【共通テスト 現代文】Module 2: 選択肢吟味の精密照合法─誤答の生成原理と正答の構成要件

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本モジュールの目標:感覚的な「正しさ」から論理的な「証明」へ

Module 1では、設問を解体し、本文読解の戦略的な初期設定を行う技術を習得しました。あなたは今、本文という広大なフィールドのどこに「宝(解答の根拠)」が埋まっているか、その地図を手にしています。

しかし、本当の戦いはここからです。共通テスト現代文の核心的な難しさは、巧妙に作られた選択肢の迷宮にあります。一見するとどれも正しく見え、あるいはどれも微妙に違うように感じられる。この迷宮を突破するために必要なのは、曖昧な「なんとなくこちらが正しい気がする」という感覚ではありません。求められるのは、正解がなぜ正解であり、誤答がなぜ誤答であるのかを、本文の記述を根拠に一分の隙もなく論理的に「証明」する技術です。

本モジュールは、この「選択肢吟味」を、感覚的な作業から科学的な分析へと昇華させることを目的とします。そのために、私たちは二つの側面からアプローチします。

  1. 正解選択肢の構成要件の理解: 正解となる選択肢が、どのような論理的条件を満たしているのかを徹底的に分析します。
  2. 誤答選択肢の生成原理の解明: 作問者が受験生を惑わすために、どのようなパターンで誤答選択肢を作成するのか。その「罠」の構造を体系的に学習します。

このモジュールをマスターしたあなたは、もはや選択肢の前で無力に迷うことはなくなるでしょう。作問者の思考を先読みし、一つ一つの選択肢を精密なメスで解剖するように吟味し、確固たる自信を持って正解を撃ち抜くことができるようになります。それは、現代文の得点を運任せではなく、実力で安定させるための、決定的な一歩となるのです。


目次

2. 正解選択肢の構成要件―本文記述との同値関係の証明

選択肢吟味の出発点は、まず「正解とは何か」を定義することです。共通テスト現代文における正解選択肢は、ただ一つ、絶対的な条件を満たさなければなりません。それは、**「本文中の解答根拠となる記述と、論理的に等価(同値)である」**ということです。

「正しいっぽい」「間違ってはいない」では不十分です。正解選択肢は、表現こそ違えど、本文の根拠と意味内容が完全に一致していなければなりません。この「論理的同値関係」を証明する作業こそが、選択肢吟味の本質なのです。

2.1. 正解の絶対条件:「言い換え(パラフレーズ)」の三類型

本文の記述と選択肢が同値関係にあることを示す最も典型的な形が**「言い換え(パラフレーズ)」**です。作問者は、受験生が単に本文の単語やフレーズを字面だけで照合しているのではなく、その意味内容を正確に理解しているかを試すために、巧みに表現を言い換えてきます。この言い換えには、主に三つの類型が存在します。

  • 類型①:抽象⇔具体 の言い換え
    • 本文(具体)→ 選択肢(抽象): 本文で挙げられている具体的な事例や事象を、選択肢ではより一般的・抽象的な概念でまとめるパターン。
      • 例:本文「犬や猫、鳥といった動物」 → 選択肢「ペット、あるいは生物」
    • 本文(抽象)→ 選択肢(具体): 本文の抽象的な主張や概念を、選択肢では本文中の具体例を用いて分かりやすく説明するパターン。
      • 例:本文「近代的な個人主義の弊害」 → 選択肢「他者との連帯を失い、孤立していく現代人の問題」
  • 類型②:語句の置換による言い換え
    • 本文中の語句を、同義語・類義語、あるいは文脈上同じ意味を指す別の言葉に置き換えるパターン。単純な語彙力だけでなく、文脈における語の意味を正確に捉える能力が問われます。
      • 例:本文「近代化の過程で変容した」 → 選択肢「近代化に伴って変化した」
      • 例:本文「その考え方は、彼にとって拠り所となるものであった」 → 選択肢「その思想は、彼の精神的な支えであった」
  • 類型③:構文・表現の転換による言い換え
    • 語句や内容はそのままに、文の構造(構文)や表現方法を変えることで、見た目の印象を変化させるパターン。
      • 例:本文「AはBを引き起こした」 → 選択肢「BはAによってもたらされた」(能動態 ⇔ 受動態)
      • 例:本文「彼は、それが虚偽であることを知っていた」 → 選択肢「彼は、それが真実ではないと認識していた」(肯定表現 ⇔ 二重否定)

正解選択肢は、これらの言い換え技術を駆使して、本文の根拠と寸分たがわぬ意味内容を、異なる装いで表現しているのです。

2.2. 【実践】同値関係の証明プロセス

では、実際の入試問題で、正解選択肢と本文の間に横たわる「同値関係」を証明するプロセスを見ていきましょう。

  • 【演習問題】2023年度 共通テスト 第1問 問2
    • 傍線部A: 「子規は季節や日々の移り変わりを楽しむことができた」
    • 問い: それはどういうことか。(内容・言い換え説明型)
    • 正解選択肢: ③「病気で寝返りも満足に打てなかった子規にとって、ガラス障子を通して多様な景色を見ることが生を実感する契機となっていたということ。」
    この選択肢③が、なぜ正解なのかを「証明」します。選択肢を構成要素に分解し、それぞれが本文のどの記述と「同値」であるかをマッピングしていきます。
選択肢③の構成要素対応する本文の記述(解答根拠)言い換えの類型
病気で寝返りも満足に打てなかった子規にとって「寝返りさえ自らままならなかった子規にとっては」(1段落)
「ほとんど寝たきりで身体を動かすことができなくなり」(1段落)
語句の置換
(ほぼ同一表現)
ガラス障子を通して「ガラス障子のむこうに見える庭の植物や空を見ることが慰めだった」(1段落)語句の置換
多様な景色を見ること「庭の植物に季節の移ろいを見ことができ、青空や雨をながめることができるようになった」(1段落)具体→抽象
(「植物」「空」「雨」などを「多様な景色」と抽象化)
が生を実感する契機となっていたということ。「視覚こそが子規の自身の存在を確認する感覚だった」(1段落)
「彼の書斎(病室)は、(中略)『見ることのできる装置(室内)』あるいは『見るための装置(室内)』へと変容したのである。」(1段落)
構文の転換
(本文の客観的説明を選択肢では子規の体験として記述)
語句の置換
(「存在を確認する」を「生を実感する」へ)

このように、正解選択肢の全ての構成要素は、本文中の記述に必ず対応し、論理的な同値関係を結んでいます。この「証明作業」を頭の中で瞬時に行えるようになることが、選択肢吟味の第一歩です。逆に、選択肢の中に一つでも本文と対応しない、あるいは矛盾する要素があれば、その選択肢は誤りであると証明されたことになります。


3. 誤答選択肢の類型分析─作問者の「罠」の構造学

正解の構成要件を理解したならば、次はその裏面、すなわち「誤答」がどのように作られるのか、その生成原理を解明します。誤答選択肢は、決してランダムに作られているわけではありません。作問者は、受験生が陥りやすい思考の落とし穴を熟知しており、そこを突くように巧妙な「罠」を仕掛けてきます。この罠のパターンを体系的に学ぶことで、あなたは敵の攻撃を予測し、冷静に見切ることができるようになります。

3.1. 誤答選択肢の生成原理:「本物っぽさ」の演出

誤答選択肢の最大の特徴は、**「本物っぽさ」**にあります。これは、本文で使われているキーワードやフレーズを巧みに流用することで生まれます。受験生が単語レベルの表面的な照合に頼っている場合、この罠に簡単にかかってしまいます。誤答は、以下の要素を組み合わせることで、正解に近い外見を纏います。

  • 本文の単語・フレーズの借用: 受験生に「これは本文に書いてあった」と錯覚させる。
  • 論理関係の微妙なズレ: 本文の単語を使いつつ、その関係性(因果、対比、程度など)を意図的に歪める。
  • 一般常識との合致: 本文の内容とは無関係に、一般論として正しそうなことを述べ、受験生を油断させる。

これらの原理に基づいて生成される誤答選択肢を、その「誤りの種類」によって類型化し、分析していきます。

3.2. 類型Ⅰ:範囲・程度のズレ

この類型は、本文の記述の適用範囲強調の度合いを、意図的に拡大したり、逆に過度に狭めたりするものです。

  • ①「過度の一般化」
    • 手口: 本文では特定の条件下や、一部の事例について述べられていることを、あたかも常に、あるいは全体に当てはまるかのように記述する罠。
    • シグナル: 選択肢中の**「すべて」「常に」「あらゆる」「~は皆」**といった全称的な表現や、限定が外された表現に注意。
    • 【具体例】2023年度 追試 第1問 問2
      • 本文: 「歴史家たちの意識は『自分の不在』という意識と結びついている。」(3段落)
      • 誤答選択肢(例): 「すべての人間は、『自分の不在』という意識に基づいて歴史を理解する。」
      • 分析: 本文はあくまで「歴史家たち」に限定して述べているのに対し、選択肢はそれを「すべての人間」へと不当に一般化しています。これが「過度の一般化」の典型例です。
  • ②「具体例へのすり替え(限定の過度化)」
    • 手口: 筆者が抽象的な主張を補強するために挙げた具体例の一つを、あたかもそれが主張の全てであるかのように記述する罠。主張の射程を不当に狭める誤りです。
    • シグナル: 本文の抽象的な主張に対して、選択肢が特定の具体例のみに言及している場合に疑う。
    • 【具体例】2022年度 評論 第1問 問3
      • 本文: 声が身体から切り離される電気的メディアの例として、「電話」「レコード」「テープ」「CD」を挙げ、その中で「電話中毒」の大学生や無言電話の事例に触れている。
      • 誤答選択肢(例): 「電気的メディアによって声が身体から切り離されるとは、電話において主体性が声の側に投射されるということである。」
      • 分析: 本文は電気的メディア全般について論じているにもかかわらず、この選択肢は「電話」という一例にのみ話を限定してしまっています。これは「具体例へのすり替え」です。

3.3. 類型Ⅱ:論理関係の歪曲

この類型は、本文の要素は使いながらも、それらの論理的なつながりを捻じ曲げる、非常に巧妙な罠です。

  • ①「因果・目的の逆転」
    • 手口: 本文では「A(原因)だからB(結果)」と述べられているのを、選択肢で「BだからA」と入れ替える。あるいは、「A(目的)のためにB(手段)をする」のを「BのためにAをする」と逆転させる。
    • シグナル: 理由説明問題(なぜか)や目的を問う問題で頻出。選択肢が原因と結果を取り違えていないか、常に警戒する。
    • 【具体例】2022年度 追試 第2問 問5
      • 本文: 男が河口へ通うのをやめなかったのは、「初めからそれほど期待はしていなかった」から。退職金が尽きかけており、「明日から新しい生活のために都会へ出発することになる」。
      • 誤答選択肢(例): 「男は都会へ出発して新しい生活を始めるために、写真集の企画が頓挫しても河口へ通い続けた。」
      • 分析: 本文では「河口通いはもう終わる(都会へ出発するから)」という文脈です。この選択肢は、都会へ出発するという結果・予定を、河口へ通い続けた目的であるかのように逆転させています。
  • ②「評価の歪曲」
    • 手口: 筆者が肯定的に評価している事柄を否定的に、あるいはその逆に言い換える。または、筆者が単に客観的に記述しているだけの事柄に、選択肢が勝手に**「~は良いことだ」「~は問題だ」**といった評価を加える。
    • シグナル: 選択肢に「~を批判している」「~を称賛している」「~を問題視している」といった評価語が含まれている場合、筆者のスタンスと一致しているか慎重に確認する。
    • 【具体例】2025年度 試作 第2問 問3
      • 本文: 澄香は、仕事や同僚について家族に話すことで、「ひとつひとつの物事を肯定的に納得しながら、進みたいひとなのだ」と「私」は分析している。
      • 誤答選択肢④: 「澄香は、職場での些細な出来事も面白がって話すことによって、今の仕事や置かれている環境に対する不満を取るに足らないものとして納得しようとしている。」
      • 分析: 本文は澄香の行為を「肯定的に納得」するためと肯定的に捉えているのに対し、選択肢は「不満」を解消するためと否定的な動機にすり替えています。これは筆者(語り手)の評価を歪曲する誤りです。

3.4. 類型Ⅲ:情報の捏造

最も悪質で、しかし見抜きにくいのがこの類型です。本文に書かれていない情報を付け加えたり、異なる情報を不正に結合したりします。

  • ①「本文にない情報の附加」
    • 手口: 選択肢の大部分は本文の記述に基づいているが、最後に一言、本文に書かれていない情報や解釈を付け加えることで誤答にする。
    • シグナル: 選択肢を吟味する際、「~という点も重要だ」「~という結果になった」といった附加部分が、本当に本文に書かれているか、最後まで気を抜かずに確認する。
    • 【具体例】2023年度 追試 第2問 問4
      • 本文: 「私」は会社を辞める決心をし、その理由を「一日三円では食えないのです」と述べている。
      • 誤答選択肢(例): 「『私』は、一日三円では食べていけないため会社を辞める決意をしたが、それは戦後の日本社会の構造的な問題であると批判している。」
      • 分析: 「会社を辞める」までは本文通りですが、「社会の構造的な問題を批判している」という部分は、読み手の深読みや一般論であり、本文には一切記述がありません。これが「本文にない情報の附加」です。
  • ②「合成・捏造」
    • 手口: 本文のAという箇所から取った単語と、Bという全く別の箇所から取った単語を、あたかも元からそういう関係であったかのように不正に結合させ、もっともらしい文を作る。
    • シグナル: 一見すると使われている単語は全て本文にあるため、非常に見抜きにくい。各要素間の「関係性」が本文で本当にそのように述べられているかを、厳密に確認する必要がある。
    • 【具体例】2024年度 試作 第1問 問5
      • 本文: 一方で、ハチ公神話は「待つことのリアリティ」の象徴であった。他方で、80年代には待ち合わせは「ファッション性や遊び心」へと転換した。
      • 誤答選択肢(例): 「ハチ公像は、ファッション性や遊び心といった『待つこと』のリアリティを象徴するものであった。」
      • 分析: 「ファッション性や遊び心」と「待つことのリアリティ」は、それぞれ本文中の異なる時代・文脈で語られている概念です。この選択肢は、それらを不正に結合させ、全く新しい意味内容を「捏造」しています。

これらの誤答類型を頭に叩き込むことで、あなたは選択肢をただ眺めるのではなく、「これは過度の一般化ではないか?」「因果関係が逆ではないか?」といった批判的な視点で吟味できるようになります。


4. 『消去法の論理的実践―本文の根拠を用いた積極的選択肢排除』

誤答のパターンを学んだ今、いよいよ選択肢を「消去」する段階に入ります。しかし、多くの受験生が実践している「なんとなく違うから消す」という曖 જય消去法は、得点を安定させません。真の消去法とは、「この選択肢は、本文のこの記述と明確に矛盾する。ゆえに、絶対に正解ではあり得ない」と、誤りであることを論理的に証明し、確信をもって選択肢を排除する、極めて積極的な知的作業です。

4.1. 消去法は「逃げ」ではない、積極的な「証明」である

  • 感覚的消去法(誤り):
    • 「なんとなくしっくりこない」
    • 「ちょっと言い過ぎな気がする」
    • 「本文の雰囲気と違う」
    • → 結果: 根拠が曖昧なため、後で見直したときに迷いが生じる。なぜ消したのか説明できない。
  • 論理的消去法(正しい):
    • 「この選択肢の『すべて』という表現は、本文の『一部の』という記述と矛盾する」
    • 「この選択肢は原因と結果を逆にしている」
    • 「この選択肢の後半部分は、本文に一切書かれていない」
    • → 結果: 明確な根拠をもって排除しているため、迷いが生じない。解答に自信が持てる。

あなたの目標は、全ての誤答選択肢に対して、その「誤りである証明」を突きつけることです。

4.2. 誤答を撃ち抜く「一点突破」法

多くの場合、誤答選択肢は、その文全体が完全にデタラメなのではなく、一部に決定的な誤りを含んでいます。その「一点の矛盾」を発見し、そこを突破口として選択肢全体を排除する。これが「一点突破」法です。

  • 疑いの目を向けるべきポイント:
    • 断定・限定・強調表現:
      • 「~だけ」「~のみ」「~しか~ない」: 本当にそれ以外はないのか?
      • 「すべて」「常に」「必ず」「決して~ない」: 例外はないのか?
      • 「最も」「一番」: 比較対象の中で、本当にそれが最高位なのか?
      • これらの表現は、主張を強くする一方で、反証が容易になるため、誤答のポイントにされやすいのです。
    • 比較・対比表現:
      • 「AよりBが~だ」: 大小、優劣の関係は本当に本文でそう述べられているか?
      • 「AではなくBだ」: Aを否定し、Bを肯定する論理は本文にあるか?
    • 因果関係を示す表現:
      • 「Aのために」「Bによって」: その因果関係は本文の記述と一致しているか?逆になっていないか?

選択肢を読む際には、漫然と読むのではなく、これらの「疑わしいポイント」に自動的にセンサーが働くように訓練してください。

4.3. 【実践演習】誤答排除のプロセス実況

  • 【演習問題】2023年度 追試 第1問 問4
    • 傍線部C: 「『健全な歴史家意識』ともいうべき姿勢」
    • 問い: それはどのような姿勢か。
    • 本文の根拠: ドロイゼンの言葉として「記述をする者は、シーザーやフリードリヒ大王のように、特に高いところにいて出来事の中心から見たり聞いたりしたわけではない」という意識、とある。つまり、「歴史の当事者ではない」という立ち位置の自覚が核となる。
    この根拠を基に、選択肢を一つずつ「論理的に」排除していきます。
    • 選択肢②: 「出来事を自己の体験に基づいて捉えるのではなく、断片的な事実だけを組み合わせて、知りうることの総体を歴史として確定させようとする姿勢。」
      • 一点突破ポイント: 「断片的な事実だけを組み合わせて」という部分。本文では、歴史家が史料研究を行うことは示唆されていますが、「断片的な事実だけ」に限定する記述はありません。むしろ、解釈学的な理解を目指す姿勢が示唆されており、単なる事実の組み合わせとは異なります。【情報の限定・歪曲】 → ×
    • 選択肢③: 「出来事を権力の中枢から捉えるのではなく、歴史哲学への懐疑をたえず意識しながら、市民の代理として歴史を解釈しようとする姿勢。」
      • 一点突破ポイント: 「市民の代理として」という部分。本文に、歴史家が「市民の代理」であるという記述は一切ありません。これは読み手の勝手な解釈の附加です。【本文にない情報の附加】 → ×
    • 選択肢④: 「出来事を専門的な知識に基づいて捉えるのではなく、自分も歴史の一部として、実際に生きた人々の体験のみを記述しようとする姿勢。」
      • 一点突破ポイント: 「自分も歴史の一部として」という部分。これは、本文で述べられている歴史家の姿勢「自分は当事者ではない(自分の不在)」と明確に矛盾します。【本文との直接的矛盾】 → ×
    • 選択肢⑤: 「出来事を個人の記憶に基づいて捉えるのではなく、現在の視点から整理された史料に基づいて、客観的に記述された歴史だけを観察しようとする姿勢。」
      • 一点突破ポイント: 「客観的に記述された歴史だけを観察しようとする姿勢」。歴史家は、客観的に記述された歴史(二次史料)をただ観察するだけでなく、自ら史料を研究し、解釈し、再構成する存在です。この選択肢は歴史家の役割を不当に狭めています。【役割の矮小化】 → ×
    • 正解選択肢①: 「出来事を当事者の立場から捉えるのではなく、対象との間に距離を保ちながら、史料に基づいた解釈のみによって歴史を認識しようとする姿勢。」
      • 証明: 「当事者の立場から捉えるのではなく」=本文「出来事の中心から見たり聞いたりしたわけではない」。「対象との間に距離を保ちながら」=本文「体験されなかったし、もはや体験もされない」という外の視点。「史料に基づいた解釈」=本文「史料研究の重要さ」や「解釈学」。すべての要素が本文の記述と同値関係にあります。

このように、一つ一つの選択肢を、明確な根拠をもって「切る」作業を繰り返すことで、正解だけが必然的に浮かび上がってくるのです。


5. 『比較検討による最終判断―残った選択肢間の優劣を判定する最終技術』

消去法を駆使しても、なお2つの選択肢が残ってしまう。これは、受験生が最も苦しむ局面であり、ここで正答を選び切れるかどうかが、得点を大きく左右します。しかし、この「2択で迷う」という状況もまた、作問者によって意図的に設計されたものです。なぜ迷うのか、その構造を理解し、優劣を判定するための客観的な基準を持つことで、最後の壁を乗り越えることができます。

5.1. 最終決戦:なぜ2択で迷うのか

最後に残る2つの選択肢(仮にX、Yとします)は、多くの場合、以下のような構造を持っています。

  • 構造A: Xは核心部分は正しいが細部が誤っている。Yは細部は正しいが核心部分がズレている。
  • 構造B: Xは抽象的には正しい(本文の趣旨と合致する)。Yはより具体的に傍線部と対応している。
  • 構造C: Xは本文の要素Aを正しく説明している。Yは本文の要素Bを正しく説明しているが、設問が問うているのはAである。
  • 構造D: Xは本文の記述の言い換え。Yは本文の記述から一歩進んだ解釈・推論

これらの選択肢は、どちらも「部分的に正しい」ため、感覚で選ぼうとすると迷宮入りします。必要なのは、両者を並べて比較し、その「違い」を明確にした上で、設問の要求と本文の根拠に照らして優劣を判定する、冷静な分析眼です。

5.2. 優劣判定の3つのクライテリア(判断基準)

迷いを断ち切るための客観的な判断基準として、以下の3つを常に意識してください。

  • クライテリア①:傍線部との「直接性」
    • 問い: どちらの選択肢が、より直接的に傍線部そのものを説明しているか?
    • 解説: 特に内容・言い換え説明型(どういうことか)や理由説明型(なぜか)において、最後まで残った選択肢の一方は、本文の趣旨としては正しくても、傍線部から少し離れた内容に言及していることがあります。もう一方が、より傍朝部の直近の文脈と密接に関連している場合、後者が正解である可能性が高いです。常に「問われているのは何か?」という原点に立ち返ってください。
  • クライテリア②:説明の「過不足」
    • 問い: どちらかの選択肢に、**説明が足りない部分(要素の欠落)**や、**説明しすぎている部分(情報の附加)**はないか?
    • 解説: 正解選択肢は、解答の根拠となる本文の要素を、過不足なく含んでいる必要があります。一方の選択肢が、重要な要素を見落としていたり、逆に本文にない余計な情報を付け加えていたりする場合、それは誤答となります。二つの選択肢を比較し、含まれている情報の範囲が、本文の根拠と最も一致しているものを選びます。
  • クライテリア③:抽象度の「一致」
    • 問い: 本文の根拠となる記述の抽象度と、選択肢の抽象度が最も近いのはどちらか?
    • 解説: 本文が非常に具体的な事例を述べているのに、選択肢が極端に一般化・抽象化している場合、それは「過度の一般化」の罠である可能性があります。逆に、本文が抽象的な概念を述べているのに、選択肢が些末な具体例に終始している場合も同様です。本文の記述レベルと最もフィットする選択肢が、より優れた選択肢です。

5.3. 【極意】迷ったら「設問と傍線部」に立ち返れ

この3つのクライテリアを駆使してもなお迷う場合、最も有効なのは、選択肢同士を比較するのを一旦やめることです。そして、もう一度、設問文と傍線部、そして本文の根拠箇所を、先入観なく読み直すのです。

迷っているとき、あなたの思考は選択肢の文言に縛られています。その呪縛を解き、**「そもそも、何が問われていたのか?」「本文は、ここで何と述べていたのか?」**という原点に立ち返ることで、両者の違いがどこにあり、どちらが設問の要求により忠実であるかが、クリアに見えてくることがあります。これは、思考のリセットボタンを押す、極めて重要な最終技術です。


6. 結論:選択肢吟味とは「作問者との論理的対話」である

本モジュールを通して、あなたは正解選択肢が持つべき「同値関係」という絶対条件と、誤答選択肢が生成される「5つの罠(過度の一般化、具体例へのすり替え、因果の逆転、評価の歪曲、情報の捏造)」を体系的に学びました。

もはや、選択肢の吟味は、あなたにとって五里霧中をさまようような不安な作業ではありません。それは、作問者がどのような意図で選択肢を構成し、どのような論理のズレを仕掛けてきたのかを冷静に分析し、論理の刃で誤りを一つずつ切り捨てていく、スリリングな知的ゲームです。それは、**作問者との「論理的対話」**に他なりません。

この対話に勝利するためには、

  1. 正解の条件を知り(同値関係)、
  2. 敵の攻撃パターンを知り(誤答類型)、
  3. 確実な防御・排除の技術を身につけ(論理的消去法)、
  4. 最後の局面で冷静な判断基準を持つ(比較検討)ことが不可欠です。

Module 1で獲得した「設問解体力」という土台の上に、本モジュールで学んだ「選択肢吟味の精密照合法」を確立することで、あなたの現代文の解答能力は飛躍的に向上し、得点は安定軌道に乗るでしょう。

次なる**Module 3「評論(論理的文章)の構造的速読戦略」**では、この選択肢吟味を支える、より根本的な「読解力」そのものを、科学的なアプローチで強化していきます。盤石な守備(選択肢吟味)を手に入れたあなたが、次に目指すのは、圧倒的な攻撃力(速読解力)の獲得です。

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