【基礎 数学(数学Ⅱ)】Module 7:指数関数
本モジュールの目的と構成
これまでの数学の旅で、私たちは y=x^2
や y=ax+b
といった、変数が「底」に現れる代数関数や、周期的な y=\sin x
のような三角関数を探求してきました。本モジュールでは、全く新しい種類の関数、すなわち変数が「指数」の部分に乗る指数関数 y=a^x
の世界へと足を踏み入れます。
この小さな違い—変数が底から指数へ—が、関数の振る舞いに劇的な変化をもたらします。x^2
のような多項式的な成長が、足し算を繰り返す「算術級数的」な成長だとすれば、2^x
のような指数関数的な成長は、掛け算を繰り返す「幾何級数的」な成長です。それは、細胞分裂、ウィルスの感染拡大、複利計算の資産増加、あるいは原子力エネルギーの連鎖反応など、現実世界に見られる爆発的な「増殖」や、逆に放射性物質の「減衰」といった現象を記述するための、唯一無二の数学的言語なのです。
この強力な関数を定義するため、私たちはまず「指数」という概念そのものを拡張する、論理的な旅に出ます。中学校で学んだ自然数の指数(a^3
など)から、ゼロ、負の整数(a^0, a^{-2}
)、有理数(a^{1/2}
)、そしてついには無理数(a^{\sqrt{2}}
)へと、指数の意味を拡張していきます。この拡張は、決して恣意的なものではなく、「指数法則」という計算の整合性を常に保つように、というただ一つの原理に導かれて行われます。
この拡張された指数の上に指数関数を定義し、そのグラフの振る舞いを理解することで、私たちは指数が関わる方程式や不等式を解くための体系的な手法を手に入れます。最後には、この指数関数的な世界における最も「自然な」主役、ネイピア数 e
を導入し、それがなぜ微積分学において中心的な役割を果たすのか、その神秘の一端を垣間見ることになります。
本モジュールは、指数の概念を論理的に拡張し、その応用を探求するために、以下の順序で構成されています。
- 指数の拡張(整数、有理数、実数): 自然数しか乗れなかった指数の世界を、指数法則を羅針盤として、すべての実数が乗れるように拡張する論理の旅をします。
- 累乗根: 指数の有理数への拡張と表裏一体の概念である「累乗根」(
\sqrt[n]{a}
)の定義とその性質を厳密に学びます。 - 指数法則: 拡張された指数に対して、普遍的に成り立つ指数計算の基本法則を再確認し、その威力を確かめます。
- 指数関数のグラフとその性質:
y=a^x
で定義される指数関数のグラフを描き、底a
の値によってその振る舞いが「成長」と「減衰」に分かれる、その本質的な性質を探求します。 - 指数方程式の解法: 指数関数の単調性を利用して、指数を含む方程式を解くための基本的な戦略(底の統一、置き換え)を学びます。
- 指数不等式の解法: 指数方程式の解法を応用し、不等式を解く際に最も重要となる「底の値による不等号の向きの変化」について深く理解します。
- 指数関数の大小比較: 指数の性質を利用して、一見比較が困難な、大きな数の大小を比較するための様々なテクニックを習得します。
- 指数関数を用いたモデル化(人口増加、放射性崩壊): 指数関数が、人口爆発や放射性物質の半減期といった、現実世界の現象をモデル化するための言語として、いかに強力であるかを見ます。
- ネイピア数eの導入: 複利計算の極限という具体的な問題から、自然界の成長を記述するのに最も「自然な」底であるネイピア数
e
を導入します。 - 指数関数の微分への準備: 指数関数
y=e^x
が持つ、「変化率(微分係数)が自分自身の値と等しい」という驚くべき性質に触れ、微積分学への扉を開きます。
このモジュールを終えるとき、あなたは「増殖」と「減衰」の数学をマスターし、これまでとは次元の異なるスケールで世界を捉える新しい視点を手に入れていることでしょう。
1. 指数の拡張(整数、有理数、実数)
中学校で学んだ指数は、a^3 = a \times a \times a
のように、ある数を「何回掛け合わせたか」という自然数の回数を表すものでした。この素朴な定義は非常に直感的ですが、その適用範囲は指数が 1, 2, 3, \dots
といった正の整数に限られてしまいます。a^0
や a^{-2}
、あるいは a^{1/2}
といった指数は、この定義のままでは意味を持ちません。
しかし、数学の力は、既存の概念を、その本質的な性質を保ったまま、より広い世界へと拡張する能力にあります。このセクションでは、指数計算の根幹をなす指数法則(例:a^m \times a^n = a^{m+n}
)が、指数が自然数以外の数であっても「矛盾なく成り立つように」というただ一つの要請を道しるべとして、指数の意味を整数へ、有理数へ、そしてついには実数全体へと拡張していく、壮大な論理の旅を追体験します。
1.1. 指数の整数への拡張(0と負の整数)
自然数 m, n
に対して成り立つ指数法則
a^m \times a^n = a^{m+n}
(a^m)^n = a^{mn}
- (ab)^n = a^n b^nが、指数が 0 や負の整数であっても、形を変えずに成り立ち続けるとしたら、a^0 や a^{-n} はどのように定義されるべきでしょうか。
1.1.1. 0乗 a^0
の定義
指数法則1 a^m \times a^n = a^{m+n} において、n=0 としてみます。もしこの法則が n=0 でも成り立つと仮定するならば、
a^m \times a^0 = a^{m+0} = a^m
となるはずです。
a^m \times a^0 = a^m という等式の両辺を、a^m (ただし a \neq 0) で割ると、
\[ a^0 = 1 \]
という結論が導かれます。
これが、a^0 の自然な定義です。「a を0回掛ける」というのは直感的には意味不明ですが、指数法則の整合性を保つためには、a^0=1 と定めるのが唯一の合理的な選択なのです。
1.1.2. 負の整数の指数 a^{-n}
の定義
次に、指数法則1 a^m \times a^n = a^{m+n} において、m=-n ( n は正の整数) としてみます。もしこの法則が負の指数でも成り立つと仮定するならば、
a^{-n} \times a^n = a^{-n+n} = a^0
となるはずです。
a^0=1 であったので、
a^{-n} \times a^n = 1
この式の両辺を a^n (ただし a \neq 0) で割ると、
\[ a^{-n} = \frac{1}{a^n} \]
という結論が導かれます。
a^{-n} は、a^n の逆数として定義するのが最も自然です。例えば 2^{-3} = 1/2^3 = 1/8 となります。
指数の整数への拡張 (a \neq 0
, n
は正の整数)
a^0 = 1
a^{-n} = \frac{1}{a^n}
この拡張により、これまで m>n の場合にしか定義できなかった除算 a^m \div a^n = a^{m-n} が、m, n の大小関係によらず、すべての整数に対して成り立つようになります。
例: a^2 \div a^5 = a^{2-5} = a^{-3} = 1/a^3
1.2. 指数の有理数への拡張(分数)
整数の次に、指数を 1/2
や 2/3
のような有理数(分数)へと拡張します。ここでも羅針盤となるのは指数法則、特に (a^m)^n = a^{mn}
です。
1.2.1. a^{1/n}
の定義
指数法則2 (a^m)^n = a^{mn} が、指数が分数 1/n ( n は正の整数) であっても成り立つと仮定します。
m=1/n とすると、
(a^{1/n})^n = a^{(1/n) \times n} = a^1 = a
となるはずです。
(a^{1/n})^n = a というのは、「a^{1/n} とは、n乗すると a になる数である」ことを意味します。これはまさに、a の n 乗根 の定義そのものです。
累乗根 (n-th root)
n を正の整数とするとき、n乗して a になる数、すなわち x^n=a を満たす x を、a の**n乗根**という。
a の n 乗根は、\sqrt[n]{a} と書く。
したがって、a^{1/n} = \sqrt[n]{a}
と定義するのが最も自然です。
1.2.2. a^{m/n}
の定義
指数法則2を再び用いると、
a^{m/n} = a^{(1/n) \times m} = (a^{1/n})^m = (\sqrt[n]{a})^m
あるいは、
a^{m/n} = a^{m \times (1/n)} = (a^m)^{1/n} = \sqrt[n]{a^m}
と考えることができます。(\sqrt[n]{a})^m = \sqrt[n]{a^m} であることが示せるので、どちらで計算しても結果は同じです。
指数の有理数への拡張 (a>0
, m, n
は正の整数)
a^{1/n} = \sqrt[n]{a}
a^{m/n} = (\sqrt[n]{a})^m = \sqrt[n]{a^m}
a^{-m/n} = \frac{1}{a^{m/n}}
【注意:底 a の条件】
指数を有理数以上に拡張する場合、混乱を避けるため、通常は底 a は正の数 (a>0) に限定します。
なぜなら、もし a が負の場合、(-8)^{1/3} = -2 は定義できますが、(-8)^{1/2} は実数の範囲では定義できません。また、(-8)^{1/3} = (-8)^{2/6} = \sqrt[6]{(-8)^2} = \sqrt[6]{64} = 2 となり、\frac{1}{3}=\frac{2}{6} なのに値が異なってしまう、といった矛盾が生じる可能性があるためです。a>0 とすることで、これらの問題はすべて解消され、指数法則が矛盾なく成り立ちます。
1.3. 指数の実数への拡張(無理数)
最後に、指数を \sqrt{2}
や \pi
のような無理数を含む実数全体へと拡張します。a^{\sqrt{2}}
とは、一体何を意味するのでしょうか。「a
を \sqrt{2}
回掛ける」という素朴な定義は、もはや通用しません。
この拡張は、極限の考え方を用いて、直感的に理解されます。
- 無理数の近似: 無理数
\sqrt{2}
は、1.4, 1.41, 1.414, 1.4142, \dots
のように、有理数でいくらでも精度良く近似できます。 - 指数の値の列: この有理数の列に対応して、
a^{1.4}, a^{1.41}, a^{1.414}, a^{1.4142}, \dots
という、指数の値の列を考えます。これらの指数はすべて有理数なので、その値は既に定義されています。 - 極限値としての定義:
a>0
のとき、この値の列は、ある一つの実数に限りなく近づく(収束する)ことが知られています。この極限値をもって、a^{\sqrt{2}}
の定義とします。
この拡張は、y=a^x のグラフを考えるとイメージしやすくなります。
まず、x が有理数のときの点 (x, a^x) を座標平面にプロットしていくと、無数の点が得られます。x が無理数のときの値 a^x を定義するということは、これらの点の隙間を滑らかに埋めて、連続的な一本の曲線を描くことに相当します。
この拡張によって、指数 x
が任意の実数を取ることができるようになり、次節で学ぶ指数関数 y=a^x
が、実数全体を定義域とする関数として、初めて意味を持つことになるのです。
1.4. まとめ:指数法則を道しるべに
指数の拡張のプロセスは、数学的な概念がいかにして構築されるかを示す、美しい一例です。
- 拡張の動機: より広い数の世界で計算をしたい、という自然な要求。
- 拡張の原理: 既存の計算法則(指数法則)との整合性を、常に最優先の指導原理とする。
- 拡張の結果: 当初は「掛け算の回数」であった指数が、逆数、累乗根、そしてついには無理数の指数へとその意味を広げ、実数全体をカバーする普遍的な概念へと成長しました。
この論理的な拡張の末に、私たちはようやく、指数関数という強力なツールを手にし、その性質を探求する準備が整ったのです。
2. 累乗根
前節で、指数を 1/n
のような有理数へと拡張する過程で、累乗根 (n-th root) という概念が自然に現れました。a^{1/n}
とは、n
乗して a
になる数のことであり、これを記号 \sqrt[n]{a}
を用いて表します。\sqrt{}
は平方根(2乗根)でお馴染みですが、累乗根はこれを一般化したものです。
指数と累乗根は、いわばコインの裏表の関係にあります。指数法則を分数で考えるか、根号 \sqrt[n]{}
で考えるかの違いであり、両者は本質的に同じものです。しかし、累乗根の記号を用いる計算には、特に根号の中に負の数が入る場合や、n
が偶数か奇数かによって、注意すべき点がいくつか存在します。このセクションでは、累乗根の定義とその性質を改めて整理し、その計算に習熟することを目指します。
2.1. 累乗根の定義
定義:n乗根
n を2以上の整数とするとき、n乗して実数 a になる数、すなわち方程式 x^n = a の実数解 x を、a の**n乗根**という。
この定義には、n
が偶数か奇数か、また a
の符号によって、実数解の個数がどう変わるかという、重要な論点が含まれています。これは、関数 y=x^n
のグラフと、直線 y=a
の交点の個数を考えることで、視覚的に理解できます。
- n が奇数の場合 (例:y=x^3)グラフは原点 đối xứngで、y はすべての実数値をとる。したがって、直線 y=a は、a が正でも負でも0でも、必ずグラフとただ1点で交わる。よって、a の奇数乗根 \sqrt[n]{a} は、任意の実数 a に対してただ一つ存在する。例:\sqrt[3]{8}=2, \sqrt[3]{-8}=-2, \sqrt[5]{-32}=-2
- n が偶数の場合 (例:y=x^2)グラフはy軸 đối xứngで、y \ge 0 の範囲しか値をとらない。
a>0
のとき:直線y=a
はグラフと2点で交わる。x^n=a
の実数解は正と負の2つ存在する。このうち、正の方を\sqrt[n]{a}
と書き、負の方を-\sqrt[n]{a}
と書く。a=0
のとき:直線y=0
はグラフと原点で接する。実数解はx=0
のただ一つ。\sqrt[n]{0}=0
。- a<0 のとき:直線 y=a はグラフと交わらない。実数解は存在しない。例:\sqrt[4]{16}=2 (正の根)。16 の4乗根は \pm 2 の2つ。\sqrt[2]{-4} (または \sqrt{-4}) は実数の範囲では存在しない。
2.2. 累乗根の性質
a>0, b>0
で、m, n
が2以上の整数のとき、累乗根に関して以下の計算法則が成り立ちます。これらの法則はすべて、対応する指数の有理数表示 (\sqrt[n]{a} = a^{1/n}
) と指数法則から導かれます。
1. 積:\sqrt[n]{a} \sqrt[n]{b} = \sqrt[n]{ab}
- 指数による証明:
(a^{1/n})(b^{1/n}) = (ab)^{1/n}
(指数法則(xy)^p=x^py^p
より)
2. 商:\frac{\sqrt[n]{a}}{\sqrt[n]{b}} = \sqrt[n]{\frac{a}{b}}
- 指数による証明:
\frac{a^{1/n}}{b^{1/n}} = (\frac{a}{b})^{1/n}
(指数法則(x/y)^p=x^p/y^p
より)
3. べき乗:(\sqrt[n]{a})^m = \sqrt[n]{a^m}
- 指数による証明:
(a^{1/n})^m = a^{m/n} = (a^m)^{1/n}
(指数法則(x^p)^q=x^{pq}
より)
4. 根号の入れ子:\sqrt[m]{\sqrt[n]{a}} = \sqrt[mn]{a}
- 指数による証明:
(a^{1/n})^{1/m} = a^{(1/n)(1/m)} = a^{1/(mn)}
(指数法則(x^p)^q=x^{pq}
より)
2.3. 累乗根の計算
これらの性質を用いて、累乗根を含む式の計算を行います。基本戦略は、根号の中をできるだけ簡単な数にし、根号の種類 (n
) を揃えることです。分数指数に直して計算するのも有効な方法です。
例題1:次の式を計算せよ。
(1) \sqrt[3]{16} \times \sqrt[3]{4}
(2) \frac{\sqrt[4]{48}}{\sqrt[4]{3}}
(3) (\sqrt[6]{27})^2
(4) \sqrt{\sqrt[3]{64}}
解法
(1) \sqrt[3]{16} \times \sqrt[3]{4} = \sqrt[3]{16 \times 4} = \sqrt[3]{64} = \sqrt[3]{4^3} = 4
(別解:分数指数) 16^{1/3} \times 4^{1/3} = (2^4)^{1/3} \times (2^2)^{1/3} = 2^{4/3} \times 2^{2/3} = 2^{4/3+2/3} = 2^{6/3} = 2^2 = 4
(2) \frac{\sqrt[4]{48}}{\sqrt[4]{3}} = \sqrt[4]{\frac{48}{3}} = \sqrt[4]{16} = \sqrt[4]{2^4} = 2
(3) (\sqrt[6]{27})^2 = \sqrt[6]{27^2} = \sqrt[6]{(3^3)^2} = \sqrt[6]{3^6} = 3
(別解:分数指数) (27^{1/6})^2 = 27^{2/6} = 27^{1/3} = (3^3)^{1/3} = 3^1 = 3
(4) \sqrt{\sqrt[3]{64}} = \sqrt[2 \times 3]{64} = \sqrt[6]{64} = \sqrt[6]{2^6} = 2
例題2:次の式を簡単にせよ。\sqrt[3]{4} \times \sqrt[4]{8} \div \sqrt[12]{2}
思考プロセス:
根号の種類が 3, 4, 12 とバラバラなので、このままでは計算できない。
分数指数に直し、底を統一して計算するのが最も確実な方法です。
底はすべて2のべき乗で表せる。
解法
与えられた式を分数指数に直し、底を2に統一する。
\sqrt[3]{4} = \sqrt[3]{2^2} = (2^2)^{1/3} = 2^{2/3}
\sqrt[4]{8} = \sqrt[4]{2^3} = (2^3)^{1/4} = 2^{3/4}
\sqrt[12]{2} = 2^{1/12}
よって、
(\text{与式}) = 2^{2/3} \times 2^{3/4} \div 2^{1/12}
指数法則 a^p a^q / a^r = a^{p+q-r} を用いて、指数の計算を行う。
\frac{2}{3} + \frac{3}{4} – \frac{1}{12} = \frac{8}{12} + \frac{9}{12} – \frac{1}{12} = \frac{16}{12} = \frac{4}{3}
したがって、
(\text{与式}) = 2^{4/3} = 2^{1+1/3} = 2^1 \times 2^{1/3} = 2\sqrt[3]{2}
2.4. まとめ:指数と根号の二つの言語
累乗根は、有理数指数のもう一つの表現形式であり、両者は自在に翻訳可能であるべきです。
- 定義の厳密性:
n
乗根\sqrt[n]{a}
の存在と個数は、n
が偶数か奇数か、a
が正か負かによって厳密に区別されることを理解することが重要です。 - 計算の基本: 累乗根の計算は、分数指数に直して指数法則を適用するのが、最も統一的で間違いの少ない方法です。
- コインの裏表: 指数と累乗根の関係を深く理解することで、式の形に応じてより計算しやすい表現を選択する柔軟性が身につきます。
この累乗根の概念と計算に習熟することは、拡張された指数法則を確かなものとし、指数関数という新たな世界をスムーズに探求するための基礎固めとなります。
3. 指数法則
これまで、私たちは「指数法則」を羅針盤として、指数の世界を自然数から実数全体へと拡張してきました。その拡張の目的は、a^m a^n = a^{m+n}
のような、もともと自然数で成り立っていた便利な計算法則が、指数がどのような数であっても、同じ形のまま使い続けられるようにすることでした。
このセクションでは、その旅の成果として、実数の範囲にまで拡張された指数法則を改めて整理し、その使い方を確認します。これらの法則は、指数関数、指数方程式、指数不等式など、この先の学習のすべての根幹をなす、いわば「文法」です。これらの法則を単に暗記するだけでなく、それらがどのような拡張のプロセスを経て普遍性を獲得したかを意識することで、その理解はより深く、確かなものになります。
3.1. 拡張された指数法則
底 a, b
は正の実数 (a>0, b>0)
、指数 p, q
は任意の実数とします。
指数法則 (Laws of Exponents)
- 積:a^p \times a^q = a^{p+q}例:2^{\sqrt{2}} \times 2^3 = 2^{\sqrt{2}+3}
- 商:\frac{a^p}{a^q} = a^{p-q}例:3^\pi \div 3^2 = 3^{\pi-2}
- べき乗:(a^p)^q = a^{pq}例:(5^{\sqrt{3}})^2 = 5^{2\sqrt{3}}
- 積のべき乗:(ab)^p = a^p b^p例:6^{\sqrt{5}} = (2 \times 3)^{\sqrt{5}} = 2^{\sqrt{5}} \times 3^{\sqrt{5}}
- 商のべき乗:(\frac{a}{b})^p = \frac{a^p}{b^p}例:(\frac{2}{3})^\pi = \frac{2^\pi}{3^\pi}
これらの法則が、指数 p, q
が整数、分数、無理数のいずれであっても、全く同じ形で成り立つという事実が、指数を拡張した最大の恩恵です。
3.2. 指数法則を用いた計算
指数法則は、複雑な指数・累乗根の計算を簡略化するための強力なツールです。計算の基本戦略は、
- 底を素因数分解して、できるだけ小さな数に統一する。
- 分数指数を積極的に利用して、累乗根の計算を指数の加減乗除に置き換える。
例題1:27^{-1/2} \times 9^{3/4} \div 3^{-1/4}
を計算せよ。
解法
すべての底を、素数 3 で統一する。
27^{-1/2} = (3^3)^{-1/2} = 3^{3 \times (-1/2)} = 3^{-3/2}
9^{3/4} = (3^2)^{3/4} = 3^{2 \times (3/4)} = 3^{3/2}
3^{-1/4}
はそのまま。
与式は、
3^{-3/2} \times 3^{3/2} \div 3^{-1/4}
指数法則を用いて、指数の計算に変換する。
= 3^{(-3/2) + (3/2) – (-1/4)}
= 3^{0 + 1/4} = 3^{1/4}
累乗根で表すと \sqrt[4]{3} となる。
例題2:(a^{1/3}-b^{1/3})(a^{2/3}+a^{1/3}b^{1/3}+b^{2/3})
を展開せよ。
思考プロセス:
この式は、一見すると複雑だが、x=a^{1/3}, y=b^{1/3} と置き換えてみると、その構造が見えてくる。
与式 = (x-y)(x^2+xy+y^2)
これは、3次式の因数分解の公式 x^3-y^3 の形である。
解法:
x=a^{1/3}, y=b^{1/3} とおくと、x^2 = (a^{1/3})^2 = a^{2/3}, y^2=(b^{1/3})^2 = b^{2/3}, xy=a^{1/3}b^{1/3} となり、与式は (x-y)(x^2+xy+y^2) となる。
これは x^3-y^3 に展開できる。
x, y を元に戻すと、
= (a^{1/3})^3 – (b^{1/3})^3
= a^1 – b^1 = a-b
よって、答えは a-b。
3.3. 指数法則の重要性
指数法則がなぜこれほど重要なのか、その理由を再確認します。
- 計算の普遍性: 指数がどのような実数であっても、同じルールで計算できるという安心感と効率性を提供します。これにより、私たちは指数の種類を気にすることなく、式の構造そのものに集中できます。
- 関数の連続性: 指数法則が実数全体で滑らかに成り立つことが、指数関数
y=a^x
のグラフが連続的な曲線であることの代数的な保証となります。 - 対数の基礎: 次のモジュールで学ぶ対数関数は、指数関数の逆関数として定義されます。対数の性質(例:
\log(XY)=\log X + \log Y
)は、すべてこの指数法則を逆から見たものに過ぎません。指数法則をマスターすることは、対数を理解するための絶対的な前提条件です。
3.4. まとめ:指数計算の憲法
拡張された指数法則は、指数が関わるすべての計算の基礎となる、いわば「憲法」のようなものです。
- 底を正に限定: この法則が普遍的に成り立つためには、底を正の数に限定するという重要な前提があることを忘れてはいけません。
- 構造を見抜く力: 複雑な計算問題では、指数法則を適用する前に、置き換えなどを用いて式の構造(例:2次式、3次式)を見抜く洞察力が求められます。
- 分数指数への翻訳: 累乗根が混在した計算では、すべてを分数指数に翻訳し、指数の加減乗除の問題として処理するのが、最も安全かつ強力なアプローチです。
この5つのシンプルな法則が、これから展開される指数関数の豊かな世界全体を支配しています。その力を信頼し、自在に使いこなせるようになりましょう。
4. 指数関数のグラフとその性質
指数を実数全体にまで拡張したことで、私たちは x
を任意の実数とする関数 y=a^x
を定義する準備が整いました。これを指数関数 (exponential function) と呼びます。代数関数や三角関数とは全く異なる振る舞いをするこの新しい関数は、そのグラフを描くことで、その本質的な性質を最もよく理解することができます。
指数関数のグラフは、その底 a
の値によって、その様相を劇的に変えます。a>1
のときは、どこまでも加速し続ける爆発的な「成長」の曲線を描き、0<a<1
のときは、急速に収束していく「減衰」の曲線を描きます。この二つの振る舞いを理解することは、指数関数を理解することそのものであり、指数が関わる方程式や不等式を解く上での、視覚的で強力な支えとなります。
4.1. 指数関数の定義
指数関数の定義
a は 1 ではない正の定数 (a>0, a \neq 1) とするとき、
y=a^x
で表される関数を、a を底とする指数関数という。
- 定義域:
x
は実数全体 - 値域:
y
は正の実数全体 (y>0
)
【なぜ a>0, a \neq 1
なのか】
a>0
: 指数を実数全体に拡張するため、底は正に限定する必要がありました。a=1
の場合:y=1^x = 1
となり、これは定数関数なので、指数関数とは別に扱います。a<0
の場合: 例えばy=(-2)^x
は、x=1/2
(平方根) などで実数値が定まらず、連続的なグラフを描けないため、通常は考えません。
4.2. 指数関数のグラフ
4.2.1. ケース1:底 a > 1
の場合(成長のグラフ)
代表例として y=2^x のグラフを考えてみましょう。
いくつかの x の値に対応する y の値を計算してプロットします。
x=-2 \Rightarrow y=2^{-2}=1/4
x=-1 \Rightarrow y=2^{-1}=1/2
x=0 \Rightarrow y=2^0=1
x=1 \Rightarrow y=2^1=2
x=2 \Rightarrow y=2^2=4
x=3 \Rightarrow y=2^3=8
これらの点を滑らかな曲線で結ぶと、以下の性質を持つグラフが得られます。
- 単調増加:
x
が増加すると、y
は常に増加する。しかも、x
が大きくなるほど、その増加の勢いはどんどん増していく。 - 定点 (0, 1) を通る:
x=0
のとき、y=a^0=1
となるので、底a
の値に関わらず、必ず点(0, 1)
を通る。 - 漸近線:
x
を限りなく小さく(負の方向に大きく)していくと、y
の値は0
に限りなく近づくが、決して0
にはならない。このとき、x軸 (y=0
) を漸近線 (asymptote) に持つという。
4.2.2. ケース2:底 0 < a < 1
の場合(減衰のグラフ)
代表例として y=(1/2)^x のグラフを考えてみましょう。
指数法則により、y=(1/2)^x = (2^{-1})^x = 2^{-x} と変形できます。
y=2^{-x} のグラフは、y=2^x のグラフの x を -x で置き換えたものなので、両者のグラフはy軸に関して対称になります。
プロットしてみると、
x=-2 \Rightarrow y=(1/2)^{-2}=4
x=-1 \Rightarrow y=(1/2)^{-1}=2
x=0 \Rightarrow y=(1/2)^0=1
x=1 \Rightarrow y=(1/2)^1=1/2
x=2 \Rightarrow y=(1/2)^2=1/4
これらの点を結ぶと、以下の性質を持つグラフが得られます。
- 単調減少:
x
が増加すると、y
は常に減少する。 - 定点 (0, 1) を通る: この場合も、必ず点
(0, 1)
を通る。 - 漸近線:
x
を限りなく大きくしていくと、y
の値は0
に限りなく近づく。この場合も、x軸 (y=0
) を漸近線に持つ。
4.3. グラフの性質のまとめ
底 a > 1 | 底 0 < a < 1 | |
グラフの形 | 右上がりの曲線(増加関数) | 右下がりの曲線(減少関数) |
定義域 | 実数全体 | 実数全体 |
値域 | 正の実数全体 (y>0 ) | 正の実数全体 (y>0 ) |
通る定点 | (0, 1) | (0, 1) |
漸近線 | x軸 (y=0 ) | x軸 (y=0 ) |
大小関係 | p < q \Leftrightarrow a^p < a^q (順序が保存される) | p < q \Leftrightarrow a^p > a^q (順序が逆転する) |
グラフの関係 | y=(1/a)^x のグラフとy軸対称 | y=a^x (ただしa>1 ) のグラフとy軸対称 |
【最も重要な性質:単調性】
指数関数 y=a^x が、a>1 のときは単調増加、0<a<1 のときは単調減少であるという性質(これをまとめて単調性という)は、指数不等式を解く上で決定的に重要となります。この性質があるからこそ、指数の大小関係と、関数値全体の大小関係が、予測可能な形で結びつくのです。
4.4. グラフの平行移動・対称移動
2次関数や三角関数のグラフと同様に、指数関数のグラフも平行移動や対称移動を行うことができます。
関数 y=a^{x-p}+q のグラフは、基本形 y=a^x のグラフを、
- x軸方向に
p
- y軸方向に qだけ平行移動したものです。このとき、定点 (0,1) は点 (p, 1+q) に移動し、漸近線は y=0 から y=q に移動します。
例題:関数 y=2^{x-1}-1 のグラフを描き、漸近線を求めよ。
解法:
このグラフは、基本となる y=2^x のグラフを、
- x軸方向に
1
- y軸方向に -1だけ平行移動したものである。
y=2^x
は点(0,1)
を通るので、この点は(0+1, 1-1)=(1, 0)
に移動する。y=2^x
は点(1,2)
を通るので、この点は(1+1, 2-1)=(2, 1)
に移動する。y=2^x
の漸近線はy=0
だったので、この漸近線はy=0-1=-1
に移動する。
したがって、漸近線は 直線 y=-1
である。
4.5. まとめ:成長と減衰のモデル
指数関数のグラフは、その単純な形の中に、極めて強力な「成長」と「減衰」のモデルを内包しています。
- 二元的な世界: 指数関数の世界は、底
a
が1
を境にして、振る舞いが完全に二分されます。a>1
であれば無限に成長し、0<a<1
であれば限りなく0に減衰します。 - 単調性の力: グラフが一貫して増加、または減少し続けるという単調性は、異なる二つの入力
x_1, x_2
に対して、出力a^{x_1}, a^{x_2}
が必ず異なる値をとること(一対一対応)を保証します。これが、指数方程式でa^p=a^q \Rightarrow p=q
とできる根拠です。 - 漸近線という限界: どこまでも成長(または減衰)する一方で、決して超えることのできない一線(漸近線)を持つという性質も、指数関数が持つ特徴的な振る舞いです。
このグラフの形と性質を、頭の中に明確なイメージとして焼き付けておくことが、指数関数を直感的に理解し、応用問題をスムーズに解き明かすための鍵となります。
5. 指数方程式の解法
指数関数 y=a^x
のグラフが、a>1
のときは単調に増加し、0<a<1
のときは単調に減少するという性質(単調性)は、x
の値が一つ決まれば、y
の値がただ一つに決まる(逆もまた然り)という一対一対応を保証します。
この性質こそが、指数を含む方程式(指数方程式)を解くための、最も基本的な原理となります。すなわち、
a^p = a^q であれば、p=q と結論できる
という関係です。したがって、指数方程式を解くための基本的な戦略は、方程式の両辺を、同じ「底」を持つ指数の形にそろえることに帰着します。このセクションでは、この基本戦略に基づき、様々なパターンの指数方程式を解くための体系的な手法を学びます。
5.1. 基本的な指数方程式
解法の基本原理
a>0, a \neq 1 のとき、
\[ a^p = a^q \quad \Leftrightarrow \quad p=q \]
5.1.1. パターン1:底をそろえる
方程式の両辺が、共通の底のべき乗で表せる場合、この方法が有効です。
例題1:方程式 4^x = 8
を解け。
解法
- 底を統一する:左辺の 4 は 2^2、右辺の 8 は 2^3 なので、底を 2 にそろえる。(2^2)^x = 2^3
- 指数法則を適用する:(a^p)^q = a^{pq} より、2^{2x} = 2^3
- 指数を比較する:底が 2 で等しいので、指数部分が等しいはずである。2x = 3x = \frac{3}{2}
例題2:方程式 9^{x-1} = (\frac{1}{27})^x
を解け。
解法
- 底を統一する:9=3^2, 1/27 = 1/3^3 = 3^{-3} なので、底を 3 にそろえる。(3^2)^{x-1} = (3^{-3})^x
- 指数法則を適用する:3^{2(x-1)} = 3^{-3x}3^{2x-2} = 3^{-3x}
- 指数を比較する:2x-2 = -3x5x = 2x = \frac{2}{5}
5.2. 置き換えを利用する方程式
4^x - 2^{x+1} - 8 = 0
のように、複数の指数の項が和や差の形で現れる場合、単純に底をそろえるだけでは解けません。しかし、これらの項が同じ構成要素(この場合は 2^x
)から成り立っていることに注目し、置き換え(置換) を行うことで、2次方程式などの、より馴染み深い代数方程式に帰着させることができます。
5.2.1. パターン2:置き換えによる2次方程式化
解法手順
- 指数法則を用いて、式の中に現れる項を、ある共通の指数式(例:
a^x
)のべき乗で表現する。 - その共通の指数式を、新しい変数
t
で置き換える(例:t=a^x
)。 t
についての代数方程式(多くは2次方程式)を解く。- 【最重要】 t の解が、置き換えの際に生じる変域を満たしているかを確認する。t=a^x と置いた場合、a^x の値域は常に正なので、t>0 でなければならない。この条件を満たさない t の解は、元の x の方程式の解には対応しない。
- 変域を満たす
t
の値について、a^x=t
という基本的な指数方程式を解き、x
の値を求める。
例題3:方程式 4^x - 2^{x+1} - 8 = 0
を解け。
解法
- 式の整理:4^x = (2^2)^x = (2^x)^22^{x+1} = 2^x \times 2^1 = 2 \cdot 2^xよって、方程式は (2^x)^2 – 2 \cdot 2^x – 8 = 0 となる。
- 置き換え:t = 2^x とおく。方程式は t^2 – 2t – 8 = 0 となる。
- t の方程式を解く:左辺を因数分解すると、(t-4)(t+2) = 0。よって、t=4 または t=-2。
- 変域の確認:t=2^x と置いたので、t>0 でなければならない。
t=4
はt>0
を満たすので、適する。t=-2
はt>0
を満たさないので、不適。
- x の値を求める:t=4 の場合について、x の方程式を解く。2^x = 42^x = 2^2よって、x=2。
結論: 求める解は x=2
である。
【ミニケーススタディ:変域の罠】
もし、t の変域 (t>0) を確認し忘れると、t=-2 から 2^x=-2 という方程式を立ててしまうことになる。2^x は常に正なので、これを満たす実数 x は存在しない。変域の確認は、このような無駄な計算や、存在しない解を答えに含めてしまう誤りを防ぐための、極めて重要な安全装置なのです。
5.3. まとめ:一対一対応への信頼
指数方程式の解法は、指数関数が持つ「一対一対応」という強力な性質に、その論理的な基盤を置いています。
- 基本戦略は「底の統一」: 方程式を
a^p=a^q
の形に持ち込み、p=q
という、より単純な代数方程式に変換することを目指します。 - 置き換えは「構造の可視化」: 複雑な方程式も、
t=a^x
のように置き換えることで、その背後にある2次方程式などの馴染み深い構造を明らかにすることができます。 - 変域の確認は「存在の保証」: 置き換えを用いた際には、新しい変数が取りうる値の範囲を吟味することが、論理的に正しい解を導くための絶対条件です。
これらの体系的なアプローチを身につけることで、一見複雑に見える指数方程式も、手順に従って着実に解き明かすことが可能になります。
6. 指数不等式の解法
指数関数を含む不等式(指数不等式)の解法は、方程式の場合と多くの点で共通しています。基本戦略は、やはり不等式の両辺を、同じ「底」を持つ指数の形にそろえることです。
しかし、方程式と不等式の間には、一つ、決定的で重大な違いがあります。それは、指数部分を比較する際に、不等号の向きがそのまま保たれるか、あるいは逆転するかという問題です。この向きを決定するのが、指数関数の底 a
の値です。指数関数のグラフが a>1
で単調増加、0<a<1
で単調減少であったことを思い出してください。この関数の単調性が、不等式の解法を支配する最も重要な原理となります。
6.1. 指数不等式の基本原理
指数関数 y=a^x
の単調性から、以下の関係が成り立ちます。
指数不等式の基本原理
a>0, a \neq 1 のとき、
- 底 a > 1 の場合(増加関数):グラフは右上がりなので、指数の大小関係と、関数値全体の大小関係は一致する。\[ a^p < a^q \quad \Leftrightarrow \quad p < q \](不等号の向きはそのまま)
- 底 0 < a < 1 の場合(減少関数):グラフは右下がりなので、指数の大小関係と、関数値全体の大小関係は逆転する。\[ a^p < a^q \quad \Leftrightarrow \quad p > q \](不等号の向きが逆になる)
この「底が1より大きいか小さいかを確認し、不等号の向きを判断する」というステップが、指数不等式を解く上での最大のポイントであり、注意点です。
6.2. 基本的な指数不等式
例題1:不等式 8^x > 32
を解け。
解法:
- 底を統一する: 8=2^3, 32=2^5 なので、底を 2 にそろえる。(2^3)^x > 2^52^{3x} > 2^5
- 底の値を確認し、指数を比較する:底は 2 であり、2>1。したがって、不等号の向きはそのままで、指数部分を比較できる。3x > 5x > \frac{5}{3}
例題2:不等式 (\frac{1}{9})^x \le (\frac{1}{243})
を解け。
解法:
- 底を統一する: 1/9 = (1/3)^2, 1/243 = (1/3)^5 なので、底を 1/3 にそろえる。( (1/3)^2 )^x \le (1/3)^5(1/3)^{2x} \le (1/3)^5
- 底の値を確認し、指数を比較する:底は 1/3 であり、0 < 1/3 < 1。したがって、不等号の向きは逆転させて、指数部分を比較する。2x \ge 5x \ge \frac{5}{2}
【別解:底を1より大きくする】
底を 3 に統一して解くこともできる。
1/9=3^{-2}, 1/243=3^{-5}
(3^{-2})^x \le 3^{-5}
3^{-2x} \le 3^{-5}
底は 3 で 3>1 なので、不等号の向きはそのまま。
-2x \le -5
両辺を -2 で割ると、不等号の向きが逆転して、
x \ge \frac{5}{2}
となり、同じ結果が得られます。計算ミスを減らすためには、なるべく底を1より大きい数に統一する方が安全かもしれません。
6.3. 置き換えを利用する不等式
方程式と同様に、置き換えによって2次不等式などに帰着できるパターンがあります。
例題3:不等式 (\frac{1}{4})^x - (\frac{1}{2})^{x-1} - 8 < 0
を解け。
解法:
- 式の整理:(1/4)^x = ((1/2)^2)^x = ((1/2)^x)^2(1/2)^{x-1} = (1/2)^x \div (1/2)^1 = 2 \cdot (1/2)^xよって、不等式は ((1/2)^x)^2 – 2 \cdot (1/2)^x – 8 < 0。
- 置き換え:t = (1/2)^x とおく。t>0 の変域も忘れない。不等式は t^2 – 2t – 8 < 0。
- t の不等式を解く:左辺を因数分解すると (t-4)(t+2) < 0。解は -2 < t < 4。
- 変域との共通部分をとる:t>0 という条件との共通部分をとると、0 < t < 4。
- x の不等式に戻す:0 < (1/2)^x < 4この連立不等式を解く。
- 左側の
0 < (1/2)^x
は、(1/2)^x
が常に正なので、すべての実数x
で成り立つ。 - 右側の (1/2)^x < 4 を解く。底を 1/2 に統一する。4 = (1/2)^{-2}。(1/2)^x < (1/2)^{-2}
- 底は 1/2 で 0 < 1/2 < 1 なので、不等号の向きを逆転させる。x > -2
- 左側の
結論: 求める解は x > -2
である。
6.4. まとめ:底の値こそが分水嶺
指数不等式の解法は、方程式の解法と酷似していますが、その核心には常に「底」の値への意識が存在します。
- 分水嶺は
1
: 不等式の運命は、底a
が1
より大きいか小さいか、という一点にかかっています。 - 増加関数 (
a>1
) なら向きは不変: 指数の世界の大小関係が、そのまま現実世界(関数値)の大小関係に反映されます。 - 減少関数 (
0<a<1
) なら向きは逆転: 指数の世界で大きかったものが、現実世界では小さくなるという、逆転現象が起こります。 - 置き換えと変域: 置き換えを用いた場合も、最終的に
x
の不等式に戻す際に、この原理が適用されます。t
の変域を正しく扱うことも、方程式と同様に重要です。
この「底の値による向きの判断」という一手間を、常に冷静に、そして正確に行うこと。それが、指数不等式をマスターするための、唯一にして最も重要な心得です。
7. 指数関数の大小比較
2^3=8
と 2^4=16
の大小を比べるのは簡単です。では、8^{10}
と 16^8
ではどうでしょうか。あるいは、2^{30}
と 3^{20}
のように、底も指数も異なる場合はどうでしょうか。これらの、電卓なしでは計算が困難な巨大な数の大小を、筆算だけで明快に比較することを可能にするのが、指数法則と指数関数の単調性です。
数の大小を比較するための基本的な戦略は、比較したい二つの数を、同じ土俵に乗せることです。指数で表された数の場合、その「土俵」とは、底をそろえるか、あるいは指数をそろえるかのいずれかになります。このセクションでは、これらの基本戦略と、それらが使えない場合の代替アプローチについて学びます。
7.1. 指数関数の単調性の利用
すべての大小比較の根底にあるのは、指数関数 y=a^x
の単調性です。
a>1
のとき:p<q \Leftrightarrow a^p < a^q
(大きい指数を持つ方が大きい)0<a<1
のとき:p<q \Leftrightarrow a^p > a^q
(大きい指数を持つ方が小さい)
したがって、大小比較の問題は、与えられた数を a^p
と a^q
の形に変形し、指数 p
と q
の大小を比べる問題に帰着させることが基本方針となります。
7.2. 戦略1:底をそろえる
比較したい数の底が、共通の素因数からできている場合に有効です。
例題1:3つの数 \sqrt{8}
, \sqrt[3]{32}
, \sqrt[6]{128}
の大小を比較せよ。
解法:
- 分数指数に直し、底を
2
に統一する:\sqrt{8} = \sqrt{2^3} = (2^3)^{1/2} = 2^{3/2}
\sqrt[3]{32} = \sqrt[3]{2^5} = (2^5)^{1/3} = 2^{5/3}
\sqrt[6]{128} = \sqrt[6]{2^7} = (2^7)^{1/6} = 2^{7/6}
- 指数部分の大小を比較する:\frac{3}{2}, \frac{5}{3}, \frac{7}{6} の大小を比べる。分母を 6 に通分する。\frac{3}{2} = \frac{9}{6}\frac{5}{3} = \frac{10}{6}\frac{7}{6}よって、指数の大小は \frac{7}{6} < \frac{9}{6} < \frac{10}{6}、すなわち \frac{7}{6} < \frac{3}{2} < \frac{5}{3}。
- 全体の大小を決定する:底は 2 であり、2>1 (増加関数)。したがって、指数の大小関係がそのまま全体の大小関係になる。2^{7/6} < 2^{3/2} < 2^{5/3}元の数に戻すと、\sqrt[6]{128} < \sqrt{8} < \sqrt[3]{32}
7.3. 戦略2:指数をそろえる
底が異なる素因数からできているが、指数に共通の約数が含まれる場合に有効です。
例題2:3つの数 2^{30}
, 3^{20}
, 5^{10}
の大小を比較せよ。
解法:
- 指数を、その最大公約数でそろえる:指数 30, 20, 10 の最大公約数は 10 である。指数法則 a^{mn}=(a^m)^n を用いて、各数を「(\dots)^10」の形に変形する。
2^{30} = 2^{3 \times 10} = (2^3)^{10} = 8^{10}
3^{20} = 3^{2 \times 10} = (3^2)^{10} = 9^{10}
5^{10}
はそのまま。
- 底の大小を比較する:指数が 10 でそろったので、底の大小を比較すればよい。5 < 8 < 9
- 全体の大小を決定する:指数 10 は正なので、底の大小関係がそのまま全体の大小関係になる。5^{10} < 8^{10} < 9^{10}元の数に戻すと、5^{10} < 2^{30} < 3^{20}
7.4. 戦略3:対数をとる(Module 8への準備)
底も指数もそろえられない場合、次のモジュールで学ぶ対数 (logarithm) を利用するのが標準的な解法となります。対数関数 y=\log_a x
は、a>1
のとき増加関数なので、A
と B
の大小関係は、\log A
と \log B
の大小関係と一致します。対数をとることで、\log(X^p) = p \log X
という性質から、指数が係数として前に出てくるため、比較が容易になります。
例題3(対数を用いた解法):5^{10} と 2^{30} の大小を比較せよ。
常用対数(底を10とする対数)をとって比較する。
\log_{10}(5^{10}) = 10 \log_{10} 5 = 10 \log_{10}(10/2) = 10(\log_{10}10 – \log_{10}2) = 10(1-\log_{10}2)
\log_{10}(2^{30}) = 30 \log_{10} 2
10(1-\log_{10}2) と 30 \log_{10}2 の大小を比較する。
1-\log_{10}2 と 3\log_{10}2 の大小比較に帰着。
1 と 4\log_{10}2 の比較。
\log_{10}2 \approx 0.3010 なので、4\log_{10}2 \approx 1.204 > 1。
よって、1 < 4\log_{10}2 なので 1-\log_{10}2 < 3\log_{10}2。
したがって \log_{10}(5^{10}) < \log_{10}(2^{30})。
対数の底10は1より大きいので、
5^{10} < 2^{30}。
7.5. まとめ:比較の土俵を整える
指数で表現された数の大小比較は、一見すると圧倒されそうになりますが、その解法は「比較の土俵をそろえる」という、極めてシンプルな戦略に基づいています。
- 基本は「底の統一」: 底を共通の素数にそろえ、指数の大小に帰着させる。これが最も基本的なアプローチです。
- 指数がそろうなら「指数の統一」: 指数に共通の約数があれば、指数をそろえて底の大小に帰着させることができます。
- 最終手段としての「対数」: どちらもそろえられない複雑な場合は、対数をとることで、指数の問題を係数の問題へと変換します。
これらの戦略を身につけることで、巨大な数の世界にも、秩序と大小関係を明確に見出すことができるようになります。
8. 指数関数を用いたモデル化(人口増加、放射性崩壊)
指数関数 y=a^x
のグラフが示す、a>1
のときの急激な増加と、0<a<1
のときの急速な減少は、単なる数学的な抽象概念ではありません。それらは、自然界、社会、そして経済の至るところに見られる、様々な成長と減衰の現象を記述するための、驚くほど的確な数学モデルとなります。
このセクションでは、指数関数が現実世界の現象を記述する「言語」として、いかに活用されているか、その代表例である人口増加や複利計算(成長モデル)、そして放射性崩壊(減衰モデル)を通じて探求します。これにより、指数関数が持つ実践的な力と、数学が現実世界を理解するために果たす役割の重要性を実感します。
8.1. 指数関数的成長モデル
ある量の変化率(単位時間あたりの増加量)が、その時点での量そのものに比例するような現象は、指数関数的な成長を示します。
一般的なモデル
時刻 t における量を N(t) とすると、指数関数的成長は
\[ N(t) = N_0 \cdot a^t \]
の形で表される。
N_0
: 時刻t=0
における初期量。a
: 単位時間あたりに何倍になるかを示す「成長率」(a>1
)。
8.1.1. 人口増加
制約のない環境下での生物の個体数や人口は、指数関数的に増加するモデルで近似できます。生まれる子供の数は、親の数に比例するためです。
例: あるバクテリアは1時間で2倍に分裂する。最初に100匹いたとき、t 時間後のバクテリアの数 N(t) は、
N(t) = 100 \times 2^t
と表されます。
8.1.2. 複利計算
金融における複利も、指数関数的成長の典型例です。利子が元本に組み込まれ、次の期間にはその合計に対して利子がつくため、「お金がお金を生む」速度が時間と共に加速していきます。
元本 P、年利率 r、1年あたりの複利計算回数を n 回、年数を t 年としたときの元利合計 A は、
\[ A(t) = P \left( 1+\frac{r}{n} \right)^{nt} \]
となり、指数が時間に比例する指数関数となっています。
8.2. 指数関数的減衰モデル
ある量の変化率(単位時間あたりの減少量)が、その時点での量そのものに比例するような現象は、指数関数的な減衰を示します。
この場合、モデルは N(t)=N_0 a^t の a が 0<a<1 となります。
8.2.1. 放射性崩壊と半減期
放射性物質の原子核は、一定の確率で崩壊し、別の原子核に変わります。崩壊する原子の数は、その瞬間に存在する原子の数に比例するため、放射性物質の量は時間と共に指数関数的に減少します。
この減衰の速さを特徴づける重要な指標が半減期 (half-life) です。
半減期 T の定義
放射性物質の量が、元の量の半分になるまでにかかる時間。
半減期 T を用いて、放射性崩壊のモデルを立ててみましょう。
初期量を N_0 とする。
T
時間後:量はN_0 \times (1/2)
2T
時間後:量はN_0 \times (1/2) \times (1/2) = N_0 \times (1/2)^2
- 3T 時間後:量は N_0 \times (1/2)^3このパターンを一般化すると、時刻 t における量 N(t) は、t が半減期 T の何倍であるか、すなわち t/T を指数として、\[ N(t) = N_0 \left( \frac{1}{2} \right)^{\frac{t}{T}} \]と表されます。これは、底が (1/2)^{1/T} という 0<a<1 の指数関数です。
例題:半減期が5700年の放射性炭素14(¹⁴C)がある。古代遺跡から発掘された木片に含まれる¹⁴Cの量が、現在の生物に含まれる量の 1/8 になっているとき、この木片は何年前のものと推定されるか。
解法:
現在の¹⁴Cの量を N_0 とすると、発掘された木片の¹⁴Cの量は N_0/8。
半減期 T=5700 年。経過した年数を t 年とする。
放射性崩壊のモデル式に、N(t) = N_0/8 を代入する。
\[ \frac{N_0}{8} = N_0 \left(\frac{1}{2}\right)^{\frac{t}{5700}} \]
両辺を N_0 で割る。
\[ \frac{1}{8} = \left(\frac{1}{2}\right)^{\frac{t}{5700}} \]
1/8 = (1/2)^3 なので、
\[ \left(\frac{1}{2}\right)^3 = \left(\frac{1}{2}\right)^{\frac{t}{5700}} \]
底が 1/2 で等しいので、指数を比較する。
\[ 3 = \frac{t}{5700} \]
\[ t = 3 \times 5700 = 17100 \]
したがって、この木片は 約17100年前 のものと推定される。
(これは、考古学で年代測定に用いられる放射性炭素年代測定法の基本原理です)
8.3. まとめ:現実世界を記述する言語
指数関数は、単なる数学の計算対象に留まらず、現実世界の多様な現象をモデル化し、その未来を予測するための、強力で普遍的な言語です。
- 成長のモデル:
a>1
の指数関数は、人口、伝染病、経済成長など、自己増殖的に増加するシステムの振る舞いを記述します。 - 減衰のモデル:
0<a<1
の指数関数は、放射性崩壊、薬物の血中濃度、忘却曲線など、一定の割合で減少していくシステムの振る舞いを記述します。 - 半減期という概念: 特に減衰モデルにおいては、半減期という直感的な指標が、その現象の特性を捉える上で中心的な役割を果たします。
これらのモデルを通じて、私たちは指数関数の抽象的な数式が、現実世界のダイナミックな変化と深く結びついていることを実感できます。
9. ネイピア数eの導入
指数関数 y=a^x
の世界には、円周率 \pi
が幾何学の世界で特別な役割を果たすように、ある一つの特別な数(定数)が存在し、その中心的な役割を担っています。それがネイピア数 (Napier’s number) e
です。(自然対数の底とも呼ばれます)
e
は 2.718281828...
と無限に続く無理数であり、一見すると中途半端で、なぜこれが特別なのか不思議に思えるかもしれません。しかし、e
は、成長という現象を記述する上で、最も「自然な」底であると言えます。このセクションでは、金融における複利計算という具体的な問題を通じて e
がどのようにして現れるのか、その誕生の物語を追い、e
が持つ「自然さ」の秘密の一端に触れます。
9.1. 複利計算と e
の出現
1年間で金利が100%(利率 r=1
)という、夢のような銀行を考えてみましょう。元本1円を1年間預けると、どうなるでしょうか。
- 年に1回利子がつく場合(年利):1年後には、元本1円+利子1円で、合計2円になります。A = 1 \times (1+1)^1 = 2
- 半年に1回利子がつく場合(半年複利):半年ごとに50%の利子がつく。
- 半年後:
1 \times (1+0.5) = 1.5
円 - 1年後: 1.5 \times (1+0.5) = 2.25 円A = 1 \times (1+1/2)^2 = 2.25
- 半年後:
- 年に n 回利子がつく場合(年 n 回の複利):1回あたり 1/n の利率で、n 回利子がつく。1年後の元利合計 A_n は、\[ A_n = 1 \times \left(1+\frac{1}{n}\right)^n \]となります。
では、この利子をつける回数 n を、無限に増やしていったらどうなるでしょうか。利子がつく間隔を限りなく短くし、いわば「連続的」に利子が元本に組み込まれていく状態(連続複利)を考えます。
n を大きくしていくと、元利合計 A_n は無限に大きくなるのでしょうか?
実際に計算してみると、
n=1
:(1+1)^1 = 2
n=2
:(1+1/2)^2 = 2.25
n=10
:(1+1/10)^{10} \approx 2.5937
n=100
:(1+1/100)^{100} \approx 2.7048
n=1000
:(1+1/1000)^{1000} \approx 2.7169
n
を大きくすると、値は増加しますが、その増加の勢いはどんどん鈍くなり、ある特定の値に限りなく近づいていく(収束する)ように見えます。この極限値こそが、ネイピア数 e
の定義です。
ネイピア数 e の定義
\[ e = \lim_{n \to \infty} \left(1+\frac{1}{n}\right)^n \approx 2.71828\dots \]
つまり、e
とは、「利率100%の連続複利で、1円を1年間運用したときに得られる元利合計」という、極めて具体的で経済的な意味を持つ数なのです。
9.2. e
の「自然さ」とは何か
e
が「自然対数の底」として「自然」と呼ばれる理由は、次節で触れる微積分との関係において、最も鮮やかに現れます。
関数 y=a^x
のグラフを考えます。このグラフ上の点 (0, 1)
における接線の傾きは、底 a
の値によって変化します。
y=2^x
のグラフでは、点(0, 1)
での接線の傾きは1
より小さい(約0.693)。y=3^x
のグラフでは、点(0, 1)
での接線の傾きは1
より大きい(約1.098)。
では、この接線の傾きがちょうど 1 になるような、特別な底が存在するはずです。その魔法のような底こそが、ネイピア数 e なのです。
y=e^x のグラフは、点 (0, 1) において、傾き 1 の接線を持つ。
この性質は、さらに驚くべき事実へと繋がります。指数関数 y=a^x
の導関数(どの点における傾きも与える関数)は、y' = a^x \times (\text{定数})
となることが知られています。そして、底が e
の場合に限り、この定数が 1
になるのです。
y=e^x の持つ特別な性質
指数関数 y=e^x は、その導関数が、自分自身と全く同じ y’=e^x となる、唯一の(定数倍を除いて)関数である。
この性質は、「成長の速度が、現在の量そのものに等しい」という、最も純粋な自己増殖のモデルであることを意味します。e
は、いわば成長という現象のためにあつらえられた、最も自然な単位(スケール)なのです。
9.3. まとめ:成長の基本単位 e
ネイピア数 e
は、円周率 \pi
と並び、数学全体を貫く最も重要な定数の一つです。
e
の誕生: 連続複利という具体的な問題の極限として、その姿を現します。e
の定義:e = \lim_{n \to \infty} (1+1/n)^n
という極限値として定義される、2.718...
という無理数です。e
の自然さ: その本質的な重要性は、微積分との関係、特に(e^x)' = e^x
という、導関数が自分自身と一致するという他に類を見ない性質にあります。
この e
を底とする指数関数 y=e^x
と、その逆関数である y=\log_e x
(自然対数)は、科学技術のあらゆる分野で、成長や減衰、確率分布などを記述するための標準的な言語として用いられています。
10. 指数関数の微分への準備
微分の基本的なアイデアは、ある関数のグラフ上の各点における「瞬間の傾き」を求めることです。この「傾き」は、その点における関数の変化率を表します。指数関数 y=a^x
は、爆発的な成長や急速な減衰を示す、変化の激しい関数です。その変化率、すなわち導関数は、どのようになるのでしょうか。
このセクションでは、微分の定義に立ち返り、指数関数 y=a^x
の導関数がどのような形になるのか、その構造を探ります。この探求を通じて、前節で導入されたネイピア数 e
が、なぜ微積分において決定的に重要な役割を果たすのか、その理由が明らかになります。これは、数学IIIで本格的に学ぶ指数関数の微分への、重要な橋渡しとなります。
10.1. 導関数の定義
関数 f(x) の導関数 f'(x) は、以下の極限で定義されます。
\[ f'(x) = \lim_{h \to 0} \frac{f(x+h)-f(x)}{h} \]
これは、グラフ上の点 (x, f(x)) と、そこからほんの少し(hだけ)離れた点 (x+h, f(x+h)) を結ぶ直線の傾き(平均変化率)で、h を限りなく0に近づけたときの極限値、すなわち接線の傾きを表します。
10.2. 指数関数 f(x)=a^x
の導関数の導出
この定義に従って、f(x)=a^x の導関数を計算してみましょう。
\[ f'(x) = \lim_{h \to 0} \frac{a^{x+h}-a^x}{h} \]
指数法則 a^{x+h} = a^x a^h を用いて、分子を a^x でくくりだします。
\[ = \lim_{h \to 0} \frac{a^x a^h – a^x}{h} = \lim_{h \to 0} \frac{a^x(a^h-1)}{h} \]
ここで、a^x の部分は、極限の変数 h とは無関係なので、\lim の外に出すことができます。
\[ = a^x \cdot \lim_{h \to 0} \frac{a^h-1}{h} \]
この結果は、驚くべき構造を明らかにしています。
指数関数 a^x の導関数(変化率)は、元の関数 a^x 自身に、ある定数 \lim_{h \to 0} \frac{a^h-1}{h} を掛けたものになる。
つまり、f'(x) = C_a \cdot f(x)
(C_a
は底 a
のみに依存する定数)という形をしているのです。これは、指数関数が持つ「変化率が、現在の量に比例する」という性質の、数学的な表現そのものです。
10.3. 定数 C_a
の正体と e
の役割
この定数 C_a = \lim_{h \to 0} \frac{a^h-1}{h} とは、一体何なのでしょうか。
f'(x) = C_a \cdot a^x という式の x=0 を考えると、
f'(0) = C_a \cdot a^0 = C_a
となります。
f'(0) は、y=a^x のグラフの x=0 すなわち点 (0, 1) における接線の傾きを意味します。
したがって、
定数 C_a とは、y=a^x のグラフの点 (0, 1) における接線の傾きである。
この事実と、前節で学んだ e の性質を結びつけましょう。
ネイピア数 e は、y=e^x のグラフが点 (0, 1) で傾き 1 の接線を持つ、唯一の底として定義されました。
これは、底 a が e のときに限り、
\[ C_e = \lim_{h \to 0} \frac{e^h-1}{h} = 1 \]
となることを意味します。
この C_e=1 という事実を、導関数の一般式 f'(x) = a^x \cdot C_a に適用すると、
f(x)=e^x の導関数は、
\[ (e^x)’ = e^x \cdot 1 = e^x \]
となり、「e^x の導関数は e^x 自身である」という、微積分学における最も美しく、最も重要な結果の一つが導かれます。
10.4. まとめ:微積分における指数関数の特異性
指数関数の微分を考える準備体操を通じて、私たちは以下の重要な洞察を得ました。
- 導関数の構造: 指数関数
a^x
の導関数は、必ず(\text{定数}) \times a^x
という形になる。 - 定数の意味: その定数は、グラフの
y
切片(0, 1)
における接線の傾きに等しい。 e
の特権: ネイピア数e
を底とするときに限り、この定数が1
となり、導関数が元の関数と完全に一致する(e^x)' = e^x
という、極めてシンプルな関係が成り立つ。
この比類なき性質により、e^x
は「微分方程式」という、科学技術のあらゆる場面に登場する、変化の法則を記述する方程式を解く上で、中心的な役割を果たします。e
が「自然」対数の底と呼ばれる理由、それは、e
が微積分という「変化」を記述する数学の言語において、最も自然で基本的な構成要素であるからに他ならないのです。
Module 7:指数関数の総括:乗法の連鎖から、無限の増殖へ。指数法則に宇宙の成長と減衰の理を見る
本モジュールにおける私たちの旅は、a
を n
回掛けるという素朴な「乗法の連鎖」から始まりました。しかし、私たちはそこに留まらず、指数法則という論理の糸をたぐり、指数の意味を整数、有理数、そして実数へと拡張し、ついに y=a^x
という指数関数を定義しました。これは、単なる概念の拡張ではなく、思考の次元を、算術的な操作から、連続的な「変化」を捉える関数へと引き上げる、決定的な飛躍でした。
指数関数のグラフは、その変化の本質が、底 a
が 1
を境にして、爆発的な「成長」と、急速な「減衰」という二つの顔を持つことを、鮮やかに描き出しました。この関数の持つ厳格な単調性は、指数が関わる方程式や不等式を解くための、揺るぎない論理的基盤となりました。
そして、私たちは指数関数が、単に数学の世界に閉じた存在ではなく、人口増加、放射性崩壊といった現実世界の現象を記述するための、強力な言語であることを知りました。その言語の中でも、最も純粋で、最も「自然な」響きを持つ言葉が、ネイピア数 e
でした。複利計算の極限から生まれたこの数は、その導関数が自分自身と一致するという、自己言及的な究極の性質 (e^x)'=e^x
を備えています。これは、成長の速度が量そのものに比例するという、最も根源的な増殖の法則の現れです。
乗法の連鎖という単純なアイデアから、宇宙の成長と減衰の理を垣間見るまで。指数関数の探求は、一つの数学的概念が、論理的な拡張を経て、いかに普遍的で強力なツールへと進化しうるかを示す、壮大な物語なのです。