【基礎 化学(理論)】Module 12:酸化還元反応

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本モジュールの目的と構成

これまでのモジュールで、私たちは酸と塩基がプロトン(H⁺)をやり取りする反応について深く探求してきました。本モジュールでは、化学反応のもう一つの巨大な領域であり、プロトンの移動と双璧をなす重要なプロセス、「電子(e⁻)の移動」に焦点を当てます。それが「酸化還元反応 (Oxidation-Reduction Reaction / Redox Reaction)」です。鉄が錆び、物が燃え、私たちが呼吸によってエネルギーを得る。電池が電気を生み出し、漂白剤がシミを消す。これらの、一見無関係に見える現象はすべて、ある物質から別の物質へと電子が移動する、酸化還元反応という統一的な原理によって支配されています。

このモジュールは、化学変化の背後にある「電子の流れ」を可視化し、それを追跡し、そして応用するための理論と技術を体系的に学ぶことを目的とします。まず、酸化と還元の定義が、酸素のやり取りという古典的な概念から、電子の授受という、より普遍的で本質的な定義へとどのように進化してきたかを学びます。次に、あらゆる化合物中の原子の「隠れた電荷」ともいえる酸化数を決定するルールをマスターし、それを頼りに複雑な反応における電子の移動を正確に追跡します。

モジュールの後半では、この理論を具体的な化学現象へと応用します。金属が水や酸に溶けるかどうかを予言する「イオン化傾向」の序列を学び、それが電池(化学エネルギーから電気エネルギーへの変換)の基本原理とどう結びついているかを探ります。最後に、中和滴定と同様の原理で、未知の物質の濃度を決定する分析化学の強力な手法、「酸化還元滴定」の計算と原理を習得します。

このモジュールは、化学反応における電子のダイナミックな挙動を解き明かすため、以下の論理的なステップで構成されています。

  1. 酸化・還元の三つの定義: 酸化と還元の概念を、歴史的な「酸素」「水素」による定義から、現代化学の根幹である「電子」の授受による定義まで、その進化と本質を学びます。
  2. 酸化数の決定ルール: 複雑な化合物やイオンにおける電子の偏りを形式的に表す「酸化数」を、優先順位に基づいた明確なルールに従って決定するスキルを習得します。
  3. 酸化数による酸化還元の判断: 酸化数の変化を追跡することで、あらゆる化学反応が酸化還元反応であるか否かを、普遍的に判断する方法をマスターします。
  4. 酸化剤と還元剤: 反応における「役割」に着目し、相手を酸化する「酸化剤」(自身は還元される)と、相手を還元する「還元剤」(自身は酸化される)の定義を明確にします。
  5. 代表的な酸化剤・還元剤: 入試化学で頻出する、過マンガン酸カリウムや二クロム酸カリウムといった代表的な酸化剤・還元剤の働きと、その際に起こる変化を学びます。
  6. 半反応式の作り方: 酸化還元反応を、酸化と還元の二つの「半反応」に分割し、水、水素イオン、電子を用いて、それぞれの半反応式を機械的かつ正確に書くための体系的な手順を学びます。
  7. 酸化還元反応式の作り方: 二つの半反応式を組み合わせ、授受される電子の数を等しくすることで、複雑な酸化還元反応全体の化学反応式を完成させる方法をマスターします。
  8. 金属のイオン化傾向: 金属がどれだけ電子を失いやすいか(イオンになりやすいか)の序列である「イオン化傾向」を学び、金属の反応性を予測します。
  9. イオン化傾向と電池: イオン化傾向の差が、電池の起電力を生み出す原動力であることを、ダニエル電池を例に解き明かします。
  10. 酸化還元滴定: 酸化還元反応の厳密な量的関係を利用して、未知の濃度の溶液を決定する「酸化還元滴定」の原理と計算方法を学びます。

このモジュールを完遂したとき、皆さんは化学変化を駆動する根源的な力である「電子の流れ」を読み解き、エネルギー変換から物質分析まで、化学の広範な領域を貫く、強力な思考の枠組みを手にしていることでしょう。


目次

1. 酸化と還元の定義(酸素、水素、電子の授受)

「酸化」という言葉は、私たちの日常生活にも深く浸透しています。しかし、化学における「酸化」そしてその対となる「還元」の概念は、歴史と共にその意味を広げ、より深く、より本質的なものへと進化してきました。ここでは、その進化の過程をたどりながら、三つの異なる視点から酸化と還元の定義を学びます。

1.1. 古典的な定義:酸素原子 (O) の授受

最も古く、直感的な定義は、その名の通り「酸素 (Oxygen)」との化合に基づいています。

酸化 (Oxidation): ある物質が、**酸素原子と化合する(酸素原子を受け取る)**こと。

還元 (Reduction): ある物質が、酸素原子を失うこと。

例:酸化銅(II)と水素の反応

\[ \underset{\text{還元される}}{CuO} + H_2 \rightarrow \underset{\text{酸化される}}{Cu + H_2O} \]

  • 酸化銅(II) (CuO) は、酸素原子を失って銅 (Cu) になっているので、還元された
  • **水素 (H₂) **は、酸素原子を受け取って水 (H₂O) になっているので、酸化された

1.2. 少し拡張された定義:水素原子 (H) の授受

この定義は、特に有機化学の分野で、反応が酸化か還元かを判断する際に便利です。酸素の授受とは逆の関係になります。

酸化 (Oxidation): ある物質が、水素原子を失うこと。

還元 (Reduction): ある物質が、水素原子を受け取ること。

例:エタノールの酸化

\[ \underset{\text{酸化される}}{CH_3CH_2OH} \xrightarrow{[O]} \underset{\text{}}{CH_3CHO} + H_2O \]

エタノールは、2個の水素原子を失ってアセトアルデヒドになっています。したがって、エタノールは酸化された、と判断できます。

1.3. 現代的で最も本質的な定義:電子 (e⁻) の授受

酸素や水素が関与しない反応、例えば金属と金属イオンの反応など、より広範な化学反応を統一的に説明するために、科学者たちはさらに本質的な定義にたどり着きました。それは、化学変化の核心である「電子 (electron)」の移動に焦点を当てたものです。

酸化 (Oxidation): ある原子(またはイオン、分子)が、電子 (e⁻) を失うこと。

還元 (Reduction): ある原子(またはイオン、分子)が、電子 (e⁻) を受け取ること。

例:亜鉛と銅(II)イオンの反応

\[ Zn + Cu^{2+} \rightarrow Zn^{2+} + Cu \]

この反応を、電子の移動に着目して二つの半反応に分けて考えてみます。

  • 亜鉛 (Zn): 中性の亜鉛原子 (Zn) は、2個の電子を失って、亜鉛イオン (Zn²⁺) に変化しています。\[ Zn \rightarrow Zn^{2+} + 2e^- \]電子を失っているので、亜鉛は酸化された。
  • 銅(II)イオン (Cu²⁺): 銅(II)イオンは、2個の電子を受け取って、中性の銅原子 (Cu) に変化しています。\[ Cu^{2+} + 2e^- \rightarrow Cu \]電子を受け取っているので、銅(II)イオンは還元された。

この電子による定義は、酸素や水素の授受を伴う反応も、すべて説明することができます。例えば、2Cu + O₂ → 2CuO という反応では、Cu原子は電子を失ってCu²⁺イオンになり(酸化)、O原子は電子を受け取ってO²⁻イオンになっています(還元)。

したがって、電子の授受による定義が、最も普遍的で本質的な定義であると言えます。

1.4. 酸化と還元の同時性

どの定義で考えても、一つの極めて重要な原則があります。

酸化と還元は、必ず同時に起こる。

ある物質が電子を失う(酸化される)ためには、必ずその電子を受け取る相手(還元される物質)が存在しなければなりません。電子が何もない空間に放出されたり、どこからともなく現れたりすることはないのです。

このように、酸化と還元は、電子のキャッチボールのようなものであり、常にペアで起こる不可分な現象です。そのため、これらの反応をまとめて「酸化還元反応 (Redox Reaction)」と呼びます。


2. 酸化数の決定ルール

酸化還元反応が電子の移動であると理解したことで、次の課題は「共有結合でできた分子や、多原子イオンのように、イオンの価数が明確でない化合物において、どのように電子の移動を追跡するか」ということです。例えば、二酸化硫黄 (SO₂) が硫化水素 (H₂S) と反応して硫黄 (S) になるとき、どちらの硫黄原子が電子を失い、どちらが得たのでしょうか。

この問いに答えるための、極めて強力な会計ツールが「酸化数 (Oxidation Number)」です。酸化数は、各原子に形式的に割り当てられた「見かけの電荷」であり、その変化を追うことで、どんな複雑な反応でも電子の移動を明確に可視化することができます。

2.1. 酸化数とは

酸化数とは、化合物中のある原子について、その原子がどれだけ酸化または還元されているかを示す、形式的な電荷数のことです。

これは、以下の仮定に基づいて、各原子に割り当てられます。

もし、化合物中の各化学結合が、すべてイオン結合であったと仮定した場合に、各原子が持つであろう電荷。

共有結合の場合、共有電子対は、電気陰性度がより大きい方の原子に、すべて属しているものとして数えます。

例:塩化水素 (HCl)

  • Cl は H よりも電気陰性度が大きい。
  • 共有電子対 (電子2個) は、すべて Cl が獲得したと見なす。
  • H は電子を1個失った形になり、酸化数は +1
  • Cl は電子を1個余分に得た形になり、酸化数は -1

このように、酸化数は実際の電荷とは必ずしも一致しませんが、電子の偏りを追跡するための、非常に便利なルールベースの概念です。

2.2. 酸化数を決定するためのルール(優先順位付き)

酸化数は、以下のルールに、**上から順番(優先順位が高い順)**に適用していくことで、機械的に決定することができます。

ルール1:単体中の原子の酸化数は 0

  • 単体(H₂, O₂, Na, Fe など)を構成している原子の酸化数は、常に 0 です。

ルール2:単原子イオンの酸化数は、そのイオンの価数に等しい

  • Na⁺ のNaの酸化数は +1
  • Cl⁻ のClの酸化数は -1
  • Al³⁺ のAlの酸化数は +3
  • S²⁻ のSの酸化数は -2

ルール3:化合物中のフッ素原子 (F) の酸化数は -1

  • フッ素は全元素中で最も電気陰性度が大きいため、常に電子を1個獲得した状態と考え、酸化数は -1 とします。

ルール4:化合物中のアルカリ金属(1族)、アルカリ土類金属(2族)の酸化数

  • アルカリ金属 (Li, Na, Kなど) の酸化数は +1
  • アルカリ土類金属 (Mg, Ca, Baなど) の酸化数は +2

ルール5:化合物中の水素原子 (H) の酸化数は +1

  • 水素の酸化数は、原則として +1 です。
  • 例外: NaH (水素化ナトリウム) のような金属の水素化物中では、H は金属より電気陰性度が大きいため、酸化数は -1 となります。

ルール6:化合物中の酸素原子 (O) の酸化数は -2

  • 酸素の酸化数は、原則として -2 です。
  • 例外:
    • 過酸化物(H₂O₂ (過酸化水素) など、-O-O- 結合を持つ)中では -1
    • F との化合物(OF₂ (二フッ化酸素) など)中では、F の方が優先されるため、O の酸化数は +2 となります。

ルール7:化合物全体の酸化数の総和は 0

  • 化合物(全体として電荷を持たない分子)を構成するすべての原子の酸化数の総和は、必ず 0 になります。

ルール8:多原子イオン全体の酸化数の総和は、そのイオンの価数に等しい

  • 多原子イオン(SO₄²⁻, NH₄⁺ など)を構成するすべての原子の酸化数の総和は、そのイオン全体の電荷と等しくなります。

2.3. 酸化数の計算例

例題1:二酸化マンガン (MnO₂) 中の Mn の酸化数

  1. 化合物全体 (ルール7) → 総和 = 0
  2. O は原則 -2 (ルール6)
  3. Mn の酸化数を x とすると、x + (-2) × 2 = 0
  4. x - 4 = 0 →  x = +4

例題2:硫酸イオン (SO₄²⁻) 中の S の酸化数

  1. 多原子イオン全体 (ルール8) → 総和 = -2
  2. O は原則 -2 (ルール6)
  3. S の酸化数を x とすると、x + (-2) × 4 = -2
  4. x - 8 = -2 →  x = +6

例題3:二クロム酸カリウム (K₂Cr₂O₇) 中の Cr の酸化数

  1. 化合物全体 (ルール7) → 総和 = 0
  2. K はアルカリ金属なので +1 (ルール4)
  3. O は原則 -2 (ルール6)
  4. Cr の酸化数を x とすると、(+1) × 2 + x × 2 + (-2) × 7 = 0
  5. 2 + 2x - 14 = 0
  6. 2x = 12 → x = +6

この酸化数を決定するルールは、熱化学方程式のルールと同様に、機械的に適用できるよう徹底的に練習することが、酸化還元反応をマスターするための必須のステップです。


3. 酸化数の変化による酸化還元の判断

酸化数という強力なツールを手にしたことで、私たちは電子の移動を、より普遍的で客観的な方法で追跡できるようになります。酸化と還元の定義は、この酸化数の変化を用いて、以下のように再定義することができます。これは、あらゆる化学反応に適用可能な、最も強力な定義です。

3.1. 酸化数の変化による酸化・還元の再定義

酸化 (Oxidation): ある原子の酸化数が増加する変化。

還元 (Reduction): ある原子の酸化数が減少する変化。

この定義の背後にあるロジックは明快です。

  • 電子 (e⁻) は負の電荷を持っています。
  • ある原子が電子を失う(酸化される)と、その原子の負の電荷が減る(または正の電荷が増える)ため、酸化数は増加します。
  • ある原子が電子を受け取る(還元される)と、その原子の負の電荷が増えるため、酸化数は減少します。

覚え方:

数直線をイメージしてください。

  • 酸化数が増加する(右へ移動する)のが酸化
  • 酸化数が減少する(左へ移動する)のが還元

3.2. 酸化還元反応の判断プロセス

ある化学反応が酸化還元反応であるかどうかを判断するには、以下の手順に従います。

  1. 反応式の反応物と生成物の両方について、すべての原子の酸化数を、前のセクションで学んだルールに従って決定する。
  2. 各原子について、反応の前後で酸化数が変化しているかどうかを比較する。
  3. 少なくとも一つの原子でも酸化数が増加し、かつ、別の原子で酸化数が減少しているものがあれば、その反応は酸化還元反応である。
  4. どの原子の酸化数も変化していなければ、その反応は酸化還元反応ではない(例:中和、沈殿生成)。

3.3. 具体例による判断

例1:二酸化硫黄と硫化水素の反応

\[ \overset{+4 -2}{SO_2} + 2\overset{+1 -2}{H_2S} \rightarrow 3\overset{0}{S} + 2\overset{+1 -2}{H_2O} \]

  1. 各原子の酸化数を決定:
    • 反応物:
      • SO₂: Oは-2なので、Sは**+4**。
      • H₂S: Hは+1なので、Sは**-2**。
    • 生成物:
      • S: 単体なので、0
      • H₂O: Hは+1, Oは-2。
  2. 酸化数の変化を追跡:
    • S (SO₂由来): 酸化数が +4 → 0 に減少している。→ 還元された
    • S (H₂S由来): 酸化数が -2 → 0 に増加している。→ 酸化された
    • H, O: 酸化数に変化はない。
  3. 結論:酸化数が変化している原子が存在するため、これは酸化還元反応である。

例2:中和反応

\[ \overset{+1 -1}{HCl} + \overset{+1 -2 +1}{NaOH} \rightarrow \overset{+1 -1}{NaCl} + \overset{+1 -2}{H_2O} \]

  1. 各原子の酸化数を決定:
    • 反応物: H(+1), Cl(-1), Na(+1), O(-2), H(+1)
    • 生成物: Na(+1), Cl(-1), H(+1), O(-2)
  2. 酸化数の変化を追跡:
    • H: +1 → +1 (変化なし)
    • Cl: -1 → -1 (変化なし)
    • Na: +1 → +1 (変化なし)
    • O: -2 → -2 (変化なし)
  3. 結論:どの原子の酸化数も変化していないため、これは酸化還元反応ではない。

例3:金属の置換反応

\[ \overset{0}{Zn} + \overset{+1 -1}{2HCl} \rightarrow \overset{+2 -1}{ZnCl_2} + \overset{0}{H_2} \]

  • Zn0 → +2 (酸化数が増加 → 酸化された
  • H+1 → 0 (酸化数が減少 → 還元された
  • Cl: -1 → -1 (変化なし)
  • 結論酸化還元反応である。

酸化数の変化を追う方法は、電子の実際の授受が明確でない共有結合性の物質が関わる反応であっても、電子の移動を形式的に、しかし普遍的に捉えることを可能にする、酸化還元反応を分析するための必須のスキルです。


4. 酸化剤と還元剤の定義

酸化と還元が常に同時に起こるペアの反応であるように、その反応を引き起こす物質も、常にペアで存在します。酸化還元反応における各反応物は、自身が変化するだけでなく、相手の物質を変化させる「役割」を担っています。この「役割」に着目して、反応物を「酸化剤」と「還元剤」に分類します。これらの用語は、一見すると直感的でないため、その定義を正確に理解することが重要です。

4.1. 酸化剤 (Oxidizing Agent / Oxidant)

酸化剤とは、反応相手の物質を酸化させる物質のことです。

  • 酸化剤自身の変化:相手を酸化させるということは、相手から電子を奪うということです。電子 (e⁻) は負の電荷を持っているので、電子を受け取った酸化剤自身は、酸化数が減少します。すなわち、酸化剤自身は、反応において還元されます。

酸化剤 = 相手を酸化する = 電子を奪う = 自身は還元される = 自身の酸化数は減少する

4.2. 還元剤 (Reducing Agent / Reductant)

還元剤とは、反応相手の物質を還元させる物質のことです。

  • 還元剤自身の変化:相手を還元させるということは、相手に電子を与えるということです。電子を失った還元剤自身は、酸化数が増加します。すなわち、還元剤自身は、反応において酸化されます。

還元剤 = 相手を還元する = 電子を与える = 自身は酸化される = 自身の酸化数は増加する

4.3. 具体例による理解

例:CuO + H₂ → Cu + H₂O

  1. 酸化数の変化:
    • Cu: +2 → 0 (減少 → 還元された
    • H: 0 → +1 (増加 → 酸化された
  2. 役割の特定:
    • CuO: 相手である H₂ を酸化させた(HにOを与えた)ので、酸化剤です。そして、CuO自身は還元されています。
    • H₂: 相手である CuO を還元させた(CuOからOを奪った)ので、還元剤です。そして、H₂自身は酸化されています。

例:Zn + CuSO₄ → ZnSO₄ + Cu

イオン反応式で考えると Zn + Cu²⁺ → Zn²⁺ + Cu

  1. 酸化数の変化(電子の移動):
    • Zn: 0 → +2 (増加 → 酸化された
    • Cu: +2 → 0 (減少 → 還元された
  2. 役割の特定:
    • Zn: 相手である Cu²⁺ を還元させた(Cu²⁺に電子を与えた)ので、還元剤です。
    • Cu²⁺ (CuSO₄): 相手である Zn を酸化させた(Znから電子を奪った)ので、酸化剤です。

4.4. 酸化剤・還元剤であるための条件

ある物質が酸化剤として働くか、還元剤として働くかは、その物質を構成する原子が、それ以上酸化数を増減させられるかどうかで決まります。

  • 酸化剤としてのみ働く物質:構成原子が、その最高の酸化数をとっている物質。もはや電子を失うことはできず、受け取ることしかできないため、酸化剤としてのみ機能します。
    • :
      • 過マンガン酸カリウム (KMnO₄): Mn の酸化数は +7(マンガンの最高酸化数)。
      • 二クロム酸カリウム (K₂Cr₂O₇): Cr の酸化数は +6(クロムの最高酸化数)。
      • 濃硝酸 (HNO₃): N の酸化数は +5(窒素の最高酸化数)。
      • 熱濃硫酸 (H₂SO₄): S の酸化数は +6(硫黄の最高酸化数)。
  • 還元剤としてのみ働く物質:構成原子が、その最低の酸化数をとっている物質。もはや電子を受け取ることはできず、失うことしかできないため、還元剤としてのみ機能します。
    • :
      • 硫化水素 (H₂S): S の酸化数は -2(硫黄の最低酸化数)。
      • ヨウ化カリウム (KI): I の酸化数は -1(ヨウ素の最低酸化数)。
      • ほとんどの金属単体(Na, Zn など): 酸化数は 0 であり、正の酸化数しかとらないため、還元剤として働く。
  • 酸化剤としても還元剤としても働く物質:構成原子が、中間の酸化数をとっている物質。相手によっては、電子を失って酸化数を上げることも、電子を受け取って酸化数を下げることも可能です。
    • :
      • 過酸化水素 (H₂O₂): O の酸化数は -1。相手が強い還元剤なら、電子を受け取って -2 (H₂O) になり(酸化剤)、相手が強い酸化剤なら、電子を失って 0 (O₂) になる(還元剤)。
      • 二酸化硫黄 (SO₂): S の酸化数は +4。電子を受け取れば 0 (S) に(酸化剤)、電子を失えば +6 (SO₄²⁻) になれる(還元剤)。
      • 亜硝酸 (HNO₂): N の酸化数は +3

酸化剤と還元剤の概念は、酸化還元反応を「電子の奪い合い」というダイナミックな視点で捉えることを可能にし、反応の方向性を予測する上で重要な役割を果たします。


5. 代表的な酸化剤・還元剤とその働き

酸化還元反応の問題を解く上で、特定の物質が酸化剤として働くか、還元剤として働くか、そしてその際に自身がどのような物質に変化するのかを、あらかじめ知っておくことは極めて重要です。特に、過マンガン酸カリウムや二クロム酸カリウムのように、反応によって劇的な色の変化を伴う物質は、酸化還元滴定の指示薬としても利用されるため、その変化を確実に覚えておく必要があります。このセクションでは、大学入試で頻出する代表的な酸化剤と還元剤をリストアップし、それぞれの半反応をまとめます。

5.1. 代表的な酸化剤

酸化剤は、相手から電子を奪い、自身は還元されます(酸化数が減少します)。

  1. 過マンガン酸カリウム (KMnO₄)
    • 働き: 硫酸酸性水溶液中で、極めて強い酸化剤として働く。
    • 変化: 赤紫色の過マンガン酸イオン (MnO₄⁻) が、電子を5個受け取り、無色のマンガン(II)イオン (Mn²⁺) になる。
    • 酸化数の変化: Mn: +7 → +2
    • 半反応式(酸性):\[ \boldsymbol{MnO_4^- + 8H^+ + 5e^- \rightarrow Mn^{2+} + 4H_2O} \]
    • 特徴: 自身の赤紫色が消えることで反応の終点を知ることができるため(滴定指示薬不要)、酸化還元滴定で多用される。
  2. 二クロム酸カリウム (K₂Cr₂O₇)
    • 働き: 硫酸酸性水溶液中で、強い酸化剤として働く。
    • 変化: 赤橙(とう)色の二クロム酸イオン (Cr₂O₇²⁻) が、電子を6個受け取り、緑色のクロム(III)イオン (Cr³⁺) になる。
    • 酸化数の変化: Cr: +6 → +3
    • 半反応式(酸性):\[ \boldsymbol{Cr_2O_7^{2-} + 14H^+ + 6e^- \rightarrow 2Cr^{3+} + 7H_2O} \]
    • 特徴: この色の変化(赤橙→緑)も非常に特徴的。
  3. ハロゲン (Cl₂, Br₂, I₂)
    • 働き: 強い酸化作用を持つ。酸化力は Cl₂ > Br₂ > I₂ の順。
    • 変化: ハロゲン分子が、それぞれ電子を2個受け取り、無色のハロゲン化物イオンになる。
    • 半反応式:\[ \boldsymbol{Cl_2 + 2e^- \rightarrow 2Cl^-} \]
  4. 濃硝酸 (conc. HNO₃) / 希硝酸 (dil. HNO₃)
    • 働き: 相手の金属の種類や濃度によって生成物が変わる、複雑だが重要な酸化剤。
    • 変化: 窒素原子 (N) が電子を受け取る。
      • 濃硝酸: 主に**二酸化窒素 (NO₂) **(赤褐色・気体) を生成。 N: +5 → +4\[ HNO_3 + H^+ + e^- \rightarrow NO_2 + H_2O \]
      • 希硝酸: 主に一酸化窒素 (NO) (無色・気体) を生成。 N: +5 → +2\[ HNO_3 + 3H^+ + 3e^- \rightarrow NO + 2H_2O \]
  5. 熱濃硫酸 (hot conc. H₂SO₄)
    • 働き: 加熱した濃硫酸は、強い酸化作用を示す。(冷たい、あるいは希硫酸には酸化作用はほとんどない。)
    • 変化: 硫黄原子 (S) が電子を受け取り、**二酸化硫黄 (SO₂) **(刺激臭・気体) を生成。
    • 酸化数の変化: S: +6 → +4
    • 半反応式:\[ H_2SO_4 + 2H^+ + 2e^- \rightarrow SO_2 + 2H_2O \]
  6. 過酸化水素 (H₂O₂)
    • 働き: 相手が還元剤の場合、酸化剤として働く。
    • 変化: O原子が電子を受け取り、水 (H₂O) になる。
    • 酸化数の変化: O: -1 → -2
    • 半反応式:\[ H_2O_2 + 2H^+ + 2e^- \rightarrow 2H_2O \]

5.2. 代表的な還元剤

還元剤は、相手に電子を与え、自身は酸化されます(酸化数が増加します)。

  1. シュウ酸 (H₂C₂O₄) または シュウ酸イオン (C₂O₄²⁻)
    • 働き: 代表的な還元剤。過マンガン酸カリウム滴定などで用いられる。
    • 変化: 2つの炭素原子がそれぞれ電子を1個ずつ失い、**二酸化炭素 (CO₂) **になる。
    • 酸化数の変化: C: +3 → +4
    • 半反応式:\[ \boldsymbol{H_2C_2O_4 \rightarrow 2CO_2 + 2H^+ + 2e^-} \]
  2. 硫化水素 (H₂S)
    • 働き: 強い還元作用を持つ。
    • 変化: 硫黄原子 (S) が電子を失い、硫黄 (S) の単体が生成(白濁する)。
    • 酸化数の変化: S: -2 → 0
    • 半反応式:\[ H_2S \rightarrow S + 2H^+ + 2e^- \]
  3. ハロゲン化物イオン (I⁻, Br⁻, Cl⁻)
    • 働き: 還元作用を持つ。還元力は I⁻ > Br⁻ > Cl⁻ の順。特にヨウ化物イオン (I⁻) は強い還元剤として頻出。
    • 変化: ハロゲン化物イオンが電子を失い、ハロゲンの単体になる。
    • 半反応式:\[ \boldsymbol{2I^- \rightarrow I_2 + 2e^-} \]
  4. 硫酸鉄(II) (FeSO₄)
    • 働き: 鉄(II)イオン (Fe²⁺) が還元剤として働く。
    • 変化: Fe²⁺ が電子を1個失い、鉄(III)イオン (Fe³⁺) になる。
    • 酸化数の変化: Fe: +2 → +3
    • 半反応式:\[ \boldsymbol{Fe^{2+} \rightarrow Fe^{3+} + e^-} \]
  5. 二酸化硫黄 (SO₂)
    • 働き: 相手が酸化剤の場合、還元剤として働く。
    • 変化: S原子が電子を失い、硫酸イオン (SO₄²⁻) になる。
    • 酸化数の変化: S: +4 → +6
    • 半反応式:\[ SO_2 + 2H_2O \rightarrow SO_4^{2-} + 4H^+ + 2e^- \]
  6. 過酸化水素 (H₂O₂)
    • 働き: 相手が酸化剤の場合、還元剤として働く。
    • 変化: O原子が電子を失い、**酸素 (O₂) **の単体になる。
    • 酸化数の変化: O: -1 → 0
    • 半反応式:\[ H_2O_2 \rightarrow O_2 + 2H^+ + 2e^- \]

これらの代表的な物質の変化を覚えておくことは、複雑な酸化還元反応式を立てる際の、強力な足がかりとなります。


6. 半反応式の作り方

酸化還元反応全体を一度に考えるのは、しばしば複雑で困難です。特に、反応に水 (H₂O) や水素イオン (H⁺)、水酸化物イオン (OH⁻) が関わってくる場合、係数を合わせるのが難しくなります。この問題を解決するための極めて強力な手法が、反応全体を「酸化反応」と「還元反応」という二つの半反応 (Half-reaction) に分割して、それぞれについて式(半反応式)を立て、最後にそれらを合体させる、というアプローチです。このセクションでは、この半反応式を、機械的かつ正確に作成するための、体系的な手順を学びます。

6.1. 半反応式とは

半反応式とは、酸化還元反応のうち、酸化反応または還元反応のいずれか一方だけを取り出し、移動した電子 (e⁻) を明確に式に含めて表したものです。

  • 酸化の半反応式: 電子を**生成物側(右辺)**に書く。(例: Zn → Zn²⁺ + 2e⁻
  • 還元の半反応式: 電子を**反応物側(左辺)**に書く。(例: Cu²⁺ + 2e⁻ → Cu

6.2. 半反応式の作り方(酸性水溶液中)

多くの酸化還元反応は、硫酸などで酸性にした水溶液中で行われます。この場合の半反応式の作成には、以下の確立された手順があります。この手順を、思考停止で実行できるレベルまで習熟することが目標です。

手順:

  1. Step 1: 反応前後の主役の化学式を書く
    • 反応式の左辺に反応前の物質、右辺に反応後の物質を書く。
  2. Step 2: 酸化数の変化を調べ、OとH以外の原子の数を合わせる
    • 酸化数が変化した原子に着目し、その原子の数を両辺で合わせる。(例: Cr₂O₇²⁻ → 2Cr³⁺ のように、まずCrの数を合わせる)
  3. Step 3: 酸素原子 (O) の数を、H₂O を使って合わせる
    • 酸素原子が不足している側に、不足している数だけ水分子 (H₂O) を加える。
  4. Step 4: 水素原子 (H) の数を、H⁺ を使って合わせる
    • 水素原子が不足している側に、不足している数だけ水素イオン (H⁺) を加える。
  5. Step 5: 電荷の総和を、e⁻ を使って合わせる
    • 左辺と右辺の電荷の総和をそれぞれ計算する。
    • 電荷の総和が大きい(より正の)側に、両辺の電荷の差の数だけ電子 (e⁻) を加えることで、両辺の電荷を釣り合わせる。

例題:過マンガン酸イオン (MnO₄⁻) の還元の半反応式(酸性)

Step 1MnO₄⁻ → Mn²⁺

Step 2: 酸化数の変化は Mn: +7 → +2。主役である Mn の数は、両辺ともに1個なので、すでに合っている。

Step 3 (O原子): 左辺にOが4個あるので、右辺に 4H₂O を加える。

MnO₄⁻ → Mn²⁺ + 4H₂O

Step 4 (H原子): 右辺にHが 4×2=8個 できたので、左辺に 8H⁺ を加える。

MnO₄⁻ + 8H⁺ → Mn²⁺ + 4H₂O

(この時点で、原子の数はすべて合っているはず。)

Step 5 (電荷):

  • 左辺の電荷の総和 = (-1) + (+1)×8 = +7
  • 右辺の電荷の総和 = (+2) + 0 = +2左辺の方が電荷が 7 – 2 = 5 だけ大きいので、左辺に 5e⁻ を加える。MnO₄⁻ + 8H⁺ + 5e⁻ → Mn²⁺ + 4H₂O(左辺の電荷: (-1) + (+8) + (-5) = +2。右辺の電荷: +2。両辺の電荷が釣り合った。)

完成した半反応式:

\[ \boldsymbol{MnO_4^- + 8H^+ + 5e^- \rightarrow Mn^{2+} + 4H_2O} \]

6.3. 半反応式の作り方(中性・塩基性水溶液中)

中性や塩基性の条件下での反応では、H⁺ が豊富に存在しないため、上記の手順を少し修正する必要があります。

方法:

  1. まず、酸性条件の場合と全く同じ手順で、H⁺ と e⁻ を含む半反応式を完成させる。
  2. 式中に残っている H⁺ を消去するために、両辺に、H⁺ と同じ数の OH⁻ を加える
  3. H⁺ と OH⁻ が同じ辺に存在する場合、それらを結合させて H₂O にする。
  4. 両辺に H₂O が存在する場合は、少ない方を消去して整理する。

例題:過マンガン酸イオン (MnO₄⁻) の還元の半反応式(中性・塩基性)

中性・塩基性条件下では、MnO₄⁻ は還元されて、二酸化マンガン (MnO₂) の黒色沈殿になります。

Step 1 (酸性と同様に):

  1. MnO₄⁻ → MnO₂
  2. Mnの数は合っている。(酸化数: +7 → +4)
  3. 左辺にOが4個、右辺に2個なので、右辺に 2H₂O を加える。MnO₄⁻ → MnO₂ + 2H₂O
  4. 右辺にHが4個できたので、左辺に 4H⁺ を加える。MnO₄⁻ + 4H⁺ → MnO₂ + 2H₂O
  5. 電荷:左辺(-1+4=+3), 右辺(0)。左辺に 3e⁻ を加える。MnO₄⁻ + 4H⁺ + 3e⁻ → MnO₂ + 2H₂O (← 酸性条件での半反応式が完成)

Step 2 (H⁺の消去):

  • 式中に 4H⁺ があるので、両辺に 4OH⁻ を加える。MnO₄⁻ + 4H⁺ + 4OH⁻ + 3e⁻ → MnO₂ + 2H₂O + 4OH⁻

Step 3 (H₂Oの生成):

  • 左辺の 4H⁺ + 4OH⁻ は、4H₂O になる。MnO₄⁻ + 4H₂O + 3e⁻ → MnO₂ + 2H₂O + 4OH⁻

Step 4 (H₂Oの整理):

  • 両辺にある H₂O を消去する(左辺に4個、右辺に2個なので、右辺の2個を消し、左辺は2個残る)。MnO₄⁻ + 2H₂O + 3e⁻ → MnO₂ + 4OH⁻

完成した半反応式:

\[ \boldsymbol{MnO_4^- + 2H_2O + 3e^- \rightarrow MnO_2 + 4OH^-} \]

この体系的な手順に従えば、どんな複雑な酸化還元反応でも、その半反応式をパズルのように組み立てることが可能です。


7. 酸化還元反応式の作り方

酸化反応と還元反応の半反応式を、それぞれ独立に立てる方法をマスターしたことで、いよいよ酸化還元反応全体の化学反応式を完成させる準備が整いました。全体の反応式を作成するプロセスは、二つの半反応式を、授受される電子の数が等しくなるように組み合わせる、一種の「連立方程式」を解く作業に似ています。この手法を用いることで、複雑な反応の係数も、機械的かつ正確に決定することができます。

7.1. 基本原理:授受される電子の数は等しい

酸化還元反応の本質は、還元剤から酸化剤への電子の移動です。このとき、還元剤が失う電子の総数と、酸化剤が受け取る電子の総数は、必ず等しくなければなりません。電子が途中で消えたり、どこからともなく現れたりすることはないからです。

\[

\boldsymbol{(\text{失われた } e^- \text{ の総数}) = (\text{受け取られた } e^- \text{ の総数})}

\]

この「電子数の保存」が、二つの半反応式を組み合わせる際の、最も重要な指導原理となります。

7.2. 酸化還元反応式の作成手順

  1. Step 1: 酸化剤と還元剤を特定し、それぞれの半反応式を書く
    • 反応に関与する酸化剤と還元剤が、それぞれどのような物質に変化するのかを特定します。
    • 前のセクションで学んだ手順に従い、酸化剤の「還元の半反応式」と、還元剤の「酸化の半反応式」を、それぞれ正確に作成します。
  2. Step 2: 授受される電子 (e⁻) の数を等しくする
    • 二つの半反応式に書かれている電子の数が等しくなるように、各半反応式全体を、適切な整数倍します。(最小公倍数を見つける作業です。)
  3. Step 3: 二つの半反応式を足し合わせる
    • 電子数を揃えた二つの半反応式を、辺々足し合わせます。
    • このとき、左辺の電子と右辺の電子は、数が等しくなっているはずなので、相殺して消去します
  4. Step 4: 式を整理する
    • 両辺に共通して存在する化学種(通常は H⁺ や H₂O)があれば、それらも相殺して、最もシンプルな形のイオン反応式を完成させます。
  5. Step 5 (必要な場合): 傍観イオンを補い、化学反応式を完成させる
    • イオン反応式ではなく、完全な化学反応式が求められている場合は、反応に関与しなかった傍観イオン(スペクテイターイオン)(例: K⁺, SO₄²⁻ など)を両辺に補い、最終的な化学反応式とします。

7.3. 計算例題:過マンガン酸カリウムとシュウ酸の反応(酸性)

問題: 硫酸酸性の過マンガン酸カリウム (KMnO₄) 水溶液とシュウ酸 (H₂C₂O₄) 水溶液の反応を、化学反応式で表せ。

解答プロセス:

Step 1: 半反応式を書く

  • 酸化剤: 過マンガン酸イオン (MnO₄⁻) → マンガン(II)イオン (Mn²⁺)(還元の半反応式) MnO₄⁻ + 8H⁺ + 5e⁻ → Mn²⁺ + 4H₂O … (1)
  • 還元剤: シュウ酸 (H₂C₂O₄) → 二酸化炭素 (CO₂)(酸化の半反応式) H₂C₂O₄ → 2CO₂ + 2H⁺ + 2e⁻ … (2)

Step 2: 電子の数を揃える

  • 式(1)では 5e⁻、式(2)では 2e⁻ が授受されています。
  • 5と2の最小公倍数は 10 です。
  • 電子の数を 10e⁻ に揃えるため、
    • 式(1) を 2倍 する。
    • 式(2) を 5倍 する。
  • (1) × 22MnO₄⁻ + 16H⁺ + 10e⁻ → 2Mn²⁺ + 8H₂O
  • (2) × 55H₂C₂O₄ → 10CO₂ + 10H⁺ + 10e⁻

Step 3: 二つの式を足し合わせ、電子を消去する

(2MnO₄⁻ + 16H⁺ + 10e⁻) + (5H₂C₂O₄) → (2Mn²⁺ + 8H₂O) + (10CO₂ + 10H⁺ + 10e⁻)

電子 10e⁻ を両辺から消去します。

2MnO₄⁻ + 16H⁺ + 5H₂C₂O₄ → 2Mn²⁺ + 8H₂O + 10CO₂ + 10H⁺

Step 4: 式を整理する (H⁺を消去)

  • 左辺に 16H⁺、右辺に 10H⁺ があるので、右辺の 10H⁺ を消去し、左辺は (16-10)=6H⁺ が残ります。2MnO₄⁻ + 6H⁺ + 5H₂C₂O₄ → 2Mn²⁺ + 8H₂O + 10CO₂これが、この反応のイオン反応式です。

Step 5: 傍観イオンを補い、化学反応式を完成させる

  • 元の反応物は KMnO₄ と H₂C₂O₄ であり、硫酸酸性なので、溶液中には傍観イオンである K⁺ と SO₄²⁻ が存在します。
  • 左辺の 2MnO₄⁻ には、対となる陽イオン 2K⁺ を加えます。
  • 左辺の 6H⁺ には、対となる陰イオン 3SO₄²⁻ を加えます(硫酸 3H₂SO₄ 由来と考える)。
  • これで、左辺は 2KMnO₄ + 5H₂C₂O₄ + 3H₂SO₄ となります。
  • 左辺に加えたイオン 2K⁺ と 3SO₄²⁻ を、右辺にも同じだけ加えます。
  • 右辺の 2Mn²⁺ は 2SO₄²⁻ と結びついて 2MnSO₄ に。
  • 残りの 2K⁺ と 1SO₄²⁻ が結びついて K₂SO₄ に。
  • H₂O と CO₂ はそのままです。

最終的な化学反応式:

\[

\boldsymbol{2KMnO_4 + 5H_2C_2O_4 + 3H_2SO_4 \rightarrow 2MnSO_4 + K_2SO_4 + 10CO_2 + 8H_2O}

\]

この体系的なアプローチを用いれば、一見して係数が複雑に見える酸化還元反応式も、恐れることなく、論理的に導き出すことができます。


8. 金属のイオン化傾向と反応性

金属は、その種類によって、化学的な反応性が大きく異なります。例えば、ナトリウムは水と激しく反応しますが、金や白金は王水のような特殊な酸にしか溶けません。この金属の反応性の違いを序列化したものが、「イオン化傾向 (Ionization Tendency)」です。イオン化傾向は、金属原子が水溶液中でどれだけ電子を失って陽イオンになりやすいかを示す、相対的な尺度です。この序列を理解することは、金属の様々な反応(水や酸との反応、金属の置換反応)を予測し、さらには電池の原理を理解するための基礎となります。

8.1. イオン化傾向の定義

イオン化傾向とは、金属の単体が水溶液中で電子 (e⁻) を放出して、陽イオンになろうとする性質の強さのことです。

\[ M \rightarrow M^{n+} + ne^- \]

この反応が起こりやすい金属ほど、「イオン化傾向が大きい」といいます。イオン化傾向が大きい金属は、

  • 電子を失いやすい
  • 酸化されやすい
  • 還元剤として強力である
  • 反応性が高いという性質を持ちます。

8.2. 金属のイオン化列 (Activity Series)

様々な金属のイオン化傾向の大きさを、相対的に大きいものから小さいものへと順に並べたものを「金属のイオン化列」と呼びます。これは、必ず暗記すべき、極めて重要な序列です。

K > Ca > Na > Mg > Al > Zn > Fe > Ni > Sn > Pb > (H₂) > Cu > Hg > Ag > Pt > Au

覚え方の例(語呂合わせ):

「貸そう(K)かな(Ca, Na)、まあ(Mg)あ(Al)て(Zn, Fe)に(Ni)すん(Sn)な、ひど(H₂)すぎる(Cu, Hg)借金(Ag, Pt, Au)」

(リ(Li)ッチに貸そうかな…のように、Liを含める場合もある。LiはNaとKの間に位置するが、標準電極電位では最も大きい。)

この序列の中で、**水素 (H₂) **が括弧書きで含まれているのが重要なポイントです。水素は金属ではありませんが、酸との反応における基準となるため、この位置に含められています。

8.3. イオン化傾向から予測できる金属の反応性

イオン化列を覚えておけば、様々な条件下での金属の反応性を、簡単に予測することができます。

8.3.1. 空気(酸素)との反応

  • K, Ca, Na: イオン化傾向が極めて大きく、常温でも空気中の酸素と速やかに反応(酸化)する。石油中に保存する必要がある。
  • Mg, Al, Zn, Fe: 空気中で表面は酸化されるが、その酸化物の被膜(不動態)が内部を保護し、それ以上反応が進みにくくなることがある(特にAl)。鉄は湿った空気中では錆びる。
  • Cu, Hg, Ag: 空気中で加熱すると酸化される。
  • Pt, Au: イオン化傾向が極めて小さく、空気中で加熱しても酸化されない(貴金属)。

8.3.2. 水との反応

  • K, Ca, Na: イオン化傾向が非常に大きく、常温の水と激しく反応して、**水素 (H₂) **を発生し、水酸化物となる。\[ 2Na + 2H_2O \rightarrow 2NaOH + H_2 \uparrow \]
  • Mg, Al, Zn, Fe高温の水蒸気と反応して、水素を発生する。常温の水とはほとんど反応しない(Mgは熱水と反応)。
  • (H₂)よりイオン化傾向が小さい金属 (Cu, Hg, Ag, Pt, Au): 高温の水蒸気とも反応しない

8.3.3. 酸との反応

  • (H₂)よりイオン化傾向が大きい金属 (K~Pb):
    • 塩酸 (HCl) や希硫酸 (H₂SO₄) のような、酸化力のない酸と反応して、**水素 (H₂) **を発生して溶ける。\[ Zn + 2HCl \rightarrow ZnCl_2 + H_2 \uparrow \]
  • (H₂)よりイオン化傾向が小さい金属 (Cu, Hg, Ag):
    • 塩酸や希硫酸とは反応しない
    • しかし、酸化力のある酸である硝酸 (HNO₃) や熱濃硫酸 (H₂SO₄) とは反応して溶ける。このとき、発生するのは水素ではなく、酸自身が還元された気体(NO, NO₂, SO₂など)である。\[ Cu + 2H_2SO_4 (\text{熱濃}) \rightarrow CuSO_4 + 2H_2O + SO_2 \uparrow \]
  • (Pt, Au): 硝酸と塩酸を混合した王水でないと溶けない。

8.3.4. 金属イオンとの反応(金属の置換)

  • 原理: イオン化傾向が大きい金属の単体は、イオン化傾向が小さい金属の陽イオンを含む水溶液に入れると、電子を奪ってその金属を析出させ、自身はイオンとなって溶ける。\[ (\text{イオン化傾向 大の金属}) + (\text{イオン化傾向 小の金属イオン}) \rightarrow (\text{イオン化傾向 大の金属イオン}) + (\text{イオン化傾向 小の金属}) \]
  • : 硫酸銅(II) (CuSO₄) 水溶液に、亜鉛 (Zn) 板を浸す。
    • イオン化傾向は Zn > Cu
    • したがって、Zn原子が電子を放出して Zn²⁺ として溶け出し、その電子を水溶液中の Cu²⁺ イオンが受け取って Cu の単体として析出する。\[ Zn + CuSO_4 \rightarrow ZnSO_4 + Cu \](亜鉛板の表面に、赤褐色の銅が付着する。)
  • 逆の反応は起こらない: 硫酸亜鉛 (ZnSO₄) 水溶液に銅 (Cu) 板を浸しても、イオン化傾向が Cu < Zn なので、何も反応は起こらない。

イオン化傾向は、金属の酸化のされやすさ、すなわち還元剤としての強さの序列に他なりません。この序列が、次に学ぶ電池の起電力を生み出す、根本的な駆動力となります。


9. 金属のイオン化傾向と電池

酸化還元反応は、単に物質を変化させるだけでなく、エネルギーの変換を伴うプロセスです。特に、自発的に進行する酸化還元反応が持つ化学エネルギーを、電気エネルギーとして取り出す装置が「電池 (Battery / Voltaic Cell)」です。電池が機能する最も基本的な原理は、二種類の異なる金属の「イオン化傾向の差」を利用することにあります。イオン化傾向の序列を理解した今、私たちは電池がどのようにして電気を生み出すのか、その仕組みを分子レベルで解き明かすことができます。

9.1. 電池の基本原理

電池が成立するための三つの基本要素は、

  1. イオン化傾向の異なる二種類の金属(電極)
  2. 電解質水溶液
  3. 導線(外部回路)です。

原理:

  • イオン化傾向の異なる二つの金属を電解質水溶液に浸し、導線で結ぶと、イオン化傾向が大きい方の金属が電子を放出して陽イオンとなり、溶け出します(酸化)。
  • この放出された電子が、導線を通って、イオン化傾向が小さい方の金属へと移動します。
  • 電子を受け取ったイオン化傾向の小さい方の金属の表面で、水溶液中の陽イオン(例えば H⁺ や Cu²⁺)が電子を受け取り、還元されます(還元)。
  • この電子の流れこそが「電流」であり、電池は自発的な酸化還元反応を、酸化が起こる場所と還元が起こる場所を空間的に分離し、電子を外部の導線を経由させることで、電気エネルギーを取り出しているのです。

9.2. ダニエル電池:典型的な化学電池

電池の構造と原理を理解するための最も古典的で重要なモデルが、「ダニエル電池」です。

構造:

  • 負極 (Anode)亜鉛 (Zn) 板を、硫酸亜鉛 (ZnSO₄) 水溶液に浸したもの。
  • 正極 (Cathode)銅 (Cu) 板を、硫酸銅(II) (CuSO₄) 水溶液に浸したもの。
  • 素焼き板 (Porous Plate): 二つの水溶液を隔てつつ、イオンが移動できるようにするための仕切り。

イオン化傾向Zn > Cu

反応:

  1. 負極(アノード)での反応【酸化】:
    • イオン化傾向が大きい亜鉛 (Zn) が、電子を2個放出して、亜鉛イオン (Zn²⁺) として溶液中に溶け出します。
    • Zn → Zn²⁺ + 2e⁻
    • 電子を放出する電極なので、負極と呼ばれます。
  2. 正極(カソード)での反応【還元】:
    • 負極で放出された電子が、導線を通ってイオン化傾向の小さい銅 (Cu) 板へと移動してきます。
    • 銅板の表面で、硫酸銅(II)水溶液中の銅(II)イオン (Cu²⁺) が、その電子を受け取って、銅の単体 (Cu) として析出します。
    • Cu²⁺ + 2e⁻ → Cu
    • 電子が流れ込んでくる電極なので、正極と呼ばれます。
  3. 全体の反応:二つの半反応式を足し合わせると、電池全体の反応式が得られます。\[ \boldsymbol{Zn + Cu^{2+} \rightarrow Zn^{2+} + Cu} \](または、Zn + CuSO₄ → ZnSO₄ + Cu)

電子と電流の流れ:

  • 電子 (e⁻) は、負極(亜鉛)から正極(銅)へと、導線を通って流れます。
  • 電流の向きは、電子の流れとは逆向きと定義されているため、正極(銅)から負極(亜鉛)へと流れます。

素焼き板の役割:

もし二つの溶液が完全に隔離されていると、負極側では Zn²⁺ が増えて正の電荷が過剰になり、正極側では Cu²⁺ が減って SO₄²⁻ による負の電荷が過剰になり、すぐに反応が止まってしまいます。素焼き板は、これらの電荷の偏りを解消するために、イオン(主に負極側から正極側へ Zn²⁺ が、正極側から負極側へ SO₄²⁻ が)をゆっくりと通過させ、電気的な中性を保つ役割を担っています。

9.3. イオン化傾向と起電力

電池の起電力 (Electromotive Force, EMF) とは、電子を流そうとする「圧力」のようなものであり、その単位はボルト (V) です。

電池の起電力の大きさは、二つの電極に用いた金属のイオン化傾向の差が大きいほど、大きくなります。

  • イオン化列で、二つの金属がより遠く離れているほど、電子を押し出す力(酸化)と引きつける力(還元)のポテンシャル差が大きくなり、高い電圧(起電力)が得られます。

例えば、亜鉛と銅の組み合わせよりも、さらにイオン化傾向の差が大きいマグネシウム (Mg) と銅 (Cu) を用いて電池を作れば、より高い起電力が得られます。

イオン化傾向という、金属の基本的な化学的性質が、酸化還元反応を通じて、私たちの生活に不可欠な電気エネルギーを生み出す原動力となっているのです。


10. 酸化還元滴定の原理と計算

中和滴定が、酸と塩基の反応の厳密な量的関係を利用して未知の濃度を決定する手法であったように、「酸化還元滴定 (Redox Titration)」は、酸化還元反応の厳密な量的関係を利用して、未知の濃度の酸化剤または還元剤の濃度を決定する、強力な分析化学の手法です。その原理と計算方法は中和滴定と非常によく似ていますが、反応に関わるのがプロトン (H⁺) ではなく、電子 (e⁻) である点が異なります。

10.1. 酸化還元滴定の原理

目的: 濃度が不明な酸化剤(または還元剤)の試料溶液のモル濃度を、正確に決定すること。

原理:

濃度が正確にわかっている還元剤(または酸化剤)の標準溶液を、ビュレットから試料溶液に滴下していきます。

酸化還元反応が進行し、やがて試料中の酸化剤(還元剤)がすべて反応しきる「当量点(終点)」に達します。

この当量点では、酸化剤が受け取った電子の総物質量 [mol] と、還元剤が放出した電子の総物質量 [mol] が、ちょうど等しくなります。

\[

\boldsymbol{(\text{酸化剤が受け取る } e^- \text{ の物質量}) = (\text{還元剤が放出する } e^- \text{ の物質量})}

\]

この関係式が、酸化還元滴定のすべての計算の基礎となります。

10.2. 量的関係の公式

中和滴定の aCaVa = bCbVb と同様の公式を、酸化還元滴定でも立てることができます。

  • 酸化剤の溶液について、
    • モル濃度を \(C_{ox}\) [mol/L]
    • 体積を \(V_{ox}\) [mL]
    • 1分子あたりが受け取る電子の数を \(n_{ox}\) (半反応式の e⁻ の係数)とすると、酸化剤が受け取る電子の総物質量は、\[ e^- \text{ の物質量} = n_{ox} \times C_{ox} \times \frac{V_{ox}}{1000} \]
  • 還元剤の溶液について、
    • モル濃度を \(C_{red}\) [mol/L]
    • 体積を \(V_{red}\) [mL]
    • 1分子あたりが放出する電子の数を \(n_{red}\) (半反応式の e⁻ の係数)とすると、還元剤が放出する電子の総物質量は、\[ e^- \text{ の物質量} = n_{red} \times C_{red} \times \frac{V_{red}}{1000} \]

当量点ではこれらの量が等しくなるため、以下の公式が成り立ちます。

\[

\boldsymbol{n_{ox} C_{ox} V_{ox} = n_{red} C_{red} V_{red}}

\]

(ここでも、\(V_{ox}, V_{red}\) は両辺で単位が揃っていれば mL のままで計算可能です。)

10.3. 終点の決定方法

中和滴定ではpH指示薬を用いましたが、酸化還元滴定の終点は、どのようにして判断するのでしょうか。

  1. 反応物自身の色の変化を利用する(指示薬不要):滴定に用いる酸化剤や還元剤自身が、反応の前後で明確な色を持つ場合、その色が変化する点を終点とすることができます。
    • 最も代表的な例:過マンガン酸カリウム (KMnO₄) 滴定
      • KMnO₄ 水溶液は、鮮やかな赤紫色をしています。
      • これが還元剤と反応すると、無色のマンガン(II)イオン (Mn²⁺) になります。
      • 滴定中は、滴下した KMnO₄ はすぐに反応して無色になりますが、当量点に達し、試料中の還元剤がすべて消費された後、次の一滴の KMnO₄ を加えた瞬間に、その赤紫色が消えずに溶液全体に薄く着色します。この点を終点とします。
  2. 専用の酸化還元指示薬を用いる:特定の酸化還元電位で変色する、特殊な指示薬(例:デンプン水溶液、ジフェニルアミンなど)を少量加えておき、その変色を終点とします。
    • 例:ヨウ素滴定ヨウ素 (I₂) とチオ硫酸ナトリウム (Na₂S₂O₃) の滴定では、終点近くでデンプン水溶液を指示薬として加えます。溶液中にヨウ素が残っている間は、ヨウ素デンプン反応により青紫色を呈しますが、ヨウ素がすべて消費された瞬間に、この色がフッと消えて無色になります。

10.4. 計算例題

問題:

濃度未知の過酸化水素 (H₂O₂) 水 10 mL を硫酸酸性にした後、0.020 mol/L の過マンガン酸カリウム (KMnO₄) 水溶液で滴定したところ、10 mL を加えたところで終点に達した。元の過酸化水素水のモル濃度は何 mol/L か。

解答プロセス:

  1. 酸化剤と還元剤の半反応式を書く:
    • 酸化剤 (KMnO₄): MnO₄⁻ + 8H⁺ + 5e⁻ → Mn²⁺ + 4H₂O→ 1分子あたり 5個の電子を受け取る (\(n_{ox} = 5\))
    • 還元剤 (H₂O₂): H₂O₂ → O₂ + 2H⁺ + 2e⁻→ 1分子あたり 2個の電子を放出する (\(n_{red} = 2\))
  2. 各物質の価数、濃度、体積を整理する:
    • 酸化剤 (KMnO₄):
      • \(n_{ox} = 5\)
      • \(C_{ox} = 0.020\) mol/L
      • \(V_{ox} = 10\) mL
    • 還元剤 (H₂O₂):
      • \(n_{red} = 2\)
      • \(C_{red} = ?\) mol/L
      • \(V_{red} = 10\) mL
  3. 量的関係の公式に代入する:\[ n_{ox} C_{ox} V_{ox} = n_{red} C_{red} V_{red} \]\[ 5 \times 0.020 \times 10 = 2 \times C_{red} \times 10 \]
  4. 未知の濃度 \(C_{red}\) について解く:\[ 1.0 = 20 C_{red} \]\[ C_{red} = \frac{1.0}{20} = \boldsymbol{0.050 \text{ mol/L}} \]したがって、過酸化水素水のモル濃度は 0.050 mol/L である。

酸化還元滴定は、半反応式を正しく立て、授受される電子の数を正確に把握することさえできれば、中和滴定と同じ論理で計算できる、非常に強力な分析手法です。


Module 12:酸化還元反応の総括:化学変化を駆動する電子の流れを追う

本モジュールでは、燃焼から生命維持、エネルギー生産に至るまで、私たちの世界を根底から支える化学反応、「酸化還元反応」の探求を行いました。その旅は、酸化と還元の定義が、酸素や水素の授受という古典的なイメージから、より本質的で普遍的な「電子の移動」として再定義される過程を追うことから始まりました。この新しい視点を手にした私たちは、あらゆる化学反応における電子の動きを可視化するための会計ツール、「酸化数」の決定ルールを習得しました。酸化数の増減を追跡することで、私たちはどんな複雑な反応も、それが電子のやり取りを伴う酸化還元反応であるか否かを、明確に判断する力を身につけました。

次に、私たちは反応における「役割」に注目し、電子を奪う「酸化剤」と、電子を与える「還元剤」の概念を学び、その代表例と働きを整理しました。そして、本モジュールの核心的なスキルとして、複雑な酸化還元反応を、酸化と還元の「半反応式」に分割し、授受される電子の数を揃えて足し合わせることで、全体の反応式を機械的かつ論理的に構築する、強力な手法をマスターしました。

モジュールの後半では、この酸化還元の原理が、具体的な化学現象としてどのように現れるかを探りました。金属が陽イオンになろうとする性質の序列「イオン化傾向」が、金属と酸や水との反応性を支配し、さらにはイオン化傾向の異なる金属を組み合わせることで、自発的な電子の流れ、すなわち「電池」の起電力が生まれるという、化学エネルギーと電気エネルギーの変換の原理を解き明かしました。

最終的に、私たちはこの厳密な電子の量的関係を、分析化学の精密な技術「酸化還元滴定」へと応用しました。過マンガン酸カリウムの鮮やかな色の変化などを目印に、未知の濃度の物質を正確に決定する計算プロセスは、酸化還元の理論が持つ実践的な力の証明です。

このモジュールを完遂した皆さんは、もはや化学反応を、単なる原子の組み替えとしてだけでなく、その背後で繰り広げられる、ダイナミックな「電子のキャッチボール」として捉えることができるようになったはずです。化学変化を駆動するこの根源的な電子の流れを読み解き、予測し、そして応用する力。それこそが、化学という学問の深遠さと、その広大な可能性を理解するための、揺るぎない知的基盤となるでしょう。


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