【基礎 政治経済(政治)】Module 20:国際紛争と平和構築
本モジュールの目的と構成
これまでのモジュールで、私たちは国際社会の基本的な構造やルールについて学んできました。しかし、現実の国際政治は、残念ながら常に平和で秩序だったものではありません。国家間の、あるいは国家の内部での対立が、最も悲劇的な形である「武力紛争」へと発展し、多くの人々の命と生活を奪うという現実は、今なお世界の各地で続いています。なぜ紛争は起きるのか。そして、一度壊れてしまった平和を、人類はどのようにして再建しようと努力してきたのでしょうか。
このモジュールは、国際政治の最も暗く、しかし最も重要なテーマである「紛争と平和」の力学を、多角的に理解することを目的とします。戦争の原因を探る古典的な理論から、紛争後の社会を立て直す「平和構築」という新しいアプローチまで、国際社会の苦闘の歴史を辿ります。この学びを通じて、皆さんは日々のニュースで報じられる紛争のニュースを、単なる遠い国の悲劇としてではなく、その背景にある構造的な原因や、解決に向けた国際社会の努力という文脈の中で、主体的に捉えるための視座を養うことができるでしょう。
本モジュールは、以下の10のステップを通じて、戦争の現実と平和への険しい道のりを解き明かしていきます。
- なぜ戦争は起きるのか ― 多様な理論の探求: まず、国際政治学の根源的な問いである「戦争の原因」について、個人のレベル、国家のレベル、そして国際システム全体のレベルから分析する、多様な理論的アプローチを学びます。
- 守るべきは国家か、人間か ― 伝統的安全保障と人間の安全保障: 安全保障の考え方が、国家の防衛を第一とする「伝統的安全保障」から、一人ひとりの人間の生存や尊厳を守ることを中心に据える「人間の安全保障」へと、どのようにパラダイムシフトしてきたのか、その思想的転換を探ります。
- 武力に訴える前に ― 平和的紛争解決(交渉、仲介): 紛争が戦争へとエスカレートするのを防ぐための、外交という武器。国家間の対立を平和的に解決するための、交渉、仲介、調停といった、多様な外交的手段を学びます。
- 青いヘルメットの進化 ― 国連平和維持活動(PKO)の変遷: 国連が紛争解決のために展開する「平和維持活動(PKO)」が、単なる停戦監視から、選挙支援や人権擁護までを担う、より複雑な「多機能PKO」へと、いかにその役割を進化させてきたのか、その歴史を辿ります。
- 平和を「創る」仕事 ― 平和構築(紛争後の社会再建): 戦争が終わっただけでは、真の平和は訪れません。紛争で破壊された社会の制度や信頼関係を、いかにして再建していくのか。「平和構築」という、紛争後の息の長い取り組みの重要性と、その具体的な内容(DDRなど)を学びます。
- 故郷を追われた人々 ― 難民問題と国際的保護: 紛争や迫害によって、故郷を追われる「難民」。なぜ難民問題が発生するのか、そして、彼らを守るための国際的な法的枠組み(難民条約)や、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の役割について理解を深めます。
- 破壊の連鎖を断ち切る ― 軍縮(核軍縮、通常兵器軍縮): 紛争の激化を防ぎ、平和を創造するための重要なアプローチである「軍縮」。核兵器のような大量破壊兵器から、対人地雷のような通常兵器に至るまで、破壊の手段そのものを削減・規制しようとする国際社会の努力を探ります。
- 主権の壁を越えて ― 人道的介入と保護する責任: 一国の政府が、自国民に対して大規模な人権侵害を行っている場合、国際社会は、その国の主権を尊重して、ただ傍観しているべきなのか。この究極の問いに対する、「人道的介入」と「保護する責任(R2P)」という、新しい考え方の登場とその論争に迫ります。
- 見えない敵との非対称な戦い ― 国際テロリズムとの戦い: 国家ではない主体が、無差別な暴力によって政治的な目的を達成しようとする「国際テロリズム」。この新しい非対称な脅威に対し、国際社会がどのように立ち向かい、それがどのような新たな課題を生み出しているのかを考察します。
- 多角的なアプローチの統合 ― 平和への道筋: 最後に、これまでの論点を統合し、21世紀の「平和」が、単に戦争がない状態(消極的平和)ではなく、貧困や差別、抑圧のない、公正で持続可能な社会(積極的平和)を目指す、多角的で統合的なアプローチを必要としていることを学びます。
1. 戦争の原因をめぐる、多様な理論
「戦争は人間の歴史と共にあった」と言われるように、なぜ人間は、かくも破壊的で悲惨な武力紛争を繰り返すのでしょうか。この国際政治学における最も根源的な問いに対して、単一の明確な答えはありません。米国の政治学者ケネス・ウォルツは、戦争の原因を分析するための枠組みとして、以下の三つの異なる**「分析レベル(イメージ)」**を提示しました。
1.1. 第1のイメージ:個人レベル(人間性)
このアプローチは、戦争の原因を、個々の人間、特に国家の意思決定を担う指導者の、心理や性質、あるいは人間そのものに固有の本性に求めます。
- 人間の本性としての攻撃性:
- 古代ギリシャの歴史家トゥキディデスや、社会契約説を唱えたホッブズのように、人間は本性的に利己的で、権力や名誉を求める攻撃的な存在である、と考える立場。この人間観に立てば、戦争は、人間の変えられない本性が、国家という単位で現れた、避けがたい現象となります。
- 指導者の心理と誤算:
- より現代的なアプローチでは、国家指導者の個人的な野心、誇大妄想、あるいは相手の意図を読み違える**「誤認(Misperception)」**や、合理的な判断ができなくなる心理状態が、戦争を引き起こす重要な要因になると考えます。
- 例えば、第一次世界大戦の開戦過程では、各国の指導者たちが、相手国の行動を過度に脅威とみなし、自国の動員が相手の動員を招くという「負のスパイラル」に陥ったことが、意図せざる全面戦争へとつながった、と分析されています。
1.2. 第2のイメージ:国家レベル(国内体制)
このアプローチは、戦争の原因を、個々の人間性ではなく、国家の内部構造、すなわち、その国の政治体制や、経済システム、社会のあり方に求めます。
- 国家の種類の違い:
- マルクス・レーニン主義の帝国主義論は、資本主義国家が、その内部矛盾(過剰生産)から、新たな市場や資源を求めて、必然的に対外的な侵略(帝国主義戦争)に向かう、と主張しました。
- 逆に、**民主的平和論(デモクラティック・ピース論)**は、国民の意思が反映される民主主義国家同士は、互いに戦争をしない、という経験則を指摘します。戦争を始めるのは、国民の意思を問う必要のない、独裁国家や権威主義国家である、と考えるのです。
- 国内の政治力学:
- 政府が、国内の経済危機や、国民の不満から目をそらさせるために、対外的な危機を演出し、国民のナショナリズムを煽って戦争を始める(Diversionary War: 目くらましの戦争)というケースも、このレベルの分析に含まれます。
1.3. 第3のイメージ:国際システムレベル(無政府状態)
このアプローチは、戦争の原因を、人間性や国家の内部体制といった、個々のユニットの性質ではなく、主権国家が並び立つ、国際システム全体の構造的な特徴そのものに求めます。
- アナーキー(無政府状態):
- Module 10で学んだように、国際社会には、国家間の紛争を調停し、ルールを強制する、絶対的な中央政府が存在しません(アナーキー)。
- この無政府状態の下では、すべての国家は、最終的には自らの力で、自らの安全を確保しなければなりません(自助(セルフ・ヘルプ)の原則)。
- 安全保障のジレンマ:
- ある国(A国)が、純粋に自国の防衛のためだけに軍備を増強したとしても、隣国(B国)から見れば、その軍備がいつ自国に向けられるか分からないため、脅威に感じます。
- その結果、B国もまた、自国の安全のために軍備を増強します。すると、今度はA国が、B国の軍拡を脅威と感じ、さらなる軍拡で対抗する…という、悪循環に陥ります。
- このように、各国が、ただ自国の安全を追求する合理的な行動をとっているだけなのに、結果として、すべての国の安全が、かえって損なわれてしまう。この構造的なメカニズムを**「安全保障のジレンマ」**と呼びます。
- この立場(構造的現実主義:ネオリアリズム)に立てば、戦争は、特定の国家の悪意によってではなく、国際システムのアナーキーという構造そのものから、必然的に生じる可能性のある現象となるのです。
戦争の原因は、これらのレベルの要因が、複雑に絡み合って発生する、と考えるのが、最もバランスの取れた見方と言えるでしょう。
2. 伝統的安全保障と、人間の安全保障
「安全保障」という言葉は、国際政治を語る上で、最も重要なキーワードの一つです。しかし、その「何を守るのか」という問いに対する答えは、時代と共に、大きく変化してきました。
2.1. 伝統的安全保障 (Traditional Security)
- 主役は「国家」:
- 冷戦時代までの安全保障論の、圧倒的な主流であったのが、伝統的安全保障の考え方です。
- この考え方において、安全保障の第一義的な主体は**「国家」**です。
- その最大の目的は、国家の主権、領土の一体性、そして政治的独立を、他国からの軍事的な侵略や脅威から守ることにあります。
- 脅威は「軍事的脅威」:
- 想定される脅威は、主に、他国の軍隊による侵略や武力攻撃といった、軍事的な脅威です。
- 手段は「軍事力」:
- その脅威に対抗するための主要な手段は、自国の軍事力(防衛力)の増強や、他国との軍事同盟の締結となります。
- 理論的背景:
- この考え方の背後には、国際社会を、主権国家が自国の利益をかけて、パワーポリティクスを繰り広げる、無政府状態の闘争の場とみなす、**現実主義(リアリズム)**の国際関係論があります。
2.2. 人間の安全保障 (Human Security)
冷戦が終結し、グローバル化が進展する中で、この国家中心の伝統的な安全保障観では、捉えきれない、新しい種類の脅威が、人々の生活を深刻に脅かしていることが、明らかになってきました。
貧困、飢餓、感染症(パンデミック)、環境破壊、人権侵害、国内紛争、テロリズム…。これらは、国境を容易に越え、国家の安全だけでなく、一人ひとりの「人間」の生存、生活、尊厳を、直接的に脅かします。
こうした認識の変化を背景に、1994年の国連開発計画(UNDP)の『人間開発報告書』をきっかけに、国際社会に広く受け入れられるようになった、新しい安全保障の考え方が**「人間の安全保障」**です。
- 主役は「人間」:
- 人間の安全保障は、安全保障の焦点を、国家から、一人ひとりの「人間」へと転換します。
- 脅威の多様性:
- 軍事的な脅威だけでなく、貧困、病気、環境、抑圧といった、人間の生存、生活、尊厳を脅かす、あらゆる要因を、安全保障上の脅威として、包括的に捉えます。
- 二つの側面:
- 人間の安全保障は、「恐怖からの自由(Freedom from Fear)」(紛争、暴力、人権侵害などからの保護)と、「欠乏からの自由(Freedom from Want)」(貧困、飢餓、病気などからの保護)という、二つの側面から成り立っています。
- 手段の多様性:
- その脅威に対抗するための手段も、軍事力に限定されません。開発援助(ODA)、人道支援、保健衛生、教育、人権擁護、平和構築といった、多様で、人間中心のアプローチを重視します。
2.3. 両者の関係
人間の安全保障は、伝統的な国家の安全保障を、完全に否定するものではありません。国家が、外部からの侵略に対して、国民の生命を守るという役割は、依然として不可欠です。
しかし、国家の安全が、必ずしも、そこに住む人々の安全に直結するわけではない(例えば、独裁国家が、国家の安全の名の下に、自国民を弾圧するケース)、という認識が、その出発点にあります。
人間の安全保障は、国家の安全保障を補完し、安全保障の概念を、より深く(国家から個人へ)、より**広く(軍事から非軍事へ)**拡張するもの、と位置づけられるのです。
3. 平和的紛争解決(交渉、仲介)
国際社会は、無秩序な無政府状態(アナーキー)ではありますが、国家は、対立が生じるたびに、常に戦争という最終手段に訴えるわけではありません。ほとんどの紛争は、武力に訴えることなく、外交的な手段によって解決が図られます。
国連憲章の第1条は、国連の最も重要な目的として「国際の平和及び安全を維持すること」を掲げ、そのための第一歩として、第2条3項で、すべての加盟国に対して**「その国際紛争を平和的手段によって解決」する義務**を課しています。
そして、憲章第6章(紛争の平和的解決)の第33条は、その具体的な手段として、以下のような多様な方法を例示しています。
3.1. 交渉 (Negotiation)
- 内容:
- 紛争の当事国同士が、第三者を介さずに、直接、話し合いを通じて、解決策を探る方法。
- 特徴:
- 最も基本的で、最も頻繁に用いられる、紛争解決の手段です。
- 秘密裏に行うことも、公式な首脳会談の形で行うこともあります。
- 当事国が、自らの意思で、主体的に解決策を見出すことができますが、国力に大きな差がある場合、弱い国が、強い国からの圧力に屈しやすい、という側面もあります。
3.2. 審査 (Enquiry)
- 内容:
- 紛争の事実関係について、当事者間の主張が食い違う場合に、第三者からなる国際審査委員会を設置して、客観的な事実調査を行わせる方法。
- 目的:
- 委員会は、法的な判断を下すのではなく、あくまでも事実を明らかにするだけであり、その報告書に基づいて、当事国が交渉を再開することを促します。
3.3. 仲介 (Mediation)
- 内容:
- 当事国同士の交渉が行き詰まった場合に、第三国や、国際的に信頼のある個人(国連事務総長など)が、両者の間に入って、話し合いが円滑に進むように、**斡旋(あっせん)**する方法。
- 役割:
- 仲介者は、単にメッセージを伝えるだけでなく、時には、自ら解決案を提示するなど、より積極的に関与することもあります。
- 1978年、アメリカのカーター大統領の仲介によって、長年対立していたエジプトとイスラエルの和平合意(キャンプ・デービッド合意)が成立したのが、その代表的な成功例です。
3.4. 調停 (Conciliation)
- 内容:
- 国際調停委員会を設置し、事実調査を行った上で、紛争を解決するための、具体的な調停案(解決案)を、当事国に提示・勧告する方法。
- 特徴:
- 審査と仲介の機能を、併せ持ったような制度です。
- ただし、提示された調停案に、法的な拘束力はなく、それを受け入れるかどうかは、当事国の自由な意思に委ねられます。
3.5. 仲裁裁判 (Arbitration)
- 内容:
- 紛争の当事国が、仲裁人(裁判官)を、自らの合意によって選び、仲裁裁判所を設置して、その判断に委ねる方法。
- 特徴:
- 当事国の合意に基づいて、裁判官や適用される法規を、柔軟に決めることができます。
- 仲裁裁判所が下した**判決(仲裁判断)**には、法的な拘束力があり、当事国はそれに従う義務があります。
3.6. 司法的解決 (Judicial Settlement)
- 内容:
- **国際司法裁判所(ICJ)**のような、常設の国際司法機関に、紛争の解決を委ねる方法。
- 特徴:
- 判決に法的な拘束力がありますが、Module 10-6で学んだように、当事国双方が、その裁判所の管轄権に同意しなければ、裁判を始めることができません。
これらの多様な平和的手段を、いかにして効果的に組み合わせ、活用していくかが、紛争を未然に防ぎ、エスカレートさせないための、外交の知恵なのです。
4. 国連の平和維持活動(PKO)の変遷
国連憲章が本来想定していた、安全保障理事会が主導する強力な「国連軍」による軍事的強制措置は、冷戦下の米ソ対立によって、事実上、機能不全に陥りました。しかし、現実には、世界各地で紛争が頻発し、国際社会は何らかの対応を迫られます。
こうした中で、国連憲章には明記されていない、国連の実践的な知恵として、現場で生み出され、発展してきたのが**「平和維持活動(Peacekeeping Operations: PKO)」**です。その役割は、冷戦期と冷戦後で、大きくその姿を変えてきました。
4.1. 伝統的PKO(第一世代PKO) ― 冷戦期の停戦監視
- 背景: 冷戦時代に発生した紛争の多くは、米ソの代理戦争としての性格を持つ、国家と国家の間の戦争でした。
- 主な任務:
- 紛争当事国が停戦に合意した後に、両軍の間に、国連の部隊が非武装または軽武装で展開し、停戦が守られているかどうかを監視・報告することでした。
- 基本原則(PKO三原則):
- 当事国の同意、中立性、自衛のための武器使用という、厳格な原則の下で活動しました(Module 10-7参照)。
- PKOは、紛争を強制的に解決するのではなく、あくまでも当事国の合意を前提に、紛争の再発を防ぐ、受動的な役割を担っていました。
4.2. PKOの変容(第二世代以降) ― 冷戦後の多機能PKO
冷戦が終結すると、紛争の主流が、国家間の戦争から、同一国家内での民族・宗教対立による内戦へと、その様相を大きく変えました。
内戦では、政府が機能不全に陥り、多くの非戦闘員(市民)が犠牲となり、停戦合意そのものが、極めて脆い、という特徴があります。このような新しいタイプの紛争に対応するため、PKOの任務も、単なる停戦監視を超えて、より複雑で、多岐にわたるものへと進化していきました。
- 多機能PKO(複合任務PKO):
- 現代のPKOは、停戦監視だけでなく、紛争で破壊された社会の土台そのものを再建し、**持続可能な平和を積極的に「構築(Peacebuilding)」**していくための、多様な任務を担うようになっています。
- 具体的な任務の拡大:
- 選挙の実施・監視: 公正な選挙が行われるように支援し、新しい正統な政府の樹立を助ける。
- 人権状況の監視・擁護: 紛争中の人権侵害を監視し、その再発を防ぐ。
- 武装解除・動員解除・社会復帰(DDR): 元兵士たちの武装を解除し、彼らが市民として社会に戻れるように支援する。
- 警察官の訓練・司法制度の再建: 国内の治安を維持するための、法の支配の仕組みを再構築する。
- 難民・国内避難民の帰還支援
- 地雷除去
- 「平和の強制」という新しい課題:
- ソマリアや旧ユーゴスラビアでの悲劇的な経験(PKOが、市民の虐殺を目の前にしながら、武器使用の制約から、それを防げなかった)への反省から、近年では、PKO部隊が、停戦合意が崩壊した場合や、文民(市民)を保護するために、より強力な武器使用権限を与えられるケースも出てきました。
- これは、国連憲章第7章に基づく**「平和の強制(Peace Enforcement)」**活動に近い性格を持つものであり、伝統的なPKOの原則との間で、難しいバランスを迫られています。
このように、PKOは、国際情勢の変化に対応しながら、その任務を常に進化させ続けている、国連の「生きた制度」なのです。
5. 平和構築(紛争後の社会再建)
戦争は、終わっただけでは、本当の平和は訪れません。武力紛争は、人々の命を奪うだけでなく、その社会の経済、インフラ、政治制度、そして何よりも、人々の間の信頼関係といった、社会のあらゆる土台を、根こそぎ破壊してしまいます。
紛争が終結した後の、疲弊し、分断された社会で、紛争の根本原因に対処し、二度と紛争が再発しないような、持続可能な平和の基礎を、主体的に築き上げていくための、長期的で、包括的な取り組み。これが**「平和構築(Peacebuilding)」**です。
5.1. 平和構築の考え方
- 「消極的平和」から「積極的平和」へ:
- ノルウェーの平和学者ヨハン・ガルトゥングは、単に戦争や直接的な暴力がない状態を**「消極的平和」、それだけでなく、貧困、抑圧、差別といった、構造的な暴力も存在しない、公正な社会の状態を「積極的平和」**と呼びました。
- 平和構築の目標は、この「積極的平和」を実現することにあります。
- 包括的なアプローチ:
- 平和構築は、軍事的な停戦監視だけでなく、安全保障、政治、経済、社会、人道といった、あらゆる分野を統合した、包括的なアプローチを必要とします。
5.2. 平和構築の具体的な活動内容
平和構築の具体的な活動は、多岐にわたりますが、主に以下のような要素が含まれます。
- 安全の確保:
- 武装解除・動員解除・社会復帰(DDR): 元兵士たちから武器を回収し(Disarmament)、軍隊を解散させ(Demobilization)、彼らが市民として、新しい職業に就き、社会に復帰できるように支援(Reintegration)する、平和構築の鍵となるプロセスです。
- 地雷・不発弾の除去
- 治安部門改革(SSR): 新しい国軍や警察が、民主的な文民統制の下で、国民の人権を尊重する組織となるように、その再建を支援します。
- 政治・社会制度の再建:
- 選挙の実施支援: 民主的で公正な選挙を通じて、正統性のある政府を樹立します。
- 司法・行政制度の再建: 法の支配を確立し、基本的な行政サービスを回復させます。
- 経済復興と社会開発:
- 破壊されたインフラ(道路、学校、病院)の復旧。
- 経済活動の再開と、雇用の創出。
- 和解と正義の実現:
- 移行期正義(Transitional Justice): 紛争中の深刻な人権侵害の責任を、いかにして追及し、社会の和解へとつなげるか、という課題。
- 刑事裁判: 戦争犯罪人などを裁くための、国際刑事裁判所(ICC)や、特別法廷の設置。
- 真実和解委員会: 南アフリカのアパルトヘイト後の例のように、加害者が真実を告白することを条件に、恩赦を与えるなどして、国民的な和解を目指す。
- 移行期正義(Transitional Justice): 紛争中の深刻な人権侵害の責任を、いかにして追及し、社会の和解へとつなげるか、という課題。
5.3. 国連平和構築委員会
これらの多様な活動を、より効果的・継続的に行うため、2005年、国連に**平和構築委員会(PBC)**が設立されました。この委員会は、紛争後の国に対する、国際社会の支援を、長期的かつ統合的に調整するための、中心的な役割を担っています。
6. 難民問題と、国際的保護
武力紛争や、深刻な人権侵害がもたらす、最も悲劇的な人道的帰結の一つ。それが、多くの人々が、自らの生命や自由を守るために、住み慣れた故郷を追われ、国境を越えて逃れざるを得なくなる、難民問題です。
6.1. 難民とは誰か ― 国際法上の定義
一般に、災害や経済的理由で国を離れた人々(移民)と、政治的な理由で逃れた人々(難民)は区別されます。国際法(難民の地位に関する条約(難民条約)、1951年)における「難民」の定義は、より厳格です。
難民とは、「人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であること、または政治的意見を理由に、迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができないか、またはそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まない者」
- 主な要素:
- 国境を越えていること。
- **迫害を受ける「十分に理由のある恐怖」**があること。
- その原因が、人種、宗教、国籍、特定の社会的集団、政治的意見という、5つの理由のいずれかであること。
- 国内避難民(IDP):
- 紛争などによって故郷を追われながらも、国境は越えず、国内にとどまっている人々は**「国内避難民(Internally Displaced Persons: IDP)」**と呼ばれ、難民条約の保護の対象とはなりません。しかし、その数は、難民の数を大きく上回っており、人道支援の大きな課題となっています。
6.2. 難民を保護するための国際的な原則と機関
- ノン・ルフールマン原則 (Principle of Non-refoulement):
- 難民保護に関する、最も重要な国際法の原則です。
- これは、いかなる国も、難民を、その生命や自由が脅威に晒されるおそれのある領域(出身国など)の国境へ、追放したり、送還したりしてはならない、という義務です。
- この原則は、慣習国際法として、難民条約の締約国でない国も拘束すると考えられています。
- 国連難民高等弁務官事務所 (UNHCR):
- 難民の保護と、恒久的な解決策の探求を任務とする、国連の中心的な機関です。
- 活動内容:
- 難民キャンプでの、食料、水、住居、医療といった、緊急の人道支援の提供。
- 各国政府に対して、難民条約の遵守を促し、難民認定手続きが公正に行われるように働きかける。
- 難民問題の恒久的な解決策である、①自発的な本国への帰還、②庇護国への定住、③第三国への定住、の実現を支援する。
6.3. 現代の難民問題の課題
- 難民の急増と長期化:
- シリア内戦や、アフガニスタン、ウクライナなど、大規模な紛争の頻発と長期化により、世界の難民・国内避難民の数は、過去最悪のレベルに達しています。
- 先進国における受け入れ問題:
- 多くの難民が、ヨーロッパなどの先進国に庇護を求めていますが、大量の難民の流入は、受け入れ国の社会に、経済的・文化的な緊張をもたらし、排外主義的な感情や、ポピュリズムの台頭を招く一因ともなっています。
- 日本の難民認定:
- 日本も難民条約に加入していますが、G7諸国などと比較して、年間に難民として認定する人の数が、極めて少ないことが、国内外から厳しく批判されています。
7. 軍縮(核軍縮、通常兵器軍縮)
紛争を予防し、平和を構築するための、最も直接的なアプローチの一つが、紛争の手段そのものである兵器を、削減・規制しようとする**「軍縮(Disarmament)」と「軍備管理(Arms Control)」**の取り組みです。
- 軍縮: 兵器の量的削減や、特定の種類の兵器の全面的禁止を目指す。
- 軍備管理: 兵器の質的向上や配備を規制することで、軍拡競争を安定化させ、偶発的な戦争のリスクを低減させることを目指す。
7.1. 核軍縮
人類を何度も破滅させうる、究極の大量破壊兵器である核兵器の削減と、最終的な廃絶は、国際社会の悲願であり続けています。
- 米ソ(露)間の二国間交渉:
- 冷戦時代から、米ソ両大国は、無制限な核軍拡競争に歯止めをかけるため、**戦略兵器制限交渉(SALT)**や、**戦略兵器削減条約(START)**といった、二国間の軍備管理・軍縮交渉を重ねてきました。
- 多国間の枠組み:
- 核不拡散条約(NPT): Module 11-7で学んだように、核兵器国に「誠実な核軍縮交渉義務」を課しています。
- 包括的核実験禁止条約(CTBT): あらゆる核実験を禁止する条約(未発効)。
- 核兵器禁止条約(2017年採択、2021年発効): 核兵器の開発、保有、使用、威嚇などを、包括的に禁止する、画期的な条約。日本の被爆者団体などが、その採択に大きく貢献しました。しかし、核兵器国と、その「核の傘」の下にある日本などの同盟国は、この条約に参加していません。
7.2. 生物・化学兵器の軍縮
- 生物兵器禁止条約(BWC): 生物兵器の開発、生産、貯蔵を、全面的に禁止する条約。
- 化学兵器禁止条約(CWC): 化学兵器の開発、生産、貯蔵、使用を全面的に禁止し、既存の化学兵器を、期限内にすべて廃棄することを義務付けています。**化学兵器禁止機関(OPCW)による、厳格な査察(検証)**制度を持っている点が特徴です。
7.3. 通常兵器の軍縮
紛争で、実際に最も多くの人々を殺傷しているのは、核兵器ではなく、小銃や地雷、クラスター爆弾といった通常兵器です。近年、特に、非人道的な影響をもたらす特定の通常兵器を、規制・禁止しようとする動きが、NGOなどの市民社会の主導で進展しました。
- 対人地雷全面禁止条約(オタワ条約、1997年採択):
- 紛争が終結した後も、半永久的に地中に残り、兵士と市民を区別なく無差別に殺傷し続ける「非人道的な兵器」であるとして、対人地雷の生産、使用、貯蔵、移譲を全面的に禁止する条約。
- NGOの**地雷禁止国際キャンペーン(ICBL)**が、その成立に果たした役割は大きく、同キャンペーンと、その中心的指導者であったジョディ・ウィリアムズは、ノーベル平和賞を受賞しました。
- クラスター弾に関する条約(オスロ条約、2008年採択):
- 広範囲に、無差別に子爆弾をばらまき、多くの不発弾が、紛争後も市民に被害を与え続けるクラスター爆弾を、禁止する条約。
これらの「人道的軍縮」の動きは、安全保障を、国家中心の視点だけでなく、一人ひとりの人間の保護という**「人間の安全保障」**の視点から捉え直す、重要な流れを示しています。
8. 人道的介入と、保護する責任
「国家主権」は、近代国際法の最も基本的な原則です。それは、国家が、自国の領域内で行う事柄(内政)について、他国からの干渉を受けない、という内政不干渉の原則を導きます。
しかし、もし、ある国の政府が、自国民に対して、ジェノサイド(集団殺害)や、大規模な虐殺といった、深刻な人権侵害を行っている場合、国際社会は、その国の主権を尊重して、ただ手をこまねいて傍観しているだけでよいのでしょうか。この、**「国家主権」と「人権の普遍性」**という、二つの重要な価値が、正面から衝突する、極めて困難な問い。それが、人道的介入をめぐる問題です。
8.1. 人道的介入 (Humanitarian Intervention)
人道的介入とは、ある国家が、その国民に対して、重大かつ大規模な人権侵害を行っている場合に、その国民を保護するために、他国または国際社会が、当該国家の同意なしに、軍事力を行使して介入することを指します。
- 冷戦後の事例:
- 1990年代、ソマリア内戦や、旧ユーゴスラビア紛争(特にコソボ紛争)などで、国連安保理の決議に基づき(あるいは、決議なしにNATOが単独で)、人道危機を食い止めるための軍事介入が行われました。
- 論争:
- 賛成論: 人権は、国境を越える普遍的な価値であり、ジェノサイドのような極端な人権侵害に直面した人々を救うことは、国際社会の道義的な責任である。
- 反対論: 「人道」を口実として、大国が、自国の国益のために、他国の内政に武力で干渉することを正当化する、新しい形の帝国主義につながる危険性がある。また、介入が、かえって紛争を悪化させ、より多くの犠牲者を生む可能性もある。
8.2. 「保護する責任(Responsibility to Protect: R2P)」という新しい規範
この人道的介入をめぐる激しい論争の中から、2000年代に入り、国際社会の新しい規範として登場したのが**「保護する責任(R2PまたはRtoP)」**という考え方です。
- 発想の転換:
- R2Pは、介入する側の「介入する権利」を強調するのではなく、まず第一に、保護されるべき国民に対する**「国家の責任」**を強調します。
- 三つの柱:
- 国家の第一義的な責任: すべての国家は、自国民を、ジェノサイド、戦争犯罪、民族浄化、人道に対する犯罪という、四つの最も重大な犯罪から保護する、第一義的な責任を負っている。
- 国際社会の支援責任: 国際社会は、各国がこの責任を果たせるように、支援する責任がある。
- 国際社会の介入責任: もし、ある国家が、明らかにその責任を果たせないか、あるいは果たす意思がない場合にのみ、国際社会は、国連憲章に基づき、外交的、人道的、そして最後の手段として、軍事力を含む、集団的な行動をとる責任がある。
- 意義と限界:
- R2Pは、2005年の国連首脳会合成果文書で、すべての加盟国によって合意され、国際的な規範として確立されました。
- しかし、最後の手段としての軍事介入には、依然として安全保障理事会の承認が必要であり、常任理事国の拒否権によって、その発動が妨げられるという、人道的介入と同様の限界を抱えています。2011年のリビア内戦への介入はR2Pが適用された例とされますが、その後の混乱から、この規範の実効性については、今なお厳しい議論が続いています。
9. 国際テロリズムとの戦い
2001年9月11日の**アメリカ同時多発テロ事件(9.11)**は、国際社会の安全保障のあり方を、根底から揺るがしました。この事件は、冷戦後の世界が直面する脅威が、もはや伝統的な国家間の戦争だけではなく、国家ではないアクター(非国家主体)が引き起こす、非対称な紛争であることを、世界に痛感させました。
国際テロリズムは、政治的な目的を達成するために、戦闘員ではない一般市民を標的とした、無差別な暴力を、国境を越えて組織的に行うものであり、現代の国際紛争の、新しい、そして極めて厄介な形態です。
9.1. 「テロとの戦い」と、その特徴
9.11テロを受けて、アメリカのブッシュ(子)政権は、これを「犯罪」ではなく「戦争」と位置づけ、全世界的な**「テロとの戦い(War on Terror)」**を宣言しました。この「戦い」は、従来の戦争とは、いくつかの点で大きく異なる特徴を持っています。
- 敵が国家ではない(非対称性):
- 戦う相手は、特定の国の軍隊ではなく、アルカイダやISIL(イスラム国)といった、国境を越えて潜伏・活動する、分散したネットワーク型の組織です。
- 領土を持たず、正規軍でもない相手に対して、どのように戦争を遂行し、どのように「勝利」を定義するのかが、極めて困難です。
- 終わりが見えない戦い:
- 敵の指導者を殺害しても、その思想に共鳴する新たな組織が、次々と生まれる可能性があります。この戦いには、明確な降伏文書も、終戦協定もありません。
- 国内の自由との緊張関係:
- テロを未然に防ぐという大義名分のもと、政府が、自国民の通信を傍受したり、空港での監視を強化したりするなど、個人のプライバシーや自由を、大幅に制約する動きが、世界的に広がりました。安全の確保と、自由の保障という、二つの価値の間の、難しいバランスが問われています。
9.2. 国際社会の対応
- 国連の役割:
- 9.11直後、国連安保理は、テロを「国際の平和と安全に対する脅威」と認定し、すべての国に対して、テロリストへの資金提供を凍結し、その活動を防止するための国内法を整備することを義務付ける、画期的な決議(安保理決議1373)を採択しました。
- 軍事行動:
- アメリカは、「テロとの戦い」の一環として、アフガニスタン紛争やイラク戦争といった、大規模な軍事行動に踏み切りました(Module 11-6参照)。
- 多国間での協力:
- テロリストの資金の流れを断つための国際的な協力(金融活動作業部会:FATF)や、捜査機関同士の情報共有など、地道な多国間協力も進められています。
9.3. 根本原因へのアプローチ
軍事的な手段だけで、テロを根絶することはできません。テロリストを生み出す土壌となっている、貧困、失業、教育の欠如、政治的抑圧、社会的な疎外感といった、根本原因に対処しなければ、問題の解決には至らない、という認識も、国際社会で共有されています。
開発援助、教育支援、そして、異なる文明や宗教間の対話と相互理解を促進するといった、長期的で、包括的なアプローチが、不可欠なのです。
10. 平和への、多角的なアプローチ
これまでの本モジュールで見てきたように、21世紀の紛争は、その原因も、形態も、そして解決策も、極めて複雑で、多岐にわたっています。もはや、単一の特効薬は存在しません。持続可能な平和を実現するためには、多様なアプローチを、効果的に組み合わせた、統合的な戦略が不可欠です。
この、新しい平和への考え方を象徴するのが、ノルウェーの平和学者ヨハン・ガルトゥングが提唱した、**「積極的平和」**という概念です。
10.1. 「消極的平和」と「積極的平和」
- 消極的平和 (Negative Peace):
- これは、単に戦争や、組織的な直接的暴力が存在しない状態を指します。
- 停戦合意が結ばれ、銃声が止んだ状態は、消極的平和が達成されたと言えます。
- 伝統的な安全保障や、軍縮の取り組みは、主にこの消極的平和の実現を目指すものでした。
- 積極的平和 (Positive Peace):
- これは、直接的な暴力だけでなく、貧困、飢餓、抑圧、差別、環境破壊といった、人間がその潜在能力を十分に発揮することを妨げる、あらゆる「構造的暴力」も存在しない状態を指します。
- 真の平和とは、単に戦争がないだけでなく、社会的な公正が実現され、すべての人々の人権が尊重され、誰もが尊厳を持って生きられる社会のことである、と考えるのです。
10.2. 平和への多角的なアプローチの統合
この「積極的平和」を実現するためには、これまで私たちが学んできた、様々な分野の取り組みを、有機的に統合していく必要があります。
- 紛争の予防 (Conflict Prevention):
- 紛争の火種が、暴力的な対立へとエスカレートするのを、未然に防ぐための取り組み。
- 早期警戒システムの構築、予防外交(平和的紛争解決)、軍縮などが含まれます。
- 平和創造 (Peacemaking):
- 発生してしまった紛争を、終結させるための取り組み。
- 外交交渉、仲介、調停などが、その中心となります。
- 平和維持 (Peacekeeping):
- 紛争が終結した直後に、停戦を監視し、暴力の再発を防ぐための取り組み。
- 国連のPKO活動が、その代表例です。
- 平和構築 (Peacebuilding):
- 紛争の根本原因に対処し、持続可能な平和の土台を、長期的に築き上げていく取り組み。
- DDR、選挙支援、経済復興、国民和解などが含まれます。
10.3. 新しいアクターの役割
そして、これらの活動の担い手は、もはや国家や国連だけではありません。
- NGOは、人道支援の最前線で、そして、人道的軍縮のロビー活動で、重要な役割を果たします。
- 市民社会は、草の根レベルでの和解や、平和教育を通じて、平和の文化を育みます。
- 企業もまた、紛争後の復興投資や、雇用の創出を通じて、平和構築に貢献することができます。
21世紀の平和への道は、これらの多様なアプローチと、多様なアクターが、それぞれの強みを活かし、協働していく、長く、そして険しい道のりなのです。
Module 20:国際紛争と平和構築の総括:戦争なき世界から、暴力なき社会へ
本モジュールでは、国際政治の最も暗い側面である「紛争」と、そこから一条の光を見出そうとする「平和」への人類の苦闘の軌跡を探求しました。私たちは、戦争の原因が、個人の心理から、国家の体制、そして国際システムの構造に至るまで、多様なレベルに存在することを見ました。そして、紛争を解決するためのアプローチもまた、外交的な平和的解決から、PKOによる平和維持、そして社会の根本から再建を目指す平和構築へと、その射程を広げ、深化させてきた歴史を学びました。難民、軍縮、人道的介入、テロリズム。これらの現代的な課題は、もはや国家だけの安全(伝統的安全保障)を考えるだけでは不十分であり、一人ひとりの人間の尊厳(人間の安全保障)を守るという視点が不可欠であることを、私たちに教えています。真の平和とは、単に戦争がない状態(消極的平和)ではなく、貧困や差別といった構造的暴力からも解放された状態(積極的平和)である。この洞察は、平和への道が、多様なアクターによる、多角的で、息の長い、統合的な努力を必要とすることを、明確に示しているのです。