【基礎 生物】Module 4:遺伝情報とDNA

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本モジュールの目的と構成

生命の最も驚くべき特徴の一つは、その精巧な設計図を、世代から世代へと、驚くほどの正確さで受け継いでいく能力です。親が子に似るのはなぜか。細胞は分裂するとき、どのようにして自身の完全なコピーを作り出すのか。そして、生命活動のあらゆる局面を支配する、この膨大な情報の本体とは、一体何なのでしょうか。本モジュールでは、生命の連続性と多様性の根源をなす「遺伝情報」とその物質的実体である「DNA」の世界へと、深く分け入っていきます。

この探求は、さながら一冊の壮大な歴史ミステリーを読み解く旅のようです。まず、科学者たちがいかにして遺伝子の本体がタンパク質ではなくDNAであることを突き止めたか、そのドラマチックな探求の歴史を追います。次に、ワトソンとクリックによる二重らせん構造の発見という、20世紀科学の金字塔を打ち立てた瞬間に立ち会い、その構造の美しさが、いかにして情報の安定的な保持と正確な複製という機能を内包しているかを理解します。そして、この「生命の書」がどのようにして誤りなくコピーされ(複製)、もし誤りが生じた場合にどのように修復されるのか、その驚くべき校正システムに光を当てます。

さらに、ゲノム、遺伝子、染色体といった、この情報を組織化するための概念と構造を学び、生命の設計図がどのようにファイリングされているのかを明らかにします。また、この設計図に生じる「誤植」(突然変異)がもたらす影響や、設計図をアミノ酸の言葉に翻訳するための「文法」(遺伝暗号)についても探求します。最後に、生命の定義の境界線上に存在するウイルスという存在を通して、遺伝情報システムの普遍性と多様性を再確認します。

本モジュールは、以下の論理的な道筋で、生命の情報科学の核心に迫ります。

  1. 遺伝子の本体の探求: 20世紀前半の科学者たちが、グリフィス、エイブリー、そしてハーシーとチェイスの画期的な実験を通じて、遺伝子の本体がDNAであることを突き止めるまでの、知的な探偵物語を追体験します。
  2. DNAの二重らせん構造: ワトソンとクリックがいかにして、生命の秘密を解く鍵である二重らせん構造を発見したか、その背景と構造の持つ根源的な意味を解き明かします。
  3. DNAの半保存的複製のメカニズム: 二重らせん構造が示唆した複製メカニズム、「半保存的複製」が、メセルソンとスタールのエレガントな実験によって、いかにして証明されたかを学びます。
  4. ゲノムと、遺伝子の概念: 生命の全設計図である「ゲノム」と、その中の個別の命令である「遺伝子」とは何か、その基本的な概念を定義します。
  5. 原核生物と真核生物のゲノム構造の違い: 生命の二大様式である原核生物と真核生物で、その設計図の管理・保管方法がどのように異なっているかを比較します。
  6. 染色体の構造: 長大なDNAが、いかにして核という微小な空間に、ヌクレオソームやクロマチンといった階層的な構造をとることで、効率よく収納されているのか、そのパッキング技術に迫ります。
  7. 突然変異の種類: 設計図に生じる「誤植」である突然変異にはどのような種類があり、それらが生命にどのような影響を及ぼすのかを学びます。
  8. 遺伝暗号の性質: DNAの塩基配列という4文字の言葉が、タンパク質のアミノ酸配列という20文字の言葉へと翻訳される際の、普遍的な「文法ルール」である遺伝暗号の性質を解読します。
  9. 遺伝情報の複製における、正確性と修復機構: 生命の設計図がいかにして驚異的な正確さで複製され、損傷から守られているのか、その校正・修復システムを探ります。
  10. ウイルスの構造と、その増殖: 生命と無生物の境界に存在するウイルス。その単純な構造と増殖戦略を通して、遺伝情報システムの多様性と本質を考察します。

このモジュールを終えるとき、皆さんは生命を「自己を複製する情報システム」として捉える視点を獲得し、遺伝という現象を分子レベルの言葉で語ることができるようになるでしょう。

目次

1. 遺伝子の本体の探求(グリフィス、エイブリー、ハーシーとチェイスの実験)

20世紀初頭、トーマス・ハント・モーガンの研究などにより、遺伝子が染色体上に存在することは明らかになっていました。しかし、染色体は主にDNAタンパク質という二種類の物質から構成されています。生命の多様で複雑な機能を担うのはタンパク質であり、その構成単位であるアミノ酸は20種類も存在します。一方、DNAは、わずか4種類のヌクレオチドが単調に繰り返すだけの、単純な分子だと考えられていました。そのため、当時の科学者の多くは、複雑な遺伝情報を担うのは、より複雑な構造を持つタンパク質に違いない、と考えていました。遺伝子の本体はDNAか、それともタンパク質か――。この科学史上の大いなる謎を解き明かしたのが、三つの画期的な実験でした。

1.1. 最初のヒント:グリフィスの形質転換実験 (1928年)

遺伝子の本体の正体に迫る最初の重要な手がかりは、イギリスの細菌学者フレデリック・グリフィス (Frederick Griffith) による肺炎双球菌を用いた実験から得られました。肺炎双球菌には、二つの異なる株(系統)が存在します。

  • S型菌 (Smooth strain): 細胞の外側に莢膜(きょうまく)と呼ばれる多糖類の厚い殻を持ち、コロニー(菌の集落)が滑らか(Smooth)に見える。この莢膜が免疫系から菌体を守るため、病原性を持つ(マウスに注射すると肺炎を起こして死ぬ)。
  • R型菌 (Rough strain): 莢膜を持たず、コロニーが粗く(Rough)見える。莢膜がないため免疫系に容易に排除され、病原性を持たない(マウスに注射しても死なない)。

グリフィスは、これらの菌を使って、以下の一連の実験を行いました。

  1. 実験1: 生きたS型菌をマウスに注射する。→ マウスは発病して死亡した。マウスの血液からはS型菌が検出された。
  2. 実験2: 生きたR型菌をマウスに注射する。→ マウスは生存した。
  3. 実験3: S型菌を加熱殺菌し、マウスに注射する。→ マウスは生存した。(加熱により病原性が失われた)
  4. 実験4(決定的実験): 加熱殺菌したS型菌と、生きたR型菌を混合して、マウスに注射する。→ なんと、マウスは発病して死亡した。そして、その死体からは、注射したはずのない生きたS型菌が検出された。

この実験4の結果は、驚くべきものでした。死んだS型菌に含まれていた何らかの「物質」が、無害なR型菌に取り込まれ、その性質を病原性のあるS型菌へと変化させた、としか考えられません。グリフィスは、この現象を形質転換 (Transformation) と名付け、R型菌をS型菌に変える原因となった物質を「形質転換物質」と呼びました。この物質こそ、遺伝子の本体である可能性が強く示唆されましたが、グリフィス自身は、その正体を突き止めるには至りませんでした。

1.2. 容疑者の絞り込み:エイブリーらの実験 (1944年)

グリフィスの発見から16年後、アメリカの科学者オズワルド・エイブリー (Oswald Avery) とその同僚たちは、形質転換物質の正体を化学的に特定しようと試みました。彼らのアプローチは、非常に論理的で明快なものでした。

実験手順:

  1. 大量に培養したS型菌を加熱殺菌し、破砕して、細胞の抽出液を作る。この抽出液には、DNA、タンパク質、炭水化物など、S型菌のあらゆる成分が含まれている。
  2. この抽出液が、R型菌をS型菌に形質転換させる能力を持つことを確認する。(試験管内で形質転換を起こさせた)
  3. この抽出液をいくつかの試験管に分け、それぞれに、特定の物質だけを分解する酵素を加えて処理する。
    • 試験管A: **タンパク質分解酵素(プロテアーゼ)**を加える。→ 抽出液中のタンパク質が分解される。
    • 試験管B: **RNA分解酵素(リボヌクレアーゼ, RNase)**を加える。→ 抽出液中のRNAが分解される。
    • 試験管C: **DNA分解酵素(デオキシリボヌクレアーゼ, DNase)**を加える。→ 抽出液中のDNAが分解される。
  4. それぞれの処理をした抽出液に、生きたR型菌を混ぜ、S型菌への形質転換が起こるかどうかを調べる。

結果:

  • タンパク質を分解した試験管Aでも、RNAを分解した試験管Bでも、形質転換は起こった。これは、タンパク質もRNAも、形質転換物質ではないことを意味する。
  • しかし、DNAを分解した試験管Cでは、形質転換は全く起こらなかった

結論:

この結果は、形質転換を引き起こす物質、すなわち遺伝子の本体がDNAであることを、極めて強力に示唆するものでした。エイブリーらの実験は、その緻密さと論理性の高さから、科学実験の傑作の一つとされています。しかし、当時の科学界では依然として「タンパク質こそ遺伝物質」という考えが根強く、また、彼らの実験で使われたDNA分解酵素に、ごく微量のタンパク質分解酵素が混入している可能性を完全に否定できなかったため、この結論が即座に万人に受け入れられることはありませんでした。

1.3. 決定的な証拠:ハーシーとチェイスの実験 (1952年)

遺伝子の本体をめぐる論争に、最終的な決着をつけたのが、アメリカの科学者アルフレッド・ハーシー (Alfred Hershey) とマーサ・チェイス (Martha Chase) による、独創的な実験です。彼らが実験材料として用いたのは、T2ファージと呼ばれる、大腸菌に感染する**バクテリオファージ(ウイルス)**でした。

T2ファージは、DNAの頭部と、タンパク質でできた殻(尾部)という、非常にシンプルな構造をしています。ファージは、大腸菌の表面に取り付くと、自身の遺伝物質を菌体内に注入し、菌の機能を利用して自己を増殖させます。この性質を利用して、ハーシーとチェイスは「菌に注入されるのはDNAか、それともタンパク質か」を直接的に調べることを計画しました。

そのための鍵となったのが、**放射性同位体(ラジオアイソトープ)による標識(ラベリング)**です。

  • タンパク質には硫黄(S)が含まれるが、DNAには含まれない。
  • DNAにはリン(P)が含まれるが、タンパク質には含まれない。

この性質を利用して、彼らは二種類のT2ファージを用意しました。

  1. ファージA: タンパク質の殻を、放射性の硫黄 ³⁵S で標識する。
  2. ファージB: 内部のDNAを、放射性のリン ³²P で標識する。

実験手順:

  1. これら二種類の標識ファージを、それぞれ別々の大腸菌培養液に混ぜ、感染させる。
  2. 一定時間後、**ミキサー(ブレンダー)**で激しく撹拌し、大腸菌の表面に付着しているファージの殻を振り落とす。
  3. 遠心分離を行い、重い大腸菌を沈殿させ、軽いファージの殻を上澄みに分離する。
  4. 沈殿(大腸菌の画分)と上澄み(ファージの殻の画分)のそれぞれに、どちらの放射性同位体(³⁵S と ³²P)が多く含まれているかを測定する。

結果:

  • ³⁵S(タンパク質)で標識した場合: 放射能の大部分は、上澄み(ファージの殻)に検出された。沈殿(大腸菌)からは、ほとんど検出されなかった。
  • ³²P(DNA)で標識した場合: 放射能の大部分は、沈殿(大腸菌)に検出された。

結論:

この結果は、T2ファージが大腸菌に感染する際、菌体内に注入するのはDNAであり、タンパク質の殻は外側に残ることを明確に示しました。ファージの増殖(遺伝)に必要な情報は、DNAによって運ばれるのです。

この「ハーシーとチェイスの実験」は、そのエレガントな実験デザインによって、遺伝子の本体がタンパク質ではなくDNAであることを、誰もが納得する形で証明しました。ここに、遺伝学の新しい時代、すなわち分子生物学の時代の幕が開かれたのです。

2. DNAの二重らせん構造(ワトソンとクリック)と、相補性

ハーシーとチェイスの実験によって、遺伝子の本体がDNAであることが確定しました。次の大きな問いは、「では、DNAはどのような構造をしており、その構造が、いかにして遺伝物質としての機能――すなわち、膨大な情報の保持と、正確な自己複製――を可能にしているのか?」ということでした。この問いに答え、生命科学の歴史を永遠に変えたのが、1953年に発表された、ジェームズ・ワトソン (James Watson) とフランシス・クリック (Francis Crick) によるDNAの二重らせん構造モデルの提唱です。これは、20世紀における最も偉大な科学的発見の一つとされています。

2.1. 構造決定へのレース:巨人の肩の上に立つ

ワトソンとクリックの発見は、全くの偶然やひらめきだけから生まれたものではありません。彼らは、当時、世界中の研究室で蓄積されつつあった、DNAに関する様々な断片的な情報を巧みに統合し、論理的に組み立てることで、正しいモデルにたどり着いたのです。彼らの成功の背景には、いくつかの重要な先行研究がありました。

  • エルヴィン・シャルガフの規則 (Chargaff’s Rules): オーストリア出身の生化学者エルヴィン・シャルガフは、様々な生物のDNAの塩基組成を分析し、二つの重要な規則性を発見しました。
    1. どの生物のDNAにおいても、アデニン(A)の量とチミン(T)の量は常に等しく、グアニン(G)の量とシトシン(C)の量も常に等しい (A = TG = C)。
    2. 生物種によって、(A+T)と(G+C)の比率は異なる。この規則は、塩基が特定のペアで結合している可能性を強く示唆するものでしたが、シャルガフ自身はその意味を解明できませんでした。
  • ロザリンド・フランクリンのX線回折写真: イギリスの物理化学者ロザリンド・フランクリン (Rosalind Franklin) とその同僚モーリス・ウィルキンスは、X線回折という技術を用いて、DNA線維の構造を解析していました。特に、フランクリンが撮影した「写真51号」と呼ばれる一枚のX線回折写真は、DNA構造の核心に迫る、以下の極めて重要な情報を含んでいました。
    1. 写真の中央に見える「X」字型のパターンは、DNAが**らせん構造(ヘリックス)**であることを示している。
    2. らせんの周期から、らせんが1回転するごとの長さが3.4nmであること、また、塩基間の距離が0.34nmであることがわかる(つまり、1回転あたり10個の塩基対が存在する)。
    3. 写真の上下の濃いシミは、らせんの外側にリン酸基が存在することを示唆している。
    4. DNA分子が、一定の直径を持つ。

ワトソンとクリックは、これらのシャルガフの化学的なデータと、フランクリンの物理的なデータを組み合わせることで、パズルの最後のピースをはめることができたのです。(フランクリンのデータが、彼女の許可なくワトソンらに見せられたという経緯があり、彼女の貢献が正当に評価されてこなかったという歴史的な問題点も指摘されています。)

2.2. 二重らせんモデルの精巧な特徴

ワトソンとクリックが提唱したDNAモデルは、その構造の美しさと、機能を見事に説明する合理性において、画期的なものでした。その主な特徴は以下の通りです。

  1. 二本のポリヌクレオチド鎖:DNAは、一本の鎖ではなく、二本のポリヌクレオチド鎖が、共通の中心軸の周りをらせん状に巻いて、二重らせん (Double Helix) を形成しています。このらせんは、通常、右巻きです。
  2. 糖-リン酸骨格と塩基の位置:それぞれの鎖は、糖(デオキシリボース)とリン酸が交互に連なった「糖-リン酸骨格」を持っています。この親水性の骨格が、らせんの外側に位置し、水性の環境と接しています。一方、遺伝情報をコードする4種類の塩基 (A, T, G, C) は、疎水性であり、らせんの内側に向かって突き出すように配置されています。これにより、重要な遺伝情報が、外部の化学物質などから保護されています。
  3. 逆平行の配置 (Antiparallel):二本の鎖は、互いに逆向きに走っています。ポリヌクレオチド鎖には5’末端と3’末端という方向性がありますが、一方の鎖が5’→3’の方向を向いているとすると、もう一方の鎖は3’→5’の方向を向いています。この逆平行の配置は、後のDNA複製のメカニズムを理解する上で極めて重要となります。
  4. 相補的な塩基対形成 (Complementary Base Pairing):らせんの内側で向かい合った塩基は、どのような組み合わせでもよいわけではなく、常に決まった相手とペアを作ります。この性質を相補性 (complementarity) と呼びます。
    • アデニン (A) は、必ず チミン (T) とペアを作る。
    • グアニン (G) は、必ず シトシン (C) とペアを作る。このA-T、G-Cという決まった組み合わせを相補的塩基対と呼びます。この規則性は、シャルガフの規則 (A=T, G=C) を完璧に説明します。また、プリン塩基(A, G)は二つの環を持ち、ピリミジン塩基(T, C)は一つの環を持つため、「プリン+ピリミジン」というペアが常に形成されることで、二重らせんの直径がどこでも一定(約2nm)に保たれることも説明できます。
  5. 水素結合による安定化:相補的な塩基対は、水素結合という比較的弱い化学結合によって結びつけられています。
    • AとTの間には、2本の水素結合が形成されます。
    • GとCの間には、3本の水素結合が形成されます。個々の水素結合は弱いですが、非常に長いDNA分子全体では、この無数の水素結合が、二重らせん構造を全体として非常に安定なものにしています。一方で、DNAが複製や転写を行う際には、酵素の働きでこの水素結合が比較的容易に切断され、二本の鎖がほどけるようにもなっています。

2.3. 構造が機能を物語る:二重らせんの生物学的意義

ワトソンとクリックのモデルの真に偉大な点は、その構造自体が、遺伝物質に求められる二つの重要な機能を、見事に示唆していたことです。

  1. 遺伝情報の安定的な保持: 4種類の塩基の並び順(塩基配列)として、膨大な遺伝情報をコードすることができます。そして、その情報は、二重らせんの内側に疎水的な環境で保護されているため、化学的に非常に安定です。
  2. 正確な自己複製のメカニズム: 二重らせんの相補性という性質は、DNAがどのようにして自身を正確にコピーするのか、そのメカニズムを即座に示唆しました。もし二本の鎖をほどけば、残ったそれぞれの鎖を「鋳型(いがた)」として、相補性のルール(Aの向かいにはT、Gの向かいにはC)に従って新しいヌクレオチドを結合させていけば、元の二重らせんのDNAと全く同じコピーを二つ作ることができます。

ワトソンとクリックは、彼らの論文の結びで、「私たちが仮定した特異的なペアリングは、遺伝物質の複製メカニズムをただちに示唆するものであることに、私たちは気づかずにはいられなかった」と、控えめながらも自信に満ちた一文を記しました。この二重らせん構造の発見は、遺伝の謎を分子レベルで解き明かし、その後の生物学のあらゆる分野に革命的な影響を与えたのです。

3. DNAの半保存的複製のメカニズム

ワトソンとクリックが提唱したDNAの二重らせんモデルは、その相補性という性質から、DNAがどのように複製されるかについて、極めて有力な仮説を提示しました。すなわち、二重らせんがほどけ、それぞれの鎖が新しい相補鎖を合成するための鋳型となる、というものです。この複製様式は「半保存的複製 (Semiconservative Replication)」と呼ばれます。しかし、科学の世界では、どんなに美しく合理的な仮説であっても、実験的な証拠によって裏付けられなければ、真実として受け入れられません。このセクションでは、DNA複製に関する三つの可能性のあるモデルを比較し、その中から半保存的複製モデルが正しいことを証明した、マシュー・メセルソン (Matthew Meselson) と**フランクリン・スタール (Franklin Stahl)**による、生物学史上最もエレガントとされる実験の一つを詳しく解説します。

3.1. DNA複製の三つのモデル

ワトソンとクリックのモデルが発表された後、DNAの複製メカニズムとして、主に三つのモデルが考えられました。

  1. 保存的モデル (Conservative Model):
    • 仮説: 親のDNA二重らせん全体が、何らかの方法でコピーされ、親の二重らせんは完全にそのまま保存される。そして、全く新しいヌクレオチドだけからなる、新しいDNA二重らせんが1つ合成される。
    • 結果: 1世代目の複製後、親の重いDNAと、新しくできた軽いDNAの二種類が存在するはず。
  2. 半保存的モデル (Semiconservative Model):
    • 仮説: 親のDNA二重らせんがほどけ、それぞれの鎖が鋳型となる。各々の古い鎖に対して、新しい相補鎖が合成され、結果として、古い鎖1本と新しい鎖1本からなる、2つのDNA二重らせんが形成される。
    • 結果: 1世代目の複製後、全てのDNAは、古い鎖と新しい鎖のハイブリッドとなり、中間の重さを持つはず。
  3. 分散的モデル (Dispersive Model):
    • 仮説: 親のDNA二重らせんが、いくつかの断片に分断される。そして、新しく合成された断片と古い断片がまだら模様のようにつなぎ合わさり、2つのDNA二重らせんが形成される。各々の鎖は、古い部分と新しい部分の混合物となる。
    • 結果: 1世代目の複製後、全てのDNAは、古い部分と新しい部分が分散したハイブリッドとなり、半保存的モデルと同様に、中間の重さを持つはず。

これらのモデルのうち、どれが正しいのかを実験的に区別することが、次の大きな課題でした。

3.2. メセルソンとスタールのエレガントな実験 (1958年)

この課題を見事に解決したのが、メセルソンとスタールによる実験です。彼らは、「古い」DNAと「新しい」DNAを物理的に区別する方法として、質量の異なる窒素の同位体と、密度勾配遠心法という技術を巧みに組み合わせました。

実験のキーポイント:

  • 窒素同位体: DNAの塩基に含まれる窒素原子に着目しました。通常の窒素は質量数14の¹⁴Nですが、より重い、安定同位体である¹⁵Nが存在します。生物は、これらを区別せずにDNAの材料として利用します。したがって、¹⁵Nを唯一の窒素源とする培地で細菌を育てれば、その細菌のDNAは全て重い¹⁵Nを含むようになります。
  • 密度勾配遠心法: 塩化セシウム(CsCl)溶液を高速で長時間遠心分離すると、遠心力によってCsClの濃度勾配ができ、チューブの底に行くほど密度が高い溶液になります。この溶液中にDNAを混ぜて遠心分離すると、DNAは、自身の密度と溶液の密度が釣り合う位置に、くっきりとしたバンドを形成します。これにより、重いDNA(¹⁵N-DNA)と軽いDNA(¹⁴N-DNA)を、その位置の違いによって明確に区別することができます。

実験手順:

  1. Step 1 (準備): 大腸菌を、窒素源として重い¹⁵Nのみを含む培地で、何世代にもわたって培養する。これにより、大腸菌のDNAの窒素原子が、ほぼ全て¹⁵Nに置き換わる(重いDNA)。
  2. Step 2 (世代0): この¹⁵Nで標識された大腸菌からDNAを抽出し、密度勾配遠心法で分析する。
  3. Step 3 (培養開始): ¹⁵N培地で育った大腸菌を、窒素源として通常の軽い¹⁴Nのみを含む培地に移し、培養を開始する。大腸菌は、この培地で細胞分裂を行い、DNAを複製していく。
  4. Step 4 (世代1): ¹⁴N培地に移してから、ちょうど1世代分の分裂が終わった時点(約20分後)で、大腸菌の一部をサンプリングし、DNAを抽出して分析する。
  5. Step 5 (世代2以降): さらに培養を続け、2世代目、3世代目の分裂が終わった時点でも同様にサンプリングし、DNAを分析する。

予測される結果:

  • もし保存的モデルなら: 世代1では、親の重い¹⁵N-DNAのバンドと、新しくできた軽い¹⁴N-DNAのバンドの、2本のバンドが見えるはず。
  • もし半保存的モデルなら: 世代1では、全てのDNAが¹⁵N鎖と¹⁴N鎖のハイブリッドになるため、重いDNAと軽いDNAの中間の密度を持つ、1本のバンドが見えるはず。世代2では、中間のハイブリッドDNAと、新しくできた軽い¹⁴N-DNAの、2本のバンドが見えるはず。
  • もし分散的モデルなら: 世代1では、半保存的モデルと同様に、中間の密度の1本のバンドが見えるはず。しかし、世代2以降も、古いDNAの断片が分散し続けるため、バンドは常に中間の密度を保ちながら、徐々に軽い方へシフトしていくはずで、明確に2本に分かれることはない。

実際の実験結果:

  • 世代0: 予想通り、チューブの下方に、重いDNA(¹⁵N-¹⁵N)のバンドが1本だけ観察された。
  • 世代1: チューブの中間の位置に、1本のバンドが観察された。この時点で、保存的モデルは否定された
  • 世代2中間のバンドと、それよりも上方の**軽い位置のバンド(¹⁴N-¹⁴N)**の、2本のバンドが、ほぼ同じ太さで観察された。
  • 世代3: 中間のバンドは細くなり、軽いバンドがさらに太くなった。

この結果は、半保存的モデルの予測と完璧に一致しました。これにより、DNAが半保存的に複製されることが、動かぬ証拠として証明されたのです。この実験は、その仮説検証のプロセスと結果の明快さから、分子生物学における金字塔的な実験として、今日でも高く評価されています。

4. ゲノムと、遺伝子の概念

DNAが遺伝物質であり、その構造と複製メカニズムが解明されたことで、科学者たちの次の関心は、DNAに書き込まれた「情報」そのものへと移っていきました。DNAの塩基配列は、生命を構築し、維持するための、どのような命令をコードしているのでしょうか。この情報を理解するためには、「ゲノム」と「遺伝子」という二つの中心的な概念を正確に把握する必要があります。このセクションでは、これらの用語を定義し、生命の設計図がどのように組織化されているのか、その全体像と個々の部品の関係を明らかにします。

4.1. ゲノム (Genome):生命の全設計図

ゲノムとは、ある生物が持つ、**全ての遺伝情報の一揃い(1セット)**のことを指します。これは、その生物をその生物たらしめるための、完全な「設計図」のセットに例えることができます。

  • 語源: 「遺伝子 (gene)」と「染色体 (chromosome)」を組み合わせた造語です。
  • 実体: ゲノムの物理的な実体は、その生物の全DNAの塩基配列です。ヒトの場合、これは約30億塩基対にも及びます。
  • 内容: ゲノムには、タンパク質の設計図である遺伝子だけでなく、遺伝子発現を調節する領域、ノンコーディングRNAの設計図、そして現在のところ機能が不明な配列など、生命活動に必要な全ての情報が含まれています。
  • アナロジー: ゲノムは、一軒の家を建てるための、基礎工事から内装、電気配線、配管に至るまで、全ての指示が書かれた、一揃いの青写真(設計図)の束に相当します。あるいは、ある言語の全ての単語と文法ルールが収められた、巨大な百科事典全巻セットと考えることもできます。

ヒトゲノム計画(2003年完了)に代表されるように、様々な生物のゲノム配列を解読することは、その生物の生命現象を根本から理解するための、極めて重要な基盤となります。

4.2. 遺伝子 (Gene):個別の機能単位

ゲノムという巨大な設計図の束の中に、個別の具体的な指示を記した部分があります。それが遺伝子です。

遺伝子とは、一般的に「特定の機能を持つ産物(タンパク質または機能性RNA)をコードしている、DNA上のある特定の領域」と定義されます。

  • 産物:
    • タンパク質をコードする遺伝子: 遺伝子の多くは、特定のタンパク質のアミノ酸配列を指定しています。この情報が、転写・翻訳を経て、機能的なタンパク質(酵素、構造タンパク質など)になります。
    • 機能性RNAをコードする遺伝子: 一部の遺伝子は、タンパク質には翻訳されず、RNA分子そのものが機能を持つものをコードしています。例えば、トランスファーRNA (tRNA) やリボソームRNA (rRNA) は、タンパク質合成の過程で重要な役割を果たしますが、これらも遺伝子によってコードされています。
  • 構造: タンパク質をコードする遺伝子は、実際にタンパク質のアミノ酸配列を規定する**コーディング領域(エクソン)だけでなく、その遺伝子がいつ、どこで、どれだけ発現するかを制御する調節領域(プロモーターなど)**を含んでいます。
  • アナロジー: ゲノムが「設計図の束」全体だとすれば、遺伝子は、その中の「窓の作り方」や「ドアの取り付け方」といった、個別の部品や工程に関する指示が書かれた1ページに相当します。あるいは、百科事典全体がゲノムなら、遺伝子は「ATP合成酵素」や「ヘモグロビン」といった、特定の項目についての解説と言えます。

4.3. ゲノムと遺伝子の関係

  • 階層関係: ゲノムは、その生物が持つ全ての遺伝子を包含する、より上位の概念です。ゲノムは、遺伝子の集合体であると言えますが、それだけではありません。
  • 遺伝子以外の領域: ヒトゲノムの場合、驚くべきことに、タンパク質をコードしている遺伝子領域(エクソン)は、ゲノム全体のわずか1.5%程度に過ぎません。残りの大部分は、遺伝子の発現を調節する領域や、イントロン(遺伝子内に介在する非コーディング領域)、過去のウイルス感染の痕跡、反復配列など、タンパク質を直接コードしない「ノンコーディング領域」で占められています。かつては「ジャンクDNA」などと呼ばれたこれらの領域も、生命活動において重要な役割を果たしていることが、近年次々と明らかになっています。

4.4. 遺伝子概念の歴史的変遷

「遺伝子」という言葉の意味は、科学の進歩と共に変化してきました。

  1. メンデルの「遺伝因子」: 19世紀、メンデルは、エンドウの形質が、親から子へ伝わる、分離・独立して振る舞う「因子」によって決まることを見出しました。これは、遺伝子が抽象的な単位として初めて捉えられた瞬間でした。
  2. ビードルとテータムの「一遺伝子一酵素説」: 20世紀半ば、ビードルとテータムは、アカパンカビの研究から、一つの遺伝子の変異が、特定の酵素の欠損を引き起こすことを見出し、「一つの遺伝子が、一つの酵素の合成を支配する」という説を提唱しました。これにより、遺伝子と、その機能的産物であるタンパク質(酵素)とが、初めて具体的に結びつけられました。
  3. 「一遺伝子一ポリペプチド説」への発展: その後の研究で、全てのタンパク質が酵素であるわけではないことや、ヘモグロビンのように複数の異なるポリペプチド鎖からなるタンパク質が存在することがわかりました。そこで、この説は、「一つの遺伝子が、一本のポリペプチド鎖の合成を支配する」という、より正確な「一遺伝子一ポリペプチド説」へと修正されました。
  4. 現代の遺伝子概念: さらに、機能性RNAをコードする遺伝子の発見や、選択的スプライシング(一つの遺伝子から複数の異なるタンパク質が作られる仕組み)の発見などにより、遺伝子の定義はさらに複雑で柔軟なものになっています。しかし、大学受験レベルでは、「遺伝子はタンパク質(または機能性RNA)の設計図である」という基本的な理解が重要です。

ゲノムと遺伝子は、生命という壮大な物語が書き記された「聖典」に例えられます。科学者たちは、この聖典の配列を解読し、そこに書かれた一つ一つの言葉(遺伝子)の意味と、それらがどのようにして生命という複雑な物語を紡ぎ出しているのかを、今もなお解き明かし続けているのです。

5. 原核生物と真核生物のゲノム構造の違い

全ての生物は、その設計図であるゲノムをDNAとして保持していますが、その情報の管理・保管方法は、生命の二大ドメインである原核生物と真核生物とで、大きく異なっています。この違いは、それぞれの細胞構造の複雑さや、生活様式の違いを反映した、進化の産物です。Module 2で学んだ細胞構造の違いを念頭に置きながら、両者のゲノムが、どこに、どのような形で、どのように組織化されているのか、その構造的な差異を詳しく比較していきます。

5.1. ゲノムの存在場所:核の中か、細胞質か

ゲノムの物理的な所在地は、両者を分ける最も根本的な違いです。

  • 真核生物 (Eukaryotes):ゲノムDNAは、核膜に囲まれた「核」の内部に厳重に保管されています。遺伝情報の保管場所(核)と、その情報が利用されるタンパク質合成の場(細胞質)が物理的に隔離されているため、遺伝子発現の過程で、転写から翻訳に至るまで、より複雑で段階的な制御が可能になっています。
  • 原核生物 (Prokaryotes):核膜を持たないため、ゲノムDNAは細胞質中に直接存在しています。ただし、完全に分散しているわけではなく、特定の領域に凝集しており、この領域を核様体 (Nucleoid) と呼びます。核様体は膜で囲まれていないため、転写と翻訳は、時間的・空間的にほぼ同時に進行します。

5.2. 染色体の形状と数

ゲノムDNAがどのような染色体構造をとっているかにも、顕著な違いがあります。

  • 真核生物:
    • 形状: DNAは、両端を持つ線状 (linear) の分子です。
    • : 通常、複数の異なる線状染色体から構成されます。例えば、ヒトは23対(46本)、ショウジョウバエは4対(8本)の染色体を持ちます。各種の染色体は、それぞれ異なる遺伝子群を運んでいます。
  • 原核生物:
    • 形状: ゲノムは、基本的に、両端のない一個の環状 (circular) の染色体からなります。
    • : 染色体は一個だけというのが一般的です。

この線状染色体の末端(テロメア)は、複製のたびに少しずつ短くなるという問題を抱えており、真核生物はテロメラーゼという特殊な酵素によって、これを維持する仕組みを発達させてきました。環状染色体を持つ原核生物には、この「末端複製問題」は存在しません。

5.3. ゲノムサイズと遺伝子の密度

ゲノム全体の大きさと、その中に含まれる遺伝情報の密度にも、大きな違いが見られます。

  • 真核生物:
    • ゲノムサイズ: 一般的に非常に大きいです。ヒトのゲノムは約30億塩基対に及びます。
    • 遺伝子密度: ゲノムサイズが大きい一方で、その大部分は、タンパク質をコードしないノンコーディング領域で占められています。遺伝子と遺伝子の間には広大な砂漠のような領域が広がり、また、個々の遺伝子の内部にもイントロンと呼ばれる非コーディング配列が介在しています。そのため、ゲノム全体における遺伝子の密度は低いです。
  • 原核生物:
    • ゲノムサイズ: 真核生物に比べて、はるかに小さいです。例えば、大腸菌のゲノムは約460万塩基対で、ヒトの約1/650です。
    • 遺伝子密度: ゲノムサイズのほとんどが、タンパク質をコードする遺伝子領域で占められており、イントロンもほとんど存在しません。ゲノムは、無駄な部分が削ぎ落とされた、非常にコンパクトで効率的な設計になっています。遺伝子の密度は非常に高いです。

5.4. 遺伝子の機能的配置:オペロンの有無

関連する機能を持つ遺伝子群が、ゲノム上でどのように配置されているかにも、特徴的な違いがあります。

  • 原核生物:特定の代謝経路に関わる複数の遺伝子(例えば、ラクトースの分解に関わる3つの酵素の遺伝子)が、ゲノム上で隣接して一列に並び、単一のプロモーターによって、一つの単位としてまとめて転写・発現が制御されることがよくあります。このような、機能的に関連する遺伝子のセットをオペロン (Operon) と呼びます。オペロン構造は、関連するタンパク質を、必要に応じて一斉にON/OFFするための、非常に効率的な仕組みです。
  • 真核生物:一般的に、オペロン構造は持ちません。関連する機能を持つ遺伝子であっても、ゲノム上の異なる染色体や、同じ染色体でも離れた場所に散在していることが普通です。これらの遺伝子が協調して働くためには、共通の調節タンパク質(転写因子)によって、それぞれのプロモーターが個別に、しかし同時に活性化されるといった、より複雑な制御メカニズムが必要となります。

5.5. プラスミドの存在

  • 原核生物:主要な環状染色体に加えて、多くの細菌は、プラスミド (Plasmid) と呼ばれる、小型の環状DNAを細胞質に持っています。プラスミドは、染色体とは独立して自己複製することができ、数個から数百個の遺伝子を持っています。これらは、細菌の生存に必須ではありませんが、抗生物質耐性や、有毒物質の分解能力といった、特定の環境下で有利に働く遺伝子を運んでいることが多く、細菌の適応と進化に重要な役割を果たします。また、プラスミドは細菌間で受け渡しされることがあり、薬剤耐性などが水平的に広がる原因となります。
  • 真核生物:酵母などの一部の下等な真核生物には見られますが、高等な動植物では、通常プラスミドは存在しません。

比較表のまとめ

特徴原核生物真核生物
存在場所細胞質(核様体)
染色体の形状主に1個の環状複数の線状
ゲノムサイズ小さい大きい
イントロンほとんどない多数存在する
遺伝子密度高い低い
オペロンありなし
プラスミドしばしば存在するほとんどない

これらのゲノム構造の違いは、原核生物が迅速な増殖と環境への素早い適応を、真核生物が多細胞化や複雑な発生・分化といった、長期的なプログラムを精密に制御することを選択してきた、それぞれの進化戦略の表れであると理解することができます。

6. 染色体の構造(ヌクレオソーム、クロマチン)

真核細胞の核は、直径わずか数マイクロメートルという非常に小さな空間です。しかし、その中には、例えばヒトの場合、全てのDNAを一直線に伸ばすと、約2メートルにも達する長大な分子が収められています。これは、直径1センチの玉の中に、長さ40キロメートルの極細の糸を詰め込むようなものです。しかも、単にぐちゃぐちゃに詰め込んでいるわけではありません。DNAは、必要な時に特定の遺伝子領域を素早くほどいて利用でき、細胞分裂の際には絡まることなく正確に分配できるように、驚くほど秩序だって、かつダイナミックに折りたたまれています。この巧妙なDNAの収納術の鍵を握るのが、「クロマチン」と「ヌクレオソーム」という階層的なパッケージング構造です。

6.1. パッケージングの課題:長大なDNAをどう収納するか

もしDNAが裸のまま核内に存在すれば、それは絡まり合って収拾がつかなくなり、遺伝情報の読み出しや複製は不可能になるでしょう。真核生物は、この問題を解決するために、DNAをヒストン (Histone) というタンパク質に巻き付けるという、極めて優れた方法を発明しました。

ヒストンは、比較的小さなタンパク質で、構成するアミノ酸にリシンやアルギニンといった塩基性(正に帯電した)アミノ酸を豊富に含んでいます。一方、DNAのリン酸基は負に帯電しています。このため、ヒストンは、静電気的な引力によって、負に帯電したDNAと強力に結合することができます。このヒストンが、DNAを折りたたむための「糸巻き」の役割を果たすのです。

6.2. クロマチン (Chromatin):DNAとタンパク質の複合体

核内に存在する、DNAとタンパク質(主にヒストン)からなる複合体全体を、**クロマチン(染色質)**と呼びます。クロマチンは、細胞周期の大部分(間期)においては、核内に分散した糸状の構造として存在し、光学顕微鏡では明瞭な形としては観察できません。しかし、この状態でも、DNAは完全にほどけているわけではなく、後述する基本単位構造を形成しています。

クロマチンの役割は、単にDNAをコンパクトに収納するだけではありません。どの遺伝子領域をアクセス可能にするか(転写をONにするか)、あるいは固く折りたたんでアクセス不能にするか(転写をOFFにするか)という、遺伝子発現の制御にも深く関与しています。

6.3. ヌクレオソーム (Nucleosome):クロマチンの基本単位

クロマチンの最も基本的な構成単位が、ヌクレオソームです。これは、クロマチンを電子顕微鏡で観察すると、まるで糸にビーズが等間隔で通っているように見えることから、「ビーズ・オン・ア・ストリング (Beads-on-a-string)」構造とも呼ばれます。

  • ビーズ部分: ビーズの中心部分は、ヒストン八量体 (histone octamer) と呼ばれる、コアヒストン(H2A, H2B, H3, H4の4種類が2分子ずつ)の複合体です。
  • 糸部分DNA鎖が、このヒストン八量体に、まるでヨーヨーの紐のように約1.65回、左巻きに巻き付いています。この巻き付いた部分のDNA長は、約147塩基対です。
  • リンカーDNA: 隣り合うヌクレオソーム(ビーズ)同士は、リンカーDNAと呼ばれる短い裸のDNA領域で繋がれています。このリンカーDNAには、**リンカーヒストン(H1)**という別の種類のヒストンが結合し、ヌクレオソーム構造をさらに安定化させています。

このヌクレオソーム構造の形成により、DNAは、裸の状態に比べて、長さが約1/6〜1/7にまで圧縮されます。これが、DNAパッケージングの第一段階です。

6.4. より高次のパッキング構造:30nmファイバーから染色体へ

ヌクレオソーム構造は、さらに階層的に折りたたまれて、より高次の構造を形成していきます。

  1. 30nmクロマチンファイバー:ヌクレオソームの数珠(ビーズ・オン・ア・ストリング構造)が、さらにらせん状に折りたたまれる(あるいはジグザグに折りたたまれる)ことで、直径約30nmの、より太い繊維状の構造を形成します。この構造の形成には、リンカーヒストンH1が重要な役割を果たしていると考えられています。この段階で、DNAはさらに約6倍圧縮されます。
  2. ループ構造 (Looped Domains):次に、この30nmクロマチンファイバーが、タンパク質からなる骨格(足場タンパク質, scaffold protein)に付着し、巨大なループ状の構造をいくつも形成します。これにより、クロマチンはさらにコンパクトになります。このループ構造は、遺伝子発現の機能的な単位とも関連していると考えられています。
  3. 分裂期染色体 (Metaphase Chromosome):細胞が分裂期(特に中期)に入ると、このループ構造がさらに凝縮を重ね、最終的に、光学顕微鏡でも明瞭に観察できる、おなじみのX字型(複製後の場合)の分裂期染色体へとパッケージングされます。この最も凝縮した状態では、DNAは元の長さの約1/10,000にも圧縮されています。この極度の凝縮は、細胞分裂の際に、長大なDNAが絡まったり、損傷したりすることなく、二つの娘細胞へ均等に分配されるために不可欠です。

6.5. ユウクロマチンとヘテロクロマチン:凝縮状態と遺伝子活性

間期の細胞核内では、クロマチンは一様に凝縮しているわけではなく、凝縮の度合いが異なる二つの領域が存在します。

  • ユウクロマチン (Euchromatin):
    • 構造: クロマチンが緩く凝縮している領域。電子顕微鏡では、明るく見えます。
    • 遺伝子活性: ヌクレオソーム構造はとっていますが、30nmファイバーなどの高次構造はほどけているため、RNAポリメラーゼなどの転写に必要なタンパク質がDNAにアクセスしやすくなっています。そのため、この領域には、活発に転写されている遺伝子が多く存在します。
  • ヘテロクロマチン (Heterochromatin):
    • 構造: クロマチンが非常に固く凝縮している領域。電子顕微鏡では、暗く濃く見えます。
    • 遺伝子活性: 高度にパッケージングされているため、転写因子などがDNAにアクセスできず、この領域の遺伝子はほとんど転写されません(不活性化されている)
    • ヘテロクロマチンには、常に凝縮している構成的ヘテロクロマチン(染色体のセントロメアやテロメア領域など)と、発生段階に応じて凝縮状態が変化する条件的ヘテロクロマチン(例:哺乳類メスのX染色体の不活性化)があります。

このように、クロマチンの構造は、単なるDNAの収納術にとどまらず、ヒストンの化学修飾(アセチル化、メチル化など)によってその凝縮度合いをダイナミックに変化させ、どの遺伝子をいつ発現させるかという、エピジェネティックな遺伝子発現制御の中心的役割を担っているのです。

7. 突然変異の種類(点突然変異、フレームシフト)とその影響

生命の設計図であるDNAは、半保存的複製と精巧な修復機構によって、驚くべき正確さで次世代へと受け継がれていきます。しかし、このプロセスは完璧ではなく、ごく稀に誤りが生じることがあります。また、紫外線や化学物質といった外部からの要因によっても、DNAは損傷を受けることがあります。このような、DNAの塩基配列に生じる、永続的な変化のことを突然変異 (Mutation) と呼びます。突然変異は、遺伝病の原因となる一方で、生物集団に多様性をもたらし、進化の原動力ともなる、諸刃の剣です。このセクションでは、突然変異の中でも、遺伝子レベルで起こる微小な変化、特に点突然変異とその種類、そしてそれがタンパク質の機能にどのような影響を及ぼすのかを詳しく見ていきます。

7.1. 突然変異の定義と原因

突然変異は、それが起こる細胞の種類によって、二つに大別されます。

  • 生殖細胞系列変異: 精子や卵といった生殖細胞に起こった変異。この変異は、受精を経て次世代に受け継がれるため、遺伝します。遺伝病の多くは、このタイプの変異によって引き起こされます。
  • 体細胞変異: 生殖細胞以外の体細胞に起こった変異。この変異は、個人の体内でのみ細胞分裂を通じて伝わりますが、子孫に遺伝することはありません。がんの発生などに関わります。

突然変異が起こる原因としては、DNA複製の際のランダムなエラーや、放射線(X線、紫外線)、特定の化学物質(変異原)への暴露などがあります。

7.2. 点突然変異 (Point Mutation):一塩基の変化

点突然変異とは、DNA上の一個の塩基対が変化する、最も小規模な突然変異です。これはさらに、塩基置換と、塩基の挿入・欠失に分けられます。

7.2.1. 塩基置換 (Base-pair Substitution)

DNAのある塩基対が、別の塩基対に置き換わる変異です。この置換が、タンパク質のアミノ酸配列に与える影響は、その変異が起こった場所と、遺伝暗号の性質によって、大きく三つのケースに分かれます。

  • サイレント変異 (Silent Mutation):
    • メカニズム: 塩基置換が起こった結果、変化後のコドンが、変化前と全く同じアミノ酸を指定する変異です。
    • : 例えば、mRNAのコドンCUUはアミノ酸のロイシンを指定しますが、これがCUCに変化しても、CUCも同じくロイシンを指定します。
    • 影響: このような変異は、遺伝暗号が持つ縮重性(複数のコドンが同じアミノ酸を指定する性質)のために起こります。最終的に作られるタンパク質のアミノ酸配列に変化はないため、原則として、その機能に影響は与えません。「静かな」変異と呼ばれる所以です。
  • ミスセンス変異 (Missense Mutation):
    • メカニズム: 塩基置換の結果、変化後のコドンが、元のアミノ酸とは異なるアミノ酸を指定する変異です。
    • CUU(ロイシン)がCCU(プロリン)に変化する場合など。
    • 影響: 影響の度合いは様々です。
      • 軽微な影響: もし置き換わったアミノ酸が、元のアミノ酸と化学的性質(大きさ、電荷、疎水性など)が似ていれば、タンパク質の立体構造や機能にほとんど影響を与えないこともあります。
      • 重大な影響: もし、酵素の活性部位や、立体構造の維持に重要な部分のアミノ酸が、性質の全く異なるアミノ酸に置き換わってしまうと、タンパク質は正常な機能を失うことがあります。遺伝病である鎌状赤血球貧血症は、ヘモグロビンのβ鎖をコードする遺伝子の、たった一つの塩基置換(A→T)によって、アミノ酸がグルタミン酸(親水性)からバリン(疎水性)に変わるミスセンス変異が原因です。
  • ナンセンス変異 (Nonsense Mutation):
    • メカニズム: 塩基置換の結果、アミノ酸を指定していたコドンが、翻訳の終わりを意味する終止コドン(UAA, UAG, UGA)に変化してしまう変異です。
    • UAC(チロシン)がUAG(終止コドン)に変化する場合など。
    • 影響: 翻訳が途中で打ち切られてしまうため、本来よりも短い、不完全なポリペプチド鎖が作られます。このような切断されたタンパク質は、ほぼ確実に、正常な機能を失っています。一般的に、ミスセンス変異よりも重篤な結果をもたらすことが多いです。

7.3. 挿入・欠失とフレームシフト変異

塩基置換よりも、さらに深刻な影響を及ぼすことが多いのが、DNA配列への一個または数個の塩基対の挿入 (Insertion) または欠失 (Deletion) です。

  • フレームシフト変異 (Frameshift Mutation):
    • メカニズム: 遺伝子のコーディング領域において、3の倍数ではない数の塩基が挿入または欠失した場合に起こります。
    • 影響: 遺伝暗号は、3つの塩基(コドン)を一つの単位として、連続して読み進められます。この「読み枠(リーディングフレーム)」が、挿入または欠失が起こった点から、完全にずれてしまいます
    • : もし元の配列が THE CAT ATE THE RAT であったとして、先頭のTが欠失すると、読み枠が一つずれて HEC ATA TET HER AT のように、全く意味の通らない文章になってしまいます。
    • 結果: 変異が起こった点以降の全てのアミノ酸配列が、全く異なるものに変わってしまいます。さらに、読み枠がずれた結果、途中で終止コドンが出現することも多く、ナンセンス変異と同様に翻訳が早期に終了することもあります。フレームシフト変異は、通常、完全に機能しないタンパク質を生み出す、極めて深刻な変異です。
  • 3の倍数の挿入・欠失:もし、ちょうど3つの塩基(あるいは3の倍数)が挿入または欠失した場合は、読み枠のずれ(フレームシフト)は起こりません。その場合は、特定のアミノ酸が一つ(あるいは複数)付加されるか、失われるだけです。これもタンパク質の機能に影響を与える可能性がありますが、一般的にフレームシフト変異よりは影響が小さいことが多いです。

突然変異は、ランダムに起こる偶然の産物ですが、そのたった一つの塩基の変化が、タンパク質の構造と機能を劇的に変え、個体の運命を左右しうる、生命のダイナミズムの根源的な一側面なのです。

8. 遺伝暗号の性質(縮重、普遍性)

DNAに書き込まれた遺伝情報は、A, T, G, Cという、わずか4種類の塩基の配列(4文字の言語)で記述されています。一方、その情報に基づいて作られるタンパク質は、20種類の異なるアミノ酸が連結したポリマー(20文字の言語)です。生命は、どのようにして、この4文字の言語を20文字の言語へと正確に「翻訳」しているのでしょうか。その翻訳ルールブックこそが、遺伝暗号 (Genetic Code) です。この暗号システムは、いくつかの非常に興味深く、重要な性質を持っています。このセクションでは、遺伝暗号がどのようなルールで構成されているのか、そしてそのルールが持つ「縮重性」や「普遍性」といった性質が、生命にとってどのような意味を持つのかを解き明かします。

8.1. コドン:3塩基の暗号語

タンパク質合成の際、DNAの遺伝情報は、まずmRNAへと転写されます。このmRNAの塩基配列(A, U, G, C)が、実際にリボソームで読み取られ、アミノ酸配列へと翻訳されます。

もし、1つの塩基が1つのアミノ酸を指定するとすれば、4種類(4¹)のアミノ酸しかコードできません。2つの塩基の組み合わせ(例: AU, GC)でも、4² = 16種類となり、20種類のアミノ酸をコードするには足りません。そこで、生命は、3つの連続した塩基の組み合わせを、一つの意味の単位として使うことを選択しました。

この、mRNA上にある、特定のアミノ酸を指定する3つの塩基の組のことをコドン (Codon) と呼びます。

3つの塩基の組み合わせは、4³ = 64通り存在します。これは、20種類のアミノ酸を指定するには十分な数です。実際、この64通りのコドンのうち、61通りがアミノ酸を指定し、残りの**3通りが翻訳の終わりを告げる「終止コドン」**として機能します。

8.2. 遺伝暗号の主要な性質

遺伝暗号の対応表(コドン表)を読み解くと、いくつかの重要な性質が見えてきます。

8.2.1. 縮重 (Degeneracy / Redundancy)

61通りのコドンが20種類のアミノ酸を指定するということは、必然的に、複数の異なるコドンが、同じ一つのアミノ酸を指定する場合があることを意味します。この性質を、遺伝暗号の縮重(しゅくじゅう)または冗長性と呼びます。

  • :
    • アミノ酸のロイシン (Leu) は、CUUCUCCUACUG という4種類のコドンによって指定されます。
    • セリン (Ser) に至っては、UCUUCCUCAUCGAGUAGC の6種類ものコドンが存在します。
  • 意義:この縮重性は、突然変異に対する、ある種の緩衝作用(バッファー)として機能します。例えば、コドンの3番目の塩基が変化しても、同じアミノ酸が指定される場合が多くあります(例:CUU→CUC)。このような変異は、前セクションで学んだサイレント変異となり、タンパク質の機能に影響を与えません。縮重性は、遺伝情報の安定性に貢献しているのです。
  • 例外: メチオニン (AUG) とトリプトファン (UGG) の2種類のアミノ酸だけは、それぞれ1種類のコドンしか持ちません。

8.2.2. 普遍性 (Universality)

遺伝暗号の最も驚くべき性質の一つが、その普遍性です。これは、遺伝暗号が、地球上のほぼ全ての生物において、基本的に同じであるという性質です。大腸菌から、酵母、植物、そして私たちヒトに至るまで、GCUというコドンはアラニンを、AAGはリシンを指定します。

  • 意義:
    • 共通祖先の強力な証拠: この驚くべき共通性は、地球上の全ての生物が、遺伝暗号を確立した単一の共通祖先から進化してきたことを、極めて強力に示唆しています。
    • バイオテクノロジーへの応用: 遺伝暗号が普遍的であるため、例えば、ヒトのインスリン遺伝子を大腸菌に組み込むと、大腸菌は、私たちと全く同じアミノ酸配列を持つ、機能的なヒトのインスリンを生産することができます。これは、遺伝子組換え技術の根幹をなす原理です。
  • わずかな例外: 普遍的とは言え、完全に100%ではありません。ミトコンドリアの遺伝暗号や、一部の原生生物などでは、いくつかのコドンが、標準的な遺伝暗号とは異なるアミノ酸を指定したり、終止コドンとして機能したりする、わずかな例外が見つかっています。

8.2.3. その他の性質

  • 読み枠の連続性(ノンオーバーラッピング):mRNAの塩基配列は、AUGCCUGAA…のように、コドンが重なり合うことなく、3塩基ずつ、連続して一方向に読み進められます。(AUG, GCC, UGA… のように)
  • 開始コドン (Start Codon):コドン**AUG**は、二つの重要な役割を持っています。一つは、メチオニンというアミノ酸を指定すること。もう一つは、リボソームが翻訳を開始するべき場所を示す、開始コドンとしての役割です。そのため、全てのポリペプチド鎖は、合成開始時点では、必ずメチオニンから始まります(後に修飾されて取り除かれることも多い)。
  • 終止コドン (Stop Codon / Nonsense Codon):64通りのコドンのうち、UAA, UAG, UGA の3つは、特定のアミノ酸を指定しません。その代わりに、これらのコドンがリボソームに読み取られると、翻訳のプロセスは終了し、完成したポリペプチド鎖がリボソームから放出されます。

遺伝暗号は、生命が40億年近い進化の歴史の中で見つけ出した、情報の翻訳における、驚くほど洗練され、かつ頑健なソリューションなのです。そのルールを理解することは、DNAの塩基配列という一次元の文字列から、いかにして生命という三次元の機能体が立ち現れるのか、その論理的なプロセスを解き明かすための鍵となります。

9. 遺伝情報の複製における、正確性と修復機構

生命の連続性は、親から子へ、細胞から細胞へと、遺伝情報であるDNAが、いかに正確にコピーされ、受け継がれるかにかかっています。ヒトゲノムには約30億もの塩基対がありますが、細胞が一度分裂するたびに、この膨大な情報がほぼ完璧に複製されます。もし、このプロセスに誤りが多発すれば、生命は正常な機能を維持できず、種として存続することもできないでしょう。生命は、この驚異的な複製の忠実度を確保するために、多段階にわたる、精巧な校正・修復システムを発達させてきました。このセクションでは、DNA複製がなぜこれほど正確なのか、その秘密であるDNAポリメラーゼ自身の校正機能と、それでもなお生じてしまうエラーや損傷を修正するための、巧妙なDNA修復機構について探ります。

9.1. DNA複製の驚異的な忠実度

DNA複製の過程におけるエラー率は、自然な状態では、およそ10億塩基対あたり1回という、驚くべき低さです。これは、30億塩基対を持つヒトゲノムが複製される際に、生じるエラーが平均してたったの3個程度であることを意味します。

この高い忠実度は、単一のメカニズムによって達成されているわけではありません。それは、以下の三段階のチェック機構が連携して働くことによって実現されています。

  1. DNAポリメラーゼによる正確な塩基選択
  2. DNAポリメラーゼによる校正(プルーフリーディング)機能
  3. ミスマッチ修復機構

9.2. 第一の関門:DNAポリメラーゼによる校正機能

DNA複製において、新しいDNA鎖を合成する主役の酵素がDNAポリメラーゼです。DNAポリメラーゼは、鋳型鎖の塩基を読み取り、それに相補的なヌクレオチドを取り込んで、伸長中の鎖に結合させていきます。

まず、DNAポリメラーゼは、正しい塩基対(A-T, G-C)が形成されたときにのみ、その構造が酵素の活性部位にぴったりとフィットするようにできており、これによって高い精度で正しいヌクレオチドを選択します。しかし、これだけではエラー率は10万分の1程度であり、十分ではありません。

そこで、DNAポリメラーゼは、第二の、より重要な正確性確保のメカニズムを持っています。それが**校正機能(プルーフリーディング, Proofreading)**です。

  • メカニズム:DNAポリメラーゼは、新しいヌクレオチドを鎖に付加するたびに、その結合が正しいかどうかを「再確認」します。もし、誤ったヌクレオチド(例えば、Aの向かいにGなど)を誤って結合させてしまった場合、ポリメラーゼはそのことに気づきます。そして、ポリメラーゼは進行方向とは逆向きに(3’→5’方向へ)少し戻り、エキソヌクレアーゼ活性と呼ばれる、DNA鎖の末端からヌクレオチドを切り出す能力を使って、間違えた塩基を取り除きます。その後、再び前進し、今度は正しい塩基を結合させて、複製を再開します。
  • アナロジー: これは、私たちがキーボードで文章を打っているときに、タイプミスに気づいたら、すぐにバックスペースキーで間違えた文字を消して、正しい文字を打ち直す作業と非常によく似ています。

このDNAポリメラーゼ自身の校正機能によって、複製の際のエラー率は、約100倍改善され、1000万分の1程度にまで低下します。

9.3. 第二の関門:ミスマッチ修復

DNAポリメラーゼの校正機能をすり抜けてしまった、ごくわずかなエラー(塩基のミスマッチ)を修正するのが、ミスマッチ修復 (Mismatch Repair) と呼ばれる、第二の監視システムです。

  • メカニズム:
    1. ミスマッチの認識: ミスマッチ修復に関わる特殊なタンパク質群が、複製直後のDNAをスキャンし、塩基のミスマッチ(例えば、AとCのペア)によって生じる、二重らせん構造のわずかな歪みを検出します。
    2. 新旧鎖の識別: ここで重要なのは、AとCのどちらが間違っているのかを特定することです。修復システムは、どちらが鋳型となった古い鎖で、どちらが新しく合成された鎖なのかを識別する必要があります。多くの細菌では、DNAの特定の配列(GATC配列)のアデニンがメチル化されることを利用します。複製直後の新しい鎖はまだメチル化されていないため、メチル化の有無によって新旧を区別できます。
    3. エラーの除去と再合成: 新しい鎖に誤りがあると判断されると、ヌクレアーゼという酵素が、間違った塩基を含む、その周辺のDNA断片を丸ごと切り出します。
    4. 生じた一本鎖のギャップ(隙間)を、DNAポリメラーゼが、鋳型鎖(古い鎖)の情報を元に、再び正しく埋めていきます。
    5. 最後に、DNAリガーゼという酵素が、新しく合成された断片の末端と、既存のDNA鎖とを連結し、修復を完了させます。

このミスマッチ修復機構によって、エラー率はさらに100倍程度低下し、最終的に10億分の1という驚異的な忠実度が達成されるのです。

9.4. DNA損傷に対する修復機構

DNAは、複製の際のエラーだけでなく、細胞がさらされる外部環境からの攻撃によっても、常に損傷の危険にさらされています。

  • 損傷の原因(ダメージ因子):
    • 紫外線 (UV light): 太陽光に含まれる紫外線は、隣り合ったチミン塩基同士を共有結合させてしまい、チミンダイマーと呼ばれる異常な構造を形成します。これは、DNAの正常な複製や転写を妨げます。
    • 放射線 (X線、ガンマ線など): DNA鎖の切断などを引き起こします。
    • 化学物質: タバコの煙に含まれる発がん性物質など、多くの化学物質がDNA塩基を修飾し、損傷を与えます。
    • 自然に起こる化学変化: 細胞内の水との反応などによっても、DNAは自然に損傷を受けることがあります。

これらの損傷を放置すれば、突然変異や細胞死、がん化の原因となります。そのため、生命は、これらの多様なDNA損傷を修復するための、様々なメカニズムを持っています。その中でも代表的なものが、除去修復です。

  • ヌクレオチド除去修復 (Nucleotide Excision Repair):
    • メカニズム: これは、チミンダイマーのような、二重らせんの構造を大きく歪ませるような損傷を修復する、汎用性の高いシステムです。
    1. 特殊な酵素チームが、DNA二重らせんの歪みをパトロールし、損傷部位を認識します。
    2. ヌクレアーゼ酵素が、損傷部位の両側でDNA鎖を切断し、損傷部分を含む比較的長いDNA断片(十数~数十ヌクレオチド)を取り除きます。
    3. DNAポリメラーゼが、残された正常な鎖を鋳型として、取り除かれた部分を正確に再合成します。
    4. DNAリガーゼが、最後の切れ目を連結して修復を完了します。
  • 疾患との関連: このヌクレオチド除去修復のシステムに、遺伝的な欠陥がある病気が、**色素性乾皮症(しょくそせいかんぴしょう, Xeroderma Pigmentosum)**です。この病気の患者さんは、紫外線によるDNA損傷(特にチミンダイマー)を効率よく修復できないため、日光に対して極度に過敏で、若いうちから皮膚がんを非常に高い確率で発症します。

生命は、その設計図であるDNAを、驚くほど多層的な防御・修復システムによって守り抜いています。このシステムの存在こそが、何十億年もの間、生命がその連続性を保ち、進化を続けてこられた秘密なのです。

10. ウイルスの構造と、その増殖

これまでのモジュールで、私たちは「細胞」を生命の基本単位として学んできました。細胞は、自己の遺伝情報を持ち、代謝を行い、自己増殖することができます。しかし、生物界には、この生命の定義から逸脱する、不思議な存在がいます。それがウイルス (Virus) です。ウイルスは、しばしば「生物と無生物の中間」と表現されます。なぜなら、細胞としての構造を持たず、単独では増殖できない一方で、生物の細胞内に入ると、まるで生物のように振る舞い、自己を増殖させるからです。このセクションでは、ウイルスの基本的な構造と、そのユニークな増殖戦略、特にバクテリオファージに見られる二つの異なる増殖サイクルについて探求します。

10.1. ウイルスの定義と構造:単純な構成要素

ウイルスは、ラテン語で「毒」を意味する言葉に由来します。その最も本質的な定義は、「自己を複製するために、他の生物の細胞の機能に完全に依存する、感染性の微小な構造体」、すなわち偏性細胞内寄生体 (obligate intracellular parasite) であるということです。

ウイルスの構造は、細胞に比べて、極めてシンプルです。全てのウイルスは、基本的に以下の二つの要素から構成されています。

  1. 遺伝物質 (Genetic Material):ウイルスの「設計図」です。驚くべきことに、ウイルスの遺伝物質は非常に多様です。
    • DNAウイルス: 二本鎖DNA(アデノウイルスなど)または一本鎖DNA(パルボウイルスなど)を遺伝物質として持つ。
    • RNAウイルス: 二本鎖RNA(レオウイルスなど)または一本鎖RNA(インフルエンザウイルス、コロナウイルス、HIVなど)を遺伝物質として持つ。一本鎖RNAウイルスには、そのままmRNAとして機能するプラス鎖RNAウイルスと、鋳型としてmRNAを合成する必要があるマイナス鎖RNAウイルスがあります。この遺伝物質の多様性は、ウイルスが細胞性生物とは異なる、独自の進化の歴史を歩んできたことを示唆しています。
  2. カプシド (Capsid):遺伝物質を取り囲む、タンパク質でできた殻です。カプシドは、カプソメアと呼ばれる、少数の種類のタンパク質サブユニットが、規則正しく自己集合してできており、正二十面体やらせん状など、ウイルスごとに特徴的な形状をしています。カプシドの主な役割は、宿主細胞の外で、壊れやすい核酸を保護すること、そして、宿主細胞に付着するのを助けることです。

これら二つ(核酸+カプシド)を合わせたものを、ヌクレオカプシドと呼びます。

さらに、一部のウイルスは、カプシドの外側に、もう一つの膜構造を持っています。

  • エンベロープ (Envelope):インフルエンザウイルスやHIV、ヘルペスウイルスなど、多くの動物ウイルスが持つ、脂質二重層の膜です。この膜は、ウイルスが宿主細胞から出芽する際に、宿主細胞の細胞膜や核膜の一部をまとってできたものです。エンベロープには、宿主細胞への吸着や侵入に関わる、**ウイルス由来の糖タンパク質(スパイク)**が埋め込まれています。

ウイルスは、ATPを合成するための代謝系や、タンパク質を合成するためのリボソームといった、自己増殖に必要な機構を一切持っていません。彼らは、宿主細胞のこれらの機構を完全に「乗っ取る」ことで、初めてその目的を達成する、究極の寄生体なのです。

10.2. ウイルスの増殖サイクル(一般的概観)

ウイルスの種類によって細部は異なりますが、その増殖は、一般的に以下のステップで進行します。

  1. 吸着と侵入 (Attachment and Entry): ウイルスは、その表面にあるタンパク質やスパイクを使って、宿主細胞の表面にある特定の受容体分子を認識し、結合します。そして、遺伝物質を細胞内に注入するか、あるいはウイルス粒子全体が細胞内に取り込まれます(エンドサイトーシスなど)。
  2. 複製と合成 (Replication and Synthesis): ウイルスの遺伝物質が、宿主細胞の持つ酵素、リボソーム、tRNA、アミノ酸、ATPなどを全て乗っ取り、自己の遺伝物質を大量に複製させ、また、カプシドタンパク質などのウイルス構成部品を合成させます。
  3. 集合 (Assembly): 細胞内で作られた多数のウイルスゲノムとカプシドタンパク質が、自発的に集合(自己集合)し、新しいウイルス粒子(子ウイルス)が組み立てられます。
  4. 放出 (Release): 完成した子ウイルスが、宿主細胞から放出されます。この放出の際、宿主細胞を破裂させて(溶菌)、多数の子ウイルスが一気に放出される場合や、エンベロープウイルスのように、宿主細胞膜から出芽するようにして、持続的に放出される場合があります。

10.3. バクテリオファージの増殖サイクル

大腸菌などの細菌に感染するウイルスであるバクテリオファージは、その増殖様式の違いから、主に二つのサイクルが知られています。これは、ウイルスの巧みな生存戦略を理解する上で、非常に良いモデルとなります。

10.3.1. 溶菌サイクル (Lytic Cycle)

これは、ウイルスの「速攻型」の増殖サイクルです。

  • プロセス:
    1. ファージは宿主細菌に吸着し、DNAを注入する。
    2. 注入されたファージDNAは、直ちに宿主の機構を乗っ取り、ファージDNAの複製と、ファージタンパク質の合成を開始させる。宿主のDNAは分解されることが多い。
    3. 新しいファージ粒子が組み立てられる。
    4. ファージは、宿主細胞壁を破壊する酵素(リゾチームなど)を産生し、**宿主細胞を破裂(溶菌)**させる。
    5. 多数(数百)の子ファージが一斉に放出され、周囲の新たな細菌に感染する。
  • 特徴: 感染から短時間で、爆発的に子ウイルスを増やすことができます。このサイクルだけを行うファージを、毒性ファージと呼びます。

10.3.2. 溶原サイクル (Lysogenic Cycle)

これは、ウイルスの「潜伏型」の増殖サイクルです。

  • プロセス:
    1. ファージはDNAを注入する。
    2. 注入されたファージDNAは、すぐに増殖を開始するのではなく、宿主細菌の染色体に組み込まれます。この組み込まれた状態のファージDNAをプロファージと呼びます。
    3. プロファージは、普段は不活性な状態で、宿主のDNAの一部として、宿主の細胞分裂と共に、娘細胞へと静かに複製され、受け継がれていきます。この状態の細菌を溶原菌と呼びます。
    4. この潜伏状態は、何世代にもわたって続くことがあります。
    5. しかし、宿主が紫外線や特定の化学物質にさらされるなど、何らかの環境的な**シグナル(誘導)**を受けると、プロファージは染色体から切り出され、活性化します。
    6. 活性化したファージDNAは、上記の溶菌サイクルへと移行し、増殖を開始して、最終的に宿主を溶菌させます。
  • 特徴: 宿主をすぐに殺すことなく、宿主の増殖を利用して、自身のゲノムを安定的に増やしていくことができます。宿主の数が少ない時や、環境が悪い時に有利な戦略と考えられます。溶菌サイクルと溶原サイクルの両方を行うことができるファージを、温和性ファージと呼びます。

ウイルスの存在は、生命とは何か、自己とは何かという、根源的な問いを私たちに投げかけます。彼らは、生命の設計図である核酸と、それを保護するタンパク質という、生命の最も本質的な要素だけを抽出し、他者の生命システムを巧みに利用して存続する、究極のミニマリストであり、情報生命体なのです。

Module 4:遺伝情報とDNAの総括:生命の書を読み解く

本モジュールでは、生命の連続性と多様性の根源である「遺伝情報」の謎を解き明かす、壮大な知の探検を行いました。この旅は、遺伝子の本体がタンパク質かDNAかという、20世紀科学の大いなるミステリーから始まりました。グリフィス、エイブリー、そしてハーシーとチェイスといった科学者たちの、緻密でエレガントな実験の積み重ねが、いかにして「遺伝子の本体はDNAである」という、動かぬ真実を明らかにしたか、その論理的なプロセスを追体験しました。

次に私たちは、ワトソンとクリックが解き明かした、生命のアイコンともいえるDNA二重らせんの、機能美にあふれた構造に迫りました。二本の鎖が逆平行に走り、内側で相補的な塩基対を形成するというその構造が、いかにして「遺伝情報の安定的な保持」と「正確な自己複製」という、遺伝物質に課せられた二大命題を見事に解決しているかを理解しました。そして、メセルソンとスタールの独創的な実験が、この構造から予測された半保存的複製というメカニズムを、いかにして鮮やかに証明したかを見てきました。

さらに、私たちは「生命の書」の構成を学びました。全情報の一揃いであるゲノム、個別の指示書である遺伝子、そしてその書物を物理的に収納する染色体。特に、長大なDNAがヌクレオソームという基本単位を形成し、階層的に折りたたまれることで、微小な核の空間に効率よく、かつ機能的に収納される、その驚くべきパッケージング技術を探りました。

また、この「生命の書」がいかにして読まれ、そして時に誤りが生じるのかについても考察しました。3つの塩基で一つのアミノ酸を規定する遺伝暗号が、縮重性と普遍性という性質を持つこと。DNAの複製が、校正機能ミスマッチ修復という多層的なチェック機構によって驚異的な正確さを保っていること。そして、紫外線などによって生じた損傷が、除去修復などのシステムによって絶えず修復されていること。これらの事実は、生命がいかにして、その最も貴重な資産である遺伝情報を、エラーや損傷から守り抜いているかを物語っています。一方で、突然変異という避けられない「誤植」が、時に疾患の原因となり、また時には進化の原動力となる、生命のダイナミックな側面も明らかにしました。

このモジュールを通じて、私たちは、遺伝や生命の連続性といった現象を、もはや抽象的な概念としてではなく、DNAという具体的な分子の構造と、その物理化学的な振る舞いの言葉で語ることができるようになりました。生命とは、自己を複製する情報システムであり、その情報は、4種類の塩基が織りなす、壮大な叙事詩なのです。


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