【基礎 物理(波動)】Module 9:光の干渉(1)ヤングの実験

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本モジュールの目的と構成

Module 8では、光の正体を巡る「粒子説」と「波動説」の壮大な歴史的論争を辿りました。ニュートンの権威のもと長らく主流であった粒子説に対し、ホイヘンスらが提唱した波動説。その優劣を決する、科学史上最もエレガントで決定的な実験の一つが、本モジュールで探求する**「ヤングの干渉実験」**です。

この実験は、単なる一つの物理現象の観察に留まりません。それは、光が「波」であることを、誰の目にも明らかな形で証明し、光の本質に関する長年の論争に終止符を打った、科学的探求の記念碑です。一本の光が、二つの小さなスリットを通過するだけで、なぜ光と闇の美しい縞模様を生み出すのか。粒子モデルでは到底説明不可能なこの現象は、波動の「重ね合わせの原理」だけが解き明かすことのできる、波の性質そのものの現れです。

このモジュールでは、ヤングの実験という一点を深く掘り下げることで、光の波動性の核心に迫ります。その探求の旅は、以下の論理的なステップで構成されます。

  1. 歴史的意義の確認: まず、ヤングの実験が、なぜ光の波動性を示す決定的な証拠となったのか、その科学史における重要性を再確認します。
  2. 実験の舞台設定: ヤングの実験がどのような装置構成で行われるのか、その全体像と基本原理を理解します。
  3. 干渉の鍵(複スリットの役割): なぜ二つの独立した光源ではなく、一つの光を二つに分ける「複スリット」が必要なのか。「可干渉性(コヒーレンス)」という、安定した干渉の絶対条件を学びます。
  4. 幾何学から物理へ(経路差の計算): 干渉の条件を数式で記述するための準備として、二つのスリットからスクリーン上の一点までの「経路差」を、幾何学的な近似を用いて算出する技術を習得します。
  5. 明暗の法則(干渉条件の導出): 算出した経路差と、波の干渉条件(強めあい・弱めあい)を結びつけ、スクリーン上に明るい線(明線)と暗い線(暗線)が現れる位置を予測する法則を導出します。
  6. 縞模様の間隔: 干渉によって生まれる明線が、等間隔に並ぶことを示し、その間隔を決定する公式を導きます。
  7. 白色光が描く虹: 単色光ではなく、太陽光のような「白色光」で実験を行った場合、どのような干渉縞が現れるのか、その色彩豊かなパターンを探ります。
  8. 波長と縞模様の関係: 光の色、すなわち「波長」が、干渉縞の間隔にどのように影響するか、その比例関係を学びます。
  9. 実験装置と縞模様の関係: スリットの間隔や、スクリーンまでの距離といった、実験装置の構成が、干渉縞の様子をどう変化させるかを考察します。
  10. 媒質中の実験: 最後に、この実験を空気中ではなく、水のような異なる媒質中で行った場合、干渉縞にどのような変化が現れるのかを探求します。

このモジュールを終えるとき、あなたは、ヤングの実験という一つの事象を通して、光の波動性という抽象的な概念が、いかにして観測可能なマクロな現象へと結びつくのか、その見事な論理の連鎖を追体験しているはずです。それは、目に見えない光の波長を、定規で測れる縞模様の間隔から測定することを可能にした、物理学の驚くべき力を実感する旅となるでしょう。

目次

1. 光の波動性を示す歴史的実験

18世紀の物理学界は、光の正体について、偉大なるアイザック・ニュートンの権威のもと、その「粒子説」が支配的な見解となっていました。光が影をはっきりと作り、直進するという事実は、日常経験とも合致し、多くの学者にとって受け入れやすいものでした。ホイヘンスが提唱した「波動説」は、反射や屈折を巧みに説明したものの、光の直進性を十分に説明できず、また、波を伝える謎の媒質「エーテル」の存在を仮定する必要があるなど、いくつかの困難を抱えていました。

この、粒子説が優勢であった状況を、たった一つのエレガントな実験で根底から覆し、光の波動説を復権させたのが、19世紀初頭のイギリスの博学者、トマス・ヤング (Thomas Young) でした。彼の行った干渉実験は、そのシンプルさと結論の明確さにおいて、物理学史上最も美しい実験の一つとして知られています。

1.1. ヤングの問い:光は波か、粒子か?

ヤングが直面した問いは、シンプルでした。「もし光が波であるならば、水面波や音波で見られるような、波に特有の性質を示すはずだ」。その最も顕著な性質が、二つ以上の波が重なり合って強めあったり弱めあったりする**「干渉」**です。

  • 粒子説からの予測:もし、光がニュートンの言うように、小さな粒子の流れであるならば、どうなるでしょうか。二つの隣接した小さな穴(スリット)に、砂粒のシャワーを浴びせかけるようなものです。スリットを通り抜けた砂粒は、その後ろにある壁に到達し、スリットの形に対応した二つの砂の山を作るでしょう。二つの山が重なる中央部分は、単純に砂の量が増えて厚くなるだけで、そこに特別な模様が生まれることはありません。
  • 波動説からの予測:一方、もし光が波であるならば、全く異なる結果が予測されます。水面に浮かべた板に二つの隙間を開け、そこに水面波を当てるところを想像してみましょう。二つの隙間は、それぞれが新しい波源(二次波源)となり、そこから円形の波紋が広がっていきます。この二つの波紋が重なり合う領域では、波の山と山(あるいは谷と谷)が重なる場所は、大きく揺れる**「強めあいの線」ができます。一方、山と谷が重なる場所は、互いに打ち消しあって水面がほとんど動かない「弱めあいの線」ができます。その結果、水面には、強めあいの線と弱めあいの線が交互に並んだ、安定した干渉模様**が形成されます。

ヤングの実験の核心は、**「光を使ってこの水面波と同じ実験を行い、もし干渉模様が観測されれば、光は波であることの動かぬ証拠となる」**という、明快な論理にありました。

1.2. 実験の衝撃:光と闇の縞模様

1801年、ヤングはこの思考実験を実際に行いました。彼は、太陽光を小さなピンホールに通して指向性の良い光を作り、それをさらに二つの接近したピンホール(またはスリット)に通し、その後方に置かれたスクリーン上のパターンを観察しました。

その結果は、物理学の歴史を揺るがすものでした。スクリーン上に現れたのは、粒子説が予測するような、ぼんやりとした二つの光の塊ではありませんでした。そこに現れたのは、**中央が最も明るく、その両側に、明るい線と暗い線が交互に規則正しく並んだ、鮮やかな縞模様(干渉縞)**だったのです。

  • 明線 (Bright Fringe): 二つのスリットから来た光が、山と山、谷と谷で重なり合い、**建設的干渉(強めあい)**を起こしている場所。
  • 暗線 (Dark Fringe): 二つのスリットから来た光が、山と谷で重なり合い、**破壊的干渉(弱めあい)**を起こしている場所。光と光を足し合わせた結果、闇が生まれるという、粒子モデルでは説明不可能な現象です。

この結果は、光が波動として振る舞い、重ね合わせの原理に従って干渉を起こすことを、疑いようのない形で示しました。ヤングの実験は、波動説にとっての決定的な勝利宣言であり、ニュートンの粒子説に最初の、そして致命的な一撃を与えたのです。

1.3. 歴史的意義と後世への影響

ヤングの実験の意義は、単に波動説を証明しただけに留まりません。

  • 光の波長の測定: ヤングは、干渉縞の間隔と、スリットの間隔、スクリーンまでの距離を測定することで、史上初めて光の波長を定量的に算出することに成功しました。彼が算出した値は、現代の値と驚くほど近いものでした。目に見えないほどミクロな波の「長さ」を、定規で測れるマクロな縞模様から決定できるという事実は、物理学の予測能力の高さを示すものです。
  • 波動光学の幕開け: この実験を契機として、フレネルら後続の研究者たちによって、光の回折や偏光といった、他の波動現象の研究が急速に進展し、19世紀は波動光学が花開く時代となりました。

ヤングの実験は、科学的探求において、いかに一つの決定的な実験(”crucial experiment”)が、長年の理論的対立に決着をつけ、新たなパラダイムへの扉を開くかを示す、輝かしい一例として、今日でも語り継がれています。

2. ヤングの実験の装置構成と原理

ヤングの実験は、その歴史的な重要性にもかかわらず、その装置構成は驚くほどシンプルです。しかし、そのシンプルさの中に、安定した干渉縞を得るための、物理的に重要な工夫が凝縮されています。この章では、ヤングの実験の標準的な装置構成を理解し、なぜその構成で干渉が起こるのか、その基本原理を解き明かします。

2.1. 実験装置の構成要素

ヤングの干渉実験を構成する基本的な要素は、以下の3つです。

  1. 光源 (Light Source):まず、実験に使用する光を供給する光源が必要です。最も理想的なのは、**単色光(monochromatic light)**の光源です。単色光とは、単一の波長(単一の色)のみを含む光のことです。ナトリウムランプ(オレンジ色)や、各種レーザー(赤、緑など)が、単色光源の代表例です。なぜ単色光が望ましいかというと、波長が一つに定まっているため、干渉の条件がシンプルになり、非常にくっきりとした明暗の縞模様を観測できるからです。(白色光を用いた場合については、後の章で学びます。)
  2. スリット (Slits):これがヤングの実験の心臓部です。通常、二段階のスリットが用いられます。
    • 単スリット S₀ (Single Slit):まず、光源から出た光を、一つの細いスリット S₀ に通します。この単スリットの役割は、点光源、あるいは線光源のように振る舞い、後段の複スリットに位相の揃った波を供給することです(この重要な役割については次章で詳述します)。
    • 複スリット S₁, S₂ (Double Slit):単スリット S₀ を通過した光を、次に、互いに非常に接近して平行に並んだ、二つの細いスリット S₁ と S₂ に通します。この二つのスリットが、干渉を引き起こす二つの「波源」として機能します。スリット同士の間隔を d とします。
  3. スクリーン (Screen):複スリットから、ある程度離れた位置(距離 L)に、光のパターンを投影するためのスクリーン(壁や白い板)を置きます。このスクリーン上に、明暗の干渉縞が映し出されます。

[A diagram showing the setup of Young’s double-slit experiment: Light source, single slit S₀, double slit S₁ and S₂, and the screen at distance L.]

2.2. 実験の基本原理:経路差による干渉

では、なぜこの装置構成で、スクリーン上に明暗の縞模様ができるのでしょうか。その基本原理は、**「二つのスリットからスクリーン上の一点までの『経路差』によって、そこで出会う二つの波の『位相差』が決まり、その結果として干渉が起こる」**というものです。

  1. 波の分割と再放射:単スリット S₀ を出た波は、広がりながら進み、複スリット S₁, S₂ に同時に到達します。ホイヘンスの原理によれば、スリット S₁ と S₂ は、それぞれが新しい波源(二次波源)となり、そこから再び波が円形(または球面状)に広がっていきます。
  2. 可干渉な波の生成:重要なのは、S₁ と S₂ が、もともと一つの波面から切り出された二次波源であるため、両者は全く同じ振動数で、かつ完全に同じタイミング(同位相)で振動する、ということです。このような、安定した干渉を起こすことができる波の関係を**「可干渉(コヒーレント)」**と呼びます。複スリットは、この可干渉な二つの波源を人工的に作り出すための、巧妙な装置なのです。
  3. スクリーンへの到達と経路差:S₁ と S₂ から出た二つの波は、それぞれスクリーン上のあらゆる点 P に向かって進んでいきます。ここで、スクリーン上の中心 O 以外の点 P を考えてみましょう。S₁ から P までの距離 S₁P と、S₂ から P までの距離 S₂P は、一般的に等しくありません。この二つの距離の差 ΔL = |S₁P – S₂P| を経路差と呼びます。
  4. 干渉条件の決定:観測点 P に到達したとき、二つの波の間には、この経路差 ΔL に応じた位相差が生じています。
    • もし、経路差 ΔL が、波長の整数倍 (0, λ, 2λ, ...) であれば、二つの波は P 点で同位相となり、強めあって明るい明線を作ります。
    • もし、経路差 ΔL が、波長の半整数倍 (0.5λ, 1.5λ, 2.5λ, ...) であれば、二つの波は P 点で逆位相となり、弱めあって暗い暗線を作ります。

スクリーン上の場所によって、この経路差 ΔL の値が連続的に変化するため、結果として、明線と暗線が交互に並んだ、周期的な干渉縞が形成されるのです。

ヤングの実験の原理とは、本質的には、この**「幾何学的な経路差を、波の位相差へと変換し、それを重ね合わせの原理によって、目に見える光の強弱パターンとして可視化する」**プロセスであると言えます。

3. 複スリットの役割(可干渉な光の生成)

ヤングの実験が成功するための、そして安定した干渉縞を観測するための、最も本質的な鍵は、**「可干渉な(コヒーレントな)二つの波源」**をいかにして用意するか、という点にあります。日常的な経験では、二つの電球を並べて壁を照らしても、干渉縞など決して現れません。なぜなら、それらの光源は「可干渉」ではないからです。

ヤングの実験における複スリット S₁, S₂ の役割は、単に光を二つに分けること以上に、この可干渉性 (coherence) を保証するという、極めて重要で巧妙な役割を担っています。

3.1. 可干渉性(コヒーレンス)とは何か

二つ以上の波が、安定した干渉パターンを生み出すために満たすべき性質、それが**可干渉性(コヒーレンス)**です。コヒーレントな波とは、以下の二つの条件を満たす波のことを指します。

条件1:振動数(波長)が等しい

干渉しあうすべての波の振動数 f(および波長 λ)が、厳密に等しい必要があります。

これは、干渉の最も基本的な前提条件です。振動数が異なれば、二つの波の位相関係は常に変動し続け、ある瞬間に強めあっても次の瞬間には弱めあう、という具合に、安定したパターンを形成することができません。

条件2:位相関係が一定である

二つの波源から出る波の位相差が、時間が経っても常に一定に保たれている必要があります。

例えば、二つの波源が、常に完全に同じタイミングで山を出す(同位相、位相差0)か、あるいは、一方が山を出すときにもう一方が常に谷を出す(逆位相、位相差π)といったように、その「ズレ」の関係がずっと変わらないことが重要です。

3.2. なぜ二つの独立した光源ではダメなのか?

では、なぜ二つの普通の電球や、二本のロウソクを並べても、干渉は起こらないのでしょうか。それは、これらの独立した光源が、上記のコヒーレンスの条件、特に条件2(位相関係の一定性)を満たさないからです。

  • ミクロな発光プロセス:電球のフィラメントや、ロウソクの炎が光を出すのは、その中に含まれる無数の原子が、熱エネルギーなどによって励起され、その後、自発的に光(光子)を放出するというプロセスに基づいています。
  • ランダムな位相:この原子一個一個の発光は、完全に独立で、ランダムなタイミングで起こります。いつ、どの原子が、どのような位相で光を出すかは、全く予測不可能です。
  • 位相関係の変動:したがって、二つの独立した光源から出る光は、それぞれが無数の「位相がバラバラな波」の集まりです。二つの光源の間の全体的な位相差もまた、極めて短時間のうちに、めまぐるしくランダムに変動してしまいます。
  • 干渉縞の消失:その結果、スクリーン上のある点では、ある瞬間には強めあっても、次の瞬間(例えば 10⁻⁸ 秒後)には弱めあう、ということが超高速で繰り返されます。私たちの眼や観測装置には、この時間的な変動は全く追いきれず、結局、すべての強弱が平均化されて、のっぺりとした均一な明るさとしてしか認識されません。干渉縞は「洗い流されて」見えなくなってしまうのです。このような、位相関係がランダムな波をインコヒーレントな(非可干渉な)波と呼びます。

3.3. 複スリットの巧妙な解決策

この問題を解決し、二つのコヒーレントな光源を人工的に作り出すための、ヤングの天才的なアイデアが**「波面の分割 (wavefront splitting)」という手法であり、それを実現するのが複スリット**です。

  1. 単一の波源から出発:まず、光源は一つだけ用意します。この光源から出た光を、単スリット S₀ を通すことで、あたかも一つの点光源(または線光源)から出たかのような、きれいな波面を持つ波を作り出します。
  2. 波面の分割:この S₀ から広がってきた一つの波面が、複スリット S₁ と S₂ に同時に到達します。
  3. 二つの同期した二次波源の誕生:ホイヘンスの原理によれば、S₁ と S₂ は、それぞれが新しい波源(二次波源)となって、波を再放射します。ここが最も重要なポイントです。S₁ と S₂ は、もともと全く同じ一つの波面上の二つの点です。したがって、S₁ と S₂ から再放射される波は、
    • 振動数 f が完全に等しい。(もとの波の振動数をそのまま受け継ぐ)
    • 位相関係が完全に固定されている。(S₁ と S₂ は、同じ波面の同じタイミングで揺さぶられるので、常に同位相で振動を始める)

つまり、複スリット S₁, S₂ は、完璧に同期して振動する、二つの仮想的な光源として機能するのです。

これにより、コヒーレンスの二つの条件が、自動的に、そして見事に満たされることになります。

ヤングの実験における複スリットの役割は、単に光の通り道を二つに分けることではありません。それは、インコヒーレントな光源から出発しても、「波面の分割」という巧妙な物理的トリックを用いることで、二つの完璧にコヒーレントな波源を人為的に創り出し、本来なら観測不可能な干渉という現象を、安定した縞模様として私たちの目の前に現出させるための、本質的な鍵なのです。

4. 経路差の近似計算

ヤングの実験において、スクリーン上に明暗の縞模様が現れるのは、二つのスリット S₁S₂ からスクリーン上の一点 P までの距離の差、すなわち経路差 ΔL = |S₂P - S₁P| が、場所によって異なるためでした。この経路差 ΔL を、実験装置の寸法(スリット間隔 d、スクリーンまでの距離 L など)を用いて数式で表現することが、干渉条件を定量的に導出するための、次なる重要なステップです。

厳密な経路差の計算は三平方の定理を用いて可能ですが、計算が複雑になります。しかし、ヤングの実験で通常用いられる**「L は d や x に比べて非常に大きい」という条件下では、非常にシンプルで精度の良い近似式**を導出することができます。

4.1. 状況設定と記号の定義

まず、計算の前提となる状況と記号を整理します。

  • 複スリットS₁S₂。その間隔を d とする。S₁ と S₂ の中点を M とする。
  • スクリーン: 複スリットから垂直に距離 L だけ離れた位置に置かれている。
  • スクリーンの座標: スリットの中点 M からスクリーンに下ろした垂線の足を O(スクリーンの中心)とする。O を原点として、スクリーン上に、スリットに平行な向きに x 軸をとる。
  • 観測点: スクリーン上の中心 O から距離 x だけ離れた点を P とする。

私たちが求めたいのは、経路差 ΔL = S₂P - S₁P です。(P が O の上側にあると仮定すれば、S₂P > S₁P なので絶対値は外せます。)

4.2. 厳密な計算(三平方の定理)

近似の前に、厳密にはどのように計算されるかを見てみましょう。

S₂P と S₁P を、それぞれ斜辺とする直角三角形を考えます。

  • △S₂P において:底辺の長さは L。高さは x + d/2。三平方の定理より、S₂P² = L² + (x + d/2)²S₂P = √[L² + (x + d/2)²]
  • △S₁P において:底辺の長さは L。高さは x – d/2。三平方の定理より、S₁P² = L² + (x – d/2)²S₁P = √[L² + (x – d/2)²]

したがって、厳密な経路差は ΔL = √[L² + (x + d/2)²] – √[L² + (x – d/2)²] となります。

この式は正確ですが、このままでは扱うのが非常に困難です。

4.3. 近似計算:幾何学的なアプローチ

そこで、ヤングの実験で現実的に成り立つ近似条件、L >> d(スクリーンはスリット間隔よりずっと遠い)かつ L >> x(観測点は中心からあまり離れていない)を導入します。

この条件下では、S₁ から P へ向かう光線と、S₂ から P へ向かう光線は、ほぼ平行と見なすことができます。

この「ほぼ平行」という近似が、以下の美しい幾何学的導出を可能にします。

  1. 垂線を下ろす:S₁ から、線分 S₂P に向かって垂線を下ろし、その足を H とします。
  2. 経路差の発見:S₁P と S₂P がほぼ平行であるため、HP の長さと S₁P の長さは、ほぼ等しいと見なせます (HP ≈ S₁P)。したがって、二つの経路の差 S₂P – S₁P は、残りの部分である線分 S₂H の長さにほぼ等しくなります。\[ \Delta L = S_2 P – S_1 P \approx S_2 H \]
  3. 三角形の相似を見つける:次に、この S₂H の長さを求めます。直角三角形 △S₁S₂H に注目してください。S₁S₂ = d です。∠S₁HS₂ = 90°。ここで、∠HS₂S₁ の角度 θ は、スリットの中点 M から観測点 P を見上げる角度 ∠PMO と、ほぼ等しくなります。(S₁S₂ と MO が平行、S₂P と MP がほぼ平行なので、錯角の関係が近似的に成り立ちます。)
  4. S₂H の計算:直角三角形 △S₁S₂H において、\[ S_2 H = S_1 S_2 \sin\theta = d \sin\theta \]したがって、経路差は ΔL ≈ d sinθ となります。
  5. sinθ を tanθ で近似:さらに、x が L に比べて十分に小さい (x << L) 場合、角度 θ は非常に小さくなります。角度 θ が十分に小さいとき、数学的に sinθ ≈ tanθ という近似が成り立ちます。(例:θ=5° のとき、sin(5°) ≈ 0.0872, tan(5°) ≈ 0.0875)△PMO において、tanθ は\[ \tan\theta = \frac{\text{対辺}}{\text{底辺}} = \frac{OP}{MO} = \frac{x}{L} \]と表せます。
  6. 最終的な近似式の完成:以上の結果をすべて繋ぎ合わせます。ΔL ≈ d sinθ ≈ d tanθ = d(x/L)

ヤングの実験における経路差の近似式:

\[ \Delta L \approx \frac{dx}{L} \]

この式は、ヤングの実験に関するすべての計算の出発点となる、極めて重要な公式です。

経路差 ΔL は、スリット間隔 d とスクリーン中心からの距離 x に比例し、スクリーンまでの距離 L に反比例するという関係を、簡潔に示しています。

この近似が成り立つのは、d や x が L に比べてミリメートル単位、L がメートル単位といった、典型的な実験状況を考えれば、その妥当性が理解できるでしょう。この強力な近似式のおかげで、私たちは複雑な平方根の計算をすることなく、干渉の条件を明快な代数式で扱うことができるのです。

5. 干渉条件(明線・暗線)の導出

ヤングの実験における経路差を、装置の寸法を用いて ΔL = dx/L と近似できるようになった今、私たちは、スクリーン上のどの位置に明るい線(明線)が現れ、どの位置に暗い線(暗線)が現れるのかを、定量的に予測する準備が整いました。

そのための論理は、非常に明快です。

  1. 波動一般に成り立つ、普遍的な**干渉の条件(位相差または経路差)**を思い出す。
  2. その条件式に、ヤングの実験で導出した経路差の近似式 ΔL = dx/L を代入する。
  3. その結果得られた方程式を、スクリーン上の位置 x について解く。

5.1. 普遍的な干渉条件の再確認

Module 4で学んだように、二つの同位相の波源から出る波が、ある点で干渉するときの条件は、その点までの経路差 ΔL によって決まります。

  • 強めあう条件(建設的干渉):二つの波が同位相で重なり、振幅が最大になる。ΔL = mλ (m = 0, 1, 2, …)(経路差が、波長の整数倍)
  • 弱めあう条件(破壊的干渉):二つの波が逆位相で重なり、振幅が最小(ゼロ)になる。ΔL = (m + 1/2)λ (m = 0, 1, 2, …)(経路差が、波長の半整数倍)

ヤングの実験では、複スリット S₁, S₂ が同位相の波源として機能するため、この条件をそのまま適用することができます。

5.2. 明線の条件(Bright Fringes)

スクリーン上に明線ができるのは、S₁ からの光と S₂ からの光が強めあう場所です。

したがって、明線ができる位置 x は、強めあいの条件 ΔL = mλ を満たさなければなりません。

ここに、経路差の近似式 ΔL = dx/L を代入します。

\[ \frac{dx}{L} = m\lambda \]

この式を、明線が現れる位置 x について解きます。m 番目の明線の位置を x_m と書くことにします。

明線の条件式:

\[ x_m = m \frac{\lambda L}{d} \quad (m = 0, \pm 1, \pm 2, \dots) \]

この式が、スクリーン上に明線が現れる位置を正確に与えます。

  • m=0 の明線:x₀ = 0。これはスクリーンの中央 O を指します。中央では経路差がゼロ (ΔL=0) なので、必ず強めあい、最も明るい線ができます。これを中央明線と呼びます。
  • m=1 の明線:x₁ = λL/d。中央明線の両隣に、1番目の明線が現れます。
  • m=2 の明線:x₂ = 2λL/d。そのさらに外側に、2番目の明線が現れます。

m は干渉の次数と呼ばれ、中央からの順番を表す整数です。

5.3. 暗線の条件(Dark Fringes)

スクリーン上に暗線ができるのは、S₁ からの光と S₂ からの光が弱めあう場所です。

したがって、暗線ができる位置 x は、弱めあいの条件 ΔL = (m + 1/2)λ を満たさなければなりません。

同様に、経路差の近似式 ΔL = dx/L を代入します。

\[ \frac{dx}{L} = \left(m + \frac{1}{2}\right)\lambda \]

この式を、m 番目の暗線の位置 x_m について解きます。

暗線の条件式:

\[ x_m = \left(m + \frac{1}{2}\right) \frac{\lambda L}{d} \quad (m = 0, \pm 1, \pm 2, \dots) \]

この式が、スクリーン上に暗線が現れる位置を与えます。

  • m=0 の暗線:x₀ = (1/2)λL/d。中央明線と1次の明線の、ちょうど中間の位置に、最初の暗線が現れます。
  • m=1 の暗線:x₁ = (1 + 1/2)λL/d = (3/2)λL/d。1次の明線と2次の明線の間に、次の暗線が現れます。

注意点として、教科書によっては弱めあいの条件を ΔL = (2m+1)λ/2 と表現することもあります。この場合、m の数え方が m=0, 1, 2, ... で λ/2, 3λ/2, 5λ/2, ... を表すので、結果は同じになります。どちらの表現を用いても構いませんが、m が何を指すのかを常に意識することが重要です。

5.4. 干渉縞の構造のまとめ

以上の結果から、ヤングの実験で観測される干渉縞は、以下のような構造を持つことがわかります。

  1. 中心は必ず明線: スクリーンの中央 (x=0) は、経路差がゼロであるため、常に中央明線 (m=0) となります。
  2. 明暗の交互配置: 中央明線を基準として、その両側に、暗線、明線、暗線、明線… というパターンが、対称に、そして規則正しく繰り返されます。
  3. 等間隔の配置m 番目の明線の位置は m(λL/d)m 番目の暗線の位置は (m+1/2)(λL/d) です。これから分かるように、明線同士の間隔、および暗線同士の間隔は、すべて一定になります。この「等間隔」という性質については、次章で詳しく見ていきます。

これらの条件式は、ヤングの実験に関する問題を解く際の、まさに「鍵」となる公式です。しかし、単に暗記するのではなく、「経路差=(半)整数波長」という物理的な干渉条件に、「ΔL=dx/L」という幾何学的な近似を結びつけた結果である、という導出のストーリーを理解しておくことが、応用力を養う上で何よりも大切です。

6. 明線間隔の公式

ヤングの実験でスクリーン上に現れる干渉縞は、ただ明暗が交互に並んでいるだけでなく、その間隔が非常に規則正しいという特徴を持っています。隣り合う明るい線(明線)と明線の間の距離は、中央付近ではどこでもほぼ一定です。この明線間隔は、実験の諸条件(光の波長 λ、スリット間隔 d、スクリーンまでの距離 L)と直接結びついており、これを測定することで、逆に光の波長などを知ることができます。

6.1. 明線間隔 Δx の導出

明線間隔 Δx を求めるには、隣り合う二つの明線の位置の差を計算すればよいだけです。

前章で導出したように、m 番目 (m は整数) の明線がスクリーン上に現れる位置 x_m は、

\[ x_m = m \frac{\lambda L}{d} \]

で与えられます。

では、その一つ外側にある、(m+1) 番目の明線の位置 x_{m+1} はどうなるでしょうか。

上の式の m を (m+1) に置き換えるだけです。

\[ x_{m+1} = (m+1) \frac{\lambda L}{d} \]

明線間隔 Δx は、この二つの位置の差として定義されます。

\[ \Delta x = x_{m+1} – x_m \]

それぞれの式を代入して計算してみましょう。

\[ \Delta x = (m+1) \frac{\lambda L}{d} – m \frac{\lambda L}{d} \]

\[ \Delta x = \left{ (m+1) – m \right} \frac{\lambda L}{d} \]

\[ \Delta x = 1 \cdot \frac{\lambda L}{d} \]

明線間隔の公式:

\[ \Delta x = \frac{\lambda L}{d} \]

6.2. 公式の解釈と重要な帰結

この導出から、いくつかの非常に重要な結論が導かれます。

結論1:明線は等間隔に並ぶ

導出された Δx の式には、干渉の次数 m が含まれていません。これは、明線間隔 Δx の値が、スクリーンの中央 (m=0) 付近でも、その外側 (m が大きい場所) でも、常に一定であることを意味します。

(ただし、これは x が L に比べて十分に小さい範囲で成り立つ近似です。スクリーンのはるか端の方では、多少の間隔の広がりが生じます。)

同様の計算を暗線について行うと、隣り合う暗線同士の間隔も、また明線と暗線の間隔も、すべて一定になることがわかります。

  • m 番目の暗線の位置: x'_m = (m+1/2)λL/d
  • (m+1) 番目の暗線の位置: x'_{m+1} = (m+1+1/2)λL/d
  • 暗線間隔: x'_{m+1} - x'_m = λL/d = Δx
  • m番目の明線とm番目の暗線の間隔: x'_m - x_m = (m+1/2)λL/d - mλL/d = (1/2)λL/d = Δx/2

結論2:Δx から波長 λ を測定できる

明線間隔の公式 Δx = λL/d を、波長 λ について解き直してみましょう。

\[ \lambda = \frac{d \Delta x}{L} \]

この式は、ヤングの実験の最も重要な応用の一つを示しています。

  • d (スリット間隔): これは、実験装置の製作時に精密に測定できる、既知の値です。
  • L (スクリーンまでの距離): これも、ものさしで簡単に測定できます。
  • Δx (明線間隔): スクリーン上にできた干渉縞の、例えば10本分の長さを測り、それを10で割るなどすれば、精度よく測定できます。

このように、すべてマクロなスケールで測定可能な量 (dLΔx) から、目に見えないほどミクロな光の波長 λ を、間接的に、しかし正確に決定することができるのです。ヤングが初めて光の波長を算出したのも、この原理に基づいています。

6.3. 具体例

【問題】

スリット間隔 d = 0.10 mm、スクリーンまでの距離 L = 2.0 m の条件でヤングの実験を行ったところ、スクリーン上にできた干渉縞の、隣り合う明線の間隔は 1.2 cm であった。この光の波長 λ は何 nm か。

(1 mm = 10⁻³ m, 1 cm = 10⁻² m, 1 nm = 10⁻⁹ m)

【解法】

  1. 単位をSI単位系(メートル)に統一する:d = 0.10 \text{ mm} = 0.10 \times 10^{-3} \text{ m} = 1.0 \times 10^{-4} \text{ m}L = 2.0 \text{ m}Δx = 1.2 \text{ cm} = 1.2 \times 10^{-2} \text{ m}
  2. 波長を求める公式を適用する:λ = dΔx / L\[ \lambda = \frac{(1.0 \times 10^{-4} \text{ m}) \times (1.2 \times 10^{-2} \text{ m})}{2.0 \text{ m}} \]\[ \lambda = \frac{1.2}{2.0} \times 10^{-6} \text{ m} = 0.60 \times 10^{-6} \text{ m} \]
  3. 単位をナノメートル [nm] に変換する:0.60 \times 10⁻⁶ m を nm に変換するには、10⁹ を掛ければよい。λ = (0.60 \times 10⁻⁶) \times 10⁹ \text{ nm} = 0.60 \times 10³ \text{ nm} = 600 \text{ nm}

【答え】

この光の波長は 600 nm である。これは、可視光スペクトルの中では、オレンジ色の光に相当します。

このように、明線間隔の公式は、実験結果を分析し、光の根源的な性質である波長を明らかにするための、強力な架け橋となるのです。

7. 白色光を用いた場合の干渉縞

これまでの議論では、ヤングの実験に**単色光(単一の波長 λ を持つ光)**を用いることを前提としてきました。単色光を用いると、スクリーン上には、その色に対応した、くっきりとした明暗の縞模様が等間隔に並びます。

では、もし光源として、太陽光や白色電球のような白色光 (white light) を用いた場合、干渉縞はどのように見えるのでしょうか。白色光は、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫といった、虹のすべての色(すなわち、連続的な様々な波長)の光が混ざり合ったものです。この多様な波長の光が、それぞれ干渉を起こした結果、スクリーン上には色彩豊かな、複雑で美しいパターンが現れます。

7.1. 各色の光が作る干渉縞

白色光を、様々な色の単色光の「束」として考えてみましょう。

それぞれの色の光(それぞれの波長 λ の光)は、独立にヤングの干渉を起こし、スクリーン上にそれぞれの明暗の縞模様を作ろうとします。

ここで、明線間隔の公式 Δx = λL/d が鍵となります。

この式は、明線間隔 Δx が、光の波長 λ に正比例することを示しています。

  • 赤色の光 (λ_red ≈ 700 nm): 波長が長いため、明線間隔 Δx は最も広くなります。
  • 紫色の光 (λ_violet ≈ 400 nm): 波長が短いため、明線間隔 Δx は最も狭くなります。
  • その他の色の光: 波長に応じて、赤と紫の中間の間隔の縞模様を作ります。

スクリーン上には、これらの「間隔が異なる、各色の干渉縞」が、すべて同時に重ね合わさって映し出されることになります。

7.2. 白色光による干渉縞の具体的な様子

この重ね合わせの結果、スクリーン上にはどのようなパターンが見えるのでしょうか。

中央明線 (m=0)

まず、スクリーンの中央 (x=0) を考えます。

中央では、経路差が ΔL = 0 です。

経路差がゼロの場合、波長 λ の値にかかわらず、すべての色の光が強めあいの条件 ΔL = 0・λ = 0 を満たします。

したがって、中央では、赤、緑、青をはじめとするすべての色の光が強めあうため、それらが混ざり合って、明るい白色の線ができます。

これを中央の白色明線と呼びます。

1次のスペクトル (m=1)

次に、中央から少し離れた場所を考えます。

中央から外側に行くにつれて、経路差 ΔL は大きくなっていきます。

  • 紫の明線: まず、波長が最も短い紫色の光が、ΔL = 1 × λ_violet という強めあいの条件を満たし、m=1 の明線を作ります。
  • 赤の明線: 波長が長い赤色の光が、ΔL = 1 × λ_red という強めあいの条件を満たすのは、紫の明線よりもさらに外側の、より経路差が大きい場所です。

その結果、m=1 の領域では、明線が現れる位置が色によってずれるため、干渉縞は虹色のスペクトルのように見えます。

  • 内側(中央に近い側)が紫色
  • 外側(中央から遠い側)が赤色という、プリズムで光を分光したときと同じ色の順番の、美しい帯ができます。

2次以降のスペクトル (m ≥ 2)

m=2, m=3 と、中央からさらに離れると、このスペクトルの帯が繰り返し現れます。

しかし、外側に行くほど、異なる次数のスペクトルが重なり合い始めます。例えば、m=3 の紫の明線と、m=2 の赤の明線が、近い位置に現れることがあります。

これにより、外側の縞模様は、色が混じり合って次第にぼやけていき、やがてはっきりとした色の分離が見られなくなり、均一な明るさの白色光に近づいていきます。

7.3. まとめ:白色光の干渉縞の特徴

  1. 中央は、明るい白色の明線となる。
  2. その両側に、内側が紫、外側が赤の順に並んだ、虹色のスペクトルが(一次、二次、…と)繰り返し現れる。
  3. 次数 m が大きくなる(中央から離れる)ほど、スペクトルは広がり、次第に色が重なってぼやけていく

この白色光による干渉縞は、光が波であり、かつ、色によってその波長が異なるという、二つの重要な事実を、一枚の美しい絵のように示してくれるのです。CDやシャボン玉の表面が虹色に見えるのも、白色光が微細な構造によって干渉を起こし、光が波長ごとに分けられる、同様の原理に基づいています。

8. 光の波長と干渉縞の関係

ヤングの実験によって得られる干渉縞のパターンは、闇雲に現れるわけではありません。その縞模様の幅(間隔)は、実験に用いる光の性質、特にその波長 λ によって、精密にコントロールされています。この関係性を理解することは、干渉という現象を定量的に把握し、また、干渉縞の観察から光の性質を逆に推測するために不可欠です。

この関係を支配する基本法則は、Module 9-6で導出した明線間隔の公式です。

\[ \Delta x = \frac{\lambda L}{d} \]

ここで、

  • Δx は隣り合う明線(または暗線)の間隔
  • λ は光の波長
  • L はスリットからスクリーンまでの距離
  • d は複スリットの間隔です。

この章では、この公式の中から、特に波長 λ と明線間隔 Δx の関係に焦点を当てて、その物理的な意味と帰結を探ります。

8.1. 比例関係:Δx ∝ λ

明線間隔の公式 Δx = (L/d)λ を見ると、実験装置の構成 (L と d) が一定である限り、L/d は定数となります。

したがって、明線間隔 Δx は、光の波長 λ に正比例するという、極めてシンプルな関係が成り立ちます。

\[ \Delta x \propto \lambda \]

この比例関係が意味することは、以下の通りです。

波長の長い光ほど、干渉縞の間隔は広くなる。

波長の短い光ほど、干渉縞の間隔は狭くなる。

8.2. 可視光における縞模様の違い

この法則を、私たちが「色」として認識している可視光のスペクトルに当てはめて考えてみましょう。

可視光の波長は、おおよそ以下の範囲にあります。

  • 赤色光λ が最も長い(約 620 nm ~ 750 nm)
  • 橙色光
  • 黄色光
  • 緑色光
  • 青色光
  • 紫色光λ が最も短い(約 380 nm ~ 450 nm)

同じ実験装置 (L と d が同じ) を使って、光源の色だけを変えてヤングの実験を行った場合、スクリーン上に現れる干渉縞は、以下のように変化します。

  • 赤色レーザーを光源にした場合:λ が長いため、Δx は最も大きくなります。スクリーン上には、ゆったりとした、幅の広い縞模様が観測されます。
  • 緑色レーザーを光源にした場合:赤色光より λ が短いため、Δx は赤色の場合よりも狭くなります。縞模様は、より密に詰まったパターンになります。
  • 青色(または紫色)レーザーを光源にした場合:λ が短いため、Δx は最も狭くなります。非常に細かく、隣との間隔が詰まった縞模様が観測されます。

この関係は、前章で学んだ「白色光を用いた場合の干渉縞」の構造を、より深く理解する助けとなります。白色光の干渉で、中央の白色明線の両側に「内側が紫、外側が赤」のスペクトルが現れたのは、まさにこの Δx ∝ λ の関係によるものです。すべての色の m=1 の明線を考えると、波長の短い紫の明線は Δx が小さいため中央に最も近く、波長の長い赤の明線は Δx が大きいため中央から最も遠い位置に現れるのです。

8.3. 物理的な解釈:なぜ波長が長いと間隔が広がるのか?

数式の上では Δx ∝ λ であることは明らかですが、その物理的な意味を直感的に捉えることも重要です。

干渉の明暗のパターンは、経路差 ΔL が、波長 λ の整数倍になるか、半整数倍になるかで決まります。

ΔL = dx/L なので、スクリーン上の位置 x が大きくなるほど、経路差 ΔL も大きくなります。

  • **波長 λ が長い(赤い光)**場合を考えてみましょう。経路差が 0(中央明線)から、次の強めあいの条件である ΔL = λ に達するためには、より大きな経路差が必要になります。そのためには、スクリーンの中央から、より遠くまで(x を大きく)移動しなければなりません。結果として、最初の明線 (m=1) は、中央から離れた位置にでき、縞の間隔は広くなります。
  • **波長 λ が短い(紫の光)**場合。次の強めあいの条件 ΔL = λ に達するために必要な経路差は、赤色光の場合よりも小さいです。したがって、中央からほんの少し移動しただけで(x が小さい段階で)、すぐに m=1 の明線の条件を満たしてしまいます。結果として、縞の間隔は狭くなります。

つまり、波長 λ は、干渉の条件を判定するための「ものさし」の目盛りの大きさのようなものです。ものさしの目盛りが大きい(λ が長い)ほど、次の目盛りに到達するまでにより長い距離が必要になり、結果として縞模様全体が引き伸ばされる、と理解することができます。

9. スリット間隔・スクリーン距離と干渉縞の関係

干渉縞の間隔 Δx は、光源の波長 λ だけでなく、実験装置の幾何学的な配置によっても大きく変化します。具体的には、複スリットの間隔 d と、スリットからスクリーンまでの距離 L です。これらのパラメータを変化させることで、干渉縞を観測しやすくしたり、測定の精度を上げたりすることが可能になります。

これらの関係もまた、明線間隔の公式 Δx = λL/d から、すべてを読み取ることができます。

9.1. スクリーンまでの距離 L との間に成り立つ関係

公式 Δx = λ(L/d) において、λ と d を一定とすると、明線間隔 Δx はスクリーンまでの距離 L に正比例することがわかります。

\[ \Delta x \propto L \]

この関係が意味することは、以下の通りです。

スリットからスクリーンまでの距離 L を長くするほど、干渉縞の間隔 Δx は広くなる。

距離 L を短くするほど、間隔 Δx は狭くなる。

物理的な解釈

これは、スクリーンを遠ざけることで、干渉のパターンが「拡大投影」される、と考えると直感的に理解できます。

二つのスリット S₁, S₂ から出る光は、ある角度 θ の方向に進むものが強めあったり弱めあったりします。強めあう方向 θ_m は、d sinθ_m = mλ という関係で決まり、これはスクリーンまでの距離 L には依存しません。

スクリーン上の位置 x は、x = L tanθ で与えられます。

スクリーンを遠ざける(L を大きくする)と、同じ角度 θ であっても、スクリーン上の位置 x は L に比例して大きくなります。

その結果、縞模様全体が、スクリーンを遠ざけるにつれて、相似形を保ったまま拡大していくのです。

実験上の意義

干渉縞は、通常、非常に細かいものです。Δx を大きくして観測しやすくするためには、スクリーン L をできるだけ遠くに置くことが有効な手段となります。

9.2. スリット間隔 d との関係

次に、公式 Δx = (λL)/d において、λ と L を一定とすると、明線間隔 Δx はスリット間隔 d に反比例することがわかります。

\[ \Delta x \propto \frac{1}{d} \]

この関係が意味することは、以下の通りです。

二つのスリットの間隔 d を狭くするほど、干渉縞の間隔 Δx は広くなる。

スリットの間隔 d を広くするほど、間隔 Δx は狭くなる。

物理的な解釈

この反比例の関係は、少し直感に反するように感じられるかもしれませんが、経路差の式 ΔL = dx/L に立ち返ると理解できます。

スクリーン上の同じ位置 x であっても、スリット間隔 d が大きいと、経路差 ΔL は大きくなります。

つまり、スリット間隔 d が広いと、スクリーンの中央から少し移動しただけで、経路差は急速に λ, 2λ, … と変化していきます。その結果、明線や暗線は、スクリーンの中央付近に、ぎゅっと詰まって現れることになります。縞の間隔 Δx は狭くなります。

逆に、スリット間隔 d が非常に狭いと、経路差 ΔL を λ だけ変化させるためには、スクリーン上でかなり大きな距離 x を移動する必要があります。その結果、縞模様は、ゆったりとした、間隔の広いパターンになります。Δx は広くなります。

実験上の意義

この関係もまた、観測のしやすさに直結します。幅の広い、観測しやすい干渉縞を得るためには、二つのスリットの間隔 d を、できるだけ狭くする必要があるのです。ヤングが最初に実験を行った際も、光の波長が非常に短いことを知らなかったため、干渉縞を観測するのに適した、十分に狭いスリットを用意するのに大変苦労したと言われています。

9.3. パラメータのまとめ

ヤングの実験における干渉縞の間隔 Δx は、以下の3つのパラメータによって制御されます。

パラメータΔx との関係Δx を広くするには
光の波長 λ比例 (Δx ∝ λ)波長の長い光を使う(例:赤色光)
スクリーン距離 L比例 (Δx ∝ L)スクリーンを遠くに置く
スリット間隔 d反比例 (Δx ∝ 1/d)スリットの間隔を狭くする

これらの関係性を理解しておくことは、実験結果を予測したり、問題文で与えられた状況の変化が、干渉縞にどのような影響を与えるかを定性的に判断したりする上で、非常に重要です。例えば、「光源を赤色から青色に変え、スクリーンを2倍遠くに置いた。明線間隔は何倍になるか?」といった問題に、迅速かつ正確に答えることができるようになります。

10. 水中など媒質中でのヤングの実験

ヤングの実験は、通常、空気中で行われます。では、もし実験装置全体を、水やガラスのような、空気とは屈折率が異なる媒質の中に沈めて行った場合、スクリーン上に現れる干渉縞はどのように変化するのでしょうか。

この問いに答える鍵は、Module 6で学んだ**「屈折における波長と速さの変化」**にあります。媒質が変わることによって、光の基本的な性質のうち、何が変わり、何が変わらないのかを正確に把握することが、結論への道筋を示します。

10.1. 媒質中で変化する物理量:波長 λ'

光が、真空(または空気、屈折率 n₀ ≈ 1)中から、屈折率 n (n > 1) の媒質(例えば水、n ≈ 1.33)の中に入ると、その性質は以下のように変化します。

  • 振動数 f不変。振動数は光源によって決まり、媒質を通過する過程で変化しません。
  • 速さ v変化する。媒質中での光速は v = c/n となり、真空中に比べて 1/n 倍に遅くなります。(c は真空中の光速)
  • 波長 λ’: 変化する。波の基本式 v = fλ’ より、λ’ = v/f。f が不変で v が遅くなるため、波長も短くなります。\[ \lambda’ = \frac{v}{f} = \frac{c/n}{f} = \frac{1}{n} \left(\frac{c}{f}\right) \]ここで、c/f は真空(空気)中での波長 λ に等しいので、\[ \lambda’ = \frac{\lambda}{n} \]となります。

結論として、ヤングの実験を屈折率 n の媒質中で行うと、光の波長が、空気中の値 λ に比べて 1/n 倍に短くなる、ということが、最も本質的な変化です。

10.2. 干渉縞への影響

この「波長の短縮」が、干渉の条件や縞模様の間隔にどのような影響を与えるかを考えてみましょう。

ヤングの実験に関するすべての公式は、波長 λ を含んでいます。したがって、媒質中で実験を行う場合は、これらの公式に現れる λ を、すべて媒質中での波長 λ’ = λ/n に置き換えてあげればよいのです。

経路差

経路差の近似式 ΔL = dx/L は、純粋に実験装置の幾何学的な配置だけで決まるため、媒質の種類には依存しません。

干渉条件

  • 明線の条件: ΔL = mλ’dx/L = m(λ/n)\[ x_m = m \frac{\lambda L}{nd} \]
  • 暗線の条件: ΔL = (m + 1/2)λ’dx/L = (m+1/2)(λ/n)\[ x_m = \left(m + \frac{1}{2}\right) \frac{\lambda L}{nd} \]

明線間隔

空気中での明線間隔を Δx、媒質中での明線間隔を Δx' とします。

  • 空気中: Δx = λL/d
  • 媒質中: λ を λ’ = λ/n で置き換えて、\[ \Delta x’ = \frac{\lambda’ L}{d} = \frac{(\lambda/n) L}{d} = \frac{1}{n} \left(\frac{\lambda L}{d}\right) \]したがって、\[ \Delta x’ = \frac{\Delta x}{n} \]

10.3. 結論:干渉縞は 1/n 倍に縮む

以上の計算から、以下の明確な結論が導かれます。

ヤングの実験を、空気中(屈折率 ≈1)から、屈折率 n の媒質中に移して行うと、干渉縞の明線間隔は 1/n 倍に狭くなる(縮む)。

例えば、実験全体を水 (n ≈ 1.33) の中に沈めると、スクリーン上に現れる干渉縞の間隔は、空気中で行った場合に比べて、1/1.33、すなわち約75%にまで縮まってしまいます。

物理的な解釈

なぜ、縞模様が縮むのでしょうか。

干渉の明暗のパターンは、経路差 ΔL が、その場での波長 λ’ の整数倍になるか、半整数倍になるかで決まります。

媒質中では、波長 λ’ が空気中に比べて 1/n に短縮されています。

干渉条件を決める「ものさし」の目盛りが、1/n に短くなった、と考えることができます。

そのため、次の明線の条件(経路差が λ’ になる)を満たすために必要な経路差も小さくて済みます。結果として、スクリーン上では、より狭い間隔で次々と明線や暗線が現れることになり、縞模様全体が中央に向かってぎゅっと圧縮されるのです。

この思考実験は、光の干渉が、実験が行われる「舞台」である媒質の性質に、いかに敏感に影響されるかを示しています。そして、その影響が、媒質中での「波長の短縮」という、ただ一つの物理的な変化に起因することを理解することが、この問題を解く鍵となります。

Module 9:光の干渉(1)ヤングの実験 の総括:波が見せる光と闇の芸術

本モジュール「光の干渉(1)ヤングの実験」の探求は、私たちを19世紀初頭の、光の本質を巡る論争のまっただ中へと誘いました。そして、トマス・ヤングが考案した、一本の光を二つのスリットで分けるという、シンプルでありながら天才的な実験が、いかにして光の「波動説」を勝利へと導く決定的な一撃となったか、その歴史的なドラマを追体験しました。

私たちは、ヤングの実験の成功の鍵が、「可干渉性(コヒーレンス)」という概念にあることを見抜きました。二つの独立した光源では決して得られない、振動数と位相関係が完全に同期した波源を、「波面の分割」という巧妙な手法で創り出す複スリットの役割は、この実験の物理的な核心でした。

次に、私たちは幾何学の世界へと足を踏み入れ、スクリーン上の点までの「経路差」を ΔL = dx/L という近似式で表現する技術を習得しました。この幾何学的な量と、「経路差が(半)整数波長」という物理的な干渉条件とを結びつけることで、私たちは、スクリーン上に現れる明線と暗線の位置を、x_m = m(λL/d) という数式で予言する力を手に入れました。

さらに、この数式から導かれる「明線間隔の公式 Δx = λL/d」は、私たちに二つの重要な洞察を与えてくれました。一つは、干渉縞が規則正しい等間隔のパターンを描くという、その構造の美しさ。そしてもう一つは、縞の間隔というマクロな測定量から、光の波長というミクロな物理量を決定できるという、物理学の驚くべき測定能力です。

最後に、白色光を用いた場合の色彩豊かなスペクトルや、媒質中での実験における縞模様の収縮といった応用的な考察を通じて、ヤングの実験という一つの現象が、いかに多様で豊かな側面を持っているかを確認しました。

ヤングの実験は、単なる歴史的な逸話ではありません。それは、「重ね合わせの原理」という波の基本法則が、いかにして観測可能な、そして美しい秩序(干渉縞)を創発させるかを示す、波動物理学の生きた手本です。光と光を重ねて闇を生み出すこの不思議な現象は、光が私たちの直感を超えた、波としての深遠な性質を持つことの、何よりの証なのです。

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