【基礎 物理(波動)】Module 2:波の表現と伝播

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本モジュールの目的と構成

Module 1において、私たちは波動現象を理解し、語るための基本的な「単語」、すなわち振幅、波長、振動数といった物理量を手に入れました。しかし、言語が単語の集合体でないように、物理学もまた、単なる概念のリストではありません。本モジュールでは、それらの単語を用いて、意味のある「文章」を組み立てる方法、すなわち、時々刻々と変化する波の姿を正確に記述し、その伝播のメカニズムそのものを解き明かす手法を学びます。これは、静的な知識を動的な理解へと昇華させる、決定的に重要なステップです。

この知的な旅は、大きく二つのパートに分かれています。前半では、波という捉えどころのない現象を、二つの異なる視点から「可視化」し、最終的に一つの万能な数式へと統合します。後半では、視点をがらりと変え、波がなぜそのように振る舞うのか、というより根源的な問いに、一つの美しい原理から迫ります。

  1. 波のスナップショット(y-xグラフ): まず、ある瞬間の波を写真に撮るように、空間的な全体像を捉える「y-xグラフ」を学びます。
  2. 波の定点観測(y-tグラフ): 次に、ある一点に留まり、そこを通過していく波の動きを時系列で記録する「y-tグラフ」を探求します。
  3. 二つの視点の統合: これら二つのグラフが、実は互いに情報を補い合う表裏一体の関係にあることを見抜き、一方から他方を導き出す思考の技術を磨きます。
  4. 万能な記述言語(正弦波の式): 二つのグラフの情報を凝縮し、任意の位置、任意の時刻における波の状態を完璧に記述する、y(x, t)という普遍的な数式を構築します。
  5. 式の読解法: 構築した数式に現れる符号が、波の進行方向という物理的な意味とどう結びつくのかを解読します。
  6. 伝播の基本原理(ホイヘンスの原理): ここで思考のギアを入れ替え、波の伝播そのものの幾何学的なメカニズムを説明する「ホイヘンスの原理」という、シンプルかつ強力な概念を導入します。
  7. 原理の構成要素(素元波と包絡面): この原理を構成する「素元波」と「包絡面」という二つのキーワードの意味を深く理解します。
  8. 直進と反射の証明: ホイヘンスの原理を用い、波がなぜ直進するのか、そして「反射の法則」がなぜ成り立つのかを、論理的な作図によって証明します。
  9. 屈折の証明: さらに、波が異なる媒質に入るときに進行方向を変える「屈折の法則(スネルの法則)」もまた、この単一の原理から導かれることを示します。
  10. 波を捉える二つの道具(波面と波線): 最後に、波の伝播を視覚的に表現するための「波面」と「波線」という二つの概念を整理し、その関係性を明確にします。

このモジュールを修了したとき、あなたは単にグラフの読み方や公式を覚えているだけではありません。物理学者が、複雑な自然現象をいかにして観察し、異なる視点から分析し、それらを統合して一つの数理モデル(式)を構築するのか。そして、そのモデルの振る舞いを、より根源的な第一原理からいかにして説明するのか。その科学的思考のプロセスそのものを、あなたは追体験しているはずです。それは、物理学という学問の核心に触れる、刺激的な体験となるでしょう。

目次

1. 時刻tにおける波形グラフ(y-xグラフ)

波という、時間と共に形を変えながら空間を移動していく動的な現象を理解するためには、まずその動きをどこかの時点で「静止」させて、じっくりと観察する視点が必要です。それを可能にするのが、時刻 t における波形グラフ、一般に y-xグラフ と呼ばれるものです。これは、波を分析するための最も基本的で直感的なツールの一つです。

1.1. y-xグラフの定義:波の「スナップショット」

y-xグラフとは、ある特定の時刻 t を固定し、その瞬間の、空間の各位置 x における媒質の変位 y をプロットしたグラフです。

この定義を正確に理解するために、重要なポイントを分解してみましょう。

  • 「ある特定の時刻 t を固定し」: これがこのグラフの最大の前提条件です。例えば、「t = 2.0 秒の瞬間」というように、時間を完全に止めます。
  • 「その瞬間の」: グラフに描かれているのは、過去や未来の様子ではなく、固定されたその一瞬だけの状態です。
  • 「空間の各位置 x における」: 横軸 x は、空間的な広がり、例えばロープの左端からの距離や、音源からの距離などを表します。
  • 「媒質の変位 y をプロットした」: 縦軸 y は、それぞれの位置 x にいる媒質が、釣り合いの位置からどれだけズレているかを示します。

この定義から、y-xグラフはしばしば、波の**「スナップショット写真」**に例えられます。運動会で走っている人の写真を撮れば、その人の動きは止まり、その瞬間の姿形(手足の位置や表情)を詳細に観察できます。同様に、y-xグラフは、伝播している波のある一瞬の「形」をそのまま凍結させて紙の上に描き出したものなのです。

1.2. y-xグラフから読み取れる物理量

この一枚の「写真」からは、波に関するいくつかの重要な情報を直接読み取ることができます。

1. 振幅 (Amplitude, A)

振幅は、媒質の振動の大きさを示す量でした。y-xグラフ上では、これは**縦軸 y の最大値(または最小値の絶対値)**として現れます。グラフの中心線(y=0 の線)から、最も高い「山」の頂上まで、あるいは最も深い「谷」の底までの距離が振幅 A です。

振幅は、波のエネルギーの大きさを反映しており、波源の振動の強さによって決まります。

2. 波長 (Wavelength, λ)

波長は、空間的な波一つ分の長さでした。y-xグラフは空間的な波の形そのものを表しているので、波長を直接測定することができます。具体的には、グラフ上で同じ位相を持つ、隣り合った二点間の横軸 x 上の距離が波長 λ です。

最も分かりやすいのは、隣り合う「山」と「山」の間のx座標の差、あるいは「谷」と「谷」の間のx座標の差です。もちろん、y=0 で同じ傾きを持つ隣り合う二点間の距離なども、すべて波長 λ に等しくなります。

3. 各位置における変位 (Displacement, y)

y-xグラフの定義そのものですが、このグラフを見れば、指定した時刻 t において、任意の位置 x の媒質がどこにいるか(変位 y)を知ることができます。

例えば、「x = 5.0 m の地点では、この瞬間、変位は y = +0.2 m である」といった情報を瞬時に読み取ることが可能です。

1.3. y-xグラフから読み取れない情報

y-xグラフは非常に有用なツールですが、万能ではありません。これはあくまで「静止画」であるため、波の動的な性質に関する情報を直接得ることはできません。

  • 周期 (T) と 振動数 (f): 周期と振動数は、媒質の一点が1回の振動にどれだけ時間がかかるか、1秒間に何回振動するか、という時間的な性質を表す量です。時間が止められているy-xグラフからは、これらの値を読み取ることは不可能です。
  • 波の進行方向: グラフに描かれた波形が、この後、x軸の正の向き(右向き)に進むのか、負の向き(左向き)に進むのかは、この一枚のグラフだけでは判断できません。同じ形の波が右から左へ進んでいる可能性も、左から右へ進んでいる可能性も、両方考えられます。進行方向を知るためには、別の時刻のy-xグラフや、後述するy-tグラフといった、時間変化に関する追加情報が必要となります。
  • 各点の未来の動き: 例えば、「山の頂点にいる媒質は、次の瞬間に上へ動くのか、下へ動くのか」という問いにも、y-xグラフ単体では答えられません。この問いに答えるにも、波の進行方向の情報が必要です。(もし波が右に進むなら、山の頂点にいる粒子は次に下へ動きます。なぜなら、山の少し「左側」にある谷の部分が、次にやってくるからです。)

1.4. 縦波のy-xグラフの解釈(再確認)

y-xグラフを扱う上で最も注意すべき点の一つが、縦波の場合の解釈です。音波などの縦波は、媒質の「密」と「疎」が伝わる波であり、その変位は波の進行方向と平行です。しかし、その変位 y(x軸方向のズレ)を、グラフの縦軸にとって表現する(横波表示)のが一般的です。

この場合、グラフの見た目と物理的な意味が異なるため、脳内での変換が必要になります。

  • グラフの山 (y が正で最大): 媒質が、進行方向に最も大きくズレている点。密度は平常
  • グラフの谷 (y が負で最大): 媒質が、進行方向と逆向きに最も大きくズレている点。密度は平常
  • y=0 で傾きが負の点: 媒質の密度が最大となる**「密」の中心**。後方から粒子が集まり、前方へは粒子が出ていきにくい場所。
  • y=0 で傾きが正の点: 媒質の密度が最小となる**「疎」の中心**。後方へ粒子が去り、前方からも粒子が離れていく場所。

縦波のy-xグラフが問題で与えられたときは、単に山や谷を見るのではなく、その点が物理的に「密」なのか「疎」なのか、あるいは粒子の振動速度がどの向きに最大なのか(変位0の点で速度最大)といった、本質的な意味を常に問いかける習慣が不可欠です。

y-xグラフは、波の空間的な全体像を把握するための出発点です。しかし、波の完全な理解のためには、次に学ぶy-tグラフという、時間的な視点からの分析が必要となります。この二つの視点を組み合わせることで、初めて波の動的な姿が浮かび上がってくるのです。

2. 位置xにおける媒質の振動グラフ(y-tグラフ)

y-xグラフが波の空間的な「スナップショット」であったのに対し、これから学ぶ位置 x における媒質の振動グラフ、通称 y-tグラフは、波の時間的な振る舞いを捉えるための、もう一つの重要なツールです。y-xグラフが空間全体を一度に見渡す「広角レンズ」だとすれば、y-tグラフは空間の一点に焦点を合わせ、その動きを追い続ける「望遠レンズ」あるいは「定点観測カメラ」に例えることができます。

2.1. y-tグラフの定義:媒質の一点の「運動記録」

y-tグラフとは、ある特定の空間的な位置 x を固定し、その場所にいる媒質の一つの粒子について、その変位 y が時間 t と共にどのように変化していくかを記録したグラフです。

この定義の要点を分解して、y-xグラフとの違いを明確にしましょう。

  • 「ある特定の空間的な位置 x を固定し」: これがy-tグラフの前提です。例えば、「x = 3.0 m の地点」というように、観測する場所を一つに定めます。ロープの特定の一点に印をつけ、その印の動きだけを追うイメージです。
  • 「その場所にいる媒質の一つの粒子について」: 観測対象は、波全体ではなく、たった一つの媒質粒子です。
  • 「その変位 y が時間 t と共にどのように変化していくかを記録した」: 横軸は時間 t を表し、グラフは過去から未来へと時間の流れに沿って描かれます。縦軸 y は、その粒子の釣り合いの位置からのズレ(変位)を示します。

y-tグラフは、媒質の各点がその場で単振動している様子を、時間軸に沿って引き伸ばして記録したものです。したがって、そのグラフの形は、力学で学ぶ単振動の変位-時間グラフと本質的に同じものになります。

2.2. y-tグラフから読み取れる物理量

この一点の「運動記録」からは、波の時間的な性質に関する重要な情報を直接読み取ることができます。

1. 振幅 (Amplitude, A)

振幅は、媒質粒子が振動する際の最大変位です。y-tグラフは一点の振動を記録したものですから、その振動の最大変位である振幅を直接読み取ることができます。y-xグラフと同様に、縦軸 y の最大値が振幅 A となります。

一つの波においては、どの点の振幅も(減衰がなければ)等しいので、y-xグラフから読み取れる振幅とy-tグラフから読み取れる振幅は一致します。

2. 周期 (Period, T)

周期は、媒質の一点が1回完全に振動するのにかかる時間でした。y-tグラフの横軸は時間 t なので、周期を直接測定することができます。具体的には、グラフ上で同じ位相を持つ、隣り合った二点間の横軸 t 上の時間間隔が周期 T です。

隣り合う「山」と「山」の間の時間差、あるいは「谷」と「谷」の間の時間差を読み取れば、それが周期 T となります。

3. 振動数 (Frequency, f)

振動数は、1秒間に振動する回数であり、周期 T とは f = 1/T という逆数の関係にあります。y-tグラフから周期 T を読み取ることができれば、この関係式を用いて振動数 f を算出することが可能です。例えば、周期が T = 0.5 s であれば、振動数は f = 1/0.5 = 2 Hz となります。

4. ある一点の振動の様子

y-tグラフを見れば、注目している点 x が、任意の時刻 t においてどのような変位 y を持つか、そしてその瞬間にどちらの向きに動いているか(速度の向き)を知ることができます。グラフの傾きは dy/dt、すなわち変位の時間変化率であり、これは媒質の振動速度を表します。

  • 傾きが正:粒子はy軸正の向きに動いている。
  • 傾きが負:粒子はy軸負の向きに動いている。
  • 傾きがゼロ(山や谷):粒子は一瞬静止している(速度がゼロ)。

2.3. y-tグラフから読み取れない情報

y-tグラフは時間的な情報に特化しているため、波の空間的な性質に関する情報を直接得ることはできません。

  • 波長 (λ): 波長は、空間的な波一つ分の長さです。y-tグラフは空間の一点しか見ていないため、波の空間的な広がりや形に関する情報を含んでおらず、波長 λ を知ることは不可能です。
  • 波の形全体: 観測している点 x 以外の場所で、媒質が今どうなっているのかは、y-tグラフからは全く分かりません。隣の点が山なのか谷なのか、知る由もありません。

2.4. y-xグラフとy-tグラフの比較まとめ

これら二つのグラフは、波という同じ現象を、異なる二つの切り口から見たものです。両者の違いを明確に理解し、混同しないことが極めて重要です。

比較項目y-xグラフ(波形グラフ)y-tグラフ(振動グラフ)
アナロジー波の「スナップショット写真」媒質一点の「定点観測ビデオ」
前提時刻 t を固定位置 x を固定
横軸位置 x [m]時間 t [s]
縦軸変位 y [m]変位 y [m]
直接読み取れる量振幅 (A)波長 (λ)振幅 (A)周期 (T)
計算でわかる量なし振動数 (f = 1/T)
読み取れない量周期(T), 振動数(f), 進行方向波長(λ)
グラフが示すものある瞬間の、波全体のある場所の、媒質の単振動の様子

物理の入試問題では、一方のグラフを与えて他方のグラフを描かせる問題や、両者を組み合わせて波の速さ(v = fλ)を求めさせる問題が頻出します。

例えば、y-xグラフから波長 λ を、y-tグラフから周期 T(ひいては振動数 f)を読み取らせ、v = fλ を使って波速 v を計算させるのは、典型的なパターンです。

次章では、これら二つのグラフが単に並立するものではなく、互いに変換可能な、密接な関係にあることを見ていきます。この関係性を理解することが、波の動的な振る舞いを完全に把握するための鍵となります。

3. y-xグラフとy-tグラフの相互関係

y-xグラフとy-tグラフは、それぞれ波の空間的側面と時間的側面を切り取ったものであり、いわば一枚のコインの表と裏のような関係にあります。これら二つのグラフは独立したものではなく、一方のグラフと波の進行方向が分かっていれば、もう一方のグラフを完全に描き出すことが可能です。この相互変換のプロセスを理解することは、波の動的なイメージを脳内で再構築し、波の本質をより深く掴む上で極めて重要です。

この章では、具体的な思考実験を通じて、二つのグラフの間を行き来する論理的な手順を学びます。

3.1. y-xグラフからy-tグラフへの変換

【設定】

時刻 t=0 における波形(y-xグラフ)が与えられており、この波が x軸の正の向き(右向き)に速さ v で進んでいるものとします。このとき、特定の位置 x = x₁ における媒質の振動の様子(y-tグラフ)を描くことを考えます。

思考プロセス

  1. スタート地点の確認 (t=0 の状態):まず、与えられたy-xグラフ(時刻 t=0)上で、x = x₁ の点の変位 y を読み取ります。これが、これから描くy-tグラフの t=0 の点、すなわち切片となります。
  2. 未来の予測(微小時間 Δt 後の状態):波は右に速さ v で進んでいます。ということは、ほんの少し時間が経った t = Δt の瞬間、位置 x₁ にいる媒質は、どのような変位になっているでしょうか。ここで鍵となる考え方は、**「位置 x₁ に、Δt 秒後にやってくる波形は、t=0 の時点では x₁ の少し手前(左側)にあった波形である」**ということです。どれくらい手前かというと、波は Δt 秒間に vΔt だけ進むので、t=0 の時点で x = x₁ – vΔt の位置にあった波形の部分が、t = Δt の瞬間に x = x₁ に到達します。
  3. y-tグラフへのプロット:したがって、t = Δt における位置 x₁ の変位は、元のy-xグラフの x = x₁ – vΔt における変位に等しくなります。この値を、y-tグラフ上の t = Δt の点にプロットします。
  4. プロセスの繰り返しとグラフの形状:この思考を繰り返していくと、y-tグラフは、y-xグラフの x < x₁ の部分(x₁ より左側の部分)の形が、時間 t の経過と共に次々と現れてくる形になることが分かります。y-xグラフを左から右へ見ていくと、その形がy-tグラフの時間軸の正の方向(未来)に向かって現れてくるのです。

直感的な理解:「左右反転」の関係

この変換プロセスをより直感的に捉える方法があります。

  • y-xグラフ: 横軸の右方向は、空間的な前方を意味します。
  • y-tグラフ: 横軸の右方向は、時間的な未来を意味します。

波が右向き(正の向き)に進む場合、位置 x₁ の未来の振動は、現在 x₁ よりも**左側(後方)**にある波形によって決まります。後方の波が時間差をおいてやってくるからです。

このため、x 軸の正の向きに進む波の y-t グラフは、y-x グラフの y 軸より右側の部分を、y 軸に関して左右反転させた形になります。(ただし、横軸のスケールは x から t に変わることに注意が必要です。x=λ が t=Tに対応します。)

逆に、波が**左向き(負の向き)に進む場合はどうでしょうか。位置 x₁ の未来の振動は、現在 x₁ よりも右側(前方)**にある波形によって決まります。したがって、この場合の y-t グラフは、y-x グラフをそのままスライドさせたような形になります。

3.2. y-tグラフからy-xグラフへの変換

今度は逆のプロセスを考えてみましょう。

【設定】

特定の位置 x=0(原点)における媒質の振動の様子(y-tグラフ)が与えられており、この波が x軸の正の向き(右向き)に速さ v で進んでいるものとします。このとき、特定の時刻 t = t₁ における波形(y-xグラフ)を描くことを考えます。

思考プロセス

  1. スタート地点の確認 (x=0 の状態):まず、与えられたy-tグラフ(位置 x=0)上で、t = t₁ の点の変位 y を読み取ります。これが、これから描くy-xグラフの x=0 の点となります。
  2. 空間の他の点の探索 (x > 0 の状態):時刻 t₁ において、原点より右側にある点 x の変位はどのようになっているでしょうか。ここでの鍵となる考え方は、**「位置 x に波が到達するには、原点 x=0 から出発して t’ = x/v の時間がかかる」**ということです。したがって、時刻 t₁ における位置 x の振動状態は、原点 x=0 における、それより t’ だけ過去の時刻 t = t₁ – t’ の振動状態と同じになります。
  3. y-xグラフへのプロット:よって、時刻 t₁ における位置 x の変位は、元のy-tグラフの t = t₁ – x/v における変位に等しくなります。この値を、y-xグラフ上の x の点にプロットします。
  4. プロセスの繰り返しとグラフの形状:この思考を x の値を様々に変えながら繰り返していくと、y-xグラフが形成されます。y-tグラフの t < t₁ の部分(t₁ より過去の部分)の形が、y-xグラフの x 軸の正の方向(空間的な前方)に展開されていく形になることが分かります。

直感的な理解:再び「左右反転」

ここでも、左右反転のイメージが役立ちます。

波が右向き(正の向き)に進む場合、時刻 t₁ における空間的に前方 (x > 0) の波の形は、原点の過去 (t < t₁) の振動によって決まります。

このため、やはり**t 軸の正の向きに進む波の y-x グラフは、y-t グラフの y 軸より右側の部分を、y 軸に関して左右反転させた形**になります。(同様に、横軸のスケールは t から x に変わります。)

3.3. 相互関係の核心

y-xグラフとy-tグラフの相互関係の核心は、**「波の伝播による時間遅れ(または時間進み)」**をいかにして考慮するか、という一点に尽きます。

  • y-x → y-t 変換:空間的なズレ Δx が、時間的なズレ Δt = Δx/v を生む。
  • y-t → y-x 変換:時間的なズレ Δt が、空間的なズレ Δx = vΔt として観測される。

この論理的なつながりを理解し、波の進行方向という情報を加味することで、これら二つの静的なグラフから、波が生き物のように動いていくダイナミックな姿を再構成することができるのです。入試問題では、この変換能力を直接的、あるいは間接的に問う問題が数多く出題されます。単に手順を暗記するのではなく、なぜそうなるのかという物理的な理由(波は有限の速さで進むため、時間と空間が結びついている)を常に意識しながら、繰り返し練習することが重要です。

4. 正弦波の式 y(x, t) の導出と解釈

これまで、私たちは波を y-xグラフ(空間のスナップショット)と y-tグラフ(時間の定点観測)という二つの異なる側面から分析してきました。しかし、これらはあくまで波の一断面を切り取ったものに過ぎません。物理学の真の力は、個別的・断片的な情報を統合し、現象全体を支配する普遍的な法則を一つの美しい数式で表現するところにあります。

この章の目標は、y-xグラフとy-tグラフの情報を完全に内包し、任意の位置 x任意の時刻 t における媒質の変位 y を、ただ一つの式で与える正弦波の一般式 y(x, t) を導出することです。この式は、波のすべての情報が凝縮された「設計図」であり、波動分野における数学的記述の頂点と言えます。

4.1. 導出へのロードマップ

この万能な式を導出するために、以下の論理的なステップを踏みます。

  1. 基準点の記述: まず、最もシンプルな点、すなわち原点 (x=0) の媒質の動きに注目し、その振動の様子を y-tグラフとして数式で表現します。
  2. 伝播による遅れの考慮: 次に、波が有限の速さ v で伝播することを考慮に入れます。任意の位置 x での振動は、原点の振動が時間的に「遅れて」到達したものである、という物理的な事実を数式に反映させます。
  3. 式の結合と完成: ステップ1で立てた原点の式に、ステップ2で考えた「時間の遅れ」を組み込むことで、y を x と t の両方の関数として表現する一般式 y(x, t) を完成させます。

4.2. 導出プロセス

それでは、具体的に式を導出していきましょう。

ここでは、波が x軸の正の向きに速さ v で進む、振幅 A、周期 T の正弦波を考えます。

ステップ1:原点 (x=0) の振動の数式化

まず、原点 x=0 にいる媒質粒子に注目します。この粒子は、波が通過する間、単振動をしています。その振動の様子をy-tグラフで描くと、正弦曲線(サインカーブ)になります。

この単振動を数式で表現すると、次のようになります。(ここでは、時刻 t=0 で変位 y=0 となり、y軸正の向きに動き出す最もシンプルなケースを考えます。)

\[ y(0, t) = A \sin\left(\frac{2\pi}{T}t\right) \]

ここで、A は振幅、T は周期です。2π/T は角振動数 ω に相当します。この式は、原点 x=0 における変位 yが、時間 t の関数としてどのように変化するかを完全に記述しています。

ステップ2:伝播による「時間の遅れ」の定量化

次に、原点以外の任意の位置 x (x>0) にいる媒質粒子について考えます。

波は速さ v でx軸正の向きに進んでいるので、原点で生じた振動が位置 x に到達するまでには、一定の時間がかかります。その時間は、距離を速さで割れば求められます。

時間遅れ t' = x / v

これは何を意味するでしょうか。それは、**「位置 x での振動は、原点 x=0 での振動よりも、常に t' 秒だけ遅れている」ということです。言い換えれば、「位置 x の時刻 t における状態は、原点が t' 秒前の時刻 t - t'にとっていた状態と全く同じ」**ということになります。

この「時間の対応関係」が、導出の核心部分です。

ステップ3:式の結合と y(x, t) の完成

ステップ2で得られた洞察を、ステップ1の数式に適用します。

位置 x、時刻 t における変位 y(x, t) は、原点 x=0 での時刻 t – t’ = t – x/v における変位 y(0, t – x/v) に等しい。

したがって、ステップ1の式 y(0, t) = A sin(2πt/T) の t の部分を、すべて (t – x/v) で置き換えてあげればよいのです。

\[ y(x, t) = y(0, t – x/v) = A \sin\left{\frac{2\pi}{T}\left(t – \frac{x}{v}\right)\right} \]

これで、変位 y を x と t の両方の関数として表す式が完成しました。これが、x軸正の向きに進む正弦波の一般式です。

4.3. 式の変形と様々な表現

導出された式は、物理的に最も意味が分かりやすい形ですが、よりコンパクトな形や、異なる物理量を用いた形に書き換えることができます。これらの変形に慣れておくことは、問題を解く上で非常に重要です。

基本式 v = fλ と、周期・振動数の関係 T = 1/f を用いて、式の中身を展開・整理してみましょう。

\[ y(x, t) = A \sin\left(\frac{2\pi t}{T} – \frac{2\pi x}{vT}\right) \]

ここで、vT は何でしょうか。v = fλ と T=1/f から、vT = (fλ)(1/f) = λ となります。つまり、波が1周期の時間 T に進む距離は、まさに1波長 λ なのです。

これを代入すると、

\[ y(x, t) = A \sin\left(2\pi \left(\frac{t}{T} – \frac{x}{\lambda}\right)\right) \]

この形は、式の物理的な意味を非常によく表しています。

  • t/T: 時間 t が周期 T の何倍か、という無次元量。
  • x/λ: 位置 x が波長 λ の何倍か、という無次元量。
  • (...) の中身全体が、波の位相を表しており、時間的な進行と空間的な位置の両方によって決まることが分かります。

さらに、角振動数 ω = 2π/T と波数 k = 2π/λ を用いると、式はさらにシンプルになります。

\[ y(x, t) = A \sin(\omega t – kx) \]

大学レベルの物理学では、この (ω, k) を用いた表現が標準的に使われます。どの表現も数学的には等価ですが、問題で与えられた物理量に応じて、最も使いやすい形を自分で選べるようにしておくことが理想です。

4.4. 式の解釈:凝縮された波の情報

このたった一つの式 y(x, t) の中に、波の性質を表す基本的な情報がすべて含まれています。

  • A (振幅)sin の前の係数が振幅です。
  • T (周期)t の係数から 2π/T を読み取ることで、周期が分かります。
  • λ (波長)x の係数から 2π/λ を読み取ることで、波長が分かります。
  • f (振動数): 周期 T から f = 1/T で計算できます。
  • v (速さ)v = fλ で計算できます。
  • 進行方向t の項と x の項の符号の関係から分かります(次章で詳述)。

この式を使いこなせれば、もはやy-xグラフやy-tグラフをいちいち描かなくても、波に関するあらゆる問いに答えることができます。例えば、「時刻 t=1.0 s, 位置 x=2.0 m での媒質の変位と速度は?」と問われれば、式に値を代入して y を計算し、式を t で微分して速度を計算すればよいのです。

正弦波の式 y(x, t) は、物理学における「モデル化」の強力さを示す好例です。複雑で動的な現象が、かくもエレガントな数式一つに集約されることの美しさと有用性を、ぜひ感じ取ってください。

5. 波の進行方向と式の符号の関係

正弦波の一般式 y(x, t) を手に入れたことで、私たちは波の振る舞いを定量的に記述する強力なツールを得ました。しかし、この式を真に使いこなすためには、式の中に含まれる「符号」が、波の進行方向という極めて重要な物理的性質とどのように結びついているのかを、深く理解する必要があります。

y(x, t) = A sin(ωt - kx) と y(x, t) = A sin(ωt + kx)。このマイナスとプラスの違いが、波の進む向きを決定づけるのです。この関係性を、直感と数式の両面から解き明かしていきましょう。

5.1. 位相に着目した数学的アプローチ

波の進行方向を最も厳密に、そして明確に理解する方法は、波の位相に着目することです。

位相とは何か(復習)

位相 Φ とは、sin や cos の括弧の中身全体のことでした。

Φ(x, t) = ωt – kx

この位相は、波のサイクル(山、谷、…)における特定の状態を指定する「ラベル」のようなものです。例えば、「Φ = π/2 の状態」は常に「波の山」に対応します(sin(π/2) = 1 なので)。

波の進行を追跡する

波が進むということは、この「波の山 (Φ = π/2)」という状態が、時間と共に空間を移動していくということです。つまり、私たちは**「位相 Φ が一定 (constant) の値を取りながら移動していく点の速度」**を求めれば、それが波の進行速度 v になるはずです。

それでは、y(x, t) = A sin(ωt – kx) の場合を考えてみましょう。

位相が一定であるという条件は、次のように書けます。

\[ \omega t – kx = \text{const.} \]

この式の両辺を、時間 t で微分してみます。ωkconst. は定数であることに注意してください。x は時間 t と共に変化する変数(位相が一定の点の位置)です。

\[ \frac{d}{dt}(\omega t – kx) = \frac{d}{dt}(\text{const.}) \]

\[ \omega – k \frac{dx}{dt} = 0 \]

ここで、dx/dt は、位置 x の時間変化率、すなわち速度を表します。これがまさに、私たちが求めたい波の進行速度 v です。

\[ v = \frac{dx}{dt} \]

したがって、

\[ \omega – kv = 0 \]

これを v について解くと、

\[ v = \frac{\omega}{k} \]

となります。ここで、角振動数 ω = 2πf と、波数 k = 2π/λ の定義を代入してみましょう。

\[ v = \frac{2\pi f}{2\pi / \lambda} = f\lambda \]

これは、私たちがよく知る波の基本式 v = fλ に他なりません。そして、その値は正です。

これは、位相 (ωt – kx) を持つ波が、x軸の正の向きに速さ v = ω/k で進むことを数学的に証明しています。

5.2. 符号が逆の場合

次に、y(x, t) = A sin(ωt + kx) の場合を考えます。

同様に、位相が一定という条件 ωt + kx = const. を時間 t で微分します。

\[ \frac{d}{dt}(\omega t + kx) = \frac{d}{dt}(\text{const.}) \]

\[ \omega + k \frac{dx}{dt} = 0 \]

\[ \omega + kv = 0 \]

これを v について解くと、

\[ v = -\frac{\omega}{k} \]

となります。これは、位相 (ωt + kx) を持つ波が、x軸の負の向きに速さ ω/k で進むことを示しています。

5.3. 結論:符号の関係性のルール

以上の数学的な証明から、波の式の符号と進行方向に関する、以下の明確なルールが導かれます。

式の形を y(x, t) = A \sin(a \cdot t \ \pm \ b \cdot x) のように一般化して考えます。(a, b は正の定数)

  • t の項と x の項の符号が「異なる」場合 (例: ωt – kx, -ωt + kx, t/T – x/λ):波は x軸の正の向き に進行します。
  • t の項と x の項の符号が「同じ」場合 (例: ωt + kx, -ωt – kx, t/T + x/λ):波は x軸の負の向き に進行します。

このルールは絶対的なものです。入試問題で波の式が与えられたら、まず真っ先にこの符号をチェックし、波の進行方向を確定させる癖をつけましょう。多くの場合、それが問題を解く上での最初の、そして最も重要なステップとなります。

5.4. 直感的な解釈

この符号のルールを、より直感的に理解することも可能です。

y(x, t) = A \sin(ωt – kx) という式について考えます。

時間を t から少しだけ t + Δt へと進めてみましょう。このとき、sin の中身(位相)は ωΔt だけ増加します。

もしこの波が静止しているなら、すべての x で変位が変わるはずです。

しかし、波は形を保ったまま進みます。つまり、時間を Δt だけ進めたときに、以前と同じ変位 y を持つ新しい位置 x + Δx が存在するはずです。

これは、位相の値が同じままであることを意味します。

ωt – kx = ω(t + Δt) – k(x + Δx)

ωt – kx = ωt + ωΔt – kx – kΔx

0 = ωΔt – kΔx

kΔx = ωΔt

\[ \frac{\Delta x}{\Delta t} = \frac{\omega}{k} \]

Δx/Δt は速度 v なので、v = ω/k となり、波が正の向きに進むことが分かります。

この式 kΔx = ωΔt は、「時間を進めたことによる位相の増加 (ωΔt) を、空間を前進することによる位相の減少 (kΔx) で打ち消すことで、全体の位相を一定に保ち、波形を維持しながら進んでいる」と解釈できます。

x の項の符号がマイナスであることが、この「打ち消し」を可能にし、結果として正の方向への進行を生み出しているのです。

逆に、ωt + kx の場合は、時間を進めて位相が増加した分を、空間を「後退」することによる位相の増加でさらに増やしてしまい、位相を一定に保つことができません。空間を「前進」することで初めて位相のバランスが取れるようになります。このため、負の向きへの進行となるのです。

この数学的な背景と直感的な解釈の両方を理解しておくことで、符号と進行方向の関係は、単なる暗記事項ではなく、波のダイナミクスを反映した必然的なルールとして、深くあなたの知識体系に刻み込まれるでしょう。

6. ホイヘンスの原理の概念

これまでの章では、y-xグラフ、y-tグラフ、そして万能の式 y(x, t) といったツールを用いて、波の振る舞いを「記述」する方法を学んできました。これらは、波が「何をするか」を非常にうまく捉えることができます。しかし、科学の探求はそこで終わりません。次に私たちが問うべきは、**「なぜ、波はそのように振る舞うのか?」**という、より根源的な問いです。

なぜ波は直進するのか? なぜ鏡に当たると反射するのか? なぜ水の中に入ると曲がるのか?

これらの問いに、驚くほどシンプルかつ統一的な描像を与えてくれるのが、17世紀のオランダの物理学者・数学者・天文学者であるクリスティアーン・ホイヘンス (Christiaan Huygens) によって提唱された、ホイヘンスの原理 (Huygens’ principle) です。

この原理は、波の伝播を、それまでの素朴なイメージから、無数の小さな波の集合体として捉え直すという、画期的な視点の転換をもたらしました。

6.1. ホイヘンスの原理の提唱内容

ホイヘンスの原理は、波が次にどこへ伝わっていくのか、すなわち次の瞬間の波面の形を予測するための、幾何学的な作図ルールと考えることができます。その内容は、以下の二つのステップからなります。

原理1:波面の各点は、新しい波の源となる

ある時刻における波面(波の位相が等しい点を連ねた面)上のすべての点は、それぞれが独立した新しい波の発生源(波源)と考えることができる。この新しい波源から出される波を、素元波 (elementary wave) または 二次波 (secondary wave) と呼ぶ。

これは、波面の1点1点が、まるでそこに小石を投げ込んだかのように、新たな波を生み出し始める、という考え方です。

原理2:次の瞬間の波面は、素元波の共通の接線(面)で決まる

これらの無数の素元波は、元の波が伝わるのと同じ速さ、同じ振動数で、あらゆる方向(特に前方)に広がっていく。そして、次の瞬間の新たな波面は、これらすべての素元波に共通して接する面、すなわち包絡面 (envelope) によって形成される。

つまり、無数に生まれた小さな波紋たちが、互いに重なり合い、その外側の縁が繋がることで、次の大きな波の「前線」が形作られる、という描像です。

6.2. 原理がもたらした視点の転換

ホイヘンスの原理以前は、波の伝播は、あたかも一つの物体が移動するかのように、全体として一つの塊が動いていくイメージで捉えられていました。しかし、ホイヘンスはこの見方を根本から覆しました。

彼の原理によれば、波の伝播とは、**「ある波面を構成する無数の点からの、一斉の再放射(素元波の発生)と、その重ね合わせの結果」**という、極めて分散的かつ協調的なプロセスであるとされます。

この考え方は、波が単なる「形」の移動ではなく、エネルギーが媒質の各点を通じてリレー形式で伝わっていくという、波の本質的な性質を見事に捉えています。波面上の1点がエネルギーを受け取ると、それをすぐさま次の波(素元波)として周囲に再放射し、そのエネルギーが隣の点に伝わる…この連鎖反応が、マクロな視点では波の伝播として観測されるのです。

6.3. アナロジーで理解するホイヘンスの原理

この少し抽象的な原理を、身近なアナロジーで考えてみましょう。

アナロジー:一列に並んだ兵士の前進

  1. 最初の波面: 横一列にずらりと並んだ兵士たちの隊列を考えます。この隊列が、ある時刻の「波面」です。
  2. 素元波の発生: 指揮官が「前へ進め!」と号令をかけます。この号令を受け、兵士一人ひとりが、その場から一歩前へ踏み出します。この兵士一人ひとりの「一歩」が「素元波」に相当します。彼らは皆、同じ歩幅(速さ)で、同じタイミング(振動数)で足を踏み出します。
  3. 包絡面の形成: 全員が一歩踏み出し終えたとき、新たな兵士の隊列が、元いた場所の一歩前に形成されます。この新しい隊列が「次の瞬間の波面(包絡面)」です。

このアナロジーから、ホイヘンスの原理が、平面波がなぜ形を崩さずに直進するのかを、ごく自然に説明できることがわかります。兵士たちが皆、足並みをそろえて同じ歩幅で進めば、隊列がまっすぐ維持されるのは当然のことです。

6.4. 原理の射程と限界

ホイヘンスの原理は、波の直進反射屈折といった基本的な現象を、幾何学的な作図によって統一的に、そして見事に説明することに成功しました。これは、光が粒子であると考えるニュートンの粒子説が主流であった時代において、光の波動説を支える強力な理論的支柱となりました。

しかし、オリジナルのホイヘンスの原理には、いくつかの理論的な困難も含まれていました。

  • 後進波の問題: 素元波が球状に広がると考えるなら、波は前方だけでなく後方にも進むはずです。しかし、実際には波は後戻りしません。なぜ前方だけに進むのか、ホイヘンスは明確な説明を与えられませんでした。(後に、フレネルやキルヒホッフが干渉の効果を考慮することで、後方の波は打ち消し合うことを数学的に示しました。)
  • 回折現象の不完全な説明: 波が障害物の背後に回り込む「回折」という現象も、ホイヘンスの原理から定性的には説明できますが、回り込んだ後の光の強度分布などを定量的に正確に予測するには、原理をさらに洗練させる必要がありました(フレネル-キルヒホッフの回折理論)。

高校物理の範囲では、これらの困難に深入りする必要はありません。「波面の各点が新しい波源となり、それらの包絡面が次の波面を作る」という基本概念をしっかりと押さえ、それを用いて直進、反射、屈折の法則を作図によって導出できるようになることが目標です。

ホイヘンスの原理は、物理法則が一つのシンプルな原理から、いかにして多様な現象を演繹的に説明できるかを示す、美しい一例です。この思考の枠組みそのものを学ぶことに、大きな価値があるのです。

7. 素元波と包絡面

ホイヘンスの原理の核心をなすのが、「素元波」と「包絡面」という二つの専門用語です。これらの概念の正確な意味と、両者の関係性を視覚的に理解することが、ホイヘンスの原理を自在に使いこなすための鍵となります。この章では、この二つのキーワードを詳しく掘り下げ、作図を通じた理解を深めていきます。

7.1. 素元波(Elementary Wave / Wavelet):波面から生まれる小さな波

素元波とは、ホイヘンスの原理において、ある時刻の波面の各点から新たに発生すると考えられる、小さな波のことです。二次波とも呼ばれます。

素元波の性質を整理すると、以下のようになります。

  • 発生源: 波面のすべての点が、素元波の発生源となります。理論上は、無数の点から無数の素元波が一斉に発生します。
  • 形状: 素元波は、発生源を中心として、球面状(2次元で考える場合は円状)に広がります。これは、媒質が一様で等方的(どの方向にも同じ性質を持つ)であると仮定しているためです。
  • 速さと振動数: 素元波が広がる速さは、元の波がその媒質中を伝わる速さ v と同じです。また、振動数 fも元の波と同じです。素元波は、元の波の性質を完全に受け継いだ「ミニチュアコピー」のようなものです。

作図の上では、波面上のいくつかの代表点(例えば、波面の両端や中央など)を選び、それらの点を中心として、小さな円を描くことで素元波を表現します。

このとき、素元波の半径が重要になります。微小時間 Δt の間に素元波が進む距離は vΔt なので、作図する円の半径は r = vΔt となります。

7.2. 包絡面(Envelope):素元波が織りなす次の波面

包絡面とは、ある時刻に発生した無数の素元波に対して、共通に接する面のことです。ホイヘンスの原理によれば、この包絡面が、次の瞬間の新しい波面そのものとなります。

「共通に接する」という部分がポイントです。数学的には、ある曲線群(この場合は無数の円)のすべてに接する曲線を「包絡線」と呼びます。包絡面は、その3次元版です。

作図による理解:平面波の伝播

最もシンプルな例として、平面波が直進する様子をホイヘンスの原理で作図してみましょう。

  1. 時刻 t の波面: まず、時刻 t における平面波の波面 W を一本の直線で描きます。
  2. 素元波の作図: 波面 W 上に、いくつかの代表点 P₁, P₂, P₃, ... をとります。これらの各点を中心として、同じ半径 r = vΔt の円(素元波)を多数描きます。
  3. 包絡面の作図: これらの無数の円群の外側に、共通の接線を引きます。すると、元の波面 W に平行で、距離 r だけ前方に進んだ位置に、新しい一本の直線 W' が描けるはずです。
  4. 結論: この直線 W' が、時刻 t + Δt における新しい波面となります。これにより、平面波がその形を保ったまま、波面に垂直な方向に直進していく様子が、見事に再現されます。

作図による理解:球面波の伝播

次に、点波源 S から出る球面波(2次元では円形波)が広がる様子を見てみましょう。

  1. 時刻 t の波面: 時刻 t における球面波の波面 W を、S を中心とする円で描きます。
  2. 素元波の作図: 波面 W(円周)上の各点を中心として、同じ半径 r = vΔt の小さな円(素元波)を多数描きます。
  3. 包絡面の作図: これらの素元波群の外側に共通の接線を引くと、元の円 W よりも半径が r だけ大きい、同心の円 W' が描けます。
  4. 結論: この円 W' が、時刻 t + Δt における新しい波面です。これにより、球面波が中心から放射状に広がっていく様子が説明されます。

7.3. 前進波の謎とフレネルの補足

作図をしていると、一つの疑問が浮かびます。素元波の包絡面は、前方だけでなく後方にも描けるのではないか? もしそうなら、波は後退もするはずです。

ホイヘンス自身は、この「後進波」の問題に明確な解答を与えませんでした。彼は、波は前方のみに進むものと、半ば直感的に仮定しました。

この問題に理論的な説明を与えたのが、19世紀のフランスの物理学者オーギュスタン・ジャン・フレネル (Augustin-Jean Fresnel) です。フレネルは、ホイヘンスの原理に**「干渉」**の考え方を組み合わせました。

彼の洞察は、以下のようなものです。

  • 素元波は、それぞれが位相を持つ波である。
  • 前方にある包絡面上では、無数の素元波が同位相で重なり合うため、強くめあい、はっきりとした波面を形成する。
  • しかし、後方では、様々な経路をたどってきた素元波の位相がバラバラになり、互いに打ち消し合う(干渉する)ため、結果として波は形成されない。
  • さらに、素元波の強度は、放射される方向によって異なり、前方で最も強く、後方(180°方向)ではゼロになる。(これを指向性因子または傾斜因子と呼びます。)

このフレネルの補足(ホイヘンス-フレネルの原理)によって、ホイヘンスの原理はより完全なものとなりました。高校物理では、この詳細な干渉計算に立ち入る必要はなく、**「素元波は前方のみを考えればよい」**というルールを前提として作図を進めて問題ありません。

素元波と包絡面という二つの概念は、単なる作図上の道具ではありません。それらは、波の伝播が「各点の再放射とその重ね合わせである」という、波動現象の根源的なメカニズムを可視化するための、強力な思考の枠組みなのです。次章では、この枠組みを使って、反射や屈折といった、より複雑な現象に挑んでいきます。

8. ホイヘンスの原理による直進と反射の説明

ホイヘンスの原理の真価は、それが当たり前のように見える「直進」から、より複雑な「反射」や「屈折」といった現象までを、すべて同じ一つの考え方で統一的に説明できる点にあります。この章では、前章で学んだ素元波と包絡面の作図法を用いて、波の直進と反射の法則が、いかにして必然的な結果として導かれるのかを、幾何学的に証明していきます。

8.1. 波の直進性の証明(再訪)

まず、すべての基本となる「直進」について、ホイヘンスの原理がどのように説明するかを改めて確認します。これは、後の反射・屈折の証明の基礎となる重要なステップです。

【状況設定】

一様な媒質中を、平面波が伝播している。時刻 t における波面を AB とする。

【作図と証明】

  1. 素元波の作図:波面 AB 上の各点(例えば A, P, B)は、新しい波源となります。これらの点から、時間 Δt 後に形成される素元波を描きます。媒質は一様なので、波の速さ v はどこでも同じです。したがって、すべての素元波は、同じ半径 r = vΔt を持つ円(または球面)となります。
  2. 包絡面の作田:これらの無数の素元波の、前方での共通接線(包絡面)を描きます。すると、元の波面 AB に平行で、距離 r だけ離れた新しい波面 A’B’ が形成されます。
  3. 結論:この作図から、Δt 時間後の新しい波面 A’B’ は、元の波面 AB と平行な平面を保ったまま、波面に垂直な方向に vΔt だけ進んだものであることがわかります。これが、波の直進性です。ホイヘンスの原理は、波の直進を「自明の理」としてではなく、「無数の素元波の重ね合わせの結果」として、そのメカニズムから説明しているのです。

8.2. 反射の法則の証明

次に、ホイヘンスの原理を用いて、光などでよく知られている**「反射の法則」、すなわち「入射角と反射角は等しい (i = r)」**を証明します。

【状況設定】

速さ v で進む平面波が、反射面 MN に入射角 i で入射する。時刻 t=0 において、波面の一端 A が反射面に到達したとする。このときの波面を AB とする。

  • 入射角 i の定義: 入射する波の進行方向(波線)と、反射面における法線(面に垂直な線)とのなす角。これは、波面 AB と反射面 MN のなす角に等しくなります。

【作図と証明】

  1. 波の伝播と素元波の発生:波面 AB のうち、点 A は t=0 で反射面に到達し、ここから反射波の素元波を出し始めます。一方、波面のもう一端の点 B は、まだ空中を進んでいます。点 B が反射面上の点 C に到達するまでには、どれくらいの時間がかかるでしょうか。図から、BC 間の距離は AC sin(i) ではなく、AC を斜辺とする直角三角形 ABC から BC = AC sin i と書きたくなりますが、これは誤りです。∠BAC は i ではありません。正しくは、直角三角形 ABC において ∠BAC は 90°-i となり、BC = AC tan iでもありません。図形を正しく見ましょう。△ABC は直角三角形ではありません。波面 AB と波線は直交するので、BB’ のような波線を引くと ∠B’BC = i となります。△BB’C で B’C の長さが BC sin iです。波面 AB と反射面 MN のなす角が i なので、∠ABC ではなく、波面 AB を延長した線と MN のなす角が i です。より正確に定義しましょう。入射波の波面 AB と反射面 MN のなす角を θ_i とします。入射角 i と θ_i の関係は、i + θ_i = 90° です。さて、点 B が反射面上の点 C に到達するまでにかかる時間を t₁ とします。B から C への最短距離は BC です。この距離を波の速さ v で進むので、BC = v t₁ となります。図の直角三角形 ABC において、sin i = BC / AC が成り立ちます。したがって、BC = AC sin i。よって、t₁ = BC / v = (AC sin i) / v。
  2. 点Aからの素元波:点 B が C に到達するまでの時間 t₁ の間に、点 A から発生した素元波は、半径 r_A = v t₁ の半球状に広がります。r_A = v t₁ = v * (AC sin i / v) = AC sin i。あれ、BC = AC sin i と r_A = AC sin i が同じになってしまいました。これは作図がおかしい。【やり直し】状況設定を正確に。波面 AB がある。A は反射面に t=0 で到達。B はまだ。B が反射面上の C 点に到達するまでの時間を t とする。この間に B が進む距離は BC = v t。この同じ時間 t の間に、A 点から出た素元波は、半径 r = v t の半球状に広がっている。さて、波面 AB と反射面 MN の関係を考えます。入射波の波線と法線のなす角が i です。これは、波面 AB と反射面 MN のなす角 ∠BAC ではない。∠BAMのような角です。A から下ろした垂線と B からの波線を結ぶと直角三角形ができます。A を通り反射面に垂直な線を引く(法線)。A を通る波線(入射線)と法線のなす角が i。波線と波面は直交するので、入射線と AB は直角。したがって、法線と AB のなす角は 90-i。反射面 MN と法線は直角なので、MN と AB のなす角は i となります。つまり、∠B’AM = i (B’ はBの真上の点)直角三角形 ABC(∠B = 90°)を考えると、sin i = BC / AC となる。よって、B が C に到達するまでの距離は BC = AC sin i。かかる時間は t = BC/v = (AC sin i)/v。この時間 t の間に、A から出た素元波は半径 r = vt = AC sin i の円を描く。【さらにやり直し】もっとシンプルに考えよう。波面 AB が t=0 で、A が反射面に接している。Δt 時間後を考える。B は B’ まで vΔt 進む。A からは半径 vΔt の素元波(円)が出ている。新しい波面(反射波の波面)は、点 B’ を通り、かつ、点 A から出た素元波に接する直線となる。この接線を B’D とし、接点を D とする。すると、AD は素元波の半径なので AD = vΔt。また、AD と B’D は直角。ここで二つの直角三角形 △ABB' と △ADB' に注目する。
    • AB' は共通の辺。
    • BB' = vΔt (Bが進んだ距離)
    • AD = vΔt (Aからの素元波の半径)
    • ∠ABB' = 90° (波面と波線は直角)
    • ∠ADB' = 90° (半径と接線は直角)
    しかし、これでは三角形の合同が言えない。【教科書的な標準的証明法】
    1. 時間設定t=0 で波面の一端 A が反射面に到達。この波面を AB とする。B が反射面上の点 C に到達する時刻を t とする。このとき、B が進んだ距離は BC = vt
    2. 素元波の半径: この時間 t の間に、A から出た素元波は、半径 r = vt の半円を描いている。
    3. 反射波面の作図: 時刻 t における反射波の波面は、点 C を通り、A 点から出た素元波に接する直線となる。この接線を CD とし、接点を D とする。AD は半径なので AD = vt
    4. 三角形の比較: ここで、二つの直角三角形 △ABC∠B=90°)と △CDA∠D=90°)を比較する。
      • 斜辺 AC は共通。
      • BC = vt (入射波が進んだ距離)
      • AD = vt (反射波の素元波の半径)
      • よって、BC = AD
    5. 合同の証明: 「直角三角形の斜辺と他の一辺がそれぞれ等しい」ので、△ABC ≡ △CDA である。
    6. 角度の等価性: 合同な図形の対応する角は等しいので、∠BAC = ∠DCA
    7. 物理的な意味:
      • ∠BAC は、入射波の波面 AB と反射面 AC のなす角であり、これは入射角 i に等しい。
      • ∠DCA は、反射波の波面 CD と反射面 AC のなす角であり、これは反射角 r に等しい。
    8. 結論∠BAC = ∠DCA であるから、i = r。反射の法則が証明された。

この証明の美しさは、時間 t を媒介として、入射波の進む距離 vt と、反射波の素元波が広がる距離 vt が等しくなる点に気づき、それを利用して二つの三角形の合同を導く点にあります。この幾何学的な論理展開を、自分で作図しながら再現できるようになることが重要です。

9. ホイヘンスの原理による屈折の説明

ホイヘンスの原理の最も輝かしい成功の一つが、波が異なる媒質に進むときに見られる屈折 (refraction) 現象と、その法則を説明したことです。屈折とは、波が二つの媒質の境界面を斜めに通過するとき、その進行方向が変わる現象を指します。なぜ波は曲がるのか? その曲がり方にはどのような法則があるのか? ホイヘンスの原理は、これらの問いに明快な答えを与えます。

9.1. 屈折の法則(スネルの法則)

本題に入る前に、証明すべき目標である屈折の法則(または発見者の名にちなんでスネルの法則)を確認しておきましょう。

媒質1(波の速さ v₁)から媒質2(波の速さ v₂)へ波が入射する状況を考えます。

  • 入射角 i: 媒質1における波線と、境界面の法線とのなす角。
  • 屈折角 r: 媒質2における波線と、境界面の法線とのなす角。

このとき、入射角 i と屈折角 r の正弦(sin)の比は、それぞれの媒質における波の速さの比に等しくなる、という関係が成り立ちます。

\[ \frac{\sin i}{\sin r} = \frac{v_1}{v_2} \]

また、媒質の性質を表す屈折率 (refractive index) n を用いて、この法則は n₁ sin i = n₂ sin r とも表されます。屈折率 n は、真空中の光速 c と媒質中の波の速さ v の比 n = c/v で定義されるため、v₁ = c/n₁v₂ = c/n₂ となり、v₁/v₂ = n₂/n₁ が成り立ちます。

これから行うのは、ホイヘンスの原理を用いて、この sin i / sin r = v₁ / v₂ という関係式を幾何学的に導出することです。

9.2. 屈折の法則の証明

【状況設定】

媒質1(速さ v₁)を進んできた平面波が、媒質2(速さ v₂)との境界面 MN に入射角 i で入射する。時刻 t=0 において、波面の一端 A が境界面に到達したとする。このときの波面を AB とする。

【作図と証明】

  1. 時間設定: 反射の証明と同様に、波面 AB のもう一端 B が境界面上の点 C に到達する時刻を t とする。点 B は媒質1の中を進むので、この間に進む距離は BC = v₁t となる。
  2. 素元波の半径(最重要ポイント):この同じ時間 t の間に、点 A から発生した素元波は、媒質2の中を広がっていきます。媒質2における波の速さは v₂ なので、この素元波の半径は r = v₂t となります。屈折の証明の核心は、この「二つの媒質で波の速さが違う」という事実を、素元波の半径の違いに反映させる点にあります。
  3. 屈折波面の作図:時刻 t における屈折波の波面は、点 C を通り、A 点から出た半径 r = v₂t の素元波に接する直線となります。この接線を CD とし、接点を D とする。
  4. 二つの直角三角形に着目:ここでも、二つの直角三角形 △ABC(∠B=90°)と △CDA(∠D=90°)を考えます。この二つは、速さが違うため BC ≠ AD となり、合同ではありません。
  5. 三角比の計算:それぞれの三角形で、三角比 sin を計算してみましょう。
    • 直角三角形 △ABC において:入射角 i は、入射波面 AB と境界面 AC のなす角 ∠BAC に等しい。よって、sin i = (対辺) / (斜辺) = BC / AC。BC = v₁t なので、sin i = v₁t / AC。この式を t について解くと、 t = (AC sin i) / v₁ … (式①)
    • 直角三角形 △CDA において:屈折角 r は、屈折波面 CD と境界面 AC のなす角 ∠ACD に等しい。(∠DCAと書くべきか)よって、sin r = (対辺) / (斜辺) = AD / AC。AD = v₂t なので、sin r = v₂t / AC。この式を t について解くと、 t = (AC sin r) / v₂ … (式②)
  6. 式の結合と結論:式①と式②は、どちらも「B が C に到達するまでにかかった時間 t」を表しているので、両者は等しくなります。\[ \frac{AC \sin i}{v_1} = \frac{AC \sin r}{v_2} \]両辺にある共通の項 AC を消去し、式を整理すると、\[ \frac{\sin i}{v_1} = \frac{\sin r}{v_2} \]これを変形すれば、最終的に屈折の法則(スネルの法則)の式が得られます。\[ \frac{\sin i}{\sin r} = \frac{v_1}{v_2} \]

この証明は、反射の証明よりも一段階複雑ですが、論理の骨格は同じです。すなわち、「A 点から素元波が出る時間」と「B 点が境界面に到達する時間」が等しいという時間的な同期性を利用し、空間的な幾何学(三角形)に結びつけることで、物理法則を導き出しています。

ホイヘンスの原理が、媒質による速さの違いというたった一つの物理的な変更点から、波が曲がるという現象とその法則性を見事に説明しきったことは、物理学における原理的思考の強力さを示す輝かしい一例なのです。

10. 波面と波線の概念

これまでホイヘンスの原理を学ぶ中で、「波面」という言葉を頻繁に使ってきました。また、反射や屈折の法則を考える際には、「波線」や「法線」といった言葉も登場しました。波動現象、特にその幾何学的な伝播を議論する上で、この波面 (wavefront) と波線 (ray) という二つの概念を明確に区別し、その関係性を理解しておくことは非常に重要です。これらは、波の伝播を可視化し、分析するための基本的な「道具」となります。

10.1. 波面 (Wavefront):波の位相が揃った前線

波面とは、その定義を厳密に述べると、**波が伝わる空間において、ある瞬間に位相が等しい点を連ねてできる面(2次元の場合は線)**のことです。

この定義を、より分かりやすい言葉で言い換えてみましょう。

  • 「山の面」または「谷の面」: 正弦波を例にとると、波の「山」の頂点だけを繋ぎ合わせた面は、すべて位相が π/2(または 5π/2, …)で揃っているので、一つの波面です。同様に、「谷」の底だけを繋いだ面もまた、別の波面となります。
  • 波の「前線」: 波面は、波のエネルギーが到達した最前線と考えることもできます。池に石を投げたときに広がる円形の波紋の、そのくっきりとした輪郭が波面にあたります。
  • 同心円または平行線: ホイヘンスの原理の作図で見てきたように、点波源から出る波の波面は球面(2次元では円形)となり、遠方からやってくる波の波面は平面として近似できます。

ホイヘンスの原理は、この「波面」が時間と共にどのように移動し、変形していくのかを追跡するためのルールでした。波の干渉や回折といった波動光学的な現象を考える際には、この波面の考え方が中心となります。

10.2. 波線 (Ray):エネルギーの流れを示す矢印

波線とは、波のエネルギーが伝播する経路、すなわち波の進行方向を示す線のことです。一般的には、矢印で描かれます。

波線は、以下のような重要な性質を持っています。

  • 波面に垂直: 最も重要な性質は、波線は常に波面に対して垂直(直交)に交わるということです。これは、波のエネルギーが、波面を押し出すようにして前方に運ばれることを意味しています。平面波の波線は互いに平行な直線群となり、球面波の波線は波源から放射状に広がる直線群となります。
  • エネルギーの流れ: 波線は、媒質中をエネルギーがどのようなルートで伝わっていくかを示しています。
  • 幾何光学の「光線」: 高校物理の「レンズと鏡」の分野や、中学理科で学ぶ光の進み方では、光を「光線」というまっすぐ進む矢印で表現しました。これは、まさにこの「波線」の考え方を応用したものです。光の波長が、扱う物体のサイズに比べて非常に小さい場合、光の波動的な性質(回折など)は無視でき、あたかも粒子が直進するように振る舞います。この近似的な扱いを幾何光学と呼び、その主役が波線(光線)なのです。

10.3. 波面と波線の関係性と使い分け

波面と波線は、コインの裏表のように、一つの波の伝播という現象を異なる側面から表現したものです。

概念表現するもの形状の例主な用途物理分野
波面位相が等しい点の集合(面)平面、球面伝播のメカニズム説明(ホイヘンスの原理)、干渉・回折の分析波動光学
波線エネルギーの伝播経路(線)平行線、放射線反射・屈折の法則の図示、レンズや鏡による結像の作図幾何光学

両者の関係は、**「波線は波面の法線ベクトル群である」**と数学的に表現できます。つまり、波面の各点において、その面に垂直なベクトルを立てると、それが波線の向きになります。

どちらを使うべきか?

現象によって、どちらの道具を使うと便利かが変わってきます。

  • 反射・屈折の法則の「適用」:sin i / sin r = v₁ / v₂ のような法則を使う場面では、入射角 i や屈折角 r を定義する必要があるため、法線と進行方向(波線)を描く方が直感的で分かりやすいです。
  • 反射・屈折の法則の「証明」:なぜその法則が成り立つのか、という原理に立ち返って証明する場面では、見てきたようにホイヘンスの原理、すなわち波面の作図が不可欠となります。
  • 干渉・回折:波が障害物の後ろに回り込んだり、複数の波が重なり合ったりする現象では、波の位相が決定的に重要になります。したがって、これらの現象を分析するには、位相の揃った面である「波面」の考え方が必須となります。波線(光線)だけでは、これらの現象を説明することはできません。

このように、波面と波線は、扱う現象の性質やスケールに応じて使い分ける、二つの強力な視覚的ツールなのです。波動光学の土台となる「波面」と、幾何光学の土台となる「波線」。この二つが常に直交するという関係性を理解しておくことは、波動分野全体を俯瞰し、異なるトピック間の繋がりを見出す上で、大きな助けとなるでしょう。

Module 2:波の表現と伝播 の総括:現象のモデル化と原理的説明

本モジュール「波の表現と伝播」を通じて、私たちは物理学という学問が持つ二つの強力な側面を体験しました。それは、複雑な自然現象を数学的な言葉で抽象化・定量化する**「モデル化」の側面と、そのモデルが従う多様な振る舞いを、より根源的な一つの考え方から統一的に説明する「原理的説明」**の側面です。

モジュールの前半では、波という時々刻々と姿を変える捉えどころのない現象に、いかにして客観的な「形」を与えるか、というモデル化のプロセスを追いました。私たちは、波を「空間のスナップショット」として捉える y-x グラフと、「時間の定点観測」として捉える y-t グラフという二つの視点を学びました。そして、これらが単なる別々の描写ではなく、波の進行方向という情報を通じて互いに変換可能な、補完的関係にあることを見抜きました。この二つの視点の統合の先に、私たちは究極のモデルである正弦波の一般式 y(x, t) に到達しました。このエレガントな数式は、波の振幅、周期、波長、そして進行方向といった全ての情報を一つのパッケージに凝縮した、波動現象の完全な「設計図」に他なりません。

モジュールの後半では、視点を一転させました。構築したモデルが示す振る舞い、すなわち波の直進、反射、屈折といった現象は、「なぜ」起こるのか。この根源的な問いに対し、私たちはホイヘンスの原理という、たった一つのシンプルで美しい原理に行き着きました。「波面の各点が新たな波源(素元波)となり、その集合体(包絡面)が次の波面を形成する」というこの原理は、あたかも魔法のように、直進、反射の法則、そして屈折の法則(スネルの法則)を、必然的な幾何学的帰結として次々と導き出して見せたのです。

このモジュールで得た学びは、単なるグラフの読み方や公式の導出に留まるものではありません。それは、物理学者が自然と対峙するときに用いる、思考のOSそのものに触れる経験です。現象を異なる角度から観察し(y-x, y-t)、それらを統合して普遍的な数式(y(x,t))を構築し、さらにその式の背後にある、より深くシンプルな法則(ホイヘンスの原理)を探求する。この「モデル化」と「原理的説明」の往復運動こそが、科学的探求の原動力であり、物理学の面白さの神髄なのです。ここで手に入れた思考の道具と視点は、これから学ぶより複雑な干渉や回折といった現象を解き明かす上で、そして物理学という学問全体を旅する上で、あなたの強力な武器となるでしょう。

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