【基礎 政治経済(政治)】Module 17:市民社会とNPO

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本モジュールの目的と構成

これまでのモジュールで、私たちは国家という「第一セクター」(政府・行政)と、市場という「第二セクター」(営利企業)の、二つの巨大な領域について学んできました。しかし、現代社会を動かしているのは、この二つのセクターだけではありません。その間には、政府でもなく、営利企業でもない、市民が自らの自由な意思で結びつき、共通の課題解決のために活動する、広大でダイナミックな第三の領域が存在します。それが、本モジュールで探求する「市民社会(Civil Society)」、そしてその中心的な担い手である「NPO」です。

このモジュールは、皆さんが、現代の民主主義と公共サービスを支える、この「第三のセクター」の重要性を深く理解し、その多様なアクターと活動のあり方を体系的に把握することを目的とします。政治は、選挙で投票し、政府の活動を監視するだけでは完結しません。市民自らが、地域の課題解決の主役となり、行政や企業と対等なパートナーとして連携する「新しい公共」の姿を学ぶことで、皆さんは、より成熟した、参加型の民主主義のリアルな息吹を感じ取ることができるでしょう。

本モジュールは、以下の10のステップを通じて、現代社会の隠れた、しかし不可欠なエンジンである市民社会の全貌に迫ります。

  1. 第三の領域を発見する ― 市民社会の定義とその役割: まず、政府と市場の間に広がる「市民社会」とは何か、その概念を明確に定義します。国家権力を監視し、市場が応えられないニーズを満たす、社会の「健全な結合組織」としての役割を探ります。
  2. 情熱を力に変える組織 ― NPO・NGOの活動とその意義: 市民社会の最も重要なプレイヤーである「NPO(非営利組織)」と「NGO(非政府組織)」。行政にはない柔軟性や専門性を武器に、彼らがどのように社会変革の触媒となっているのか、その意義を解き明かします。
  3. 参加の原点 ― ボランティア活動: 市民社会を支える最も基礎的なエネルギーである「ボランティア活動」。その自発性と無償性の精神が、なぜ社会にとってかけがえのない価値を持つのかを考えます。
  4. 社会課題をビジネスで解決する ― 社会起業家: 利益追求ではなく、社会問題の解決を第一の目的とする新しいタイプの起業家、「社会起業家」。ビジネスの手法を用いて、持続可能な社会貢献を実現する、その革新的なアプローチに光を当てます。
  5. 企業の社会的責任 ― コーポレート・シチズンシップ(企業の市民性): 営利企業もまた、市民社会の重要な一員です。単なる法令遵守や慈善活動を超え、企業が「良き市民」として、社会課題の解決に積極的に関わる「コーポレート・シチズンシップ」の考え方を学びます。
  6. 官と民の新しい関係 ― 新しい公共: 「公共」の担い手は、もはや行政だけではありません。行政が、NPOや市民と対等なパートナーとして連携し、共に公共サービスを担っていく「新しい公共」という、21世紀の統治モデルを探ります。
  7. もう一つの経済主体 ― 協同組合: 営利を目的とせず、組合員の相互扶助を理念とする「協同組合」。株式会社とは異なる、民主的な運営原理を持つこの組織が、市民社会の中でどのような役割を果たしているのかを学びます。
  8. 市民の声を行政へ ― 市民参加と政策決定: 市民社会が、どのようにして具体的な政策決定に影響を与えるのか。パブリック・コメントや審議会への参加、住民投票など、多様な「市民参加」のチャンネルとその意義を整理します。
  9. 社会の「潤滑油」― ソーシャル・キャピタル(社会関係資本): なぜ、市民活動が活発な社会は、より豊かで、民主主義も健全に機能するのでしょうか。その謎を解く鍵として、「信頼」「規範」「ネットワーク」といった、目に見えない社会の資本、「ソーシャル・キャピタル」の概念を理解します。
  10. 第三セクターの未来 ― 市民社会の現代的課題: 最後に、日本の市民社会が直面している現実的な課題を考察します。財政基盤の脆弱さや、人材不足、そして行政との関係のあり方など、そのさらなる発展のために乗り越えるべきハードルを見つめます。

このモジュールを修了したとき、皆さんは、政府、市場、そして市民社会という三つのセクターが、いかに相互に作用しあいながら、私たちの社会を形作っているのかを、立体的に理解できるようになっているはずです。


目次

1. 市民社会の定義と、その役割

現代社会を理解する上で、私たちは通常、二つの大きな領域を思い浮かべます。一つは、法律や制度を通じて社会を統治する**「国家(政府)」の領域。もう一つは、利益の追求を目的として財やサービスを生産・交換する「市場(営利企業)」の領域です。しかし、私たちの社会には、この二つだけでは成り立たない、第三の極めて重要な領域が存在します。それが「市民社会(Civil Society)」**です。

1.1. 市民社会とは何か ― 第三の領域

市民社会とは、**国家(第一セクター)と市場(第二セクター)から独立した、市民が自発的な意思に基づいて形成する、非営利の結社や活動の領域(第三セクター)**の総称です。

  • 構成要素: 市民社会は、NPO・NGOボランティア団体協同組合労働組合町内会趣味のサークル宗教団体学術団体など、極めて多様な組織やネットワークによって構成されています。
  • 共通する特徴: これらの組織は、血縁(家族)による結びつきでもなく、国家による強制でもなく、また、営利を目的とするものでもなく、共通の関心や価値観、目的を分かち合う人々が、自発的に集うことによって成り立っています。

1.2. 市民社会の二つの重要な役割

この第三の領域は、健全な民主主義社会にとって、欠かすことのできない二つの重要な役割を果たしています。

1.2.1. 国家権力に対する「防波堤」としての役割

市民社会は、国家と個人の間に位置し、**国家権力の過度な介入や濫用から、個人の自由を守る「防波堤」**の役割を果たします。

  • 権力の監視: 多様な市民団体が、政府の活動を監視し、批判し、政策提言を行うことで、行政の透明性を高め、権力の暴走に歯止めをかけます。もし、国家と、バラバラの個人しか存在しない社会であれば、個人は強大な国家権力の前にあまりにも無力です。市民が団結し、組織化された声を上げることで、初めて国家と対等に向き合うことが可能になります。
  • 民主主義の学校: 市民は、地域のNPOや団体の活動に参加し、他者と議論し、合意形成を図るプロセスを通じて、民主主義的な思考やスキルを学びます。この意味で、市民社会は「民主主義の学校」とも呼ばれます。

1.2.2. 市場経済を「補完」する役割

市民社会はまた、利益の追求を第一とする市場経済では、十分に満たすことのできない社会のニーズに応える、重要な役割を担います。

  • 市場の失敗を補う: 儲からないために企業が手を出さないような分野、例えば、障害者支援、環境保護、地域の文化振興、災害時の支援活動といった分野で、NPOやボランティアが重要なサービスを提供します。
  • 新しい価値の創造: 市民の自発的な活動の中から、行政や企業では生まれにくい、新しい社会的な価値や、課題解決のための革新的なアイデアが生まれることも少なくありません。

このように、市民社会は、政治的な自由と、社会的な連帯の両方を支える、民主主義社会の不可欠な基盤(インフラ)なのです。


2. NPO・NGOの活動と、その意義

市民社会を構成する多様なアクターの中で、現代において最もその重要性を増しているのが、**NPO(非営利組織)NGO(非政府組織)**です。両者は、ほぼ同じ意味で使われることも多いですが、そのニュアンスには少し違いがあります。

2.1. NPOとNGOの定義

  • NPO (Non-Profit Organization:非営利組織)
    • 利益を分配しない組織: NPOの「非営利」とは、「利益を上げてはいけない」という意味ではありません。活動を通じて利益を生み出すことは許されていますが、その利益を、株式会社の株主配当のように、構成員(会員や役員)に分配せず、次の社会貢献活動のために再投資する組織のことを指します。
    • 特定非営利活動促進法(NPO法): 日本では、1995年の阪神・淡路大震災でのボランティア活動の活躍などを契機に、市民活動団体が容易に法人格を取得できるように、1998年にNPO法が制定されました。この法律に基づいて認証された法人を**「NPO法人(特定非営利活動法人)」**と呼びます。
  • NGO (Non-Governmental Organization:非政府組織)
    • もともとは、国連の文脈で、政府代表以外の、民間の国際的な組織を指す言葉として使われ始めました。
    • そのため、現在でも、特に人権、環境、開発、平和といった、地球規模の課題に、国境を越えて取り組む、国際的な性格の強い市民団体を指して使われることが多いです。アムネスティ・インターナショナルや、国境なき医師団などは、その代表例です。

2.2. NPO・NGOの意義と強み

NPOやNGOは、政府(行政)や営利企業にはない、独特の強みを持っています。

  1. 先駆性・実験性:
    • 行政は、前例や公平性を重んじるため、新しい課題への対応が遅れがちです。NPOは、社会がまだ気づいていない新しい問題(例えば、DV被害者支援や、ひきこもり支援など)をいち早く発見し、先駆的・実験的な取り組みを始めることができます。
  2. 専門性:
    • 特定の社会課題(例えば、難民支援や、希少動物の保護など)に、長年にわたって専門的に取り組むことで、行政や企業にはない、高度な専門知識やノウハウを蓄積しています。
  3. 柔軟性・機動性:
    • 巨大で階層的な行政組織と比べて、NPOは組織が小さく、意思決定のプロセスもシンプルであるため、災害時などに、現地のニーズに迅速かつ柔軟に対応することができます。
  4. アドボカシー(政策提言)機能:
    • 現場での活動を通じて得た知見や、当事者の声を基に、政府や国際社会に対して、**具体的な政策の変更や、新しい法律の制定を働きかける(アドボカシー)**役割は、NPO・NGOの極めて重要な機能です。

これらの強みを活かし、NPO・NGOは、現代社会において、単なるボランティア活動の受け皿にとどまらず、社会変革を促す、プロフェッショナルな「ソーシャル・セクター」として、その存在感を増しているのです。


3. ボランティア活動

NPOやNGOといった組織的な活動の、最も基礎となるエネルギー源。それが、一人ひとりの市民による、自発的なボランティア活動です。市民社会は、この個人の善意と貢献の精神なくしては成り立ちません。

3.1. ボランティア活動とは

ボランティア活動とは、一般に、**「自らの意思で、時間や労力、知識などを提供し、金銭的な見返りを求めることなく、社会や他者に貢献する活動」**と定義されます。その活動には、以下の四つの原則があると言われています。

  1. 自発性・主体性:
    • 他人から強制されたり、義務として行うのではなく、「自分がやりたい」という、個人の自由な意思に基づいて行われる活動です。
  2. 社会性・連帯性:
    • 個人の自己満足のためだけでなく、社会が抱える様々な課題の解決を目指し、他者や社会とつながり、共に支え合うことを目的とする活動です。
  3. 無償性・非営利性:
    • 活動の対価として、金銭的な報酬を第一の目的としない活動です。ただし、交通費や食費といった、活動に必要な実費を受け取ることは、この原則に反するものではありません。
  4. 創造性・先駆性:
    • 行政や企業では対応しきれない、新しい社会のニーズを発見し、自由な発想で、新しい解決策を生み出す可能性を秘めています。

3.2. ボランティア活動の多様な形

ボランティア活動の分野は、極めて多岐にわたります。

  • 福祉分野: 高齢者や障害者の介助、子育て支援、傾聴ボランティアなど。
  • 環境分野: 地域の清掃活動、植林、リサイクル活動など。
  • 災害支援: 阪神・淡路大震災(1995年)や東日本大震災(2011年)では、全国から駆け付けた多くのボランティアが、被災者の救援や、復旧・復興支援において、行政の手が届かない部分を補う、極めて大きな役割を果たしました。1995年は、日本の「ボランティア元年」とも呼ばれています。
  • 国際協力: 発展途上国での技術指導や、教育支援など(青年海外協力隊など)。
  • 文化・スポーツ: 美術館や図書館での活動支援、地域のスポーツイベントの運営など。

3.3. ボランティア活動の意義

ボランティア活動は、社会に貢献するだけでなく、参加する個人にとっても、多くの価値をもたらします。

  • 自己実現と学びの機会:
    • 自分の持つスキルや知識を活かし、社会の役に立つことで、大きな達成感や自己肯定感を得ることができます。
    • また、活動を通じて、新しい知識や技術を学んだり、多様な人々との出会いを通じて、視野を広げたりすることができます。
  • 地域社会とのつながりの構築:
    • ボランティア活動は、孤立しがちな現代社会において、人々が地域社会と関わるための、重要なきっかけとなります。

このように、ボランティア活動は、市民社会を根底から支え、社会の絆を育む、かけがえのない営みなのです。


4. 社会起業家

21世紀に入り、NPOやボランティアといった従来の枠組みに収まらない、新しいタイプの社会変革の担い手が登場し、注目を集めています。それが**「社会起業家(Social Entrepreneur)」**です。

社会起業家とは、貧困、環境、教育格差、地域社会の衰退といった、様々な社会問題の解決を、第一の目的(ミッション)としながら、その解決策を、寄付や補助金に頼るだけでなく、持続可能な「事業(ビジネス)」の形で行おうとする革新的なリーダーのことです。

4.1. 社会起業家の特徴 ― NPOと営利企業との違い

社会起業家が率いる組織(ソーシャル・ビジネス)は、従来のNPOと、従来の営利企業の、両方の特徴を併せ持っています。

比較項目従来のNPO従来の営利企業社会起業家(ソーシャル・ビジネス)
第一の目的社会的ミッションの達成株主利益の最大化社会的ミッションの達成
主な財源寄付、会費、補助金事業収入事業収入
生み出した利益の使途活動への再投資株主への配当活動への再投資
イノベーション競争優位のための技術・サービス革新社会問題解決のための仕組み・モデル革新
  • NPOとの違い: NPOが、財源を外部からの寄付や補助金に依存することが多いのに対し、社会起業家は、自らが生み出す商品やサービスの対価(事業収入)によって、活動費用を賄い、持続可能な運営を目指します。
  • 営利企業との違い: 営利企業は、利益の最大化を目的とし、社会貢献活動(CSR)は、その二次的な活動として位置づけられることが多いです。これに対し、社会起業家にとっては、社会問題の解決こそが事業の核であり、利益は、そのミッションを継続・拡大していくための「手段」と位置づけられます。

4.2. 社会起業の代表的な事例

  • グラミン銀行(バングラデシュ):
    • 経済学者のムハマド・ユヌスが創設。貧しい人々に、担保なしで少額の資金を融資する「マイクロクレジット」という仕組みを事業化し、多くの人々の自立を支援しました。ユヌスは、この功績により、2006年にノーベル平和賞を受賞しています。
  • 日本国内の事例:
    • 病児保育の問題に取り組むNPOや、途上国の産品を公正な価格で取引するフェアトレードの事業、あるいは、過疎地域の耕作放棄地を活用して、地域の雇用を生み出す農業法人など、様々な分野で、多くの社会起業家が活躍しています。

社会起業家は、社会の課題を、嘆くべき「問題」としてではなく、新しい価値を創造するための「機会」として捉え、ビジネスのダイナミズムを社会変革のエンジンとして活用する、21世紀の新しいリーダー像なのです。


5. コーポレート・シチズンシップ(企業の市民性)

市民社会の担い手は、個人や非営利組織だけではありません。経済活動の中心である営利企業もまた、その社会の一員として、どのような役割を果たすべきかが、現代において、ますます厳しく問われるようになっています。この、企業の社会における役割と責任に関する考え方を、**「コーポレート・シチズンシップ(企業の市民性)」**と呼びます。

この考え方は、時代と共に、その意味合いを深化させてきました。

5.1. CSR(企業の社会的責任)の登場

  • 背景: 1960年代以降、企業活動が大規模化するにつれて、公害問題や、欠陥商品による消費者被害、労働問題などが深刻化しました。
  • CSR (Corporate Social Responsibility) の考え方:
    • これに対し、企業は、単に利益を追求するだけでなく、自らの事業活動が社会や環境に与える影響に責任を持ち、**消費者、従業員、地域社会といった、様々な利害関係者(ステークホルダー)**の要求に、適切に応えていくべきだ、という考え方が広がりました。
    • 当初は、法令を遵守する(コンプライアンス)、環境に配慮する、といった、事業活動に伴うネガティブな影響を最小化するという、受動的な責任が中心でした。

5.2. フィランソロピーとメセナ

CSR活動の一環として、企業が、その利益の一部を社会に還元する、より積極的な貢献活動も行われています。

  • フィランソロピー:
    • ギリシャ語の「人間愛」を語源とする、社会貢献・慈善活動全般を指します。
    • 具体的には、災害時の義援金や、福祉施設への寄付、従業員によるボランティア活動の支援などです。
  • メセナ:
    • 特に、文化・芸術活動を支援することを指します。
    • 企業が、オーケストラや美術館を運営したり、若手芸術家の活動を支援したりする活動です。

5.3. コーポレート・シチズンシップへの進化

21世紀に入り、これらの考え方は、さらに一歩進んで、**「コーポレート・シチズンシップ」**という、より積極的で、戦略的な概念へと進化しています。

  • 「良き市民」としての企業:
    • この考え方は、企業を、単なる経済主体としてだけでなく、社会を構成する**「市民」の一員**として捉えます。
    • そして、良き市民として、自らが持つ経営資源(ヒト、モノ、カネ、情報、ノウハウ)を積極的に活用し、社会が抱える課題の解決に、主体的に貢献していくべきだ、と考えます。
  • 本業との統合:
    • コーポレート・シチズンシップの特徴は、社会貢献活動を、企業の利益活動とは別の「コスト」として捉えるのではなく、自社の本業(コア・ビジネス)と統合し、企業価値の向上にもつなげていこうとする点にあります。
    • CSV (Creating Shared Value:共通価値の創造) という考え方も、これに近いものです。
    • 例:
      • 自動車メーカーが、環境技術を開発することで、地球温暖化の解決に貢献しつつ、自社の競争力を高める。
      • 食品メーカーが、途上国の農家を支援することで、貧困問題の解決に貢献しつつ、質の高い原料を安定的に調達する。

このように、現代の企業には、単に「悪いことをしない」だけでなく、その力を社会の「善」のために、いかに積極的に用いるかという、「良き市民」としての振る舞いが、投資家や消費者から、強く求められているのです。


6. 新しい公共

これまでの社会では、「公共」的なサービス(道路の建設、福祉、教育など)を提供するのは、主に**政府・行政(官)の役割である、と考えられてきました。しかし、現代社会では、この伝統的な官と民の役割分担が、大きく見直されようとしています。そのキーワードが「新しい公共」**です。

6.1. 「新しい公共」とは何か

「新しい公共」とは、これまで主に行政が担ってきた公共的なサービスの領域に、NPO、市民、企業といった、多様な民間の主体が、行政と対等なパートナーとして参画し、協働していくという、21世紀の新しい社会のあり方を示す概念です。

これは、官と民の関係を、従来の**「官から民へ(民営化)」という一方通行の関係だけでなく、「官と民が共に(協働)」**という、双方向のパートナーシップへと転換しようとする考え方です。

  • 背景:
    • 社会のニーズの多様化・複雑化: 少子高齢化や価値観の多様化により、画一的な行政サービスだけでは、きめ細かく対応できない課題が増えています。
    • 行政の限界: 厳しい財政状況や、人員の制約から、行政がすべての公共サービスを、これまで通りに提供し続けることが困難になっています。

6.2. 「新しい公共」の担い手

「新しい公共」の担い手は、行政だけではありません。

  • NPO・ボランティア: 専門性や機動性を活かし、行政の手が届かない、きめ細かなサービスを提供します(例:子育て支援、高齢者の見守り活動)。
  • 社会起業家: ビジネスの手法を用いて、持続可能な形で社会課題の解決に取り組みます。
  • 企業(コーポレート・シチズンシップ): 経営資源を活かして、地域の課題解決に貢献します。
  • 地域コミュニティ(町内会など): 地域の絆を活かして、防災や防犯、環境美化などの活動を担います。

6.3. 「協働」の具体的な仕組み

この「新しい公共」を実現するための、具体的な制度的仕組みも整備されてきています。

  • 指定管理者制度:
    • 体育館、図書館、公民館といった、公の施設の管理・運営を、株式会社やNPO法人といった、民間の事業者に包括的に委託する制度です。
    • 民間のノウハウを活用することで、サービスの質の向上や、効率的な運営が期待されます。
  • PFI (Private Finance Initiative):
    • 道路、学校、庁舎といった公共施設の建設・維持管理・運営に、民間の資金と経営能力、技術的能力を活用する手法です。
  • コミュニティ・ビジネス:
    • 地域の住民が主体となって、地域の課題(高齢者の買い物支援、子育て、観光振興など)を、ビジネスの手法で解決しようとする事業です。

「新しい公共」の理念が目指すのは、単なる行政のスリム化ではありません。それは、市民一人ひとりが、公共サービスの「受け手」であるだけでなく、社会を支える「担い手」としての意識を持ち、行政と市民が、それぞれの強みを活かしながら、共に地域社会を創造していく、より成熟した民主主義社会の姿なのです。


7. 協同組合

市民社会を構成する重要なアクターとして、NPOやボランティアと並んで、古くから、しかし今日でも、重要な役割を果たしているのが**「協同組合(Co-operative)」**です。協同組合は、株式会社とは根本的に異なる原理で運営される、独特の経済組織です。

7.1. 協同組合とは何か

協同組合とは、共通の目的を持つ個人や事業者が、自発的に集まり、相互扶助の精神に基づき、組合員の生活や事業の改善向上を目指して、共同で所有・民主的に管理する事業体のことです。

7.2. 株式会社との根本的な違い

協同組合と、資本主義経済の主役である株式会社との、最も大きな違いは、その目的運営原理にあります。

比較項目株式会社協同組合
目的利潤(利益)の最大化組合員の生活・事業への奉仕(相互扶助)
議決権(意思決定)1株1票(所有する株式数に応じて議決権が決まる)1人1票(出資額の大小にかかわらず、組合員は平等に1票)
利益の分配株主への配当事業の利用分量に応じた剰余金の配当(割戻し)
  • 「資本」中心 vs 「人」中心:
    • 株式会社は、より多くの資本(カネ)を出した株主が、より大きな支配力を持つ、「資本中心」の組織です。
    • これに対し、協同組合は、出資額に関わらず、すべての組合員が平等に一人一票の議決権を持つ、「人中心」の、極めて民主的な組織です。

7.3. 様々な協同組合

私たちの身の回りには、様々な種類の協同組合が存在し、活動しています。

  • 農業協同組合(JA):
    • 農家が組合員となり、農産物の共同出荷・販売や、生産資材の共同購入、金融(JAバンク)・共済(JA共済)事業などを行います。
  • 生活協同組合(生協、コープ):
    • 消費者が組合員となり、安全・安心な食料品や生活用品を、共同で購入・供給します。店舗事業や、宅配事業を展開しています。
  • 漁業協同組合(JF):
    • 漁師が組合員となり、漁獲物の共同販売や、漁業資材の共同購入などを行います。
  • 信用金庫・信用組合:
    • 地域の中小企業や住民が組合員・会員となり、地域社会の発展に貢献することを目的とする、協同組織の金融機関です。
  • 労働者協同組合(ワーカーズ・コープ):
    • 働く人々が自ら出資し、経営にも参加し、自分たちの働く場を創造していく、新しいタイプの協同組合です。

これらの協同組合は、利益追求を第一としない、相互扶助と民主主義の理念に基づいて、経済活動の中に、市民社会の価値観を埋め込む、重要な役割を担っているのです。


8. 市民参加と、政策決定

市民社会の重要な役割の一つは、その構成員である市民が、選挙以外の多様な方法で、行政の政策決定プロセスに主体的に参加し、その意思を反映させることです。地方分権の進展とともに、この「市民参加」の重要性は、ますます高まっています。

市民参加の制度や手法は、その関与の度合いに応じて、いくつかのレベルに分けることができます。

8.1. 情報提供・公聴レベル

これは、行政が政策を決定する前に、その内容を市民に知らせ、意見を聞くという、最も基本的なレベルの参加です。

  • 広報・公聴会:
    • 行政が、広報紙やウェブサイトで計画案を公開したり、説明会や公聴会を開催して、住民から意見を聴取します。
  • パブリック・コメント(意見公募手続):
    • 国や地方公共団体が、条例や政策を制定する際に、その案を事前に公表し、一定期間、広く国民・住民から意見を募集する制度です。
    • 提出された意見は、考慮することが義務付けられており、最終的な決定と、提出意見に対する行政の考え方が、セットで公表されます。

8.2. 諮問・協議レベル

これは、市民の代表者が、行政と、より継続的・専門的に議論を行う、一歩進んだレベルの参加です。

  • 審議会・懇談会への市民委員の参加:
    • Module 9-4で学んだ、行政の諮問機関である審議会などに、学識経験者だけでなく、公募で選ばれた市民委員が参加することで、政策決定のプロセスに、市民の視点を直接反映させます。

8.3. 計画策定・協働レベル

これは、市民と行政が、対等なパートナーとして、政策の企画・立案の段階から、共に議論し、計画を策定していく、最も関与の度合いが高いレベルの参加です。

  • ワークショップ(住民参加型まちづくり):
    • 地域の将来計画(都市計画マスタープランなど)を策定する際に、住民が小グループに分かれて、自由に意見を出し合い、合意形成を図っていく手法です。
  • 市民活動との協働:
    • Module 17-6で学んだ「新しい公共」の理念に基づき、行政が、地域のNPOや市民団体と、対等な立場で連携し、政策の企画から実施までを、共同で行います。

8.4. 直接民主制的な参加

さらに、市民が、議会や行政の決定を待たずに、直接、意思決定を行う(あるいは、そのきっかけを作る)制度もあります。

  • 直接請求権(Module 7-4参照):
    • 条例の制定・改廃請求や、議会の解散請求など。
  • 住民投票(Module 7-9参照):
    • 地域の重要課題について、住民が直接、投票で賛否の意思を表明します。

これらの多様な市民参加のチャンネルを、いかに実質的なものとして機能させていくかが、住民自治を成熟させるための鍵となります。


9. ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)

なぜ、市民活動やボランティアが活発な地域は、犯罪率が低く、住民の健康状態も良好で、経済も発展しやすいのでしょうか。なぜ、人々が互いを信頼しあっている社会は、民主主義がより良く機能するのでしょうか。この、目には見えないが、社会の効率性と人々の幸福を左右する、重要な「資本」の存在を明らかにしたのが、**「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」**という概念です。

この概念を広めたのは、アメリカの政治学者ロバート・パットナムです。彼は、イタリアの地方政府のパフォーマンスを比較研究し、その成功の度合いが、それぞれの地域に蓄積されたソーシャル・キャピタルの量と、強く相関していることを発見しました。

9.1. ソーシャル・キャピタルとは何か

ソーシャル・キャピタルとは、**「人々の協調行動を活発にすることによって、社会の効率性を高めることのできる、『信頼』『規範』『ネットワーク』といった、社会組織の諸特徴」**と定義されます。

これは、工場や機械といった「物的資本」や、個人の知識やスキルといった「人的資本」とは異なる、第三の資本です。それは、個人の中にではなく、人々と人々の「関係性」の中に蓄積されます。

  • 信頼 (Trust):
    • 「あの人は約束を守るだろう」「困ったときには、地域の人々が助けてくれるだろう」といった、他者や社会に対する信頼感。
  • 規範 (Norms):
    • 「互いに助け合うべきだ」といった、互酬性(ごしゅうせい)の規範。受けた恩は、いずれ何らかの形でお返しするという、暗黙のルール。
  • ネットワーク (Networks):
    • NPO、町内会、趣味のサークル、同窓会といった、公式・非公式な人々の間の水平的な結びつき(ネットワーク)

9.2. なぜソーシャル・キャピタルは重要なのか

ソーシャル・キャピタルが豊かな社会では、様々なことが、よりスムーズに、より低いコストで進みます。それは、社会の「潤滑油」のような役割を果たします。

  • 協調行動の促進: 人々が互いを信頼し、互酬性の規範を共有していれば、いちいち契約書を交わさなくても、協力しやすくなります(取引コストの削減)。
  • 情報の流通: 密な人的ネットワークは、地域社会における重要な情報(仕事の情報、子育ての情報、災害時の安否情報など)の流通を促進します。
  • 集合的な問題解決: 地域が抱える問題に対して、人々が「誰かがやってくれるだろう」と傍観するのではなく、「自分たちの問題」として、協力して解決に取り組むようになります。
  • 民主主義の活性化: パットナムによれば、ソーシャル・キャピタルは、市民の政治参加を促し、行政への監視を強め、政府の応答性を高めることで、「より良い民主主義」の土台となります。

9.3. ソーシャル・キャピタルの衰退

パットナムは、主著『孤独なボウリング』の中で、アメリカ社会では、テレビの普及や都市化の進展などにより、人々が地域活動に参加する機会が減り、この貴重なソーシャル・キャピタルが、20世紀後半を通じて、一貫して衰退している、と警鐘を鳴らしました。

日本社会もまた、地縁・血縁といった伝統的な共同体が弱体化する中で、このソーシャル・キャピタルを、いかにして新しい形で再構築していくか、という大きな課題に直面しています。


10. 市民社会の、現代的課題

日本の市民社会は、1995年の阪神・淡路大震災(ボランティア元年)と、1998年のNPO法の制定を大きな契機として、その活動の裾野を大きく広げてきました。しかし、その発展の過程で、多くのNPOや市民活動団体が、共通の構造的な課題に直面しています。

10.1. 財政基盤の脆弱さ

  • 寄付文化の未成熟:
    • 日本では、欧米諸国と比べて、個人や企業が、NPOに対して継続的に寄付を行うという寄付文化が、まだ十分に根付いていません。
    • 税制上の優遇措置(寄付金控除など)は整備されつつありますが、多くの団体が、常に資金難に悩まされています。
  • 公的資金への依存と、その副作用:
    • 多くのNPOが、その活動資金を、国や地方公共団体からの補助金委託事業費に大きく依存しています。
    • これは、安定的な財源となる一方で、いくつかの副作用ももたらします。
      • 活動の画一化: 補助金を得やすい事業に活動が偏ってしまい、NPO本来の先駆性や独創性が失われる危険性。
      • 自律性の喪失: 行政の「下請け」的な存在となってしまい、行政に対して批判的な政策提言(アドボカシー)を行う、権力監視機能が弱まってしまう恐れ(行政への取り込まれ:コーポテーション)。

10.2. 人材の不足と組織運営の課題

  • 専門人材の不足:
    • 社会課題が複雑化する中で、NPOの活動にも、高い専門性を持った人材(ファンドレイザー(資金調達の専門家)、広報、経理など)が必要となっています。しかし、低い給与水準などから、優秀な人材を確保・維持することが困難な団体も少なくありません。
  • ボランティアの高齢化と後継者難:
    • 地域のボランティア活動の担い手が、退職後の高齢者層に偏りがちで、若い世代の参加が少ないという課題を抱える団体も多くあります。
  • 組織基盤の弱さ:
    • 多くのNPOが、少人数のスタッフと、ボランティアの熱意によって支えられている、小規模な組織です。そのため、組織のマネジメント能力や、長期的な事業計画を立てる力が不足している場合も少なくありません。

10.3. 市民の無関心と、参加の広がり

  • 社会全体の課題:
    • そもそも、市民社会が健全に発展するためには、その担い手である市民自身の、社会貢献活動への関心と参加が不可欠です。
    • しかし、日々の生活に追われる中で、多くの人々にとって、NPOやボランティア活動は、まだ「一部の意識の高い人がやる、特別なこと」と捉えられがちです。

近年では、クラウドファンディングのように、インターネットを通じて、多くの個人から少額の資金を集める新しい資金調達の方法や、企業の社員が、その専門スキルを活かしてNPOを支援する「プロボノ」といった、新しい参加の形も広がっています。

これらの課題を乗り越え、市民社会が、その潜在能力を最大限に発揮できるような、法制度や社会的な仕組みを、いかにして構築していくかが、日本の民主主義の成熟度を測る、重要な試金石となっています。


Module 17:市民社会とNPOの総括:第三の力が拓く、参加型民主主義の地平

本モジュールでは、国家(官)と市場(民)という二大セクターの狭間に広がる、第三の領域「市民社会」の構造とダイナミズムを探求しました。私たちは、NPOやボランティア、社会起業家といった多様なアクターが、行政の限界を補い、市場が見過ごす課題に応え、そして国家権力を監視するという、民主主義社会に不可欠な役割を担っていることを見ました。企業の市民性や、行政と市民が連携する「新しい公共」は、セクター間の壁を越えた「協働」が、現代の課題解決の鍵であることを示しています。そして、そのすべての活動の根底には、ソーシャル・キャピタルという、目に見えない「信頼」の資本が流れています。財政や人材といった課題を抱えつつも、市民社会は、私たちが単なるサービスの受益者から、社会を創造する主体へと変わるための、最も重要な舞台です。この第三の力が、どれだけ豊かに、そして力強く育っていくかが、これからの日本の参加型民主主義の未来を左右するのです。

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