【共通テスト 古文】Module 1: 得点源としての文法─頻出識別ポイントの最終確認
本モジュールの目標:文法を「暗記科目」から「読解の武器」へ
多くの受験生にとって、古文文法は、無数の助動詞の活用と意味をひたすら暗記する、苦痛な作業と捉えられがちです。しかし、その認識は、共通テスト古文が求める能力の本質から大きくかけ離れています。
共通テストで問われる文法知識は、単なる暗記の確認ではありません。それは、一見すると曖昧な古文の世界を、論理的に、そして精密に読み解くための「解像度」を上げる、最強の分析ツールなのです。助動詞一つ、助詞一つの意味を正確に識別できるかどうかが、文章全体の解釈、登場人物の心情の把握、ひいては設問の正否を大きく左右します。文法は、古文読解の「足かせ」ではなく、思考を加速させる「武器」なのです。
本モジュールでは、数ある文法事項の中から、特に受験生が最後まで混同しやすく、かつ読解の根幹に関わる最重要識別ポイント7項目に焦点を絞ります。それぞれの項目について、単なる意味の羅列ではなく、「なぜ、その意味になるのか?」という文脈判断の思考プロセスを徹底的に言語化・体系化します。
このモジュールをマスターしたとき、あなたは文法問題を安定した「得点源」に変えるだけでなく、古文の世界をより深く、よりクリアに読み解くための揺るぎない視座を獲得することができるでしょう。さあ、文法をあなたの最大の味方に変えるための最終確認を始めます。
1. 過去の助動詞「き」と「けり」―誰の視点から過去を語るのか?
過去を表す助動詞「き」と「けり」。この二つは、単に過去を示すだけでなく、その過去を**「誰の視点から語っているのか」**という、物語の根幹に関わる重要な情報を内包しています。この視点の違いをマスターすることが、精密な読解への第一歩です。
1.1. 原則の再確認:直接過去「き」と伝聞過去・詠嘆「けり」
まずは基本原則を再確認しましょう。
- 助動詞「き」:直接過去
- 核となる意味: 話し手自身が直接体験・見聞した過去を語ります。
- 視点: 一人称の視点に根差した過去。「(私が体験したことには)~た」というニュアンス。
- 活用: 特殊型(せ・○・き・し・しか・○)※連体形「し」、已然形「しか」が頻出。
- 助動詞「けり」:伝聞過去・詠嘆
- 核となる意味:
- 伝聞過去: 人から伝え聞いた過去の事実を語ります。「~たそうだ」「~ということだ」。
- 詠嘆: 今、目の前の事象や、ふと思い出した事柄に対して、「~だなあ」「~だったのだなあ」と、しみじみと感動・感嘆する気持ちを表します。
- 視点:
- 伝聞過去: 三人称の視点、あるいは客観的な視点からの過去。
- 詠嘆: 今、ここでの気づき。過去の事実そのものより、それに気づいた現在の心に焦点があります。
- 活用: ラ変型(けら・○・けり・ける・けれ・○)
- 核となる意味:
1.2. 識別の核心:物語の「語り手」は誰か?―地の文と会話文での使い分け
この二つの助動詞の本当の価値は、物語の「地の文」と「会話文(和歌)」で、その機能が明確に分かれる点にあります。
- 地の文における「き」と「けり」
- 地の文の「けり」: これが物語文学の**デフォルト(標準)**です。『源氏物語』や『伊勢物語』のように、作者(語り手)が登場人物たちの過去の出来事を、あたかも人から伝え聞くかのように、あるいは客観的に叙述する際に用いられます。「昔、男ありけり」は、その典型です。
- 地の文の「き」: こちらは、物語文学では比較的稀です。なぜなら、作者が登場人物の行動を「直接体験した」というのは、通常あり得ないからです。これが使われるのは、主に『蜻蛉日記』や『土佐日記』のような日記・随筆文学で、作者自身の体験を語る場合です。物語文学の地の文で敢えて「き」が使われる場合、それは作者がその場面に居合わせたかのような、あるいは非常に強い確信を持っているかのような、特別な臨場感を生み出す効果を狙っていると考えられます。
- 会話文・和歌の中の「き」と「けり」
- 文脈判断がより重要になります。
- 「き」: 会話の発話者や和歌の詠み手が、自分自身の過去の体験を語る際に用いられます。「(私が)昨日見た夢は…」といった文脈です。
- 「けり」:
- 伝聞: 発話者・詠み手が、他人から聞いた話を引用する場合。「Aさんから聞いた話だが、彼は旅立ったそうだ」といった文脈。
- 詠嘆: 和歌で最も多く見られる用法です。目の前の光景や、心に浮かんだ思いに対して、**「ああ、~だったのだなあ」**と、今、この瞬間に気づき、感動している心境を表します。和歌の結びが「~なりけり」「~けるかな」となっていたら、ほぼ詠嘆と判断して間違いありません。
1.3. 【実践演習】視点から意味を画定する
- 【演習問題】2022年度 追試 第3問 『景清』
- 地の文: 「その日の暮るるを待ちたるは、情けなうこそ聞こえけれ。」
- 分析: これは物語の地の文です。作者が、阿古王の行動を客観的に、あるいは後世から見て「聞こえた」と叙述しています。伝聞過去のニュアンスです。「けれ」は「けり」の已然形で、係り結び(「こそ」)によるものです。
- 地の文: 「前後も知らず伏したるは、運の際とぞ聞こえける。」
- 分析: 同様に地の文です。「ける」は「けり」の連体形で、係り結び(「ぞ」)によるもの。作者が景清の運命について「~だったということだ」と語っています。
- 地の文: 「その日の暮るるを待ちたるは、情けなうこそ聞こえけれ。」
- 【演習問題】2021年度 追試 第3問 『山路の露』
- 和歌: 「ふるさとの月は涙にかきくれてその世ながらの影は見ざりき」
- 分析: これは男君が詠んだ和歌です。彼は、過去の都での日々を振り返り、「(私は)涙で曇って、昔のままの月の光を見ることはできなかった」と、自分自身の過去の体験を語っています。したがって、ここは明確に直接過去の「き」です。
- 和歌: 「里わかぬ雲居の月の影のみや見し世の秋にかはらざるらむ」
- 分析: これは女君が詠んだ歌。ここには「き」「けり」はありませんが、比較対象として見てみましょう。「見し世」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形です。「(私が)見た昔の秋」と、これも自身の体験を語っています。
- 和歌: 「ふるさとの月は涙にかきくれてその世ながらの影は見ざりき」
「き」と「けり」の識別は、単なる文法問題に留まりません。それは、文章の語り手の立ち位置を特定し、物語世界を誰の視点から見ているのかを明らかにする、読解の根幹をなす作業なのです。
2. 完了の助動詞「ぬ」と「つ」―行為の意図性を見抜く
「~てしまった」「~た」と訳される完了の助動詞「ぬ」と「つ」。これらは非常によく似ていますが、その使い分けには、その動作が**「自然にそうなったのか(自然発生)」、それとも「意図的に行われたのか(人為的)」という、書き手の微妙なニュアンスが込められています。さらに、単なる「完了」だけでなく、「きっと~する」という「強意(確述)」**の意味を持つことがあり、この識別は読解の精度を大きく左右します。
2.1. 原則の再確認:自然発生の「ぬ」、意図的人為の「つ」
- 助動詞「ぬ」:自然完了
- 核となる意味: 動作が自然に、ひとりでに、無意識的に完了することを示します。
- 結びつきやすい動詞: 「咲く」「散る」「暮る」「経(ふ)」「(時が)なる」など、自然現象や時間の経過を表す動詞。また、「思ふ」「覚ゆ」など、意図せず心に浮かぶような心理動詞。
- 活用: ナ行変格活用(な・に・ぬ・ぬる・ぬれ・ね)
- 助動詞「つ」:人為完了
- 核となる意味: 動作が意図的に、作為的に行われ、完了することを示します。
- 結びつきやすい動詞: 「書く」「詠む」「見る」「聞く」「作る」「開く」など、人間が意志を持って行う動作を表す動詞。
- 活用: 下二段活用(て・て・つ・つる・つれ・てよ)
2.2. 識別の核心:「完了」か「強意(確述)」か?―下に続く語に注目せよ!
「ぬ」「つ」が単独で文末にあれば、多くは「完了」で訳して問題ありません。しかし、これらの助動詞が真価を発揮し、また受験生を悩ませるのは**「強意(確述)」**の用法です。この識別には、明確な文法的シグナルがあります。
【強意の公式】:「ぬ」「つ」の未然形・連用形 + 推量・意志・願望・当然などを表す語
- 「~なむ」「~てむ」(な・て+む): 推量・意志の助動詞「む」が接続。
- 訳: 「きっと~だろう」「きっと~しよう」「~てしまおう」
- 「~ぬべし」「~つべし」(ぬ・つ+べし): 推量・当然の助動詞「べし」が接続。
- 訳: 「きっと~にちがいない」「きっと~べきだ」「~てしまうはずだ」
- 「~なむ」(な+なむ): 他者への願望の終助詞「なむ」が接続。
- 訳: 「ぜひとも~してほしい」
- 並列された場合: 「~つ~ぬ」の形で並列されると、互いに意味を強め合います。
- 訳: 「~たり~たり」
これらの形を見たら、「完了」ではなく**「強意」**と判断する。このルールは絶対です。話し手の強い確信や意志、願望が込められている、文意の核心部分です。
2.3. 【実践演習】文脈から機能を特定する
- 【演習問題】2022年度 追試 第3問 『出世景清』
- 地の文: 「阿古屋はしばし返事もせず、涙にくれてゐたりしが」
- 分析: 「て」は完了の助動詞「つ」の連用形ですが、ここでは「~ている」という状態の継続を表す補助動詞「ゐる」に接続しています。「涙にくれている」状態が続いていた、となります。
- 地の文: 「泣いつ、口説いつ、止めける。」
- 分析: 「泣き、そして口説き、」という動作の並列を示す接続助詞的な用法と見ることもできますが、ここでの「つ」は、一つ一つの動作が意図的に行われ、完了したことを示しています。「泣き、そして口説いて、止めたのだった」と、一連の人為的な動作の完了を示します。
- 地の文: 「阿古屋はしばし返事もせず、涙にくれてゐたりしが」
- 【強意の用例】
- 「花、散りなむ」
- 分析: 「散る」は自然現象なので「ぬ」が使われます。「な」は「ぬ」の未然形、それに推量の助動詞「む」が接続しています。したがって、これは強意。「花は、きっと散ってしまうだろう」。単なる未来予測ではなく、話し手の強い確信や、時には諦観が込められています。
- 「敵を討ちてむ」
- 分析: 「討つ」は人為的な動作なので「つ」が使われます。「て」は「つ」の未然形、それに意志の助動詞「む」が接続。これは強意+意志。「敵を必ず討ってしまおう」。極めて強い決意表明です。
- 「花、散りなむ」
「ぬ」と「つ」の使い分け、そして「完了」と「強意」の識別は、文章のニュアンスを繊細に読み解く上で欠かせない視点です。特に「強意」の用法は、登場人物の強い感情や決意が表出する場面であり、設問で狙われやすいポイントであることを肝に銘じてください。
3. 助動詞「る」「らる」の識別戦略―4つの意味を絞り込む技術
助動詞「る」「らる」は、受身・可能・自発・尊敬という4つもの重要な意味を持ち、古文読解において最も識別が困難で、かつ最も重要な助動詞の一つです。この4択問題を感覚で解いている限り、安定した得点は望めません。ここでは、文の構造と文脈から、意味を論理的に絞り込んでいくための、体系的な「識別フローチャート」を提示します。
3.1. 古文読解の最重要関門:「る・らる」の4択問題
まず、4つの意味を再確認しましょう。
意味 | 訳し方 | 接続 |
受身 | ~される | 四段・ナ変・ラ変の未然形に「る」、それ以外の未然形に「らる」 |
可能 | ~できる | |
自発 | 自然と~される、思わず~してしまう | |
尊敬 | お~になる、~なさる |
これらは全て同じ接続、同じ活用(下二段型)であるため、形だけでは全く区別がつきません。識別は、文脈と文の構造に100%依存します。
3.2. 絞り込みの4ステップ・フローチャート
以下のフローチャートに従って、思考を段階的に進めることで、正解の確率を劇的に高めることができます。
【Step 1】下に「打消の語」はあるか?
- チェックポイント: 「る・らる」の直下に、「ず」「じ」「まじ」などの打消の助動詞や、打消を伴う助詞が来ていないか?
- YESの場合: → 意味は**99%「可能」**です。「~(することが)できない」と訳します。これは最も強力な識別ルールです。
- 例:「言はれず。」→ 言うことができない。
- NOの場合: → Step 2へ進みます。
【Step 2】主語は「高貴な人物」か?
- チェックポイント: その動作を行っている主語(主格)は誰か?その人物は、帝・中宮・大臣など、文中で敬意を払われるべき高貴な身分の人物か?
- YESの場合: → 意味は**「尊敬」**の可能性が非常に高いです。「~なさる」「お~になる」と訳して文意が通るか確認します。
- 例:「帝、御覧ぜらる。」→ 帝がご覧になる。
- NOの場合(主語が不明、または身分が高くない場合): → Step 3へ進みます。
【Step 3】動詞は「心や知覚」に関するものか?
- チェックポイント: 「る・らる」が接続している動詞は、**「思ふ」「覚ゆ」「知る」「見る」「聞く」「忍ぶ」「悲しむ」「嘆く」**といった、心の中の働き(思考・感情)や五感による知覚を表す動詞ではないか?
- YESの場合: → 意味は**「自発」**の可能性が高いです。「自然と~思われる」「思わず~悲しまれる」と訳して文意が通るか確認します。自発は、意志とは無関係に、自然とそういう気持ちや知覚が生じることを示します。
- 例:「故郷のこと思ひ出でらる。」→ 故郷のことが自然と(意志せずとも)思い出される。
- NOの場合(動詞が具体的な行動を表す場合): → Step 4へ進みます。
【Step 4】「~に」という「行為者」はいるか?
- チェックポイント: 文中に**「(人)に~る・らる」**という形、つまり、動作を他に働きかける「行為者」が示されていないか?
- YESの場合: → 意味は**「受身」**の可能性が濃厚です。「~に…される」と訳して文意が通るか確認します。
- 例:「人に笑はる。」→ 人に笑われる。
- NOの場合(明確な行為者がいない): → 最終判断へ。
【最終判断】
- 上記のどのルールにも明確に当てはまらない場合、あるいは複数の可能性が考えられる場合は、文脈全体から最も自然で、論理的に通る意味を選択します。しかし、ほとんどの場合、この4ステップのいずれかで意味は確定できます。
3.3. 【実践演習】フローチャートで意味を確定する
- 【演習問題】2021年度 追試 第3問『山路の露』
- 「千里の外まで思ひやらるる心地するに」
- Step 1(打消): 下に打消はない。
- Step 2(主語): 主語は男君だが、尊敬の意は動詞「思ひやる」自体にはない。
- Step 3(動詞): 動詞は「思ひやる」。思考・感情に関する動詞。→ **「自発」**の可能性が高い。
- 訳: 「自然と遠くまで思いを馳せられる気持ちがする」→ 文意が通る。よって自発で確定。
- 「それと見知られたまふは」
- Step 1(打消): ない。
- Step 2(主語): 動作主は女君で、尊敬の対象。しかし、直後に尊敬の補助動詞「たまふ」があるため、「らる」が尊敬だと二重敬語になり、やや不自然。(※ただし、二重敬語の可能性もゼロではない)
- Step 3(動詞): 動詞は「見知る」。知覚に関する動詞。→ **「自発」**の可能性が高い。
- 訳: 「自然とそれだとお分かりになるのは」→ 文意が通る。よって自発で確定。
- 「千里の外まで思ひやらるる心地するに」
- 【演習問題】2023年度 追試 第2問 『源氏物語』
- 「世の譏りをも憚られぬ御心ばへこそ」
- Step 1(打消): 下に打消の助動詞「ぬ」がある。→ **「可能」**でほぼ確定。
- 訳: 「世間の非難を気になさることができないご性質」→ 文意が完全に通る。よって可能で確定。
- 「世の譏りをも憚られぬ御心ばへこそ」
この識別フローチャートは、あなたの思考を整理し、感覚的な判断から論理的な判断へと導くための強力なツールです。何度も繰り返し練習し、この思考プロセスを完全に自動化してください。
4. 助動詞「なり」の特定―断定と伝聞・推定の識別法
「なり」という音は、古文において極めて頻繁に登場しますが、その正体は大きく分けて二つあり、意味も働きも全く異なります。一つは「~である」と物事を断定する助動詞、もう一つは「~そうだ」「~らしい」と伝聞や推定を表す助動詞です。この二つを瞬時に、かつ正確に識別する能力は、文の基本的な意味を捉える上で絶対に欠かせません。そして、その識別の鍵は、ただ一点、**「直前の語の活用形」**にあります。
4.1. 接続が全てを決める:識別率100%の鉄則
「なり」の識別で迷う必要は一切ありません。直前の語の接続ルールさえマスターすれば、機械的に、100%の精度で識別が可能です。
- 断定の助動詞「なり」:体言・連体形に接続
- 接続: 名詞(体言)、または活用語の連体形に接続します。(まれに助詞に付くことも)
- 正体: 指定の助動詞。存在を表す「にあり」が変化したもの。
- 訳: 「~である」「~だ」
- 見分け方のイメージ: 「(名詞)なり」「(連体形)なり」の形を見たら、「断定だ!」と反応する。
- 例:学生なり。(名詞接続)→ 学生である。
- 美しき花なり。(形容詞ク活用連体形接続)→ 美しい花である。
- 帰る人なり。(動詞ラ行四段連体形接続)→ 帰る人である。
- 伝聞・推定の助動詞「なり」:終止形に接続
- 接続: 活用語の終止形に接続します。(※ただし、ラ変型活用語の場合は連体形に接続するので要注意!)
- 正体: 音や声(音あり)から変化したもの。
- 訳:
- 伝聞: 「~そうだ」「~と聞いている」「~という話だ」
- 推定: 「~らしい」「~ようだ」
- 見分け方のイメージ: 「(終止形)なり」の形を見たら、「伝聞か推定だ!」と反応する。
- 例:風吹くなり。(動詞カ行四段終止形接続)→ 風が吹くそうだ/ようだ。
- 静かなりと聞こゆなり。(形容動詞終止形「静かなり」に接続していると見せかけて、動詞「聞こゆ」の終止形に接続)→ 静かだと聞こえるそうだ。
4.2. 文脈による意味の絞り込み:「伝聞」か「推定」か
終止形接続の「なり」を識別した後、それが「伝聞」と「推定」のどちらなのかを判断するには、文脈、特に**「情報の根拠」**に注目します。
- 「伝聞」の場合:
- 根拠: 人からの話、書物、噂など、明確な情報源が文脈に示されていることが多い。
- シグナル: 「~と人の申す」「~とぞ」といった表現があれば、伝聞の可能性が高い。
- 「推定」の場合:
- 根拠: 音、声、気配など、話し手が聴覚や嗅覚で直接感知した情報に基づいて判断していることが多い。
- シグナル: 「笛の音すなり」「人の声すなり」といった表現は、推定の典型例です。「(音から判断するに)~のようだ」というニュアンス。
4.3. 【実践演習】接続から意味を特定する
- 【演習問題】2022年度 追試 第3問 『景清』
- 「いや、苦しうも候はず。景清なり」
- 接続: 直前は名詞「景清」。→ 断定の助動詞「なり」。
- 意味: 「景清である。」
- 「睦ましげなる風情なり。」
- 接続: これは少し注意が必要です。直前は「風情」という名詞。→ 断定の助動詞「なり」。
- 意味: 「仲睦まじい様子である。」
- ※「睦ましげなる」は形容動詞ナリ活用の連体形ですが、「風情」という名詞を修飾しており、「なり」は「風情」に接続しています。
- 「いや、苦しうも候はず。景清なり」
- 【演習問題】2025年度 試作 第3問 『在明の別』
- 「山の座主、慌て参りたまへり。御枕上に呼び入れきこえて、右の大臣、御手をすりて、仏にもの申すやうに、「ただ、いまひとたび、目を見合はせたまへ。(中略)」と、泣きまどひたまふに、いと静かに数珠押し揉みたまひて、「令百由旬内、無諸衰患」と読みたまへる御声、はるかに澄みのぼる心地するに、変はりゆく御けしき、いささか直りて、目をわづかに見開けたまへり。」
- この文章中に適切な「なり」の例がないため、補足します。
- 仮定例:「遠くより笛の音すなり。」
- 接続: 直前はサ変動詞「す」の終止形。→ 伝聞・推定の助動詞「なり」。
- 意味の絞り込み: 「笛の音」という聴覚情報が根拠なので、推定。「遠くから笛の音がするようだ。」
- 仮定例:「翁の語りたまふ物語なり。」
- 接続: 直前は名詞「物語」。→ 断定の助動詞「なり」。
- 意味: 「翁がお語りになる物語である。」
- 「山の座主、慌て参りたまへり。御枕上に呼び入れきこえて、右の大臣、御手をすりて、仏にもの申すやうに、「ただ、いまひとたび、目を見合はせたまへ。(中略)」と、泣きまどひたまふに、いと静かに数珠押し揉みたまひて、「令百由旬内、無諸衰患」と読みたまへる御声、はるかに澄みのぼる心地するに、変はりゆく御けしき、いささか直りて、目をわづかに見開けたまへり。」
「なり」の識別は、古文読解の基本中の基本です。しかし、この基本を疎かにすると、文の骨格そのものを見誤ります。「接続を見れば全てがわかる」。この鉄則を胸に、機械的な識別をマスターしてください。
5. 「なむ」の構造分解―品詞分解で意味を喝破する
「なむ」という短い音の中に、全く異なる3つの文法的な機能が潜んでいる。これが、多くの受験生を混乱させる「なむ」の識別問題です。しかし、これも「なり」と同様、文中での位置と接続という明確なルールに基づいて品詞分解することで、その正体を100%見破ることができます。
5.1. 同音異義語の罠:「なむ」の3つの正体と見分け方
種類 | 品詞 | 接続 | 位置 | 訳し方 | 文末の活用形 |
① 強意の「なむ」 | 係助詞 | 様々な語に付く | 文中 | (訳出しないが、強意) | 連体形 |
② 他者への願望 | 助動詞 | 未然形 | 文中・文末 | ~してほしい | (通常通り) |
③ 自己の願望 | 終助詞 | 未然形 | 文末 | ~たいものだ | (文末なのでなし) |
5.2. 識別の2ステップ・アルゴリズム
この3つを識別するための思考プロセスは、以下の2ステップで完了します。
- 【Step 1】文中にありますか? それとも文末ですか?
- 文末にある場合 → **③終助詞「なむ」(自己の願望)**の可能性が高いです。「~たいものだ」と訳せるか確認します。
- 例:「あはれ、鳥にななむ。」→ 鳥になりたいものだ。(「な」は動詞「なる」の未然形)
- 文中にある場合 → Step 2へ進みます。
- 文末にある場合 → **③終助詞「なむ」(自己の願望)**の可能性が高いです。「~たいものだ」と訳せるか確認します。
- 【Step 2】直前の語の活用形は何ですか?
- 未然形に接続している場合 → **②助動詞「なむ」(他者への願望)**です。
- 例:「父に早く帰りてなむほしい。」→ これは少し違う。「て」は接続助詞。「帰りたまひなむ」→父上に早く帰っていただきたい。(「たまひ」は四段動詞の未然形)
- 未然形以外に接続している場合(連用形、名詞、助詞など)→ ①係助詞「なむ」です。文末が連体形で結ばれているかを確認し、係り結びが成立していることを確かめます。
- 例:「それなむ都にては見る。」→ 「見る」が連体形になっていないのは、結びが省略されているため。文脈上は「見るなり」など。
- 未然形に接続している場合 → **②助動詞「なむ」(他者への願望)**です。
【注意】助動詞「ぬ」+助動詞「む」との混同
「花散りなむ」という形は、一見すると願望の「なむ」に見えるかもしれません。しかし、これは強意の助動詞「ぬ」の未然形「な」+推量の助動詞「む」の形です。意味は「きっと散ってしまうだろう」。この識別は、文脈判断が重要になります。
5.3. 【実践演習】品詞分解トレーニング
- 【演習問題】『竹取物語』より
- 「その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。」
- Step 1(位置): 文中にあります。
- Step 2(接続): 直前は名詞「竹」。未然形ではありません。→ **①係助詞「なむ」**で確定。
- 確認: 文末は「ありける」と、過去の助動詞「けり」の連体形になっており、係り結びが成立しています。
- 意味: 「(たくさんの竹の中で)光る竹こそが一筋あったのだ。」
- 「その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。」
- 【演習問題】『更級日記』より
- 「いかで物語の多く候ふなる所へ行きて、心の限り見果てなむ。」
- Step 1(位置): 文末にあります。
- Step 2(接続): 直前の「見果て」はタ行下二段動詞「見果つ」の未然形。→ ③終助詞「なむ」(自己の願望)。
- 意味: 「どうにかして物語がたくさんございますという所へ行って、心ゆくまで(物語を)全部見てしまったいものだ。」
- 「いかで物語の多く候ふなる所へ行きて、心の限り見果てなむ。」
- 【演習問題】『源氏物語』より
- 「帝、このこと聞き給ひて、帰りたまひなむことを急がせ給ふ。」
- Step 1(位置): 文中にあります。
- Step 2(接続): 直前の「たまひ」は尊敬の補助動詞「たまふ」(四段)の未然形。→ ②助動詞「なむ」(他者への願望)。
- 意味: 「帝はこのことをお聞きになって、(中宮に)お帰りになってほしいということを急がせなさる。」
- 「帝、このこと聞き給ひて、帰りたまひなむことを急がせ給ふ。」
「なむ」の識別は、一見複雑ですが、このアルゴリズムに従えば機械的に処理できます。接続と位置。この二つの情報だけで、あなたは「なむ」の迷宮から抜け出すことができるのです。
6. 敬語補助動詞「たまふ」「おはす」―敬意レベルと主体特定への応用
古文読解における敬語は、単なる言葉遣いの問題ではありません。それは、文章の登場人物たちの人間関係(身分、親疎)を解き明かし、省略されがちな「主語」を特定するための、最も信頼できる科学的な手がかりなのです。特に、補助動詞として頻出する「たまふ」と「おはす」の敬意レベルとその機能を正確に把握することは、読解の精度を飛躍的に高めます。
6.1. 敬語は「人間関係のベクトル」を可視化する
敬語を学ぶ際は、常に**「誰が(From)→ 誰に(To)敬意を払っているのか」という敬意の方向(ベクトル)**を意識してください。
- 尊敬語: 動作の主体(する人)を高める。ベクトルは動作主に向かう。
- 謙譲語: 動作の客体(される人)や方向の相手を高める。ベクトルは動作の受け手に向かう。
- 丁寧語: 話し手が聞き手に対して丁重に述べる。ベクトルは聞き手に向かう。
6.2. 「たまふ」の二面性:四段活用(尊敬)と下二段活用(謙譲)の絶対識別
助動詞「たまふ」は、活用によって尊敬と謙譲の二つの顔を持つ、極めて重要な語です。この識別を誤ると、人物関係を根本的に取り違えます。
- 尊敬の補助動詞「たまふ」
- 活用: ハ行四段活用(たまは・たまひ・たまふ・たまふ・たまへ・たまへ)
- 接続: 動詞の連用形に接続。
- 訳: 「お~になる」「~なさる」
- 機能: 接続した動詞の主体を高める尊敬語。
- 特徴: 非常に広く使われます。主語が高貴な人物であれば、まずこの尊敬の「たまふ」を疑います。
- 例:「帝、御覧じたまふ。」→ 帝がご覧になる。(動作主=帝を高める)
- 謙譲の補助動詞「たまふ」
- 活用: ハ行下二段活用(たまへ・たまへ・たまふ・たまふる・たまふれ・たまへよ)
- 接続: 動詞の連用形に接続。
- 訳: 「~させていただく」「~ております」
- 機能: 会話文や手紙文の中で、**話し手(書き手)が聞き手(読み手)**に対して、自分の動作をへりくだって述べることで、聞き手への敬意を表す。丁寧語に近い謙譲語です。
- 【重要】 この謙譲の「たまふ」が接続する動詞は、**「思ふ」「見る」「聞く」「知る」「承る」**など、限定された数種類です。これら以外の動詞についていたら、まず尊敬を疑ってください。
- 例:(地の文ではなく、会話文の中で)「かくは思ひたまふるなり。」→ このように思っておりますのです。(聞き手に対して、自分の「思う」という行為をへりくだっている)
6.3. 「おはす」「おはします」の敬意レベル:最高敬語による主体の特定
- 「おはす」「おはします」:
- 意味: 「あり」「をり」(いる・ある)の最高ランクの尊敬語。「いらっしゃる」。
- 機能: この語が使われていたら、その動作の主体は、帝、中宮、上皇、摂政・関白など、その場面における最高身分の人物である可能性が極めて高いです。
- 応用(主語の復元): 古文では主語が頻繁に省略されますが、「おはす」が出てきたら、「この動作の主語は、今話に出ている中で最も身分の高いあの人に違いない」と、主語を復元する強力な手がかりになります。
6.4. 【実践演習】敬語から主語と人物関係を復元する
- 【演習問題】2025年度 試作 第3問『在明の別』
- この文章は、敬語を読み解くことで人物関係がクリアになる絶好の例です。
- 「山の座主、慌て参りたまへり。」
- 分析: 「参り」は謙譲語で、作者から(祈禱の対象である)大君への敬意。「たまへり」の「たまへ」は四段活用の連用形なので尊敬の補助動詞。動作主である「山の座主」を高めています。
- 「目をわづかに見開けたまへり。」
- 分析: 「たまへ」は尊敬の補助動詞。主語は省略されていますが、直前の文脈から、病に苦しんでいる「大君」であると特定できます。「大君が目をお開きになった。」
- 「父殿ぞ、いとあやしう、「思ひかけぬ人にも似たまへるかな」と心得ず思さるるに」
- 分析: 「似たまへる」の「たまへ」は尊敬の補助動詞。誰が似ているのか?→大君の様子です。「思さるる」の「思す」は「思ふ」の尊敬語。主語は「父殿」です。「父殿がお思いになる」。つまり、父殿が、様子が変わった我が娘(大君)を見て、「思いもよらない人に似ていらっしゃるなあ」とお思いになっている、という複雑な構造が、敬語によって正確に読み解けます。
敬語は、単なる暗記テストではありません。それは、平安貴族社会の人間関係の力学を読み解くための、最も重要な「コード(暗号)」なのです。
7. 係り結びの文末解釈―疑問・反語・詠嘆の確定法
係り結びは、古文特有の文法現象であり、その理解は、文の強調点を捉え、文末のニュアンスを正確に解釈するために不可欠です。特に、係助詞「や」「か」が導く「疑問」と「反語」の識別、そして「こそ」が導く「逆接」のニュアンスの把握は、設問で頻繁に問われる重要ポイントです。
7.1. 係り結びの二大機能:「強調」と「文末予告」
係り結びの法則(文中に係助詞「ぞ・なむ・や・か」があれば文末は連体形に、「こそ」があれば已然形になる)は、暗記していることが前提です。その上で、重要なのはその「機能」を理解することです。
- 機能① 強調: 係助詞は、それが付いた語句を文中で特に強調したいという書き手の意図を示します。「Aこそ、Bである」は、「(他でもない)Aが、Bなのだ」という強いニュアンスを持ちます。
- 機能② 文末予告: 係助詞は、文末がどのようなニュアンスで終わるかを予告する働きも持ちます。
- 「ぞ」「なむ」 → 単純な強調。
- 「や」「か」 → この文は「疑問」か「反語」で終わるぞ、と予告。
- 「こそ」 → この文は強調されており、もしかしたらこの後「~だけれども」と逆接で続くかもしれないぞ、と予告。
7.2. 「や・か」+連体形:永遠のテーマ「疑問」と「反語」の分水嶺
「や」「か」で結ばれた文が「疑問(~か?)」なのか、「反語(~か、いや、~ない)」なのか。この識別は、文脈判断の精度が問われる、古文読解のハイライトの一つです。
- 識別の判断基準:
- 文脈に「答え」があるか?:
- YES → 疑問。問いの直後に答えが述べられている場合や、登場人物が心の中で自問自答している場合は、純粋な疑問です。
- NO → 反語の可能性が高い。
- 常識で判断できるか?:
- 問いかけられている内容が、常識的に考えてあり得ないこと、不可能であることならば、それは反語です。答えを求めるまでもなく「そんなことはない」と誰もが分かることを、あえて問いの形で強調しているのです。
- 例:「手の中に月は入るや。」→月が手の中に入るはずがないので、「入るだろうか、いや、入らない」という反語。
- 特定の語句との呼応:
- 「~や(か)は~」の形は、反語であることがほとんどです。
- 「いかで~む」「などか~む」のような疑問詞を伴う場合、文脈によって疑問にも反語にもなります。
- 文脈に「答え」があるか?:
7.3. 「こそ」+已然形:逆接への布石か、理由の強調か
「こそ」は、文中で最も強い強調を表しますが、その結びである已然形は、しばしば文の途中に現れ、後に続く文との関係性が重要になります。
- 逆接(~けれども): これが最も多いパターンです。**「~こそ…已然形、…。」**という形で、已然形で一旦文を区切り、「~ではあるけれども、しかし…」と、後に反対の内容や、予想外の展開が続くことを示します。
- 理由の強調(~からこそ): まれな用法ですが、「已然形」が現代語の「~ので、~から」という確定条件の接続助詞「ば」と同じ働きをすることがあります。文脈上、「~だからこそ、~なのだ」と、理由を強く強調していると解釈するのが自然な場合があります。
7.4. 【実践演習】文脈から係り結びの意味を決定する
- 【演習問題】2022年度 追試 第3問 『出世景清』
- 「わらはが夫にて候へば、御身のためには妹婿、この子は甥にて候はずや。」
- 分析: 「や」で結ばれています。これは、兄に対して「景清はあなたの妹婿であり、この子たちはあなたの甥ではありませんか(そうですよね?)」と、**自明の事実を確認し、同意を求める「疑問」**です。反語ではありません。
- 「たとへば日本に唐をそへて賜るとて、そもや訴人がなるべきか。」
- 分析: 「か」で結ばれています。常識で考えてみましょう。たとえ国を二つもらえるとしても、夫を密告する者になるべきか?→常識的、倫理的に考えて「なるべきではない」。したがって、これは「なるべきだろうか、いや、なるべきではない」という阿古屋の強い意志を示す**「反語」**です。
- 「平家の御代にて候へばこそ、数ならぬ我々を頼みて御入り候ふものを。」
- 分析: 「こそ」があり、文意としては「平家の時代であったからこそ、(頼朝は威勢を誇っていたが、今は落ちぶれて)取るに足りない私たちを頼ってこられるのだ」と、理由を強調しつつ、その後に「それなのに裏切るなどとんでもない」という逆接のニュアンスが含意されています。
- 「わらはが夫にて候へば、御身のためには妹婿、この子は甥にて候はずや。」
係り結びの解釈は、文のトーンやニュアンスを決定づける重要な作業です。特に反語は、筆者や登場人物の強い主張・感情が込められているため、内容解釈問題で直接問われる可能性が非常に高いポイントです。
結論:文法は、古文の世界を照らすサーチライトである
本モジュールで確認した7つの最重要文法事項――「き・けり」の視点、「ぬ・つ」の機能、「る・らる」の識別、「なり」の特定、「なむ」の分解、敬語の機能、そして係り結びの解釈――。これらは、単なる知識の断片ではありません。これらは、あなたを古文の世界の深層へと導く、強力なサーチライトなのです。
これらのライトを自在に操ることで、あなたは、
- 誰の視点から物語が語られているのかを照らし出し、
- 登場人物の隠された意図や感情を照らし出し、
- 省略された主語や人間関係を照らし出し、
- 文と文の間の見えざる論理のつながりを照らし出すことができます。
もはや、古文は暗号の羅列ではありません。それは、文法という鍵によって解き明かされるのを待っている、論理的で豊かな意味の世界です。このModule 1で手に入れた盤石な文法運用能力を土台として、次なるModule 2「設問解体の論理」へと進み、古文を完全なる得点源へと昇華させていきましょう。