【基礎 数学(数学Ⅰ)】Module 7:2次関数(4) 2次不等式

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本モジュールの目的と構成

2次関数を巡る私たちの探求の旅は、いよいよ最終章、「不等式」の領域へと入ります。Module 6では、方程式 f(x)=0 を解くことを通じて、グラフがx軸と交わる「点」の座標を特定する技術をマスターしました。しかし、現実世界の多くの問題は、「AはBと等しい」という等式関係だけでなく、「利益はコストを上回らなければならない」「強度は一定基準以上である必要がある」といった**「AはBより大きい/小さい」という不等式関係**で記述されます。

本モジュールで学ぶ2次不等式は、この不等式関係を2次関数の文脈で解き明かすためのものです。その問いは、「関数の出力 y が正(または負)になるのは、入力 x がどのような範囲にあるときか?」という、x の「区間」や「範囲」を求める問題に他なりません。これは、特定の「点」を探した方程式から、条件を満たす「領域」を探す不等式へと、思考の次元を一つ引き上げることを意味します。

この問いに答えるための、最も直感的で、かつ最も強力な羅針盤は、これまで私たちが徹底的に分析してきた2次関数のグラフです。不等式 ax^2+bx+c > 0 を解くという代数的な操作は、グラフ y=ax^2+bx+c がx軸よりも「上側」にあるようなxの範囲を探す、という幾何学的な探索と完全に同値なのです。この視点に立てば、複雑に見える不等式の解法も、判別式によるグラフのパターンの分類を通じて、極めてシステマティックに、そして明快に理解することができます。

このモジュールを完遂する時、皆さんは2次関数に関するすべての主要な問い(式の操作、グラフの描画、最大・最小の最適化、方程式の解法、そして不等式の解法)に答える能力を身につけ、2次関数という対象を完全にマスターしたことになります。そのために、以下のステップを順に探求していきましょう。

  1. 不等式を「見る」(2次関数のグラフを利用した解法): 2次不等式を解くという行為の、幾何学的な本質を確立します。「不等式を解く」とは「グラフがx軸の上(または下)にあるxの範囲を探す」ことである、という基本原理を学びます。
  2. 解の全パターンを分類する(判別式を用いた解の分類): 2次方程式の判別式 D の符号によって、グラフとx軸の位置関係が3パターンに分類されることを利用し、あらゆる2次不等式の解の形を体系的に整理・網羅します。
  3. 複数の制約を同時に満たす(連立2次不等式の解法): 二つ以上の2次不等式を同時に満たすxの範囲を求める方法を学びます。数直線を活用し、各不等式の解の「共通部分」を見つけ出す技術を習得します。
  4. 絶対値の壁を乗り越える(絶対値を含む2次不等式): 絶対値記号を含む、より複雑な2次不等式の解法を探求します。絶対値の基本性質に基づき、一つの不等式を複数の単純な不等式の組へと分解する戦略を学びます。
  5. 常に成り立つ条件(絶対不等式): 2次不等式が、変数がどのような値をとっても「常に」成り立つための条件を考えます。これは、グラフが常にx軸の上(または下)に浮いている状態に対応し、判別式が決定的な役割を果たします。
  6. 関数の存在条件を探る(2次不等式を用いた関数の定義域): 平方根 \sqrt{\ \ } を含む関数など、その存在が特定の条件を要求する関数の定義域を、2次不等式を解くことで決定する方法を学びます。
  7. 解から不等式を復元する(解から2次不等式を復元): これまでとは逆の思考として、x < 1, 5 < x のような「解の範囲」が与えられたときに、その解を持つ元の2次不等式を構築する問題に取り組みます。
  8. 解の配置問題との連携(2次方程式の解の存在範囲と不等式の応用): Module 6の「解の配置問題」が、本質的には係数に関する「連立不等式」を解く問題であったことを再確認し、二つのモジュール間の深い繋がりを理解します。
  9. 現実を不等式で記述する(文章問題から2次不等式を立式): 現実世界における「〜以上」「〜未満」といった条件を2次不等式としてモデル化し、その解を現実の文脈で解釈する応用力を養います。
  10. 3次以上への拡張(高次不等式のグラフを利用した解法): 2次不等式で培った「グラフとx軸の位置関係で解く」という思考法を、3次以上の高次不等式へと拡張・応用します。

それでは、2次関数マスターへの最後の関門、2次不等式の世界へ進みましょう。


目次

1. 2次関数のグラフを利用した2次不等式の解法

2次不等式 ax^2+bx+c > 0 や ax^2+bx+c < 0 を解くにあたり、私たちは代数的な式変形だけで答えを出そうとする誘惑に駆られるかもしれません。しかし、そのアプローチは、特に複雑な問題において、しばしば混乱と誤りを招きます。

2次不等式を解くための、最も本質的で、最も間違いの少ない方法は、その不等式をグラフの幾何学的な問題として捉え直すことです。この視点の転換こそが、2次不等式を完全に理解するための、最も重要な第一歩です。

1.1. 不等式とグラフの位置関係の対応

基本原理:

x の不等式 f(x)>0(または f(x)<0)を解くことは、

関数 y=f(x) のグラフで、y>0(または y<0)となる部分に対応する x の値の範囲を求めることと、完全に同値である。

グラフ上で、y 座標が 0 より大きい(y>0)部分とは、グラフが x軸よりも上側にある部分のことです。

同様に、y 座標が 0 より小さい(y<0)部分とは、グラフが x軸よりも下側にある部分のことです。

この原理を2次関数に適用すると、以下のようになります。

2次不等式の幾何学的解釈:

  • ax^2+bx+c > 0 の解: グラフ y=ax^2+bx+c が x軸より上にある部分の x の範囲。
  • ax^2+bx+c < 0 の解: グラフ y=ax^2+bx+c が x軸より下にある部分の x の範囲。
  • ax^2+bx+c \ge 0 の解: グラフが x軸上またはx軸より上にある部分の x の範囲。
  • ax^2+bx+c \le 0 の解: グラフが x軸上またはx軸より下にある部分の x の範囲。

1.2. グラフを利用した解法のアルゴリズム

この幾何学的な解釈に基づき、2次不等式を解くための、以下の普遍的なアルゴリズムが確立されます。

ステップ 1: 関連する2次方程式を解く

まず、不等号を等号に置き換えた2次方程式 ax^2+bx+c=0 を解きます。

この方程式の実数解は、グラフ y=ax^2+bx+c と x軸との共有点のx座標 \alpha, \beta (\alpha < \beta とする) を与えてくれます。

この共有点は、グラフがx軸の上側と下側とで入れ替わる「境界線」の役割を果たします。

ステップ 2: グラフの概形を描く

  • x^2 の係数 a の符号から、グラフが下に凸 (a>0) か上に凸 (a<0) かを判断します。
  • ステップ1で求めた共有点 \alpha, \beta をx軸上にプロットし、そこを通る放物線のラフスケッチ(概形)を描きます。(頂点の正確な位置まで描く必要はありません。x軸との位置関係が分かれば十分です)

ステップ 3: グラフから解の範囲を読み取る

  • 描いたグラフを見て、問題の不等式が要求する条件(x軸より上か、下か)を満たす部分を特定します。
  • その部分に対応する x の値の範囲を、不等式で記述します。

1.3. 実践例

例題: 2次不等式 \(x^2-3x-4 > 0\) を解け。

ステップ 1: 2次方程式を解く

x^2-3x-4=0

(x-4)(x+1)=0

解は x = -1, 4。

これが、グラフとx軸の共有点のx座標となる。

ステップ 2: グラフの概形を描く

  • x^2 の係数は 1 で正なので、グラフは下に凸
  • x軸と x=-1 と x=4 で交わる。

ステップ 3: 解の範囲を読み取る

  • 求めたいのは x^2-3x-4 > 0 の解、すなわちグラフが x軸より上側にある部分の x の範囲。
  • グラフを見ると、x が -1 より小さい部分 (x < -1) と、x が 4 より大きい部分 (x > 4) で、グラフはx軸の上側にある。

結論:

解は x < -1, 4 < x。


例題 2: 2次不等式 \(-x^2+4x-3 \ge 0\) を解け。

注意x^2 の係数が負の場合、最初に両辺に -1 を掛けて、係数を正にしてから解くと、間違いが少なくなります。その際、不等号の向きが逆になることに、最大限の注意を払ってください。

\(-x^2+4x-3 \ge 0\)

両辺に -1 を掛けると、

\(x^2-4x+3 \le 0\)

この変形された不等式を、アルゴリズムに従って解きます。

ステップ 1: 2次方程式を解く

x^2-4x+3=0

(x-1)(x-3)=0

解は x=1, 3。

ステップ 2: グラフの概形を描く

  • x^2 の係数は 1 で正なので、グラフは下に凸
  • x軸と x=1 と x=3 で交わる。

ステップ 3: 解の範囲を読み取る

  • 求めたいのは x^2-4x+3 \le 0 の解、すなわちグラフが x軸上またはx軸より下側にある部分の x の範囲。
  • グラフを見ると、x が 1 と 3 の間 (1 \le x \le 3) の部分で、グラフはx軸上またはx軸の下側にある。

結論:

解は 1 \le x \le 3。

この「グラフで考えて解く」というアプローチは、この後のセクションで学ぶ、方程式が重解や実数解を持たない、より複雑なケースにおいても、常に私たちを正しい結論へと導いてくれる、最も信頼できる思考法なのです。


2. 判別式を用いた解のパターンの分類

2次不等式をグラフで解く、という基本アプローチを学びましたが、そのグラフとx軸との位置関係は、常に2点で交わるわけではありません。Module 6で学んだように、その関係は判別式 D = b^2-4ac の符号によって、以下の3つのパターンに分類されます。

  1. D > 0: 異なる2点で交わる
  2. D = 0: 1点で接する
  3. D < 0: 共有点を持たない

2次不等式の解は、この3つのグラフのパターンに応じて、その形が変化します。このセクションでは、あらゆる2次不等式に完全に対応できるよう、判別式 D の値に応じて、解の全パターンを体系的に分類・整理します。

(ここでも、不等式は x^2 の係数 a が正 (a>0) の形に変形してから考えることを基本とします)

2.1. パターン1: D > 0 の場合(異なる2つの共有点を持つ)

これは前セクションで扱った、最も標準的なケースです。

方程式 ax^2+bx+c=0 の解を \alpha, \beta (\alpha < \beta) とします。

グラフは下に凸で、x軸と x=\alpha, \beta で交わります。

  • ax^2+bx+c > 0 の解: グラフがx軸より上にある部分。x < \alpha, x > \beta (解が「外側」に広がる)
  • ax^2+bx+c < 0 の解: グラフがx軸より下にある部分。\alpha < x < \beta (解が「内側」に挟まれる)
  • ax^2+bx+c \ge 0 の解x \le \alpha, x \ge \beta
  • ax^2+bx+c \le 0 の解\alpha \le x \le \beta

2.2. パターン2: D = 0 の場合(x軸と1点で接する)

この場合、方程式 ax^2+bx+c=0 は重解 x=\alpha を持ちます。

グラフは下に凸で、x軸と頂点 (\alpha, 0) で接します。このグラフの y 座標は、x=\alpha の点で 0 になる以外は、常に正です。

  • ax^2+bx+c > 0 の解: グラフがx軸より上にある部分。x=\alpha の点を除いて、常に上にある。x \neq \alpha のすべての実数
  • ax^2+bx+c < 0 の解: グラフがx軸より下にある部分。そのような部分はない。解なし
  • ax^2+bx+c \ge 0 の解: グラフがx軸上またはx軸より上にある部分。グラフは常にx軸上または上にある。すべての実数
  • ax^2+bx+c \le 0 の解: グラフがx軸上またはx軸より下にある部分。x軸上にあるのは x=\alpha の一点のみ。x = \alpha (不等式の解が、一点になる珍しいケース)

2.3. パターン3: D < 0 の場合(x軸と共有点を持たない)

この場合、方程式 ax^2+bx+c=0 は実数解を持ちません。

グラフは下に凸で、x軸から完全に離れて、常にx軸の上側に浮いている状態です。したがって、このグラフの y 座標は、常に正です。

  • ax^2+bx+c > 0 の解: グラフがx軸より上にある部分。グラフは常にx軸の上にある。すべての実数
  • ax^2+bx+c < 0 の解: グラフがx軸より下にある部分。そのような部分はない。解なし
  • ax^2+bx+c \ge 0 の解すべての実数
  • ax^2+bx+c \le 0 の解解なし

2.4. まとめと実践

2次不等式を解く手順(完全版):

  1. 式を `ax^2+bx+c \

0 のような形に整理し、a>0` となるように調整する(必要なら両辺に-1を掛け、不等号の向きを反転させる)。

  1. 判別式 D=b^2-4ac を計算する。
  2. D の符号に応じて、上記3つのパターンのどれに該当するかを判断する。
  3. 必要であれば方程式 ax^2+bx+c=0 を解き、共有点 \alpha, \beta を求める。
  4. グラフのイメージと対応させ、解を記述する。

例題: 2次不等式 \(4x^2-12x+9 \le 0\) を解け。

  1. a=4>0 なので、そのまま進める。
  2. 判別式 D/4 = (-6)^2 - 4 \cdot 9 = 36 - 36 = 0
  3. D=0 のパターンに該当する。グラフはx軸と1点で接する。
  4. 方程式 4x^2-12x+9=0 を解く。(2x-3)^2=0 より、重解は x = 3/2。
  5. 下に凸で x=3/2 でx軸に接するグラフをイメージする。求めたいのは \le 0 の範囲。
    • <0(x軸より下)になる部分はない。
    • =0(x軸上)になるのは x=3/2 の一点のみ。したがって、解は x = 3/2。

例題 2: 2次不等式 \(x^2-x+1 > 0\) を解け。

  1. a=1>0 なので、そのまま進める。
  2. 判別式 D = (-1)^2 - 4(1)(1) = 1-4 = -3
  3. D<0 のパターンに該当する。グラフはx軸と共有点を持たない。
  4. 下に凸でx軸の上に浮いているグラフをイメージする。求めたいのは >0 の範囲。グラフは常に y>0 である。したがって、解は すべての実数。

この体系的な分類をマスターすれば、どんな2次不等式に遭遇しても、うろたえることなく、その解の構造を冷静に分析し、正しい答えを導き出すことができるようになります。


3. 連立2次不等式の解法

現実の問題では、単一の条件だけでなく、複数の条件を同時に満たすことが求められる場面が数多くあります。これを不等式の世界で表現したものが、**連立不等式(system of inequalities)**です。

連立2次不等式とは、2つ以上の2次不等式(あるいは1次不等式との組み合わせ)が組み合わされ、それらすべてを同時に満たす x の値の範囲を求める問題です。

\(\begin{cases} f(x) > 0 \ g(x) < 0 \end{cases}\)

この問題を解くための原理は、非常にシンプルです。それは、「それぞれの不等式を個別に解き、その解の共通範囲を求める」というものです。論理で言えば、「条件Aを満たし、かつ、条件Bを満たす」範囲を探すことに対応します。

この「共通範囲」を視覚的に、かつ正確に見つけ出すための必須ツールが、**数直線(number line)**です。

3.1. 連立不等式の解法アルゴリズム

  1. [個別撃破] 連立不等式を構成している、それぞれの不等式を個別に解く。(2次不等式であれば、前セクションまでの手法を用いる)
  2. [数直線への図示] それぞれの不等式の解(x の範囲)を、一本の数直線上に図示する。
    • 範囲の端点が含まれる場合(\le, \ge)は黒丸  で、含まれない場合(<, >)は白丸  で区別する。
    • 解の範囲を、矢印や斜線などで分かりやすく示す。
  3. [共通範囲の特定] 数直線上で、**すべての不等式の解が重なっている部分(共通部分)**を探す。
  4. [結論] その共通部分を、不等式で記述する。もし共通部分がなければ、「解なし」が答えとなる。

3.2. 実践例

例題 1: 次の連立不等式を解け。

\(\begin{cases} x^2-3x-4 < 0 & \text{… ①} \ x^2-x-6 \ge 0 & \text{… ②} \end{cases}\)

  1. [個別撃破]
    • 不等式①を解く:x^2-3x-4=0 を解くと (x-4)(x+1)=0 より x=-1, 4。下に凸のグラフで <0 の範囲なので、解は -1 < x < 4。
    • 不等式②を解く:x^2-x-6=0 を解くと (x-3)(x+2)=0 より x=-2, 3。下に凸のグラフで \ge 0 の範囲なので、解は x \le -2, x \ge 3。
  2. [数直線への図示]得られた二つの解の範囲を、一本の数直線上に描く。
    • ①の解 -1 < x < 4 を、白丸 -1 と 4 を結ぶ線で示す。
    • ②の解 x \le -2 を、黒丸 -2 から左への矢印で、x \ge 3 を黒丸 3 から右への矢印で示す。
  3. [共通範囲の特定]図を見ると、二つの範囲が重なっているのは、3 と 4 の間の部分である。x=3 は、①の範囲 (-1<x<4) にも、②の範囲 (x \ge 3) にも含まれる。x=4 は、②の範囲には含まれるが、①の範囲 (-1<x<4) には含まれない。
  4. [結論]したがって、共通範囲は 3 \le x < 4。

3.3. 解が存在しない場合

例題 2: 次の連立不等式を解け。

\(\begin{cases} x^2-4 > 0 & \text{… ①} \ x^2-6x+8 < 0 & \text{… ②} \end{cases}\)

  1. [個別撃破]
    • 不等式①を解く:x^2-4=0 より x=\pm 2。>0 の範囲なので、x<-2, x>2。
    • 不等式②を解く:x^2-6x+8=0 より (x-2)(x-4)=0、x=2, 4。<0 の範囲なので、2 < x < 4。
  2. [数直線への図示]
    • ①の解 x<-2, x>2 を図示。
    • ②の解 2 < x < 4 を図示。
  3. [共通範囲の特定]数直線を注意深く見ると、二つの解の範囲が重なっている部分は、どこにも存在しない。x=2 の点は、①にも②にも含まれていない。
  4. [結論]共通部分が存在しないため、この連立不等式の解は解なし。

連立不等式の解法は、個々の不等式を解く力と、数直線を用いて複数の条件を正確に統合する、整理・分析の能力の両方が求められます。特に、端点の値が含まれるかどうか(= の有無)の扱いは、細心の注意を払う必要があります。


4. 絶対値を含む2次不等式の解法

絶対値記号は、関数や方程式、そして不等式の世界に、特有の複雑さと面白さをもたらします。絶対値を含む2次不等式は、一見すると難解に見えますが、その解法は、これまで学んできた絶対値の基本的な性質と、2次不等式の解法を論理的に組み合わせることで、体系的に攻略することができます。

基本的な戦略は、**「絶対値記号を外して、絶対値を含まない複数の不等式の問題に変換する」**ことです。そのためのアプローチには、大きく分けて二つの定石があります。

  1. 絶対値の基本性質 |A|<k \iff -k<A<k などを用いる方法
  2. 絶対値の定義に基づく場合分け

4.1. 基本性質を利用する解法

このアプローチは、不等式の形が |(式)| < (正の数) や |(式)| > (正の数) という、シンプルな形をしている場合に特に有効です。

絶対値の基本性質(復習): k>0 のとき、

  • |A| < k \iff -k < A < k (原点からの距離が k 未満)
  • |A| > k \iff A < -k \text{ または } A > k (原点からの距離が k より大きい)

タイプ1: |f(x)| < k の形

この形の不等式は、一つの連立不等式に変換されます。

例題 1: 不等式 \(|x^2-3| < 1\) を解け。

  1. 基本性質の適用:A = x^2-3, k=1 とみなすと、|A|<k \iff -k<A<k より、\(-1 < x^2-3 < 1\)
  2. 連立不等式への変換:この不等式は、以下の二つの不等式が同時に成り立つことを意味する。\(\begin{cases} -1 < x^2-3 & \text{… ①} \ x^2-3 < 1 & \text{… ②} \end{cases}\)
  3. 個別撃破と共通範囲:
    • ①を解く: x^2-2 > 0 \implies (x-\sqrt{2})(x+\sqrt{2}) > 0解は x < -\sqrt{2}, x > \sqrt{2}
    • ②を解く: x^2-4 < 0 \implies (x-2)(x+2) < 0解は -2 < x < 2
    • 共通範囲を求める: 数直線上で、二つの解の共通部分を探す。
    共通範囲は -2 < x < -\sqrt{2} と \sqrt{2} < x < 2
  4. 結論:解は -2 < x < -\sqrt{2}, \ \sqrt{2} < x < 2。

タイプ2: |f(x)| > k の形

この形の不等式は、「または」で結ばれた二つの不等式の和集合を求める問題になります。

例題 2: 不等式 \(|x^2-2x-4| > 4\) を解け。

  1. 基本性質の適用:A = x^2-2x-4, k=4 とみなすと、|A|>k \iff A<-k \text{ または } A>k より、x^2-2x-4 < -4 … ① または x^2-2x-4 > 4 … ②
  2. 個別撃破:
    • ①を解く: x^2-2x < 0 \implies x(x-2) < 0解は 0 < x < 2
    • ②を解く: x^2-2x-8 > 0 \implies (x-4)(x+2) > 0解は x < -2, x > 4
  3. 和集合を求める:「または」なので、二つの解の範囲をすべて合わせたものが最終的な解となる。
  4. 結論:解は x < -2, \ 0 < x < 2, \ x > 4。

4.2. 場合分けによる解法

不等式の形が複雑で、上記の基本性質が直接使えない場合は、絶対値の定義に立ち返り、絶対値の中身の符号による場合分けを行います。

例題 3: 不等式 \(x^2-2|x|-3 > 0\) を解け。

  1. 場合分け:|x| が含まれているので、x \ge 0 と x < 0 で場合分けする。
    • (i) x \ge 0 のとき:|x|=x なので、不等式は x^2-2x-3 > 0 となる。(x-3)(x+1) > 0 より、解は x<-1, x>3。ここで、大前提である x \ge 0 との共通範囲を求める。よって、この場合の解は x>3 … (A)
    • (ii) x < 0 のとき:|x|=-x なので、不等式は x^2-2(-x)-3 > 0 \implies x^2+2x-3 > 0 となる。(x+3)(x-1) > 0 より、解は x<-3, x>1。大前提である x < 0 との共通範囲を求める。よって、この場合の解は x<-3 … (B)
  2. 結論の統合:最終的な解は、場合(i)と場合(ii)で得られた解を**合わせたもの(和集合)**である。解 (A) または 解 (B) なので、解は x<-3, x>3。

絶対値を含む不等式は、その形に応じて適切な戦略(基本性質の利用か、場合分けか)を選択することが重要です。いずれのアプローチも、最終的には私たちがすでに習熟した、絶対値を含まない基本的な2次不等式の問題に帰着させることを目的としています。


5. 任意のxに対して2次不等式が成立する条件(絶対不等式)

通常、2次不等式を解くと、その解は 1<x<3 のような、x の特定の範囲となります。しかし、問題によっては、「すべての実数 x に対して、この不等式が常に成り立つ」ような条件を問われることがあります。

すべての実数xについて、ax^2+bx+c > 0 が成り立つ

このような、変数がどのような値をとっても常に成立する不等式のことを、**絶対不等式(absolute inequality)**と呼びます。

この問題は、これまでのように解の範囲を求める問題ではなく、「この不等式が絶対不等式となるための、係数(に含まれるパラメータ)の条件を求めよ」という形で出題されます。この問いに答える鍵もまた、2次関数のグラフとx軸の位置関係にあります。

5.1. グラフを用いた条件の解釈

「すべての実数 x について ax^2+bx+c > 0 が成り立つ」という代数的な条件を、グラフの言葉に翻訳してみましょう。

これは、

「関数 y=ax^2+bx+c のグラフが、すべての x の値において、常にx軸よりも上側にある」

という幾何学的な配置条件と同値です。

では、放物線のグラフが、常にx軸の上に「浮いている」状態になるためには、どのような条件が必要でしょうか?

  1. 形状に関する条件:まず、グラフがお椀のように開いていなければ、いつかは下に落ちてx軸を下回ってしまいます。したがって、グラフは下に凸である必要があります。これは、x^2 の係数 a が正であることを意味します: a > 0
  2. 位置に関する条件:下に凸であっても、グラフがx軸と交わったり、接したりしては「常に >0」という条件を満たせません。したがって、グラフはx軸と共有点を持ってはならない。これは、対応する2次方程式 ax^2+bx+c=0 が実数解を持たないことを意味します。すなわち、判別式 D が負でなければなりません: D < 0

この二つの条件が、求めるべき必要十分条件となります。

5.2. 絶対不等式が成立するための必要十分条件

上記の考察を、4つの基本的な不等式のパターンについてまとめます。

f(x)=ax^2+bx+c とする。

(1) すべての実数 x について f(x) > 0 が成り立つ条件

\iff グラフ y=f(x) が常にx軸の上側にある

* a > 0 (下に凸)

* D < 0 (x軸と共有点なし)

(2) すべての実数 x について f(x) < 0 が成り立つ条件

\iff グラフ y=f(x) が常にx軸の下側にある

* a < 0 (上に凸)

* D < 0 (x軸と共有点なし)

(3) すべての実数 x について f(x) \ge 0 が成り立つ条件

\iff グラフ y=f(x) がx軸の上側にあるか、x軸に接している

* a > 0 (下に凸)

* D \le 0 (x軸と共有点が1個または0個)

(4) すべての実数 x について f(x) \le 0 が成り立つ条件

\iff グラフ y=f(x) がx軸の下側にあるか、x軸に接している

* a < 0 (上に凸)

* D \le 0 (x軸と共有点が1個または0個)

注意x^2 の係数 a に文字が含まれる場合は、a=0 となって2次不等式でなくなる場合も、別途考慮する必要があります。

5.3. 実践例

例題: 2次不等式 \(mx^2+4x+m-3 > 0\) が、すべての実数 x に対して常に成り立つような、定数 m の値の範囲を求めよ。

  1. 問題の種類の特定:「すべての実数 x に対して…成り立つ」とあるので、絶対不等式の問題である。求めるべきは、パターン(1)の条件である。
  2. 場合分け:x^2 の係数による分類:x^2 の係数 m に文字が含まれている。もし m=0 ならば、この不等式は 4x-3>0 という1次不等式になり、x>3/4 の範囲でしか成り立たないため、「すべての実数 x で成り立つ」という条件を満たさない。よって、この不等式は2次不等式でなければならない。したがって、m \neq 0 が前提となる。
  3. 絶対不等式の条件の適用:2次不等式 mx^2+4x+m-3 > 0 が常に成り立つための必要十分条件は、(i) x^2 の係数が正: m > 0(ii) 判別式 D < 0:D/4 = 2^2 – m(m-3) = 4 – m^2 + 3m = -m^2+3m+4-m^2+3m+4 < 0両辺に -1 を掛けて、m^2-3m-4 > 0(m-4)(m+1) > 0解は m < -1, m > 4
  4. 共通範囲を求める:条件(i)と(ii)を同時に満たす m の範囲を求める。
    • (i) m > 0
    • (ii) m < -1 または m > 4数直線上で共通範囲を考えると、m > 4 となる。
  5. 結論:求める m の値の範囲は m>4。

絶対不等式の問題は、代数的な条件を、グラフの配置という幾何学的なイメージに正確に翻訳する能力が試されます。上記の4つのパターンを、それぞれのグラフのイメージとセットで、完全に理解しておくことが重要です。


6. 2次不等式を用いた関数の定義域の決定

関数は、その式の形によって、入力できる x の値に制約が課されることがあります。その x がとりうる値の範囲を定義域と呼びました。例えば、分数関数 y=1/x では分母が 0 になってはいけないので x \neq 0 が、無理関数 y=\sqrt{x} では根号の中が 0 以上でなければならないので x \ge 0 が、暗黙の定義域となります。

このセクションでは、特に平方根 \sqrt{\ \ } の中に2次式が含まれるような関数を取り上げ、その定義域を決定する問題が、どのようにして2次不等式を解く問題に帰着するのかを学びます。これは、2次不等式の知識が、他の分野(この場合は関数論)の土台として、どのように活用されるかを示す好例です。

6.1. 定義域の決定原理

無理関数の定義域:

関数 y = \sqrt{f(x)} が、実数値の関数として意味を持つ(y が実数となる)ための条件は、根号の中の式が 0 以上であることである。

すなわち、f(x) \ge 0

したがって、y = \sqrt{ax^2+bx+c} のような関数の定義域を求めることは、

2次不等式 ax^2+bx+c \ge 0 を解くことと、完全に同値です。

6.2. 実践例

例題 1: 関数 \(y = \sqrt{x^2-x-6}\) の定義域を求めよ。

  1. [条件の立式]この関数が定義される(y が実数となる)ためには、根号の中の式が 0 以上でなければならない。したがって、求めるべき条件は、x^2-x-6 \ge 0
  2. [2次不等式の解法]この2次不等式を、グラフを利用して解く。
    • 方程式を解くx^2-x-6=0 \implies (x-3)(x+2)=0。解は x=-2, 3
    • グラフの概形x^2 の係数が正なので、下に凸で、x軸と x=-2, 3 で交わる。
    • 範囲の読み取り: \ge 0 の範囲、すなわちグラフがx軸上またはx軸より上にある部分を求める。解は x \le -2, x \ge 3。
  3. [結論]求める定義域は x \le -2, x \ge 3。

例題 2: 関数 \(y = \frac{1}{\sqrt{-x^2+4x-3}}\) の定義域を求めよ。

  1. [条件の立式]この関数が定義されるためには、二つの条件を同時に満たす必要がある。
    • (i) 平方根の条件: 根号の中 -x^2+4x-3 は 0 以上でなければならない。-x^2+4x-3 \ge 0
    • (ii) 分数の条件: 分母 \sqrt{-x^2+4x-3} は 0 であってはならない。\sqrt{-x^2+4x-3} \neq 0 \implies -x^2+4x-3 \neq 0
    これらの条件を合わせると、根号の中は 0 より大きく(>0)なければならない、という結論になる。求めるべき条件は、-x^2+4x-3 > 0
  2. [2次不等式の解法]
    • 両辺に -1 を掛けて、x^2 の係数を正にする。x^2-4x+3 < 0 (不等号の向きが反転)
    • 方程式を解くx^2-4x+3=0 \implies (x-1)(x-3)=0。解は x=1, 3
    • グラフの概形x^2-4x+3 のグラフは、下に凸で、x軸と x=1, 3 で交わる。
    • 範囲の読み取り: <0 の範囲、すなわちグラフがx軸より下にある部分を求める。解は 1 < x < 3。
  3. [結論]求める定義域は 1 < x < 3。

6.3. 応用:すべての実数で定義される条件

例題 3: 関数 \(y = \sqrt{x^2-mx+1}\) が、すべての実数 x に対して定義されるような、定数 m の値の範囲を求めよ。

  1. [条件の翻訳]「すべての実数 x に対して定義される」\iff 「すべての実数 x に対して、根号の中 x^2-mx+1 が 0 以上である」\iff 「2次不等式 x^2-mx+1 \ge 0 が、常に成り立つ(絶対不等式である)」
  2. [絶対不等式の条件を適用]2次不等式 f(x) \ge 0 が常に成り立つための条件は、(i) x^2 の係数 > 0(ii) 判別式 D \le 0であった。
  3. [計算]
    • (i) x^2 の係数は 1 であり、>0 の条件は既に満たしている。
    • (ii) 判別式 D = (-m)^2 – 4(1)(1) = m^2-4m^2-4 \le 0(m+2)(m-2) \le 0解は -2 \le m \le 2。
  4. [結論]求める m の値の範囲は -2 \le m \le 2。

このセクションで見たように、2次不等式は、それ自体が目的であるだけでなく、他の数学分野(特に関数論)の前提条件を記述し、分析するための、基本的な言語としての役割も担っています。ある数学の知識が、別の分野でどのように「道具」として使われるのかを理解することは、数学の体系的な構造を把握する上で非常に重要です。


7. 解から2次不等式を復元する問題

これまでの問題は、与えられた「2次不等式」から、その「解の範囲」を求めるという、一方向のプロセスでした。このセクションでは、その思考のプロセスを逆転させ、与えられた「解の範囲」から、その解を持つ元の「2次不等式」を復元・構築するという問題に取り組みます。

この逆問題を考えることは、2次不等式の解と、その元となるグラフや式の関係性を、より深く、そして多角的に理解することを可能にします。それは、完成した製品を見て、その設計図を推測するような、創造的な思考の訓練です。

7.1. 復元の基本原理

この問題を解くための基本原理は、**「解の範囲の端点は、関連する2次方程式の解である」**という事実です。

  • 解が \alpha < x < \beta または x < \alpha, x > \beta の場合:範囲の端点となっている \alpha と \beta は、2次方程式 ax^2+bx+c=0 の解でなければならない。したがって、2次式 ax^2+bx+c は、a(x-\alpha)(x-\beta) の形に因数分解できるはずである。

この因数分解された形を元に、不等号の向きを決定します。

7.2. 復元のプロセス

ステップ 1: 関連する2次方程式の解を特定する

与えられた解の範囲の「切れ目」となっている数が、方程式の解 \alpha, \beta である。

ステップ 2: 因数分解形を作る

解 \alpha, \beta から、 (x-\alpha)(x-\beta) という2次式の部分を作る。

ステップ 3: 不等号の向きを決定する

  • 解が \alpha < x < \beta(内側)の形の場合:これは、下に凸のグラフがx軸より下側にある状態に対応する。したがって、不等式は (x-\alpha)(x-\beta) < 0 の形になる。(x^2 の係数を正とする場合)
  • 解が x < \alpha, x > \beta(外側)の形の場合:これは、下に凸のグラフがx軸より上側にある状態に対応する。したがって、不等式は (x-\alpha)(x-\beta) > 0 の形になる。(x^2 の係数を正とする場合)

ステップ 4: 一般形への拡張

ステップ3で得られた不等式の両辺に、任意の正の数 a を掛けても、解の範囲は変わらない。

したがって、より一般的には、

  • 解が \alpha < x < \beta となる2次不等式は a(x-\alpha)(x-\beta) < 0 (a>0)
  • 解が x < \alpha, x > \beta となる2次不等式は a(x-\alpha)(x-\beta) > 0 (a>0)と表される。もし a<0 とすれば、不等号の向きは逆になる。

7.3. 実践例

例題 1: 解が -2 < x < 5 となるような2次不等式を一つ作れ。

  1. 解の特定: 関連する2次方程式の解は x=-2, 5
  2. 因数分解形(x-(-2))(x-5) = (x+2)(x-5)
  3. 不等号の決定: 解が「内側」の形なので、不等号は <。(x+2)(x-5) < 0
  4. 展開: x^2-3x-10 < 0これが、求める不等式の一例である。(2x^2-6x-20 < 0 なども正しい答え)

例題 2: 2次不等式 ax^2+bx+6 > 0 の解が x < -3, 2 < x であるとき、定数 a, b の値を求めよ。

  1. 解の特定と因数分解形:解が x<-3, 2<x となることから、関連する2次方程式の解は x=-3, 2。したがって、2次式 ax^2+bx+6 は、ある定数 k を用いてk(x-(-3))(x-2) = k(x+3)(x-2)と表せるはずである。
  2. 不等号の整合性の確認:解が「外側」の形 (x < -3, 2 < x) であり、与えられた不等式の不等号が > であることから、k は正の数でなければならない。k(x+3)(x-2) > 0
  3. 係数比較:k(x+3)(x-2) を展開する。k(x^2+x-6) = kx^2+kx-6kこれと、与えられた2次式 ax^2+bx+6 の係数を比較する。
    • x^2 の係数: a = k
    • x の係数: b = k
    • 定数項: 6 = -6k
  4. 未知数の決定:定数項の比較 6 = -6k から、k=-1 が求まる。
  5. 矛盾の確認:k=-1 となったが、ステップ2で k は正でなければならない、と判断したはずである。これは矛盾である。なぜ矛盾が生じたのか?原因の分析:私たちの出発点「解が x<-3, 2<x ならば、不等式は k(x+3)(x-2) > 0 (k>0) の形」という前提が、与えられた ax^2+bx+6 > 0 とは限らない。もし、x^2 の係数 a が負であったとすれば、a(x+3)(x-2) > 0 の両辺を a で割ると、不等号の向きが反転して(x+3)(x-2) < 0 となり、解は -3<x<2 となってしまう。これでは x<-3, 2<x という解にならない。思考の修正:解が x < -3, 2 < x となるためには、(x+3)(x-2) という因数に対して、
    • a>0 の場合は、a(x+3)(x-2) > 0
    • a<0 の場合は、a(x+3)(x-2) < 0 (不等号が逆!)でなければならない。
    与えられた不等式は ax^2+bx+6 > 0 であり、> の形をしている。したがって、この不等式が x<-3, 2<x という解を持つためには、a は正でなければならない。では、なぜ k=-1 という矛盾した結果が出たのか?ax^2+bx+6 = k(x^2+x-6)cにあたる定数項は 6、k(x^2+x-6)の定数項は -6k6 = -6kk=-1a=kだから、a=-1。これはaが正であるべき、という結論に矛盾する。どこかで論理が破綻している。もう一度最初から考える。再構築2次不等式 ax^2+bx+6 > 0 の解が x < -3, 2 < x である。(1) 不等式の解が x < \alpha, x > \beta の形になるのは、「a>0 で a(x-\alpha)(x-\beta)>0」か「a<0 で a(x-\alpha)(x-\beta)>0」か?グラフで考える。解が x < -3, 2 < x となるためには、y=ax^2+bx+6 のグラフが
    • x軸と x=-3, 2 で交わり
    • その「外側」で y>0 となる必要がある。そのためには、グラフは下に凸でなければならない。よって、a>0 が確定する。
    (2) グラフが x=-3, 2 でx軸と交わるので、2次方程式 ax^2+bx+6=0 の解が -3, 2 である。解と係数の関係を用いることができる。
    • 和: (-3)+2 = -b/a \implies -1 = -b/a \implies b=a
    • 積: (-3)(2) = 6/a \implies -6 = 6/a \implies -6a=6 \implies a=-1
    (3) a=-1 という結果が得られた。しかし、ステップ(1)で、グラフの形状から a>0 でなければならないと結論づけた。これは矛盾である。(4) 結論このような a, b は存在しない。問題設定が誤っている可能性がある。(※もし問題が ax^2+bx+6 < 0 の解が x < -3, 2 < x であれば、a<0 となり a=-1, b=-1 で矛盾なく解ける)この思考の試行錯誤プロセス自体が、この問題の重要な学びである。単に手順を適用するだけでなく、得られた結果が、グラフの形状などの幾何学的な要請と矛盾しないかを常に検証する姿勢が求められる。

8. 2次方程式の解の存在範囲と不等式の応用

このセクションは、新しい概念を学ぶというよりは、Module 6で学んだ「解の配置問題」と、Module 7で学んできた「不等式」との間の、深い関係性を再確認し、統合するためのものです。

Module 6のクライマックスであった解の配置問題、例えば「2次方程式が1より大きい異なる2つの解を持つための m の条件」を求める問題は、最終的にどのような作業に行き着いたでしょうか?

それは、「判別式 D、軸 p、端点の値 f(k)」に関する、いくつかの不等式を立て、それらをすべて満たす m の範囲、すなわち連立不等式を解くという作業でした。

つまり、解の配置問題とは、その本質において、係数に関する不等式の応用問題だったのです。この構造を明確に認識することで、二つのモジュールで学んだ知識が、一つの大きな知識体系として有機的に結びつきます。

8.1. 解の配置問題の構造の再確認

問題: 2次方程式 f(x, m) = 0 の解が、ある条件(例:「ともに正」)を満たすような m の範囲を求めよ。

解法の構造:

  1. [翻訳] 「解が○○である」という方程式の解に関する条件を、「グラフ y=f(x, m) が△△という配置になる」というグラフの幾何学的な条件に翻訳する。
  2. [分析・分解] グラフがその配置になるための必要十分条件を、
    • D (判別式)
    • p (軸)
    • f(k) (端点)という三つの要素に関する、単純な不等式の組み合わせに分解する。
  3. [解決] 分解して得られた m に関する連立不等式を解き、その共通範囲を求める。

このプロセスは、複雑な一つの論理的条件を、より単純な複数の論理的条件の「AND(かつ)」の関係へと分解していく、分析的思考の典型例です。

8.2. 不等式の観点からの解釈

例題(再訪): 2次方程式 \(x^2-2mx+m+6=0\) が、1 より大きい異なる2つの解を持つ m の範囲を求めよ。

この問題を解くために、私たちは以下の連立不等式を立て、解きました。

\(\begin{cases} D/4 = m^2-m-6 > 0 & \text{… (Dの条件)} \ \text{軸} = m > 1 & \text{… (軸の条件)} \ f(1) = 7-m > 0 & \text{… (端点の条件)} \end{cases}\)

  • m^2-m-6 > 0: これは m についての2次不等式です。
  • m > 1: これは m についての1次不等式です。
  • 7-m > 0: これも m についての1次不等式です。

つまり、解の配置問題とは、パラメータ m を変数とみなしたときの、連立不等式(多くの場合、2次不等式を含む)を解く問題に他ならないのです。

Module 6では、この連立不等式を「作る」ことに主眼がありました。

Module 7では、このように作られた不等式を「解く」技術を学びました。

この二つのモジュールは、いわば問題の「立式」と「計算」という、表裏一体の関係にあるのです。

8.3. 応用としての意義

この視点は、より複雑な問題に応用できます。例えば、2次方程式の解の存在範囲だけでなく、

  • 2次関数の最大値・最小値に関する条件例:「0 \le x \le 2 における最小値が正となる m の範囲を求めよ」この問題も、軸の位置による場合分けののち、それぞれのケースで「最小値 > 0」という m についての不等式を立てて解くことになります。
  • 2つの放物線の位置関係に関する条件例:「2つの放物線 y=f(x) と y=g(x) が、1<x<2 の範囲で2回交わる m の範囲を求めよ」これは、f(x)=g(x) という新しい方程式 h(x)=f(x)-g(x)=0 を考え、その方程式の解が 1<x<2 の範囲に2つ存在する、という解の配置問題に帰着します。

このように、2次関数や2次方程式に関する、一見して複雑な条件の多くは、最終的に、その係数やパラメータに関する不等式を解くという基本的な作業にたどり着くのです。2次不等式の解法をマスターすることが、いかに応用範囲の広い、 fundamental なスキルであるかを理解することが、このセクションの目的です。


9. 文章問題から2次不等式を立式し、解釈するプロセス

数学の応用力を測る上で、文章題は避けて通れないテーマです。Module 6では、文章題から「方程式」を立てて未知の量を決定する問題に取り組みました。このセクションでは、文章題の中に含まれる「〜以上」「〜未満」「〜以内」といった、不等式関係を読み取り、それを2次不等式としてモデル化し、解を求めて解釈するプロセスを学びます。

ここでも、方程式の応用問題と同様に、単に不等式を解く計算能力だけでなく、現実の状況を数学の言葉に正しく翻訳する立式能力と、得られた数学的な解を現実の文脈で意味づける解釈(吟味)能力が、同等に重要となります。

9.1. 文章題を解くための思考プロセス(不等式版)

  1. [未知数の設定]問題の状況の中心となる、変化する数量を x と置く。
  2. [不等式の立式]問題文の中にある「AはB以上である」などの大小関係の記述を見つけ出し、それを x を用いた不等式として表現する。
  3. [定義域の確認]方程式の場合と同様、x が現実的にとりうる値の範囲(定義域)を必ず確認する。長さなら正、個数なら正の整数など、問題の文脈から制約を読み取る。
  4. [不等式を解く]立てた2次不等式を解き、x の値の範囲(数学的な解)を求める。
  5. [解の吟味と結論]ステップ4で得られた数学的な解と、ステップ3で確認した定義域の、共通範囲を求める。これが、問題の条件を満たす、現実的にありえる x の値の範囲となる。最後に、その範囲が何を意味するのかを、言葉で説明して結論とする。

9.2. 実践例

例題: 縦が 10 m, 横が 16 m の長方形の土地がある。この土地の内側に、下の図のように、縦と横に同じ幅の道をつけて、残りの部分を花壇にしたい。花壇の面積を、土地全体の面積の半分以上にするには、道の幅を何 m 以下にすればよいか。

  1. [未知数の設定]道の幅を x (m) とする。
  2. [不等式の立式]
    • 花壇は、道をつけた残りの部分なので、これも長方形になる。
    • 花壇の縦の長さは、元の 10 m から道の幅 x の2つ分を引くので (10-2x) m。
    • 花壇の横の長さは、元の 16 m から道の幅 x の2つ分を引くので (16-2x) m。
    • 花壇の面積は (10-2x)(16-2x) m²。
    • 土地全体の面積は 10 \times 16 = 160 m²。
    • 「花壇の面積が土地全体の面積の半分以上」という条件を不等式で表すと、(10-2x)(16-2x) \ge \frac{1}{2} \times 160(10-2x)(16-2x) \ge 80
  3. [定義域の確認]
    • 道の幅 x は、長さなので正でなければならない:x > 0
    • また、花壇の縦 10-2x と横 16-2x も、長さとして意味を持つためには正でなければならない。10-2x > 0 \implies 2x < 10 \implies x < 516-2x > 0 \implies 2x < 16 \implies x < 8
    • これらの共通範囲から、x の定義域は 0 < x < 5 となる。
  4. [不等式を解く](10-2x)(16-2x) \ge 80160 – 20x – 32x + 4x^2 \ge 804x^2 – 52x + 160 \ge 804x^2 – 52x + 80 \ge 0両辺を 4 で割る。x^2 – 13x + 20 \ge 0この2次不等式を解く。方程式 x^2 – 13x + 20 = 0 の解は、解の公式よりx = \frac{13 \pm \sqrt{169-80}}{2} = \frac{13 \pm \sqrt{89}}{2}\sqrt{89} は \sqrt{81}=9 と \sqrt{100}=10 の間なので、約 9.4。解は x \approx \frac{13 \pm 9.4}{2}、すなわち x \approx 1.8, 11.2。下に凸のグラフで \ge 0 の範囲なので、不等式の解(数学的な解)はx \le \frac{13-\sqrt{89}}{2}, \ x \ge \frac{13+\sqrt{89}}{2}
  5. [解の吟味と結論]ステップ4で得られた数学的な解と、ステップ3で確認した定義域 0 < x < 5 の共通範囲を求める。
    • \frac{13-\sqrt{89}}{2} \approx 1.8
    • \frac{13+\sqrt{89}}{2} \approx 11.2数直線上で考えると、
    • 数学的な解:x \le 1.8, x \ge 11.2
    • 定義域:0 < x < 5共通範囲は 0 < x \le \frac{13-\sqrt{89}}{2}。
    結論:道の幅を \frac{13-\sqrt{89}}{2} m 以下にすればよい。(ただし、幅は正である必要がある)

この例が示すように、応用問題では、数学的に正しい解を求めるだけでは不十分です。その解が、問題の物理的・現実的な制約の中でどのような意味を持つのかを常に吟味し、解釈する姿勢が不可欠となります。


10. 高次不等式のグラフを利用した解法

私たちの不等式を解くための武器は、2次不等式で終わりではありません。2次不等式を「グラフとx軸の位置関係」で解いた、あの強力な思考法は、3次以上の高次不等式にも、美しい形で拡張・応用することができるのです。

例: (x-1)(x-3)(x-4) > 0

もちろん、x<11<x<33<x<4x>4 のように細かく場合分けして、x-1x-3x-4 の符号の組み合わせを調べることで、代数的に解くことも可能です。しかし、この方法は次数が上がるにつれて、組み合わせが爆発的に増え、現実的ではありません。

そこで、2次関数で培ったグラフのイメージを利用します。

10.1. 高次関数のグラフと符号

  • 基本原理の再確認:不等式 f(x)>0 を解くことは、関数 y=f(x) のグラフがx軸より上にある x の範囲を求めること。
  • 高次関数の符号の変化:y=(x-\alpha)(x-\beta)(x-\gamma)… のような因数分解された形の関数の値(符号)は、グラフがx軸を横切る点、すなわち解 x=\alpha, \beta, \gamma, … でのみ、変化する可能性があります。

この性質を利用して、私たちは高次関数の厳密なグラフを描くことなく、その**符号だけを模式的に表した簡易的なグラフ(波線グラフ)**を描き、不等式を解くことができます。

10.2. 高次不等式の解法アルゴリズム

例題: 3次不等式 \((x-1)(x-3)(x-4) < 0\) を解け。

ステップ 1: 関連する方程式の解を求める

f(x)=(x-1)(x-3)(x-4) とおき、f(x)=0 を解く。

解は x=1, 3, 4。

これらが、グラフがx軸と交わる点である。

ステップ 2: 解をx軸上にプロットする

数直線(x軸)上に、1, 3, 4 の点をプロットする。これらの点が、符号の変化点となる。

ステップ 3: 最も右の区間の符号を調べる

x が最も大きい解(この場合は 4)よりも大きいとき、f(x) の符号はどうなるかを調べる。

例えば x=5 を代入してみる。

f(5) = (5-1)(5-3)(5-4) = (正) \times (正) \times (正) = (正)

したがって、x>4 の範囲では、グラフはx軸の上側にある。

ステップ 4: 波線グラフを描く

  • x>4 で正(上側)からスタートする。
  • 右から左へ、各解を横切るたびに、グラフはx軸の上側と下側を交互に通過するような、滑らかな波線を描く。
    • x=4 を横切る → 負(下側)になる
    • x=3 を横切る → 正(上側)になる
    • x=1 を横切る → 負(下側)になる

注意: この方法は、(x-1)^2(x-3)>0 のように、重解を持つ場合には修正が必要です。x=1 のような偶数乗の因数に対応する点では、グラフはx軸に接して折り返すため、符号は変化しません。

ステップ 5: グラフから解の範囲を読み取る

  • 求めたいのは (x-1)(x-3)(x-4) < 0 の解、すなわちグラフが x軸より下側にある部分の x の範囲。
  • 描いた波線グラフを見ると、x が 1 より小さい部分 (x<1) と、x が 3 と 4 の間 (3<x<4) で、グラフはx軸の下側にある。

結論:

解は x < 1, \ 3 < x < 4。

この方法は**表(符号表)**を作成して解くこともできますが、グラフのイメージで捉える方が、より速く直感的に解けることが多いでしょう。

区間x<11<x<33<x<4x>4
x-1+++
x-3++
x-4+
f(x)++

表からも、f(x)<0 となるのは x<1 と 3<x<4 の区間であることが確認できます。

この「解を境界として、グラフの符号が交互に変わる」という考え方は、2次不等式の解法を、より広く一般的な高次不等式へと拡張する、非常に強力なアナロジーです。2次関数で培った「グラフで考える」という視点が、ここでもまた、私たちの思考を導く光となっているのです。

Module 7:2次関数(4) 2次不等式 の総括:グラフで「範囲」を捉える思考の確立

本モジュールをもって、2次関数に関する一連の探求は完結します。私たちは、方程式が求める「点」の世界から、不等式が求める「範囲」の世界へと、思考のスコープを広げてきました。その過程で明らかになったのは、複雑に見える不等式の解法が、結局は**「グラフ y=f(x) とx軸 y=0 の上下関係を問う」**という、極めてシンプルで視覚的な問題に帰着する、という事実でした。

この「グラフで考える」という指導原理のもと、私たちはまず、2次方程式の解が不等式の解の「境界」を定め、判別式がその解の全体像(交わるか、接するか、離れるか)を規定する、という体系的な解法を確立しました。このフレームワークは、連立不等式、絶対値を含む不等式、そして絶対不等式といった、より複雑な問題に直面したときも、常に私たちの思考を支える揺るぎない土台となりました。

さらに、関数の定義域を決定する問題や、解の範囲から元の不等式を復元する問題を通じて、2次不等式が他の数学分野とどのように連携し、その言語として機能するかを学びました。そして最後に、高次不等式へと視野を広げ、「解を境に符号が変わる」というグラフの本質的な性質を捉えることで、2次関数で培った思考法が、より広く普遍的なものであることを実感しました。

このモジュールを通じて皆さんが獲得したのは、単なる2次不等式の解法テクニックではありません。それは、代数的な「式」を、幾何学的な「グラフ」として空間的に捉え、その位置関係から「範囲」や「領域」を読み解くという、より高次元の数学的思考力です。方程式が特定の解という「点」を静的に探すものであったのに対し、不等式は条件を満たす解の集合という「範囲」を動的に探すものです。この視点の転換は、今後の数学、特に関数の値の変化や、領域を扱う分野において、不可欠なものとなるでしょう。2次関数という名の山脈を完全に踏破した今、皆さんの前には、より広大な数学の世界が広がっているはずです。

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