【基礎 数学(数学B)】Module 10:ベクトル(2) 平面ベクトルの内積

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本モジュールの目的と構成

前のモジュールでは、ベクトルという新しい言語の基本的な文法(加法、減法、実数倍)を学び、図形上の点をベクトルで表現する強力な手法を身につけました。しかし、これまでの演算だけでは、ベクトルの持つ二大要素「大きさと向き」のうち、「向き」の相互関係、すなわち二つのベクトルがなす「角度」について深く踏み込むことができませんでした。また、ベクトル同士の「掛け算」に相当する演算もまだ定義されていません。

本モジュールで学ぶ**「内積(Dot Product)」は、まさにこれらの問いに答えるための、極めて重要で新しい演算です。内積は、二つのベクトルから一つのスカラー(ただの数値)を生み出す演算ですが、その過程で、二つのベクトルの大きさと、それらのなす角度**という、幾何学の根幹をなす情報を結びつけます。

内積を学ぶことで、私たちは初めて、ベクトルを用いて角度を計算し、「垂直」という図形的な性質をシンプルな数式で表現できるようになります。これは、ベクトルという言語が、図形の「位置関係」だけでなく、「計量(長さや角度の測定)」までをも記述できる、本格的な幾何学の言語へと進化する瞬間です。それはまるで、単語と文法を学んだ言語で、初めて詩や物語を紡ぎ出すことに似ています。

本モジュールは、以下の学習項目で構成されています。

  1. ベクトルの内積の定義と幾何学的意味:まず、内積がどのように定義されるのか(\(|\vec{a}||\vec{b}|\cos\theta\))を学び、その式が持つ「一方のベクトルを、もう一方のベクトルの方向へ射影した長さと、元のベクトルの長さの積」という本質的な幾何学的意味を深く理解します。
  2. 内積の成分表示:この幾何学的な定義から、ベクトルが成分で与えられている場合に、内積が驚くほどシンプルな計算(\(a_1b_1 + a_2b_2\))で求められることを導出します。これにより、内積は強力な計算ツールとなります。
  3. 内積の性質:内積が満たす、交換法則や分配法則といった重要な計算ルールを学びます。特に、自分自身との内積が大きさの2乗(\(\vec{a} \cdot \vec{a} = |\vec{a}|^2\))になるという性質は、大きさと内積を結ぶ重要な架け橋です。
  4. 内積を用いたベクトルのなす角の計算:内積の定義式を逆利用することで、二つのベクトルの成分が分かっていれば、それらのなす角の余弦(\(\cos\theta\))を正確に計算できることを学びます。
  5. ベクトルの垂直条件:二つのベクトルが垂直に交わる(なす角が90°)という幾何学的条件が、「内積が0になる」という極めてシンプルな代数条件と等価であることを示します。これは、ベクトルで図形問題を解く際に最も頻繁に利用される道具の一つです。
  6. 正射影ベクトル:一方のベクトルを、もう一方のベクトルの方向へ落とした影、すなわち「正射影」のベクトルを、内積を用いて計算する方法を学びます。これは物理学における力の分解など、応用上非常に重要です。
  7. ベクトルを用いた三角形の面積公式:内積を用いて、三角形の面積を、その二辺をなすベクトルの成分だけで計算する公式を導きます。
  8. ベクトルと図形の性質の証明:内積、特に垂直条件などを駆使して、中学校で学んだような様々な図形の性質(例:「ひし形の対角線は垂直に交わる」など)を、ベクトル計算によって鮮やかに証明する手法を探求します。
  9. 直線のベクトル方程式:平面上の「直線」という図形を、ベクトルを用いて方程式として表現する方法を学びます。これにより、直線上の点の動きや、法線との関係を統一的に記述できます。
  10. 円のベクトル方程式:同様に、「円」という図形も、中心からの距離が一定であるという性質をベクトルで捉え、方程式として表現します。

このモジュールを通じて、ベクトルという言語は、単なる位置関係の記述ツールから、角度や長さといった計量的な性質までをも内包する、豊かで強力な幾何学の言語へと進化します。その進化の鍵を握るのが、これから学ぶ「内積」なのです。

目次

1. ベクトルの内積の定義と幾何学的意味

ベクトルの加法や減法は、結果もまたベクトルとなりました。しかし、ベクトル同士の「積」にはいくつかの種類があり、その中で最も基本的で重要なのが、結果がスカラー(ただの数値)になる内積 (Dot Product / Inner Product) です。内積は、二つのベクトルの大きさと、それらのなす角という幾何学的な情報を凝縮した、非常に情報量の多い「数値」です。

1.1. 内積の定義

\(\vec{0}\) でない二つのベクトル \(\vec{a}\) と \(\vec{b}\) があるとき、その始点を揃えて考え、二つのベクトルがなす角を \(\theta\) とします。(ただし、\(0^\circ \le \theta \le 180^\circ\))

このとき、\(\vec{a}\) と \(\vec{b}\) の内積を、記号 \(\vec{a} \cdot \vec{b}\) で表し、以下の式で定義します。

\[ \vec{a} \cdot \vec{b} = |\vec{a}| |\vec{b}| \cos\theta \]

定義から明らかなように、内積 \(\vec{a} \cdot \vec{b}\) は、\(|\vec{a}|\) (スカラー), \(|\vec{b}|\) (スカラー), \(\cos\theta\) (スカラー) の三つの数値の積なので、結果はベクトルではなくスカラーとなります。この点は、加法や減法との大きな違いなので、明確に意識する必要があります。

また、\(\vec{a}\) または \(\vec{b}\) の少なくとも一方が \(\vec{0}\) の場合は、なす角を考えることができませんが、その内積は 0 と定めます。

\[ \vec{a} \cdot \vec{0} = 0, \quad \vec{0} \cdot \vec{b} = 0 \]

これは、\(|\vec{0}|=0\) なので、定義式に形式的に代入した結果と一致しています。

1.2. 内積の幾何学的意味

内積の定義式 \(\vec{a} \cdot \vec{b} = |\vec{a}| (|\vec{b}| \cos\theta)\) は、その幾何学的な意味を深く示唆しています。

まず、\(|\vec{b}| \cos\theta\) という部分に着目してみましょう。

始点をOとし、\(\vec{a} = \vec{OA}\), \(\vec{b} = \vec{OB}\) とします。点Bから直線OAに下ろした垂線の足をHとすると、三角形OBHは直角三角形となります。

このとき、OHの長さは \(|\vec{OB}|\cos\theta = |\vec{b}|\cos\theta\) となります。(ただし、\(\theta > 90^\circ\) のときは \(\cos\theta < 0\) となるため、OHの長さは \(|\vec{b}||\cos\theta|\) であり、\(|\vec{b}|\cos\theta\) は負の値をとります。)

この \(|\vec{b}|\cos\theta\) は、ベクトル \(\vec{b}\) の、ベクトル \(\vec{a}\) 方向への正射影(Orthogonal Projection)の符号付き長さと解釈できます。

したがって、内積は以下のように解釈できます。

内積の幾何学的解釈

\[ \vec{a} \cdot \vec{b} = (\text{ベクトル } \vec{a} \text{ の大きさ}) \times (\text{ベクトル } \vec{b} \text{ の } \vec{a} \text{ 方向への正射影の符号付き長さ}) \]

交換法則(後述)により、\(\vec{a} \cdot \vec{b} = (|\vec{a}|\cos\theta)|\vec{b}|\) と見ることもできるので、これは symmetrically に「ベクトル \(\vec{b}\) の大きさと、ベクトル \(\vec{a}\) の \(\vec{b}\) 方向への正射影の符号付き長さの積」とも言えます。

要するに、内積とは**「二つのベクトルが、どれだけ同じ方向を向いているか」**という度合いを数値化したものなのです。

1.3. なす角 \(\theta\) と内積の符号

内積の値の符号は、二つのベクトルがなす角 \(\theta\) によって決まります。

  • \(0^\circ \le \theta < 90^\circ\) (鋭角)のとき:\(\cos\theta > 0\) なので、\(\vec{a} \cdot \vec{b} > 0\) となります。二つのベクトルが似た方向を向いている場合、内積は正の値をとります。特に、\(\theta=0^\circ\)(同じ向きに平行)のとき、\(\cos0^\circ=1\) なので、内積は最大値 \(|\vec{a}||\vec{b}|\) をとります。
  • \(\theta = 90^\circ\) (直角)のとき:\(\cos90^\circ = 0\) なので、\(\vec{a} \cdot \vec{b} = 0\) となります。二つのベクトルが垂直に交わっている場合、内積は0になります。これはベクトルの垂直条件として、極めて重要な性質です。
  • \(90^\circ < \theta \le 180^\circ\) (鈍角)のとき:\(\cos\theta < 0\) なので、\(\vec{a} \cdot \vec{b} < 0\) となります。二つのベクトルが互いに反対に近い方向を向いている場合、内積は負の値をとります。特に、\(\theta=180^\circ\)(反対向きに平行)のとき、\(\cos180^\circ=-1\) なので、内積は最小値 \(-|\vec{a}||\vec{b}|\) をとります。

1.4. 自分自身との内積

ベクトル \(\vec{a}\) と、それ自身との内積 \(\vec{a} \cdot \vec{a}\) を考えてみましょう。

この場合、なす角は \(\theta=0^\circ\) ですから、\(\cos0^\circ=1\) となります。

定義式に代入すると、

\[ \vec{a} \cdot \vec{a} = |\vec{a}| |\vec{a}| \cos0^\circ = |\vec{a}|^2 \times 1 = |\vec{a}|^2 \]

となり、同じベクトル同士の内積は、そのベクトルの大きさの2乗に等しくなります。

\[ \vec{a} \cdot \vec{a} = |\vec{a}|^2 \]

この関係式は、ベクトルの「大きさ」という幾何学的な量を、内積という代数的な演算に結びつける、非常に重要な橋渡しとなります。逆に言えば、ベクトルの大きさは、自分自身との内積の平方根として計算できます。

\[ |\vec{a}| = \sqrt{\vec{a} \cdot \vec{a}} \]

この性質は、後の成分計算や図形の性質の証明において、頻繁に利用されることになります。

2. 内積の成分表示

内積の定義 \(\vec{a} \cdot \vec{b} = |\vec{a}||\vec{b}|\cos\theta\) は、その幾何学的な意味を理解する上で本質的ですが、実際に計算を行う際には、ベクトルの大きさやなす角が既知であることは稀です。ベクトルが成分で与えられている場合に、内積をもっと簡単に計算する方法はないでしょうか。

ここでは、座標幾何学の強力な道具である余弦定理を用いて、内積の成分表示の公式を導出します。この公式の発見が、内積を真に実用的な計算ツールへと進化させました。

2.1. 余弦定理を用いた導出

平面上に、原点Oを始点とする二つのベクトル \(\vec{a} = (a_1, a_2)\) と \(\vec{b} = (b_1, b_2)\) を考えます。

終点をそれぞれ A, B とすると、Aの座標は \((a_1, a_2)\)、Bの座標は \((b_1, b_2)\) となります。

この3点 O, A, B が作る三角形OABに着目します。

余弦定理 (Law of Cosines)

三角形OABにおいて、余弦定理を適用すると、辺ABの長さの2乗は、

\[ AB^2 = OA^2 + OB^2 – 2 \cdot OA \cdot OB \cdot \cos\theta \]

と表せます。ここで、\(\theta\) は \(\angle AOB\) であり、ベクトル \(\vec{a}\) と \(\vec{b}\) のなす角に他なりません。

この余弦定理の式を、ベクトルの言葉で翻訳してみましょう。

  • \(OA = |\vec{a}|\), \(OB = |\vec{b}|\)
  • \(AB = |\vec{AB}| = |\vec{b} – \vec{a}|\)これらを代入すると、\[ |\vec{b} – \vec{a}|^2 = |\vec{a}|^2 + |\vec{b}|^2 – 2 |\vec{a}||\vec{b}|\cos\theta \]となります。

右辺に注目してください。\(|\vec{a}||\vec{b}|\cos\theta\) は、まさに内積 \(\vec{a} \cdot \vec{b}\) の定義そのものです。

したがって、

\[ |\vec{b} – \vec{a}|^2 = |\vec{a}|^2 + |\vec{b}|^2 – 2 (\vec{a} \cdot \vec{b}) \]

と書き換えられます。

この式を、内積 \(\vec{a} \cdot \vec{b}\) について解くと、

\[ 2 (\vec{a} \cdot \vec{b}) = |\vec{a}|^2 + |\vec{b}|^2 – |\vec{b} – \vec{a}|^2 \]

\[ \vec{a} \cdot \vec{b} = \frac{1}{2} (|\vec{a}|^2 + |\vec{b}|^2 – |\vec{b} – \vec{a}|^2) \]

となります。

2.2. 成分による計算

次に、この式の右辺を、すべてベクトルの成分で計算していきます。

  • \(\vec{a} = (a_1, a_2)\) より、\(|\vec{a}|^2 = a_1^2 + a_2^2\)
  • \(\vec{b} = (b_1, b_2)\) より、\(|\vec{b}|^2 = b_1^2 + b_2^2\)
  • \(\vec{b} – \vec{a} = (b_1 – a_1, b_2 – a_2)\) より、\[ |\vec{b} – \vec{a}|^2 = (b_1 – a_1)^2 + (b_2 – a_2)^2 \]\[ = (b_1^2 – 2a_1b_1 + a_1^2) + (b_2^2 – 2a_2b_2 + a_2^2) \]

これらの成分表示を、先ほど導出した内積の式に代入します。

\[ \vec{a} \cdot \vec{b} = \frac{1}{2} { (a_1^2 + a_2^2) + (b_1^2 + b_2^2) – ( (b_1^2 – 2a_1b_1 + a_1^2) + (b_2^2 – 2a_2b_2 + a_2^2) ) } \]

括弧を外して整理すると、多くの項が打ち消し合います。

\[ = \frac{1}{2} { a_1^2 + a_2^2 + b_1^2 + b_2^2 – b_1^2 + 2a_1b_1 – a_1^2 – b_2^2 + 2a_2b_2 – a_2^2 } \]

\[ = \frac{1}{2} { 2a_1b_1 + 2a_2b_2 } \]

\[ = a_1b_1 + a_2b_2 \]

この結果、非常にシンプルで美しい公式が得られました。

内積の成分表示

二つのベクトル \(\vec{a} = (a_1, a_2)\) と \(\vec{b} = (b_1, b_2)\) の内積は、

\[ \vec{a} \cdot \vec{b} = a_1b_1 + a_2b_2 \]

と計算できる。

これは、対応する成分同士の積を計算し、それらを足し合わせることで内積が求まることを意味します。

この成分表示の発見により、ベクトルのなす角 \(\theta\) や大きさの情報がなくても、成分さえ分かっていれば、誰でも簡単に内積を計算できるようになりました。

2.3. 具体的な計算例

\(\vec{a} = (2, 3)\)、\(\vec{b} = (4, -1)\) のとき、内積 \(\vec{a} \cdot \vec{b}\) を求めてみましょう。

\[ \vec{a} \cdot \vec{b} = (2)(4) + (3)(-1) = 8 – 3 = 5 \]

計算はこれだけです。非常に簡単です。

\(\vec{c} = (-3, 5)\)、\(\vec{d} = (5, 3)\) のとき、内積 \(\vec{c} \cdot \vec{d}\) を求めてみましょう。

\[ \vec{c} \cdot \vec{d} = (-3)(5) + (5)(3) = -15 + 15 = 0 \]

この結果は、\(\vec{c}\) と \(\vec{d}\) の内積が0であることを示しており、二つのベクトルが垂直であることを意味します。成分を見るだけではすぐには分からなかった幾何学的な関係が、内積の計算一つで明らかになりました。

また、自分自身との内積も成分で計算できます。

\[ \vec{a} \cdot \vec{a} = a_1a_1 + a_2a_2 = a_1^2 + a_2^2 \]

これは、\(|\vec{a}|^2\) の成分による表現と一致しており、\(\vec{a} \cdot \vec{a} = |\vec{a}|^2\) という重要な性質が、成分表示の世界でも矛盾なく成り立っていることを示しています。

内積の成分表示は、幾何学的な概念である内積を、具体的な代数計算の土俵に乗せるための、決定的な一歩です。この公式があるからこそ、内積は理論的な美しさだけでなく、問題を解くための実践的な道具としての力を発揮するのです。

3. 内積の性質

内積は、数の世界の掛け算とは異なる新しい演算ですが、通常の掛け算と似た、扱いやすい性質を多く持っています。これらの性質を理解し、使いこなすことで、ベクトルを含んだ式の計算を、まるで文字式のようにスムーズに行うことができるようになります。内積の性質は、幾何学的な定義から証明することもできますが、前セクションで導出した成分表示を用いると、より簡単かつ明快に証明できます。

\(\vec{a}=(a_1, a_2)\), \(\vec{b}=(b_1, b_2)\), \(\vec{c}=(c_1, c_2)\) とし、\(k\) を実数とします。

3.1. 交換法則

性質1:\(\vec{a} \cdot \vec{b} = \vec{b} \cdot \vec{a}\) (交換法則)

  • 証明:成分表示を用いて、両辺をそれぞれ計算します。
    • 左辺: \(\vec{a} \cdot \vec{b} = a_1b_1 + a_2b_2\)
    • 右辺: \(\vec{b} \cdot \vec{a} = b_1a_1 + b_2a_2\)実数の積は交換可能なので、\(a_1b_1 = b_1a_1\) かつ \(a_2b_2 = b_2a_2\) です。したがって、左辺と右辺は等しくなります。
  • 幾何学的意味:これは、\(\vec{a}\) の \(\vec{b}\) 方向への射影と \(\vec{b}\) の大きさを掛けても、\(\vec{b}\) の \(\vec{a}\) 方向への射影と \(\vec{a}\) の大きさを掛けても、結果が同じであることを意味しており、直感的にも理解できます。

3.2. 分配法則

性質2:\((\vec{a} + \vec{b}) \cdot \vec{c} = \vec{a} \cdot \vec{c} + \vec{b} \cdot \vec{c}\) (分配法則)

性質2’:\(\vec{a} \cdot (\vec{b} + \vec{c}) = \vec{a} \cdot \vec{b} + \vec{a} \cdot \vec{c}\) (交換法則から明らか)

  • 証明 (性質2):まず、左辺の \(\vec{a} + \vec{b}\) を成分で表します。\(\vec{a} + \vec{b} = (a_1+b_1, a_2+b_2)\)次に、左辺の内積を計算します。
    • 左辺: \((\vec{a} + \vec{b}) \cdot \vec{c} = (a_1+b_1)c_1 + (a_2+b_2)c_2\)\(= a_1c_1 + b_1c_1 + a_2c_2 + b_2c_2\)次に、右辺を計算します。
    • 右辺: \(\vec{a} \cdot \vec{c} + \vec{b} \cdot \vec{c} = (a_1c_1 + a_2c_2) + (b_1c_1 + b_2c_2)\)\(= a_1c_1 + b_1c_1 + a_2c_2 + b_2c_2\)左辺と右辺の計算結果は一致します。
  • 重要性:分配法則が成り立つおかげで、私たちは \(|\vec{a} + \vec{b}|^2\) のような式を、多項式の展開のように計算することができます。

3.3. 実数倍(スカラー倍)との関係

性質3:\((k\vec{a}) \cdot \vec{b} = \vec{a} \cdot (k\vec{b}) = k(\vec{a} \cdot \vec{b})\)

  • 証明:
    • \((k\vec{a}) \cdot \vec{b} = (ka_1, ka_2) \cdot (b_1, b_2) = (ka_1)b_1 + (ka_2)b_2 = k(a_1b_1) + k(a_2b_2) = k(a_1b_1 + a_2b_2) = k(\vec{a} \cdot \vec{b})\)
    • \(\vec{a} \cdot (k\vec{b})\) についても同様に証明できます。
  • 意味:実数倍の定数 \(k\) は、内積計算の外に自由に出し入れできることを意味します。これもまた、文字式の計算と同じような感覚で式変形ができることを保証しています。

3.4. 大きさとの関係(再掲)

性質4:\(\vec{a} \cdot \vec{a} = |\vec{a}|^2\)

  • 証明 (成分):\(\vec{a} \cdot \vec{a} = (a_1, a_2) \cdot (a_1, a_2) = a_1a_1 + a_2a_2 = a_1^2 + a_2^2\)これは、\(|\vec{a}|^2 = (\sqrt{a_1^2 + a_2^2})^2 = a_1^2 + a_2^2\) と一致します。
  • 応用: この性質は、ベクトルの大きさの2乗を計算する際に極めて強力です。例えば、\(|\vec{a}+\vec{b}|^2\) を計算したい場合、これを \((\vec{a}+\vec{b}) \cdot (\vec{a}+\vec{b})\) と考え、分配法則を用いて展開することができます。\[ |\vec{a}+\vec{b}|^2 = (\vec{a}+\vec{b}) \cdot (\vec{a}+\vec{b}) \]\[ = \vec{a}\cdot(\vec{a}+\vec{b}) + \vec{b}\cdot(\vec{a}+\vec{b}) \]\[ = \vec{a}\cdot\vec{a} + \vec{a}\cdot\vec{b} + \vec{b}\cdot\vec{a} + \vec{b}\cdot\vec{b} \]交換法則 \(\vec{a}\cdot\vec{b} = \vec{b}\cdot\vec{a}\) と、性質4 \(\vec{a} \cdot \vec{a} = |\vec{a}|^2\) を用いると、\[ = |\vec{a}|^2 + 2(\vec{a}\cdot\vec{b}) + |\vec{b}|^2 \]という、まるで実数の展開公式 \((a+b)^2 = a^2+2ab+b^2\) のような、美しい結果が得られます。同様に、\[ |\vec{a}-\vec{b}|^2 = |\vec{a}|^2 – 2(\vec{a}\cdot\vec{b}) + |\vec{b}|^2 \]も成り立ちます。

3.5. まとめと具体例

以上の性質をまとめると、内積を含むベクトル式は、基本的に通常の文字式と同様の法則(交換、分配、結合)に従って計算できる、ということが分かります。ただし、ベクトル同士の積が内積であるという点だけは常に意識する必要があります。

例題:

\(|\vec{a}|=2, |\vec{b}|=3, \vec{a}\cdot\vec{b}=4\) のとき、\(|\vec{a}-2\vec{b}|\) の値を求めなさい。

解法:

直接 \(|\vec{a}-2\vec{b}|\) を求めるのは難しいので、その2乗を考えます。

\[ |\vec{a}-2\vec{b}|^2 = (\vec{a}-2\vec{b}) \cdot (\vec{a}-2\vec{b}) \]

分配法則を用いて、これを展開します。

\[ = \vec{a}\cdot\vec{a} – \vec{a}\cdot(2\vec{b}) – (2\vec{b})\cdot\vec{a} + (2\vec{b})\cdot(2\vec{b}) \]

内積の性質を使って、各項を整理します。

\[ = |\vec{a}|^2 – 2(\vec{a}\cdot\vec{b}) – 2(\vec{b}\cdot\vec{a}) + 4(\vec{b}\cdot\vec{b}) \]

\[ = |\vec{a}|^2 – 4(\vec{a}\cdot\vec{b}) + 4|\vec{b}|^2 \]

ここに、与えられた値を代入します。

\[ = (2)^2 – 4(4) + 4(3)^2 \]

\[ = 4 – 16 + 4(9) \]

\[ = 4 – 16 + 36 = 24 \]

よって、\(|\vec{a}-2\vec{b}|^2 = 24\) となります。

\(|\vec{a}-2\vec{b}|\) は大きさ(長さ)なので、0以上です。

したがって、

\[ |\vec{a}-2\vec{b}| = \sqrt{24} = 2\sqrt{6} \]

と求めることができます。

4. 内積を用いたベクトルのなす角の計算

内積の最も重要な応用のひとつが、二つのベクトルの「なす角」を具体的に計算することです。内積の定義式と成分表示の二つの表現を組み合わせることで、私たちは図を全く描かなくても、ベクトルの成分という数値情報だけから、幾何学的な角度を正確に求めることができます。

4.1. なす角を求める基本公式

内積の定義式を思い出してみましょう。

\[ \vec{a} \cdot \vec{b} = |\vec{a}| |\vec{b}| \cos\theta \]

この式を、\(\cos\theta\) について解きます。\(\vec{a} \neq \vec{0}\) かつ \(\vec{b} \neq \vec{0}\) のとき、\(|\vec{a}| \neq 0\) かつ \(|\vec{b}| \neq 0\) なので、両辺を \(|\vec{a}||\vec{b}|\) で割ることができます。

ベクトルのなす角の公式

\[ \cos\theta = \frac{\vec{a} \cdot \vec{b}}{|\vec{a}| |\vec{b}|} \]

この公式が意味するのは、二つのベクトルのなす角の余弦(\(\cos\theta\))は、

  1. 二つのベクトルの内積(分子)
  2. 二つのベクトルの大きさの積(分母)の比によって決まる、ということです。

そして、内積も大きさも、ベクトルの成分が分かっていれば簡単に計算できるのでした。

  • \(\vec{a} = (a_1, a_2), \vec{b} = (b_1, b_2)\) のとき
  • \(\vec{a} \cdot \vec{b} = a_1b_1 + a_2b_2\)
  • \(|\vec{a}| = \sqrt{a_1^2 + a_2^2}\)
  • \(|\vec{b}| = \sqrt{b_1^2 + b_2^2}\)

これらの計算結果を公式に代入すれば、\(\cos\theta\) の値が求まります。

4.2. 計算の手順

ベクトルのなす角を求める手順は、以下のように整理できます。

Step 1: 内積を計算する

与えられたベクトルの成分を用いて、分子 \(\vec{a} \cdot \vec{b}\) を計算する。

\[ \vec{a} \cdot \vec{b} = a_1b_1 + a_2b_2 \]

Step 2: 各ベクトルの大きさを計算する

分母に必要な \(|\vec{a}|\) と \(|\vec{b}|\) を、それぞれ成分から計算する。

\[ |\vec{a}| = \sqrt{a_1^2 + a_2^2}, \quad |\vec{b}| = \sqrt{b_1^2 + b_2^2} \]

Step 3: 公式に代入して \(\cos\theta\) を求める

Step 1と2で求めた値を公式に代入し、\(\cos\theta\) の値を算出する。

Step 4: \(\theta\) を求める

求まった \(\cos\theta\) の値から、\(0^\circ \le \theta \le 180^\circ\) の範囲で対応する角度 \(\theta\) を見つける。

(三角比の知識が必要になります。例えば、\(\cos\theta = 1/2\) なら \(\theta=60^\circ\)、\(\cos\theta = -\sqrt{2}/2\) なら \(\theta=135^\circ\) となります。)

4.3. 具体例

問題:

二つのベクトル \(\vec{a} = (1, 3)\) と \(\vec{b} = (4, -2)\) のなす角 \(\theta\) を求めなさい。

解法:

上記の手順に従って計算します。

Step 1: 内積を計算する

\[ \vec{a} \cdot \vec{b} = (1)(4) + (3)(-2) = 4 – 6 = -2 \]

Step 2: 各ベクトルの大きさを計算する

\[ |\vec{a}| = \sqrt{1^2 + 3^2} = \sqrt{1+9} = \sqrt{10} \]

\[ |\vec{b}| = \sqrt{4^2 + (-2)^2} = \sqrt{16+4} = \sqrt{20} = 2\sqrt{5} \]

Step 3: 公式に代入して \(\cos\theta\) を求める

\[ \cos\theta = \frac{\vec{a} \cdot \vec{b}}{|\vec{a}| |\vec{b}|} = \frac{-2}{\sqrt{10} \cdot 2\sqrt{5}} = \frac{-2}{2\sqrt{50}} = \frac{-1}{\sqrt{50}} = \frac{-1}{5\sqrt{2}} \]

有理化すると、

\[ \cos\theta = -\frac{\sqrt{2}}{10} \]

Step 4: \(\theta\) を求める

\(\cos\theta = -\frac{\sqrt{2}}{10}\) は、\(30^\circ, 45^\circ, 60^\circ\) といった有名な角の三角比ではありません。このような場合、問題で特に角度を求めよと指定されていなければ、\(\cos\theta\) の値を答えるだけで十分なことが多いです。(もし角度を求める必要があるなら、\(\theta = \arccos(-\frac{\sqrt{2}}{10})\) となりますが、これは高校範囲を超える表記です。)

別の例題:

\(\vec{a} = (1, \sqrt{3})\) と \(\vec{b} = (\sqrt{3}, 1)\) のなす角 \(\theta\) を求めなさい。

解法:

Step 1: 内積

\[ \vec{a} \cdot \vec{b} = (1)(\sqrt{3}) + (\sqrt{3})(1) = \sqrt{3} + \sqrt{3} = 2\sqrt{3} \]

Step 2: 大きさ

\[ |\vec{a}| = \sqrt{1^2 + (\sqrt{3})^2} = \sqrt{1+3} = \sqrt{4} = 2 \]

\[ |\vec{b}| = \sqrt{(\sqrt{3})^2 + 1^2} = \sqrt{3+1} = \sqrt{4} = 2 \]

Step 3: \(\cos\theta\) の計算

\[ \cos\theta = \frac{2\sqrt{3}}{2 \cdot 2} = \frac{\sqrt{3}}{2} \]

Step 4: \(\theta\) の決定

\(\cos\theta = \frac{\sqrt{3}}{2}\) であり、\(0^\circ \le \theta \le 180^\circ\) なので、

\[ \theta = 30^\circ \]

となります。

このように、内積を用いることで、図形的などんな配置にあるベクトルでも、そのなす角を代数的な計算だけで正確に求めることができます。これは、ベクトルが幾何学の計量的な側面を支配下に置いたことを示す、強力な証拠です。

5. ベクトルの垂直条件

ベクトルのなす角の中でも、特に重要なのが90°、すなわち「垂直(または直交)」です。図形問題において、直角三角形、長方形、垂線といった垂直性が関わる場面は非常に多く、この垂直という関係をいかにシンプルに数式で表現できるかが、問題解決の効率を大きく左右します。内積は、この垂直という幾何学的な概念を、驚くほど簡単な代数条件に変換してくれます。

5.1. 垂直条件の導出

二つの \(\vec{0}\) でないベクトル \(\vec{a}\) と \(\vec{b}\) が垂直であるとは、そのなす角 \(\theta\) が \(90^\circ\) であることを意味します。

ベクトルが垂直であることを、記号 \(\vec{a} \perp \vec{b}\) で表します。

このとき、内積の定義式 \(\vec{a} \cdot \vec{b} = |\vec{a}| |\vec{b}| \cos\theta\) はどうなるでしょうか。

\(\theta=90^\circ\) なので、\(\cos90^\circ = 0\) です。

したがって、

\[ \vec{a} \cdot \vec{b} = |\vec{a}| |\vec{b}| \cos90^\circ = |\vec{a}| |\vec{b}| \cdot 0 = 0 \]

となります。

逆に、\(\vec{a} \cdot \vec{b} = 0\) であればどうでしょうか。

\(\vec{a} \neq \vec{0}, \vec{b} \neq \vec{0}\) なので、\(|\vec{a}| \neq 0, |\vec{b}| \neq 0\) です。

このとき、\(|\vec{a}| |\vec{b}| \cos\theta = 0\) が成り立つためには、\(\cos\theta = 0\) でなければなりません。

\(0^\circ \le \theta \le 180^\circ\) の範囲で \(\cos\theta = 0\) となるのは、\(\theta = 90^\circ\) のときだけです。

以上から、以下の極めて重要な同値関係が導かれます。

ベクトルの垂直条件

\(\vec{a} \neq \vec{0}\) かつ \(\vec{b} \neq \vec{0}\) のとき、

\[ \vec{a} \perp \vec{b} \iff \vec{a} \cdot \vec{b} = 0 \]

この条件は、**「二つのベクトルが垂直であることと、それらの内積が0であることは、完全に同じことである」**と述べています。

このおかげで、図形問題で「垂直」という言葉が出てきたら、私たちは即座に「内積=0」という数式を立てて、代数計算の世界に持ち込むことができるのです。

5.2. 成分による垂直条件

ベクトルの垂直条件を、成分表示で考えてみましょう。

\(\vec{a} = (a_1, a_2)\) と \(\vec{b} = (b_1, b_2)\) のとき、内積は \(\vec{a} \cdot \vec{b} = a_1b_1 + a_2b_2\) でした。

したがって、垂直条件は以下のようになります。

成分による垂直条件

\(\vec{a} = (a_1, a_2), \vec{b} = (b_1, b_2)\)(ともに \(\vec{0}\) でない)について、

\[ \vec{a} \perp \vec{b} \iff a_1b_1 + a_2b_2 = 0 \]

5.3. 具体例

例題1:

\(\vec{a} = (3, -1)\) と \(\vec{b} = (2, 6)\) は垂直か。

  • 解法: 内積を計算します。\[ \vec{a} \cdot \vec{b} = (3)(2) + (-1)(6) = 6 – 6 = 0 \]内積が0になったので、\(\vec{a} \perp \vec{b}\) であると言えます。

例題2:

\(\vec{a} = (x, 4)\) と \(\vec{b} = (3, -2)\) が垂直になるように、実数 \(x\) の値を定めなさい。

  • 解法: 垂直条件 \(\vec{a} \cdot \vec{b} = 0\) を用いて方程式を立てます。\[ (x)(3) + (4)(-2) = 0 \]\[ 3x – 8 = 0 \]\[ 3x = 8 \]\[ x = \frac{8}{3} \]よって、\(x=8/3\) のとき、二つのベクトルは垂直になります。

例題3:

ベクトル \(\vec{a}=(4, 3)\) に垂直な単位ベクトル \(\vec{e}\) を求めなさい。

  • 解法:
    1. 垂直なベクトルを文字で置く:求める単位ベクトルを \(\vec{e} = (x, y)\) とおきます。
    2. 条件を数式にする:\(\vec{e}\) には二つの条件があります。(a) \(\vec{a}\) と垂直である: \(\vec{a} \cdot \vec{e} = 0\)(b) 単位ベクトルである: \(|\vec{e}| = 1\)これらの条件を成分で書き下します。(a) \(4x + 3y = 0\)(b) \(\sqrt{x^2+y^2} = 1 \implies x^2+y^2=1\)
    3. 連立方程式を解く:(a) の式から、\(y = -\frac{4}{3}x\) となります。これを (b) の式に代入します。\[ x^2 + \left(-\frac{4}{3}x\right)^2 = 1 \]\[ x^2 + \frac{16}{9}x^2 = 1 \]\[ \frac{25}{9}x^2 = 1 \]\[ x^2 = \frac{9}{25} \]よって、\(x = \pm \frac{3}{5}\)。
      • \(x = 3/5\) のとき、\(y = -\frac{4}{3} \cdot \frac{3}{5} = -\frac{4}{5}\)。
      • \(x = -3/5\) のとき、\(y = -\frac{4}{3} \cdot (-\frac{3}{5}) = \frac{4}{5}\)。
    4. 結論:求める単位ベクトルは、\[ \vec{e} = \left(\frac{3}{5}, -\frac{4}{5}\right) \text{ または } \left(-\frac{3}{5}, \frac{4}{5}\right) \]の二つあります。(元のベクトルに対して垂直な方向は、正反対の二方向存在するため、答えは二つ出てきます。)

ベクトルの垂直条件は、平行条件と並び、ベクトルで図形問題を解く際の二大ツールです。そのシンプルさと計算の容易さから、応用範囲は非常に広く、次セクション以降で学ぶ図形の性質の証明やベクトル方程式で、その威力を存分に発揮します。

6. 正射影ベクトル

内積の幾何学的な意味は、「一方のベクトルの、もう一方のベクトルへの正射影の符号付き長さ」と関係していました。この考え方を一歩進めて、その「正射影」そのものをベクトルとして表現することを考えます。これが正射影ベクトル (Projection Vector) です。物理学で力を特定の方向に分解する際や、CGなどで光と影を計算する際など、様々な応用を持つ重要な概念です。

6.1. 正射影ベクトルの定義

\(\vec{0}\) でない二つのベクトル \(\vec{a}\) と \(\vec{b}\) があり、その始点をOに揃えて \(\vec{a}=\vec{OA}, \vec{b}=\vec{OB}\) とします。

点Bから、ベクトル \(\vec{a}\) を含む直線OAに下ろした垂線の足をHとします。

このとき、ベクトル \(\vec{OH}\) を、ベクトル \(\vec{b}\) のベクトル \(\vec{a}\) への正射影ベクトルと呼びます。

これは、ベクトル \(\vec{b}\) の終点から、ベクトル \(\vec{a}\) の方向へまっすぐに光を当てたときにできる「影」のベクトル、とイメージすることができます。

6.2. 正射影ベクトルの導出

この正射影ベクトル \(\vec{p} = \vec{OH}\) を、\(\vec{a}\) と \(\vec{b}\) を用いて表すことを考えます。

導出のアイデアは、以下の2ステップです。

  1. 影の「長さ」を求める: まず、正射影の符号付き長さ(OHの長さ)を求めます。
  2. 影の「向き」を与える: 次に、その長さに、影を落とす方向(\(\vec{a}\) の方向)を表す単位ベクトルを掛ける。

Step 1: 影の「長さ」を求める

正射影の符号付き長さ \(l\) は、\(\triangle OBH\) において \(|\vec{b}|\cos\theta\) で与えられました。

この \(\cos\theta\) を、内積を用いて書き換えることができます。

\[ \cos\theta = \frac{\vec{a} \cdot \vec{b}}{|\vec{a}| |\vec{b}|} \]

よって、符号付き長さ \(l\) は、

\[ l = |\vec{b}|\cos\theta = |\vec{b}| \frac{\vec{a} \cdot \vec{b}}{|\vec{a}| |\vec{b}|} = \frac{\vec{a} \cdot \vec{b}}{|\vec{a}|} \]

となります。これをスカラー射影 (scalar projection) と呼びます。

Step 2: 影の「向き」を与える

正射影ベクトル \(\vec{p}\) は、ベクトル \(\vec{a}\) と同じ(または反対)方向を向いています。ベクトル \(\vec{a}\) と同じ向きを持つ、大きさが1のベクトル(単位ベクトル)は、

\[ \vec{e_a} = \frac{\vec{a}}{|\vec{a}|} \]

です。

結合:

正射影ベクトル \(\vec{p}\) は、向きが \(\vec{e_a}\) で、大きさが \(|l|\) のベクトルです。したがって、スカラー射影 \(l\) に、単位ベクトル \(\vec{e_a}\) を掛けることで得られます。

\[ \vec{p} = l \cdot \vec{e_a} = \left( \frac{\vec{a} \cdot \vec{b}}{|\vec{a}|} \right) \frac{\vec{a}}{|\vec{a}|} \]

分母をまとめると、

\[ = \frac{\vec{a} \cdot \vec{b}}{|\vec{a}|^2} \vec{a} \]

となります。

正射影ベクトルの公式

ベクトル \(\vec{b}\) のベクトル \(\vec{a}\) への正射影ベクトル \(\vec{p}\) は、

\[ \vec{p} = \frac{\vec{a} \cdot \vec{b}}{|\vec{a}|^2} \vec{a} \]

と表される。

この公式の構造をよく見てみましょう。

\( \frac{\vec{a} \cdot \vec{b}}{|\vec{a}|^2} \) の部分は、内積も大きさの2乗もスカラーなので、全体として一つのスカラー値になります。

つまり、正射影ベクトルとは、元のベクトル \(\vec{a}\) を、ある定数倍したものである、という非常にシンプルな構造をしていることが分かります。

6.3. 具体例

問題:

ベクトル \(\vec{b} = (5, 5)\) の、ベクトル \(\vec{a} = (3, 1)\) への正射影ベクトル \(\vec{p}\) を求めなさい。

解法:

公式に必要なパーツを一つずつ計算します。

  1. 内積 \(\vec{a} \cdot \vec{b}\) を計算する:\[ \vec{a} \cdot \vec{b} = (3)(5) + (1)(5) = 15 + 5 = 20 \]
  2. 大きさの2乗 \(|\vec{a}|^2\) を計算する:\[ |\vec{a}|^2 = 3^2 + 1^2 = 9 + 1 = 10 \]
  3. 公式に代入する:\[ \vec{p} = \frac{\vec{a} \cdot \vec{b}}{|\vec{a}|^2} \vec{a} = \frac{20}{10} \vec{a} = 2\vec{a} \]
  4. 最終的なベクトルを計算する:\[ \vec{p} = 2(3, 1) = (6, 2) \]よって、求める正射影ベクトルは \((6, 2)\) です。

6.4. ベクトルの分解への応用

正射影ベクトルを考えると、任意のベクトル \(\vec{b}\) を、ベクトル \(\vec{a}\) の方向とその垂直な方向の二つのベクトルに分解することができます。

  • \(\vec{a}\) に平行な成分: これが正射影ベクトル \(\vec{p} = \frac{\vec{a} \cdot \vec{b}}{|\vec{a}|^2} \vec{a}\) です。
  • \(\vec{a}\) に垂直な成分: 元のベクトル \(\vec{b}\) から平行な成分 \(\vec{p}\) を引いた残り、\(\vec{q} = \vec{b} – \vec{p}\) です。

この \(\vec{q}\) が本当に \(\vec{a}\) と垂直かを確認してみましょう。

\[ \vec{q} \cdot \vec{a} = (\vec{b} – \vec{p}) \cdot \vec{a} = \vec{b}\cdot\vec{a} – \vec{p}\cdot\vec{a} \]

ここに \(\vec{p}\) の公式を代入すると、

\[ = \vec{b}\cdot\vec{a} – \left( \frac{\vec{a} \cdot \vec{b}}{|\vec{a}|^2} \vec{a} \right) \cdot \vec{a} \]

\[ = \vec{a}\cdot\vec{b} – \frac{\vec{a} \cdot \vec{b}}{|\vec{a}|^2} (\vec{a} \cdot \vec{a}) \]

\(\vec{a}\cdot\vec{a} = |\vec{a}|^2\) なので、

\[ = \vec{a}\cdot\vec{b} – \frac{\vec{a} \cdot \vec{b}}{|\vec{a}|^2} |\vec{a}|^2 = \vec{a}\cdot\vec{b} – \vec{a}\cdot\vec{b} = 0 \]

となり、確かに \(\vec{q} \perp \vec{a}\) であることが分かります。

この直交分解は、物理学で力を斜面に沿った方向と垂直な方向に分解するときなど、様々な場面で応用される基本的な考え方です。

7. ベクトルを用いた三角形の面積公式

三角形の面積を求める方法は、小学校で学んだ「底辺×高さ÷2」から始まり、三角比を用いた \(\frac{1}{2}bc\sin A\)、座標幾何における3点の座標を用いた公式など、様々なものを学んできました。ベクトルは、これらの概念を統合し、より本質的で計算しやすい面積公式を与えてくれます。特に、ベクトルの成分が分かっている場合に、その威力を発揮します。

7.1. 三角比の公式とベクトルの融合

\(\triangle OAB\) の面積 \(S\) を考えます。辺OAの長さを \(|\vec{OA}|\)、辺OBの長さを \(|\vec{OB}|\)、そしてその間の角を \(\angle AOB = \theta\) とすると、三角比を用いて面積を表す公式は、

\[ S = \frac{1}{2} |\vec{OA}| |\vec{OB}| \sin\theta \]

でした。

この式に、ベクトルの内積の概念を組み込んでみましょう。

三角比の基本的な関係式 \(\sin^2\theta + \cos^2\theta = 1\) を利用します。

ベクトルのなす角 \(\theta\) は \(0^\circ \le \theta \le 180^\circ\) の範囲なので、\(\sin\theta \ge 0\) です。

したがって、

\[ \sin\theta = \sqrt{1 – \cos^2\theta} \]

と表せます。

ここで、\(\cos\theta\) は内積を用いて \(\cos\theta = \frac{\vec{OA} \cdot \vec{OB}}{|\vec{OA}| |\vec{OB}|}\) と書けるので、これを代入します。

\[ \sin\theta = \sqrt{1 – \left( \frac{\vec{OA} \cdot \vec{OB}}{|\vec{OA}| |\vec{OB}|} \right)^2} \]

この \(\sin\theta\) を、元の面積公式に代入すると、

\[ S = \frac{1}{2} |\vec{OA}| |\vec{OB}| \sqrt{1 – \frac{(\vec{OA} \cdot \vec{OB})^2}{(|\vec{OA}| |\vec{OB}|)^2}} \]

根号の外にある \(|\vec{OA}| |\vec{OB}|\) を、根号の中に入れると2乗になります。

\[ S = \frac{1}{2} \sqrt{(|\vec{OA}| |\vec{OB}|)^2 \left( 1 – \frac{(\vec{OA} \cdot \vec{OB})^2}{|\vec{OA}|^2 |\vec{OB}|^2} \right)} \]

\[ = \frac{1}{2} \sqrt{|\vec{OA}|^2 |\vec{OB}|^2 – (\vec{OA} \cdot \vec{OB})^2} \]

これが、ベクトルの大きさと内積を用いた三角形の面積公式です。頂点の一つが原点にある場合に、残りの二つの頂点の位置ベクトルで面積が計算できることを示しています。

7.2. 成分表示による面積公式

この公式の真価は、成分表示と組み合わせることで発揮されます。

\(\vec{a} = \vec{OA} = (a_1, a_2)\)

\(\vec{b} = \vec{OB} = (b_1, b_2)\)

とします。

公式の根号の中に現れる各項を、成分で計算してみましょう。

  • \(|\vec{a}|^2 = a_1^2 + a_2^2\)
  • \(|\vec{b}|^2 = b_1^2 + b_2^2\)
  • \(\vec{a} \cdot \vec{b} = a_1b_1 + a_2b_2\)

これらを \(S = \frac{1}{2} \sqrt{|\vec{a}|^2 |\vec{b}|^2 – (\vec{a} \cdot \vec{b})^2}\) に代入します。

\[ S^2 \times 4 = |\vec{a}|^2 |\vec{b}|^2 – (\vec{a} \cdot \vec{b})^2 \]

\[ = (a_1^2 + a_2^2)(b_1^2 + b_2^2) – (a_1b_1 + a_2b_2)^2 \]

展開して整理します。

\[ = (a_1^2b_1^2 + a_1^2b_2^2 + a_2^2b_1^2 + a_2^2b_2^2) – (a_1^2b_1^2 + 2a_1b_1a_2b_2 + a_2^2b_2^2) \]

\[ = a_1^2b_2^2 + a_2^2b_1^2 – 2a_1b_2a_2b_1 \]

これは、因数分解の公式 \(x^2 – 2xy + y^2 = (x-y)^2\) の形をしています。

\[ = (a_1b_2 – a_2b_1)^2 \]

よって、\(4S^2 = (a_1b_2 – a_2b_1)^2\) となります。

両辺の平方根をとると(面積Sは正なので)、

\[ 2S = |a_1b_2 – a_2b_1| \]

\[ S = \frac{1}{2} |a_1b_2 – a_2b_1| \]

成分による三角形の面積公式 (頂点が原点の場合)

原点Oと、2点 A(\((a_1, a_2)\)), B(\((b_1, b_2)\)) を頂点とする \(\triangle OAB\) の面積 \(S\) は、

\[ S = \frac{1}{2} |a_1b_2 – a_2b_1| \]

と表される。

これは、座標幾何で学ぶ公式と全く同じ形です。ベクトルの内積を用いることで、その公式が三角比の面積公式と本質的につながっていることが明らかになりました。\(a_1b_2 – a_2b_1\) の部分は、成分をクロスして掛けて引いた形になっており、覚えやすいでしょう。

7.3. 一般の三角形への応用

三角形の頂点が原点にない場合、例えば \(\triangle ABC\) の面積を求めたい場合はどうすればよいでしょうか。

A(\((x_A, y_A)\)), B(\((x_B, y_B)\)), C(\((x_C, y_C)\))

この場合、三角形を平行移動して、一つの頂点(例えばA)が原点に来るように考えます。

平行移動しても面積は変わりません。

  • 頂点Aを原点O'(0,0)に移動させる。
  • 頂点Bは点B'(\((x_B-x_A, y_B-y_A)\))に移動する。
  • 頂点Cは点C'(\((x_C-x_A, y_C-y_A)\))に移動する。

この新しい三角形 \(\triangle O’B’C’\) の面積を、先ほどの公式で計算すればよいのです。

これは、ベクトル \(\vec{AB} = (x_B-x_A, y_B-y_A)\) と \(\vec{AC} = (x_C-x_A, y_C-y_A)\) が作る三角形の面積を求めることに相当します。

したがって、

\(a_1 = x_B-x_A, a_2=y_B-y_A\)

\(b_1 = x_C-x_A, b_2=y_C-y_A\)

として公式を適用すれば、

\[ S = \frac{1}{2} |(x_B-x_A)(y_C-y_A) – (y_B-y_A)(x_C-x_A)| \]

となり、一般の三角形の面積公式が導かれます。

8. ベクトルと図形の性質の証明

これまでに習得したベクトルの演算、特に内積とそれがもたらす垂直条件は、様々な図形の性質を証明するための、非常に強力な代数的ツールとなります。幾何学的な直感や補助線に頼ることなく、ベクトル方程式を立てて、それを文字式のように変形していくだけで、複雑な図形の定理が証明できてしまいます。ここでは、その手法の威力とエレガントさをいくつかの例で見ていきましょう。

8.1. 証明の基本戦略

ベクトルを用いて図形の性質を証明する際の基本的な流れは、以下のようになります。

  1. 基準点と基本ベクトルを設定する:問題に応じて、基準となる点(始点)を一つ決め、その点を始点とする基本的なベクトル(一次独立なもの)をいくつか設定します。例えば、\(\triangle OAB\) なら \(\vec{OA}=\vec{a}, \vec{OB}=\vec{b}\) と置くなど。
  2. 問題の条件をベクトルで表現する:問題で与えられている条件(例えば「Mは辺ABの中点である」「辺ABと辺CDは垂直である」など)を、すべてベクトルを用いた方程式に翻訳します。
    • 中点 → \(\vec{m} = (\vec{a}+\vec{b})/2\)
    • 垂直 → \(\vec{AB} \cdot \vec{CD} = 0\)
    • 平行 → \(\vec{AB} = k\vec{CD}\)
  3. 証明したい結論をベクトルで表現する:証明したい結論もまた、ベクトルを用いた方程式の形で表現します。
  4. 代数計算を実行する:「条件」のベクトル方程式を、「結論」のベクトル方程式へと、内積の性質などの計算ルールに従って変形していきます。この過程は、純粋な代数計算であり、図形的な考察は不要です。
  5. 結論を解釈する:最終的に得られたベクトル方程式が、証明したかった幾何学的な性質を示していることを確認します。

8.2. 例題1:ひし形の対角線は垂直に交わる

証明:

  1. 設定:ひし形OACBを考える。基準点をOとし、\(\vec{OA} = \vec{a}\), \(\vec{OB} = \vec{b}\) とおく。
  2. 条件:ひし形の定義は「4辺の長さが等しい」ことである。したがって、隣り合う辺の長さが等しい。\(|\vec{OA}| = |\vec{OB}|\)これをベクトルで表現すると、両辺を2乗して、\(|\vec{a}|^2 = |\vec{b}|^2\) … (1)
  3. 結論:証明したいのは、「対角線OCと対角線BAが垂直である」こと。これをベクトルで表現すると、\(\vec{OC} \cdot \vec{BA} = 0\) … (2)
  4. 計算:結論の式の左辺を、基本ベクトル \(\vec{a}, \vec{b}\) で表して計算する。
    • \(\vec{OC} = \vec{OA} + \vec{AC} = \vec{OA} + \vec{OB} = \vec{a} + \vec{b}\)
    • \(\vec{BA} = \vec{OA} – \vec{OB} = \vec{a} – \vec{b}\)よって、左辺は、\(\vec{OC} \cdot \vec{BA} = (\vec{a} + \vec{b}) \cdot (\vec{a} – \vec{b})\)内積の分配法則を用いて展開すると、\(= \vec{a}\cdot\vec{a} – \vec{a}\cdot\vec{b} + \vec{b}\cdot\vec{a} – \vec{b}\cdot\vec{b}\)\(= |\vec{a}|^2 – |\vec{b}|^2\)ここで、条件式(1) \(|\vec{a}|^2 = |\vec{b}|^2\) を代入すると、\(= |\vec{a}|^2 – |\vec{a}|^2 = 0\)
  5. 解釈:計算結果が0になったので、結論の式(2)が成り立つことが示された。したがって、ひし形の対角線は垂直に交わる。(証明終)

8.3. 例題2:円の直径に対する円周角は90°である(タレスの定理)

証明:

  1. 設定:線分ABを直径とする円を考える。円の中心をO(原点)とし、円周上の任意の点をPとする。各点の位置ベクトルを \(\vec{a} = \vec{OA}\), \(\vec{b} = \vec{OB}\), \(\vec{p} = \vec{OP}\) とおく。
  2. 条件:(a) Oは円の中心なので、\(|\vec{OA}| = |\vec{OB}| = |\vec{OP}|\) が成り立つ。これらはすべて円の半径rに等しい。よって、\(|\vec{a}| = |\vec{b}| = |\vec{p}| = r\)(b) ABは直径なので、点Oは線分ABの中点である。ベクトルで言えば、AとBは原点に対して対称な位置にある。\(\vec{OB} = -\vec{OA}\) すなわち \(\vec{b} = -\vec{a}\)
  3. 結論:証明したいのは、「\(\angle APB = 90^\circ\)」であること。これをベクトルで表現すると、\(\vec{PA}\) と \(\vec{PB}\) が垂直であること、すなわち、\(\vec{PA} \cdot \vec{PB} = 0\)
  4. 計算:結論の式の左辺を、位置ベクトルで表して計算する。
    • \(\vec{PA} = \vec{a} – \vec{p}\)
    • \(\vec{PB} = \vec{b} – \vec{p}\)よって、左辺は、\(\vec{PA} \cdot \vec{PB} = (\vec{a} – \vec{p}) \cdot (\vec{b} – \vec{p})\)ここで、条件(b)から \(\vec{b} = -\vec{a}\) を代入する。\(= (\vec{a} – \vec{p}) \cdot (-\vec{a} – \vec{p})\)\(= -(\vec{a} – \vec{p}) \cdot (\vec{a} + \vec{p})\)これは \(-(x-y)(x+y) = -(x^2-y^2)\) の形なので、\(= – (|\vec{a}|^2 – |\vec{p}|^2)\)ここで、条件(a)から \(|\vec{a}| = r\) かつ \(|\vec{p}| = r\) なので、\(= – (r^2 – r^2) = 0\)
  5. 解釈:計算結果が0になったので、結論の式が成り立つことが示された。したがって、円の直径に対する円周角は90°である。(証明終)

これらの例が示すように、ベクトルを用いることで、補助線を引くなどの幾何学的な発想を必要とせず、設定した条件から結論までを、一本の代数計算の鎖で繋ぐことができます。これが、ベクトルによる証明の最大の強みです。

9. 直線のベクトル方程式

ベクトルは、点や線分だけでなく、直線や円といった幾何学的な図形そのものを「方程式」として表現することもできます。ベクトルで方程式を表すことで、図形が持つ本質的な性質(どの点を通り、どの方向を向いているかなど)を、座標系に依存しない、より一般的な形で捉えることができます。ここでは、直線のベクトル方程式について学びます。

9.1. 直線の決定条件とベクトル表現

中学校で学んだように、直線は以下のいずれかの条件で一意に定まります。

  1. 通る1点と、その傾き(方向)
  2. 通る異なる2点

これらの条件を、ベクトルの言葉で翻訳することで、直線のベクトル方程式を導きます。

9.2. 通る1点と方向ベクトルで表す方程式

考え方:

定点Aを通り、\(\vec{0}\) でないベクトル \(\vec{d}\) に平行な直線を \(l\) とします。

直線 \(l\) 上の任意の点をPとします。

点Pが直線 \(l\) 上にあるということは、ベクトル \(\vec{AP}\) が、ベクトル \(\vec{d}\) と平行である、ということです。

ベクトルの平行条件から、

\[ \vec{AP} = t\vec{d} \]

となる実数 \(t\) が存在します。

ここで、A, Pの位置ベクトルをそれぞれ \(\vec{a}, \vec{p}\) とすると、\(\vec{AP} = \vec{p} – \vec{a}\) なので、

\[ \vec{p} – \vec{a} = t\vec{d} \]

これを \(\vec{p}\) について解くと、

\[ \vec{p} = \vec{a} + t\vec{d} \]

が得られます。

  • \(\vec{p}\): 直線上の動く点Pの位置ベクトル(変数の役割)
  • \(\vec{a}\): 直線が通る定点Aの位置ベクトル(定数)
  • \(\vec{d}\): 直線の方向を決める方向ベクトル(定数)
  • \(t\): 実数の媒介変数(パラメータ)

この方程式は、直線上のすべての点Pが、「点Aまで行って(\(\vec{a}\))、そこから \(\vec{d}\) の方向に \(t\) 倍だけ進んだ先にある」ということを意味しています。\(t\) がすべての実数値をとることで、点Pは直線上をくまなく動きます。

成分表示:

\(\vec{p}=(x,y), \vec{a}=(x_1, y_1), \vec{d}=(d_1, d_2)\) とすると、

\[ (x, y) = (x_1, y_1) + t(d_1, d_2) = (x_1+td_1, y_1+td_2) \]

となり、各成分を比較することで、

\[ \begin{cases} x = x_1 + td_1 \ y = y_1 + td_2 \end{cases} \]

という、座標幾何で学んだ直線の媒介変数表示が得られます。

9.3. 通る2点で表す方程式

異なる2点 A(\(\vec{a}\)), B(\(\vec{b}\)) を通る直線の方程式を考えてみましょう。

これは、上記の「通る1点と方向ベクトル」の特別な場合と見ることができます。

  • 通る1点として、点A(\(\vec{a}\)) を採用します。
  • 方向ベクトルとして、点Aから点Bへ向かうベクトル \(\vec{AB}\) を採用します。\(\vec{d} = \vec{AB} = \vec{b} – \vec{a}\)

これを \(\vec{p} = \vec{a} + t\vec{d}\) の式に代入すると、

\[ \vec{p} = \vec{a} + t(\vec{b} – \vec{a}) \]

\[ \vec{p} = (1-t)\vec{a} + t\vec{b} \]

となります。

これは、以前に学んだ「3点が一直線上にあるための条件」の式そのものです。係数の和が \((1-t)+t=1\) となっており、点Pが直線AB上にあることを示しています。

9.4. 通る1点と法線ベクトルで表す方程式

直線の方向を指定する方法は、方向ベクトルだけでなく、「その直線に垂直なベクトル」を与えることでも可能です。直線に垂直なベクトルを、その直線の法線ベクトル (Normal Vector) と呼びます。

考え方:

定点A(\(\vec{a}\))を通り、\(\vec{0}\) でないベクトル \(\vec{n}\) に垂直な直線を \(l\) とします。

直線 \(l\) 上の任意の点をP(\(\vec{p}\))とします。

点Pが直線 \(l\) 上にあるということは、ベクトル \(\vec{AP}\) が、法線ベクトル \(\vec{n}\) と常に垂直である、ということです。

ベクトルの垂直条件から、

\[ \vec{AP} \cdot \vec{n} = 0 \]

\(\vec{AP} = \vec{p} – \vec{a}\) なので、

\[ (\vec{p} – \vec{a}) \cdot \vec{n} = 0 \]

が得られます。

これが、法線ベクトルを用いた直線のベクトル方程式です。

成分表示:

\(\vec{p}=(x,y), \vec{a}=(x_1, y_1), \vec{n}=(a, b)\) とすると、

\[ \vec{p}-\vec{a} = (x-x_1, y-y_1) \]

なので、内積を計算すると、

\[ (a,b) \cdot (x-x_1, y-y_1) = 0 \]

\[ a(x-x_1) + b(y-y_1) = 0 \]

となります。

これを展開すると、\(ax+by – (ax_1+by_1) = 0\)。\(-(ax_1+by_1)\) は定数なので、これを \(c\) と置くと、

\[ ax+by+c=0 \]

という、座標幾何で学んだ直線の方程式の一般形が得られます。

このことから、直線 \(ax+by+c=0\) の法線ベクトルの一つは、\((a, b)\) である、という重要な事実が分かります。

10. 円のベクトル方程式

直線と同様に、円という図形も、その幾何学的な定義をベクトルの言葉に翻訳することで、ベクトル方程式として表現することができます。円のベクトル方程式は、円が持つ様々な性質を、座標に依存しない普遍的な形で記述するのに役立ちます。

10.1. 中心と半径で定義される円

幾何学的な定義:

円とは、**「定点(中心)からの距離が一定(半径)であるような点の集合」**です。

ベクトルによる表現:

この定義を、ベクトルの言葉で翻訳してみましょう。

  • 円の中心をCとし、その位置ベクトルを \(\vec{c}\) とする。
  • 円の半径を \(r\) (ただし \(r>0\)) とする。
  • 円周上の任意の点をPとし、その位置ベクトルを \(\vec{p}\) とする。

「中心Cから点Pまでの距離が \(r\) である」ということは、線分CPの長さが \(r\) である、ということです。

線分CPの長さは、ベクトル \(\vec{CP}\) の大きさに等しいので、

\[ |\vec{CP}| = r \]

と表現できます。

\(\vec{CP}\) を位置ベクトルで表すと \(\vec{p} – \vec{c}\) なので、

\[ |\vec{p} – \vec{c}| = r \]

となります。これが、中心C(\(\vec{c}\)), 半径\(r\) の円のベクトル方程式です。

両辺は正なので、2乗しても同値です。

\[ |\vec{p} – \vec{c}|^2 = r^2 \]

さらに、ベクトルの大きさの2乗は、自分自身との内積に等しい(\(|\vec{v}|^2 = \vec{v} \cdot \vec{v}\))という性質を用いると、

\[ (\vec{p} – \vec{c}) \cdot (\vec{p} – \vec{c}) = r^2 \]

という、内積を用いた形で表現することもできます。

成分表示との対応:

\(\vec{p}=(x,y), \vec{c}=(a,b)\) とすると、

\(\vec{p}-\vec{c} = (x-a, y-b)\)

なので、\(|\vec{p}-\vec{c}|=r\) は、

\[ \sqrt{(x-a)^2 + (y-b)^2} = r \]

となり、両辺を2乗すれば、

\[ (x-a)^2 + (y-b)^2 = r^2 \]

という、座標幾何で学ぶ円の方程式の標準形と完全に一致します。

10.2. 直径の両端で定義される円

幾何学的な性質:

タレスの定理で証明したように、「線分ABを直径とする円周上の点Pに対して、\(\angle APB = 90^\circ\) が常に成り立つ」。

ベクトルによる表現:

この性質を、円の定義として用いることができます。

  • 直径の両端を、異なる2点A(\(\vec{a}\)), B(\(\vec{b}\)) とする。
  • 円周上の任意の点をP(\(\vec{p}\))(ただし P\(\neq\)A, P\(\neq\)B)とする。

「\(\angle APB = 90^\circ\)」ということは、ベクトル \(\vec{PA}\) と \(\vec{PB}\) が垂直である、ということです。

ベクトルの垂直条件は、内積が0であることでした。

したがって、

\[ \vec{PA} \cdot \vec{PB} = 0 \]

と表現できます。

これを位置ベクトルで書き換えると、

\[ (\vec{a} – \vec{p}) \cdot (\vec{b} – \vec{p}) = 0 \]

となります。

これが、線分ABを直径とする円のベクトル方程式です。

この式を展開してみましょう。

\[ \vec{a}\cdot\vec{b} – \vec{a}\cdot\vec{p} – \vec{p}\cdot\vec{b} + \vec{p}\cdot\vec{p} = 0 \]

\[ |\vec{p}|^2 – (\vec{a}+\vec{b})\cdot\vec{p} + \vec{a}\cdot\vec{b} = 0 \]

この形の方程式も、円を表していることを理解しておくことが重要です。

例題:

2点 A(1, 1), B(5, 3) を直径の両端とする円の方程式を求めなさい。

解法:

円周上の任意の点を P(x, y) とする。

ベクトル方程式は \(\vec{PA} \cdot \vec{PB} = 0\)。

各ベクトルを成分で表す。

  • \(\vec{PA} = (1-x, 1-y)\)
  • \(\vec{PB} = (5-x, 3-y)\)内積を計算して0とおく。\[ (1-x)(5-x) + (1-y)(3-y) = 0 \]\[ (x-1)(x-5) + (y-1)(y-3) = 0 \]\[ (x^2-6x+5) + (y^2-4y+3) = 0 \]\[ x^2-6x + y^2-4y + 8 = 0 \]これを平方完成すると、\[ (x^2-6x+9) + (y^2-4y+4) = -8+9+4 \]\[ (x-3)^2 + (y-2)^2 = 5 \]となり、中心 (3, 2)、半径 \(\sqrt{5}\) の円の方程式が得られます。

ベクトル方程式は、図形の本質的な性質を直接的に数式化する手段を与えてくれます。座標を設定して計算するよりも、見通しが良く、より一般的な議論を可能にする、ベクトルの強力さを示す好例と言えるでしょう。

Module 10:ベクトル(2) 平面ベクトルの内積の総括:角度と長さを測る代数の物差し

本モジュールでは、ベクトルの世界に「内積」という画期的な演算を導入し、ベクトルという言語の表現力を飛躍的に向上させました。もしベクトルの加法や減法が「移動」を記述する文法であったなら、内積は「角度」や「長さ」といった幾何学の計量的な性質を語るための、洗練された語彙を手に入れたことに相当します。

私たちはまず、内積が二つのベクトルから一つのスカラーを生み出す演算であり、その定義 \(|\vec{a}||\vec{b}|\cos\theta\) に、二つのベクトルがどれだけ同じ方向を向いているか、という幾何学的な情報が凝縮されていることを見ました。そして、この定義を余弦定理と結びつけることで、成分表示 \(a_1b_1+a_2b_2\) という、驚くほどシンプルな計算式を導出しました。これにより、内積は理論的な概念から、実践的な計算ツールへと姿を変えたのです。

このツールの威力は絶大でした。なす角の公式 \(\cos\theta = \frac{\vec{a} \cdot \vec{b}}{|\vec{a}| |\vec{b}|}\) は、図を描くことなく角度を計算する手段を与え、特に「垂直」という重要な幾何学的関係を \(\vec{a} \cdot \vec{b} = 0\) という、この上なく明快な代数条件に翻訳してくれました。この一つの等式が、ひし形の対角線の性質やタレスの定理といった古典的な証明問題に、鮮やかな別解を与えた様は、ベクトルがいかに図形の本質を捉えているかを物語っています。

さらに、正射影ベクトルの計算や三角形の面積公式の導出を通して、内積が単に角度を測るだけでなく、ベクトルを分解したり、図形の大きさを計算したりする上でも中心的な役割を果たすことを見てきました。そして最後に、直線や円といった基本的な図形そのものを、ベクトルを用いた方程式として記述する方法を学びました。これは、図形を点の「集合」として静的に捉えるだけでなく、点の動きやベクトル間の関係性として動的に捉える、より高度な視点への入り口です。

内積は、ベクトルという代数の世界と、私たちが直感的に理解しているユークリッド幾何学の世界とを繋ぐ、最も重要な架け橋です。このモジュールで手に入れた「角度と長さを測る代数の物差し」を使いこなし、図形の世界をより深く、より自由自在に探求していきましょう。

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