【基礎 化学(理論)】Module 10:電離平衡(1)酸・塩基とpH

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本モジュールの目的と構成

Module 9では、化学反応が可逆的に進行し、最終的に到達する「化学平衡」という普遍的な状態について学びました。本モジュールでは、その化学平衡の中でも、水溶液中で起こる最も重要で身近な平衡の一つである、「電離平衡 (Ionization Equilibrium)」に焦点を当てます。特に、私たちの食生活から生命現象、化学工業に至るまで、あらゆる場面で中心的な役割を果たす「」と「塩基」が関わる平衡を探求します。

酸っぱい、苦い、ぬるぬるするといった、私たちが日常的に体験する性質の背後には、水溶液中のプロトン(水素イオン, H⁺)の挙動という、ミクロな世界の厳密なルールが存在します。このモジュールは、酸と塩基という概念を、歴史的な定義の進化から、より普遍的な理論へと深化させ、その性質の「強さ」や「濃さ」を、pHという世界共通の尺度で定量的に記述し、計算するための能力を養うことを目的とします。

このモジュールは、酸と塩基に関する基本概念の確立から、水溶液の性質を支配するpHの計算、そして酸・塩基の強さを分子構造から理解する応用まで、以下の論理的なステップで構成されています。

  1. 酸・塩基の定義の進化: まず、酸・塩基の概念が、初期の「アレニウスの定義」から、より広く、より本質的な「ブレンステッド・ローリーの定義」へと、どのように拡張されてきたのか、その歴史的・理論的な変遷を学びます。
  2. 酸・塩基の分類(価数と強弱): 酸・塩基を、放出できるH⁺やOH⁻の数を示す「価数」と、水中でどれだけ電離するかを示す「強弱」という二つの軸で分類する方法を学びます。
  3. 「弱さ」の定量的表現: 弱酸・弱塩基の不完全な電離を、その割合を示す「電離度」と、平衡状態を記述する「電離定数」という二つの指標を用いて、定量的に表現する方法をマスターします。
  4. pHの誕生: すべての水溶液の基準となる、水のわずかな自己電離と、それを支配する「水のイオン積 (Kw)」を理解します。そして、水素イオン濃度を、より扱いやすい対数目盛で表現する「pH」の定義を学びます。
  5. 強酸・強塩基のpH計算: 水中で完全に電離する強酸・強塩基について、その濃度から直接的にpHを計算する基本的な手法を習得します。
  6. 弱酸・弱塩基のpH計算: 電離平衡の状態にある弱酸・弱塩基について、電離定数を用いて平衡時の水素イオン濃度を求め、pHを計算する、より応用的な手法をマスターします。
  7. pHと液性の関係: pHの数値が、具体的にどのような酸性・中性・塩基性(アルカリ性)の状態に対応するのか、その関係を明確に整理します。
  8. 混合溶液のpH計算: 複数の酸や塩基を混合した場合、特に酸と塩基を混ぜて中和反応が起こった後の溶液のpHを計算する、実践的な問題解決能力を養います。
  9. 多段階電離: 硫酸や炭酸のように、複数のプロトンを段階的に放出できる「多価酸」の電離平衡について、その特徴を学びます。
  10. 酸・塩基の強さの根源: 最後に、なぜある酸は強酸で、別の酸は弱酸なのか、その強さの違いが分子のどのような構造的特徴に起因するのか、化学結合と電気陰性度の観点から探ります。

このモジュールを完遂したとき、皆さんは水溶液の世界を支配するプロトン(H⁺)の挙動を、電離平衡という化学の基本法則を通じて、定性的かつ定量的に解き明かすための、盤石な知的基盤を手にしていることでしょう。


目次

1. 酸と塩基の定義(アレニウス、ブレンステッド・ローリー)

「酸」と「塩基」は、化学の歴史において最も古くから知られている物質の分類の一つです。レモンの酸味、石鹸のぬめりといった身近な性質から、その概念は生まれました。科学の発展と共に、これらの性質を物質の構造レベルで説明するため、酸と塩基の定義もまた、より厳密で、より普遍的なものへと進化を遂げてきました。ここでは、その歴史的な二つの重要な定義、「アレニウスの定義」と「ブレンステッド・ローリーの定義」を学びます。

1.1. アレニウスの定義 (Arrhenius Definition)

19世紀後半、スウェーデンの科学者スヴァンテ・アレニウスは、電解質溶液の研究を通じて、酸と塩基の性質をイオンの観点から初めて科学的に定義しました。

アレニウスの酸: 水に溶けて、水素イオン (H⁺) を生じる物質。

\[ HCl \xrightarrow{H_2O} H^+ + Cl^- \]

アレニウスの塩基: 水に溶けて、水酸化物イオン (OH⁻) を生じる物質。

\[ NaOH \xrightarrow{H_2O} Na^+ + OH^- \]

この定義は、塩酸や硫酸が酸として、水酸化ナトリウムや水酸化カルシウムが塩基として振る舞う理由を、H⁺ と OH⁻ という具体的な化学種の存在によって見事に説明し、酸・塩基化学の大きな基礎を築きました。

アレニウスの定義の限界:

しかし、この定義にはいくつかの限界もありました。

  1. 水溶液中に限定: この定義は、溶媒がである場合にしか適用できません。
  2. OH⁻ を持たない塩基の説明不可: アンモニア (NH₃) は、水に溶けると塩基性を示しますが、その分子内に OH 基を持っておらず、OH⁻ を直接放出するわけではありません。アレニウスの定義では、アンモニアがなぜ塩基なのかをうまく説明できませんでした。

1.2. ブレンステッド・ローリーの定義 (Brønsted-Lowry Definition)

アレニウスの定義が持つ限界を克服するため、1923年、デンマークの化学者ヨハンス・ブレンステッドと、イギリスの化学者トーマス・ローリーは、それぞれ独立に、より一般的で強力な新しい定義を提唱しました。

この定義の核心は、OH⁻ イオンから離れ、プロトン (H⁺) の**授受(やり取り)**に焦点を当てたことです。

ブレンステッド・ローリーの酸プロトン (H⁺) を相手に与えることができる物質(プロトン供与体, proton donor)。

ブレンステッド・ローリーの塩基プロトン (H⁺) を相手から受け取ることができる物質(プロトン受容体, proton acceptor)。

この定義によれば、酸・塩基反応とは、ある物質から別の物質へのプロトンの移動であると再定義されます。

例1:塩化水素と水の反応

\[ \underset{\text{酸 (H⁺を出す)}}{HCl} + \underset{\text{塩基 (H⁺をもらう)}}{H_2O} \rightleftharpoons \underset{\text{}}{\ \ Cl^-} + \underset{\text{}}{H_3O^+} \]

  • HCl は、H₂O にプロトン (H⁺) を与えているのでです。
  • H₂O は、HCl からプロトンを受け取っているので塩基として働いています。

例2:アンモニアと水の反応

\[ \underset{\text{塩基 (H⁺をもらう)}}{NH_3} + \underset{\text{酸 (H⁺を出す)}}{H_2O} \rightleftharpoons \underset{\text{}}{\ \ NH_4^+} + \underset{\text{}}{OH^-} \]

  • NH₃ は、H₂O からプロトンを受け取っているので塩基です。(アレニウスの定義の謎が解けました!)
  • H₂O は、NH₃ にプロトンを与えているのでとして働いています。

1.3. 共役酸・塩基対 (Conjugate Acid-Base Pairs)

ブレンステッド・ローリーの定義は、反応の正逆を考えると、非常に美しい対称性を持っていることに気づきます。

先の塩化水素の反応の逆反応 (Cl⁻ + H₃O⁺ → HCl + H₂O) を見てみましょう。

  • H₃O⁺(オキソニウムイオン)は、Cl⁻ にプロトンを与えて H₂O になるので、として働いています。
  • Cl⁻ は、H₃O⁺ からプロトンを受け取って HCl になるので、塩基として働いています。

つまり、

  • 正反応で酸として働いた HCl がプロトンを失うと、逆反応では塩基として働く Cl⁻ になります。
  • 正反応で塩基として働いた H₂O がプロトンを受け取ると、逆反応では酸として働く H₃O⁺ になります。

このように、プロトン (H⁺) の授受によって互いに変換可能な酸と塩基のペアのことを、「共役酸・塩基対 (conjugate acid-base pair)」と呼びます。

  • HCl と Cl⁻ は、共役酸・塩基対です。(Cl⁻ は HCl の共役塩基
  • H₃O⁺ と H₂O は、共役酸・塩基対です。(H₃O⁺ は H₂O の共役酸

1.4. 水の両性 (Amphoterism of Water)

ブレンステッド・ローリーの定義を用いると、水の振る舞いの多様性が明確になります。

  • HCl との反応では、水はプロトンを受け取る塩基として振る舞いました。
  • NH₃ との反応では、水はプロトンを与えるとして振る舞いました。

このように、反応する相手によって、酸としても塩基としても働くことができる物質を「両性物質 (amphoteric substance)」と呼びます。水は、その代表的な例です。

ブレンステッド・ローリーの定義は、プロトンの移動という、より本質的な現象に注目することで、酸・塩基の概念を水溶液の枠組みから解放し、より広く、様々な化学反応を統一的に理解するための道を開いたのです。


2. 酸・塩基の価数と強弱

酸と塩基は、その種類によって性質が大きく異なります。その性質を特徴づける二つの重要な指標が、「価数 (valency)」と「強弱 (strength)」です。価数は、一つの分子がどれだけの数のプロトンや水酸化物イオンを放出できるかという「量」的な能力を示し、強弱は、その分子が水中でどれくらいの「割合」で電離するかという「質」的な能力を示します。この二つは全く異なる概念であり、正確に区別して理解することが不可欠です。

2.1. 価数 (Valency)

酸の価数:

酸の1分子が放出することのできるプロトン (H⁺) の数を、その酸の価数といいます。

  • 1価の酸 (Monoprotic Acid): 1分子あたり1個のH⁺を放出する。
    • 例: 塩酸 (HCl)硝酸 (HNO₃)酢酸 (CH₃COOH)
  • 2価の酸 (Diprotic Acid): 1分子あたり2個のH⁺を放出できる。
    • 例: 硫酸 (H₂SO₄)炭酸 (H₂CO₃)シュウ酸 (H₂C₂O₄)
  • 3価の酸 (Triprotic Acid): 1分子あたり3個のH⁺を放出できる。
    • 例: リン酸 (H₃PO₄)

塩基の価数:

塩基の1化学式単位が受け取ることのできるプロトン (H⁺) の数、または放出できる水酸化物イオン (OH⁻) の数を、その塩基の価数といいます。

  • 1価の塩基 (Monobasic Base): 1化学式単位あたり1個のOH⁻を放出、または1個のH⁺を受け取る。
    • 例: 水酸化ナトリウム (NaOH)水酸化カリウム (KOH)アンモニア (NH₃)
  • 2価の塩基 (Dibasic Base): 1化学式単位あたり2個のOH⁻を放出、または2個のH⁺を受け取る。
    • 例: 水酸化カルシウム (Ca(OH)₂)水酸化バリウム (Ba(OH)₂)炭酸ナトリウム (Na₂CO₃)
  • 3価の塩基 (Tribasic Base):
    • 例: 水酸化鉄(III) (Fe(OH)₃)

価数は、特に中和反応の量的関係を計算する際に、酸の価数 × 物質量 = 塩基の価数 × 物質量 という形で重要になります。

2.2. 強弱 (Strength)

酸・塩基の「強弱」は、濃度とは全く関係なく、その物質が水に溶けたときに、どれくらいの割合で電離してイオンになるかによって決まる、物質固有の性質です。

2.2.1. 強酸 (Strong Acid) と 強塩基 (Strong Base)

強酸・強塩基とは、水に溶けたときに、そのほとんどが完全に電離する酸・塩基のことです。

  • 特徴:
    • 電離は可逆反応ではなく、実質的に一方向(→)に進む不可逆反応と見なせます。
    • 電離度は、ほぼ 1 (α ≈ 1) です。
    • したがって、水溶液中の H⁺ または OH⁻ の濃度は、溶かした酸・塩基の元の濃度から直接計算できます。
  • 代表的な強酸:
    • 塩酸 (HCl)
    • 硝酸 (HNO₃)
    • 硫酸 (H₂SO₄)
  • 代表的な強塩基:
    • 水酸化ナトリウム (NaOH)
    • 水酸化カリウム (KOH)
    • 水酸化カルシウム (Ca(OH)₂)
    • 水酸化バリウム (Ba(OH)₂)(アルカリ金属およびアルカリ土類金属の水酸化物は、基本的に強塩基と覚えてよい。)

2.2.2. 弱酸 (Weak Acid) と 弱塩基 (Weak Base)

弱酸・弱塩基とは、水に溶けても、そのごく一部しか電離せず、大部分が分子のまま存在する酸・塩基のことです。

  • 特徴:
    • 電離は、未電離の分子と生成したイオンとの間の可逆反応 (⇌) であり、電離平衡の状態にあります。
    • 電離度は、1に比べて非常に小さい (0 < α << 1) です。
    • したがって、水溶液中の H⁺ や OH⁻ の濃度を求めるには、この電離平衡を考慮した計算が必要になります。
  • 代表的な弱酸:
    • 酢酸 (CH₃COOH)
    • 炭酸 (H₂CO₃)
    • リン酸 (H₃PO₄)
    • シュウ酸 (H₂C₂O₄)
  • 代表的な弱塩基:
    • アンモニア (NH₃)
    • 水酸化銅(II) (Cu(OH)₂)
    • 水酸化鉄(III) (Fe(OH)₃)

2.3. 「価数」と「強弱」は無関係

価数強弱は、全く独立した概念であり、両者の間に直接的な関係はありません。これらの組み合わせを混同しないことが非常に重要です。

1価2価3価
強酸HCl, HNO₃H₂SO₄
弱酸CH₃COOHH₂CO₃, H₂C₂O₄H₃PO₄
1価2価
強塩基NaOH, KOHCa(OH)₂, Ba(OH)₂
弱塩基NH₃Cu(OH)₂

例えば、

  • 硫酸 (H₂SO₄) は「2価の強酸」です。
  • 酢酸 (CH₃COOH) は「1価の弱酸」です。
  • アンモニア (NH₃) は「1価の弱塩基」です。

「価数が大きいから強い」とか「価数が小さいから弱い」といった考え方は、完全に誤りです。価数は分子の構造から決まる「ポテンシャル」であり、強弱は水との相互作用によって決まる「実際の解離のしやすさ」を表していると理解してください。


3. 電離度と電離定数

強酸・強塩基が水中でほぼ100%電離するのに対し、弱酸・弱塩基はごく一部しか電離せず、その大部分は分子のまま、イオンとの間で電離平衡の状態にあります。この「不完全な電離」の度合いを、定量的に表現するための二つの重要な指標が、「電離度 (degree of dissociation)」と「電離定数 (dissociation constant)」です。電離度は状況によって変わる「割合」を示すのに対し、電離定数は物質固有の「定数」であり、弱酸・弱塩基の強さを議論する上で本質的な役割を果たします。

3.1. 電離度 (Degree of Dissociation, α)

電離度 (α) とは、溶けている電解質の全物質量(モル数)のうち、電離している物質量の割合を示す値です。

\[

\text{電離度 } \alpha = \frac{\text{電離した電解質の物質量 [mol]}}{\text{溶解した電解質の総物質量 [mol]}}

\]

  • 値の範囲: α は割合なので、0 から 1 までの値をとり、通常は単位をつけません。
  • 強弱との関係:
    • 強電解質(強酸・強塩基): ほぼ完全に電離するため、α ≈ 1 と見なせます。
    • 弱電解質(弱酸・弱塩基): 一部しか電離しないため、0 < α << 1 となります。(例えば、0.01 や 0.02 といった小さな値をとります。)

電離度は定数ではない:

電離度 α の値は、物質の種類だけでなく、溶液の濃度や温度によっても変化します。

特に、弱電解質においては、「濃度が低い(希薄な)溶液ほど、電離度は大きくなる」という重要な性質があります(オストワルトの希釈律)。これは、溶液を薄めると、ルシャトリエの原理により、粒子数が増える方向、すなわち電離が進む方向に平衡が移動するためです。

3.2. 電離定数 (Dissociation Constant, K)

電離度は濃度によって変わってしまうため、弱酸・弱塩基の「本来の強さ」を比較するための普遍的な指標としては不向きです。そこで、濃度に依存しない、物質固有の定数として導入されるのが電離定数です。

電離定数は、電離平衡という化学平衡に対して、**質量作用の法則(平衡定数の法則)**を適用したものです。

3.2.1. 酸解離定数 (Acid Dissociation Constant, Ka)

弱酸 HA の水溶液中での電離平衡は、以下のように表せます。

\[ HA \rightleftharpoons H^+ + A^- \]

この平衡における濃度平衡定数を、特に酸解離定数 (\(K_a\)) と呼びます。

\[

\boldsymbol{K_a = \frac{[H^+][A^-]}{[HA]}}

\]

  • [ ] は、平衡状態における各化学種のモル濃度 [mol/L] を表します。

Ka の意味:

  • \(K_a\) の値は、温度が一定であれば、濃度によらず一定となります。
  • \(K_a\) は、その弱酸の強さを表す指標です。
    • 分子に生成物である [H⁺] が含まれているため、**\(K_a\) の値が大きいほど、平衡は右に偏っており、より多くのH⁺を放出する、すなわち「より強い弱酸」**であることを意味します。
    • 逆に、\(K_a\) の値が小さいほど、「より弱い弱酸」です。
  • 例 (25℃):
    • 酢酸: \(K_a = 1.8 \times 10^{-5}\) mol/L
    • 炭酸(第一電離): \(K_{a1} = 4.4 \times 10^{-7}\) mol/L(Kaが大きい酢酸の方が、炭酸よりも強い酸であることがわかります。)

3.2.2. 塩基解離定数 (Base Dissociation Constant, Kb)

同様に、弱塩基 BOH の水溶液中での電離平衡は、

\[ BOH \rightleftharpoons B^+ + OH^- \]

と表せます。(アンモニア NH₃ の場合は、NH₃ + H₂O ⇌ NH₄⁺ + OH⁻)

この平衡における濃度平衡定数を、塩基解離定数 (\(K_b\)) と呼びます。

\[

\boldsymbol{K_b = \frac{[B^+][OH^-]}{[BOH]}} \quad \text{または} \quad \boldsymbol{K_b = \frac{[NH_4^+][OH^-]}{[NH_3]}}

\]

Kb の意味:

  • \(K_b\) の値が大きいほど、より多くの OH⁻ を生じる、**「より強い弱塩基」**であることを意味します。

3.3. 電離度 (α) と電離定数 (Ka) の関係

弱酸 HA の初濃度を C [mol/L]、そのときの電離度を α とすると、平衡状態における各濃度は以下のように表せます。

HA ⇌ H⁺ + A⁻

  • 平衡時濃度:
    • [HA]: C – Cα = C(1-α)
    • [H⁺]
    • [A⁻]

これらを \(K_a\) の式に代入すると、

\[

K_a = \frac{(C\alpha)(C\alpha)}{C(1-\alpha)} = \frac{C\alpha^2}{1-\alpha}

\]

という、電離度と電離定数を結びつける重要な関係式が得られます。

近似式:

弱酸や弱塩基の場合、電離度 α は1に比べて非常に小さい (α << 1) ため、分母の 1-α は、ほぼ 1 と見なすことができます (\(1-\alpha \approx 1\))。

すると、上の式は以下のように著しく簡単になります。

\[

\boldsymbol{K_a \approx C\alpha^2}

\]

この近似式から、

\[ \boldsymbol{\alpha \approx \sqrt{\frac{K_a}{C}}} \]

という関係が導かれます。

この式は、先述のオストワルトの希釈律を数学的に示しています。すなわち、電離度 α は、濃度 C の平方根に反比例するため、溶液を薄める(Cを小さくする)ほど、α は大きくなるのです。

電離度は「ある条件下での状態」を、電離定数は「物質の不変の性質」を表す、という対比を理解することが、電離平衡をマスターする鍵です。


4. 水のイオン積 Kw と pH の定義

酸性や塩基性(アルカリ性)は、一般に水溶液の性質として議論されます。では、その溶媒である「水」自身は、完全に中性で、化学的に不活性な単なる媒体なのでしょうか。実は、水分子も、ごくわずかではありますが、自発的に電離してイオンになる能力を持っています。この水の「自己電離」こそが、あらゆる水溶液の酸性・塩基性を貫く普遍的な基準となり、私たちが日常的に耳にする「pH」という尺度を生み出す土台となっています。

4.1. 水の自己電離 (Self-ionization of Water)

純粋な水の中では、水分子同士がプロトン (H⁺) を授受しあう、以下のような電離平衡が、ごくわずかに成立しています。

\[ H_2O + H_2O \rightleftharpoons H_3O^+ + OH^- \]

これは、一方の水分子がブレンステッド・ローリーの酸として、もう一方の水分子が塩基として働いていることを示しています。

より簡潔に、この反応は以下のように書かれることが一般的です。

\[

\boldsymbol{H_2O \rightleftharpoons H^+ + OH^-}

\]

この反応により、純粋な水中にも、ごく微量の水素イオン (H⁺) と水酸化物イオン (OH⁻) が常に存在しています。純粋な水では、この反応によって生じる H⁺ と OH⁻ の物質量は等しくなります。

\[ [H^+] = [OH^-] \quad (\text{純粋な水または中性の水溶液において}) \]

4.2. 水のイオン積 (Ion Product of Water, Kw)

水の自己電離は可逆反応なので、平衡定数の式を立てることができます。

\[ K_c = \frac{[H^+][OH^-]}{[H_2O]} \]

しかし、水溶液中では、溶媒である水の濃度 [H₂O] は、ごく一部しか電離しないため、ほぼ一定(約 55.6 mol/L)と見なすことができます。

そこで、この一定である [H₂O] を、定数である K_c と掛け合わせた、新しい定数を定義します。これを「水のイオン積 (Ion Product of Water)」と呼び、記号 Kw で表します。

\[

K_c \times [H_2O] = [H^+][OH^-]

\]

\[

\boldsymbol{K_w = [H^+][OH^-]}

\]

Kw の重要な性質:

  • 定数性Kw の値は、温度が一定であれば、純粋な水でも、酸性または塩基性の水溶液でも、常に一定です。水溶液に酸を加えて [H⁺] が増加すると、その分だけ [OH⁻] が減少し、両者の積は常に Kw を保ちます。この [H⁺] と [OH⁻] のシーソーのような関係は、水溶液の性質を理解する上で極めて重要です。
  • 値: 精密な測定により、25℃ において、Kw は以下の値をとることが知られています。\[\boldsymbol{K_w = 1.0 \times 10^{-14} \ (\text{mol/L})^2} \quad (\text{at } 25^\circ\text{C})\]

この Kw の値を用いると、25℃ の純粋な水(中性)における [H⁺] と [OH⁻] を計算できます。

\[ [H^+][OH^-] = 1.0 \times 10^{-14} \]

\[ [H^+]^2 = 1.0 \times 10^{-14} \]

\[ [H^+] = \sqrt{1.0 \times 10^{-14}} = \boldsymbol{1.0 \times 10^{-7} \text{ mol/L}} \]

したがって、中性の水溶液では、[H⁺] = [OH⁻] = 1.0 × 10⁻⁷ mol/L となります。

4.3. pH の定義

水溶液中の水素イオン濃度 [H⁺] は、酸性・塩基性の度合いを示す直接的な指標ですが、その値は 10⁻¹ から 10⁻¹³ のように、非常に広い範囲の小さな値をとり、扱うのが不便です。

そこで、1909年、デンマークの生化学者セーレン・セーレンセンは、[H⁺] をより簡便な数値で表現するために、「水素イオン指数 (power of hydrogen)」、すなわち pH という尺度を提案しました。

pH は、水素イオン濃度の逆数の常用対数として定義される。

\[

\boldsymbol{pH = \log_{10}\frac{1}{[H^+]} = -\log_{10}[H^+]}

\]

  • log₁₀: 底を10とする常用対数。
  • pHは指数: pHは、水素イオン濃度を \(10^{-n}\) の形で表したときの、指数部分 n に相当する、と考えると直感的です。(例: \([H^+] = 10^{-3} \text{ mol/L} \Rightarrow pH = 3\))

pHの利点:

  • 非常に小さな濃度を、0〜14程度の、扱いやすい正の数で表現できる。
  • [H⁺] が10倍変化すると、pHは1変化するという、分かりやすい関係にある。

pOH と pKw:

同様に、水酸化物イオン濃度 [OH⁻] についても pOH を定義できます。

\[ pOH = -\log_{10}[OH^-] \]

また、水のイオン積の式 \([H^+][OH^-] = K_w = 1.0 \times 10^{-14}\) の両辺の -log₁₀ をとると、

\[ -\log_{10}([H^+][OH^-]) = -\log_{10}(1.0 \times 10^{-14}) \]

\[ (-\log_{10}[H^+]) + (-\log_{10}[OH^-]) = 14 \]

\[

\boldsymbol{pH + pOH = 14} \quad (\text{at } 25^\circ\text{C})

\]

という、pH と pOH の間の極めて有用な関係式が導かれます。この式を使えば、pH と pOH のどちらか一方が分かれば、もう一方を簡単に計算することができます。

pHは、単なる化学の専門用語ではありません。生物の体内環境の維持、土壌の健康、水質汚染の監視など、科学のあらゆる分野で用いられる、水溶液の世界を記述するための、まさに共通言語なのです。


5. 強酸・強塩基水溶液のpH計算

pHの概念を導入したことで、私たちはあらゆる水溶液の酸性・塩基性の度合いを、客観的な数値で表現できるようになりました。このセクションでは、その具体的な計算方法を学びます。まずは、最も単純なケースである「強酸」と「強塩基」の水溶液のpH計算です。強酸・強塩基は、水中でほぼ完全に電離(α ≈ 1)すると見なせるため、そのpH計算は、電離平衡を考慮する必要がなく、比較的直接的に行うことができます。

5.1. 計算の基本原理

強酸・強塩基のpH計算の根底にある原理は、非常にシンプルです。

溶かした強酸・強塩基は、100%イオンに分かれる。

したがって、

  • 強酸の場合:水素イオン濃度 [H⁺] は、溶かした酸のモル濃度から直接決まる。
  • 強塩基の場合:水酸化物イオン濃度 [OH⁻] は、溶かした塩基のモル濃度から直接決まる。

計算手順は、酸か塩基か、そして価数はいくつか、という点に注意すれば、ほぼ一本道です。

5.2. 強酸水溶液のpH計算

手順:

  1. 与えられた強酸のモル濃度 C [mol/L] を確認する。
  2. その酸の価数 n を確認する。
  3. 水素イオン濃度 [H⁺] = n × C を計算する。
  4. pH の定義式 pH = -log₁₀[H⁺] を用いて、pHを算出する。

例題1:1価の強酸

0.010 mol/L の塩酸 (HCl) のpHを求めよ。

解答プロセス:

  1. 濃度と価数: C = 0.010 mol/L, HCl は1価の酸 (n=1)。
  2. [H⁺] の計算: HCl は強酸なので、完全に電離する。HCl → H⁺ + Cl⁻[H⁺] = 1 × C = 1 × 0.010 = 0.010 mol/L = 1.0 × 10⁻² mol/L
  3. pHの計算:pH = -log₁₀(1.0 × 10⁻²) = – (log₁₀1.0 + log₁₀10⁻²) = – (0 + (-2)) = 2

例題2:2価の強酸

0.0050 mol/L の硫酸 (H₂SO₄) のpHを求めよ。(ただし、硫酸は完全に電離するものとする)

解答プロセス:

  1. 濃度と価数: C = 0.0050 mol/L, H₂SO₄ は2価の酸 (n=2)。
  2. [H⁺] の計算: H₂SO₄ は2段階で電離するが、強酸として扱う場合は2段階とも完全に電離すると考える。H₂SO₄ → 2H⁺ + SO₄²⁻[H⁺] = 2 × C = 2 × 0.0050 = 0.010 mol/L = 1.0 × 10⁻² mol/L
  3. pHの計算:pH = -log₁₀(1.0 × 10⁻²) = 2

5.3. 強塩基水溶液のpH計算

強塩基の場合は、まず [OH⁻] を求め、そこから pOH を経由して pH を求めるのが標準的なルートです。

手順:

  1. 与えられた強塩基のモル濃度 C [mol/L] を確認する。
  2. その塩基の価数 n を確認する。
  3. 水酸化物イオン濃度 [OH⁻] = n × C を計算する。
  4. pOH = -log₁₀[OH⁻] を計算する。
  5. pH = 14 – pOH の関係式を用いて、pHを算出する (25℃の場合)。

例題3:1価の強塩基

0.010 mol/L の水酸化ナトリウム (NaOH) 水溶液のpHを求めよ (25℃)。

解答プロセス:

  1. 濃度と価数: C = 0.010 mol/L, NaOH は1価の塩基 (n=1)。
  2. [OH⁻] の計算: NaOH は強塩基なので、完全に電離する。NaOH → Na⁺ + OH⁻[OH⁻] = 1 × C = 1 × 0.010 = 0.010 mol/L = 1.0 × 10⁻² mol/L
  3. pOHの計算:pOH = -log₁₀(1.0 × 10⁻²) = 2
  4. pHの計算:pH = 14 – pOH = 14 – 2 = 12

例題4:2価の強塩基

0.0050 mol/L の水酸化バリウム (Ba(OH)₂) 水溶液のpHを求めよ (25℃)。

解答プロセス:

  1. 濃度と価数: C = 0.0050 mol/L, Ba(OH)₂ は2価の塩基 (n=2)。
  2. [OH⁻] の計算:Ba(OH)₂ → Ba²⁺ + 2OH⁻[OH⁻] = 2 × C = 2 × 0.0050 = 0.010 mol/L = 1.0 × 10⁻² mol/L
  3. pOHの計算:pOH = -log₁₀(1.0 × 10⁻²) = 2
  4. pHの計算:pH = 14 – pOH = 14 – 2 = 12

5.4. 希釈とpH変化

強酸・強塩基の溶液を水で薄める(希釈する)と、pHはどのように変化するでしょうか。

  • 強酸: 10倍に薄めると、[H⁺] が 1/10 になる。pH = -log₁₀([H⁺]/10) = – (log₁₀[H⁺] – log₁₀10) = (-log₁₀[H⁺]) + 1 = (元のpH) + 1。10倍希釈するごとに、pHは1大きくなる(酸性が弱まる)。
  • 強塩基: 10倍に薄めると、[OH⁻] が 1/10 になる。pOH が1大きくなる。pH = 14 – pOH なので、10倍希釈するごとに、pHは1小さくなる(塩基性が弱まる)。

強酸・強塩基のpH計算は、すべてのpH計算の基礎となります。ここでの計算ロジックを確実にマスターすることが、次に学ぶ弱酸・弱塩基のより複雑な平衡計算へと進むための鍵となります。


6. 弱酸・弱塩基水溶液のpH計算

強酸・強塩基が水中で完全に電離するのとは対照的に、弱酸・弱塩基はごく一部しか電離せず、その電離は可逆反応として「電離平衡」の状態にあります。したがって、これらの水溶液のpHを計算するためには、単に初期濃度を見るだけでは不十分で、この平衡状態を考慮に入れる必要があります。計算には、その酸・塩基の「弱さ」を定量的に示す電離定数 (Ka, Kb) を用います。計算プロセスは強酸・強塩基より複雑になりますが、その根底にあるのは化学平衡の基本的な考え方です。

6.1. 弱酸水溶液のpH計算

基本原理:

弱酸 HA の初濃度を C [mol/L]、酸解離定数を Ka とします。

電離平衡は HA ⇌ H⁺ + A⁻ です。

この平衡状態における水素イオン濃度 [H⁺] を求め、そこからpHを計算します。

導出プロセス:

  1. 濃度の関係を整理する:電離度を α とすると、平衡時の各濃度は以下のようになります。
    • [H⁺] = Cα
    • [A⁻] = Cα
    • [HA] = C – Cα = C(1-α)
  2. 電離定数の式に代入する:\[ K_a = \frac{[H^+][A^-]}{[HA]} = \frac{(C\alpha)(C\alpha)}{C(1-\alpha)} = \frac{C\alpha^2}{1-\alpha} \]
  3. 近似を適用する:弱酸では、電離度 α は1に比べて非常に小さい (α << 1) ため、分母の 1-α ≈ 1 と近似できます。\[ K_a \approx C\alpha^2 \]
  4. [H⁺] を求めるための公式を導出する:
    • 上の近似式から、電離度 α は \( \alpha \approx \sqrt{K_a/C} \) となります。
    • これを [H⁺] = Cα に代入すると、\[ [H^+] = C \times \sqrt{\frac{K_a}{C}} = \sqrt{C^2 \times \frac{K_a}{C}} = \sqrt{CK_a} \]この \([H^+] = \sqrt{CK_a}\) が、弱酸のpH計算における最も重要な公式です。
  5. pHを計算する:\[ pH = -\log_{10}[H^+] = -\log_{10}(\sqrt{CK_a}) = -\frac{1}{2}\log_{10}(CK_a) \]

例題:

0.10 mol/L の酢酸 (CH₃COOH) 水溶液のpHを求めよ。ただし、酢酸の酸解離定数を \(K_a = 2.0 \times 10^{-5}\) mol/L、log₁₀2 = 0.30 とする。

解答プロセス:

  1. 公式を用いて [H⁺] を計算する:
    • C = 0.10 mol/L, \(K_a = 2.0 \times 10^{-5}\) mol/L\[ [H^+] = \sqrt{CK_a} = \sqrt{(0.10) \times (2.0 \times 10^{-5})} = \sqrt{2.0 \times 10^{-6}} \]\[ = \sqrt{2} \times \sqrt{10^{-6}} = 1.41 \times 10^{-3} \text{ mol/L} \](\(\sqrt{2} \approx 1.41\) を使ったが、log計算なので \(\sqrt{2}\) のままの方が楽)
  2. pHを計算する:\[ pH = -\log_{10}[H^+] = -\log_{10}(\sqrt{2} \times 10^{-3}) \]\[ = -(\log_{10}\sqrt{2} + \log_{10}10^{-3}) \]\[ = -(\frac{1}{2}\log_{10}2 + (-3)) \]\[ = -(\frac{1}{2} \times 0.30 – 3) = -(0.15 – 3) = -(-2.85) = \boldsymbol{2.85} \]

6.2. 弱塩基水溶液のpH計算

弱塩基の場合も、計算の論理は弱酸と全く同じです。まず [OH⁻] を求め、pOH を経由してpHを算出します。

基本原理:

弱塩基 BOH の初濃度を C [mol/L]、塩基解離定数を Kb とします。

電離平衡は BOH ⇌ B⁺ + OH⁻ です。

導出される公式:

弱酸の場合と全く同様の導出と近似により、以下の公式が得られます。

\[

\boldsymbol{[OH^-] = \sqrt{CK_b}}

\]

例題:

0.10 mol/L のアンモニア (NH₃) 水のpHを求めよ。ただし、アンモニアの塩基解離定数を \(K_b = 2.0 \times 10^{-5}\) mol/L、log₁₀2 = 0.30 とする (25℃)。

解答プロセス:

  1. 公式を用いて [OH⁻] を計算する:
    • C = 0.10 mol/L, \(K_b = 2.0 \times 10^{-5}\) mol/L\[ [OH^-] = \sqrt{CK_b} = \sqrt{(0.10) \times (2.0 \times 10^{-5})} = \sqrt{2.0 \times 10^{-6}} \]\[ = \sqrt{2} \times 10^{-3} \text{ mol/L} \]
  2. pOHを計算する:\[ pOH = -\log_{10}[OH^-] = -\log_{10}(\sqrt{2} \times 10^{-3}) \]\[ = -(\frac{1}{2}\log_{10}2 – 3) = -(0.15 – 3) = 2.85 \]
  3. pHを計算する:\[ pH = 14 – pOH = 14 – 2.85 = \boldsymbol{11.15} \]

弱酸・弱塩基のpH計算は、化学平衡の考え方を応用する、より実践的な問題です。近似の妥当性(Cに比べてKaが十分に小さい、αが十分に小さい)を常に念頭に置きながら、公式を正しく適用することが重要です。


7. pHと酸性・塩基性の関係

pHという尺度は、水溶液の酸性・塩基性(アルカリ性)の度合いを、0から14(25℃の場合)の範囲の数値で簡潔に表現する、非常に便利なものです。このセクションでは、pHの数値が具体的にどのような液性(酸性、中性、塩基性)に対応するのか、そしてその背景にある水素イオン濃度 [H⁺] と水酸化物イオン濃度 [OH⁻] の関係を、改めて明確に整理します。

7.1. 水のイオン積と中性の定義

すべての水溶液の酸性・塩基性の基準となるのは、純粋な水の状態です。

25℃の純粋な水では、水の自己電離 H₂O ⇌ H⁺ + OH⁻ によって、

\[ [H^+] = [OH^-] = 1.0 \times 10^{-7} \text{ mol/L} \]

という関係が成り立っています。

この、水素イオン濃度と水酸化物イオン濃度が等しい状態が、「中性 (Neutral)」の厳密な定義です。

このときのpHを計算すると、

\[ pH = -\log_{10}(1.0 \times 10^{-7}) = 7.0 \]

となります。これが、pH 7 が中性であると言われる理由です。

7.2. pHスケールと液性の関係 (at 25℃)

水のイオン積 [H⁺][OH⁻] = Kw = 1.0 × 10⁻¹⁴ は、どのような水溶液中でも成り立っています。この関係は、[H⁺] と [OH⁻] が互いに反比例する、シーソーのような関係にあることを意味します。

  • 酸を加える: 外部から H⁺ が供給され、[H⁺] が増加します。すると、Kwを一定に保つために、[OH⁻] は減少しなければなりません。
  • 塩基を加える: 外部から OH⁻ が供給され、[OH⁻] が増加します。すると、Kwを一定に保つために、[H⁺] は減少しなければなりません。

この [H⁺] の変化が、pHスケール上で以下のように表現されます。

酸性 (Acidic)

  • 定義[H⁺] > [OH⁻] となる状態。
  • [H⁺] の範囲[H⁺] > 1.0 × 10⁻⁷ mol/L
  • pHの範囲:
    • 例えば [H⁺] = 1.0 × 10⁻³ mol/L なら、pH = 3
    • 例えば [H⁺] = 1.0 × 10⁻⁶ mol/L なら、pH = 6
    • したがって、pH < 7.0 の範囲が酸性となります。
  • 特徴pHの数値が小さいほど、[H⁺] が高く、酸性が強いことを意味します。

中性 (Neutral)

  • 定義[H⁺] = [OH⁻] となる状態。
  • [H⁺] の値[H⁺] = 1.0 × 10⁻⁷ mol/L
  • pHの値pH = 7.0

塩基性(アルカリ性) (Basic / Alkaline)

  • 定義[H⁺] < [OH⁻] となる状態。
  • [H⁺] の範囲[H⁺] < 1.0 × 10⁻⁷ mol/L
  • pHの範囲:
    • 例えば [H⁺] = 1.0 × 10⁻⁹ mol/L なら、pH = 9
    • 例えば [H⁺] = 1.0 × 10⁻¹³ mol/L なら、pH = 13
    • したがって、pH > 7.0 の範囲が塩基性となります。
  • 特徴pHの数値が大きいほど、[H⁺] が低く(相対的に[OH⁻]が高く)、塩基性が強いことを意味します。

pHスケールのまとめ (25℃)

<– 酸性が強くなる | 中性 | 塩基性が強くなる –>

pH: 0 … 1 … 2 … 3 … 4 … 5 … 6 … 7 … 8 … 9 … 10 … 11 … 12 … 13 … 14

[H⁺]: 10⁰…10⁻¹…10⁻²……………….10⁻⁷……………….10⁻¹²…10⁻¹³…10⁻¹⁴

[OH⁻]: 10⁻¹⁴…10⁻¹³……………….10⁻⁷……………….10⁻²…10⁻¹…10⁰

7.3. 温度と中性のpH

水のイオン積 Kw は、温度に依存する定数です。水の自己電離は吸熱反応であるため、ルシャトリエの原理によれば、温度が高くなると、電離が進み、Kw の値は大きくなります。

  • :
    • 0℃ では、Kw ≈ 0.11 × 10⁻¹⁴ → 中性のpH ≈ 7.47
    • 25℃ では、Kw = 1.0 × 10⁻¹⁴ → 中性のpH = 7.00
    • 60℃ では、Kw ≈ 9.6 × 10⁻¹⁴ → 中性のpH ≈ 6.51

これは、「中性 = pH 7」という関係は、25℃においてのみ厳密に成り立つことを意味します。60℃の純水は、pHが6.51で、25℃の基準で見れば「酸性」に見えますが、その温度では [H⁺] = [OH⁻] が成り立っているため、紛れもなく「中性」なのです。

ただし、高校化学の範囲では、特に断りがない限り、25℃の系を前提として「pH 7 = 中性」として考えて問題ありません。

pHスケールは、水溶液の性質を理解し、比較するための、極めて明快で便利な「共通言語」として機能します。


8. 混合溶液のpH計算

これまでは単一の酸または塩基の水溶液のpH計算を扱ってきました。しかし、実際の化学の場面では、複数の酸や塩基を混ぜ合わせることが頻繁に起こります。このセクションでは、複数の溶液を混合した後のpHを計算する、より実践的な問題に取り組みます。計算の鍵となるのは、混合によって変化する「体積」と、反応によって変化する「物質量」を正確に追跡することです。ここでは、強酸と強塩基の混合に焦点を当てます。

8.1. 強酸と強酸、または強塩基と強塩基の混合

同じ種類の溶液(酸と酸、塩基と塩基)を混合する場合、化学反応は起こりません。したがって、計算は比較的単純です。

基本戦略:

  1. 混合前の各溶液に含まれる溶質の物質量 (mol) を、それぞれ計算する。
  2. 混合後の溶質の総物質量 (mol) と、溶液の総体積 (L) を求める。
  3. 最終的なモル濃度を計算し、そこからpHを求める。

例題1:強酸と強酸の混合

0.10 mol/L の塩酸 20 mL と 0.20 mol/L の塩酸 30 mL を混合した。混合溶液のpHを求めよ。

解答プロセス:

  1. 各溶液中の H⁺ の物質量を計算:
    • 0.10 mol/L 塩酸中の H⁺: 0.10 mol/L × (20/1000) L = 0.0020 mol
    • 0.20 mol/L 塩酸中の H⁺: 0.20 mol/L × (30/1000) L = 0.0060 mol
  2. 混合後の総物質量と総体積を計算:
    • H⁺ の総物質量 = 0.0020 mol + 0.0060 mol = 0.0080 mol
    • 溶液の総体積 = 20 mL + 30 mL = 50 mL = 0.050 L
  3. 混合後の [H⁺] と pH を計算:
    • [H⁺] = \( \frac{0.0080 \text{ mol}}{0.050 \text{ L}} = 0.16 \text{ mol/L} \)
    • pH = -log₁₀(0.16) = -log₁₀(16 × 10⁻²) = -(log₁₀16 – 2) = -(4log₁₀2 – 2)(log₁₀2 = 0.30 とすると) = -(4 × 0.30 – 2) = -(1.2 – 2) = 0.8

8.2. 強酸と強塩基の混合

強酸と強塩基を混合すると、中和反応 H⁺ + OH⁻ → H₂O が起こります。この反応は不可逆的であり、H⁺ と OH⁻ のうち、少ない方が完全に消費されます。したがって、混合後の液性は、どちらが過剰に存在するかによって決まります。

基本戦略:

  1. 混合前の酸から生じる H⁺ の物質量 (mol) と、塩基から生じる OH⁻ の物質量 (mol) を、それぞれ計算する。
  2. H⁺ と OH⁻ の量を比較し、どちらが過剰か、あるいはちょうど中和するかを判断する。
    • H⁺ > OH⁻: H⁺ が過剰。溶液は酸性になる。
    • H⁺ < OH⁻: OH⁻ が過剰。溶液は塩基性になる。
    • H⁺ = OH⁻: ちょうど中和。溶液は中性になる (pH=7 at 25℃)。
  3. 過剰に残ったイオンの物質量(差を求める)と、混合後の溶液の総体積から、最終的な [H⁺] または [OH⁻]を計算する。
  4. pH を算出する。

例題2:酸が過剰な場合

0.10 mol/L の塩酸 30 mL と 0.050 mol/L の水酸化ナトリウム水溶液 20 mL を混合した。混合溶液のpHを求めよ (25℃)。

解答プロセス:

  1. H⁺ と OH⁻ の物質量を計算:
    • H⁺ の物質量 = 1 (価) × 0.10 mol/L × (30/1000) L = 0.0030 mol
    • OH⁻ の物質量 = 1 (価) × 0.050 mol/L × (20/1000) L = 0.0010 mol
  2. 過不足を判断:
    • H⁺ (0.0030 mol) > OH⁻ (0.0010 mol) なので、H⁺ が過剰。溶液は酸性になる。
  3. 最終的な [H⁺] を計算:
    • 反応後に残る H⁺ の物質量 = 0.0030 mol – 0.0010 mol = 0.0020 mol
    • 混合後の総体積 = 30 mL + 20 mL = 50 mL = 0.050 L
    • [H⁺] = \( \frac{0.0020 \text{ mol}}{0.050 \text{ L}} = 0.040 \text{ mol/L} = 4.0 \times 10^{-2} \text{ mol/L} \)
  4. pHを計算:
    • pH = -log₁₀(4.0 × 10⁻²) = -(log₁₀4 – 2) = -(2log₁₀2 – 2)(log₁₀2 = 0.30 とすると) = -(2 × 0.30 – 2) = -(0.60 – 2) = 1.4

例題3:塩基が過剰な場合

0.10 mol/L の硫酸 10 mL と 0.10 mol/L の水酸化カリウム水溶液 30 mL を混合した。混合溶液のpHを求めよ (25℃)。

解答プロセス:

  1. H⁺ と OH⁻ の物質量を計算:
    • H₂SO₄ は2価の酸であることに注意。
    • H⁺ の物質量 = 2 (価) × 0.10 mol/L × (10/1000) L = 0.0020 mol
    • OH⁻ の物質量 = 1 (価) × 0.10 mol/L × (30/1000) L = 0.0030 mol
  2. 過不足を判断:
    • H⁺ (0.0020 mol) < OH⁻ (0.0030 mol) なので、OH⁻ が過剰。溶液は塩基性になる。
  3. 最終的な [OH⁻] を計算:
    • 反応後に残る OH⁻ の物質量 = 0.0030 mol – 0.0020 mol = 0.0010 mol
    • 混合後の総体積 = 10 mL + 30 mL = 40 mL = 0.040 L
    • [OH⁻] = \( \frac{0.0010 \text{ mol}}{0.040 \text{ L}} = 0.025 \text{ mol/L} = 2.5 \times 10^{-2} \text{ mol/L} \)
  4. pOH を経由して pH を計算:
    • pOH = -log₁₀(2.5 × 10⁻²) = -(log₁₀2.5 – 2)(log₁₀2.5 = log₁₀(10/4) = 1 – 2log₁₀2 = 1-0.6=0.4 とすると) = -(0.4 – 2) = 1.6
    • pH = 14 – pOH = 14 – 1.6 = 12.4

混合溶液のpH計算は、中和滴定の理論の基礎となる重要なスキルです。各イオンの物質量を正確に追跡し、中和反応による消費と、体積変化による濃度の変化の両方を考慮することが、正解への鍵となります。


9. 多段階電離

これまでは、塩酸 (HCl) や酢酸 (CH₃COOH) のように、1分子あたり1個のプロトン (H⁺) しか放出できない「1価の酸」を主に扱ってきました。しかし、世の中には、硫酸 (H₂SO₄) や炭酸 (H₂CO₃)、リン酸 (H₃PO₄) のように、1分子で2個以上のプロトンを放出できる酸が存在します。このような酸を「多価酸 (Polyprotic Acid)」と呼びます。

多価酸の電離は、複数のプロトンが一度にすべて放出されるのではなく、一段階ずつ、可逆的に進行するという特徴があります。この「多段階電離 (Multistage Dissociation)」の概念を理解することは、これらの酸が関わる水溶液の性質を、より正確に把握するために重要です。

9.1. 多段階電離のプロセス

2価の弱酸 H₂A を例に、その電離プロセスを見てみましょう。

水に溶けた H₂A は、以下のように二段階の電離平衡を経て、プロトンを放出します。

第一段階電離 (First Dissociation):

  • 最初のプロトンが放出されるプロセス。\[ H_2A \rightleftharpoons H^+ + HA^- \]
  • この平衡に対する酸解離定数を 第一解離定数 (\(K_{a1}\)) と呼びます。\[ K_{a1} = \frac{[H^+][HA^-]}{[H_2A]} \]

第二段階電離 (Second Dissociation):

  • 第一段階で生成した HA⁻ から、さらに二つ目のプロトンが放出されるプロセス。\[ HA^- \rightleftharpoons H^+ + A^{2-} \]
  • この平衡に対する酸解離定数を 第二解離定数 (\(K_{a2}\)) と呼びます。\[ K_{a2} = \frac{[H^+][A^{2-}]}{[HA^-]} \]

3価の酸であるリン酸 (H₃PO₄) であれば、第三段階電離と第三解離定数 (\(K_{a3}\)) まで存在します。

9.2. 各段階の電離定数の大きさの関係

多段階電離において、最も重要な経験則は以下の通りです。

第一解離定数は、第二解離定数よりもはるかに大きい。同様に、第二は第三よりもはるかに大きい。

\[ \boldsymbol{K_{a1} \gg K_{a2} \gg K_{a3} \dots} \]

通常、隣り合う解離定数の間には、10³〜10⁵倍程度の大きさの違いがあります。

例:炭酸 (H₂CO₃) at 25℃

  • 第一電離: H₂CO₃ ⇌ H⁺ + HCO₃⁻\(K_{a1} = 4.4 \times 10^{-7}\)
  • 第二電離: HCO₃⁻ ⇌ H⁺ + CO₃²⁻\(K_{a2} = 4.7 \times 10^{-11}\)(Kₐ₁ は Kₐ₂ の約1万倍も大きい)

理由:

この大きさの違いは、静電気的な反発によって説明できます。

  • 第一電離では、中性の分子 (H₂A) から、正の電荷を持つ H⁺ を引き離します。
  • 第二電離では、すでに負の電荷を帯びているイオン (HA⁻) から、正の電荷を持つ H⁺ をさらに引き離さなければなりません。負に帯電した本体と、正に帯電したプロトンの間には強い静電気的引力が働くため、二つ目のプロトンを引き離すのは、一つ目のプロトンを引き離すよりも、はるかに大きなエネルギーが必要となり、より起こりにくいのです。

9.3. 多価の弱酸水溶液のpH計算における近似

この \(K_{a1} \gg K_{a2}\) という事実から、多価の弱酸の水溶液のpHを計算する際に、非常に重要な近似が成り立ちます。

多価の弱酸の水溶液中の水素イオン濃度 [H⁺] は、実質的に、第一段階電離のみによって決まる。

理由:

第一解離定数 Kₐ₁ が、第二解離定数 Kₐ₂ よりも圧倒的に大きいため、第二段階目の電離は、第一段階目に比べて無視できるほどわずかしか起こりません。水溶液中に存在する H⁺ のほとんどすべてが、第一段階の電離によって供給されたものと見なすことができるのです。

したがって、2価や3価の弱酸であっても、そのpHを計算する際には、あたかも1価の弱酸であるかのように、第一段階の電離だけを考慮すれば、十分に正確な値が得られます。

例:0.10 mol/L 炭酸水溶液のpH計算

  • 考慮すべき平衡は、実質的に H₂CO₃ ⇌ H⁺ + HCO₃⁻ のみ。
  • [H⁺] は、\(\sqrt{CK_{a1}}\) の公式を使って計算できます。\[ [H^+] = \sqrt{0.10 \times (4.4 \times 10^{-7})} = \sqrt{44 \times 10^{-9}} = \sqrt{4.4} \times 10^{-4} \approx 2.1 \times 10^{-4} \text{ mol/L} \]
  • ここからpHを計算します。

9.4. 硫酸 (H₂SO₄) の特殊性

多価酸の中でも、硫酸 (H₂SO₄) は例外的な、特別な扱いが必要です。

  • 第一段階電離: H₂SO₄ → H⁺ + HSO₄⁻この反応は、強酸の電離であり、ほぼ100%進行します(不可逆)。
  • 第二段階電離: HSO₄⁻ ⇌ H⁺ + SO₄²⁻この反応は、弱酸の電離であり、可逆反応です。(Kₐ₂ ≈ 1.0 × 10⁻² と、弱酸の中では比較的強い)

したがって、硫酸水溶液中の [H⁺] は、

\[ [H^+] = (\text{第一電離で生じる H⁺}) + (\text{第二電離で生じる H⁺}) \]

となります。

もし硫酸の濃度が十分に濃い場合(例:0.1 mol/L)、第一電離で生じる [H⁺] (0.1 mol/L) が、第二電離で生じる [H⁺] (0.01 mol/L 未満) よりも十分に大きいため、近似的に「1価の強酸」として扱える場合もありますが、濃度が薄くなると第二電離の影響が無視できなくなり、計算はより複雑になります。

高校化学では、多くの場合「硫酸は2価の強酸として、完全に電離するものとする」という注釈が与えられますが、その背景にはこのような多段階電離の事実があることを理解しておくことが重要です。


10. 酸・塩基の強さと分子構造の関係

なぜ塩酸(HCl)は強酸で、フッ化水素(HF)は弱酸なのでしょうか。なぜ酢酸(CH₃COOH)は弱酸で、硫酸(H₂SO₄)は強酸なのでしょうか。酸・塩基の「強弱」は、単に暗記すべき事実ではなく、その物質の分子構造や、それを構成する原子の電気陰性度原子の大きさ、そして化学結合の強さといった、より根源的な性質によって決定される、論理的な帰結です。このセクションでは、酸と塩基の強さが、どのような分子的要因によって支配されているのかを探ります。

10.1. 酸の強さを決める要因

ブレンステッド・ローリーの定義によれば、酸の強さとは「プロトン (H⁺) の与えやすさ」です。分子 H-A が酸として働くとき、H-A ⇌ H⁺ + A⁻ という電離が起こります。この電離の起こりやすさ、すなわち酸の強さは、主に以下の二つの要因のバランスによって決まります。

  1. H-A 結合の極性: H-A 結合の極性が大きいほど、H原子はより強く正に帯電し (δ⁺)、A原子は負に帯電します (δ⁻)。これにより、H⁺ として引き離されやすくなるため、酸性は強くなります。この極性は、A原子の電気陰性度が大きいほど増大します。
  2. H-A 結合の強さ(結合エネルギー): H-A 結合が弱いほど、その結合を切断して H⁺ を遊離させるのに必要なエネルギーは少なくて済みます。したがって、酸性は強くなります。この結合の強さは、主に原子の大きさと関係し、A原子が大きいほど、Hとの結合距離が長くなり、結合は弱くなります。

10.2. 二元酸(水素化物)の強さの周期的傾向

10.2.1. 同じ周期での比較 (例: CH₄, NH₃, H₂O, HF)

周期表で同じ周期(第2周期)を左から右へ進むと、水素化物の酸性は以下のように増大します。

CH₄ < NH₃ << H₂O < HF

(メタンとアンモニアは、水溶液中では酸としてほとんど機能しない)

理由:

同じ周期では、原子の大きさはあまり変わりません。支配的な要因は「電気陰性度」です。

  • C < N < O < F の順に電気陰性度が大きくなります。
  • それに伴い、H-X 結合の極性が増大し、H原子の正の電荷 (δ⁺) が大きくなります。
  • 結果として、H⁺ を放出しやすくなり、酸性が強くなります。

10.2.2. 同じ族での比較 (例: HF, HCl, HBr, HI)

周期表で同じ族(17族、ハロゲン)を上から下へ進むと、水素化物の酸性は以下のように劇的に増大します。

HF (弱酸) << HCl (強酸) < HBr (強酸) < HI (強酸)

理由:

この場合、電気陰entropy度は F > Cl > Br > I の順に減少するため、極性の観点だけから言えば、HFが最も強い酸になるはずです。しかし、現実は逆です。これは、「結合の強さ(原子の大きさ)」が、電気陰性度の効果を上回る、支配的な要因となっているためです。

  • F < Cl < Br < I の順に原子半径が大きくなります。
  • そのため、H-X 間の結合距離が長くなり、**結合エネルギーは小さく(結合は弱く)**なります。
  • 結合が弱いため、H⁺ を引き離すのが容易になり、酸性は強くなります。

HFが弱酸である理由は、H-F結合が非常に強く、フッ素の電気陰性度が大きいために生じる分子間の強力な水素結合によって、電離が抑制されるためです。

10.3. オキソ酸の強さ

酸素原子を含む酸を「オキソ酸」と呼びます (例: H₂SO₄, HNO₃, HClO₄, CH₃COOH)。オキソ酸では、プロトンは必ず酸素原子に結合しています (X-O-H)。その酸性の強さは、中心原子Xや、それに結合する他の酸素原子の性質に依存します。

10.3.1. 中心原子が同じで、酸素の数が異なる場合 (例: HClO, HClO₂, HClO₃, HClO₄)

次亜塩素酸、亜塩素酸、塩素酸、過塩素酸を比較すると、酸性の強さは以下のようになります。

HClO (弱) < HClO₂ (弱) < HClO₃ (強) < HClO₄ (最強クラス)

理由:

中心原子 Cl に結合する酸素原子の数が多いほど、酸性は強くなります。

  • 酸素は非常に電気陰性度の高い原子です。
  • Clに結合するO原子の数が増えるほど、それらのO原子が、中心のCl原子を通して、O-H結合の電子を自身の方へ強く引きつけます(誘起効果)。
  • その結果、O-H結合の電子がO原子側にさらに偏り、結合の極性が極めて大きくなります。
  • H原子は非常に強い正の電荷を帯びるため、H⁺ として極めて解離しやすくなり、酸性が劇的に強くなります。

このルールは、硫酸 (H₂SO₄) が亜硫酸 (H₂SO₃) より、硝酸 (HNO₃) が亜硝酸 (HNO₂) より強い酸である理由も同様に説明できます。

10.3.2. 中心原子の電気陰性度が異なる場合 (例: HClO, HBrO, HIO)

同じ構造を持つオキソ酸で、中心のハロゲン原子だけが異なる場合、酸性の強さは以下のようになります。

HClO > HBrO > HIO

理由:

この場合、支配的な要因は、中心原子の電気陰性度です。

  • Cl > Br > I の順に電気陰性度が大きい
  • 電気陰性度の大きいClが、O-H結合の電子を最も強く引きつけるため、O-H結合の極性が最大となり、H⁺ が最も解離しやすくなります。
  • したがって、酸性も Cl > Br > I の順に強くなります。

このように、酸・塩基の強弱は、分子構造というミクロな世界の設計図から、電気陰性度や結合エネルギーといった物理化学の基本原理を通じて、論理的に予測することが可能なのです。


Module 10:電離平衡(1)酸・塩基とpHの総括:水溶液の世界を支配するプロトンの挙動を解明する

本モジュールでは、化学平衡の中でも特に、水溶液という普遍的な舞台で繰り広げられる「電離平衡」、すなわち酸と塩基の世界を探求してきました。私たちの旅は、酸と塩基の定義が、アレニウスの素朴な概念から、プロトン(H⁺)の授受という、より本質的で広範なブレンステッド・ローリーの理論へと深化する過程を追うことから始まりました。この新しい視点により、アンモニアのような物質がなぜ塩基として振る舞うのか、そして水が酸にも塩基にもなりうる両性物質であることが明らかになりました。

次に、私たちは酸と塩基の性質を「価数」と「強弱」という二つの軸で分類し、その「弱さ」を「電離度」と「電離定数」という定量的な言葉で記述する方法を学びました。この探求は、やがてすべての水溶液の基準となる、水の自己電離と「水のイオン積 (Kw)」へと私たちを導きました。そして、この普遍的な定数を土台として、私たちは水素イオン濃度の広大なスケールを、0から14という日常的な数値に圧縮する、エレガントな尺度「pH」を手にしました。

モジュールの後半では、このpHという強力なツールを用いて、水溶液の性質を具体的に計算するスキルを磨きました。強酸・強塩基の直接的な計算から、電離平衡を考慮した弱酸・弱塩基の計算、さらには複数の溶液を混合した後のpH予測まで、様々なシナリオに対応する論理的な思考プロセスを構築しました。多段階電離という、より複雑な平衡にも触れ、その挙動が解離定数の大きさによって、いかにシンプルに近似できるかを見ました。

最終的に、私たちの視点は再びミクロな分子の世界へと戻り、酸・塩基の強弱というマクロな性質が、分子構造、電気陰性度、結合エネルギーといった、原子レベルの設計図によって、いかに論理的に決定されているかを解き明かしました。

このモジュールを完遂した皆さんは、水溶液の酸性・塩基性という現象を、単なる色の変化や味覚としてではなく、その背後でプロトンが織りなす、厳密な平衡法則に支配されたダイナミックな世界として捉えることができるようになったはずです。pHを計算し、予測する力は、化学のあらゆる分野、そして生命科学や環境科学を理解するための、不可欠な分析の「眼」となるでしょう。


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