【共通テスト 漢文】Module 3: 設問形式別・解法プロセスの定型化

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本モジュールの目標:「知識」を「得点」へ変換する実践的アルゴリズムの確立

Module 1とModule 2を通じて、あなたは漢文という言語を構成する重要な「部品」――句法と語彙――を、その構造と機能に至るまで深く理解しました。あなたは今、個々の文を正確に読み解くための、強力なツールキットを手にしています。

しかし、戦場では、優れた武器を持っているだけでは勝てません。その武器を、敵(設問)の種類に応じて、いかに効率的かつ効果的に使い分けるか、という**「戦闘術」**が不可欠です。本モジュールは、その戦闘術、すなわち、**共通テストで出題される設問形式ごとに、あなたの持つ知識を「得点」へと確実に変換するための、定型化された解法プロセス(アルゴリズム)**を確立することを目的とします。

ここでは、書き下し、語句解釈、傍線部解釈、理由説明、内容合致といった、漢文の主要な設問形式を一つずつ取り上げ、それぞれを攻略するための最も効率的な思考の流れを提示します。

このモジュールをマスターすることで、あなたはもはや、設問を前にして「何から手をつければいいのか」と迷うことはなくなります。設問の形式を見た瞬間に、脳内で最適化された解法アルゴリズムが自動的に起動し、冷静に、迅速に、そして論理的に、正解へと至る道を突き進むことができるようになるのです。


目次

1. 『返り点・書き下し問題の攻略法―基本構造からの高速処理』

書き下しや返り点を問う問題は、本文の深い内容理解をほとんど必要としない、純粋なルール知識が試される領域です。ここは、時間をかけずに満点を確保すべき、絶対的な得点源です。高速かつ正確に処理するためのアルゴリズムを身体に染み込ませましょう。

1.1. 知識の絶対領域:失点は許されないボーナスステージ

このタイプの問題で失点するのは、準備不足以外の何物でもありません。返り点のルールと、主要な句法の書き下しパターンは、反射的にアウトプットできるレベルまで完璧にマスターしておく必要があります。

1.2. 返り点の優先順位(超高速レビュー)

返り点が複数ある場合、読む順序は以下の優先順位に従います。これは絶対的なルールです。

上(中)下点 > 一・二(三)点 > レ点

つまり、まず上(中)下点を探し、その範囲を処理します。その中に一・二点やレ点があれば、それに従います。

1.3. 書き下し問題の高速処理アルゴリズム

  1. 【Step 1】句法の瞬時特定: まず、傍線部全体を俯瞰し、そこに含まれる最重要の句法(Module 1参照)を瞬時に特定します。(例:「未」「不亦~乎」「A不如B」など)
  2. 【Step 2】句法の「型」に従って書き下す: 特定した句法の、定型的な書き下しパターンを適用します。これが文の骨格を決定します。
    • 例:「未」→「いまダ~ず」
    • 例:「A不如B」→「AはBに如かず」
    • 例:「何~乎」→「なんゾ~や」
  3. 【Step 3】基本構造(SVO)と返り点に従う: 句法以外の部分は、漢文の基本構造(主語→述語→目的語)と、返り点のルールに従って、順番に書き下していきます。
  4. 【Step 4】助詞・助動詞(てにをは)を補う: 最後に、文意が自然に通るように、「~は」「~を」「~に」といった助詞や、助動詞の送り仮名を正確に補います。

1.4. 【実践】過去問で処理速度を上げる

  • 【演習問題】2024年度 追試 第4問 問5
    • 原文: 是知竜之為竜
    • 思考プロセス:
      • Step 1(句法特定): 「豈~哉」の反語形
      • Step 2(型適用): 「あニ~や」と読むパターン。文末は連体形+「や」。
      • Step 3(構造): 「是」が主語。「知」が述語。「竜之為竜」が目的語。「竜の竜たるを知る」。
      • Step 4(統合): 「是れ、豈に竜の竜たるを知らや。」→選択肢③「是れ豈に竜の竜たるを知らんや。」と一致。
  • 【演習問題】2022年度 追試 第4問 問4
    • 原文: 野鳥無故数入宮
    • 思考プロセス:
      • Step 1(句法特定): 目立った句法はなし。基本構造の問題。
      • Step 2(構造):
        • S(主語): 野鳥
        • V(動詞): 入
        • O(目的語): 宮
        • 修飾語: 無故(故無くして)、数(しばしば)
      • Step 3(統合・書き下し): 主語→修飾語→目的語→動詞の順で、「野鳥、故無くして数宮に入る」となる。
      • Step 4(選択肢照合): 選択肢③「野鳥故無くして数宮に入る」と一致。

このアルゴリズムを徹底することで、書き下し問題は、思考の負担なく、高速で処理できるボーナス問題へと変わります。


2. 『語句の解釈問題―本文の文脈と注を手がかりにした意味の限定』

単語の意味を問う問題は、単なる知識テストではありません。多くの漢文の漢字は多義的であり、その意味は文脈によって限定されます。辞書的な意味を一つだけ覚えていても、文脈に合わなければそれは誤りです。

2.1. 文脈が意味を決定する

  • 原則: 単語の意味は、それが使われている文脈の中で、最も論理的かつ自然に意味が通るものが正解となります。
  • 戒め: 単語帳の最初に載っている意味(第一義)に、安易に飛びついてはいけません。

2.2. 解法の3ステップ

  1. 【Step 1】辞書的意味の想起(知識): まず、あなたの頭の中にある知識ベースから、その漢字が持つ意味の候補を複数挙げます。(例:「辞」→①ことば、②やめる、③ことわる)
  2. 【Step 2】文脈との照合(論理): 傍線部を含む文の構造(SVO)を把握し、その語がどのような役割を果たしているかを確認します。そして、Step 1で挙げた意味の候補を一つずつ当てはめてみて、文脈と最もスムーズに整合するものを選びます。
  3. 【Step 3】注の絶対的利用(情報): もし、その語句や関連事項についてがあれば、それが最優先のヒントです。注は作問者からの最大の助け舟であり、これを利用しない手はありません。

2.3. 【実践】文脈と注で意味を絞り込む

  • 【演習問題】2025年度 試作 第5問 問1
    • 問題: 「何為」のここでの意味として最も適当なものを選べ。
    • 本文: 君何為軾。
    • 思考プロセス:
      • Step 1(知識): 「何為」には「①何をするか」「②なぜ~か(どうして~か)」という二つの主要な意味がある。
      • Step 2(文脈): この文は、僕(しもべ)が、君主である文侯が賢者・段干木の家の前で敬礼(軾)したという行動に対して、その理由を尋ねている場面である。したがって、「何をするのですか」という行動そのものを問うているのではなく、「なぜ敬礼をするのですか」と理由を問うていると解釈するのが最も自然である。
      • Step 3(結論): したがって、②「どのような理由で」が正解となる。
  • 【演習問題】2021年度 追試 第4問 問1
    • 問題: 「晩乃善」の解釈として最も適当なものを選べ。
    • 本文: 羲之之書、晩乃善
    • 思考プロセス:
      • Step 1(知識): 「晩」=おそい、晩年。「乃」=そこで、すなわち。「善」=よい、うまい。
      • Step 2(文脈): この文は、「羲之之書、非天成也。(王羲之の書は、天性のものではない)」という文に続く。つまり、生まれつき上手かったわけではない、という文脈。この文脈に合うように「晩乃善」を解釈すると、「若い頃はそうでもなかったが、晩年になって、そこで初めて上手くなった」という意味合いになる。
      • Step 3(結論): 選択肢の中で、この「晩年になって大成した」というニュアンスを最もよく表している②「年を取ってからこそが素晴らしい」が正解となる。

3. 『傍線部解釈問題の分解―句法と語彙からの直訳と意訳の統合』

傍線部全体の解釈を問う問題は、漢文読解の総合力が試される設問です。このタイプの問題を攻略する鍵は、いきなり意訳しようとせず、まず句法と語彙に基づいて機械的に「直訳」し、その直訳を文脈に合わせて自然な日本語(意訳)に整えるという、2段階の思考プロセスを踏むことです。

3.1. 直訳→意訳の2ステップ思考

  1. 直訳フェーズ(客観的分析):
    • 傍線部を文法的に分解し、一つ一つの漢字の意味と句法のルールに従って、できるだけ忠実に日本語に置き換える作業。ここでは、まだ自然な日本語にする必要はありません。
  2. 意訳フェーズ(文脈的再構成):
    • 直訳で得られた骨格に、文脈の情報を加えて肉付けし、設問の要求に合った、自然で分かりやすい日本語(選択肢)に整える作業。

3.2. 分解と再構築の技術

  1. 【Step 1】構造分解(骨格の特定): 傍線部をSVO+修飾語に分解し、そこに含まれる句法(否定、反語、比較、使役、受身など)を全て特定します。
  2. 【Step 2】パーツごとの直訳(語彙の適用): 各漢字・語句の意味を、Module 2で学んだ方法で決定し、直訳します。
  3. 【Step 3】構造に沿った再構築(直訳の作成): Step 1で特定した構造(骨格)に、Step 2のパーツをはめ込み、全体の直訳文を作成します。「AはBにCをDせしむ」といった形です。
  4. 【Step 4】文脈に合わせた意訳(選択肢との照合): Step 3で作成した直訳が、傍線部前後の文脈の中でどのような意味合いを持つのかを考え、選択肢の中から最もニュアンスの近い意訳を選びます。

3.3. 【実践】解釈プロセス実況

  • 【演習問題】2024年度 追試 第4問 問4
    • 傍線部: 耳目心志之所及者、其能幾何
    • 思考プロセス:
      • Step 1(構造分解):
        • 前半「耳目心志之所及者」: 関係代名詞のような働きをする「所」を含む句。「~するもの」と訳す。これが文全体の主語。
        • 後半「其能幾何」: 「其の能(能力)は幾何(どれほどか)」。述部。反語のニュアンスを含む可能性が高い。
      • Step 2(パーツ直訳): 「耳目」=見聞き、「心志」=心・考え、「及」=およぶ、「能」=能力、「幾何」=どれほどか。
      • Step 3(直訳作成): 「(君主一人の)見聞きし、心で考えることの及ぶところのものは、その能力はどれほどのものであろうか。」
      • Step 4(意訳・選択肢照合): この直訳は、明らかに「君主一人の能力には限界がある」ということを言いたい反語表現です。このニュアンスを最も正確に反映している選択肢①「君主の見聞や思慮が及ぶ範囲は決して広くない。」が正解となります。

4. 『理由説明問題の論理的解法―本文中の因果関係の特定』

理由説明問題は、現代文や古文と同様、「A(原因・理由)故(ゆゑニ)B(結果)」という、本文中の因果関係を正確に特定する能力を問います。漢文では、理由を示すマーカーが比較的明確であるため、それを手がかりに論理の鎖をたどることが攻略の鍵です。

4.1. 「A故B」の構造を探せ

  • B(結果): 傍線部で示されている事象。
  • A(原因): その事象を引き起こした、本文中の理由。あなたの仕事は、このAを探し出すことです。

4.2. 理由を示すシグナル(論理マーカー)

  • 明確なマーカー:
    • 「故(ゆゑニ)」
    • 「是以(ここヲもっテ)」
    • 「以(~を以て)」(理由を表す用法)
  • 文脈上の因果:
    • 出来事の発生順序(Aが起こり、次にBが起こる)。
    • 登場人物のセリフの中での説明(「なぜなら~だからだ」と述べている箇所)。

4.3. 【実践】因果の鎖をたどる

  • 【演習問題】2025年度 試作 第4問 問4
    • 問い: 司馬庾が段干木を「賢者」と言っているのはなぜか。
    • 思考プロセス:
      • B(結果): 段干木は「賢者」である。
      • A(理由)を探す:
        • 司馬庾の発言に先行する部分、すなわち文侯が段干木を評価している部分に理由が述べられています。
        • 根拠箇所: 「段干木不趨勢利、懐君子之道、隠処窮巷、声聞千里。」(段干木は勢いや利益に走らず、君子の道を心に抱き、わびしい路地裏に隠れ住んでいるが、その評判は千里にまで聞こえている。)
        • 結論: 段干木が「賢者」である理由は、**「権力や利益を追い求めず、高い道徳を心に抱いて清貧な生活を送っている」**からである。この内容を最も正確に反映した選択肢②が正解となります。
        • 注意: 「其君礼之(その君、之を礼す)」は、段干木が賢者であることの結果(賢者だから礼遇される)あるいは状況説明であり、賢者である理由そのものではありません。この因果関係の取り違えを誘うのが、作問者の常套手段です。

5. 『内容合致問題の選択肢吟味―正答・誤答の判定基準』

内容合致問題は、文章全体の理解度を問う総合問題です。Module 2(古文)で学んだ吟味法と重なりますが、漢文特有の誤答パターンに注意することで、より高い精度で正解を導き出せます。

5.1. 漢文版・誤答選択肢の類型

  1. 【句法の解釈ミス】: 反語を疑問と取り違える、比較の優劣を逆にする、使役を受身と誤解するなど、句法の根本的な解釈を誤っている。
  2. 【主語・客体のすり替え】: Aの行動や発言をBのものとして記述する。漢文は主語が省略されやすいため、特に注意が必要。
  3. 【語彙の誤訳】: 多義語の意味を、文脈に合わない方で解釈している。
  4. 【言い過ぎ・限定しすぎ】: 本文の記述の範囲や程度を、不当に拡大・縮小している。
  5. 【本文に記述なし】: 選択肢の内容が、本文のどこにも書かれていない。

5.2. 【実践】総合的吟味プロセス

  • 【演習問題】2022年度追試 第4問 問6(筆者の褚遂良に対する論評を問う問題)
    • 問い: 筆者は褚遂良をどのように論評しているか。
    • 本文の趣旨: 筆者は褚遂良を「非忠臣也(忠臣に非ず)」と断じ、その理由を「捨鼎耳而取陳宝(鼎耳を捨てて陳宝を取る)」、すなわち「君主を諫めるべき(鼎耳の故事)機会に、君主におもねる(陳宝の故事)ことを選んだ」からだと述べている。
    この趣旨に基づき、選択肢を吟味します。
    • 選択肢①: 「褚遂良は、事件をめでたい知らせだと解釈して太宗の機嫌を取ったが、忠臣ならば、たとえ主君が不機嫌になるとしても、厳しく忠告して主君をより良い方向へと導くべきだったから。」
      • 検証: 「機嫌を取った」=「陳宝を取る」。「忠告すべきだった」=「鼎耳を捨てるべきではなかった」。筆者の主張と完全に合致しています。→○(正解)
    • 選択肢②: 「褚遂良は、(中略)太宗の気を引き締めたが、」
      • 検証: 本文では、褚遂良は太宗におもねっており、「気を引き締め」てはいません。明確に矛盾。【本文との矛盾】×
    • 選択肢③: 「褚遂良は、(中略)太宗を安心させたが、」
      • 検証: 安心させたのは事実かもしれませんが、筆者の論評の核心は「諫めるべきだったのに、おもねった」という批判です。単に「安心させた」というだけでは、筆者の批判的なニュアンスが欠落しています。【説明不足】×

結論:設問形式は、思考の「型」である

本モジュールで詳述した、設問形式ごとの解法プロセスは、あなたが未知の問題に遭遇したときに、思考の迷路に迷い込まないための、信頼できる**「型(テンプレート)」**です。

  • 書き下し問題が出たら、**「句法特定→型適用」**の型。
  • 語句解釈が出たら、**「知識想起→文脈照合」**の型。
  • 傍線部解釈が出たら、**「分解→直訳→意訳」**の型。
  • 理由説明が出たら、**「A故Bの構造探索」**の型。
  • 内容合致が出たら、**「誤答類型との照合」**の型。

どのような問題が出ても、この思考の「型」に当てはめて、冷静に、機械的に処理していく。その訓練を重ねることで、あなたの解答プロセスは洗練され、速度と精度は飛躍的に向上します。

この確固たる解法プロセスを土台として、次なる**Module 4「対比構造と主題の把握戦略」**では、より大局的な視点から、文章全体の構造と筆者のメッセージを読み解く戦略へと進んでいきます。

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