【基礎 数学(数学B)】Module 9:ベクトル(1) 平面ベクトルの基礎

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本モジュールの目的と構成

これまでの数学では、数値を扱う「代数」と、図形を扱う「幾何」は、主に別々の領域として学んできました。本モジュールから始まる「ベクトル」の学習は、この二つの世界を繋ぐ、強力で美しい架け橋を架ける試みです。ベクトルとは、単なる「量」だけでなく、「向き」という情報を併せ持つ、新しい数学的な概念です。

物理学の世界では、力、速度、加速度といった量は、その大きさと向きを同時に考えなければ意味をなしません。ベクトルは、まさにこのような量を表現するために生まれました。そして数学の世界では、このベクトルという道具を用いることで、複雑な図形問題を、驚くほどシンプルで機械的な計算問題として解き明かすことが可能になります。それはまるで、図形の世界を記述するための、全く新しい「言語」を学ぶことに似ています。

本モジュールでは、この新しい言語の最も基本的な文法と単語を学びます。ベクトルの定義から始まり、加法・減法といった基本的な演算、そして図形問題を座標や計算の世界に持ち込むための「成分表示」と「位置ベクトル」という革新的なアイデアを習得します。これらの基礎を固めることで、これまで図形のセンスやひらめきに頼っていた問題解決が、いかに論理的で体系的なプロセスへと変貌を遂げるかを実感できるでしょう。

本モジュールは、以下の学習項目で構成されています。

  1. ベクトルの定義(大きさと向き):まず、ベクトルとは何か、その本質である「大きさと向きを持つ量」という定義を学びます。図形的な表現方法と、その自由さ(どこにあっても向きと大きさが同じなら同一のベクトルと見なす)を理解します。
  2. ベクトルの加法・減法・実数倍:ベクトルという新しい数に対する、足し算、引き算、そして定数倍という基本的な演算ルールを学びます。これらの演算が、図形的にどのような移動や変形に対応するのかを視覚的に捉えます。
  3. ベクトルの成分表示とその演算:ベクトルを座標平面上の「数値のペア」として表現する「成分表示」を導入します。これにより、図形的な操作であったベクトルの演算が、単純な数値計算に置き換えられ、その威力と利便性が飛躍的に高まります。
  4. 位置ベクトルの概念:図形上の点の位置を、原点を始点とするベクトル(位置ベクトル)で表すという、ベクトルを幾何学に応用する上で最も重要な考え方を学びます。これにより、図形問題が「点と点の関係」から「ベクトルとベクトルの関係」へと翻訳されます。
  5. 内分点・外分点のベクトル表示:位置ベクトルの応用として、線分を特定の比に分ける点の位置を、ベクトルを用いて簡潔な一本の式で表現する方法を導出します。これは、座標幾何で学んだ公式の、より本質的な姿です。
  6. 三角形の重心のベクトル表示:内分点の公式をさらに応用し、三角形の重心の位置が、三つの頂点の位置ベクトルから極めてシンプルな式で求められることを示します。ベクトルの表現力の高さを象徴する公式です。
  7. 2つのベクトルの平行条件:二つのベクトルが平行である、という図形的な関係を、「一方が他方の実数倍で表せる」という代数的な条件式に翻訳する方法を学びます。
  8. 3点が一直線上にあるための条件:平行条件を応用し、「三つの点が一直線上にある」という幾何学的な条件を、ベクトルを用いた一本の式で表現する方法を習得します。これにより、複雑な共線問題が機械的な計算で判断可能になります。
  9. ベクトルの分解と一次独立:平面上のどんなベクトルも、二つの特定のベクトル(基底)の組み合わせで一意に表現できる、という「ベクトルの分解」の考え方を学びます。これは、ベクトルが平面を記述する「言語」の基本構造をなす重要な概念です。
  10. 座標平面とベクトル:最後に、これまでの学習内容を統合し、座標平面という馴染み深い舞台の上で、ベクトルがいかにして図形の性質を明らかにし、問題を解決するのかを再確認します。

このモジュールを学び終える時、皆さんは図形を見る新しい「眼」と、それを自在に操るための「手」を手に入れているはずです。幾何学の新しい扉を開きましょう。

目次

1. ベクトルの定義(大きさと向き)

数学の世界に「ベクトル」という新しい概念を導入することから始めましょう。私たちはこれまで、長さ、重さ、温度、値段など、一つの数値でその大きさを表すことができる「量」を扱ってきました。このような量をスカラーと呼びます。これに対して、世の中には大きさと同時に「向き」を考えなければ、その性質を正しく記述できない量が存在します。

例えば、物理における「力」を考えてみましょう。「10N(ニュートン)の力」と言っても、どの向きにその力が働いているかが分からなければ、物体がどう動くかは予測できません。また、「時速50km」という「速さ(スカラー)」だけでは、車がどこに向かっているかは分かりません。「北東の向きに時速50km」という「速度」のように、向きの情報が加わって初めて意味を持ちます。

このような、大きさと向きを併せ持つ量、それがベクトル (Vector) です。

1.1. ベクトルの図形的な表現

ベクトルは、その「向き」と「大きさ」を視覚的に表現するために、**有向線分(向きのついた線分)**で表されます。

  • 点Aから点Bに向かう有向線分で表されるベクトルを、\(\vec{AB}\) と書き、「ベクトルAB」と読みます。
  • 点Aをベクトルの始点 (initial point)、点Bを終点 (terminal point) と呼びます。
  • ベクトルの「向き」は、始点Aから終点Bへの矢印の向きで表されます。
  • ベクトルの「大きさ」は、有向線分の長さ、すなわち線分ABの長さで表されます。

また、始点と終点を具体的に示さず、\(\vec{a}\), \(\vec{b}\), \(\vec{c}\) のように、アルファベットの小文字の上に矢印を付けて一つのベクトルを表すことも一般的です。

1.2. ベクトルの相等:位置に依存しない量

ベクトルの定義で最も重要な約束事は、**「ベクトルは、その大きさと向きだけで決まる」**ということです。始点がどこにあるかは、ベクトルの本質には関係ありません。

つまり、あるベクトル \(\vec{AB}\) があったとき、それを平行移動して得られる別の有向線分 \(\vec{CD}\) は、元の \(\vec{AB}\) と全く同じベクトルであると見なします。

これをベクトルの相等といい、

\[ \vec{AB} = \vec{CD} \]

と書きます。

この条件が成り立つのは、有向線分ABと有向線分CDの**「向きが同じ」かつ「長さが等しい」**ときです。これは、四角形ABDCが平行四辺形をなすことと同義です(A, B, C, Dが一直線上にない場合)。

この「位置に縛られない」という性質は、ベクトルを非常に強力なツールにしています。例えば、物理法則は宇宙のどこでも同じように成り立つべきですが、ベクトルで記述された法則は、座標系の取り方(始点の位置)に依存しないため、この普遍性を表現するのに適しているのです。

1.3. ベクトルの大きさ(ノルム)

ベクトルの「大きさ」は、そのベクトルを表す有向線分の長さのことです。ベクトル \(\vec{a}\) の大きさは、絶対値の記号を用いて \(|\vec{a}|\) と表します。これをベクトルのノルム (norm) とも呼びます。

ベクトル \(\vec{a}\) が有向線分 \(\vec{AB}\) で表されている場合、その大きさは線分ABの長さに等しくなります。

\[ |\vec{a}| = |\vec{AB}| = (\text{線分ABの長さ}) \]

大きさの定義から、\(|\vec{a}| \ge 0\) であり、\(|\vec{a}| = 0\) となるのは、\(\vec{a}\) が次に定義するゼロベクトルである場合に限られます。

1.4. 特殊なベクトル:ゼロベクトルと単位ベクトル

  • ゼロベクトル (Zero Vector)始点と終点が一致するようなベクトル、例えば \(\vec{AA}\) のようなベクトルを考えます。このベクトルは、大きさが0であり、向きを考えることができません。このようなベクトルをゼロベクトルといい、記号 \(\vec{0}\) で表します。ゼロベクトルは、数値の世界における「0」と同様の役割を果たし、ベクトルの演算において非常に重要です。
  • 単位ベクトル (Unit Vector)大きさが1であるベクトルを単位ベクトルと呼びます。単位ベクトルは、特定の「向き」を表す基準としてよく用いられます。任意のゼロベクトルでないベクトル \(\vec{a}\) があったとき、そのベクトルと同じ向きを持つ単位ベクトルは、\(\vec{a}\) をその自身の大きさ \(|\vec{a}|\) で割ることで得られます。\[ \vec{e} = \frac{\vec{a}}{|\vec{a}|} = \frac{1}{|\vec{a}|}\vec{a} \]この単位ベクトルを \(\vec{e}\) とすると、\(|\vec{e}| = 1\) となります。

1.5. 逆ベクトル

ベクトル \(\vec{a} = \vec{AB}\) に対して、大きさが等しく、向きが正反対のベクトルを、\(\vec{a}\) の逆ベクトルといい、\(-\vec{a}\) と表します。

図形的には、始点と終点を入れ替えたベクトル \(\vec{BA}\) が \(\vec{AB}\) の逆ベクトルとなります。

\[ \vec{BA} = -\vec{AB} \]

したがって、\(|\vec{a}| = |-\vec{a}|\) が成り立ちます。

このセクションでは、ベクトルという新しい数学的対象の定義と、その基本的な用語について学びました。重要なのは、「ベクトルは大きさと向きのみで決まり、位置は問わない」という、その自由な性質をしっかりと理解しておくことです。次のセクションでは、この新しい「数」であるベクトルに対して、四則演算に相当するような計算ルールを定義していきます。

2. ベクトルの加法・減法・実数倍

ベクトルを単なる矢印としてだけでなく、計算可能な数学的対象として扱うために、その演算ルールを定義する必要があります。ここでは、ベクトル同士の「足し算(加法)」「引き算(減法)」と、ベクトルを定数倍する「実数倍(スカラー倍)」という三つの基本的な演算について、その図形的な意味と性質を学びます。

2.1. ベクトルの加法(足し算)

二つのベクトル \(\vec{a}\) と \(\vec{b}\) の和 \(\vec{a} + \vec{b}\) は、図形的には「二つの移動を連続して行う」こととして定義されます。

ある点Aを始点として、まずベクトル \(\vec{a}\) の分だけ移動し、点Bに至ったとします(\(\vec{AB} = \vec{a}\))。次に、点Bを新たな始点として、ベクトル \(\vec{b}\) の分だけ移動し、点Cに至ったとします(\(\vec{BC} = \vec{b}\))。

このとき、最初の始点Aから最終的な終点Cへの移動を表すベクトル \(\vec{AC}\) が、二つのベクトルの和 \(\vec{a} + \vec{b}\) となります。

\[ \vec{a} + \vec{b} = \vec{AB} + \vec{BC} = \vec{AC} \]

この計算法は、ベクトルの終点と始点を繋いでいくことから**「三角形の法則」**と呼ばれます。

平行四辺形の法則

ベクトルの加法には、もう一つの図形的な解釈があります。二つのベクトル \(\vec{a}\) と \(\vec{b}\) の始点を同じ点Oに揃えます(\(\vec{OA} = \vec{a}\), \(\vec{OB} = \vec{b}\))。そして、この二辺OA, OBを隣り合う二辺とする平行四辺形OACBを考えます。このとき、始点Oから対角線の頂点Cに向かうベクトル \(\vec{OC}\) が、和 \(\vec{a} + \vec{b}\) となります。

これは、\(\vec{AC} = \vec{OB} = \vec{b}\) であることから、\(\vec{OC} = \vec{OA} + \vec{AC} = \vec{a} + \vec{b}\) となり、三角形の法則と一致していることが分かります。

ベクトルの加法の性質

ベクトルの加法は、数の足し算と同様に、以下の性質を満たします。

  1. 交換法則: \(\vec{a} + \vec{b} = \vec{b} + \vec{a}\)(平行四辺形の法則を考えれば、\(\vec{a} \to \vec{b}\) の移動も \(\vec{b} \to \vec{a}\) の移動も、最終的な到達点は同じであることが直感的に分かります。)
  2. 結合法則: \((\vec{a} + \vec{b}) + \vec{c} = \vec{a} + (\vec{b} + \vec{c})\)(三つの移動をどの順で組み合わせても、最終的な変位は同じです。)
  3. ゼロベクトル: \(\vec{a} + \vec{0} = \vec{a}\)(ゼロベクトルは移動しないことを意味するので、加えても変化しません。)
  4. 逆ベクトル: \(\vec{a} + (-\vec{a}) = \vec{0}\)(あるベクトルで移動した後、その逆ベクトルで移動すると、元の位置に戻ります。)

2.2. ベクトルの減法(引き算)

二つのベクトル \(\vec{a}\) と \(\vec{b}\) の差 \(\vec{a} – \vec{b}\) は、加法と逆ベクトルを用いて定義されます。

\[ \vec{a} – \vec{b} = \vec{a} + (-\vec{b}) \]

つまり、\(\vec{a}\) から \(\vec{b}\) を引くことは、\(\vec{a}\) に \(\vec{b}\) の逆ベクトル \(-\vec{b}\) を加えることと同じです。

図形的な意味

ベクトルの減法は、図形的には**「二つのベクトルの終点を結ぶベクトル」**として現れます。

二つのベクトル \(\vec{a}\) と \(\vec{b}\) の始点を同じ点Oに揃えます(\(\vec{OA} = \vec{a}\), \(\vec{OB} = \vec{b}\))。このとき、

\[ \vec{BA} = \vec{BO} + \vec{OA} = -\vec{OB} + \vec{OA} = \vec{OA} – \vec{OB} = \vec{a} – \vec{b} \]

となります。

したがって、差 \(\vec{a} – \vec{b}\) は、ベクトル \(\vec{b}\) の終点から、ベクトル \(\vec{a}\) の終点に向かうベクトルとして表されます。これは、「終点 – 始点」の形で覚えやすく、後に出てくる位置ベクトルの概念と深く結びついています。

2.3. ベクトルの実数倍(スカラー倍)

ベクトル \(\vec{a}\) と実数 \(k\) に対して、その積 \(k\vec{a}\) を**ベクトルの実数倍(スカラー倍)**と定義します。これは、元のベクトルの大きさを伸縮させ、向きを調整する操作です。

  • 定義:
    1. \(\vec{a} \neq \vec{0}\) のとき
      • \(k > 0\) ならば、\(k\vec{a}\) は \(\vec{a}\) と同じ向きで、大きさが \(k|\vec{a}|\) のベクトル。
      • \(k < 0\) ならば、\(k\vec{a}\) は \(\vec{a}\) と反対の向きで、大きさが \(|k||\vec{a}|\) のベクトル。
      • \(k = 0\) ならば、\(0\vec{a} = \vec{0}\)。
    2. \(\vec{a} = \vec{0}\) のとき
      • 任意の \(k\) に対して \(k\vec{0} = \vec{0}\)。

まとめ:

  • 向き: \(k\) の符号で決まる(正なら同じ、負なら反対)。
  • 大きさ: \(|k\vec{a}| = |k||\vec{a}|\)。

ベクトルの実数倍の性質

\(k, l\) を実数、\(\vec{a}, \vec{b}\) をベクトルとすると、以下の性質が成り立ちます。

  1. 結合法則: \(k(l\vec{a}) = (kl)\vec{a}\)
  2. 分配法則: \((k+l)\vec{a} = k\vec{a} + l\vec{a}\)
  3. 分配法則: \(k(\vec{a}+\vec{b}) = k\vec{a} + k\vec{b}\)
  4. \(1\vec{a} = \vec{a}\)

これらの性質により、ベクトルを含んだ式を、まるで通常の文字式のように分配法則や結合法則を使いながら計算することが可能になります。例えば、\(2(3\vec{a} – 4\vec{b})\) という式は、\(6\vec{a} – 8\vec{b}\) のように展開できます。この代数的な操作が可能になることが、ベクトルを強力な計算ツールたらしめているのです。

これらの三つの基本演算(加法、減法、実数倍)は、ベクトルという新しい「数」の世界における、いわば四則演算に相当するものです。これらの図形的な意味と計算ルールをしっかりとマスターすることが、今後の学習のすべての土台となります。

3. ベクトルの成分表示とその演算

これまでベクトルを図形的な矢印として扱ってきましたが、これだけでは複雑な問題を解く際に不便です。ベクトルの真価は、それを座標平面上の「数値の組」として表現し、幾何学的な問題を代数的な計算問題に変換できる点にあります。この数値による表現がベクトルの成分表示です。

3.1. 座標平面とベクトルの成分

座標平面上に、原点 O(0, 0) を始点とし、点 A(\({a_1, a_2}\)) を終点とするベクトル \(\vec{OA}\) を考えます。このベクトルは、原点からx軸方向に \(a_1\)、y軸方向に \(a_2\) だけ移動することを意味します。この移動量を表す数値の組 \((a_1, a_2)\) を、ベクトル \(\vec{OA}\) の成分 (components) といい、

\[ \vec{OA} = (a_1, a_2) \]

と書きます。\(a_1\) をx成分、\(a_2\) をy成分と呼びます。

ベクトルの相等(大きさと向きが同じなら等しい)の定義から、始点が原点にないベクトル \(\vec{PQ}\) であっても、それを平行移動して始点を原点に重ねたときの終点の座標が \((a_1, a_2)\) であれば、そのベクトルの成分は \((a_1, a_2)\) となります。

点 P(\({p_1, p_2}\)) を始点とし、点 Q(\({q_1, q_2}\)) を終点とするベクトル \(\vec{PQ}\) の成分は、終点の座標から始点の座標をそれぞれ引くことで求められます。

\[ \vec{PQ} = (q_1 – p_1, q_2 – p_2) \]

これは、点Pから点Qへの移動が、x軸方向に \(q_1 – p_1\)、y軸方向に \(q_2 – p_2\) の移動であることを意味しています。

3.2. 成分によるベクトルの演算

ベクトルの成分表示を導入する最大の利点は、前セクションで学んだ加法、減法、実数倍の演算が、驚くほど簡単な数値計算になることです。

\(\vec{a} = (a_1, a_2)\) と \(\vec{b} = (b_1, b_2)\) の二つのベクトル、および実数 \(k\) に対して、以下の演算が成り立ちます。

  1. 加法: \(\vec{a} + \vec{b} = (a_1 + b_1, a_2 + b_2)\)(x成分同士、y成分同士をそれぞれ足し合わせる。)
  2. 減法: \(\vec{a} – \vec{b} = (a_1 – b_1, a_2 – b_2)\)(x成分同士、y成分同士をそれぞれ引き算する。)
  3. 実数倍: \(k\vec{a} = (ka_1, ka_2)\)(x成分、y成分の両方を \(k\) 倍する。)
  4. 相等: \(\vec{a} = \vec{b} \iff a_1 = b_1 \text{ かつ } a_2 = b_2\)(二つのベクトルが等しいとは、x成分とy成分がそれぞれ等しいことである。)

具体例:

\(\vec{a} = (1, 3)\)、\(\vec{b} = (4, -2)\) のとき、

  • \(\vec{a} + \vec{b} = (1+4, 3+(-2)) = (5, 1)\)
  • \(\vec{a} – \vec{b} = (1-4, 3-(-2)) = (-3, 5)\)
  • \(3\vec{a} = (3 \times 1, 3 \times 3) = (3, 9)\)
  • \(2\vec{a} – \vec{b} = 2(1,3) – (4,-2) = (2,6) – (4,-2) = (2-4, 6-(-2)) = (-2, 8)\)

このように、これまで図形を平行移動させたり、三角形を描いたりして考えていた演算が、単純な四則演算に帰着しました。これにより、複雑なベクトル関係式も、成分で表すことで連立方程式のように解くことが可能になります。

3.3. 成分によるベクトルの大きさの計算

ベクトルの大きさ(ノルム)も、成分を使って簡単に計算できます。

ベクトル \(\vec{a} = (a_1, a_2)\) を、原点Oを始点、点 A(\({a_1, a_2}\)) を終点とするベクトルと考えます。このベクトルの大きさ \(|\vec{a}|\) は、線分OAの長さに等しくなります。

座標平面上の二点間の距離の公式(三平方の定理)から、

\[ |\vec{a}| = \sqrt{(a_1 – 0)^2 + (a_2 – 0)^2} = \sqrt{a_1^2 + a_2^2} \]

となります。

具体例:

  • \(\vec{a} = (3, 4)\) のとき、\(|\vec{a}| = \sqrt{3^2 + 4^2} = \sqrt{9+16} = \sqrt{25} = 5\)。
  • \(\vec{b} = (-1, 2)\) のとき、\(|\vec{b}| = \sqrt{(-1)^2 + 2^2} = \sqrt{1+4} = \sqrt{5}\)。

点 P(\({p_1, p_2}\)) と点 Q(\({q_1, q_2}\)) の間の距離は、ベクトル \(\vec{PQ}\) の大きさに等しいので、

\[ |\vec{PQ}| = \sqrt{(q_1 – p_1)^2 + (q_2 – p_2)^2} \]

となり、座標幾何で学んだ距離の公式と完全に一致します。これは、ベクトルの概念が、既存の座標幾何の概念を内包し、拡張するものであることを示しています。

ベクトルの成分表示は、幾何学的な直感と、代数的な計算能力とを結びつける、極めて重要な概念です。これにより、私たちは図形の問題を、紙の上で図を描くだけでなく、数式を駆使して論理的に、かつ機械的に解くための強力な手段を手に入れたことになるのです。次のセクションで学ぶ「位置ベクトル」は、この成分表示の考え方をさらに一歩進め、あらゆる図形問題をベクトルの計算へと翻訳するための決定的なアイデアとなります。

4. 位置ベクトルの概念

ベクトルの成分表示によって、私たちはベクトルを座標と結びつけ、計算可能な対象としました。しかし、図形問題を本格的にベクトルで解くためには、もう一つ、思考の転換を促す決定的な概念が必要となります。それが「位置ベクトル」です。これは、平面上の「点」と「ベクトル」を1対1で対応させるという、シンプルながら極めて強力なアイデアです。

4.1. 点をベクトルで表すという発想

これまでのベクトルの定義では、ベクトルは「位置に縛られない」自由な存在でした。しかし、図形は特定の「位置」にある「点」の集まりで構成されています。この図形とベクトルを結びつけるために、平面上に一つの基準点を定めます。この基準点はどこでもよいのですが、通常は原点Oが選ばれます。

そして、平面上の任意の点Aに対して、基準点Oからその点Aに向かうベクトル \(\vec{OA}\) を考えます。このベクトル \(\vec{OA}\) を、点Aの位置ベクトル (Position Vector) と呼びます。

この約束事により、

  • 平面上の点A
  • その位置ベクトル \(\vec{OA}\)が、1対1で対応することになります。点Aの位置は、ベクトル \(\vec{OA}\) によって一意に定まります。通常、点A, B, Cの位置ベクトルは、対応する小文字を用いて \(\vec{a}, \vec{b}, \vec{c}\) のように表します。\[ \vec{a} = \vec{OA}, \quad \vec{b} = \vec{OB}, \quad \vec{c} = \vec{OC} \]

この対応付けにより、私たちは平面上の「点」を、原点を始点とする「ベクトル」として扱うことができるようになりました。これは、図形問題をベクトルの世界に持ち込むための、いわば「翻訳機」の役割を果たします。

4.2. 位置ベクトルの威力:相対的な位置関係の表現

位置ベクトルの真価は、二つの点の「相対的な位置関係」を表すベクトルを、それぞれの位置ベクトルの差として表現できる点にあります。

平面上に二点A, Bがあり、それぞれの位置ベクトルが \(\vec{a} = \vec{OA}\), \(\vec{b} = \vec{OB}\) であるとします。

このとき、点Aから点Bに向かうベクトル \(\vec{AB}\) は、ベクトルの加法(三角形の法則)を考えると、

\[ \vec{OA} + \vec{AB} = \vec{OB} \]

という関係が成り立ちます。この式を \(\vec{AB}\) について解くと、

\[ \vec{AB} = \vec{OB} – \vec{OA} \]

となります。これを位置ベクトルで書き直すと、

\[ \vec{AB} = \vec{b} – \vec{a} \]

という、極めて重要な関係式が得られます。

この式が意味するのは、始点がA、終点がBであるベクトルは、(Bの位置ベクトル)-(Aの位置ベクトル)という形で計算できるということです。

これは、これまで学んだベクトルの減法の図形的な意味(始点を揃えたときの、終点を結ぶベクトル)と完全に一致しています。

4.3. 図形問題からの解放

この \(\vec{AB} = \vec{b} – \vec{a}\) という関係式は、図形問題を解く上での思考法に革命をもたらします。

  • 図からの独立: これまで、ベクトル \(\vec{AB}\) を考えるには、まず図の上に点Aと点Bを描く必要がありました。しかし、この式を使えば、もはや具体的な図は必要ありません。点A, Bの位置が、抽象的なベクトル \(\vec{a}, \vec{b}\) として与えられていれば、その二点を結ぶベクトルは常に \(\vec{b} – \vec{a}\) として計算できます。これにより、私たちは特定の位置関係に縛られた図から解放され、より一般性の高い議論が可能になります。
  • 問題の代数化: 図形上の線分の長さや点の位置関係といった幾何学的な問題が、「\(\vec{a}, \vec{b}, \vec{c}\) … というベクトルで表される関係式を、ベクトルの演算ルールに従って変形し、結論を導く」という、純粋な代数的問題へと変換されます。

ミニケーススタディ:平行四辺形の証明

問題: 四角形ABCDが平行四辺形であるための必要十分条件を、各頂点の位置ベクトル \(\vec{a}, \vec{b}, \vec{c}, \vec{d}\) を用いて表しなさい。

思考プロセス:

  1. 幾何学的条件のベクトル化: 四角形ABCDが平行四辺形であるとは、どういうことか。ベクトルで言えば、例えば「向かい合う一組の辺が、向きが同じで長さが等しい」ということです。これをベクトル \(\vec{AB}\) と \(\vec{DC}\) を用いて表現すると、\[ \vec{AB} = \vec{DC} \]という一つのベクトル方程式になります。(\(\vec{AD} = \vec{BC}\) でも構いません。)
  2. 位置ベクトルによる書き換え: このベクトル方程式を、各点の位置ベクトルを用いて書き換えます。
    • \(\vec{AB} = \vec{b} – \vec{a}\)
    • \(\vec{DC} = \vec{c} – \vec{d}\)
  3. 条件式の導出: したがって、求める条件は、\[ \vec{b} – \vec{a} = \vec{c} – \vec{d} \]となります。この式を整理して、\(\vec{a} + \vec{c} = \vec{b} + \vec{d}\) のように変形することもできます。これは、対角線の中点が一致するという、平行四辺形の別の性質を表しています(\(\frac{\vec{a}+\vec{c}}{2} = \frac{\vec{b}+\vec{d}}{2}\))。

このように、位置ベクトルの導入により、図形の性質がベクトル間のシンプルな等式として表現され、機械的な式変形だけで証明が進んでいきます。これが、位置ベクトルがもたらす問題解決のパラダイムシフトなのです。次のセクション以降では、この強力なツールを使って、内分点や重心といった、より具体的な図形の性質をベクトルで記述していきます。

5. 内分点・外分点のベクトル表示

位置ベクトルの概念を習得したことで、私たちは図形上の点の位置をベクトルで表現し、計算する準備が整いました。その最初の応用例として、座標幾何でも学んだ「線分の内分点・外分点」の公式を、ベクトルを用いて導出してみましょう。ベクトルの表現がいかに本質的で、見通しの良いものであるかが明らかになります。

5.1. 線分の内分点

平面上に異なる2点A, Bがあり、それぞれの位置ベクトルを \(\vec{a} = \vec{OA}\), \(\vec{b} = \vec{OB}\) とします。

この線分ABを \(m : n\) の比に内分する点をPとし、その位置ベクトルを \(\vec{p} = \vec{OP}\) とします。この \(\vec{p}\) を、\(\vec{a}, \vec{b}\) および \(m, n\) を用いて表すことを考えます。

導出プロセス:

  1. 点Pの条件をベクトルで表現する:点Pが線分ABを \(m : n\) に内分するということは、点Pは線分AB上にあり、かつ長さの比が AP : PB = \(m : n\) であることを意味します。これをベクトルで考えると、ベクトル \(\vec{AP}\) と \(\vec{PB}\) は同じ向きを向いており、その大きさの比が \(m : n\) であると言えます。したがって、\[ n |\vec{AP}| = m |\vec{PB}| \]向きが同じなので、ベクトルとして以下の関係が成り立ちます。\[ n \vec{AP} = m \vec{PB} \]
  2. 位置ベクトルで書き換える:このベクトル方程式を、各点の位置ベクトルを用いて書き換えます。
    • \(\vec{AP} = \vec{p} – \vec{a}\)
    • \(\vec{PB} = \vec{b} – \vec{p}\)これを代入すると、\[ n(\vec{p} – \vec{a}) = m(\vec{b} – \vec{p}) \]
  3. \(\vec{p}\) について解く:この方程式を、未知のベクトル \(\vec{p}\) について解きます。これは通常の文字式と同じように展開・整理できます。\[ n\vec{p} – n\vec{a} = m\vec{b} – m\vec{p} \]\(\vec{p}\) を含む項を左辺に、それ以外を右辺に集めます。\[ n\vec{p} + m\vec{p} = n\vec{a} + m\vec{b} \]左辺を \(\vec{p}\) でまとめます。\[ (m+n)\vec{p} = n\vec{a} + m\vec{b} \]最後に、両辺を \(m+n\) で割ります(\(m, n\) は正の比なので \(m+n \neq 0\))。\[ \vec{p} = \frac{n\vec{a} + m\vec{b}}{m+n} \]

これが、線分ABを \(m:n\) に内分する点Pの位置ベクトルの公式です。

座標幾何の公式 \(x = \frac{nx_A + mx_B}{m+n}\) と形が酷似していることに気づくでしょう。ベクトルの公式は、x成分とy成分の計算を一つの式で同時に行っている、より包括的な表現なのです。分子の係数が、比の数値をクロスして掛け合わされている(\(n\) が \(\vec{a}\) に、\(m\) が \(\vec{b}\) に掛かる)点に注意してください。

特に、線分ABの中点Mの位置ベクトル \(\vec{m}\) は、\(m=1, n=1\) の場合なので、

\[ \vec{m} = \frac{\vec{a} + \vec{b}}{2} \]

となり、非常にシンプルな形で表せます。

5.2. 線分の外分点

次に、線分ABを \(m : n\) の比に外分する点をQとし、その位置ベクトルを \(\vec{q} = \vec{OQ}\) とします。

外分とは、線分ABの延長線上に点Qがあり、AQ : QB = \(m : n\) となることを意味します。(ただし \(m \neq n\))

外分点の公式は、内分点の公式を少し工夫することで簡単に導出できます。

点Qが線分ABを \(m : n\) に外分するということは、見方を変えれば、

  • \(m > n\) の場合: 点Bは線分AQを \((m-n) : n\) に内分する点である。
  • \(m < n\) の場合: 点Aは線分QBを \((n-m) : m\) に内分する点である。

どちらで考えても結果は同じですが、より統一的に扱う方法として、比 \(n\) を \(-n\) に置き換えるという考え方があります。

点Qは、線分ABを \(m : (-n)\) に内分する点と見なすのです。

この考え方で、内分点の公式

\[ \vec{p} = \frac{n\vec{a} + m\vec{b}}{m+n} \]

の \(n\) を \(-n\) で置き換えてみましょう。

\[ \vec{q} = \frac{(-n)\vec{a} + m\vec{b}}{m+(-n)} = \frac{-n\vec{a} + m\vec{b}}{m-n} \]

これが、線分ABを \(m:n\) に外分する点Qの位置ベクトルの公式です。

内分点の公式の \(n\) を \(-n\) に変えるだけで得られる、という統一的な理解が重要です。

5.3. 公式の応用

例題:

3点 A(\(\vec{a}\)), B(\(\vec{b}\)), C(\(\vec{c}\)) を頂点とする \(\triangle ABC\) がある。辺ABを 2:1 に内分する点をD, 辺BCを 3:1 に外分する点をEとするとき、ベクトル \(\vec{DE}\) を \(\vec{a}, \vec{b}, \vec{c}\) を用いて表しなさい。

解法:

  1. 点D, Eの位置ベクトルを求める:まず、点Dと点Eの位置ベクトル \(\vec{d}, \vec{e}\) を、内分・外分の公式を用いて表します。
    • 点Dは辺ABを 2:1 に内分するので、\[ \vec{d} = \frac{1\vec{a} + 2\vec{b}}{2+1} = \frac{\vec{a} + 2\vec{b}}{3} \]
    • 点Eは辺BCを 3:1 に外分するので、\[ \vec{e} = \frac{-1\vec{b} + 3\vec{c}}{3-1} = \frac{-\vec{b} + 3\vec{c}}{2} \]
  2. \(\vec{DE}\) を位置ベクトルの差で表す:求めたいベクトル \(\vec{DE}\) は、位置ベクトルを用いて \(\vec{e} – \vec{d}\) と表せます。
  3. 代入して計算する:\[ \vec{DE} = \vec{e} – \vec{d} = \left( \frac{-\vec{b} + 3\vec{c}}{2} \right) – \left( \frac{\vec{a} + 2\vec{b}}{3} \right) \]分母を6にそろえて通分します。\[ = \frac{3(-\vec{b} + 3\vec{c}) – 2(\vec{a} + 2\vec{b})}{6} \]\[ = \frac{-3\vec{b} + 9\vec{c} – 2\vec{a} – 4\vec{b}}{6} \]\[ = \frac{-2\vec{a} – 7\vec{b} + 9\vec{c}}{6} = -\frac{1}{3}\vec{a} – \frac{7}{6}\vec{b} + \frac{3}{2}\vec{c} \]

このように、内分・外分点の公式と位置ベクトルの考え方を組み合わせることで、図形上の複雑な点の位置関係を、機械的な代数計算によって正確に処理することができます。

6. 三角形の重心のベクトル表示

内分点の公式の応用として、三角形の最も重要な点の一つである「重心」の位置をベクトルで表現する方法を学びます。結果として得られる公式のシンプルさは、ベクトルの表現力の高さを象徴しており、様々な図形問題で強力な武器となります。

6.1. 重心の定義と性質の復習

まず、幾何学における三角形の重心 (Centroid) の定義を思い出しましょう。

重心とは、三角形の3本の中線(各頂点とその対辺の中点を結んだ線分)の交点です。

重心には、以下の重要な性質がありました。

  • 重心は、各中線を頂点から 2 : 1 の比に内分する。

この「中線を2:1に内分する点」という性質が、重心の位置ベクトルを導出する鍵となります。

6.2. 重心の位置ベクトルの導出

3点 A, B, C を頂点とする \(\triangle ABC\) を考えます。各頂点の位置ベクトルを、それぞれ \(\vec{a} = \vec{OA}\), \(\vec{b} = \vec{OB}\), \(\vec{c} = \vec{OC}\) とします。

この三角形の重心をGとし、その位置ベクトルを \(\vec{g} = \vec{OG}\) とします。

導出プロセス:

  1. 一つの​​中線を考える:まず、頂点Aから対辺BCに引いた中線を考えます。辺BCの中点をMとすると、Mの位置ベクトル \(\vec{m}\) は、中点の公式から、\[ \vec{m} = \frac{\vec{b} + \vec{c}}{2} \]と表せます。
  2. 中線を 2:1 に内分する点を求める:重心Gは、この中線AMを 2:1 に内分する点です。したがって、点Gの位置ベクトル \(\vec{g}\) は、線分AMを 2:1 に内分する点の位置ベクトルとして、内分点の公式を用いて計算できます。Aの位置ベクトルは \(\vec{a}\)、Mの位置ベクトルは \(\vec{m}\) なので、\[ \vec{g} = \frac{1\vec{a} + 2\vec{m}}{2+1} = \frac{\vec{a} + 2\vec{m}}{3} \]
  3. \(\vec{m}\) を代入して整理する:この式に、先ほど求めた \(\vec{m} = \frac{\vec{b} + \vec{c}}{2}\) を代入します。\[ \vec{g} = \frac{\vec{a} + 2\left(\frac{\vec{b} + \vec{c}}{2}\right)}{3} \]\[ = \frac{\vec{a} + (\vec{b} + \vec{c})}{3} \]\[ = \frac{\vec{a} + \vec{b} + \vec{c}}{3} \]

これが、\(\triangle ABC\) の重心Gの位置ベクトルの公式です。

この導出は、中線AMに着目して行いましたが、例えば頂点Bから対辺ACに引いた中線を考えても、全く同じ結果が得られます。このことは、3本の中線が実際に一点で交わることのベクトルによる証明にもなっています。

6.3. 重心公式の 의미와 응용

公式の意味:

\[ \vec{g} = \frac{\vec{a} + \vec{b} + \vec{c}}{3} \]

この公式が示しているのは、三角形の重心の位置ベクトルが、**三つの頂点の位置ベクトルの「平均」**として表せるということです。これは非常に直感的で覚えやすい形をしています。重心が三角形の「中心」としての役割を持つことを、この式は美しく表現しています。

公式の応用

重心の公式は、図形問題において点の位置関係を調べる際に頻繁に利用されます。

例題:

\(\triangle ABC\) と点Pについて、等式 \(\vec{PA} + \vec{PB} + \vec{PC} = \vec{0}\) が成り立つとき、点Pはどのような位置にあるか。

解法:

  1. 始点をOに統一する:与えられたベクトル方程式の始点がPでバラバラなので、基準となる原点Oを導入し、すべてのベクトルを位置ベクトルの差に分解します。
    • \(\vec{PA} = \vec{a} – \vec{p}\)
    • \(\vec{PB} = \vec{b} – \vec{p}\)
    • \(\vec{PC} = \vec{c} – \vec{p}\)
  2. 方程式に代入して整理する:これらの式を元の等式に代入します。\[ (\vec{a} – \vec{p}) + (\vec{b} – \vec{p}) + (\vec{c} – \vec{p}) = \vec{0} \]\(\vec{p}\) について整理すると、\[ \vec{a} + \vec{b} + \vec{c} – 3\vec{p} = \vec{0} \]\[ 3\vec{p} = \vec{a} + \vec{b} + \vec{c} \]
  3. \(\vec{p}\) を求める:両辺を3で割ると、\[ \vec{p} = \frac{\vec{a} + \vec{b} + \vec{c}}{3} \]
  4. 結論を解釈する:この結果は、点Pの位置ベクトル \(\vec{p}\) が、\(\triangle ABC\) の重心の位置ベクトル \(\vec{g}\) と一致することを意味します。したがって、点Pは \(\triangle ABC\) の重心である、と結論できます。

この例題のように、\(\vec{PA} + \vec{PB} + \vec{PC} = \vec{0}\) という条件は、点Pが重心であることを示すための重要な性質として、覚えておくと便利です。重心の位置ベクトル公式は、このように図形的な性質をベクトル方程式として捉え、代数的に解くための強力な出発点となるのです。

7. 2つのベクトルの平行条件

ベクトルは「向き」と「大きさ」を持つ量でした。ここでは、二つのベクトルの「向き」に関する最も基本的な関係性である「平行」を、ベクトル特有の数式でどのように表現するかを学びます。この平行条件は、図形問題において、線分の平行関係や、次に学ぶ点の共線関係(3点が一直線上にあること)を調べるための基礎となります。

7.1. 平行の定義と図形的イメージ

ゼロベクトルでない二つのベクトル \(\vec{a}\) と \(\vec{b}\) が平行であるとは、その名の通り、それらを表す有向線分の向きが**「同じ」か「正反対」**であることを意味します。

\[ \vec{a} \parallel \vec{b} \]

と表記します。

始点を揃えて描いたとき、二つのベクトルが同一の直線上に乗る、とイメージすると分かりやすいでしょう。

7.2. 平行条件のベクトルによる表現

この図形的な条件を、ベクトルの実数倍の概念を用いて、代数的な条件式に翻訳してみましょう。

ベクトルの実数倍 \(k\vec{a}\) は、

  • \(k > 0\) のとき、\(\vec{a}\) と同じ向き
  • \(k < 0\) のとき、\(\vec{a}\) と反対の向きのベクトルでした。これはまさに、ベクトルが平行であるときの二つの状況(向きが同じか、正反対か)を網羅しています。

したがって、二つのベクトル \(\vec{a}\) と \(\vec{b}\)(ただし \(\vec{a} \neq \vec{0}, \vec{b} \neq \vec{0}\))が平行であることは、**「ベクトル \(\vec{b}\) が、ベクトル \(\vec{a}\) の実数倍で表せる」**ことと同値になります。

ベクトルの平行条件

\[ \vec{a} \parallel \vec{b} \iff \vec{b} = k\vec{a} \text{ となる実数 } k \text{ が存在する} \]

この条件式は非常に重要です。図形的な「平行」という性質を、\(\vec{b} = k\vec{a}\) という一本のベクトル方程式に落とし込むことができるからです。これにより、平行に関する証明問題などが、この方程式を満たす実数 \(k\) を見つける、という代数的な問題に置き換えられます。

(注:\(\vec{a}\) がゼロベクトルでない限り、\(\vec{a}=k\vec{b}\) と表現しても同値です。)

7.3. 成分表示による平行条件

ベクトルが成分で与えられている場合、平行条件はさらに具体的な数値計算で判定することができます。

\(\vec{a} = (a_1, a_2)\) と \(\vec{b} = (b_1, b_2)\) とし、どちらもゼロベクトルでないとします。

\(\vec{a} \parallel \vec{b}\) であるための条件は、\(\vec{b} = k\vec{a}\) となる実数 \(k\) が存在することです。

これを成分で書くと、

\[ (b_1, b_2) = k(a_1, a_2) = (ka_1, ka_2) \]

となります。

ベクトルの相等条件から、各成分が等しいので、

\[ b_1 = ka_1 \quad \dots ① \]

\[ b_2 = ka_2 \quad \dots ② \]

という連立方程式が得られます。

この二式を満たすような実数 \(k\) が存在することが、平行であるための条件です。

もし \(a_1 \neq 0\) かつ \(a_2 \neq 0\) であれば、

①より \(k = b_1/a_1\)、②より \(k = b_2/a_2\) となります。

この二つの \(k\) が一致すればよいので、

\[ \frac{b_1}{a_1} = \frac{b_2}{a_2} \]

分母を払うと、

\[ a_1 b_2 = a_2 b_1 \]

移項して、

\[ a_1 b_2 – a_2 b_1 = 0 \]

という条件式が得られます。これは、成分が0になる場合も含めて、常に成り立つ平行条件となります。

(これは、二つのベクトルがなす平行四辺形の面積が0になることを意味しており、後に行列式を学ぶと、より深く理解できます。)

成分による平行条件

\(\vec{a} = (a_1, a_2), \vec{b} = (b_1, b_2)\) のとき、

\[ \vec{a} \parallel \vec{b} \iff a_1 b_2 – a_2 b_1 = 0 \]

具体例:

\(\vec{a}=(2, -3)\) と \(\vec{b}=(-6, 9)\) は平行か?

  • 方法1:実数倍\(\vec{b} = (-6, 9) = -3(2, -3) = -3\vec{a}\)よって、\(\vec{b} = k\vec{a}\) (ただし \(k=-3\)) の形で表せるので、\(\vec{a} \parallel \vec{b}\) である。
  • 方法2:成分の条件式\(a_1=2, a_2=-3, b_1=-6, b_2=9\)\(a_1 b_2 – a_2 b_1 = (2)(9) – (-3)(-6) = 18 – 18 = 0\)よって、条件式を満たすので、\(\vec{a} \parallel \vec{b}\) である。

7.4. 平行条件の応用

例題:

\(\vec{a}=(x-1, 2)\), \(\vec{b}=(4, x+1)\) が平行になるように、実数 \(x\) の値を定めなさい。ただし、\(\vec{a} \neq \vec{0}, \vec{b} \neq \vec{0}\) とする。

解法:

成分による平行条件 \(a_1 b_2 – a_2 b_1 = 0\) を用います。

\[ (x-1)(x+1) – (2)(4) = 0 \]

\[ x^2 – 1 – 8 = 0 \]

\[ x^2 – 9 = 0 \]

\[ (x-3)(x+3) = 0 \]

よって、\(x = 3, -3\) となります。

  • \(x=3\) のとき、\(\vec{a}=(2,2), \vec{b}=(4,4)\)。確かに \(\vec{b}=2\vec{a}\) で平行。
  • \(x=-3\) のとき、\(\vec{a}=(-4,2), \vec{b}=(4,-2)\)。確かに \(\vec{b}=-\vec{a}\) で平行。

このように、ベクトルの平行条件は、図形的な関係性を代数的な方程式に変換し、未知数を求めたり、性質を証明したりするための基本的な道具として機能します。

8. 3点が一直線上にあるための条件

ベクトルの平行条件を応用することで、幾何学で頻繁に登場する「3つの点が一直線上にある」という条件、すなわち共線条件を、ベクトルを用いて簡潔に表現することができます。これにより、点の位置関係に関する問題が、機械的なベクトル計算で処理できるようになります。

8.1. 共線条件のベクトルによる表現

平面上に、異なる3点 A, B, C があるとします。

この3点が一直線上にある、とは図形的にどのような状態でしょうか。

これは、**「点A, B, Cが乗っている直線が一つに定まる」ということです。

ベクトルを使ってこの状態を捉え直すと、「ベクトル \(\vec{AB}\) とベクトル \(\vec{AC}\) が平行である」**と言い換えることができます。

点Aを基準に考えたとき、点Bへ向かう方向と、点Cへ向かう方向が、同じ(または正反対)であれば、3点は必然的に一直線上に並びます。

そして、二つのベクトルが平行であるための条件は、「一方が他方の実数倍で表せる」ことでした。

したがって、3点 A, B, C が一直線上にあるための条件は、

\[ \vec{AC} = k \vec{AB} \text{ となる実数 } k \text{ が存在する} \]

ことであると、ベクトル方程式として表現できます。

8.2. 位置ベクトルを用いた表現

この共線条件を、各点の位置ベクトル \(\vec{a}, \vec{b}, \vec{c}\) を用いて書き直してみましょう。

  • \(\vec{AC} = \vec{c} – \vec{a}\)
  • \(\vec{AB} = \vec{b} – \vec{a}\)

これを上記の条件式に代入すると、

\[ \vec{c} – \vec{a} = k(\vec{b} – \vec{a}) \]

となります。この式を \(\vec{c}\) について解くと、

\[ \vec{c} = \vec{a} + k(\vec{b} – \vec{a}) \]

\[ \vec{c} = (1-k)\vec{a} + k\vec{b} \]

となります。

ここで、\(1-k=s\), \(k=t\) と置き換えると、\(s+t = (1-k)+k = 1\) となります。

よって、以下の重要な表現が得られます。

3点 A, B, C が一直線上にあるための条件

点Cが直線AB上にある \(\iff\) \(\vec{OC} = s\vec{OA} + t\vec{OB}\) かつ \(s+t=1\) となる実数 \(s, t\) が存在する。

この表現は、点Cの位置ベクトルが、点Aと点Bの位置ベクトルの線形結合で表され、かつその係数の和が1になる、ということを意味しています。

これは、内分点・外分点の公式の一般化と見ることもできます。

  • 内分点: \(\vec{p} = \frac{n\vec{a} + m\vec{b}}{m+n} = \frac{n}{m+n}\vec{a} + \frac{m}{m+n}\vec{b}\)。係数の和は \(\frac{n}{m+n} + \frac{m}{m+n} = 1\)。
  • 外分点: \(\vec{q} = \frac{-n\vec{a} + m\vec{b}}{m-n} = \frac{-n}{m-n}\vec{a} + \frac{m}{m-n}\vec{b}\)。係数の和は \(\frac{-n}{m-n} + \frac{m}{m-n} = 1\)。

つまり、係数の和が1になるという条件は、点がその直線上にあることを示す、非常に強力な指標なのです。

8.3. 具体例による条件の適用

例題1:

平行四辺形ABCDにおいて、辺CDを 2:1 に内分する点をE、対角線BDを 3:1 に内分する点をFとする。このとき、3点 A, F, E は一直線上にあることを証明しなさい。

証明:

  1. 始点をAに設定し、位置ベクトルを定義する:この問題では、Aを基準点(始点)として考えるのが便利です。\(\vec{AB} = \vec{b}\), \(\vec{AD} = \vec{d}\) とおきます。すると、他の点の位置ベクトル(Aを始点とする)は以下のように表せます。
    • \(\vec{AC} = \vec{AB} + \vec{BC} = \vec{AB} + \vec{AD} = \vec{b} + \vec{d}\)
    • \(\vec{AE}\): 点Eは辺CDを 2:1 に内分する点なので、\[ \vec{AE} = \frac{1\vec{AC} + 2\vec{AD}}{2+1} = \frac{(\vec{b}+\vec{d}) + 2\vec{d}}{3} = \frac{\vec{b} + 3\vec{d}}{3} \]
    • \(\vec{AF}\): 点Fは対角線BDを 3:1 に内分する点なので、\[ \vec{AF} = \frac{1\vec{AB} + 3\vec{AD}}{3+1} = \frac{\vec{b} + 3\vec{d}}{4} \]
  2. 共線条件を確認する:3点 A, F, E が一直線上にあることを示すには、\(\vec{AE} = k \vec{AF}\) となる実数 \(k\) が存在することを示せばよい。(始点がAなので、\(\vec{AF}\) と \(\vec{AE}\) の平行を示せばよい。)
  3. 関係式を導出する:上で求めた \(\vec{AE}\) と \(\vec{AF}\) の式を見比べると、\[ \vec{AE} = \frac{\vec{b} + 3\vec{d}}{3} = \frac{4}{3} \left( \frac{\vec{b} + 3\vec{d}}{4} \right) = \frac{4}{3} \vec{AF} \]という関係があることが分かります。
  4. 結論:\(\vec{AE} = \frac{4}{3} \vec{AF}\) となり、\(\vec{AE}\) は \(\vec{AF}\) の実数倍で表せました。したがって、ベクトル \(\vec{AE}\) と \(\vec{AF}\) は平行であり、共通の始点Aを持つため、3点 A, F, E は一直線上にあると言えます。(証明終)

例題2:

\(\triangle OAB\) において、点Pが \(\vec{OP} = \frac{2}{5}\vec{OA} + \frac{3}{5}\vec{OB}\) を満たすとき、点Pはどのような位置にあるか。

解法:

与えられた式は、\(\vec{p} = s\vec{a} + t\vec{b}\) の形をしています。

係数を見てみると、\(s = 2/5, t = 3/5\) です。

この係数の和を計算すると、\(s+t = 2/5 + 3/5 = 1\) となります。

3点が一直線上にあるための条件「係数の和が1」を満たしています。

したがって、点Pは直線AB上にあります。

さらに、\(s, t\) は共に正であるため、点Pは線分AB上にあります。

式を内分点の公式の形に変形すると、

\[ \vec{OP} = \frac{2\vec{OA} + 3\vec{OB}}{5} = \frac{2\vec{a} + 3\vec{b}}{3+2} \]

となり、これは線分ABを 3 : 2 の比に内分する点の位置ベクトルを表しています。

よって、点Pは線分ABを 3:2 に内分する点です。

9. ベクトルの分解と一次独立

これまでの学習で、ベクトルが図形問題を解くための強力な言語であることが分かってきました。このセクションでは、その言語の「文法」の根幹をなす、ベクトルの分解一次独立という概念について学びます。これは、なぜ平面上の任意の点を、二つの基準となるベクトルだけで一意に表現できるのか、その理論的な背景を与えるものです。

9.1. ベクトルの分解

平面上に、ゼロベクトルでなく、互いに平行でない二つのベクトル \(\vec{a}\) と \(\vec{b}\) があるとします。この二つのベクトルを基底(basis)として用いると、平面上の任意のベクトル \(\vec{p}\) は、この \(\vec{a}\) と \(\vec{b}\) の実数倍の和(線形結合)の形で、ただ一通りに表すことができます。

\[ \vec{p} = s\vec{a} + t\vec{b} \]

(ここで \(s, t\) は実数)

これを、ベクトル \(\vec{p}\) の \(\vec{a}, \vec{b}\) による分解と呼びます。

図形的なイメージ

始点をOに揃えて、\(\vec{OA}=\vec{a}, \vec{OB}=\vec{b}, \vec{OP}=\vec{p}\) を描いてみましょう。

点Pを通り、直線OBに平行な直線と、直線OAとの交点をA’とします。

点Pを通り、直線OAに平行な直線と、直線OBとの交点をB’とします。

すると、平行四辺形OA’PB’ができます。

このとき、ベクトルの和の法則から、

\[ \vec{OP} = \vec{OA’} + \vec{OB’} \]

となります。

\(\vec{OA’}\) は \(\vec{OA}\) と同一直線上にあるので、\(\vec{OA’} = s\vec{OA} = s\vec{a}\) となる実数 \(s\) が存在します。

同様に、\(\vec{OB’}\) は \(\vec{OB}\) と同一直線上にあるので、\(\vec{OB’} = t\vec{OB} = t\vec{b}\) となる実数 \(t\) が存在します。

したがって、

\[ \vec{p} = s\vec{a} + t\vec{b} \]

と分解できることが分かります。

9.2. 分解の一意性と一次独立

ベクトルの分解で極めて重要なのは、この分解の仕方(実数 \(s, t\) の組)が**「ただ一通りに定まる」ということです。これを分解の一意性**と呼びます。

この一意性が保証されるための条件が、基底となる二つのベクトル \(\vec{a}, \vec{b}\) が一次独立 (linearly independent) であることです。

平面ベクトルにおいて、二つのベクトルが一次独立であるとは、

  • \(\vec{a} \neq \vec{0}\) かつ \(\vec{b} \neq \vec{0}\)
  • \(\vec{a}\) と \(\vec{b}\) が平行でない (\(\vec{a} \not\parallel \vec{b}\))という二つの条件を満たすことを意味します。

もし、\(\vec{a}\) と \(\vec{b}\) が平行(一次従属)であったなら、分解は一意に定まりませんし、そもそも平面上のすべてのベクトルを表すことができません。

分解の一意性の証明(背理法)

もし、\(\vec{p}\) の分解が二通りあったと仮定します。

\[ \vec{p} = s\vec{a} + t\vec{b} \quad \dots ① \]

\[ \vec{p} = s’\vec{a} + t’\vec{b} \quad \dots ② \]

(ただし、\((s, t) \neq (s’, t’)\) とする)

① – ② より、

\[ \vec{0} = (s-s’)\vec{a} + (t-t’)\vec{b} \]

\(s \neq s’\) と仮定すると、\(s-s’ \neq 0\)。式を移項して、

\[ (s-s’)\vec{a} = -(t-t’)\vec{b} \]

\

a=−s−s′t−t′​b

これは、\(\vec{a}\) が \(\vec{b}\) の実数倍で書けること、すなわち \(\vec{a} \parallel \vec{b}\) であることを意味します。

しかし、これは \(\vec{a}, \vec{b}\) が一次独立(平行でない)という最初の前提に矛盾します。

したがって、\(s-s’ = 0\)、すなわち \(s=s’\) でなければなりません。

これを \((s-s’)\vec{a} + (t-t’)\vec{b} = \vec{0}\) に代入すると、\((t-t’)\vec{b} = \vec{0}\) となります。\(\vec{b} \neq \vec{0}\) なので、\(t-t’=0\)、すなわち \(t=t’\) でなければなりません。

以上より、\(s=s’\) かつ \(t=t’\) となり、分解はただ一通りであることが証明されました。

この一意性があるからこそ、ベクトル方程式を解く際に「係数比較」をすることができます。

9.3. 係数比較による問題解決

例題:

\(\vec{a}, \vec{b}\) は一次独立であるとする。等式 \(s(\vec{a} + 2\vec{b}) – (2\vec{a} – 3\vec{b}) = 5\vec{a} + t\vec{b}\) を満たす実数 \(s, t\) の値を求めなさい。

解法:

  1. 与えられた式を \(\vec{a}, \vec{b}\) について整理する:左辺を展開します。\[ s\vec{a} + 2s\vec{b} – 2\vec{a} + 3\vec{b} = 5\vec{a} + t\vec{b} \]\(\vec{a}\) の項と \(\vec{b}\) の項でまとめます。\[ (s-2)\vec{a} + (2s+3)\vec{b} = 5\vec{a} + t\vec{b} \]
  2. 係数を比較する:\(\vec{a}, \vec{b}\) は一次独立なので、両辺の分解は一意です。したがって、\(\vec{a}\) の係数同士、\(\vec{b}\) の係数同士がそれぞれ等しくなければなりません。
    • \(\vec{a}\) の係数比較: \(s – 2 = 5\)
    • \(\vec{b}\) の係数比較: \(2s + 3 = t\)
  3. 連立方程式を解く:最初の式から、\(s = 7\) が求まります。この \(s=7\) を二番目の式に代入します。\[ t = 2(7) + 3 = 14 + 3 = 17 \]よって、求める値は \(s=7, t=17\) となります。

ベクトルの分解と一次独立の概念は、一見すると抽象的ですが、ベクトルを用いた計算の正当性を保証する、非常に重要な土台です。この「どんなベクトルも、基底を使えば一通りに表せる」という性質が、ベクトルを座標のように扱い、幾何問題を代数の土俵で解くことを可能にしているのです。

10. 座標平面とベクトル

本モジュールの最後に、これまで学んできたベクトルの概念を、私たちに最も馴染み深い舞台である「座標平面」と結びつけ、知識を統合します。ベクトルの成分表示が、実はベクトルの分解の特別な場合であり、いかにしてベクトルが座標幾何学の強力な言語として機能するかを再確認します。

10.1. 基本ベクトル:座標軸の単位ベクトル

座標平面において、x軸の正の方向を向き、大きさが1のベクトルを \(\vec{e_1}\) とします。

同様に、y軸の正の方向を向き、大きさが1のベクトルを \(\vec{e_2}\) とします。

この \(\vec{e_1}\) と \(\vec{e_2}\) を基本ベクトル (Standard Basis Vectors) と呼びます。

成分で表示すると、

\[ \vec{e_1} = (1, 0) \]

\[ \vec{e_2} = (0, 1) \]

となります。

この二つの基本ベクトルは、明らかにゼロベクトルではなく、互いに平行でもありません(直交しています)。したがって、\(\vec{e_1}, \vec{e_2}\) は一次独立であり、平面上の任意のベクトルを表すための基底として用いることができます。

10.2. 成分表示とベクトルの分解

平面上の任意のベクトル \(\vec{a} = (a_1, a_2)\) を考えてみましょう。

ベクトルの成分による演算ルールを用いると、このベクトルは以下のように分解できます。

\[ \vec{a} = (a_1, a_2) = (a_1, 0) + (0, a_2) \]

\[ = a_1(1, 0) + a_2(0, 1) \]

ここに基本ベクトルの定義を代入すると、

\[ \vec{a} = a_1\vec{e_1} + a_2\vec{e_2} \]

となります。

これは、驚くべきことを示しています。ベクトルの成分表示 \((a_1, a_2)\) とは、そのベクトルを基本ベクトル \(\vec{e_1}, \vec{e_2}\) で分解したときの係数 \(s, t\) に他ならなかったのです。

つまり、

  • x成分 \(a_1\) は、ベクトル \(\vec{a}\) がx軸方向にどれだけ進むかを表す、\(\vec{e_1}\) の係数。
  • y成分 \(a_2\) は、ベクトル \(\vec{a}\) がy軸方向にどれだけ進むかを表す、\(\vec{e_2}\) の係数。

普段何気なく使っている座標や成分というものが、実はベクトルという、より広く一般的な概念の特別な場合であった、と見ることができます。この視点は、今後、空間ベクトルや、さらに抽象的な線形代数の世界へ学習を進める上で非常に重要になります。

10.3. 幾何学の問題を解くための統合的アプローチ

ベクトルの学習を通じて、私たちは一つの図形問題を、複数の異なる視点から捉えることができるようになりました。

問題: 2点 A(1, 2), B(4, 6) がある。線分ABを 1:2 に内分する点Pの座標を求めなさい。

  • アプローチ1:座標幾何の公式内分点の公式を直接用います。\[ x_P = \frac{2 \cdot 1 + 1 \cdot 4}{1+2} = \frac{2+4}{3} = 2 \]\[ y_P = \frac{2 \cdot 2 + 1 \cdot 6}{1+2} = \frac{4+6}{3} = \frac{10}{3} \]よって、Pの座標は \((2, 10/3)\)。
  • アプローチ2:位置ベクトル点A, B, P の位置ベクトルをそれぞれ \(\vec{a}, \vec{b}, \vec{p}\) とします。\(\vec{a}=(1,2)\), \(\vec{b}=(4,6)\) です。点Pは線分ABを 1:2 に内分するので、ベクトルの内分点公式から、\[ \vec{p} = \frac{2\vec{a} + 1\vec{b}}{1+2} = \frac{2(1,2) + (4,6)}{3} \]\[ = \frac{(2,4) + (4,6)}{3} = \frac{(2+4, 4+6)}{3} = \frac{(6, 10)}{3} = (2, 10/3) \]点Pの位置ベクトルが \((2, 10/3)\) なので、その座標も \((2, 10/3)\) となります。

二つのアプローチは、本質的に同じ計算を行っており、同じ結論に至ります。しかし、ベクトルのアプローチは、

  • x成分とy成分の計算を、一つのベクトル方程式でエレガントに扱うことができる。
  • 座標が与えられていない、より抽象的な図形問題にも、そのまま拡張して適用できる。という点で、より強力で汎用性が高いと言えます。

ベクトルとは、単なる矢印ではなく、また単なる数値の組でもありません。それは、幾何学的な直感と代数的な計算を結びつけ、座標という特定の枠組みさえも超えて図形の性質を論じることを可能にする、**新しい数学の「言語」**なのです。このモジュールで学んだ基本文法を使いこなし、様々な問題に応用していくことで、その言語の持つ豊かさと力を、さらに深く体感していくことができるでしょう。

Module 9:ベクトル(1) 平面ベクトルの基礎の総括:幾何学を記述する新しい言語

本モジュールでは、数学Bの新たな領域である「ベクトル」の世界への第一歩を踏み出しました。その学習は、図形を、そして空間を認識するための、全く新しい「言語」を獲得するプロセスでした。

私たちはまず、ベクトルが単なる数値(スカラー)とは異なり、**「大きさと向き」**という二つの情報を併せ持つ量であることを学びました。そして、その位置に縛られない自由な性質と、加法・減法・実数倍という基本的な演算が、図形的な移動や変形とどのように対応するかを理解しました。

学習の転換点となったのは、ベクトルを座標平面上の数値の組で表す**「成分表示」と、平面上の点を原点からのベクトルで一意に対応させる「位置ベクトル」**の導入です。これらのアイデアによって、ベクトルは抽象的な矢印から、具体的な計算が可能な代数的ツールへと昇華しました。

その威力は、内分点・外分点や三角形の重心といった、座標幾何では複雑な計算を要した点の位置を、驚くほどシンプルで美しいベクトル方程式で表現できることに現れていました。\(\vec{p} = \frac{n\vec{a} + m\vec{b}}{m+n}\) や \(\vec{g} = \frac{\vec{a} + \vec{b} + \vec{c}}{3}\) といった公式は、ベクトルが図形の本質をいかに的確に捉えているかを物語っています。

さらに、平行条件(\(\vec{b} = k\vec{a}\))や共線条件(\(\vec{c} = s\vec{a} + t\vec{b}, s+t=1\))を学ぶことで、図形的な関係性をベクトル方程式に翻訳し、機械的な計算によって証明や値の決定を行う手法を習得しました。そして、その背景には、ベクトルの分解一次独立という、この新しい言語の文法規則が、計算の正当性を担保していることを見ました。

このモジュールを終えた今、皆さんは単に計算方法を学んだだけではありません。一つの図形問題を、古くからの幾何学的な視点と、新しく手に入れたベクトルという代数的な視点の両方から眺め、自在に行き来する能力を身につけたのです。この複眼的な思考こそが、今後、より複雑な図形問題や空間の問題に挑む上での、最も強力な武器となるでしょう。

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