- 本記事は生成AIを用いて作成しています。内容の正確性には配慮していますが、保証はいたしかねますので、複数の情報源をご確認のうえ、ご判断ください。
【基礎 物理(波動)】Module 12:光の偏光
本モジュールの目的と構成
これまでのモジュールで、私たちは光が「波」として振る舞い、干渉や回折といった複雑な現象を示すことを見てきました。しかし、光の波動性に関する、もう一つの、そして決定的に重要な性質が残されています。それは、光の「振動の向き」に関する性質、すなわち**「偏光(へんこう)」**です。
音波は、媒質が進行方向に振動する「縦波」でした。もし光も縦波であれば、その振動は進行方向の軸に対して常に対称なはずです。しかし、これから探求する偏光という現象は、光の振動が進行方向に対して垂直な面内で起こっていること、すなわち光が「横波」であることを、疑いようもなく証明します。この「横波」という性質こそが、光を音波から本質的に区別する、根本的な特徴なのです。
偏光は、私たちの肉眼では直接認識することができない、光の「隠れた個性」です。しかし、特殊なフィルター(偏光板)を用いることで、私たちはこの振動の向きを「見る」ことができ、さらには自在に「操る」ことさえ可能になります。このモジュールでは、この光の隠れた性質を白日の下に晒し、その制御が、いかにして私たちの現代社会を支える多様な技術へと結実したかを探ります。
この光の振動方向を巡る知の旅は、以下の論理的なステップで構成されます。
- 光が横波であることの証明: なぜ「偏光」という現象の存在そのものが、光が横波であることの決定的な証拠となるのか、その論理を理解します。
- 偏光の概念: 「偏光」とは何か。波の振動方向が特定の平面に制限されるという、その基本概念を、ロープと柵のアナロジーを用いて掴みます。
- 自然光と偏光: 太陽や電球から発せられる通常の光(自然光)と、振動方向が揃った偏光との違いを、原子レベルの視点から解き明かします。
- 魔法のフィルター(偏光子): 特定の向きの振動だけを選択的に通す「偏光子(偏光板)」が、どのような仕組みで機能するのかを探ります。
- 透過光の法則(マルスの法則): 偏光板を通過した光の強度が、偏光板の角度によってどのように変化するかを記述する、定量的な法則「マルスの法則」を導出します。
- 反射による偏光(ブリュースター角): 水面などからの反射光が、特定の角度(ブリュースター角)で完璧な偏光になるという現象を学び、その原理に迫ります。
- 散乱による偏光(空の青さ): 空が青い理由である「散乱」という現象が、同時に空の光を偏光させているという、自然界の巧妙な仕組みを探ります。
- 液晶ディスプレイの原理: 私たちの生活に不可欠な液晶ディスプレイ(LCD)が、二枚の偏光板と、電圧で光の偏光を操る「液晶」の組み合わせで成り立っている、その基本原理を解き明かします。
- 3D映画への応用: 偏光を利用して、右目と左目に異なる映像を送り届け、立体視を実現する3D映画の技術を探ります。
- 偏光の広範な応用: 最後に、サングラスから写真撮影、科学研究に至るまで、偏光がいかに幅広い分野で応用されているかを概観します。
このモジュールを終えるとき、あなたは、普段は意識することのない光の「振動方向」という性質が、いかに豊かで重要な物理現象の源泉であるかを理解しているはずです。それは、見えない性質を制御することで、新たな技術の世界を切り拓いてきた、物理学の創造的な側面を体験する旅となるでしょう。
1. 光が横波であることの証明
光は波である。この事実は、ヤングの干渉実験や回折現象によって、19世紀には広く受け入れられるようになりました。しかし、「波」には二つの基本的な種類があります。媒質が進行方向と平行に振動する縦波 (longitudinal wave) と、進行方向と垂直に振動する横波 (transverse wave) です。音波は、空気の疎密が伝わる、典型的な縦波です。では、光はどちらなのでしょうか。
この問いに最終的な答えを与え、光が横波であることを決定的に証明したのが、本モジュールで学ぶ**「偏光 (polarization)」**という現象の存在そのものです。
1.1. もし光が縦波だったなら?(思考実験)
証明の論理を理解するために、まず背理法的に、「もし光が縦波だったら、何が起こるか(あるいは、起こらないか)」を考えてみましょう。
- 縦波の性質:縦波の振動は、波の進行方向に沿って、前後に起こります。例えば、x軸の正の方向に進む縦波を考えた場合、媒質の振動はx軸方向のみに制限されます。
- 軸対称性:この波を、進行方向であるx軸の周りで回転させてみても、その物理的な性質は全く変わりません。波の進行方向に対して、完全に軸対称な性質を持っています。
- フィルターとの相互作用:さて、この縦波の進路に、特定の「向き」を持ったフィルターを置いてみましょう。例えば、細長いスリット(隙間)が開いた板を考えます。この板のスリットを、縦向きにしようが、横向きにしようが、あるいは斜め45°に向けようが、進行方向(x軸)に沿って振動している縦波の通過しやすさには、何の影響もないはずです。縦波は、フィルターの「向き」を区別することができないのです。
結論: もし光が縦波であったなら、その進路に置かれたフィルターの回転(向きの変更)によって、光が遮られたり、透過しやすくなったりする、という現象は、原理的に起こり得ないはずです。
1.2. 偏光現象という実験事実
ところが、**偏光板(ポラライザー)**と呼ばれる特殊なフィルターを使うと、光はまさにその「フィルターの回転によって強さが変わる」という振る舞いを見せます。
- まず、太陽光や電球の光(自然光)を、一枚の偏光板に通します。すると、光の強さは約半分になります。
- 次に、この光が通過した先に、もう一枚、同じ偏光板を置きます。
- 二枚目の偏光板を、光の進路を軸として回転させてみます。すると、
- ある角度では、光はほとんどそのまま通過します。
- 回転させていくと、透過する光は次第に暗くなっていきます。
- そして、最初の角度から 90° 回転させたとき、光はほぼ完全に遮断され、向こう側が見えなくなります。
[Animation showing two polarizers rotating relative to each other, blocking light]
この実験事実は、**「光の性質が、進行方向の周りの回転によって変化する」**ことを、明確に示しています。光は、縦波が持つべき「軸対称性」を持っていないのです。
1.3. 結論:光は横波である
この実験事実は、光が縦波であるという仮定と、真っ向から矛盾します。この矛盾を解決する唯一の説明は、光が横波である、と考えることです。
- 横波の性質:横波の振動は、波の進行方向(x軸)と垂直な面内(yz平面)で起こります。このyz平面内には、y方向、z方向、あるいはその中間の斜め方向といった、無限の「振動方向」の自由度が存在します。
- フィルターによる選択:偏光板は、このyz平面内に存在する様々な方向の振動のうち、ある特定の方向の振動成分だけを選択的に通過させるフィルターとして機能します。
- 一枚目の偏光板は、あらゆる方向に振動していた自然光から、特定の向き(例えばy方向)の振動だけを取り出し、「向きの揃った波」を作り出します。
- 二枚目の偏光板が、一枚目と同じ向き(y方向)を向いていれば、この波はそのまま通過できます。
- しかし、二枚目の偏光板を90°回転させて、z方向を向かせると、y方向に振動している波は、もはやこのフィルターを通過することができず、完全に遮断されてしまうのです。
このように、偏光という現象が存在するという実験事実そのものが、光には進行方向と垂直な「振動の向き」という性質があることを証明しており、それはとりもなおさず、光が横波であることの動かぬ証拠となるのです。
2. 偏光(偏波)の概念
光が横波であることが証明された今、その「振動の向き」に関する性質、すなわち**偏光(偏波)**の概念を、より正確に定義しましょう。偏光とは、光の波動性を理解する上で、干渉・回折と並ぶ、三つの柱の一つです。
2.1. 横波の振動の自由度
まず、横波が持つ「振動の向き」の自由度について、具体的なイメージを掴みます。
長いロープの一端を固定し、もう一端を手に持って、波を固定端に向かって送り出す状況を考えます。ロープの進む方向をx軸とします。
- 垂直な振動面:横波であるロープの振動は、進行方向であるx軸と垂直な、yz平面内で起こります。
- 無限の振動方向:このyz平面内であれば、私たちは手をあらゆる方向に振ることができます。
- 上下に振る: y方向に振動する波が生まれます。
- 左右に振る: z方向に振動する波が生まれます。
- 斜め45°の方向に振る: yz平面内で、45°傾いた方向に振動する波が生まれます。
- 円を描くように回す: ロープが螺旋状にねじれながら進む波(円偏光)が生まれます。
- ランダムに、めちゃくちゃに振る: あらゆる方向の振動が、不規則に混ざり合った波が生まれます。
光も、電磁波という横波であるため、その振動(電場の振動)は、進行方向と垂直な面内で、これと全く同じように、様々な方向を向きうるのです。
2.2. 偏光の定義
偏光 (Polarization) とは、横波の振動が、特定の状態に偏る、あるいは制限されている現象、またはその状態にある波そのものを指します。
「偏る」という字が示す通り、本来はあらゆる方向を向きうる振動が、何らかの理由で、特定の「向き」に偏っている状態が、偏光です。
高校物理で主に扱うのは、その中でも最も基本的な直線偏光 (Linearly Polarized Light) です。
直線偏光 (Linear Polarization)
直線偏光とは、波の振動が、進行方向と垂直な面内において、常に一直線上に沿ってのみ起こっている状態の波のことです。平面偏光 (plane polarization) とも呼ばれます。
- ロープの例: 手を常に上下方向だけに振って作った波は、「y方向に直線偏光した波」です。
- 振動の面: この振動の直線と、波の進行方向を含む平面のことを偏光面 (plane of polarization) と呼びます。
2.3. 偏光を作り出すアナロジー:ロープと柵
偏光という概念を直感的に理解するための、最も有名なアナロジーが**「ロープと柵」**のモデルです。
- ランダムな波(自然光):まず、ロープを、上下、左右、斜め、あらゆる方向に、不規則にぐちゃぐちゃと振りながら波を送ります。これは、振動方向がランダムな**自然光(非偏光)**に相当します。
- 最初のフィルター(偏光子):この波の進路に、**縦方向のスリット(隙間)**だけが開いた柵を置きます。
- ロープの振動のうち、縦方向の成分は、このスリットを妨げられずに通過することができます。
- しかし、横方向の振動成分は、柵にぶつかってしまい、通過することができません。
- 偏光した波の生成:結果として、この柵を通り抜けた後の波は、振動が縦方向のみに揃った、きれいな直線偏光の波になります。この「柵」の役割を果たすのが、次章以降で学ぶ**偏光子(偏光板)**です。偏光子は、自然光から、特定の向きの振動だけを取り出す「フィルター」なのです。
- 第二のフィルター(検光子):この、縦方向に偏光した波の進路に、もう一つ、同じような柵を置きます。
- 柵のスリットが平行な場合(縦向き):縦方向に振動している波は、縦向きのスリットを、何の問題もなく通過できます。
- 柵のスリットが直交する場合(横向き):縦方向に振動している波は、横向きのスリットを全く通過することができず、完全に遮断されてしまいます。
このアナロジーは、
- 自然光から直線偏光を作り出すプロセス
- 二枚の偏光板を直交させると光が遮断される理由を、極めて明快に示しています。偏光とは、光の横波としての性質を、「向き」という観点から選別し、制御する技術の基本原理なのです。
3. 自然光と偏光
光には、その振動の向きによって、自然光 (natural light) と偏光 (polarized light) という二つの基本的な状態があります。私たちが日常的に接する太陽光や一般的な照明の光は、そのほとんどが自然光です。一方、偏光サングラスを通して見る光や、液晶ディスプレイから発せられる光は、偏光の状態にあります。この章では、この二つの光の状態が、ミクロな視点で見ると何が違うのか、その本質的な差異を解き明かします。
3.1. 自然光(非偏光)
自然光とは、光の進行方向と垂直な面内において、電場の振動方向が、あらゆる方向に、ランダムかつ均等に含まれている光のことです。非偏光 (unpolarized light) とも呼ばれます。
なぜ自然光はランダムなのか?
その理由は、光が放射されるミクロなプロセスにあります。
太陽や白熱電球のような熱的な光源では、光は、その内部にある無数の原子や分子から放出されます。
- 独立した発光:それぞれの原子は、他の原子とは全く無関係に、独立して光(光子)を放出します。
- ランダムなタイミングと向き:原子一個が光を出すとき、その光波の電場の振動方向(偏光の向き)は、原子の向きや状態によって決まりますが、気体やプラズマ、固体中の原子の向きは、全体として見れば完全にランダムです。したがって、放出される個々の光波の偏光の向きもまた、完全にランダムです。
- 多数の波の合成:私たちが観測する光は、このようにして放出された、天文学的な数の、「偏光の向きがてんでんばらばらな波」が、すべて重ね合わさったものです。
その結果、マクロな視点で見ると、どの特定の方向に振動が偏っているということはなく、進行方向と垂直な面内の、あらゆる方向に、均等な強さで振動が含まれているように見えるのです。
自然光の図示
自然光を模式的に図で表す際には、進行方向(例えば紙面の奥から手前へ)に対して、あらゆる方向の振動を矢印で描きます。これは、星のような形(アスタリスク)で表現されることが多いです。
あるいは、横波の振動は、互いに直交する二つの成分(例えば、紙面に平行な成分と、紙面に垂直な成分)に分解できるので、この二つの成分が同じ強さで、位相もランダムに含まれている、として表現することもあります。
3.2. 偏光(直線偏光)
偏光、特に直線偏光とは、光の電場の振動方向が、進行方向と垂直な面内において、常に特定の一直線上に限定されている光のことです。
- 秩序だった状態:自然光が、あらゆる向きの振動が混ざり合った「混沌」とした状態であるのに対し、直線偏光は、振動の向きが完全に一方向に揃った、「秩序」のある状態です。
- 生成方法:このような秩序のある状態は、自然の光源から直接生まれることは稀です。通常は、
- 自然光を、**偏光子(偏光フィルター)**に通すことで、特定の振動方向の成分だけを取り出す。
- 反射や散乱といった、特定の物理現象を利用して、自然光の中から偏光した成分を選択的に得る。といったプロセスを経て、人工的に作り出されます。
直線偏光の図示
直線偏光は、その振動の向きを示す、一本の両矢印で表現されます。例えば、紙面に平行な方向に偏光している光は、左右の矢印で、紙面に垂直な方向に偏光している光は、点の周りに点を打つ記号で表されることがあります。
3.3. 部分偏光
自然光(完全な非偏光)と、直線偏光(完全な偏光)の中間的な状態として、部分偏光 (partially polarized light) というものも存在します。
これは、光の振動が、あらゆる方向に含まれてはいるものの、その強さが方向によって異なり、ある特定の方向に、やや強く振動が偏っている状態の光です。
例えば、水面からの反射光などは、完全な直線偏光ではないものの、水面に平行な方向の振動成分が、垂直な成分よりもはるかに強くなった、部分偏光の状態になっています。
3.4. まとめ
光の状態は、その振動方向の「秩序」の度合いによって、以下のように分類できます。
- 自然光(非偏光):
- 振動方向:ランダム、無秩序
- 例:太陽光、電球の光
- 部分偏光:
- 振動方向:ランダムだが、特定の方向に偏りがある
- 例:水面やガラスからの一般的な反射光
- (完全な)偏光:
- 振動方向:完全に一方向に揃っている、秩序
- 例:偏光板を通過した光、レーザー光(多くの場合)、液晶ディスプレイの光
この、光の「秩序」を自在に操るための道具が、次章で学ぶ偏光子です。
4. 偏光子(偏光板)の仕組みと働き
自然光という、あらゆる方向に振動する光の混沌から、特定の向きの振動だけを持つ、秩序だった偏光を取り出す。この魔法のような操作を可能にする光学素子が偏光子 (polarizer) です。私たちの身の回りでは、プラスチックフィルムの形をした偏光板 (polarizing plate / sheet polarizer) として、広く利用されています。
この章では、この偏光板が、どのような物理的な仕組みで、光の振動方向を選別しているのか、その原理に迫ります。
4.1. 偏光子の機能:光の「選別ゲート」
偏光子の基本的な機能は、入射した光を、その偏光方向に応じて、透過させるか、吸収(または反射)するかを選別することです。
ほとんどの偏光板には、透過軸 (transmission axis) と呼ばれる、特定の「向き」が設定されています。
- 透過軸と平行な振動:入射光の電場の振動方向が、偏光板の透過軸と平行な場合、その光は効率よく透過します。
- 透過軸と垂直な振動:入射光の電場の振動方向が、偏光板の透過軸と垂直な場合、その光は吸収または反射され、ほとんど透過しません。この、透過軸と垂直な方向を吸収軸 (absorption axis) と呼ぶこともあります。
この性質により、偏光板は、ロープと柵のアナロジーにおける「スリットの入った柵」のように振る舞い、特定の向きの振動だけを通過させる「選別ゲート」として機能するのです。
4.2. 代表的な偏光板の仕組み:二色性吸収
市販されている安価で大きな面積の偏光板(例えば、偏光サングラスや、理科の実験で使う偏光板)は、そのほとんどが、二色性 (dichroism) という性質を利用した吸収型偏光子です。
このタイプの偏光板は、1938年にエドウィン・ランド(ポラロイド社の創業者)によって発明されたもので、その構造は以下のようになっています。
- ポリマーフィルムの延伸:まず、ポリビニルアルコール (PVA) のような、長い鎖状の高分子(ポリマー)からなる、透明なプラスチックフィルムを用意します。このフィルムを、一方向に強く引き伸ばします(延伸)。すると、それまでランダムな方向を向いていたPVAの長い分子鎖が、すべて延伸方向に沿って、きれいに一列に整列します。
- ヨウ素分子の吸着:次に、この整列したPVAフィルムを、ヨウ素の溶液に浸します。すると、ヨウ素の分子が、整列したPVAの分子鎖に沿って吸着し、導電性の高い、長い「針金」のようなポリヨウ素イオンの鎖を形成します。
- 偏光機能の発現:この「分子の針金」が、光の振動方向を選別する役割を果たします。
- 吸収軸の方向:光は電磁波であり、振動する電場を持っています。この光がフィルムに入射したとき、電場の振動方向が、PVA分子鎖(ヨウ素の針金)の向きと平行な成分は、針金の中の電子を、その長手方向に沿って自由に振動させることができます。光のエネルギーは、この電子の振動(一種の電流)を励起するために効率よく吸収され、熱エネルギーに変換されます。したがって、この方向の光は、フィルムを透過することができません。分子鎖の配向方向 = 吸収軸
- 透過軸の方向:一方、電場の振動方向が、分子鎖の向きと垂直な成分は、電子を動かそうにも、その動きは分子の幅という、極めて狭い範囲に制限されてしまいます。電子は自由に振動できないため、光のエネルギーはほとんど吸収されません。その結果、この方向の振動成分は、フィルムを透過することができます。分子鎖の配向方向と垂直な方向 = 透過軸
このようにして、偏光板は、ミクロな分子の配向という構造を利用して、マクロな光の偏光方向を選択的に吸収・透過するという、驚くべき機能を実現しているのです。
4.3. 自然光を偏光板に通した場合
では、太陽光のような自然光(非偏光)を、一枚の偏光板に通すと、何が起こるでしょうか。
自然光には、あらゆる方向の振動が、均等に含まれています。
このランダムな振動を持つ光の電場ベクトル E は、常に、偏光板の透過軸に平行な成分 E_parallel と、吸収軸に平行な成分 E_perpendicular に分解することができます。
- 吸収軸成分
E_perpendicular
: 上記のメカニズムにより、すべて吸収されます。 - 透過軸成分
E_parallel
: すべて透過します。
自然光では、平均すると、あらゆる方向の振動が均等に含まれているため、光のエネルギー(強度は振幅の2乗に比例)も、透過軸方向と吸収軸方向に、ちょうど半分ずつに分配されている、と考えることができます。
したがって、
自然光を、一枚の理想的な偏光板に通すと、その強度は、元の強度のちょうど半分(50%)になる。
そして、透過した光は、偏光板の透過軸の方向に完全に直線偏光した光となる。
これが、偏光板が「偏光子(ポーラライザー)」、すなわち「偏光を作り出すもの」と呼ばれる所以です。
この、偏光板によって作り出された直線偏光の光を、さらに二枚目の偏光板に通したときに何が起こるのか、それを定量的に記述するのが、次章で学ぶ「マルスの法則」です。
5. 透過光の強度とマルスの法則
一枚目の偏光板によって作り出された、振動方向が完全に揃った直線偏光。この光を、もう一枚の偏光板(これを検光子 (analyzer) と呼ぶことがあります)に通すと、透過してくる光の強度は、二枚の偏光板の角度によって、劇的に変化します。この関係を、シンプルかつ定量的に記述する法則が、19世紀のフランスの物理学者、エティエンヌ・ルイ・マルスによって発見されたマルスの法則 (Malus’s Law) です。
5.1. 状況設定
マルスの法則を考えるための状況は、以下の通りです。
- 入射光: 振動方向が完全に一方向に揃った、強さ
I₀
の直線偏光の光。 - 偏光子(検光子): この直線偏光の光の進路に、一枚の偏光板を置く。
- 角度
θ
: 入射してくる直線偏光の偏光方向と、偏光板の透過軸との間のなす角度をθ
とする。
私たちが知りたいのは、この偏光板を透過してきた光の強度 I
が、角度 θ
に応じてどのように変化するか、です。
[Diagram for Malus’s Law: polarized light with amplitude E₀ incident on a polarizer with its transmission axis at an angle θ.]
5.2. 法則の導出:振幅のベクトル分解
この法則は、光の電場の振幅がベクトルであることを考えることで、簡単に導出できます。光の強度 I
は、電場ベクトルの振幅 E
の2乗に比例する (I ∝ E²
) ことを思い出してください。
- 入射光の電場振幅:入射してくる直線偏光の光の、電場の最大振幅を E₀ とします。このとき、入射光の強度 I₀ は、I₀ = k E₀² と書けます(k は比例定数)。
- 振幅の成分分解:この電場ベクトル E₀ を、偏光板の透過軸に平行な成分と、垂直な成分に分解します。
- 透過軸に平行な成分の振幅 E_trans:E₀ を、透過軸の方向に射影した成分です。その大きさは、\[ E_{\text{trans}} = E_0 \cos\theta \]となります。
- 透過軸に垂直な成分の振幅 E_abs:E₀ を、吸収軸の方向に射影した成分です。その大きさは、E_abs = E₀ sinθ となります。
- 透過と吸収:偏光板の機能により、
- 透過軸に平行な成分
E_trans
は、そのまま透過します。 - 透過軸に垂直な成分
E_abs
は、吸収されます。
- 透過軸に平行な成分
- 透過光の強度 I の計算:したがって、偏光板を透過してくる光の電場振幅は、E_trans = E₀ cosθ となります。この透過光の強度 I は、この振幅の2乗に比例するので、\[ I = k (E_{\text{trans}})^2 = k (E_0 \cos\theta)^2 = k E_0^2 \cos^2\theta \]ここで、I₀ = k E₀² であったことを思い出すと、
マルスの法則:
\[ I = I_0 \cos^2\theta \]
となります。
この式が、入射する直線偏光の強度 I₀ と、透過後の強度 I、そして両者のなす角度 θ の関係を、普遍的に記述しています。
5.3. マルスの法則の検証
この公式が、実験事実と一致することを、いくつかの特別な角度 θ
で確認してみましょう。
- θ = 0° の場合(偏光方向と透過軸が平行):cos(0°) = 1 なので、cos²(0°) = 1。I = I₀ × 1 = I₀光は、強度を全く失うことなく、完全に透過します。これは直感的にも明らかです。
- θ = 90° の場合(偏光方向と透過軸が直交):cos(90°) = 0 なので、cos²(90°) = 0。I = I₀ × 0 = 0光は、完全に遮断され、透過光の強度はゼロになります。これも、二枚の偏光板を直交させたときの実験事実と一致します。
- θ = 45° の場合:cos(45°) = 1/√2 なので、cos²(45°) = 1/2。I = I₀ × (1/2) = I₀ / 2強度は、ちょうど半分になります。
- 自然光を一枚の偏光板に通す場合:自然光には、あらゆる方向の振動がランダムに含まれています。この場合、すべての角度 θ について、cos²θ の値を平均する必要があります。0 から 2π までの cos²θ の平均値は 1/2 であることが知られています。したがって、透過光の強度 I は、I = I₀ × (cos²θ の平均値) = I₀ / 2となり、Module 12-4で述べた「強度は半分になる」という結論が、マルスの法則からも支持されます。
マルスの法則は、偏光という現象を定量的に扱う上での、最も基本的な出発点です。液晶ディスプレイの明るさの制御や、様々な光学測定器の原理は、このシンプルな cos²
の法則に基づいています。
6. 反射による偏光とブリュースター角
偏光を作り出す方法は、偏光板を通すだけではありません。実は、ごくありふれた物理現象である**「反射」もまた、自然光を偏光させる力を持っています。水面のきらめきや、ショーウィンドウの映り込みといった、日常的な反射光。これらの光は、多くの場合、ある特定の方向に偏光しているのです。
特に、ある魔法のような特定の角度で光を入射させると、反射光が完璧な直線偏光になる現象が起こります。この現象と、その角度「ブリュースター角」**について探ります。
6.1. 反射による偏光の現象
- 状況:太陽光のような自然光(非偏光)が、空気中から、水やガラスといった非金属の透明な媒質の表面に、斜めに入射し、反射する。
- 観測事実:この反射光を、偏光板を通して観察してみます。偏光板を回転させると、ある角度で反射光が最も暗く、90°ずれた角度で最も明るく見えます。これは、反射光が、もはや自然光ではなく、部分的に、あるいは完全に偏光していることを示しています。
- 偏光の向き:詳細な観測から、この反射光は、反射面(水面やガラス面)に平行な方向に、より強く偏光していることがわかります。例えば、水平な水面からの反射光は、主に水平方向に振動する偏光成分を多く含んでいます。これが、水面の「ギラつき(グレア)」の正体です。偏光サングラスが、このギラつきを効果的にカットできるのは、サングラスの透過軸を垂直方向に設定し、この水平偏光した反射光を選択的に遮断しているからです。
6.2. ブリュースター角 (Brewster’s Angle)
スコットランドの物理学者、ディヴィッド・ブリュースターは、この反射による偏光を詳細に研究し、1815年に驚くべき発見をしました。
ブリュースターの法則:
自然光が、屈折率 n₁ の媒質から n₂ の媒質へ入射するとき、反射光が完璧な直線偏光になる、特別な入射角 θ_B が存在する。
この角度(ブリュースター角)は、反射光線と屈折光線のなす角が、ちょうど 90° になるときに実現される。
[Diagram illustrating Brewster’s angle, where the reflected and refracted rays are 90° apart.]
6.3. ブリュースターの法則の導出
このブリュースターの法則から、ブリュースター角 θ_B
を求める公式を導出することができます。
- 角度の関係:図から、入射角 θ_B、反射角 θ_B(反射の法則より)、屈折角 θ_r、そして反射光と屈折光の間の 90° の関係がわかります。境界面における一直線の角度は 180° なので、\[ \theta_B (\text{反射角}) + 90^\circ + \theta_r = 180^\circ \]\[ \theta_B + \theta_r = 90^\circ \]したがって、θ_r = 90° – θ_B となります。
- スネルの法則の適用:この境界面では、当然、屈折の法則(スネルの法則)も成り立っています。n₁ sin(入射角) = n₂ sin(屈折角)\[ n_1 \sin\theta_B = n_2 \sin\theta_r \]
- 式の結合:スネルの法則の θ_r に、θ_r = 90° – θ_B を代入します。\[ n_1 \sin\theta_B = n_2 \sin(90^\circ – \theta_B) \]ここで、三角関数の公式 sin(90° – x) = cos(x) を用いると、\[ n_1 \sin\theta_B = n_2 \cos\theta_B \]
- 最終的な公式:この式を tanθ_B について整理します。\[ \frac{\sin\theta_B}{\cos\theta_B} = \frac{n_2}{n_1} \]
ブリュースター角の公式:
\[ \tan\theta_B = \frac{n_2}{n_1} \]
このシンプルな式が、ブリュースター角 θ_B を、二つの媒質の屈折率だけで決定づけています。
例えば、空気 (n₁≈1) から水 (n₂≈1.33) へ光が入射する場合、
tanθ_B = 1.33 / 1.0 = 1.33
θ_B = arctan(1.33) ≈ 53°
となり、約53°の角度で水面を見ると、反射光が最も強く偏光していることになります。
6.4. なぜブリュースター角で偏光するのか?(物理的本質)
この現象の物理的な原因は、光が電磁波であり、媒質中の電子を振動させることで反射や屈折が起こる、というミクロな描像にあります。
- 入射光の電場が、媒質表面の電子を、その電場の向き(進行方向と垂直)に振動させます。
- 振動する電子は、アンテナのように振る舞い、あらゆる方向に電磁波(反射光や屈折光)を再放射します。ただし、アンテナは、その振動方向の軸上には、電磁波を放射できません。
- ブリュースター角で入射した場合、反射光が出ていくべき方向と、電子の振動方向(屈折光の進行方向と垂直)が、ちょうど一致してしまいます。
- 特に、入射面に平行な成分(p偏光)の電場は、その振動方向が、反射光の進行方向とぴったり重なります。
- その結果、この向きの振動を持つ光は、反射光として放射されることができなくなり、反射光から完全に消滅します。
- 残るのは、入射面に垂直な成分(s偏光)の光だけです。この光の振動方向は、反射光の進行方向と常に垂直であるため、問題なく放射されます。
結果として、ブリュースター角で反射した光は、入射面に垂直な方向(反射面に平行な方向)にのみ振動する、完璧な直線偏光となるのです。
7. 散乱による偏光(空の青さ)
晴れた日の青空を見上げ、偏光サングラスをかけて、それを回転させてみてください。空の明るさが、見る方向とサングラスの角度によって、劇的に変化することに気づくでしょう。実は、私たちが日常的に見ている青空の光(天空光)は、太陽から直接届く光とは異なり、強く偏光しているのです。
この現象は、光が空気中の分子によって散乱 (scattering) されるプロセスと、光が横波であるという性質が、密接に結びついた結果として生じます。
7.1. レイリー散乱と空の青さ
まず、なぜ空が青いのか、その原因であるレイリー散乱 (Rayleigh scattering) を復習しましょう。
- 散乱とは:太陽光が地球の大気を通過する際、光は、空気の主成分である窒素分子や酸素分子といった、光の波長よりもはるかに小さい粒子にぶつかります。このとき、光は分子に一度吸収され、すぐにあらゆる方向に再放射されます。このプロセスを散乱と呼びます。
- レイリー散乱の法則:この種の散乱の強さは、光の波長の4乗に反比例する (I ∝ 1/λ⁴) という、極めて強い波長依存性を持っています。
- 波長の短い青や紫の光 (
λ
が小) は、非常に強く散乱されます。 - 波長の長い赤や橙の光 (
λ
が大) は、ほとんど散乱されず、直進します。
- 波長の短い青や紫の光 (
- 空が青い理由:日中、私たちが見る空の光は、太陽から直接やってくる光ではなく、大気中のいたる所の空気分子によって散乱された太陽光です。上記の法則により、青い光が赤い光の何倍も((700nm/400nm)⁴ ≈ 9.4倍)強く散乱されるため、空全体が、この散乱された青い光で満たされているように見えるのです。
- 夕焼けが赤い理由:夕方、太陽が地平線近くにあるとき、太陽光は、私たちの目に届くまでに、非常に長い距離の大気層を通過してきます。その間に、青い光はほとんどが散乱されてしまい、私たちの視線から外れてしまいます。結果として、散乱されにくい赤や橙の光だけが、大気を生き残って直進し、私たちの目に届くため、夕焼けは赤く見えるのです。
7.2. 散乱による偏光のメカニズム
では、なぜこの散乱光が偏光するのでしょうか。その原因は、反射による偏光と同様に、光を再放射する「アンテナ」の性質にあります。
- 太陽光の入射:まず、非偏光である太陽光が、大気中のある一点(空気分子)に入射します。簡単のため、太陽が頭上にあり、光が真下(z軸負方向)に進んでいるとします。
- 空気分子の振動:入射した光の電場は、空気分子の中の電子を、進行方向と垂直な面内(xy平面)で、あらゆる方向に振動させます。
- 地上の観測者が見る光:地平線近く(例えばx軸方向)にいる観測者を考えます。この観測者の目に届くのは、空気分子から再放射(散乱)された光です。
- アンテナとしての放射パターン:振動する電子は、小さなダイポールアンテナとして振る舞い、電磁波を放射します。しかし、重要なのは、アンテナはその振動軸の方向には電磁波を放射しないというルールです。
- xy平面内で起こる様々な方向の電子の振動のうち、x軸方向の振動を考えてみましょう。この振動は、x軸上にいる観測者の方向を向いています。したがって、この振動からは、観測者の方向には光は放射されません。
- 次に、y軸方向の振動(紙面に垂直な方向)を考えます。この振動方向は、観測者の視線方向(x軸)と垂直です。したがって、この振動からは、観測者の方向に、y方向に偏光した光が強く放射されます。
- 結論:結果として、x軸上の観測者の目に届く散乱光は、あらゆる振動成分のうち、y軸方向の振動成分だけが卓越した、強く偏光した光となるのです。
7.3. 最も強く偏光が見える方向
このメカニズムから、天空光の偏光が最も強くなる方向を予測できます。
それは、太陽の方向から、視線がちょうど 90° の角度をなす空の領域です。
- 太陽が頭上にあるとき: 地平線近くの空のすべての方向で、偏光は最も強くなります。
- 太陽が東の地平線にある朝: 南や北の空、そして天頂(頭上)の空の光が、最も強く偏光しています。
- 太陽の方向や、その反対側の空: これらの方向(散乱角が 0° または 180°)では、偏光はほとんど見られません。
この空の偏光は、私たちの眼には直接見えませんが、ミツバチなどの昆虫は、この空の偏光パターンを「コンパス」として利用し、太陽が雲に隠れていても、正確に自分の巣の方向を知ることができる、驚くべき能力を持っていることが知られています。
写真家が、PL(偏光)フィルターを使って、青空のコントラストをより深く、鮮やかに撮影するのも、この散乱による偏光を巧みに利用したテクニックなのです。
8. 液晶ディスプレイの基本原理
私たちの生活に欠かせない、スマートフォン、パソコンのモニター、薄型テレビ。これらの表示装置のほとんどは、液晶ディスプレイ (Liquid Crystal Display, LCD) という技術に基づいています。そして、このLCDの動作原理の根幹をなしているのが、本モジュールで学んできた**「偏光」です。
LCDは、二枚の偏光板と、その間に挟まれた液晶**という特殊な物質を組み合わせることで、電圧のON/OFFによって、光を透過させたり、遮断したりする、微細な光のシャッターを無数に作り出しています。
8.1. 液晶 (Liquid Crystal) とは
まず、主役である液晶とは、どのような物質でしょうか。
液晶は、固体(結晶)と液体の中間的な状態(メソフェーズ)にある物質です。
- 液体のような性質: 分子が固定されず、流動性を持つ。
- 固体(結晶)のような性質: 分子が、特定の方向に揃って並ぼうとする**配向性(異方性)**を持つ。
LCDで主に使われるのは、ネマティック液晶と呼ばれるタイプで、細長い棒状の分子からなります。これらの分子は、外部から力が加わらない状態では、互いに平行に並ぼうとしますが、**電場(電圧)**をかけると、その向きを電場の方向に一斉に揃える、という極めて重要な性質を持っています。
8.2. LCDの基本構造(TN型)
最も基本的なLCDである、TN (Twisted Nematic) 型のピクセル(画素)の構造を、光が通過する順に見ていきましょう。
- バックライト:LCD自体は発光しないため、まず背面に、白色光を均一に供給する光源(LEDなど)を置きます。
- 第一の偏光板(入射側偏光板):バックライトから来た自然光を、まず一枚目の偏光板に通します。これにより、光は、特定の向き(例えば、縦方向)に揃った直線偏光になります。
- 液晶層:これがLCDの心臓部です。二枚の透明なガラス基板の間に、液晶が封入されています。
- 配向膜: ガラス基板の内側には、微細な溝が彫られた「配光膜」がコーティングされています。
- ねじれ構造:
- 入射側の基板の溝は、縦方向に彫られています。
- 射出側の基板の溝は、それと**直交する向き(横方向)**に彫られています。
- 液晶分子は、この溝に沿って並ぶ性質があるため、入射側から射出側にかけて、分子の向きが 90° ねじれた、螺旋(らせん)状の構造を自然に形成します。
- 第二の偏光板(射出側偏光板):液晶層を抜けた光が、最後にもう一枚の偏光板を通過します。この偏光板の透過軸は、第一の偏光板とは**直交する向き(横方向)**に設定されています。
8.3. LCDの動作原理
この巧妙な構造が、電圧のON/OFFによって、どのように光のシャッターとして機能するのかを見ていきます。
電圧OFFの状態(光が透過する → 明るい状態)
- 偏光の生成: バックライトからの光が、第一の偏光板を通り、縦方向の直線偏光になります。
- 偏光面の回転: この縦偏光の光が、液晶層に入射します。液晶分子は90°のねじれ構造を形成しているため、光の偏光面は、この液晶分子のねじれに沿うようにして、ゆっくりと90°回転させられます。
- 光の透過: 液晶層を通過し終えたとき、光の偏光方向は、横方向に変わっています。
- この横偏光の光は、透過軸が横向きに設定されている第二の偏光板を、そのまま通過することができます。結果: バックライトの光が、ピクセルを通り抜けて私たちの目に届き、そのピクセルは明るく見えます。
電圧ONの状態(光が遮断される → 暗い状態)
- 液晶分子の再配列: 二枚のガラス基板の間に電圧をかけると、液晶分子は、そのねじれ構造を解き、電場の向き(光の進行方向)に沿って、一斉に垂直に立ち上がります。
- 偏光面が回転しない: 縦偏光の光が、この「立ち上がった」液晶層を通過しても、分子のねじれが存在しないため、もはやその偏光面は回転しません。光は、縦偏光のまま液晶層を通過します。
- 光の遮断: この縦偏光の光は、透過軸が横向きに設定されている第二の偏光板に到達します。偏光方向と透過軸が直交しているため、マルスの法則(I = I₀ cos²(90°) = 0)に従い、光は完全に遮断されます。結果: バックライトの光は私たちの目に届かず、そのピクセルは暗く見えます。
[Animation of a twisted nematic LCD cell in both the ON and OFF states.]
カラー表示は、このモノクロのシャッターの前に、赤(R)・緑(G)・青(B)の三色のカラーフィルターを配置し、それぞれのサブピクセルの明るさを電圧で個別に制御することで、加法混色の原理により、あらゆる色を表現しています。
このように、液晶ディスプレイは、偏光という光の波動性と、電場で配向を制御できる液晶という物質の性質を、見事に融合させた、現代エレクトロニクスの結晶なのです。
9. 3D映画への応用
映画館で、専用のメガネをかけることで、映像がスクリーンから飛び出して見える3D(三次元)映画。この、まるでその場にいるかのような没入感を生み出す立体視の技術もまた、その多くが**「偏光」の原理を巧みに利用しています。
なぜ、一枚のスクリーンに映し出された映像が、立体的に見えるのでしょうか。その秘密は、私たちの脳が、左右の眼から入ってくる、わずかに異なる二つの映像を統合して、奥行きを知覚する「両眼視差」**という仕組みにあります。3D映画は、この仕組みを、偏光を使って人工的に再現しているのです。
9.1. 立体視の基本原理:両眼視差
まず、人間がなぜ世界を立体的に認識できるのか、その基本原理を理解しましょう。
- 左右の眼の位置: 私たちの両眼は、約 6~7 cm ほど離れて位置しています。
- 視差 (Parallax): そのため、右目が見る景色と、左目が見る景色は、全く同じではなく、ごくわずかに角度がずれています。近くにある物体ほど、この「見え方のズレ(視差)」は大きくなります。
- 脳による統合: 左右の網膜に映った、このわずかに異なる二つの二次元の像は、視神経を通って脳に送られます。脳は、この二つの像の「ズレ」の情報を瞬時に処理し、それを**「奥行き」**の情報として再構築します。
この両眼視差による奥行き知覚のプロセスを、立体視 (stereopsis) と呼びます。
9.2. 3D映画の課題:左右の眼に異なる映像を届ける
3D映画を実現するための課題は、この立体視の原理を逆に利用し、**「右目には右目用の映像だけを、左目には左目用の映像だけを、いかにして選択的に送り届けるか」**という点に集約されます。
一枚のスクリーンに、右目用と左目用の二つの映像を同時に投影し、観客がかけるメガネが、フィルターとして機能し、それぞれの眼に必要な映像だけを振り分ける、という方法がとられます。
この「振り分け」のためのフィルター技術として、偏光が広く利用されているのです。
9.3. 偏光を利用した3D映像方式
偏光を利用した3D方式には、主に「直線偏光方式」と「円偏光方式」の二つがあります。
1. 直線偏光方式 (Linear Polarization)
これは、最もシンプルで、古くからある方式です。
- 投影:二台のプロジェクター(または一台の特殊なプロジェクター)を使い、
- 右目用の映像を、例えば垂直方向の直線偏光にして、スクリーンに投影します。
- 左目用の映像を、水平方向の直線偏光にして、同じスクリーンに重ねて投影します。(スクリーンは、偏光を維持したまま反射する、特殊なシルバースクリーンが必要です。)
- 3Dメガネ:観客がかけるメガネは、二枚の偏光板でできています。
- 右目のレンズ: 透過軸が垂直方向の偏光板。
- 左目のレンズ: 透過軸が水平方向の偏光板。
- 映像の分離:
- 右目: 垂直な透過軸を持つため、垂直偏光の「右目用映像」だけを透過し、水平偏光の「左目用映像」は遮断します。
- 左目: 水平な透過軸を持つため、水平偏光の「左目用映像」だけを透過し、垂直偏光の「右目用映像」は遮断します。
これにより、左右の眼に異なる映像が送り届けられ、脳がそれを立体像として認識します。
- 欠点:この方式の最大の欠点は、頭を傾けると、映像が正しく分離されなくなることです。例えば、頭を45°傾けると、左右のメガネの透過軸も45°傾きます。すると、スクリーンからの垂直・水平偏光の光が、どちらのフィルターもある程度通過してしまい、映像が二重に見えたり(クロストーク)、暗くなったりして、3D効果が損なわれてしまいます。
2. 円偏光方式 (Circular Polarization)
直線偏光方式の「頭を傾けられない」という欠点を克服するために、現在のほとんどの3D映画館で採用されているのが、円偏光方式です。
直線偏光では、電場の振動方向は一直線上でしたが、円偏光とは、電場の振動方向が、進行に伴って螺旋状に回転する光のことです。この回転には**「右回り(右円偏光)」と「左回り(左円偏光)」**の二種類があります。
- 投影:
- 右目用の映像を、例えば右円偏光にして投影します。
- 左目用の映像を、左円偏光にして投影します。
- 3Dメガネ:メガネの左右のレンズは、それぞれが右円偏光と左円偏光を選択的に透過させる、特殊なフィルターになっています。
- 右目のレンズ: 右円偏光だけを透過させ、左円偏光は遮断する。
- 左目のレンズ: 左円偏光だけを透過させ、右円偏光は遮断する。
- 利点:円偏光は、その回転の「向き」で情報を区別しているため、頭を傾けても、右回りが左回りに変わったりはしません。そのため、観客は、より自然な姿勢で、安定した3D映像を楽しむことができるのです。
このように、3D映画は、偏光という光の波動性を巧みに利用し、私たちの脳の知覚メカニズムに直接働きかけることで、かつてない映像体験を創り出している、物理学とエンターテインメントの融合例と言えるでしょう。
10. 偏光の応用例
偏光という、光の「振動の向き」を制御する技術は、これまで見てきた液晶ディスプレイや3D映画だけでなく、私たちの生活や科学技術の、驚くほど多岐にわたる分野で、なくてはならない役割を果たしています。この章では、偏光のその他の重要な応用例をいくつか紹介し、この「見えない性質」が、いかにして私たちの世界を豊かにしているかを見ていきましょう。
10.1. 偏光サングラスとカメラのPLフィルター
これは、偏光の応用として最も身近な例の一つです。
- 目的: 水面やガラス、濡れた路面などからの**反射光のギラつき(グレア)**を抑え、視界をクリアにする。
- 原理:
- Module 12-6で学んだように、非金属表面からの反射光は、表面に平行な方向に強く偏光しています。水面や路面は水平なので、そのギラつきの主成分は水平偏光です。
- 偏光サングラスや、カメラレンズに取り付けるPL(偏光)フィルターは、その透過軸が垂直方向になるように作られています。
- これにより、有害な水平偏光の反射光を選択的に遮断し、それ以外の、物体から乱反射してくる様々な偏光方向の光は、ある程度透過させます。
- 効果:
- 水面のギラつきが消え、水中の魚がくっきりと見えるようになる。
- ショーウィンドウの映り込みが減り、中の商品が見やすくなる。
- 写真撮影では、青空のコントラストを高める効果もあります。これは、空の散乱光が偏光しているため、フィルターの回転角度によって、空の明るさを強調したり抑えたりできるからです。
10.2. 科学研究・計測分野
偏光は、物質の構造や性質を調べるための、強力な分析ツールとしても利用されます。
- 偏光顕微鏡:鉱物学や生物学で用いられる特殊な顕微鏡です。二枚の偏光板(偏光子と検光子)の間に試料を置いて観察します。多くの結晶や、ある種の生体高分子は、複屈折という、偏光の向きによって屈折率が異なる性質を持っています。このような物質を偏光顕微鏡で観察すると、物質の結晶構造や分子の配向に応じて、美しい色彩の干渉像が現れます。これにより、肉眼では見えない岩石の鉱物組成や、細胞内の構造を分析することができます。
- 光弾性(応力測定):プラスチックのような透明な物質に、外部から力(応力)を加えると、その内部に複屈折性が生じます。この物体を、二枚の偏光板の間に置いて光を通すと、応力がかかっている部分に、その強さに応じた干渉色の縞模様が現れます。これを光弾性と呼びます。この原理は、橋や建築物、機械部品などの模型を作り、どこに力が集中しているかを、視覚的に分析するための応力測定法として利用されています。
- 化学(旋光性):ブドウ糖やアミノ酸の一部の分子のように、その構造が鏡像対称でない(キラリティを持つ)分子の溶液は、旋光性という、透過する直線偏光の偏光面を回転させる性質を持ちます。この回転する角度(旋光度)を旋光計で精密に測定することで、溶液の濃度を決定したり(製糖業など)、化学反応の進行を追跡したりすることができます。
10.3. その他の応用例
- CD・DVD・Blu-rayディスクの読み取り:光ディスクの信号読み取りには、レーザー光が使われます。記録ピットからの反射光の偏光状態の変化を検出することで、デジタル情報を読み取る方式(光磁気ディスクなど)が存在します。
- エリプソメトリー:物質の表面に特定の偏光状態の光を当て、反射後の偏光状態の変化(直線偏光が楕円偏光に変わるなど)を精密に測定することで、表面に付着した超薄膜の厚さや屈折率を、原子層レベルの精度で決定する技術です。半導体産業などで不可欠な計測技術となっています。
- リモートセンシング:人工衛星から地表を観測する際に、通常の明るさや色の情報に加えて、地表からの反射光の偏光情報を観測することで、土壌の湿り気や、植物の種類、大気中のエアロゾルの状態などを、より詳細に分析する研究が進められています。
このように、偏光は、光の振動の向きという、一見すると些細な性質ですが、それを制御し、分析する技術は、私たちの生活の質を向上させ、科学の未知の領域を切り拓くための、無限の可能性を秘めているのです。
Module 12:光の偏光 の総括:横波の個性が拓く技術の世界
本モジュール「光の偏光」の探求は、光が持つ、私たちの肉眼では捉えることのできない「隠れた個性」、すなわち振動の方向性に光を当てる旅でした。この探求を通じて、私たちは、偏光という現象が、単に光の性質の一つであるに留まらず、光が「縦波」ではなく「横波」であることの動かぬ証拠であり、かつ、現代社会を支える無数の技術の根幹をなす、極めて重要な物理原理であることを理解しました。
私たちはまず、太陽光のような「自然光」が、あらゆる方向に振動する波の混沌とした集合体であるのに対し、「偏光」が、その振動方向が特定の平面に揃えられた、秩序ある状態であることを学びました。そして、この混沌から秩序を生み出す魔法の道具が、分子の配向を利用して特定の振動だけを選び出す「偏光子(偏光板)」であること、そしてその振る舞いが「マルスの法則」というシンプルな数式で記述されることを見ました。
さらに、ごくありふれた自然現象である「反射」や「散乱」でさえも、光を偏光させる力を持っていることを発見しました。水面の反射光が、特定の角度(ブリュースター角)で完全な偏光になること、そして、青空の光が、太陽と90°の方向で強く偏光していること。これらの現象は、光が電磁波として、ミクロな電子と相互作用する結果として生じる、自然界の巧妙な仕組みの現れでした。
そして最後に、この偏光を「制御する」というアイデアが、いかにして革新的な技術を生み出したかを見てきました。二枚の偏光板と液晶を組み合わせることで、微細な光のシャッターを無数に作り出す「液晶ディスプレイ」。そして、左右の眼に異なる偏光の映像を送り込むことで、二次元のスクリーンに三次元の奥行きを創出する「3D映画」。これらは、偏光という光の波動性を、人間の知性が巧みに利用した輝かしい成果です。
このモジュールを終えた今、あなたの眼に映る液晶画面の光や、水面のきらめきは、もはや単なる光景ではないはずです。その一つ一つの光の中に、進行方向と垂直な面で振動する、横波としての光の姿と、その振動の向きが揃えられ、あるいは選別されている、秩序だった物理の世界を見出すことができるでしょう。