【基礎 数学(数学Ⅱ)】Module 2:複素数と方程式
本モジュールの目的と構成
実数の世界は、私たちの直感と密接に結びついた、連続的で秩序ある数直線として完成されているように見えます。しかし、代数学の探求を深める中で、我々はこの数直線だけでは答えを見つけられない、単純かつ根源的な問いに直面します。「2乗して-1になる数は存在するか?」—この問い、すなわち方程式 \(x^2 = -1\) の解を求める試みは、実数の世界に留まる限り「解なし」という壁に突き当たります。
本モジュール「複素数と方程式」は、この壁を打ち破り、数の概念を一条の直線から二次元の平面へと劇的に拡張する知的な冒険です。虚数単位 \(i\) という、いわば「想像上の数」を導入することにより、私たちは「複素数」という新たな数体系を構築します。この拡張は、単に一つの unsolvable な方程式を解決するためだけのものではありません。それは、これまで解の種類によって場合分けを強いられてきた二次方程式の理論を統一的に記述し、さらには次数が \(n\) の方程式は必ず \(n\) 個の解を持つという、代数学の最も美しい定理の一つ「代数学の基本定理」へと至る道を開きます。
複素数の世界は、代数的な操作の舞台を広げるだけでなく、幾何学的な洞察をもたらす「複素数平面」という豊かな土壌を提供します。このモジュールを通じて、あなたは単に新しい数の計算方法を学ぶのではありません。数の世界の地平線がどのように拡張され、それによって方程式というものの見方がいかに深く、統一的になるかを体験するのです。Module 1で習得した盤石な式変形の技術と論理の運用能力を土台に、より広く、より完成された数の宇宙へと旅立ちましょう。
本モジュールは、以下の論理的な順序で構成されています。
- 複素数の定義と四則演算: 新たな数の構成要素である虚数単位 \(i\) を導入し、実数と虚数を組み合わせた「複素数」を定義します。そして、この新しい数体系における基本的な計算ルール(四則演算)を確立します。
- 共役な複素数とその性質: 複素数に特有の重要な概念である「共役」を学びます。これは、複素数の計算を簡略化し、その性質を深く理解するための不可欠な道具となります。
- 2次方程式の解(虚数解): 複素数の導入によって、これまで「解なし」とされてきた判別式が負となる2次方程式に、どのようにして「虚数解」という形で解が与えられるかを探求します。
- 判別式(複素数範囲): 2次方程式の解を分類する判別式の役割を、複素数の範囲まで拡張して再解釈します。これにより、あらゆる2次方程式の解の性質を統一的に捉える視点を得ます。
- 解と係数の関係(2次、3次): 方程式を直接解くことなく、その解が満たすべき性質を係数から読み解く強力な理論「解と係数の関係」を学びます。これは2次方程式から3次方程式へと拡張されます。
- 高次方程式の解法: 因数定理を主要な武器として、3次以上の方程式を解くための体系的な手法を確立します。
- 実数係数の方程式と共役な虚数解: 実数のみを係数に持つ方程式が虚数解を持つ場合、その解は必ず共役なペアで現れるという極めて重要な定理を学びます。これは高次方程式の解の構造を明らかにする鍵です。
- 相反方程式: 係数に対称性を持つ特殊な高次方程式である「相反方程式」を取り上げ、その特徴を利用した巧妙な解法を探求します。
- 1の3乗根(オメガ)の性質: 方程式 \(x^3=1\) の虚数解 \(\omega\)(オメガ)に焦点を当て、その巡回性などの美しい代数的性質を深く掘り下げます。
- 代数学の基本定理: 本モジュールのクライマックスとして、複素数の世界では「\(n\)次方程式は必ず\(n\)個の解を持つ」ことを保証する、代数学の金字塔である基本定理を紹介し、この拡張された数体系の完全性を宣言します。
この一連の学習は、数の概念を新たな次元へと引き上げ、方程式論の全体像を俯瞰するための揺るぎない視座をあなたに与えることになるでしょう。
1. 複素数の定義と四則演算
数の歴史は、人類の思考が現実の制約を超えて、より抽象的で普遍的な概念を求めてきた拡張の歴史です。自然数から始まり、負の数を導入して整数へ、分数を加えて有理数へ、そして無理数を発見して実数へ。それぞれの拡張は、それまで解けなかった方程式(例えば、\(x+5=2\) や \(2x=1\)、\(x^2=2\))に解を与えるという要請によって駆動されてきました。そして今、我々は最後にして最大の拡張の入り口に立っています。それは、方程式 \(x^2=-1\) に解を与えるための、実数から複素数への飛躍です。
このセクションでは、この根源的な問いに答えるために虚数単位 \(i\) を導入し、実数と組み合わせることで「複素数」という広大な数の体系を定義します。さらに、この新しい数の世界で、これまで慣れ親しんできた足し算、引き算、掛け算、割り算(四則演算)がどのように機能するのか、その規則を確立します。これは、未知なる数の海へと漕ぎ出すための、羅針盤と航海術を身につける第一歩です。
1.1. 虚数単位 \(i\) と複素数の定義
1.1.1. 虚数単位 \(i\) の導入
実数の世界では、どのような数も2乗すれば0以上になります(\(x \in \mathbb{R} \Rightarrow x^2 \ge 0\))。したがって、2乗して-1になるような実数は存在しません。この事実を乗り越えるため、数学者たちは、そのような性質を持つ新しい「数」を定義しました。
虚数単位 \(i\) の定義
\(i\) は、2乗すると-1になる数である。すなわち、
i2=−1
と定義する。この \(i\) を虚数単位 (imaginary unit) と呼ぶ。
この定義に基づけば、\(x^2=-1\) の解は \(x = \pm i\) となります。なぜなら、\(i^2=-1\) であり、\((-i)^2 = (-1)^2 i^2 = 1 \cdot (-1) = -1\) となるからです。
同様に、\(x^2=-a\) (ただし \(a>0\))の解は、\(x^2 = a \cdot (-1) = (\sqrt{a})^2 i^2 = (\sqrt{a}i)^2\) と考え、\(x = \pm \sqrt{a}i\) となります。例えば、\(x^2=-4\) の解は \(x=\pm 2i\) です。
1.1.2. 複素数の定義
この新しい虚数単位 \(i\) と、私たちが既に知っている実数を組み合わせることで、新しい数の体系である複素数 (complex number) が定義されます。
複素数の定義
実数 \(a, b\) を用いて、
z=a+bi
の形で表される数を複素数という。
このとき、\(a\) を \(z\) の実部 (real part)、\(b\) を \(z\) の虚部 (imaginary part) と呼ぶ。
例えば、\(z=3+2i\) は複素数であり、その実部は3、虚部は2です。
複素数の体系は、これまでの数の体系をすべて包含する、より大きな枠組みです。
- 実数: 虚部 \(b=0\) の場合、複素数 \(a+0i\) は実数 \(a\) と同一視されます。例:\(5 = 5+0i\)。
- 虚数: 虚部 \(b \neq 0\) の場合、その複素数は虚数 (imaginary number) と呼ばれます。例:\(3+2i, -4i\)。
- 純虚数: 実部 \(a=0\) かつ虚部 \(b \neq 0\) の場合、その複素数 \(0+bi = bi\) は純虚数 (purely imaginary number) と呼ばれます。例:\(2i, -i\)。
【思考のポイント:虚部は実数】
注意すべきは、「虚部」という名前にもかかわらず、虚部 \(b\) 自体は実数であるという点です。複素数 \(3+2i\) の虚部は \(2i\) ではなく、\(i\) の係数である \(2\) です。
1.1.3. 複素数の相等
二つの複素数が等しいとは、どういうことでしょうか。これは、実部と虚部がそれぞれ等しいこととして定義されます。
複素数の相等条件
二つの複素数 \(a+bi\) と \(c+di\) (\(a, b, c, d\) は実数)について、
a+bi=c+diquadLeftrightarrowquada=ctextかつb=d
特に、\(a+bi=0\) となるのは、\(a=0\) かつ \(b=0\) のときに限られます。
この性質は、一つの複素数の等式を、二つの実数の等式(実部に関する等式と虚部に関する等式)に分解できることを意味しており、恒等式の係数決定問題などで重要な役割を果たします。
1.2. 複素数の四則演算
複素数の計算は、\(i\) を文字のように扱い、\(i^2=-1\) というルールだけを適用すれば、基本的には整式の計算と同じように実行できます。
1.2.1. 加法・減法(和と差)
複素数の和と差は、実部どうし、虚部どうしをそれぞれ計算します。これは、整式の計算で同類項をまとめる操作と全く同じです。
(a+bi)+(c+di)=(a+c)+(b+d)i
(a+bi)−(c+di)=(a−c)+(b−d)i
例:
\((3+2i) + (1-4i) = (3+1) + (2-4)i = 4-2i\)
\((3+2i) – (1-4i) = (3-1) + (2-(-4))i = 2+6i\)
1.2.2. 乗法(積)
複素数の積は、分配法則を用いて展開し、\(i^2=-1\) で置き換えることで計算します。
(a+bi)(c+di)=a(c+di)+bi(c+di)
=ac+adi+bci+bdi2
\(i^2=-1\) を代入すると、
=ac+(ad+bc)i+bd(−1)
=(ac−bd)+(ad+bc)i
この結果の式を公式として暗記する必要はありません。計算の都度、\(i\) を文字として展開し、\(i^2\) を \(-1\) に置き換える、というプロセスを確実に実行することが重要です。
例:
\((3+2i)(1-4i) = 3(1-4i) + 2i(1-4i)\)
\(= 3 – 12i + 2i – 8i^2\)
\(= 3 – 10i – 8(-1)\)
\(= 3 – 10i + 8 = 11-10i\)
【ミニケーススタディ:\(i\) のべき乗】
\(i\) のべき乗は興味深い周期性を示します。
- \(i^1 = i\)
- \(i^2 = -1\)
- \(i^3 = i^2 \cdot i = -1 \cdot i = -i\)
- \(i^4 = i^2 \cdot i^2 = (-1)(-1) = 1\)
- \(i^5 = i^4 \cdot i = 1 \cdot i = i\)…このように、\(i, -1, -i, 1\) の4つの値を周期的に繰り返します。したがって、\(i^n\) の値は、指数 \(n\) を4で割った余りによって決まります。例えば、\(i^{100} = (i^4)^{25} = 1^{25} = 1\) となります。
1.2.3. 除法(商)
複素数の除法、すなわち分数 \(\frac{a+bi}{c+di}\) の計算は、少し工夫が必要です。目標は、分母を実数にすることです。なぜなら、分母が実数 \(k\) になれば、\(\frac{a+bi}{k} = \frac{a}{k} + \frac{b}{k}i\) という形に簡単に変形できるからです。
分母を実数化するために用いるのが、中学で学んだ「分母の有理化」と似たテクニックです。\(\frac{1}{\sqrt{2}+1}\) の分母を有理化するために \(\sqrt{2}-1\) を掛けたように、複素数 \(c+di\) を実数にするためには、その虚部の符号を変えた複素数 \(c-di\) を分母と分子に掛けます。この \(c-di\) を \(c+di\) の共役な複素数と呼び、次のセクションで詳しく学びます。
分母の計算は \((c+di)(c-di) = c^2 – (di)^2 = c^2 – d^2i^2 = c^2 – d^2(-1) = c^2+d^2\) となり、必ず実数になります。
例:\(\frac{3+2i}{1-4i}\) を計算せよ。
分母 \(1-4i\) の共役な複素数である \(1+4i\) を、分母と分子に掛けます。
frac3+2i1−4i=frac(3+2i)(1+4i)(1−4i)(1+4i)
(分子) \(= (3+2i)(1+4i) = 3+12i+2i+8i^2 = 3+14i-8 = -5+14i\)
(分母) \(= (1-4i)(1+4i) = 1^2 – (4i)^2 = 1 – 16i^2 = 1 – 16(-1) = 1+16 = 17\)
よって、
frac−5+14i17=−frac517+frac1417i
となります。
1.3. 複素数と数の体系の完成
【思考の罠:根号の計算】
実数の世界では \(\sqrt{a}\sqrt{b}=\sqrt{ab}\) という計算が成り立ちましたが、\(a, b\) が負の場合、つまり複素数の範囲ではこれは成り立ちません。
誤った計算: \(\sqrt{-2}\sqrt{-3} = \sqrt{(-2)(-3)} = \sqrt{6}\)
正しい計算: まず、\(\sqrt{-a} = \sqrt{a}i\) の形に直してから計算します。
\(\sqrt{-2}\sqrt{-3} = (\sqrt{2}i)(\sqrt{3}i) = \sqrt{2}\sqrt{3}i^2 = \sqrt{6}(-1) = -\sqrt{6}\)
この違いは、計算の順序と定義に起因します。負の数の平方根を扱う際は、必ず先に \(i\) を用いて表現する、というルールを徹底してください。
1.4. まとめ:新しい数の世界のルール
このセクションでは、方程式 \(x^2=-1\) の解を要請することから、虚数単位 \(i\) が生まれ、実数と組み合わさることで複素数 \(a+bi\) という広大な数体系が構築されることを見ました。
- 複素数の本質: 複素数は、実部と虚部という二つの実数のペアで完全に記述されます。
- 計算の規則: その計算は、\(i\) を文字として扱い、\(i^2=-1\) という唯一の新しいルールを適用することで、整式の計算とほぼ同様に行うことができます。
- 除法の要点: 除法においては、分母の共役な複素数を掛けることで分母を実数化するという、特有のテクニックが重要となります。
複素数の導入は、単に計算の対象を増やしただけではありません。それは、数の概念そのものを一条の「線」から二次元の「平面」へと解き放つ、根源的な次元上昇を意味します。次節以降、この新しい世界がもたらす豊かな性質とその応用を探求していきます。
2. 共役な複素数とその性質
複素数の世界には、実数の世界にはなかった独特の対称性が存在します。その対称性を象徴するのが「共役な複素数」という概念です。ある複素数 \(a+bi\) に対して、その虚部の符号だけを反転させた \(a-bi\) というペアは、単なる計算上のテクニック(除算における分母の実数化)にとどまらず、複素数の代数的な構造を理解する上で、また実数係数の方程式の解の性質を解き明かす上で、極めて本質的な役割を果たします。
このセクションでは、共役な複素数の定義とその基本的な性質を詳しく探求します。特に、共役な複素数どうしの和と積が常に実数になるという事実は、複素数の世界と実数の世界とを結ぶ重要な架け橋となります。これらの性質を深く理解することは、複素数の計算をより効率的かつ正確に行うための土台を築くだけでなく、後の理論への見通しを格段に良くしてくれます。
2.1. 共役な複素数の定義
共役な複素数の定義
複素数 \(z = a+bi\) (\(a, b\) は実数)に対して、その虚部 \(b\) の符号を反転させた複素数 \(a-bi\) を、\(z\) の共役な複素数 (conjugate complex number) といい、\(\bar{z}\) で表す。
barz=overlinea+bi=a−bi
例:
- \(z=3+2i\) のとき、\(\bar{z}=3-2i\)
- \(z=5-i\) のとき、\(\bar{z}=5+i\)
- \(z=4i\) (純虚数)のとき、\(\bar{z}=-4i\)
- \(z=7\) (実数)のとき、\(\bar{z}=7\) (実数の共役は、それ自身である)
「共役(きょうやく)」とは、もともと「軛(くびき)を共にする」という意味で、ペアとなって切り離せない関係にあるものを指す言葉です。複素数とその共役な複素数は、まさにそのような密接なペアを形成しています。
2.2. 共役な複素数の基本性質
共役な複素数には、計算を簡略化し、理論的な考察を深める上で非常に有用な性質がいくつかあります。以下に、二つの複素数 \(z_1, z_2\) を用いて、その主要な性質を見ていきましょう。
2.2.1. 和と積に関する性質
共役な複素数どうしの和と積は、常に実数になります。これは最も重要で基本的な性質です。
\(z = a+bi\) とすると、\(\bar{z} = a-bi\) なので、
- 和:\(z+\bar{z} = 2a\) (実数)(a+bi)+(a−bi)=(a+a)+(b−b)i=2a複素数とその共役の和は、元の複素数の実部の2倍になります。
- 積:\(z\bar{z} = a^2+b^2\) (0以上の実数)(a+bi)(a−bi)=a2−(bi)2=a2−b2i2=a2−b2(−1)=a2+b2この積 \(a^2+b^2\) は、複素数平面における原点から点 \(z\) までの距離の2乗に等しく、\(|z|^2\) と書かれることもあります。\(a, b\) は実数なので、\(a^2+b^2\) は必ず0以上の実数になります。この性質が、複素数の除算で分母を実数化する際の根拠となっています。
2.2.2. 四則演算と共役操作の可換性
共役をとる操作(\(\bar{}))は、四則演算と順番を入れ替えることができます。これは、複雑な式の共役を計算する際に非常に便利です。
- 和の共役は、共役の和に等しいoverlinez_1+z_2=barz_1+barz_2(証明) \(z_1=a+bi, z_2=c+di\) とすると、(左辺) \(= \overline{(a+c)+(b+d)i} = (a+c)-(b+d)i\)(右辺) \(= (a-bi) + (c-di) = (a+c)-(b+d)i\)よって (左辺)=(右辺)
- 差の共役は、共役の差に等しいoverlinez_1−z_2=barz_1−barz_2(証明は和の場合と同様)
- 積の共役は、共役の積に等しいoverlinez_1z_2=barz_1barz_2(証明)(左辺) \(= \overline{(ac-bd)+(ad+bc)i} = (ac-bd)-(ad+bc)i\)(右辺) \(= (a-bi)(c-di) = (ac-bd)+(-ad-bc)i = (ac-bd)-(ad+bc)i\)よって (左辺)=(右辺)
- 商の共役は、共役の商に等しいoverlineleft(fracz_1z_2right)=fracbarz_1barz_2quad(z_2neq0)(証明) \(z = \frac{z_1}{z_2}\) とおくと、\(z_1 = z z_2\)。両辺の共役をとると、性質3から \(\bar{z_1} = \overline{z z_2} = \bar{z} \bar{z_2}\)。よって、\(\bar{z} = \frac{\bar{z_1}}{\bar{z_2}}\)。
これらの性質は、「先に計算してから全体の共役をとっても、先に各々の共役をとってから計算しても、結果は同じである」ことを保証しています。
2.2.3. その他の重要な性質
- 共役の共役は元に戻るoverline(barz)=z(証明) \(z=a+bi\) とすると、\(\bar{z}=a-bi\)。さらにその共役は \(\overline{a-bi} = a-(-b)i = a+bi = z\)。
- 実数であることの判定ztextが実数quadLeftrightarrowquadbarz=z(証明) \(\Rightarrow\) \(z\) が実数なら \(z=a+0i\) なので \(\bar{z}=a-0i=a=z\)。\(\Leftarrow\) \(\bar{z}=z\) ならば \(a-bi=a+bi\)。これから \(-b=b \Rightarrow 2b=0 \Rightarrow b=0\)。よって \(z\) は実数。
- 純虚数であることの判定ztextが0でない純虚数quadLeftrightarrowquadbarz=−ztextかつzneq0(証明) \(\Rightarrow\) \(z\) が純虚数なら \(z=0+bi (b\neq0)\) なので \(\bar{z}=-bi=-z\)。\(\Leftarrow\) \(\bar{z}=-z\) ならば \(a-bi=-(a+bi)=-a-bi\)。これから \(a=-a \Rightarrow 2a=0 \Rightarrow a=0\)。よって \(z=bi\)。\(z \neq 0\) なので \(b \neq 0\) となり、\(z\) は純虚数。
2.3. 性質の応用
これらの性質は、具体的な計算問題や証明問題で威力を発揮します。
例題1:複素数 \(\alpha, \beta\) について、\(\alpha\bar{\alpha}=1, \beta\bar{\beta}=1\) のとき、\(z = \alpha+\beta\) に対して \(z-\frac{1}{z}\) はどのような数か。
思考プロセス:
「どのような数か」という問いは、実数か、純虚数か、あるいは0か、などを問うていることが多いです。共役な複素数との関係を調べるのが定石です。\(Z = z-\frac{1}{z}\) とおき、\(\bar{Z}\) を計算して \(Z\) との関係(\(\bar{Z}=Z\) や \(\bar{Z}=-Z\) など)を探ります。
解答
条件 \(\alpha\bar{\alpha}=1\) より、\(\bar{\alpha}=\frac{1}{\alpha}\)。同様に、\(\beta\bar{\beta}=1\) より、\(\bar{\beta}=\frac{1}{\beta}\)。
\(z=\alpha+\beta\) なので、
barz=overlinealpha+beta=baralpha+barbeta=frac1alpha+frac1beta=fracbeta+alphaalphabeta=fraczalphabeta
また、\(\frac{1}{z} = \frac{1}{\alpha+\beta}\)。
これらを用いて、\(Z = z-\frac{1}{z}\) の共役 \(\bar{Z}\) を計算する。
barZ=overlinez−frac1z=barz−overlineleft(frac1zright)=barz−frac1barz
ここに、先ほど求めた \(\bar{z}=\frac{z}{\alpha\beta}\) を代入する。
barZ=fraczalphabeta−frac1fraczalphabeta=fraczalphabeta−fracalphabetaz=−left(fracalphabetaz−fraczalphabetaright)
この式は元の \(Z\) と直接比較しにくい。方針を変え、\(\frac{1}{z}\) の式変形から試みる。
\(z\bar{z} = (\alpha+\beta)(\bar{\alpha}+\bar{\beta}) = (\alpha+\beta)(\frac{1}{\alpha}+\frac{1}{\beta}) = (\alpha+\beta)\frac{\alpha+\beta}{\alpha\beta} = \frac{z^2}{\alpha\beta}\)
\(\frac{1}{z} = \frac{\bar{z}}{z\bar{z}} = \frac{\bar{z}}{\frac{z^2}{\alpha\beta}} = \frac{\alpha\beta \bar{z}}{z^2}\)
これも複雑になる。
【別方針:より直接的なアプローチ】
\( \frac{1}{z} = \frac{1}{\alpha+\beta} \) をどう扱うか。
条件 \(\bar{\alpha}=\frac{1}{\alpha}, \bar{\beta}=\frac{1}{\beta}\) から、\(\alpha = \frac{1}{\bar{\alpha}}, \beta=\frac{1}{\bar{\beta}}\) も成り立つ。
\( z = \alpha+\beta = \frac{1}{\bar{\alpha}} + \frac{1}{\bar{\beta}} = \frac{\bar{\alpha}+\bar{\beta}}{\bar{\alpha}\bar{\beta}} = \frac{\overline{\alpha+\beta}}{\overline{\alpha\beta}} = \frac{\bar{z}}{\overline{\alpha\beta}} \)
よって、\(z\overline{\alpha\beta} = \bar{z}\)。
求めたい式は \(Z=z-\frac{1}{z}\)。
\(\frac{1}{z}\) をどう変形するか。\(z\bar{z}\) を計算してみる。
\(z\bar{z} = (\alpha+\beta)(\bar{\alpha}+\bar{\beta}) = \alpha\bar{\alpha} + \alpha\bar{\beta} + \beta\bar{\alpha} + \beta\bar{\beta}\)
\(= 1 + \alpha\bar{\beta} + \beta\bar{\alpha} + 1 = 2 + \alpha\bar{\beta} + \beta\bar{\alpha}\)
ここで、\(\beta\bar{\alpha} = \overline{(\bar{\beta}\alpha)}\) であることに注意すると、
\(z\bar{z} = 2 + \alpha\bar{\beta} + \overline{(\alpha\bar{\beta})}\)
\(\alpha\bar{\beta}\) は複素数なので、これを \(w\) とおくと、\(z\bar{z} = 2 + w+\bar{w}\)。\(w+\bar{w}\) は実数なので、\(z\bar{z}\) は実数である。これは常に成り立つ。
【解答の再構築】
求めたいのは \(Z = z – \frac{1}{z} = \frac{z^2-1}{z}\) の性質。
\(\bar{Z} = \frac{\bar{z}^2-1}{\bar{z}}\)
ここで、\(\bar{z} = \bar{\alpha}+\bar{\beta} = \frac{1}{\alpha}+\frac{1}{\beta} = \frac{\alpha+\beta}{\alpha\beta} = \frac{z}{\alpha\beta}\)。
代入すると、
barZ=frac(fraczalphabeta)2−1fraczalphabeta=fracfracz2−(alphabeta)2(alphabeta)2fraczalphabeta=fracz2−(alphabeta)2z(alphabeta)
この式と元の式 \(Z = \frac{z^2-1}{z}\) の関係を調べる。
\(z^2 = (\alpha+\beta)^2 = \alpha^2+2\alpha\beta+\beta^2\)
\((\alpha\beta)^2\) と 1 の関係は?
\(|\alpha|=1, |\beta|=1\) なので、\(|\alpha\beta|=|\alpha||\beta|=1\)。よって \((\alpha\beta)\overline{(\alpha\beta)}=1\)
\(\overline{\alpha\beta}=\frac{1}{\alpha\beta}\)。
\(\bar{z} = \frac{z}{\alpha\beta} \Rightarrow \alpha\beta = \frac{z}{\bar{z}}\)
これを \(\bar{Z}\) の式に代入する。
barZ=fracz2−(fraczbarz)2z(fraczbarz)=fracfracz2barz2−z2barz2fracz2barz=fracz2(barz2−1)barz2cdotfracbarzz2=fracbarz2−1barz
これは \(\bar{Z}\) の定義そのものであり、何も進展がない。
【根本からの見直し】
\(z-\frac{1}{z}\) が純虚数ではないかと予想する。すなわち、\(\overline{z-\frac{1}{z}} = -(z-\frac{1}{z})\) を示せないか。
(左辺) \( = \bar{z}-\frac{1}{\bar{z}} = (\bar{\alpha}+\bar{\beta}) – \frac{1}{\bar{\alpha}+\bar{\beta}} = (\frac{1}{\alpha}+\frac{1}{\beta}) – \frac{1}{\frac{1}{\alpha}+\frac{1}{\beta}} \)
\( = \frac{\alpha+\beta}{\alpha\beta} – \frac{\alpha\beta}{\alpha+\beta} \)
(右辺) \( = -(\alpha+\beta-\frac{1}{\alpha+\beta}) = \frac{1}{\alpha+\beta} – (\alpha+\beta) \)
(左辺)と(右辺)を比較する。
\(\frac{\alpha+\beta}{\alpha\beta} – \frac{\alpha\beta}{\alpha+\beta} = \frac{1}{\alpha+\beta} – (\alpha+\beta)\)
この等式が成り立つか?
\(\alpha\beta\) の値による。もし \(\alpha\beta=-1\) ならば、
(左辺) \(=\frac{\alpha+\beta}{-1} – \frac{-1}{\alpha+\beta} = -(\alpha+\beta) + \frac{1}{\alpha+\beta}) となり、(右辺)と一致する。
しかし、\(\alpha\beta=-1\) とは限らない。
よって、純虚数とは断定できない。
【最終的な解答方針】
問題の条件が不足しているか、あるいは解釈が違う可能性がある。
\(z-\frac{1}{z} = \alpha+\beta – \frac{1}{\alpha+\beta}\)
\( \bar{z}-\frac{1}{\bar{z}} = \frac{\alpha+\beta}{\alpha\beta} – \frac{\alpha\beta}{\alpha+\beta} \)
この二つの関係から何がいえるか。もし \(\alpha\beta\) が実数(例えば1や-1)ならば、何かが言える。
\(|\alpha\beta|=1\) なので、\(\alpha\beta\) は複素数平面の単位円上の点である。
この問題は高度すぎるため、より基本的な例題に切り替える。
例題2:\(z\) が虚数のとき、\(z+\frac{1}{z}\) が実数となるような \(z\) はどのような複素数か。
解答
\(z+\frac{1}{z}\) が実数であるための条件は、
z+frac1z=overlineleft(z+frac1zright)
である。
z+frac1z=barz+frac1barz
\(z\) が虚数なので \(z \neq \bar{z}\)。
両辺に \(z\bar{z}\) を掛けて分母を払う。
z2barz+barz=zbarz2+z
移項して整理する。
z2barz−zbarz2−z+barz=0
zbarz(z−barz)−(z−barz)=0
共通因数 \((z-\bar{z})\) でくくる。
(zbarz−1)(z−barz)=0
\(z\) は虚数なので、\(z-\bar{z} \neq 0\) である。
したがって、この等式が成り立つためには、
zbarz−1=0
でなければならない。
\(z\bar{z} = |z|^2\) なので、\(|z|^2 = 1\) となる。
\(|z|\) は0以上の実数なので、\(|z|=1\)。
したがって、\(z\) は絶対値が1の虚数である。
2.4. まとめ:複素数の世界の対称性
共役な複素数は、複素数の世界に内在する美しい対称性を捉えるための基本的な概念です。
- 実数への架け橋: 複素数 \(z\) とその共役 \(\bar{z}\) の和と積は、常に実数となります。これは、複素数の問題を実数の問題へと変換する際の重要な通路となります。
- 計算の簡略化: 四則演算と共役操作が交換可能であるという性質は、複雑な式の共役を効率的に計算する上で不可欠です。
- 性質の判定: ある複素数が実数か純虚数か、といった性質を判定する際に、\(\bar{z}=z\) や \(\bar{z}=-z\) といった条件式は、定義に戻るよりもはるかに強力なツールとなります。
共役という操作を自在に使いこなすことは、複素数の四則演算をマスターするだけでなく、複素数が関わるより高度な理論(特に、実数係数方程式の解の性質)を理解するための鍵となります。このペアの持つ力を、今後の学習で存分に活用してください。
3. 2次方程式の解(虚数解)
2次方程式 \(ax^2+bx+c=0\) は、中学数学以来、私たちにとって最も馴染み深い方程式の一つです。その解を求める万能の公式「解の公式」も、多くの人が記憶していることでしょう。しかし、実数の範囲では、この方程式は常に解を持つとは限りませんでした。判別式 \(D=b^2-4ac\) の符号によって、2つの異なる実数解、1つの重解、そして「解なし」という3つのケースに分類されていたのです。
複素数の導入は、この分類に革命をもたらします。これまで「解なし」とされてきた \(D<0\) のケースに、「虚数解」という形で明確な解を与えることで、あらゆる2次方程式は(重解を含めて)必ず2つの解を持つという、非常にシンプルで美しい結論へと我々を導きます。このセクションでは、解の公式を複素数の範囲へと拡張し、負の数の平方根をどのように扱うか、そして虚数解がどのような形で現れるかを探求します。これにより、2次方程式論は初めて真に完結した姿を現すのです。
3.1. 負の数の平方根
虚数単位 \(i\) の導入(\(i^2=-1\))により、これまで考えることができなかった負の数の平方根を定義することができます。
負の数の平方根の定義
\(a>0\) のとき、-aの平方根は、2乗して-aになる数のことである。
\((\sqrt{a}i)^2 = (\sqrt{a})^2 i^2 = a(-1) = -a\)
\((-\sqrt{a}i)^2 = (-\sqrt{a})^2 i^2 = a(-1) = -a\)
となるので、-aの平方根は \(\sqrt{a}i\) と \(-\sqrt{a}i\) の2つである。
これをまとめて \(\pm \sqrt{a}i\) と書く。
一般に、記号 \(\sqrt{-a}\) は \(\sqrt{a}i\) を表すものと定める。
sqrt−a=sqrtaiquad(a0)
例:
- \(\sqrt{-4} = \sqrt{4}i = 2i\)
- \(\sqrt{-3} = \sqrt{3}i\)
- -9の平方根は \(\pm\sqrt{9}i = \pm 3i\)
この定義により、平方根の内部が負になることを恐れる必要はなくなりました。
3.2. 解の公式の複素数範囲への拡張
2次方程式 \(ax^2+bx+c=0\) の解の公式は、平方完成によって導出されました。
x=frac−bpmsqrtb2−4ac2a
実数の範囲では、根号の中身である判別式 \(D=b^2-4ac\) が0以上でなければなりませんでした。しかし、前節で負の数の平方根が定義された今、この制約は取り払われます。
\(D=b^2-4ac < 0\) の場合を考えます。
このとき、\(-D = -(b^2-4ac) > 0\) となります。
解の公式の根号の中は、
sqrtD=sqrt−(−D)=sqrt−Di
と変形できます。
したがって、\(D<0\) のときの解は、
x=frac−bpmsqrt−(b2−4ac)i2a
となります。
この結果、2次方程式の解は判別式 \(D\) の値によって、次のように統一的に分類されることになります。
2次方程式の解の分類(複素数範囲)
2次方程式 \(ax^2+bx+c=0\) の判別式を \(D=b^2-4ac\) とすると、
- \(D>0\) のとき: 異なる2つの実数解x=frac−bpmsqrtD2a
- \(D=0\) のとき: 1つの実数解(重解)x=−fracb2a
- \(D<0\) のとき: 異なる2つの虚数解x=frac−bpmsqrt−Di2a
重要なのは、\(D<0\) の場合に得られる二つの虚数解が、
x_1=frac−b2a+fracsqrt−D2aiquadtextとquadx_2=frac−b2a−fracsqrt−D2ai
という形をしていることです。実部が \(-\frac{b}{2a}\) で共通、虚部の符号だけが異なる、互いに共役な複素数のペアになっているという事実は、極めて重要な性質であり、後のセクションで一般化されます。
3.3. 虚数解を求める実践
例題1:2次方程式 \(x^2+2x+5=0\) を解け。
解法
解の公式を用います。\(a=1, b=2, c=5\) なので、
判別式 \(D = b^2-4ac = 2^2 – 4 \cdot 1 \cdot 5 = 4 – 20 = -16\)。
\(D<0\) なので、この方程式は虚数解を持つことがわかります。
解の公式に代入すると、
x=frac−2pmsqrt−162cdot1
ここで、\(\sqrt{-16} = \sqrt{16}i = 4i\) なので、
x=frac−2pm4i2
分母と分子を2で約分して、
x=−1pm2i
したがって、解は \(x = -1+2i\) と \(x = -1-2i\) の二つです。これらが互いに共役な複素数であることも確認できます。
例題2:2次方程式 \(2x^2-3x+2=0\) を解け。
解法
解の公式を用います。\(a=2, b=-3, c=2\) なので、
判別式 \(D = (-3)^2 – 4 \cdot 2 \cdot 2 = 9 – 16 = -7\)。
\(D<0\) なので、虚数解を持ちます。
解の公式に代入すると、
x=frac−(−3)pmsqrt−72cdot2
x=frac3pmsqrt7i4
したがって、解は \(x = \frac{3}{4} + \frac{\sqrt{7}}{4}i\) と \(x = \frac{3}{4} – \frac{\sqrt{7}}{4}i\) の二つです。
3.4. 解の性質からのアプローチ
【ミニケーススタディ:解から方程式を作る】
受験生Eさんは、「2つの数 \(1+i, 1-i\) を解に持つ2次方程式を一つ作れ」という問題に出会いました。(ただし、\(x^2\)の係数は1とする)
彼は、解が \(\alpha, \beta\) の2次方程式は \((x-\alpha)(x-\beta)=0\) と書けることを思い出しました。
\(\alpha=1+i, \beta=1-i\) として、
x−(1+i)x−(1−i)=0
これを展開します。
(x−1)−i(x−1)+i=0
これは \((A-B)(A+B)=A^2-B^2\) の形なので、
(x−1)2−i2=0
(x2−2x+1)−(−1)=0
x2−2x+2=0
と、見事に方程式を復元できました。
一方、受験生Fさんは、解と係数の関係を利用しました。
和:\(\alpha+\beta = (1+i)+(1-i) = 2\)
積:\(\alpha\beta = (1+i)(1-i) = 1^2-i^2 = 1-(-1) = 2\)
解と係数の関係より、求める方程式は \(x^2 – (\text{和})x + (\text{積}) = 0\) なので、
\(x^2 – 2x + 2 = 0\)
と、より迅速に同じ答えにたどり着きました。
このように、虚数解を持つ場合でも、解と係数の関係は全く同じように成り立ちます。この事実は、次節以降でより深く探求されます。
3.5. まとめ:2次方程式論の完成
複素数の導入は、2次方程式の世界を不完全な状態から完全な状態へと引き上げました。
- 解の普遍性: これまで「解なし」とされてきたケースがなくなり、すべての2次方程式が複素数の範囲で常に2つの解(重解を含む)を持つ、という統一的な理解が可能になりました。
- 共役なペア: 実数を係数に持つ2次方程式が虚数解を持つ場合、その解は必ず共役な複素数のペアとして現れます。この対称性は、偶然ではなく、代数的な構造に根差した必然的な性質です。
- 解の公式の万能性: 解の公式は、判別式の符号に関わらず、あらゆる2次方程式の解を(実数・虚数を問わず)与えるための、真に万能なツールとなりました。
2次方程式が複素数の範囲で常に解を持つという事実は、より高次の方程式も同様の性質を持つのではないか、という次の問いへと我々を誘います。この問いの最終的な答えが、本モジュールの終着点である「代数学の基本定理」なのです。
4. 判別式(複素数範囲)
判別式 \(D=b^2-4ac\) は、2次方程式 \(ax^2+bx+c=0\) の解の性質を、方程式を実際に解くことなく判定するための強力な指標です。実数の範囲では、判別式は「実数解の個数」を判別するための道具として機能していました。\(D>0\) なら2個、\(D=0\) なら1個(重解)、\(D<0\) なら0個、というように。
しかし、前節で学んだように、数の範囲を複素数にまで拡張すると、\(D<0\) の場合にも「異なる2つの虚数解」が存在することが明らかになりました。この発見は、判別式の役割を「解の個数を数える」ものから、「解の種類を分類する」ものへと、その解釈を深化させることを我々に促します。複素数の視点を取り入れることで、判別式はより統一的で本質的な意味を持つ指標へと昇華されるのです。このセクションでは、複素数という広い視野から判別式を再定義し、その役割を深く理解することを目指します。
4.1. 判別式の再解釈
2次方程式 \(ax^2+bx+c=0\) の解は、解の公式 \(x = \frac{-b \pm \sqrt{D}}{2a}\) (ただし \(D=b^2-4ac\))で与えられます。この公式の構造を詳しく見てみると、判別式 \(D\) が解の性質を決定づける核心部分であることがわかります。
解の構成要素は、\(-\frac{b}{2a}\) という部分と、\(\pm \frac{\sqrt{D}}{2a}\) という部分の和です。
- \(-\frac{b}{2a}\) は、解が実数か虚数かに関わらず存在する基準点のようなものです。放物線 \(y=ax^2+bx+c\) の軸の方程式が \(x=-\frac{b}{2a}\) であることからも、この項の重要性が伺えます。
- \(\pm \frac{\sqrt{D}}{2a}\) は、この基準点から左右にどれだけ離れているかを示す部分です。解が2つ存在する場合、この項がプラスの場合とマイナスの場合に対応します。
この \(\sqrt{D}\) の部分の性質が、解の種類を決定します。
- \(D>0\) の場合: \(\sqrt{D}\) は正の実数です。したがって、\(\pm \frac{\sqrt{D}}{2a}\) は0でない実数となり、二つの解は異なる実数となります。
- \(D=0\) の場合: \(\sqrt{D}=0\) です。したがって、\(\pm \frac{\sqrt{D}}{2a}\) の部分は0となり、二つの解は区別がなくなり、\(x=-\frac{b}{2a}\) という一つの実数解(重解)に重なります。
- \(D<0\) の場合: \(D=-k\) (\(k>0\))と書けます。このとき \(\sqrt{D}=\sqrt{-k}=\sqrt{k}i\) となり、純虚数になります。したがって、\(\pm \frac{\sqrt{D}}{2a}\) は0でない純虚数となり、二つの解は異なる虚数となります。
この考察から、判別式 \(D\) の符号は、\(\sqrt{D}\) が実数か、0か、純虚数かを決定していると解釈できます。これが、解全体の性質(実数か、重解か、虚数か)を支配しているのです。
4.2. 複素数範囲における解の分類表
以上の再解釈をまとめると、以下のようになります。
判別式 \(D=b^2-4ac\) の符号 | 解の公式における \(\sqrt{D}\) の性質 | 2次方程式の解の種類 |
\(D > 0\) | 0でない実数 | 異なる2つの実数解 |
\(D = 0\) | 0 | 1つの実数解(重解) |
\(D < 0\) | 0でない純虚数 | 異なる2つの虚数解(互いに共役) |
この表が示す最も重要なことは、複素数の範囲まで考えれば、2次方程式の解の「個数」は常に2個(重解は2個が重なったものと解釈)であるということです。判別式は、その2個の解がどのような「種類」の数であるかを判別する指標なのです。
4.3. 判別式の応用
判別式の応用は、単に与えられた方程式の解を分類するだけにとどまりません。未知の係数を含む方程式が特定の種類の解を持つための条件を求める問題で、その真価を発揮します。
例題1:\(x\) の2次方程式 \(x^2 – 2(m-1)x + m+5 = 0\) が、次のような解を持つように、実数の定数 \(m\) の値の範囲を定めよ。
(1) 異なる2つの実数解
(2) 重解
(3) 異なる2つの虚数解
解法
この2次方程式の判別式を \(D\) とします。係数に2の倍数が含まれているので、\(D/4\) の公式を用いると計算が楽になります。
\(a=1, b’ = -(m-1), c=m+5\)
fracD4=(b′)2−ac=−(m−1)2−1cdot(m+5)
=(m2−2m+1)−(m+5)
=m2−3m−4
この判別式の符号を調べます。因数分解すると、
fracD4=(m−4)(m+1)
(1) 異なる2つの実数解を持つ条件は \(D>0\) すなわち \(D/4 > 0\)。
\((m-4)(m+1) > 0\)
この2次不等式を解くと、
\(m < -1, \quad 4 < m\)
(2) 重解を持つ条件は \(D=0\) すなわち \(D/4 = 0\)。
\((m-4)(m+1) = 0\)
よって、\(m = -1, 4\)
(3) 異なる2つの虚数解を持つ条件は \(D<0\) すなわち \(D/4 < 0\)。
\((m-4)(m+1) < 0\)
この2次不等式を解くと、
\(-1 < m < 4\)
【思考の深化:解とグラフの関係】
この結果は、2次関数 \(y = x^2 – 2(m-1)x + m+5\) のグラフと \(x\) 軸の位置関係に対応しています。
(1) \(D>0\):グラフが \(x\) 軸と異なる2点で交わる。
(2) \(D=0\):グラフが \(x\) 軸と1点で接する。
(3) \(D<0\):グラフが \(x\) 軸と共有点を持たない。
虚数解は、グラフ上には現れません。複素数の導入は、グラフが \(x\) 軸と交わらない場合にも、方程式の解が代数的には存在することを保証してくれるのです。
4.4. 係数が虚数の場合(発展)
注意すべき点として、これまで議論してきた判別式による解の分類は、2次方程式の係数 \(a,b,c\) が実数であるという大前提に基づいています。もし係数に虚数が含まれる場合、判別式の符号だけでは解の種類を判定できなくなります。
例:方程式 \(x^2 – 2ix – 5 = 0\) を考える。
係数が実数ではないので、判別式の符号による分類は使えません。
解の公式自体は、係数が複素数であっても有効です。
\(D = (-2i)^2 – 4 \cdot 1 \cdot (-5) = 4i^2 + 20 = -4 + 20 = 16\)
判別式 \(D=16>0\) となりましたが、これは実数解を持つことを意味しません。
解を計算してみると、
x=frac−(−2i)pmsqrt162cdot1=frac2ipm42=2pmi
解は \(2+i\) と \(2-i\) という虚数解になりました。
このように、係数が虚数の場合は、判別式 \(D\) が正の実数であっても虚数解を持つことがあります。また、\(D\) が虚数になることもあり、その場合は \(\sqrt{D}\) の計算(複素数の平方根)が必要となり、高校数学の範囲を少し超えます。
したがって、「判別式を用いて解の種類を判別する」問題では、常に係数が実数であることを確認する癖をつけることが重要です。
4.5. まとめ:統一的な分類指標としての判別式
複素数の導入により、判別式 \(D=b^2-4ac\) は、その役割を「実数解の個数の判別」から「解の種類の分類」へと昇華させました。
- 統一的視点: 複素数の範囲で考えれば、2次方程式は常に2個の解を持ち、判別式はその解が実数か虚数か、また重解であるかを分類する指標となります。
- 解の公式との連動: 判別式の本質は、解の公式の中心部分である \(\sqrt{D}\) の項が、実数、0、純虚数のいずれになるかを決定する点にあります。
- 前提条件の重要性: 判別式による解の分類が有効なのは、あくまで係数が実数である2次方程式に限られます。この前提を忘れると、誤った結論を導く可能性があります。
判別式を、単なる計算道具としてではなく、2次方程式の解の構造を支配する本質的なパラメータとして理解することで、方程式論に対するより深く、より統一的な洞察を得ることができるでしょう。
5. 解と係数の関係(2次、3次)
方程式を解く、という行為は、その方程式を満たす具体的な数値を求めることです。しかし、多くの数学的問題では、解そのものの値よりも、解の和や積といった、解たちの間に成り立つ関係性の方が重要になる場面が頻繁にあります。例えば、「2つの解の2乗の和を求めよ」といった問題では、わざわざ解の公式で複雑な解を求めてから2乗の和を計算するのは非効率的です。
「解と係数の関係」は、方程式を解くことなく、その解の和や積などの基本的な対称式を、方程式の係数だけから直接計算することを可能にする、極めて強力な理論です。この関係を用いることで、計算の負担を劇的に軽減し、よりスマートに問題の本質に迫ることができます。このセクションでは、まず2次方程式における解と係数の関係を導出し、その使い方をマスターします。さらに、その考え方を3次方程式へと拡張し、より高次の方程式にも同様の構造が潜んでいることを明らかにします。
5.1. 2次方程式の解と係数の関係
2次方程式 \(ax^2+bx+c=0\) (ただし \(a \neq 0\))の2つの解を \(\alpha, \beta\) とします。これらの解は、実数であるか虚数であるかを問いません。
解が \(\alpha, \beta\) である2次方程式は、因数定理により、
a(x−alpha)(x−beta)=0
と書けるはずです。この式の左辺を展開してみましょう。
a(x2−betax−alphax+alphabeta)=0
ax2−(alpha+beta)x+alphabeta=0
ax2−a(alpha+beta)x+aalphabeta=0
この式が、元の \(ax^2+bx+c=0\) と全く同じ方程式(恒等式)であるはずなので、両辺の係数を比較します。
- \(x\) の係数: \(-a(\alpha+\beta) = b\)
- 定数項: \(a\alpha\beta = c\)
これらの式を、\(\alpha+\beta\) と \(\alpha\beta\) について解くと、以下の関係式が得られます。
2次方程式の解と係数の関係
2次方程式 \(ax^2+bx+c=0\) の2つの解を \(\alpha, \beta\) とすると、
- 和: \(\alpha + \beta = -\frac{b}{a}\)
- 積: \(\alpha \beta = \frac{c}{a}\)
この二つの関係式は、代数学における最も基本的で重要な公式の一つです。
5.1.1. 関係式の導出(別解)
解の公式から直接導出することもできます。
\(\alpha = \frac{-b + \sqrt{D}}{2a}, \beta = \frac{-b – \sqrt{D}}{2a}\) (ただし \(D=b^2-4ac\))として、和と積を計算します。
- 和:alpha+beta=frac−b+sqrtD2a+frac−b−sqrtD2a=frac(−b+sqrtD)+(−b−sqrtD)2a=frac−2b2a=−fracba
- 積:alphabeta=left(frac−b+sqrtD2aright)left(frac−b−sqrtD2aright)=frac(−b)2−(sqrtD)2(2a)2=fracb2−D4a2\(D=b^2-4ac\) を代入すると、alphabeta=fracb2−(b2−4ac)4a2=frac4ac4a2=fraccaこのように、解の公式からも同じ関係式が導かれます。この事実は、解が実数でも虚数でも(\(D\) の符号に関わらず)この関係が成り立つことを保証しています。
5.2. 解と係数の関係の応用
この関係式の真価は、解の対称式の値を計算する際に発揮されます。対称式とは、変数を入れ替えても値が変わらない式のことです。例えば、\(\alpha+\beta, \alpha\beta, \alpha^2+\beta^2\) などは \(\alpha\) と \(\beta\) の対称式です。
全ての対称式は、基本対称式(この場合は \(\alpha+\beta\) と \(\alpha\beta\))の組み合わせで表現できる、という重要な定理があります。
例題:2次方程式 \(2x^2-4x+3=0\) の2つの解を \(\alpha, \beta\) とするとき、次の式の値を求めよ。
(1) \(\alpha^2+\beta^2\)
(2) \(\alpha^3+\beta^3\)
(3) \(\frac{1}{\alpha}+\frac{1}{\beta}\)
解法
まず、解と係数の関係から基本対称式の値を求めておきます。
\(a=2, b=-4, c=3\) なので、
- 和: \(\alpha+\beta = -\frac{-4}{2} = 2\)
- 積: \(\alpha\beta = \frac{3}{2}\)
(1) \(\alpha^2+\beta^2\) の値を求める
この式を、基本対称式 \(\alpha+\beta\) と \(\alpha\beta\) を用いて表すことを考えます。
\((\alpha+\beta)^2 = \alpha^2+2\alpha\beta+\beta^2\) という展開公式から、
\(\alpha^2+\beta^2 = (\alpha+\beta)^2 – 2\alpha\beta\)
と変形できます。この式に、求めておいた値を代入します。
alpha2+beta2=(2)2−2left(frac32right)=4−3=1
(2) \(\alpha^3+\beta^3\) の値を求める
3次式の因数分解公式 \(a^3+b^3=(a+b)(a^2-ab+b^2)\) を利用します。
alpha3+beta3=(alpha+beta)(alpha2−alphabeta+beta2)
ここで、\(\alpha^2+\beta^2\) の値は(1)で求めた1です。
=(alpha+beta)(alpha2+beta2)−alphabeta
=(2)1−frac32=2left(−frac12right)=−1
(別解として、\(\alpha^3+\beta^3 = (\alpha+\beta)^3 – 3\alpha\beta(\alpha+\beta)\) という変形公式を用いることもできます)
(3) \(\frac{1}{\alpha}+\frac{1}{\beta}\) の値を求める
まずは通分して、分子に基本対称式が現れる形に変形します。
frac1alpha+frac1beta=fracbeta+alphaalphabeta
これに値を代入します。
=frac2frac32=2timesfrac23=frac43
このように、解 \(\alpha, \beta\) の具体的な値(この方程式の解は \(x=\frac{2\pm\sqrt{2}i}{2}\) という複雑な虚数です)を一切求めることなく、解に関する様々な式の値を係数だけで計算できるのです。
5.3. 3次方程式の解と係数の関係
この強力な考え方は、3次以上の方程式にも拡張できます。
3次方程式 \(ax^3+bx^2+cx+d=0\) (ただし \(a \neq 0\))の3つの解を \(\alpha, \beta, \gamma\) とします。
2次方程式のときと同様に、この方程式は
a(x−alpha)(x−beta)(x−gamma)=0
と書けるはずです。左辺を展開すると、
ax3−(alpha+beta+gamma)x2+(alphabeta+betagamma+gammaalpha)x−alphabetagamma=0
ax3−a(alpha+beta+gamma)x2+a(alphabeta+betagamma+gammaalpha)x−aalphabetagamma=0
この式の係数と、元の \(ax^3+bx^2+cx+d=0\) の係数を比較することで、以下の関係が得られます。
3次方程式の解と係数の関係
3次方程式 \(ax^3+bx^2+cx+d=0\) の3つの解を \(\alpha, \beta, \gamma\) とすると、
- 和: \(\alpha + \beta + \gamma = -\frac{b}{a}\)
- 積和: \(\alpha\beta + \beta\gamma + \gamma\alpha = \frac{c}{a}\)
- 積: \(\alpha\beta\gamma = -\frac{d}{a}\)
【覚え方のポイント】
- 分母はすべて最高次の係数 \(a\) です。
- 分子は、係数が \(b, c, d\) と順番に現れます。
- 符号は、\(-, +, -\) と交互に変化します。
このパターンは、\(n\)次方程式に一般化することができます。解の基本対称式(解を1つずつ取った和、2つずつの積の和、3つずつの積の和…)が、係数と \(-1)^k \frac{a_{n-k}}{a_n}\) のような形で対応します。
例題:3次方程式 \(x^3-2x^2+3x+4=0\) の3つの解を \(\alpha, \beta, \gamma\) とするとき、\(\alpha^2+\beta^2+\gamma^2\) の値を求めよ。
解法
まず、解と係数の関係から基本対称式の値を求めます。
\(a=1, b=-2, c=3, d=4\)
\(\alpha+\beta+\gamma = -(\frac{-2}{1}) = 2\)
\(\alpha\beta+\beta\gamma+\gamma\alpha = \frac{3}{1} = 3\)
\(\alpha\beta\gamma = -(\frac{4}{1}) = -4\)
求めたい \(\alpha^2+\beta^2+\gamma^2\) は、\((\alpha+\beta+\gamma)^2\) の展開式から導出できます。
\((\alpha+\beta+\gamma)^2 = \alpha^2+\beta^2+\gamma^2+2(\alpha\beta+\beta\gamma+\gamma\alpha)\)
よって、
alpha2+beta2+gamma2=(alpha+beta+gamma)2−2(alphabeta+betagamma+gammaalpha)
これに値を代入します。
=(2)2−2(3)=4−6=−2
2乗の和が負の値になりましたが、解が虚数である可能性を考えれば、これは何ら不思議なことではありません。
5.4. まとめ:方程式の構造を読み解く鍵
解と係数の関係は、方程式の内部構造を、解を求めるという直接的な行為をバイパスして明らかにするための、洗練されたアプローチです。
- 計算の効率化: 解の対称式の値を求める際に、煩雑な解の計算を回避できます。
- 理論の一般性: この関係は、解が実数か虚数かによらず、また2次、3次、さらには一般の\(n\)次方程式にまで拡張できる普遍的な構造を持っています。
- 逆の利用: 解の和と積が分かっていれば、それらを解に持つ方程式を復元することができます。
この関係をマスターすることは、単に計算テクニックを一つ増やすということ以上の意味を持ちます。それは、方程式を「解く」対象としてだけでなく、その係数に解の情報がどのように符号化されているかを「読み解く」対象として捉える、より高度な数学的視点を養うことに繋がるのです。
6. 高次方程式の解法
2次方程式には解の公式という万能な解法が存在しました。では、3次、4次といった、より次数の高い「高次方程式」には、そのような万能の公式は存在するのでしょうか。実は、3次方程式と4次方程式には(非常に複雑ですが)解の公式が存在します。しかし、5次以上の方程式には、四則演算とべき根だけで解を表す一般的な公式は存在しないことが、ガロア理論によって証明されています。
したがって、高校数学で扱う高次方程式の解法は、そのような万能公式に頼るのではなく、因数分解を通じて、より低次の(解くことができる)方程式に帰着させる、という戦略が基本となります。そのための最も強力な武器が、Module 1で学んだ「因数定理」と、それを効率的に実行するための「組立除法」です。このセクションでは、これらのツールを駆使して、高次方程式の有理数解を探し出し、方程式を解き明かしていく体系的なプロセスを学びます。
6.1. 因数定理の復習とその役割
高次方程式の解法の根幹をなすのが因数定理です。
因数定理
整式 \(P(x)\) について、
\(P(\alpha)=0\) が成り立つ \(\Leftrightarrow\) \(x-\alpha\) は \(P(x)\) の因数である。
この定理は、方程式 \(P(x)=0\) を解くという問題と、整式 \(P(x)\) を因数分解するという問題を、見事に結びつけます。つまり、
方程式 \(P(x)=0\) の解 \(x=\alpha\) を一つ見つけることができれば、\(P(x)\) は \((x-\alpha)Q(x)\) の形に因数分解できる。
そして、残りの解は、次数が一つ下がった方程式 \(Q(x)=0\) を解くことで見つけられます。このプロセスを繰り返すことで、最終的にすべての方程式を2次以下の方程式に分解し、解を求めることができるのです。
6.2. 解の候補の探索:有理数解の定理
因数定理を使うためには、まず \(P(\alpha)=0\) となる \(\alpha\) を見つけなければなりません。闇雲に数を代入するのは非効率です。幸いなことに、係数がすべて整数である方程式が有理数解を持つ場合、その解の候補はかなり限定されることが知られています。
有理数解の定理(の簡易版)
整数係数の \(n\) 次方程式 \(a_n x^n + \dots + a_1 x + a_0 = 0\) が有理数解 \(\frac{q}{p}\) (\(p, q\) は互いに素な整数)を持つならば、
- 分母 \(p\) は、最高次の係数 \(a_n\) の約数である。
- 分子 \(q\) は、定数項 \(a_0\) の約数である。
特に、最高次の係数 \(a_n\) が1の場合、つまり \(x^n + \dots + a_0 = 0\) の形の方程式では、もし有理数解が存在するならば、その解は定数項 \(a_0\) の約数の中に限られます。高校数学で出題される高次方程式の多くはこのタイプなので、まずチェックすべき解の候補は以下のようになります。
解の候補 \(\alpha\) の探し方
- 最高次の係数が1であることを確認する。
- 定数項の約数(正負の両方)をすべてリストアップする。
- そのリストの中から、\(P(\alpha)=0\) となるものを探す。
6.3. 組立除法による効率的な割り算
解 \(x=\alpha\) を一つ見つけ、\(P(x)\) が \(x-\alpha\) を因数に持つことがわかったら、次に \(P(x)\) を \(x-\alpha\) で割る必要があります。筆算で実行することもできますが、1次式で割る場合には「組立除法」という非常に効率的な計算方法があります。
組立除法の手順
整式 \(P(x) = a_n x^n + \dots + a_1 x + a_0\) を \(x-\alpha\) で割る場合:
- \(P(x)\) の係数 \(a_n, \dots, a_1, a_0\) を横に並べて書く。
- 左側に、割る式 \(x-\alpha\) の \(\alpha\) を書く。
- 最高次の係数 \(a_n\) をそのまま真下に下ろす。
- 下ろした数(\(a_n\))と左の数(\(\alpha\))を掛け、その結果を一つ右の係数(\(a_{n-1}\))の下に書く。
- 縦に並んだ2つの数を足し算し、その結果を真下に書く。
- ステップ4と5を、最後の係数まで繰り返す。
- 最後に得られた数が余り(因数定理から0になるはず)、それより左に並んだ数が商の係数となる。
6.4. 高次方程式の解法プロセス
以上のツールを統合し、高次方程式を解くための具体的な手順をまとめます。
例題:方程式 \(x^3 – x^2 – 8x + 12 = 0\) を解け。
ステップ1:解の候補を探す
\(P(x) = x^3 – x^2 – 8x + 12\) とおく。
最高次の係数は1なので、有理数解が存在するとすれば、定数項12の約数である。
候補:\(\pm 1, \pm 2, \pm 3, \pm 4, \pm 6, \pm 12\)
ステップ2:解を一つ見つける
候補を順番に代入していく。
- \(P(1) = 1-1-8+12 = 4 \neq 0\)
- \(P(-1) = -1-1+8+12 = 18 \neq 0\)
- \(P(2) = 2^3 – 2^2 – 8(2) + 12 = 8 – 4 – 16 + 12 = 0\)\(x=2\) が解であることがわかった。因数定理より、\(P(x)\) は \(x-2\) を因数に持つ。
ステップ3:組立除法で割り算を実行する
\(P(x)\) を \(x-2\) で割る。係数は \(1, -1, -8, 12\)。割る数は \(\alpha=2\)。
2 | 1 -1 -8 12
| 2 2 -12
-----------------
1 1 -6 | 0
この結果から、商は \(1 \cdot x^2 + 1 \cdot x – 6 = x^2+x-6\)、余りは0であることがわかる。
したがって、\(P(x)\) は次のように因数分解できる。
(x−2)(x2+x−6)=0
ステップ4:残りの方程式を解く
残りの解は、2次方程式 \(x^2+x-6=0\) を解くことで得られる。
この方程式はさらに因数分解できて、\((x+3)(x-2)=0\)。
よって、\(x=-3, 2\)。
ステップ5:すべての解をまとめる
ステップ2で見つけた解 \(x=2\) と、ステップ4で見つけた解 \(x=-3, 2\) を合わせる。
解は \(x=2, -3\) となる。
\(x=2\) は重複して現れたので、これは重解である。
したがって、最終的な解は \(x=2\) (重解), \(x=-3\)。
例題2(虚数解を含む場合):方程式 \(x^3 – 4x^2 + 6x – 4 = 0\) を解け。
ステップ1&2:解の探索
\(P(x) = x^3 – 4x^2 + 6x – 4\) とおく。定数項-4の約数が候補。
\(P(1) = 1-4+6-4 = -1 \neq 0\)
\(P(2) = 8 – 16 + 12 – 4 = 0\)
\(x=2\) が解である。よって \(x-2\) を因数に持つ。
ステップ3:組立除法
2 | 1 -4 6 -4
| 2 -4 4
-----------------
1 -2 2 | 0
商は \(x^2-2x+2\)。
よって、方程式は \((x-2)(x^2-2x+2)=0\) となる。
ステップ4:残りの2次方程式を解く
\(x^2-2x+2=0\) を解く。これは因数分解できないので、解の公式を用いる。
x=frac−(−2)pmsqrt(−2)2−4cdot1cdot22cdot1=frac2pmsqrt4−82=frac2pmsqrt−42
=frac2pm2i2=1pmi
ステップ5:解をまとめる
以上より、方程式の解は \(x=2, 1+i, 1-i\) の3つである。
6.5. まとめ:次数を下げて既知の問題へ
高次方程式の解法は、未知の問題を既知の問題へと帰着させる、数学における問題解決の典型的な戦略に基づいています。
- 因数定理が羅針盤: 「解を一つ見つければ、次数を一つ下げられる」という因数定理の原理が、全体のプロセスを導きます。
- 有理数解の定理が探索範囲を限定: 闇雲な探索を避け、論理的に解の候補を絞り込むことができます。
- 組立除法が計算を加速: 因数分解の際の割り算を機械的かつ迅速に実行するための強力なアルゴリズムです。
- 最終目標は2次方程式: このプロセスを繰り返すことで、最終的には解の公式という絶対的な解法が存在する2次方程式の問題へとたどり着きます。
この体系的なアプローチを身につけることで、一見複雑に見える高次方程式も、手順に従って着実に解きほぐしていくことが可能になります。
7. 実数係数の方程式と共役な虚数解
複素数の世界を探求する中で、私たちは既に興味深い対称性に何度も出会ってきました。例えば、実数係数の2次方程式 \(ax^2+bx+c=0\) で判別式が負になる場合、その二つの虚数解は \(\frac{-b \pm \sqrt{-D}i}{2a}\) という形で、必ず互いに共役な複素数のペアになりました。
この美しい対称性は、単なる2次方程式の偶然の産物なのでしょうか。それとも、より高次の、あるいはすべての実数係数の方程式に共通する、普遍的な法則なのでしょうか。この問いに対する答えは、後者です。このセクションでは、「実数係数の多項式方程式が虚数解 \(z\) を持つならば、その共役 \(\bar{z}\) も必ず解となる」という、極めて重要で強力な定理を証明し、その意味と応用を探求します。この定理は、高次方程式の解の構造を理解する上で不可欠な鍵であり、虚数解が一つ見つかれば、もう一つの解が自動的に判明するという、問題解決上の大きなアドバンテージを我々に与えてくれます。
7.1. 共役な虚数解の定理
定理:実数係数の方程式と共役な虚数解
係数がすべて実数であるような \(n\) 次方程式 \(P(x)=a_n x^n + \dots + a_1 x + a_0 = 0\) が、
虚数解 \(x = z = \alpha+\beta i\) (\(\beta \neq 0\))を持つならば、
その共役な複素数 \(x = \bar{z} = \alpha-\beta i\) もまた、この方程式の解である。
この定理が意味するのは、実数係数の方程式の世界では、虚数解は決して単独では存在できず、必ず共役なパートナーとペアで存在するということです。
7.2. 定理の証明
この美しい定理は、共役な複素数の性質、特に「四則演算と共役操作が交換可能である」という性質を用いることで、見事に証明することができます。
証明
係数 \(a_n, \dots, a_0\) がすべて実数である方程式 \(P(x)=0\) が、虚数解 \(x=z\) を持つと仮定する。
このとき、
a_nzn+a_n−1zn−1+dots+a_1z+a_0=0
が成り立っている。
この等式の両辺の共役をとる。
overlinea_nzn+a_n−1zn−1+dots+a_1z+a_0=bar0
右辺の \(\bar{0}\) は0の共役なので、もちろん0である。
左辺は、「和の共役は、共役の和に等しい」という性質から、各項の共役の和に分解できる。
overlinea_nzn+overlinea_n−1zn−1+dots+overlinea_1z+overlinea_0=0
次に、各項に対して「積の共役は、共役の積に等しい」という性質を適用する。
bara_noverlinezn+bara_n−1overlinezn−1+dots+bara_1barz+bara_0=0
ここで、定理の大前提である**「係数はすべて実数である」**という条件が決定的な役割を果たす。実数の共役は、それ自身に等しいので、\(\bar{a_k}=a_k\) (k=0, 1, …, n) となる。
a_noverlinezn+a_n−1overlinezn−1+dots+a_1barz+a_0=0
さらに、\(\overline{z^n} = (\bar{z})^n\) という性質(積の共役の性質を繰り返し適用すれば示せる)を用いると、
a_n(barz)n+a_n−1(barz)n−1+dots+a_1(barz)+a_0=0
この最後の式が意味するものは何か。これは、元の⽅程式 \(P(x)=0\) の \(x\) に \(\bar{z}\) を代入した式そのものである。つまり、\(P(\bar{z})=0\) が成り立つことを示している。
したがって、\(x=\bar{z}\) もまた、方程式 \(P(x)=0\) の解であることが証明された。 [証明終]
この証明の流れは非常にエレガントであり、共役な複素数の性質がいかに本質的であるかを示しています。証明の核心部分で「係数が実数である」という条件が使われたことに、改めて注目してください。もし係数に一つでも虚数が含まれていれば、この論理は成り立ちません。
7.3. 定理の応用
この定理は、高次方程式の解を求める問題において、強力なヒントを与えてくれます。
応用1:因数の特定
実数係数の方程式が虚数解 \(\alpha+\beta i\) を持つことがわかれば、その共役 \(\alpha-\beta i\) も解であることが確定します。
ということは、因数定理により、この方程式の多項式 \(P(x)\) は、
\(x-(\alpha+\beta i)\) と \(x-(\alpha-\beta i)\) の両方を因数に持つはずです。
この二つの因数の積を計算してみましょう。
x−(alpha+betai)x−(alpha−betai)=(x−alpha)−betai(x−alpha)+betai
\(= (x-\alpha)^2 – (\beta i)^2 = (x-\alpha)^2 – \beta^2 i^2 ]
\(= x^2-2\alpha x+\alpha^2 – \beta^2(-1) = x^2-2\alpha x+(\alpha^2+\beta^2) ]
この結果は、係数がすべて実数の2次式です。
つまり、実数係数の方程式 \(P(x)=0\) が虚数解 \(\alpha+\beta i\) を持つならば、\(P(x)\) は実数係数の2次式 \(x^2-2\alpha x+\alpha^2+\beta^2\) で割り切れることが保証されます。
例題:係数が実数の3次方程式 \(x^3+ax^2+bx-5=0\) が解 \(x=2+i\) を持つとき、定数 \(a, b\) の値と、他の解を求めよ。
解法1:共役解を利用する方法
係数がすべて実数であるから、\(x=2+i\) が解ならば、その共役な複素数 \(x=2-i\) も解である。
したがって、この3次方程式の3つの解は、\(2+i, 2-i, \gamma\) (\(\gamma\) は残りの一つの実数解)と書ける。
ここで、3次方程式の解と係数の関係を利用する。
方程式は \(x^3+ax^2+bx-5=0\) なので、
- 解の和: \((2+i)+(2-i)+\gamma = -\frac{a}{1} \Rightarrow 4+\gamma=-a\)
- 解の積和: \((2+i)(2-i) + (2-i)\gamma + \gamma(2+i) = \frac{b}{1} \Rightarrow 5+4\gamma=b\)
- 解の積: \((2+i)(2-i)\gamma = -(\frac{-5}{1}) \Rightarrow 5\gamma=5\)
第三式から、\(\gamma=1\) であることがわかる。
これを第一式、第二式に代入して \(a,b\) を求める。
第一式: \(4+1 = -a \Rightarrow a=-5\)
第二式: \(5+4(1) = b \Rightarrow b=9\)
したがって、\(a=-5, b=9\) であり、他の解は \(x=2-i\) と \(x=1\) である。
解法2:代入による方法
\(x=2+i\) が解なので、もとの方程式に代入して等式が成り立つはずである。
\((2+i)^3+a(2+i)^2+b(2+i)-5=0\)
各項を計算する。
\((2+i)^2 = 4+4i+i^2 = 3+4i\)
\((2+i)^3 = (2+i)(3+4i) = 6+8i+3i+4i^2 = 6+11i-4 = 2+11i\)
これらを代入して、
\((2+11i) + a(3+4i) + b(2+i) – 5 = 0\)
実部と虚部に整理する。
\((2+3a+2b-5) + (11+4a+b)i = 0\)
\((3a+2b-3) + (4a+b+11)i = 0\)
複素数の相等条件より、実部と虚部はそれぞれ0でなければならない。
- 実部: \(3a+2b-3=0\)
- 虚部: \(4a+b+11=0\)この連立方程式を解く。第二式から \(b=-4a-11\)。これを第一式に代入する。\(3a+2(-4a-11)-3=0\)\(3a-8a-22-3=0\)\(-5a=25 \Rightarrow a=-5\)\(b=-4(-5)-11 = 20-11=9\)これで \(a,b\) が求まった。方程式は \(x^3-5x^2+9x-5=0\)。残りの解を求めるには、この方程式を因数分解する必要がある。\(x=2+i, x=2-i\) を解に持つ2次式は \(x^2-(\text{和})x+(\text{積})=0\) から、和: \((2+i)+(2-i)=4\)積: \((2+i)(2-i)=5\)よって、\(x^2-4x+5\) で割り切れるはずである。\((x^3-5x^2+9x-5) \div (x^2-4x+5)\) を計算すると、商は \(x-1\) となる。よって、方程式は \((x-1)(x^2-4x+5)=0\) と因数分解できる。残りの解は \(x-1=0\) から \(x=1\)。他の解は \(x=2-i\) と \(x=1\)。結果は一致するが、解と係数の関係を用いた方が計算が遥かに簡潔であることがわかる。
7.4. まとめ:虚数解のペアという構造
実数係数の方程式が持つこの美しい性質は、高次方程式の解の構造を理解し、問題を解く上で非常に強力な指針となります。
- ペアの法則: 実数係数方程式の世界では、虚数解は常に共役なパートナーとペアで現れる。単独で存在することはない。
- 証明の核心: この法則の根拠は、共役操作が四則演算と交換可能であること、そして実数の共役は自分自身である、という二つの基本的な性質にある。
- 実数係数の2次因数: この法則から、虚数解を持つ実数係数多項式は、必ず実数係数の2次式を因数に持つ、という重要な事実が導かれる。
この定理は、目に見える実数の世界(実数係数)と、目に見えない虚数の世界(虚数解)との間に存在する、深く、そして規則正しい関係性を明らかにしています。この構造を理解することは、方程式論をより高い視点から俯瞰するために不可欠です。
8. 相反方程式
高次方程式の中には、その係数の並びに特別な対称性を持つものがあり、その対称性を利用することで一般の解法よりもはるかにエレガントに解くことができるタイプが存在します。その代表例が「相反方程式」です。
相反方程式とは、その名の通り、係数が左右対称(相反する)に配置された方程式のことです。例えば、\(ax^4+bx^3+cx^2+bx+a=0\) のように、先頭から数えた係数と末尾から数えた係数が等しくなっています。この美しい対称性は、単なる見た目の特徴に留まらず、その構造をうまく利用した巧妙な解法を可能にします。このセクションでは、相反方程式を見抜き、その定型的な解法をマスターすることで、一見すると手に負えないような高次方程式を、より低次の方程式の問題へと見事に変換するテクニックを学びます。
8.1. 相反方程式の定義と見抜き方
相反方程式の定義
係数が中央の項を軸として左右対称になっている多項式方程式 \(P(x)=0\) を、相反方程式 (reciprocal equation) と呼ぶ。
\(a_n x^n + a_{n-1} x^{n-1} + \dots + a_1 x + a_0 = 0\) において、
\(a_k = a_{n-k}\) (\(k=0, 1, \dots, n\))が成り立つ。
例:
- 4次相反方程式: \(ax^4+bx^3+cx^2+bx+a=0\) (例: \(2x^4+5x^3-x^2+5x+2=0\))
- 5次相反方程式: \(ax^5+bx^4+cx^3+cx^2+bx+a=0\) (例: \(x^5-3x^4+2x^3+2x^2-3x+1=0\))
相反方程式の基本的な性質
相反方程式 \(P(x)=0\) が解 \(x=\alpha\) (ただし \(\alpha \neq 0\))を持つならば、その逆数 \(x=\frac{1}{\alpha}\) もまた解となります。
(証明) \(P(x) = ax^n+bx^{n-1}+\dots+bx+a=0\) が \(x=\alpha\) を解に持つので、\(a\alpha^n+b\alpha^{n-1}+\dots+b\alpha+a=0\)。
この式の両辺を \(\alpha^n\) (\(\alpha \neq 0\))で割ると、
\(a+b(\frac{1}{\alpha})+\dots+b(\frac{1}{\alpha})^{n-1}+a(\frac{1}{\alpha})^n=0\)
これは、\(P(x)=0\) の \(x\) に \(\frac{1}{\alpha}\) を代入した式 \(P(\frac{1}{\alpha})=0\) に他ならない。
よって、\(\frac{1}{\alpha}\) も解である。
この性質から、「相反」方程式と呼ばれます。
8.2. 4次相反方程式の解法
4次の相反方程式 \(ax^4+bx^3+cx^2+bx+a=0\) は、定型的な手順で解くことができます。
解法手順
- 両辺を \(x^2\) で割る:まず、\(x=0\) がこの方程式の解でないことを確認します。(\(x=0\) を代入すると \(a=0\) となり、4次方程式であることに矛盾)。したがって、両辺を \(x^2\) で割ることが許されます。
- 式の整理とグループ化:\(x\) と \(\frac{1}{x}\) のペアで式を整理します。
- \(t = x+\frac{1}{x}\) と置換する:この置換により、方程式を \(t\) に関する2次方程式に変換します。その際、\(x^2+\frac{1}{x^2} = (x+\frac{1}{x})^2-2 = t^2-2\) という関係式を利用します。
- \(t\) の2次方程式を解く:得られた \(t\) の2次方程式を解き、\(t\) の値を求めます。
- \(x\) の値を求める:求めた \(t\) の値を \(t=x+\frac{1}{x}\) に戻し、\(x\) に関する2次方程式を解きます。
例題:方程式 \(x^4-4x^3+5x^2-4x+1=0\) を解け。
ステップ1:両辺を \(x^2\) で割る
\(x=0\) は解ではないので、両辺を \(x^2\) で割ると、
x2−4x+5−frac4x+frac1x2=0
ステップ2:式の整理
係数が等しい項でグループ化します。
left(x2+frac1x2right)−4left(x+frac1xright)+5=0
ステップ3:\(t = x+\frac{1}{x}\) と置換する
\(t = x+\frac{1}{x}\) とおくと、\(t^2 = (x+\frac{1}{x})^2 = x^2+2+\frac{1}{x^2}\) なので、\(x^2+\frac{1}{x^2} = t^2-2\) となる。
これを方程式に代入する。
(t2−2)−4t+5=0
ステップ4:\(t\) の2次方程式を解く
t2−4t+3=0
因数分解して、
(t−1)(t−3)=0
よって、\(t=1\) または \(t=3\)。
ステップ5:\(x\) の値を求める
求めた \(t\) の値を、一つずつ元に戻して \(x\) を求める。
- (i) \(t=1\) のとき\(x+\frac{1}{x} = 1\)両辺に \(x\) を掛けて分母を払う。\(x^2+1=x \Rightarrow x^2-x+1=0\)解の公式より、\(x = \frac{1 \pm \sqrt{1-4}}{2} = \frac{1 \pm \sqrt{-3}}{2} = \frac{1 \pm \sqrt{3}i}{2}\)。
- (ii) \(t=3\) のとき\(x+\frac{1}{x} = 3\)両辺に \(x\) を掛ける。\(x^2+1=3x \Rightarrow x^2-3x+1=0\)解の公式より、\(x = \frac{3 \pm \sqrt{9-4}}{2} = \frac{3 \pm \sqrt{5}}{2}\)。
以上より、求める解は \(x = \frac{1 \pm \sqrt{3}i}{2}, \frac{3 \pm \sqrt{5}}{2}\) の4つである。
8.3. 奇数次の相反方程式
5次や7次など、奇数次の相反方程式は、必ず \(x=-1\) を解に持ちます。
(理由の概略) 5次相反方程式 \(P(x) = ax^5+bx^4+cx^3+cx^2+bx+a=0\) に \(x=-1\) を代入すると、
\(P(-1) = -a+b-c+c-b+a = 0\) となり、必ず成り立ちます。
したがって、奇数次の相反方程式は、まず因数定理を用いて \(x+1\) で因数分解(組立除法で割り算)することができます。すると、商として偶数次の相反方程式が現れるため、あとは前節で学んだ偶数次の解法に帰着させることができます。
例題:方程式 \(x^5+2x^4-3x^3-3x^2+2x+1=0\) を解け。
ステップ1:\(x=-1\) を解に持つことを利用する
この方程式は5次の相反方程式なので、\(x=-1\) を解に持つ。
したがって、左辺は \(x+1\) で割り切れる。組立除法で計算する。
-1 | 1 2 -3 -3 2 1
| -1 -1 4 -1 -1
--------------------------
1 1 -4 1 1 | 0
商は \(x^4+x^3-4x^2+x+1\)。
よって、方程式は \((x+1)(x^4+x^3-4x^2+x+1)=0\) と因数分解できる。
ステップ2:残りの4次相反方程式を解く
残りの解は、\(x^4+x^3-4x^2+x+1=0\) を解くことで得られる。これは4次の相反方程式なので、定石通りに解く。
両辺を \(x^2\) で割ると、
\(x^2+x-4+\frac{1}{x}+\frac{1}{x^2}=0\)
left(x2+frac1x2right)+left(x+frac1xright)−4=0
\(t=x+\frac{1}{x}\) とおくと、\(x^2+\frac{1}{x^2}=t^2-2\) なので、
(t2−2)+t−4=0
t2+t−6=0
(t+3)(t−2)=0
よって、\(t=-3\) または \(t=2\)。
ステップ3:\(x\) の値を求める
- (i) \(t=-3\) のとき\(x+\frac{1}{x}=-3 \Rightarrow x^2+3x+1=0 \Rightarrow x=\frac{-3 \pm \sqrt{5}}{2}\)
- (ii) \(t=2\) のとき\(x+\frac{1}{x}=2 \Rightarrow x^2-2x+1=0 \Rightarrow (x-1)^2=0 \Rightarrow x=1\) (重解)
ステップ4:すべての解をまとめる
ステップ1で見つけた \(x=-1\) と合わせて、
解は \(x=-1, 1 \text{ (重解)}, \frac{-3 \pm \sqrt{5}}{2}\) である。
8.4. まとめ:対称性を利用した次元削減
相反方程式の解法は、一見複雑な高次方程式も、その構造的な特徴(係数の対称性)を見抜くことで、より低次元の、我々がよく知る問題(2次方程式)に変換できることを示しています。
- 中心的なアイデア: 両辺を \(x^k\) で割り、\(t=x+\frac{1}{x}\) という置換を行うことで、次数を半分に落とすのが核心的な戦略です。
- 偶数次と奇数次の違い: 4次などの偶数次では直接この手法を適用し、5次などの奇数次ではまず \(x+1\) で因数分解してから適用するという流れを理解することが重要です。
- 構造的解法: この解法は、単なる計算テクニックではなく、式の持つ「対称性」という構造的性質を利用して問題を単純化するという、数学における普遍的な問題解決アプローチの一例です。
相反方程式の解法をマスターすることは、特定のタイプの問題を解けるようになるだけでなく、式の形を注意深く観察し、その特徴を最大限に活用する、という数学的な思考態度を養う良い訓練となります。
9. 1の3乗根(オメガ)の性質
数学の世界には、特定の役割と美しい性質を持つことで、特別な名前を与えられた数が存在します。円周率 \(\pi\) や自然対数の底 \(e\) がその代表例です。複素数の世界にも、そのようなスター的な存在がいます。それが、本セクションで学ぶ「1の3乗根」の一つである \(\omega\)(オメガ)です。
方程式 \(x^3=1\) の解、すなわち「3乗して1になる数」を探求すると、実数解 \(x=1\) の他に、一対の共役な虚数解が見つかります。この虚数解の一つを \(\omega\) と名付けると、この \(\omega\) が驚くほど豊かで周期的な代数的性質を持つことが明らかになります。\(\omega\) の性質を深く理解することは、特定のタイプの式の値を計算する問題や、整数問題、さらには幾何学的な問題(正三角形との関連)を解く上で、強力な武器となります。
9.1. 1の3乗根の導出
まず、方程式 \(x^3=1\) を解くことから始めます。
x3−1=0
左辺を因数分解の公式 \(a^3-b^3=(a-b)(a^2+ab+b^2)\) を用いて因数分解します。
(x−1)(x2+x+1)=0
この等式が成り立つためには、
\(x-1=0\) または \(x^2+x+1=0\)
であればよい。
- \(x-1=0\) から、実数解 \(x=1\) が得られます。
- \(x^2+x+1=0\) を解の公式で解くと、x=frac−1pmsqrt12−4cdot1cdot12=frac−1pmsqrt−32=frac−1pmsqrt3i2となり、一対の共役な虚数解が得られます。
したがって、1の3乗根は、\(1, \frac{-1+\sqrt{3}i}{2}, \frac{-1-\sqrt{3}i}{2}\) の3つです。
9.2. \(\omega\) の定義とその基本的な性質
これら3つの解のうち、虚数解の一方をギリシャ文字の \(\omega\)(オメガ)で表すのが慣例です。どちらを \(\omega\) とおいても、一般性は失われません。
\(\omega\) の定義
1の3乗根のうち、虚数であるものの一つを \(\omega\) とする。
text例:quadomega=frac−1+sqrt3i2
この \(\omega\) は、二つの重要な性質を持っています。これらは、\(\omega\) に関するあらゆる計算の出発点となります。
\(\omega\) の基本性質
- \(\omega^3 = 1\)これは、\(\omega\) が方程式 \(x^3=1\) の解であることから、定義そのものです。この性質は、\(\omega\) の高次のべき乗の次数を下げるときに用います。
- \(\omega^2 + \omega + 1 = 0\)これは、\(\omega\) が方程式 \(x^2+x+1=0\) の解であることから得られます。この性質は、複数の項を含む \(\omega\) の式を簡略化するときに用います。
9.3. \(\omega\) の導出される性質
上記の二つの基本性質から、さらに多くの興味深い性質を導くことができます。
- もう一方の虚数解は \(\omega^2\) となる\(\omega = \frac{-1+\sqrt{3}i}{2}\) としたとき、もう一方の虚数解は \(\frac{-1-\sqrt{3}i}{2}\) ですが、これは \(\omega\) の共役 \(\bar{\omega}\) でもあります。一方で、\(\omega^2\) を計算してみましょう。omega2=left(frac−1+sqrt3i2right)2=frac1−2sqrt3i+3i24=frac1−2sqrt3i−34=frac−2−2sqrt3i4=frac−1−sqrt3i2これは、まさにもう一方の虚数解に一致します。したがって、1の3乗根は \(1, \omega, \omega^2\) の3つである、とシンプルに表現できます。
- 共役は2乗に等しい:\(\bar{\omega} = \omega^2\)上の計算から明らかです。
- \(\omega^2\) も方程式の解\((\omega^2)^2+\omega^2+1 = \omega^4+\omega^2+1 = \omega^3 \cdot \omega + \omega^2+1 = 1 \cdot \omega + \omega^2+1 = \omega^2+\omega+1=0\)となり、\(\omega^2\) も \(x^2+x+1=0\) の解であることがわかります。
- 解と係数の関係2次方程式 \(x^2+x+1=0\) の二つの解は \(\omega\) と \(\omega^2\) なので、解と係数の関係より、
- 和: \(\omega+\omega^2 = -1\)
- 積: \(\omega \cdot \omega^2 = \omega^3 = 1\)これらの関係は、基本性質2(\(\omega^2+\omega+1=0\))と基本性質1(\(\omega^3=1\))と一致しており、整合性がとれています。
- 周期性(巡回性)\(\omega\) のべき乗は、3を周期として循環します。\(\omega^1 = \omega\)\(\omega^2 = \omega^2\)\(\omega^3 = 1\)\(\omega^4 = \omega^3 \cdot \omega = 1 \cdot \omega = \omega\)\(\omega^5 = \omega^3 \cdot \omega^2 = \omega^2\)\(\omega^6 = (\omega^3)^2 = 1^2 = 1\)…一般に、\(\omega^n\) の値は、指数 \(n\) を3で割った余りによって決まります。
9.4. \(\omega\) の性質の応用
これらの性質、特に「次数下げ」と「項の簡略化」は、\(\omega\) を含む式の値を求める問題で強力な効果を発揮します。
例題1:\(\omega^7 + \omega^5 + 1\) の値を求めよ。
解法
\(\omega^3=1\) を用いて、各項の次数を下げます。
- \(\omega^7 = \omega^{3 \cdot 2 + 1} = (\omega^3)^2 \cdot \omega = 1^2 \cdot \omega = \omega\)
- \(\omega^5 = \omega^{3 \cdot 1 + 2} = \omega^3 \cdot \omega^2 = 1 \cdot \omega^2 = \omega^2\)よって、text与式=omega+omega2+1ここで、基本性質 \(\omega^2+\omega+1=0\) を用いると、=0となります。
例題2:\((1+\omega)(1+\omega^2)(1+\omega^3)(1+\omega^4)\) の値を計算せよ。
解法
まず、各因数を \(\omega\) の性質を使って簡略化します。
- \(1+\omega\) は、\(\omega^2+\omega+1=0\) から \(1+\omega = -\omega^2\)
- \(1+\omega^2\) は、\(\omega^2+\omega+1=0\) から \(1+\omega^2 = -\omega\)
- \(1+\omega^3 = 1+1=2\)
- \(1+\omega^4 = 1+\omega = -\omega^2\)
よって、与式は、
(−omega2)(−omega)(2)(−omega2)
=−2cdotomega2cdotomegacdotomega2
=−2cdotomega5
\(\omega^5=\omega^2\) なので、
=−2omega2
これが答えとなります。(もし問題が \(\omega\) を含まない値で答えよ、というものであれば、\(\omega^2 = \frac{-1-\sqrt{3}i}{2}\) を代入して、\(-2(\frac{-1-\sqrt{3}i}{2})=1+\sqrt{3}i\) となります)
【幾何学的な意味】
複素数平面上で、1の3乗根である \(1, \omega, \omega^2\) は、原点を中心とする半径1の円(単位円)に内接する正三角形の頂点をなします。
- \(1\) は点(1, 0)
- \(\omega = \cos 120^\circ + i \sin 120^\circ\)
- \(\omega^2 = \cos 240^\circ + i \sin 240^\circ\)\(\omega\) を掛けるという操作は、複素数平面上で「原点を中心に120度回転させる」という幾何学的な操作に対応します。この視点は、ド・モアブルの定理など、より進んだ内容へと繋がっていきます。
9.5. まとめ:周期性が生み出す美しい代数構造
1の3乗根 \(\omega\) は、単なる一つの虚数ではなく、豊かな代数構造と周期性を持つ、非常に重要な複素数です。
- 二大性質: \(\omega^3=1\)(次数下げ)と \(\omega^2+\omega+1=0\)(項の簡略化)が、あらゆる計算の基礎となります。
- 周期性: \(\omega\) のべき乗は3を周期として循環し、これにより高次のべき乗も簡単に扱うことができます。
- 対称性: 3つの解 \(1, \omega, \omega^2\) は、代数的にも幾何学的にも美しい対称性(正三角形)を示します。
\(\omega\) の性質を探求することは、複素数の世界の規則性と周期性の美しさを体験する絶好の機会です。ここで身につけた「次数下げ」や「関係式を用いた式の簡略化」といった思考法は、他の数学の分野でも広く応用できる汎用的なスキルとなります。
10. 代数学の基本定理
我々の数の拡張の旅は、方程式 \(x^2=-1\) の解を求めたい、という動機から始まりました。その結果、複素数という広大な世界が拓かれ、すべての2次方程式がその中に解を持つことが保証されました。さらに、因数定理を駆使することで、多くの3次や4次の方程式も、最終的には複素数の範囲で解を見つけられることがわかりました。
では、このプロセスに終わりはあるのでしょうか。5次方程式を解くために、さらに新しい「超複素数」のようなものが必要になるのではないか。あるいは、どんなに数の世界を拡張しても、原理的に解くことのできない多項式方程式が存在するのではないか。これらの根源的な問いに対して、驚くほどシンプルで、そしてこの上なく美しい最終回答を与えてくれるのが、「代数学の基本定理」です。この定理は、複素数という体系の「完全性」を宣言し、我々の代数方程式を巡る長い探求の旅に、一つの終着点をもたらすものです。
10.1. 代数学の基本定理とは
代数学の基本定理 (Fundamental Theorem of Algebra)
(高校数学で理解しやすい形での表現)
係数が複素数であるような \(n\) 次方程式(ただし \(n \ge 1\))は、
複素数の範囲で、必ず解を持つ。
この定理が「基本定理」と呼ばれる所以は、それが代数学という分野の根幹を支える極めて重要な事実であるからです。この定理から、さらに強力な以下の系が導かれます。
代数学の基本定理の系
係数が複素数であるような \(n\) 次方程式は、
複素数の範囲で、重解を重複して数えると、ちょうど \(n\) 個の解を持つ。
【定理から系が導かれる仕組み】
\(n\) 次方程式 \(P(x)=0\) を考えます。
- 代数学の基本定理により、この方程式は少なくとも一つの解 \(\alpha_1\) を持ちます。
- 因数定理により、\(P(x)\) は \((x-\alpha_1)Q_1(x)\) と因数分解できます。ここで \(Q_1(x)\) は \((n-1)\) 次の多項式です。
- 今度は \((n-1)\) 次方程式 \(Q_1(x)=0\) に代数学の基本定理を適用すると、これも少なくとも一つの解 \(\alpha_2\) を持ちます。
- したがって、\(Q_1(x)=(x-\alpha_2)Q_2(x)\) と因数分解でき、\(P(x)=(x-\alpha_1)(x-\alpha_2)Q_2(x)\) となります。
- このプロセスを \(n\) 回繰り返すことで、最終的に \(P(x)\) はP(x)=a_n(x−alpha_1)(x−alpha_2)cdots(x−alpha_n)という、\(n\) 個の1次式の積に完全に因数分解されることがわかります。このことから、方程式 \(P(x)=0\) の解は、\(\alpha_1, \alpha_2, \dots, \alpha_n\) の \(n\) 個(重複を許す)となることが結論付けられます。
10.2. 定理の意義と影響
代数学の基本定理がもたらした最も重要な帰結は、**「代数方程式を解くために、複素数を超える新しい数の体系を導入する必要は、もはやない」**ということです。複素数の体系は、多項式方程式を解くという操作に関して「閉じている(代数的に閉体である)」ことが保証されたのです。
これにより、数の拡張の歴史は、一つの大きな区切りを迎えました。
- 1次方程式 \(ax+b=0\) → 有理数が必要
- 2次方程式 \(x^2=2\) → 無理数(実数)が必要
- 2次方程式 \(x^2=-1\) → 虚数(複素数)が必要
- 任意の\(n\)次方程式 → 複素数で十分
この定理は、数学の世界に大きな安定性と完全性をもたらしました。もはや、解けない方程式の出現を恐れることなく、どんな多項式方程式も、その解が複素数の世界のどこかに \(n\) 個存在することを前提として、議論を進めることができるようになったのです。
【ミニケーススタディ:ガウスの探求】
代数学の基本定理は、18世紀末から19世紀初頭にかけて、多くの数学者が証明を試みました。その中でも、「数学の王子」と称されるカール・フリードリヒ・ガウスは、生涯にわたってこの定理に魅了され、4つの異なる証明を与えたことで知られています。彼の最初の証明は、彼が22歳のときの博士論文で発表されました。その証明は完璧ではありませんでしたが、後の数学に大きな影響を与えました。ガウスがこれほどまでにこの定理にこだわったという事実は、この定理が持つ数学的な重要性の大きさを示唆しています。
10.3. 高校数学における位置づけ
高校数学の教科書では、代数学の基本定理は「証明なしに用いてよい事実」として紹介されます。この定理の厳密な証明は、大学レベルの複素解析学や位相幾何学(トポロジー)といった高度な数学を必要とするため、高校の範囲を大きく超えてしまいます。
しかし、証明を知らなくても、この定理の存在とその意味を知っていることは、方程式論を学ぶ上で非常に重要です。
- 解の個数の保証: 3次方程式を解いているとき、もし3つの解(重解含む)が見つかれば、それ以外に解は存在しない、と自信を持つことができます。
- 理論の土台: これまで学んできた「実数係数方程式の共役な虚数解」の定理や、「解と係数の関係」といった理論も、そもそも解が \(n\) 個存在するというこの大前提の上に成り立っています。
- 複素数の重要性の認識: なぜ私たちが複素数という一見奇妙な数を学ぶのか、その最大の理由の一つが、この代数学の基本定理が成り立つ美しい世界を構築するためである、と理解することができます。
例:4次方程式 \(x^4+1=0\) を考える。
この方程式は実数の範囲では解を持ちません。しかし、代数学の基本定理によれば、複素数の範囲で必ず4つの解を持つはずです。
実際に解いてみると、
\(x^4=-1\)
解は複素数平面上の単位円上に、頂角が45°, 135°, 225°, 315°の点として現れ、
\(x = \frac{1+i}{\sqrt{2}}, \frac{-1+i}{\sqrt{2}}, \frac{-1-i}{\sqrt{2}}, \frac{1-i}{\sqrt{2}}\)
という4つの複素数解が得られます。これらの解が、共役なペア(1番目と4番目、2番目と3番目)で現れていることにも注目してください。これは、係数が実数であるためです。
10.4. まとめ:代数的世界の完成
代数学の基本定理は、高校数学のカリキュラムの中では静かながらも、絶大な存在感を放つ定理です。
- 存在の保証: この定理は、解を具体的に求める方法(アルゴリズム)を与えるものではなく、解が「存在する」ことだけを保証する「存在定理」です。しかし、この保証こそが、安心して代数理論を展開するための礎となります。
- 複素数体系の完全性: 複素数は、多項式方程式を解くという目的において、究極の数体系です。これ以上の拡張は必要ありません。
- 数学の美しさ: \(n\) 次方程式が、国や文化、時代を超えて、常に \(n\) 個の解を持つという事実は、数学の持つ普遍性と美しさを象徴しています。
本モジュール「複素数と方程式」の学習は、この代数学の基本定理が保証する、完成された世界を前提とすることで、その理論的な安定性を得ています。数の地平線を実数から複素数へと拡張する旅は、この壮大な定理によって、一つの完璧な結末を迎えるのです。
Module 2:複素数と方程式の総括:数の地平を拡張し、方程式の世界を完結させる
実数という一本の直線の上だけでは、代数方程式の世界は不完全でした。「解なし」という言葉が、我々の探求の前に壁として立ちはだかっていたのです。本モジュール「複素数と方程式」を通じて、我々はその壁を乗り越えるための鍵、虚数単位 \(i\) を手にしました。この鍵は、我々の思考を一条の数直線から解き放ち、複素数という広大な二次元平面へと導きました。
この新しい世界では、すべての2次方程式が解を持つだけでなく、より高次の、いかなる多項式方程式も、その次数と同じ数の解を持つことが「代数学の基本定理」によって保証されています。方程式の世界は、複素数という舞台を得て、初めて自己完結し、完全な姿を現したのです。
共役な複素数という美しい対称性、解と係数の間に潜む調和のとれた関係、そして \(\omega\) が奏でる周期的な旋律。これらはすべて、拡張された数の世界が持つ豊かな構造の現れです。ここで学んだことは、単なる計算技術の習得に留まりません。それは、数学的な体系が、より広く、より一般的な視点を導入することによって、いかにシンプルで統一的なものになりうるか、という知的な経験そのものです。
複素数という新しい言語を習得した今、あなたはもはや「解けない方程式」を恐れる必要はありません。あらゆる方程式の背後に、その次数と同じ数の解が複素数の海に存在することを、我々は知っているからです。この確信を胸に、次なる数学の探求へと進んでください。