- 本記事は生成AIを用いて作成しています。内容の正確性には配慮していますが、保証はいたしかねますので、複数の情報源をご確認のうえ、ご判断ください。
【基礎 物理(波動)】Module 7:ドップラー効果
本モジュールの目的と構成
私たちの日常は、波が織りなす情報のタペストリーです。その中でも、近づいてくる救急車のサイレンの音が高く聞こえ、遠ざかるときには低く聞こえるという経験は、誰もが共有する普遍的な感覚でしょう。この、波の発生源(音源)や観測者の運動によって、波の振動数が変化して観測される現象こそが、本モジュールで探求する**「ドップラー効果」**です。
ドップラー効果は、単なる音の高さの変化という身近な現象に留まりません。それは、遠方の銀河が私たちから遠ざかっていることを示し、宇宙の膨張を発見するきっかけとなった、天文学における根源的な観測手段です。また、スピード違反を取り締まるスピードガンや、気象レーダー、医療用の血流測定器など、現代科学技術の様々な場面で応用される、極めて実践的な物理原理でもあります。
このモジュールでは、ドップラー効果という一つの現象を多角的に、そして深く掘り下げていきます。その探求は、以下の論理的なステップで構成されています。
- 基本現象の観察: まず、ドップラー効果がどのような現象であるか、その具体的な様相と本質を掴みます。
- 原因の分析(音源が動く場合): 現象を引き起こす原因を二つに分解し、まず「音源が動く」ことで、波の「波長」そのものが物理的に変化するメカニズムを解き明かします。
- 原因の分析(観測者が動く場合): 次に、「観測者が動く」ことで、観測者が波と出会う「相対的な速さ」が変化し、見かけの振動数が変わるメカニズムを探ります。
- 公式の構築(音源が動く場合): 上記の物理的理解に基づき、音源が動く場合のドップラー効果を記述する、普遍的な公式を導出します。
- 公式の構築(観測者が動く場合): 同様に、観測者が動く場合の公式を導出します。
- 公式の統合: 二つのケースを統合し、音源と観測者の両方が動く、最も一般的な状況を記述する万能の公式を完成させます。
- 発展的考察(風の影響): 波の媒質である「風」が吹いている場合、ドップラー効果にどのような影響を及ぼすのかを考察します。
- 応用的考察(反射板): 波が動く物体で「反射」されるとき、ドップラー効果が二度起こるという、応用上重要なケースを分析します。
- 限界的状況(衝撃波): 音源の速さが音速を超えたときに何が起こるのか。ドップラー効果の極限状態である「衝撃波(ソニックブーム)」の発生原理に迫ります。
- 現実世界との接続: 最後に、救急車のサイレンやスピードガンといった身近な応用例に立ち返り、物理法則が私たちの実世界でいかに活用されているかを確認します。
このモジュールを終えるとき、あなたは、単に公式を暗記して問題を解くだけでなく、ドップラー効果という現象の背後にある、波長の変化と相対速度の変化という二つの異なる物理メカニズムを明確に区別し、それらを統一的な視点から理解する能力を身につけているはずです。それは、物理現象をその根本原因にまで遡って思考する、科学的な探求の醍醐味を体験する旅となるでしょう。
1. ドップラー効果の基本現象
ドップラー効果は、オーストリアの物理学者クリスチャン・ドップラーが1842年に理論的に提唱した、波動全般に見られる普遍的な現象です。その最も身近な現れは、音波に関するものです。この章では、まずこの現象が具体的にどのようなものであるか、その観察事実から出発し、ドップラー効果の本質的な意味を掴みます。
1.1. 日常経験におけるドップラー効果
ドップラー効果を最も劇的に体験できるのは、やはり救急車やパトカーのサイレンでしょう。その状況を詳細に分析してみます。
- 状況: あなたが道端で静止しているとします。遠くから救急車がサイレンを鳴らしながら近づいてきて、あなたの目の前を通過し、遠ざかっていきます。
- 観察事実:
- 救急車が近づいてくるとき: サイレンの音は、本来の音よりも高く聞こえます。
- 救急車が真横を通過する瞬間: 音の高さは、急激に本来の高さに戻ります(あるいは急激に低くなります)。
- 救急車が遠ざかっていくとき: サイレンの音は、本来の音よりも低く聞こえます。
この**「音源と観測者の相対的な運動によって、観測される音の振動数が、本来の振動数とは異なって聞こえる現象」**こそが、ドップラー効果です。
- 振動数と音の高さ: Module 5で学んだように、音の高さは振動数
f
によって決まります。音が高く聞こえるということは、観測される振動数f'
が、音源が本来出している振動数f
よりも大きい (f' > f
) ことを意味します。逆に、音が低く聞こえるということは、f' < f
であることを意味します。
ドップラー効果は、音源が動き、観測者が静止している場合だけでなく、その逆や、両方が動いている場合にも起こります。
- 観測者が音源に近づく場合: 音は高く聞こえます。
- 観測者が音源から遠ざかる場合: 音は低く聞こえます。
重要なのは、音源と観測者の間の**「相対的な距離が縮まる運動」があれば音は高く聞こえ、「相対的な距離が広がる運動」**があれば音は低く聞こえる、ということです。
1.2. ドップラー効果の本質:波の「交通渋滞」または「過疎化」
なぜ、このような振動数の変化が起こるのでしょうか。その本質的な原因は、音源や観測者が動くことによって、観測者が単位時間あたりに受け取る**波の「個数」**が変化するためです。
波を、一定の間隔で打ち出される**「情報のパケット」**と考えてみましょう。音源が静止している場合、これらのパケットは同心円状に広がり、静止している観測者のもとには、1秒間に f
個のパケットが等間隔で到着します。
音源が近づく場合:波の「交通渋滞」
音源が観測者に向かって動きながら波を出すと、どうなるでしょうか。
音源は、波を1個出した後、次の波を出す前に、少し前進します。そのため、次に出される波は、前の波が出された位置よりも、観測者に近い位置から送り出されます。
このプロセスが繰り返されることで、観測者に向かう方向では、波と波の間隔、すなわち波長 λ が、本来の波長よりも物理的に短くなります。
波がぎゅっと圧縮され、いわば**「波の交通渋滞」**のような状態が生まれるのです。
波長が短くなった波の列が、音速 V
で観測者のもとを通過していきます。観測者は、この短くなった波長の波を、1秒間により多く受け取ることになります。その結果、観測される振動数 f'
は、本来の振動数 f
よりも大きくなるのです。
音源が遠ざかる場合:波の「過疎化」
逆に、音源が観測者から遠ざかりながら波を出すと、次の波は前の波が出された位置よりも、観測者から遠い位置から送り出されます。
その結果、観測者に向かう方向(音源の後方)では、波長 λ が、本来の波長よりも物理的に長くなります。
波が引き伸ばされ、**「波の過疎化」**のような状態が生まれます。
この引き伸ばされた波長の波が観測者のもとを通過するため、観測者が1秒あたりに受け取る波の個数は減少し、観測される振動数 f'
は本来の振動数 f
よりも小さくなります。
1.3. 現象を引き起こす二つの異なるメカニズム
ドップラー効果という単一の現象の背後には、実は二つの異なる物理的なメカニズムが隠されています。この二つを明確に区別して理解することが、ドップラー効果を深く学ぶ上での鍵となります。
メカニズム1:音源が動く場合
音源が動くと、波を送り出す位置そのものが移動するため、観測者に対する波長
λ
が物理的に変化する。
メカニズム2:観測者が動く場合
観測者が動くと、空間を伝わってくる波(波長は変化していない)に対して、観測者が波を横切る相対的な速さ
V_rel
が変化する。
最終的に観測される振動数 f'
は、f' = (相対的な速さ) / (波長)
で決まります。
- 音源が動く場合は、この式の**分母(波長)**が変化します。
- 観測者が動く場合は、この式の**分子(相対的な速さ)**が変化します。
結果としてどちらも f'
が f
とは異なる値になりますが、その原因となる物理プロセスは全く異なります。この後の章では、これら二つのメカニズムをそれぞれ独立に分析し、最終的にそれらを一つの公式へと統合していきます。この原因の分解と再統合のプロセスこそが、複雑な物理現象を理解するための王道なのです。
2. 音源が動く場合の波長の変化
ドップラー効果を引き起こす第一のメカニズムは、音源自身が運動することです。音源が動くと、それが放出する波の空間的なパターン、特に波長が、進行方向によって物理的に変化します。この「波長の圧縮・伸長」のメカニズムを理解することが、ドップラー効果の公式を導出するための最初の、そして最も重要なステップです。
2.1. 思考実験:動く波源からの波の放出
静止している媒質(空気)中を、音源Sが観測者Oに向かって、一定の速さ v_s
で移動している状況を考えます。音源Sは、振動数 f
の音波を出し続けているとします。音速を V
とします。
この状況を、時間の経過と共に追っていきましょう。
- 時刻 t=0 の波の放出:音源Sが、ある位置(例えば x=0)にいたとします。この瞬間に、1個目の波の山を送り出します。この波の山は、ここから音速 V で同心円状(1次元なら左右)に広がっていきます。
- 時刻 t=T の波の放出:次に、2個目の波の山を送り出すのは、1周期 T (T = 1/f) の時間が経過した後、すなわち時刻 t=T です。しかし、この T 秒の間に、音源S自身も速さ v_s で移動しています。したがって、時刻 t=T に音源Sがいる位置は、x=0 ではなく、x = v_s T の位置です。2個目の波の山は、この前進した位置から送り出されます。
2.2. 前方における波長の変化(波長の圧縮)
さて、この t=T の瞬間に、先行する1個目の波の山はどこまで進んでいるでしょうか。
1個目の山は、t=0 に x=0 から放出され、T 秒間、音速 V で進みました。したがって、その位置は x = VT です。
この t=T
の瞬間において、
- 1個目の波の山の位置:
x = VT
- 2個目の波の山の位置:
x = v_s T
(今、まさに放出された)
この二つの連続する波の山の間の距離こそが、音源の前方で観測される新しい波長 λ'
です。
\[ \lambda’ = (\text{1個目の山の位置}) – (\text{2個目の山の位置}) \]
\[ \lambda’ = VT – v_s T \]
\[ \lambda’ = (V – v_s)T \]
ここで、周期 T
は、音源が本来持つ振動数 f
の逆数なので、T = 1/f
です。これを代入すると、
\[ \lambda’ = \frac{V – v_s}{f} \]
この式が、音源が観測者に近づく場合に、観測者が観測する波長です。
この結果の解釈
もし音源が静止していれば (v_s = 0)、本来の波長は λ = V/f です。
しかし、音源が近づく場合 (v_s > 0)、新しい波長 λ’ は、分子が V から V-v_s に小さくなるため、本来の波長 λ よりも短くなります (λ’ < λ)。
この波長の短縮は、**「音源が、自らが放出した波を追いかける」**ことによって生じます。音源は、波が1周期の間に進む距離 VT
のうち、v_s T
だけ自ら距離を詰めてしまうため、実質的な波と波の間隔は (V-v_s)T
に圧縮されるのです。
2.3. 後方における波長の変化(波長の伸長)
次に、音源Sが観測者Oから遠ざかる場合を考えます。
この場合、音源は観測者とは反対の方向に速さ v_s で移動しています。
時刻 t=T
において、
- 1個目の波の山の位置(観測者側):
x = -VT
- 音源の位置:
x = v_s T
- 2個目の波の山の放出位置:
x = v_s T
このとき、音源の後方(観測者側)にいる観測者が観測する波長 λ''
は、t=T
の瞬間に x = v_s T
から放出される2個目の波の山と、t=0
に x=0
から放出され、今 x=-VT
にいる1個目の波の山の間の距離となります。
\[ \lambda” = (\text{2個目の山の位置}) – (\text{1個目の山の位置}) \]
\[ \lambda” = v_s T – (-VT) \]
\[ \lambda” = (V + v_s)T \]
周期 T = 1/f
を代入すると、
\[ \lambda” = \frac{V + v_s}{f} \]
この式が、音源が観測者から遠ざかる場合に、観測者が観測する波長です。
この結果の解釈
音源が遠ざかる場合 (v_s > 0
)、新しい波長 λ''
は、分子が V
から V+v_s
に大きくなるため、本来の波長 λ
よりも長くなります (λ'' > λ
)。
この波長の伸長は、**「音源が、自らが放出した波から逃げる」**ことによって生じます。音源は、波が1周期の間に進む距離 VT
に加えて、自らが v_s T
だけ後退するため、実質的な波と波の間隔は (V+v_s)T
に引き伸ばされるのです。
2.4. まとめ
音源が速さ v_s
で動く場合、波長は進行方向によって物理的に変化します。
- 音源の前方(近づく方向): 波長は
λ' = (V - v_s) / f
に短縮される。 - 音源の後方(遠ざかる方向): 波長は
λ'' = (V + v_s) / f
に伸長される。
この**「波長の物理的な変化」**こそが、音源が動く場合のドップラー効果の根本原因です。
次の章で学ぶ「観測者が動く場合」では、波長そのものは変化しない、という点が、両者のメカニズムを区別する上で極めて重要です。この違いを常に意識してください。
この変化した波長 λ’ や λ” を持つ波が、静止している観測者のもとを音速 V で通過していくため、観測される振動数が変化するのです。その具体的な計算は、後の公式の導出の章で行います。
3. 観測者が動く場合の相対的な波の速さの変化
ドップラー効果を引き起こす第二のメカニズムは、観測者自身が運動することです。この場合、音源は静止しているため、空間を伝わる音波のパターン、すなわち波長 λ
は、どこでも本来の値のままで、一切変化していません。
では、なぜ振動数が変わって聞こえるのでしょうか。それは、観測者が波に対して動くことによって、観測者が波を横切る「相対的な速さ」が変化し、その結果、単位時間あたりに観測する波の個数が変わるためです。
3.1. 思考実験:動く観測者と波との出会い
音源Sが静止しており、振動数 f
、波長 λ
(λ = V/f
) の音波を、音速 V
で放出しているとします。この波で満たされた空間を、観測者Oが運動している状況を考えます。
観測者が静止している場合(基準)
まず、基準として、観測者Oが静止している場合を考えます。
観測者のもとを、波は音速 V で通過していきます。
1秒間に観測者の耳を通過する波の個数(振動数)は、
f = (波の速さ) / (波の長さ) = V / λ
となり、これは音源の振動数と一致します。
3.2. 観測者が音源に近づく場合
次に、観測者Oが、音源Sに向かって速さ v_o
で移動している場合を考えます。
相対的な速さの変化
観測者から見ると、音波は速さ V で自分に向かってくるだけでなく、自分自身も速さ v_o でその波に向かって進んでいます。
したがって、観測者に対する波の相対的な速さ V’ は、二つの速さの和になります。
\[ V’ = V + v_o \]
これは、向かい風の中を自転車で走ると、風がより強く感じられるのと同じ原理です。観測者は、この増大した相対速度 V'
で、波の列を駆け抜けていくことになります。
観測される振動数
空間に広がっている波の波長 λ は、音源が静止しているので、本来の λ = V/f のままです。
観測者が1秒間に受け取る波の個数、すなわち観測される振動数 f’ は、
\[ f’ = \frac{\text{観測者に対する波の相対的な速さ}}{\text{波長}} = \frac{V’}{\lambda} \]
となります。
ここに V’ = V + v_o と λ = V/f を代入すると、
\[ f’ = \frac{V + v_o}{V/f} = \frac{V + v_o}{V} f \]
この式が、観測者が音源に近づく場合に、観測される振動数です。
この結果の解釈
v_o > 0 なので、V + v_o > V となります。
したがって、f’ = ( (V+v_o)/V ) f > f となり、観測される振動数 f’ は、本来の振動数 f よりも大きくなります。
これは、音が高く聞こえる、という観察事実と一致します。
観測者は、波の列に自ら突っ込んでいくことで、静止している場合よりも1秒間に多くの波の山と出会うことになるのです。
3.3. 観測者が音源から遠ざかる場合
次に、観測者Oが、音源Sから遠ざかる向きに速さ v_o
で移動している場合を考えます。
相対的な速さの変化
観測者は、背後から速さ V で追いかけてくる音波から、速さ v_o で逃げています。
したがって、観測者に対する波の相対的な速さ V” は、二つの速さの差になります。
\[ V” = V – v_o \]
音波は、観測者の移動速度を差し引いた、この減少した相対速度 V''
でしか、観測者に追いつくことができません。
観測される振動数
波長は、やはり λ = V/f のままです。
観測される振動数 f” は、
\[ f” = \frac{\text{観測者に対する波の相対的な速さ}}{\text{波長}} = \frac{V”}{\lambda} \]
となります。
ここに V” = V – v_o と λ = V/f を代入すると、
\[ f” = \frac{V – v_o}{V/f} = \frac{V – v_o}{V} f \]
この式が、観測者が音源から遠ざかる場合に、観測される振動数です。
この結果の解釈
v_o > 0 なので、V – v_o < V となります。
したがって、f” = ( (V-v_o)/V ) f < f となり、観測される振動数 f” は、本来の振動数 f よりも小さくなります。
これは、音が低く聞こえる、という観察事実と一致します。
観測者は、波の列から逃げながら波を受け取るため、静止している場合よりも1秒間に通過する波の山の数が少なくなります。
3.4. 二つのメカニズムの比較
ここで、ドップラー効果を引き起こす二つのメカニズムを、改めて比較しておきましょう。
音源が動く場合 | 観測者が動く場合 | |
原因 | 波を放出する位置が移動 | 波を受け取る観測者が移動 |
物理的変化 | 空間の波長 λ が変化する | 観測者に対する波の相対速度 V_rel が変化する |
不変量 | 観測者に対する波の速さ V | 空間の波長 λ |
観測振動数の決定 | f' = V / λ' (分母の変化) | f' = V' / λ (分子の変化) |
音響のドップラー効果においては、最終的に導かれる公式の形が似ているため、この根本的なメカニズムの違いは見過ごされがちです。しかし、物理的なプロセスとして、この二つが全く異なるものであると認識しておくことは、より深い理解のために極めて重要です。
例えば、光のドップラー効果を扱う相対性理論では、この区別は存在せず、音源と観測者の「相対運動」のみが問題となります。音波のように「媒質」という絶対的な基準が存在するからこそ、この二つのメカニズムが区別されるのです。
4. ドップラー効果の公式の導出(音源が動く場合)
これまでの章で、ドップラー効果を引き起こす二つの物理メカニズムを定性的に理解しました。この章では、その理解を基に、音源が動く場合の観測振動数 f'
を求める、定量的な公式を導出します。この導出プロセスは、ドップラー効果の問題を解くための思考の骨格そのものです。
4.1. 基本的な考え方:観測者から見た現象の記述
ドップラー効果の公式を導出する際の、最も基本的で一貫したアプローチは、**「観測者が1秒間に何個の波を受け取るか?」**を数えることです。「1秒間に受け取る波の数」こそが、観測される振動数 f'
の定義そのものだからです。
観測者が1秒間に受け取る波の数は、以下の式で計算できます。
\[ f’ = \frac{\text{観測者が1秒間に受け取る波が占める空間の長さ}}{\text{その空間における波1個の長さ(波長)}} \]
この考え方に従って、公式を導出していきましょう。
4.2. 状況設定
- 音源S: 振動数
f
の音を出しながら、速さv_s
で運動している。 - 観測者O: 静止している。
- 媒質(空気): 静止している。
- 音速:
V
4.3. 導出:音源が観測者に近づく場合
音源Sが、観測者Oに向かって速さ v_s
で近づいている状況を考えます。
- 波長 λ’ の決定:まず、この状況で観測者が観測する波の波長 λ’ はどうなるでしょうか。これは、Module 7-2で詳細に導出した通りです。音源が波を追いかけるため、波長は圧縮されます。\[ \lambda’ = \frac{V – v_s}{f} \]
- 観測者が1秒間に受け取る波が占める長さ:観測者Oは静止しています。その観測者のもとを、音波は音速 V で通過していきます。したがって、観測者が1秒間に受け取る波は、長さ V の区間に含まれている波のすべてです。(1秒間に、速さ V [m/s] で進む波の列が、V × 1 = V [m] だけ通過する)
- 観測振動数 f’ の計算:これで、公式を計算するための部品がすべて揃いました。\[ f’ = \frac{\text{1秒間に受け取る波の長さ}}{\text{波1個の長さ}} = \frac{V}{\lambda’} \]この式に、ステップ1で求めた λ’ を代入します。\[ f’ = \frac{V}{(V – v_s)/f} = \frac{V}{V – v_s} f \]
これが、音源が観測者に近づく場合のドップラー効果の公式です。
- 解釈: 分母の
V - v_s
はV
よりも小さいため、分数部分V / (V - v_s)
は1
より大きくなります。したがって、f' > f
となり、音は高く聞こえます。これは観察事実と一致します。
4.4. 導出:音源が観測者から遠ざかる場合
次に、音源Sが、観測者Oから速さ v_s
で遠ざかっている状況を考えます。
- 波長 λ” の決定:この場合の波長 λ” も、Module 7-2で導出しました。音源が波から逃げるため、波長は引き伸ばされます。\[ \lambda” = \frac{V + v_s}{f} \]
- 観測者が1秒間に受け取る波が占める長さ:この場合も、観測者は静止しており、そのもとを音波は音速 V で通過していきます。したがって、1秒間に受け取る波が含まれる区間の長さは、やはり V です。
- 観測振動数 f” の計算:\[ f” = \frac{\text{1秒間に受け取る波の長さ}}{\text{波1個の長さ}} = \frac{V}{\lambda”} \]この式に、ステップ1で求めた λ” を代入します。\[ f” = \frac{V}{(V + v_s)/f} = \frac{V}{V + v_s} f \]
これが、音源が観測者から遠ざかる場合のドップラー効果の公式です。
- 解釈: 分母の
V + v_s
はV
よりも大きいため、分数部分V / (V + v_s)
は1
より小さくなります。したがって、f'' < f
となり、音は低く聞こえます。これも観察事実と一致します。
4.5. 「波の数」に注目した別解
公式の導出は、別の視点、すなわち**「波の個数」**に直接注目することでも可能です。こちらの考え方も非常に重要です。
【音源が近づく場合】
- 1秒間に音源が出す波の数:
f
個 - この f 個の波が存在する空間の長さ:t=0 で最初の波を出し、t=1 で f 個目の波を出し終えます。
t=1
のとき、最初の波の先端は、x=0
からV
の距離にいます。t=1
のとき、音源自身の位置は、x=v_s
です。- したがって、この1秒間に出された
f
個の波は、V - v_s
という長さの区間にぎゅっと詰め込まれています。
- 波長 λ’ の計算:f 個の波が V – v_s の長さにいるので、波1個の長さ(波長)は、λ’ = (V – v_s) / fとなり、先ほどと同じ結果が得られます。
- 観測振動数 f’ の計算:観測者は、この波長 λ’ の波の列を、音速 V で受け取ります。f’ = V / λ’ = V / ((V – v_s) / f) = (V / (V – v_s)) fとなり、同じ公式が導出されます。
この「波の数」に注目するアプローチは、音源が動く場合のドップラー効果が、**「単位時間あたりに放出される波が、空間的に圧縮または伸長される現象」**であることを、より直接的に示しています。
どちらの導出方法も、物理的なプロセスを異なる角度から照らしたものであり、両方を理解しておくことで、ドップラー効果に対する理解はより強固なものになります。
5. ドップラー効果の公式の導出(観測者が動く場合)
次に、ドップラー効果を引き起こす第二のメカニズム、観測者が動く場合の公式を導出します。このケースでは、音源は静止しているため、空間を伝わる波の波長 λ
はどこでも一定です。変化するのは、動く観測者が波と出会う相対的な速さです。この点を明確に意識しながら、前章と同じ思考の枠組みで公式を導出していきましょう。
5.1. 基本的な考え方:再び「観測者が受け取る波の数」
導出の基本方針は、前章と全く同じです。
**「観測者が1秒間に何個の波を受け取るか?」**を数えることで、観測振動数 f’ を求めます。
\[ f’ = \frac{\text{観測者が1秒間に受け取る波が占める空間の長さ}}{\text{その空間における波1個の長さ(波長)}} \]
5.2. 状況設定
- 音源S: 静止しており、振動数
f
の音を出している。 - 観測者O: 速さ
v_o
で運動している。 - 媒質(空気): 静止している。
- 音速:
V
5.3. 導出:観測者が音源に近づく場合
観測者Oが、音源Sに向かって速さ v_o
で近づいている状況を考えます。
- 波長 λ の決定:音源Sは静止しています。したがって、音源が放出する波の波長は、媒質のどの場所においても、本来の波長 λ のままです。波の基本式 V = fλ より、\[ \lambda = \frac{V}{f} \]この波長は、観測者が動いても変化しません。
- 観測者が1秒間に受け取る波が占める長さ:ここが、音源が動く場合との決定的な違いです。観測者Oは、自分に向かって音速 V でやってくる波の列に、自らも速さ v_o で突っ込んでいきます。したがって、観測者が1秒間にすれ違う(受け取る)波は、
- 音波が1秒間に進む距離
V
- 観測者自身が1秒間に進む距離 v_oの合計の長さの区間に含まれている波のすべてです。この長さは、観測者に対する波の相対速度に相当し、\[ V’ = V + v_o \]となります。
- 音波が1秒間に進む距離
- 観測振動数 f’ の計算:公式の部品が揃いました。\[ f’ = \frac{\text{1秒間に受け取る波の長さ}}{\text{波1個の長さ}} = \frac{V’}{\lambda} = \frac{V + v_o}{\lambda} \]この式に、ステップ1で確認した λ = V/f を代入します。\[ f’ = \frac{V + v_o}{V/f} = \frac{V + v_o}{V} f \]
これが、観測者が音源に近づく場合のドップラー効果の公式です。
- 解釈: 分子の
V + v_o
はV
よりも大きいため、分数部分(V + v_o) / V
は1
より大きくなります。したがって、f' > f
となり、音は高く聞こえます。
5.4. 導出:観測者が音源から遠ざかる場合
次に、観測者Oが、音源Sから速さ v_o
で遠ざかっている状況を考えます。
- 波長 λ の決定:この場合も、音源は静止しているので、波長は λ = V/f のまま変化しません。
- 観測者が1秒間に受け取る波が占める長さ:観測者Oは、背後から音速 V で追いかけてくる波から、速さ v_o で逃げています。したがって、1秒間に観測者の耳を通過する波は、
- 音波が1秒間に進む距離
V
- 観測者が1秒間に逃げる距離 v_oの差の長さの区間に含まれている波だけです。この長さは、観測者に対する波の相対速度であり、\[ V” = V – v_o \]となります。
- 音波が1秒間に進む距離
- 観測振動数 f” の計算:\[ f” = \frac{\text{1秒間に受け取る波の長さ}}{\text{波1個の長さ}} = \frac{V”}{\lambda} = \frac{V – v_o}{\lambda} \]この式に、λ = V/f を代入します。\[ f” = \frac{V – v_o}{V/f} = \frac{V – v_o}{V} f \]
これが、観測者が音源から遠ざかる場合のドップラー効果の公式です。
- 解釈: 分子の
V - v_o
はV
よりも小さいため、分数部分(V - v_o) / V
は1
より小さくなります。したがって、f'' < f
となり、音は低く聞こえます。
5.5. 二つのケースの公式の構造的な違い
ここで、音源が動く場合と観測者が動く場合の公式を並べて、その構造の違いを比較してみましょう。
- 音源が動く場合(近づく):
f' = ( V / (V - v_s) ) f
- 観測者が動く場合(近づく):
f' = ( (V + v_o) / V ) f
どちらも f' > f
となりますが、
- 音源が動く場合は、分母に音源の速さ
v_s
が現れます。これは、波長λ'
が(V - v_s)/f
に変化したことを反映しています。 - 観測者が動く場合は、分子に観測者の速さ
v_o
が現れます。これは、相対速度がV + v_o
に変化したことを反映しています。
この構造的な違いは、それぞれの現象の背後にある物理メカニズムの違いを、数式の上で明確に示しているのです。この後の章で、これら二つの効果を一つの公式に統合しますが、その際にも、分子が観測者の動き、分母が音源の動きに対応していることを意識すると、公式をより深く、そして間違えにくく理解することができます。
6. 音源と観測者が共に動く場合の公式
これまで、ドップラー効果を「音源が動く場合」と「観測者が動く場合」という二つの独立したケースに分けて分析し、それぞれの公式を導出してきました。しかし、現実の世界では、救急車とすれ違う車のように、音源と観測者の両方が同時に動いている状況も頻繁に起こります。
幸いなことに、これら二つの効果は、一つの統一された公式で簡潔に表現することができます。この章では、これまでの知識を統合し、最も一般的なドップラー効果の公式を構築し、その使い方をマスターします。
6.1. 統合公式の導出
最も一般的な状況、すなわち、音源Sが速さ v_s
で、観測者Oが速さ v_o
で、媒質(空気)に対して運動している場合を考えます。
この問題を解くための考え方は、これまでと同じです。
「観測者Oが1秒間に受け取る波の数 f’ は、1秒間に観測者が通過する波の長さ(相対速度)を、その場所での波1個の長さ(波長)で割ったものに等しい。」
\[ f’ = \frac{(\text{観測者に対する波の相対速度})}{(\text{その場所での波長})} \]
この式の「分子」と「分母」を、それぞれ音源と観測者の運動を考慮して決定すればよいのです。
- 分母(波長 λ’)の決定:空間を伝わる波の波長は、音源Sの運動によってのみ決まります。観測者Oがどのように動こうと、空間に刻まれた波のパターン自体は変わりません。したがって、音源Sが速さ v_s で動くことによって変化した後の波長 λ’ を考えます。
- 音源Sが観測者Oの方向に進む場合(近づく):
λ' = (V - v_s) / f
- 音源Sが観測者Oから離れる方向に進む場合(遠ざかる):
λ' = (V + v_s) / f
- 音源Sが観測者Oの方向に進む場合(近づく):
- 分子(相対速度 V’)の決定:観測者が波を受け取る速さは、観測者Oの運動によってのみ決まります。観測者Oが速さ v_o で動くことによって変化した、観測者に対する波の相対速度 V’ を考えます。
- 観測者Oが音源Sの方向に進む場合(近づく):
V' = V + v_o
- 観測者Oが音源Sから離れる方向に進む場合(遠ざかる):
V' = V - v_o
- 観測者Oが音源Sの方向に進む場合(近づく):
- 公式の組み立て:これらの分子と分母を、f’ = V’ / λ’ の式に代入します。\[ f’ = \frac{V \pm v_o}{(V \mp v_s)/f} \](符号は状況によって決まる)これを整理すると、\[ f’ = \frac{V \pm v_o}{V \mp v_s} f \]
これが、音源と観測者が共に動く場合の、ドップラー効果の一般公式です。
6.2. 公式の覚え方と符号の決め方
この一般公式は非常に強力ですが、分子と分母、そして ±
の符号を混同しやすいという欠点があります。しかし、物理的な意味を理解していれば、間違うことはありません。
構造的な覚え方
- 分子は観測者 (Observer): 分子
(V ± v_o)
は、観測者が波を「聞く」効果を表しています。分子の “O”bserver を連想すると覚えやすいかもしれません。 - 分母は音源 (Source): 分母
(V ∓ v_s)
は、音源が波を「出す」効果を表しています。分母の “S”ource です。
物理的な意味に基づく符号の決め方
±
の符号は、機械的に覚えるのではなく、**「最終的に音が高くなる(f' > f
)か、低くなる(f' < f
)か」**という物理的な直感に基づいて、その都度判断するのが最も確実で、間違いのない方法です。
ステップ1:分子(観測者)の符号を決める
- 観測者の動きが、音を高くする動き(音源に近づく)であれば、
f'
を大きくするために、分子はV + v_o
となる。 - 観測者の動きが、音を低くする動き(音源から遠ざかる)であれば、
f'
を小さくするために、分子はV - v_o
となる。
ステップ2:分母(音源)の符号を決める
- 音源の動きが、音を高くする動き(観測者に近づく)であれば、
f'
を大きくするために、分母は小さくなる必要があるので、V - v_s
となる。 - 音源の動きが、音を低くする動き(観測者から遠ざかる)であれば、
f'
を小さくするために、分母は大きくなる必要があるので、V + v_s
となる。
この2ステップの思考法を身につければ、どんなに複雑な状況設定の問題でも、確実に正しい式を立てることができます。
6.3. 具体例での適用
【問題】
静止した空気中を、音速 V=340 m/s とする。振動数 f=600 Hz のサイレンを鳴らしながら、速さ v_s=20 m/s で救急車が走っている。この救急車を、速さ v_o=10 m/s で走る自動車が追いかけている。自動車が観測する場合の音の振動数 f’ はいくらか。
【状況】
- 音源(救急車)は、観測者(自動車)から遠ざかっている。
- 観測者(自動車)は、音源(救急車)に近づいている。
【式の組み立て】
- 分子(観測者): 観測者は音源に「近づく」。音を高くする効果。→ 分子は V + v_o = 340 + 10
- 分母(音源): 音源は観測者から「遠ざかる」。音を低くする効果。→ 分母は V + v_s = 340 + 20
- 公式:\[ f’ = \frac{V + v_o}{V + v_s} f = \frac{340 + 10}{340 + 20} \times 600 \]
- 計算:\[ f’ = \frac{350}{360} \times 600 = \frac{35}{36} \times 600 = 35 \times \frac{50}{3} = \frac{1750}{3} \approx 583.3 \text{ Hz} \]
追いかける速さよりも、救急車が遠ざかる速さの方が大きいため、全体としては距離が離れていき、結果として元の振動数 600 Hz よりも低い音が観測される、という物理的な直感とも一致します。
この一般公式と、物理的な意味に基づいた符号の決定法をマスターすれば、ドップラー効果に関する計算問題のほとんどに対応することが可能になります。
7. 風がある場合のドップラー効果
これまでの議論では、波の媒質である空気は、地面に対して静止していると仮定してきました。しかし、現実の世界では、しばしば風が吹いています。風は、音波の伝播そのものに影響を及ぼすため、ドップラー効果を考える上でも、その影響を考慮に入れる必要があります。
風が吹いている場合、ドップラー効果の公式はどのように修正されるのでしょうか。その答えは、**「音速 V
を、風の効果で補正して考える」**という、非常にシンプルな考え方に集約されます。
7.1. 風の物理的な効果:音の「流れるプール」
風とは、媒質(空気)そのものが、地面に対して動いている状態です。
これは、音が伝わる「舞台」自体が動いている、と考えることができます。
- 静止した空気: 音は、静かな水面に広がる波紋のように、音源から同心円状に広がります。音速
V
は、あらゆる方向に対して同じです。 - 風が吹いている場合: 音は、流れるプールの中を進む波のように、風に流されながら伝わります。
- 追い風の方向:音は風に後押しされるため、地面に対する速さは
V + w
となります(w
は風速)。 - 向かい風の方向:音は風に押し戻されるため、地面に対する速さは
V - w
となります。 - 横風の方向:音は風下に流されながら進みます。速さはベクトルの合成によって決まります。
- 追い風の方向:音は風に後押しされるため、地面に対する速さは
重要なのは、風が吹いても、空気に対する音の速さ(相対速度)は、常に V
のままで変わらないということです。風は、その「空気」という媒質全体を動かしているに過ぎません。
7.2. ドップラー効果の公式への適用
風がある場合のドップラー効果を考える最も簡単な方法は、**「風と共に動く空気の座標系」**に乗って考えることです。しかし、これは座標変換を伴い、かえって混乱を招くことがあります。
より実践的で分かりやすいのは、地面に静止した観測者から見た、すべての速さ(音速、音源の速さ、観測者の速さ)を基準に、ドップラー効果の一般公式を修正するアプローチです。
ドップラー効果の一般公式は、
\[ f’ = \frac{V \pm v_o}{V \mp v_s} f \]
でした。
この式の中の音速 V は、「静止した媒質中を音が伝わる速さ」を意味していました。風が吹くと、音源から出た音が観測者に到達するまでの実質的な音の速さが変わります。この部分を、風の効果で補正してあげればよいのです。
状況設定
- 音速(静止空気中):
V
- 風速:
w
- 音源の速さ(地面に対して):
v_s
- 観測者の速さ(地面に対して):
v_o
ここでは、簡単のため、音源、観測者、風がすべて一直線上を動く場合を考えます。
風の向きを正とします。
新しい公式の考え方
ドップラー効果は、音源から出た波が観測者に届くまでの現象です。したがって、私たちが考慮すべき音速は、音源から観測者に向かう方向の、地面に対する音速です。
- 風が音源から観測者へ向かう向き(追い風)の場合:音が観測者に届くまでの間、音は風に後押しされます。したがって、この区間の実質的な音速は V + w となります。ドップラー効果の公式の V を、すべてこの V + w に置き換えます。\[ f’ = \frac{(V+w) \pm v_o}{(V+w) \mp v_s} f \]
- 風が観測者から音源へ向かう向き(向かい風)の場合:音が観測者に届くまでの間、音は風に押し戻されます。したがって、この区間の実質的な音速は V – w となります。ドップラー効果の公式の V を、すべてこの V – w に置き換えます。\[ f’ = \frac{(V-w) \pm v_o}{(V-w) \mp v_s} f \]
符号の決め方
分子の ±v_o と分母の ∓v_s の符号の決め方は、風がない場合と全く同じです。
**「その動きが音を高くするか、低くするか」**という物理的な直感に基づいて判断します。
- 観測者が音源に近づく → 高くなる → 分子で
+v_o
- 観測者が音源から遠ざかる → 低くなる → 分子で
-v_o
- 音源が観測者に近づく → 高くなる → 分母で
-v_s
- 音源が観測者から遠ざかる → 低くなる → 分母で
+v_s
7.3. 具体例
【問題】
風が左から右へ、速さ w=10 m/s で吹いている。音速を V=340 m/s とする。
観測者Oは静止している。音源Sが、振動数 f=500 Hz の音を出しながら、観測者の右側から左側へ(つまり、風に逆らって観測者に近づき、通り過ぎる)速さ v_s=30 m/s で移動する。
(1) 音源が観測者に近づいてくるとき、(2) 音源が観測者から遠ざかっていくときの振動数 f’ をそれぞれ求めよ。
【(1) 音源が観測者に近づくとき】
- 状況:
風(→)
,S(←) --- O
- 実質的な音速: 音はSからOへ、つまり右から左へ進む。これは風の向きと逆なので、向かい風。実質的な音速は
V - w = 340 - 10 = 330
m/s。 - 式の組み立て:
- 実質音速:
330
- 観測者は静止:
v_o = 0
- 音源は観測者に「近づく」 → 音を高くする → 分母で -v_s\[ f’ = \frac{(V-w)}{(V-w) – v_s} f = \frac{330}{330 – 30} \times 500 = \frac{330}{300} \times 500 = 1.1 \times 500 = 550 \text{ Hz} \]
- 実質音速:
【(2) 音源が観測者から遠ざかるとき】
- 状況:
風(→)
,O --- S(←)
- 実質的な音速: 音はSからOへ、つまり左から右へ進む。これは風の向きと同じなので、追い風。実質的な音速は
V + w = 340 + 10 = 350
m/s。 - 式の組み立て:
- 実質音速:
350
- 観測者は静止:
v_o = 0
- 音源は観測者から「遠ざかる」 → 音を低くする → 分母で +v_s\[ f’ = \frac{(V+w)}{(V+w) + v_s} f = \frac{350}{350 + 30} \times 500 = \frac{350}{380} \times 500 = \frac{35}{38} \times 500 \approx 460.5 \text{ Hz} \]
- 実質音速:
このように、風の問題は、最初に**「音源から観測者へ向かう向き」を基準に、実質的な音速を決定**し、それを公式の V
の代わりに用いることで、機械的に解くことができます。
8. 反射板によるドップラー効果
ドップラー効果の応用問題として、動く物体(反射板)で音が反射されるという状況が頻繁に出題されます。例えば、壁に向かってボールを投げると、壁に当たって跳ね返ってきます。もし、その壁が自分に向かって動いていたら、跳ね返ってくるボールの速さは、投げたときよりも速くなるでしょう。
音波も同様に、動く反射板で反射されると、その振動数が変化します。この現象は、ドップラー効果が**「2回」**起こる、複合的なプロセスとして理解することができます。
8.1. 2段階のプロセスで考える
動く反射板の問題を解くための鍵は、現象を以下の2つのステップに分解して考えることです。
ステップ1:反射板を「観測者」と見なす
- まず、音源から放出された音が、動いている反射板に**「受信される」**と考えます。
- このとき、
- 音源:元の音源S
- 観測者:動いている反射板R
- として、ドップラー効果の公式を適用し、反射板が**「聞く」音の振動数
f_R
** を計算します。
ステップ2:反射板を「新しい音源」と見なす
- 次に、反射板は、ステップ1で受信した振動数
f_R
の音を、そのまま**「新しい音源」**として、再び周囲に放射する(反射する)と考えます。 - このとき、
- 音源:動いている反射板R(振動数
f_R
の音を出す) - 観測者:元の観測者O
- として、再びドップラー効果の公式を適用し、観測者Oが最終的に聞く音の振動数
f_O
を計算します。
- 音源:動いている反射板R(振動数
この2段階の思考プロセスを経ることで、一見複雑に見える反射板の問題を、基本的なドップラー効果の問題の組み合わせとして、確実に解くことができます。
8.2. 具体的な導出
【状況設定】
- 静止した音源Sが、振動数
f
の音を出している。 - 反射板Rが、速さ
v_R
で動いている。 - 静止した観測者Oがいる(多くの場合、OとSは同じ位置にいます)。
- 音速を
V
とする。
ここでは、音源Sと観測者Oが同じ位置にあり、反射板Rが速さ v_R
で近づいてくる場合を考えます。
ステップ1:反射板Rが「観測者」として聞く振動数 f_R
- 音源S:静止 (
v_s = 0
) - 観測者R:音源Sに速さ
v_R
で近づく (v_o = v_R
)
観測者が近づく場合の公式を適用します。
f_R = ( (V + v_o) / V ) f
\[ f_R = \frac{V + v_R}{V} f \]
反射板は、本来の音よりも高い、この f_R
という振動数の音を「聞いて」います。
ステップ2:反射板Rが「音源」として出す音を聞く振動数 f_O
次に、反射板Rは、この振動数 f_R
の音を出しながら、観測者Oに速さ v_R
で近づいてくる「新しい音源」と見なせます。
- 音源R:振動数
f_R
、速さv_R
で観測者Oに近づく (v_s = v_R
) - 観測者O:静止 (
v_o = 0
)
音源が近づく場合の公式を適用します。
f_O = ( V / (V – v_s) ) \times (\text{音源の振動数})
\[ f_O = \frac{V}{V – v_R} f_R \]
この式の f_R に、ステップ1で求めた式を代入します。
\[ f_O = \frac{V}{V – v_R} \left( \frac{V + v_R}{V} f \right) \]
\[ f_O = \frac{V + v_R}{V – v_R} f \]
これが、近づいてくる反射板からの反射音を、音源の位置で聞く場合の最終的な公式です。
8.3. 一般的なケースと公式の解釈
同様の2ステップの思考法を適用すれば、反射板が遠ざかる場合や、音源・観測者も動く、より複雑な状況にも対応できます。
遠ざかる反射板の場合 (v_R
で遠ざかる)
- ステップ1 (Rが聞く):
f_R = (V - v_R) / V * f
- ステップ2 (Oが聞く):
f_O = V / (V + v_R) * f_R
- 結合:
f_O = (V - v_R) / (V + v_R) * f
公式の解釈
f_O = ( (V + v_R) / (V – v_R) ) f という式を見ると、分子には観測者効果(近づく)、分母には音源効果(近づく)が、両方とも反射板の速さ v_R で現れていることが分かります。
V + v_R > V – v_R なので、f_O > f となり、近づいてくる壁からの反射音は、元の音よりも高く聞こえます。
この現象は、ドップラー効果が二重に作用することで、振動数の変化がより顕著になることを示しています。
8.4. 応用例:スピードガン
警察が使うスピードガンは、この反射板によるドップラー効果を、音波の代わりに**電波(マイクロ波)**で利用したものです。
- スピードガンは、一定の振動数
f
の電波を、測定対象の自動車(動く反射板)に向けて発射します。 - 自動車は、この電波を反射します。自動車が動いているため、反射された電波の振動数
f'
は、ドップラー効果によって変化します。 - スピードガンは、この反射されて戻ってきた電波
f'
を受信します。 - 内部のコンピューターが、元の振動数
f
と、受信した振動数f'
の差 (f' - f
) を測定します。 - ドップラー効果の公式(光速
c
を用いた相対論的な式)を逆算することで、この振動数差から、自動車の速さv
を瞬時に計算し、表示するのです。
このように、反射板によるドップラー効果は、単なる物理の演習問題ではなく、私たちの社会の安全を守る技術の根幹をなしているのです。
9. 衝撃波(ソニックブーム)の発生原理
ドップラー効果の公式 f' = V / (V - v_s) * f
を見ると、音源の速さ v_s
が音速 V
に近づくにつれて、分母 (V - v_s)
がゼロに近づき、観測される振動数 f'
は無限大に発散するように見えます。そして、もし v_s
が V
を超えたら、分母は負になり、式は物理的な意味を失ってしまいます。
この極限的な状況、すなわち音源が音速に等しいか、それ以上の速さで移動するときに発生する劇的な現象が、衝撃波 (shock wave) です。戦闘機などが音速を突破した際に聞こえる、雷のような大轟音**「ソニックブーム (sonic boom)」**は、この衝撃波が私たちの耳に到達したものです。
9.1. 音源の速さと波面の変化
衝撃波の発生原理は、ホイヘンスの原理の考え方、すなわち、音源から次々と放出される球面波(素元波)が、どのように重なり合うかを考えることで、視覚的に理解できます。
ケース1:音源の速さが音速より遅い (v_s < V
)
- 音源が移動しながら、周期的に球面波を放出します。
- しかし、波が広がる速さ
V
の方が、音源が進む速さv_s
よりも速いため、先に放出された波は、常に後から放出された波を完全に包み込んでいます。 - 音源の前方では波面が密になり(ドップラー効果)、後方では疎になりますが、波面が互いに交差することはありません。
ケース2:音源の速さが音速に等しい (v_s = V
)
- この状況では、音源は、自らが放出した波の前面と全く同じ速さで進みます。
t=0
で出した波の前面がt=T
にx=VT
に到達したとき、音源自身もx=v_s T = VT
の位置にいます。- 結果として、これまで音源が放出したすべての波の前面が、音源の現在の位置、ただ一点に集中します。
- 波のエネルギーが一点に極度に集中し、圧力と密度が非常に高くなった状態、これが「音の壁 (sound barrier)」とも呼ばれる現象の始まりです。
ケース3:音源の速さが音速を超える (v_s > V
)
- 戦闘機が超音速飛行をしている状況です。
- このとき、音源は、自らが放出した音波よりも速く進んでいきます。音源は、過去に自分が出した音の輪の中から、次々と抜け出していくのです。
- その結果、過去の各時点で放出された無数の球面波は、互いに重なり合い、その後方で、ある共通の接線(接面)を形成します。
- ホイヘンスの原理における「包絡面」のように、これらの球面波の前面がすべて同位相で強めあうことで、円錐状の、極めて圧力と密度が高い波面が形成されます。
- この円錐状の特殊な波面こそが、衝撃波です。
9.2. マッハ数とマッハ円錐
衝撃波の形状は、音源の速さと音速の比によって決まります。
- マッハ数 (Mach number):物体の速さ v_s を、その場の音速 V で割った値。M = v_s / V
M < 1
: 亜音速 (subsonic)M = 1
: 音速 (sonic)M > 1
: 超音速 (supersonic)
- マッハ円錐 (Mach cone):衝撃波が形成する円錐のことを、マッハ円錐と呼びます。この円錐の頂角の半分の角度を θ とすると、作図から以下の関係が導かれます。時刻 t の間に、
- 音源が進んだ距離(円錐の軸):
v_s t
- t=0 で出た波が進んだ距離(円錐の母線): V t直角三角形を考えると、\[ \sin \theta = \frac{Vt}{v_s t} = \frac{V}{v_s} = \frac{1}{M} \]この式は、マッハ数が大きい(=速い)ほど、マッハ円錐の角度 θ は鋭くなることを示しています。
- 音源が進んだ距離(円錐の軸):
9.3. ソニックブームの正体
衝撃波は、エネルギーが極度に集中した、非常に薄い層です。この円錐形の衝撃波の「表面」が、地上にいる私たちの耳を通過する瞬間に、私たちは何を聞くのでしょうか。
- 圧力の急上昇:衝撃波の前面が到達すると、空気の圧力が、ごくわずかな時間(数ミリ秒)のうちに、平常時の大気圧から急激に上昇します。
- 圧力の急降下:その後、圧力は平常時よりも低い値まで急速に低下し、やがて平常時の圧力に戻ります。
- 音としての知覚:この「急激な圧力の上昇と下降」というパターンが、私たちの鼓膜を強く、そして鋭く揺さぶります。これが、雷が落ちたときのような、あるいは大砲が発射されたときのような、「ドン!」という単発の爆発音、すなわちソニックブームとして知覚されるのです。
重要なのは、ソニックブームは、戦闘機が「音速を突破した瞬間」にだけ発生するものではない、ということです。超音速で飛行している間、戦闘機は常に衝撃波の円錐を引き連れて飛んでいます。この円錐の表面が地上を通過する場所であれば、どこでもソニックブームが聞こえるのです。戦闘機が頭上を通過してから少し遅れて音が聞こえるのは、この円錐が地上に到達するまでに時間がかかるためです。
衝撃波は、ドップラー効果の公式が破綻する、波の非線形的な側面が顕在化した現象であり、流体力学における極めて重要で、かつ複雑な研究対象となっています。
10. ドップラー効果の応用例(救急車、スピードガン)
ドップラー効果は、物理学の教科書の中に留まる抽象的な理論ではありません。それは、私たちの日常生活から最先端の科学技術に至るまで、様々な場面でその原理が応用されている、極めて実用的な物理法則です。この章では、これまで学んできたドップラー効果の知識を総動員し、その代表的な応用例である「救急車のサイレン」と「スピードガン」が、どのように物理法則と結びついているかを再確認します。
10.1. 救急車のサイレン:日常に響く物理法則
ドップラー効果の導入で例として挙げた救急車のサイレンは、この現象を最も身近に、そして音響的に体験できる好例です。
現象の再分析
- 物理的な状況:
- 音源: 救急車(速さ
v_s
で移動) - 観測者: 歩行者(静止
v_o = 0
) - 媒質: 静止した空気(音速
V
)
- 音源: 救急車(速さ
- 観測される振動数 f’:ドップラー効果の一般公式 f’ = (V ± v_o) / (V ∓ v_s) * f に、上記の条件を代入します。
- 救急車が近づいてくるとき:音源が観測者に「近づく」動きは、音を高くします。そのため、分母は V – v_s を選択します。\[ f’_{\text{approach}} = \frac{V}{V – v_s} f \]V – v_s < V なので、f’_{\text{approach}} > f となり、本来のサイレン音 f よりも高い音が聞こえます。
- 救急車が遠ざかっていくとき:音源が観測者から「遠ざかる」動きは、音を低くします。そのため、分母は V + v_s を選択します。\[ f’_{\text{recede}} = \frac{V}{V + v_s} f \]V + v_s > V なので、f’_{\text{recede}} < f となり、本来のサイレン音 f よりも低い音が聞こえます。
- 音の高さが急激に変化する理由:救急車が観測者の真横を通過するまさにその瞬間、音源の観測者に対する速度の向きが、「近づく」から「遠ざかる」へと急激に反転します。これにより、観測される振動数もまた、f’_{\text{approach}} から f’_{\text{recede}} へと不連続的に変化するため、私たちは「ピ〜〜ポ〜〜」という、あの特徴的な音の変化を経験するのです。(厳密には、真横を通過する瞬間は、観測者に対する視線方向の速度成分がゼロになるため、一瞬だけ本来の振動数 f になります。)
この日常的な音の風景は、ドップラー効果の公式が、現実の物理現象をいかに正確に記述しているかを示す、生きた教材と言えるでしょう。
10.2. スピードガン:見えない波で速さを測る
ドップラー効果のもう一つの重要な応用が、速度の測定です。警察が交通速度の取り締まりに用いるスピードガンは、その代表例です。
原理の再分析
スピードガンの原理は、Module 7-8で学んだ**「動く反射板によるドップラー効果」**そのものです。
- 物理的な状況:
- 波の種類: 音波ではなく、電波(マイクロ波)を使用します。電波は光の一種なので、その速さは音速
V
ではなく光速c
となります。 - 波源: スピードガン本体(静止、振動数
f
の電波を発射) - 反射板: 測定対象の自動車(速さ
v
で移動) - 観測者: スピードガン本体(静止、反射波を受信)
- 波の種類: 音波ではなく、電波(マイクロ波)を使用します。電波は光の一種なので、その速さは音速
- 2段階のドップラー効果:ステップ1: スピードガンから発射された電波が、自動車に「受信」される。
- 音源(ガン)は静止。観測者(車)は速さ
v
で近づいてくる。 - 車が「観測」する電波の振動数 f_car は、f_car = ( (c+v)/c ) f (※光のドップラー効果では、音波とは少し異なる相対論的な式を用いますが、v<<c の場合はこの古典的な式で良い近似となります。)
- 音源(車)は振動数
f_car
の電波を出しながら、速さv
で観測者(ガン)に近づいてくる。 - ガンが最終的に受信する振動数 f’ は、f’ = ( c / (c-v) ) f_car
- 音源(ガン)は静止。観測者(車)は速さ
- 最終的な公式:ステップ1の f_car をステップ2の式に代入すると、\[ f’ = \frac{c}{c-v} \left( \frac{c+v}{c} f \right) = \frac{c+v}{c-v} f \]
- 速度の計算:スピードガンが実際に測定するのは、送信した波の振動数 f と、受信した反射波の振動数 f’ との差 Δf = f’ – f です。この Δf を「うなり(ビート)」として検出します。上の式から、Δf は、Δf = ( (c+v)/(c-v) – 1 ) f = ( (c+v – (c-v)) / (c-v) ) f = ( 2v / (c-v) ) fとなります。v は光速 c に比べて非常に小さいので、c-v ≈ c と近似できます。\[ \Delta f \approx \frac{2v}{c} f \]この近似式を v について解くと、\[ v \approx \frac{c \Delta f}{2f} \]となります。光速 c と、送信した電波の振動数 f は既知の値なので、スピードガンは、測定した振動数差 Δf から、自動車の速さ v を瞬時に計算することができるのです。
10.3. その他の応用
ドップラー効果の応用は、これらに留まりません。
- 気象レーダー: 雨雲に向けて電波を発射し、雨粒(動く反射板)からの反射波のドップラー効果を測定することで、雨雲の移動速度や風の強さを観測します。
- 医療診断: 超音波を血管に当て、赤血球からの反射波のドップラー効果を測定することで、血流の速さや向きを調べ、血管の詰まりなどを診断します(超音波ドップラー法)。
- 天文学: 遠方の恒星や銀河から届く光のスペクトルを分析し、特定の吸収線が本来の位置からずれる「ドップラーシフト」を測定します。
- 赤方偏移 (Redshift): スペクトルが長波長側(赤色側)にずれている場合。天体が私たちから遠ざかっていることを示す。ほとんどの銀河が赤方偏移を示すことが、宇宙膨張の発見につながりました。
- 青方偏移 (Blueshift): スペクトルが短波長側(青色側)にずれている場合。天体が私たちに近づいていることを示す。
このように、ドップラー効果は、波を発する/反射する物体の「運動」に関する情報を、私たちに教えてくれる、強力無比な「遠隔センサー」として、科学技術のあらゆる分野で活躍しているのです。
Module 7:ドップラー効果 の総括:運動が変える波の世界
本モジュール「ドップラー効果」を通じて、私たちは、波の発生源や観測者が運動することによって、静的な波の世界がいかにダイナミックに変容するかを探求してきました。日常的に経験する救急車のサイレンの音の変化という素朴な現象の背後に、宇宙の構造から最新の医療技術までを貫く、普遍的で強力な物理原理が隠されていることを見てきました。
私たちはまず、ドップラー効果という現象が、単一のメカニズムではなく、**「音源の運動による波長の物理的な変化」と「観測者の運動による波との相対速度の変化」**という、二つの異なる物理プロセスから成り立っていることを明らかにしました。この原因の分析的理解は、現象の表面的な理解から、その根源的なメカニズムの理解へと、私たちの思考を深化させました。
次に、これらの物理的理解に基づき、それぞれのケースにおける公式を導出し、最終的にはそれらを一つの統一的な一般公式 f' = (V ± v_o) / (V ∓ v_s) * f
へと統合しました。そして、この公式を機械的に適用するのではなく、「音が高くなるか、低くなるか」という物理的な直感に基づいて符号を判断するという、間違いのない運用方法を学びました。
さらに、風や反射板といった、より現実的で応用的な状況へと考察を広げ、ドップラー効果の二重適用がスピードガンの原理となっていることを見ました。そして最後に、音源が音速を超えるという極限状態において、波面が重なり合って**衝撃波(ソニックブーム)**が形成されるという、ドップラー効果の限界とその先にある劇的な現象にまで足を踏み入れました。
このモジュールで得た最も重要な知見は、観測される物理量は、観測者と対象の「相対的な運動状態」に依存して変化しうるという、物理学における根源的な視点です。静止した座標系で記述された法則が、運動する座標系ではどのように見えるのか。この問いかけは、後にアインシュタインの相対性理論へと繋がっていく、近代物理学の最も重要なテーマの一つです。ドップラー効果の学習は、その壮大な物語への、最初の入り口なのです。ここで身につけた思考の道具は、波の世界だけでなく、力学や電磁気学の世界を旅する上でも、あなたの視野を広げる確かな力となるでしょう。