【基礎 数学(数学Ⅰ)】Module 3:集合と論理
本モジュールの目的と構成
これまでのモジュールで、私たちは「数と式」という、いわば数学の「語彙」と「文法」を学んできました。それは、計算を正確かつ効率的に行うための、具体的な操作技術の習得に主眼が置かれていました。しかし、数学の真の力は、単なる計算能力だけにあるのではありません。それは、前提から結論に至るまでの思考の道筋を、いかに厳密に、そして論理的に構築できるかという「論証能力」にこそ宿っています。本モジュールで学ぶ**「集合」と「論理」**は、まさしくその数学的論証の根幹をなす、思考のインフラストラクチャーです。
このモジュールは、皆さんの思考法を、日常的で曖昧なものから、数学的に精密なものへと向上させるための、決定的な機会となります。「集合」は、私たちが思考の対象とするモノを、曖昧さなく分類し、グループ化するための普遍的な言語を提供します。モノの集まりを正確に定義し、その関係性を記述することで、複雑な状況を整理し、構造化する視点を手に入れることができます。「論理」は、その集合という言語を用いて、正しい推論を行うための厳密なルール体系です。命題の真偽を判定し、条件の間の関係性を解き明かし、そして証明という数学的真実を構築するための、思考の交通規則を学びます。
この二つのテーマは、数学の特定の分野というよりも、あらゆる数学の分野、ひいては科学的な思考全般の基盤となるものです。本モジュールを通じて、皆さんは以下のステップを体系的に踏むことで、数学的な思考の構造を自らの中に構築していきます。
- 思考の対象を定義する(集合と要素): 「集まり」を数学的に厳密に定義する「集合」の概念を学び、ベン図などを用いてその関係性を視覚的に表現する手法を習得します。
- 集合の関係性を操作する(部分集合と集合演算): 集合同士の包含関係や、共通部分・和集合といった基本的な演算を定義し、複数の集合の関係性を分析するための基本ツールを揃えます。
- 集合演算の普遍法則(ド・モルガンの法則): 集合の演算における、否定(補集合)と和集合・共通部分の間に成り立つ、美しく対称的な法則を発見し、複雑な集合の関係を単純化する強力な武器を手に入れます。
- 集合の規模を測定する(集合の要素の個数): 集合に含まれる要素の個数を正確に数え上げるための原理、特に「包含と排除の原理」を学び、重複を避けて正確に個数を計算する論理を身につけます。
- 主張を数学の言葉で記述する(命題と条件): 真偽が客観的に定まる文である「命題」を定義し、数学的な議論の出発点となる「主張」を厳密に定式化する方法を学びます。
- 条件間の因果関係を解明する(必要条件と十分条件): 「AならばB」という関係性の中に潜む、「必要」と「十分」という二つの異なる論理的関係を解き明かし、条件の間の力関係を正確に読み解く訓練をします。
- 命題のバリエーションとその関係(逆・裏・対偶): 一つの命題から派生する「逆」「裏」「対偶」という3つの関連命題を定義し、元の命題との真偽関係、特に「対偶」が持つ極めて重要な性質を探求します。
- 「すべて」と「ある」の否定(命題の否定): 日常言語では曖昧になりがちな「すべての〜」と「ある〜」を含む命題の否定を、論理的に正確に作るための規則を学びます。
- 矛盾から真実を導く(背理法): 証明したいことの否定を仮定し、そこから矛盾を導くことによって結論を証明するという、間接的でありながら極めて強力な証明法「背理法」の論理構造を理解します。
- 証明の道筋を組み替える(対偶を利用した証明法): 直接証明することが難しい命題を、それと論理的に等価な「対偶」を証明することで攻略するという、エレガントで実用的な証明戦略をマスターします。
このモジュールを終えるとき、皆さんの数学を見る目は一変しているはずです。もはや数学は計算問題の集まりではなく、厳密な言語と規則に基づいた、巨大で美しい論理の体系として見えてくるでしょう。それでは、思考の基盤を構築する、知的な冒険を始めましょう。
1. 集合と要素、その表現方法
数学的な議論を厳密に行うためには、まず、その議論の対象となる「モノの集まり」を、誰にとっても解釈の揺れがないように、明確に定義する必要があります。日常言語における「集まり」という言葉は、「背の高い人の集まり」のように、境界線が曖昧な場合があります。このような曖昧さを排除し、思考の土台を固めるための最も基本的な概念が**集合(set)**です。
集合論は、19世紀のドイツの数学者ゲオルク・カントールによって創始され、現代数学のあらゆる分野の基礎をなす言語として機能しています。このセクションでは、集合とその構成単位である**要素(element)**の定義を学び、集合を正確に記述するための3つの基本的な表現方法を探求します。
1.1. 集合と要素の定義
まず、集合と要素の定義を明確にしましょう。
定義:
- 集合: ある条件を満たす、区別できる「モノ」の集まり。
- 要素: 集合を構成している個々の「モノ」。
集合を考える上での大原則は、「その集合に、あるモノが含まれるかどうかが、客観的かつ明確に判断できる」ということです。
例:
- 「10以下の自然数の集まり」は集合である。
3
はこの集まりに含まれる。15
はこの集まりに含まれない。- 0.5 はこの集まりに含まれない。このように、どんな数を持ってきても、その集まりに含まれるか否かを明確に判定できます。
- 「素晴らしい音楽の集まり」は、数学的な意味での集合とは言えない。
- ある人にとっては素晴らしい音楽でも、別の人にとってはそうではないかもしれません。
- 「素晴らしい」という基準が主観的で曖昧なため、含まれるかどうかが客観的に判断できません。
要素と集合の関係の表記
あるモノ a が集合 A の要素であるとき、「a は A に属する(belongs to)」といい、記号 ∈ を用いて
\(a \in A\)
と表します。
一方、b が集合 A の要素でないときは、「b は A に属さない」といい、
\(b \notin A\)
と表します。
例: 10以下の自然数の集合を A
とすると、
- \(3 \in A\)
- \(15 \notin A\)
集合は通常、A, B, C
のようなアルファベットの大文字で、要素は a, b, c, x, y
のような小文字で表すのが慣例です。
1.2. 集合の表現方法
集合を具体的に記述するには、主に3つの方法があります。どの方法を使うかは、その集合の性質や、議論の目的に応じて選択されます。
1.2.1. 表現方法1:外延的表示(要素を書き並べる方法)
最も直接的で分かりやすい方法が、その集合に含まれる要素を { }
(波括弧、ブレース)の中にすべて書き並べる方法です。これを**外延的表示(roster notation)**と言います。
例:
- 10以下の偶数である自然数の集合 A\(A = {2, 4, 6, 8, 10}\)
- 2次方程式 \(x^2-3x+2=0\) の解の集合 Bこの方程式を解くと \((x-1)(x-2)=0\) より \(x=1, 2\)。よって、\(B = {1, 2}\)
要素を書き並べる順序は関係ありません。つまり、\({1, 2}) と \({2, 1}) は同じ集合を表します。また、集合では同じ要素を重複して含めることはしません。\({1, 2, 2}) のような書き方はせず、\({1, 2}) と書きます。
要素の個数が非常に多い場合や、無限に続く場合は、規則性が分かれば ...
を用いて一部を省略することができます。
- 100以下の自然数の集合: \({1, 2, 3, …, 100})\)
- すべての正の偶数の集合: \({2, 4, 6, 8, …})\)
1.2.2. 表現方法2:内包的表示(要素の満たす条件を記述する方法)
要素の個数が無限にある場合や、要素を具体的に書き並べることが難しい場合、外延的表示は不便または不可能です。そのような場合には、その集合の要素が満たすべき「条件」を記述する方法が用いられます。これを**内包的表示(set-builder notation)**と言います。
書式:{ 代表文字 | その文字が満たす条件 }
縦棒 | の左側に、その集合の要素を表す代表文字(x など)を書き、右側にその文字が満たすべき条件を書きます。
例:
- 10以下の偶数である自然数の集合 A\(A = {x \ | \ x \text{は10以下の偶数である自然数}}\)これは「x という要素の集まり。ただし x は10以下の偶数である自然数である」と読みます。\(A = {2n \ | \ n \text{は自然数}, 1 \le n \le 5}\)のように、要素の形を左側で指定することもできます。
- 平方すると2になる実数の集合 C\(C = {x \ | \ x \text{は実数}, x^2=2}\)この場合、外延的表示で書くと \(C = {-\sqrt{2}, \sqrt{2}}\) となります。
内包的表示は、集合の性質を直接的に表現するため、抽象的な議論や証明問題で非常に強力なツールとなります。
1.2.3. 表現方法3:ベン図(視覚的に表現する方法)
集合とその関係性を視覚的に、直感的に理解するための強力なツールが**ベン図(Venn diagram)**です。ベン図では、集合を円や長方形などの図形で表し、要素をその図形の中の点として表します。
ベン図は、特に複数の集合の関係(次に学ぶ共通部分や和集合など)を考える際に、その威力を発揮します。複雑な集合の関係も、図に描くことで、その構造が一目瞭然となることがよくあります。
特別な集合:空集合
要素を一つも持たない集合も、一つの立派な集合として考えます。これを**空集合(empty set)**といい、記号 \(\emptyset\) または \({\ }\) で表します。
例:方程式 \(x^2+1=0\) の実数解の集合は空集合 \(\emptyset\) です。
このセクションでは、数学的な議論の基礎となる集合の言語を学びました。これらの定義と表現方法を正確に理解し、自在に使いこなせるようになることが、次のステップである集合間の関係性を学ぶための前提となります。
2. 部分集合、共通部分、和集合、補集合
集合を個別に定義できるようになったところで、次に私たちの関心は、複数の集合がどのような「関係」にあるのか、そしてそれらを組み合わせて新しい集合を作り出す「演算」へと移っていきます。これは、単語を覚えた後に、文法を学んで文の構造を理解したり、単語を組み合わせて新しい文を作ったりするプロセスに似ています。
このセクションで学ぶ、部分集合、共通部分、和集合、補集合は、集合の世界における最も基本的な関係と演算を定義するものです。これらの概念を理解するために、ベン図が極めて有効な思考の補助線となります。
2.1. 集合の包含関係:部分集合
二つの集合 A
, B
があるとき、一方の集合がもう一方の集合に完全に含まれている、という関係を考えることができます。
定義:集合 A のすべての要素が、集合 B の要素でもあるとき、A は B の部分集合(subset)であるといい、
\(A \subset B\) または \(B \supset A\)
と表す。
この記号は、不等号 ≤
のイメージで捉えると分かりやすいです。A
は B
以下の(または等しい)大きさの集合である、というニュアンスです。
例:
A = {2, 4}
B = {1, 2, 3, 4, 5}
この場合、A の要素である 2 と 4 は、どちらも B の要素でもあります。
したがって、A は B の部分集合であり、\(A \subset B\) と書けます。
ベン図で表すと、集合 A
の円が、集合 B
の円の中に完全に含まれる形で描かれます。
部分集合に関する重要な性質:
- 自分自身: 任意の集合 A について、\(A \subset A\) が成り立つ。(A のすべての要素は、当然 A の要素であるため)
- 空集合: 任意の集合 A について、\(\emptyset \subset A\) が成り立つ。(空集合は要素を一つも持たないため、「空集合のすべての要素が A の要素である」という条件は偽にはならない、と解釈されます。これを**空虚な真(vacuously true)**と言います)
- 集合の相等: 二つの集合 A, B について、\(A \subset B\) かつ \(B \subset A\) が成り立つとき、A と B は等しいといい、A=B と書く。これは、A と B が全く同じ要素から構成されていることを意味します。集合が等しいことを証明する際の、基本的な論法となります。
2.2. 集合の演算
数に加法や乗法があるように、集合にも新しい集合を作り出すための基本的な演算があります。
2.2.1. 共通部分(積集合)
定義:二つの集合 A, B の両方に属する要素全体の集合を、A と B の共通部分(intersection)または積集合といい、
\(A \cap B\)
と表す。
内包的表示で書くと、\(A \cap B = {x \ | \ x \in A \text{ かつ } x \in B}\) となります。論理における「AND」に対応する概念です。
例:
A = {1, 2, 3, 4, 5}
B = {2, 4, 6, 8}
このとき、A と B の両方に含まれる要素は 2 と 4 です。
よって、\(A \cap B = {2, 4}\)
ベン図では、二つの円が重なり合う部分として表現されます。
2.2.2. 和集合(合併集合)
定義:二つの集合 A, B の少なくとも一方に属する要素全体の集合を、A と B の和集合(union)または合併集合といい、
\(A \cup B\)
と表す。
内包的表示で書くと、\(A \cup B = {x \ | \ x \in A \text{ または } x \in B}\) となります。論理における「OR」に対応する概念です。(数学の「または」は、両方の場合も含みます)
例:
A = {1, 2, 3, 4, 5}
B = {2, 4, 6, 8}
このとき、A または B に含まれる要素は 1, 2, 3, 4, 5, 6, 8 です。(2 と 4 は重複して数えない)
よって、\(A \cup B = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 8}\)
ベン図では、二つの円を合わせた領域全体として表現されます。
2.3. 補集合と全体集合
ある集合 A
を考えるとき、しばしばその「外側」にある要素、すなわち「A
ではないもの」の集まりを考えたい場合があります。この「外側」を明確に定義するために、まず議論の舞台となる全体の範囲を定める必要があります。
定義:
- 全体集合(universal set): 考察の対象となるすべての要素を含んだ集合。通常、記号
U
で表す。 - 補集合(complement): 全体集合 U の部分集合 A に対して、U の要素ではあるが A の要素ではないもの全体の集合を、A の補集合といい、\(\bar{A}\)と表す。
内包的表示で書くと、\(\bar{A} = {x \ | \ x \in U \text{ かつ } x \notin A}\) となります。論理における「NOT」に対応する概念です。
例:
全体集合を U = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10}(10以下の自然数)とする。
このとき、U の部分集合 A = {2, 4, 6, 8, 10}(偶数)の補集合 \(\bar{A}\) は、U には含まれるが A には含まれない要素、すなわち奇数の集合となります。
\(\bar{A} = {1, 3, 5, 7, 9}\)
ベン図では、全体集合 U
を長方形で表し、その中の集合 A
の円の外側の領域として表現されます。
補集合に関する重要な性質:
A を全体集合 U の部分集合とすると、
- \(A \cap \bar{A} = \emptyset\) (
A
であり、かつA
でないものは存在しない) - \(A \cup \bar{A} = U\) (すべての要素は
A
であるか、A
でないかのどちらかである) - \(\bar{(\bar{A})} = A\) (「
A
でないものでない」のは、A
自身である)
これらの関係は、ベン図を思い浮かべれば直感的に理解できるでしょう。
このセクションで導入した概念は、集合論の基本的な語彙であり、これらを組み合わせることで、より複雑な集合の関係性を記述し、分析することが可能になります。
3. ド・モルガンの法則
集合の基本的な演算、すなわち共通部分(\(\cap\))、和集合(\(\cup\))、補集合(\(\bar{A}\))を学びました。これらの演算は、互いに独立しているわけではなく、その間にはいくつかの重要な法則が成り立っています。その中でも、特に強力で応用範囲が広いのが、19世紀のイギリスの数学者オーガスタス・ド・モルガンにちなんで名付けられた**ド・モルガンの法則(De Morgan’s laws)**です。
この法則は、**補集合(否定)**という操作が、**和集合(または)や共通部分(かつ)**と組み合わさったときに、どのように振る舞うかを記述するものです。具体的には、「和集合の否定」と「共通部分の否定」を、それぞれ「否定の共通部分」や「否定の和集合」という、より扱いやすい形に変換する方法を与えてくれます。
ド・モルガンの法則は、集合論における計算を簡略化する上で非常に役立つだけでなく、その構造は論理学における命題の否定の法則と全く同じであり、数学の異なる分野に共通して現れる普遍的なパターンの美しさを示しています。
3.1. ド・モルガンの法則の提示
全体集合 U
の部分集合 A
, B
について、以下の2つの等式が成り立ちます。これがド・モルガンの法則です。
ド・モルガンの法則:
1. \(\overline{A \cup B} = \bar{A} \cap \bar{B}\)
2. \(\overline{A \cap B} = \bar{A} \cup \bar{B}\)
これらの法則を、文章で解釈してみましょう。
- 「A または B に属する」ことの否定は、「A に属さず、かつ B にも属さない」ことと同じである。例えば、「(犬または猫)が好き」の否定は、「犬が好きではなく、かつ、猫も好きではない」となります。「または」の否定が「かつ」の否定に変わっていることが分かります。
- 「A かつ B に属する」ことの否定は、「A に属さない、または B にも属さない」ことと同じである。例えば、「(犬と猫)の両方が好き」の否定は、「犬が好きではない、または、猫が好きではない」(少なくとも一方は好きではない)となります。「かつ」の否定が「または」の否定に変わっています。
このように、ド・モルガンの法則の本質は、否定(補集合)をとると、和集合(\(\cup\))と共通部分(\(\cap\))が入れ替わるという、美しい対称性にあります。
3.2. ベン図による直感的な理解(証明)
これらの法則がなぜ成り立つのかを理解する最も直感的な方法は、ベン図を用いることです。等式の左辺が表す領域と、右辺が表す領域が、図の上で完全に一致することを確認します。これは、厳密な証明ではありませんが、法則の正しさを納得する上で極めて有効です。
3.2.1. 法則1 \(\overline{A \cup B} = \bar{A} \cap \bar{B}\) の検証
- 左辺:\(\overline{A \cup B}\)これは A と B の和集合(二つの円を合わせた領域)の外側を意味します。
- 右辺:\(\bar{A} \cap \bar{B}\)これは、「A の外側」の領域と、「B の外側」の領域の、共通部分を意味します。
- まず
\bar{A}
(Aの外側)を塗りつぶします。 - 次に
\bar{B}
(Bの外側)を塗りつぶします。 - 両方の色が塗られた部分が、
\bar{A} \cap \bar{B}
です。
- まず
3.2.2. 法則2 \(\overline{A \cap B} = \bar{A} \cup \bar{B}\) の検証
- 左辺:\(\overline{A \cap B}\)これは A と B の共通部分(二つの円が重なった領域)の外側を意味します。
- 右辺:\(\bar{A} \cup \bar{B}\)これは、「A の外側」の領域と、「B の外側」の領域の、和集合(少なくとも一方が塗られている領域全体)を意味します。
\bar{A}
の領域と\bar{B}
の領域を合わせると、結果としてA \cap B
の部分だけが白く残ります。
3.3. 法則の応用
ド・モルガンの法則は、複雑な集合(特に補集合が絡んだ式)を、より単純な集合の演算に分解・変形するために用いられます。
例題: 全体集合 U
とその部分集合 A, B, C
について、\(\overline{\bar{A} \cup B} \cap C\) を簡単な形にせよ。
- まず、ド・モルガンの法則(法則1)を \(\overline{\bar{A} \cup B}\) の部分に適用します。\(\overline{\bar{A} \cup B} = \bar{(\bar{A})} \cap \bar{B}\)
- ここで、二重否定の法則 \(\bar{(\bar{A})} = A\) を用いると、\(= A \cap \bar{B}\)
- したがって、元の式は、\( (A \cap \bar{B}) \cap C \)となります。これは、「A に属し、かつ B には属さず、かつ C にも属する」要素の集合を意味します。
このように、ド・モルガンの法則を適用することで、複雑な補集合の計算が、基本的な集合 A, B, C
とその補集合の単純な共通部分の計算に変換されました。
この法則は、集合の問題だけでなく、次セクション以降で学ぶ論理の「命題の否定」においても全く同じ形で登場します。この美しい対応関係は、集合と論理が同じ構造を持つ、いわば「コインの裏表」であることを示唆しています。この強力な法則をマスターし、思考の武器としてください。
4. 集合の要素の個数
これまでは、集合に含まれる「要素そのもの」や、集合間の「関係性」に注目してきました。このセクションでは、視点を少し変え、集合の「規模」、すなわち集合に含まれる要素の個数に焦点を当てます。
有限個の要素からなる集合を有限集合といい、その要素の個数を数えることは、確率の計算や、場合の数の問題など、数学の様々な分野で基本的ながら非常に重要なスキルとなります。
特に、複数の集合が関わる場合に、その和集合の要素の個数をどうやって正しく数え上げるか、という問題は、単純な足し算だけではうまくいきません。そこには、「重複をいかにして避けるか」という、論理的で体系的な思考が求められます。
4.1. 要素の個数の表記
定義:有限集合 A
の要素の個数を、記号 \(n(A)\) で表す。
n
は number(数)の頭文字です。
例:
- 集合
A = {a, b, c, d}
のとき、\(n(A)=4\)。 - 1から50までの自然数のうち、3の倍数の集合を B とすると、B = {3, 6, …, 48}。48 = 3 \times 16 なので、\(n(B)=16\)。
- 空集合 \(\emptyset\) は要素を一つも持たないので、\(n(\emptyset)=0\)。
4.2. 和集合の要素の個数:包含と排除の原理
二つの集合 A
, B
があるとき、その和集合 \(A \cup B\) の要素の個数 \(n(A \cup B)\) は、単純に \(n(A) + n(B)\) となるでしょうか?
例: A = {1, 2, 3}
, B = {3, 4, 5}
の場合
- \(n(A)=3\), \(n(B)=3\)
- \(A \cup B = {1, 2, 3, 4, 5}\) なので、\(n(A \cup B)=5\)
- 単純に足すと \(n(A)+n(B) = 3+3=6\) となり、実際の個数と一致しません。
なぜずれるのでしょうか?
それは、共通部分 A \cap B = \{3\} に含まれる要素 3 を、\(n(A)\) を数えるときと \(n(B)\) を数えるときの2回、重複して数えてしまっているからです。
この重複を解消するためには、2回数えてしまった共通部分の個数 \(n(A \cap B)\) を、1回分だけ引き算して補正する必要があります。これが、和集合の要素の個数を求めるための最も基本的な公式であり、**包含と排除の原理(principle of inclusion-exclusion)**の第一歩です。
和集合の要素の個数の公式(2つの集合):
\(n(A \cup B) = n(A) + n(B) – n(A \cap B)\)
この公式は、ベン図を面積のイメージで捉えると直感的に理解できます。
領域 A ∪ B の面積は、「領域 A の面積 + 領域 B の面積」から、二重に足してしまった「重なり部分 A ∩ B の面積」を引いたものに等しい、というわけです。
例題 1: 1から100までの自然数のうち、2の倍数または3の倍数であるものは何個あるか。
- 集合の定義:
- 全体集合
U
:1から100までの自然数。\(n(U)=100\)。 A
:2の倍数の集合。\(100 \div 2 = 50\) より \(n(A)=50\)。B
:3の倍数の集合。\(100 \div 3 = 33.3…\) より \(n(B)=33\)。- 求めたいのは
A
またはB
なので、\(n(A \cup B)\)。
- 全体集合
- 公式の適用:\(n(A \cup B) = n(A) + n(B) – n(A \cap B)\)この式を計算するには、\(n(A \cap B)\) が必要。
- 共通部分の個数の計算:A ∩ B は、「2の倍数であり、かつ、3の倍数である」数の集合。これは、2 と 3 の最小公倍数である 6 の倍数の集合を意味する。100 \div 6 = 16.6… より、\(n(A \cap B)=16\)。
- 最終的な計算:\(n(A \cup B) = 50 + 33 – 16 = 83 – 16 = 67\)よって、答えは67個。
4.3. 補集合の要素の個数
ある条件を満たすものの個数を数えるより、その「否定」、すなわち「その条件を満たさないもの」の個数を数える方が簡単な場合があります。このような場合には、補集合の考え方が役立ちます。
補集合の要素の個数の公式:
\(n(\bar{A}) = n(U) – n(A)\)
これは、「A
でないもの」の個数は、「全体の個数」から「A
であるもの」の個数を引けば求まる、という至極当然の関係を表しています。
例題 2: 1から100までの自然数のうち、2の倍数でも3の倍数でもないものは何個あるか。
- 集合の言葉への翻訳:求めたいのは、「2の倍数でなく、かつ、3の倍数でもない」ものの個数。例題1の集合 A, B を使うと、これは \(n(\bar{A} \cap \bar{B})\) を求めることに相当する。
- ド・モルガンの法則の活用:このままでは計算しにくい。ここで、ド・モルガンの法則 \(\bar{A} \cap \bar{B} = \overline{A \cup B}\) を使うと、\(n(\bar{A} \cap \bar{B}) = n(\overline{A \cup B})\)と変形できる。
- 補集合の公式の適用:\(n(\overline{A \cup B}) = n(U) – n(A \cup B)\)全体の個数から、「2の倍数または3の倍数であるもの」の個数を引けばよいことがわかる。
- 計算:例題1の結果から、\(n(A \cup B) = 67\)。また、\(n(U)=100\)。よって、\(100 – 67 = 33\)。答えは33個。
4.4. 3つの集合の和集合の要素の個数(発展)
包含と排除の原理は、3つ以上の集合にも拡張できます。3つの集合 A, B, C
の場合、公式は以下のようになります。
和集合の要素の個数の公式(3つの集合):
\(n(A \cup B \cup C) = n(A) + n(B) + n(C) – n(A \cap B) – n(B \cap C) – n(C \cap A) + n(A \cap B \cap C)\)
公式の論理構造:
- まず、各集合の個数を単純に足し合わせる: \(n(A)+n(B)+n(C)\)
- このままでは、2つの集合の共通部分(レンズ形の領域)を2回ずつ足してしまっているので、それらを引く: \(-n(A \cap B) – n(B \cap C) – n(C \cap A)\)
- しかし、ステップ2の引き算を行うと、3つの集合すべての共通部分 \(A \cap B \cap C\)(中央の領域)は、最初に3回足され、次に3回引かれたため、結果として一度も数えられていないことになってしまう。
- そこで、最後に中央部分の個数 \(n(A \cap B \cap C)\) を1回分だけ足し戻して補正する。
この公式は、複雑な場合の数を、重複と漏れがないように、論理的に正しく数え上げるための強力な枠組みを提供します。
5. 命題と条件、真偽
集合論が、数学的な議論の「対象」を明確に定義するための言語であったとすれば、これから学ぶ論理は、その対象について述べられた「主張」が正しいかどうかを判断し、正しい主張を積み重ねて新たな結論を導き出すための、思考の「規則」です。
その最も基本的な構成要素となるのが、**命題(proposition)**という概念です。数学的な議論は、すべてこの命題を単位として構築されていきます。
5.1. 命題の定義
定義:命題とは、正しい(真)か、正しくない(偽)かが、客観的に、そして一意的に定まるような、文または式のことである。
- 真(true): その命題の内容が、正しいこと。
- 偽(false): その命題の内容が、正しくないこと。
命題であるための絶対条件は、「真偽が誰にとっても同じように、ただ一つに決まる」ということです。個人の感想や、状況によって変わるような文は命題ではありません。
命題である例:
- 「1年は365日である」 → 偽(うるう年があるため、常に正しいとは言えないが、真偽は客観的に定まる)
- 「2は素数である」 → 真
- 「\(\sqrt{2}\) は有理数である」 → 偽
- 「すべての三角形の内角の和は180度である」 → 真(ユークリッド幾何学において)
命題でない例:
- 「数学は面白い」 → 感想であり、真偽を客観的に定められない。
- 「明日は晴れるだろう」 → 未来のことであり、現時点では真偽が定まらない。
- 「\(x > 3\)」 → これだけでは真偽が定まらない。
5.2. 条件
命題でない例の最後に挙げた「\(x > 3\)」は、それ単体では真偽が定まりませんが、変数 x
に具体的な値を入れると、真偽が定まる命題に変わります。
x=5
のとき、「5 > 3
」となり、真の命題。x=1
のとき、「1 > 3
」となり、偽の命題。
このように、変数を含み、その変数の値によって真偽が変化する文や式のことを**条件(condition)**と言います。条件は、いわば「命題の素」となるものです。
通常、条件は \(p(x), q(x)\) のように、変数 x を含むことを明記して表されます。
例えば、\(p(x): x > 3\) のように定義します。
5.3. 真理集合:論理と集合の架け橋
条件 \(p(x)\) を考えるとき、その条件を真にさせるような変数の値全体の集合を考えることができます。この集合を、条件 \(p(x)\) の**真理集合(truth set)**と言い、通常は P
のように大文字で表します。
定義:全体集合 U の中で、条件 \(p(x)\) を満たす(真にする)\(x\) の値全体の集合を、条件 \(p(x)\) の真理集合という。
\(P = {x \ | \ x \in U \text{ かつ } p(x) \text{ は真}}\)
真理集合は、抽象的な「論理」の世界と、具体的で視覚化しやすい「集合」の世界とを結びつける、極めて重要な架け橋です。これにより、論理的な関係性を、集合の包含関係や演算として捉え直すことが可能になります。
例:
全体集合 U を U = \{1, 2, 3, 4, 5, 6\} とする。
- 条件 \(p(x): x \text{ は偶数である}\)この条件 p(x) を真にする x の値は 2, 4, 6 です。よって、真理集合 P は \(P = {2, 4, 6}\)。
- 条件 \(q(x): x > 3\)この条件 q(x) を真にする x の値は 4, 5, 6 です。よって、真理集合 Q は \(Q = {4, 5, 6}\)。
- 条件 \(r(x): x \text{ は6の約数である}\)この条件 r(x) を真にする x の値は 1, 2, 3, 6 です。よって、真理集合 R は \(R = {1, 2, 3, 6}\)。
5.4. 命題の基本形式:「pならばq」
数学における命題の多くは、「もし \(p\) ならば \(q\) である」という形をしています。これを記号で
\(p \implies q\)
と書きます。
p
の部分を仮定(hypothesis)q
の部分を結論(conclusion)
と呼びます。
命題 \(p \implies q\) の真偽
この形の命題が真であるとは、「仮定 p を満たすものは、すべて結論 q も満たす」ということが成り立つ場合を言います。
これを真理集合の言葉で言い換えると、以下のようになります。
p の真理集合を P、q の真理集合を Q とするとき、
命題 \(p \implies q\) が真である \(\iff P \subset Q\) が成り立つ。
つまり、「pならばq」という論理的な包含関係が、真理集合 P
が真理集合 Q
の部分集合である、という集合的な包含関係に、完全に対応しているのです。
命題 \(p \implies q\) が偽であるとは、「仮定 p
を満たすにもかかわらず、結論 q
を満たさない」ような例が少なくとも一つ存在する場合を言います。このような例を**反例(counterexample)**と呼びます。
例: x
を実数とする。命題「\(x > 3 \implies x > 1\)」の真偽を調べよ。
- 仮定 \(p(x): x > 3\) の真理集合
P
は、3より大きい実数全体。 - 結論 \(q(x): x > 1\) の真理集合
Q
は、1より大きい実数全体。 - 数直線を考えれば、明らかに
P
はQ
に完全に含まれている(\(P \subset Q\))。 - したがって、この命題は真である。
例: x
を実数とする。命題「\(x^2=4 \implies x=2\)」の真偽を調べよ。
- 仮定 \(p(x): x^2=4\) の真理集合
P
は \({-2, 2}\)。 - 結論 \(q(x): x=2\) の真理集合
Q
は \({2}\)。 - この場合、\(P \subset Q\) は成り立たない。
x=-2
は、仮定p
を満たす(\((-2)^2=4\))が、結論q
を満たさない(\(-2 \neq 2\))。- この
x=-2
が反例となる。したがって、この命題は偽である。
このように、命題の真偽という論理的な問題を、真理集合の包含関係という視覚的・具体的な問題に置き換えて考える能力は、複雑な論理関係を正確に把握するための強力な武器となります。
6. 必要条件と十分条件
「\(p \implies q\)」という形の命題が真であるとき、仮定 p
と結論 q
の間には、単に「ならば」で結ばれる以上の、より深い論理的な力関係が存在します。この力関係を表現するのが、**必要条件(necessary condition)と十分条件(sufficient condition)**という、一見すると紛らわしいが極めて重要な概念です。
これらの言葉を正確に使いこなすことは、論理的な文章を精密に読解し、記述するための必須スキルです。なぜなら、これらの言葉は、二つの事柄の間の「どちらが主で、どちらが従か」という因果関係の方向性を、明確に示しているからです。
6.1. 定義と基本的な考え方
命題 \(p \implies q\) が真であるとき、
p
はq
であるための十分条件である といいます。q
はp
であるための必要条件である といいます。
これを記号で、
\(p \stackrel{十分}{\implies} q \stackrel{必要}{\implies} p\)
と表すこともあります。矢印の根元が十分条件、矢印の先が必要条件です。
なぜこのような名前がついているのか、その意味を考えてみましょう。
6.1.1. 十分条件:「それさえあれば、もう十分」
p は q であるための十分条件
これは、「p が成り立ちさえすれば、それだけで q が成り立つことが保証されるには十分である」という意味です。p は q よりも「厳しい」あるいは「限定的な」条件です。
例: 「x=2
ならば x^2=4
」は真の命題です。
- x=2 は、x^2=4 であるための十分条件です。x が 2 でありさえすれば、x^2 が 4 であることは確実です。他に何もいりません。「x=2」という事実は、結論を保証するのに「十分」強力な条件なのです。
真理集合で考えると、\(p \implies q\) が真のとき \(P \subset Q\) となります。十分条件 p
の真理集合 P
は、必要条件 q
の真理集合 Q
よりも小さい(または等しい)範囲に収まっています。
6.1.2. 必要条件:「少なくとも、それだけは必要」
q は p であるための必要条件
これは、「そもそも p が成り立つためには、大前提として、少なくとも q だけは成り立っていなければ話にならない」という意味です。q は p よりも「緩い」あるいは「広範な」条件です。p が成り立つための「必要最低限の資格」のようなものです。
例: 「x=2
ならば x^2=4
」は真の命題です。
- x^2=4 は、x=2 であるための必要条件です。もし x=2 という結論が欲しいのであれば、その前に、そもそも x^2=4 が成り立っていなければ絶対無理です(x^2 が 4 でないのに x が 2 になることはあり得ません)。ただし、x^2=4 が成り立ったからといって、必ず x=2 とは限りません(x=-2 の可能性もある)。あくまで最低限必要な条件、ということです。
6.2. 日常的なアナロジーによる理解
数学的な例で分かりにくい場合は、日常的な例で考えると、これらの言葉のニュアンスが掴みやすくなります。
命題: 「A氏は東京都在民である \(\implies\) A氏は日本国民である」
(簡単のため、国籍などを考慮せず、住民票ベースで考えます。この命題は真です)
- 十分条件:「東京都在民である」ことは、「日本国民である」ための十分条件です。A氏が東京都在民であるという情報さえあれば、その人が日本国民であると結論づけるのに十分です。
- 必要条件:「日本国民である」ことは、「東京都在民である」ための必要条件です。そもそもA氏が東京都在民であるためには、最低限、日本国民でなければなりません。しかし、日本国民だからといって、必ずしも東京都在民とは限りません(大阪府民かもしれない)。
6.3. 必要十分条件:「同じこと」の言い換え
では、矢印が双方向、つまり \(p \implies q\) と \(q \implies p\) の両方が真である場合はどうでしょうか。
このとき、p と q は互いに必要条件であり、かつ十分条件であると言えます。
定義:\(p \implies q\) と \(q \implies p\) が共に真であるとき、p は q であるための(q は p であるための)必要十分条件(necessary and sufficient condition)であるといい、
\(p \iff q\)
と表す。
このとき、p と q は**同値(equivalent)**であるとも言います。
これは、p と q が、表現は違うかもしれないが、論理的に全く同じことを述べている、ということを意味します。
真理集合で言えば、\(p \implies q\) が真なので \(P \subset Q\)、かつ \(q \implies p\) が真なので \(Q \subset P\) となります。
この二つが同時に成り立つのは、\(P=Q\) の場合しかありません。
例: x を実数とする。
「x=2」は「2x-4=0」であるための必要十分条件である。
x=2 \implies 2x-4=0
は真。2x-4=0 \implies x=2
も真。- したがって、この二つの条件は同値です。
例: n を整数とする。
「n は偶数である」ことは「n^2 は偶数である」ための必要十分条件である。
n
が偶数 \(\implies n^2\) が偶数(真)- \(n^2\) が偶数 \(\implies n\) が偶数(これも真。後の証明で扱います)
- したがって、この二つの条件は同値です。
必要条件と十分条件の区別は、論理の正確性を担保する上で不可欠です。命題 \(p \implies q\) を見たら、常に「矢印の根元が十分、先が必要」というルールを思い出し、二つの条件の力関係を正しく判断する訓練を積んでください。
7. 逆・裏・対偶とその真偽関係
一つの命題「\(p \implies q\)」が与えられたとき、私たちはその仮定 p
と結論 q
、そしてそれらの否定 \bar{p}
と \bar{q}
を組み合わせることで、元の命題と関連の深い、3つの新しい命題を作り出すことができます。それが、逆(converse)、裏(inverse)、**対偶(contrapositive)**です。
これらの関連命題を学ぶ目的は、単に用語を覚えることではありません。その真の目的は、元の命題の真偽と、これらの新しい命題の真偽との間に、どのような論理的な関係があるのかを解明することにあります。特に、対偶が持つ「元の命題と真偽が常に一致する」という性質は、証明問題を解く上で、極めて強力な戦略的選択肢を私たちに与えてくれます。
7.1. 逆・裏・対偶の定義
元の命題(original proposition): \(p \implies q\) (p ならば q)
これに対して、以下の3つの命題が定義されます。
- 逆 (converse): \(q \implies p\)(仮定と結論を入れ替えたもの)
- 裏 (inverse): \(\bar{p} \implies \bar{q}\)(仮定と結論をそれぞれ否定したもの)
- 対偶 (contrapositive): \(\bar{q} \implies \bar{p}\)(仮定と結論を入れ替えて、さらにそれぞれ否定したもの。つまり、逆の裏、あるいは裏の逆)
これらの関係を図で示すと、以下のようになります。
元の命題 (p ⇒ q) <--[対偶の関係]--> 対偶 (¬q ⇒ ¬p)
| |
[裏の関係] [逆の関係]
| |
裏 (¬p ⇒ ¬q) <--[対偶の関係]--> 逆 (q ⇒ p)
この図から分かるように、元の命題と対偶、そして逆と裏は、それぞれが互いに対偶の関係になっています。
7.2. 真偽関係の探求
では、これらの命題の真偽は、元の命題の真偽とどう関係しているのでしょうか。具体的な例で見ていきましょう。
例: x を実数とする。
元の命題: 「\(x=2 \implies x^2=4\)」
- これは真です。
この命題に対する逆・裏・対偶を作り、その真偽を調べてみます。
- 逆: 「\(x^2=4 \implies x=2\)」
- これは偽です。(反例:
x=-2
) - 教訓:元の命題が真であっても、その逆が真であるとは限らない。
- これは偽です。(反例:
- 裏: 「\(x \neq 2 \implies x^2 \neq 4\)」
- これは偽です。(反例:
x=-2
は \(x \neq 2\) を満たすが、\(x^2=4\) となり \(x^2 \neq 4\) を満たさない) - 教訓:元の命題が真であっても、その裏が真であるとは限らない。
- よく見ると、裏の命題は、逆の命題と全く同じ反例を持っています。これは偶然ではありません。
- これは偽です。(反例:
- 対偶: 「\(x^2 \neq 4 \implies x \neq 2\)」
- これは真です。なぜなら、もし \(x=2\) であったとしたら、\(x^2=4\) となってしまい、仮定の \(x^2 \neq 4\) と矛盾するからです。
- 教訓:元の命題が真であるとき、その対偶も真である。
この例から、非常に重要な関係性が見えてきました。
7.3. 真偽関係のまとめ
命題とその対偶の真偽は、常に一致する。
\((p \implies q) \text{ の真偽} \iff (\bar{q} \implies \bar{p}) \text{ の真偽}\)
逆と裏の真偽は、常に一致する。
\((q \implies p) \text{ の真偽} \iff (\bar{p} \implies \bar{q}) \text{ の真偽}\)
なぜ、元の命題とその対偶の真偽は一致するのでしょうか。これは、真理集合を用いて説明することができます。
- 命題「\(p \implies q\)」が真であることは、真理集合の関係で \(P \subset Q\) であることと同値でした。
- 一方、対偶「\(\bar{q} \implies \bar{p}\)」が真であることは、真理集合の関係で \(\bar{Q} \subset \bar{P}\) であることと同値です。
ここで、集合論で学んだことを思い出してください。\(P \subset Q\) であるという状況をベン図で描いてみると、P の円が Q の円の中にすっぽり入っています。
このとき、Q の外側(\(\bar{Q}\))は、P の外側(\(\bar{P}\))に、やはりすっぽりと含まれていることが分かります。
つまり、集合の包含関係において \(P \subset Q \iff \bar{Q} \subset \bar{P}\) が常に成り立つのです。
この集合における関係が、そのまま論理における「元の命題と対偶の真偽は一致する」という法則の根拠となっています。
同様に、逆「\(q \implies p\)」が真(\(Q \subset P\))であることと、裏「\(\bar{p} \implies \bar{q}\)」が真(\(\bar{P} \subset \bar{Q}\))であることも、同値であることが分かります。
7.4. 論理的思考における意義
この「対偶の真偽一致」の法則は、証明問題を解く上で、私たちに強力な武器を与えてくれます。
ある命題「\(p \implies q\)」を直接証明するのが難しい場合でも、その対偶「\(\bar{q} \implies \bar{p}\)」を代わりに証明すれば、元の命題を証明したことと全く同じことになるのです。
例えば、「結論 q が否定の形(…でない)を含んでいて扱いにくい」場合や、「仮定 p の範囲が広すぎて考えにくい」場合などに、対偶をとることで、より単純で扱いやすい命題に変形できることがあります。
この「証明しやすいように、命題の形を同値なものに組み替える」という戦略的思考は、高度な数学的論証を行う上で不可欠なスキルです。次のセクションで学ぶ「対偶を利用した証明法」は、まさにこの性質を最大限に活用した証明テクニックです。
8. 命題の否定(「すべての」と「ある」)
論理的な思考において、「否定(negation)」を正確に作る能力は、対偶を作ったり、背理法を用いたりする上で、絶対に欠かせない基礎体力です。単純な命題の否定は簡単ですが、**「すべての(all)」や「ある(some)」**といった、範囲を指定する言葉(量化子と言います)を含む命題の否定は、日常言語の感覚で処理すると、しばしば重大な誤りを犯します。
このセクションでは、これらの量化子を含む命題の否定を、論理的に正しく、かつ機械的に作るためのルールを学びます。これは、ド・モルガンの法則の論理版とも言える、非常に重要な規則です。
8.1. 条件の否定
まず、基本的な条件の否定から確認しましょう。
条件 p に対して、「p でない」という条件を p の否定といい、\(\bar{p}\) で表します。
p
:x > 0
→\bar{p}
:x \le 0
(x > 0
でない、ということ。x < 0
ではないことに注意)p
:x
は偶数である →\bar{p}
:x
は奇数であるp
:x=1
またはy=1
→\bar{p}
:x \neq 1
かつy \neq 1
(ド・モルガンの法則)p
:x > 0
かつy > 0
→\bar{p}
:x \le 0
またはy \le 0
(ド・モルガンの法則)
「または」の否定は「かつ」に、「かつ」の否定は「または」になる、というルールは、集合のド・モルガンの法則と全く同じ構造です。
8.2. 量化子を含む命題の否定
ここからが本題です。量化子には、**全称量化子「すべての(\(\forall\))」**と、**存在量化子「ある(\(\exists\))」**の2種類があります。
8.2.1. 「すべての x について p」の否定
命題: 「すべての x
について p(x)
が成り立つ」
この命題が偽であるとは、どういうことでしょうか?
それは、「p(x) が成り立たない x が、少なくとも一つ存在する」ということです。たった一つでも反例があれば、「すべて」という主張は崩れます。
したがって、否定は以下のようになります。
否定: 「ある x
が存在して \bar{p}(x)
が成り立つ」
ルール1: 「すべての」は「ある」に変わり、後ろの条件が否定される。
例:
- 元の命題: 「教室にいるすべての生徒は、メガネをかけている」
- 否定: 「教室にある生徒が存在して、その生徒はメガネをかけていない」(「すべての生徒がメガネをかけていない」ではないことに、強く注意してください)
- 元の命題: 「すべての実数
x
について、\(x^2 \ge 0\) である」 (この命題は真) - 否定: 「ある実数
x
が存在して、\(x^2 < 0\) である」 (この否定命題は偽)
8.2.2. 「ある x について p」の否定
命題: 「ある x
が存在して p(x)
が成り立つ」
この命題が偽であるとは、どういうことでしょうか?
それは、「p(x) が成り立つような x が、一つも存在しない」ということです。つまり、「例外なくすべての x について、p(x) は成り立たない(\bar{p}(x) が成り立つ)」ということになります。
したがって、否定は以下のようになります。
否定: 「すべての x
について \bar{p}(x)
が成り立つ」
ルール2: 「ある」は「すべての」に変わり、後ろの条件が否定される。
例:
- 元の命題: 「このクラスに、数学が好きな生徒がいる(=ある生徒は数学が好きだ)」
- 否定: 「このクラスのすべての生徒は、数学が好きではない」
- 元の命題: 「ある実数
x
が存在して、\(x^2 = -1\) である」 (この命題は偽) - 否定: 「すべての実数
x
について、\(x^2 \neq -1\) である」 (この否定命題は真)
8.3. まとめと機械的な作り方
量化子を含む命題の否定は、以下の2ステップで機械的に作ることができます。
- 量化子を入れ替える
- 「すべての」 \(\iff\) 「ある」
- 後ろの条件部分(結論部分)を否定する
p(x)
\(\iff\)\bar{p}(x)
例題: 命題「すべての実数 x, y
について、\(x^2+y^2>0\) である」の否定を述べ、元の命題の真偽を調べよ。
- 元の命題の真偽:これは偽です。なぜなら、反例として x=0, y=0 が存在するからです。このとき、\(x^2+y^2=0\) となり、\(>0\) を満たしません。
- 否定の作成:
- 量化子を入れ替える: 「すべての」を「ある」に変える。「ある実数 x, y が存在して…」
- 条件を否定する: 「\(x^2+y^2>0\)」の否定は「\(x^2+y^2 \le 0\)」。したがって、否定命題は、「ある実数 x, y が存在して、\(x^2+y^2 \le 0\) である」となります。
- 否定命題の真偽:この否定命題は真です。なぜなら、x=0, y=0 のときに \(x^2+y^2=0\) となり、\(\le 0\) を満たす例が確かに存在するからです。
元の命題が偽であれば、その否定は真になる、という関係も確認できます。
このルールを身につけることで、複雑な命題の対偶を正確に作ることができるようになり、論理的な議論の精度が飛躍的に向上します。
9. 背理法
証明問題には、仮定から結論へと、論理をまっすぐに積み上げていく「直接証明法」が基本となります。しかし、問題によっては、そのまっすぐな道筋が見つけにくい、あるいは非常に複雑になってしまう場合があります。そのような時に、全く異なる角度から結論の正しさを明らかにする、強力な間接証明法が存在します。その代表格が、**背理法(proof by contradiction / reductio ad absurdum)**です。
背理法は、古代ギリシャ時代から知られる伝統的かつ強力な論証テクニックです。その基本的なアイデアは、「証明したい結論を、あえて一度否定してみて、そこから話を進めていくと、何かしらの矛盾(おかしなこと)が必ず生じる。したがって、最初の『結論を否定した』という仮定が間違っていたのだ。よって、元の結論は正しかったに違いない」という、非常に巧みな論法です。
9.1. 背理法の論理構造
背理法の思考プロセスは、以下のステップで構成されます。
命題 P
を証明したい場合:
- [仮定] 結論である
P
が**成り立たない(偽である)**と仮定する。すなわち、\bar{P}
が真であると仮定する。 - [矛盾の導出]
\bar{P}
の仮定のもとで、論理的な推論を進めていく。その結果、- 数学的に明らかに偽である事柄(例:
1=0
) - 問題の前提条件との矛盾
- 同じ推論の中で導かれた、互いに両立しない二つの結論など、何らかの**矛盾(contradiction)**を導き出す。
- 数学的に明らかに偽である事柄(例:
- [結論] \bar{P} を仮定したことで矛盾が生じた。これは、論理的な推論の過程が正しい以上、そもそもの仮定 \bar{P} が間違っていたことを意味する。したがって、\bar{P} は偽であり、その否定である P が真であると結論づける。
この論法が成り立つ根拠は、「任意の命題は、真か偽のどちらか一方である」という、論理学の基本原則(排中律)にあります。\bar{P}
が偽であることが示されれば、残る可能性は P
が真であることしかない、というわけです。
9.2. 背理法の古典的な適用例:\(\sqrt{2}\) が無理数であることの証明
背理法の威力を最もよく示す古典的な例が、「\(\sqrt{2}\) が無理数である」ことの証明です。
この命題を直接証明しようとすると、「無理数である(分数で表せない)」という性質がないことを示すのは非常に困難です。そこで、背理法が極めて有効となります。
証明:
- [仮定] 結論「\(\sqrt{2}\) は無理数である」を否定する。すなわち、「\(\sqrt{2}\) は有理数である」と仮定する。
- [矛盾の導出]
- \(\sqrt{2}\) が有理数であると仮定したので、\(\sqrt{2} = \frac{m}{n}\) となる、互いに素な自然数
m, n
が存在するはずである。(「互いに素」とは、1以外に公約数を持たない、つまり「これ以上約分できない分数」であることを意味する。これが後の矛盾の鍵となる) - この式の両辺を2乗すると、\(2 = \frac{m^2}{n^2}\)、よって \(2n^2 = m^2\) … ①
- この式から、\(m^2\) は
2
の倍数、すなわち偶数である。 - 平方数が偶数ならば、元の数も偶数でなければならない(これは対偶法で証明できる重要な事実)。よって、
m
は偶数である。 m
は偶数なので、ある自然数k
を用いて \(m = 2k\) と表すことができる。- これを式①に代入すると、\(2n^2 = (2k)^2 = 4k^2\)。
- 両辺を
2
で割ると、\(n^2 = 2k^2\)。 - この式から、今度は \(n^2\) が
2
の倍数、すなわち偶数であることがわかる。 - したがって、
n
もまた偶数でなければならない。 - 【矛盾の発生】以上の推論から、m は偶数であり、かつ n も偶数である、という結論が導かれた。しかしこれは、「m, n は互いに素な自然数である(1以外に公約数を持たない)」という、最初の設定と矛盾する(m も n も偶数なら、公約数 2 を持つため)。
- \(\sqrt{2}\) が有理数であると仮定したので、\(\sqrt{2} = \frac{m}{n}\) となる、互いに素な自然数
- [結論]「\(\sqrt{2}\) は有理数である」と仮定したことで、明確な矛盾が生じた。したがって、この仮定は誤りであった。よって、\(\sqrt{2}\) は無理数である。
(証明終)
9.3. 背理法が有効な場面
背理法は、万能な証明法ではありませんが、特定のタイプの問題で特に有効です。
- 「〜でない」ことを証明する問題: 例:「無理数である(有理数でない)」
- 「〜がただ一つ存在する」ことを証明する問題: (もし二つ存在すると仮定して矛盾を導く)
- 「無限に存在する」ことを証明する問題: (もし有限個しかないと仮定して矛盾を導く)
- 直接証明の糸口が見えない問題: 結論を否定することで、新たな仮定
\bar{P}
が手に入り、それを議論の出発点として使える。
背理法は、その論法の巧みさから、時に「悪魔の証明」とも呼ばれます。この強力な思考の武器を使いこなすことは、皆さんの論証能力を新たな次元へと引き上げるでしょう。
10. 対偶を利用した証明法
直接証明が困難な命題に立ち向かうための、もう一つの強力な間接証明法が、対偶を利用した証明法です。これは、背理法としばしば混同されますが、その論理構造は明確に異なります。
この証明法の根底にあるのは、セクション7で学んだ「ある命題とその対偶の真偽は、常に一致する」という、論理学の黄金律です。この法則により、私たちは証明すべき命題を、それと論理的に等価(同値)でありながら、より証明しやすい形である「対偶」にすり替えて、証明を行うことが許されます。
10.1. 対偶証明法の論理構造
命題「\(p \implies q\)」を証明したい場合:
- [対偶の作成] まず、元の命題の対偶を正確に作る。対偶: 「\(\bar{q} \implies \bar{p}\)」
- [対偶の証明] 次に、この対偶の命題を証明する。これは通常、直接証明法によって行われる。すなわち、仮定
\bar{q}
が真であることから出発し、論理的な推論を積み重ねて、結論\bar{p}
が真であることを導く。 - [結論] 対偶「\(\bar{q} \implies \bar{p}\)」が真であることが証明された。「元の命題とその対偶の真偽は一致する」という法則により、元の命題「\(p \implies q\)」もまた真であると結論づける。
背理法が「結論の否定から矛盾を導く」のに対し、対偶証明法は「対偶という別の命題を、矛盾なく証明しきる」という点で、アプローチが異なります。
10.2. 対偶証明法の適用例
対偶を利用した証明は、どのような場面で特に有効なのでしょうか。
例題: n
を整数とする。命題「\(n^2\) が偶数ならば、n
は偶数である」を証明せよ。
- 直接証明の試み:仮定「\(n^2\) が偶数」から出発する。\(n^2 = 2k\)(k は整数)と置ける。ここから \(n = \sqrt{2k}\) となり、n が偶数であることを示すのは、根号が出てきてしまい、簡単ではない。
- 対偶証明法のアプローチ:
- [対偶の作成]
- 元の命題
p
: \(n^2\) が偶数 - 元の命題
q
:n
が偶数 - 対偶は「\(\bar{q} \implies \bar{p}\)」である。
\bar{q}
:n
が偶数でない、すなわち「n
が奇数」\bar{p}
: \(n^2\) が偶数でない、すなわち「\(n^2\) が奇数」- 対偶命題: 「
n
が奇数ならば、\(n^2\) は奇数である」
- 元の命題
- [対偶の証明]この対偶命題は、直接証明が非常に容易である。
- 仮定「n は奇数である」から、ある整数 m を用いて、\(n = 2m+1\)と表すことができる。
- この両辺を2乗すると、\(n^2 = (2m+1)^2 = 4m^2 + 4m + 1\)
- この式の右辺を 2 で括れる部分を括ると、\(n^2 = 2(2m^2+2m) + 1\)
- ここで、\(2m^2+2m\) は整数なので、これを M と置くと、\(n^2 = 2M+1\)と書ける。これは、\(n^2\) が「整数の2倍+1」、すなわち奇数であることを示している。
- よって、対偶命題は真であることが証明された。
- [結論]対偶が真であるから、元の命題「\(n^2\) が偶数ならば、n は偶数である」もまた真である。
- [対偶の作成]
(証明終)
10.3. 対偶証明法が有効な場面
この例題から分かるように、対偶証明法は以下のような特徴を持つ問題で特に有効です。
- 結論 q が否定形や複雑な条件を含む場合:対偶をとると、この q が否定されて仮定 \bar{q} となるため、より単純で肯定的な形(例:「偶数でない」→「奇数」)から議論をスタートできる。
- 仮定 p よりも、その否定 \bar{p} の方が扱いやすい場合:n^2 が偶数という条件よりも、n が奇数という条件の方が、n=2m+1 と具体的な式で表現しやすく、計算を進めやすい。
- 仮定 p が「または」を含む場合:命題「\(A \text{ または } B \implies C\)」を考える。対偶は「\(\bar{C} \implies \overline{A \text{ または } B}\)」、すなわちド・モルガンの法則により「\(\bar{C} \implies \bar{A} \text{ かつ } \bar{B}\)」となる。「または」の仮定よりも、「かつ」の仮定の方が、使える条件が多くなるため、証明が進めやすくなることが多い。
直接証明、背理法、そして対偶証明法。これらの証明の戦略を、問題の構造に応じて適切に選択し、使い分ける能力は、論理的な思考力の成熟を示す重要な指標です。それぞれの長所と短所を理解し、最もエレガントで明快な証明の道筋を見つけ出す訓練を積んでいきましょう。
Module 3:集合と論理 の総括:数学的思考の「基盤」を構築する
本モジュールを通じて、私たちは計算技術の世界から一歩踏み出し、数学という巨大な知的体系を支える、より根源的な「思考の規則」そのものを探求してきました。「集合」は思考の対象を曖昧なく定義する言語となり、「論理」はその言語を用いて正しい結論を導くための文法となりました。このモジュールでの学びは、単に数学の一分野を学習したというよりも、皆さんの頭脳に、今後のあらゆる数学的、あるいは科学的な思索の土台となる**「思考の基盤」**を構築した、と考えるのが最も的確でしょう。
集合論がもたらしたベン図という視覚化ツールは、複雑な関係性を一目で把握させ、包含と排除の原理は、重複なく、漏れなく数え上げるという、場合の数や確率論の根幹をなす思考法を授けてくれました。ド・モルガンの法則は、集合と論理の世界を貫く、否定と「かつ/または」の美しい対称性を示してくれました。
論理の世界では、命題の真偽を客観的に判断する基準を学び、必要条件と十分条件という言葉によって、条件間の因果の方向性を精密に捉える「解像度」を手に入れました。そして、逆・裏・対偶の関係性の探求は、主張の形を自在に組み替え、最も証明しやすい道筋を探すという、柔軟な戦略的思考へと私たちを導きました。最終的にたどり着いた背理法と対偶証明法は、直接的なアプローチが困難な問題に対し、思考の死角から光を当てる、エレガントで強力な間接的論法でした。
ここで身につけた思考の枠組みは、目に見える計算結果を直接出すものではありません。しかし、これから皆さんが学ぶあらゆる数学の分野(関数、図形、微分積分など)は、すべてこの思考の基盤の上で成り立っています。なぜその定義が必要なのか、なぜその定理が成り立つのか、なぜその証明は正しいのか。すべての「なぜ」に答えるための基盤が、今、ここに築かれたのです。この新たな思考の基盤を携え、より広大で深遠な数学の世界へ、自信を持って歩みを進めてください。