- 本記事は生成AIを用いて作成しています。内容の正確性には配慮していますが、保証はいたしかねますので、複数の情報源をご確認のうえ、ご判断ください。
【基礎 物理(波動)】Module 3:波の反射、屈折、回折
本モジュールの目的と構成
Module 2において、私たちは波の振る舞いを記述する言語(グラフと数式)と、その伝播を説明する根源的な原理(ホイヘンスの原理)を手にしました。それは、いわば波という俳優の「プロフィール」と「基本的な歩き方」を理解した状態です。本モジュールでは、その俳優が「舞台の端」や「他の俳優」といった外的要因と出会ったときに、どのようなドラマを繰り広げるのかを探求します。すなわち、波が媒質の境界や障害物と相互作用する際に示す、3つの基本的な振る舞い、**「反射」「屈折」「回折」**を深く、体系的に掘り下げていきます。
これらの現象は、単なる物理学の教科書の中のトピックではありません。鏡がなぜ姿を映すのか、水中の足がなぜ短く見えるのか、壁の向こうの声がなぜ聞こえるのか。私たちの日常世界は、これら波の基本的な振る舞いによって豊かに彩られています。このモジュールでは、理論的な法則の学習と、それが現実にどのような現象として立ち現れるのかを結びつけることに主眼を置きます。
この探求の旅は、以下の論理的な道筋をたどります。
- 境界の性質と反射(固定端・自由端反射): まず、波が境界で跳ね返る「反射」において、その境界が「固定されている」か「自由であるか」という性質の違いが、返ってくる波の位相に決定的な変化をもたらすことを見ます。
- 反射の普遍的法則: 次に、Module 2で導入した「反射の法則」を再確認し、その幾何学的な意味を確固たるものにします。
- 屈折の普遍的法則: 同様に、波が異なる媒質へと進む「屈折」の基本法則である「スネルの法則」を再訪し、その理解を深めます。
- 屈折を支配する物理量(屈折率): 屈折現象を定量的に支配する最も重要な物理量、「屈折率」を定義し、その物理的な意味、すなわち「波の進みにくさ」の本質に迫ります。
- 屈折率の基準(絶対屈折率と相対屈折率): 屈折率を用いる際の「基準」の取り方について学び、絶対屈折率と相対屈折率の関係を整理します。
- 屈折に伴う変化: 屈折の際に、波の速さと共に「波長」がどのように変化するのか、そして何が「不変」であるのかを、波の基本式に立ち返って解き明かします。
- 屈折の限界(全反射と臨界角): ある条件下では波が屈折できなくなり、すべてが反射される「全反射」という現象を発見し、その条件と臨界角を数式で導きます。
- 全反射の応用(光ファイバー): 全反射が現代の高速情報化社会を支える「光ファイバー」の基本原理となっていることを学びます。
- 波に特有の振る舞い(回折): 波が障害物の背後に回り込む「回折」という、粒子には見られない波特有の現象を学び、その現象が顕著になる条件を探ります。
- 日常に潜む物理法則: 最後に、これら3つの現象が、私たちの身の回りのどこに、どのように現れているのかを具体例と共に概観し、物理法則が現実世界と密接に結びついていることを実感します。
このモジュールを終えるとき、あなたは波が示す基本的な振る舞いのパターンを完全にマスターし、日常や科学技術の中で観測される様々な現象の背後にある、シンプルで美しい物理法則を読み解く鋭い「眼」を養っていることでしょう。
1. 自由端反射と固定端反射における位相変化
波が媒質の端や、異なる種類の媒質との境界に到達したとき、その一部または全部が跳ね返される現象、それが反射 (reflection) です。しかし、この反射という現象は、常に同じように起こるわけではありません。返ってくる波(反射波)の形や振動の向きは、波が跳ね返る「境界」がどのような性質を持つかによって劇的に変化します。
この境界の性質の違いによって区別される二つの基本的な反射のタイプが、固定端反射 (fixed-end reflection) と自由端反射 (free-end reflection) です。両者の最も重要な違いは、反射の際に波の位相がどうなるか、という点にあります。この位相変化の有無を理解することは、後の定常波や干渉といった現象を正しく理解するための絶対的な前提条件となります。
1.1. 固定端反射:位相がπずれる(反転する)反射
固定端反射とは、波が伝わる媒質の端が、外部に完全に固定されていて動くことができない境界で起こる反射のことです。
具体的なイメージと現象
最も分かりやすいモデルは、長いロープの一端を、びくともしない壁に固く結びつけた状況です。このロープに、山形のパルス波(単一の波)を入射させてみましょう。
- 入射: 山形の波が、固定された端(固定端)に向かって進んでいきます。
- 到達と相互作用: 山が固定端に到達すると、ロープは壁を上に引っ張り上げようとします。
- 反作用: ところが、壁は固定されているため、動くことができません。それどころか、ニュートンの第三法則(作用・反作用の法則)に従い、ロープから上向きの力を受けた壁は、瞬時に同じ大きさで逆向き(下向き)の力をロープに及ぼします。
- 反射波の生成: この壁からの「下向きの力」が、あたかも新しい波源のように機能し、下向きの波、すなわち谷形のパルス波を生成します。
- 反射: 結果として、入射した「山」は、上下が反転した「谷」として跳ね返っていきます。もし最初に入射させたのが谷であれば、それは山として返ってきます。
このように、固定端反射では、反射波の変位の向きが、入射波の変位の向きと常に正反対になります。これを**「波形が反転する」**と表現します。
位相変化の観点から
波形が上下反転するということは、位相の観点から見るとどういうことでしょうか。
波の「山」と「谷」は、その位相が π [rad] (180°) だけ異なっています。山が入射して谷が返ってくるということは、反射の瞬間に、波の位相が π だけ急激に変化した(ずれた)ことを意味します。
固定端反射では、位相がπずれる(変化する)。
これは、反射を考える上で最も重要なルールの一つです。
1.2. 自由端反射:位相がずれない(反転しない)反射
自由端反射とは、波が伝わる媒質の端が、波の振動方向に対して全く抵抗なく、自由に動くことができる境界で起こる反射のことです。
具体的なイメージと現象
これを実現するモデルとして、ロープの端に非常に軽くて摩擦のないリングを取り付け、そのリングを滑らかな垂直の棒に通した状況を考えます。この端(自由端)は、上下方向には自由に動けますが、ロープを伝って波がやってくる方向(水平方向)には動かないとします。
- 入射: 山形のパルス波が、自由端に向かって進んでいきます。
- 到達と運動: 山が自由端に到達すると、リングは何の束縛も受けていないため、波の動きに素直に追従して、大きく上に持ち上げられます。このとき、端点の振幅は入射波の2倍に達します。
- 復元と反射波の生成: 最大の高さまで持ち上げられたリングは、ロープの張力によって今度は下向きに引き戻されます。この「下向きの動き」が波源となり、ロープに新たな波を送り出します。持ち上げられた状態から元の位置に戻る動きは、山形の波を生成する動きと同じです。
- 反射: 結果として、入射した「山」は、上下が反転することなく、そのまま「山」として跳ね返っていきます。同様に、谷は谷として返ってきます。
このように、自由端反射では、反射波の変位の向きが、入射波の変位の向きと同じになります。これを**「波形が反転しない」**と表現します。
位相変化の観点から
波形が反転しないということは、反射の前後で位相に変化がないことを意味します。山は山のまま、谷は谷のままなので、位相はずれません。
自由端反射では、位相はずれない(変化しない、ずれは0)。
1.3. 位相変化のまとめと比較
固定端反射と自由端反射の違いは、境界点での力学的な相互作用の違いに起因し、それがマクロな現象としては位相変化の有無となって現れます。
項目 | 固定端反射 (Fixed End) | 自由端反射 (Free End) |
境界の条件 | 端が固定され、動けない | 端が自由に動ける |
力学的作用 | 境界からの**反作用(逆向きの力)**が存在 | 境界からの反作用は存在しない |
波形の変化 | 上下反転する(山⇔谷) | 反転しない(山⇔山) |
位相の変化 | π ずれる (180°) | ずれない (0°) |
1.4. 一般的な境界における反射
では、ロープの例だけでなく、音や光といった一般的な波が、異なる媒質の境界で反射する場合はどう考えればよいのでしょうか。
この場合、「固定端」や「自由端」という概念は、二つの媒質の**「波の伝わりにくさ」**の度合いで判断されます。波の伝わりにくさは、特性インピーダンスという物理量で表されますが、高校物理ではより直感的に以下のように理解すれば十分です。
- 屈折率が小さい媒質 → 大きい媒質 への入射 (例: 空気中の光がガラスに入射)これは、波にとって「進みにくい」境界にぶつかることに相当します。波は境界を動かしにくいため、これは固定端反射に近い状況とみなせます。したがって、反射光の位相はπずれます。
- 屈折率が大きい媒質 → 小さい媒質 への入射 (例: ガラス中の光が空気に出ていく)これは、波にとって「進みやすい」境界にぶつかることに相当します。波は境界を容易に動かすことができるため、これは自由端反射に近い状況とみなせます。したがって、反射光の位相はずれません。
このルールは、後に学ぶ薄膜による光の干渉において、干渉条件(強めあうか、弱めあうか)を決定する上で決定的に重要になります。例えば、シャボン玉の膜の表面で反射する光と、裏面で反射する光では、片方だけが位相がπずれる(固定端反射に相当)ため、光路差だけでは説明できない干渉が起こるのです。
この一見些細に見える「位相がずれるか、ずれないか」という違いが、波動現象の多様で豊かな振る舞いの根底にあることを、しっかりと心に留めておいてください。
2. 反射の法則
波が鏡や壁のような境界に当たって跳ね返る「反射」は、私たちの日常で最も頻繁に目にする波動現象の一つです。そして、この反射という現象は、混沌と起こっているわけではなく、極めてシンプルで普遍的な幾何学的ルールに従っています。それが反射の法則 (Law of Reflection) です。この法則は、Module 2でホイヘンスの原理を用いて証明しましたが、ここではその内容を再確認し、物理的な意味や関連する概念を掘り下げることで、その理解をより確固たるものにしていきます。
2.1. 反射の法則の二つの内容
反射の法則は、以下の二つの簡潔なステートメントから成り立っています。
法則1:入射波線、反射波線、および反射点における境界面の法線は、すべて同一平面上に存在する。
法則2:入射角と反射角は等しい。 \[ i = r \]
用語の定義
この法則を正しく理解するためには、そこで使われている用語を正確に定義する必要があります。
- 境界面 (Boundary / Interface): 波が反射する面のこと。鏡の表面や、水面、壁などがこれにあたります。
- 入射波線 (Incident Ray): 境界面に向かってくる波(入射波)の進行方向を示す矢印。
- 反射波線 (Reflected Ray): 境界面で跳ね返った後の波(反射波)の進行方向を示す矢印。
- 法線 (Normal): 波が反射する点(入射点)で、境界面に対して垂直に立てた想像上の線。
- 入射角 (Angle of Incidence,
i
): 入射波線と法線との間になす角。境界面と入射波線のなす角ではないことに、最大限の注意が必要です。 - 反射角 (Angle of Reflection,
r
): 反射波線と法線との間になす角。
法則1は、現象が2次元的に(平面上で)扱えることを保証しています。例えば、真上から光を鏡に当てたとき、反射光が斜め横に飛び出したりはせず、入射光と法線が含まれる平面内をまっすぐ戻ってくる、ということを意味します。日常的にはあまりにも当たり前に感じられますが、物理法則として明確に述べておくことは重要です。
法則2 (i = r
) が、反射現象の定量的な性質を決定づける核心部分です。ボールを壁に投げたとき、投げた角度と同じような角度で跳ね返ってくるイメージと合致します。
2.2. ホイヘンスの原理による証明の再訪
なぜ i = r
が成り立つのか。その最も根本的な説明は、ホイヘ-ンスの原理によって与えられます。ここでは、その証明の論理的な骨格を簡潔に振り返り、理解を深めます。
- 時間の一致: 波面
AB
の一端A
が反射面に到達してから、もう一端B
が反射面上の点C
に到達するまでの時間t
を考える。 - 距離の等価性: この時間
t
の間に、B
が進む距離はBC = vt
。一方、A
から出た素元波(反射波)が広がる半径もAD = vt
。鍵は、入射波も反射波も同じ媒質中を進むため、速さv
が同じであること。これにより、BC = AD
という距離の等価性が保証される。 - 幾何学的合同:
BC = AD
であり、斜辺AC
が共通であることから、二つの直角三角形△ABC
と△CDA
は合同であることが証明される。 - 角度の結論: 合同な図形の対応する角は等しいので、
∠BAC = ∠DCA
。これらの角がそれぞれ入射角i
と反射角r
に対応するため、i = r
が導かれる。
この証明は、波の伝播という物理現象を、純粋なユークリッド幾何学の問題に変換し、公理的に結論を導くという、物理学の美しい一面を示しています。
2.3. 鏡面反射と乱反射
反射の法則は、波が反射する「一点」におけるミクロな法則です。このミクロな法則が、マクロな視点ではどのような違いを生むのでしょうか。それは、反射面の滑らかさによって決まります。
鏡面反射 (Specular Reflection) / 正反射
鏡面反射とは、鏡や静かな水面のような、波長に比べて非常に滑らかな平面で起こる反射のことです。
- 特徴: 平行に入射した複数の波線は、反射後も互いに平行なまま進んでいきます。法線の向きがすべての点で同じなため、すべての波線が同じ法則 (
i=r
) に従って同じ方向に反射されるからです。 - 結果: 鏡面反射は、物体の「像」を形成します。私たちが鏡で自分の姿を見ることができるのは、顔の各点から出た光が、鏡面反射の法則に従って反射し、再び目に集まって虚像を作るためです。
乱反射 (Diffuse Reflection) / 拡散反射
乱反射とは、紙の表面や壁、衣服など、一見すると平らに見えても、波長レベルで見ると凹凸のある表面で起こる反射のことです。
- 特徴: 平行に入射した複数の波線も、反射後はバラバラの方向に散らばっていきます。これは、表面が凹凸であるため、入射する点ごとに法線の向きが異なるからです。個々の光線に注目すれば、その一点一点ではミクロには反射の法則 (
i=r
) が厳密に成り立っています。しかし、法線の向きがランダムなため、反射方向もランダムになるのです。 - 結果: 乱反射は像を結びません。しかし、私たちが光源でない物体をあらゆる角度から見ることができるのは、この乱反射のおかげです。物体表面の各点が、当たった光(例えば太陽光や照明)を四方八方に乱反射することで、その点自体があたかも発光しているかのように振る舞い、私たちの目にその物体の形や色を認識させてくれるのです。もし、すべての物体が鏡面反射しか起こさなかったら、世界は特定の角度でしか物が見えない、奇妙な光景になるでしょう。
2.4. 反射の法則とフェルマーの原理(発展)
反射の法則は、「光(波)は、二点間を結ぶ経路のうち、所要時間が最短となる経路を通る」という、より包括的なフェルマーの原理 (Fermat’s principle) からも導出することができます。
点 P
から出て、鏡面で反射して点 Q
に到達する光の経路を考えます。鏡面上のどこで反射すれば、移動時間が最短になるでしょうか。これは数学的な最小値問題として解くことができ、その結果は、まさに入射角と反射角が等しくなる点であることが示されます。
このことは、反射の法則が単なる幾何学的なルールではなく、自然界における「効率性」や「最適化」の現れであることを示唆しており、物理法則の奥深さを感じさせます。
3. 屈折の法則(スネルの法則)
波が媒質の境界で示すもう一つの重要な振る舞いが屈折 (refraction) です。これは、波がある媒質から、波の伝わる速さが異なる別の媒質へ斜めに入射する際に、その進行方向が変わる(曲がる)現象です。水を入れたコップに立てたストローが折れ曲がって見えるのも、水中の魚が実際よりも浅い場所にいるように見えるのも、すべてはこの屈折という現象によるものです。
屈折を支配する定量的なルールが屈折の法則 (Law of Refraction) であり、これは17世紀にオランダの天文学者ヴィレブロルト・スネルによって発見されたため、スネルの法則 (Snell’s Law) とも呼ばれています。
3.1. 屈折の法則の確認
Module 2でも導出したように、屈折の法則は、入射角、屈折角、そして二つの媒質における波の速さの関係を、次のように結びつけます。
媒質1(波の速さ v₁)から媒質2(波の速さ v₂)へ波が入射するとき、
\[ \frac{\sin i}{\sin r} = \frac{v_1}{v_2} \]
が成り立ちます。
ここで、
i
は入射角(入射波線と法線のなす角)- r は屈折角(屈折波線と法線のなす角)です。
この式は、波動分野において最も重要な公式の一つであり、その物理的な意味を深く理解することが求められます。
3.2. ホイヘンスの原理による証明の核心(再訪)
スネルの法則がなぜ成り立つのか、その根源的な説明はホイヘンスの原理によって与えられます。その証明のロジックを改めて確認し、何が「屈折」という現象を引き起こすのかを明確にしましょう。
証明の核心は、**「波面が境界面を通過する際の、時間的な同期性と空間的な非対称性」**にあります。
- 時間的な同期性: 波面
AB
の一端B
が境界面上の点C
に到達するまでにかかる時間t
と、もう一端のA
点から素元波が発生して広がる時間は、等しい。 - 空間的な非対称性: この同じ時間
t
の間に、B
が媒質1の中を進む距離はBC = v₁t
であるのに対し、A
から出た素元波が媒質2の中を広がる半径はAD = v₂t
となる。二つの媒質で波の速さが異なる (v₁ ≠ v₂
) ため、BC
とAD
の長さが異なる。これが、反射の場合との決定的な違いであり、屈折を引き起こす直接的な原因です。 - 幾何学への変換: この
BC
とAD
の長さの違いを持つ二つの直角三角形△ABC
と△CDA
から、それぞれsin i
とsin r
を共通の辺AC
と時間t
を用いて表す。 - 法則の導出: 両式から時間
t
を消去することで、sin i / sin r = v₁ / v₂
という、速さの比と角度のsin
の比を結びつける関係式が必然的に導かれる。
3.3. 屈折の方向:どちらに曲がるのか?
スネルの法則は、波がどちらの向きに、どれくらい曲がるのかを定量的に予測します。
ケース1:速い媒質から遅い媒質へ (例:空気 → 水、空気 → ガラス)
この場合、v₁ > v₂ です。
スネルの法則 sin i / sin r = v₁ / v₂ において、右辺は v₁/v₂ > 1 となります。
したがって、sin i / sin r > 1、すなわち sin i > sin r となります。
i と r はどちらも 0° から 90° の範囲の角度なので、sin の値が大きいほど角度も大きくなります。
よって、i > r。
これは、屈折角 r
が入射角 i
よりも小さくなることを意味します。物理的には、波は法線に近づく向きに曲がるということです。
ケース2:遅い媒質から速い媒質へ (例:水 → 空気、ガラス → 空気)
この場合、v₁ < v₂ です。
スネルの法則の右辺は v₁/v₂ < 1 となります。
したがって、sin i / sin r < 1、すなわち sin i < sin r となります。
よって、i < r。
これは、屈折角 r
が入射角 i
よりも大きくなることを意味します。物理的には、波は法線から遠ざかる向きに曲がるということです。
3.4. アナロジーによる直感的理解
この屈折の方向性を、より直感的に理解するためによく用いられるのが**「行進隊のアナロジー」**です。
- 媒質: 舗装された道(進みやすい=速い媒質
v₁
)と、ぬかるんだ砂浜(進みにくい=遅い媒質v₂
)が隣接しているとします。 - 波面: 横一列に並んで、腕を組んで行進する兵士の隊列を考えます。この隊列が「波面」です。
- 屈折の発生:隊列が、舗装路から砂浜へ斜めに進入します。まず、隊列の片方の端の兵士(例えば A さん)が先に砂浜に足を踏み入れます。すると、A さんの歩く速さは遅くなります。しかし、もう片方の端の兵士(B さん)はまだ舗装路上にいるため、速いスピードのままです。結果として、隊列の B さん側が A さん側を追い越す形になり、隊列全体が A さんを軸として向きを変えることになります。この向きの変化が「屈折」です。隊列は、砂浜の境界線に対して、より垂直に近い向き(法線に近い向き)へと曲がることになります。これは、速い媒質から遅い媒質へ進む際に i > r となるケースと完全に一致します。
このアナロジーは、屈折が波面の両端での速度差によって引き起こされるという、ホイヘンスの原理の本質的なメカニズムを巧みに表現しています。物理現象を考える際、このような的確なアナロジーを自分の中に持っておくことは、複雑な数式や法則を直感的なイメージと結びつけ、理解を定着させる上で大きな助けとなります。
4. 屈折率の定義と物理的意味
スネルの法則 sin i / sin r = v₁ / v₂
は、屈折現象を波の「速さ」を用いて見事に記述しました。しかし、様々な媒質における波の速さの値を直接比較するのは、必ずしも便利ではありません。そこで物理学では、各媒質の「波の伝わりにくさ」を、ある普遍的な基準に照らして表した指標、屈折率 (refractive index) を導入します。
特に光の場合、この屈折率という概念が中心的な役割を果たします。この章では、屈折率の厳密な定義とその物理的な本質に迫ります。
4.1. 絶対屈折率の定義
絶対屈折率 (absolute refractive index) とは、真空中の光の速さ c
を、ある媒質中での光の速さ v
で割った値として定義されます。記号は n
を用いるのが一般的です。
\[ n = \frac{c}{v} \]
c
: 真空中の光速。物理学における最も基本的な定数の一つで、その値は約2.9979 \times 10^8
m/s(約30万km/s)です。v
: 媒質中での光の速さ。
この定義から、屈折率 n
の重要な性質がいくつか導かれます。
- 無次元量: 屈折率は、速さ
[m/s]
を速さ[m/s]
で割ったものであるため、単位を持たない無次元量です。 - 真空の屈折率: 真空そのものの屈折率は、定義より
n_vacuum = c/c = 1
となります。これがすべての屈折率の基準となります。 - 物質の屈折率は常に1より大きい: アインシュタインの特殊相対性理論によれば、情報は光速
c
を超えて伝わることはできません。したがって、いかなる物質中の光の速さv
も、真空中の光速c
を超えることはありません(v ≤ c
)。このことから、物質の屈折率n = c/v
は、常に1以上の値を取ります (n ≥ 1
)。
4.2. 屈折率が意味するもの:「光の進みにくさ」
定義式 n = c/v を v について解くと v = c/n となります。
この式は、屈折率 n の物理的な意味を雄弁に物語っています。
- 屈折率
n
が大きいほど、光の速さv
は遅くなる。 - 屈折率
n
が小さいほど、光の速さv
は速くなる(基準であるc
に近づく)。
つまり、屈折率とは、その媒質が光にとってどれだけ「進みにくい」かを示す指標であると解釈することができます。屈折率が大きい媒質は、光にとって「ぬかるんだ道」であり、屈折率が小さい媒質は「舗装された道」に例えることができます。
【主な物質の絶対屈折率の例(可視光に対する代表値)】
- 真空: 1.0
- 空気: 1.0003 (通常、計算では 1 とみなす)
- 水: 1.33
- ガラス(クラウンガラス): 1.52
- ダイヤモンド: 2.42
ダイヤモンドの屈折率が非常に大きいことが分かります。これは、光がダイヤモンドの中では、真空中と比べて 1/2.42
、すなわち約41%の遅い速度でしか進めないことを意味します。この大きな屈折率が、ダイヤモンドのあの独特の強い輝き(全反射や分散)を生み出す原因となっています。
4.3. なぜ媒質中で光は遅くなるのか?(物理的本質)
「光が媒質中で遅くなる」というのは、直感的には少し不思議に思えるかもしれません。光の粒子(光子)が、媒質を構成する原子の隙間をすり抜けていくのであれば、その速さは変わらないはずではないか、と。
この問いに答えるには、光を電磁波として捉える、より進んだ視点が必要です。高校物理の範囲を少し超えますが、その物理的なイメージを掴んでおくことは非常に有益です。
- 光と原子の相互作用:光(電磁波)が原子に入射すると、光の振動する電場が、原子核の周りを回っている電子を揺さぶります(強制振動)。
- 原子による光の再放射:強制的に振動させられた電子は、それ自体がアンテナのように働き、自分と同じ振動数の光(電磁波)を全方向に再放射します。
- 元の光と再放射された光の重ね合わせ:媒質中を進む光として私たちが観測しているのは、実は**「元の光(入射光)」と「媒質中の無数の原子から再放射された光」がすべて重ね合わされた合成波**なのです。
- 位相の遅れと見かけの速度低下:再放射される光は、吸収・再放射というプロセスを経るため、元の光に対してわずかに位相が遅れます。この位相の遅れた無数の波が、元の波と重ね合わさることで、合成波全体の位相の進み方が遅くなります。マクロな視点で見ると、これが「波の速度が遅くなった」ように観測されるのです。
光子そのものが減速するわけではありません。個々の光子は常に光速 c
で原子間を飛び交っています。しかし、原子との間で吸収と再放射という「キャッチボール」を繰り返すため、目的地に到達するまでのトータルの時間が長くなり、見かけ上の平均速度 v
が c
よりも遅くなるのです。
このイメージは、屈折率が物質の種類(原子の種類や密度)や、光の振動数(色)によって異なる理由も説明してくれます。原子が特定の振動数の光に共鳴しやすい場合、相互作用が強くなり、屈折率は大きくなります。これが、プリズムで光が色に分かれる「分散」という現象の根源です。
屈折率を単なる「速さの比」として覚えるだけでなく、その背後にある「光と物質の相互作用」という物理的な描像を持つことで、波動現象に対する理解は一層深いものとなるでしょう。
5. 絶対屈折率と相対屈折率
前章で、媒質の屈折率を「真空」という絶対的な基準に照らして定義する絶対屈折率を学びました。しかし、実際の物理現象では、真空が関与しない、二つの異なる物質(例えば水とガラス)の間での屈折を考える場面が頻繁にあります。このような場合に便利なのが、一方の媒質を基準として、もう一方の媒質の屈折率を相対的に表す相対屈折率 (relative refractive index) という概念です。
5.1. 相対屈折率の定義
媒質1に対する媒質2の相対屈折率 n₁₂
とは、媒質1の中での波の速さ v₁
を、媒質2の中での波の速さ v₂
で割った値として定義されます。
\[ n_{12} = \frac{v_1}{v_2} \]
この定義は、絶対屈折率の定義 n = c/v
と非常によく似た形をしています。絶対屈折率が「真空」との速さの比であったのに対し、相対屈折率は「媒質1」との速さの比である、と理解することができます。
n₁₂ > 1
の場合:v₁ > v₂
であり、媒質2は媒質1よりも波が進みにくいことを意味します。n₁₂ < 1
の場合:v₁ < v₂
であり、媒質2は媒質1よりも波が進みやすいことを意味します。n₁₂ = 1
の場合:v₁ = v₂
であり、二つの媒質は波に対して同じ性質を持つため、屈折は起こりません。
5.2. 絶対屈折率と相対屈折率の関係
相対屈折率 n₁₂
は、それぞれの媒質の絶対屈折率 n₁
と n₂
を用いて、非常にシンプルに関係づけることができます。これは極めて重要な関係式です。
絶対屈折率の定義より、
n₁ = c / v₁ → v₁ = c / n₁
n₂ = c / v₂ → v₂ = c / n₂
です。
これらの式を、相対屈折率の定義式 n₁₂ = v₁ / v₂
に代入してみましょう。
\[ n_{12} = \frac{v_1}{v_2} = \frac{c/n_1}{c/n_2} = \frac{c}{n_1} \times \frac{n_2}{c} = \frac{n_2}{n_1} \]
これにより、以下の非常に重要な関係式が導かれます。
\[ n_{12} = \frac{n_2}{n_1} \]
媒質1に対する媒質2の相対屈折率は、媒質2の絶対屈折率を、媒質1の絶対屈折率で割ったものに等しい。
この式で最も注意すべき点は、添字の順番が、定義 n₁₂ と、結果 n₂/n₁ で逆転していることです。
「1に対する2の相対屈折率は、2割る1」というように、言葉で覚えておくと間違いが少なくなります。
この関係式は、二つの媒質間の屈折現象を、それぞれの媒質が持つ固有の性質(絶対屈折率)だけで記述できることを示しており、非常に強力なツールとなります。
5.3. スネルの法則の書き換え
相対屈折率と絶対屈折率の関係を理解したことで、スネルの法則を、最も一般的で使いやすい形に書き換えることができます。
スネルの法則の基本形は、
\[ \frac{\sin i}{\sin r} = \frac{v_1}{v_2} \]
でした。
ここで、相対屈折率の定義 n₁₂ = v₁ / v₂ を使うと、
\[ \frac{\sin i}{\sin r} = n_{12} \]
と書けます。これは、相対屈折率が、まさに sin の比そのものであることを示しています。
さらに、絶対屈折率との関係 n₁₂ = n₂ / n₁ を代入すると、
\[ \frac{\sin i}{\sin r} = \frac{n_2}{n_1} \]
となります。
この式の分母を払うと、
\[ n_1 \sin i = n_2 \sin r \]
という、非常に美しく対称的な形が得られます。
この n₁ sin i = n₂ sin r という形が、スネルの法則の最終形態として、最も広く用いられています。
この形の利点は、
- 媒質1側の量(
n₁
とsin i
)の積と、媒質2側の量(n₂
とsin r
)の積が、等しいという関係性が一目瞭然である。 v₁
やv₂
といった速さの値を介さずに、媒質の固有の性質である絶対屈折率n
だけで計算が進められる。- どちらの媒質からどちらの媒質へ入射する場合でも、同じ一つの式で対応できる。
という点にあります。
【例題】
空気(屈折率 1.0)から水(屈折率 1.33)へ、入射角 30° で光が入射した。屈折角 r は何度か。(sin 30° = 0.5)
【解法】
スネルの法則 n₁ sin i = n₂ sin r を用いる。
媒質1が空気なので n₁ = 1.0。
媒質2が水なので n₂ = 1.33。
入射角 i = 30°。
1.0 × sin 30° = 1.33 × sin r
1.0 × 0.5 = 1.33 × sin r
0.5 = 1.33 sin r
sin r = 0.5 / 1.33 ≈ 0.3759
r = arcsin(0.3759) ≈ 22.1°
このように、絶対屈折率とスネルの法則の最終形を用いることで、屈折角を機械的に計算することができます。物理的な意味(速い媒質から遅い媒質へ入るので、法線に近づくはず i > r
)と、計算結果(30° > 22.1°
)が一致していることを確認するのも良い習慣です。
6. 屈折における波長と速さの変化
波がある媒質から別の媒質へと進む屈折の際には、その進行方向だけでなく、波の基本的な性質である速さと波長も変化します。一方で、どんな状況でも変化しない重要な量も存在します。何が変わり、何が変わらないのか。そして、それらはどのように変わるのか。この因果関係を、波の基本式 v = fλ
に立ち返って明確に理解することは、屈折現象の完全な把握に不可欠です。
6.1. 不変量:振動数 f
まず、屈折の前後で絶対に変化しない量は何か。それは振動数 f
(および周期 T = 1/f
) です。
なぜ振動数は変わらないのでしょうか。これは、波の伝播が、媒質の粒子が隣の粒子を次々と揺り動かしていくリレーのようなものであることを考えれば理解できます。
- 波源からの指令: 波の振動数は、波を発生させた波源の振動の仕方によって、最初に決定されます。波源が1秒間に100回振動すれば、1秒間に100個の波が送り出されます。
- 境界での連続性: 媒質1と媒質2の境界面を考えてみましょう。媒質1の最後の粒子が1秒間に
f
回振動して媒質2の最初の粒子を押すと、押された媒質2の粒子もまた、1秒間にf
回振動せざるを得ません。もしここで振動の回数が変わってしまうと、境界面で波がちぎれたり、逆に波がどんどん溜まっていったりする、という不自然なことが起こってしまいます。 - 情報の保存: 境界面で振動数が保たれるため、その振動は媒質2の中を同じ振動数
f
のまま伝わっていきます。
このように、振動数 f
は、波が波源から受け取った「身分証明書」のようなものであり、媒質が変わろうとも、その値は一定に保たれるのです。これは屈折だけでなく、反射やその他の波動現象においても成り立つ、極めて重要な原則です。
6.2. 変化する量(1):速さ v
屈折が起こる根本的な原因は、媒質によって波の伝わる速さ v が異なることでした。したがって、速さ v は屈折の際に変化します。
その変化の仕方は、屈折率 n の定義そのものから明らかです。
絶対屈折率 n の媒質中での速さ v は、
\[ v = \frac{c}{n} \]
で与えられます。ここで c は真空中の光速です。
媒質1(屈折率 n₁)での速さを v₁、媒質2(屈折率 n₂)での速さを v₂ とすると、
v₁ = c / n₁
v₂ = c / n₂
となります。
したがって、屈折率 n
の媒質に入ると、波の速さは**1/n
倍**になります。屈折率が大きいほど、速さは遅くなります。
6.3. 変化する量(2):波長 λ
さて、波の基本式 v = fλ を思い出してください。
この式を波長 λ について解くと、λ = v / f となります。
屈折の際に、
v
は変化します。f
は不変です。
ということは、この等式が成り立ち続けるためには、波長 λ
もまた変化せざるを得ない、という論理的な結論が導かれます。
では、波長はどのように変化するのでしょうか。
媒質1での波長を λ₁、媒質2での波長を λ₂ とします。
λ₁ = v₁ / f
λ₂ = v₂ / f
ここで、v₂ = v₁ / n₁₂ = v₁ (n₁ / n₂) の関係はありません。v₂ = v₁ / (n₂ / n₁) でもありません。
v₁ = c/n₁, v₂ = c/n₂ を代入するのが確実です。
λ₁ = (c/n₁) / f
λ₂ = (c/n₂) / f
c/f は、真空(または空気)中での波長 λ₀ に相当します。
よって、
λ₁ = λ₀ / n₁
λ₂ = λ₀ / n₂
この式は、屈折率 n の媒質中では、波長は真空中に比べて 1/n 倍に短くなることを示しています。
水の中の光の波長は、空気中の光の波長よりも 1/1.33、すなわち約75%に縮んでいるのです。
直感的なイメージ:
波を、等間隔に印がつけられたベルトコンベアと考えてみましょう。
- 振動数
f
: 単位時間にコンベアに載せられる荷物の数。 - 速さ
v
: ベルトコンベアの動く速さ。 - 波長
λ
: コンベア上の荷物の間隔。
速いコンベアから遅いコンベアに荷物が乗り移るとき、荷物を載せるペース(振動数 f)は同じです。しかし、後ろのコンベアが遅いため、荷物はどんどん詰まっていきます。その結果、遅いコンベアの上では、荷物の間隔(波長 λ)は短くなります。
このアナロジーは、f が不変で v が遅くなると λ が短くなる、という関係をよく表しています。
6.4. まとめと光路長の導入
【屈折における変化のまとめ】
| 物理量 | 変化の有無 | 変化の仕方(媒質1(n₁) → 2(n₂)) |
| :— | :— | :— |
| 振動数 f | 不変 | f₁ = f₂ |
| 速さ v | 変化する | v₂ = (n₁/n₂) v₁ |
| 波長 λ | 変化する | λ₂ = (n₁/n₂) λ₁ |
発展:光路長 (Optical Path Length)
屈折によって波長が変化するという事実は、波の干渉を考える上で非常に重要になります。
媒質中を距離 L だけ進む間に、波は L / λ_medium 個だけ存在します。
λ_medium = λ₀ / n なので、
波の数 = L / (λ₀ / n) = nL / λ₀
もし、同じだけの波が真空中に存在するとしたら、どれだけの距離が必要でしょうか。
距離 = (波の数) × (真空中の波長) = (nL / λ₀) × λ₀ = nL
この nL という量を、光路長または光学距離と呼びます。
光路長 = (媒質の屈折率 n) × (幾何学的な距離 L)
光路長は、**「媒質中を距離 L 進むことは、真空中で距離 nL 進むことと、波の位相変化の観点からは等価である」**と解釈できます。
屈折率の大きい媒質(波長が短い)では、短い距離を進むだけで位相が大きく変化するため、その「大変さ」を真空中の距離に換算すると長くなる、というイメージです。
後の光の干渉(薄膜など)の計算では、この光路長を用いて経路差を考えることが、問題を解く鍵となります。
7. 全反射の条件と臨界角
波が屈折率の異なる媒質の境界に進むとき、一部は反射し、一部は屈折するのが一般的です。しかし、ある特定の条件下では、波は一切屈折することなく、そのエネルギーのすべてが反射されるという、劇的な現象が起こります。これが全反射 (Total Internal Reflection) です。
全反射は、光ファイバー通信や内視鏡、双眼鏡のプリズムなど、現代の科学技術に広く応用されている極めて重要な現象です。この章では、全反射が起こるための条件と、その現象を特徴づける臨界角 (critical angle)について学びます。
7.1. 全反射が起こるための第一の条件
全反射は、いつでもどこでも起こるわけではありません。まず、大前提となる一つ目の条件があります。
条件1:波は、屈折率が大きい媒質から、屈折率が小さい媒質へと進む必要がある。
\[ n_1 > n_2 \]
なぜこの条件が必要なのでしょうか。スネルの法則 n₁ sin i = n₂ sin r を思い出してください。
この式を変形すると、sin r = (n₁/n₂) sin i となります。
もし、屈折率が小さい媒質から大きい媒質へ進む場合 (n₁ < n₂)、n₁/n₂ < 1 となります。
このとき、sin r = (n₁/n₂) sin i < sin i となり、常に sin r < sin i、すなわち r < i となります。屈折角 r が入射角 i(最大90°)を超えることは絶対にありません。したがって、屈折できない、という事態は起こり得ないのです。
しかし、屈折率が大きい媒質から小さい媒質へ進む場合 (n₁ > n₂) は、事情が異なります。
このとき、n₁/n₂ > 1 となるため、sin r = (n₁/n₂) sin i > sin i となります。
これは、入射角 i を大きくしていくと、屈折角 r はそれよりも速いペースで大きくなっていくことを意味します。そして、r が先に限界である 90° に達してしまう可能性があるのです。これが全反射への扉を開きます。
7.2. 臨界角の発見と全反射の発生
それでは、n₁ > n₂
の条件のもと、入射角 i
を 0° から徐々に大きくしていく思考実験を行ってみましょう。
- 入射角 i が小さいとき:i が小さいとき、sin r = (n₁/n₂) sin i に従って、屈折角 r が決まり、波は正常に屈折します。ただし、r > i となり、波線は法線から遠ざかる向きに曲がります。
- 入射角 i を大きくしていくと…:i を大きくするにつれて、r はそれ以上に大きくなっていきます。
- 屈折角 r が90°に達する瞬間:ついには、屈折角 r が 90° に達する瞬間がやってきます。このとき、屈折した波は、境界面を這うようにして進むことになります。この、屈折角が r = 90° となるときの、特別な入射角のことを臨界角 (critical angle) と呼び、記号は i_c や θ_c を用います。
- 入射角が臨界角を超えたとき:入射角 i を臨界角 i_c よりもさらに大きくすると、どうなるでしょうか。スネルの法則によれば、sin r = (n₁/n₂) sin i は 1 を超えてしまいます。(i > i_c なので sin i > sin(i_c)。そして sin(i_c) = n₂/n₁ なので、sin r = (n₁/n₂) sin i > (n₁/n₂) (n₂/n₁) = 1 となる。)しかし、sin の値が 1 を超えるような実数の角度 r は存在しません。これは、数学が「もはや屈折という現象は起こり得ない」と告げているのです。行き場を失った波のエネルギーは、境界面を透過することができず、すべてが反射波として跳ね返されます。これが全反射です。全反射が起こっているとき、境界面はまるで完璧な鏡のように振る舞います。
7.3. 臨界角の導出
全反射が起こるための第二の条件は、「入射角 i
が臨界角 i_c
よりも大きい (i > i_c
)」ことでした。では、その臨界角 i_c
はどのように求められるのでしょうか。
臨界角の定義は、「屈折角 r が 90° になるときの入射角」でした。
この条件を、スネルの法則 n₁ sin i = n₂ sin r に代入するだけです。
i = i_c
のとき、r = 90°
なので sin r = sin 90° = 1
。
\[ n_1 \sin(i_c) = n_2 \sin(90^\circ) \]
\[ n_1 \sin(i_c) = n_2 \times 1 \]
これを sin(i_c)
について解くと、臨界角を求める公式が得られます。
\[ \sin(i_c) = \frac{n_2}{n_1} \]
この式は非常に重要です。
この式からも、全反射が起こるための第一の条件 (n₁ > n₂) が必要であることが分かります。もし n₁ < n₂ なら、右辺の n₂/n₁ が 1 より大きくなってしまい、sin の値が 1 を超えることになり、そのような臨界角は存在しないからです。
【例題】
ガラス(屈折率 n₁ = 1.5)から空気(屈折率 n₂ = 1.0)へ光が進むときの臨界角 i_c を求めよ。
【解法】
まず、条件 n₁ > n₂ (1.5 > 1.0) を満たしていることを確認します。
公式 sin(i_c) = n₂ / n₁ を用いる。
sin(i_c) = 1.0 / 1.5 ≈ 0.667
i_c = arcsin(0.667) ≈ 41.8°
つまり、ガラスから空気へ光が出ていくとき、境界面への入射角が約41.8°よりも大きければ、光は空気中に出ることができず、すべてガラス内部に反射されることになります。水中から空気を見上げたときに、水面がある角度以上では向こう側が見えずに、水中の景色が鏡のように映って見えるのは、この全反射によるものです。
8. 光ファイバーへの応用
前章で学んだ全反射は、単なる興味深い物理現象にとどまらず、現代社会の根幹を支える技術に応用されています。その最も代表的で重要な例が、光ファイバー (optical fiber) です。光ファイバーは、全反射の原理を利用して、光信号を極めて効率的に、かつ長距離にわたって伝送することを可能にしました。これにより、高速・大容量のインターネット通信や、高精細な医療診断が実現しています。
この章では、光ファイバーがどのような構造を持ち、どのようにして全反射を利用しているのか、その基本原理を探ります。
8.1. 光ファイバーの基本構造
光ファイバーは、その名の通り、光を伝えるための繊維(ファイバー)ですが、その構造は単純な一本のガラスやプラスチックの糸ではありません。全反射を確実に引き起こすために、巧妙な二重構造になっています。
- コア (Core):ファイバーの中心部分であり、実際に光が伝播する主要な経路です。高純度の石英ガラスやプラスチックなどで作られています。コアの重要な特徴は、その屈折率 n₁ が高く設定されていることです。
- クラッド (Clad / Cladding):コアの周囲を覆っている層です。コアと同じくガラスやプラスチックで作られていますが、その屈折率 n₂ は、コアの屈折率 n₁ よりもわずかに低く設定されています。
この**n₁ > n₂
** という屈折率の大小関係が、光ファイバーの動作原理のすべてを支える、最も重要な設計ポイントです。
- 保護被覆 (Coating / Buffer):クラッドの外側は、ファイバーを物理的な衝撃や湿気から守るための保護層(通常はプラスチック)で覆われています。これは光の伝播には直接関与しませんが、ファイバーの強度と信頼性を保つために不可欠です。
8.2. 光ファイバーにおける全反射の原理
光ファイバーの中を光がどのように伝わっていくのか、そのプロセスをステップバイステップで見ていきましょう。
- 光の入射:まず、レーザー光などの光信号を、光ファイバーの一方の端面からコアの中心に向けて入射させます。
- コアとクラッドの境界面への到達:コアの内部を進む光は、やがてコアとクラッドの境界面に、ある角度を持ってぶつかります。
- 全反射の条件判定:ここで、全反射が起こるための二つの条件が満たされているかどうかが問われます。
- 条件1(屈折率の大小関係): 光は、屈折率が大きいコア (
n₁
) から、屈折率が小さいクラッド (n₂
) へと進もうとしています。このn₁ > n₂
という条件は、ファイバーの構造そのものによって、常に満たされています。 - 条件2(臨界角との比較): 次に、境界面への入射角
i
が、臨界角i_c = arcsin(n₂/n₁)
よりも大きいかどうか。光ファイバーは、端面から入射した光が、境界面では常にこの条件i > i_c
を満たすように、コアとクラッドの屈折率の差や、ファイバーへの入射角度が精密に設計されています。
- 条件1(屈折率の大小関係): 光は、屈折率が大きいコア (
- 連続する全反射:二つの条件が満たされるため、光はクラッドへ屈折していくことなく、境界面で全反射します。反射された光は、コアの反対側の境界面に向かって進み、そこで再び同じように全反射します。このプロセスが、まるでビリヤードの球がクッションで反射を繰り返すかのように、何千、何万回と連続して起こります。
- 光信号の伝送:結果として、光はコアという「光のトンネル」の中に完全に閉じ込められたまま、ファイバーが多少曲がったりしていても、エネルギーの損失をほとんど伴わずに、ジグザグに進んでいきます。これにより、光のON/OFFや強弱に載せられたデジタル情報(0と1の信号)を、数キロメートル、あるいは数十キロメートル先まで正確に送り届けることができるのです。
8.3. 光ファイバーの利点と応用
全反射を利用した光ファイバー通信は、従来の銅線を用いた電気通信に比べて、数多くの優れた利点を持っています。
- 高速・大容量: 光は非常に高い周波数(振動数)を持つため、電気信号に比べて圧倒的に多くの情報を一度に運ぶことができます。映画一本分のデータを1秒で送る、といったことも可能です。
- 低損失: 全反射はエネルギーの損失が極めて少ない反射現象であるため、信号の減衰が少なく、長距離の伝送が可能です。途中に信号を増幅する中継器の数を大幅に減らすことができます。
- 電磁ノイズに強い: 光信号は、電気信号のように周囲の電磁波(モーターや電線から出るノイズなど)の影響を受けません。そのため、通信の品質が非常に安定しています。
- 細くて軽い: 銅線に比べて細く軽量であるため、敷設工事が容易であり、限られたスペースに多数の回線を収容できます。
- 資源が豊富: 主な材料である石英(二酸化ケイ素)は、地球上に豊富に存在する資源です。
これらの利点から、光ファイバーは現代社会の様々な場面で活躍しています。
- 情報通信網: インターネットのバックボーン(基幹回線)や、家庭用の光回線(FTTH: Fiber To The Home)など、現代の通信インフラの主役です。
- 医療分野: 胃カメラなどに代表される**医療用内視鏡(ファイバースコープ)**では、光ファイバーの束が用いられます。一方の束が体内に光を送り込み、もう一方の束が体内の臓器からの反射光を体外のカメラまで伝えることで、医師は体内の様子をリアルタイムで見ることができます。
- 工業・計測分野: 高温の炉内の観察や、狭い場所の検査、センサーなどにも利用されています。
光ファイバーは、全反射という基礎的な物理原理が、いかにして革新的な技術を生み出し、私たちの生活を豊かにするかを示す、最も感動的な実例の一つと言えるでしょう。
9. 波の回折現象とその条件
これまでに学んだ反射や屈折は、ボールの跳ね返りや光の進み方など、粒子的なイメージでも、ある程度は類推できる現象でした。しかし、これから学ぶ回折 (diffraction) は、粒子には決して見られない、波に特有の最も顕著な性質の一つです。
回折とは、波が障害物の後ろ側や、小さな隙間(スリット)を通り抜けた先にまで回り込んで伝わっていく現象を指します。もし波が粒子のように厳密に直進するのであれば、障害物の後ろにはくっきりとした「影」ができるはずです。しかし、実際には波はその影の部分にまで、じわっと染み込むように広がっていくのです。
9.1. 回折の原理:ホイヘンスの原理による説明
この不思議な「回り込み」現象は、ホイヘンスの原理を用いることで、そのメカニズムを明快に説明することができます。
【スリットを通過する平面波の例】
- 波面の遮断:幅の狭いスリットに、平面波が入射する状況を考えます。スリット以外の部分では、波面は障害物によって遮られてしまいます。
- スリット部分が新たな波源に:スリットを通過できた波面の部分だけが、生き残ります。ホイヘンスの原理によれば、このスリット内の波面の各点が、それぞれ新しい波源(素元波)となって、波を再放射します。
- 素元波の広がり:スリット内の各点から発生した素元波は、円形(または球面状)に、前方へ広がっていきます。このとき、波は直進方向だけでなく、斜め方向、すなわち障害物の影になるはずだった領域にも回り込んでいくことになります。
- 回折波の形成:これらの無数の素元波が重なり合った結果(干渉の結果)、スリットを通過した波は、あたかもスリット自体が新しい点波源であるかのように、扇状に広がっていくのです。これが回折現象の本質です。
つまり、回折とは、波面の一部が制限されることによって、残された部分からの素元波の広がりが顕在化する現象である、と理解することができます。
9.2. 回折が顕著になる条件
「壁の向こう側の人の声は聞こえるのに、その人の姿は見えない」という日常の経験は、回折が波の種類によって起こりやすさが違うことを示唆しています。では、回折が顕著に起こる(はっきりと回り込む)ための条件は何でしょうか。
その鍵を握るのが、波の波長 λ
と、障害物やスリットの大きさ(幅) d
との相対的な関係です。
回折が顕著になる条件: λ ≳ d
波長
λ
が、障害物やスリットの大きさd
と同程度か、それよりも長い場合、回折は顕著に起こる。
この条件を、二つの極端なケースで考えてみましょう。
ケース1: λ >> d
(波長が隙間よりずっと大きい)
波長がスリットの幅に比べて非常に大きい場合を考えます。例えば、AMラジオの電波(波長数百メートル)が、数メートル幅の建物の隙間を通り抜けるような状況です。
このとき、スリットはほとんど「点」のような波源として機能し、そこから出る波は、ほぼ完全な円形波(球面波)として、あらゆる方向に強力に回り込みます。回折の効果は最大になります。
これが、AMラジオが建物の陰や山の向こう側でも受信しやすい理由です。
ケース2: λ << d
(波長が隙間よりずっと小さい)
逆に、波長がスリットの幅に比べて非常に小さい場合を考えます。例えば、光(波長 約500 nm = 0.0005 mm)が、1 cm 幅のドアの隙間を通るような状況です。
このとき、スリットを通過する波面は、相対的に非常に幅が広くなります。この広い波面上の無数の点から出る素元波は、互いに干渉し合った結果、そのほとんどが前方の直進方向で強めあいます。斜め方向へ回り込む成分は、干渉によって極めて弱められてしまいます。
その結果、波はほとんど回り込むことなく、ほぼ直進します。これが、光が鋭い影を作る理由であり、私たちが日常的に「光は直進する」と認識している根拠です。
しかし、光も波である以上、厳密には回折しています。スリットの幅を髪の毛一本程度まで狭くしたり、レーザーポインターの光を観察したりすると、光でも回失現象をはっきりと観測することができます。
9.3. 回折と私たちの世界
回折という現象は、私たちの世界の見え方、聞こえ方に深く関わっています。
- 音の回折:音波の波長は、数センチメートル(高い音)から数メートル(低い音)の範囲にあります。これは、ドア、壁、人間といった日常的な障害物の大きさと同程度です。そのため、音は非常によく回折し、私たちは障害物の向こう側の音を聞くことができるのです。
- 光の回折:可視光の波長は、ナノメートルのオーダーであり、極めて短いです。そのため、日常的なスケールでは光の回折はほとんど目立ちません。しかし、この回折こそが、**物を見る能力の限界(分解能)**を決定づけています。望遠鏡のレンズや顕微鏡の対物レンズの口径が有限であるため、光はそこで必ず回折を起こします。この回折による像の「ボケ」が、どれだけ小さなものを見分けられるか、どれだけ遠くの星を二つとして分離できるか、という限界を生み出しているのです。
回折は、波がその本質(波動性)を最も露わにする現象です。一見すると直進しているように見える光でさえ、そのミクロな振る舞いの背後には、この「回り込み」の性質が隠されています。このことを理解することは、後の光の干渉実験(ヤングの実験や回折格子)を学ぶ上で、不可欠な土台となります。
10. 身の回りにある反射・屈折・回折の例
これまでに学んできた波の3つの基本的な振る舞い、反射、屈折、回折は、物理の教科書の中だけの抽象的な概念ではありません。私たちの身の回りは、これらの現象が織りなす豊かで美しい光景に満ち溢れています。この章では、これまで学んだ法則や原理を、具体的な日常現象と結びつけることで、物理学が現実世界を説明する強力なツールであることを実感していきましょう。
10.1. 反射が作り出す世界
反射 (Reflection) は、波が境界面で跳ね返る現象です。
- 鏡・水面の映り込み:鏡や静かな水面が、なぜ私たちの姿を映すのでしょうか。これは、顔や体の各点から出た光が、滑らかな表面で鏡面反射を起こし、反射の法則 (i=r) に従って正確に跳ね返り、その反射光が再び私たちの目に届いて虚像を結ぶためです。
- エコー・やまびこ:山に向かって大声で叫ぶと、少し遅れて自分の声が返ってくる「やまびこ」。これは、音波が遠くの山肌や校舎の壁で反射され、再び耳に戻ってくる現象です。声が返ってくるまでの時間 t と音速 v が分かれば、反射物までの距離 L を 2L = vt という式で計算することができます。船が海底の地形を探るソナーや、漁船が魚群を探す魚群探知機も、この音波の反射の原理を応用したものです。
- 物の色と形:私たちがリンゴを「赤い」と認識できるのはなぜでしょう。太陽や照明の光には様々な色の光(様々な波長の光)が含まれています。リンゴの皮は、そのうち「赤い光」を主に乱反射し、それ以外の色の光を吸収する性質を持っています。乱反射された赤い光が私たちの目に入ることで、私たちはそのリンゴを赤く、そしてその形を認識できるのです。乱反射がなければ、世界は鏡張りの部屋のようになってしまい、光源以外の物を見ることはできません。
10.2. 屈折が作り出す世界
屈折 (Refraction) は、波が異なる媒質に進むときに進行方向を変える現象です。
- 水中の物が浅く見える・曲がって見える:プールの底や、お風呂の底が、実際よりも浅く見える経験は誰にでもあるでしょう。これは、プールの底の一点から出た光が、水中(屈折率大)から空気中(屈折率小)に出る際に、屈折して法線から遠ざかる向きに曲がるためです。私たちは、光が直進してきたと脳が誤認するため、その曲がった光の延長線上、すなわち実際の場所よりも浅い位置に、底の虚像を見ているのです。コップの水に差したストローが、水面で折れ曲がって見えるのも全く同じ原理です。
- レンズと視力矯正:メガネやコンタクトレンズ、カメラのレンズや顕微鏡、望遠鏡は、すべて屈折の原理を巧みに利用した光学機器です。湾曲したレンズの表面を光が通過する際に、スネルの法則に従って屈折を繰り返し、光を一点に集めたり(凸レンズ)、発散させたり(凹レンズ)することで、像を拡大したり、ピントを合わせたりしています。
- 蜃気楼 (Mirage):夏の暑いアスファルト道路の先に、水たまりがあるように見える「逃げ水」現象。これは蜃気楼の一種で、屈折によって起こります。アスファルトで熱せられた地表近くの空気は、密度が低く、光に対する屈折率も小さくなります。上空の冷たい空気(屈折率大)から来た光が、この地表近くの熱い空気の層(屈折率小)に進む際に、連続的に上向きに屈折します。最終的に、全反射に近い形で光が大きく曲げられ、私たちの目には、まるで地面から光がやってきたかのように見えます。これが、空の景色が地面に映った「水たまり」の正体です。
10.3. 回折が作り出す世界
回折 (Diffraction) は、波が障害物の背後に回り込む、波特有の現象です。
- 壁の向こうの音が聞こえる:これが回折を最も実感できる日常例です。話し声などの音波は、その波長が数メートル程度あり、ドアの開口部や建物の角といった障害物の大きさと同程度です。そのため、音は障害物を回り込んで、直接は見えない相手にも届きます。一方で、光の波長は極めて短いため、同じ状況でもほとんど回折せず、姿を見ることはできません。
- CDやDVDの虹色の輝き:CDやDVDの記録面を光にかざすと、虹色にキラキラと輝いて見えます。これは、記録面に刻まれたミクロン単位の非常に微細な溝(トラック)が、**回渫格子(グレーティング)**として機能するためです。入射した白色光が、この微細な溝によって回折・干渉を起こし、波長(色)によって強めあう方向が異なるため、虹色に分かれて見えるのです。
- ラジオの電波:AMラジオ放送の電波は、波長が数百メートルと非常に長いため、山やビルなどの大きな障害物があっても、その背後に容易に回折して回り込むことができます。そのため、AMラジオは山間部などでも比較的良好に受信できます。一方、FM放送やテレビの電波は、波長が数メートルと短いため、直進性が強く、ビル陰などでは電波が届きにくくなることがあります。
これらの例が示すように、反射、屈折、回折という3つの基本的な振る舞いは、互いに連携しあいながら、私たちの知覚する世界を形作っています。物理法則を学ぶことは、この世界の成り立ちを、より深く、より美しく理解するための「解像度」を上げることなのです。
Module 3:波の反射、屈折、回折 の総括:境界が織りなす波のダンス
このモジュールを通じて、私たちは、これまで自由な空間を伝播してきた波が、「境界」や「障害物」という他者と出会ったときに繰り広げる、3つの基本的なダンスのステップ、すなわち反射、屈折、回折を学んできました。これらの振る舞いは、単なる個別の現象ではなく、波がその本質的な性質(波動性)を発現させる、普遍的な応答の形です。
まず私たちは、反射というステップにおいて、ダンスフロアの「壁」の性質が重要であることを見ました。壁が固く動かない「固定端」であれば、ダンサー(波)は逆さまになって(位相がπずれて)跳ね返り、壁が自由に動ける「自由端」であれば、同じ姿勢のまま(位相を変えずに)戻ってくる。この位相変化のルールは、今後のより複雑なダンス(定常波や干渉)の振り付けを理解する上で、決定的に重要となります。
次に、異なる材質のフロア(媒質)に足を踏み入れる屈折というステップを学びました。私たちは、スネルの法則という振り付けに従い、ダンサーの進む速さ(速さv
)とフロアの踊りにくさ(屈折率n
)に応じて、その進行方向を見事に変える様子を目の当たりにしました。そして、ある特定の条件下では、次のフロアに足を踏み入れることをやめ、すべてのエネルギーを注いで華麗にターンを決める全反射という究極の技が存在し、それが光ファイバーという現代技術の舞台で主役を演じていることを知りました。
最後に、舞台上の柱(障害物)を優雅に避けて回り込む回折という、波ならではのしなやかなステップを学びました。自分の体の大きさ(波長λ
)と柱の太さ(障害物の大きさd
)の関係によって、その回り込み方が変わるという、波の状況判断能力に触れました。
重要なのは、これら反射、屈折、回折という3つのステップが、すべてホイヘンスの原理という共通の「振り付けの基本思想」から生まれているということです。波は、常にその波面の各点から新しい可能性(素元波)を模索し、その総意(包絡面)として次の動きを決めています。この原理的な理解が、個々の現象をバラバラに暗記するのではなく、一つの統一された物語として捉えることを可能にします。
このモジュールの探求を終えた今、あなたの眼には、鏡の像も、水底の石も、壁の向こうのざわめきも、かつてとは違って見えているはずです。それらはもはや単なる日常の光景ではなく、波が境界と出会い、物理法則に従って繰り広げる、壮大で美しいダンスの一場面なのです。