【基礎 物理(波動)】Module 8:光の性質と幾何光学

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本モジュールの目的と構成

これまでのモジュールで、私たちは「波」という普遍的な現象を支配する法則を探求してきました。本モジュールでは、その探求の光を、数ある波動の中でも最も身近で、最も根源的な存在である**「光」**そのものに当てていきます。光とは一体何なのか? この問いは、古代ギリシャの哲学者から現代の物理学者まで、人類の知性を魅了し続けてきた深遠なテーマです。

このモジュールは、光の物語を二つの側面から描き出します。前半では、光の正体を巡るニュートンとホイヘンスの歴史的な対立、「粒子」と「波動」という二つの描像の変遷を辿り、光の基本的な性質を再確認します。後半では、視点を絞り、光の波動性を一旦脇に置き、「光は直進する線(光線)である」というシンプルかつ強力なモデル、幾何光学 (Geometrical Optics) の世界を探検します。このモデルがいかにして、レンズによる像の形成や、私たちの眼を拡張する驚くべき道具(カメラ、顕微鏡、望遠鏡)の動作原理を見事に説明するかを解き明かしていきます。

この光を巡る知の旅は、以下の論理的なステップで構成されています。

  1. 光の正体を巡る物語: 光は「粒子」か「波」か。科学史を揺るがしたこの大論争の歴史的変遷を辿り、光が持つ二面性の深淵に触れます。
  2. 光の基本動作: 幾何光学の基礎となる光の3つの基本性質、すなわち「直進」「反射」「屈折」を、光線モデルの観点から再定義します。
  3. 宇宙の最高速度: あらゆるものの速度の上限である「光速」の絶対性と、媒質中での速度低下、そしてそれを司る屈折率の関係を学びます。
  4. 見かけの距離(光路長): 波としての光の位相を考える上で不可欠な「光路長」という概念を導入し、幾何学的な距離との違いを明確にします。
  5. レンズの基本語彙: 幾何光学の主役である「レンズ」を理解するための基本用語、特に光を集散させる点である「焦点」と、その能力を示す「焦点距離」を定義します。
  6. 凸レンズが描く世界: 物を集め、像を結ぶ「凸レンズ」が、物体の位置に応じて、いかにして多彩な像(実像・虚像)を創り出すかを、作図を通して体系的に学びます。
  7. 凹レンズが描く世界: 常に物を縮小して見せる「凹レンズ」による結像の性質を理解します。
  8. レンズの法則(写像公式): レンズによる結像の振る舞いを、一つの普遍的な数式「レンズの公式」として導出します。
  9. 像の大きさ(倍率): 結ばれた像が、元の物体に対してどれくらいの大きさになるかを示す「倍率」の公式を学びます。
  10. 眼の拡張(光学機器): 最後に、これらすべての知識を総動員し、カメラ、顕微鏡、望遠鏡といった、人類の視覚を革命的に拡張してきた光学機器が、いかなる物理原理に基づいているのかを解明します。

このモジュールを終えるとき、あなたは、レンズの向こうに見える世界が、単なる偶然の産物ではなく、光線の幾何学という厳密な法則によって支配された、秩序ある物理現象であることを理解しているはずです。それは、日常の風景や光学機器の仕組みの背後に、物理学の論理的な美しさを見出す、新たな「眼」を手に入れる体験となるでしょう。

目次

1. 光の粒子説と波動説の歴史的変遷

「光」とは何か。この根源的な問いに対する答えは、科学の歴史と共に大きく揺れ動いてきました。光の正体を、小さな粒子の流れと考える粒子説 (corpuscular theory) と、空間を伝わる波と考える波動説 (wave theory)。この二つの描像は、17世紀以来、物理学における最も偉大な知性たちを巻き込み、数百年にわたる壮大な論争を繰り広げました。この歴史的変遷を辿ることは、光が持つ驚くべき二面性を理解し、現代物理学の扉を開くための鍵となります。

1.1. 17世紀:ニュートン vs. ホイヘンスの対立

光の本質を巡る最初の大きな対立は、17世紀後半、物理学の二人の巨人、アイザック・ニュートンとクリスティアーン・ホイヘンスの間で繰り広げられました。

ニュートンの「粒子説」

万有引力の法則や運動の法則を確立し、古典力学の体系を築き上げたアイザック・ニュートン (Isaac Newton) は、光の正体を**「光源から高速で放出される、微小な粒子の流れ(光の微粒子、corpuscle)」**であると考えました。

  • 粒子説の利点:
    • 直進性: 粒子が高速で直進することは、物体の影がはっきりとできるという、光の直進性を説明するのに非常に好都合でした。
    • 反射: 光が鏡で反射する現象は、壁で跳ね返るボールのように、粒子の弾性衝突として容易に説明できました。
    • 分散: ニュートンは、プリズムが白色光を虹色のスペクトルに分ける「分散」を発見しました。彼はこれを、光の粒子には「色」に応じた種類があり、媒質(ガラス)との相互作用の仕方が粒子ごとに異なるため、屈折する角度が変わるのだと説明しました。
  • 粒子説の困難:粒子説の最大の弱点は、屈折の説明でした。光が空気中から水中に進むと、法線に近づくように曲がります。ニュートンはこれを、水の粒子が光の粒子に引力を及ぼし、水面に垂直な方向の速度成分を増加させるためだと説明しました。このモデルでは、光は水中の方が空気中よりも速く進む、と予測されることになります。これは、後の実験事実と矛盾する、致命的な欠陥でした。

ニュートンの絶大な権威もあって、18世紀を通じて、粒子説は学界の主流な考え方として広く受け入れられました。

ホイヘンスの「波動説」

一方、ニュートンと同時代に活躍したオランダの物理学者クリスティアーン・ホイヘンス (Christiaan Huygens) は、光を**「エーテル (aether)」と呼ばれる、宇宙空間に満ち満ちていると仮定された謎の媒質を伝わる、一種の「波」**であると考えました。

  • 波動説の利点:
    • 反射・屈折: ホイヘンスは、自らが提唱したホイヘンスの原理を用いて、反射の法則 (i=r) と屈折の法則(スネルの法則)が、波の性質から見事に導き出せることを幾何学的に証明しました。特に、屈折の説明において、波動説は、光は水中の方が空気中よりも遅く進む、と正しく予測しました。
    • 干渉・回折の示唆: 波であれば、重なり合って強めあったり弱めあったりする「干渉」や、障害物の背後に回り込む「回折」といった現象が起こるはずです。ホイヘンスの時代には、これらの現象は明確には観測されていませんでしたが、波動説はそれらの存在を予言していました。
  • 波動説の困難:
    • 直進性: 当時、波としてよく知られていた水面波や音波は、障害物の背後に容易に回り込みます。光がなぜ波であるのに、かくも鋭い影を作るのか(直進性が高いのか)、という問いに、ホイヘンスはうまく答えることができませんでした。
    • エーテルの謎: 光が波であるなら、それを伝える媒質があるはずです。ホイヘンスは、真空の宇宙空間を光が伝ってくる事実を説明するために、エーテルという仮説的な媒質を導入しましたが、その存在を証明することはできませんでした。

1.2. 19世紀:波動説の決定的勝利

論争の潮目が大きく変わったのは、19世紀初頭のことです。イギリスの物理学者トマス・ヤング (Thomas Young) が、波動説の正しさを証明する、決定的な実験を行いました。

  • ヤングの干渉実験 (1801年):ヤングは、一つの光源から出た光を、二つの非常に接近したスリット(複スリット)に通し、その先のスクリーンに映る模様を観察しました。もし光が粒子であれば、スクリーンにはスリットの形に対応する二本の明るい線が現れるだけのはずです。しかし、実際に観測されたのは、明るい線と暗い線が交互に並んだ、鮮やかな縞模様でした。これは、二つのスリットを通過した光が、波として互いに干渉し、強めあう場所(明線)と弱めあう場所(暗線)を作り出したことの、動かぬ証拠でした。

ヤングの実験に続き、フランスのオーギュスタン・ジャン・フレネル (Augustin-Jean Fresnel) は、光の回折現象を数学的に定式化し、波動説の理論的な基盤を固めました。さらに、19世紀半ばには、イポリート・フィゾー (Hippolyte Fizeau) やレオン・フーコー (Léon Foucault) が、水中での光速を直接測定し、それが空気中よりも遅いことを実験的に確認しました。これは、ニュートンの粒子説の予測を完全に覆すものでした。

そして、1864年、ジェームズ・クラーク・マクスウェル (James Clerk Maxwell) が、電磁気学の基本法則(マクスウェル方程式)を確立し、その方程式から、電場と磁場の波(電磁波)が真空中を伝わる速さが、当時知られていた光速の値と驚くほどよく一致することを理論的に導き出しました。これにより、光は電磁波の一種であることが明らかになり、波動説は盤石の地位を築いたかに見えました。

1.3. 20世紀:量子力学による革命と二重性

しかし、物理学の物語は、単純な結末では終わりませんでした。19世紀末から20世紀初頭にかけて、波動説では説明できない、いくつかの不可解な現象が発見されます。

  • 光電効果: 金属に特定の振動数以上の光を当てると、電子(光電子)が飛び出してくる現象。光の明るさ(強度)ではなく、振動数(色)が電子の飛び出すエネルギーを決める、という奇妙な性質は、光のエネルギーが波として連続的に分布していると考えると説明できませんでした。
  • 黒体放射: 高温の物体が放出する光のスペクトル分布が、当時の電磁気学の理論と一致しませんでした。

これらの謎を解き明かしたのが、マックス・プランク (Max Planck) の量子仮説と、それを光に適用したアルベルト・アインシュタイン (Albert Einstein) の光量子仮説 (1905年) でした。

  • 光量子仮説:アインシュタインは、光は波として伝播するが、物質と相互作用する(吸収・放出される)際には、あたかも**E = hf** (hはプランク定数, fは振動数)というエネルギーを持つ、**粒子のような塊(光量子、後に光子 photon と呼ばれる)**として振る舞う、と提唱しました。

この考え方は、光電効果を見事に説明し、アインシュタインにノーベル物理学賞をもたらしました。光は、再び「粒子」としての顔を取り戻したのです。

1.4. 結論:光の波動と粒子の二重性

では、光は結局、波なのでしょうか、粒子なのでしょうか。

現代物理学(量子力学)が与える答えは、**「光は、波と粒子の両方の性質を併せ持つ、二重性 (duality) を備えた存在である」**というものです。

  • 伝播するとき(空間を進むとき)は、干渉や回折といった波としての性質を示す。
  • 物質と相互作用するとき(エネルギーをやり取りするとき)は、光電効果のように粒子としての性質を示す。

どちらの性質が顕著に現れるかは、観測の仕方や実験の状況に依存します。この奇妙で、しかし根源的な「波動と粒子の二重性」は、光だけでなく、電子や原子といった、すべての物質が持つ基本的な性質であることが、後の研究で明らかになりました。

私たちがこれから学ぶ幾何光学は、このうち光の「直進性」という粒子的な側面を極端に単純化したモデルであり、続く干渉や回折のモジュールでは、光の「波動性」を詳しく見ていくことになります。この歴史的な背景を理解しておくことは、光という存在の多面的で豊かな姿を、より深く味わうための素晴らしいガイドとなるでしょう。

2. 光の直進性、反射、屈折

光の正体を巡る歴史的な議論は、最終的に量子力学的な「二重性」へと行き着きました。しかし、私たちの日常生活や、レンズや鏡といった身近な光学機器の振る舞いを理解する上では、そこまで複雑な描像は必ずしも必要ありません。多くの場合、光を**「光線 (ray)」**という、エネルギーを運んでまっすぐに進む線として扱う、非常にシンプルで強力なモデルで十分です。

この光線モデルを基礎とする物理学の分野を幾何光学 (geometrical optics) と呼びます。幾何光学は、光の波動としての性質(回折や干渉)が無視できるような、波長に比べて十分に大きなスケールの現象を扱います。この章では、幾何光学の三つの基本法則である、光の直進性、反射の法則、屈折の法則を、光線という観点から再確認します。

2.1. 光の直進性 (Rectilinear Propagation of Light)

光の直進性とは、一様で均質な媒質中を、光はまっすぐに進むという性質です。

  • 光線モデルの根幹: この性質こそが、光を「光線」という矢印で表現することを正当化する、幾何光学の最も基本的な公理(出発点)です。
  • 日常的な証拠:
    • : 物体の後ろに、その形に沿ったはっきりとした影ができるのは、光が障害物を避けて回り込むことなく、まっすぐに進むからです。
    • 木漏れ日: 森の中で、木々の隙間から太陽の光が、筋となってまっすぐに差し込んでいる光景は、光の直進性を詩的に示しています。
    • ピンホールカメラ: 小さな穴(ピンホール)を通った光が、反対側のスクリーンに倒立した像を結ぶのは、被写体の各点から出た光が、ピンホールを通過してまっすぐにスクリーンに到達するためです。
  • 波動光学からの解釈:厳密には、光は波であるため、常に回折(回り込み)を起こしています。しかし、可視光の波長(約400~700 nm)は、私たちの身の回りにある物体や隙間に比べて極めて短いため、回折の効果はほとんど無視でき、あたかも完全に直進しているかのように振る舞うのです。幾何光学は、この**「波長がゼロ (λ→0)」という極限**における、光の近似的な振る舞いを扱っている、と見なすことができます。

2.2. 光の反射 (Reflection of Light)

光の反射とは、光がある媒質から別の媒質の境界面に当たったとき、その一部または全部が、元の媒質中にはね返る現象です。

幾何光学では、この現象を光線モデルを用いて、反射の法則として記述します。

反射の法則:

  1. 入射光線、反射光線、および法線は、同一平面上にある。
  2. 入射角 i と反射角 r は等しい (i = r)

この法則は、Module 3で学んだ波の反射法則と全く同じですが、ここでは「波面」ではなく「光線」という言葉で表現されている点が異なります。光線は波面に垂直であるため、両者は数学的に等価な内容を記述しています。

  • 応用:鏡、潜水艦の潜望鏡、反射望遠鏡など、光の進む向きを制御するあらゆる光学機器の基本原理となっています。また、鏡面反射と乱反射の区別も、幾何光学の枠組みで明確に説明されます。平滑な面では、平行な入射光線群は、反射後も平行を保ちますが、凹凸のある面では、各点での法線の向きが異なるため、反射光線群は四方八方に散らばります。

2.3. 光の屈折 (Refraction of Light)

光の屈折とは、光がある媒質から、屈折率の異なる別の媒質へ斜めに入射するとき、境界面でその進行方向を変える現象です。

この現象もまた、光線モデルを用いて、**屈折の法則(スネルの法則)**として記述されます。

屈折の法則(スネルの法則):

  1. 入射光線、屈折光線、および法線は、同一平面上にある。
  2. 媒質1(屈折率 n₁)から媒質2(屈折率 n₂)へ光が進むとき、入射角 i と屈折角 r の間に、以下の関係が成り立つ。\[ n_1 \sin i = n_2 \sin r \]または、\[ \frac{\sin i}{\sin r} = \frac{n_2}{n_1} = n_{12} \]

この法則も、波の屈折法則と全く同じです。光線が法線に対してどちらに曲がるかは、二つの媒質の屈折率の大小関係によって決まります。

  • 屈折率の小さい媒質 → 大きい媒質 (n₁ < n₂): i > r となり、光線は法線に近づく
  • 屈折率の大きい媒質 → 小さい媒質 (n₁ > n₂): i < r となり、光線は法線から遠ざかる
  • 応用:レンズは、屈折の法則を巧みに利用して、光線を集めたり(収束)、広げたり(発散)する光学素子です。レンズの湾曲した表面に入射した平行な光線群が、屈折の法則に従って曲げられ、一点(焦点)に集まる、あるいは一点から発散するように進むことで、像の形成や拡大といった機能を実現します。メガネ、虫眼鏡、カメラ、顕微鏡、望遠鏡など、私たちの視覚を助ける機器のほとんどが、この屈折の法則を動作原理としています。

幾何光学は、これら三つの非常にシンプルな法則だけを武器に、驚くほど多様で複雑な光学系の振る舞いを、作図と簡単な計算によって予測し、設計することを可能にします。それは、物理学における「優れたモデル化」の力を示す、輝かしい一例なのです。

3. 真空中の光速と媒質中の光速

光の速さ、すなわち光速 (speed of light) は、単に「とても速い」というだけでなく、現代物理学の根幹をなす、極めて特別な意味を持つ物理定数です。特に、真空中の光速 c は、アインシュタインの特殊相対性理論において、自然界における情報伝達の最高速度であり、観測者の運動状態によらず常に一定であるという、驚くべき性質を持つことが示されています。

一方で、光が水やガラスといった媒質の中を進むとき、その速さは真空中よりも遅くなります。この章では、真空中の光速と媒質中の光速の関係、そしてその歴史的な測定の道のりについて探ります。

3.1. 真空中の光速 c:宇宙の最高速度

真空中の光速は、物理定数として記号 c で表されます。その値は、国際単位系(SI)において、正確に 299,792,458 m/s と定義されています。これは測定値ではなく、1983年以降、「メートル」という長さの単位そのものが、この c の値と「秒」の定義から逆に定められているため、定義上、誤差のない正確な値となります。

日常的な計算や高校物理の問題では、しばしば以下の近似値が用いられます。

\[ c \approx 3.0 \times 10^8 , \text{m/s} \]

これは、1秒間に地球を7周半する、あるいは太陽から地球まで約8分19秒で到達する、途方もない速さです。

c の不変性

特殊相対性理論の中心的な要請の一つが、光速不変の原理です。これは、**「真空中の光速 c は、いかなる慣性系(等速直線運動する観測者)から見ても、常に同じ値である」**というものです。

例えば、光速の90%の速さ (0.9c) で飛ぶ宇宙船から、前方に懐中電灯の光を発射したとしても、その光の速さは、静止している観測者から見ても、宇宙船に乗っている観測者から見ても、0.9c + c = 1.9c にはならず、厳密に c となります。

この常識に反する事実は、時間と空間が、観測者の運動状態によって伸び縮みするという、革命的な時空観をもたらしました。

3.2. 媒質中の光速 v と屈折率 n

光が空気、水、ガラスといった物質(媒質)の中を進むとき、その速さ v は真空中の光速 c よりも遅くなります。この速度低下の度合いを示す指標が、Module 6でも学んだ絶対屈折率 n です。

絶対屈折率 n は、真空中の光速 c と、媒質中の光速 v の比として定義されます。

\[ n = \frac{c}{v} \]

この式を変形すると、媒質中の光速 v は、

\[ v = \frac{c}{n} \]

と表せます。

物質の屈折率 n は常に 1 以上であるため (n ≥ 1)、媒質中の光速 v は常に c 以下 (v ≤ c) となります。

  • :
    • 水の屈折率は約 n=1.33 です。水中での光速 v_water は、v_water = c / 1.33 ≈ (3.0 \times 10^8) / 1.33 ≈ 2.26 \times 10^8 m/sとなり、真空中の約75%の速さにまで低下します。
    • ダイヤモンドの屈折率は約 n=2.42 と非常に大きいため、その中での光速 v_diamond は、v_diamond = c / 2.42 ≈ 1.24 \times 10^8 m/sとなり、真空中の半分以下の速さになります。

なぜ光は媒質中で遅くなるのか、その物理的な本質は、Module 8-4で触れたように、光(電磁波)が媒質中の原子と相互作用し、吸収と再放出を繰り返すため、見かけの伝播速度が遅くなる、という描像で説明されます。

3.3. 光速測定の歴史

光速が有限であることは、古くはガリレオ・ガリレイも測定を試みましたが、そのあまりの速さから成功しませんでした。光速の測定は、科学技術の発展の歴史そのものであり、数々の ingenious なアイデアによって、その精度が高められてきました。

天文学的な測定

  • オーレ・レーマー (1676年):デンマークの天文学者レーマーは、木星の衛星イオの食(イオが木星の影に入る現象)の周期を観測していました。彼は、地球が木星に近づきながら観測するときと、遠ざかりながら観測するときとで、食の周期がわずかにずれることに気づきました。彼は、このズレが、地球と木星の間の距離が変化することで、イオからの光が地球に到達するまでの時間が変化するために生じるのだ、と正しく推論しました。この時間差と、地球の公転軌道の直径から、彼は史上初めて光速の有限な値(約 2.2 \times 10^8 m/s)を算出しました。値の精度は現代のものには及びませんが、その着眼点は画期的なものでした。

地上での測定

  • アルマン・フィゾー (1849年):フランスの物理学者フィゾーは、初めて地上での実験によって光速を測定することに成功しました。彼の装置は、
    1. 光源からの光を、高速で回転する歯車の歯の間を通して、数キロメートル先の鏡に送る。
    2. 鏡で反射された光が、再び同じ歯車を通って観測者のもとに戻ってくる。という仕組みでした。歯車の回転速度を上げていくと、往路で歯の間を通り抜けた光が、復路では隣の「歯」に遮られて見えなくなる瞬間がやってきます。このときの歯車の回転速度と、歯の数、そして鏡までの距離から、光が往復するのにかかった時間を計算し、光速を求めました。
  • レオン・フーコー (1862年):フィゾーの歯車を、より精密な回転鏡に置き換えることで、フーコーは測定精度を大幅に向上させました。さらに彼は、光の通り道に水を満たすことで、水中での光速を測定し、それが空気中よりも遅いことを実験的に証明しました。これは、ニュートンの粒子説を否定し、光の波動説を決定づける重要な証拠となりました。

これらの測定の歴史は、人類が自然界の究極的な定数に、いかにして知恵と工夫で迫っていったかを示す、感動的な物語です。そして、その探求の果てに、光速 c が、単なる速さの値ではなく、私たちの時空の構造そのものを規定する、根源的な存在であることが明らかになったのです。

4. 光路長と幾何学的距離

波が媒質中を進むとき、その位相は、進んだ距離と共に変化していきます。特に、複数の光が干渉する現象を考える際には、それぞれの光が経験した位相の変化量を正確に比較することが不可欠です。

しかし、Module 6で学んだように、光は媒質によってその速さと波長を変えてしまいます。屈折率 n が大きい媒質(例えばガラス)の中では、波長は 1/n に縮みます。そのため、同じ 1 m という幾何学的な距離を進んだとしても、真空中で進んだ場合とガラス中で進んだ場合とでは、波が経験する「波の個数」、すなわち位相の変化量は全く異なります。

この問題を解決し、異なる媒質を進んだ光の位相変化を、共通の「ものさし」で比較できるようにするために導入されるのが、光路長 (Optical Path Length) という概念です。

4.1. 光路長の定義

光路長とは、**「光が、屈折率 n の媒質中を、幾何学的な距離 L だけ進んだときに生じる位相の変化と、同じだけの位相の変化が、真空中で起こるために必要とされる距離」**として定義されます。

少し回りくどい定義ですが、要するに、媒質中での「大変さ」を、真空中の距離に換算したもの、と考えることができます。その計算は、非常にシンプルです。

光路長の公式:

\[ \text{光路長 (OPL)} = (\text{媒質の屈折率 } n) \times (\text{幾何学的な距離 } L) \]

\[ \text{OPL} = nL \]

4.2. なぜ nL になるのか?:波の数からの導出

この nL というシンプルな形が、なぜ「位相変化を等しくする真空中の距離」に相当するのかを、波の個数に注目して導出してみましょう。

  1. 媒質中での波の個数:
    • 真空中での光の波長を λ₀ とします。
    • 屈折率 n の媒質中では、波長は λ_n = λ₀ / n に短縮されます。
    • この媒質中を、幾何学的な距離 L だけ進む間に、光の波はいくつ存在するでしょうか。\[ \text{波の数} = \frac{\text{距離}}{\text{波長}} = \frac{L}{\lambda_n} = \frac{L}{\lambda_0 / n} = \frac{nL}{\lambda_0} \]
  2. 真空中での等価な距離:さて、これと同じ個数の波が、真空中に存在するとしたら、どれだけの長さが必要になるでしょうか。真空中での波長は λ₀ なので、\[ \text{必要な距離} = (\text{波の数}) \times (\text{真空中の波長}) \]\[ \text{必要な距離} = \left( \frac{nL}{\lambda_0} \right) \times \lambda_0 = nL \]

この「必要な距離」こそが、光路長の定義そのものです。

したがって、光路長は nL となります。

4.3. フェルマーの原理と光路長

光路長の概念は、光の進路に関する、より深い原理であるフェルマーの原理と密接に結びついています。

Module 8-2で、反射の法則を説明する際に、「光は、二点間を結ぶ経路のうち、所要時間が最短となる経路を通る」と述べました。これをより正確に、そして屈折にも適用できるように一般化したものが、光路長を用いた表現です。

フェルマーの原理(一般形):

光は、二点間を結ぶ無数の可能な経路のうち、光路長が停留値(極小、極大、または停留)をとる経路を実際に通る。

(多くの場合、これは「光路長が最短となる経路」を意味します。)

  • 直進性: 均質な媒質 (n が一定) の中では、光路長 nL を最短にするのは、幾何学的な距離 L を最短にすること、すなわち直線です。
  • 反射の法則: 反射では、光は同じ媒質中 (n が一定) を進むため、やはり光路長 nL を最短にする、すなわち幾何学的な距離 L を最短にする経路を選びます。その結果が、i=r となります。
  • 屈折の法則: 屈折では、光は異なる屈折率 n₁n₂ の媒質を進みます。この場合、幾何学的な最短経路(直線)を選ぶのではなく、トータルの光路長 n₁L₁ + n₂L₂ を最短にするような、折れ曲がった経路を選びます。この最小値問題を解くと、スネルの法則 n₁ sin i = n₂ sin r が数学的に導出されるのです。

光は、まるで目的地までの「見かけの距離(光路長)」が最も短くなるルートを、瞬時に計算して進んでいるかのようです。この原理は、幾何光学から波動光学、さらには量子力学に至るまで、物理学の様々な分野に現れる、極めて根源的で美しい指導原理です。

4.4. 光学機器における応用

光路長の概念は、レンズや干渉計といった、精密な光学機器の設計において不可欠です。

  • レンズの機能:レンズの中心部は厚く、周辺部は薄くなっています。
    • 中心を通る光:幾何学的な距離 L は長いが、媒質(ガラス, n>1)の中を進むため、光路長 nL は非常に長くなる。
    • 周辺を通る光:幾何学的な距離は短いが、ほとんどを空気 (n≈1) の中を進む。レンズの形状は、**「異なる経路を通ってきたすべての光の光路長が、焦点で等しくなる」**ように、巧妙に設計されています。これにより、すべての光が焦点に同位相で到達し、強く明るい像を結ぶことができるのです。
  • 干渉計:光を二つの経路に分け、再び一つに重ね合わせることで干渉縞を作る装置(マイケルソン干渉計など)では、二つの経路の光路長差を精密に測定・制御することで、波長や屈折率、微小な長さの変化などを、極めて高い精度で計測することができます。

光路長は、単なる計算上のテクニックではなく、波としての光の位相の振る舞いを追跡し、光がなぜそのように進むのかという根本的な問いに答えるための、本質的な物理量なのです。

5. レンズの焦点と焦点距離

幾何光学の世界における主役は、光の進路を自在に操る光学素子、レンズ (lens) です。レンズは、屈折の法則を利用して、光線を集めたり(収束)、広げたり(発散)する機能を持っています。このレンズの最も基本的な性質を特徴づけるのが、焦点 (focus / focal point) と焦点距離 (focal length) という二つの概念です。これらの用語を正確に理解することは、レンズによる像の形成(結像)を学ぶ上での、すべての基礎となります。

5.1. レンズの種類:凸レンズと凹レンズ

レンズは、その形状によって、大きく凸レンズ (convex lens) と凹レンズ (concave lens) に分けられます。

凸レンズ (Convex Lens)

  • 形状: 中央部が厚く、周辺部に向かって薄くなっているレンズ。両面が凸、片面が平で片面が凸(平凸レンズ)、などの形状があります。
  • 機能: **光を収束させる(集める)**性質を持つため、収束レンズ (converging lens) とも呼ばれます。

凹レンズ (Concave Lens)

  • 形状: 中央部が薄く、周辺部に向かって厚くなっているレンズ。両面が凹、片面が平で片面が凹(平凹レンズ)、などの形状があります。
  • 機能: **光を発散させる(広げる)**性質を持つため、発散レンズ (diverging lens) とも呼ばれます。

5.2. 凸レンズの焦点と焦点距離

光軸 (Principal Axis)

まず、レンズを議論する上での基準となる線を定義します。レンズの両面の曲率中心を結ぶ直線のことを光軸と呼びます。通常、光軸はレンズの中心を通り、レンズ面に垂直です。

焦点 (Focus / Focal Point)

凸レンズには、二つの重要な焦点があります。

  1. 後側焦点 (Second Focal Point, F’):光軸に平行に入射した光線が、レンズを通過した後に屈折し、集まる一点のことです。一般に、単に「焦点」という場合は、こちらの後側焦点を指すことが多いです。凸レンズは、太陽の光などを集めて紙を焦がすことができるため、「焦点(focus = 炉、暖炉の意)」という名前が付けられました。この点は、レンズの後方に実際に光が集まってできるため、実焦点とも呼ばれます。
  2. 前側焦点 (First Focal Point, F):その一点から出た光線が、レンズを通過した後に、光軸に平行な光線となって進むような、光軸上の一点のことです。

対称的な両凸レンズの場合、前側焦点と後側焦点は、レンズの中心に対して対称な位置にあります。

焦点距離 (Focal Length, f)

焦点距離とは、レンズの中心から焦点までの距離のことです。記号は f で表されます。

\[ f = (\text{レンズ中心 O と 焦点 F の距離}) \]

焦点距離は、レンズの光を曲げる能力を示す最も重要な指標です。

  • 焦点距離 f が短いレンズほど、光を急な角度で曲げ、レンズの近くに集めることができます。すなわち、光を収束させる能力が強いと言えます。
  • 焦点距離 f が長いレンズほど、光を緩やかな角度でしか曲げられず、収束能力は弱いと言えます。

レンズの度数(ディオプトリ)は、この焦点距離の逆数 1/f で定義されます。

5.3. 凹レンズの焦点と焦点距離

凹レンズも同様に、焦点と焦点距離を持ちますが、その性質は凸レンズとは異なります。

焦点 (Focus / Focal Point)

凹レンズは光を発散させるため、実際に光が集まる点はありません。そのため、凹レンズの焦点は、発散する光線を逆向きに延長して考えます。

  1. 後側焦点 (Second Focal Point, F’):光軸に平行に入射した光線が、レンズを通過した後に発散するが、その発散する光線を逆向きに延長すると、あたかも光軸上の一点から出てきたかのように見える、その点のことです。この点は、実際に光が集まっているわけではないので、虚焦点と呼ばれます。
  2. 前側焦点 (First Focal Point, F):レンズに向かって、光軸上のある一点に集まるように進んできた光線が、レンズを通過した後に、光軸に平行な光線となって進む、その光軸上の一点のことです。

焦点距離 (Focal Length, f)

凹レンズの焦点距離も、レンズの中心から焦点までの距離として定義されます。

しかし、後で学ぶレンズの公式で計算の整合性をとるため、凹レンズの焦点距離は、負の値 (f < 0) として扱うという約束事(符号規約)があります。

例えば、「焦点距離 20 cm の凹レンズ」と言われたら、計算では f = -20 cm と代入する必要があります。

  • 凸レンズ(収束レンズ)f > 0
  • 凹レンズ(発散レンズ)f < 0

5.4. 薄レンズの近似

これからの議論では、薄レンズ (thin lens) という近似を用います。これは、レンズの厚みが、その焦点距離や、物体・像までの距離に比べて十分に薄く、無視できると考える近似です。

この近似により、

  • 光線は、レンズの中心を通る一本の線(主平面)で、一度だけ屈折すると考えることができる。
  • 距離は、レンズの表面からではなく、すべてレンズの中心から測ることができる。といった簡略化が可能になり、作図や計算が非常に容易になります。高校物理で扱うレンズは、すべてこの薄レンズ近似が成り立つものと考えて差し支えありません。

6. 凸レンズによる結像(実像と虚像)

凸レンズの最も興味深い機能は、物体から出た光を集めて、別の場所に像 (image) を作り出す、結像作用です。虫眼鏡で小さな文字を拡大したり、プロジェクターがスクリーンに映像を映し出したりするのは、すべてこの結像作用によるものです。

凸レンズが作る像は、物体を置く位置によって、その種類(実像か虚像か)、大きさ、向きが劇的に変化します。この章では、作図を通して、凸レンズによる結像の法則性を体系的に学びます。

6.1. 作図のための3本の特別な光線

レンズによる像の位置や性質を決定するためには、物体の一点(通常は先端)から出る無数の光線のうち、その進路が分かっている、いくつかの特別な光線を追跡します。薄レンズの場合、以下の3本の光線を考えれば、像を正確に作図することができます。

  1. 光軸に平行な光線:物体から出てレンズに光軸に平行に入射した光線は、レンズで屈折した後、後側焦点 F’ を通る。
  2. レンズの中心を通る光線:レンズの中心 O に向かって進む光線は、屈折せずにそのまま直進する。(薄レンズ近似では、レンズの中心付近は平行なガラス板とみなせるため、光線のわずかな平行移動は無視します。)
  3. 前側焦点を通る光線:前側焦点 F を通ってレンズに入射した光線は、レンズで屈折した後、光軸に平行に進む。

実際には、物体の一点から出たすべての光線が、これら3本の光線が交わった同じ一点に集まります。したがって、作図の上では、このうちの2本を描けば、像の位置を決定することができます。

6.2. 実像 (Real Image) と虚像 (Virtual Image)

レンズが作る像には、実像虚像という、性質が全く異なる二種類があります。

実像 (Real Image)

  • 定義: レンズを通過した後の光線が、実際にその点に集まってできる像。
  • 特徴:
    • スクリーンをその位置に置くと、実際に像を映し出すことができる
    • 物体に対して**倒立(上下逆さま)**になることが多い。
  • : プロジェクターの映像、カメラのフィルムやセンサーに結ばれる像、私たちの眼の網膜に映る像。

虚像 (Virtual Image)

  • 定義: レンズを通過した後の光線は実際には集まらないが、それらの光線を逆向きに延長すると、あたかも一点から発散してきたかのように見える、その見かけ上の像。
  • 特徴:
    • スクリーンを置いても像は映らない。レンズを覗き込むことによってのみ、見ることができる。
    • 物体に対して**正立(上下同じ向き)**になる。
  • : 虫眼鏡(ルーペ)で見たときの拡大された像、鏡に映る自分の姿。

6.3. 物体の位置とできる像の関係(凸レンズ)

凸レンズがつくる像の性質は、物体を焦点距離 f の何倍の位置に置くかによって、以下のように変化します。

ケース1:物体が焦点距離の2倍より遠い位置にある (a > 2f)

  • 作図: 光軸に平行な光線は焦点 F’ を通り、中心を通る光線は直進する。二つの光線は、レンズの後方、fと 2f の間の位置で交差する。
  • できる像:
    • 種類実像 (実際に光が集まる)
    • 向き倒立 (上下逆さま)
    • 大きさ縮小 (元の物体より小さい)
  • : カメラで遠くの風景を撮影するときの、センサー上にできる像。

ケース2:物体が焦点距離の2倍の位置にある (a = 2f)

  • 作図: 二つの光線は、レンズの後方、ちょうど 2f の位置で交差する。
  • できる像:
    • 種類実像
    • 向き倒立
    • 大きさ等倍 (元の物体と同じ大きさ)

ケース3:物体が焦点距離の1倍と2倍の間にある (f < a < 2f)

  • 作図: 二つの光線は、レンズの後方、2f より遠い位置で交差する。
  • できる像:
    • 種類実像
    • 向き倒立
    • 大きさ拡大 (元の物体より大きい)
  • : プロジェクターやスライド映写機で、スクリーン上に拡大された像を映し出すときの配置。

ケース4:物体が焦点にある (a = f)

  • 作図: 物体の先端が前側焦点 F の上にある。ここから出た光は、レンズを通過した後、すべて平行な光線となる。
  • できる像: 平行な光線は、無限に遠くまで行っても交わらない。したがって、像はできない(無限遠にできる)
  • : 懐中電灯やサーチライトで、電球をレンズの焦点に置くことで、遠くまで届く平行な光線を作り出す原理。

ケース5:物体が焦点より内側にある (a < f)

  • 作図: レンズを通過した後の光線(焦点 F’ を通る光線と、直進する光線)は、互いに広がっていき、レンズの後方では交わらない。
  • しかし、これらの光線を、観測者の眼があるレンズ後方から逆向きに延長すると、レンズの前方(物体と同じ側)のある一点で交差する。
  • できる像:
    • 種類虚像 (実際に光は集まらない)
    • 向き正立 (上下同じ向き)
    • 大きさ拡大
  • : 虫眼鏡(ルーペ)で物体を覗き込んだときに見える、大きく拡大された像。

このように、凸レンズは、物体との距離 a を焦点距離 f と比較して変えるだけで、縮小された実像から、拡大された虚像まで、実に多彩な像を作り出すことができる、非常に優れた光学素子なのです。

7. 凹レンズによる結像

光を収束させる凸レンズが、物体の位置によって実像や虚像といった多彩な像を作り出したのに対し、光を発散させる凹レンズ (concave lens) が作る像は、非常にシンプルです。凹レンズは、物体をどこに置いても、常に同じ種類の像を作ります。この章では、凹レンズによる結像の性質を作図によって確かめます。

7.1. 作図のための3本の特別な光線(凹レンズ版)

凹レンズによる結像の作図も、凸レンズと同様に、進路が分かっている特別な光線を追跡することで行います。凹レンズの焦点が虚焦点であることに注意して、3本の光線を定義し直します。

  1. 光軸に平行な光線:物体から出てレンズに光軸に平行に入射した光線は、レンズで屈折して発散するが、その光線を逆向きに延長すると、手前側(物体側)の後側焦点 F’ を通る。(※凹レンズでは、光軸に平行な光線が入射する側を「前側」、通過する側を「後側」と呼ぶと、焦点の名称が凸レンズと逆になります。混乱を避けるため、「物体側の焦点」「像側の焦点」と考えるか、あるいは単に「手前の焦点」「向こう側の焦点」と覚えるのが実践的です。ここでは、平行光線が関係する焦点を F’、レンズの中心を通る光線が関係しない方の焦点を F とします。)
  2. レンズの中心を通る光線:レンズの中心 O に向かって進む光線は、凸レンズの場合と同様に、屈折せずにそのまま直進する。
  3. 向こう側の焦点に向かう光線:レンズの向こう側にある前側焦点 F に向かって進んできた光線は、レンズで屈折した後、光軸に平行に進む。

凸レンズの場合と同様に、これらのうち2本の光線を描けば、像の位置を決定することができます。通常は、最も描きやすい1番と2番の光線が用いられます。

7.2. 凹レンズによる結像の作図と性質

【状況設定】

凹レンズの前方、任意の位置に物体(上向きの矢印)を置きます。

【作図】

  1. 光線1を描く:物体の先端から出て、光軸に平行にレンズに進む光線を描きます。この光線は、レンズで屈折した後、あたかも手前側の焦点 F’ から出てきたかのように、外側に向かって発散していきます。
  2. 光線2を描く:物体の先端から出て、レンズの中心 O を通る光線を描きます。この光線は、そのまま直進します。
  3. 像の位置を決定する:レンズを通過した後の、この二つの光線(発散していく光線1と、直進する光線2)は、レンズの後方では決して交わりません。したがって、実像はできません。そこで、観測者の眼があるレンズ後方から、これらの光線を逆向きに延長します。
    • 光線1の延長線は、定義より、手前側の焦点 F’ を通ります。
    • 光線2の延長線は、元の光線そのものです。この二つの延長線が、レンズの手前側(物体と同じ側)で交わります。この交点が、虚像の先端の位置となります。

7.3. 凹レンズが作る像のまとめ

上記の作図から、凹レンズが作る像は、以下の普遍的な性質を持つことがわかります。

  • 種類: 虚像 (Virtual Image)レンズを通過した光は発散するだけで、実際には集まりません。したがって、凹レンズは実像を作ることはできず、作る像は常に虚像です。
  • 向き: 正立 (Upright)作図から明らかなように、像は物体と同じ向き(上向き)になります。
  • 大きさ: 縮小 (Reduced)作図上、像の大きさは、必ず元の物体の大きさよりも小さくなります。
  • 位置: 物体よりもレンズに近い位置像は、必ず物体と同じ側に、そして物体よりもレンズ寄りの位置にできます。物体をレンズから遠ざけても、虚像は焦点 F’ よりも遠くへは行かず、焦点に近づいていくだけです。

結論:凹レンズは、物体の位置にかかわらず、常に「正立縮小虚像」を、物体と同じ側に作る。

7.4. 凹レンズの応用

この「常に正立縮小虚像を作る」という性質から、凹レンズは以下のような用途で用いられます。

  • 近視の矯正用メガネ:近視の眼は、水晶体の屈折力が強すぎるため、遠くの物を見たときに、網膜の手前でピントが合ってしまいます。凹レンズを眼の前に置くことで、遠くから来た平行な光を、一度適度に発散させてから眼に入射させます。これにより、水晶体で曲げられた光が、ちょうど網膜上でピントを結ぶように調整することができるのです。
  • ガリレオ式望遠鏡の接眼レンズ:初期の望遠鏡であるガリレオ式望遠鏡では、対物レンズに凸レンズ、接眼レンズに凹レンズを組み合わせることで、正立の虚像を得ていました。
  • カメラのレンズ構成:カメラのズームレンズなど、複雑なレンズ系では、凸レンズと凹レンズを巧みに組み合わせることで、収差(像の歪みや色のにじみ)を補正したり、焦点距離を変化させたりしています。

凹レンズの結像は、凸レンズに比べてシンプルですが、その光を発散させる性質は、他の光学素子と組み合わせることで、高度な光学システムを実現するために不可欠な役割を果たしているのです。

8. レンズの公式(写像公式)の導出

これまでの章では、作図によってレンズが作る像の位置や性質を調べてきました。作図は、現象を直感的に理解する上で非常に強力なツールですが、より定量的に、そして正確に像の位置や大きさを知るためには、数式による記述が必要です。

物体とレンズの距離、レンズと像の距離、そしてレンズの焦点距離。これら3つの量の間に成り立つ、驚くほどシンプルで美しい関係式が、レンズの公式 (Lens Formula) または写像公式です。この章では、幾何学的な作図と三角形の相似を用いて、この重要な公式を導出します。

8.1. 状況設定と記号の定義

公式を導出するために、凸レンズによって実像ができる、最も標準的な状況を設定します。

  • レンズ: 焦点距離 f の薄い凸レンズを考え、その中心を O とする。
  • 光軸: レンズの中心 O を通る水平な線を光軸とする。
  • 焦点: 前側焦点を F、後側焦点を F' とする。レンズの中心からの距離はともに f
  • 物体: 高さ h の物体(上向きの矢印 PQ)を、光軸上に、レンズの前方 a の距離に置く。P は光軸上の点、Q は物体の先端。\[ \text{物体距離 } a = \text{OP} \]
  • 像: 物体 PQ の倒立実像(下向きの矢印 P’Q’)が、レンズの後方 b の距離にできるとする。P’ は光軸上の点、Q’ は像の先端。\[ \text{像距離 } b = \text{OP’} \]像の高さ(大きさ)を h’ とする。

8.2. 公式の導出:二組の相似な三角形

レンズの公式は、作図で用いた特別な光線によって作られる、二組の相似な三角形を見つけ出すことで導出されます。

相似な三角形の組 (1):レンズの中心を通る光線

まず、物体の先端 Q から出て、レンズの中心 O を通り、像の先端 Q’ に至る光線を考えます。

この光線によって、光軸を挟んで向かい合う二つの三角形、△OPQ と △OP’Q’ ができます。

  • ∠POQ と ∠P'OQ' は、対頂角なので等しい。
  • ∠OPQ と ∠OP'Q' は、ともに直角 (90°) なので等しい。

二組の角がそれぞれ等しいので、△OPQ ∽ △OP’Q’(相似)です。

相似な三角形の対応する辺の比は等しいので、

\[ \frac{\text{P’Q’}}{\text{PQ}} = \frac{\text{OP’}}{\text{OP}} \]

それぞれの辺の長さを、定義した記号で置き換えると、

\[ \frac{h’}{h} = \frac{b}{a} \quad \cdots (\text{式1}) \]

この式は、後で学ぶ倍率の公式そのものです。

相似な三角形の組 (2):光軸に平行な光線

次に、物体の先端 Q から出て、光軸に平行に進み、レンズの中心線上の点 R で屈折し、後側焦点 F’ を通って、像の先端 Q’ に至る光線を考えます。

この光線によって、焦点 F’ の周りに、二つの相似な三角形ができます。

R から光軸に垂線 RO を下ろすと、RO の長さは物体の高さ h に等しい(RO = PQ = h)。

ここで、△ORF’ と △P’Q’F’ に注目します。

  • ∠OF'R と ∠P'F'Q' は、対頂角なので等しい。
  • ∠ROF' と ∠Q'P'F' は、ともに直角 (90°) なので等しい。

二組の角がそれぞれ等しいので、△ORF’ ∽ △P’Q’F’(相似)です。

相似な三角形の対応する辺の比は等しいので、

\[ \frac{\text{P’Q’}}{\text{OR}} = \frac{\text{P’F’}}{\text{OF’}} \]

それぞれの辺の長さを、記号で置き換えます。

  • P'Q' = h'
  • OR = h
  • P'F' = OP' - OF' = b - f
  • OF' = f

したがって、

\[ \frac{h’}{h} = \frac{b – f}{f} \quad \cdots (\text{式2}) \]

8.3. 式の結合と整理

これで、h’/h を表す二つの式、(式1) と (式2) が得られました。両者は等しいはずなので、

\[ \frac{b}{a} = \frac{b – f}{f} \]

この方程式を整理して、a, b, f の間の関係式を導きます。

両辺に af を掛けて、分母を払います。

\[ bf = a(b – f) \]

\[ bf = ab – af \]

この式の両辺を、abf で割ってみます。

\[ \frac{bf}{abf} = \frac{ab}{abf} – \frac{af}{abf} \]

\[ \frac{1}{a} = \frac{1}{f} – \frac{1}{b} \]

最後に、項を移項して、見慣れた形に整理します。

レンズの公式(写像公式):

\[ \frac{1}{a} + \frac{1}{b} = \frac{1}{f} \]

この式が、物体距離 a、像距離 b、焦点距離 f の三者を結びつける、レンズの基本法則です。

この公式を使えば、三つの量のうち二つが分かっていれば、残りの一つを計算によって求めることができます。

8.4. 符号規約:虚像と凹レンズへの拡張

この公式は、凸レンズによる実像の場合を基に導出しましたが、適切な符号規約 (sign convention) を導入することで、虚像凹レンズの場合にも、全く同じ形で適用することができます。

高校物理で一般的に用いられる符号規約は、以下の通りです。

  • 光が進む向きを正とする。レンズの中心が原点。
  • 物体距離 a: 通常、レンズの前方に置くので a > 0
  • 像距離 b:
    • 実像(レンズの後方にできる): b > 0
    • 虚像(レンズの手前側にできる): b < 0 (負の値として扱う)
  • 焦点距離 f:
    • 凸レンズ(収束レンズ): f > 0
    • 凹レンズ(発散レンズ): f < 0 (負の値として扱う)

この約束事を守ることで、1/a + 1/b = 1/f というたった一つの式が、あらゆる状況のレンズによる結像を、統一的に記述できるのです。

例えば、虫眼鏡(a < f の凸レンズ)の場合、a と f に正の値を代入して b を計算すると、必ず負の値が得られます。これは、できる像が虚像であることを、数式が正しく示しているのです。

9. 結像の倍率

レンズの公式によって、像がどこにできるか(像距離 b)を計算できるようになりました。しかし、光学機器を考える上では、像が元の物体に対してどれくらいの大きさになるのか、という情報も同様に重要です。この、像の大きさと物体の大きさの比を倍率 (magnification) と呼びます。

9.1. 横倍率の定義

一般に、光学系における倍率には、横倍率、縦倍率、角倍率などがありますが、通常「倍率」という場合は、光軸に垂直な方向の倍率である横倍率 (lateral or transverse magnification) を指します。

  • 物体の高さh
  • 像の高さh'

横倍率 m は、像の高さ h’ を、物体の高さ h で割ったものとして定義されます。

\[ m = \frac{h’}{h} \]

倍率は、長さ÷長さなので、単位を持たない無次元量です。

9.2. 倍率の公式の導出

倍率 m を、物体距離 a と像距離 b を用いて表す公式を導出してみましょう。

この公式は、実は前章のレンズの公式の導出の過程で、すでに現れています。

レンズの中心 O を通る光線によって作られる、二つの相似な三角形 △OPQ と △OP’Q’ を思い出してください。(P, Q は物体の足と先端、P’, Q’ は像の足と先端)

△OPQ ∽ △OP’Q’ であったので、対応する辺の比は等しくなります。

\[ \frac{\text{P’Q’}}{\text{PQ}} = \frac{\text{OP’}}{\text{OP}} \]

それぞれの辺の長さを、記号で置き換えます。

  • PQ = h (物体の高さ)
  • P'Q' = h' (像の高さ)
  • OP = a (物体距離)
  • OP' = b (像距離)

したがって、

\[ \frac{h’}{h} = \frac{b}{a} \]

となります。

m = h’/h でしたから、

倍率の公式:

\[ m = \frac{b}{a} \]

となります。ただし、物理では大きさの比を考えることが多いので、絶対値をつけて

\[ m = \left| \frac{b}{a} \right| \]

と書くのが一般的です。

この式は、像の倍率は、像距離と物体距離の比に等しいという、非常にシンプルで美しい関係を示しています。

9.3. 倍率の値が意味するもの

倍率 m の値は、像の大きさについて以下の情報を与えてくれます。

  • m > 1: 像は物体よりも大きい(拡大像)。
  • m = 1: 像は物体と同じ大きさ(等倍像)。
  • m < 1: 像は物体よりも小さい(縮小像)。

例: 凸レンズで、物体を a = 3f の位置に置いた場合。

レンズの公式 1/a + 1/b = 1/f より、

1/(3f) + 1/b = 1/f

1/b = 1/f – 1/(3f) = (3-1)/(3f) = 2/(3f)

b = 3f/2 = 1.5f

像は、1.5f の位置に実像としてできます。

このときの倍率 m は、

m = |b/a| = |(1.5f) / (3f)| = 0.5

m = 0.5 < 1 なので、できる像は縮小像であることが、計算からも確認できます。これは、作図の結果とも一致します。

9.4. 符号を含めた倍率と像の向き

より厳密な議論では、倍率 m の符号に、像の向き(正立か倒立か)の情報を含ませる規約が用いられます。

  • 高さの符号: 光軸より上向きを正、下向きを負とする。
    • 物体は通常、正立なので h > 0
    • 正立像h' > 0
    • 倒立像h' < 0
  • 像距離の符号:
    • 実像: b > 0
    • 虚像: b < 0

この規約のもとで、倍率の公式は符号を含めて、

\[ m = \frac{h’}{h} = -\frac{b}{a} \]

と定義されることが多いです。(マイナス符号がつくことに注意。これは座標系の取り方によります。)

この定義を使うと、

  • m > 0h' と h が同符号 → 正立像。このとき -b/a > 0 なので b と a は異符号。a>0 なので b<0 となり、虚像に対応します。
  • m < 0h' と h が異符号 → 倒立像。このとき -b/a < 0 なので b と a は同符号。a>0 なので b>0 となり、実像に対応します。

高校物理では、多くの場合、倍率は大きさの比として m = |b/a| で計算し、像の向きは作図や a と f の関係から判断すれば十分です。しかし、この符号規約を理解しておくと、計算結果から像のすべての性質(位置、種類、向き、大きさ)を、統一的に判断することが可能になります。

10. カメラ、顕微鏡、望遠鏡の基本原理

レンズの公式と倍率の概念を手に、私たちは、人類の視覚能力を劇的に拡張してきた三つの偉大な発明品、カメラ、顕微鏡、望遠鏡の基本原理を解き明かす準備が整いました。これらの光学機器は、複数のレンズを巧みに組み合わせることで、肉眼では見ることのできない世界(非常に小さいもの、非常に遠いもの)を、私たちの目の前に現出させます。この章では、これらの機器が、どのような光学的な仕組みでその機能を実現しているのか、そのエッセンスを探ります。

10.1. カメラ (Camera)

カメラの基本的な役割は、三次元の現実世界の光景を、二次元の記録媒体(フィルムやイメージセンサー)の上に、くっきりとした像として記録することです。

  • 基本構成:
    • 撮影レンズ: カメラの最も重要な部分で、通常は複数の凸レンズや凹レンズを組み合わせたレンズ群ですが、ここでは単一の凸レンズとしてモデル化します。
    • 絞り (Aperture): レンズを通る光の量を調節する、虹彩のような機構。
    • シャッター (Shutter): 光が記録媒体に当たる時間を制御する幕。
    • 記録媒体: 光を像として記録する、イメージセンサー(CCDやCMOSセンサー)または写真フィルム
  • 結像の原理:カメラは、遠くにある被写体の実像を、レンズの後方にあるイメージセンサーの面上に結ぶように設計されています。被写体は、通常、レンズの焦点距離の2倍よりもはるかに遠い位置 (a >> 2f) にあります。このとき、凸レンズによってできる像は、
    • 種類実像
    • 向き倒立
    • 大きさ: 縮小となります。レンズの公式 1/a + 1/b = 1/f において、a が非常に大きい (a → ∞) とき、1/a → 0 となるため、1/b ≈ 1/f、すなわち b ≈ f となります。つまり、遠くの風景の像は、ほぼ焦点の位置にできます。**ピントを合わせる(フォーカシング)**という操作は、被写体までの距離 a に応じて、レンズとイメージセンサーの間の距離(像距離 b)を微調整し、センサー面に鮮明な実像が結ばれるようにする作業に他なりません。

10.2. 顕微鏡 (Microscope)

顕微鏡の役割は、肉眼では見えない、非常に小さな物体を、大きく拡大して観察することです。これは、二つの凸レンズを組み合わせることで実現されます。

  • 基本構成:
    • 対物レンズ (Objective Lens): 観察したい物体側に置かれる、焦点距離の非常に短い凸レンズ
    • 接眼レンズ (Eyepiece / Ocular): 眼を近づけて覗き込む側に置かれる、焦点距離が比較的長い凸レンズ
  • 結像の原理(2段階の拡大):顕微鏡は、2段階のプロセスで像を拡大します。ステップ1:対物レンズによる一次拡大(実像の形成)
    1. 観察したい微小な物体を、対物レンズの前側焦点 f_obj のすぐ外側に置きます。
    2. 対物レンズは、この物体を拡大した倒立実像(中間像)を、接眼レンズの前方(二つのレンズの間)に作ります。このとき、対物レンズによる倍率は m_obj = b/a となります。
    ステップ2:接眼レンズによる二次拡大(虚像の観察)3. 次に、この中間像を、接眼レンズが虫眼鏡(ルーペ)として機能するように観察します。4. そのために、中間像が、接眼レンズの前側焦点 f_eye の内側にできるように、レンズ間の距離を調整します。5. すると、接眼レンズは、この中間像をさらに拡大した正立虚像(ただし、元の中間像が倒立なので、最終的な像は倒立)を作り出します。6. 私たちは、この最終的に拡大された虚像を、眼を通して観察することになります。
  • 総合倍率:顕微鏡の総合倍率 M は、対物レンズによる倍率 m_obj と、接眼レンズによる倍率 m_eye の積で与えられます。\[ M = m_{\text{obj}} \times m_{\text{eye}} \]これにより、数百倍から千倍以上という、非常に高い倍率を達成することが可能になります。

10.3. 望遠鏡 (Telescope)

望遠鏡の役割は、非常に遠くにある物体(星や惑星など)を、あたかも近くにあるかのように、見かけの角度を大きくして観察することです。望遠鏡は、倍率を上げるというよりも、**角倍率(角度を拡大する能力)**を高める装置です。代表的な屈折望遠鏡(ケプラー式)も、二つの凸レンズで構成されます。

  • 基本構成:
    • 対物レンズ (Objective Lens): 観察したい天体側に向けられる、焦点距離の非常に長い凸レンズ。口径(レンズの直径)が大きいほど、多くの光を集めることができ、暗い天体も見ることができます。
    • 接眼レンズ (Eyepiece / Ocular): 眼を近づけて覗き込む側に置かれる、焦点距離の短い凸レンズ
  • 結像の原理:ステップ1:対物レンズによる実像の形成
    1. 観察したい天体は、無限遠 (a → ∞) にあるとみなせます。
    2. したがって、天体から来る平行な光線は、対物レンズの後側焦点 f_obj の位置に、非常に小さな倒立実像(中間像)を結びます。
    ステップ2:接眼レンズによる虚像の観察3. この中間像を、接眼レンズで拡大して観察します。4. 最も眼が疲れずに観察できるのは、最終的な像が無限遠にある状態です。そのためには、中間像の位置(対物レンズの焦点)と、接眼レンズの前側焦点 f_eye の位置を、ぴったりと一致させます。5. すると、中間像の各点から出た光は、接眼レンズを通過した後に平行光線となって眼に入ります。眼は、この平行光線を、無限遠にある、角度的に拡大された倒立虚像として認識します。
  • 角倍率:このときの望遠鏡の角倍率 M は、対物レンズと接眼レンズの焦点距離の比で与えられます。\[ M = \frac{f_{\text{obj}}}{f_{\text{eye}}} \]高い角倍率を得るためには、対物レンズの焦点距離 f_obj を長く、接眼レンズの焦点距離 f_eye を短くすればよいことがわかります。巨大な天体望遠鏡の鏡筒が長くなるのはこのためです。

カメラ、顕微鏡、望遠鏡。これらの機器は、凸レンズや凹レンズを、物理法則に従って配置するという、シンプルな原理に基づいています。しかし、その組み合わせによって、私たちの知覚の限界を打ち破り、科学と芸術の新たな地平を切り拓いてきたのです。

Module 8:光の性質と幾何光学 の総括:光線が描く秩序の世界

本モジュール「光の性質と幾何光学」を通じて、私たちは、日常に溢れる光という現象の背後に、いかにシンプルで美しい物理法則が隠されているかを探求してきました。その旅は、光の正体を巡る「粒子」と「波」の壮大な歴史的論争から始まり、最終的には、カメラや望遠鏡といった、私たちの「眼」を拡張する驚くべき道具の動作原理の解明へと至りました。

私たちはまず、光が、伝播するときは「波」のように、物質と相互作用するときは「粒子」のように振る舞うという、驚くべき「二重性」を持つことを学びました。しかし、レンズや鏡が織りなす世界の多くは、光を「直進する線(光線)」として捉える幾何光学という強力な近似モデルによって、見事に説明できることを見出しました。

この光線モデルの基礎となるのは、「直進」「反射」「屈折」という、たった三つの基本法則です。特に、媒質の境界で光が曲がる「屈折の法則」は、レンズという光学素子の機能のすべてを支配していました。私たちは、凸レンズが物体の位置に応じて実像や虚像といった多彩な像を生み出し、凹レンズが常に正立縮小虚像を作るという法則性を、作図を通して体系的に理解しました。

そして、その作図から導き出されたのが、「レンズの公式」と「倍率の公式」です。これらの普遍的な数式は、物体、レンズ、像の間の関係性を定量的に記述し、光学機器の設計を可能にする、まさに幾何光学の心臓部です。

最後に、これらの知識を統合することで、カメラが現実を写し取り、顕微鏡が微小な世界を拡大し、望遠鏡が遥かな宇宙を間近に引き寄せる、その魔法のような仕組みが、すべて光線の幾何学という、明快で論理的な法則の積み重ねの上に成り立っていることを解き明かしました。

このモジュールで手に入れたのは、単なる公式の知識ではありません。それは、複雑に見える現象を、適切なモデル(この場合は光線モデル)を用いて単純化し、基本的な法則からその振る舞いを演繹的に説明していく、という物理学の思考法そのものです。しかし、忘れてはならないのは、幾何光学が光の一つの側面に過ぎないということです。次のモジュールからは、この光線モデルでは説明できない、光の「波動性」が主役となる、干渉や回折といった、より深遠な光の世界へと、私たちは再び足を踏み入れていくことになります。

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