【基礎 物理(波動)】Module 5:音波の性質

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本モジュールの目的と構成

これまでのモジュールで、私たちは波の振る舞いを支配する普遍的な法則や、その性質を記述するための抽象的な言語(数式やグラフ)を学んできました。それは、いわばオーケストラの様々な楽器の構造や演奏法を理論的に学んだ状態に似ています。本モジュールでは、その理論的な知識を手に、最も身近で、私たちの感情に直接訴えかける波動の一つである**「音」**という、具体的な音楽の世界へと足を踏み入れます。

このモジュールで私たちが目指すのは、日常的に経験している「音」という聴覚的な世界が、物理法則によっていかに見事に説明され、支配されているのかを解き明かすことです。心地よいメロディも、不快な騒音も、その背後には波の物理が厳然と存在しています。私たちは、音の物理的な本質から、人間の知覚、そして楽器が音楽を奏でる原理まで、ミクロな分子の振動からマクロな音楽体験までを繋ぐ、壮大な知の旅に出ます。

この探求の旅は、以下の論理的なステップで構成されています。

  1. 音の正体(空気の疎密波): まず、音波が空気の圧力変化の波、すなわち「疎密波」という縦波であるという物理的な本質に迫ります。
  2. 音の速さの秘密: 音の速さが、空気の温度や媒質の種類といった環境要因によって、どのように決定されるのかを学びます。
  3. 音の知覚と物理量(音の3要素): 私たちが感じる「高さ」「大きさ」「音色」という主観的な音の性質が、それぞれ「振動数」「振幅」「波形」という客観的な物理量と、どのように一対一で対応しているのかを明らかにします。
  4. 聞こえる範囲(可聴域と超音波): 人間が知覚できる音の限界と、その範囲を超えた「超音波」が科学技術でどのように応用されているかを探ります。
  5. 音の干渉(うなり): わずかに振動数の異なる二つの音が重なったときに生じる、周期的な強弱の波「うなり」という、音に特有の干渉現象のメカニズムとその法則を学びます。
  6. 音の源泉(弦の振動と固有振動): 音を生み出す代表的な仕組みである「弦の振動」に焦点を当て、そこに生じる定常波(固有振動)のパターンが、どのようにして決まるのかを探ります。
  7. 音程のルール(基本振動とn倍振動): 弦に許された振動のパターン(基本振動とn倍振動)が、とびとびの値しか取れないこと、そしてそれが音の「高さ」を決定づける原理を数式で理解します。
  8. 弦の速さの秘密: 弦を伝わる波の速さが、弦の「張力」と「太さ」によって決まること、そしてそれが音程調整の基本となっていることを学びます。
  9. 音を増幅する仕組み(共振・共鳴): ある物体の固有振動数と外部からの振動数が一致したときに振幅が劇的に増大する「共振」という現象を学びます。
  10. 物理法則が奏でる音楽: 最後に、これらすべての知識を統合し、ギターやピアノといった楽器が、物理法則を巧みに利用して、いかにして豊かな音色を生み出しているのか、その発音の原理を解き明かします。

このモジュールを終えるとき、あなたは、音楽という芸術的で感性的な世界が、物理学という論理的で理性的な体系によって、いかに美しく、そして深く説明されうるかを体験しているはずです。それは、これまで耳にしてきたすべての音を、新たな解像度で聞き直すきっかけとなる、刺激的な知的体験となるでしょう。

目次

1. 音波の本質:空気の疎密波(縦波)

私たちは日常的に「音」という言葉を使いますが、その物理的な正体は何でしょうか。目の前にいる人の声が、なぜ私たちの耳に届くのか。スピーカーから流れる音楽は、一体何が私たちの鼓膜を震わせているのか。この最も根源的な問いに答えることが、音波の性質を探求する旅の出発点です。

結論から言えば、**音波 (sound wave) とは、空気などの媒質中を伝わる圧力と密度の周期的な変化の波であり、その正体は、媒質の振動方向と波の進行方向が平行な「縦波 (longitudinal wave)」**です。この「縦波」であり「疎密波 (compressional wave)」であるという二つの側面が、音波の本質を物語っています。

1.1. 音の発生メカニズム:振動が作る「疎」と「密」

音は、必ず物体の振動から生まれます。例えば、スピーカーから音が出る仕組みを考えてみましょう。

  1. 波源の振動: スピーカーの内部には、コーン紙と呼ばれる振動板があります。電気信号に応じて、この振動板が前後に素早く振動します。これが音の波源です。
  2. 「密」の生成: 振動板が前方に動くと、その直前にある空気の層を強く圧縮します。空気の分子がぎゅっと押し込められ、局所的に分子の密度と圧力が高い部分ができます。これが**「密 (compression)」**の状態です。
  3. 「疎」の生成: 次に、振動板が後方に動くと、その直前の空間には空気分子が少ない状態が生まれます。周囲から空気が流れ込みますが、振動が速いため追いつかず、局所的に分子の密度と圧力が低い部分ができます。これが**「疎 (rarefaction)」**の状態です。
  4. 疎密パターンの伝播: 振動板は、この「前方に動いて密を作る」「後方に動いて疎を作る」という運動を周期的に繰り返します。最初に作られた「密」の部分は、その圧力で隣の空気層を押し、そこを新たな「密」の状態にします。このプロセスが、ドミノ倒しのように次々と隣の空気層へと伝わっていきます。同様に、「疎」の部分も、隣の空気層から分子を吸い込む形で伝播していきます。

結果として、「密」と「疎」のパターンが交互に連なった波が、スピーカーから放射状に広がっていくのです。これが音波の正体です。

1.2. 縦波としての音波

このプロセスを、媒質である空気分子の動きに着目して見てみましょう。

「密」の部分では、空気分子は波の進行方向に押し出されるように動きます。「疎」の部分では、元の位置に戻ろうとして進行方向とは逆向きに動きます。

つまり、個々の空気分子は、その釣り合いの位置を中心に、波の進行方向と平行な向きに往復運動(単振動)をしているのです。

媒質の振動方向と波の進行方向が「平行」である波、これはまさに縦波の定義そのものです。

非常に重要なのは、Module 1で学んだように、空気分子そのものがスピーカーから耳まで飛んでくるわけではないということです。空気分子はあくまでその場で振動しているだけであり、「疎密」という圧力と密度の状態変化のパターンだけが、エネルギーを伴って耳まで伝わってくるのです。

1.3. 音波のグラフ表現(復習と深化)

縦波である音波の振る舞いをグラフで表現するには、少し注意が必要です。主に二つの表現方法があります。

1. 変位グラフ (y-xグラフ)

これは、各位置 x にある空気分子が、その釣り合いの位置からどれだけ変位しているか y をプロットしたものです。(縦波なので、変位 y の向きは x 軸と平行であることに注意。)

  • y > 0: 分子が進行方向に変位している。
  • y < 0: 分子が進行方向と逆向きに変位している。
  • y = 0: 分子がちょうど釣り合いの位置にいる。

この変位グラフは、見た目が横波と同じサインカーブになるため、波長 λ などを読み取るのに便利です。しかし、音の本質である「疎密」を直接表しているわけではありません。

2. 圧力変化グラフ (p-xグラフ)

これは、各位置 x における空気の圧力が、平常時の大気圧からどれだけ変化しているか Δp をプロットしたものです。

  • Δp > 0: 圧力が平常時より高い(「密」の状態)。
  • Δp < 0: 圧力が平常時より低い(「疎」の状態)。
  • Δp = 0: 圧力が平常時と等しい。

変位グラフと圧力変化グラフの関係は非常に重要です。

  • 媒質が最も**「密」になるのは、後方から分子が集まってきて、前方へは分子が出ていきにくい場所です。これは、変位グラフで y=0 かつ傾きが負の点に対応します。この点で、圧力変化グラフは最大値 (Δp > 0)** をとります。
  • 媒質が最も**「疎」になるのは、周囲へ分子が散っていく場所です。これは、変位グラフで y=0 かつ傾きが正の点に対応します。この点で、圧力変化グラフは最小値 (Δp < 0)** をとります。
  • 変位が最大または最小の点(変位グラフの山や谷)では、分子は領域全体として同じ方向に動いているため、密度の変化はほとんどありません。これらの点では、圧力変化はゼロとなります。

結果として、圧力変化のグラフは、変位のグラフに対して位相が π/2 (90°) ずれた形になります。この関係を理解しておくことは、音波に関するより高度な問題を解く上で役立ちます。

1.4. 音波の媒質

音は、空気だけでなく、液体や固体の中でも伝わります。水中で音が聞こえたり、隣の部屋の音が壁を伝わって聞こえたりするのはこのためです。媒質が存在し、その構成粒子が互いに力を及ぼしあうことで振動を伝えられる限り、音は伝播できます。

逆に言えば、媒質が全く存在しない真空中では、音は一切伝わりません。「ベル・イン・ジャー」という有名な実験では、ガラス容器の中に入れたベルを鳴らしながら、容器内の空気を真空ポンプで抜いていくと、ベルは振動しているのに音が次第に聞こえなくなっていく様子が示されます。これは、音波が媒質を必要とする力学的な波であることの何よりの証拠です。

2. 音速の決定要因(温度、媒質)

音が伝わる速さ、すなわち音速 (speed of sound) は、一定の値ではありません。それは、音が伝わる「舞台」である媒質の性質によって大きく左右されます。雷が光ってから音が聞こえるまでに時間がかかることからも分かるように、音速は光速に比べてはるかに遅いですが、その具体的な値は何によって決まるのでしょうか。この章では、音速を決定づける物理的な要因、特に媒質の種類と温度の影響について探っていきます。

2.1. 音速の基本原理:弾性と慣性のバランス

波動一般に言えることですが、波の速さは、媒質の二つの相反する性質のバランスによって決まります。

  1. 弾性 (Elasticity): 変形した媒質が、元の形に戻ろうとする性質の強さ。物理学では弾性率という量で表されます。弾性率が大きい(=硬い、元に戻る力が強い)ほど、粒子間の力の伝達が素早く行われるため、振動は速く伝わります。したがって、音速は速くなります
  2. 慣性 (Inertia): 媒質の動きにくさ、静止し続けようとする性質の強さ。物理学では密度 ρ で表されます。密度が大きい(=重い)ほど、粒子を振動させるのにより多くの力と時間が必要になるため、振動の伝達は遅くなります。したがって、音速は遅くなります

音速 v は、大まかに v ∝ √(弾性率 / 密度) という関係にあります。弾性率が大きいほど、また密度が小さいほど、音速は速くなるのです。

2.2. 媒質の種類と音速

この基本原理に基づいて、気体・液体・固体における音速の違いを見てみましょう。

媒質の種類密度の大小弾性率の大小音速の大小代表的な値 (常温)
気体 (例: 空気)極めて小遅い約 340 m/s
液体 (例: 水)速い約 1500 m/s
固体 (例: 鉄)極めて大非常に速い約 6000 m/s

多くの人は、「固体は密度が大きいから音速は遅いのでは?」と考えがちですが、これは誤りです。固体や液体は、気体に比べて確かに密度は大きいですが、それをはるかに上回るほど弾性率が巨大なのです。固体や液体は、分子・原子がぎっしりと詰まっており、互いに強く結びついているため、一つの粒子の振動が瞬時に隣の粒子に伝わります。その結果、一般に音速は v_固体 > v_液体 > v_気体 の順になります。

遠くの線路に耳を当てると、空気中を伝わってくる音よりも先に、鉄のレールを伝わってくる列車の音が聞こえるのはこのためです。

2.3. 気体中の音速と温度の関係

私たちの生活に最も馴染み深い、空気中を伝わる音の速さは、温度に大きく依存します。

定性的な説明

なぜ温度が上がると音速は速くなるのでしょうか。温度とは、気体を構成する分子の熱運動の激しさの指標です。温度が高いほど、空気分子はより高速でランダムに飛び回っています。

音波という圧力変化の「情報」は、この分子たちの衝突によって次々と伝えられていきます。分子自身が速く動いていれば、この情報の伝達もまた、より迅速に行われることになります。したがって、温度が高いほど、音速は速くなります。

定量的な説明

気体中の音速 v は、より厳密には以下の式で与えられます。

\[ v = \sqrt{\frac{\gamma P}{\rho}} = \sqrt{\frac{\gamma RT}{M}} \]

ここで、

  • γ (ガンマ): 比熱比。気体の種類によって決まる定数(空気の場合は約1.4)。
  • P: 圧力 [Pa]
  • ρ (ロー): 密度 [kg/m³]
  • R: 気体定数 (8.31 J/(mol・K))
  • T絶対温度 [K]
  • M: モル質量 [kg/mol]

この二つ目の式 v = √(γRT/M) を見ると、音速 v は絶対温度 T の平方根に比例することが分かります (v ∝ √T)。

一方で、式の中に圧力 P もありますが、理想気体の状態方程式 PV = nRT から P/ρ = RT/M となるため、圧力が変化しても密度も一緒に変化し、結果として音速は圧力には依存しません(温度が一定ならば)。標高が高い山の上でも、地表と同じ温度であれば音速は変わらないのです。

実用的な近似式

毎回、絶対温度を計算するのは手間がかかるため、私たちの日常的な感覚に近いセルシウス温度 t [℃] を用いた、便利な近似式が知られています。

\[ v \approx 331.5 + 0.6t \]

この式は、0℃での音速が約 331.5 m/s であり、温度が1℃上がるごとに、音速が約 0.6 m/s 速くなることを示しています。高校物理の問題では、特に断りがなければ、t=15℃ と仮定した v = 340 m/s という値がよく用いられます。

この式の導出は、v = v₀√(T/T₀) = v₀√((273.15+t)/273.15) = v₀(1 + t/273.15)^(1/2) という式を、t が小さいとして (1+x)^a ≈ 1+ax という近似式(二項近似)を用いて展開することで得られます。

v ≈ v₀(1 + 1/2 * t/273.15) = v₀ + (v₀/546.3)t ≈ 331.5 + 0.607t

2.4. 音速に影響しない要因

最後に、音速に影響しない要因を再確認しておくことも重要です。

  • 音の大きさ(振幅): 大きな声も小さな声も、同じ速さで届きます。
  • 音の高さ(振動数): 高い音も低い音も、同じ速さで進みます。もし振動数によって音速が変わってしまうと、オーケストラの演奏が、遠くの席では高音と低音がずれて聞こえるという大問題が起こってしまいます。(ただし、媒質によってはごくわずかに振動数による速度の違い(分散)が生じることもあります。)

音速は、あくまで波が伝わる「舞台」のコンディション、すなわち媒質の種類とその状態(特に温度)によってのみ決まる、ということをしっかりと理解しておきましょう。

3. 音の3要素:高さ(振動数)、大きさ(振幅)、音色(波形)

私たちは日常的に、様々な音を聞き分けています。高く鋭いサイレンの音、低く響く教会の鐘の音、ささやくような声、雷鳴のような大音響。ピアノの澄んだ音、ロックギターの歪んだ音。これらの千差万別な音の「聞こえ方」は、物理学的に見ると、波の基本的な性質と見事な対応関係を持っています。

人間の聴覚が音から受け取る主観的な感覚は、大きく**「高さ」「大きさ」「音色」という3つの要素に分類できます。そして、これら音の3要素は、それぞれ波の物理量である「振動数」「振幅」「波形」**と一対一で対応しているのです。この対応関係を理解することは、物理学が私たちの感覚の世界をいかに解明するかを知る上で、非常に興味深いテーマです。

3.1. 音の高さ (Pitch) ⇔ 振動数 (Frequency)

音の高さは、音が「高い」か「低い」かという感覚的な性質です。これは、音波の振動数 f に対応しています。

振動数 f が高いほど、音は高く聞こえる。

振動数 f が低いほど、音は低く聞こえる。

  • 物理量: 振動数は、1秒間に媒質が振動する回数を表し、単位はヘルツ (Hz) です。
  • 具体例:
    • ピアノの鍵盤は、左に行くほど弦が長く太く、振動数が低いため低い音が出ます。右に行くほど弦が短く細く、振動数が高いため高い音が出ます。
    • 救急車のサイレンが「ピーポーピーポー」と聞こえるのは、二つの異なる高い振動数の音を交互に鳴らしているためです。

音楽で使われる「音階」は、この振動数に特定の数学的な比率(音程)を与えることで作られています。例えば、ある音の振動数を2倍にすると、音楽的には「1オクターブ高い」同じ音名の音になります。

3.2. 音の大きさ (Loudness) ⇔ 振幅 (Amplitude)

音の大きさは、音が「大きい」か「小さい」かという感覚的な性質です。これは、音波の振幅 A に対応しています。

振幅 A が大きいほど、音は大きく聞こえる。

振幅 A が小さいほど、音は小さく聞こえる。

  • 物理量: 振幅は、媒質(空気)の圧力や密度が、平常時の値からどれだけ大きく変化するか、その最大変化量を表します。
  • エネルギーとの関係: 波が運ぶエネルギー、あるいは単位時間あたりに単位面積を通過するエネルギー(音の強さ, Intensity, I)は、振幅の2乗に比例します (I ∝ A²)。したがって、音の大きさは、物理的には音のエネルギーの大小を反映していると言えます。
  • デシベル (dB): 人間の聴覚は、非常に広い範囲の音の強さを感知できますが、その感覚は対数的(logarithmic)です。つまり、音の強さが10倍、100倍になっても、聞こえる大きさは2倍、3倍というようには感じません。そのため、音の大きさを表す尺度としては、対数を用いたデシベル (dB) という単位が一般的に用いられます。デシベルを用いると、ささやき声からジェット機の轟音まで、より人間の感覚に近い数値で表現することができます。

3.3. 音色 (Timbre) ⇔ 波形 (Waveform)

音色は、たとえ同じ高さ、同じ大きさの音であっても、「誰の声か」「何の楽器の音か」を聞き分けることができる、音の質的な「個性」や「響きの特徴」を指します。これは、音波の波形に対応しています。

波形が異なると、音色も異なって聞こえる。

  • 物理量: 波形とは、音波の変位や圧力の時間変化をグラフに描いたときの「形」そのものです。
  • フーリエ解析と倍音:Module 2で触れたフーリエの定理によれば、どんなに複雑な形の波形も、実は単純な正弦波(サインカーブ)の重ね合わせとして分解できます。楽器や声が発する音の波形は、通常、きれいな正弦波ではありません。それは、最も低い振動数を持つ基音 (fundamental tone) と、その整数倍の振動数を持つ一連の倍音 (overtones / harmonics) が、様々な強さの比率で混ざり合ってできているからです。
    • 基音: 音の「高さ」を決定づける主成分。
    • 倍音: 音の「響きの豊かさ」や「個性」を決定づける成分。
  • 具体例:同じ高さの「ド」の音をピアノとヴァイオリンで弾いたとします。どちらも基音の振動数は同じです。しかし、ピアノの音には第2倍音、第3倍音が比較的強く含まれているのに対し、ヴァイオリンの音にはさらに高次の倍音までが豊かに含まれています。この**「倍音の含まれ方の違い(スペクトル構造の違い)」**が、それぞれの楽器特有の波形を生み出し、私たちの耳には異なる「音色」として認識されるのです。シンセサイザーは、この原理を積極的に利用し、基音と倍音の混ぜ方を電子的にコントロールすることで、現実には存在しない様々な音色を人工的に作り出しています。

【音の3要素のまとめ】

| 感覚的な要素 | 対応する物理量 | 物理的な意味 |

| :— | :— | :— |

| 高さ (Pitch) | 振動数 (Frequency) | 1秒あたりの振動回数 [Hz] |

| 大きさ (Loudness) | 振幅 (Amplitude) | 圧力・変位の最大変化量 [m], [Pa] |

| 音色 (Timbre) | 波形 (Waveform) | 倍音の含有率(スペクトル) |

このように、私たちの聴覚という主観的な世界は、物理学の客観的なものさしによって、見事に解き明かすことができるのです。

4. 可聴域と超音波

音の3要素の一つである「高さ」は、振動数に対応していました。しかし、人間が音として認識できる振動数には限界があります。高すぎても、低すぎても、私たちの耳には聞こえません。この人間が聞き取れる音の範囲を可聴域と呼び、その範囲外の音もまた、科学技術の分野で重要な役割を果たしています。

4.1. 可聴域 (Audible Range)

可聴域とは、人間の聴覚器が音として感知できる振動数の範囲のことです。

  • 範囲: 健康な若い人の可聴域は、一般的におよそ 20 Hz から 20,000 Hz (20 kHz) の間であるとされています。
  • 個人差と年齢による変化:この範囲には個人差があり、また、年齢と共に高音域の聴力が低下していくのが一般的です。特に、10代後半から20代を過ぎると、15 kHz 以上の非常に高い音が徐々に聞こえにくくなっていきます。いわゆる「モスキート音」と呼ばれる、若者にしか聞こえないとされる不快な高周波音(約17 kHz前後)は、この原理を利用したものです。
  • 他の動物との比較:人間の可聴域は、動物全体で見ると必ずしも広いわけではありません。
    • : 約 65 Hz ~ 50 kHz。人間には聞こえない高い音(犬笛など)を聞き取ることができます。
    • : 約 30 Hz ~ 65 kHz。ネズミなどが発する高周波音を捉えるのに適しています。
    • イルカ・コウモリ: 100 kHz をはるかに超える超音波を利用して、暗闇や水中でも周囲の状況を把握します(反響定位、エコーロケーション)。
    • : 人間には聞こえない、20 Hz 以下の非常に低い音(低周波音)を使って、長距離のコミュニケーションをとることが知られています。

4.2. 超音波 (Ultrasound)

超音波とは、人間の可聴域の上限(約 20 kHz)を超える、非常に高い振動数を持つ音波のことです。私たちには聞こえませんが、波としての性質(反射、屈折など)は通常の音波と全く同じです。しかし、その高い振動数ゆえに、いくつかの特有の利点を持ち、幅広い分野で応用されています。

超音波の性質と利点

  1. 指向性が高い(直進性が高い):波の回折(回り込み)は、波長が長いほど顕著に起こります。超音波は振動数 f が非常に高いため、波の基本式 v = fλ より、その波長 λ = v/f は極めて短くなります。波長が短い波は回折しにくく、光のように直進する性質が強くなります。これにより、超音波を特定の方向に集中させた、鋭い「ビーム」として利用することが可能です。
  2. 高いエネルギーを集中できる:波が運ぶエネルギーは、振幅の2乗と振動数の2乗に比例します (E ∝ A²f²)。超音波は振動数 f が非常に高いため、強力なエネルギーを小さな領域に集中させることができます。

超音波の応用例

これらの性質を利用して、超音波は以下のような様々な分野で活躍しています。

  • 医療分野:
    • 超音波診断装置(エコー検査): 体内に超音波ビームを送り込み、臓器や胎児の表面で反射してきた超音波(エコー)を捉えて、体内の様子を画像化します。X線のような被曝の心配がなく、安全な診断方法として広く用いられています。
    • 結石破砕治療: 体外から強力な超音波を照射し、そのエネルギーを腎臓結石などの一点に集中させて、メスを使わずに結石を粉砕する治療です。
  • 工業・技術分野:
    • ソナー (SONAR) と 魚群探知機: 水中に超音波を発射し、海底や魚群、潜水艦などから反射してくるまでの時間と方向を測定することで、その位置や形状を探知します。水中では電波がすぐに減衰してしまうため、音波(超音波)が利用されます。
    • 超音波洗浄機: 水や洗浄液の中に超音波を発生させ、無数の微細な気泡を生成・破裂させます(キャビテーション現象)。このときに生じる衝撃波を利用して、メガネのレンズやアクセサリー、精密部品の隙間の汚れを強力に剥がし取ります。
    • 非破壊検査: 金属材料やコンクリートの内部に超音波を透過させ、内部の亀裂や欠陥からの反射を調べることで、物を破壊せずにその健全性を検査します。

4.3. 低周波音 (Infrasound)

低周波音とは、人間の可聴域の下限(約 20 Hz)より低い振動数を持つ音波のことです。インフラサウンドとも呼ばれます。

  • 性質: 波長が非常に長く(空気中で17m以上)、回折しやすいため、障害物を回り込んで遠くまで伝わる性質があります。
  • 発生源: 火山の噴火、地震、大規模な爆発、オーロラ、風力発電の風車など、自然現象や巨大な人工物から発生します。
  • 影響: 人間には音として聞こえにくいですが、強い低周波音は、窓ガラスをガタガタと振動させたり、人体に圧迫感や不快感、吐き気などを引き起こしたりすることがあり、騒音問題となることもあります。

可聴域という人間の感覚的なものさしを基準とすることで、音波の世界が、私たちの知らない領域にまで広く深く広がっていることが分かります。

5. うなりの現象と公式の導出

二人の歌手が、全く同じ高さの音を完璧にユニゾンで歌っているとき、その響きは安定しています。しかし、片方の歌手の音程がほんの少しだけずれると、全体の音の大きさが「ワーン、ワーン、ワーン…」と、周期的に大きくなったり小さくなったりする現象が起こります。これがうなり (Beats) です。

うなりは、振動数がわずかに異なる二つの波が干渉した結果として生じる、音に特有の美しい現象です。楽器のチューニングなどにも応用される、このうなりのメカニズムと、その周期を決定する法則について学んでいきましょう。

5.1. うなりの現象とメカニズム

うなりとは、振動数がわずかに異なる二つの音波が重なり合ったときに、合成波の振幅が周期的に変化し、結果として音の大きさが周期的に変動して聞こえる現象のことです。

なぜ「うなり」が起こるのか?

うなりが発生する根本的な原因は、二つの波の位相差が、時間と共にゆっくりと変化していくためです。

  1. 二つの波源: 振動数 f₁ の音を出す音源Aと、それとはわずかに異なる振動数 f₂ の音を出す音源Bがあるとします。(例: f₁ = 100 Hz, f₂ = 102 Hz)
  2. 位相が揃う瞬間: ある時刻 t=0 で、二つの波がちょうど山と山で重なり合った(同位相になった)とします。この瞬間、二つの波は強めあい、非常に大きな音が聞こえます。
  3. 位相のズレの発生f₁ と f₂ の振動数が異なるため、次の周期からは、二つの波のタイミングが少しずつずれていきます。振動数が大きい f₂ の波の方が、f₁ の波よりも少しだけ速く振動するからです。
  4. 位相が逆になる瞬間: 時間が経つと、このわずかなズレが積み重なり、ついには一方の波が山を迎えるときに、もう一方が谷を迎える(逆位相になる)瞬間がやってきます。この瞬間、二つの波は弱めあい、音は非常に小さく(理想的にはゼロに)なります。
  5. 再び位相が揃う: さらに時間が経つと、ズレはさらに大きくなり、やがて f₂ の波が f₁ の波にちょうど1周期分だけ追いつき、再び山と山が重なる(同位相になる)瞬間がやってきます。ここで再び音は最大になります。

この「強めあい → 弱めあい → 強めあい」というサイクルが繰り返されることで、私たちは音の大きさの周期的な変動、すなわち「うなり」として知覚するのです。

5.2. うなりの振動数(1秒あたりの回数)

うなりを特徴づける最も重要な量は、「1秒間に何回、音の強弱が繰り返されるか」という、うなりの振動数 f_beat です。

結論から言うと、このうなりの振動数は、二つの音源の振動数の差の絶対値に等しくなります。

\[ f_{\text{beat}} = |f_1 – f_2| \]

例えば、f₁ = 100 Hz と f₂ = 102 Hz の音を同時に鳴らすと、

f_beat = |100 – 102| = 2 Hz

となり、1秒間に2回の「ワーン、ワーン」といううなりが聞こえます。

f₁ = 440 Hz (ラの音) と f₂ = 441 Hz の音であれば、

f_beat = |440 – 441| = 1 Hz

となり、1秒間に1回の、よりゆっくりとしたうなりが聞こえます。二つの音の振動数が近づくほど、うなりはゆっくりになります。そして、f₁ = f₂ となると、f_beat = 0 となり、うなりは完全に消滅します。

5.3. うなりの公式の導出

このシンプルな公式 f_beat = |f₁ - f₂| は、重ね合わせの原理と三角関数の和積公式を用いることで、数学的に証明することができます。

  1. 二つの波の式:簡単のため、振幅が同じ A で、ある点における二つの音波の変位を、y₁ = A \cos(2\pi f_1 t)y₂ = A \cos(2\pi f_2 t)とします。(cosで始めると後の式が見やすくなります)
  2. 重ね合わせ:合成波の変位 y は、y = y₁ + y₂ です。y = A(\cos(2\pi f_1 t) + \cos(2\pi f_2 t))
  3. 和積公式の適用:和積公式 cosα + cosβ = 2cos((α+β)/2)cos((α-β)/2) を用います。α = 2πf₁t, β = 2πf₂t とすると、y = A \left[ 2 \cos\left(\frac{2\pi f_1 t + 2\pi f_2 t}{2}\right) \cos\left(\frac{2\pi f_1 t – 2\pi f_2 t}{2}\right) \right]\[ y = \left[ 2A \cos\left(2\pi \frac{f_1 – f_2}{2} t\right) \right] \cos\left(2\pi \frac{f_1 + f_2}{2} t\right) \]
  4. 式の解釈:この式は、非常に重要な構造をしています。
    • cos(2π * (f₁+f₂)/2 * t) の部分: これは、振動数が (f₁+f₂)/2、すなわち二つの音の平均の振動数で振動する波を表しています。私たちの耳には、この平均の高さの音が聞こえます。
    • [2A cos(2π * (f₁-f₂)/2 * t)] の部分: この部分は、上記の波の振幅が、時間と共にゆっくりと変化することを示しています。この振幅の変化そのものが「うなり」の正体です。
  5. うなりの振動数の計算:うなりは「音の大きさ」の変動なので、振幅の絶対値 |2A cos(2π * (f₁-f₂)/2 * t)| が最大になるときに、音が最も大きく聞こえます。cos 関数の絶対値が最大になるのは、cos の値が +1 または -1 のときです。cos(θ) という関数は、1周期の間に2回、絶対値が最大になります(θ=0 で +1、θ=π で -1)。うなりの振幅変動を表す cos 関数の「中身の振動数」は、式の形から |(f₁-f₂)/2| であることが分かります。したがって、この cos 関数自体の振動回数は |(f₁-f₂)/2| [Hz] です。音が大きくなる回数は、その2倍になります。\[ f_{\text{beat}} = 2 \times \left| \frac{f_1 – f_2}{2} \right| = |f_1 – f_2| \]これにより、うなりの公式が厳密に証明されました。

5.4. うなりの応用:楽器のチューニング

うなりの現象は、楽器の調律(チューニング)に不可欠なツールとして利用されています。

例えば、ギターの弦をチューニングする際、まず基準となる音(音叉やチューナーの出す440Hzの「ラ」の音など)を鳴らします。そして、調整したいギターの弦を弾き、二つの音を同時に聞きます。

  • もし「ワーン、ワーン」といううなりが聞こえれば、二つの音の振動数がずれていることが分かります。
  • ギターのペグを回して弦の張力を調整し、うなりがどんどんゆっくりになっていくようにします。
  • 最終的に、うなりが完全に聞こえなくなったとき、二つの音の振動数が完全に一致した、つまりチューニングが合った、と判断できるのです。うなりは、人間の耳が二つの音の振動数のわずかな違いを、音の大きさのゆっくりとした変化として鋭敏に捉えることを可能にする、自然が生んだ巧妙な「検波器」なのです。

6. 弦の振動と固有振動

ギターを弾けば美しい音色が響き、ピアノの鍵盤を叩けば壮大な和音が生まれる。これらの音は、いったいどのようにして生み出されているのでしょうか。多くの楽器の発音原理の根底には、弦の振動と、それによって引き起こされる定常波の形成があります。

ピンと張られた弦は、単にランダムに震えているわけではありません。そこには、物理法則に支配された、特定のパターンを持つ安定した振動状態しか存在し得ないのです。この章では、弦の振動がなぜ定常波を生み出すのか、そして、その弦に許された特別な振動モードである固有振動について、その概念を学びます。

6.1. 弦の振動が定常波を生む理由

なぜ、弦を弾くと定常波ができるのでしょうか。そのメカニズムは、Module 4で学んだ定常波の形成メカニズムそのものです。

  1. 波の発生と伝播:ギターの弦を指で弾いたり、ピアノの弦をハンマーで叩いたりすると、その衝撃によって弦の上に波(横波)が発生します。この波は、弦の両端に向かって進行波として伝わっていきます。
  2. 両端での反射:弦の両端は、ギターのブリッジやナット、ピアノのフレームなどによって、固く固定されています。したがって、弦の端は固定端として機能します。弦を伝わってきた進行波は、この固定端に到達すると、固定端反射を起こします。このとき、波の位相は π (180°) ずれ、山は谷に、谷は山に反転して跳ね返されます。
  3. 入射波と反射波の重ね合わせ:その結果、弦の上には、
    • 一方の端に向かって進む入射波
    • 端で反射されて逆向きに戻ってくる反射波という、「同じ振幅、同じ波長を持ち、互いに逆向きに進む二つの波」が常に存在することになります。
  4. 定常波の形成:これら入射波と反射波が、重ね合わせの原理に従って干渉しあった結果、弦の上には、波形が移動しない定常波が形成されるのです。

つまり、弦の振動とは、本質的には**「弦という限られた空間の中に、反射によって閉じ込められた波が干渉して作り出す、安定した定常波のパターン」**と言うことができます。

6.2. 固有振動 (Natural Vibration / Normal Mode)

弦の上に定常波ができることは分かりましたが、どのような形の定常波でも自由に存在できるわけではありません。そこには、極めて厳しい制約が課せられています。

境界条件による束縛

その制約とは、弦の境界条件です。弦の両端 x=0 と x=L (Lは弦の長さ) は、固定端です。物理的に、固定端は動くことができません。

したがって、弦の上に存在する定常波は、**「両端 x=0 と x=L が、必ず定常波の『節』になる」**という条件を、絶対に満たさなければなりません。

この「両端が節」という境界条件が、まるでフィルターのように機能し、この条件を満たす特定の波長の定常波だけが存在を許されるのです。

固有振動の定義

このように、ある物体(この場合は弦)が、その形状や境界条件によって、特定のとびとびの振動数(と、それに対応する特定の振動パターン)でしか振動できないとき、その許された振動の一つ一つを、その物体の固有振動 (Normal Mode) と呼びます。

固有振動は、その物体が最も自然に、そして安定して振動できる「モード」です。外部からその振動数に合ったエネルギーが供給されると、物体は共振して非常に大きな振幅で振動します。

6.3. 弦の固有振動のパターン

では、具体的にどのようなパターンの固有振動が、長さ L の弦に許されるのでしょうか。

「両端が節」という条件を満たす最もシンプルな定常波の形から、順に考えていきましょう。

  • パターン1:最もシンプルな形両端以外には節がない、最もシンプルな形。弦全体が、一つの大きな「ループ」を描いて振動します。定常波のループ1個の長さは、元の進行波の波長の半分 λ/2 でした。したがって、このとき、弦の長さ L と波長 λ₁ の間には、 L = λ₁ / 2 という関係が成り立ちます。
  • パターン2:次にシンプルな形両端の他に、弦のちょうど中央にもう一つ節がある形。弦が二つのループを描いて振動します。ループ1個の長さは λ/2 なので、二つのループの全長は 2 × (λ₂/2)。これが弦の長さ L に等しいので、L = 2 × (λ₂ / 2) という関係が成り立ちます。
  • パターン3:さらに複雑な形弦が三つのループを描いて振動する形。L = 3 × (λ₃ / 2) という関係が成り立ちます。

このように、弦の固有振動は、弦の長さ L が、半波長 λ/2 のちょうど整数倍になるという条件を満たすものに限られるのです。この整数 n (n=1, 2, 3, …) を使って、この関係を一般的に表現することができます。

これが、次章で学ぶ「基本振動とn倍振動」の基本法則となります。

7. 基本振動とn倍振動

前章で、長さ L の弦に生じる定常波は、「両端が節になる」という境界条件によって、特定のパターン(固有振動)しか許されないことを見ました。この条件は、弦の上に存在できる波の波長、ひいては、その弦が発することのできる音の振動数に、極めて重要な制約を課します。

この章では、許された固有振動を、その振動数の観点から基本振動n倍振動に分類し、弦楽器が奏でる音の高さの原理を、数式を用いて解き明かしていきます。

7.1. 固有振動の波長と振動数

長さ L の弦に許される固有振動の条件は、

「弦の長さ L が、定常波の半波長 (λ/2) のちょうど整数倍になっていること」

でした。

この整数を n (n = 1, 2, 3, …) とすると、この条件は次のように数式で表せます。

\[ L = n \cdot \frac{\lambda_n}{2} \]

ここで、λ_n は、n 番目の固有振動に対応する波の波長です。

この式を λ_n について解くと、弦の上に存在できる波長の条件が得られます。

\[ \lambda_n = \frac{2L}{n} \quad (n = 1, 2, 3, \dots) \]

この式は、弦の波長が 2L2L/22L/32L/4, … という、とびとびの値しか取れないことを示しています。

次に、この波長の条件を、振動数の条件に変換してみましょう。

波の基本式 v = fλ より、振動数 f は f = v/λ で与えられます。ここで v は、弦を伝わる波の速さ(一定値)です。

したがって、n 番目の固有振動に対応する振動数 f_n は、

\[ f_n = \frac{v}{\lambda_n} = \frac{v}{2L/n} = n \cdot \frac{v}{2L} \]

この式が、弦の振動を支配する最も重要な結論です。

この式から、弦の固有振動数 f_n は、(v/2L) という基本となる振動数の、ちょうど整数 n 倍の値しか取れないことが分かります。

7.2. 基本振動 (Fundamental Vibration)

n=1 の場合が、最もシンプルで、最も低い振動数を持つ固有振動です。これを基本振動と呼びます。

  • 振動の形: 弦全体が、一つの大きなループ(腹が1つ)を描いて振動します。
  • 波長 (λ₁)L = 1 × (λ₁/2) より、λ₁ = 2L。波長は、弦の長さの2倍となります。
  • 振動数 (f₁): f₁ = 1 × (v/2L) = v/2L。この f₁ を基本振動数と呼びます。この基本振動数が、その弦が出す音の「高さ(音名)」を決定づけます。私たちが「ドの音」として認識するのは、この基本振動数が「ド」の振動数(約262Hzなど)になっている状態です。

7.3. n倍振動 (n-th Harmonic) と倍音 (Overtones)

n が2以上の整数に対応する固有振動を、総称してn倍振動と呼びます。

  • 振動の形: 弦が n 個のループ(腹が n 個)を描いて振動します。
  • 波長 (λ_n)λ_n = 2L/n。基本振動の波長の 1/n になります。
  • 振動数 (f_n)f_n = n × (v/2L) = n \cdot f₁。振動数は、基本振動数 f₁ のちょうど n 倍になります。
n名称ループ数波長 (λ_n)振動数 (f_n)
1基本振動12Lf₁ (基音)
22倍振動2L2f₁
33倍振動32L/33f₁
44倍振動42L/44f₁

倍音 (Overtones / Harmonics)

実際に弦を弾いたとき、弦の振動は、基本振動だけが単独で起こっているわけではありません。現実の弦の振動は、基本振動(f₁)を主成分として、その上に様々な強さのn倍振動(2f₁, 3f₁, 4f₁, ...)が同時に重なり合った、複雑な合成波となっています。

音楽の世界では、

  • 基本振動によって生じる音を基音 (fundamental tone) と呼びます。
  • n倍振動(n≥2)によって生じる、基音よりも高い音を倍音 (overtones) と呼びます。

この**「どの倍音が、どれくらいの強さの比率で含まれているか」が、その楽器の音色 (timbre)** を決定づけるのです。

例えば、弦の中央をそっと指で触れながら弾くと、中央が節になる振動、すなわち奇数倍振動(3倍振動、5倍振動など)は抑えられ、中央が腹になる偶数倍振動(2倍振動、4倍振動など)が強調されます。これにより、通常とは異なる澄んだ音色(ハーモニクス奏法)が得られます。

7.4. 結論:弦の音の量子化

弦の振動は、両端が節という境界条件によって、その振動数 f_n が n(v/2L) というとびとびの値しか取れない、という結論に至りました。

これは、物理学における量子化という概念の、最も古典的で分かりやすい一例です。エネルギーや物理量が、連続的な値を自由にとるのではなく、ある基本単位の整数倍のような、離散的な値に制限される、という考え方です。

ミクロな世界の量子力学では、原子内の電子のエネルギーなどが、このように量子化されていることが知られています。弦の振動を学ぶことは、そのような現代物理学の根幹をなす考え方への、第一歩とも言えるのです。

8. 弦を伝わる波の速さ

これまでの議論で、弦の固有振動数 f_n が、

\[ f_n = n \cdot \frac{v}{2L} \]

という式で与えられることが分かりました。この式は、弦楽器が奏でる音の高さを決定づける、極めて重要な関係式です。

この式を見ると、音の高さ f_n を決める要因は3つあることがわかります。

  1. n: 振動のモード(基本振動か、n倍振動か)。これは、主に音色に関係します。
  2. L: 弦の長さ。
  3. v: 波が弦を伝わる速さ

弦の長さ L は、ギターのフレットを押さえることで直接変えることができます。では、もう一つの重要な変数である、弦を伝わる波の速さ v は、一体何によって決まるのでしょうか。この v の値をコントロールできなければ、楽器のチューニングは不可能です。

この章では、弦を伝わる横波の速さを決定づける物理的要因を探り、それを数式で表現します。

8.1. 弦の速さを決める二つの要因:張力と線密度

感覚的に考えてみましょう。ギターの弦の音を高くしたい(振動数を上げたい)とき、演奏者は何を操作するでしょうか。

  • ペグを巻く: ペグを巻くと、弦がより強く張られ、音が高くなります。
  • 細い弦に交換する: ギターの1弦(最も細い)は、6弦(最も太い)よりもはるかに高い音が出ます。

この二つの操作は、それぞれ弦の物理的な性質である**「張力」と「太さ(質量)」**に対応しています。

弦を伝わる波の速さ v は、まさにこの二つの要因によって決まります。

  1. 張力 (Tension, S または T):弦がどれだけ強く、ピンと張られているかを示す力のことです。単位はニュートン [N]。張力 S が大きいほど、弦の復元力(元の直線状に戻ろうとする力)は強くなります。復元力が強いということは、媒質の一部の変位が、より素早く隣の部分に伝わることを意味します。したがって、張力 S が大きいほど、波の速さ v は速くなります。
  2. 線密度 (Linear Density, ρ または μ):弦の「太さ」や「重さ」を表す指標で、弦の単位長さあたりの質量として定義されます。単位はキログラム毎メートル [kg/m]。線密度 ρ が大きい(=弦が太くて重い)ほど、その弦を振動させるのは大変です。これは、弦の慣性が大きいことを意味します。慣性が大きい媒質では、振動が伝わるのにより多くの時間がかかります。したがって、線密度 ρ が大きいほど、波の速さ v は遅くなります。

8.2. メルデの公式

この張力 S と線密度 ρ の関係は、19世紀の物理学者フランツ・メルデの実験などにより、以下のシンプルな公式にまとめられています。

弦を伝わる横波の速さの公式(メルデの公式):

\[ v = \sqrt{\frac{S}{\rho}} \]

この式は、先ほどの定性的な考察と完璧に一致しています。

  • v は、S の正の平方根に比例する (v ∝ √S)。張力を4倍にすると、速さは2倍になる。
  • v は、ρ の正の平方根に反比例する (v ∝ 1/√ρ)。線密度を4倍にすると、速さは1/2になる。

この公式の厳密な導出は、大学レベルの力学(波動方程式の導出)を必要としますが、この関係性自体は、次元解析によってその妥当性を確認することができます。

  • S [N] = [kg・m/s²]
  • ρ [kg/m]
  • S/ρ の単位: [kg・m/s²] / [kg/m] = [m²/s²]
  • √(S/ρ) の単位: √[m²/s²] = [m/s]となり、これは速さ v の単位と一致します。

8.3. 弦の固有振動数の完全な記述

メルデの公式 v = √(S/ρ) を、弦の固有振動数の式 f_n = n(v/2L) に代入することで、弦の音の高さを決定するすべての物理的要因を一枚の式にまとめることができます。

\[ f_n = \frac{n}{2L}\sqrt{\frac{S}{\rho}} \]

この式は、弦楽器の設計と演奏の原理そのものです。

  • 音の高さを上げる(f_n を大きくする)には:
    • 弦の長さ L を短くする → ギターでフレットを押さえる。
    • 張力 S を大きくする → ギターやヴァイオリンのペグを巻いてチューニングする。
    • 線密度 ρ を小さくする → より細い弦を使う。

ピアノの内部を見ると、この原理が一目瞭然です。

  • 高音域の弦: 短く (L 小)、細く (ρ 小)、非常に高い張力 (S 大) で張られている。
  • 低音域の弦: 長く (L 大)、芯線に銅線などを巻きつけて重くしてあり (ρ 大)、張力は高音弦ほどではない。

ギタリストが演奏中に音程を微調整する「ベンド(チョーキング)」というテクニックは、フレットを押さえたまま弦を押し上げることで、弦の張力 S を瞬間的に増大させ、音程を滑らかに上げているのです。

このように、弦を伝わる波の速さを決める法則を理解することで、抽象的な固有振動数の式が、楽器を演奏するという具体的な物理的操作と、どのように直結しているのかが、明確に見えてくるのです。

9. 弦の共振・共鳴

これまでに、弦などの物体には、その形状や境界条件によって決まる、特定のとびとびの振動数を持つ固有振動が存在することを学びました。物体は、これらの固有振動数で最も「揺れやすい」性質を持っています。

一方、外部から周期的に力を加えて物体を強制的に振動させることもできます。このとき、外部から加える振動の振動数と、物体の固有振動数が偶然一致すると、非常に劇的な現象が起こります。それが共振 (resonance)、または共鳴です。

9.1. 共振の定義とメカニズム

共振とは、振動系(物体)が、その固有振動数と等しい振動数を持つ外力を受けたときに、非常に大きな振幅で振動する現象のことです。

なぜ振幅が大きくなるのか?

共振のメカニズムは、**「タイミングの良いエネルギーの供給」**と考えることができます。

最も分かりやすいアナロジーは、ブランコを漕ぐことです。

ブランコにも、その長さで決まる固有の揺れの周期(固有振動数)があります。

  • 共振する場合: ブランコが揺れの最高点から戻ってくる、まさにそのタイミングに合わせて、背中を「えいっ」と押してあげると、ブランコの揺れ(振幅)はどんどん大きくなっていきます。加える力の位相が、ブランコの揺れの位相と常に合っているため、加えたエネルギーが効率よく運動エネルギーとして蓄積されていくのです。
  • 共振しない場合: 全く無関係な、ちぐはぐなタイミングでブランコを押しても、揺れは大きくなるどころか、むしろ止まってしまうことさえあります。これは、加える力の位相がブランコの揺れの位相と合っていないため、エネルギーがうまく伝わらなかったり、むしろ揺れを打ち消す方向に力が働いたりするためです。

共振とは、この「タイミングの良い力添え」が、波や振動の世界で起こっている現象なのです。外部からの周期的な力が、物体の固有振動の位相とぴったり同期することで、一回ごとの振動で供給されるわずかなエネルギーが、サイクルを重ねるごとに着実に積み重なり、結果として巨大な振幅を生み出すのです。

9.2. 弦における共振の実験

弦の共振は、**モノコード(単弦琴)**と呼ばれる実験装置や、音叉を使って簡単に実演することができます。

【実験設定】

  1. モノコードの弦を、特定の張力で張る。これにより、弦の固有振動数 f_n = (n/2L)√(S/ρ) が決まる。
  2. 振動数が分かっている音叉(例えば 440 Hz)を用意し、叩いて振動させる。
  3. 振動している音叉の柄の部分を、モノコードの駒や胴体に接触させる。

【起こる現象】

  • 共振しない場合: 音叉の振動数 f_fork が、弦のどの固有振動数 f_n とも一致しない場合、弦には音叉の振動が伝わりますが、その揺れは非常に小さいままです。
  • 共振する場合: モノコードの弦の長さ L や張力 S を調整して、弦の固有振動数 f_n のいずれか一つ(例えば基本振動数 f₁)が、音叉の振動数 f_fork とぴったり一致するようにします。すると、それまでほとんど揺れていなかった弦が、まるで魔法にかかったかのように、突然、目に見えるほど大きな振幅で振動を始めます。弦の上には、f_n に対応する美しい定常波(例えば n=1 ならループ1つの基本振動)が現れます。これは、音叉からの周期的な振動エネルギーが、弦の「揺れたい」タイミングと完璧に同期し、効率よく弦に吸収・蓄積された結果です。

この実験は、弦に「固有振動数」という、その弦に固有の「好きな揺れ方」が存在することを、明確に示しています。

9.3. 共鳴:音における共振

特に、音波に関する共振現象は、共鳴 (acoustic resonance) と呼ばれることがあります。本質的には同じ現象です。

  • 共鳴箱 (Resonance Box):音叉を単独で鳴らしても、その音はあまり大きくありません。音叉自体が空気を振動させる面積が小さいからです。しかし、振動している音叉を、片方が開いた木箱(共鳴箱)の口に近づけると、音が劇的に大きくなります。これは、共鳴箱の内部の空気柱には、その長さで決まる固有振動数があります(これは次章の「気柱の共鳴」で詳しく学びます)。音叉の振動数が、この空気柱の固有振動数と一致すると、箱の中の空気が共鳴して激しく振動し、大きな音波となって放射されるのです。

9.4. 共振の重要性と危険性

共振は、エネルギーを特定の振動モードに効率よく増幅・集中させるための、非常に重要な物理原理です。

  • 有益な応用:
    • 楽器: ギターのボディやヴァイオリンの胴体は、弦の振動と共鳴することで、豊かな音量と音色を生み出す「共鳴箱」です。
    • ラジオ・テレビの同調回路: 特定の放送局の電波(特定の周波数の電磁波)だけを受信できるのは、受信機内部の電気回路の固有振動数(共振周波数)を、放送局の周波数に合わせる(同調させる)ことで、その電波だけを強力に増幅しているからです。
    • 電子レンジ: マイクロ波という電磁波の振動数を、水分子の固有振動数に合わせることで、食品中の水分子を共振させて激しく振動させ、その運動エネルギー(熱)で食品を温めています。
  • 危険な側面:一方で、意図しない共振は、巨大な破壊を引き起こすこともあります。
    • タコマナローズ橋の崩壊 (1940年): アメリカのタコマナローズ橋が、建設からわずか4か月後、比較的穏やかな風(カルマン渦による周期的な力)によって引き起こされた共振で、ねじれるように振動し、最終的に崩壊した事件は、共振の恐ろしさを物語る最も有名な例です。
    • 地震と建物の共振: 地震の揺れの周期(振動数)と、建物の固有振動数が一致すると、建物は非常に大きく揺れ、倒壊に至る危険性が高まります。現代の耐震・免震設計では、この共振をいかに避けるかが重要な課題となっています。

共振は、波や振動が持つエネルギーの側面を、最も劇的な形で私たちに見せてくれる現象なのです。

10. ギターやピアノの発音の原理

これまでのモジュールで学んできた、波の性質、重ね合わせ、定常波、固有振動、共振といった、一見すると抽象的だった物理の概念。これらすべてが、一つの美しいハーモニーを奏でる舞台が、私たちに馴染み深い楽器、ギターピアノです。この章では、これまでの知識を総動員して、これらの楽器がどのようにして音を生み出し、その音を豊かに響かせているのか、その物理的な発音の原理を解き明かしていきます。

10.1. 弦楽器の音の源泉:弦の固有振動

ギターもピアノも、その音の最も基本的な源は、ピンと張られた弦 (string) の振動です。

  1. 音の発生:指で弾く(ギター)か、ハンマーで叩く(ピアノ)ことで、弦に初期の変位とエネルギーが与えられます。
  2. 定常波の形成:このエネルギーは、波として弦の両端を往復し、固定端反射を繰り返します。その結果、入射波と反射波の干渉によって、弦の上には定常波が形成されます。
  3. 音の高さ(音程)の決定:弦の両端は固定されているため、そこに存在できる定常波は、両端が節となる固有振動に限られます。その固有振動数 f_n は、以下の式で与えられました。\[ f_n = \frac{n}{2L}\sqrt{\frac{S}{\rho}} \quad (n = 1, 2, 3, \dots) \]実際に聞こえる音の基本的な高さ(基音)は、n=1 の基本振動数 f₁ によって決まります。

10.2. ギターの発音原理:三要素の巧みなコントロール

ギターは、この f₁ = (1/2L)√(S/ρ) という式に含まれる3つの物理量 LSρ を、演奏者が巧みにコントロールすることで、多彩なメロディを奏でる楽器です。

  • 弦の長さ L のコントロール:ギターのネックに打たれた金属の棒フレットは、弦の有効な長さを変えるためのものです。指で特定のフレットを押さえると、そこが新たな固定端(節)となり、振動する弦の長さ L が短くなります。式から分かるように、L が短くなるほど、基本振動数 f₁ は高くなります。これにより、一つの弦で様々な高さの音階を演奏することが可能になります。
  • 張力 S のコントロール:ヘッドにある**ペグ(糸巻き)**は、弦の張力 S を調整するためのものです。演奏前に行うチューニングでは、ペグを回して各弦の張力を精密に調整し、それぞれの弦の基本振動数が、定められた音の高さ(E, A, D, G, B, E)になるように合わせ込みます。張力 S を高くするほど、f₁ は高くなります。
  • 線密度 ρ の選択:ギターには、通常6本の弦が張られていますが、その太さはすべて異なります。高音を担当する1弦、2弦は細く(ρ が小さい)、低音を担当する5弦、6弦は太く(ρ が大きい)なっています。式から分かるように、線密度 ρ が小さい(細い)ほど、f₁ は高くなります。異なる太さの弦を複数用意することで、楽器全体の音域を広げているのです。

音量と音色を生み出す「共鳴箱」

弦だけの振動では、空気を震わせる力が弱く、非常に小さな音しか出ません。アコースティックギターの豊かな音量と音色は、ボディ(胴体)が果たす共鳴箱としての役割によって生まれます。

  1. 弦の振動は、ブリッジサドルを通じて、ギターの木製のボディ(特にトップ板)に伝達されます。
  2. ボディには、その形状や材質によって決まる、複雑な固有振動数があります。弦の振動(基音+倍音)に含まれる様々な振動数成分のうち、ボディの固有振動数と近いものが共鳴し、ボディ全体が大きく振動します。
  3. さらに、ボディ内部の空洞(空気)もまた、特定の振動数で共鳴します(ヘルムホルツ共鳴)。
  4. このボディと内部空気の大きな振動が、広い面積で効率よく周囲の空気を振動させ、結果として豊かで大きな音が外部に放射されるのです。弾かれた弦の振動(一次振動)が、共鳴箱(二次振動)を介して、最終的な音波(三次振動)へと変換されていく。これがアコースティック楽器の基本原理です。ボディの材質や形状、内部の力木の構造などが、ギター一本一本の個性的な「音色」を決定づけているのです。

10.3. ピアノの発音原理:精密な設計の集合体

ピアノは、88個の鍵盤それぞれが独立した「弦楽器」のセットであると考えることができます。その発音原理もギターと共通していますが、スケールと精密さにおいて、より高度な工学技術の結晶となっています。

  • 音の高さの決定:ピアノの音程は、演奏者がリアルタイムで変えることはできません。その代わり、88の各音に対応する弦が、あらかじめ完璧にチューニングされています。
    • 長さ L: 高音弦は非常に短く、低音弦は2メートルを超える長さになります。
    • 線密度 ρ: 高音弦は細い鋼線ですが、低音弦は太い芯線に銅線を密に巻きつけることで、非常に大きな線密度を持たせています。これにより、限られた筐体サイズの中でも、非常に低い音を出すことを可能にしています。
    • 張力 S: すべての弦が、極めて高い張力(1本あたり約90kg重、ピアノ全体では約20トン重にもなる)で、頑丈な金属フレームに張られています。
  • 音量と音色を生み出す「響板」:ピアノにおける共鳴箱の役割を果たすのが、**響板(サウンドボード)**と呼ばれる、グランドピアノの底に広がる大きな木の板です。
    1. 鍵盤を押すと、内部の複雑なアクション機構を介して、フェルトで覆われたハンマーが対応する弦を叩きます。
    2. 弦の振動は、ブリッジを通じて、この広大な響板に伝わります。
    3. 響板が、弦の振動と共鳴してしなやかに振動し、その広い面積で空気を力強く押し引きします。
    4. これにより、弦の微細な振動が、コンサートホールを満たすほどの、豊かで深みのある壮大な音響へと変換されるのです。ピアノの音色の華やかさや深みは、この響板の材質や設計に大きく依存しています。

ギターもピアノも、その心臓部にあるのは f_n = (n/2L)√(S/ρ) という、弦の振動を支配する一つの物理法則です。物理学の原理を理解することは、人類が生み出した最も美しい芸術の一つである音楽が、いかにして成り立っているのか、その構造的な美しさを解き明かす鍵となるのです。

Module 5:音波の性質 の総括:物理法則が奏でる音楽

本モジュール「音波の性質」を通じて、私たちは、波動という物理学の舞台の上で、最も身近な俳優の一人である「音」が、いかに多彩で、いかに奥深い演技を見せるかを探求してきました。それは、抽象的な物理法則が、私たちの聴覚という感性の世界と直接手を取り合う、刺激的な体験でした。

私たちはまず、音の正体が空気の圧力の波、すなわち「疎密波」という縦波であるという、その物理的な本質に迫りました。そして、音の速さが媒質の種類や温度という環境によって決まり、私たちが音から受け取る「高さ」「大きさ」「音色」という感覚が、それぞれ波の「振動数」「振幅」「波形」という客観的な物理量と見事に対応していることを学びました。これは、主観的な世界が、物理法則という普遍的な言語で記述可能であることを示す、力強い証拠です。

さらに、わずかに振動数の異なる音が作り出す「うなり」という干渉現象や、人間の聴覚の限界を示す「可聴域」といった、音にまつわる特有の現象にも光を当てました。

モジュールの後半では、音を生み出す具体的なメカニズムとして「弦の振動」に焦点を当てました。弦の両端が固定されているという境界条件が、そこに生まれる定常波の形を「固有振動」という特別なパターンに限定すること、そしてその振動数が、弦の長さ、張力、太さという3つの物理量によって決定づけられることを見出しました。この f_n = (n/2L)√(S/ρ) という一つの式が、ギターやピアノといった楽器の構造そのものと、演奏という行為の根底にある物理原理を支配しているのです。最後に、弦の微かな振動が、共鳴という現象を介してボディや響板を震わせ、豊かで大きな音響へと昇華されていくプロセスを追体験しました。

このモジュールを終えた今、あなたの耳に届く音楽は、もはや単なるメロディやリズムの連なりではないかもしれません。それは、物理法則が厳密に支配する固有振動のハーモニーであり、共鳴が紡ぎ出す音響エネルギーの流れです。物理学のレンズを通して世界を見ることは、このように、芸術の中に潜む構造的な美しさを発見し、私たちの日常体験をより深く、より豊かなものへと変えてくれるのです。

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