【基礎 数学(数学Ⅱ)】Module 10:微分法(2) 導関数の応用

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本モジュールの目的と構成

前モジュール「微分係数と導関数」において、私たちは「微分」という、関数の「瞬間的な変化率=接線の傾き」を測定する、革命的な手術道具を手に入れました。私たちは、その道具 f'(x) を作り出すための、極限を用いた精密な設計図を学び、x^n などの基本的な関数であれば、その手術を瞬時に行うための公式(メス)を研ぎ澄ませてきました。

本モジュール「導関数の応用」では、いよいよそのメスを手に、実際に関数という生体の内部構造を解き明かす、本格的な解析手術に挑みます。導関数 f'(x) が持つ最も強力な能力は、その符号を調べるだけで、元の関数 f(x) の**振る舞い(増加・減少)**を完全に予見できるという点にあります。f'(x)>0 の領域では f(x) は上昇し、f'(x)<0 の領域では下降する。この単純明快な原理が、私たちの目に、関数のグラフが描く地形—その山の頂(極大値)と谷の底(極小値)—を、手に取るように明らかにします。

この新しい「地形図」を描く能力を手に、私たちは3次・4次といった、これまで概形を捉えにくかった高次関数のグラフを、その特徴に至るまで詳細にスケッチできるようになります。そして、この強力なグラフ描画能力は、それ自体が目的ではなく、より広範な問題解決のための手段となります。方程式の実数解の個数をグラフの交点の数として視覚的に捉え、証明が困難な不等式を関数の最小値の問題として解決する。さらには、与えられた制約の中で、面積や体積、利益などを最大化する、現実世界に根差した最適化問題にも、その刃が届くのです。

Module 9が微分の「計算技術」の習得であったとすれば、本モジュールは微分の「思想と応用」の探求です。導関数という羅針盤を手に、関数の増減という航路を読み解き、極値という目的地を目指す。この航海術をマスターすることで、あなたは数学の世界を、より深く、よりダイナミックに捉えることができるようになるでしょう。

本モジュールは、導関数の持つ力を、関数の性質の解明から具体的な問題解決へと、段階的に応用していく形で構成されています。

  1. 関数の増減と導関数の符号: 微分法の最も根幹をなす原理、「導関数の符号が、元の関数の増減を決定する」という関係を確立し、それを「増減表」にまとめる方法を学びます。
  2. 関数の極大・極小とその判定: 関数のグラフが山や谷を作る「極大」「極小」を厳密に定義し、f'(x)=0 という条件と、その前後での符号変化によって、極値を判定する手法を習得します。
  3. 3次関数のグラフ: 導関数が2次関数になる3次関数について、導関数の解の個数によってグラフの概形が3つの基本パターンに分類されることを、体系的に学びます。
  4. 4次関数のグラフ: さらに複雑な4次関数のグラフも、3次式となる導関数の振る舞いを分析することで、その概形を分類し、描画する方法を探求します。
  5. 方程式の実数解の個数への応用: 関数のグラフを描く能力を応用し、方程式 f(x)=k の実数解の個数を、グラフ y=f(x) と直線 y=k の交点の個数の問題として視覚的に解決します。
  6. 不等式の証明への応用: 証明したい不等式を、ある関数の最小値が0以上であることを示す問題へと変換し、微分法を用いて証明する強力な手法を学びます。
  7. 最大・最小問題への応用: 特定の区間における関数の最大値・最小値を、極値と区間の端の値を比較することで、厳密に決定する方法を確立します。
  8. 速度・加速度と微分: 微分の物理的な意味に立ち返り、位置を微分すると速度、速度を微分すると加速度になるという、運動を記述するための基本原理を学びます。
  9. 近似式: 接線が、接点の近くでは元の関数と非常によく似ていることを利用し、微分を用いて関数の値を近似する「一次近似式」の考え方を紹介します。
  10. 最適化問題: これまで学んだ最大・最小問題の解法を、文章で与えられた現実的な問題に応用し、条件を数式化して最適解を求めるプロセスを学びます。

この一連の学習は、微分法が単なる計算ツールではなく、関数の性質を解明し、多様な問題を解決するための、強力な思考の枠組みであることをあなたに示すものとなるでしょう。


目次

1. 関数の増減と導関数の符号

微分法の応用における、すべての理論の出発点であり、最も根幹をなす原理。それは、導関数 f'(x) の符号と、元の関数 f(x) の増減の間に存在する、極めてシンプルで強力な関係です。

導関数 f'(x) の幾何学的な意味が、グラフ y=f(x) の各点における「接線の傾き」であったことを思い出してください。

  • もし、ある区間で接線の傾きが常に (f'(x)>0) であれば、グラフは常に右上がりになっているはずです。
  • 逆に、接線の傾きが常に (f'(x)<0) であれば、グラフは常に右下がりになっているはずです。
  • 傾きがゼロ (f'(x)=0) であれば、グラフは水平(一定)です。

この直感的な関係を、数学的な定理として確立し、関数の増減を体系的に調査するためのツール「増減表」の作り方を学ぶことが、このセクションの目的です。この関係性をマスターすれば、私たちはもはや、点をプロットしてグラフの形を推測する必要はありません。導関数の符号を調べるだけで、元の関数の振る舞いを、いわば「透視」することが可能になるのです。

1.1. 関数の増減と導関数の符号の関係

定理:関数の増減と導関数の符号

関数 f(x) がある区間で微分可能であるとき、その区間内のすべての x において、

  1. 常に f'(x) > 0 ならば、f(x) はその区間で単調に増加する。
  2. 常に f'(x) < 0 ならば、f(x) はその区間で単調に減少する。
  3. 常に f'(x) = 0 ならば、f(x) はその区間で定数である。

【用語の確認】

  • 増加: x_1 < x_2 ならば f(x_1) < f(x_2) が成り立つこと。
  • 減少: x_1 < x_2 ならば f(x_1) > f(x_2) が成り立つこと。

この定理の厳密な証明は平均値の定理(数学III)を用いますが、高校数学IIの段階では、この直感的に明らかな関係を事実として受け入れ、活用することに重点を置きます。

1.2. 関数の増減の調べ方

この定理を用いて、ある関数 f(x) の増減を調べるための手順は、以下のようになります。

増減の調査手順

  1. 導関数 f'(x) を求める。
  2. f'(x)=0 となる x の値を求める。これらの x の値が、関数の増減が切り替わる可能性のある「境界点」となります。
  3. f'(x) の符号を調べる。f'(x)=0 となる点で数直線を区切り、各区間内で f'(x) の符号(プラスかマイナスか)を調べる。
  4. f(x) の増減を判断する。f'(x) の符号に応じて、f(x) が増加(↗)するか減少(↘)するかを判断する。

1.3. 増減表:情報を整理するツール

上記の調査結果を、見やすく整理しまとめるための表が増減表 (increase/decrease table) です。増減表は、関数のグラフを描くための、いわば「設計図」の役割を果たします。

増減表の構成

通常、3段組の表で作成します。

  • 1段目 (x): f'(x)=0 となる x の値と、\dots (区間) を記入する。
  • 2段目 (f'(x)): 各区間における f'(x) の符号 (+-) と、f'(x)=0 となる点での 0 を記入する。
  • 3段目 (f(x)): f'(x) の符号に応じた f(x) の増減の様子を矢印 () で示し、f'(x)=0 となる点での f(x) の値(極値、後述)を記入する。

例題:関数 f(x) = x^3 - 3x + 1 の増減を調べよ。

解法:

  1. 導関数を求める:f'(x) = 3x^2 – 3
  2. f'(x)=0 となる x を求める:3x^2 – 3 = 03(x^2-1) = 03(x-1)(x+1) = 0よって、x = -1, 1。
  3. f'(x) の符号を調べる:導関数 f'(x)=3(x-1)(x+1) は、y=3x^2-3 という下に凸の放物線のグラフを考えれば、符号は簡単にわかる。
    • x < -1 の区間:f'(x)>0 (+)
    • -1 < x < 1 の区間:f'(x)<0 (-)
    • x > 1 の区間:f'(x)>0 (+)
  4. 増減表を作成する:x=-1 と x=1 のときの f(x) の値を計算しておく。f(-1) = (-1)^3 – 3(-1) + 1 = -1+3+1 = 3f(1) = 1^3 – 3(1) + 1 = 1-3+1 = -1x\dots-1\dots1\dotsf'(x)+0-0+f(x)3-1

結論:

この増減表から、関数 f(x) の振る舞いは以下のように読み取れる。

  • x < -1 で増加する。
  • x=-1 で値 3 をとる。
  • -1 < x < 1 で減少する。
  • x=1 で値 -1 をとる。
  • x > 1 で増加する。

この情報があれば、関数のグラフの概形を、かなり正確に描くことができます。

1.4. まとめ:導関数は関数の羅針盤

「導関数の符号を調べる」という、ただ一つの操作が、元の関数の増減という、その最も本質的な振る舞いを明らかにしてくれることを見ました。

  • 符号がすべて: f'(x) の値そのものよりも、その**符号(プラスかマイナスか)**が、f(x) の増減を決定します。
  • 増減表という設計図: 増減表は、導関数の符号から元の関数の増減を読み解き、グラフの概形を描くための、論理的で体系的な手順をまとめた、非常に強力なツールです。
  • グラフ描画の基礎: 関数の増減を調べることは、次節以降で学ぶ、極値の特定や、複雑な高次関数のグラフを正確に描画するための、絶対的な前提条件となります。

導関数は、まさに元の関数が進むべき道筋を示す「羅針盤」なのです。その針がプラスを指せば関数は坂を上り、マイナスを指せば坂を下る。このシンプルな原理を、私たちはこれから存分に活用していくことになります。


2. 関数の極大・極小とその判定

関数の増減を調べると、多くの関数では、増加から減少へ、あるいは減少から増加へと、その振る舞いが「転じる」点が存在することに気づきます。グラフで言えば、山の頂や谷の底にあたる部分です。このような、関数の増減の転換点を極値と呼び、数学的にも、また応用上も、極めて重要な役割を果たします。

山の頂にあたる点を極大、谷の底にあたる点を極小といいます。このセクションでは、これらの極値を厳密に定義し、導関数 f'(x) を用いて極値を見つけ出すための、体系的な判定法を確立します。その鍵を握るのは、f'(x)=0 となる点と、その点の前後の f'(x) の符号変化です。

2.1. 極大・極小の定義

極大・極小の定義

関数 f(x) について、

  • x=a を含むある小さな範囲において、f(x) が x=a で最大となるとき、すなわち f(x) \le f(a) が成り立つとき、f(x) は x=a で極大 (local maximum) になるといい、f(a) を極大値 (local maximum value) という。
  • x=a を含むある小さな範囲において、f(x) が x=a で最小となるとき、すなわち f(x) \ge f(a) が成り立つとき、f(x) は x=a で極小 (local minimum) になるといい、f(a) を極小値 (local minimum value) という。

極大値と極小値をまとめて極値 (local extremum) と呼ぶ。

【注意】

  • 「極」という言葉は「局所的(local)」という意味合いを持ちます。関数全体での最大・最小(大域的最大・最小)とは区別される概念です。ある極大値が、別の場所にある極小値よりも小さい、ということもあり得ます。
  • 極値は、関数が増加から減少、または減少から増加に転じる点で生じます。

2.2. 極値をとるための条件

では、微分可能な関数 f(x) が x=a で極値をとるためには、どのような条件が必要でしょうか。

極値をとるための必要条件

微分可能な関数 f(x) が x=a で極値をとるならば、f'(a)=0 である。

【証明の直感的理解】

もし f(x) が x=a で極大値をとるとします。もし f'(a)>0 であれば、x=a の点でグラフは右上がりなので、a のすぐ右側には f(a) より高い点が存在してしまい、「aの近くで最大」という極大の定義に反します。もし f'(a)<0 であれば、a のすぐ左側に f(a) より高い点が存在してしまい、やはり矛盾します。したがって、極大であるためには、f'(a) は正でも負でもなく、0 でなければなりません。極小の場合も同様に示せます。

この定理は、「極値の候補は、接線が水平になる f'(a)=0 の点を探せばよい」という、極めて強力な指針を与えてくれます。

2.2.1. 必要条件であって十分条件ではない

注意すべきは、f'(a)=0 は、極値をとるための必要条件であって、十分条件ではないということです。つまり、f'(a)=0 であっても、必ずしもそこで極値をとるとは限りません。

反例:f(x)=x^3 の x=0

f'(x)=3x^2 なので、f'(0)=0 です。

しかし、x=0 の前後で f'(x) の符号を見ると、

  • x<0 のとき f'(x) > 0 (増加)
  • x>0 のとき f'(x) > 0 (増加)となり、x=0 の前後で f'(x) の符号が変化しません。したがって、f(x)=x^3 は x=0 で極値をとりません。(このような点を変曲点と呼びます)

2.3. 極値の判定法(十分条件)

では、f'(a)=0 に、どのような条件が加われば、x=a で極値をとると断定できるのでしょうか。それは、f'(x)の符号が x=a の前後で変化することです。

極値の判定法

微分可能な関数 f(x) について、f'(a)=0 であるとき、

  1. x=a の前後で f'(x) の符号が 正 (+) から 負 (-) に変わるならば、f(x) は x=a で極大となる。
  2. x=a の前後で f'(x) の符号が 負 (-) から 正 (+) に変わるならば、f(x) は x=a で極小となる。
  3. x=a の前後で f'(x) の符号が変わらないならば、f(x) は x=a で極値をとらない

この判定は、増減表を作成することで、一目瞭然となります。

例題:関数 f(x) = x^3 - 6x^2 + 9x - 1 の極値を求めよ。

解法:

  1. 導関数を求める:f'(x) = 3x^2 – 12x + 9
  2. f'(x)=0 を解く:3x^2 – 12x + 9 = 03(x^2-4x+3) = 03(x-1)(x-3) = 0x=1, 3
  3. 増減表を作成する:f'(x) は下に凸の放物線なので、x=1, 3 の前後での符号変化は + \to – \to + となる。極値を計算する:f(1) = 1-6+9-1 = 3f(3) = 3^3 – 6(3^2) + 9(3) – 1 = 27-54+27-1 = -1x\dots1\dots3\dotsf'(x)+0-0+f(x)3-1
  4. 結論を読み取る:
    • x=1 のとき:f'(x) の符号が + から – に変化しているので、極大値をとる。極大値: 3 ( x=1 のとき)
    • x=3 のとき:f'(x) の符号が – から + に変化しているので、極小値をとる。極小値: -1 ( x=3 のとき)

2.4. まとめ:山の頂と谷の底の見つけ方

関数の極値を探す旅は、導関数を頼りに進められます。

  • 候補地は f'(x)=0: 極値が存在する可能性があるのは、グラフの接線が水平になる、f'(x)=0 を満たす点に限られます。
  • 判定は「符号変化」:f'(x)=0 となる点が見つかっても、それが本当に極値であるかを決定するのは、その点の前後の f'(x) の符号の変化です。
    • 増加 (f'>0) から減少 (f'<0) へ → 極大(山)
    • 減少 (f'<0) から増加 (f'>0) へ → 極小(谷)
  • 増減表は万能ツール: この一連の調査と判定のプロセスを、増減表は完璧に整理し、可視化してくれます。

この極値を特定する能力は、次節以降で学ぶ、複雑な関数のグラフの概形を正確に描くための、最も重要な鍵となります。


3. 3次関数のグラフ

多項式関数の中で、直線(1次)、放物線(2次)の次に基本的なものが3次関数 f(x) = ax^3+bx^2+cx+d です。そのグラフは、2次関数のように単純な形ではなく、うねりを持つ、より複雑で豊かな曲線を描きます。この3次関数のグラフの概形を、微分法という新しい武器を用いて、体系的に、そして完全に分類し、描画することがこのセクションの目標です。

その鍵を握るのは、3次関数の導関数 f'(x) が2次関数になるという事実です。2次方程式 f'(x)=0 の実数解の個数(判別式 D の符号)が、元の3次関数のグラフの基本的な形を決定づけるのです。この対応関係を理解することで、私たちは、どんな3次関数に出会っても、その本質的な形を瞬時に見抜くことができるようになります。

3.1. 導関数 f'(x) とグラフの形の関係

f(x) = ax^3+bx^2+cx+d (a \neq 0) を微分すると、

f'(x) = 3ax^2+2bx+c

となり、これは x の2次関数です。

f(x) のグラフの増減は、この2次関数 f'(x) の符号によって決まります。

そして、2次関数 y=f'(x) のグラフ(放物線)とx軸との位置関係(すなわち、2次方程式 f'(x)=0 の実数解の個数)は、判別式 D によって決まります。

したがって、f'(x)=0 の判別式 D が、f(x) のグラフの概形を分類する、根本的な指標となります。

3.2. 3次関数のグラフの3つの基本パターン

簡単のため、3次の係数 a が正 (a>0) の場合を考えます。このとき、グラフは全体として、左下から右上へと上がっていく形になります。(x \to \infty で f(x) \to \infty, x \to -\infty で f(x) \to -\infty)

導関数 f'(x)=3ax^2+… は、3a>0 なので、下に凸の放物線です。

3.2.1. パターン1:極値を持つ場合(D>0

  • 導関数 f'(x):2次方程式 f'(x)=0 の判別式が D>0。したがって、f'(x)=0 は異なる2つの実数解 \alpha, \beta (\alpha < \beta) を持つ。
  • 増減と極値:f'(x) の符号は、x=\alpha, \beta の前後で + \to – \to + と変化する。したがって、f(x) は
    • x=\alpha で極大値
    • x=\beta で極小値をとる。
  • グラフの概形:グラフは、山(極大)と谷(極小)を一つずつ持つ、特徴的な「S字」カーブを描く。これは3次関数の最も典型的な形です。

増減表:

| x | \dots | \alpha | \dots | \beta | \dots |

| :— | :—: | :—: | :—: | :—: | :—: |

| f'(x) | + | 0 | – | 0 | + |

| f(x) | ↗ | 極大 | ↘ | 極小 | ↗ |

3.2.2. パターン2:極値を持たない場合(D=0

  • 導関数 f'(x):2次方程式 f'(x)=0 の判別式が D=0。したがって、f'(x)=0 は重解 \alpha を持つ。f'(x)=3a(x-\alpha)^2 の形になる。
  • 増減と極値:x \neq \alpha のとき常に f'(x) > 0 となり、x=\alpha の前後で f'(x) の符号は変化しない (+ \to 0 \to +)。したがって、f(x) は極値を持たない。
  • グラフの概形:関数は常に単調に増加する。ただし、x=\alpha の点では f'(\alpha)=0 となるため、接線が水平になる。グラフは、この点で一瞬平坦になり、再び増加していく。このような点を変曲点 (inflection point) と呼びます。

増減表:

| x | \dots | \alpha | \dots |

| :— | :—: | :—: | :—: |

| f'(x) | + | 0 | + |

| f(x) | ↗ | f(\alpha) | ↗ |

3.2.3. パターン3:極値を持たない場合(D<0

  • 導関数 f'(x):2次方程式 f'(x)=0 の判別式が D<0。したがって、f'(x)=0 は実数解を持たない。
  • 増減と極値:下に凸の放物線 y=f'(x) はx軸と交わらないので、常に f'(x)>0 である。したがって、f(x) は常に単調に増加し、極値を持たない。
  • グラフの概形:グラフは、パターン2のような平坦な部分もなく、常になだらかに増加し続ける。

増減表:

| x | \dots |

| :— | :—: |

| f'(x) | + |

| f(x) | ↗ |

【a<0 の場合】

もし3次の係数 a が負であれば、グラフは全体として右下がりになり、導関数 f'(x) は上に凸の放物線になる。したがって、f'(x) の符号変化が逆になり、増減の様子もすべて逆転します(D>0 なら極小→極大、など)。

3.3. グラフの描画

例題:関数 y = -x^3 + 3x のグラフの概形を描け。

解法:

  1. 導関数を求める:y’ = -3x^2 + 3
  2. y’=0 を解く:-3x^2+3=0 \Rightarrow x^2=1 \Rightarrow x=\pm 1異なる2つの実数解を持つので、パターン1(極値を持つ)である。
  3. 増減表を作成する:導関数 y’=-3x^2+3 は上に凸の放物線なので、符号変化は – \to + \to -。極値を計算する:x=-1 のとき y = -(-1)^3+3(-1) = 1-3 = -2 (極小値)x=1 のとき y = -(1)^3+3(1) = -1+3 = 2 (極大値)y切片も求めておく:x=0 のとき y=0。x\dots-1\dots1\dotsy'-0+0-y-22
  4. グラフを描画する:増減表の情報(極小点 (-1, -2)、極大点 (1, 2)、原点 (0,0) を通る)に基づいて、滑らかな曲線を描く。3次の係数が負なので、全体として右下がりのS字カーブになる。

3.4. まとめ:導関数がすべてを決める

3次関数のグラフの概形は、その見た目の多様性にもかかわらず、その導関数である2次関数の性質によって、わずか3つの基本パターンに完全に分類されることを見ました。

  • 分類の鍵は f'(x)=0 の判別式 D:
    • D>0 \Rightarrow 極値あり(山と谷)
    • D \le 0 \Rightarrow 極値なし(単調増加または減少)
  • 体系的なアプローチ: どんな3次関数も、「微分する \to f'(x)=0 を解く \to 増減表を作る \to グラフを描く」という、一貫した手順で分析することができます。

この「導関数を調べることで、元の関数の性質を明らかにする」という強力なアプローチは、次節の4次関数、さらにはより複雑な関数の解析においても、変わることのない指導原理となります。


4. 4次関数のグラフ

3次関数のグラフが、その2次式である導関数によって3つのパターンに分類されたように、4次関数 f(x) = ax^4+bx^3+cx^2+dx+e のグラフもまた、その3次式である導関数 f'(x) の性質によって、その概形を分類し、描画することができます。

導関数 f'(x) が3次関数になるため、方程式 f'(x)=0 の実数解の個数は、1個、2個(うち1つは重解)、または3個の可能性があります。この実数解の個数が、元の4次関数の極値の個数を決定し、グラフの基本的な形を特徴づけます。3次関数に比べてパターンはやや増えますが、分析の基本戦略「導関数を調べ、増減表を作り、グラフを描く」は全く同じです。

4.1. 導関数 f'(x) とグラフの形の関係

f(x) = ax^4+\dots (a \neq 0) を微分すると、

f'(x) = 4ax^3+\dots

となり、これは3次関数です。

4次関数の増減は、この3次関数 f'(x) の符号によって決まります。

そして、f(x) が極値をとる候補となるのは、f'(x)=0 を満たす x の値です。

3次方程式 f'(x)=0 の実数解の個数は、そのグラフ y=f'(x) とx軸の交点の個数に対応し、これが元の4次関数のグラフの概形を決定づける鍵となります。

4.2. 4次関数のグラフの主なパターン

簡単のため、4次の係数 a が正 (a>0) の場合を考えます。このとき、グラフは両端が無限に大きくなる、いわば「谷型」の形が基本となります (x \to \pm\infty で f(x) \to \infty)。

導関数 f'(x)=4ax^3+… は、全体として右上がりの3次関数です。

4.2.1. パターン1:極値を3つ持つ場合

  • 導関数 f'(x):3次方程式 f'(x)=0 が、異なる3つの実数解 \alpha, \beta, \gamma (\alpha<\beta<\gamma) を持つ。
  • 増減と極値:f'(x) の符号は、x が \alpha, \beta, \gamma を通過するたびに変化し、- \to + \to – \to + となる。したがって、f(x) は
    • x=\alpha で極小値
    • x=\beta で極大値
    • x=\gamma で極小値をとる。
  • グラフの概形:グラフは、谷(極小)、山(極大)、谷(極小)と、2つの谷と1つの山を持つ、特徴的な「W」字型の曲線を描く。これは4次関数の最も典型的な形です。

増減表:

| x | \dots | \alpha | \dots | \beta | \dots | \gamma | \dots |

| :— | :—: | :—: | :—: | :—: | :—: | :—: | :—: |

| f'(x) | – | 0 | + | 0 | – | 0 | + |

| f(x) | ↘ | 極小 | ↗ | 極大 | ↘ | 極小 | ↗ |

4.2.2. パターン2:極値を1つだけ持つ場合

  • 導関数 f'(x):3次方程式 f'(x)=0 が、1つの実数解と2つの虚数解を持つ、または**1つの実数解と1つの重解(2重解)**を持つ場合。
  • 増減と極値:
    • 1実数解+2虚数解: f'(x)=0 の実数解を \alpha とすると、f'(x) の符号は x=\alpha の前後でのみ変化する (- \to +)。
    • 1実数解+1重解: f'(x)=0 の実数解を \alpha、重解を \beta とする。f'(x) は x=\beta の前後で符号が変化しない。符号変化は x=\alpha でのみ起こる。いずれの場合も、f'(x) の符号変化は1回しか起こらない。したがって、f(x) は極値をただ一つだけ(この場合は極小値)持つ。
  • グラフの概形:グラフは、ただ一つの谷(極小点)を持つ、放物線に似た、あるいは片側がなだらかになった曲線を描く。f'(x)=0 が重解を持つ点では、3次関数のグラフと同様に、接線が水平な変曲点を持つ。

増減表 (1実数解 \alpha の場合):

| x | \dots | \alpha | \dots |

| :— | :—: | :—: | :—: |

| f'(x) | – | 0 | + |

| f(x) | ↘ | 極小 | ↗ |

【a<0 の場合】

もし4次の係数 a が負であれば、グラフは両端が負の無限大に向かう「山型」が基本となり、増減の様子もすべて逆転します(パターン1なら極大→極小→極大、など)。

4.3. グラフの描画

例題:関数 y=x^4 - 4x^3 + 10 のグラフの概形を描け。

解法:

  1. 導関数を求める:y’ = 4x^3 – 12x^2 = 4x^2(x-3)
  2. y’=0 を解く:4x^2(x-3) = 0解は x=0 (重解), x=3。f'(x)=0 は1つの実数解と1つの重解を持つので、パターン2に分類される。極値は1つだけのはず。
  3. 増減表を作成する:y’ の符号を調べる。
    • x<0x^2>0, x-3<0 なので y'<0 (-)
    • 0<x<3x^2>0, x-3<0 なので y'<0 (-)
    • x>3: x^2>0, x-3>0 なので y’>0 (+)x=0 の前後で符号は変化しない。x=3 の前後でのみ – から + に変化する。値を計算する:x=0 のとき y=10x=3 のとき y = 3^4 – 4(3^3) + 10 = 81 – 4(27) + 10 = 81 – 108 + 10 = -17
    x\dots0\dots3\dotsy'-0-0+y10-17
  4. グラフを描画する:増減表より、
    • x=3 で 極小値 -17 をとる。
    • x=0 では極値をとらない。y’=0 なので、点 (0, 10) で接線が水平な変曲点となる。これらの情報に基づいて、滑らかな曲線を描く。4次の係数が正なので、両端は上に向かう。

4.4. まとめ:3次導関数を制する

4次関数のグラフの概形は、その3次式である導関数の性質、特に**f'(x)=0 の実数解の個数と種類(重解かどうか)**によって、その基本パターンが決定されます。

  • 分類の鍵は f'(x)=0 の解:
    • 3つの異なる実数解 \Rightarrow 極値3つ(W型 or M型)
    • それ以外(実数解1つ or 2つ) \Rightarrow 極値1つ(U字型)
  • 分析手順は不変: 4次関数であっても、「微分 \to y'=0 を解く \to 増減表 \to グラフ」という微分法の基本手順に則って、体系的に分析することができます。

より高次の関数(5次、6次…)も、原理的には全く同じアプローチで分析が可能です。微分法は、どんなに複雑な多項式関数のグラフであっても、その振る舞いを解き明かすための、普遍的で強力なアルゴリズムを提供してくれるのです。


5. 方程式の実数解の個数への応用

代数方程式 f(x)=0 を解くことは、数学の基本的な課題の一つです。しかし、3次以上の方程式になると、その解を代数的に求めることは、常に可能とは限りませんし、非常に困難な場合が多いです。

では、解そのものを求めるのではなく、「実数解が、いったい何個存在するのか?」という、個数に関する情報だけを知りたい場合はどうでしょうか。この問いに対して、微分法とグラフは、極めて強力で視覚的な解法を提供します。方程式 f(x)=0 の実数解は、グラフ y=f(x) と x軸 (y=0) との共有点の x 座標に対応します。この原理を一般化することで、方程式の実数解の個数の問題を、グラフと直線の交点の個数の問題へと見事に変換することができるのです。

5.1. 基本原理:グラフの交点と実数解

方程式とグラフの対応

方程式 F(x) = G(x) の実数解の個数は、

2つの関数 y=F(x) と y=G(x) のグラフの共有点の個数に等しい。

この原理を、実数解の個数を調べる問題に適用するための最も一般的な戦略は、与えられた方程式を、

\[ f(x) = k \]

という形に変形することです。

  • f(x)x を含む項をすべて集めた関数
  • k: 定数(文字定数を含む場合もある)

この形にすれば、問題は「曲線 y=f(x) のグラフと、水平な直線 y=k との共有点の個数を調べる」という、視覚的に扱いやすい問題に帰着します。

5.2. 解法の手順

方程式の実数解の個数を、グラフを用いて調べる手順は以下の通りです。

実数解の個数の調査手順

  1. 式の変形:与えられた方程式を f(x)=k の形に変形する。定数 k を分離するのが定石。
  2. グラフの分析:y=f(x) のグラフの概形を、微分法を用いて調べる。特に、極大値と極小値を正確に計算することが不可欠。増減表を作成し、グラフの山の高さと谷の深さを特定する。
  3. グラフと直線の共有点を数える:y=f(x) のグラフを固定し、水平な直線 y=k を上下に動かしながら、共有点の個数が k の値によってどのように変化するかを調べる。共有点の個数が変化する境界線は、直線 y=k がグラフの極値を通るときである。
  4. 結論をまとめる:k の値の範囲に応じて、共有点の個数(すなわち実数解の個数)を整理して答える。

5.3. 具体例による解法

例題:x の方程式 x^3 - 12x + 1 = k について、異なる実数解の個数を、定数 k の値の範囲によって分類せよ。

解法:

  1. 関数の設定:方程式は既に f(x)=k の形になっている。f(x) = x^3 – 12x + 1 とおく。求める実数解の個数は、曲線 y=f(x) と直線 y=k の共有点の個数に等しい。
  2. グラフの分析 (y=f(x)):f(x) を微分して、増減と極値を調べる。f'(x) = 3x^2 – 12 = 3(x^2-4) = 3(x-2)(x+2)f'(x)=0 となるのは x=-2, 2。極値を計算する:
    • f(-2) = (-2)^3-12(-2)+1 = -8+24+1 = 17 (極大値)
    • f(2) = 2^3-12(2)+1 = 8-24+1 = -15 (極小値)増減表を作成する:| x | \dots | -2 | \dots | 2 | \dots || :— | :—: | :—: | :—: | :—: | :—: || f'(x) | + | 0 | – | 0 | + || f(x) | ↗ | 17 | ↘ | -15 | ↗ |この情報から y=f(x) のグラフの概形を描く。極大点 (-2, 17) と極小点 (2, -15) を持つS字カーブ。
  3. 共有点の個数を調べる:直線 y=k を上下に動かし、グラフとの交点の数を数える。
    • 直線 y=k が極大値より上にある (k>17)、または極小値より下にある (k<-15) とき、交点は1個
    • 直線 y=k がちょうど極大値または極小値を通るとき (k=17 または k=-15)、交点は2個(うち1つは接点)。
    • 直線 y=k が極大値と極小値の間にあるとき (-15 < k < 17)、交点は3個
  4. 結論:
    • k < -15, 17 < k のとき:実数解は 1個
    • k = -15, 17 のとき:実数解は 2個
    • -15 < k < 17 のとき:実数解は 3個

【補足:f(x)=0 の解の個数】

特に、方程式 f(x)=0 の実数解の個数は、グラフとx軸の共有点の個数に対応する。これは、k=0 の場合に相当する。

上の例で、もし方程式が x^3-12x+1=0 であれば、k=0 は -15 < k < 17 の範囲に含まれるため、実数解は3個であるとわかる。

また、極大値 \times 極小値 の符号を調べることでも、3次方程式 f(x)=0 の実数解の個数を判別できる。

  • (極大値)(極小値) < 0 \Leftrightarrow 3個 (x軸が山と谷の間を横切る)
  • (極大値)(極小値) = 0 \Leftrightarrow 2個 (x軸が山頂か谷底に接する)
  • (極大値)(極小値) > 0 \Leftrightarrow 1個 (x軸が山と谷の外側にある)

5.4. まとめ:代数問題を幾何学問題へ

微分法を用いて関数のグラフを詳細に描けるようになったことで、私たちは、純粋な代数問題であったはずの「方程式の実数解の個数」の問題を、グラフと直線の位置関係という、直感的で視覚的な幾何学の問題として捉え直すことができるようになりました。

  • 定数分離: f(x)=k の形に方程式を変形する「定数分離」が、この手法の出発点です。
  • 極値が境界を定める: 共有点の個数が変化するのは、直線 y=k が y=f(x) のグラフの極大値・極小値(山の高さ・谷の深さ)を通過する瞬間です。
  • 視覚的な解法: このアプローチにより、複雑な代数計算を行うことなく、グラフの概形と直線の上下関係だけで、解の個数を完全に分類することが可能になります。

この強力な視点は、不等式の証明や、より複雑なパラメータを含む方程式の解の個数を議論する際にも、変わることのない指導原理となります。


6. 不等式の証明への応用

すべての x について f(x) > 0 を示せ、といった不等式の証明は、数学における最も難しい問題の一つです。なぜなら、ありとあらゆる x の値に対して、その主張が例外なく成り立つことを、論理的に示さなければならないからです。

この難問に対して、微分法は「関数の最小値」という概念を通じて、非常に強力な証明手段を提供します。もし、ある区間における関数 f(x) の最小値が0以上であることを示すことができれば、その区間内の他のすべての f(x) の値も、当然0以上であると結論できます。これにより、無限にある x の値を一つ一つ調べる代わりに、関数の最小値という、ただ一つの値を調べるだけで、不等式全体を証明することが可能になるのです。

6.1. 基本原理:最小値による証明

不等式証明の基本戦略

ある区間において、不等式 f(x) \ge 0 を証明するためには、

  1. その区間における f(x) の増減を調べ、最小値を求める
  2. その最小値が0以上であること ((\text{最小値}) \ge 0) を示す。

同様に、f(x) > g(x) を証明するには、h(x) = f(x)-g(x) とおき、h(x) の最小値が 0 より大きいことを示せばよい。

6.2. 証明の手順

不等式 f(x) \ge 0 (x \ge a の範囲で)を、微分法を用いて証明する手順は以下の通りです。

微分を用いた不等式証明の手順

  1. 関数を設定する:証明したい不等式を F(x) \ge 0 の形に変形し、f(x) = F(x) とおく。
  2. 導関数を計算する:f(x) の導関数 f'(x) を計算する。
  3. 増減表を作成する:与えられた範囲 (x \ge a) での f(x) の増減を調べるために、増減表を作成する。
  4. 最小値を特定する:増減表から、f(x) がどこで最小値をとるかを特定する。
    • もし区間内で極小値をとれば、それが最小値の候補となる。
    • 区間の端点である f(a) も最小値の候補となる。
    • 関数が単調に増加していれば、f(a) が最小値となる。
  5. 最小値が0以上であることを示す:特定した最小値が、実際に0以上であることを計算して示す。
  6. 結論:(\text{最小値}) \ge 0 であるから、与えられた範囲ですべての f(x) が 0 以上となり、不等式が証明された、と結論する。

6.3. 具体例による証明

例題1:x \ge 0 のとき、不等式 x^3+4 \ge 3x^2 を証明せよ。

解法:

  1. 関数を設定する:証明したい不等式は x^3-3x^2+4 \ge 0。f(x) = x^3-3x^2+4 とおく。x \ge 0 の範囲で f(x) \ge 0 を示せばよい。
  2. 導関数を計算する:f'(x) = 3x^2-6x = 3x(x-2)
  3. 増減表を作成する (x \ge 0 の範囲で):f'(x)=0 となるのは x=0, 2。極値を計算する:f(0) = 0-0+4 = 4f(2) = 2^3-3(2^2)+4 = 8-12+4 = 0x0\dots2\dotsf'(x)0-0+f(x)40
  4. 最小値を特定する:増減表より、x \ge 0 の範囲で、f(x) は x=2 のときに最小値 0 をとる。
  5. 最小値が0以上であることを示す:最小値は 0 であり、0 \ge 0 は明らかに成立する。
  6. 結論:x \ge 0 における f(x) の最小値が 0 であるから、この範囲で常に f(x) \ge 0 が成り立つ。したがって、x \ge 0 のとき、不等式 x^3+4 \ge 3x^2 は証明された。また、増減表から、等号が成立するのは x=2 のときであることもわかる。

例題2:x>0 のとき、不等式 e^x > 1+x を証明せよ。(数学IIIの範囲だが考え方は同じ)

解法:

f(x) = e^x – (1+x) とおく。x>0 で f(x)>0 を示す。

f'(x) = e^x-1。

x>0 のとき、e^x > e^0=1 なので、f'(x)=e^x-1 > 0。

したがって、f(x) は x>0 の範囲で常に単調に増加する。

よって、x>0 ならば、f(x) > f(0) = e^0-(1+0) = 1-1=0。

f(x)>0 が示されたので、不等式は証明された。

6.4. まとめ:不等式を最小値問題へ

微分法は、無限のケースを検証しなければならない不等式の証明問題を、関数の最小値を求めるという、有限の操作で解決可能な問題へと変換する、画期的なアプローチを提供します。

  • 差の関数: f(x) \ge g(x) の証明は、h(x)=f(x)-g(x) を作り、h(x) \ge 0 を示すことに帰着させるのが定石です。
  • 増減表による最小値の特定: 微分して増減表を作ることで、与えられた範囲における関数の最小値を、論理的かつ確実に見つけ出すことができます。
  • 証明の論理: 「(最小値)\ge 0 \Rightarrow すべての値 \ge 0」という論理の流れが、この証明法の核心です。

この手法は、3次、4次といった多項式の不等式だけでなく、三角関数、指数・対数関数などが含まれる、より複雑な超越関数の不等式を証明する際にも、変わることなく適用できる、非常に汎用性の高いものです。


7. 最大・最小問題への応用

ある関数の「最大値」と「最小値」を求める問題は、数学の応用において最も重要なテーマの一つです。製品の利益を最大化したい、材料のコストを最小化したい、といった現実世界の最適化問題は、すべて関数の最大・最小問題に帰着します。

私たちは既に、関数の極値(極大値・極小値)を微分法によって求める方法を学びました。極値は、あくまでその点の「近傍」で最大または最小である「局所的な (local)」最大・最小です。しかし、私たちが実際の問題で求めたいのは、多くの場合、与えられた特定の区間全体における「大域的な (global)」最大値・最小値です。

このセクションでは、微分可能な関数について、閉区間 [a, b] で定義された場合の最大値・最小値を、極値と区間の端点の値を比較することで、確実に見つけ出すための体系的な手順を確立します。

7.1. 最大値・最小値の定理

まず、最大値・最小値の存在を保証する、以下の重要な定理があります。

最大値・最小値の定理(中間値の定理の応用)

関数 f(x) が閉区間 [a,b] で連続ならば、f(x) はこの区間で必ず最大値と最小値をとる。

この定理は、グラフが途切れずにつながっており、かつ区間に端点が含まれていれば、必ず最も高い点と最も低い点が存在する、という直感的に明らかな事実を数学的に保証するものです。

7.2. 最大値・最小値の候補

では、その最大値・最小値は、区間のどこで達成されるのでしょうか。

グラフの形を想像すると、最も高い(低い)点となる可能性があるのは、

  1. 区間の内部にある、山の頂(極大値)または谷の底(極小値)
  2. 区間の両端(x=a または x=b)のいずれかであることがわかります。

これ以外の点(例えば、単調に増加している途中の点)が、区間全体での最大・最小になることはあり得ません。

したがって、最大値・最小値を求めるには、これら限られた候補点の値をすべて計算し、その中で最も大きいものと小さいものを選び出すだけでよい、ということになります。

7.3. 最大値・最小値の求め方

閉区間 [a,b] における最大値・最小値の探索手順

  1. 導関数を計算する: f(x) を微分し、f'(x) を求める。
  2. 極値の候補を探す: f'(x)=0 を解き、区間 (a,b) の内部にある解(極値をとる可能性のある x の値)をリストアップする。
  3. 候補の値を計算する:以下の値をすべて計算する。
    • (a) ステップ2で見つけた、区間内の各 x における f(x) の値(極値
    • (b) 区間の両端における f(x) の値(端点の値)、すなわち f(a) と f(b)
  4. 比較して結論を出す:ステップ3で計算したすべての値の中から、
    • 最も大きい値が、その区間における最大値
    • 最も小さい値が、その区間における最小値となる。

例題:関数 f(x) = x^3 - 3x^2 + 5 の区間 -1 \le x \le 4 における最大値と最小値を求めよ。

解法:

  1. 導関数: f'(x) = 3x^2 - 6x = 3x(x-2)
  2. 極値の候補: f'(x)=0 を解くと x=0, 2。どちらの値も、定義域 -1 \le x \le 4 の内部にあるので、両方とも候補となる。
  3. 候補の値を計算:
    • 極値:
      • x=0 のとき: f(0) = 0-0+5 = 5 (極大値)
      • x=2 のとき: f(2) = 2^3-3(2^2)+5 = 8-12+5 = 1 (極小値)
    • 端点の値:
      • x=-1 のとき: f(-1) = (-1)^3-3(-1)^2+5 = -1-3+5 = 1
      • x=4 のとき: f(4) = 4^3-3(4^2)+5 = 64-48+5 = 21
  4. 比較と結論:計算した4つの値 \{5, 1, 1, 21\} を比較する。
    • 最大値: 最も大きい値は 21。これは x=4(区間の右端)のとき。
    • 最小値: 最も小さい値は 1。これは x=2(極小点)と x=-1(区間の左端)のとき。

結論:

この関数は、

  • x=4 で 最大値 21 をとる。
  • x=-1, 2 で 最小値 1 をとる。

【グラフによる解釈】

この結果をグラフで解釈すると、区間 [-1, 4] において、

  • グラフの最も高い点は、右端の (4, 21) である。
  • グラフの最も低い点は、極小点の (2, 1) と左端の (-1, 1) の2箇所であり、高さは同じ 1 である。極大値 5 は、あくまで x=0 の近傍での「山の頂」であり、区間全体での最大値ではなかった、ということがわかります。

7.4. まとめ:極値と端点の比較

閉区間における関数の最大・最小問題は、微分法の応用の中でも特に定型的で、明確なアルゴリズムに従って解くことができます。

  • 候補は限定的: 最大・最小となる可能性があるのは、極値端点のみです。
  • 手順の徹底: (1)微分して f'(x)=0 を解く、(2)区間内の極値と端点の値をすべて計算する、(3)それらを比較する、という手順を確実に実行することが、正解への鍵です。
  • グラフのイメージ: 増減表を描き、関数のグラフの概形をイメージすることで、どの点が最大・最小の候補になるのかを視覚的に捉えることができ、理解が深まります。

この体系的なアプローチは、次節で学ぶ、より実践的な「最適化問題」を解く上での、直接的な基礎となります。


8. 速度・加速度と微分

微分法が「瞬間の変化率」を捉える数学であるならば、その最も直感的で、歴史的にも重要な応用分野は、物体の運動の記述です。古代から、科学者や哲学者は「運動」の本質を捉えようと試みてきましたが、物体の「瞬間の速さ」を数学的に厳密に定義し、計算する手段を与えたのが、ニュートンとライプニッツによる微分の発見でした。

このセクションでは、微分の物理的な側面に立ち返り、物体の位置速度、そして加速度という、運動を記述する3つの基本的な物理量が、微分によっていかに深く結びついているかを探求します。この関係を理解することは、物理学の世界への扉を開くと同時に、微分という数学的概念が、いかに現実世界のダイナミクスを記述するための自然な言語であるかを実感させてくれます。

8.1. 位置・速度・加速度

数直線上を運動する点Pを考えます。

  • 位置 (Position):時刻 t における点Pの座標を、t の関数 s(t) で表します。これを位置関数と呼びます。
  • 速度 (Velocity):速度とは、位置の時間的な変化率です。
    • 平均の速度: 時刻 t から t+h までの間の平均の速度は、位置の変化量を時間の変化量で割ったもの、すなわち平均変化率 \frac{s(t+h)-s(t)}{h} です。
    • 瞬間の速度: 時刻 t における瞬間の速度 v(t) は、この平均の速度の h \to 0 での極限です。これは、まさしく位置関数 s(t) の導関数の定義に他なりません。\[ v(t) = s'(t) = \frac{ds}{dt} \]
  • 加速度 (Acceleration):加速度とは、速度の時間的な変化率です。
    • 瞬間の加速度: 時刻 t における瞬間の加速度 a(t) は、速度 v(t) の瞬間の変化率、すなわち速度関数 v(t) の導関数です。\[ a(t) = v'(t) = \frac{dv}{dt} \]これは、元の位置関数 s(t) を2回微分したものであることを意味します。s(t) の導関数が v(t) であり、その v(t) の導関数が a(t) なのです。これを s”(t) や \frac{d^2s}{dt^2} と書きます。

8.2. 関係のまとめ

位置・速度・加速度の関係

\[ \text{位置 } s(t) \xrightarrow{\text{時間 t で微分}} \text{速度 } v(t) \xrightarrow{\text{時間 t で微分}} \text{加速度 } a(t) \]

\[ v(t) = s'(t) \]

\[ a(t) = v'(t) = s”(t) \]

【速さと速度の違い】

物理学では、速度 (velocity) は向きを持つベクトル量(数直線上では正負で向きを表す)、速さ (speed) はその大きさ(絶対値)|v(t)| を表すスカラー量として区別されます。

  • v(t)>0:正の向きに運動している。
  • v(t)<0:負の向きに運動している。
  • v(t)=0:一瞬、静止している(運動の向きが変わる点かもしれない)。

8.3. 具体例:自由落下運動

地上から、ボールを初速度 v_0 [m/s] で真上に投げ上げたときの運動を考えます。(空気抵抗は無視し、鉛直上向きを正とする)

このとき、t 秒後のボールの高さ s(t) [m] は、重力加速度を g [m/s²] とすると、物理法則から

s(t) = v_0 t – \frac{1}{2}gt^2

という t の2次関数で与えられることが知られています。

この位置関数を微分することで、任意の時刻における速度と加速度を求めてみましょう。

  • 速度 v(t):v(t) = s'(t) = (v_0 t – \frac{1}{2}gt^2)’t で微分すると、= v_0 \cdot (t)’ – \frac{1}{2}g \cdot (t^2)’= v_0 \cdot 1 – \frac{1}{2}g \cdot (2t) = v_0 – gt速度は t の1次関数となり、時間が経つにつれて一定の割合 g で減少していく(上昇速度が落ち、やがて負、つまり下降に転じる)ことがわかります。
  • 加速度 a(t):a(t) = v'(t) = (v_0-gt)’t で微分すると、= (v_0)’ – (gt)’ = 0 – g \cdot (t)’ = -g加速度は、時刻によらず常に一定の値 -g となります。これは、地球の重力が常に一定の力で物体を(負の向きに)引き続けているという物理的な事実と一致します。

【ミニケーススタディ:最高点への到達】

ボールが最高点に達するのは、どのような瞬間でしょうか。それは、上昇から下降へと運動の向きが変わる瞬間、すなわち速度 v(t) が 0 になる瞬間です。

v(t) = v_0 – gt = 0 \Rightarrow t = \frac{v_0}{g}

この時刻に、ボールは最高点に到達します。そのときの高さは、s(v_0/g) を計算することで求められます。

この例は、微分によって物理的な運動の重要な特徴(最高点到達時刻など)を、いかにして正確に捉えられるかを示しています。

8.4. まとめ:変化を記述する自然言語

位置・速度・加速度の関係は、微分が「変化率」を記述するという、その本質的な意味を最も明確に示しています。

  • 階層構造: 位置、速度、加速度は、微分という操作を介して、美しい階層構造をなしています。
  • 物理法則の数学的表現: s(t) を微分すれば v(t) が、v(t) を微分すれば a(t) が得られるという関係は、運動の法則が微分の言語で自然に記述されることを示しています。
  • 積分への布石: 逆に、加速度を「積分」すれば速度が、速度を「積分」すれば位置が(定数を除いて)復元できます。この微分と積分の逆演算の関係は、積分法を学ぶ上での中心的なテーマとなります。

この物理的な応用を理解することで、微分法は、単なるグラフの傾きを求める幾何学的なツールから、現実世界の動的なプロセスを解明するための、生きた科学の言語へと昇華されるのです。


9. 近似式

微分係数 f'(a) が、点 (a, f(a)) における接線の傾きを意味するという事実は、非常に強力な近似の道具を生み出します。接線は、その接点の「ごく近く」においては、元の関数のグラフとほとんど区別がつかないほどよく似ています。言い換えれば、複雑で扱いにくい関数の局所的な振る舞いを、単純で扱いやすい一次関数(直線)で代用(近似)することが可能になるのです。

この考え方に基づく一次近似式は、電卓がない時代に関数の値の概算を求めるために用いられただけでなく、現代科学や工学においても、複雑な非線形の問題を、より扱いやすい線形の問題として分析するための、基本的な考え方として広く活用されています。

9.1. 一次近似式の導出

関数 y=f(x) のグラフ上の点 (a, f(a)) における接線の方程式は、

y – f(a) = f'(a)(x-a)

すなわち、

y = f'(a)(x-a) + f(a)

でした。

x が a に非常に近いとき (x \approx a)、曲線 y=f(x) の値は、この接線の y の値とほぼ等しいと考えることができます。

\[ f(x) \approx f(a) + f'(a)(x-a) \quad (\text{for } x \approx a) \]

これを、f(x) の x=a のまわりでの一次近似式 (linear approximation) といいます。

【別表現】

x-a = h とおくと、x=a+h となります。x \approx a は h \approx 0 と同義です。

この h を用いて近似式を書き直すと、

\[ f(a+h) \approx f(a) + f'(a)h \quad (\text{for } h \approx 0) \]

という、より使いやすい形になります。

これは、「a から少しだけ(hだけ)ずれた点の値 f(a+h) は、スタート地点の値 f(a) に、その点での変化率 f'(a) と変化量 h を掛けたものを足したもので、おおよそ近似できる」と解釈できます。

9.2. 近似式の応用

例題1:この一次近似式を用いて、\sqrt{9.02} の近似値を求めよ。

思考プロセス:

  1. 関数と基準点を設定する:\sqrt{9.02} は、関数 f(x)=\sqrt{x} の x=9.02 における値である。9.02 は、計算しやすい 9 に非常に近い。そこで、a=9 を基準点とする。
  2. 必要な値を計算する:近似式 f(a+h) \approx f(a)+f'(a)h を使うために、f(a), f'(a), h を求める。
    • a=9, h=0.02
    • f(a) = f(9) = \sqrt{9} = 3
    • f'(x) = (\sqrt{x})' = (x^{1/2})' = \frac{1}{2}x^{-1/2} = \frac{1}{2\sqrt{x}}
    • f'(a) = f'(9) = \frac{1}{2\sqrt{9}} = \frac{1}{2 \cdot 3} = \frac{1}{6}
  3. 近似式に代入する:\sqrt{9.02} = f(9+0.02) \approx f(9) + f'(9) \times 0.02\approx 3 + \frac{1}{6} \times 0.02 = 3 + \frac{0.02}{6} = 3 + \frac{2}{600} = 3 + \frac{1}{300}
  4. 最終的な値を計算する:1/300 \approx 0.00333\dotsよって、\sqrt{9.02} \approx 3.00333。(電卓で計算すると \sqrt{9.02} \approx 3.0033314… であり、非常に良い近似値が得られていることがわかります)

例題2:角度 \Delta \theta が非常に小さいとき、\sin(\Delta\theta) \approx \Delta\theta\cos(\Delta\theta) \approx 1 であることを示せ。

解法:

h の代わりに \Delta\theta を用いて、f(\theta) の \theta=0 のまわりでの一次近似を考える。

f(\Delta\theta) = f(0+\Delta\theta) \approx f(0) + f'(0)\Delta\theta

  • f(\theta)=\sin\theta の場合:f(0) = \sin 0 = 0f'(\theta) = \cos\theta なので f'(0) = \cos 0 = 1よって、近似式は \sin(\Delta\theta) \approx 0 + 1 \cdot \Delta\theta = \Delta\theta。
  • f(\theta)=\cos\theta の場合:f(0) = \cos 0 = 1f'(\theta) = -\sin\theta なので f'(0) = -\sin 0 = 0よって、近似式は \cos(\Delta\theta) \approx 1 + 0 \cdot \Delta\theta = 1。

これらの近似は、物理学で単振り子の運動などを分析する際に、運動方程式を単純化するための「微小角近似」として、極めて重要な役割を果たします。

9.3. まとめ:曲線を直線で近似する思想

一次近似式は、微分の幾何学的な意味(接線)から生まれる、強力な応用ツールです。

  • 局所的な線形性: どんなに複雑に曲がった関数でも、そのごく一部を拡大して見れば、ほぼ直線(その点での接線)と見なせる、という考え方が根底にあります。
  • 計算の単純化: 複雑な関数(\sqrt{x} など)の計算を、単純な一次関数(足し算と掛け算だけ)の計算で代用することを可能にします。
  • 科学技術の基礎: この「非線形な現象を、局所的に線形なものとして扱う」という思想は、現代科学や工学におけるシミュレーションや数値解析の、最も基本的な考え方の一つです。

微分とは、単に傾きを求める計算であるだけでなく、複雑な世界を、私たちの手が届く単純な世界で近似するための、普遍的な「ものの見方」をも提供してくれるのです。


10. 最適化問題

これまでに学んできた、関数の最大値・最小値を求める手法は、純粋な数学の問題だけでなく、私たちの身の回りに存在する様々な最適化問題 (optimization problem) を解決するための、極めて実用的で強力なツールとなります。

最適化問題とは、「与えられた制約条件の中で、ある特定の指標(利益、面積、体積、時間、コストなど)を最大化または最小化するには、どのように設計・決定すればよいか」という問いに答える問題です。例えば、

  • 「一定の長さのフェンスで、面積が最大になる長方形の牧場を作りたい」
  • 「体積が一定の円柱形の缶を作るのに、材料(表面積)を最小にしたい」といった問題がこれにあたります。このセクションでは、このような文章で与えられた問題を、数学の言葉(関数)に翻訳し、微分法を用いてその最適解を見つけ出す、一連のプロセスを学びます。

10.1. 最適化問題の解法手順

文章で与えられた最適化問題を解くための手順は、以下のようになります。

最適化問題の解法手順

  1. 変数を設定する:問題の中で変化する量を、x などの変数として設定する。何を x とおくかが、問題の見通しを大きく左右する。
  2. 目的関数を立式する:最大化または最小化したい量(目的関数)を、ステップ1で設定した変数を用いて、関数 f(x) として表す。
  3. 変数の定義域を決定する:問題の物理的・幾何学的な制約から、変数 x が取りうる値の範囲(定義域)を特定する。長さや面積であれば x>0 となるなど、暗黙の制約にも注意する。
  4. 微分して最大・最小を求める:関数 f(x) を、ステップ3で定めた定義域内で微分し、増減表を作成するなどして、最大値または最小値を求める。
  5. 結論を述べる:求めた最大値・最小値と、そのときの変数の値を、問題の文脈に沿って明確に答える。

10.2. 具体例による解法

例題1:1辺の長さが12cmの正方形の厚紙がある。この四隅から同じ大きさの正方形を切り取り、その残りを折り曲げて、ふたのない箱を作る。箱の容積を最大にするには、切り取る正方形の1辺の長さを何cmにすればよいか。また、そのときの最大容積を求めよ。

解法:

  1. 変数を設定する:切り取る正方形の1辺の長さを x [cm] とする。
  2. 目的関数を立式する:箱の容積 V [cm³] を x の関数で表す。箱を組み立てると、
    • 底面: 1辺が (12-2x) の正方形になる。
    • 高さ: x となる。よって、容積 V(x) は、V(x) = (\text{底面積}) \times (\text{高さ}) = (12-2x)^2 \cdot x= 4(6-x)^2 \cdot x = 4x(36-12x+x^2) = 4x^3-48x^2+144x
  3. 変数の定義域を決定する:
    • 辺の長さなので x>0
    • また、底面の1辺の長さ 12-2x も正でなければならない。12-2x > 0 \Rightarrow 12 > 2x \Rightarrow x < 6したがって、x の定義域は 0 < x < 6。
  4. 微分して最大値を求める:V(x) を x で微分する。V'(x) = 12x^2 – 96x + 144= 12(x^2 – 8x + 12)= 12(x-2)(x-6)V'(x)=0 となるのは x=2, 6。定義域 0<x<6 における増減表を作成する。x(0)\dots2\dots(6)V'(x)+0-V(x)極大増減表より、V(x) は x=2 で極大かつ最大となる。最大容積を計算する。V(2) = (12-2 \cdot 2)^2 \cdot 2 = (12-4)^2 \cdot 2 = 8^2 \cdot 2 = 64 \times 2 = 128
  5. 結論:切り取る正方形の1辺の長さを 2cm にすれば、容積は最大となり、その最大容積は 128 cm³ である。

10.3. まとめ:現実世界を数学で最適化する

最適化問題は、微分法の応用が、いかに現実世界と密接に結びついているかを示す、最も良い例です。

  • 数学への翻訳: 問題解決の第一歩は、文章で書かれた状況を、変数、目的関数、定義域という、数学の言葉に正確に翻訳することです。
  • 微分という解析ツール: いったん関数として定式化されれば、あとは微分して増減を調べるという、機械的で強力なアルゴリズムによって、最適解を導き出すことができます。
  • 定義域の重要性: 物理的・幾何学的な制約から導かれる変数の定義域は、数学的なモデルが現実世界から乖離しないようにするための、重要な「錨」の役割を果たします。

この最適化問題へのアプローチを通じて、私たちは、微分法が単に関数の形を調べるだけでなく、与えられた制約の中で「最善の解」を見つけ出すための、合理的な意思決定のツールでもあることを学びます。

Module 10:微分法(2) 導関数の応用の総括:導関数を羅針盤に、関数の航路を読み解く。極値の山と谷を越え、最適化の頂へ

前モジュールで鍛え上げた「微分」という鋭利なメスは、本モジュールで、関数の内部構造を鮮やかに解き明かすための、万能の解析ツールへと進化を遂げました。私たちは、導関数 f'(x) の符号という、ただ一つの情報だけを頼りに、元の関数 f(x) がたどる増減の航路を、その隅々まで正確に読み解く術を身につけました。

この新しい能力は、まず、3次・4次といった高次関数のグラフの、複雑に見えた地形を、極値という山と谷を基準にして、いくつかの基本パターンへと完全に分類することを可能にしました。そして、この精緻な「地形図」を手にした私たちは、もはや単にグラフを描くだけでなく、それを武器として、より広範な問題領域へと進軍しました。代数的な方程式の実数解の個数を、グラフと直線の交点の数として視覚的に捉え、証明困難な不等式を、関数の最小値の問題へと変換して、その牙城を打ち破りました。

さらに、その応用範囲は純粋数学の世界に留まりませんでした。位置・速度・加速度という、運動を記述する物理世界の基本言語が、微分という一つの文法で結ばれていることを確認し、現実世界の制約の中で最善の解を探す「最適化問題」という、極めて実践的な課題にも、その刃が届くことを見届けました。

導関数を羅針盤として、関数の増減という航路を読み解き、極値の山と谷を越えて、最大・最小という最適化の頂に立つ。この一連のプロセスは、微分法が、単なる計算技術ではなく、未知の対象を分析し、その本質を理解し、最善の選択を行うための、普遍的な「思考のOS」であることを示しています。ここで身につけた解析の力は、次に続く積分法、そして数学全体、さらには科学の世界を探求する上で、あなたの思考を導き続ける、揺るぎない基盤となるでしょう。

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