【共通テスト 数学 ②】Module 5: ベクトルの代数的処理と幾何学的直観
本記事の目的と構成
本モジュールは、大学入学共通テスト「数学Ⅱ・B・C」において、平面・空間図形の問題を代数計算に落とし込み、機械的かつ戦略的に解き明かすための最強のツール、ベクトルを完全マスターすることを目的とします。ベクトルは、図形の位置、長さ、角度といった幾何学的な情報を、成分という数値の組に「翻訳」し、代数的な演算を可能にする強力な言語です。この「幾何から代数へ」そして「代数から幾何へ」という双方向の翻訳能力こそが、共通テストの複雑な空間図形問題を攻略する上での核心となります。
共通テストでは、単にベクトルの計算をさせる問題は少なく、具体的な幾何学的状況を設定し、それをベクトルを用いてどのように表現し、解決していくかという一連の思考プロセスを問う、誘導形式の問題が主流です。例えば、点の位置関係(内分・外分)、直線や平面の方程式、図形間の垂直関係、距離の最小値問題などが、ベクトルを用いることで統一的に、そしてシステムとして解けるように設計されています。
本稿では、まず第1章で、ベクトルの基本である成分表示と、幾何学的意味(長さ・角度)と代数的計算(成分計算)の二つの顔を持つ「内積」の本質を解説します。第2章では、直線・平面・球といった基本的な空間図形が、ベクトル方程式によってどのように表現されるかを、共通テストの出題形式に即して学びます。最終章である第3章では、共線・共面条件、ベクトルの最小値問題、面積計算といった、より高度な応用テクニックを、具体的な問題解決のアルゴリズムとして提示します。このモジュールを通じて、図形を直観的に捉える力と、それを数式で厳密に処理する力の両方を鍛え上げ、ベクトルを得点源と化すための盤石な基盤を構築しましょう。
1. ベクトルの基本演算と内積の二面性
ベクトルを自在に操るための第一歩は、その代数的な表現(成分表示)に慣れ、幾何学的な意味と計算を結びつける「内積」の二面性を完全に理解することです。
1.1. 空間ベクトルと成分表示
- ベクトルは「位置」と「方向・大きさ」の言語
- 座標空間内の点P
(x, y, z)
は、原点Oを始点とする位置ベクトル$\vec{OP}=(x,y,z)$
と一対一に対応します。これにより、点の位置をベクトルという計算可能な対象として扱えます。 - 2点A, B間の変位ベクトルは
$\vec{AB} = \vec{OB} - \vec{OA}$
で計算できます。これは「終点引く始点」の原則であり、すべてのベクトルの基本です。 - ベクトルの大きさ(ノルム)は、
$\vec{a}=(a_1, a_2, a_3)$
に対して$|\vec{a}| = \sqrt{a_1^2 + a_2^2 + a_3^2}$
と三平方の定理を拡張した形で計算されます。
- 座標空間内の点P
1.2. 内積 – 幾何学と代数の架け橋
内積は、ベクトルという道具の真価を発揮させるための最重要概念です。これは2つの異なる定義を持ち、この2つを等しいとおくことで、幾何学的な情報と代数的な情報を自在に変換できます。
- 内積の2つの顔
- 幾何学的定義:$\vec{a}$ と $\vec{b}$ のなす角を $\theta$ とするとき、$$\vec{a} \cdot \vec{b} = |\vec{a}| |\vec{b}| \cos\theta$$この定義は、角度 $\theta$ や、一方のベクトルをもう一方のベクトル方向へ射影した長さに関連する情報を引き出す際に用います。
- 代数的(成分)定義:$\vec{a}=(a_1, a_2, a_3), \vec{b}=(b_1, b_2, b_3)$ とするとき、$$\vec{a} \cdot \vec{b} = a_1b_1 + a_2b_2 + a_3b_3$$この定義は、具体的な座標が与えられたときの数値計算に用います。
- 共通テストにおける内積の戦略的活用
- 角度の計算:2つのベクトルの成分がわかっていれば、代数的に内積を計算し、それぞれの大きさを計算することで、
$\cos\theta = \frac{\vec{a} \cdot \vec{b}}{|\vec{a}| |\vec{b}|}$
から角度を求めることができます。 - 垂直条件(最重要):2つのベクトル $\vec{a}$ と $\vec{b}$ ($\vec{0}$ でない)が垂直であることの必要十分条件は、なす角が90°、つまり $\cos 90^\circ = 0$ であることから、$$\vec{a} \perp \vec{b} \iff \vec{a} \cdot \vec{b} = 0$$となります。これは、幾何学的な「垂直」という条件を、成分計算だけで判定できる極めて強力なツールです。
2023年度 追・再試験 第5問(2)
では、$\angle APD = 90^\circ$
を満たす点を考える場面があります。この幾何学的条件は、見た瞬間に「ベクトルの内積が0」、すなわち$\vec{PA} \cdot \vec{PD} = 0$
という代数的な等式に翻訳されなければなりません。この翻訳こそが、問題を解くための第一歩です。
- 角度の計算:2つのベクトルの成分がわかっていれば、代数的に内積を計算し、それぞれの大きさを計算することで、
2. 空間内の図形とベクトル方程式
直線、平面、球といった空間図形は、ベクトルを用いることで、その図形上の点の満たすべき条件として、簡潔な方程式で表現することができます。共通テストの空間ベクトル問題の多くは、このベクトル方程式の立式から始まります。
2.1. 直線の方程式 – 「通過点」と「方向」で捉える
空間内の直線は、「定点Aを通り、特定の方向 $\vec{d}$
を向いている」と特定できます。
- ベクトル方程式:点A($\vec{a}$)を通り、方向ベクトルが $\vec{d}$ ($\vec{d} \ne \vec{0}$)である直線上の任意の点P($\vec{p}$)は、実数パラメータ $t$ を用いて、$$\vec{p} = \vec{a} + t\vec{d}$$と表されます。
- 共通テストでの頻出パターン
- ほとんどの空間ベクトル問題の冒頭で、「直線AB上の点P」が
$\vec{OP} = \vec{OA} + t\vec{AB}$
の形で定義されます (2024年度 追・再試験 第5問
、2023年度 本試験 第5問
など多数)。 - このとき、パラメータ
$t$
の値は点Pの位置を意味します。$t=0$
のとき、PはAと一致。$t=1$
のとき、PはBと一致。$0 < t < 1$
のとき、Pは線分ABを$t : (1-t)$
に内分する点。$t>1$
のとき、Pは線分ABを$t : (t-1)$
に外分する点(Bの側)。$t<0$
のとき、Pは線分ABを$|t| : (1+|t|)$
に外分する点(Aの側)。
- このパラメータ
$t$
の意味を理解しておくことで、点の位置関係を素早く把握できます。
- ほとんどの空間ベクトル問題の冒頭で、「直線AB上の点P」が
2.2. 平面の方程式 – 「法線ベクトル」で向きを定める
空間内の平面は、「定点Aを通り、特定のベクトル $\vec{n}$
に垂直である」と特定できます。この $\vec{n}$
を平面の法線ベクトルと呼びます。
- ベクトル方程式:点A($\vec{a}$)を通り、法線ベクトルが $\vec{n}$ ($\vec{n} \ne \vec{0}$)である平面上の任意の点P($\vec{p}$)は、ベクトル $\vec{AP} = \vec{p}-\vec{a}$ が法線ベクトル $\vec{n}$ と常に垂直であることから、$$\vec{n} \cdot (\vec{p} – \vec{a}) = 0$$を満たします。成分で表すと ax+by+cz+d=0 という形になります。
- 共通テストにおける活用例 (
2022年度 追・再試験 第5問(3)
より)- 問題:3点P, A2,A4 を通る平面
$\alpha$
を考える。 - 思考プロセス:この問題では、誘導によって
$\vec{OA_1}$
が平面$\alpha$
に垂直であることが示唆されます。つまり、$\vec{OA_1}$
がこの平面の法線ベクトルとして機能します。 - すると、ある点Qが平面
$\alpha$
上にあるかどうかを判定するには、$\vec{PQ}$
が法線ベクトル$\vec{OA_1}$
と垂直かどうかを調べればよい、ということになります。すなわち、$\vec{OA_1} \cdot \vec{PQ} = 0$
という条件式を立てることで、点Qが満たすべき条件(パラメータ$t$
の値)を求めることができます。
- 問題:3点P, A2,A4 を通る平面
2.3. 球の方程式 – 「中心」と「半径」からのアプローチ
空間内の球は、「中心Cからの距離が常に一定(半径$r$
)である点の集合」として定義されます。
- ベクトル方程式:中心がC($\vec{c}$)、半径が $r$ の球上にある任意の点P($\vec{p}$)は、$$|\vec{p} – \vec{c}| = r$$を満たします。両辺を2乗した $$|\vec{p} – \vec{c}|^2 = r^2$$ の形は、内積計算に持ち込みやすく、より実践的です。$|\vec{v}|^2 = \vec{v} \cdot \vec{v}$ であることを利用します。
2025年度 旧課程 第7問
では、点Cが原点中心、半径1の球面上にあるという条件が、最初に$|\vec{OC}|^2 = 1$
、そして成分で$x^2+y^2+z^2=1$
と提示されています。これはまさに球のベクトル方程式そのものです。
3. ベクトルの応用と幾何学的問題解決
ベクトルの基本方程式をマスターすれば、それらを組み合わせてより複雑な幾何学的問題を解くことができます。
3.1. 共線条件・共面条件 – 一次独立の視点
- 3点A, B, Cが同一直線上にある(共線)条件
$\vec{AC} = k \vec{AB}$
となる実数$k$
が存在する。
- 4点A, B, C, Pが同一平面上にある(共面)条件
$\vec{AP} = s \vec{AB} + t \vec{AC}$
となる実数$s, t$
が存在する。- これは、
$\vec{AP}$
が、平面の基底となる2つの非平行なベクトル$\vec{AB}$
と$\vec{AC}$
の線形結合で表せることを意味します。
- 共通テストの深層 (
2025年度 旧課程 第7問
より)- この問題では、「直線OAと直線ℓが交わる条件」が問われます。
- 直線OA上の点Pは
$\vec{OP} = s\vec{a}$
、直線ℓ上の点Qは$\vec{OQ} = \vec{m} + t\vec{b}$
と表されます。 - 交わる条件は
$\vec{OP} = \vec{OQ}$
、すなわち$s\vec{a} = \vec{m} + t\vec{b}$
となる実数$s, t$
が存在することです。 - 式を変形すると
$\vec{m} = s\vec{a} - t\vec{b}$
となり、これはベクトル$\vec{m}$
が$\vec{a}$
と$\vec{b}$
で張られる平面(平面OAB)上にあることを意味します。つまり、4点O, A, B, Mが同一平面上にあることが、2直線が交わるための必要十分条件となっているのです。この問題は、共面条件の本質を深く問うています。
3.2. 最小値問題 – 2乗して微分か、幾何学的に解くか
ベクトルで定義された量の最小値を求める問題には、主に2つのアプローチがあります。
- 代数的アプローチ:パラメータの2次関数に帰着
- 求めたい長さ
$|\vec{OP}|$
を、パラメータ$t$
の関数として表し、その2乗$|\vec{OP}|^2$
を考えます。$|\vec{OP}|^2$
は多くの場合$t$
の2次関数になるため、平方完成によって最小値を求めることができます。 2024年度 追・再試験 第5問(2)
では、$|\vec{OP}|^2$
が$s$
の2次式$(\text{キ})s^2 - (\text{クケ})s + (\text{コサ})$
となることが示されており、この2次関数の最小値を求めることで$s$
の値が決定されます。
- 求めたい長さ
- 幾何学的アプローチ:垂線の足
- 原点Oから直線
$l$
($\vec{p} = \vec{a} + t\vec{d}$
)への距離が最小となるのは、$\vec{OP}$
が直線$l$
と垂直になるときです。 - これは、
$\vec{OP}$
が方向ベクトル$\vec{d}$
と垂直であることを意味し、条件式は$\vec{OP} \cdot \vec{d} = 0$
となります。 - この式は
$t$
の1次方程式となるため、多くの場合、2次関数を考えるよりも遥かに速く解を求めることができます。 2024年度 追・再試験 第5問(2)
の太郎さんの考え「直線OPとℓ₁の関係に着目する」は、まさにこの幾何学的アプローチを指しており、$\vec{OP} \cdot \vec{AB} = 0$
を解くことで$s$
の値が求まります。
- 原点Oから直線
3.3. 面積と体積の計算
- 三角形の面積公式
- $\triangle OAB$ の面積 $S$ は、内積を用いて次式で計算できます。$$S = \frac{1}{2} \sqrt{|\vec{OA}|^2 |\vec{OB}|^2 – (\vec{OA} \cdot \vec{OB})^2}$$
- この公式は、
$S = \frac{1}{2} |\vec{OA}| |\vec{OB}| \sin\theta$
と$\sin^2\theta = 1 - \cos^2\theta$
を組み合わせることで導出できます。成分がわかっている場合に、角度$\theta$
を求めずに直接面積を計算できるため非常に強力です。
結論:Module 5の総括
本モジュールでは、ベクトルを幾何学的な問題を解決するための強力な言語として捉え、その戦略的な活用法を解説しました。共通テストを攻略するための要点は以下の通りです。
- 翻訳能力の徹底:問題文に現れる「直線上の点」「垂直」「内分点」「球面上」といった幾何学的な条件を、遅滞なく
$\vec{p} = \vec{a} + t\vec{d}$
、$\vec{a} \cdot \vec{b}=0$
、$\vec{p} = (1-t)\vec{a} + t\vec{b}$
、$|\vec{p}-\vec{c}|=r$
といったベクトル方程式に「翻訳」する能力がすべての基礎となります。 - 内積の二面性の活用:角度や垂直関係を論じるときは幾何学的定義を、具体的な数値を計算するときは成分表示を、というように内積の二つの顔を自在に使い分けることが重要です。
- 解法アプローチの選択:最小値問題において、2乗して2次関数として解く代数的アプローチと、垂線の足を考える幾何学的アプローチの両方を理解し、問題に応じてより計算量が少なく、確実な方法を選択する戦略的視点を持つことが求められます。
- 誘導構造の読解:共通テストのベクトル問題は、複雑な空間認識能力を直接問うのではなく、ベクトルという道具を用いて段階的に問題を解決するプロセスを評価します。問題の誘導は、このプロセスをナビゲートする親切な道標です。一つ一つの設問が何を意味し、次にどう繋がるのかを意識しながら解き進めることが高得点の鍵となります。
ベクトルは、正しく使えば複雑な空間図形問題を驚くほどシンプルに解き明かしてくれます。本稿で示した思考のアルゴリズムを習得し、様々な問題に応用する訓練を積むことで、ベクトルを盤石な得点源としてください。