【明治 全学部 古文】Module 2: 精密読解術の確立 – 文脈と構造の多角的分析

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本モジュールの目的と概要

Module 1では、古典文法という名の「OS」をあなたの思考にインストールした。しかし、高性能なOSも、それを使いこなすアプリケーションがなければ宝の持ち腐れである。本Module 2では、そのOSをフル活用し、古文の文章を立体的かつ動的に読解するための、具体的な「アプリケーション」、すなわち精密読解術を確立する。

古文の文章は、主語が頻繁に省略され、論理関係が暗示的に示され、会話文の境界さえ曖昧である。これらの特徴は、多くの受験生を混乱の渦に陥れる。しかし、それは裏を返せば、これらの「不親切」に見える部分を正確に読み解く技術こそが、他の受験生と圧倒的な差をつける決定的な武器になることを意味する。本モジュールでは、**「主語特定」「論理追跡」「因果関係」「会話文分析」**という4つの核心技術を習得し、断片的な単語の理解から、文脈と構造を支配する高次元の読解力へとあなたを導く。

目次

1. 『主語特定のための思考プロセス:省略された文の主体を復元する技術』

1.1. なぜ主語は省略されるのか?―古文の「当たり前」を理解する

  • 「言わなくてもわかる」という文化
    • 現代文以上に、古文の世界は「高文脈(ハイコンテクスト)」な文化である。書き手と読み手の間に、共通の常識や価値観、そして直前の文脈という暗黙の了解が存在するため、「わざわざ書かなくても主語はわかるはずだ」という前提で文章が書かれている。
  • 主語の省略が引き起こす悲劇
    • 受験生にとって、この「省略」は読解を妨げる最大の障壁となる。主語を取り違えた瞬間、その文の意味は反転し、登場人物の人間関係や物語の展開は完全に誤った方向に解釈されてしまう。主語の特定は、古文読解における最優先かつ最重要の課題なのである。

1.2. 主語特定のための4段階探索アルゴリズム

闇雲に主語を探しても、時間と労力を浪費するだけだ。以下の4段階の探索アルゴリズムに従い、思考をシステム化せよ。

1.2.1. 第1段階:直前からの継続・文脈の維持

  • 原則: 古文では、明確な理由がない限り、主語は変わらない
  • 思考プロセス: まず、傍線部の前の文の主語は誰だったかを確認する。そして、「もし主語が同じだと仮定した場合、文意は自然につながるか?」を検討する。多くの場合、これで主語は特定できる。これが最も基本的な思考の型である。

1.2.2. 第2段階:格助詞「は・が・の」による明示

  • 原則: 主語が変わる場合、筆者はしばしば格助詞を用いて新たな主語を明示する。
  • 思考プロセス: 第1段階で主語が特定できない、あるいは文意が不自然になる場合、傍線部を含む文、あるいはその直前の文に**「~は」「~が」、あるいは主格を表す「~の」**がないかを探す。これらがあれば、それが新たな主語である可能性が極めて高い。

1.2.3. 第3段階:敬語のベクトルによる断定

  • 原則: 敬語は、主語の身分を特定するための最も強力なヒントである。
  • 思考プロセス:
    • 尊敬語(給ふ、おはす等)が使われていれば、その動作の主語は高貴な人物(帝、后、大臣など)である。
    • 謙譲語(申す、聞こゆ、奉る等)が使われていれば、その動作の主語は身分の低い人物で、かつその動作の受け手(目的語)が高貴な人物である。
    • **丁寧語(侍り、候ふ)**が使われていれば、それは会話文あるいは手紙文であり、話者が聞き手に対して敬意を払っていることを示す。
  • 実践例(2019年度『うつほ物語』): 帝が尚侍の姿を見ようとする場面。「上、『いかで、この尚侍御覧ぜむ』と思すに、…」という文では、「御覧ず(ご覧になる)」「思す(お思いになる)」という尊敬語が使われているため、主語は紛れもなく「上(帝)」であると断定できる。

1.2.4. 第4段階:動作・心情の蓋然性による推定

  • 原則: 文法的なヒントがない場合、文脈から「この動作をする(この感情を抱く)のは、登場人物のうち誰が最も自然か」を考える。
  • 思考プロセス: 物語の登場人物の性格、置かれた状況、直前の行動などを総合的に判断し、最も蓋然性(ありえそうか)の高い人物を主語として仮定する。この段階はあくまで最終手段だが、物語への深い没入が正確な判断を助ける。

1.3. 実践シミュレーション:主語の連鎖を追う

  • 実際の文章では、これらのアルゴリズムを瞬時に、かつ連続的に適用していく必要がある。
  • 例(2011年度『伊曽保物語』):「ある商人、…銀子をおとすによつて、札を立ててこれをもとむ。」の主語は「商人」。次の文「ある者これを拾ふ。」では、新たな主語「ある者」が明示されている。さらに次の文「我家に帰り、妻子にかたつていはく」では、主語を示す格助詞がないが、文脈から「銀子を拾った者」が家に帰ったと判断するのが自然である。このように、①継続、②明示、④蓋然性を組み合わせ、主語の連鎖を途切れさせることなく追跡していく。

2. 『指示語・接続詞の追跡:文と文の論理的連関を可視化する』

2.1. 指示語は「文脈のアンカー」である

  • 「これ」「それ」「この」「その」「かかる」といった指示語は、単に前の単語を指すだけではない。前の文全体の内容や、登場人物の特定の行動、あるいはそこで生まれた感情といった、より大きな文脈の塊を指し示す**「アンカー(錨)」**の役割を果たす。
  • 指示語が出てきたら、決して読み流さず、それが具体的に何を指しているのかを言語化する癖をつけること。この作業を怠ると、文と文の論理的なつながりを見失い、読解は必ず破綻する。

2.2. 接続詞・接続助詞が描く「論理の地図」

  • Module 1で学んだ接続助詞(「て」「して」「ば」「ど」「ども」など)は、文と文の関係性を示す「交通標識」である。
  • 順接(原因・理由): 「~て」「~して」「~ば(已然形接続)」→ AなのでB
  • 逆接(対立・譲歩): 「~ど」「~ども」「~に」→ AだけれどもB
  • 単純接続: 「~て」「~して」→ Aして、そしてB
  • これらの接続関係を意識することで、物語の展開を予測しながら読むことができる。例えば、逆接の「ど」があれば、「ここから事態が転換するな」と身構えることができる。

2.3. 読解メモの実践法:論理の可視化

  • 複雑な文章を読む際には、余白に簡単なメモを取ることを推奨する。
    • 指示語が出てきたら、それが指す内容に線を引き、指示語まで矢印(←)を引く。
    • 接続助詞が出てきたら、その横に(原因)(逆接)などと書き込む。
  • このように論理関係を「可視化」する一手間が、難解な文章の構造を瞬時に把握し、設問を解く際の確かな足がかりとなる。

3. 『原因・理由と結果の特定:因果関係から登場人物の行動原理を読む』

3.1. 「行動」の裏にある「動機」を探る

  • 古文の登場人物は、なぜそのように行動したのか。なぜそのような歌を詠んだのか。その答えは、すべて本文中の因果関係の中に示されている。
  • 原因と結果のつながりを正確に特定することは、登場人物の**行動原理や心理(動機)**を理解することに直結する。理由説明問題で高得点を取るためには、この因果関係の特定能力が不可欠である。

3.2. 因果関係の3パターン

古文の物語では、主に以下の3つのパターンで因果関係が示される。

  1. 心情 → 行動:
    • 人物の内面的な感情が、具体的な行動を引き起こす。
    • 例:「いとかなしう、涙のこぼるるをおさへつつ…」(2020年度『発心集』)
    • 分析:とても悲しい**(原因・心情)ので、涙がこぼれるのを抑えながら…(結果・行動)**。
  2. 出来事 → 心情:
    • 外部で起きた出来事が、人物の感情を変化させる。
    • 例:「この歌の心を聞きて、…あはれとぞ思ひける。」
    • 分析:この歌の意味を聞いた(原因・出来事)ので、しみじみと感動した(結果・心情)
  3. 状況 → 判断・行動:
    • 周囲の状況が、人物の判断や行動を規定する。
    • 例:「人しげけれ、なかなかあやしかりぬべし。」(2020年度『発心集』)
    • 分析:人目が多いので(原因・状況)、かえって怪しまれてしまうだろう**(結果・判断)**。

3.3. 理由説明問題への応用

  • 「~なぜか。」と問う理由説明問題は、まさしくこの因果関係の特定能力を試すものである。
  • 傍線部が「結果」であると認識し、その直前を中心に「原因」を探すのがセオリーである。上記の3パターンを念頭に置き、「心情」「出来事」「状況」のいずれが原因となっているかを見極めることで、解答の根拠は格段に探しやすくなる。

4. 『会話文と地の文の境界分析:引用符なき発話内容の確定法』

4.1. 引用符(「」)なき会話文の挑戦

  • 古典の原文には、現代のような厳密な引用符(「」)が存在しない。そのため、どこからどこまでが会話で、どこからが地の文(ナレーション)なのかを見極めることが、読解の大きなハードルとなる。
  • 話者と聞き手を特定し、発言内容を正確に切り出すことができなければ、物語の核心を完全に見失ってしまう。

4.2. 会話の「開始」と「終了」を告げるシグナル

引用符がなくとも、会話の境界を示すシグナルは存在する。これらのサインに敏感になる訓練を積むこと。

  • 会話の開始を告げるシグナル:
    • 「~とて」「~とてこそ」: 「~と言って」。
    • 「~と(のたまふ、申す、問ふなど)」: 動詞「言ふ」や、その敬語表現(のたまふ、申す等)の前に来る「と」は、会話の引用を示す。
    • 呼びかけ: 「これ」「かし」といった呼びかけの言葉。
    • 敬語のベクトルの変化: 地の文から、特定の相手(聞き手)に向けた丁寧語(侍り、候ふ)に切り替わった場合、会話が始まった可能性が高い。
  • 会話の終了を告げるシグナル:
    • 「~とて」「~と(言ふ、のたまふ、思ふなど)」: 会話内容を受け、それを締めくくる「と」と動詞。この「と」の前までが会話内容となる。
    • 内容の急な転換: 発言内容から、登場人物の行動や情景を描写する地の文に切り替わる箇所。

4.3. 実践分析:『伊曽保物語』(2011年度)に見る会話の境界

  • 銀子を拾った者が、落とし主の商人のもとへ行く場面。
    • 「かの主がもとへ行て、そのありやうを語る所に、主俄に欲念おこつて、『わがかねすでに四貫目ありき。…汝はまかり帰れ』といふ。」
    • →「と」と「いふ」に挟まれた部分が、商人の発言内容であると明確にわかる。
    • さらに続く、「かの者愁へていはく、『我正直をあらはすといへども、御辺は無理をのたまふ也。…理非を決断せん』といふ。」
    • → 同様に、「いはく(言うことには)」と「いふ」で発言の範囲が特定できる。
  • このように、引用の助詞「と」、そして**「言ふ」「申す」といった動詞**が、会話文の範囲を確定させるための最も信頼できる目印となる。

本モジュールのまとめ

本Module 2では、文法知識を応用し、古文の文章構造を精密に読み解くための4つの実践的技術を習得した。主語を特定し、文と文の論理関係を追い、登場人物の行動の裏にある因果関係を掴み、そして会話文の内容を正確に切り出す。これらのスキルは、古文の世界を生き生きと、そして論理的に再構築するための羅針盤である。

この読解術を土台として、次のModule 3では、古文の華である**「和歌」の解釈**、そして明治大学合格に不可欠な**「文学史」**の知識へと進む。これまで培ってきた精密な読解力をもって、さらに奥深い古文の世界を探求していこう。

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