサーを充電している最中の回路に、アンペールの法則を適用しようとしたときでした。

  • アンペールの法則は、ある閉じたループの周りの磁場は、そのループを貫く電流によって決まる、と述べています。
  • コンデンサーの極板の間には、導線はつながっておらず、真の電流(電荷の流れ)は存在しません。
  • しかし、充電中のコンデンサーの周りには、実際に磁場が発生することが実験的に知られていました。

この矛盾を解決するため、マクスウェルは次のように考えました。

「コンデンサーの極板間に電流はなくても、そこには時間的に変化する電場が存在している。この変化する電場が、あたかも電流であるかのように、磁場を生み出すのではないだろうか?」

彼は、この「変化する電場が生む、見かけ上の電流」を「変位電流 (displacement current)」と名付け、アンペールの法則を、

「磁場は、真の電流と、**変位電流(電場の時間変化)**の両方によって生み出される」

という形に拡張したのです。

1.3. 電気と磁気の完全な対称性

このマクスウェルによる修正は、単なる帳尻合わせではありませんでした。それは、電気と磁気の間に、完璧な対称性と、ダイナミックな相互関係を確立する、最後のワンピースだったのです。

  • ファラデーの法則: 変化する磁場(\(dB/dt\))は、電場(\(E\))を生む。
  • マクスウェルの拡張: 変化する電場(\(dE/dt\))は、磁場(\(B\))を生む。

この2つの法則が意味するのは、驚くべき自己増殖のメカニズムです。

もし、何らかのきっかけで空間に「変化する電場」が生まれたら、その変化する電場は、すぐ隣に「変化する磁場」を生み出す。そして、その新たに生まれた変化する磁場は、さらにその隣に、また新たな「変化する電場」を生み出す。そして、その新たな変化する電場は…

この、電場と磁場が互いを次々と生成しあう「自己増殖的な連鎖反応」が、空間を波として伝播していくのではないか?――これが、マクスウェルの理論が導き出した、電磁波の存在の預言でした。

何もない真空の空間を、物質という媒体を一切必要とせずに、電場と磁場の振動そのものが波として伝わっていく。この、当時としては革命的なアイデアが、マクスウェル方程式という、純粋に理論的な考察から導き出されたのです。

2. 電磁波の発生源

マクスウェルは、電場と磁場の相互作用から、電磁波が存在しうることを理論的に示しました。では、この電磁波を、実際に発生させるための「震源地」となるものは、一体何なのでしょうか?

静的な電場や磁場、あるいは定常的な電流では、この自己増殖的な波の連鎖は始まりません。電磁波という「波」を発生させるためには、その源となる電荷が、加速運動をする必要があります。

2.1. 様々な電荷の運動と作る場

電荷の運動状態と、それが作り出す場の関係を整理してみましょう。

  • 静止した電荷 (\(v=0, a=0\)):
    • Module 1で学んだように、静止した電荷は、その周りに**静電場(クーロン場)**のみを作ります。磁場は発生しません。
  • 等速直線運動する電荷 (\(v=\text{const.}, a=0\)):
    • これは、Module 4で学んだ直流電流のミクロな姿です。
    • 運動する電荷は、電場(その分布は静止時とは少し異なります)を作ると同時に、Module 5で学んだように、その周りに定常的な磁場を作ります。
    • しかし、この電場も磁場も、時間的に変化しないため、ここから電磁波が放射されることはありません。
  • 加速運動する電荷 (\(a \neq 0\)):
    • 加速、減速、あるいは円運動や振動のように、速度が時間的に変化する運動をしている電荷。
    • この加速運動する電荷だけが、その周りの電場と磁場を時間的に変化させ、その変化が波として周囲の空間に伝播していく「電磁波」を放射することができます。

結論:電磁波の発生源は、加速運動する荷電粒子である。

2.2. アンテナにおける電磁波の発生

この原理を、最も直接的に応用したのが「アンテナ (antenna)」です。

ラジオやテレビ、携帯電話の通信に使われる、電磁波を放射(送信)するためのアンテナの基本原理は、以下の通りです。

  1. 高周波電流の生成:
    • まず、送信機の内部にある発振回路で、非常に高い周波数(数キロヘルツから数ギガヘルツ)で、向きが周期的に入れ替わる**交流電流(高周波電流)**を生成します。
  2. アンテナへの電流供給:
    • この高周波電流を、金属棒などでできたアンテナに流します。
  3. 電子の加速運動(振動):
    • アンテナに高周波電流が流れると、アンテナ内の自由電子は、電流の向きの反転に合わせて、アンテナに沿って非常に速い周期で**往復運動(振動)**をします。
    • この振動は、速度の向きと大きさが絶えず変化する、典型的な加速運動です。
  4. 電磁波の放射:
    • このアンテナ内の無数の電子の加速運動(振動)によって、アンテナの周りには、電場と磁場が、電流と同じ周波数で激しく振動する状態が作り出されます。
    • そして、マクスウェルの預言したメカニズムに従い、この電場と磁場の振動のペアが、波として周囲の空間へと、あらゆる方向に放射されていきます。

これが、アンテナから電波(電磁波の一種)が送り出される基本原理です。電磁波は、この「電荷の振動」というミクロな震えが、空間全体に広がっていく、壮大な波紋なのです。

3. 電場と磁場の振動による伝播

電磁波の発生源が「加速する荷電粒子」であることがわかりました。では、一度発生した電磁波は、どのようにして何もない真空の空間を、エネルギーを保ちながら伝わっていくのでしょうか?

その秘密は、マクスウェルが明らかにした、電場と磁場の間の、自己増殖的な相互関係にあります。電磁波は、外部からエネルギーを供給されなくても、電場と磁場が互いを次々と生成し続けるという、見事なメカニズムによって、自律的に空間を伝播していくのです。

3.1. 自己増殖的な伝播メカニズム

電磁波が真空中を伝播していく様子を、コマ送りのようにイメージしてみましょう。

  1. きっかけ:
    • まず、発生源(アンテナなど)で、加速する電荷によって、時間的に変化する電場 \(\vec{E}\) が生成されたとします。
  2. E → B の生成(アンペール・マクスウェルの法則):
    • マクスウェルが拡張したアンペールの法則によれば、「変化する電場(変位電流)は、その周りに磁場を生む」はずです。
    • したがって、最初に生まれた変化する電場 \(\vec{E}\) は、そのすぐ隣の空間に、変化する磁場 \(\vec{B}\) を垂直な向きに誘起します。
  3. B → E の生成(ファラデーの法則):
    • 今、空間には新たに「変化する磁場 \(\vec{B}\)」が生まれました。
    • ファラデーの電磁誘導の法則によれば、「変化する磁場は、その周りに電場(渦電場)を生む」はずです。
    • したがって、ステップ2で生まれた変化する磁場 \(\vec{B}\) は、さらにその隣の空間に、再び変化する電場 \(\vec{E}\) を、最初の電場と同じ向きに誘起します。
  4. 連鎖の継続:
    • この、ステップ3で新たに生まれた変化する電場が、またステップ2のプロセスを繰り返し、さらに隣に変化する磁場を生み…。

この E → B → E → B → … という、電場と磁場の相互生成の無限の連鎖こそが、電磁波の正体です。

電場と磁場の振動という「状態」そのものが、ドミノ倒しのように、次々と隣の空間へと伝わっていくのです。

3.2. 媒質を必要としない波

音波は、空気や水といった「媒質」の振動が伝わる波です。媒質がなければ、音は伝わりません。

しかし、電磁波の伝播には、このような媒質は一切必要ありません。

なぜなら、電磁波の「媒質」は、空間そのものだからです。電場と磁場は、真空の空間に存在し、相互作用することができます。したがって、電磁波は、宇宙空間のような、物質がほとんど存在しない真空の中も、何の問題もなく伝わっていくことができます。

太陽の光が、約1億5000万kmもの真空の宇宙空間を越えて、地球に届くことができるのは、光がこの電磁波であるからに他なりません。

3.3. 電場と磁場の関係

この伝播のプロセスから、電磁波を構成する電場と磁場には、いくつかの重要な幾何学的・物理的な関係があることがわかります。

  • 同期した振動:
    • 電場が最大になる瞬間に、磁場も最大になります。電場がゼロになる瞬間に、磁場もゼロになります。両者の振動の位相は、常に揃っています(同相)
  • 垂直な関係:
    • 伝播していく電磁波の、ある任意の点において、電場ベクトル \(\vec{E}\) と磁場ベクトル \(\vec{B}\) は、常に互いに垂直です。
  • 進行方向との関係:
    • さらに、電場ベクトル \(\vec{E}\) と磁場ベクトル \(\vec{B}\) は、どちらも、電磁波の進行方向に対して垂直です。

この、電場、磁場、そして進行方向が、互いに三次元的に直交しあっているという構造が、次セクションで学ぶ、電磁波の「横波」としての性質を決定づけています。

4. 電磁波が横波である理由

波には、その振動の仕方によって、大きく分けて2つの種類があります。

  • 縦波 (Longitudinal wave): 波の振動方向と、波の進行方向が平行である波。音波や、ばねの疎密波がこれにあたります。
  • 横波 (Transverse wave): 波の振動方向と、波の進行方向が垂直である波。水面の波や、弦を伝わる波がこれにあたります。

前セクションで見たように、電磁波を構成する電場と磁場の振動は、その進行方向に対して常に垂直です。したがって、電磁波は、横波に分類されます。このセクションでは、この幾何学的な関係を、より明確に理解します。

4.1. 電磁波の構造の視覚化

電磁波の三次元的な構造を視覚化してみましょう。

  • 電磁波が x軸の正の向きに進行しているとします。
  • このとき、電場 \(\vec{E}\) の振動は、例えば y軸方向に起こります。
  • そして、磁場 \(\vec{B}\) の振動は、電場とも進行方向とも垂直な、z軸方向に起こります。

この、\(\vec{E}\)、\(\vec{B}\)、進行方向の三者が、互いに右手系の直交座標系を形成するように関係づけられています。

つまり、「\(\vec{E}\) の向きから \(\vec{B}\) の向きへと、右ねじを回したときに、ねじが進む向き」が、電磁波の進行方向となります。

4.2. なぜ横波になるのか?

電磁波が横波であるという性質は、マクスウェル方程式の数学的な帰結です。特に、電場と磁場に関するガウスの法則が、この性質を要請します。

  • 電場に関するガウスの法則:真空中には電荷が存在しないため、任意の閉曲面から湧き出す(または吸い込まれる)電気力線の総和はゼロでなければなりません。もし、電場の振動方向(\(\vec{E}\) の成分)が、進行方向(x方向)に存在したとすると、この法則を満たすことができず、矛盾が生じます。したがって、電場は進行方向の成分を持つことができません(\(E_x = 0\))。
  • 磁場に関するガウスの法則(磁気単極子不存在):磁気単極子が存在しないため、任意の閉曲面から出入りする磁力線の総和は、常にゼロでなければなりません。電場の場合と全く同様の議論から、磁場もまた、進行方向の成分を持つことができません(\(B_x = 0\))。

これらの法則から、電場と磁場の振動は、進行方向とは垂直な平面内でのみ起こることが要請されます。これが、電磁波が横波であることの、理論的な根拠です。

4.3. 光の偏光現象

電磁波が横波であることの、最も直接的で強力な実験的証拠が、「偏光 (polarization)」という現象です。

  • 通常の太陽光や電灯の光は、あらゆる方向に振動する電場(とそれに垂直な磁場)の集まりであり、特定の振動方向を持たない「非偏光」の状態です。
  • **偏光板(偏光フィルター)**は、特定の方向に振動する電場の波だけを選択的に通過させ、それと垂直な方向に振動する波は遮断する、微細なスリットのような性質を持っています。
  • 非偏光の光を一枚の偏光板に通すと、特定の方向に振動する成分だけが取り出された「直線偏光」の光になります。
  • この直線偏光の光を、もう一枚の偏光板(検光子)に通し、その角度を変えていくと、
    • 二枚の偏光板の透過軸が平行なとき、光は最も強く透過します。
    • 二枚の偏光板の透過軸が垂直なとき、光は完全に遮断されます。

この現象は、光の振動が、進行方向と垂直な平面内で起こっている(=横波である)からこそ、説明が可能です。もし光が縦波(進行方向に振動する)であれば、偏光板をどのように回転させても、光が遮断されることはないはずです。

液晶ディスプレイ(LCD)や、カメラの偏光フィルター、3D映画のメガネなど、偏光現象は、光が横波であるという性質を巧みに利用した、様々な技術に応用されています。

5. 電磁波の速さ(光速)と媒質の性質

マクスウェルが、自らの4つの方程式から導き出した最も衝撃的な預言は、電磁波の存在そのものだけでなく、その伝播速度に関するものでした。彼の理論は、電磁波が真空中を伝わる速さを、それまで全く無関係と思われていた、静電気学と静磁気学の二つの基本的な定数だけで計算できることを示したのです。そして、その計算結果が、人類の世界観を永遠に変えることになりました。

5.1. 真空中の電磁波の速さ:c = 1/√(ε₀μ₀)

マクスウェル方程式を、電場\(E\)と磁場\(B\)に関する波動方程式の形に変形すると(大学レベルの数学)、その波の速さ \(c\) は、真空の誘電率 \(\epsilon_0\) と、真空の透磁率 \(\mu_0\) を用いて、

\[ c = \frac{1}{\sqrt{\epsilon_0 \mu_0}} \]

と表されることが導かれます。

この式の驚くべき点は、電磁波の速さが、波の周波数や波長、振幅といった、波自身の性質には一切よらず、真空という空間そのものが持つ、電気的・磁気的な性質(\(\epsilon_0, \mu_0\))だけで、一意に決まってしまうということです。

5.2. 理論と実験の奇跡的な一致

マクスウェルの時代、真空の誘電率 \(\epsilon_0\) と透磁率 \(\mu_0\) は、それぞれ全く異なる静電気の実験(クーロンの法則など)と、静磁気の実験(アンペールの法則など)から、すでに測定されていました。

  • 真空の誘電率: \(\epsilon_0 \approx 8.854 \times 10^{-12} , F/m\)
  • 真空の透磁率: \(\mu_0 = 4\pi \times 10^{-7} , H/m\)

マクスウェルは、これらの実験値を、自らが導いた理論式に代入しました。

\[ c = \frac{1}{\sqrt{(8.854 \times 10^{-12}) \times (4\pi \times 10^{-7})}} \]

\[ c \approx \frac{1}{\sqrt{1.112 \times 10^{-17}}} \approx 2.998 \times 10^8 , m/s \]

この計算結果は、当時の物理学者たちを震撼させました。なぜなら、この値は、フランスの物理学者フィゾーやフーコーらによって、地上での実験で精密に測定されていた光の速さと、誤差の範囲で完璧に一致したからです。

静電気の実験から決まる定数と、静磁気の実験から決まる定数を組み合わせると、光の速さが計算できてしまう。

この奇跡的な一致が偶然であるとは、到底考えられません。マクスウェルは、ここから大胆かつ、しかし必然的な結論を下しました。

光は、電磁波の一種である。

これは、物理学の歴史における、最も偉大な「統一 (unification)」の一つです。それまで全く別の分野として研究されてきた、電気、磁気、そして光学という三つの巨大な領域が、マクスウェルの電磁気学という、ただ一つの理論体系の下に、見事に統合された瞬間でした。

5.3. 媒質中の電磁波の速さ

電磁波が、真空中ではなく、誘電率 \(\epsilon\)、透磁率 \(\mu\) を持つ媒質(物質)の中を伝わる場合、その速さ \(v\) は、

\[ v = \frac{1}{\sqrt{\epsilon \mu}} \]

となります。

ここで、物質の誘電率と透磁率は、比誘電率 \(\epsilon_r\) と比透磁率 \(\mu_r\) を用いて、\(\epsilon = \epsilon_r \epsilon_0\)、\(\mu = \mu_r \mu_0\) と表せます。

\[ v = \frac{1}{\sqrt{(\epsilon_r \epsilon_0)(\mu_r \mu_0)}} = \frac{1}{\sqrt{\epsilon_0 \mu_0}} \frac{1}{\sqrt{\epsilon_r \mu_r}} = \frac{c}{\sqrt{\epsilon_r \mu_r}} \]

光学において、媒質中の光の速さ \(v\) は、真空中の光速 \(c\) と、その媒質の屈折率 (refractive index) \(n\) を用いて、\(v = c/n\) と表されます。

この二つの式を比較することで、物質の屈折率 \(n\) が、その物質の電気的・磁気的な性質と、

\[ n = \sqrt{\epsilon_r \mu_r} \]

という関係で結びついていることがわかります。これもまた、電磁気学と光学の深いつながりを示す、重要な関係式です。

6. 電磁波のスペクトル

マクスウェルの理論は、「光が電磁波である」ことだけでなく、さらに広大な、未知の世界の存在を預言していました。

電磁波の速さ \(c\) は、真空の性質だけで決まる普遍的な定数です。一方で、波の基本的な関係式

\[ c = f \lambda \]

(\(f\) は周波数、\(\lambda\) は波長)は、電磁波にも当然成り立ちます。

この関係式が意味するのは、周波数 \(f\) と波長 \(\lambda\) は、その積が一定値 \(c\) になるという制約の下で、原理的にはどのような値でもとりうる、ということです。

つまり、私たちが「可視光線」として認識している、特定の周波数(波長)帯の電磁波は、無限に広がる**電磁波の全領域(スペクトル)**の中の、ほんのわずかな一部分に過ぎないのではないか?――この考えは、私たちの宇宙に対する認識を、劇的に拡張しました。

6.1. 電磁波のスペクトルとは

電磁波のスペクトル (electromagnetic spectrum) とは、電磁波を、その周波数(または波長)の低い方から高い方へと、順に並べたものです。

このスペクトルは、境界が明確に区切られているわけではなく、周波数(波長)に応じて、その性質が連続的に変化していきます。

私たちは、慣習的に、この連続的なスペクトルを、その性質や応用に応じて、いくつかの領域に分類して呼んでいます。

【周波数が低い(波長が長い)順】

  1. 電波 (Radio Waves)
  2. マイクロ波 (Microwaves)
  3. 赤外線 (Infrared)
  4. 可視光線 (Visible Light)
  5. 紫外線 (Ultraviolet)
  6. X線 (X-rays)
  7. ガンマ線 (Gamma Rays)

これらは全て、同じ電磁波の仲間です。その本質は、伝播する電場と磁場の振動であり、真空中を伝わる速さは、全て等しく光速 \(c\) です。

それらの性質の違いは、ただ一つ、周波数(振動数)の違いに起因します。周波数が高くなるほど、波の持つエネルギーは大きくなり、物質との相互作用の仕方も大きく変わってきます。

6.2. スペクトルの全体像

  • エネルギーとの関係:後の量子力学で学ぶように、電磁波のエネルギーは、その周波数 \(f\) に比例します(\(E=hf\)、\(h\) はプランク定数)。したがって、スペクトルの右側(ガンマ線側)に行くほど、電磁波は高エネルギーで、透過力が強く、原子や分子に与える影響も大きくなります。
  • 波長との関係:波長 \(\lambda = c/f\) は、周波数と反比例の関係にあります。
    • 電波は、波長が数kmから数cmと非常に長く、建物を回り込む「回折」といった、波としての性質が顕著に現れます。
    • ガンマ線は、波長が原子核のサイズよりも小さく、ほとんど粒子のような振る舞いを示します。

この、マクスウェルの理論によってその存在が示唆された、目に見えない光(電磁波)の広大な世界は、その後のヘルツによる電波の発見を皮切りに、次々とその存在が確認され、20世紀以降の科学技術、特に通信技術医療技術の爆発的な発展の原動力となったのです。

7. 各電磁波の性質と応用

電磁波のスペクトルは、周波数(そしてエネルギー)の違いに応じて、驚くほど多様な性質を示し、私たちの生活や科学技術の隅々で活用されています。ここでは、スペクトルの各領域の代表的な性質と、その応用例を見ていきましょう。

7.1. 電波 (Radio Waves)

  • 周波数/波長: 約3THz以下 / 約0.1mm以上。非常に広い帯域を含み、長波、中波、短波、超短波(VHF)、極超短波(UHF)などにさらに細分化されます。
  • 性質: 波長が長いため、障害物を回り込みやすい(回折しやすい)。大気中の電離層で反射する性質(短波など)もあり、遠距離通信に利用される。
  • 応用:
    • AM/FMラジオ放送、テレビ放送: 音声や映像の情報を、電波の振幅や周波数を変化させる(変調)ことで乗せて運ぶ。
    • 無線通信: 携帯電話、Wi-Fi、Bluetooth、GPSなど、現代のあらゆる無線通信の基盤。
    • レーダー: 電波を発射し、物体からの反射波を受信することで、その位置や速度を探知する。

7.2. マイクロ波 (Microwaves)

  • 周波数/波長: 約3GHz〜3THz / 約0.1mm〜10cm。電波の一部ですが、特に周波数が高い領域。
  • 性質: 直進性が強く、水分子を効率よく振動させて加熱する性質がある。
  • 応用:
    • 電子レンジ: 2.45GHzのマイクロ波を食品に照射し、食品中の水分子を振動・回転させることで、内部から加熱する。
    • 衛星通信、携帯電話基地局間通信: 直進性を利用して、大容量の情報を送受信する。

7.3. 赤外線 (Infrared, IR)

  • 周波数/波長: 約3THz〜400THz / 約780nm〜1mm。
  • 性質熱作用が強く、全ての物体は、その温度に応じた赤外線を放射している(熱放射)。可視光よりは波長が長いため、煙や霧などを透過しやすい。
  • 応用:
    • リモコン: 赤外線LEDの点滅パターンで、機器に信号を送る。
    • 赤外線ヒーター、こたつ: 熱作用を直接利用した暖房器具。
    • サーモグラフィ: 物体が放射する赤外線を捉え、温度分布を可視化する。
    • 光ファイバー通信: 赤外線レーザーが、情報の伝送に用いられる。

7.4. 可視光線 (Visible Light)

  • 周波数/波長: 約400THz〜790THz / 約380nm〜780nm。
  • 性質: 人間の視覚が感知できる、電磁波スペクトルのごく狭い領域。波長によって、として認識される(長波長側から、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫)。
  • 応用: 照明、映像表示(ディスプレイ)、光学機器(カメラ、顕微鏡)、そして私たちの視覚そのもの。

7.5. 紫外線 (Ultraviolet, UV)

  • 周波数/波長: 約790THz〜30PHz / 約10nm〜380nm。
  • 性質: 可視光線よりエネルギーが高く、化学作用殺菌作用を持つ。日焼けの原因となる。大気中のオゾン層によって、地表に到達する有害な紫外線の多くが吸収される。
  • 応用:
    • 殺菌・消毒: 医療器具や水の殺菌に利用される。
    • 蛍光作用: 偽札の判別(特殊なインクが紫外線で光る)や、蛍光灯(放電で発生した紫外線が、管内の蛍光塗料に当たって可視光に変換される)に応用される。
    • 樹脂硬化: 紫外線で硬化する特殊な樹脂(UVレジン)などに利用。

7.6. X線 (X-rays)

  • 周波数/波長: 約30PHz〜30EHz / 約0.01nm〜10nm。
  • 性質: 非常にエネルギーが高く、物質に対する透過能力が非常に高い。原子の内側の電子の状態を変化させることができる。
  • 応用:
    • 医療用レントゲン撮影、CTスキャン: 人体を透過するが、骨など密度の高い部分では吸収されやすいため、その影を撮影して体内の様子を画像化する。
    • 手荷物検査: 空港などで、手荷物の中身を非破壊で検査する。
    • 結晶構造解析: 物質にX線を照射し、その回折パターンを分析することで、原子の配列を決定する。

7.7. ガンマ線 (Gamma Rays)

  • 周波数/波長: 約30EHz以上 / 約0.01nm以下。電磁波スペクトルの中で、最も周波数が高く、エネルギーが大きい。
  • 性質: 極めて高い透過能力と、原子核や細胞に大きな影響を与える電離作用を持つ。主に、原子核の崩壊(放射性同位体)や、宇宙での極端な天体現象から放出される。
  • 応用:
    • 放射線治療: ガン細胞を破壊するための医療応用。
    • 非破壊検査: 厚い金属の内部の欠陥などを調べる。
    • ガンマ線天文学: 超新星爆発やブラックホール周辺など、宇宙で最も激しい現象を観測する。

8. 電磁波のエネルギー

電磁波は、単に情報を運ぶだけでなく、エネルギーそのものを空間的に運搬する能力を持っています。太陽からの光(電磁波)が地球を暖め、生命を育むことができるのは、このエネルギー輸送のおかげです。

このセクションでは、電磁波がどのようにしてエネルギーを運び、その強度はどのように表されるのかについて学びます。その根底には、Module 3とModule 8で学んだ、電場と磁場がそれぞれエネルギーを持つという考え方があります。

8.1. 電場と磁場のエネルギー密度

空間に電場や磁場が存在するとき、その空間にはエネルギーが蓄えられています。その単位体積あたりのエネルギー、すなわちエネルギー密度は、

  • 電場のエネルギー密度 \(u_E\): \(u_E = \frac{1}{2}\epsilon_0 E^2\)
  • 磁場のエネルギー密度 \(u_B\): \(u_B = \frac{1}{2\mu_0}B^2\)で与えられることを、以前のモジュールで学びました。

8.2. 電磁波におけるエネルギーの分配

電磁波は、電場と磁場の両方から構成されています。マクスウェル方程式から導かれる重要な結論の一つは、

真空中を伝わる電磁波において、エネルギーは、電場と磁場の間に常に均等に分配される

ということです。

すなわち、任意の瞬間、任意の場所で、

\[ u_E = u_B \]

という関係が成り立っています。

この関係から、電磁波中の電場の振幅 \(E_0\) と磁場の振幅 \(B_0\) の間には、\(E_0 = cB_0\) という、光速 \(c\) を介した単純な比例関係があることも導かれます。

したがって、電磁波が持つ全エネルギー密度 \(u\) は、

\[ u = u_E + u_B = 2u_E = \epsilon_0 E^2 \]

あるいは、

\[ u = 2u_B = \frac{1}{\mu_0}B^2 \]

と表すことができます。

8.3. 電磁波の強度(ポインティング・ベクトル)

電磁波の「強さ」を表す、より実用的な尺度は、単位時間に、単位面積を垂直に通過するエネルギーです。これは、物理学における強度 (intensity) の定義に他なりません。

電磁波は、速さ \(c\) で進行します。

時間 \(\Delta t\) の間に、断面積 \(A\) の面を通過するエネルギーの量を考えてみましょう。

  • この時間内に面を通過する電磁波は、\(c\Delta t\) の長さの体積中に含まれています。
  • この体積は、\(V = A \cdot c\Delta t\) です。
  • この体積に含まれる全エネルギー \(\Delta U\) は、エネルギー密度 \(u\) を用いて、\(\Delta U = u \cdot V = uAc\Delta t\) となります。
  • したがって、単位時間に単位面積を通過するエネルギー(強度 \(S\))は、\[ S = \frac{\Delta U}{A \Delta t} = \frac{uAc\Delta t}{A \Delta t} = uc \]

これが、電磁波の強度を表す基本的な式です。

この強度 \(S\) は、大きさと向き(エネルギーが流れる向き)を持つベクトル量として定義され、「ポインティング・ベクトル (Poynting vector)」と呼ばれます。

\[ S = uc = \epsilon_0 c E^2 \]

その単位は、電力の単位(ワット W)を面積の単位(平方メートル m²)で割った、ワット毎平方メートル (W/m²) となります。

太陽定数(地球の大気圏外で、太陽光に垂直な面が受け取るエネルギーの強度)が約 1.37 kW/m² であることは、太陽からどれだけ莫大なエネルギーが電磁波として絶えず放射されているかを示しています。

9. アンテナによる電磁波の送受信の原理

ラジオ放送からスマートフォン、Wi-Fiに至るまで、私たちの現代社会を支える無線通信技術は、アンテナ (antenna) と呼ばれる装置を用いて、情報を乗せた電磁波を空間に放射(送信)し、また空間を伝わってきた電磁波を捕らえて情報を取り出す(受信)ことで成り立っています。

アンテナは、電気的な信号と、空間を伝わる電磁波とを、相互に変換するための、いわば「トランスデューサー(変換器)」です。その動作原理は、これまで学んできた電磁気学の法則、特に「加速する電荷が電磁波を放射する」という原理と、「電磁誘導の法則」に集約されます。

9.1. アンテナによる電磁波の送信

【基本原理】

加速運動する荷電粒子は、電磁波を放射する。

  1. 高周波電流の生成:送信機(ラジオ局やスマートフォンなど)の内部にある発振回路で、送りたい信号の周波数(キャリア周波数)を持つ、高周波の交流電流を生成します。
  2. アンテナでの電子の振動:この高周波電流を、金属棒などでできた送信アンテナに流します。すると、アンテナ内の自由電子は、交流電流の周期に合わせて、アンテナに沿って非常に速い**往復運動(振動)**を行います。
  3. 加速運動と電磁波の放射:この電子の振動は、速度が絶えず変化する加速運動です。この無数の電子の加速運動によって、アンテナの周りには、電流と同じ周波数で振動する電場と磁場の変化が作り出されます。そして、マクスウェルの法則に従い、この電場と磁場の振動のペアが、波としてアンテナから周囲の空間へと放射されていきます。これが、送信される**電磁波(電波)**です。
  • ダイポールアンテナ:最も基本的なアンテナの一つである、中央から給電される直線状のダイポールアンテナの場合、アンテナに沿って振動する電荷の分布(電気双極子)が、その周りにドーナツ状の指向性(アンテナの軸方向には弱く、側方には強い)を持つ電磁波を放射します。

9.2. アンテナによる電磁波の受信

【基本原理】

時間的に変化する電場は、導体内の荷電粒子に力を及ぼし、電流(起電力)を誘導する。

  1. 電磁波の到来:送信アンテナから放射され、空間を伝わってきた電磁波が、受信アンテナに到達します。
  2. 電場による電子への力:電磁波は、振動する電場 \(\vec{E}\) を伴っています。この振動する電場が、受信アンテナ(金属導体)内の自由電子に、\(\vec{F} = q\vec{E} = (-e)\vec{E}\) の力を及ぼします。
  3. 誘導電流の発生:電場の向きは時間と共に反転するため、電子に働く力の向きも、それに応じて反転します。その結果、受信アンテナ内の自由電子は、到来した電磁波と同じ周波数で振動させられます。この電子の強制的な振動が、受信アンテナ内に生じる、微弱な高周波の誘導電流です。(これは、ファラデーの電磁誘導の一種と見なすこともできます。)
  4. 信号の復調:この微弱な誘導電流を、受信機(ラジオやスマートフォンなど)内部の**同調回路(LC共振回路)**で、特定の周波数の信号だけを選択的に増幅し、復調というプロセスを経て、元の音声やデータといった情報を取り出します。

このように、送信と受信は、原因と結果がちょうど逆になった、対称的なプロセスです。アンテナは、この電気と電磁波の間の可逆的な変換を、効率よく行うための、形状や長さが最適化された、巧妙な共振器なのです。

10. ヘルツによる電磁波の実証実験

ジェームズ・クラーク・マクスウェルが、その理論体系から電磁波の存在を預言したのは1864年のことでした。その預言は、光が電磁波であるという壮大な結論を含み、理論物理学の金字塔として高く評価されましたが、当時はまだ、純粋に理論上の産物でした。光以外の電磁波が、人工的に生成され、空間を伝わり、そして検出される、ということを実験的に証明した者はいませんでした。

この、マクスウェルの理論に決定的な実験的証拠を与え、人類が電磁波を自在に操る時代の扉を開いたのが、ドイツの物理学者ハインリヒ・ヘルツ (Heinrich Hertz) です。1888年頃に行われた彼の一連の実験は、その着想と巧妙さにおいて、物理学史上最も美しい実験の一つとして数えられています。

10.1. ヘルツの実験装置

ヘルツが用いた装置は、現代の基準から見れば驚くほどシンプルですが、その背後にはLC共振回路などの深い物理的洞察がありました。

  • 送信機:
    • 電源には、高電圧を発生させる誘導コイルを用いました。
    • アンテナとして、中心に小さな隙間(スパークギャップ)を設けた、2本の真鍮の棒(ダイポールアンテナ)を使用しました。
    • 誘導コイルで発生させた高電圧を、このスパークギャップにかけると、火花放電が起こります。この火花放電は、非常に短い時間に急激な電流が流れる現象であり、アンテナを含む回路(LC共振回路と見なせる)に、高周波の減衰振動電流を励起させます。
    • このアンテナを振動する電流(加速する電荷)が、電磁波を放射する源となります。
  • 受信機:
    • 受信機は、さらにシンプルで、一本の導線を曲げて、その両端に小さなスパークギャップを設けただけのループアンテナでした。
    • 受信機には、電池などの電源は一切接続されていません。

10.2. 実験のプロセスと発見

  1. 電磁波の検出:
    • ヘルツは、送信機で火花放電を起こしながら、数メートル離れた場所に置いた受信機のループアンテナのスパークギャップを、暗闇の中で注意深く観察しました。
    • すると、送信機で火花が飛ぶのと同タイミングで、電源に繋がれていないはずの受信機のギャップにも、微弱な火花が飛ぶことを発見したのです。
    • これは、送信機から放射された何らかの「もの」が、空間を伝わって受信機に到達し、そこに誘導起電力を生じさせて、火花放電を引き起こしたことを意味していました。ヘルツは、この「もの」が、マクスウェルの預言した電磁波であると確信しました。
  2. 電磁波の性質の検証:
    • ヘルツは、さらに実験を進め、この未知の波が、光と同じような波としての性質を持つことを次々と明らかにしていきました。
    • 反射: 金属板を置くと、波が反射されることを確認しました。
    • 屈折: 巨大なピッチ(アスファルト)製のプリズムを使い、波が屈折することを示しました。
    • 干渉: 壁からの反射波と直接波を干渉させ、定常波を作り出し、その節と腹の位置を測定することで、電磁波の波長 \(\lambda\) を決定することに成功しました。
    • 偏光: 受信アンテナの向きを回転させると、火花が強くなったり弱くなったりすることから、この波が横波である(偏光している)ことを証明しました。
  3. 伝播速度の測定:
    • 送信機の火花放電の周波数 \(f\) は、回路のLとCの値から、おおよそ見積もることができました。
    • 干渉の実験から測定した波長 \(\lambda\) と、周波数 \(f\) を、波の基本式 \(v = f\lambda\) に代入することで、ヘルツは、この波が伝わる速さ \(v\) を計算しました。
    • その結果、得られた速さは、約 3.0 \times 10^8 m/s であり、光の速さと見事に一致したのです。

10.3. 実験の歴史的意義

ヘルツの実験は、

  • マクスウェルの電磁気学理論が、物理的に正しいことを実験的に証明した。
  • 光以外の電磁波(電波)が、人工的に生成・検出できることを初めて示した。
  • 電波が、光と同じ本質を持ち、同じ速さで伝わることを実証した。

という、計り知れない歴史的重要性を持っています。

この実験的成功が、その後のマルコーニによる無線電信の発明へと繋がり、20世紀の無線通信技術の爆発的な発展の直接的な引き金となりました。理論物理学者の深遠な預言が、実験物理学者の卓越した技術によって証明され、そして工学者たちの手によって社会を変革する技術へと昇華されていく。ヘルツの実験は、この科学と技術の理想的な連携を見事に体現しているのです。

Module 12:電磁波の総括:理論の光が照らし出す、統一された世界

本モジュールにおいて、私たちの電磁気学を巡る長い旅は、その理論的な頂へと到達しました。それは、ジェームズ・クラーク・マクスウェルという一人の物理学者の、深遠な洞察によってもたらされた、壮大な世界の統一でした。

旅の始まりは、マクスウェルが、それまでの電磁気学の法則群に潜む非対称性を見抜き、「変化する電場もまた磁場を生む」という、理論の美しさを完成させるための、最後の一片をはめ込んだ瞬間でした。この、一見すると小さな修正が、物理学の世界を揺るがす巨大な扉を開いたのです。すなわち、「電場と磁場が互いを次々と生成し合いながら、波として空間を伝播する」という「電磁波」の存在の預言です。

そして、その預言が導き出した、最も劇的な結論。それは、理論から計算された電磁波の速さが、当時測定されていた光の速さと寸分違わず一致したことでした。この瞬間、何千年もの間、人類が問い続けてきた「光の正体は何か?」という根源的な謎が、ついに解き明かされました。光とは、電磁波の一種であったのです。電気、磁気、そして光学という、巨大な三つの大陸が、地殻変動の末に一つの超大陸「電磁気学」として統一された、知の歴史における一大イベントでした。

さらに、マクスウェルの理論は、私たちの目が捉えることのできる「可視光線」が、実は、電波の長大な波長から、ガンマ線の極小の波長に至るまで、無限に広がる電磁波のスペクトルという、壮大な音楽のごく一部の音域に過ぎないことを示しました。私たちは、このスペクトルの各音域が持つ、固有の性質と、通信、医療、科学研究といった、現代社会を形作る様々な応用例を概観しました。

加速する電荷という「震源」から放たれた電磁波が、アンテナという「楽器」によって奏でられ、そして、ハインリヒ・ヘルツという「聴衆」によって、その存在が初めて実験的に確認される。この、理論、発生、性質、応用、そして実証という一連の物語は、科学的探求の理想的なプロセスそのものでした。

このモジュールを終えた今、私たちは、夜空の星の輝きも、手の中のスマートフォンが交わす情報も、電子レンジが食品を温める力も、その全てが、同じ一つの物理法則――マクスウェル方程式――によって記述される、同じ電磁波という存在の、異なる顔に過ぎないことを知っています。この深遠な統一性の理解こそが、電磁気学の学習が私たちに与えてくれる、最も価値ある知的財産と言えるでしょう。


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