【基礎 政治経済(政治)】Module 23:世界の政治体制比較

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本モジュールの目的と構成

これまでの旅路で、私たちは日本の政治システムという、一つの国の統治の形を深く掘り下げてきました。しかし、自分たちが当たり前だと思っているルールや制度も、一歩引いて、世界の多様な国々と比較してみることで、初めてそのユニークな特徴や、隠れた前提、そして普遍的な課題が浮かび上がってきます。政治学における「比較」とは、単に違いを列挙することではありません。それは、他者を映す鏡を通じて、自らの姿をより深く、より客観的に理解するための、最も強力な知的ツールなのです。

このモジュールは、皆さんが世界の主要な政治体制を比較分析するための「類型( typology)」と「視点」を提供することを目的とします。議院内閣制と大統領制という二大モデルの違いから、権威主義や社会主義といった異なる原理で動くシステム、そして選挙や政党のあり方がいかに国の形を決定づけるかまで。この比較の旅を通じて、皆さんは日本の政治システムを、数ある可能性の中の一つの選択肢として相対化し、それぞれの体制が持つ長所と短所を、より冷静に評価する力を養うことができるでしょう。

本モジュールは、以下の10のステップを通じて、世界の多様な政治の「かたち」をめぐる比較の旅に出発します。

  1. 議会と内閣の「融合」― 議院内閣制(イギリス、日本): まず、私たちの制度の原型である議院内閣制について、その発祥の地イギリスの「ウェストミンスター・モデル」を参照しながら、その権力融合的な特徴と、日本の制度との違いを再確認します。
  2. 厳格な権力の「分立」― 大統領制(アメリカ): 議院内閣制の対極にある、アメリカ型の大統領制のメカニズムを解剖します。議会から独立して選ばれる大統領が、いかにして強大な権力と、厳格なチェックを受けるのか、その緊張関係に満ちた力学を探ります。
  3. 二つの制度の「混合」― 半大統領制(フランス): 大統領制と議院内閣制の要素を併せ持つ、フランスなどの「半大統領制」というハイブリッド・システムを学びます。なぜ、大統領と首相という二つの行政のトップが存在するのか、その独特の運営(コアビタシオンなど)を理解します。
  4. 民主主義ではない統治 ― 権威主義体制: 世界には、民主主義ではない統治形態も数多く存在します。選挙や言論の自由が制限された「権威主義体制」とは何か、その多様な形態と、現代世界における影響力を考察します。
  5. 党が国家を支配する ― 社会主義体制(中国、ベトナム): 共産党による一党支配を原則とする「社会主義体制」の構造を学びます。市場経済を導入しながらも、なぜ党による政治的統制が維持されるのか、その独特の政治経済システム(社会主義市場経済)の本質に迫ります。
  6. 国家の成り立ちの違い ― 連邦制と、単一国家: 国の統治権力が、地理的にどのように配分されているかという視点から、「連邦制」(アメリカ、ドイツなど)と「単一国家」(日本、フランスなど)を比較します。中央政府と地方政府の権力関係が、いかに異なるかを学びます。
  7. 憲法の守護者 ― 憲法裁判所の役割: 憲法違反を審査する司法のあり方にも、国によって違いがあります。ドイツのように独立した「憲法裁判所」を持つ国と、アメリカや日本のように通常の裁判所がその役割を担う国のモデルを比較し、その意義を探ります。
  8. 票を議席に変えるルール ― 選挙制度の国際比較: 小選挙区制が二大政党制を、比例代表制が多党制を生み出しやすいという「デュヴェルジェの法則」を、イギリス、ドイツ、日本などの具体的な事例を通じて検証し、選挙制度が政治の風景をいかに決定づけるかを確認します。
  9. プレイヤーの数と配置 ― 政党システムの国際比較: アメリカやイギリスの「二大政党制」と、多くのヨーロッパ大陸諸国に見られる「多党制」。それぞれの政党システムが、政権の安定性や政策形成のスタイルに、どのような違いをもたらすのかを比較分析します。
  10. 人々の心に根差すもの ― 各国の政治文化: 最後に、制度だけでは説明できない、各国の政治のあり方を規定する、目に見えない要因「政治文化」の概念を学びます。政治に対する国民の意識や価値観が、民主主義の定着や機能に、いかに深く影響しているのかを考えます。

目次

1. 議院内閣制(イギリス、日本)

**議院内閣制(Parliamentary System)**は、近代民主主義国家における、最も一般的な統治形態の一つであり、日本国憲法が採用するシステムでもあります。その最大の特徴は、行政権の主体である内閣が、立法府である議会(Parliament)の信任に基づいて成立し、議会に対して責任を負うという、**権力の「融合(Fusion of Powers)」**的な関係にあります。

1.1. 議院内閣制の原型 ― イギリスの「ウェストミンスター・モデル」

議院内閣制の発祥の地であり、その典型的なモデルとされるのが、イギリスの政治システム(ウェストミンスター・モデル)です。

  • 仕組み:
    1. 国民は、下院(House of Commons)の議員を選挙で選びます。
    2. 下院で過半数の議席を獲得した政党の党首が、国王(君主)によって、**首相(Prime Minister)**に任命されます。
    3. 首相は、自らが所属する政党の国会議員の中から、各省の大臣(閣僚)を任命し、**内閣(Cabinet)**を組織します。
    4. 内閣は、議会(下院)の信任がある限り、存続します。もし、議会で内閣不信任決議が可決されれば、内閣は総辞職するか、議会(下院)を解散して、総選挙で国民の信を問わなければなりません。
  • 特徴:
    • 行政と立法の融合: 内閣(首相・大臣)は、与党の幹部議員でもあり、議会での立法プロセスを主導します。このように、行政と立法が、与党を通じて一体化しているのが、大きな特徴です。
    • 明確な政権選択: 小選挙区制と二大政党制が定着しているため、有権者は、選挙でA党かB党かを選ぶことが、そのまま政権を選ぶことに直結し、分かりやすいです。
    • 強力な首相のリーダーシップ: 首相は、与党を背景に、議会と内閣の両方を掌握するため、強力なリーダーシップを発揮しやすいとされています。

1.2. 日本の議院内閣制との比較

日本の議院内閣制も、基本的にはこのイギリスのモデルに倣っていますが、いくつかの重要な違いがあります。

  • 類似点:
    • 内閣が国会(特に衆議院)の信任に基づいて成立し、国会に対して連帯責任を負う。
    • 衆議院が内閣不信任決議権を、内閣が衆議院の解散権を持つ。
  • 相違点:
    • 首相の選出方法: イギリスでは、多数党の党首が自動的に首相となるのが慣行ですが、日本では、国会(両議院)による指名選挙という、形式的な手続きを経て選ばれます。
    • 憲法上の規定: イギリスの制度が、成文憲法ではなく、長年の慣習によって成り立っている部分が大きいのに対し、日本の議院内閣制は、日本国憲法に、その仕組みが明確に規定されています。
    • ねじれ国会の存在: イギリスは事実上の一院制に近い運営がなされるのに対し、日本は、衆議院と参議院の力が比較的強く、両院で多数派が異なる**「ねじれ国会」**が生じやすいという、構造的な問題を抱えています。これにより、内閣の法案運営が停滞し、政治が不安定になることがあります。

2. 大統領制(アメリカ)

議院内閣制とは、全く異なる権力分立の思想に基づいて設計された、もう一つの主要な統治モデル。それが、アメリカ合衆国で採用されている**大統領制(Presidential System)**です。その最大の特徴は、モンテスキューの思想に忠実な、**厳格な権力分立(Separation of Powers)**にあります。

2.1. 大統領制の仕組み

  • 二元的な正統性:
    • 議会(Congress): 国民は、連邦議会(上院と下院)の議員を、選挙で選びます。
    • 大統領(President): 国民は、議会とは全く別の選挙で、行政のトップである大統領を、選挙人団を通じて選びます。
    • このように、立法府と行政府が、それぞれ別々に、国民からの直接的な信任(正統性)を得て、独立して存在しているのが、大統領制の根幹です(二元代表制)。
  • 行政と立法の厳格な分離:
    • 大統領と、その側近である閣僚は、議会の議員を兼ねることはできません
    • 大統領は、議会の信任とは無関係に、その地位を保障されています。議会は、原則として、大統領を不信任決議で辞めさせることはできません(弾劾という例外的な手続きはあります)。
    • 逆に、大統領も、議会を解散させる権限を持っていません。
    • 大統領が議会に提出できるのは、法案ではなく、法律制定を勧告する「教書」だけです。法案を提出できるのは、議員だけです。

2.2. 抑制と均衡(チェック・アンド・バランス)

このように、厳格に分離された両者は、互いの権力の行き過ぎを抑えるための、強力な**抑制と均衡(チェック・アンド・バランス)**のシステムによって、結びつけられています。

  • 議会から大統領へのチェック:
    • 法律制定権: 議会が制定した法律がなければ、大統領は政策を実行できません。
    • 予算議決権: 予算を承認するのは議会であり、これを通じて大統領の行政をコントロールします。
    • 条約承認権・閣僚任命同意権(上院): 大統領が結んだ条約や、任命した閣僚・裁判官は、上院の承認がなければ、その効力を持ちません。
  • 大統領から議会へのチェック:
    • 法案拒否権 (Veto Power): 大統領は、議会が可決した法案に対して、拒否権を行使できます。議会が、これをさらに覆すためには、両院で、それぞれ3分の2以上の、極めて高い多数での再可決が必要です。

2.3. 議院内閣制との比較

比較項目議院内閣制(英・日)大統領制(米)
行政と立法の関係融合(議員が大臣を兼任)厳格に分離(兼任不可)
内閣(政府)の成立基盤議会の信任大統領選挙(議会から独立)
内閣不信任決議ありなし
議会の解散権ありなし
法案提出権内閣・議員議員のみ

大統領制は、政権が安定しているというメリットがありますが、大統領の所属政党と、議会の多数党が異なる「分割政府(Divided Government)」(ねじれ)が生じると、両者が激しく対立し、法案や予算が成立しないなど、深刻な政治的停滞を招く危険性も、併せ持っています。


3. 半大統領制(フランス)

議院内閣制と大統領制は、二つの典型的なモデルですが、現実の世界には、この両者の要素を組み合わせた、ハイブリッド型の政治システムも存在します。その代表例が、フランス第五共和政などで採用されている**「半大統領制(Semi-Presidential System)」**です。

3.1. 半大統領制の仕組み ― 二つの顔を持つ行政権

半大統領制の最大の特徴は、行政権が、大統領首相という、二人の人物によって、分担されている点にあります。

  • 大統領 (President):
    • 国民の直接選挙によって選ばれます。
    • 国家元首として、主に外交・安全保障といった、国の基本方針に関する、強力な権限を持ちます。
    • 首相を任命し、議会を解散する権限も持っています。
  • 首相 (Prime Minister) と内閣:
    • 大統領によって任命されますが、同時に、議会(国民議会)の信任に対して、責任を負います。
    • 主に、内政に関する、日常的な行政を担当します。
    • 議会は、内閣に対して、不信任決議を突きつけることができます。

このように、半大統領制は、国民から直接選ばれ、議会から独立している「大統領」(大統領制の要素)と、議会の信任に依存する「首相・内閣」(議院内閣制の要素)が、同居する、二元的な行政システムなのです。

3.2. コアビタシオン(保革共存政権)

この複雑なシステムは、平時と有事で、その姿を大きく変えます。

  • 平時(大統領の与党が、議会でも多数派の場合):
    • 大統領は、自らが所属する多数党から首相を任命するため、事実上、大統領が、首相と内閣を完全にコントロールし、大統領制に近い、強力なリーダーシップを発揮します。
  • 有事(コアビタシオン):
    • 大統領選挙と、議会選挙の時期がずれているため、大統領の所属政党と、議会の多数党が、食い違ってしまう(ねじれる)ことがあります。
    • この場合、大統領は、議会の信任を得るために、やむを得ず、野党(議会多数派)から、首相を任命しなければならなくなります。
    • この、政治的信条の異なる大統領と首相が、一つの政権内で共存する状態を、フランス語で**「コアビタシオン(cohabitation:同棲)」**と呼びます。
    • コアビタシオンの下では、大統領が外交・安保を、首相が内政を、それぞれ主導するという、権限の分担(棲み分け)が行われることになります。

半大統領制は、国家の安定を担う強力な大統領と、日々の民意を反映する議会・内閣を両立させようとする、精緻な制度設計ですが、一方で、大統領と首相の権限の境界が曖昧で、両者の対立が、政治の混乱を招くリスクも、内包しています。ロシアや、台湾なども、この半大統領制に分類されることがあります。


4. 権威主義体制

これまでの三つは、いずれも、国民の意思(選挙)を、その正統性の基礎に置く、民主主義のバリエーションでした。しかし、現代の世界には、人口で言えば、むしろ多数を占める、民主主義ではない政治体制も、数多く存在します。その最も一般的な類型が**「権威主義体制(Authoritarian Regime)」**です。

4.1. 権威主義体制とは ― 「民主主義ではない」すべて

権威主義体制とは、政治的な権力が、単一の指導者や、少数のエリート集団(軍部、政党、王族など)に集中し、国民の政治参加が、著しく制限されている、非民主的な政治体制の総称です。

このカテゴリーは、非常に幅広く、絶対君主制から、軍事独裁政権、一党独裁政権まで、多様な形態を含みます。「民主主義ではない、すべての体制」と言っても、過言ではありません。

4.2. 全体主義体制との違い

権威主義体制は、Module 14-1で学んだ全体主義体制とは、区別して理解する必要があります。

  • 全体主義体制(ナチス・ドイツなど):
    • 国家が、公式のイデオロギー(全体主義イデオロギー)を掲げ、社会の隅々にまで浸透し、国民の私生活や内面に至るまで、完全に統制・動員しようとする。
  • 権威主義体制:
    • そこまで徹底したイデオロギー的動員は、必ずしも行いません。
    • 体制の目的は、国民を特定の思想で染め上げることよりも、既存の支配体制を維持し、国民を、政治的に「無関心」な状態に留めておくことにあります。
    • 政治以外の領域(経済活動や、私生活)では、一定程度の自由が許容されることも少なくありません。

4.3. 権威主義体制の多様な形態

  • 個人独裁: カリスマ的な、あるいは暴力的な、一人の指導者が、すべての権力を掌握する体制。
  • 軍事政権: 軍の将校団(フンタ)が、クーデターなどによって政権を掌握し、軍事力によって国を支配する体制。
  • 一党支配体制: 単一の政党だけが、合法的な政党として認められ、国家のすべての機関を支配する体制(次項の社会主義体制が典型)。
  • 絶対君主制: サウジアラビアなど、君主(国王)が、憲法的な制約を受けずに、絶対的な権力を行使する体制。

4.4. 現代の権威主義

冷戦の終結後、多くの権威主義国家が、民主化の波に洗われました。しかし、21世紀に入り、その流れは逆行しつつあります。

  • 権威主義的資本主義: 中国や、一部の東南アジア諸国のように、政治的には権威主義的な体制を維持しながら、経済的には市場経済を導入して、高い経済成長を達成するモデルが、影響力を増しています。
  • 選挙権威主義(競争的権威主義): ロシアのように、形式的には、複数政党制の選挙が行われながら、実際には、与党がメディアや司法を支配し、野党の活動を不当に制限することで、公正な競争が全く保証されていない、見せかけだけの民主主義体制も、数多く存在します。

5. 社会主義体制(中国、ベトナム)

権威主義体制の、最も重要で、影響力の大きなサブタイプが、社会主義体制です。これは、マルクス・レーニン主義を公式のイデオロギーとし、共産党という単一の政党が、国家と社会のすべてを指導する、一党支配体制です。

20世紀には、ソビエト連邦や東ヨーロッパ諸国をはじめ、世界の多くの国が、この体制を採用していましたが、冷戦の終結と共に、その多くは崩壊しました。しかし、現在でも、中国、ベトナム、ラオス、キューバ、北朝鮮などは、社会主義体制を堅持しています。

5.1. 社会主義体制の政治的特徴

  • 共産党による一党支配(党=国家体制):
    • 社会主義体制の、最も本質的な特徴は、共産党が、国家の上に立ち、国家のあらゆる機関(政府、議会、裁判所、軍隊)を、指導・支配するという、党=国家体制にあります。
    • 国家の憲法よりも、党の規約の方が、事実上の上位規範として機能します。
    • 政府の要職は、すべて党の幹部が兼任し、軍隊も、「国軍」である以前に、「党の軍隊」として位置づけられます。
  • 民主集中制:
    • 党の組織原理は、**「民主集中制(民主主義的中央集権制)」**と呼ばれます。
    • これは、党の政策決定の前には、自由な討論が許されるが、ひとたび、党の中央(指導部)が決定を下せば、すべての党員は、無条件にその決定に従わなければならず、下級組織は上級組織に、絶対的に服従しなければならない、という原則です。
    • この原則によって、党は、一枚岩の、鉄の規律を保った組織として、国家と社会を、強力に指導することができるのです。

5.2. 経済システムの変化 ― 社会主義市場経済

かつての社会主義体制は、経済的には、Module 15-3で学んだ中央計画経済を採用していました。しかし、その経済的な失敗が明らかになる中で、現代の多くの社会主義国は、その経済システムを、大きく転換させています。

  • 改革開放とドイモイ:
    • 1970年代末、中国は、鄧小平の指導の下で、改革開放政策へと舵を切り、市場経済の原理を、大幅に導入しました。
    • ベトナムも、1980年代後半から、ドイモイ(刷新)政策を掲げ、同様の市場経済化を進めました。
  • 社会主義市場経済:
    • これらの国々が、現在採用しているのは、**「社会主義市場経済」**と呼ばれる、独特のハイブリッド・システムです。
    • これは、土地などの主要な生産手段の公有制(国有制)という、社会主義の建前は維持しつつ、実際の経済運営の大部分は、市場メカニズムと、私企業(外資を含む)の活動に委ねる、というものです。
    • この体制の下で、中国は、世界第2位の経済大国へと、驚異的な成長を遂げました。

しかし、この経済的な自由化は、必ずしも、政治的な自由化には、結びついていません。共産党は、政治的な支配権は、決して手放すことなく、むしろ、経済成長によって得られた富を、国民の支持を確保し、体制を維持・強化するための、新たな資源として活用しているのです。


6. 連邦制と、単一国家

国家の統治権力が、地理的に、どのように配分されているか、という視点から、世界の国々は、大きく連邦制国家単一制国家の、二つに分類することができます。これは、中央政府地方政府の、権力関係の違いです。

6.1. 単一国家 (Unitary State)

  • 特徴:
    • 単一の、分割不可能な主権が、中央政府に集中している国家形態です。
    • 日本、フランス、イギリス、中国などが、この形態をとります。
    • 国内は、都道府県や、県(フランス)、市町村といった、地方行政区画に分かれていますが、これらの地方政府は、中央政府が制定した法律の範囲内で、与えられた権限を持つにすぎません。
    • 中央政府は、いつでも、法律を改正することで、地方政府の権限を変更したり、廃止したりすることができます。
    • 憲法も、国家全体で一つだけです。
  • 地方分権との関係:
    • 単一国家であっても、近年では、中央政府の権限を、地方政府に、より多く移譲しようとする**「地方分権」**の流れが、世界的に進んでいます。しかし、これは、あくまでも中央政府の主権の下での、権限の「委任」であり、地方が、固有の主権を持つわけではありません。

6.2. 連邦制国家 (Federal State)

  • 特徴:
    • **中央政府(連邦政府)**と、**州(state)や、州(Länder、ドイツ)、カントン(スイス)**といった、構成単位となる地方政府との間で、憲法によって、統治権力が、明確に分担されている国家形態です。
    • アメリカ、ドイツ、スイス、カナダ、オーストラリア、ロシア、インドなど、国土が広大であったり、多様な民族・言語集団を抱えていたりする国で、多く採用されています。
  • 権力分担の仕組み:
    • 憲法によって、外交・防衛・通貨といった、国家全体に関わる事項は、連邦政府の専権事項、教育・警察・地域交通といった、より住民に身近な事項は、州政府の専権事項、というように、権限が分担されています。
    • 州政府は、単なる中央政府の下部組織ではなく、連邦政府から独立した、固有の統治権を持っています。
    • 各州は、それぞれ独自の憲法、議会、政府、裁判所を持っています。
    • 連邦の法律を改正するだけでなく、連邦憲法を改正するためには、連邦議会だけでなく、一定数以上の州の承認が必要とされるなど、州の地位は、憲法上、強力に保障されています。
  • 上院の役割:
    • 連邦議会は、通常、二院制をとりますが、特に上院が、各州の利益を、連邦の意思決定に反映させるための、重要な役割を担っています(例:アメリカの上院は、各州から2名ずつ、同数の議員が選出される)。

連邦制は、広大な国家の統一性を保ちつつ、各地域の多様性や、自治を尊重するための、統治の知恵なのです。


7. 憲法裁判所の役割

近代立憲主義国家において、憲法は、国家の最高法規であり、すべての国家権力(立法、行政、司法)は、憲法によって拘束されます。では、国会が制定した法律や、政府が行った行為が、憲法に違反していないかどうかを、最終的に誰が、どのように判断するのでしょうか。この違憲審査の仕組みは、国によって、大きく二つのモデルに分かれます。

7.1. 付随的違憲審査制(アメリカ型・日本型)

  • 特徴:
    • Module 6-4で学んだように、日本や、そのモデルとなったアメリカが採用している制度です。
    • すべての裁判所(最高裁判所から、簡易裁判所に至るまで)が、違憲審査権を持っています。
    • 違憲審査は、抽象的に、法律そのものの合憲性を判断するのではなく、あくまでも、具体的な訴訟事件を解決するのに、付随して、その事件に適用される法律の合憲性が、審査されます。
  • 判決の効力:
    • ある法律が違憲であると判断されても、その効力は、原則として、その事件限りのものとなります(個別的効力)。その法律が、直ちに法律のリストから削除されるわけではありません。
    • しかし、最高裁判所が違憲判決を下した場合、国会は、事実上、その法律を改正または廃止することを、政治的に迫られます。

7.2. 抽象的違憲審査制(ヨーロッパ型・ドイツ型)

  • 特徴:
    • 第二次世界大戦後の、ドイツや、フランス、イタリア、韓国など、多くのヨーロッパ大陸諸国で採用されている制度です。
    • 違憲審査の権限は、通常の裁判所とは別に設けられた、憲法裁判所という、特別の司法機関に、集中しています。
  • 抽象的審査:
    • 憲法裁判所の、最も大きな特徴は、具体的な事件がなくても、法律そのものが憲法に違反していないかどうかを、抽象的に審査できる点です。
    • 例えば、政府や、議会の一定数の議員などが、「新しく成立した〇〇法は、憲法に違反する疑いがある」として、憲法裁判所に、直接、審査を申し立てることができます。
  • 判決の効力:
    • 憲法裁判所が、ある法律を違憲であると判断した場合、その判決は、特定の事件だけでなく、一般的に、すべての人と国家機関を拘束し、その法律は、直ちに無効となります(一般的効力)。
比較項目付随的違憲審査制(米・日)抽象的違憲審査制(独・仏)
審査機関すべての裁判所憲法裁判所(特別裁判所)
審査のきっかけ具体的な訴訟事件抽象的な法令審査も可能
判決の効力個別的効力(当該事件のみ)一般的効力(法律が一般的に無効)

付随的審査制が、司法権の役割を、より伝統的な紛争解決に限定し、消極的であるのに対し、抽象的審査制は、憲法裁判所に、より積極的に「憲法の番人」としての役割を期待する制度である、と言えます。


8. 選挙制度の国際比較

Module 8-2で、選挙制度の基本類型として、小選挙区制、大選挙区制、比例代表制を学びました。これらの制度、あるいは、その組み合わせが、各国の政党システムのあり方や、政治の安定性に、どのような違いをもたらしているのか、具体的な国の事例を通じて、比較してみましょう。

フランスの政治学者モーリス・デュヴェルジェが提唱した**「デュヴェルジェの法則」**は、この関係性を分析するための、古典的な出発点となります。

  • 小選挙区制は、二大政党制をもたらしやすい。
  • 比例代表制は、多党制をもたらしやすい。

8.1. 小選挙区制の国 ― イギリス

  • 制度:単純小選挙区制(First-Past-the-Post)
    • 一つの選挙区から、最多得票者一人のみが当選します。
  • 結果(政党システム):
    • この制度は、典型的な二大政党制を生み出してきました。長年にわたり、保守党労働党が、政権を争っています。
    • 第三党(自由民主党など)は、全国的には一定の得票率を得ても、各選挙区で一位になることが難しいため、得票率に比べて、著しく少ない議席しか獲得できません。
  • 政治的特徴:
    • 一方の政党が、単独で過半数を獲得しやすいため、政権が安定し、強力なリーダーシップを発揮しやすい。政権交代も明確です。

8.2. 比例代表制の国 ― 多くのヨーロッパ大陸諸国

  • 制度:比例代表制(拘束名簿式や、非拘束名簿式など、バリエーションは多様)
    • 政党の得票率に応じて、議席が配分されます。
  • 結果(政党システム):
    • この制度は、多党制を生み出します。様々な政策やイデオロギーを掲げる、多くの小政党が、議会に議席を獲得します。
  • 政治的特徴:
    • 一つの政党が、単独過半数を獲得することは稀であるため、選挙後、複数の政党が交渉して連立政権を組むのが、常態となります。
    • これにより、多様な民意が政治に反映されやすいというメリットがある一方で、連立交渉の難航や、連立政権の内部分裂によって、政局が不安定になりやすい、というデメリットがあります。

8.3. 混合制の国 ― ドイツと日本

多くの国は、この両極端の制度の長所を組み合わせようと、様々な混合制を採用しています。

  • ドイツ(小選挙区比例代表併用制):
    • 有権者は、小選挙区の候補者と、比例代表の政党に、それぞれ一票ずつ投じます。
    • しかし、最終的な議席の総数は、比例代表の得票率に基づいて決定されます。小選挙区での当選議席数が、比例で得られるはずの議席数に満たない場合に、比例名簿から補充される仕組みです。
    • この制度は、比例代表制の民意反映度と、小選挙区制の地域代表性を、両立させようとする、精緻な設計になっています。
  • 日本(小選挙区比例代表並立制):
    • Module 8-3で学んだように、小選挙区制の選挙と、比例代表制の選挙が、**並行して(並立して)**行われ、それぞれの結果を、単純に足し合わせる制度です。
    • ドイツの制度と異なり、議席総数が、必ずしも比例の得票率と連動しないため、小選挙区制の持つ、大政党に有利な性格が、より強く現れる傾向があります。

このように、選挙制度のわずかな設計の違いが、その国の政治の風景を、大きく規定しているのです。


9. 政党システムの国際比較

選挙制度と密接に関わりながら、各国の政治のダイナミズムを規定するのが、政党システム、すなわち、政党の数や、政党間の競争のパターンです。

9.1. 二大政党制 (Two-Party System)

  • 特徴:
    • 二つの主要政党が、安定的に、議会の議席の大部分を占め、政権を争うシステム。
  • 代表例: アメリカ(民主党、共和党)、イギリス(保守党、労働党)
  • 政治的ダイナミズム:
    • 政権交代の可能性: 有権者は、選挙の際に、明確な二つの選択肢(与党か、野党か)の中から、政権を選択することができます。これにより、政権交代が、周期的かつ、比較的穏健に行われます。
    • 政策の収斂: 両党は、選挙に勝利するために、特定のイデオロギーに固執するよりも、より多くの支持を得られる、中道的な有権者(浮動票層)にアピールする政策を、掲げる傾向があります(政策の収斂)。
    • 責任の明確さ: どちらの政党が政権を担っているかが明確なため、政治的な責任の所在が、有権者にとって、分かりやすいです。

9.2. 多党制 (Multi-Party System)

  • 特徴:
    • 三つ以上の有力な政党が、議会に、無視できない規模の議席を持ち、競争・協力しあうシステム。
  • 多党制のバリエーション:
    • 穏健な多党制: ドイツのように、中道右派と中道左派の、二つの主要な政党ブロックを中心に、いくつかの小政党が存在し、連立の組み合わせが、比較的安定しているシステム。
    • 分極的多党制: イタリア(かつて)や、フランス第四共和政のように、イデオロギー的に、極右から極左まで、大きく隔たった政党が、多数存在し、中道勢力が弱く、政局が極めて不安定になりやすいシステム。
  • 政治的ダイナミズム:
    • 連立政権の政治: 政権は、選挙の結果そのものではなく、選挙後の**政党間の交渉(連立交渉)**によって、決定されます。
    • 多様な意見の反映: 少数派の意見や、新しい社会の要求を代弁する、多様な政党(環境政党、地域政党など)が、政治に影響力を持つことができます。
    • 責任の曖昧さ: 連立政権では、政策の失敗の責任が、どの政党にあるのかが、有権者から見て、分かりにくくなることがあります。

9.3. 一党優位政党制 (One-Party Dominant System)

  • 特徴:
    • 形式的には、複数政党制の選挙が行われているにもかかわらず、一つの政党が、長期間にわたって、圧倒的な優位を保ち、政権を独占し続けているシステム。
  • 代表例:
    • 日本の55年体制下の自民党は、その典型例とされています。
    • その他、スウェーデンの社会民主労働党や、インドの国民会議派も、かつて長期にわたって、この地位にありました。
  • 政治的ダイナミズム:
    • 政権交代の不在: 事実上、政権交代が起こらないため、政治が安定する一方で、権力の腐敗や、国民の政治的無関心を招きやすい、という弊害があります。
    • 派閥政治: 政権をめぐる争いは、与党と野党の間ではなく、与党内部の派閥間の抗争として、展開されることになります。

10. 各国の政治文化

なぜ、同じような民主的な制度(例えば、議院内閣制)を持っていても、ある国では政治が安定し、別の国では混乱が続くのでしょうか。なぜ、ある国では投票率が高く、別の国では低いのでしょうか。

このような、法制度や、経済的な条件だけでは説明しきれない、各国の政治のあり方の違いを説明するために、政治学が注目するのが、**「政治文化(Political Culture)」**という、目に見えない要因です。

10.1. 政治文化とは

政治文化とは、ある社会の成員(国民)によって、共有されている、政治に対する、基本的な価値観、信念、感情的な態度の総体のことです。

それは、いわば、その国の政治の「OS(オペレーティング・システム)」のようなもので、人々の政治行動の、深層にある動機や、パターンを規定します。

10.2. 政治文化の類型(アーモンドとヴァーバ)

政治学者ガブリエル・アーモンドシドニー・ヴァーバは、主著『現代市民の政治文化』の中で、世界5か国(米、英、独、伊、メキシコ)の比較調査に基づき、政治文化を、以下の三つの類型に分類しました。

  1. 未分化型 (Parochial Culture):
    • 伝統的な社会に見られる。
    • 国民は、中央の政治システムに対する認識や関心が、ほとんどなく、自らの生活は、地域の村落や、部族といった、身近な共同体の中で完結している。
  2. 臣民型 (Subject Culture):
    • 権威主義的な体制に見られる。
    • 国民は、中央の政治システムの存在や、その決定(アウトプット)が、自らの生活に影響を及ぼすことは、認識している。
    • しかし、自らが、その政治プロセス(インプット)に、積極的に影響を与えることができるとは考えておらず、政治に対して、受動的・従属的な態度をとる。
  3. 参加型 (Participant Culture):
    • 近代的な民主主義社会に見られる。
    • 国民は、政治のアウトプットだけでなく、インプットのプロセスにも、強い関心を持つ。
    • 自らが、選挙や、市民活動などを通じて、政治に積極的に参加し、影響を与えるべきであり、また、与えることができると信じている。

10.3. 市民文化(Civic Culture)と、民主主義の安定

アーモンドとヴァーバは、安定した民主主義を支えるのは、純粋な「参加型」文化だけではなく、これら**三つの文化が、バランスよく混合した「市民文化(Civic Culture)」**である、と結論付けました。

  • 市民文化とは:
    • 人々は、基本的には「参加型」の意識を持ち、政治に参加する能力と、責任感を持っている。
    • しかし、常に政治活動に明け暮れるのではなく、時には、専門家である政治エリートの決定を信頼し、受け入れる「臣民型」の側面や、政治から離れて、私的な生活を重視する「未分化型」の側面も、併せ持っている。
  • 安定への寄与:
    • このバランスが、一方で、政府を国民の要求に応答させ(参加型の側面)、他方で、政府が、長期的な視点から、安定した統治を行うことを可能にする(臣民型の側面)、と彼らは考えました。

この政治文化論は、民主主義が、単に制度を輸入するだけで定着するものではなく、その社会に、民主主義を支える、人々の価値観や態度が、根付いているかどうかが、極めて重要であることを、教えてくれるのです。


Module 23:世界の政治体制比較の総括:鏡の向こうに、自らの姿を映し出す

本モジュールでは、世界の多様な政治体制を比較するという、知的な鏡張りの部屋を旅してきました。議院内閣制と大統領制という二つの鏡は、権力の「融合」と「分立」という、統治の全く異なる設計思想を映し出し、半大統領制は、その両方の像を併せ持つ、複雑な姿を見せてくれました。そして、権威主義や社会主義という鏡は、私たちが自明としてきた民主主義が、決して唯一の選択肢ではないという、厳しい現実を突きつけました。連邦制と単一国家、二つの違憲審査モデル、そして選挙制度と政党システムの多様な組み合わせ。これらの比較を通じて、私たちは、日本の政治システムが持つ、独特の特徴と、その歴史的な成り立ちを、より客観的な光の下で、再認識することができました。比較政治学の最終的な目的は、単に他者を分類し、理解することにあるのではありません。それは、多様な他者という鏡に、自らの姿を映し出すことで、その輪郭を明確にし、その可能性と限界を自覚し、そして、より良い未来の姿を構想するための、自己認識の旅なのです。

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