【基礎 物理(波動)】Module 11:光の回折と分解能

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本モジュールの目的と構成

Module 8では、光を「直進する線(光線)」と見なす幾何光学の強力なモデルを探求しました。しかし、その冒頭で学んだように、これは光の性質の一つの側面に過ぎない、一種の近似です。本モジュールでは、この近似が破綻する領域、すなわち光がその本質的な「波動性」を最も顕著に示す現象、**「回折」**の世界へと深く分け入っていきます。

回折とは、波が障害物の影に回り込んだり、狭い隙間を通り抜けた後に広がったりする性質のことです。私たちの日常経験では、「光は直進する」という信念が支配的ですが、ミクロなスケールで見ると、光もまた、水の波紋のようにしなやかに「曲がる」のです。この一見些細な振る舞いは、しかし、私たちが世界をどれだけ鮮明に見ることができるか、その究極的な限界を定めています。

この探求の旅は、大きく二つのパートで構成されます。前半では、回折という現象そのものが作り出す光のパターンを理解します。単一の細い隙間(単スリット)がなぜ複雑な明暗の模様を生み出すのか、そして無数のスリットの集合体である「回折格子」が、いかにして光をその成分である虹色のスペクトルへと鮮やかに分解するのか、その原理を解き明かします。

後半では、この回折という現象が、逆に私たちの「見る能力」にどのような制約を課すのかを探ります。望遠鏡が遠くの星々を、顕微鏡が微小な生命を、どれだけ細かく見分けることができるのか。その限界、すなわち「分解能」が、レンズの性能ではなく、光の回折という普遍的な物理法則によって、根本的に決定づけられているという事実に迫ります。

このモジュールを終えるとき、あなたは、光が描く直線という単純なイメージの背後に、回り込み、干渉しあう、より複雑で豊かな波の姿を見る眼を養っているはずです。そして、その波の性質こそが、私たちが観測できる世界の解像度の限界を定め、科学的探求のフロンティアを規定していることを理解するでしょう。

目次

1. 回折現象の再確認

幾何光学の世界では、光は壁や障害物によって完全に遮られ、その背後にはっきりとした影を作ると考えられていました。しかし、光が波であるならば、話はそう単純ではありません。波は、障害物を回り込んで、その影になるはずだった領域にもエネルギーを伝える性質を持っています。この現象が回折 (diffraction) です。

この章では、Module 3でも触れたこの回折現象について、その物理的なイメージと原理を改めて確認し、光の回折を考える上での基礎を固めます。

1.1. 回折の物理的イメージ

回折を直感的に理解するための最も良いアナロジーは、水の波です。

港に押し寄せる、まっすぐな波の列(平面波)を想像してみてください。港の入り口には、巨大な防波堤があり、その間に狭い開口部が設けられています。

  • 幾何学的な予測: もし波が粒子のように直進するだけなら、波は開口部をまっすぐに通り抜け、防波堤の背後にある港の内側は、穏やかなままのはずです。
  • 実際の現象: しかし、実際に観測されるのは、開口部を通過した波が、そこを新たな中心とするかのように、円形に広がっていく様子です。波は、防波堤の影になっているはずの、港の隅々にまで回り込んで到達します。

この**「波が、障害物の隙間を通過した後に、その背後へと広がっていく現象」、あるいは「波が、障害物の縁を回り込んで、影の領域へと侵入していく現象」**が、回折です。

1.2. 回折の原理:ホイヘンスの原理による説明

なぜ、このような「回り込み」が起こるのでしょうか。その根本的なメカニズムは、ホイヘンスの原理によって説明されます。

  1. 波面の到達:まず、障害物のある平面に、光の波面(例えば平面波)が到達します。
  2. 波面の遮断と二次波源:障害物(またはスリットの縁)によって、波面の大部分は遮られてしまいます。しかし、隙間を通過できた部分や、障害物の縁の部分の波面は、そのまま生き残ります。ホイヘンスの原理によれば、この生き残った波面上のすべての点が、それぞれが新しい波源(素元波、または二次波)となり、前方へ向かって球面状(2次元なら円状)の波を再放射します。
  3. 影の領域への広がり:これらの素元波は、あらゆる方向に広がっていきます。つまり、直進方向だけでなく、本来ならば幾何学的な影となるはずだった斜め方向へも、波のエネルギーが回り込んでいくことになります。
  4. 回折波の形成:これらの無数の素元波が、重ね合わせの原理に従って干渉しあった結果として、私たちが観測する「回折した波(回折波)」のパターンが形成されます。

つまり、回折とは、**「波面の一部が制限された結果、残りの部分から再放射された素元波の重ね合わせによって、波が幾何学的な影の領域へも広がっていく現象」**と、そのメカニズムを理解することができます。

1.3. 回折が顕著になる条件(再確認)

回折は、波に常に伴う性質ですが、その効果がはっきりと観測されるためには、特定の条件が必要です。その条件は、波の波長 λ と、障害物や隙間の大きさ d との相対的な関係で決まります。

回折が顕著になる条件: λ ≳ d

波長 λ が、障害物や隙間の大きさ d と同程度か、それよりも長い場合、回折は顕著に起こる。

  • 音が壁の向こうに聞こえる理由:話し声などの音波の波長は、数十センチから数メートルであり、ドアの開口部や建物の角といった障害物の大きさと同程度です。そのため、音は非常によく回折し、私たちは障害物の向こう側の音を容易に聞くことができるのです。
  • 光で影ができる理由:一方、可視光の波長は、約 400 nm ~ 700 nm (0.0004 mm ~ 0.0007 mm) と、極めて短いです。これは、私たちの身の回りにあるほとんどの物体(ドア、本、人間など)の大きさに比べて、圧倒的に小さい値です。λ << d の条件が満たされるため、光の回折は日常的なスケールではほとんど観測されず、光はほぼ直進するように見え、くっきりとした影を作ります。

しかし、光も波である以上、隙間や障害物の大きさが光の波長と同程度まで小さくなれば、光もまた、音のように顕著な回折現象を示すのです。次章から見ていく「単スリットによる回折」は、まさにそのような状況を人工的に作り出し、光の波動性を白日の下に晒す実験なのです。

2. 単スリットによる回折

光が波であることの証拠として、ヤングの干渉実験(複スリット)を学びました。しかし、実はスリットが一つしかない場合でも、光はそれ自身で干渉しあい、複雑な明暗のパターンを作り出します。これが単スリットによる回折です。この現象は、光の波動性をより深く理解する上で、また、後の「分解能」の限界を学ぶ上で、避けては通れない重要なテーマです。

2.1. 観測される現象

ヤングの実験では、複スリットの後方のスクリーンに、ほぼ同じ明るさの明線が等間隔に並びました。

一方、幅が a の単一の細いスリットに、単色光の平面波を垂直に入射させ、遠方のスクリーンで観察すると、全く異なる、特徴的な光のパターンが現れます。

  • 非常に明るく、幅の広い中央の明線:スクリーンの中心(スリットの真正面)には、際立って明るく、幅が広い明線が現れます。これを**中央明線(central bright fringe / central maximum)**と呼びます。
  • 対称的な、より暗く狭い明線:中央明線の両側には、いくつかの暗線を挟んで、より暗く、幅の狭い明線が、対称的に並びます。これらを**側方の明線(secondary bright fringes / secondary maxima)**と呼びます。外側に行くほど、明線は急速に暗くなっていきます。

このパターンは、粒子説では全く説明不可能です。もし光が粒子なら、スクリーンにはスリットの形をそのまま映した、幅 a の均一な明るさの帯ができるだけのはずです。この複雑な明暗のパターンは、スリットを通過した光が、波として広がって互いに干渉しあった結果としてしか説明できません。

2.2. 回折パターン形成の原理:スリット内の無数の波源

では、なぜ単一のスリットで干渉が起こるのでしょうか。複スリットのように、干渉しあうべき「二つの波源」が見当たりません。

この謎を解く鍵もまた、ホイヘンスの原理にあります。

ホイヘンス=フレネルの原理によれば、スリットを通過する波面のすべての点が、それぞれが新しい波源(素元波)として、同位相で波を再放射します。

つまり、幅 a の単スリットは、無限個の微小な点波源が、隙間なく一列に並んだものと見なすことができるのです。

スクリーン上のある点 P で観測される光の明るさは、このスリット内に並んだ無数の点波源からやってくる、すべての素元波を重ね合わせた(積分した)結果として決まります。

点 P の位置によって、これらの無数の素元波が強めあうか、弱めあうかが変化し、その結果としてスクリーン上に明暗の回折パターンが形成されるのです。

2.3. 暗線ができる条件の定性的説明

この「スリット内の無数の波源からの波の重ね合わせ」という考え方を用いて、なぜ特定の方向に暗線ができるのかを、定性的に説明してみましょう。

最初の暗線 (m=1)

スクリーン上の、ある方向 θ を考えます。この方向が、最初の暗線に対応するとします。

このとき、スリットの上端Aから来る光と、スリットの下端Bから来る光との経路差 AB sinθ = a sinθ が、ちょうど1波長 λ に等しくなっていると仮定します。

この仮定のもと、スリット全体を、**上半分の領域(AC)下半分の領域(CB)**の二つに分割します。(Cはスリットの中央点)

  1. スリットの上端 A と 中央 C からの光を考えます。この二つの点からの光の経路差は、(a/2) sinθ となります。a sinθ = λ なので、(a/2) sinθ = λ/2。経路差が半波長 λ/2 なので、Aからの光とCからの光は、互いに打ち消しあいます。
  2. Aのすぐ下の点 A’ と Cのすぐ下の点 C’ からの光を考えます。この二つの点も、その間隔は a/2 なので、同様に経路差は λ/2 となり、互いに打ち消しあいます。
  3. この議論を、スリットの上半分にあるすべての点と、それに対応する下半分の点のペアについて、繰り返すことができます。上半分のどの点から出る光も、それとペアになる下半分の点から出る光によって、完璧に打ち消されてしまうのです。

その結果、スリット全体からの光を合計すると、この方向 θ への光の強度はゼロになります。これが、最初の暗線ができる理由です。

一般的な暗線の条件

この考え方を一般化します。

もし、スリットの上端と下端からの経路差 a sinθ が、波長の整数倍 mλ (mはゼロでない整数) になっていれば、

\[ a \sin\theta = m\lambda \quad (m = \pm 1, \pm 2, \dots) \]

スリット全体を 2m 個の微小な領域に分割し、隣り合う領域からの光が互いに打ち消しあう、と考えることができます。その結果、これらの方向 θ は、すべて暗線となります。

注意:

m=0 は、この暗線の条件には含まれません。a sinθ = 0、すなわち θ=0(スクリーンの中心)は、すべての素元波が同位相で到達する、最も明るい中央明線の中心に対応します。

この単スリット回折における暗線の条件式 a sinθ = mλ は、後に学ぶ回折格子や、分解能の限界を理解する上で、繰り返し登場する、極めて重要な関係式です。

3. 中央明線の幅と回折の条件

単スリット回折のパターンは、中央に鎮座する、幅広く明るい「中央明線」によって特徴づけられます。この中央明線の幅は、回折という現象の強さを示す指標であり、スリットの幅 a と光の波長 λ に深く関係しています。この章では、前章で導出した暗線の条件式を用いて、中央明線の幅を定量的に計算し、回折が顕著になる条件を再確認します。

3.1. 中央明線の範囲の決定

中央明線は、その両側を、1番目 (m=±1) の暗線によって縁取られています。

したがって、中央明線の幅は、m=-1 の暗線の位置から m=+1 の暗線の位置までの距離(または角度)として定義することができます。

単スリット回折における暗線の条件式は、

\[ a \sin\theta = m\lambda \quad (m = \pm 1, \pm 2, \dots) \]

でした。

  • m=1 の暗線の方向 θ₁:a sinθ₁ = 1・λ → sinθ₁ = λ/a
  • m=-1 の暗線の方向 θ₋₁:a sinθ₋₁ = -1・λ → sinθ₋₁ = -λ/a

したがって、中央明線は、角度にして θ₋₁ から θ₁ までの範囲、すなわち -λ/a < sinθ < λ/a の範囲に広がっていることがわかります。

3.2. 中央明線の「幅」の計算

中央明線の「幅」は、二通りの方法で表現されます。

1. 角度で表す幅(角幅)

中央明線が張る角度の全幅 2θ₁ を考えます。

角度 θ₁ が非常に小さい場合(λ << a)、sinθ₁ ≈ θ₁ という近似が使えます。

このとき、中央明線の片側の広がりは θ₁ ≈ λ/a [rad] となります。

したがって、中央明線全体の角幅 (angular width) は、

\[ \text{角幅} \approx 2\theta_1 \approx \frac{2\lambda}{a} \]

となります。

2. スクリーン上の長さで表す幅

スクリーンまでの距離を L、スクリーンの中央から m=1 の暗線までの距離を x₁ とします。

x₁ = L tanθ₁ の関係があります。

θ₁ が小さい場合、tanθ₁ ≈ sinθ₁ と近似できます。

x₁ = L tanθ₁ ≈ L sinθ₁ = L(λ/a)

中央明線の幅 w は、-x₁ から +x₁ までの距離なので、w = 2x₁ となります。

中央明線の幅の公式:

\[ w = 2x_1 \approx \frac{2\lambda L}{a} \]

側方の明線の幅との比較

同様の計算をすると、1次の明線(m=1の暗線とm=2の暗線の間)の幅 w’ は、

x₂ ≈ 2λL/a

x₁ ≈ λL/a

w’ = x₂ – x₁ ≈ λL/a

となり、中央明線の幅 w = 2(λL/a) は、側方の明線の幅 w’ = λL/a の、ちょうど2倍であることがわかります。これも、単スリット回折パターンの重要な特徴です。

3.3. 回折が顕著になる条件の再訪

中央明線の角幅の式 2θ₁ ≈ 2λ/a は、回折という現象が、どのような条件下で顕著になるかを、定量的に示しています。

「回折が顕著」とは、「光がまっすぐ進まずに、大きく広がる」ということです。これは、中央明線の角幅 2θ₁ が大きい、ということに対応します。

この式から、角幅 2θ₁ を大きくする(=回折を顕著にする)ためには、

  • 波長 λ を大きくする
  • スリット幅 a を小さくするの二つの方法があることがわかります。

これは、Module 11-1で学んだ、定性的な条件 λ/a が大きい(λ ≳ a)ほど、回折は顕著になる という結論と、完全に一致しています。

単スリット回折のパターンを分析することで、私たちは、回折の度合いを支配するこの λ/a という比率の重要性を、具体的な数式の形で再確認することができるのです。

  • a >> λ の場合:スリット幅 a が波長 λ に比べて非常に大きい場合、λ/a はほぼゼロになります。中央明線の幅 w ≈ 2λL/a も非常に狭くなり、スクリーン上には、幾何光学が予測するような、スリットの形をそのまま投影した、ほぼ幅 a のシャープな像ができます。回折の効果は無視できるほど小さくなります。
  • a ≈ λ の場合:スリット幅 a が波長 λ と同程度になると、λ/a は 1 に近い大きな値となります。sinθ₁ = λ/a は、1 に近い値となり、θ₁ は大きな角度になります(最大で90°)。中央明線は非常に大きく広がり、光はスリットを通過した後に、あらゆる方向へと広がっていきます。回折の効果が最大限に現れます。

この「スリット幅と波長の比」が回折の度合いを決めるという原理は、この後の分解能の限界を考える上で、再び中心的な役割を果たすことになります。

4. 回折格子(グレーティング)の原理

ヤングの実験では、二つのスリット(複スリット)を用いることで、光の干渉縞を観察しました。単スリットの回折では、一つのスリットでも明暗のパターンが生じることを見ました。

では、もし、このスリットの数を、二つではなく、数百、数千、あるいは一万といった、非常に多数に増やしていくと、何が起こるでしょうか。

このように、非常に多数の、細いスリットを、等間隔に、平行に並べた光学素子のことを、回折格子 (diffraction grating) またはグレーティングと呼びます。

回折格子は、単にスリットをたくさん並べただけのものに見えるかもしれませんが、それは、光をその成分である**波長(色)ごとに、極めて高い精度で分離する(分光する)**という、驚くべき機能を持っています。プリズムが光を虹に分けるのと同様に、回折格子もまた、美しいスペクトルを作り出すことができますが、その原理と精度はプリズムとは全く異なります。

4.1. 回折格子の構造

  • 透過型回折格子:ガラス板の表面に、ダイヤモンドの刃などで、非常に細い平行な溝を、等間隔に多数刻み込んだもの。光が透過できる「溝のない部分」がスリットとして機能します。
  • 反射型回折格子:金属やシリコンの基板の表面に、同様に微細な溝を等間隔に刻んだもの。溝のない平らな部分で反射した光が干渉しあいます。CDやDVDの記録面が虹色に輝くのは、その表面に刻まれた微細なトラックが、反射型回折格子として機能しているためです。

格子定数 d

回折格子を特徴づける最も重要なパラメータが、格子定数 (grating constant) です。これは、隣り合うスリットの中心間の距離を指し、記号は d で表されます。

格子定数 d は、通常、1 mm あたりに何本の溝が刻まれているか、という「溝の密度」で示されることが多いです。

例えば、「1 mm あたり 500 本」の溝が刻まれた回折格子の場合、その格子定数 d は、

d = 1 mm / 500 = 0.002 mm = 2 × 10⁻⁶ m = 2 μm

となります。これは、可視光の波長の数倍程度の、非常に微細な間隔です。

4.2. 回折格子の基本原理:多スリットによる干渉

回折格子の原理は、「多数のスリットからの回折光が、互いに干渉しあう」という、回折と干渉の複合的な効果に基づいています。

  1. 各スリットによる回折:まず、回折格子に入射した平面波の光は、個々のスリットを通過する際に回折し、それぞれが前方へ向かって広がっていきます。
  2. 多スリット間の干渉:次に、これらのすべてのスリットから出た回折光が、互いに干渉します。ヤングの実験(複スリット)では、二つの波の干渉を考えました。回折格子では、これを N 個(N は数千~数万)の波の干渉へと拡張して考えます。

なぜスペクトルが分離されるのか?

スクリーン(または観測者の眼)の、ある方向 θ を考えてみましょう。

この方向で光が強めあうためには、隣り合う任意のスリットから来る光の経路差 d sinθ が、波長のちょうど整数倍 mλ になっている必要があります。

この条件を満たすとき、2番目のスリットからの光は1番目と、3番目は2番目と、…、N番目は(N-1)番目と、すべて同位相で重なり合います。その結果、N 個すべての波が完璧に同位相で重なり、その方向には極めて強い光(明線)が観測されます。

重要なのは、この強めあいの条件 d sinθ = mλ が、波長 λ に依存するということです。

  • もし、入射光が様々な波長(色)を含む白色光であれば、それぞれの波長 λ ごとに、強めあいが起こる角度 θ が異なります。
  • 波長の長い赤色光は、より大きな角度 θ で強めあいます。
  • 波長の短い紫色光は、より小さな角度 θ で強めあいます。

その結果、プリズムが光を屈折率の違いで分けるのとは異なる原理で、回折格子は、光を波長ごとに異なる方向へと振り分け、スクリーン上に美しいスペクトル(虹)を作り出すのです。

4.3. 干渉パターンの特徴:鋭いピーク

回折格子による干渉パターンは、ヤングの実験のそれとは、その「鋭さ」において決定的に異なります。

  • ヤングの実験(2スリット):明線と暗線の間の光の強さの変化は、cos² の形をしており、比較的ゆるやかです。明線は、ある程度の幅を持っています。
  • 回折格子(Nスリット):スリットの数 N が非常に大きいため、強めあいの条件 d sinθ = mλ を厳密に満たす特定の角度 θ から、ほんの少しでも角度がずれると、N 個の波の位相が急速にバラバラになり、互いに打ち消しあって、光の強度はほぼゼロになってしまいます。その結果、回折格子が作る明線(主極大 (principal maxima) と呼ばれます)は、非常にシャープで、輝度(明るさ)の高い、線状のピークとなります。主極大と主極大の間は、ほぼ完全な暗黒になります。

この**「特定の波長の光を、極めて鋭いピークとして分離できる能力」こそが、回折格子を、物質が放出・吸収する光の波長を精密に測定する分光分析**のための、強力なツールたらしめている理由なのです。

5. 回折格子による干渉の条件式

回折格子が、なぜ光を波長ごとに分離し、鋭いスペクトルを作り出すことができるのか。その定量的な振る舞いは、一本のシンプルな数式によって、見事に記述されます。この章では、回折格子によって特定の方向に明るい明線(主極大)ができるための条件式を、幾何学的な経路差の考え方から導出します。

5.1. 基本的な考え方:すべての波が強めあう条件

回折格子の N 個のスリットは、すべて同じ一つの平面波によって照らされるため、互いに同位相のコヒーレントな波源と見なすことができます。

スクリーン上の、ある方向 θ に非常に強い光(明線)が観測されるのは、この N 個のすべてのスリットから来る波が、その方向ですべて同位相となり、完璧に強めあうときです。

N 個の波すべてが同位相になるためには、どのような条件が必要でしょうか。

そのためには、**「隣り合う任意のスリットから来る波のペアが、同位相である」**という条件が満たされれば十分です。もし1番目と2番目の波が同位相で、2番目と3番目の波も同位相であれば、自動的に1番目と3番目の波も同位相になります。この関係が、すべてのスリットのペアについて成り立てば、N 個すべての波が同位相になるのです。

5.2. 条件式の導出

では、「隣り合うスリットからの波が同位相になる」条件を、経路差を用いて数式で表現しましょう。

  • 状況設定:
    • 回折格子: 格子定数 d(隣り合うスリットの中心間距離)
    • 入射光: 波長 λ の単色光が、回折格子に垂直に入射する。
    • 観測方向: 回折格子に対して、角度 θ の方向を考える。
  • 隣り合うスリットからの経路差:ヤングの実験の経路差の計算と全く同じです。隣り合う二つのスリット(例えば、1番目と2番目)から、角度 θ の方向へ進む平行な光線を考えます。一方のスリットから垂線を下ろすと、二つの光線の間には、\[ \Delta L = d \sin\theta \]という経路差が生じます。
  • 強めあいの条件:この二つの波が強めあう(同位相になる)ためには、この経路差 ΔL が、波長 λ のちょうど整数倍になっていなければなりません。ΔL = mλ (mは整数)
  • 回折格子の条件式:以上の結果を組み合わせると、回折格子によって角度 θ の方向に明線(主極大)ができるための条件式が得られます。

回折格子の公式 (Grating Equation):

\[ d \sin\theta = m\lambda \quad (m = 0, \pm 1, \pm 2, \dots) \]

この式は、ヤングの実験の明線の条件式 d sinθ = mλ と、見た目は全く同じです。

しかし、その物理的な意味合いは、N 個の波の干渉を反映して、より強力になっています。

  • ヤングの実験: この条件は、cos² 型の比較的幅の広い明線の中心位置を与える。
  • 回折格子: この条件は、極めてシャープで輝度の高い、線状の明線(主極大)の位置を与える。

5.3. 干渉の次数 m とその意味

式の中の整数 m は、干渉の次数 (order of interference) と呼ばれ、それぞれが特定の明線に対応しています。

  • m=0:0次の明線(中央光):d sinθ = 0・λ = 0 → sinθ = 0 → θ = 0°これは、回折格子の真正面(θ=0)の方向を指します。この方向では、すべてのスリットからの光の経路差がゼロであるため、波長 λ の値にかかわらず、すべての光が強めあいます。したがって、入射光が白色光であれば、0次の明線は白色に見えます。この点では、光は分光されません。
  • m=1:1次の明線(1次のスペクトル):d sinθ = 1・λ → sinθ = λ/dこの条件を満たす角度 θ の方向に、1番目の明線が現れます。この角度は、波長 λ に依存するため、入射光が白色光であれば、この方向に**虹色のスペクトル(1次スペクトル)**が広がります。
  • m=2:2次の明線(2次のスペクトル):d sinθ = 2・λ → sinθ = 2λ/dより大きな角度の方向に、2番目の明線(2次スペクトル)が現れます。2次のスペクトルは、1次のスペクトルよりも、角度的により大きく広がって見えます。
  • 高次のスペクトル:m が大きくなるにつれて、より高次のスペクトルが、さらに外側の角度に現れます。ただし、sinθ の値は 1 を超えることができないため、存在できる次数の数には上限があります。d sinθ = mλ で sinθ ≤ 1 なので、mλ/d ≤ 1 → m ≤ d/λ格子定数 d を波長 λ で割った値が、観測可能な最大の次数を与えることになります。

この d sinθ = mλ という、たった一本の式が、回折格子という強力な分光ツールのすべての動作原理を支配しているのです。

6. 回折格子を用いた光のスペクトル分析

回折格子の最も重要な応用は、その優れた分光能力、すなわち、光をその構成要素である様々な波長(色)の光に分解し、その強度分布(スペクトル)を精密に分析することです。これは、天文学、化学、物理学、材料科学など、現代科学のあらゆる分野で不可欠な技術となっています。

この章では、回折格子の基本公式 d sinθ = mλ が、どのようにしてスペクトル分析に利用されるのか、その原理と実際を見ていきます。

6.1. 分光の原理

分光の原理は、回折格子の公式に、光の波長 λ と明線が現れる角度 θ が含まれていることに基づいています。

\[ d \sin\theta = m\lambda \]

この式を sinθ について解くと、

\[ \sin\theta = \frac{m\lambda}{d} \]

となります。

実験装置を固定すれば、格子定数 d と干渉の次数 m は定数です。

したがって、明線が現れる方向の正弦 sinθ は、光の波長 λ に正比例するという関係が成り立ちます。

\[ \sin\theta \propto \lambda \]

白色光の入射

この回折格子に、太陽光や白熱電球のような白色光を入射させると、何が起こるでしょうか。

白色光は、様々な波長 λ の光が混ざり合ったものです。

  • 0次 (m=0):θ=0 の方向。ここでは、すべての波長 λ が強めあうため、光は分光されず、白色の中央明線が観測されます。
  • 1次 (m=1):sinθ = λ/d となります。
    • 波長の短い紫色光 (λ_violet)sinθ が小さくなるため、より小さな角度 θ の方向に明線ができます。
    • 波長の長い赤色光 (λ_red): sinθ が大きくなるため、より大きな角度 θ の方向に明線ができます。その結果、m=1 の明線は、内側が紫、外側が赤という、虹色のスペクトルとなって、スクリーン上に広がります。これを1次スペクトルと呼びます。
  • 2次 (m=2):sinθ = 2λ/d となります。m=1 の場合と同様に、内側が紫、外側が赤のスペクトルが形成されますが、λ にかかる係数が 2/d と大きくなっているため、**1次スペクトルよりも角度的に大きく広がった、より詳細なスペクトル(2次スペクトル)**が観測されます。

6.2. 分光器 (Spectrometer)

この原理を応用して、光源に含まれる光のスペクトルを精密に測定する装置が分光器です。

  • 基本構成:
    1. 入射スリット: 分析したい光源からの光を、細い線状の光束にする。
    2. コリメータレンズ: スリットからの光を、平行光線にする。
    3. 回折格子: 平行光線を、波長ごとに異なる角度へと分光する。
    4. 結像レンズ: 分光された平行光線を、焦点面に集め、波長ごとの「像」(スペクトル線)を作る。
    5. 検出器: 焦点面に置かれた写真乾板やCCDセンサーなどで、スペクトル線の位置と強度を記録する。
  • 測定プロセス:あるスペクトル線の角度 θ を精密に測定し、回折格子の格子定数 d と、その線が何次 (m) のスペクトルかを特定すれば、\[ \lambda = \frac{d \sin\theta}{m} \]という式から、その光の波長 λ を、極めて高い精度で決定することができます。

6.3. スペクトル分析の応用

この技術によって得られる「スペクトル」は、物質に関する膨大な情報を秘めた、いわば**「物質の指紋」**です。

原子スペクトル

  • 輝線スペクトル: 高温の気体(例えば、ネオンサインのネオンガス)が発する光を分光すると、連続的な虹ではなく、特定の波長の位置にだけ、明るい輝線がとびとびに現れます。この輝線の波長は、その気体を構成する原子の種類に固有のものです。なぜなら、原子内の電子が、ある特定のエネルギー準位から別の準位へ遷移するときに、そのエネルギー差に相当する、E = hc/λ で決まる特定の波長の光しか放出できないからです(量子力学)。したがって、未知の気体が発する光のスペクトルを測定し、その輝線のパターンを既知の原子のパターンと比較することで、その気体の元素組成を特定することができます。
  • 吸収線スペクトル(フラウンホーファー線):太陽のような高温の光源からの白色光が、その手前にある、より低温のガス層を通過してくるとき、ガス層の原子は、自らが放出しうるのと同じ特定の波長の光を、選択的に吸収します。その結果、太陽光の連続スペクトルの中には、ところどころに**暗い線(吸収線)**が現れます。この吸収線のパターンを分析することで、太陽の大気にどのような元素(水素、ヘリウムなど)が存在するかがわかるのです。

天文学への応用

このスペクトル分析は、天文学に革命をもたらしました。地球に届く、遥か彼方の恒星や銀河からのわずかな光。その光を回折格子で分光し、スペクトルを分析することで、

  • その天体の化学組成
  • 温度(スペクトルのピーク波長からわかる)
  • ドップラー効果による赤方偏移(スペクトル線全体の波長のずれからわかる)を測定し、その天体が私たちからどれくらいの速さで遠ざかっているかを知ることができるのです。回折格子は、私たち人類が、宇宙の構造と進化を解き明かすための、最も強力な武器の一つなのです。

7. 光の分解能の限界

私たちは、望遠鏡を使えば無限に遠くのものを、顕微鏡を使えば無限に小さいものを、見ることができるような気がします。しかし、どんなに完璧なレンズを作り、どれだけ倍率を上げても、物を見る能力には、決して超えることのできない、物理的な限界が存在します。その限界を定めているのが、光の回折という、避けることのできない波の性質です。

この、光学機器が二つの近接した点を「二つ」として見分ける能力の限界を、分解能 (resolution) または解像力 (resolving power) と呼びます。

7.1. なぜ限界が存在するのか?:点像が点にならない

幾何光学のモデルでは、点光源(例えば、一つの星)から出た光は、完璧なレンズを通れば、像面の一点に集まるはずでした。

しかし、波動光学の観点から見ると、現実は異なります。

  1. レンズによる波面の制限:レンズは、無限に広がる波面のうち、その口径(直径 D)の部分だけを切り取って、光を集める装置です。これは、光が、直径 D の円形の**開口(アパーチャー)**を通過するのと同じ状況です。
  2. 回折の発生:波面が、この有限の大きさの開口によって制限されると、光は必ず回折を起こします。
  3. 点像の広がり(エアリーディスク):その結果、点光源の像は、幾何学的な一点にはならず、回折によって広がった、中心が明るく、周囲に同心円状の暗い輪と明るい輪が取り巻く、ぼんやりとした円盤状のパターンになります。この、円形開口による回折パターンのことを、発見者にちなんでエアリーディスク (Airy disk) と呼びます。

つまり、どんなに性能の良いレンズでも、点光源の像は必ず「点」ではなく、ある程度の大きさを持つ「回折像(エアリーディスク)」としてしか結ばれないのです。これが、分解能に限界が生じる、最も根本的な原因です。

7.2. 二つの点像の見分け方

では、非常に接近した二つの点光源(例えば、二重星)を望遠鏡で観測する場合を考えてみましょう。

スクリーン(または眼の網膜)上には、それぞれの星に対応する、二つのエアリーディスクが作られます。

  • 二つの星が十分離れている場合:二つのエアリーディスクは、はっきりと分離して見えます。私たちは、これを「二つの星」として、容易に分解して認識できます。
  • 二つの星が非常に近い場合:二つのエアリーディスクが、互いに大きく重なり合ってしまいます。その結果、二つの像は融合してしまい、一つのぼやけた光の塊にしか見えません。この状態を「分解できていない」と言います。

7.3. 分解能の限界

分解能の限界とは、この「かろうじて分解できる」と「分解できない」の境界線が、どこにあるのか、という問題です。この境界線を、定量的に、そして実用的に定義したのが、19世紀のイギリスの物理学者、ロード・レイリー (Lord Rayleigh) でした。

彼の提案した基準は、次章で詳しく学びますが、その結論を先に述べると、二つの像を分解できる最小の角度 θ は、以下の要因によって決まります。

\[ \theta_{\text{min}} \approx \frac{\lambda}{D} \]

ここで、

  • θ_min: 分解できる最小の角距離(単位はラジアン)
  • λ: 観測している光の波長
  • D: レンズや鏡の口径(直径)

この式は、分解能の限界を支配する、極めて重要な関係を示しています。

より細かく物を見分ける(θ_min を小さくする)ためには、

  • より波長の短い λ の波を使う
  • より口径の大きい D のレンズや鏡を使う必要がある、ということです。

どんなにレンズの研磨技術が進歩しても、どんなに電子的な画像処理技術が発展しても、この回折によって定められた物理的な限界を超えることは、原理的に不可能なのです。

8. レイリーの基準

二つの点光源の像が、どの程度まで近づいたら「分解できない」と判断するのか。この境界線は、主観的に決めると人によって異なってしまいます。そこで、19世紀末、イギリスの物理学者ロード・レイリー (Lord Rayleigh) は、分解能の限界を評価するための、客観的で実用的な基準を提案しました。これがレイリーの基準 (Rayleigh’s criterion) です。この基準は、今日でも、光学機器の性能を議論する際の標準的な指標として広く用いられています。

8.1. レイリーの基準の定義

レイリーの基準は、二つの点光源から生じる二つの**回折像(エアリーディスク)**の重なり具合に基づいて、分解の限界を定義します。

レイリーの基準:

二つの点光源の像は、一方の回折像(エアリーディスク)の中心(最も明るいピーク)が、もう一方の回脱像の最初の暗環(first dark ring)の真上にくるとき、かろうじて分解できた(just resolved)と見なす。

この状態を、グラフで考えてみましょう。

横軸にスクリーン上の位置、縦軸に光の強度をとると、二つのエアリーディスクの強度分布曲線が描けます。

レイリーの基準が満たされるとき、二つの曲線のピークは、それぞれ相手の曲線の最初の谷(強度がゼロになる点)に位置します。

二つの強度曲線を足し合わせると、全体の強度分布は、中央にわずかな「くびれ」を持つ、一つの山のように見えます。この「くびれ」が認識できるぎりぎりの状態を、分解の限界と定めたのです。

もし、二つの点光源がこれよりも近づくと、中央のくびれは消滅し、もはや二つのピークを区別することはできなくなります。

8.2. 円形開口における分解限界角の導出

では、このレイリーの基準を、具体的な数式に落とし込んでみましょう。

そのためには、まず、直径 D の円形開口による回折パターン(エアリーディスク)について、その構造を知る必要があります。

単スリット回折では、最初の暗線は a sinθ = λ を満たす角度 θ に現れました。

円形開口の場合の計算はより複雑になりますが、詳細な計算の結果、エアリーディスクの最初の暗環が現れる方向 θ は、以下の式で与えられることがわかっています。

\[ \sin\theta = 1.22 \frac{\lambda}{D} \]

ここで、

  • λ は光の波長
  • D は円形開口の直径
  • 1.22 という係数は、円形の形状に由来する数学的な定数です。

分解限界角 θ_min

レイリーの基準によれば、二つの点光源を分解できる最小の角距離(分解限界角) θ_min は、この最初の暗環の角度 θ に等しくなります。

通常、λ は D に比べて非常に小さいため、角度 θ も非常に小さく、sinθ ≈ θ という近似が成り立ちます。

レイリーの基準による分解限界角(最小分解角):

\[ \theta_{\text{min}} \approx 1.22 \frac{\lambda}{D} \quad (\text{単位はラジアン}) \]

この式が、レンズや鏡の分解能の理論的な限界を与える、極めて重要な公式です。

**この θ_min の値が小さいほど、より接近した二つの点を分解できる、すなわち「分解能が高い」**ということになります。

8.3. 公式が示す物理的意味

この公式 θ_min ≈ 1.22 λ/D は、光学機器の性能を向上させるための、明確な指針を与えてくれます。分解能を高くする(θ_min を小さくする)ためには、どうすればよいでしょうか。

方法1:波長 λ を短くする

分解限界角 θ_min は、波長 λ に正比例します。したがって、より短い波長の波を使うほど、より細かなものを見分けることができます。

  • 光学顕微鏡の限界: 可視光の中で最も波長が短いのは紫色光(約400 nm)です。この波長によって、通常の光学顕微鏡で見ることができる物体の大きさには、およそ 200 nm 程度の限界があります。
  • 紫外線顕微鏡・X線顕微鏡: より高い分解能を得るために、可視光より波長の短い紫外線やX線が用いられることがあります。
  • 電子顕微鏡: 物質波の考え方(ド・ブロイ波)によれば、電子も波としての性質を持ちます。加速電圧を高めることで、電子の波長を光の波長よりもはるかに短くすることができます。これにより、電子顕微鏡は、原子レベルの極めて高い分解能を達成しています。

方法2:口径 D を大きくする

分解限界角 θ_min は、口径 D に反比例します。したがって、レンズや鏡の口径 D を大きくするほど、分解能は向上します。

  • 天体望遠鏡: ハッブル宇宙望遠鏡や、地上のすばる望遠鏡、建設中の超巨大望遠鏡などが、なぜあれほど巨大な主鏡を備えているのか。その最大の理由は、この分解能を高め、遠方の銀河や、恒星の周りを回る惑星を、より鮮明に分離して観測するためです。口径を2倍にすれば、分解能も2倍になります。
  • 電波望遠鏡(干渉計): 電波は、可視光に比べて波長が非常に長い(数cm~数m)ため、単一のパラボラアンテナでは分解能が低くなってしまいます。そこで、世界各地に設置された複数の電波望遠鏡を、コンピューターで仮想的に結合し、あたかも地球サイズの巨大な一つの望遠鏡(口径 D が非常に大きい)であるかのように機能させる**干渉計(VLBI)**という技術が使われています。これにより、電波天文学は、可視光を凌ぐほどの超高分解能を実現しています。

レイリーの基準は、私たちの「見る」という行為が、光の波動性によって、いかに根源的に制約されているか、そして、その制約を乗り越えるための科学技術的な挑戦の方向性を、明確に示してくれるのです。

9. 望遠鏡や顕微鏡の分解能

レイリーの基準によって与えられた分解限界角 θ_min ≈ 1.22 λ/D は、光学機器の性能を評価するための普遍的なものさしです。この章では、この普遍的な基準を、二つの代表的な光学機器、望遠鏡顕微鏡に具体的に適用し、それぞれの分解能が何を意味し、何によって決まるのかを探ります。

9.1. 望遠鏡の分解能

分解能が意味するもの

望遠鏡における分解能とは、非常に遠くにある、接近した二つの点光源(例えば、二重星や、遠方の銀河の二つの部分)を、「二つ」の点として、いかに分離して見分けられるかという能力を指します。

この能力は、二つの点光源が、観測者(望遠鏡)の位置でなす角度によって評価されます。したがって、望遠鏡の分解能は、レイリーの基準で導出した分解限界角(最小分解角) θ_min そのものとなります。

この θ_min の値が小さいほど、より接近した天体を分離できるため、分解能は高いと言えます。

分解能を決定する要因

望遠鏡の分解限界角 θ_min の公式は、

\[ \theta_{\text{min}} \approx 1.22 \frac{\lambda}{D} \]

です。

この式から、望遠鏡の分解能を決定する二つの要因がわかります。

  1. 観測する光の波長 λ:同じ望遠鏡で観測する場合でも、波長の短い青色光で観測した方が、波長の長い赤色光で観測するよりも、理論的な分解能は高くなります。
  2. 対物レンズ(または主鏡)の口径 D:これが、望遠鏡の分解能を決定する、最も重要なパラメータです。口径 D が大きいほど、θ_min は小さくなり、分解能は向上します。天文学者たちが、より巨大な望遠鏡の建設を常に目指し続ける最大の理由が、ここにあります。
    • 集光力: 口径が大きいと、より多くの光を集めることができ、暗い天体を観測できる(集光力は に比例)。
    • 分解能: 口径が大きいと、より細かな構造を分離して観測できる(分解能は D に比例)。この二つの能力を向上させるために、望遠鏡は巨大化の歴史を歩んできました。

【具体例】

  • 人間の瞳:人間の瞳の直径を D ≈ 5 mm (5 × 10⁻³ m)、可視光の中心波長を λ ≈ 550 nm (5.5 × 10⁻⁷ m) とすると、θ_min ≈ 1.22 × (5.5 × 10⁻⁷) / (5 × 10⁻³) ≈ 1.34 × 10⁻⁴ ラジアン。1 ラジアンは約 57.3° なので、1.34 × 10⁻⁴ × 57.3 × (60’/1°) ≈ 0.46’(分角)。人間の眼の分解能は、理論的には約0.5分角、実際には約1分角(視力1.0に相当)程度です。
  • すばる望遠鏡:主鏡の口径は D = 8.2 m。θ_min ≈ 1.22 × (5.5 × 10⁻⁷) / 8.2 ≈ 8.2 × 10⁻⁸ ラジアン。これは、人間の眼の約16,000倍も高い分解能に相当します。

9.2. 顕微鏡の分解能

分解能が意味するもの

顕微鏡における分解能とは、試料の上にある、非常に接近した二つの点を、「二つ」として、いかに分離して見分けられるかという能力を指します。

望遠鏡が「角度」で評価されたのに対し、顕微鏡の分解能は、見分けることができる二点間の最小距離で評価されます。この最小距離を d_min とします。

この d_min の値が小さいほど、より微細な構造を観察できるため、分解能は高いと言えます。

分解能を決定する要因

顕微鏡の分解能を考えるには、レイリーの基準を、対物レンズを通して物体を見る状況に適用し直す必要があります。

詳細な導出は大学レベルの光学の知識を要しますが、その結論は、ドイツの物理学者エルンスト・アッベによって導かれました。

顕微鏡の分解能(見分けられる最小距離) d_min は、以下の式で与えられます。

\[ d_{\text{min}} \approx \frac{0.61 \lambda}{n \sin\theta} \]

ここで、

  • λ: 使用する光の波長
  • n: 物体と対物レンズの間を満たしている媒質の屈折率(空気なら n≈1、油浸オイルなら n≈1.5
  • θ: 対物レンズが物体を見込む角度の半分の最大値(開口角

分母の n sinθ は、開口数 (Numerical Aperture, NA) と呼ばれ、その対物レンズが、どれだけ広い角度から光を集めることができるかを示す、性能指標です。

この式から、顕微鏡の分解能を高くする(d_min を小さくする)ための、具体的な方法がわかります。

  1. 波長 λ を短くする:望遠鏡の場合と同様に、これが最も効果的な方法です。可視光よりも波長の短い紫外線を用いる紫外線顕微鏡や、電子の物質波(波長が極めて短い)を利用する電子顕微鏡は、この原理に基づいて、光学顕微鏡の限界を超えた高い分解能を実現しています。
  2. 開口数 NA = n sinθ を大きくする:
    • 屈折率 n を大きくする:対物レンズの先端と試料の間に、油浸オイル (immersion oil) と呼ばれる、ガラスとほぼ同じ屈折率 (n≈1.5) を持つ特殊な液体を満たすことがあります(液浸法)。これにより、空気中 (n=1) よりも開口数が大きくなり、分解能が向上します。
    • 開口角 θ を大きくする:これは、対物レンズの設計そのものに関わります。より広い角度から光を集められるように、レンズの口径を大きくし、作動距離(レンズと試料の間の距離)を短くした、高性能な対物レンズほど、開口数が大きくなります。

これらの原理を理解することは、なぜ最先端の科学研究で、可視光以外の「光」や、特殊な観察技術が必要とされるのか、その物理的な必然性を教えてくれます。

10. 回折と干渉の異同

波動分野の学習を進めていくと、**「干渉 (interference)」と「回折 (diffraction)」**という、二つの非常によく似た、しかし異なる現象に出会います。ヤングの実験は「干渉」として学び、単スリットは「回折」として学びました。しかし、単スリットの説明でも「スリット内の波源が干渉しあう」という言葉を使いました。

この二つの現象は、どこが同じで、どこが違うのでしょうか。両者の関係性を明確に整理することは、波動光学の全体像を、より深く、そして統一的に理解するために不可欠です。

10.1. 共通点:重ね合わせの原理

まず、最も根本的な共通点から始めましょう。

干渉も回折も、ともに、複数のコヒーレント(可干渉)な波が、同じ場所で重なり合った結果として、その重ね合わせの原理に従って、強めあったり弱めあったりするパターンが生じる現象である、という点では全く同じです。

つまり、回折は、干渉の一種であると見なすことができます。両者の背後には、**波の重ね合わせ(Superposition)**という、ただ一つの普遍的な物理原理が流れています。

10.2. 相違点:波源の性質と数

では、両者は何が違うのでしょうか。その違いは、主に**「重ね合わさる波を生成する、コヒーレントな波源の数と分布」**にあります。

干渉 (Interference)

干渉という言葉は、通常、**「分離した、有限個(通常は2つ、あるいは少数)のコヒーレントな波源からの波の重ね合わせ」**を指して用いられます。

  • 波源離散的 (discrete) な、N 個の波源(Nは2, 3, …といった比較的小さな整数)。
  • 代表例:
    • ヤングの実験: 二つのスリット S₁, S₂ という、2個の離散的な波源からの波の干渉。
    • 薄膜干渉: 表面からの反射光と裏面からの反射光という、2つの波の干渉。
  • 干渉パターンの特徴:ヤングの実験で見られるように、理想的な干渉縞は、すべての明線の明るさが同じで、等間隔に並ぶという、比較的シンプルなパターンを形成します。

回折 (Diffraction)

回折という言葉は、**「一つの開口(スリットなど)や障害物の縁によって制限された波面上の、連続的に分布する、無限個のコヒーレントな点波源(素元波)からの波の重ね合わせ」**を指して用いられます。

  • 波源連続的 (continuous) な、面積または線上に分布する無限個の波源。
  • 代表例:
    • 単スリット回折: 幅 a のスリット内に、連続的に分布する無限個の点波源からの波の干渉(積分)。
    • 円形開口による回折: 直径 D の円形開口内に、連続的に分布する無限個の点波源からの波の干渉。
  • 干渉パターンの特徴:単スリット回折で見られるように、回折パターンは、非常に明るく幅の広い中央明線と、その両側に急速に暗くなっていく、より幅の狭い側方の明線という、不均一で複雑な強度分布を持つことが特徴です。

10.3. 現実世界における両者の共存:ヤングの実験の再訪

実際には、干渉と回折は、しばしば同時に、そして不可分に起こっています。

その最も良い例が、現実のヤングの実験です。

  • これまでの理想化: これまで私たちは、ヤングの実験を考える際、複スリット S₁, S₂ を、理想的な「点波源」と見なしてきました。このモデルでは、純粋な「干渉」の効果だけを考えていることになります。
  • 現実の状況:しかし、現実のスリットには、ゼロではない有限の幅 a があります。そのため、ヤングの実験でスクリーン上に観測されるパターンは、実は二つの効果の掛け算になっています。
    1. 各スリットによる「回折」:まず、スリット S₁ と S₂ のそれぞれが、幅 a の単スリットとして振る舞い、光を回折させます。この回折によって、光が広がる方向の強度分布に、大きな包絡線(エンベロープ)ができます。つまり、中央方向は強く、外側に行くほど弱くなる、という単スリット回折のパターンです。
    2. 二つのスリット間の「干渉」:次に、回折によって広がった S₁ からの波と S₂ からの波が、互いに干渉しあい、Δx = λL/d の間隔を持つ、細かい明暗の縞模様を作り出します。
    観測されるパターン = (干渉による細かい縞模様) × (回折による大きな強度分布)

その結果、ヤングの実験の干渉縞は、理想的なモデルのように無限に同じ明るさで続くわけではなく、単スリット回折の大きな明暗のパターンの中に、細かい干渉縞が刻み込まれたような形になります。

特に、単スリット回折の暗線 (a sinθ = m’λ) の方向では、そもそも各スリットからの光の強度がゼロになっているため、そこにあるはずの干渉の明線が「欠落する(ミッシングオーダー)」という現象も観測されます。

このように、干渉と回折は、密接に絡み合った、波の重ね合わせという一つの現象の異なる側面です。その使い分けは、主に、考えているコヒーレントな波源が、少数個の点として扱えるか、連続的な面として扱うべきか、というモデル化の違いによるものなのです。

Module 11:光の回折と分解能 の総括:波動性が描く、見る能力の限界

本モジュール「光の回折と分解能」の探求は、光が厳密には直進しないという、その本質的な波動性に深く迫る旅でした。私たちは、光が障害物の背後に回り込む「回折」という現象が、単なる波の性質の一つであるだけでなく、私たちが世界を「見る」能力に、根本的な限界を課していることを学びました。

前半では、回折が作り出す光のパターンを分析しました。単一のスリットが、それ自身で干渉しあい、幅広く明るい中央明線と、それを取り巻く微かな明暗の模様を生み出すメカニズムを、スリット内の無数の素元波の重ね合わせとして理解しました。さらに、無数のスリットの集合体である「回折格子」が、この回折と干渉の複合効果によって、光をその成分である波長ごとに、極めて鋭く分離する、強力な分光ツールとして機能することを見ました。

後半では、この回折という現象が、私たちの視覚に投げかける影、すなわち「分解能の限界」に焦点を当てました。どんなに完璧なレンズを用いても、点光源の像は、回折によって、ある大きさを持つ「エアリーディスク」として広がってしまう。この避けられない物理的な事実が、二つの近接した点を分離して見分ける能力の限界を生み出すのです。そして、その限界を定量的に定義する「レイリーの基準」θ_min ≈ 1.22 λ/D は、より細かな世界を見るためには、「より短い波長の光を使う」か、「より大きな口径のレンズを使う」しかないという、科学技術への明確な指針を与えてくれました。天体望遠鏡が巨大化し、顕微鏡が電子を用いるようになった、その物理的な必然性が、このシンプルな式に凝縮されています。

最後に、私たちは「干渉」と「回折」という、密接に関連した二つの概念の異同を整理しました。両者はともに波の重ね合わせの現れでありながら、その波源のモデル化(離散的か、連続的か)によって区別される、一つの現象の異なる側面であることを理解しました。

このモジュールを通じて、私たちは、幾何光学の光線モデルの限界を知り、その向こう側にある、より豊かで複雑な波動光学の世界の扉を開きました。回折は、光の直進性を妨げる「厄介な」現象であると同時に、分光分析のような強力な応用を生み、そして、私たちの知覚のフロンティアを規定する、光の根源的な性質そのものなのです。

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