【基礎 数学(数学Ⅰ)】Module 6:2次関数(3) 2次方程式
本モジュールの目的と構成
これまでの2つのモジュールを通じて、私たちは2次関数という対象を、その代数的な表現(式)と幾何学的な実体(グラフ)の両面から徹底的に分析し、その静的な姿(Module 4)と動的な振る舞い(Module 5)を理解するための、強力な思考の道具を手に入れてきました。本モジュールでは、その集大成として、2次関数に関する研究を、数学における最も根源的な問いの一つ、すなわち**「方程式を解く」**というテーマへと収束させていきます。
2次方程式 \(ax^2+bx+c=0\) とは、関数 \(y=ax^2+bx+c\) の観点から見れば、その出力 y
が 0
になるのは、入力 x
がどのような値のときか?という問いに他なりません。これは、グラフの世界では、放物線が地平線であるx軸と交わる点のx座標を探す、という極めて具体的で視覚的な問題に対応します。この「方程式の実数解 ⇔ グラフとx軸の共有点」という対応関係こそが、本モジュールを貫く最も重要な指導原理です。
この原理のもと、私たちは2次方程式を単なる代数的な計算問題としてではなく、これまで培ってきた2次関数のグラフに関する深い洞察を駆使して、その解の存在、個数、符号、さらには「どの範囲に存在するか」といった、より詳細な性質を解明していきます。特に、解の存在範囲を特定する「解の配置問題」は、判別式、軸、端点の値という三つの情報を論理的に組み合わせ、与えられた条件に対する必要十分条件を構築するという、高度な分析力と総合力が試される、数学的思考の訓練場です。
このモジュールを修了する時、皆さんは2次方程式を完全にマスターし、代数的な計算と幾何学的な直観を統合した、盤石な問題解決能力を身につけているでしょう。そのために、以下のステップを順に探求していきます。
- 最終兵器の導出(2次方程式の解の公式): あらゆる2次方程式を解くための万能の公式を、平方完成を用いて自らの手で導出し、その構造を理解します。
- 解の存在を予言する(判別式の定義と実数解の個数): 解の公式の根幹部分である「判別式」を定義し、その符号が実数解の個数をどのように決定づけるのか、その因果関係を解き明かします。
- 代数と幾何の交差点(2次関数のグラフとx軸の共有点): 「方程式の実数解の個数」と「グラフとx軸の共有点の個数」が完全に一致するという、本モジュールの根幹をなす対応関係を確立します。
- 解かずに解の性質を知る(解と係数の関係): 2次方程式の解を具体的に求めることなく、その和と積を係数から直接知るための強力な関係式を学び、対称性を利用した問題に応用します。
- 二つの式の接点を探る(共通解問題): 二つの2次方程式が共通の解を持つという条件から、未知の係数や共通解そのものを特定するための論理的な戦略を探求します。
- 解の正負を見抜く(解の符号の判別): 2次方程式の解が、ともに正、ともに負、あるいは異符号となるための条件を、「判別式・軸・端点」という三位一体の分析フレームワークを用いて体系的に学びます。
- 解の存在範囲を特定する(解の配置問題): 「解が1より大きい」など、解の存在範囲に関するより複雑な条件を分析し、それを満たすための必要十分条件を論理的に構築する、高度な問題解決技術をマスターします。
- 係数が動く方程式(文字係数を含む2次方程式の解の分類): 係数にパラメータを含む2次方程式について、パラメータの値による場合分けを行い、解の性質がどのように変化するかを動的に考察します。
- 因数分解の限界を超える(2次式の因数分解): これまで整数の範囲で考えてきた因数分解を、無理数を含む実数の範囲へと拡張し、解の公式を用いてあらゆる2次式を因数分解する方法を学びます。
- 現実からの挑戦(方程式の応用問題): 現実世界の文章題を2次方程式としてモデル化し、得られた解が問題の条件に適合するかを吟味する「解の吟味」の重要性を学びます。
それでは、2次関数の研究の最終章、2次方程式の深遠な世界へ進みましょう。
1. 2次方程式の解の公式とその導出
2次方程式 \(ax^2+bx+c=0\) は、数学の歴史において何世紀にもわたり研究されてきた、最も重要で基本的な方程式の一つです。その解法は、因数分解が可能な特殊な場合には簡単ですが、係数が複雑になると、手探りで解を見つけるのは困難になります。
この問題を根本的に解決するのが、**2次方程式の解の公式(quadratic formula)**です。この公式は、どんな2次方程式であっても、その係数 a, b, c
の値を代入するだけで、機械的に解を求めることができる、いわば「最終兵器」です。
しかし、この公式を単なる暗記すべき呪文として扱うことは、数学の精神に反します。その真の力を理解するためには、なぜこの公式が成り立つのか、その導出プロセスを自らの手で再現することが不可欠です。驚くべきことに、その導出の鍵を握るのは、私たちが Module 4 で習熟した平方完成の技術に他なりません。
1.1. 解の公式
まず、結論である公式を提示します。
2次方程式の解の公式:
2次方程式 \(ax^2+bx+c=0\) (ただし \(a \neq 0\)) の解は、
\[x = \frac{-b \pm \sqrt{b^2-4ac}}{2a}\]
である。
この公式は、+
と -
の二つの場合をまとめて表現しており、解が二つ(または重なって一つ)存在することを示唆しています。
1.2. 解の公式の導出プロセス
それでは、この公式を一般の2次方程式 \(ax^2+bx+c=0\) から、平方完成を用いて導き出してみましょう。この導出過程は、代数的な変形の美しさと論理の力を示す、見事な一例です。
ステップ 1: 定数項の移項と両辺の除算
まず、x を含まない定数項 c を右辺に移項します。
\(ax^2+bx = -c\)
次に、平方完成を容易にするため、x^2 の係数を 1 にします。方程式なので、両辺を a (\(a \neq 0\)) で割ることが許されます。
\(x^2 + \frac{b}{a}x = -\frac{c}{a}\)
ステップ 2: 平方完成
左辺を完全な平方の形にするため、x の係数の半分の2乗を両辺に加えます。
x
の係数:\(\frac{b}{a}\)- その半分:\(\frac{b}{2a}\)
- その2乗:\((\frac{b}{2a})^2 = \frac{b^2}{4a^2}\)
この値を、等式を保つために両辺に加えます。
\(x^2 + \frac{b}{a}x + \frac{b^2}{4a^2} = -\frac{c}{a} + \frac{b^2}{4a^2}\)
ステップ 3: 式の整理
左辺は、狙い通りに平方の形に因数分解できます。
\(\left(x + \frac{b}{2a}\right)^2 = -\frac{c}{a} + \frac{b^2}{4a^2}\)
右辺は、通分して一つの分数にまとめます。
\(\left(x + \frac{b}{2a}\right)^2 = -\frac{4ac}{4a^2} + \frac{b^2}{4a^2}\)
\(\left(x + \frac{b}{2a}\right)^2 = \frac{b^2-4ac}{4a^2}\)
ステップ 4: 平方根をとる
A^2 = B の解が A = \pm\sqrt{B} であることを利用して、平方根をとります。
\(x + \frac{b}{2a} = \pm\sqrt{\frac{b^2-4ac}{4a^2}}\)
右辺の根号を、分子と分母に分割します。
\(x + \frac{b}{2a} = \frac{\pm\sqrt{b^2-4ac}}{\sqrt{4a^2}}\)
分母 \(\sqrt{4a^2}\) は \(\sqrt{(2a)^2} = |2a|\) となりますが、分子に既に \pm がついているため、分母の絶対値は考慮せずに 2a として構いません。
\(x + \frac{b}{2a} = \frac{\pm\sqrt{b^2-4ac}}{2a}\)
ステップ 5: x について解く
最後に、左辺の \(\frac{b}{2a}\) を右辺に移項して、x を求めます。
\(x = -\frac{b}{2a} + \frac{\pm\sqrt{b^2-4ac}}{2a}\)
分母が同じなので、一つの分数にまとめます。
\[x = \frac{-b \pm \sqrt{b^2-4ac}}{2a}\]
これで、解の公式が導出されました。
1.3. b
が偶数の場合の公式(xの1次の係数が偶数)
x
の1次の係数 b
が偶数である場合、すなわち b=2b'
と書ける場合には、計算を少し簡略化できる便利な公式があります。
b が偶数の場合の解の公式:
2次方程式 \(ax^2+2b’x+c=0\) の解は、
\[x = \frac{-b’ \pm \sqrt{(b’)^2-ac}}{a}\]
である。
この公式は、元の公式に b=2b’ を代入し、整理することで導かれます。
\(x = \frac{-2b’ \pm \sqrt{(2b’)^2-4ac}}{2a} = \frac{-2b’ \pm \sqrt{4(b’)^2-4ac}}{2a} = \frac{-2b’ \pm \sqrt{4((b’)^2-ac)}}{2a} = \frac{-2b’ \pm 2\sqrt{(b’)^2-ac}}{2a}\)
分子と分母を 2 で割ることで、上記の簡略化された公式が得られます。
例: 3x^2-8x+2=0
を解く。
a=3, b=-8, c=2
。b
が偶数なのでb'=-4
。x = \frac{-(-4) \pm \sqrt{(-4)^2-3 \cdot 2}}{3} = \frac{4 \pm \sqrt{16-6}}{3} = \frac{4 \pm \sqrt{10}}{3}
通常の公式を使っても同じ結果になりますが、計算過程の数が小さくなるため、特に係数が大きい場合には計算ミスを減らす効果があります。
解の公式の導出過程を理解することは、平方完成という重要な代数操作の応用力を深めると同時に、公式が単なる天下りのルールではなく、論理的な必然性から導かれるものであることを実感させてくれます。この理解が、公式に対する信頼と、数学全体への深い洞察へと繋がっていくのです。
2. 判別式の定義と実数解の個数
2次方程式の解の公式 \[x = \frac{-b \pm \sqrt{b^2-4ac}}{2a}\] は、私たちに解そのものを与えてくれます。しかし、問題によっては、解の具体的な値を求める必要はなく、単に「実数解がいくつ存在するのか(2個、1個、あるいは0個)」だけを知りたい、という場合があります。
この問いに、方程式を最後まで解ききることなく、瞬時に答えるための強力なツールが**判別式(discriminant)**です。判別式は、その名の通り、解の性質を「判別」するための、係数から作られる特別な式です。
2.1. 判別式の定義
解の公式を注意深く観察すると、解の個数を左右しているのは、平方根の中の式 \(b^2-4ac\) であることが分かります。
- もしこの部分が正ならば、\(\pm\sqrt{\cdots}\) の部分が
0
でない実数となり、-b
に足したものと引いたものの2つの異なる解が存在します。 - もしこの部分が**
0
** ならば、\(\pm\sqrt{0}=0\) となり、解は \(x = -\frac{b}{2a}\) の一つだけ(重なり合った解)になります。 - もしこの部分が負ならば、負の数の平方根は実数の範囲には存在しないため、実数解は存在しません。
この、解の性質を決定づける根幹部分 \(b^2-4ac\) を、2次方程式の判別式と定義します。
定義:
2次方程式 \(ax^2+bx+c=0\) の係数から作られる式
\(D = b^2-4ac\)
を、この2次方程式の判別式という。
(D は Discriminant の頭文字)
x の1次の係数が偶数 b=2b’ の場合は、対応する解の公式の根号の中の部分を用いると、計算が簡略化できます。
\(\frac{D}{4} = (b’)^2 – ac\)
符号を調べるだけなら、4で割っても変わらないため、こちらを判別式として用いることが非常に多いです。
2.2. 判別式と実数解の個数の関係
判別式 D
の符号と、2次方程式 \(ax^2+bx+c=0\) の実数解の個数の間には、以下の明確な因果関係が成り立ちます。
判別式 D の符号 | 実数解の個数 | 解の名称 |
D > 0 | 異なる2つの実数解 | 異なる2実数解 |
D = 0 | 1つの実数解 | 重解 (double root) |
D < 0 | 0個(実数解なし) | – |
- 重解とは、二つの解が偶然に重なり合って一つに見えている、というニュアンスを持つ言葉です。方程式 \((x-p)^2=0\) の解
x=p
は重解です。
この関係は、数学における最も基本的で重要な対応関係の一つであり、完全にマスターする必要があります。
2.3. 判別式の応用例
例題 1: 2次方程式 \(3x^2-5x+1=0\) の実数解の個数を求めよ。
- 判別式を計算する:a=3, b=-5, c=1\(D = b^2-4ac = (-5)^2 – 4(3)(1) = 25 – 12 = 13\)
- 符号を判定する:D=13 であり、D > 0。
- 結論:したがって、この2次方程式は異なる2つの実数解を持つ。
例題 2: 2次方程式 \(x^2+mx+m+3=0\) が重解を持つような、定数 m
の値を求めよ。また、そのときの重解を求めよ。
- 問題の翻訳:「重解を持つ」という条件は、数学の言葉で「判別式 D=0」と翻訳できる。
- 判別式を m の式で表す:a=1, b=m, c=m+3\(D = b^2-4ac = m^2 – 4(1)(m+3) = m^2 – 4m – 12\)
- D=0 の方程式を解く:\(m^2-4m-12 = 0\)この m についての2次方程式を解く。\((m-6)(m+2) = 0\)よって、m=6 または m=-2。
- 重解を求める:2次方程式が重解を持つとき、その解は \(x = -\frac{b}{2a}\) で与えられる。
- m=6 のとき:元の式は \(x^2+6x+9=0 \implies (x+3)^2=0\)。重解は x=-3。(公式でも \(x = -\frac{6}{2(1)} = -3\))
- m=-2 のとき:元の式は \(x^2-2x+1=0 \implies (x-1)^2=0\)。重解は x=1。(公式でも \(x = -\frac{-2}{2(1)} = 1\))
判別式は、方程式を完全に解くことなく、その解の「存在と個数」という、最も基本的な性質を明らかにしてくれる、強力な解析ツールです。このツールは、次のセクションで学ぶ、方程式とグラフの関係性を理解する上で、決定的な役割を果たします。
3. 2次関数のグラフとx軸の共有点
代数(式の計算)と幾何(図形の性質)は、数学というコインの裏表です。一見すると別々の世界に見えるこの二つを結びつける強力な架け橋が、座標平面であり、その上で表現されるグラフです。本モジュールで私たちが確立すべき最も重要な対応関係は、**「2次方程式の解」という代数的な概念と、「2次関数のグラフとx軸の共有点」**という幾何学的な概念との間の、一対一の対応です。
この対応関係を深く理解することで、私たちは方程式の問題を図形の問題として、図形の問題を方程式の問題として、自在に視点を切り替えながら解くことができるようになります。
3.1. 共有点のx座標 = 実数解
まず、基本となる原理を明確にしましょう。
原理:
関数 \(y=f(x)\) のグラフとx軸との共有点のx座標は、方程式 \(f(x)=0\) の実数解に等しい。
なぜなら、
- 「x軸」とは、すべての点のy座標が
0
である直線のこと。方程式で書けばy=0
。 - 「グラフとx軸の共有点」とは、
y=f(x)
のグラフ上の点であり、かつ、y=0
を満たす点のこと。 - したがって、共有点の座標
(x, y)
は、y=f(x)
とy=0
を同時に満たす。 - これらを連立させて
y
を消去すると、方程式f(x)=0
が得られる。
この原理を2次関数に適用すると、以下のようになります。
2次関数と2次方程式の対応関係:
2次関数 \(y=ax^2+bx+c\) のグラフとx軸との共有点のx座標は、2次方程式 \(ax^2+bx+c=0\) の実数解である。
この対応関係から、極めて重要な結論が導かれます。それは、「共有点の個数」と「実数解の個数」が完全に一致するということです。
3.2. 判別式とグラフの関係の視覚化
前セクションで学んだ判別式 D=b^2-4ac
は、実数解の個数を決定しました。したがって、判別式は、グラフとx軸の共有点の個数も同時に決定づけていることになります。この関係を、グラフの形状と合わせて視覚的に理解しましょう。
3.2.1. D > 0
の場合:異なる2点で交わる
- 代数的な意味: 異なる2つの実数解 \(\alpha, \beta\) を持つ。
- 幾何学的な意味: グラフはx軸と異なる2つの共有点 \((\alpha, 0), (\beta, 0)\) を持つ。すなわち、x軸と「交わる」。
3.2.2. D = 0
の場合:1点で接する
- 代数的な意味: 1つの実数解(重解)\(\alpha\) を持つ。
- 幾何学的な意味: グラフはx軸とただ1つの共有点 \((\alpha, 0)\) を持つ。すなわち、x軸に「接する (be tangent to)」。このとき、共有点は放物線の頂点と一致します。
3.2.3. D < 0
の場合:共有点を持たない
- 代数的な意味: 実数解を持たない。
- 幾何学的な意味: グラフはx軸と共有点を持たない。
a>0
(下に凸)の場合、グラフは常にx軸の上側にある(常にy>0
)。- a<0(上に凸)の場合、グラフは常にx軸の下側にある(常に y<0)。この「常に正」または「常に負」である2次関数を、絶対不等式と関連付けて後に学びます。
3.3. 応用例
この対応関係を利用すると、代数的な問題を幾何学的に、幾何学的な問題を代数的に解くことができます。
例題 1 (代数→幾何): 2次関数 \(y=x^2-2x+m\) のグラフがx軸と接するように、定数 m
の値を定めよ。
- 幾何学的条件の代数的翻訳:「グラフがx軸と接する」\(\iff\) 「グラフとx軸の共有点が1個」\(\iff\) 「2次方程式 \(x^2-2x+m=0\) が重解を持つ」\(\iff\) 「判別式 D=0」
- 代数的計算:方程式 \(x^2-2x+m=0\) の判別式を D とする。(x の係数が偶数なので D/4 を使う)a=1, b’=-1, c=m\(\frac{D}{4} = (b’)^2-ac = (-1)^2 – 1 \cdot m = 1-m\)
- 方程式を解く:D/4=0 より、1-m=0。よって m=1。
例題 2 (幾何→代数): 2次関数 \(y=x^2-mx+1\) のグラフが、常にx軸の上側にあるための、定数 m
の値の範囲を求めよ。
- 幾何学的条件の分析:
- まず、グラフが「常にx軸の上側」にあるためには、お椀が上を向いている、すなわち下に凸である必要がある。この関数の x^2 の係数は 1 で正なので、この条件は満たしている。
- 次に、下に凸のグラフが常にx軸の上側にある、ということは、x軸と共有点を持たないということである。
- 代数的翻訳:「x軸と共有点を持たない」\(\iff\) 「2次方程式 \(x^2-mx+1=0\) が実数解を持たない」\(\iff\) 「判別式 D<0」
- 代数的計算:方程式 \(x^2-mx+1=0\) の判別式を D とする。a=1, b=-m, c=1\(D = b^2-4ac = (-m)^2 – 4(1)(1) = m^2-4\)
- 不等式を解く:D<0 より、m^2-4 < 0。この m についての2次不等式を解く。(m+2)(m-2) < 0よって、-2 < m < 2。
「方程式の解」と「グラフの共有点」という二つの概念が、判別式という名の通訳者を介して、いかに深く結びついているか。この理解は、2次関数と2次方程式を一つの統合された対象として捉えるための、決定的な鍵となります。
4. 2次方程式の解と係数の関係
2次方程式を解くとき、私たちは通常、解の公式などを用いて解そのものを具体的に求めます。しかし、問題によっては、解の具体的な値は必要なく、**解の和(\(\alpha+\beta\))や解の積(\(\alpha\beta\))**といった、解たちの関係性だけが分かれば十分な場合があります。
そのような場合に絶大な威力を発揮するのが、解と係数の関係(Vieta’s formulas)です。この関係式は、2次方程式の解を一切計算することなく、その和と積を、方程式の係数 a, b, c
から直接求めることを可能にします。
このツールは、特に解が複雑な無理数になる場合や、解そのものではなく解の対称式(例:\(\alpha^2+\beta^2\))の値を求めたい場合に、計算量を劇的に削減してくれます。
4.1. 解と係数の関係の導出
なぜ、解の和と積が、係数だけで決まってしまうのでしょうか。その理由は、因数分解の考え方から導き出すことができます。
2次方程式 \(ax^2+bx+c=0\) (\(a \neq 0\)) の二つの解を \(\alpha, \beta\) とします。
このとき、2次式 \(ax^2+bx+c\) は、因数定理により
\(ax^2+bx+c = a(x-\alpha)(x-\beta)\)
の形に因数分解できるはずです。
この等式は、x についての恒等式(x にどんな値を入れても成り立つ式)です。
そこで、右辺を展開し、左辺と係数を比較してみましょう。
- 右辺の展開:\(a(x-\alpha)(x-\beta) = a{x^2 – (\alpha+\beta)x + \alpha\beta}\)\(= ax^2 – a(\alpha+\beta)x + a\alpha\beta\)
- 左辺との係数比較:左辺は \(ax^2+bx+c\) です。両辺の x の1次の項の係数を比較すると、b = -a(\alpha+\beta)両辺を -a で割ると、\(\alpha+\beta = -\frac{b}{a}\) が得られます。両辺の定数項を比較すると、c = a\alpha\beta両辺を a で割ると、\(\alpha\beta = \frac{c}{a}\) が得られます。
これで、二つの関係式が導出されました。
4.2. 解と係数の関係の公式
解と係数の関係:
2次方程式 \(ax^2+bx+c=0\) の2つの解を \(\alpha, \beta\) とすると、
- 和: \(\alpha+\beta = -\frac{b}{a}\)
- 積: \(\alpha\beta = \frac{c}{a}\)が成り立つ。
覚え方のヒント:
- 和は、
x
の係数b
を、x^2
の係数a
で割り、マイナスをつける。 - 積は、定数項
c
を、x^2
の係数a
で割る。
4.3. 応用例
4.3.1. 解の和と積の直接計算
例題 1: 2次方程式 \(3x^2-5x+1=0\) の2つの解を \(\alpha, \beta\) とするとき、\(\alpha+\beta\) と \(\alpha\beta\) の値を求めよ。
- この方程式を解の公式で解くと \(x = \frac{5 \pm \sqrt{13}}{6}\) となり、解は複雑です。
- しかし、解と係数の関係を使えば、a=3, b=-5, c=1 なので、
- 和: \(\alpha+\beta = -\frac{-5}{3} = \frac{5}{3}\)
- 積: \(\alpha\beta = \frac{1}{3}\)と、瞬時に求めることができます。
4.3.2. 対称式の値の計算
解と係数の関係が最も威力を発揮するのが、解の対称式の値を求める問題です。Module 1で学んだように、すべての対称式は基本対称式(この場合は \(\alpha+\beta\) と \(\alpha\beta\))だけで表現できます。
例題 2: 例題1の \(\alpha, \beta\) について、\(\alpha^2+\beta^2\) と \(\frac{1}{\alpha}+\frac{1}{\beta}\) の値を求めよ。
- \(\alpha^2+\beta^2\) の値:まず、式を基本対称式で変形する。\(\alpha^2+\beta^2 = (\alpha+\beta)^2-2\alpha\beta\)求めた和と積の値を代入する。\(= \left(\frac{5}{3}\right)^2 – 2\left(\frac{1}{3}\right) = \frac{25}{9} – \frac{2}{3} = \frac{25}{9} – \frac{6}{9} = \frac{19}{9}\)
- \(\frac{1}{\alpha}+\frac{1}{\beta}\) の値:まず、通分して式を変形する。\(\frac{1}{\alpha}+\frac{1}{\beta} = \frac{\beta+\alpha}{\alpha\beta}\)和と積の値を代入する。\(= \frac{5/3}{1/3} = 5\)
4.3.3. 2数を解とする2次方程式の作成
解と係数の関係を逆から利用すると、与えられた2数を解に持つ2次方程式を簡単に作ることができます。
2数を解とする2次方程式:
2数 \(p, q\) を解とする2次方程式の一つは、
\(x^2 – (p+q)x + pq = 0\)
である。
x^2
の係数が1
の場合、x
の係数は和にマイナスをつけたもの、定数項は積となります。
例題 3: 2数 3+\sqrt{2}
と 3-\sqrt{2}
を解とする2次方程式を一つ作れ。
- 和と積を計算する:
- 和: \((3+\sqrt{2})+(3-\sqrt{2}) = 6\)
- 積: \((3+\sqrt{2})(3-\sqrt{2}) = 3^2-(\sqrt{2})^2 = 9-2=7\)
- 公式に当てはめる:\(x^2 – (和)x + (積) = 0\) なので、\(x^2 – 6x + 7 = 0\)
解と係数の関係は、方程式の解を、個々の具体的な値としてではなく、一つのペアとしての「関係性」から捉え直す、より抽象的で強力な視点を提供してくれます。この視点は、今後の高次方程式の理論へと繋がる、重要な第一歩です。
5. 2つの2次方程式の共通解問題
これまでは、単独の2次方程式を分析してきました。このセクションでは、二つの異なる2次方程式が登場し、それらが**共通の解(common root)**を持つ、という条件が与えられた問題を扱います。
典型的な問題設定:
\(x^2+mx+1=0\)
\(x^2+x+m=0\)
のような、パラメータ m を含む二つの2次方程式が、ただ一つの共通解を持つとき、m の値と、その共通解を求めよ。
この種の問題を解くには、いくつかの定石となる論理的な戦略が存在します。どの戦略を選択するかは、問題の形に応じて判断しますが、根底にあるのは「共通解は、両方の方程式を同時に満たす」という、ごく当たり前の事実です。
5.1. 戦略1:共通解を \(\alpha\) とおく代入法
最も基本的で、どんな問題にも適用できるのが、このアプローチです。
プロセス:
- 求める共通解を、具体的な文字、例えば \(\alpha\) とおく。
- \(\alpha\) は両方の方程式の解なので、それぞれの方程式の
x
に \(\alpha\) を代入しても、等式は成り立つ。- \(\alpha^2+m\alpha+1=0\) … ①
- \(\alpha^2+\alpha+m=0\) … ②
- これで、未知数が \(\alpha\) と
m
の二つ、式が二つの連立方程式が得られる。 - この連立方程式を解いて、\(\alpha\) と
m
の値を求める。 - 最後に、得られた
m
の値が、問題の条件(例:「ただ一つの共通解を持つ」)を本当に満たしているかを吟味する。
例題: 上記の二つの2次方程式が共通解を持つときの m
とその共通解を求める。
- \(\alpha\) を代入:\(\alpha^2+m\alpha+1=0\) … ①\(\alpha^2+\alpha+m=0\) … ②
- 連立方程式を解く(最高次数の項を消去):① – ② を計算して、\(\alpha^2\) の項を消去する。\((m\alpha+1) – (\alpha+m) = 0\)\(m\alpha – \alpha + 1 – m = 0\)\(\alpha(m-1) – (m-1) = 0\)\((m-1)(\alpha-1) = 0\)
- 場合分け:この等式が成り立つのは、
- (i)
m-1=0
すなわちm=1
の場合 - (ii) \alpha-1=0 すなわち \alpha=1 の場合のどちらかである。
- (i)
- 解の吟味:
- (i) m=1 の場合:元の二つの方程式に m=1 を代入してみる。x^2+x+1=0x^2+x+1=0二つの方程式は完全に一致してしまう。この方程式の判別式は D=1^2-4(1)(1)=-3<0 なので、そもそも実数解を持たない(数学IIの範囲では、異なる2つの虚数解を持つ)。もし解を持つ場合でも、解は2つとも共通になってしまうため、「ただ一つの共通解」という問題の条件に合わない。(※問題の条件に応じて判断が必要)
- (ii) 共通解が \alpha=1 の場合:共通解が 1 であることが分かったので、これをどちらかの方程式(例えば②)に代入して m の値を求める。(1)^2+(1)+m=0 \implies 2+m=0 \implies m=-2
- m=-2 の場合の確認:m=-2 を元の二つの方程式に代入して、本当にただ一つの共通解 x=1 を持つかを確認する。
- 方程式1:
x^2-2x+1=0 \implies (x-1)^2=0
。解はx=1
(重解)。 - 方程式2: x^2+x-2=0 \implies (x+2)(x-1)=0。解は x=1, -2。確かに、x=1 のみを共通解として持ち、これは問題の条件を満たしている。
- 方程式1:
- 結論:求める m の値は m=-2、そのときの共通解は x=1。
5.2. 戦略2:式の加減による次数下げ
戦略1で行った「最高次数の項を消去する」という操作は、より一般的に「式の加減によって、より次数の低い、共通解が満たすべき新しい方程式を作る」という戦略として捉えることができます。
x^2
の項を消去 →x
の1次方程式が得られることが多い。- 定数項を消去 →
x
で括れる形の方程式が得られることが多い。
この方法で得られた、より簡単な方程式の解が、**共通解の「候補」**となります。あとは、その候補を元の方程式に代入して、実際に共通解となるか(等式を満たすか)を確認します。
5.3. 解の吟味の重要性
共通解問題で最も重要なステップは、最後の「解の吟味」です。
連立方程式を解く過程で得られる m や \alpha の値は、あくまで「もし共通解が存在するならば、満たされるべき必要条件」に過ぎません。その値が、本当に問題の条件全体(共通解を持つ、しかもただ一つ、など)を満たす「十分条件」となっているかを確認する作業が不可欠です。
特に、戦略1の(i)のように、m=1
のときに二つの方程式が一致してしまう場合は要注意です。このとき、二つの解が両方とも共通解となってしまうため、「ただ一つの共通解」という条件に反します。しかし、「少なくとも一つの共通解を持つ」という条件であれば、m=1
も解に含まれる可能性があります(ただし、この場合は実数解がないので除外)。
このように、共通解の問題は、単なる計算だけでなく、必要条件と十分条件を正確に区別し、論理的な検証を行う、思考の精密さが試される問題なのです。
6. 解の符号の判別(判別式・軸・端点の利用)
2次方程式 ax^2+bx+c=0
について、私たちは判別式 D
を用いて「実数解がいくつ存在するか」を判定できるようになりました。このセクションからは、さらに一歩進んで、解の「質」に関するより詳細な分析、すなわち解の符号(正・負)や存在範囲を探る問題へと入っていきます。
例えば、「与えられた2次方程式が、異なる二つの正の解を持つための、係数 m
の条件を求めよ」といった問題です。
このような問題を解くための、極めて強力で体系的な思考のフレームワークが、「判別式 (D
)・軸 (p
)・端点 (f(k)
)」という三つの要素を統合的に分析するアプローチです。このフレームワークは、方程式の問題を、対応する2次関数 y=ax^2+bx+c
のグラフの配置問題として捉え直すことで、その威力を発揮します。
6.1. グラフを利用した思考
「方程式が異なる二つの正の解を持つ」という代数的な条件を、グラフの言葉に翻訳してみましょう。
「解」は「グラフとx軸の共有点のx座標」でした。
したがって、この条件は、
「関数 y=ax^2+bx+c のグラフが、x軸の正の部分 (x>0) と、異なる2点で交わる」
という、幾何学的な配置条件と同値になります。
では、グラフが上図のような配置になるためには、どのような条件が満たされる必要があるでしょうか?これを、3つの観点から分析します。
6.2. 解の符号を判別するための「三種の神器」
ax^2+bx+c=0 の解の符号を判別するためには、以下の3つの条件をすべてチェックする必要があります。
(ここでは、下に凸 a>0 の場合を主に考えます。上に凸 a<0 の場合は、不等号の向きなどに適宜注意が必要です)
- [D] 判別式
D = b^2-4ac
- 役割: 実数解の個数を保証する。
- そもそもx軸と交わらなければ、正の解も負の解も存在しません。
- 「異なる2解」なら
D>0
、「(重解を含む)2解」ならD \ge 0
が必要です。
- [p] 軸
x=p = -b/(2a)
の位置- 役割: 解が、全体としてどのあたりに分布しているかを規定する。
- 二つの解 \(\alpha, \beta\) の平均は \(\frac{\alpha+\beta}{2} = -\frac{b}{2a} = p\) となり、軸の位置と一致します。
- もし2解がともに正ならば、その平均である軸も当然、正の位置 (
p>0
) になければなりません。 - もし2解がともに負ならば、軸も負の位置 (
p<0
) になければなりません。
- [f(0)] 端点(y切片)
f(0) = c
の符号- 役割: 解が
0
をまたぐかどうかを判定する。 f(0)
は、グラフとy軸の交点のy座標(y切片)です。- もし2解がともに正、あるいはともに負ならば、グラフは
x=0
の時点ではx軸と交わっていません。したがって、f(0)
はx軸と同じ側(a>0
ならf(0)>0
)になければなりません。 - もし2解が異符号(一つが正、一つが負)ならば、グラフは必ず
x=0
をまたいでx軸と交わるため、f(0)
はx軸の反対側(a>0
ならf(0)<0
)になければなりません。
- 役割: 解が
6.3. 具体的な条件への翻訳
この「D・p・f」フレームワークを用いて、具体的な条件を構築してみましょう。
2次方程式 ax^2+bx+c=0
が…
(1) 異なる2つの正の解を持つための条件
\iff グラフ y=ax^2+bx+c が x>0 の範囲でx軸と異なる2点で交わる。
* [D] 異なる2点で交わる ⇒ D > 0
* [p] 2つの正の解の平均は正 ⇒ 軸 p > 0
* [f(0)] 2つの正の解を持つので、y軸(x=0)とはx軸の上側で交わる ⇒ f(0) > 0
この3つの条件をすべて満たすことが必要十分条件となります。
(2) 異なる2つの負の解を持つための条件
\iff グラフが x<0 の範囲でx軸と異なる2点で交わる。
* [D] 異なる2点で交わる ⇒ D > 0
* [p] 2つの負の解の平均は負 ⇒ 軸 p < 0
* [f(0)] 2つの負の解を持つので、y軸とはx軸の上側で交わる ⇒ f(0) > 0
この3つの条件をすべて満たすことが必要十分条件です。
(3) 正の解と負の解を1つずつ持つ(異符号の解を持つ)ための条件
\iff グラフがx軸の正の部分と負の部分で1回ずつ交わる。
* この場合、グラフは必ずy軸をまたぐ形でx軸と交わるため、y切片 f(0) が負 (a>0 の場合) であれば、自動的に異なる2点で交わることが保証されます。
* f(0) = c。a>0 のとき、頂点のy座標 q = (-D)/(4a)。もし c<0 ならば、f(0)<f(p)=q となることはあり得ず(p=0でない限り)、頂点は必ずy切片より下にある。つまり q<c<0 となり、D = -4aq > 0 が自動的に満たされる。
* 軸の位置は、正負どちらにあってもよいので、条件は不要です。
* したがって、条件は一つだけで十分です。
f(0) < 0 (a>0の場合。一般には af(0)<0)
例題: 2次方程式 \(x^2-2(m-1)x+m+5=0\) が、異なる2つの正の解を持つような、定数 m
の値の範囲を求めよ。
- 条件の整理 (D, p, f(0)):f(x)=x^2-2(m-1)x+m+5 とおく。a=1>0。求める条件は、以下の3つの連立不等式で表される。(i) D/4 > 0(ii) 軸 p > 0(iii) f(0) > 0
- 各条件の計算:
- (i) D/4 = (-(m-1))^2 – 1(m+5) = (m^2-2m+1)-m-5 = m^2-3m-4m^2-3m-4 > 0 \implies (m-4)(m+1) > 0よって m<-1, 4<m … ①
- (ii) 軸 x = m-1m-1 > 0よって m>1 … ②
- (iii) f(0) = m+5m+5 > 0よって m>-5 … ③
- 共通範囲を求める:数直線上に、①, ②, ③ の範囲を図示し、すべての条件を同時に満たす範囲を探す。
- ①:
m<-1
またはm>4
- ②:
m>1
- ③: m>-5これらの共通範囲は m>4。
- ①:
この「D・p・f」フレームワークは、次の「解の配置問題」を解くための、より一般的な思考法の基礎となります。一つ一つの条件が、グラフのどのような幾何学的性質に対応しているのかを、常に意識しながら問題を解くことが重要です。
7. 解の配置問題(分離問題)
「解の符号の判別」は、解と 0
との大小関係を考える問題でした。解の配置問題(または解の分離問題)は、それをさらに一般化し、解が 0
以外の特定の数 k
と比べて大きいか小さいか、あるいは特定の範囲 k_1 < x < k_2
の中に存在するか、といった、より詳細な解の存在範囲に関する条件を扱う問題です。
典型的な問題設定:
「2次方程式 f(x)=0 が、1より大きい異なる2つの解を持つための、係数 m の条件を求めよ」
この種の問題も、前セクションで確立した**「方程式の問題 ⇔ グラフの配置問題」という視点と、「判別式 (D
)・軸 (p
)・端点 (f(k)
)」**の三位一体フレームワークを適用することで、体系的に解くことができます。解の配置問題は、これらのツールを最大限に活用し、与えられた複雑な論理的条件を、代数的な不等式の組へと正確に翻訳する、高度な分析力が要求される、2次関数の応用問題の頂点と言えるでしょう。
7.1. 思考のフレームワーク:「D・軸・端点」
与えられた条件を満たすように、グラフ y=f(x)
がどのような配置になればよいかをまず図に描いてイメージし、その図形的な特徴を「D・軸・端点」の3つの要素に関する代数的な条件に落とし込んでいきます。(ここでも a>0
、下に凸のグラフを基本に考えます)
- [D] 判別式
D
: 解の個数を指定する。x
軸と交わるか、接するか、離れているか。- 「異なる2解」なら
D>0
、「(重解を含む)解」ならD \ge 0
。
- [軸] 軸
x=p
の位置: 解のおおまかな位置を指定する。- 軸が、指定された数
k
や範囲に対して、どの位置にあるべきか。 - 例:「2解がともに
k
より大きい」なら、軸もk
より大きい (p>k
)。
- 軸が、指定された数
- [端点] 端点
f(k)
の符号: 解と指定された数k
との大小関係を決定づける。- グラフが、境界となる直線
x=k
上で、x軸の上にあるか(f(k)>0
)、下にあるか(f(k)<0
)。 - 例:「2解がともに
k
より大きい」場合、x=k
の時点では、グラフはまだx軸と交わっておらず、x軸の上側にある必要がある (f(k)>0
)。
- グラフが、境界となる直線
これらの3つの条件をすべて満たすことが、通常、求めるべき必要十分条件となります。
7.2. 代表的な配置パターンの条件
f(x)=ax^2+bx+c=0
(a>0
) の解が…
(1) ともに k
より大きい
\iff
グラフが x>k
の範囲でx軸と2回交わる(重解を含む場合も)。
- [D]
x
軸と2点で交わるか、接する必要がある ⇒D \ge 0
- [軸] 2解の平均は
k
より大きい ⇒p > k
- [端点]
x=k
のとき、グラフはx
軸の上側にある ⇒f(k) > 0
(2) ともに k
より小さい
\iff
グラフが x<k
の範囲で x
軸と2回交わる。
- [D]
D \ge 0
- [軸]
p < k
- [端点]
f(k) > 0
(3) 2つの解が k
を間に挟む(1つの解が k
より大きく、もう1つが k
より小さい)
\iff
グラフが x=k
の線をまたいで x
軸と交わる。
- この場合、
x=k
でグラフがx
軸の下側にあれば、下に凸の放物線は必ず左右に伸びてx
軸と2回交わる。 - したがって、
D>0
の条件は自動的に満たされ、軸の位置も問われない。 - 必要な条件は一つだけ。
- [端点]
f(k) < 0
(4) 2つの解がともに k_1
と k_2
の間にある (k_1 < \alpha < \beta < k_2
)
\iff
グラフが (k_1, k_2)
の範囲で x
軸と2回交わる。
- [D]
D \ge 0
- [軸] 軸が
k_1
とk_2
の間にある ⇒k_1 < p < k_2
- [端点]
x=k_1
とx=k_2
の両方で、グラフはx
軸の上側にある ⇒f(k_1) > 0
かつf(k_2) > 0
7.3. 実践例
例題: 2次方程式 \(x^2-2mx+m+6=0\) が、1
より大きい異なる2つの解を持つような、定数 m
の値の範囲を求めよ。
- 条件の分析と翻訳:「1 より大きい異なる2つの解」という条件は、上記のパターン(1)で k=1 とした場合に相当する(ただし「異なる」なので D>0)。f(x) = x^2-2mx+m+6 とおく。a=1>0。求めるべき必要十分条件は、以下の3つの連立不等式である。(i) D/4 > 0(ii) 軸 p > 1(iii) f(1) > 0
- 各条件の計算:
- (i) D/4 = (-m)^2 – 1(m+6) = m^2-m-6m^2-m-6 > 0 \implies (m-3)(m+2) > 0よって m<-2, 3<m … ①
- (ii) 平方完成すると f(x)=(x-m)^2-m^2+m+6。軸は x=m。p > 1 より m>1 … ②
- (iii) f(1) = 1^2 – 2m(1) + m+6 = 1 – 2m + m + 6 = 7-m7-m > 0よって m<7 … ③
- 共通範囲を求める:数直線上に、①, ②, ③ の範囲を図示し、すべての条件を満たす m の範囲を探す。
- ①:
m<-2
またはm>3
- ②:
m>1
- ③: m<7これらの共通範囲は 3 < m < 7。
- ①:
解の配置問題は、複雑な条件を、基本的な3つの要素「D・軸・端点」に分析し、それらの条件を再び統合して最終的な答えを導き出す、論理的思考の絶好の訓練です。最初に条件を満たすグラフの概形をフリーハンドで描いてみることが、正しい条件設定への重要な第一歩となります。
8. 文字係数を含む2次方程式の解の分類
これまでパラメータを含む2次方程式を扱ってきましたが、その多くは x の1次の係数や定数項に含まれるものでした。このセクションでは、x^2 の係数に文字(パラメータ)が含まれる場合を特に扱います。
例:\((m-1)x^2 – 2mx + m+1 = 0\)
x^2
の係数に文字が含まれる場合、特別な注意が必要です。なぜなら、その文字の値によっては、x^2
の係数が 0
になってしまい、そもそも2次方程式ではなくなる可能性があるからです。
この種の問題では、まず「本当に2次方程式か、それとも1次方程式か」という、方程式の「分類」から始めなければなりません。これは、あらゆる数学の問題に取り組む際の基本姿勢、すなわち「与えられた対象の定義を、まず確認する」という思考プロセスを体現しています。
8.1. 最大の注意点:x^2
の係数が 0
になる場合
ax^2+bx+c=0 が「2次方程式」と呼ばれるための絶対条件は、a \neq 0 です。
したがって、x^2 の係数に m-1 のような文字式が含まれている場合、問題を解く際には必ず以下の二つのケースに場合分けする必要があります。
x^2
の係数が0
になる場合(2次方程式ではない場合)x^2
の係数が0
にならない場合(2次方程式である場合)
この最初の場合分けを忘れると、重大なエラー(解の見落としや、不適切な解の混入)につながります。
8.2. 実践例:解の分類問題
例題: m
を定数とするとき、x
についての方程式 \((m-1)x^2+2(m-1)x+m-3=0\) の実数解の個数を、m
の値によって分類せよ。
- [場合分け1] x^2 の係数が 0 の場合m-1=0 すなわち m=1 のとき。元の式に m=1 を代入すると、(1-1)x^2+2(1-1)x+1-3=00 \cdot x^2 + 0 \cdot x – 2 = 0-2=0この式は、x がどのような値であっても成り立たない、矛盾した式です。したがって、m=1 のとき、実数解はない(0個)。
- [場合分け2] x^2 の係数が 0 でない場合m-1 \neq 0 すなわち m \neq 1 のとき。このとき、与えられた方程式は2次方程式である。実数解の個数は、判別式 D の符号によって決まる。x の係数が偶数なので、D/4 を用いる。a=m-1, b’=m-1, c=m-3\(\frac{D}{4} = (m-1)^2 – (m-1)(m-3)\)共通因数 (m-1) で括ると計算が楽になる。\(= (m-1){(m-1)-(m-3)}\)\(= (m-1)(m-1-m+3)\)\(= (m-1)(2) = 2(m-1)\)
- 判別式の符号による、さらなる場合分け
- (i) D/4 > 0 のとき(異なる2つの実数解を持つ)2(m-1) > 0 \implies m-1 > 0 \implies m > 1これは、大前提である m \neq 1 を満たしている。
- (ii) D/4 = 0 のとき(重解を持つ)2(m-1) = 0 \implies m-1 = 0 \implies m = 1しかし、これは大前提である m \neq 1 に反する。したがって、このケースは起こり得ない。(※もし m=1 で D=0 となっても、場合分け1の結果が優先される)
- (iii) D/4 < 0 のとき(実数解を持たない)2(m-1) < 0 \implies m-1 < 0 \implies m < 1これは、大前提である m \neq 1 を満たしている。
- [結論の統合]すべての場合分けの結果を、m の値の範囲に応じて整理してまとめる。
m>1
のとき:D/4>0
なので、異なる2つの実数解を持つ。m=1
のとき: 1次方程式にもならず、解はないので、実数解はない(0個)。m<1
のとき:D/4<0
なので、実数解はない(0個)。
m>1
のとき、2個m \le 1
のとき、0個
この問題は、パラメータの値によって、方程式の「格」そのものが変化する可能性があることを教えてくれます。機械的に判別式だけを使うのではなく、常にその方程式がどのような種類のものであるかを最初に問いかける、冷静な分析眼が重要です。
9. 2次式の因数分解(実数範囲)
Module 1で学んだ因数分解は、基本的に係数が整数の範囲で、因数も係数が整数の多項式になるように分解するものでした。例えば、x^2-2
は、整数の範囲ではこれ以上因数分解できません。
しかし、数の世界を、有理数、そして実数全体へと広げた今、私たちは因数分解の概念もまた、実数の範囲へと拡張することができます。
この拡張された因数分解の鍵を握るのが、2次方程式の解です。因数定理によれば、「方程式 f(x)=0
が解 \alpha
を持てば、式 f(x)
は (x-\alpha)
を因数に持つ」のでした。この原理を、解の公式と組み合わせることで、どんな2次式でも、実数の範囲で因数分解する道が開かれます。
9.1. 因数分解と解の関係
2次方程式 ax^2+bx+c=0 が2つの解 \alpha, \beta を持つとき、2次式 ax^2+bx+c は
a(x-\alpha)(x-\beta)
と因数分解できる、という事実を、解と係数の関係のセクションで学びました。
この関係を利用します。
ある2次式 ax^2+bx+c を因数分解したければ、
- まず、それに対応する2次方程式
ax^2+bx+c=0
を解き、解\alpha, \beta
を求める。 - そして、公式
a(x-\alpha)(x-\beta)
に当てはめる。
この方法を使えば、解が無理数になるような、従来の因数分解では扱えなかった式も分解することが可能になります。
9.2. 実数の範囲での因数分解
例題 1: 2次式 x^2-2
を、実数の範囲で因数分解せよ。
- 方程式を解く:x^2-2=0 を解く。x^2=2x = \pm\sqrt{2}解は \alpha=\sqrt{2}, \beta=-\sqrt{2} である。
- 公式に当てはめる:a=1 なので、x^2-2 = 1(x-\sqrt{2})(x-(-\sqrt{2})) = (x-\sqrt{2})(x+\sqrt{2})これは、和と差の積の公式を逆から見た形と一致している。
例題 2: 2次式 x^2-6x+7 を、実数の範囲で因数分解せよ。
この式は、整数の範囲では因数分解できない。
- 方程式を解く:x^2-6x+7=0 を解の公式で解く。xの係数が偶数なので、x = \frac{-(-3) \pm \sqrt{(-3)^2-1 \cdot 7}}{1} = 3 \pm \sqrt{9-7} = 3 \pm \sqrt{2}解は \alpha=3+\sqrt{2}, \beta=3-\sqrt{2}。
- 公式に当てはめる:a=1 なので、x^2-6x+7 = \{x-(3+\sqrt{2})\}\{x-(3-\sqrt{2})\}= (x-3-\sqrt{2})(x-3+\sqrt{2})
9.3. 複素数の範囲での因数分解(発展)
では、判別式 D<0 となり、実数解を持たない2次式は、これ以上因数分解できないのでしょうか?
実数の範囲では、これ以上因数分解できません。
しかし、数学IIで学ぶ複素数の世界まで数の範囲を広げれば、すべての2次方程式は(重解を含め)2つの解を持つことが保証されます(代数学の基本定理)。
したがって、複素数の範囲まで許せば、すべての2次式は2つの1次式の積に因数分解できます。
例題 3: 2次式 x^2+4
を、複素数の範囲で因数分解せよ。
- 方程式を解く:x^2+4=0x^2=-4x = \pm\sqrt{-4} = \pm 2i (i は虚数単位 i=\sqrt{-1})解は \alpha=2i, \beta=-2i。
- 公式に当てはめる:x^2+4 = (x-2i)(x-(-2i)) = (x-2i)(x+2i)
この拡張により、「因数分解」という操作の適用範囲が大きく広がります。どの数の範囲(整数、有理数、実数、複素数)で因数分解するのかを、常に意識することが重要になります。
10. 方程式の応用問題
本モジュールの締めくくりとして、これまで学んできた2次方程式に関する知識と技術を総動員して、現実世界の文章題を解決する応用問題に取り組みます。
応用問題のプロセスは、Module 5で学んだ最大・最小の応用問題と似ていますが、今回は最適化ではなく、与えられた条件を満たす未知の量を方程式を立てて決定することが目的となります。
ここでの最も重要なステップは、現実の言葉で書かれた問題文を、過不足なく数学の言葉(方程式)に**翻訳(モデル化)することと、そうして得られた数学的な解が、元の問題の文脈において意味をなすかどうかを吟味する「解の吟味」**です。
10.1. 文章題を解くための思考プロセス
- [未知数の設定]問題文で問われている、求めるべき数量を x などの文字で置く。複数の未知量がある場合は、それらの関係性を見抜き、できるだけ少ない文字で表現する工夫をする。
- [立式]問題文の中にある、数量の間の「等しい関係」を見つけ出し、それを x を用いた方程式として表現する。この方程式が、多くの場合2次方程式となる。
- [方程式を解く]立てた2次方程式を、因数分解や解の公式を用いて解き、x の値を求める。
- [解の吟味] (極めて重要)得られた解が、問題の前提条件(物理的・現実的な制約)に適合しているかどうかを必ず確認する。
- 長さ、時間、個数などが負の値になっていないか?
- 問題文に隠された定義域(変数のとりうる範囲)を満たしているか?
- 複数の解が得られた場合、両方とも答えとして適しているか、あるいは片方は不適切か?
- [結論]吟味して適していると判断された解を用いて、問題の問いに、単位などをつけて明確に答える。
10.2. 実践例:図形に関する問題
例題 1: 横が縦より 4 cm 長い長方形の厚紙がある。この四隅から一辺が 3 cm の正方形を切り取り、直方体の形の容器を作ったところ、その容積が 195 cm³ になった。元の厚紙の縦の長さを求めよ。
- [未知数の設定]元の厚紙の縦の長さを x (cm) とする。すると、横の長さは (x+4) (cm) となる。
- [立式]
- 四隅から一辺 3 cm の正方形を切り取るので、出来上がる直方体の
- 高さは
3
cm。 - 縦の長さは、元の
x
から3 \times 2 = 6
cm 短くなるので(x-6)
cm。 - 横の長さは、元の
x+4
から6
cm 短くなるので(x+4-6) = (x-2)
cm。
- 高さは
- 直方体の容積は (縦) \times (横) \times (高さ) なので、(x-6)(x-2) \times 3 = 195
- 四隅から一辺 3 cm の正方形を切り取るので、出来上がる直方体の
- [方程式を解く]3(x-6)(x-2) = 195両辺を 3 で割る。(x-6)(x-2) = 65展開して整理する。x^2 – 8x + 12 = 65x^2 – 8x – 53 = 0因数分解は困難なので、解の公式を用いる。x = \frac{-(-8) \pm \sqrt{(-8)^2 – 4(1)(-53)}}{2} = \frac{8 \pm \sqrt{64+212}}{2} = \frac{8 \pm \sqrt{276}}{2}\(\sqrt{276} = \sqrt{4 \times 69} = 2\sqrt{69}\)x = \frac{8 \pm 2\sqrt{69}}{2} = 4 \pm \sqrt{69}
- [解の吟味]得られた解は x = 4+\sqrt{69} と x = 4-\sqrt{69}。ここで、問題の物理的な制約を考える。容器の縦の長さ x-6 と横の長さ x-2 は、どちらも正でなければならない。x-6 > 0 \implies x > 6これが、この問題における x の定義域である。
\sqrt{69}
は、\sqrt{64}=8
と\sqrt{81}=9
の間なので、約8.3
。x_1 = 4+\sqrt{69} \approx 4+8.3 = 12.3
。これはx>6
を満たすので、適している。x_2 = 4-\sqrt{69} \approx 4-8.3 = -4.3
。これはx>6
を満たさない(そもそも長さが負でおかしい)。よって、不適。
- [結論]元の厚紙の縦の長さは \(4+\sqrt{69}\) cm である。
解の吟味を怠ると、数学的には正しくても、現実にはあり得ない不適切な解を答えてしまうことになります。方程式の応用問題を解くことは、数学の世界と現実の世界を正しくつなぐための、論理的な架け橋を架ける訓練なのです。
Module 6:2次関数(3) 2次方程式 の総括:方程式とグラフ、二つの視点の統合
本モジュールにおいて、私たちは2次関数に関する研究を、その最終目的地である「2次方程式」の完全な解明へと導きました。この旅は、単に解の公式を使いこなすといった計算技術の習得に留まらず、より根源的な、数学における二大潮流である「代数」と「幾何」を、いかにして一つの統合された視点のもとで捉えるか、という壮大なテーマを巡るものでした。
その統合の鍵となったのは、「方程式 \(f(x)=0\) の実数解は、関数 \(y=f(x)\) のグラフとx軸の共有点のx座標である」という、シンプルでありながら極めて強力な対応原理でした。この原理を羅針盤として、私たちは判別式という代数的な計算結果が、グラフがx軸と交わるか、接するか、離れているかという、明確な幾何学的状態を予言することを発見しました。
さらに、解と係数の関係は、解を直接求めることなく、その和や積という構造的な性質を係数から読み解くことを可能にし、私たちの分析の解像度を一段と高めました。そして、このモジュールのクライマックスである「解の配置問題」において、私たちはこの統合された視点を最大限に活用しました。「解が1より大きい」という代数的な条件を、「グラフが特定の位置関係を満たす」という幾何学的なイメージに翻訳し、それを再び「判別式・軸・端点」という代数的な条件の組み合わせへと逆翻訳する。この代数と幾何の世界を自由に行き来する思考プロセスこそ、複雑な問題の本質を見抜くための、成熟した数学的思考そのものです。
文字係数の方程式は、状況に応じて対象の「分類」をまず行うことの重要性を、応用問題は、数学的な解が現実の文脈において意味を持つかを吟味する「批判的思考」の重要性を、それぞれ私たちに教えてくれました。
このモジュールを経て、皆さんの前にある2次方程式は、もはや単なる記号の羅列ではありません。それは、座標平面を優雅に舞う放物線の軌跡と、地平線であるx軸とのドラマチックな交わりの物語を秘めた、豊かなテクストとして立ち現れているはずです。この「方程式とグラフを重ね合わせる」複眼的な視点は、2次関数という枠を超え、今後の数学のあらゆる領域を探求していく上での、強力な武器となるでしょう。