【基礎 数学(数学Ⅱ)】Module 5:三角関数(1) 一般角と加法定理

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本モジュールの目的と構成

これまでのモジュールで探求してきた代数関数や図形の世界は、いわば静的な構造を持つものでした。しかし、私たちの周りの世界は、惑星の公転、季節の移り変わり、振り子の振動、光や音といった波、心臓の鼓動に至るまで、絶え間なく繰り返される「周期的な現象」で満ち溢れています。こうした循環や振動を記述し、その未来を予測するための数学的な言語が、本モジュールで学ぶ三角関数です。

数学Iで学んだ三角比は、直角三角形の辺の比として定義され、その応用は主に静的な三角形の測量などに限定されていました。本モジュールでは、この概念を根本から拡張します。角度を、固定された図形の一部としてではなく、原点を中心とする無限の回転として捉え直す「一般角」の導入。そして、角度の単位として、より数学的に自然な「弧度法(ラジアン)」への移行。これらを通じて、三角比は、特定の図形に束縛された「比の値」から、実数全体を定義域とする真の「関数」へと生まれ変わります。

この新しい三角「関数」の土台の上に、本モジュールのハイライトである加法定理という金字塔を打ち立てます。一見すると複雑なこの定理は、しかし、三角関数の世界におけるいわば「遺伝子コード」のようなものであり、2倍角、半角、3倍角、和積・積和といった、およそ考えつく限りの重要な公式が、すべてこの定理からの論理的な演繹によって導き出されます。

このモジュールを終えるとき、あなたは単に関数のレパートリーを増やすだけでなく、周期性という、世界を記述するための全く新しい視座と、それを自在に操るための強力な代数体系を手に入れているはずです。代数と幾何学が融合した解析幾何学の世界から、今、私たちは時間と共に変化する動的な現象を記述する、解析学の入り口へと足を踏み入れます。

本モジュールは、三角比を三角関数へと昇華させ、その豊かな性質を解き明かすために、以下の論理的な順序で構成されています。

  1. 一般角と弧度法: まず、角度の概念を90°や180°の制約から解き放ち、無限の回転を表現する「一般角」を定義します。同時に、角度の単位を、より自然で普遍的な「弧度法」へと転換します。
  2. 単位円による三角関数の再定義と相互関係: 三角比の定義を、直角三角形から「単位円」上の点の座標へと移行します。この再定義により、三角関数はすべての角度に対して意味を持つようになり、その基本的な相互関係もより明確になります。
  3. 三角関数のグラフ(周期性、対称性): 単位円上の点の動きを、横軸を角度、縦軸を座標とするグラフへと「展開」します。これにより、三角関数の最も本質的な特徴である「周期性」と「対称性」が可視化されます。
  4. グラフの平行移動と拡大・縮小: 一般的な三角関数のグラフ \(y=A\sin(B(x-C))+D\) が、最も基本的なグラフの平行移動と拡大・縮小によって、どのように描かれるかを体系的に学びます。
  5. sin, cos, tanの加法定理: 本モジュールの理論的な核となる加法定理 \(\sin(\alpha+\beta), \cos(\alpha+\beta)\) などを、単位円と幾何学を用いて厳密に導出します。
  6. 2直線のなす角: 加法定理の最初の応用として、2本の直線の傾きから、それらがなす角を計算する公式を導きます。
  7. 2倍角の公式: 加法定理で \(\beta=\alpha\) とおく特殊な場合として、応用上極めて重要な2倍角の公式を導きます。
  8. 半角の公式: 2倍角の公式を逆から見ることで、半角の三角関数の値を求める半角の公式を導出します。
  9. 3倍角の公式: 加法定理と2倍角の公式を組み合わせることで、3倍角の公式を導き、定理の展開能力を示します。
  10. 和積・積和の公式: 最後に、加法定理を組み合わせることで得られる、三角関数の和と積を相互に変換する和積・積和の公式を導出します。

この一連の学習は、あなたに周期的な世界を分析するための言語と文法を授け、より高度な数学や物理学の世界への扉を開くことになるでしょう。


目次

1. 一般角と弧度法

三角比を「関数」として扱えるようにするためには、まず、その定義域である「角度」の概念そのものを、直角三角形の鋭角や、三角形の内角といった制約から解放し、より自由に、そして無限に広げていく必要があります。そのための第一歩が一般角の導入です。これは、角度を静的な図形の開き具合としてではなく、動的な回転の量として捉え直す、コペルニクス的転回です。

さらに、私たちが日常的に使っている「度数法」(一周を360°とする)は、古代バビロニアに由来する人為的で数学的な必然性のない単位系です。微積分などのより高度な数学で三角関数を扱う際には、この単位系は不便です。そこで、円の半径と弧の長さという、より本質的な幾何学的関係に基づいた角度の単位系、**弧度法(ラジアン)**を導入します。これは、三角関数を真に解析的な関数として扱うための、いわば「標準語」を学ぶことに相当します。

1.1. 一般角

1.1.1. 動径と始線

座標平面上で、原点Oを中心として半直線OPを回転させることを考えます。

  • 始線 (initial line): 回転の基準となる、動かない半直線。通常、x軸の正の部分を始線OXとします。
  • 動径 (radius vector): 始線の位置から回転する半直線OP。

このとき、動径OPが始線OXの位置からどれだけ回転したか、その回転の量と向きを表すのが一般角です。

  • 正の角: 反時計回りの回転。
  • 負の角: 時計回りの回転。

例えば、始線から反時計回りに30°回転した角と、そこからさらに一周360°回転した390°の角、あるいは時計回りに330°回転した-330°の角は、動径OPが最終的に到達する位置は同じですが、回転のプロセスが異なります。一般角は、このプロセス(回転量)まで含めて角度を表現します。

1.1.2. 一般角の表現

ある角 \(\alpha\) を表す動径OPがあったとき、その動径が表す一般角 \(\theta\) は、\(\alpha\) に360°の整数倍を加えることで、すべて表現できます。

一般角の表現

角 \(\alpha\) の動径が表す一般角 \(\theta\) は、整数 \(n\) を用いて、

\[ \theta = \alpha + 360^\circ \times n \quad (n = 0, \pm 1, \pm 2, \dots) \]

と表される。

例: 420°の角

\(420^\circ = 60^\circ + 360^\circ \times 1\)

なので、420°の動径は、60°の動径と同じ位置にあります。

象限の角

動径OPがどの象限にあるかによって、角を分類します。

  • 第1象限の角: 動径が第1象限にある角。
  • 第2象限の角: 動径が第2象限にある角。

1.2. 弧度法(ラジアン)

1.2.1. 弧度法の定義

度数法が円を360等分するという約束事に基づいているのに対し、弧度法は、円の半径と弧の長さという、円自身の持つ幾何学的な性質に根差しています。

ラジアンの定義

半径 \(r\) の円において、長さ \(r\) の弧(半径と等しい長さの弧)に対する中心角の大きさを 1ラジアン (radian) と定義する。

この定義の重要な点は、角度の大きさが円の半径 \(r\) に依存しないことです。半径が2倍になれば、1ラジアンを定める弧の長さも2倍になるため、中心角の大きさは不変です。これにより、ラジアンは普遍的な角度の単位となります。

一般に、半径 \(r\)、弧の長さ \(l\) の扇形の中心角 \(\theta\)(ラジアン)は、

\[ \theta = \frac{l}{r} \quad (\text{ラジアン}) \]

となります。これは、弧の長さが半径の何倍であるか、という比の値そのものが角度である、ということを意味します。

1.2.2. 度数法と弧度法の関係

度数法と弧度法を相互に変換するための、最も重要な関係式を導きましょう。

半径 \(r\) の円において、半円の弧の長さは \(\pi r\) です。

このときの中心角は、度数法では180°です。

一方、弧度法の定義 \(\theta = l/r\) によれば、中心角は \(\theta = \frac{\pi r}{r} = \pi\) ラジアンとなります。

したがって、以下の fundamental な関係式が成り立ちます。

度数法と弧度法の変換

\[ 180^\circ = \pi \text{ ラジアン} \]

この関係式から、

  • 1ラジアン \(= \frac{180^\circ}{\pi} \approx 57.3^\circ\)
  • 1° \(= \frac{\pi}{180}\) ラジアンという変換率が得られます。

【主要な角の変換】

以下の変換は、瞬時に行えるように習熟する必要があります。

  • \(30^\circ = 180^\circ \times \frac{1}{6} = \frac{\pi}{6}\)
  • \(45^\circ = 180^\circ \times \frac{1}{4} = \frac{\pi}{4}\)
  • \(60^\circ = 180^\circ \times \frac{1}{3} = \frac{\pi}{3}\)
  • \(90^\circ = 180^\circ \times \frac{1}{2} = \frac{\pi}{2}\)
  • \(120^\circ = 60^\circ \times 2 = \frac{2\pi}{3}\)
  • \(135^\circ = 45^\circ \times 3 = \frac{3\pi}{4}\)
  • \(150^\circ = 30^\circ \times 5 = \frac{5\pi}{6}\)
  • \(270^\circ = 90^\circ \times 3 = \frac{3\pi}{2}\)
  • \(360^\circ = 180^\circ \times 2 = 2\pi\)

今後は、特に断りがない限り、角度は弧度法で表すのが標準となります。一般角の表現も、

\[ \theta = \alpha + 2n\pi \quad (\text{\(n\) は整数}) \]

となります。(\(360^\circ \leftrightarrow 2\pi\))

1.3. 扇形の弧の長さと面積

弧度法を用いる最大のメリットの一つは、扇形の弧の長さと面積を求める公式が、非常にシンプルで美しい形になることです。

半径 \(r\)、中心角 \(\theta\)(ラジアン)の扇形を考えます。

  • 弧の長さ \(l\):弧度法の定義 \(\theta = l/r\) を \(l\) について解くと、\[ l = r\theta \]
  • 面積 \(S\):扇形の面積は、円全体の面積 \(\pi r^2\) に、中心角の割合 \(\frac{\theta}{2\pi}\) を掛けることで求められます。\[ S = \pi r^2 \times \frac{\theta}{2\pi} = \frac{1}{2}r^2\theta \]さらに、この式に \(l=r\theta\) の関係を用いると、\[ S = \frac{1}{2}r(r\theta) = \frac{1}{2}rl \]となり、扇形を一種の「三角形」(底辺 \(l\)、高さ \(r\))とみなしたような、直感的な公式が得られます。

例題:半径が6、中心角が \(\frac{\pi}{3}\) の扇形の弧の長さと面積を求めよ。

解法:

\(r=6, \theta = \frac{\pi}{3}\) を公式に代入する。

  • 弧の長さ \(l = r\theta = 6 \times \frac{\pi}{3} = 2\pi\)
  • 面積 \(S = \frac{1}{2}r^2\theta = \frac{1}{2} \cdot 6^2 \cdot \frac{\pi}{3} = \frac{1}{2} \cdot 36 \cdot \frac{\pi}{3} = 6\pi\)(別解:\(S = \frac{1}{2}rl = \frac{1}{2} \cdot 6 \cdot 2\pi = 6\pi\))

1.4. まとめ:回転を記述する新しい言語

一般角と弧度法は、三角関数を学ぶ上での、いわば「OSのアップデート」のようなものです。

  • 一般角: 角度を、図形の一部という静的な束縛から解き放ち、無限の回転量という動的な概念へと拡張しました。これにより、-1000°や \(4\pi\) といった角度にも明確な意味が与えられます。
  • 弧度法: 角度の単位を、人為的な360°から、円の本質的な性質に基づくラジアンへと転換しました。これにより、扇形の公式が簡潔になっただけでなく、後の微分・積分における三角関数の振る舞いが、極めて自然な形で記述されるようになります(例えば、\((\sin x)’ = \cos x\) という美しい関係は、角度がラジアンで測られているときにのみ成り立ちます)。

この新しい言語と概念の土台の上に、次節では、三角関数の定義そのものを、より普遍的で強力な「単位円」を用いた定義へと刷新していきます。


2. 単位円による三角関数の再定義と相互関係

数学Iで学んだ三角比は、直角三角形の「辺の比」として定義されていました(\(\sin\theta = \frac{\text{対辺}}{\text{斜辺}}\)など)。この定義は、鋭角(0°~90°)に対しては直感的で分かりやすいものでしたが、90°を超える鈍角や、前節で学んだ一般角(負の角や360°を超える角)に対しては、そのまま適用することができません。そこで、三角比を拡張し、 \(\theta\) がどのような値であっても意味を持つ「三角関数」へと昇華させるために、その定義の土台を根本から刷新する必要があります。

その新しい土台となるのが、原点を中心とする半径1の円、すなわち単位円 (unit circle) です。動径と単位円の交点の座標として三角関数を再定義することで、その定義域は一気にすべての実数へと広がります。この再定義は、単なる拡張に留まりません。\(\sin^2\theta+\cos^2\theta=1\) といった重要な相互関係が、なぜ成り立つのかを、円の方程式そのものから直接的に、そして美しく説明してくれるのです。

2.1. 単位円を用いた三角関数の再定義

座標平面上に、原点Oを中心とする半径1の円を考えます。この円の方程式は \(x^2+y^2=1\) です。

始線OXから、一般角 \(\theta\)だけ回転した動径OPを考え、この動径と単位円との交点を \(P(x, y)\) とします。

この交点Pのx座標を \(\cos\theta\)y座標を \(\sin\theta\) と定義します。

三角関数の再定義

単位円周上の点 \(P(x, y)\) を、角 \(\theta\) の動径と単位円との交点とするとき、

\[ \cos\theta = x \]

\[ \sin\theta = y \]

\[ \tan\theta = \frac{y}{x} \quad (x \neq 0) \]

と定める。

【新しい定義と古い定義の整合性】

\(0 < \theta < \pi/2\) (鋭角)の場合を考えてみましょう。

点Pからx軸に垂線PHを下ろすと、直角三角形OPHができます。

この三角形において、斜辺OPの長さは単位円の半径なので1です。

辺OHの長さは点Pのx座標なので \(x\) 、辺PHの長さは点Pのy座標なので \(y\) です。

数学Iの三角比の定義によれば、

  • \(\sin\theta = \frac{\text{対辺}}{\text{斜辺}} = \frac{PH}{OP} = \frac{y}{1} = y\)
  • \(\cos\theta = \frac{\text{底辺}}{\text{斜辺}} = \frac{OH}{OP} = \frac{x}{1} = x\)
  • \(\tan\theta = \frac{\text{対辺}}{\text{底辺}} = \frac{PH}{OH} = \frac{y}{x}\)となり、新しい定義が、鋭角の範囲では古い定義と完全に一致していることがわかります。したがって、この新しい定義は、古い定義を矛盾なく包含し、一般角へと拡張したものになっています。

2.2. 再定義の利点

2.2.1. あらゆる角への拡張

この定義によれば、\(\theta\) がどのような値(例えば \(270^\circ\) や \(-30^\circ\))であっても、動径OPの位置は一意に定まり、その交点Pの座標 \((x,y)\) も決まるため、\(\sin\theta, \cos\theta, \tan\theta\) の値が常に定まります。

例:\(150^\circ\) (\(5\pi/6\)) の三角関数の値

動径が150°の位置にあるとき、x軸と動径のなす鋭角は30°です。

交点Pの座標は、辺の比が 2:1:\(\sqrt{3}\) の直角三角形を考えることで、\((-\frac{\sqrt{3}}{2}, \frac{1}{2})\) となります。

したがって、定義より、

  • \(\cos 150^\circ = x = -\frac{\sqrt{3}}{2}\)
  • \(\sin 150^\circ = y = \frac{1}{2}\)
  • \(\tan 150^\circ = \frac{y}{x} = \frac{1/2}{-\sqrt{3}/2} = -\frac{1}{\sqrt{3}}\)

2.2.2. 符号の自動的な決定

各象限におけるx座標、y座標の符号を考えれば、三角関数の値の符号が自動的に決まります。

  • 第1象限 (\(0 < \theta < \pi/2\)): \(x>0, y>0\) なので、\(\cos\theta>0, \sin\theta>0, \tan\theta>0\) (すべて正)
  • 第2象限 (\(\pi/2 < \theta < \pi\)): \(x<0, y>0\) なので、\(\cos\theta<0, \sin\theta>0, \tan\theta<0\) (sinのみ正)
  • 第3象限 (\(\pi < \theta < 3\pi/2\)): \(x<0, y<0\) なので、\(\cos\theta<0, \sin\theta<0, \tan\theta>0\) (tanのみ正)
  • 第4象限 (\(3\pi/2 < \theta < 2\pi\)): \(x>0, y<0\) なので、\(\cos\theta>0, \sin\theta<0, \tan\theta<0\) (cosのみ正)

2.3. 三角関数の相互関係

単位円による再定義は、三角関数の間に成り立つ3つの重要な公式(相互関係)の由来を、極めて明快に示してくれます。

1. \(\sin^2\theta + \cos^2\theta = 1\)

  • 導出:交点 \(P(x,y)\) は、単位円 \(x^2+y^2=1\) の周上の点です。したがって、その座標は必ずこの円の方程式を満たします。ここに、定義 \(x=\cos\theta, y=\sin\theta\) を代入すると、\[ (\cos\theta)^2 + (\sin\theta)^2 = 1 \]すなわち、\(\sin^2\theta + \cos^2\theta = 1\) が直ちに得られます。この最も基本的な関係式は、単位円の方程式そのものだったのです。

2. \(\tan\theta = \frac{\sin\theta}{\cos\theta}\)

  • 導出:\(\tan\theta\) の定義は \(\frac{y}{x}\) でした。これに \(y=\sin\theta, x=\cos\theta\) を代入するだけで、この関係式が得られます。

3. \(1+\tan^2\theta = \frac{1}{\cos^2\theta}\)

  • 導出:この式は、1番目の式 \(\sin^2\theta + \cos^2\theta = 1\) から導出できます。両辺を \(\cos^2\theta\) (ただし \(\cos\theta \neq 0\)) で割ると、\[ \frac{\sin^2\theta}{\cos^2\theta} + \frac{\cos^2\theta}{\cos^2\theta} = \frac{1}{\cos^2\theta} \]\[ \left(\frac{\sin\theta}{\cos\theta}\right)^2 + 1 = \frac{1}{\cos^2\theta} \]2番目の関係式を用いると、\[ \tan^2\theta + 1 = \frac{1}{\cos^2\theta} \]が得られます。

これらの相互関係は、\(\sin\theta, \cos\theta, \tan\theta\) のうち、一つの値が分かっていれば、残りの二つの値を(符号に注意しつつ)計算できることを保証します。

例題:\(\theta\) が第4象限の角で、\(\cos\theta=\frac{3}{5}\) のとき、\(\sin\theta\) と \(\tan\theta\) の値を求めよ。

解法:

  1. \(\sin\theta\) を求める:\(\sin^2\theta+\cos^2\theta=1\) より、\(\sin^2\theta = 1-\cos^2\theta = 1 – (\frac{3}{5})^2 = 1-\frac{9}{25} = \frac{16}{25}\)よって、\(\sin\theta = \pm \sqrt{\frac{16}{25}} = \pm \frac{4}{5}\)。ここで、\(\theta\) は第4象限の角なので、\(y\) 座標である \(\sin\theta\) は負の値をとる。したがって、\(\sin\theta = -\frac{4}{5}\)。
  2. \(\tan\theta\) を求める:\(\tan\theta = \frac{\sin\theta}{\cos\theta}\) より、\[ \tan\theta = \frac{-4/5}{3/5} = -\frac{4}{3} \]

2.4. まとめ:座標としての三角関数

単位円を用いた再定義は、三角比を三角関数へと飛躍させる、決定的で重要なステップです。

  • 普遍的な定義: 三角関数の定義域をすべての実数(一般角)へと拡張し、\(\sin, \cos, \tan\) の値を、角の動径と単位円の交点の座標という、普遍的な量として再定義しました。
  • 構造の可視化: \(\sin^2\theta+\cos^2\theta=1\) という最重要公式が、単位円の方程式 \(x^2+y^2=1\) の別表現に過ぎないことを明らかにしました。
  • 統一的な理解: 符号の決定や相互関係の導出が、すべて単位円上の点の振る舞いという、一つのイメージから統一的に理解できるようになりました。

この「三角関数とは、円周上の点の位置を表す座標である」という新しい視点は、今後の学習、特に次節で学ぶグラフの性質を理解する上で、揺るぎない土台となります。


3. 三角関数のグラフ(周期性、対称性)

単位円上の点の座標として再定義された三角関数は、角度 \(\theta\) をインプットとし、座標値 \(x\) または \(y\) をアウトプットとする、真の「関数」となりました。関数の性質を視覚的に理解するための最も強力なツールは、そのグラフを描くことです。

三角関数のグラフを描くとは、単位円という円環状の世界の動きを、横軸を角度(時間)、縦軸を位置(座標)とする、直線的なデカルト座標の世界へと「展開」する作業です。この展開作業を通じて、三角関数の最も本質的な特徴、すなわち周期性(同じ形の波が永遠に繰り返されること)と対称性(グラフの形の規則性)が、白日の下に晒されます。これらの性質を理解することは、三角関数を波や振動を記述する言語として活用するための第一歩です。

3.1. \(y=\sin\theta\) のグラフ

\(\sin\theta\) は、単位円上の点のy座標として定義されました。

角度 \(\theta\) を0から \(2\pi\) まで変化させたとき、点Pのy座標がどのように変化するかを追跡することで、\(y=\sin\theta\) のグラフを描くことができます。

  • \(\theta=0\): Pは(1,0)。y座標は0。
  • \(\theta\) が0から \(\pi/2\) へ: y座標は0から1へ滑らかに増加。
  • \(\theta=\pi/2\): Pは(0,1)。y座標は1(最大値)。
  • \(\theta\) が \(\pi/2\) から \(\pi\) へ: y座標は1から0へ滑らかに減少。
  • \(\theta=\pi\): Pは(-1,0)。y座標は0。
  • \(\theta\) が \(\pi\) から \(3\pi/2\) へ: y座標は0から-1へ滑らかに減少。
  • \(\theta=3\pi/2\): Pは(0,-1)。y座標は-1(最小値)。
  • \(\theta\) が \(3\pi/2\) から \(2\pi\) へ: y座標は-1から0へ滑らかに増加。
  • \(\theta=2\pi\): Pは再び(1,0)に戻り、y座標は0。

\(\theta\) が \(2\pi\) を超えて増加、あるいは負の方向に減少しても、この0→1→0→-1→0というパターンが全く同じ形で繰り返されます。この波形のグラフを正弦波 (sine wave) または正弦曲線 (sinusoid) と呼びます。

\(\sin\theta\) グラフの性質

  • 周期 (Period): グラフは \(2\pi\) の間隔で同じ形を繰り返す。このような性質を周期性といい、\(\sin\theta\) は周期 \(2\pi\) の周期関数であるという。
  • 値域 (Range): yの値は-1から1までの範囲を動く。すなわち \(-1 \le \sin\theta \le 1\)。グラフの振れ幅の中心から最大(最小)値までの大きさを振幅 (amplitude) といい、\(y=\sin\theta\) の振幅は1である。
  • 対称性 (Symmetry): グラフは原点に関して対称である。これは、\(\sin(-\theta)=-\sin\theta\) という関係式が成り立つことを意味し、\(\sin\theta\) が奇関数 (odd function) であることを示している。

3.2. \(y=\cos\theta\) のグラフ

\(\cos\theta\) は、単位円上の点のx座標として定義されました。

同様に、角度 \(\theta\) を0から \(2\pi\) まで変化させたときの点Pのx座標の動きを追跡します。

  • \(\theta=0\): Pは(1,0)。x座標は1(最大値)。
  • \(\theta\) が0から \(\pi/2\) へ: x座標は1から0へ減少。
  • \(\theta=\pi/2\): Pは(0,1)。x座標は0。

この動きをプロットすると、\(y=\cos\theta\) のグラフが得られます。このグラフの形は、\(\sin\theta\) のグラフと全く同じ正弦波ですが、\(\sin\theta\) のグラフを左に \(\pi/2\) だけ平行移動したものになっています。これは、\(\cos\theta = \sin(\theta+\frac{\pi}{2})\) という関係が成り立つことに対応しています。

\(\cos\theta\) グラフの性質

  • 周期: \(\sin\theta\) と同じく、周期は \(2\pi\)
  • 値域: \(\sin\theta\) と同じく、\(-1 \le \cos\theta \le 1\)。振幅は1。
  • 対称性: グラフはy軸に関して対称である。これは、\(\cos(-\theta)=\cos\theta\) という関係式が成り立つことを意味し、\(\cos\theta\) が偶関数 (even function) であることを示している。

3.3. \(y=\tan\theta\) のグラフ

\(\tan\theta\) は、動径OPの傾き (\(y/x\)) として定義されました。

  • \(\theta=0\): 傾きは0。
  • \(\theta\) が0から \(\pi/2\) へ: 傾きは0から正の無限大へと急激に増加。
  • \(\theta=\pi/2\): Pは(0,1)。x座標が0になるため、傾きは定義されない
  • \(\theta\) が \(\pi/2\) を少し超えると: Pは第2象限に入り、傾きは負の大きな値から0に向かって増加。
  • \(\theta=\pi\): 傾きは0。

この動きをプロットすると、\(\sin\theta, \cos\theta\) とは全く異なる形のグラフが現れます。

\(\tan\theta\) グラフの性質

  • 周期: 傾きの値は、\(\theta\) が \(\pi\) 増加するごとに(半回転するごとに)同じ値に戻る。したがって、周期は \(\pi\) である。
  • 値域: 傾きは正の無限大から負の無限大まで、すべての実数値を取りうる。値域は実数全体
  • 漸近線 (Asymptote): グラフが限りなく近づくが、決して交わらない直線のこと。\(\tan\theta\) の値が定義されない \(\theta = \frac{\pi}{2} + n\pi\) (\(n\)は整数)のところに、鉛直な漸近線が存在する。
  • 対称性: グラフは原点に関して対称である。これは、\(\tan(-\theta)=-\tan\theta\) という関係式が成り立つことを意味し、\(\tan\theta\) も奇関数である。

3.4. まとめ:周期性の可視化

三角関数のグラフは、単位円上の点の周期的な運動を、時間と位置の関係として可視化するものです。

  • \(\sin\) と \(\cos\) は波の基本: \(\sin\theta\) と \(\cos\theta\) のグラフは、すべての波形現象の基本となる「正弦波」を描きます。両者の違いは、位相(スタート位置)が \(\pi/2\) ずれていることだけです。
  • 周期と振幅: これらのグラフから、周期(波の1サイクルの長さ)や振幅(波の高さ)といった、波の基本的な性質を直感的に読み取ることができます。
  • \(\tan\) の特徴: \(\tan\theta\) のグラフは、周期が \(\pi\) であること、そして漸近線を持つという、\(\sin, \cos\) とは異なる特徴を示します。これは、傾きという量が持つ発散の性質を反映しています。

これらの基本的なグラフの形と性質をしっかりと頭に入れておくことは、次節で学ぶ、より複雑な三角関数のグラフを理解するための基礎となります。


4. グラフの平行移動と拡大・縮小

基本的な三角関数 \(y=\sin\theta, y=\cos\theta\) のグラフは、周期が \(2\pi\) で振幅が1の、規則正しい波でした。しかし、現実世界の波形現象は、もっと多様です。波の高さ(振幅)が異なったり、波の長さ(周期)が異なったり、波の始まる位置(位相)がずれていたりします。

これらの複雑な波形も、実はすべて、最も基本的な \(y=\sin\theta\) や \(y=\cos\theta\) のグラフを、平行移動拡大・縮小するという、2次関数のグラフのときにも学んだ基本的な変形操作を組み合わせることで描くことができます。このセクションでは、一般化された三角関数 \(y=A\sin(B(\theta-C))+D\) のグラフが、基本形からどのように構成されるのか、各係数 \(A, B, C, D\) がグラフのどの幾何学的な特徴(振幅、周期、平行移動量)に対応するのかを体系的に学びます。

4.1. グラフの変形と係数の役割

一般形 \(y = A\sin(B(\theta-C)) + D\) のグラフを、基本形 \(y=\sin\theta\) からの変形の積み重ねとして理解していきます。

4.1.1. 縦方向の拡大・縮小と平行移動

  • \(y=A\sin\theta\):振幅の変化係数 \(A\) は、グラフをy軸方向に \(A\) 倍に拡大・縮小します。
    • 基本形 \(y=\sin\theta\) の値域は \([-1, 1]\) でした。
    • \(y=A\sin\theta\) の値域は \([-|A|, |A|]\) となります。
    • グラフの振幅 (amplitude) は \(|A|\) になります。
  • \(y=\sin\theta+D\):縦方向の平行移動定数 \(D\) は、グラフ全体をy軸方向に \(D\) だけ平行移動します。
    • 波の中心線(振動の中心)が、x軸 (\(y=0\)) から直線 \(y=D\) に移動します。
    • 値域は \([D-1, D+1]\) となります。

組み合わせ:\(y=A\sin\theta+D\)

このグラフは、\(y=\sin\theta\) をy軸方向に \(A\) 倍し、さらにy軸方向に \(D\) だけ平行移動したものです。

  • 中心線:\(y=D\)
  • 最大値:\(D+|A|\)
  • 最小値:\(D-|A|\)

4.1.2. 横方向の拡大・縮小と平行移動

  • \(y=\sin(B\theta)\):周期の変化係数 \(B\) (ただし \(B>0\))は、グラフを**\(\theta\)軸方向**に \(\frac{1}{B}\) 倍に拡大・縮小します。
    • 基本形 \(y=\sin\theta\) は、\(\theta\) が \(0\) から \(2\pi\) まで変化するときに、波が1サイクルを完了しました。
    • \(y=\sin(B\theta)\) では、角度の部分である \(B\theta\) が \(0\) から \(2\pi\) まで変化するときに1サイクルが完了します。\(B\theta=0 \Rightarrow \theta=0\)\(B\theta=2\pi \Rightarrow \theta=\frac{2\pi}{B}\)
    • したがって、グラフの周期 (period) は \(\frac{2\pi}{B}\) となります。
    • \(B>1\) なら周期は短く(波が密に)なり、\(0<B<1\) なら周期は長く(波が疎に)なります。
  • \(y=\sin(\theta-C)\):横方向の平行移動(位相のずれ)定数 \(C\) は、グラフ全体を**\(\theta\)軸方向**に \(C\) だけ平行移動します。
    • \(y=\sin\theta\) のグラフの出発点(\(\theta=0\) で \(y=0\) となり増加し始める点)が、\(\theta=C\) の位置に移動します。
    • この横方向のずれを位相のずれ (phase shift) と呼びます。

4.2. 一般形グラフの描き方

以上の変形をすべて組み合わせた、\(y=A\sin(B(\theta-C))+D\) のグラフを描くための体系的な手順を考えます。

例題:関数 \(y=2\sin(3\theta-\frac{\pi}{2})\) のグラフを描き、その周期と振幅を求めよ。

ステップ1:標準形に変形する

まず、\(\theta\) の係数である3で括りだし、\(y=A\sin(B(\theta-C))+D\) の形にします。

\[ y=2\sin\left{3\left(\theta-\frac{\pi}{6}\right)\right} \]

この式から、\(A=2, B=3, C=\frac{\pi}{6}, D=0\) であることがわかります。

ステップ2:グラフの基本情報を読み取る

  • 振幅: \(|A|=2\)。値域は \([-2, 2]\)。
  • 周期: \(\frac{2\pi}{B} = \frac{2\pi}{3}\)。
  • 平行移動:
    • \(\theta\)軸方向(横)に \(C=\frac{\pi}{6}\) だけ平行移動。
    • y軸方向(縦)の平行移動はなし(\(D=0\))。

ステップ3:グラフを描く

  1. 基準となるグラフを考える: まず、平行移動を無視した \(y=2\sin(3\theta)\) のグラフを考えます。このグラフは、振幅が2、周期が \(2\pi/3\) の正弦波です。1サイクルは \(\theta=0\) から \(\theta=2\pi/3\) まで。特徴的な点(0になる点、最大・最小になる点)の \(\theta\) 座標は、周期を4等分することで見つけられます。
    • \(\theta=0\) で \(y=0\)
    • \(\theta=\frac{1}{4}(\frac{2\pi}{3})=\frac{\pi}{6}\) で最大値 \(y=2\)
    • \(\theta=\frac{2}{4}(\frac{2\pi}{3})=\frac{\pi}{3}\) で \(y=0\)
    • \(\theta=\frac{3}{4}(\frac{2\pi}{3})=\frac{\pi}{2}\) で最小値 \(y=-2\)
    • \(\theta=\frac{4}{4}(\frac{2\pi}{3})=\frac{2\pi}{3}\) で \(y=0\)
  2. 平行移動を適用する:次に、この \(y=2\sin(3\theta)\) のグラフ全体を、\(\theta\)軸方向に \(\frac{\pi}{6}\) だけ平行移動します。先ほど見つけた特徴的な点が、すべて右に \(\pi/6\) ずれます。
    • \(\theta=0+\frac{\pi}{6}=\frac{\pi}{6}\) で \(y=0\)
    • \(\theta=\frac{\pi}{6}+\frac{\pi}{6}=\frac{\pi}{3}\) で最大値 \(y=2\)
    • \(\theta=\frac{\pi}{3}+\frac{\pi}{6}=\frac{\pi}{2}\) で \(y=0\)
  3. グラフの完成:これらの点を滑らかに結び、周期的に繰り返すことで、求めるグラフが完成します。

【ミニケーススタディ:\(\cos\) への変換】

\(y=2\sin(3\theta-\frac{\pi}{2}) = 2\sin{-( \frac{\pi}{2}-3\theta) }\)

\(\sin(-x)=-\sin(x)\) なので、

\(= -2\sin(\frac{\pi}{2}-3\theta)\)

\(\sin(\frac{\pi}{2}-x)=\cos(x)\) なので、

\(= -2\cos(3\theta)\)

となり、このグラフは、\(y=\cos(3\theta)\) のグラフを上下反転し、振幅を2倍したものと同じであることがわかります。三角関数の様々な公式を用いることで、同じグラフが異なる式で表現されることがあり、その関係性を理解することも重要です。

4.3. まとめ:波形を支配する4つのパラメータ

一般化された三角関数のグラフは、その方程式に含まれる4つの係数によって、形と位置が完全に決定されます。

  • \(A\) (振幅): 波の「高さ」を決定する。
  • \(D\) (垂直シフト): 波の「基準面の高さ」を決定する。
  • \(B\) (周期): 波の「水平方向の密度(長さ)」を決定する。周期は \(2\pi/B\)。
  • \(C\) (位相シフト): 波の「水平方向の開始位置」を決定する。

この4つのパラメータがグラフに与える影響を体系的に理解することで、どんなに複雑に見える三角関数の式も、その本質的な波形を正確に、そして迅速に描き出すことが可能になります。これは、物理学や工学で様々な波形データを分析する際の基礎となるスキルです。


5. sin, cos, tanの加法定理

三角関数の世界に存在する数多の公式の中で、もし一つだけ最も重要で根源的なものを挙げるとすれば、それは間違いなく加法定理 (addition theorem) でしょう。加法定理とは、2つの角の和や差(例えば \(\alpha+\beta\) や \(\alpha-\beta\))の三角関数を、それぞれの角 \(\alpha, \beta\) の三角関数を用いて表すための関係式です。

この定理の偉大さは、その応用範囲の広さにあります。次節以降で学ぶ2倍角の公式、半角の公式、積和・和積の公式など、高校数学で登場する主要な三角関数の公式は、ほぼすべてがこの加法定理から論理的に導出される派生産物に過ぎません。したがって、加法定理を理解し、その証明を味わうことは、三角関数という理論体系が、いかに堅牢な論理構造の上に築かれているかを実感する上で、決定的に重要です。このセクションでは、単位円と幾何学的な洞察を駆使して、この万能定理を導き出します。

5.1. 加法定理の公式一覧

まず、結論となる公式を提示します。これらは最終的には記憶すべき重要な公式ですが、まずはその導出過程を理解することに重点を置きます。

三角関数の加法定理

  • 正弦 (sine):\[ \sin(\alpha+\beta) = \sin\alpha\cos\beta + \cos\alpha\sin\beta \]\[ \sin(\alpha-\beta) = \sin\alpha\cos\beta – \cos\alpha\sin\beta \](サイン、コス、コス、サイン。符号は同じ)
  • 余弦 (cosine):\[ \cos(\alpha+\beta) = \cos\alpha\cos\beta – \sin\alpha\sin\beta \]\[ \cos(\alpha-\beta) = \cos\alpha\cos\beta + \sin\alpha\sin\beta \](コス、コス、サイン、サイン。符号は逆)
  • 正接 (tangent):\[ \tan(\alpha+\beta) = \frac{\tan\alpha+\tan\beta}{1-\tan\alpha\tan\beta} \]\[ \tan(\alpha-\beta) = \frac{\tan\alpha-\tan\beta}{1+\tan\alpha\tan\beta} \](1マイタンタン、タンプラタン)

5.2. \(\cos(\alpha-\beta)\) の証明:すべての始まり

これらの公式の中で、最も根源的となるのが \(\cos(\alpha-\beta)\) の公式です。他の公式はすべて、この一つから導出できます。ここでは、その最も標準的で美しい証明法を紹介します。

証明の戦略

単位円上に、角 \(\alpha\) と \(\beta\) に対応する2点P, Qをとります。この2点間の距離の2乗 \(PQ^2\) を、二通りの方法で計算します。

  1. 方法1:2点間の距離の公式で計算する。
  2. 方法2:三角形OPQに余弦定理を適用して計算する。これら二つの方法で得られた式が等しいことから、公式を導きます。

証明

  1. 単位円上に、角 \(\alpha\) の動径との交点を \(P(\cos\alpha, \sin\alpha)\)、角 \(\beta\) の動径との交点を \(Q(\cos\beta, \sin\beta)\) とする。
  2. 方法1:距離の公式による計算\[ PQ^2 = (\cos\alpha-\cos\beta)^2 + (\sin\alpha-\sin\beta)^2 \]\[ = (\cos^2\alpha-2\cos\alpha\cos\beta+\cos^2\beta) + (\sin^2\alpha-2\sin\alpha\sin\beta+\sin^2\beta) \]ここで、\((\cos^2\alpha+\sin^2\alpha)=1\) と \((\cos^2\beta+\sin^2\beta)=1\) を用いて整理すると、\[ = (1 – 2\cos\alpha\cos\beta) + (1 – 2\sin\alpha\sin\beta) \]\[ = 2 – 2(\cos\alpha\cos\beta + \sin\alpha\sin\beta) \]
  3. 方法2:余弦定理による計算三角形OPQにおいて、辺の長さは \(OP=1, OQ=1\)(単位円の半径)。2辺OPとOQの間の角は \(\angle POQ = \alpha-\beta\) である。三角形OPQに余弦定理を適用すると、\[ PQ^2 = OP^2+OQ^2 – 2 \cdot OP \cdot OQ \cdot \cos(\angle POQ) \]\[ = 1^2+1^2 – 2 \cdot 1 \cdot 1 \cdot \cos(\alpha-\beta) \]\[ = 2 – 2\cos(\alpha-\beta) \]
  4. 結論方法1と方法2で得られた \(PQ^2\) の表式は等しいので、\[ 2 – 2(\cos\alpha\cos\beta + \sin\alpha\sin\beta) = 2 – 2\cos(\alpha-\beta) \]両辺から2を引き、-2で割ると、\[ \cos\alpha\cos\beta + \sin\alpha\sin\beta = \cos(\alpha-\beta) \]となり、加法定理が証明された。 [証明終]

5.3. 他の公式の導出

この一つの \(\cos(\alpha-\beta)\) の公式から、他のすべての公式を導いてみましょう。これは、数学の理論体系がどのように構築されるかを示す、良い演習です。

  • \(\cos(\alpha+\beta)\) の導出\(\cos(\alpha+\beta) = \cos(\alpha-(-\beta))\) と考え、\(\beta\) の代わりに \(-\beta\) を公式に代入する。\(= \cos\alpha\cos(-\beta) + \sin\alpha\sin(-\beta)\)ここで、\(\cos(-\beta)=\cos\beta\)(偶関数)、\(\sin(-\beta)=-\sin\beta\)(奇関数)を用いると、\[ = \cos\alpha\cos\beta – \sin\alpha\sin\beta \]
  • \(\sin(\alpha+\beta)\) の導出三角関数の性質 \(\sin\theta = \cos(\frac{\pi}{2}-\theta)\) を利用する。\(\sin(\alpha+\beta) = \cos\left{\frac{\pi}{2}-(\alpha+\beta)\right} = \cos\left{\left(\frac{\pi}{2}-\alpha\right)-\beta\right}\)これを \(\cos(A-B)\) の加法定理(\(A=\frac{\pi}{2}-\alpha, B=\beta\))と見て展開する。\(= \cos(\frac{\pi}{2}-\alpha)\cos\beta + \sin(\frac{\pi}{2}-\alpha)\sin\beta\)ここで、\(\cos(\frac{\pi}{2}-\alpha)=\sin\alpha\)、\(\sin(\frac{\pi}{2}-\alpha)=\cos\alpha\) を用いると、\[ = \sin\alpha\cos\beta + \cos\alpha\sin\beta \]
  • \(\sin(\alpha-\beta)\) の導出\(\sin(\alpha+\beta)\) の公式で、\(\beta\) を \(-\beta\) で置き換える。\(\sin(\alpha+(-\beta)) = \sin\alpha\cos(-\beta) + \cos\alpha\sin(-\beta)\)\[ = \sin\alpha\cos\beta – \cos\alpha\sin\beta \]
  • \(\tan(\alpha+\beta)\) の導出\(\tan(\alpha+\beta) = \frac{\sin(\alpha+\beta)}{\cos(\alpha+\beta)}\) を用いる。\[ = \frac{\sin\alpha\cos\beta + \cos\alpha\sin\beta}{\cos\alpha\cos\beta – \sin\alpha\sin\beta} \]この分数の分母・分子を \(\cos\alpha\cos\beta\) で割る。\[ = \frac{\frac{\sin\alpha\cos\beta}{\cos\alpha\cos\beta} + \frac{\cos\alpha\sin\beta}{\cos\alpha\cos\beta}}{\frac{\cos\alpha\cos\beta}{\cos\alpha\cos\beta} – \frac{\sin\alpha\sin\beta}{\cos\alpha\cos\beta}} = \frac{\frac{\sin\alpha}{\cos\alpha} + \frac{\sin\beta}{\cos\beta}}{1 – \frac{\sin\alpha}{\cos\alpha}\frac{\sin\beta}{\cos\beta1}} \]\[ = \frac{\tan\alpha+\tan\beta}{1-\tan\alpha\tan\beta} \]

5.4. まとめ:三角関数論の背骨

加法定理は、三角関数という広大な領域を貫く、まさに理論的な「背骨」です。

  • 根源的な証明: その証明は、単位円、距離の公式、余弦定理といった、幾何学と代数学の基本的なツールを融合させた、解析幾何学の美しい応用例となっています。
  • 演繹の出発点: 一つの \(\cos(\alpha-\beta)\) の公式さえ確立すれば、他のすべての加法定理、さらにはこれから学ぶ2倍角や半角などの無数の公式が、純粋な論理操作だけで導出できます。
  • 応用への扉: この定理は、三角関数を含む方程式や不等式を解いたり、波の合成を考えたり(物理)、2直線のなす角を求めたりと、様々な応用への扉を開きます。

加法定理を単なる暗記項目としてではなく、三角関数論の壮大な物語が始まる原点として理解することで、あなたの数学的視野は大きく深まることでしょう。


6. 2直線のなす角

解析幾何学の中心的な課題は、図形的な性質を代数の言葉で表現することでした。直線に関して我々は、その「傾き」という量が、直線がx軸の正の方向となす角 \(\alpha\) の正接 \(\tan\alpha\) に対応することを知っています。

では、2本の直線が交わるとき、そのなす角は、それぞれの方程式からどのように計算できるでしょうか。この問いに対する答えは、前節で学んだ加法定理の、最初の鮮やかな応用例となります。2本の直線がそれぞれx軸となす角を \(\alpha, \beta\) とすれば、2直線のなす角は単純にその差 \(\alpha-\beta\) で与えられます。この幾何学的な洞察を、加法定理を用いて代数的な公式へと翻訳するプロセスを見ていきましょう。

6.1. 傾きと角の関係

まず、基本となる関係を確認します。

直線 \(y=mx+c\) がx軸の正の方向となす角を \(\theta\) (\(0 \le \theta < \pi\))とすると、その傾き \(m\) は、

\[ m = \tan\theta \]

で与えられます。この関係が、2直線のなす角を傾きで表現するための橋渡しとなります。

6.2. 公式の導出

2本の直線 \(l_1: y=m_1x+c_1\) と \(l_2: y=m_2x+c_2\) があるとします。

\(l_1\) がx軸の正の方向となす角を \(\alpha\)、\(l_2\) がx軸の正の方向となす角を \(\beta\) とすると、

\(m_1 = \tan\alpha\)

\(m_2 = \tan\beta\)

です。

この2直線のなす角のうち、鋭角の方を \(\theta\) とします(\(0 < \theta < \pi/2\))。

図を考えると、\(\theta = |\alpha-\beta|\) の関係が成り立っていることがわかります。

(\(\alpha, \beta\) の大小関係によって \(\alpha-\beta\) か \(\beta-\alpha\) のどちらかになるため、絶対値をつけておきます)

我々が求めたいのは \(\theta\) ですが、直接求めるのは難しいので、まずは \(\tan\theta\) を計算します。

\[ \tan\theta = \tan(|\alpha-\beta|) \]

\(\tan(-x)=-\tan x\) と \(0 < \theta < \pi/2\) より \(\tan\theta>0\) なので、\(\tan(|\alpha-\beta|) = |\tan(\alpha-\beta)|\) となります。

ここで、正接(tan)の加法定理を適用します。

\[ \tan(\alpha-\beta) = \frac{\tan\alpha-\tan\beta}{1+\tan\alpha\tan\beta} \]

この式に \(\tan\alpha=m_1, \tan\beta=m_2\) を代入すると、

\[ \tan(\alpha-\beta) = \frac{m_1-m_2}{1+m_1m_2} \]

したがって、

\[ \tan\theta = \left| \frac{m_1-m_2}{1+m_1m_2} \right| \]

となり、2直線の傾きから、そのなす角の正接を求める公式が得られました。

2直線のなす角の公式

2直線 \(y=m_1x+c_1, y=m_2x+c_2\) のなす鋭角を \(\theta\) とすると、

\[ \tan\theta = \left| \frac{m_1-m_2}{1+m_1m_2} \right| \]

(ただし、2直線が垂直でない、すなわち \(m_1m_2 \neq -1\) とする)

【垂直条件との関係】

もし2直線が垂直ならば、なす角は \(\theta=\pi/2\) です。このとき、\(\tan\theta\) は定義されません(無限大に発散します)。

上の公式で、分母が0になるとき、すなわち \(1+m_1m_2=0 \Leftrightarrow m_1m_2=-1\) のときに、この状況が起こります。

このように、2直線のなす角の公式は、Module 3で学んだ垂直条件と見事に整合性がとれています。

6.3. 公式の応用

例題1:2直線 \(y=-2x+1\) と \(y=3x-2\) のなす鋭角 \(\theta\) を求めよ。

解法:

\(m_1=-2, m_2=3\)として公式に代入します。

\[ \tan\theta = \left| \frac{-2-3}{1+(-2)(3)} \right| = \left| \frac{-5}{1-6} \right| = \left| \frac{-5}{-5} \right| = 1 \]

\(\tan\theta=1\) であり、\(\theta\) は鋭角なので、

\[ \theta = \frac{\pi}{4} \quad (45^\circ) \]

例題2:直線 \(y=2x-1\) と \(\frac{\pi}{4}\) の角をなし、点(1, 3)を通る直線の方程式を求めよ。

思考プロセス:

  1. 求める直線の傾きを \(m\) とおく。
  2. 既知の直線(傾き2)と求める直線(傾き \(m\))のなす角が \(\pi/4\) であるという条件を、公式を用いて立式する。
  3. 得られた方程式を解いて、\(m\) の値を決定する。(通常2つ求まる)
  4. 求めた傾き \(m\) と、通る点(1, 3)を用いて、直線の方程式を立てる。

解法:

求める直線の傾きを \(m\) とする。

この直線と、直線 \(y=2x-1\)(傾き2)のなす角が \(\frac{\pi}{4}\) なので、

\[ \tan\frac{\pi}{4} = \left| \frac{m-2}{1+2m} \right| \]

\(\tan\frac{\pi}{4}=1\) なので、

\[ 1 = \left| \frac{m-2}{1+2m} \right| \]

絶対値を外すと、

\[ \frac{m-2}{1+2m} = 1 \quad \text{または} \quad \frac{m-2}{1+2m} = -1 \]

それぞれの場合について \(m\) を解く。

  • (a) \(\frac{m-2}{1+2m} = 1\) の場合\(m-2 = 1+2m \Rightarrow -m=3 \Rightarrow m=-3\)
  • (b) \(\frac{m-2}{1+2m} = -1\) の場合\(m-2 = -(1+2m) \Rightarrow m-2 = -1-2m \Rightarrow 3m=1 \Rightarrow m=\frac{1}{3}\)

これで、求める直線の傾きが \(-3\) と \(\frac{1}{3}\) の2通りあることがわかった。

最後に、それぞれの場合について、点(1, 3)を通る直線の方程式を求める。

  • 傾きが-3のとき:\(y-3 = -3(x-1) \Rightarrow y-3=-3x+3 \Rightarrow y=-3x+6\)
  • 傾きが \(\frac{1}{3}\) のとき:\(y-3 = \frac{1}{3}(x-1) \Rightarrow 3y-9=x-1 \Rightarrow y=\frac{1}{3}x+\frac{8}{3}\)

よって、求める直線の方程式は、\(y=-3x+6\) と \(y=\frac{1}{3}x+\frac{8}{3}\) の2本である。

6.4. まとめ:幾何学と三角関数の連携

2直線のなす角の問題は、異なる数学分野間の連携がもたらす問題解決の好例です。

  • 問題の翻訳: 「2直線のなす角」という純粋に幾何学的な問題を、「それぞれの直線の傾き(\(\tan\))」という解析幾何学的な量に翻訳しました。
  • 定理の適用: その量を、三角関数の加法定理という代数的なツールを用いて処理し、傾きだけで計算できる公式を導きました。
  • 解の導出: 最終的に、その公式を用いて方程式を解くことで、元の幾何学的な問いに対する答え(具体的な角度や直線の方程式)を得ることができました。

この一連の流れは、数学の様々な分野が孤立しているのではなく、互いに連携し合うことで、より複雑な問題を解決する力を生み出すことを示しています。加法定理が、このような具体的な幾何学問題に応用できるという事実は、その定理の持つ実用性と重要性を裏付けています。


7. 2倍角の公式

加法定理 \(\sin(\alpha+\beta), \cos(\alpha+\beta)\) は、2つの異なる角の和の三角関数を計算するためのものでした。では、もしこの2つの角が同じだったらどうなるでしょうか。すなわち、\(\beta=\alpha\) とした場合、加法定理は \(\sin(2\alpha)\) や \(\cos(2\alpha)\) といった、ある角の2倍の角の三角関数を計算するための公式へと姿を変えます。

これが2倍角の公式 (double-angle formula) です。この公式は、加法定理の直接的かつ最も重要な帰結の一つであり、三角関数が関わる方程式や積分計算、あるいは図形問題など、極めて広い範囲で頻繁に利用されます。特に、\(\cos(2\alpha)\) の公式が3つの異なる形で表現できることは、状況に応じて最適な形を使い分ける上で非常に重要となります。

7.1. 2倍角の公式の導出

2倍角の公式は、加法定理において \(\beta\) を \(\alpha\) に置き換えるだけで、機械的に導出できます。

7.1.1. 正弦(sin)の2倍角

加法定理:\(\sin(\alpha+\beta) = \sin\alpha\cos\beta + \cos\alpha\sin\beta\)

ここで \(\beta=\alpha\) とおくと、

\[ \sin(2\alpha) = \sin(\alpha+\alpha) = \sin\alpha\cos\alpha + \cos\alpha\sin\alpha \]

\[ = 2\sin\alpha\cos\alpha \]

7.1.2. 余弦(cos)の2倍角

加法定理:\(\cos(\alpha+\beta) = \cos\alpha\cos\beta – \sin\alpha\sin\beta\)

ここで \(\beta=\alpha\) とおくと、

\[ \cos(2\alpha) = \cos(\alpha+\alpha) = \cos\alpha\cos\alpha – \sin\alpha\sin\alpha \]

\[ = \cos^2\alpha – \sin^2\alpha \]

これが \(\cos(2\alpha)\) の基本形です。さらに、この式に相互関係 \(\sin^2\alpha+\cos^2\alpha=1\) を用いることで、あと2つの重要な形を導出できます。

  • \(\cos\) だけで表す形:\(\sin^2\alpha = 1-\cos^2\alpha\) を代入する。\(\cos(2\alpha) = \cos^2\alpha – (1-\cos^2\alpha) = 2\cos^2\alpha – 1\)
  • \(\sin\) だけで表す形:\(\cos^2\alpha = 1-\sin^2\alpha\) を代入する。\(\cos(2\alpha) = (1-\sin^2\alpha) – \sin^2\alpha = 1 – 2\sin^2\alpha\)

7.1.3. 正接(tan)の2倍角

加法定理:\(\tan(\alpha+\beta) = \frac{\tan\alpha+\tan\beta}{1-\tan\alpha\tan\beta}\)

ここで \(\beta=\alpha\) とおくと、

\[ \tan(2\alpha) = \tan(\alpha+\alpha) = \frac{\tan\alpha+\tan\alpha}{1-\tan\alpha\tan\alpha} \]

\[ = \frac{2\tan\alpha}{1-\tan^2\alpha} \]

7.2. 公式のまとめと使い分け

2倍角の公式

  • \[ \sin(2\alpha) = 2\sin\alpha\cos\alpha \]
  • \[ \cos(2\alpha) = \cos^2\alpha – \sin^2\alpha = 2\cos^2\alpha – 1 = 1 – 2\sin^2\alpha \]
  • \[ \tan(2\alpha) = \frac{2\tan\alpha}{1-\tan^2\alpha} \]

【\(\cos(2\alpha)\) の使い分け】

3つの形を持つ \(\cos(2\alpha)\) は、目的に応じて使い分けることが重要です。

  • \(\cos^2\alpha-\sin^2\alpha\): 因数分解(\((\cos\alpha-\sin\alpha)(\cos\alpha+\sin\alpha)\))などで対称性を利用したい場合。
  • \(2\cos^2\alpha-1\): 式を \(\cos\) に統一したい場合。次節で学ぶ半角の公式の導出(\(\cos\)版)の元となる。
  • \(1-2\sin^2\alpha\): 式を \(\sin\) に統一したい場合。次節で学ぶ半角の公式の導出(\(\sin\)版)の元となる。

7.3. 2倍角の公式の応用

2倍角の公式は、三角関数を含む方程式や不等式、最大・最小問題などで、角度の種類を統一し、式を簡略化するために広く用いられます。

例題1:\(\frac{\pi}{2} < \alpha < \pi\) で \(\sin\alpha=\frac{3}{5}\) のとき、\(\sin(2\alpha), \cos(2\alpha)\) の値を求めよ。

解法:

まず、\(\cos\alpha\) の値を求める必要がある。

\(\cos^2\alpha = 1-\sin^2\alpha = 1-(\frac{3}{5})^2 = 1-\frac{9}{25}=\frac{16}{25}\)

\(\cos\alpha = \pm \frac{4}{5}\)。

\(\alpha\) は第2象限の角なので、\(\cos\alpha < 0\)。よって、\(\cos\alpha = -\frac{4}{5}\)。

  • \(\sin(2\alpha)\) の値を求める:\[ \sin(2\alpha) = 2\sin\alpha\cos\alpha = 2 \cdot \frac{3}{5} \cdot \left(-\frac{4}{5}\right) = -\frac{24}{25} \]
  • \(\cos(2\alpha)\) の値を求める:3つのどの公式を使ってもよい。例えば、\[ \cos(2\alpha) = \cos^2\alpha – \sin^2\alpha = \left(-\frac{4}{5}\right)^2 – \left(\frac{3}{5}\right)^2 = \frac{16}{25} – \frac{9}{25} = \frac{7}{25} \]

例題2:方程式 \(\cos(2\theta) + 3\sin\theta – 2 = 0\) を解け。(ただし \(0 \le \theta < 2\pi\))

思考プロセス:

この方程式には \(\cos(2\theta)\) と \(\sin\theta\) という、角度の種類(\(2\theta\) と \(\theta\))と関数の種類(\(\cos\) と \(\sin\))が混在している。これを解くためには、

  1. 2倍角の公式を用いて、角度を \(\theta\) に統一する。
  2. \(\cos(2\theta)\) の3つの形のうち、式全体が \(\sin\theta\) だけで表されるように、\(\cos(2\theta)=1-2\sin^2\theta\) を選択する。
  3. \(\sin\theta\) を一つの変数(例:\(t=\sin\theta\))と見て、\(t\) に関する2次方程式を解く。
  4. 得られた \(t\) の値から、\(\sin\theta=t\) を満たす \(\theta\) の値を求める。

解法:

\(\cos(2\theta) = 1-2\sin^2\theta\) を方程式に代入する。

\[ (1-2\sin^2\theta) + 3\sin\theta – 2 = 0 \]

\[ -2\sin^2\theta + 3\sin\theta – 1 = 0 \]

両辺に-1を掛けて整理する。

\[ 2\sin^2\theta – 3\sin\theta + 1 = 0 \]

\(\sin\theta = t\) とおくと(\(-1 \le t \le 1\))、

\(2t^2-3t+1=0\)

左辺を因数分解する。

\((2t-1)(t-1)=0\)

よって、\(t = \frac{1}{2}\) または \(t=1\)。

どちらも \(-1 \le t \le 1\) を満たす。

\(t\) を \(\sin\theta\) に戻して \(\theta\) を求める。

  • \(\sin\theta=\frac{1}{2}\) のとき:\(0 \le \theta < 2\pi\) の範囲で、\(\theta = \frac{\pi}{6}, \frac{5\pi}{6}\)
  • \(\sin\theta=1\) のとき:\(0 \le \theta < 2\pi\) の範囲で、\(\theta = \frac{\pi}{2}\)

したがって、求める解は \(\theta = \frac{\pi}{6}, \frac{\pi}{2}, \frac{5\pi}{6}\) の3つである。

7.4. まとめ:角度を半分にする操作

2倍角の公式は、加法定理という親から生まれた、最も有用な子供のような存在です。

  • 論理的な必然性: 加法定理で \(\beta=\alpha\) とおくことで、機械的かつ必然的に導出されます。
  • 角度の統一: 三角関数を含む方程式や不等式において、角度が \(\theta\) と \(2\theta\) のように混在している場合に、角度を \(\theta\) に統一するための必須のツールです。
  • 関数の統一: 特に \(\cos(2\alpha)\) は3つの顔を持ち、式の中に \(\sin\) しか、あるいは \(\cos\) しか現れないように式を変形する「関数統一」の役割も果たします。

この「角度を半分にする」(あるいは「角度を2倍にする」)という操作は、三角関数の式を扱う上での基本的な変形技術であり、その逆の操作が次節で学ぶ半角の公式へと繋がっていきます。


8. 半角の公式

2倍角の公式が、角 \(\alpha\) の三角関数から角 \(2\alpha\) の三角関数を求めるためのものであったのに対し、半角の公式 (half-angle formula) はその逆の視点に立つものです。すなわち、ある角 \(\alpha\) の三角関数(特に \(\cos\alpha\))の値がわかっているときに、その**半分の角 \(\alpha/2\) **の三角関数の値を求めるための公式です。

この公式は、2倍角の公式、特に \(\cos(2\theta)\) に関する式を、\(\theta\) の三角関数について解き直すことで得られます。したがって、これもまた加法定理の孫のような存在です。半角の公式は、特定の角度(例えば15°や22.5°など)の三角関数の値を正確に求めたり、式の次数を下げたりする際に利用されます。ただし、この公式が与えるのは2乗の値であるため、最終的な符号の決定には、半角 \(\alpha/2\) がどの象限に属するのかを慎重に判断する必要があります。

8.1. 半角の公式の導出

半角の公式の導出は、\(\cos\) の2倍角の公式から始まります。

8.1.1. \(\sin^2(\alpha/2)\) の導出

\(\cos\) の2倍角の公式のうち、\(\sin\) だけで表される形

\[ \cos(2\theta) = 1-2\sin^2\theta \]

を用いる。この式を \(\sin^2\theta\) について解くと、

\[ 2\sin^2\theta = 1-\cos(2\theta) \Rightarrow \sin^2\theta = \frac{1-\cos(2\theta)}{2} \]

ここで、\(\theta = \frac{\alpha}{2}\) と置き換えると、\(2\theta=\alpha\) となる。

したがって、

\[ \sin^2\frac{\alpha}{2} = \frac{1-\cos\alpha}{2} \]

が得られる。

8.1.2. \(\cos^2(\alpha/2)\) の導出

同様に、\(\cos\) の2倍角の公式のうち、\(\cos\) だけで表される形

\[ \cos(2\theta) = 2\cos^2\theta – 1 \]

を用いる。この式を \(\cos^2\theta\) について解くと、

\[ 2\cos^2\theta = 1+\cos(2\theta) \Rightarrow \cos^2\theta = \frac{1+\cos(2\theta)}{2} \]

ここで、\(\theta = \frac{\alpha}{2}\) と置き換えると、

\[ \cos^2\frac{\alpha}{2} = \frac{1+\cos\alpha}{2} \]

が得られる。

8.1.3. \(\tan^2(\alpha/2)\) の導出

\(\tan^2(\alpha/2) = \frac{\sin^2(\alpha/2)}{\cos^2(\alpha/2)}\) の関係を用いる。

\[ \tan^2\frac{\alpha}{2} = \frac{\frac{1-\cos\alpha}{2}}{\frac{1+\cos\alpha}{2}} = \frac{1-\cos\alpha}{1+\cos\alpha} \]

が得られる。

8.2. 公式のまとめと注意点

半角の公式

  • \[ \sin^2\frac{\alpha}{2} = \frac{1-\cos\alpha}{2} \]
  • \[ \cos^2\frac{\alpha}{2} = \frac{1+\cos\alpha}{2} \]
  • \[ \tan^2\frac{\alpha}{2} = \frac{1-\cos\alpha}{1+\cos\alpha} \]

【最重要注意点:符号の決定】

これらの公式から \(\sin(\alpha/2)\) や \(\cos(\alpha/2)\) の値を求めるには、平方根をとる必要があります。その際、プラスとマイナスのどちらの符号を選ぶかは、角 \(\alpha/2\) がどの象限にあるかによって決まります。

例えば、\(\sin(\alpha/2)\) の値を求めたい場合、

  • \(\alpha/2\) が第1象限または第2象限にあれば、\(\sin(\alpha/2) > 0\) なので、正の平方根をとる。
  • \(\alpha/2\) が第3象限または第4象限にあれば、\(\sin(\alpha/2) < 0\) なので、負の平方根をとる。この符号の吟味を怠ると、正しい答えは得られません。

8.3. 半角の公式の応用

例題1:\(\cos\frac{\pi}{8}, \sin\frac{\pi}{8}\) の値を求めよ。

思考プロセス:

\(\frac{\pi}{8}\) は、\(\frac{\pi}{4}\) の半分の角である。\(\cos\frac{\pi}{4} = \frac{1}{\sqrt{2}}\) の値は既知なので、半角の公式が使える。

角 \(\frac{\pi}{8}\) は第1象限にあるので、\(\sin, \cos\) ともに正の値をとる。

解法:

半角の公式で \(\alpha = \frac{\pi}{4}\) とする。

  • \(\cos^2\frac{\pi}{8}\) の値を求める:\[ \cos^2\frac{\pi}{8} = \frac{1+\cos\frac{\pi}{4}}{2} = \frac{1+\frac{1}{\sqrt{2}}}{2} = \frac{\frac{\sqrt{2}+1}{\sqrt{2}}}{2} = \frac{\sqrt{2}+1}{2\sqrt{2}} = \frac{\sqrt{2}(\sqrt{2}+1)}{4} = \frac{2+\sqrt{2}}{4} \]\(\frac{\pi}{8}\) は第1象限の角なので \(\cos\frac{\pi}{8}>0\)。よって、\[ \cos\frac{\pi}{8} = \sqrt{\frac{2+\sqrt{2}}{4}} = \frac{\sqrt{2+\sqrt{2}}}{2} \]
  • \(\sin^2\frac{\pi}{8}\) の値を求める:\[ \sin^2\frac{\pi}{8} = \frac{1-\cos\frac{\pi}{4}}{2} = \frac{1-\frac{1}{\sqrt{2}}}{2} = \frac{\frac{\sqrt{2}-1}{\sqrt{2}}}{2} = \frac{\sqrt{2}-1}{2\sqrt{2}} = \frac{2-\sqrt{2}}{4} \]\(\frac{\pi}{8}\) は第1象限の角なので \(\sin\frac{\pi}{8}>0\)。よって、\[ \sin\frac{\pi}{8} = \sqrt{\frac{2-\sqrt{2}}{4}} = \frac{\sqrt{2-\sqrt{2}}}{2} \]

例題2:方程式 \(\sin^2(2x) = \sin^2 x\) を解け。

思考プロセス:

このままでは扱いにくい。半角の公式(あるいはその元となった2倍角の公式)を用いると、2乗の項をなくし、次数を下げることができる。

半角の公式を変形すると、

\(\sin^2\theta = \frac{1-\cos(2\theta)}{2}\)

となる。これを利用して、角度を2倍にすることで次数を下げる。

解法:

半角の公式(の変形)を用いて、両辺を \(\cos\) の1次式に変換する。

左辺:\(\sin^2(2x) = \frac{1-\cos(2 \cdot 2x)}{2} = \frac{1-\cos(4x)}{2}\)

右辺:\(\sin^2 x = \frac{1-\cos(2x)}{2}\)

よって、方程式は

\[ \frac{1-\cos(4x)}{2} = \frac{1-\cos(2x)}{2} \]

\[ 1-\cos(4x) = 1-\cos(2x) \]

\[ \cos(4x) = \cos(2x) \]

\[ \cos(4x) – \cos(2x) = 0 \]

ここで、和積の公式(後述)を用いると簡潔に解けるが、ここでは2倍角の公式で角度を統一する。

\(\cos(4x) = \cos(2 \cdot 2x) = 2\cos^2(2x)-1\) を代入する。

\[ (2\cos^2(2x)-1) – \cos(2x) = 0 \]

\[ 2\cos^2(2x) – \cos(2x) – 1 = 0 \]

\(\cos(2x)=t\) とおくと、\(2t^2-t-1=0 \Rightarrow (2t+1)(t-1)=0\)。

よって、\(t = -\frac{1}{2}\) または \(t=1\)。

  • \(\cos(2x) = -\frac{1}{2}\) のとき:\(2x = \frac{2\pi}{3}+2n\pi, \frac{4\pi}{3}+2n\pi \Rightarrow x = \frac{\pi}{3}+n\pi, \frac{2\pi}{3}+n\pi\)
  • \(\cos(2x) = 1\) のとき:\(2x = 2n\pi \Rightarrow x=n\pi\)(\(n\) は整数)

8.4. まとめ:次数下げのツール

半角の公式は、2倍角の公式と表裏一体の関係にあり、三角関数の式変形において重要な役割を果たします。

  • 導出の源泉: \(\cos\) の2倍角の公式 \(\cos(2\theta)\) が、すべての半角の公式の導出の出発点となります。
  • 主な用途:
    1. 既知の角から未知の角へ: \(\alpha\) の三角関数の値から、その半分の角 \(\alpha/2\) の値を求める。
    2. 次数下げ: \(\sin^2\theta\) や \(\cos^2\theta\) といった2次の項を、\(\cos(2\theta)\) という1次の項(角度は2倍になる)に変換する。これは特に積分計算において極めて重要なテクニックです。
  • 符号の吟味: 平方根をとる際には、角 \(\alpha/2\) の象限を調べて、符号を正しく決定することが不可欠です。

半角の公式は、2倍角の公式とセットで理解し、角度を自在に半分にしたり2倍にしたり、あるいは次数を上げ下げしたりする柔軟な式変形能力を身につけることが重要です。


9. 3倍角の公式

加法定理から2倍角の公式が導かれたように、加法定理と2倍角の公式を組み合わせることで、3倍角の公式 (triple-angle formula)、すなわち \(\sin(3\alpha)\) や \(\cos(3\alpha)\) を \(\sin\alpha\) や \(\cos\alpha\) だけで表現する公式を導出することができます。

3倍角の公式は、2倍角や半角の公式ほど使用頻度は高くありませんが、特定の形の方程式を解く際や、より複雑な式変形の中で現れることがあります。この公式の導出プロセスは、これまで学んできた公式を総動員して、目標とする形へと式を丹念に変形していく、優れた代数的訓練となります。それは、加法定理という一つの源から、いかに豊かな世界が広がっていくかを示す、もう一つの証拠でもあります。

9.1. 3倍角の公式の導出

導出の基本戦略は、\(3\alpha = 2\alpha + \alpha\) と分解し、加法定理を適用することです。

9.1.1. 正弦(sin)の3倍角

\[ \sin(3\alpha) = \sin(2\alpha+\alpha) \]

加法定理 \(\sin(A+B)=\sin A \cos B + \cos A \sin B\) を用いて展開します(\(A=2\alpha, B=\alpha\))。

\[ = \sin(2\alpha)\cos\alpha + \cos(2\alpha)\sin\alpha \]

次に、\(\sin(2\alpha)\) と \(\cos(2\alpha)\) に2倍角の公式を適用します。最終的に \(\sin\alpha\) だけで表したいので、\(\cos(2\alpha)\) は \(\sin\) で表される形 \(1-2\sin^2\alpha\) を選択します。

\[ = (2\sin\alpha\cos\alpha)\cos\alpha + (1-2\sin^2\alpha)\sin\alpha \]

\[ = 2\sin\alpha\cos^2\alpha + \sin\alpha – 2\sin^3\alpha \]

まだ \(\cos^2\alpha\) が残っているので、\(\cos^2\alpha = 1-\sin^2\alpha\) を用いて消去します。

\[ = 2\sin\alpha(1-\sin^2\alpha) + \sin\alpha – 2\sin^3\alpha \]

\[ = 2\sin\alpha – 2\sin^3\alpha + \sin\alpha – 2\sin^3\alpha \]

最後に同類項をまとめます。

\[ = 3\sin\alpha – 4\sin^3\alpha \]

9.1.2. 余弦(cos)の3倍角

\[ \cos(3\alpha) = \cos(2\alpha+\alpha) \]

加法定理 \(\cos(A+B)=\cos A \cos B – \sin A \sin B\) を用いて展開します。

\[ = \cos(2\alpha)\cos\alpha – \sin(2\alpha)\sin\alpha \]

次に、2倍角の公式を適用します。最終的に \(\cos\alpha\) だけで表したいので、\(\cos(2\alpha)\) は \(\cos\) で表される形 \(2\cos^2\alpha-1\) を選択します。

\[ = (2\cos^2\alpha-1)\cos\alpha – (2\sin\alpha\cos\alpha)\sin\alpha \]

\[ = 2\cos^3\alpha – \cos\alpha – 2\cos\alpha\sin^2\alpha \]

\(\sin^2\alpha\) を \(\sin^2\alpha = 1-\cos^2\alpha\) を用いて消去します。

\[ = 2\cos^3\alpha – \cos\alpha – 2\cos\alpha(1-\cos^2\alpha) \]

\[ = 2\cos^3\alpha – \cos\alpha – 2\cos\alpha + 2\cos^3\alpha \]

最後に同類項をまとめます。

\[ = 4\cos^3\alpha – 3\cos\alpha \]

9.2. 公式のまとめと覚え方

3倍角の公式

  • \[ \sin(3\alpha) = 3\sin\alpha – 4\sin^3\alpha \]
  • \[ \cos(3\alpha) = 4\cos^3\alpha – 3\cos\alpha \]

【語呂合わせによる覚え方】

これらの公式は複雑なため、しばしば語呂合わせが用いられます。

  • sin: 「サンシャイン、引くて、夜風が身にしみる」( 3sinα – 4sin³α )
  • cos: 「夜風はこっち、引くて見にくいこすずめ」( 4cos³α – 3cosα )語呂合わせはあくまで記憶の補助ですが、複雑な公式を思い出すきっかけとしては有効です。しかし、それ以上に重要なのは、加法定理と2倍角の公式から自力で導出できるようにしておくことです。

9.3. 3倍角の公式の応用

3倍角の公式は、\(\sin\theta\) や \(\cos\theta\) の3次式で表される特定の方程式を解く際に役立ちます。

例題:方程式 \(8x^3-6x-1=0\) の解の一つが \(\cos\frac{\pi}{9}\) であることを利用して、この方程式を解け。

思考プロセス:

与えられた方程式の形 \(8x^3-6x\) が、\(\cos\) の3倍角の公式 \(4\cos^3\alpha-3\cos\alpha\) と非常に似ていることに気づけるかが鍵です。

  1. 方程式を \(4x^3-3x = \dots\) の形に変形する。
  2. \(x=\cos\theta\) と置換することで、方程式を \(\cos(3\theta)=\dots\) の形に変換する。
  3. この三角方程式を解いて \(\theta\) の値を求める。
  4. \(x=\cos\theta\) から、元の代数方程式の解を求める。

解法:

与えられた方程式 \(8x^3-6x-1=0\) の両辺を2で割ると、

\[ 4x^3-3x – \frac{1}{2} = 0 \Rightarrow 4x^3-3x = \frac{1}{2} \]

ここで、\(x=\cos\theta\) とおくと、左辺は \(\cos\) の3倍角の公式 \(\cos(3\theta) = 4\cos^3\theta-3\cos\theta\) の形になる。

したがって、方程式は

\[ \cos(3\theta) = \frac{1}{2} \]

となる。

この三角方程式を解く。\(0 \le 3\theta < 2\pi\) の範囲で考えると(周期性を考慮すれば十分)、

\(3\theta = \frac{\pi}{3}, \frac{5\pi}{3}\)

一般解は、整数 \(n\) を用いて、

\(3\theta = \pm \frac{\pi}{3} + 2n\pi\)

\(\theta = \pm \frac{\pi}{9} + \frac{2n\pi}{3}\)

\(n=0, 1, 2\) を代入することで、3つの異なる解に対応する \(\theta\) が得られる。

  • \(n=0\) のとき:\(\theta = \frac{\pi}{9}, -\frac{\pi}{9}\)
  • \(n=1\) のとき:\(\theta = \frac{\pi}{9}+\frac{2\pi}{3}=\frac{7\pi}{9}, -\frac{\pi}{9}+\frac{2\pi}{3}=\frac{5\pi}{9}\)
  • \(n=2\) のとき:\(\theta = \frac{\pi}{9}+\frac{4\pi}{3}=\frac{13\pi}{9}, -\frac{\pi}{9}+\frac{4\pi}{3}=\frac{11\pi}{9}\)

\(\cos\) の値は \(\cos(-\theta)=\cos\theta\) であり、また \(\cos(\frac{13\pi}{9})=\cos(\frac{5\pi}{9})\) など、値が重複するものがある。

結局、\(x=\cos\theta\) の値として得られるのは、

\[ x = \cos\frac{\pi}{9}, \quad \cos\frac{5\pi}{9}, \quad \cos\frac{7\pi}{9} \]

の3つである。(\(\cos(11\pi/9)=\cos(7\pi/9))など)

これらが、3次方程式 \(8x^3-6x-1=0\) の3つの実数解となる。

9.4. まとめ:加法定理のさらなる展開

3倍角の公式は、三角関数の公式体系の豊かさを示す一例です。

  • 導出プロセス: この公式の導出は、加法定理と2倍角の公式という基本部品を、論理に従って組み立てる作業であり、代数的な計算能力を鍛える良い練習になります。
  • 構造の類似性: \(\sin(3\alpha)\) の式と \(\cos(3\alpha)\) の式は、係数や次数が入れ替わった対称的な構造をしており、記憶する際の手がかりになります。
  • 応用: 主に、\(\cos(3\theta)=k\) のような三角方程式に帰着できる、特殊な形の3次方程式を解く際にその威力を発揮します。

この公式を学ぶことを通じて、加法定理という単一の原理から、いかに複雑で多様な数学的関係式が展開されうるかという、数学の演繹的な構造の美しさを感じ取ってください。


10. 和積・積和の公式

三角関数の公式群の中で、その複雑な見た目から多くの学習者を悩ませるのが、和積・積和の公式です。これらの公式は、その名の通り、三角関数のの形(例:\(\sin\alpha\cos\beta\))をの形(例:\(\frac{1}{2}{\sin(\alpha+\beta)+\sin(\alpha-\beta)}\))に変換したり、その逆の変換を行ったりするためのものです。

これらの公式は、加法定理から直接導かれるものであり、決して独立した暗記事項ではありません。むしろ、**「加法定理を足したり引いたりすることで作られる」**という導出プロセスを理解し、必要に応じてその場で導けるようにしておくことが、本質的な学習と言えます。これらの公式は、三角関数の積分計算において積の形を和の形に直して積分を容易にしたり、三角方程式で和の形を積の形に直して因数分解したりと、式の形を柔軟に変換する必要がある場面で決定的な役割を果たします。

10.1. 積和の公式:積を和・差へ

積和の公式は、加法定理の各式を組み合わせることで導出します。

出発点は、以下の4つの加法定理です。

(1) \(\sin(\alpha+\beta) = \sin\alpha\cos\beta + \cos\alpha\sin\beta\)2

(2) \(\sin(\alpha-\beta) = \sin\alpha\cos\beta – \cos\alpha\sin\beta\)3

(3) \(\cos(\alpha+\beta) = \cos\alpha\cos\beta – \sin\alpha\sin\beta\)4

(4) \(\cos(\alpha-\beta) = \cos\alpha\cos\beta + \sin\alpha\sin\b5eta\)

10.1.1. 公式の導出

  • \(\sin\alpha\cos\beta\) を求める:(1)+(2) を計算すると、右辺の \(\cos\alpha\sin\beta\) の項が消える。\(\sin(\alpha+\beta) + \sin(\alpha-\beta) = 2\sin\alpha\cos\beta\)よって、\(\sin\alpha\cos\beta = \frac{1}{2}{\sin(\alpha+\beta)+\sin(\alpha-\beta)}\)
  • \(\cos\alpha\sin\beta\) を求める:(1)-(2) を計算すると、右辺の \(\sin\alpha\cos\beta\) の項が消える。\(\sin(\alpha+\beta) – \sin(\alpha-\beta) = 2\cos\alpha\sin\beta\)よって、\(\cos\alpha\sin\beta = \frac{1}{2}{\sin(\alpha+\beta)-\sin(\alpha-\beta)}\)
  • \(\cos\alpha\cos\beta\) を求める:(4)+(3) を計算すると、右辺の \(\sin\alpha\sin\beta\) の項が消える。\(\cos(\alpha-\beta) + \cos(\alpha+\beta) = 2\cos\alpha\cos\beta\)よって、\(\cos\alpha\cos\beta = \frac{1}{2}{\cos(\alpha+\beta)+\cos(\alpha-\beta)}\)
  • \(\sin\alpha\sin\beta\) を求める:(4)-(3) を計算すると、右辺の \(\cos\alpha\cos\beta\) の項が消える。\(\cos(\alpha-\beta) – \cos(\alpha+\beta) = 2\sin\alpha\sin\beta\)よって、\(\sin\alpha\sin\beta = -\frac{1}{2}{\cos(\alpha+\beta)-\cos(\alpha-\beta)}\)(最後の式は、マイナス符号がつく点に注意が必要です)

10.2. 和積の公式:和・差を積へ

和積の公式は、積和の公式を逆から見て、変数を置き換えることで導出します。

積和の公式で、\(A=\alpha+\beta, B=\alpha-\beta\) とおきます。

この連立方程式を \(\alpha, \beta\) について解くと、

\(\alpha = \frac{A+B}{2}, \beta = \frac{A-B}{2}\)

となります。これらの関係を、先ほど導出した積和の公式の右辺と左辺を入れ替えたものに代入していきます。

10.2.1. 公式の導出

  • \(\sin A + \sin B\) を求める:\(2\sin\alpha\cos\beta = \sin(\alpha+\beta) + \sin(\alpha-\beta)\) から、\(\sin A + \sin B = 2\sin\frac{A+B}{2}\cos\frac{A-B}{2}\)
  • \(\sin A – \sin B\) を求める:\(2\cos\alpha\sin\beta = \sin(\alpha+\beta) – \sin(\alpha-\beta)\) から、\(\sin A – \sin B = 2\cos\frac{A+B}{2}\sin\frac{A-B}{2}\)
  • \(\cos A + \cos B\) を求める:\(2\cos\alpha\cos\beta = \cos(\alpha+\beta) + \cos(\alpha-\beta)\) から、\(\cos A + \cos B = 2\cos\frac{A+B}{2}\cos\frac{A-B}{2}\)
  • \(\cos A – \cos B\) を求める:\(-2\sin\alpha\sin\beta = \cos(\alpha+\beta) – \cos(\alpha-\beta)\) から、\(\cos A – \cos B = -2\sin\frac{A+B}{2}\sin\frac{A-B}{2}\)

10.3. 公式の応用

例題1(積和):\(\sin(3\theta)\cos\theta\) を和の形に直せ。

解法:

\(\sin\alpha\cos\beta = \frac{1}{2}{\sin(\alpha+\beta)+\sin(\alpha-\beta)}\) の公式で、\(\alpha=3\theta, \beta=\theta\) とする。

\[ \sin(3\theta)\cos\theta = \frac{1}{2}{\sin(3\theta+\theta) + \sin(3\theta-\theta)} \]

\[ = \frac{1}{2}{\sin(4\theta)+\sin(2\theta)} \]

例題2(和積):方程式 \(\sin(3x)+\sin x = 0\) を解け。(ただし \(0 \le x < 2\pi\))

解法:

このままでは解きにくいので、和積の公式で左辺を積の形に直し、因数分解された形 \(AB=0 \Leftrightarrow A=0 \text{ or } B=0\) を利用する。

\(\sin A + \sin B = 2\sin\frac{A+B}{2}\cos\frac{A-B}{2}\) の公式で、\(A=3x, B=x\) とする。

\[ 2\sin\frac{3x+x}{2}\cos\frac{3x-x}{2} = 0 \]

\[ 2\sin(2x)\cos x = 0 \]

したがって、\(\sin(2x)=0\) または \(\cos x = 0\)。

  • \(\sin(2x)=0\) のとき:\(0 \le x < 2\pi\) より \(0 \le 2x < 4\pi\)。この範囲で \(\sin(2x)=0\) となるのは、\(2x=0, \pi, 2\pi, 3\pi\)よって、\(x=0, \frac{\pi}{2}, \pi, \frac{3\pi}{2}\)
  • \(\cos x = 0\) のとき:\(0 \le x < 2\pi\) の範囲で、\(x=\frac{\pi}{2}, \frac{3\pi}{2}\)

以上を合わせると、求める解は \(x = 0, \frac{\pi}{2}, \pi, \frac{3\pi}{2}\)。

10.4. まとめ:式の形を自在に変換する

和積・積和の公式は、三角関数の式表現の柔軟性を飛躍的に高めるツールです。

  • 導出こそが本質: これらの複雑な公式は、暗記する対象というよりは、加法定理から導出するプロセスそのものを理解することに価値があります。
  • 積和の役割: 主に積分計算で、積の形では積分が困難な関数を、積分可能な和の形に分解するために使われます。
  • 和積の役割: 主に三角方程式や不等式で、和の形を積の形にすることで、\(AB=0\) や \(AB>0\) のような、解きやすい形に持ち込むために使われます。

これらの公式を「加法定理の応用」として捉え、その導出過程をいつでも再現できるようにしておくことが、丸暗記に頼らない、真の数学的な理解への道です。

Module 5:三角関数(1) 一般角と加法定理の総括:円環の理に無限の角を宿し、加法定理に万象の波を見る

本モジュールにおける我々の旅は、三角比という、静的な直角三角形に縛られた概念を、無限の回転を許容する「一般角」と、数学的に普遍な「弧度法」によって解き放ち、三角関数という動的な存在へと昇華させることから始まりました。その定義の舞台を、普遍的な「単位円」へと移したことで、三角関数は、円周上の点の座標として、あらゆる角度に対してその値を返す、真の関数となったのです。

グラフを描くことで可視化された、その姿の最も本質的な特徴は「周期性」でした。サインとコサインが描く優美な正弦波は、自然界に溢れるあらゆる波や振動を記述するための、数学の基本言語です。そして、この言語の文法を支配する、ただ一つの根源的な法則が加法定理でした。私たちは、この定理が、単位円上の幾何学的な考察から必然的に導かれること、そして、2倍角、半角、3倍角、さらには複雑な和積・積和に至るまで、驚くほど多様な公式群がすべて、この加法定理からの純粋な論理的演繹によって生み出される、壮大な体系を目の当たりにしました。

加法定理は、三角関数論という世界の、まさに「創世記」に記された原理です。この原理を理解し、そこから広がる豊かな公式の世界を自ら導出できるようになった今、あなたは、単に計算の道具を手に入れたのではありません。周期的な現象の背後にある数学的な構造を読み解き、それを自在に操るための、深く、そして強力な視座を手に入れたのです。この視座は、次なるモジュールで学ぶ三角関数の応用、さらには物理学や工学といった、現実世界を記述する科学の探求において、あなたの思考を導く確かな光となるでしょう。

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