【明治 全学部 古文】Module 4: ジャンル別読解プロトコル – 説話・物語・日記文学の攻略
本モジュールの目的と概要
これまでのModuleで、あなたは古文を解読するための文法という「OS」、精密読解術という「アプリケーション」、そして和歌・文学史という「背景知識データベース」を装備した。これにより、いかなる古文の文章に対しても、論理的かつ多角的にアプローチする準備が整った。
本Module 4では、その総合力を、明治大学で頻出する主要な文学ジャンルに特化させていく。古文の世界には、「説話文学」「物語文学」「日記文学」といった、それぞれに固有の「お約束」や「ルール」を持つジャンルが存在する。サッカーと野球で戦術が異なるように、ジャンルごとの特性を理解し、それに合わせた読解戦略(プロトコル)を適用することで、読解の精度と速度は劇的に向上する。
ここでは、各ジャンルの構造的特徴を分析し、明治大学の過去問を題材に、最も効率的な読解プロトコルを提示する。これは、あなたが未知の文章に遭遇した際に、そのジャンルを特定し、瞬時に最適な読解モードに切り替えるための、実践的戦術マニュアルである。
1. 『説話文学の構造分析:仏教的因果応報と教訓の読解』
1.1. 説話文学とは何か?―「面白い話」に込められたメッセージ
- 定義: 説話文学とは、民間伝承、歴史上の逸話、仏教的な奇譚などを集めた、比較的短い物語集である。代表作に『今昔物語集』『宇治拾遺物語』、そして明治大学の入試でも題材とされた『発心集』や『今物語』などがある。
- 本質: 説話は、単なる「面白い話」ではない。その物語の背後には、必ず読者に伝えたい教訓やメッセージが込められている。特に、仏教思想に基づいたものが多く、読解の際にはその教訓を読み取ることが最終的なゴールとなる。
1.2. 構造の黄金パターン:「導入→展開→結末(教訓)」
説話文学の多くは、以下のシンプルな三部構成で成り立っている。この構造を意識することで、話の要点を掴みやすくなる。
- 導入: 「昔、~といふ人有りけり。」のように、時代や登場人物が簡潔に紹介される。
- 展開: 主人公が体験する、何らかの特異な出来事や面白いエピソードが語られる。
- 結末(教訓): その出来事から導き出される結論や教訓、あるいは仏教的な因果が示されて終わる。
1.3. 読解の核心:仏教的因果応報と思想
説話文学、特に鎌倉時代以降の作品を読む際には、その根底に流れる仏教思想を理解しておくことが極めて重要である。
- 因果応報(いんがおうほう): 善い行いには善い結果が、悪い行いには悪い結果が必ず訪れるという考え方。物語の結末が、登場人物のどのような行いが原因でそうなったのかを考える視点が不可欠である。
- 無常(むじょう): この世の全てのものは常に変化し、永遠不変なものはないという思想。栄華を極めた者が没落したり、美しいものが滅びたりする様を通して、この世の儚さが描かれる。
- 発心(ほっしん)・遁世(とんせい): 俗世の儚さや苦しみを悟り、仏道に入ることを決意(発心)し、世間から離れて仏道修行に専念(遁世)すること。これは説話の重要なテーマの一つである。
1.4. 過去問分析:『発心集』(2016年度)と『今物語』(2014年度)
- 『発心集』玄敏僧都の物語(2016年度):
- テーマ: まさに「発心・遁世」がテーマである。玄敏僧都は「世を厭ふ心深く」して、帝からの召し出しや高位の僧職を拒み、何度も姿を消す。彼の行動原理は、俗世の名誉や交わりを徹底的に避け、清貧の中で仏道に専念したいという強い遁世願望にある。この核心を掴めば、彼の不可解に見える行動の全てが論理的に理解できる。
- 『今物語』西行法師の物語(2014年度):
- テーマ: 「人をあなどる事あるまじき事(人を見かけで判断して侮ってはならない)」という明確な教訓が示されている。みすぼらしい身なりの法師(実は有名な西行)を見下した侍が、その法師が風流な歌を詠んだことで、結果的に主人から追い出されるという話である。物語の展開そのものが、この教訓を証明するための装置として機能している。
2. 『物語文学の相関図作成術:複雑な人間関係と事件の時系列把握』
2.1. 物語文学の挑戦:登場人物の多さと関係の複雑さ
- 平安時代から鎌倉時代にかけて栄えた物語文学(『源氏物語』『うつほ物語』『松浦宮物語』など)は、複数の登場人物が織りなす恋愛や政治、運命を描く、長大で複雑なプロットを特徴とする。
- 主語が頻繁に省略され、人間関係も敬称や役職名で示されることが多いため、油断すると「今、誰が誰と話していて、どういう関係なのか」が分からなくなってしまう。これが物語文学における最大の挑戦である。
2.2. 「相関図」作成のすすめ―思考を可視化する最強の武器
- 複雑な人間関係を頭の中だけで処理しようとするのは無謀である。物語文学を読解する際には、試験問題の余白に、ためらわずに登場人物の相関図を書き込むことを強く推奨する。
- 相関図は、単なるメモではない。それは、あなたの頭の中にある曖昧な人間関係の認識を、客観的で明確な図へと変換し、読解の精度を飛躍的に高めるための**「思考の外部記憶装置」**である。
2.3. 相関図の書き方プロトコル
- 登場人物の配置: 新しい登場人物が出てきたら、すぐにその名前や身分(例:帝、后、中納言、氏忠)を円で囲んで書き出す。
- 関係性のラベリング: 人物と人物を線で結び、その線の上に具体的な関係性を書き込む(例:親子、夫婦、主従、恋、敵対など)。
- 敬語情報の追加: 敬語が使われていたら、そのベクトル(誰から誰への敬意か)を矢印で示す。これにより、人物間の身分の上下関係が一目瞭然となる。
- 情報のアップデート: 物語が進み、新たな情報(事件や心情の変化)が判明したら、随時、相関図に書き加えていく。
2.4. 過去問分析:『うつほ物語』(2019年度)と『松浦宮物語』(2015年度)
- 『うつほ物語』帝と尚侍の場面(2019年度):
- 相関図を作成すれば、「上(帝)」と「尚侍」が恋愛関係にあり、「仲忠」が尚侍の子供であることが明確になる。この関係性を押さえることで、帝が尚侍の顔を見たがり、二人が機知に富んだ贈答歌を交わすという一連の行動が、単なる風流な出来事ではなく、深い愛情に基づいた恋愛の駆け引きとして立体的に理解できる。
- 『松浦宮物語』氏忠の葛藤(2015年度):
- 主人公「氏忠」と、彼を重用する唐の「后」、そして新「帝」の関係性を図示することで、氏忠が置かれた状況が明確になる。彼は異国で大きな功績を立て、高い官位を与えられたが、その一方で「もとの国に帰りなむことをのみ願ひ思へ」と、故郷への強い望郷の念を抱いている。この相関図は、彼の「官位を返上したい」という行動の裏にある、栄誉と望郷の板挟みという内面の葛藤を読み解く上で決定的な助けとなる。
3. 『日記文学における作者の視点:客観的叙述と主観的情念の分離』
3.1. 日記文学の二重構造―「記録」と「表現」
- 平安時代に特に栄えた日記文学(『蜻蛉日記』『和泉式部日記』『更級日記』『讃岐典侍日記』など)は、単なる日々の出来事の備忘録ではない。多くの場合、特定の読者を想定して書かれた、極めて文学性の高い作品である。
- そのため、日記文学の文章は、①出来事を客観的に記録する叙述部分と、②それに対する作者の感情や内省を吐露する主観的な情念部分という、二重の構造を持っている。この二つを意識的に区別して読むことが、読解の鍵となる。
3.2. 「客観的叙述」の読み方
- 目的: 物語の基本的なフレームワーク(いつ、どこで、誰が、何をしたか)を確定させるために読む。
- 着眼点: 宮中での儀式の様子、人々の会話のやり取り、旅の行程など、事実関係を描写している部分。ここでは、冷静に情報を整理し、状況を把握することに徹する。
3.3. 「主観的情念」の読み方
- 目的: 作者の「本心」を掴むために読む。設問で問われるのは、多くの場合こちらの部分である。
- 着眼点:
- 直接的な感情表現: 「うれし」「悲し」「あはれなり」「くちをし」といった形容詞・形容動詞。
- 和歌: 作者の感情が最も凝縮されて表現される形式。和歌が詠まれた時、作者の主観はピークに達している。
- 内省・述懐: 「~と思ふ」「~とぞ覚えし」のように、作者が自身の心の中を語る部分。
3.4. 過去問分析:『讃岐典侍日記』(2012年度)
- 本文の構造: 作者(藤原長子)が、亡き堀河天皇の命日の法会に参列しようとする場面。
- 客観的叙述: 「雪、夜より高くつもりて、こちたく降る」「おほかたの人も、夜を昼になして、…急ぐ」といった、大雪の状況や、周囲の人々が出仕準備で多忙であるという事実。
- 主観的情念:
- 周囲が止めるのに対し、作者は「われを少しもあはれと思はん人は、けふは、参らせよ」と強い意志を示す。ここには、亡き主君への忠誠心と、それを理解されない苛立ちという主観的な情念が表れている。
- 周囲に説得され、出仕の準備が始まった際には「うれしくて乗りぬ」と、目的を達成できた素直な喜びが記されている。
- 結論: このように客観的な状況と主観的な心情を切り分けて読むことで、作者がどのような困難な状況の中で、どのような強い思いを持って行動しているのかが明確になり、人物像を深く理解することができる。
4. 『歴史物語の読解:史実と創作の融合を見極める』
4.1. 歴史物語とは何か?―「史実」+「物語的解釈」
- 歴史物語(『大鏡』『今鏡』など)は、史実に基づいて歴史上の人物や出来事を描くが、単なる歴史書ではない。そこに物語的な構成や、登場人物に対する作者の解釈・批評が加えられているのが最大の特徴である。
- したがって、読解の際には、**「どこまでが歴史的な事実で、どこからが作者による物語的な創作・解釈なのか」**を意識する視点が重要になる。
4.2. 読解のポイント①:歴史的背景の活用
- 歴史物語は、実際の歴史的事件や人物を扱っているため、基本的な歴史知識(特に摂関政治の時代背景など)があれば、物語の背景にある権力関係や人間関係を理解しやすくなり、読解を有利に進めることができる。
4.3. 読解のポイント②:語り手の存在と視点
- 歴史物語には、しばしば**特定の「語り手」**が設定される。(例:『大鏡』の百歳を超える老人たち)。この語り手は、単に事実を述べるだけでなく、登場人物を評価したり、出来事の裏話を披露したりする。
- 誰が語っているのか、そしてその語り手がどのような立場から、どのような意図でその話を語っているのかを把握することが、歴史物語を読み解く鍵となる。
4.4. 過去問分析:『今鏡』(2019年度)
- 本文の内容: 後三条天皇の時代、中納言匡房や大弐実政といった実在の人物に関する逸話が語られる。
- ジャンル的特徴:
- 史実: 匡房や実政、後三条天皇といった人物が実在したこと。
- 物語的解釈・創作: 本文で語られるエピソード(匡房が経任に諫められて出世した話や、実政が天皇から漢詩を贈られて忠誠を誓った話)は、史実そのものというより、**「天皇が才能ある人物をいかに見出し、重用したか」というテーマや、「人の運命は些細なきっかけで変わるものだ」**という教訓を読者に示すために、物語的に構成された逸話である。
- 読解戦略: この文章を読む際には、単に事実の連なりとして追うのではなく、「この逸話を通して、作者は何を伝えたかったのか?」という、説話文学にも通じる教訓・テーマを読み取る視点を持つことが求められる。
本モジュールのまとめ
本Module 4では、説話・物語・日記・歴史物語という4つの主要ジャンルについて、それぞれの「お約束」と、それに最適化された読解プロトコルを学んだ。ジャンルの特性を理解することは、あなたが未知の文章というフィールドに立った際に、どのような戦術で臨むべきかを瞬時に判断するための、強力な戦略的視点を与える。
これまで4つのモジュールにわたる長大な旅を経て、あなたは明治大学古文を攻略するための、ほぼ全ての兵装を整えた。残すは、最終決戦に向けた総仕上げのみである。次のModule 5では、これまでの知識と技術を統合し、実際の試験時間の中でいかにして得点を最大化するかという、最も実践的な「実戦演習と最終調整」を行う。合格は、もう目前である。