【基礎 生物】Module 2:細胞の構造と機能

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本モジュールの目的と構成

前回のモジュールでは、生命を構成する炭水化物、脂質、タンパク質、核酸といった個々の「部品」の化学的な性質を探求しました。しかし、これらの分子は単独で存在するだけでは生命とはなりえません。生命がその真価を発揮するためには、これらの部品が精巧に組み上げられ、高度に組織化された一つのシステム、すなわち「細胞」という器に収められる必要があります。細胞は、すべての生物に共通する構造上・機能上の基本単位であり、生命活動が営まれる最小の舞台です。

本モジュールでは、分子の世界から一つ上の階層へと足を踏み入れ、生命という名の精巧な「マイクロマシン」あるいは「ミクロな都市」である細胞の内部を探検します。細胞の発見から、その内部に広がる複雑な区画構造、そして各区画が担う専門的な機能までを解き明かしていくことで、生命がいかにして無秩序な分子の集まりから、秩序だった調和のとれた活動体へと飛躍するのか、その構造的な基盤を理解することを目的とします。ここでは、各構造を単なる暗記事項としてではなく、細胞という一つのシステムを動かすために、それぞれがどのような役割を担い、互いにどう連携しているのかという「システム思考」の視点を養います。

このミクロな都市を旅するために、本モジュールは以下の論理的な道筋をたどります。

  1. 細胞説の確立とその意義: まず、人類がどのようにして「細胞」という根源的な生命単位を発見し、それが全ての生物の基本であるという「細胞説」を打ち立てたのか、その科学史的な探求から始めます。
  2. 真核細胞と原核細胞の構造的差異: 生命の設計図には大きく二つの様式、原核細胞と真核細胞があります。両者の構造的な違いを比較し、特に真核細胞の複雑さがどのようにして生まれたのか、その進化的背景に迫ります。
  3. 細胞小器官の機能分担: 真核細胞という都市の内部に分け入り、司令塔である「核」、発電所の「ミトコンドリア」、生産ラインの「小胞体」など、驚くほど専門化された各施設(細胞小器官)が、どのように機能分担しているかを詳述します。
  4. 細胞膜の構造(流動モザイクモデル)と、選択的透過性: 都市を外界から隔てる「城壁」であり、物流を管理する「関所」でもある細胞膜。そのしなやかで動的な構造と、物質の出入りを厳密に制御する仕組みを探ります。
  5. 細胞間の結合: 多細胞生物という巨大な都市国家において、個々の細胞(市民)がどのようにして互いに結びつき、コミュニケーションをとっているのか、その接着と連絡の様式を学びます。
  6. 細胞骨格の役割: 都市の形を支え、内部の交通網を整備する「インフラストラクチャー」、細胞骨格。その三種類の主要なタンパク質繊維が担う、動的で多様な役割を解き明かします。
  7. 動物細胞と植物細胞の比較: 動物と植物、二つの主要な細胞王国の構造的な違いを比較し、それぞれの生き方に合わせた設計思想を読み解きます。
  8. 細胞の大きさの限界: なぜ細胞は、私たちの目に見えないほど小さいのか?その大きさの限界を決定づける、物理的・数学的な根本原理に迫ります。
  9. 細胞分画法: 科学者たちは、この微小な都市の各施設をどのようにして分離し、その機能を突き止めてきたのか。その巧妙な研究手法を紹介します。
  10. 電子顕微鏡と光学顕微鏡: 私たちの細胞への理解を飛躍的に深めてきた「眼」、顕微鏡。光と電子、二つの異なる原理が、いかにしてミクロの世界を可視化してきたかを学びます。

このモジュールを終えるとき、皆さんは生命が単なる分子のスープではなく、無数の部品がそれぞれ定められた場所で、定められた役割を果たす、高度に区画化(コンパートメント化)され、組織化された動的なシステムであることを深く実感するでしょう。さあ、生命の基本単位、細胞をめぐる知の探検に出発しましょう。

目次

1. 細胞説の確立とその意義

現代の私たちが、生物は「細胞」という基本単位からできていると当たり前のように語れるのは、ひとえに過去数百年にわたる科学者たちの飽くなき探求の賜物です。顕微鏡という新しい「眼」を手に入れた人類が、ミクロの世界に生命の統一的な原理を見出し、「細胞説」として結実させるまでの道のりは、科学的発見の本質、すなわち観察、着想、そして論争と検証のプロセスそのものを映し出しています。このセクションでは、細胞説が確立されるまでの歴史的な経緯をたどり、この説が生物学全体に与えた計り知れない意義を探求します。

1.1. ミクロ世界の発見:フックとレーウェンフックの貢献

細胞の世界への扉が初めて開かれたのは、17世紀のことです。その立役者となったのが、顕微鏡 (microscope) の発明と改良でした。

1665年、イギリスの科学者ロバート・フック (Robert Hooke) は、自作の顕微鏡を用いてコルクの薄片を観察しました。そこで彼が目にしたのは、無数の小さな「部屋」が蜂の巣のように並んだ構造でした。フックは、この小部屋を修道院の個室になぞらえ、「cell(細胞)」と名付けました。これが、生物学史上初めて「細胞」という言葉が用いられた瞬間です。ただし、フックが観察したのは、死んだ植物細胞の、細胞壁だけが残った「抜け殻」でした。彼自身は、この小部屋が生命活動の単位であるとは認識していませんでした。

フックとほぼ同時代、オランダの商人であったアントニ・ファン・レーウェンフック (Antonie van Leeuwenhoek) は、趣味でレンズを磨き、フックの顕微鏡よりもはるかに倍率の高い、単レンズの高性能顕微鏡を自作しました。彼は、池の水や雨水、自分自身の歯垢など、ありとあらゆるものを観察し、そこにうごめく無数の「微小動物 (animalcules)」を発見しました。これらは、今日でいう原生動物や細菌、赤血球、精子などであり、レーウェンフックは生きた細胞を初めて詳細に観察した人物として歴史に名を刻んでいます。

彼らの発見は、それまで肉眼では見ることのできなかった、驚くべきミクロの世界の存在を人々に知らしめました。しかし、これらの発見から、全ての生物に共通する普遍的な原理、すなわち細胞説が提唱されるまでには、さらに150年以上の歳月を要することになります。これは、当時の顕微鏡の性能の限界や、観察された多様な構造の中から共通のパターンを見出すことの困難さによるものでした。

1.2. 細胞説の提唱:シュライデンとシュワンの洞察

19世紀に入り、顕微鏡の性能が飛躍的に向上すると、生物の微細構造に関する知見が急速に蓄積されていきました。この流れの中で、ついに生命の統一理論として「細胞説」が形作られます。その中心となったのが、ドイツの二人の科学者、植物学者のマティアス・シュライデン (Matthias Schleiden) と、動物学者のテオドール・シュワン (Theodor Schwann) です。

1838年、シュライデンは、様々な植物を詳細に観察した結果、「全ての植物体は、細胞の集合体である」と結論づけました。彼は、植物の発生が細胞の形成から始まることを突き止め、細胞が植物の構造と機能の基本単位であると主張しました。

シュライデンと親交のあったシュワンは、この考えに触発され、自身の研究対象である動物組織にも同じ原理が当てはまるのではないかと考えました。彼は、動物の軟骨組織や結合組織などを観察し、それらもまた細胞から構成されていることを確認しました。そして1839年、シュワンはシュライデンの説を動物界にまで拡張し、「全ての生物(動物と植物)は細胞からできており、細胞こそが生命の基本単位である」という、より普遍的な学説を発表しました。

これが、一般に「細胞説 (Cell Theory)」と呼ばれる学説の誕生です。シュライデンとシュワンによって提唱された細胞説の要点は、以下の2点にまとめられます。

  1. 全ての生物は、一個またはそれ以上の細胞から構成されている。
  2. 細胞は、生命の構造上および機能上の基本単位である。

この説は、それまで別個のものと考えられていた植物と動物の世界を、「細胞」という共通の土台の上で統一する、画期的なものでした。生物学は、単なる博物学的な記載の集積から、普遍的な法則を探求する近代科学へと大きく舵を切ることになったのです。

1.3. 細胞説の完成:「全ての細胞は細胞から」

シュライデンとシュワンの細胞説は偉大な功績でしたが、一つ重要な問題が残されていました。それは、「新しい細胞はどこから来るのか?」という問いです。シュライデンとシュワンは、細胞は結晶が形成されるように、非細胞物質から自発的に生じる(無からの新生)と考えていました。これは、アリストテレス以来の自然発生説的な考え方を引きずったものであり、誤りでした。

この最後のピースを埋めたのが、ドイツの病理学者ルドルフ・フィルヒョー (Rudolf Virchow) でした。彼は、病気の組織を観察する中で、細胞が分裂して増殖する様子を数多く見出しました。そして1855年、彼は「Omnis cellula e cellula」(オムニス・セルラ・エ・セルラ)、すなわち「全ての細胞は、細胞から生じる」という有名な言葉で、細胞の起源を明確にしました。これは、細胞は既存の細胞の分裂によってのみ生み出されるという細胞分裂説であり、自然発生説を完全に否定するものでした。

このフィルヒョーの貢献により、細胞説は完成され、現代の生物学の根幹をなす以下の3つの原則として確立されました。

現代の細胞説 (Modern Cell Theory)

  1. 全ての生物は細胞からなる。
  2. 細胞は生命の基本単位である。
  3. 全ての細胞は既存の細胞の分裂によって生じる。

この3つの原則は、生命とは何か、生命はどのようにして維持され、受け継がれていくのかという、生物学の最も根源的な問いに対する、明確な答えを与えたのです。

1.4. 細胞説がもたらした科学的・思想的インパクト

細胞説の確立は、単に生物学の一分野に新たな知見を加えたという以上の、計り知れないインパクトを持ちました。

  1. 生物学の統一: 植物、動物、そして原生動物といった、一見全く異なる生物たちが、すべて「細胞」という共通の単位から成り立っていることを示しました。これにより、生物学の諸分野が、生命の共通原理を探るという一つの目標の下に統合される基礎が築かれました。
  2. 生命の連続性の確立: フィルヒョーの原則は、生命が親から子へ、細胞から細胞へと、途切れることなく受け継がれていく「連続性」を持つことを明確にしました。これは、遺伝や発生、進化といった分野の研究を大きく前進させる基盤となりました。
  3. 医学への貢献: フィルヒョーは「全ての病気は細胞の病気である」とも述べ、病気の原因を個体や器官のレベルだけでなく、細胞レベルの異常として捉える「細胞病理学」を創始しました。これは、現代の医学や創薬研究の基礎となっています。
  4. 還元主義的アプローチの正当化: 複雑な生命現象も、その基本単位である細胞の活動に分解(還元)して研究することで理解できる、という還元主義的なアプローチの有効性を示しました。これにより、細胞生物学、生化学、分子生物学といった分野が大きく発展しました。
  5. 自然発生説の否定: 細胞が細胞からしか生じないという考え方は、生命は無機物からいつでも自然に発生するという、長年信じられてきた自然発生説に、ルイ・パスツールの実験と共に、とどめを刺す役割を果たしました。これにより、地球上の生命の起源は、過去の特定の時点に起こった一度きりの出来事である、という現代的な生命観への道が開かれました。

1.5. 細胞説の現代における意味と、その例外

細胞説は、提唱から1世紀半以上が経過した現在でも、生物学の中心的なドグマ(教義)として揺るぎない地位を占めています。しかし、科学の進展に伴い、その境界領域や例外と見なされる存在についても議論されるようになりました。

その代表例がウイルス (Virus) です。ウイルスは、タンパク質の殻と核酸からなる粒子であり、細胞としての構造を持っていません。また、自己の力で代謝や増殖を行うことができず、他の生物の細胞に感染して初めて増殖します。このため、ウイルスは細胞説の定義する「生物」の枠外にあり、生物と無生物の中間的な存在と位置づけられています。

また、合胞体(多核体) のような構造も、細胞説の単純な描像には当てはまりにくい例です。合胞体とは、複数の細胞が融合したり、核分裂に続く細胞質分裂が起こらなかったりすることで生じる、一つの細胞膜の中に多数の核を含む細胞のことです。骨格筋の筋繊維や、一部の真菌・原生生物に見られます。これらは細胞が単位であることに変わりはありませんが、一つの細胞が一つの核を持つという典型的なイメージとは異なります。

これらの例外的な存在は、細胞説を覆すものではありません。むしろ、生命の多様性と複雑性を浮き彫りにし、「生命とは何か」という根源的な問いを、私たちに改めて投げかけるものと言えるでしょう。細胞説は、完成されたゴールではなく、生命の謎を探求し続けるための、強固な出発点なのです。

2. 真核細胞と原核細胞の構造的差異

細胞説によって、全ての生物が細胞という共通の単位からなることが明らかになりましたが、その細胞の内部構造に目を向けると、大きく分けて二つの異なる「設計思想(ボディプラン)」が存在することがわかります。それが、原核細胞 (Prokaryotic cell) と真核細胞 (Eukaryotic cell) です。バクテリア(細菌)やアーキア(古細菌)といった生物は原核細胞からなり、それ以外の原生生物、菌類、植物、動物はすべて真核細胞からなります。この二つの細胞タイプの違いを理解することは、生命の進化の壮大な道筋をたどる上で、また、真核細胞の複雑な機能を学ぶ上での基礎となります。このセクションでは、両者の構造的な差異を比較し、特に真核細胞の起源を説明する上で重要な「細胞内共生説」について掘り下げていきます。

2.1. 生命の二大様式:原核生物と真核生物

生物界は、細胞の基本構造に基づいて、原核生物 (Prokaryotes) と真核生物 (Eukaryotes) という二つの大きなグループに分類されます。

  • 原核生物 (Prokaryotes): ギリシャ語の pro(〜の前)と karyon(核)に由来し、「核を持つ前の」生物を意味します。その名の通り、後述する核膜に囲まれた明確な「核」を持ちません。細菌(バクテリア)や古細菌(アーキア)が含まれます。
  • 真核生物 (Eukaryotes): ギリシャ語の eu(真の)と karyon(核)に由来し、「真の核を持つ」生物を意味します。明確な核構造を持つ細胞からなります。私たちヒトを含む動物、植物、菌類、原生生物がこれに属します。

この分類は、生物の系統を考える上で最も基本的な区分の一つです。では、両者の細胞構造には具体的にどのような違いがあるのでしょうか。

2.2. 最大の相違点:核の有無と遺伝子の状態

原核細胞と真核細胞を分ける、最も決定的で根本的な違いは、遺伝情報(DNA)の格納様式、すなわち核の有無です。

  • 真核細胞: 遺伝情報の本体であるDNAは、核膜 (nuclear envelope) と呼ばれる二重の膜に囲まれた、球状の構造体「核 (nucleus)」の内部に保護されています。これにより、遺伝情報の保管場所(核)と、タンパク質合成の現場(細胞質)とが物理的に区画化されています。この区画化により、遺伝子発現のより複雑で精密な制御が可能になっています。
  • 原核細胞: 明確な核を持ちません。DNAは細胞質中に存在しますが、特定の領域に集まる傾向があり、その領域を「核様体 (nucleoid)」と呼びます。核様体は核膜のような膜構造には囲まれておらず、細胞質と直接接しています。

2.3. 細胞の区画化:膜系細胞小器官の有無

真核細胞のもう一つの大きな特徴は、細胞の内部が、膜でできた様々な区画に仕切られていることです。これらの膜で囲まれた内部構造を細胞小器官 (organelles) と呼びます。これにより、細胞内で同時に進行する多様な化学反応が、互いに混じり合うことなく、効率的に行われる「分業体制」が実現しています。

  • 真核細胞: 核に加えて、ミトコンドリア葉緑体小胞体ゴルジ体リソソームペルオキシソームといった、多種多様な膜系の細胞小器官を持ち、それぞれが専門的な機能を担っています。
  • 原核細胞: このような膜に囲まれた細胞小器官は、基本的に存在しません。細胞呼吸や光合成といった機能は、細胞膜やその陥入構造で行われることがありますが、真核細胞のような高度な内部区画化は見られません。原核細胞の内部は、比較的単純な一室構造と言えます。

この内部構造の複雑さの違いが、両者の機能的な差異の根源となっています。

2.4. 遺伝物質(DNA)の構造と状態

DNAそのものの構造と、それが細胞内でどのように存在しているかにも、顕著な違いが見られます。

  • 真核細胞:
    • 形状: DNAは、末端のある線状 (linear) の分子です。
    • 量・数: 通常、複数の線状DNA分子が存在します(ヒトの場合は46本)。
    • 存在状態: DNAは、「ヒストン」と呼ばれる塩基性のタンパク質に巻き付いています。このDNAとヒストンの複合体はクロマチン(染色質) と呼ばれ、これがさらに凝縮することで、細胞分裂時に観察される染色体 (chromosome) を形成します。このパッケージングにより、長大なDNAを核内に効率よく収納しています。
  • 原核細胞:
    • 形状: DNAは、末端のない環状 (circular) の分子が1つだけ存在するのが基本です(例外もあります)。
    • 量・数: 一般に、真核細胞よりもゲノムサイズ(全遺伝情報)ははるかに小さいです。
    • 存在状態: DNAはヒストンのようなタンパク質に強固に巻き付いておらず、ほぼ「裸」の状態で核様体に存在しています。

2.5. その他の構造的な差異

上記以外にも、いくつかの重要な違いがあります。

特徴原核細胞 (Prokaryotic Cell)真核細胞 (Eukaryotic Cell)
リボソーム70S という小型のサイズ。細胞質に散在。80S という大型のサイズ。細胞質や粗面小胞体に存在。
細胞壁ほとんどの細菌が持つ。主成分はペプチドグリカン植物(セルロース)、菌類(キチン)は持つが、動物は持たない。
細胞骨格長らく存在しないとされたが、微小管やアクチンに似たタンパク質が見つかっている。ただし、真核細胞ほど発達していない。微小管、アクチンフィラメント、中間径フィラメントからなる、よく発達した細胞骨格を持つ。
細胞分裂主に二分裂という単純な分裂様式。体細胞分裂減数分裂といった、紡錘糸が関与する複雑な分裂様式。
大きさ一般に小さい(直径 1〜10 μm)。一般に大きい(直径 10〜100 μm)。

S(スヴェドベリ): 沈降係数を示す単位。リボソームのような粒子を遠心分離した際の沈みやすさを表す。値が大きいほど、重く大きい粒子であることを示すが、単純な足し算にはならない(例:70Sリボソームは50Sと30Sのサブユニットからなる)。

2.6. 細胞内共生説:真核細胞の複雑さの起源

これらの違いを比較すると、真核細胞が原核細胞よりもはるかに複雑で、構造的に高度化していることがわかります。この複雑さは、どのようにして進化したのでしょうか。その謎を解く鍵として、現在広く受け入れられているのが、アメリカの生物学者リン・マーギュリス (Lynn Margulis) によって提唱・発展された「細胞内共生説 (Endosymbiotic Theory)」です。

この説は、真核細胞の重要な細胞小器官であるミトコンドリア葉緑体が、それぞれ独立して生きていた別の原核生物に由来するという、画期的なアイデアです。

細胞内共生説のシナリオ

  1. 宿主細胞: まず、ある種の比較的大きな嫌気性(酸素を使わない)の原核生物が存在した。この原始的な宿主細胞が、膜の陥入などによって核膜を形成し、原始的な真核細胞へと進化し始めた。
  2. ミトコンドリアの起源: この原始的な真核細胞が、好気性細菌(酸素を使って効率よくエネルギーを作り出せる細菌)を食作用などによって細胞内に取り込んだ。しかし、消化せずに共生関係を結んだ。
    • 利益: 宿主細胞は、好気性細菌が作り出す豊富なエネルギー(ATP)を利用できるようになった。一方、取り込まれた好気性細菌は、宿主細胞から栄養を与えられ、外敵から守られる安全な環境を手に入れた。
    • 進化: この共生関係が永続的なものとなり、取り込まれた好気性細菌は、今日のミトコンドリアになった。これにより、酸素を利用できる真核生物(動物、菌類、植物の祖先)が誕生した。
  3. 葉緑体の起源: 次に、ミトコンドリアを持つようになった真核細胞の一部が、さらにシアノバクテリア(光合成を行う細菌)を細胞内に取り込み、共生関係を結んだ。
    • 利益: 宿主細胞は、シアノバクテリアが行う光合成によって、光エネルギーから有機物を自給できるようになった。
    • 進化: この共生体から、今日の葉緑体を持つ真核生物(植物や藻類の祖先)が誕生した。

細胞内共生説を支持する証拠

この一見奇想天外な説は、ミトコンドリアと葉緑体が持つ、他の細胞小器官には見られない数々の特徴によって強力に支持されています。

  1. 独自のDNA: ミトコンドリアと葉緑体は、核のDNAとは別に、独自の環状DNAを持っています。このDNAは、原核生物の環状DNAによく似ています。
  2. 独自のリボソーム: 両者は、細胞質の80Sリボソームとは異なる、原核生物型の70Sリボソームを持ち、独自のタンパク質を合成しています。
  3. 二重の膜: 両者は、二重の膜で囲まれています。内側の膜は取り込まれた原核生物の細胞膜に、外側の膜は宿主細胞が取り込む際に形成した食胞の膜に由来すると考えられています。
  4. 自己増殖: ミトコンドリアと葉緑体は、細胞全体の分裂とは独立して、あたかも細菌が分裂するように、分裂によって自己増殖します。

これらの証拠は、ミトコンドリアと葉緑体が、かつては独立した生物であったことの名残であると考えると、非常によく説明できます。細胞内共生説は、生命の進化における、異なる生物同士の「協力」や「統合」が、大きな飛躍を生み出す原動力となりうることを示す、壮大な物語なのです。

3. 細胞小器官の機能分担

真核細胞の最大の特徴は、その内部が膜によって巧みに区画化され、それぞれが専門的な機能を持つ「細胞小器官」によって満たされていることです。この構造は、まるで高度に発達した都市に例えることができます。都市に市役所、発電所、工場、物流センター、リサイクル施設があるように、細胞にもそれぞれに対応する小器官が存在し、見事な連携プレーによって生命活動を支えています。このセクションでは、細胞というミクロな都市の内部を探索し、主要な細胞小器官がどのような構造を持ち、どのような専門的な役割(機能分担)を担っているのかを、一つひとつ詳しく見ていきます。

3.1. 核 (Nucleus):細胞の遺伝情報センター兼司令塔

アナロジー:市役所 / 国会図書館 / 設計事務所

核は、通常、細胞内で最も大きく、目立つ球状の構造体です。その役割は、細胞の全活動を支配する遺伝情報を保管し、その情報に基づいて必要な指令を出す、まさに細胞の「司令塔」です。

構造:

  • 核膜 (Nuclear Envelope): 核を細胞質から隔てている、二重の膜(内膜と外膜)です。外膜は、後述する小胞体の膜と連続しています。この膜構造が、原核細胞にはない、真核細胞の決定的な特徴です。
  • 核膜孔 (Nuclear Pore): 核膜には、核膜孔複合体と呼ばれるタンパク質でできた、多数の小さな孔が開いています。この孔は、単なる穴ではなく、特定の分子を選択的に通過させる「関所」として機能します。mRNAやリボソームのサブユニットのような大きな分子はここを通って細胞質へ出ていき、核内で機能するタンパク質(DNAポリメラーゼなど)は細胞質から取り込まれます。
  • 染色質 (Chromatin): 核の内部を満たしている、DNAとヒストンというタンパク質の複合体です。通常(非分裂時)は、糸状に分散して存在しています。細胞が分裂する際には、これが凝縮して、光学顕微鏡でも観察可能な太い染色体 (Chromosome) となります。
  • 核小体 (Nucleolus): 核内に存在する、膜に囲まれていない、密度の高い領域です。ここでは、タンパク質合成の場であるリボソームRNA (rRNA) の合成と、リボソームのサブユニットの構築が活発に行われています。いわば「リボソーム生産工場」です。

機能:

  1. 遺伝情報の保護: 長大なDNAを核膜で囲まれた空間に安全に保管し、細胞質の様々な化学反応や分解酵素から保護します。
  2. 遺伝子発現の制御(転写): DNAにコードされた遺伝情報の中から、必要な部分だけをmRNA (メッセンジャーRNA) に写し取る「転写」の場です。
  3. DNAの複製: 細胞が分裂する前に、全てのDNAを正確にコピーする「複製」の場でもあります。

3.2. ミトコンドリア (Mitochondrion):エネルギー変換工場

アナロジー:発電所

ミトコンドリアは、ほぼ全ての真核細胞(動物、植物、菌類など)に存在する、楕円形や円筒形の細胞小器官です。その唯一無二の役割は、細胞呼吸によって、食物から得た有機物(グルコースなど)の化学エネルギーを、生命活動で直接利用可能なエネルギー通貨であるATP (アデノシン三リン酸) の形に変換することです。

構造:

  • 二重の膜: 核と同様に、外膜 (outer membrane) と内膜 (inner membrane) の二重膜構造を持ちます。これは、細胞内共生説の強力な証拠の一つです。
  • クリステ (Cristae): 内膜は、内部に向かって複雑に折れ込み、クリステと呼ばれる多数のひだ状の構造を形成しています。このひだは、内膜の表面積を劇的に増大させ、ATP合成に関わる多数の酵素やタンパク質複合体を配置するためのスペースを確保する、極めて合理的な構造です。
  • マトリクス (Matrix): 内膜に囲まれた内部の空間です。ここには、細胞呼吸の第2段階であるクエン酸回路に関わる酵素群や、後述する独自のDNA、リボソームなどが含まれています。

機能:

  • 細胞呼吸によるATP合成: 細胞質の解糖系で分解された産物を取り込み、マトリクスでのクエン酸回路、内膜での電子伝達系という一連の反応を経て、大量のATPを効率的に生産します。このプロセスには大量の酸素が必要なため、ミトコンドリアは細胞の「好気呼吸の場」と呼ばれます。
  • 独自の遺伝情報とタンパク質合成: ミトコンドリアは、独自の環状DNA70Sリボソームを持ち、自身が必要とする一部のタンパク質を自前で合成します。

3.3. 葉緑体 (Chloroplast):太陽光エネルギー変換工場

アナロジー:太陽光発電所 / 農場

葉緑体は、植物や藻類など、光合成を行う真核細胞に特有の細胞小器官です。その役割は、太陽の光エネルギーを利用して、二酸化炭素(CO₂)と水(H₂O)から、グルコースなどの**有機物を合成(光合成)**することです。

構造:

  • 二重の膜: ミトコンドリアと同様に、外膜内膜の二重膜で囲まれています。これも細胞内共生説の証拠です。
  • チラコイド (Thylakoid): 内部には、チラコイドと呼ばれる扁平な袋状の膜構造が多数存在します。チラコイドの膜上には、光を吸収するための色素であるクロロフィルや、光エネルギーを化学エネルギーに変換するためのタンパク質複合体(光化学系)が埋め込まれています。
  • グラナ (Granum): チラコイドが、コインを積み重ねたように密集した部分をグラナと呼びます。
  • ストロマ (Stroma): 内膜とチラコイド膜の間の、基質で満たされた空間です。ここには、光合成の第2段階(カルビン・ベンソン回路)でCO₂から糖を合成するための酵素群や、独自のDNA、リボソームなどが含まれています。

機能:

  • 光合成: 光エネルギーを吸収してATPとNADPHを合成する光化学反応(明反応、チラコイド膜で起こる)と、それらを利用してCO₂を固定し糖を合成するカルビン・ベンソン回路(暗反応、ストロマで起こる)という、二段階の反応を行います。
  • 独自の遺伝情報とタンパク質合成: ミトコンドリアと同様に、独自の環状DNA70Sリボソームを持ちます。

3.4. 小胞体 (Endoplasmic Reticulum, ER):巨大な生産・輸送ネットワーク

アナロジー:工場内の生産ラインとベルトコンベア

小胞体は、核膜に接続し、細胞質全体に網目状に広がる、膜でできた袋(槽)や管のネットワークです。その表面にリボソームが付着しているかどうかで、二つの領域に分けられます。

  • 粗面小胞体 (Rough ER):
    • 構造: 膜の表面に、多数のリボソームが付着しているため、顕微鏡下でざらざらに見えます。
    • 機能タンパク質の合成と修飾の主要な場です。ここで合成されるのは、主に、①細胞外へ分泌されるタンパク質(ホルモン、消化酵素など)、②生体膜に埋め込まれる膜タンパク質、③特定の細胞小器官(ゴルジ体、リソソームなど)へ送られるタンパク質です。付着したリボソームで合成されたタンパク質は、小胞体の内腔に取り込まれ、糖鎖が付加されるなどの修飾を受け、正しく折りたたまれます。
  • 滑面小胞体 (Smooth ER):
    • 構造: リボソームが付着しておらず、滑らかに見える管状のネットワークです。
    • 機能:
      1. 脂質の合成: ステロイドホルモンやリン脂質など、脂質の合成を担います。
      2. 解毒作用: 肝臓の細胞などで特に発達しており、薬物や有害物質を分解し、無毒化する働きがあります。
      3. カルシウムイオンの貯蔵: 筋細胞では、筋小胞体として特殊化し、筋肉の収縮に必須のカルシウムイオン(Ca²⁺)を貯蔵・放出する役割を担います。

3.5. ゴルジ体 (Golgi Apparatus):物質の修飾・選別・配送センター

アナロジー:郵便局 / 物流センター

ゴルジ体は、扁平な膜の袋(ゴルジ嚢)が何層にも重なった構造をしています。小胞体で合成・修飾されたタンパク質や脂質を、さらに加工し、最終的な目的地(細胞膜、リソソーム、細胞外など)に応じて選別し、「荷造り」して送り出す、細胞内の物流ハブです。

構造と機能の流れ:

  1. 小胞体から、タンパク質などを含む輸送小胞が出芽し、ゴルジ体の**シス側(入口側)**の膜と融合します。
  2. 物質はゴルジ嚢の中をシス側から**トランス側(出口側)**へと移動する過程で、糖鎖のさらなる修飾など、段階的な加工を受けます。
  3. 最終的に、トランス側の網目状構造(トランスゴルジ網)で、物質は行き先ごとに選別されます。
  4. 選別された物質は、新たな輸送小胞に詰め込まれてゴルジ体から出芽し、それぞれの目的地へと配送されます。

3.6. リソソーム (Lysosome):細胞内のリサイクル・廃棄物処理施設

アナロジー:リサイクルセンター / 消化器官

リソソームは、ゴルジ体から作られる、一重の膜でできた小さな袋状の小器官です。その内部はpH 5程度の酸性に保たれており、多種多様な加水分解酵素(タンパク質分解酵素、脂質分解酵素、核酸分解酵素など)を含んでいます。

機能:

  • 細胞内消化: 食作用や飲作用によって細胞内に取り込まれた外部の物質(食物、細菌など)を、リソソームが融合して分解します。
  • オートファジー (Autophagy): 「自食作用」とも呼ばれます。古くなったり、損傷したりした自分自身の細胞小器官(ミトコンドリアなど)を膜で取り囲み、リソソームと融合させて分解・再利用する、細胞内の品質管理・リサイクルシステムです。2016年に大隅良典博士がノーベル生理学・医学賞を受賞した研究テーマでもあります。

リソソーム内の酵素が細胞質に漏れ出すと、細胞自身を消化してしまう危険があるため、強固な膜と、酸性条件下でのみ最適に働く酵素を持つという二重の安全装置が備わっています。

3.7. 細胞内膜系 (Endomembrane System)

これまで見てきた小胞体、ゴルジ体、リソソーム、そして細胞膜は、単独で機能しているわけではありません。これらは、輸送小胞を介して物質をやり取りし、互いに連携して機能する、一つの動的なネットワークを形成しています。これを細胞内膜系と呼びます。核膜も小胞体と連続しているため、このシステムの一部と見なされます。このシステムにより、タンパク質や脂質の合成から修飾、輸送、分泌、分解に至る一連のプロセスが、流れ作業のように効率的に実行されるのです。

4. 細胞膜の構造(流動モザイクモデル)と、選択的透過性

細胞が生命の基本単位として機能するためには、その内部環境を、変化の激しい外部環境から区別し、安定に保つ「境界」が必要です。この重要な役割を担っているのが細胞膜 (Cell Membrane / Plasma Membrane) です。しかし、細胞膜は単なる静的な壁ではありません。それは、細胞の生命活動に必要な物質を選択的に取り込み、不要な物質を排出する、極めて動的で知的な「関所」でもあります。このセクションでは、細胞膜の構造を説明する上で最も重要な「流動モザイクモデル」を理解し、その構造がどのようにして「選択的透過性」という重要な機能を生み出すのか、そのメカニズムを探求します。

4.1. 細胞膜の機能:境界、輸送、そして情報受容

細胞膜は、多岐にわたる、生命維持に不可欠な機能を担っています。

  1. 区画化 (Compartmentalization): 細胞の内と外を物理的に隔て、細胞内部に生命活動に最適な独自の化学的環境を作り出し、維持します。真核細胞では、さらに細胞小器官を囲むことで、細胞内のさらなる区画化にも寄与しています。
  2. 物質輸送の調節 (Regulation of Transport): 細胞膜は、全ての物質を無差別に通すわけではありません。生命活動に必要な栄養素(グルコース、アミノ酸、イオンなど)を取り込み、代謝によって生じた老廃物を排出するという、選択的な物質交換を行います。この性質を選択的透過性 (Selective Permeability) と呼びます。
  3. 情報受容 (Signal Transduction): 細胞膜には、ホルモンや神経伝達物質といった外部からの化学信号を認識するための受容体 (Receptor) タンパク質が存在します。受容体が信号をキャッチすると、その情報が細胞内部に伝えられ、細胞の応答(遺伝子発現の変化、代謝の変化など)が引き起こされます。
  4. 細胞接着と認識 (Cell Adhesion and Recognition): 多細胞生物では、細胞膜上のタンパク質や糖鎖を介して、細胞同士が接着したり、互いに「自己」か「非自己」かを認識したりします。

4.2. 流動モザイクモデル (Fluid Mosaic Model)

1972年に、S. J. シンガー (Singer) とG. L. ニコルソン (Nicolson) によって提唱された流動モザイクモデルは、現在の細胞膜の理解の根幹をなすモデルです。このモデルは、細胞膜の構造を二つのキーワードで巧みに表現しています。

  • 流動 (Fluid): 細胞膜の基本骨格であるリン脂質二重層は、固い壁ではなく、粘性の高い二次元の液体のような状態です。構成要素であるリン脂質分子や、そこに埋め込まれた膜タンパク質の多くは、膜内を比較的自由に動き回る(側方拡散する)ことができます。この流動性は、細胞の運動、成長、分裂、膜の融合といった、膜が関わるダイナミックな現象に不可欠です。
  • モザイク (Mosaic): 様々な種類のタンパク質が、リン脂質の海に、まるでモザイクタイルのように埋め込まれたり、表面に付着したりして存在しています。これらの膜タンパク質が、物質輸送や情報受容といった、細胞膜の特異的な機能の大部分を担っています。

つまり、細胞膜とは、「リン脂質二重層という流動的な媒体に、機能的なタンパク質がモザイク状に配置された、動的な構造体」であると理解することができます。

4.3. 膜の流動性を支える要因

細胞膜の「流動性」は、生命活動にとって適切な範囲に保たれる必要があります。流れすぎても、固すぎてもいけません。この流動性は、主に以下の要因によって調節されています。

  1. 脂肪酸の不飽和度:
    • リン脂質の尾部を構成する脂肪酸に、折れ曲がり構造を持つ不飽和脂肪酸が多く含まれるほど、リン脂質分子のパッキングが不規則になり、分子間の距離が広がるため、流動性は高くなります。
    • 逆に、直鎖状の飽和脂肪酸が多いと、分子が整然と並びやすくなるため、流動性は低くなります。
    • 寒冷な環境に生息する生物は、低温で膜が固まるのを防ぐため、膜の不飽和脂肪酸の割合を高める傾向があります。
  2. コレステロール (動物細胞の場合):
    • 動物細胞の膜に含まれるコレステロールは、「流動性の緩衝材」として働きます。
    • 比較的高温では、コレステロールはリン脂質の動きを制限し、膜が過度に流動的になるのを防ぎます。
    • 低温では、コレステロールはリン脂質が密に詰まるのを妨げ、膜が凍結して固まるのを防ぎます。

4.4. 選択的透過性のメカニズム

細胞膜の基本骨格である脂質二重層は、その中心部が疎水性(油っぽい)であるため、**小さくて極性のない分子(疎水性分子)**は容易に通過できます。例えば、酸素(O₂)、二酸化炭素(CO₂)、窒素(N₂)といった気体分子がこれにあたります。

しかし、イオン(Na⁺, K⁺, Cl⁻など)や、極性を持つ大きな分子(グルコース、アミノ酸など)は、疎水性の層に弾かれるため、脂質二重層を直接通過することはほとんどできません。水分子(H₂O)は小さい極性分子ですが、これも脂質二重層をゆっくりとしか通過できません。

では、細胞はどのようにして、これらの必要な物質を膜越しに輸送しているのでしょうか。その答えが、膜に存在する輸送タンパク質 (Transport Proteins) の働きです。細胞膜を介した物質輸送は、エネルギーを必要とするかどうかによって、受動輸送能動輸送に大別されます。

4.5. 受動輸送:エネルギー不要の拡散プロセス

受動輸送 (Passive Transport) は、物質が濃度勾配(濃度の高い方から低い方へ)に従って移動する現象で、細胞自身がエネルギー(ATP)を消費する必要はありません。物理的な拡散 (Diffusion) の一形態です。

  1. 単純拡散 (Simple Diffusion):
    • メカニズム: O₂やCO₂などの小さくて疎水性の分子が、輸送タンパク質の助けを借りずに、脂質二重層を直接通り抜けるプロセス。
    • : 肺における、肺胞と血液との間のO₂とCO₂のガス交換。
  2. 促進拡散 (Facilitated Diffusion):
    • メカニズム: グルコースやイオンなど、脂質二重層を直接通過できない親水性の分子やイオンが、輸送タンパク質を介して濃度勾配に従って移動するプロセス。エネルギーは不要ですが、タンパク質の助けを「促進」として必要とします。
    • 輸送タンパク質の種類:
      • チャネルタンパク質 (Channel Protein): 膜を貫通する、水で満たされたトンネル(孔)を形成します。特定のイオン(イオンチャネル)や水(アクアポリン)などが、このトンネルを通って高速で移動します。多くのチャネルは、特定の刺激によって開閉が制御される「ゲート」を持っています。
      • 輸送体(担体, Carrier Protein): 特定の分子(グルコースやアミノ酸など)と結合すると、自身の立体構造を変化させ、その分子を膜の反対側へ運ぶタンパク質です。チャネルに比べて輸送速度は遅いですが、より大きな分子を運ぶことができます。

4.6. 能動輸送:エネルギーを消費して濃度勾配に逆らう

能動輸送 (Active Transport) は、細胞がATPなどのエネルギーを消費して、物質を濃度勾配に逆らって(濃度の低い方から高い方へ)輸送するプロセスです。これにより、細胞は、細胞内外で特定の物質の濃度差を能動的に作り出し、維持することができます。この輸送を担う膜タンパク質は、しばしば「ポンプ (Pump)」と呼ばれます。

  • 代表例:ナトリウム-カリウムポンプ (Na⁺-K⁺ Pump):
    • 場所: 全ての動物細胞の細胞膜に存在する、極めて重要なポンプ。
    • 機能: ATPを1分子消費するごとに、3個のナトリウムイオン (Na⁺) を細胞外へ汲み出し、同時に2個のカリウムイオン (K⁺) を細胞内へ取り込みます。
    • 意義:
      1. 濃度勾配の維持: 細胞内を低Na⁺・高K⁺、細胞外を高Na⁺・低K⁺という状態に保ちます。このイオンの濃度勾配は、神経の興奮や、他の物質の二次的な輸送のエネルギー源として利用されます。
      2. 浸透圧の調節: 細胞内の溶質濃度を調節し、細胞の体積を一定に保つのに役立ちます。
      3. 静止膜電位の形成: 細胞内外の電荷の不均衡を生み出し、神経細胞や筋細胞が興奮するための基礎となる静止膜電位の形成に寄与します。

4.7. エンドサイトーシスとエキソサイトーシス:膜の変形を伴うバルク輸送

タンパク質や多糖類のような非常に大きな分子や、細菌のような粒子は、輸送タンパク質を通過することができません。このような「かさ高い(バルク)物質」は、膜の変形と小胞の形成を伴う、よりダイナミックな方法で輸送されます。

  • エンドサイトーシス (Endocytosis): 細胞が、細胞膜で物質を包み込むようにして、小胞として細胞内に取り込むプロセス。
    • 食作用 (Phagocytosis): アメーバが餌を取り込んだり、白血球が細菌を取り込んだりするような、固形の大きな粒子を「食べる」ように取り込むプロセス。
    • 飲作用 (Pinocytosis): 細胞外液に溶けている物質を、液体ごと「飲む」ように取り込むプロセス。
  • エキソサイトーシス (Exocytosis): 細胞内で作られた物質(ホルモン、神経伝達物質など)を含む小胞が、細胞膜と融合し、その内容物を細胞外へ放出するプロセス。

これらのプロセスは、膜の流動性があるからこそ可能な、細胞膜のダイナミックな機能の好例です。細胞膜は、生命の境界を守る静的な壁ではなく、内外の世界と活発に対話する、生命活動の最前線なのです。

5. 細胞間の結合

単細胞生物にとって、世界は自分自身と外部環境しかありません。しかし、私たちヒトを含む多細胞生物は、何十兆個もの細胞が集まってできた、高度に組織化された社会です。この社会が秩序だって機能するためには、個々の細胞がバラバラに存在するのではなく、互いに強固に接着し、情報を交換し、協調して働く必要があります。この細胞間の連携を可能にしているのが、細胞膜上に存在する特殊な結合装置です。このセクションでは、多細胞生物の体を構築し、維持するための基本的な仕組みである「細胞間結合」について、動物細胞と植物細胞に見られる代表的な結合様式とその機能を探ります。

5.1. 多細胞社会の基盤:細胞接着の重要性

多細胞生物の体は、単に細胞を寄せ集めたものではありません。細胞は、特定の相手と選択的に接着し、組織 (Tissues) という機能的な単位を形成します。そして、複数の組織が集まって器官 (Organs) が作られます。もし細胞間の接着が失われれば、組織や器官は形を維持できず、体は崩壊してしまうでしょう。

細胞接着は、以下のような点で極めて重要です。

  • 組織の形成と維持: 細胞を互いに結びつけ、皮膚、筋肉、神経といった、特定の構造と機能を持つ組織を構築します。
  • 体の形態形成: 受精卵から個体が発生していく過程で、細胞は移動し、特定の場所で接着することで、複雑な体の形を作り上げていきます。
  • 細胞間のコミュニケーション: 隣接する細胞間で、物質や情報を直接やり取りするための通路を提供します。
  • 細胞の機能制御: 細胞がどこに接着しているかという情報は、その細胞の増殖、分化、生存などを制御する重要なシグナルとなります。がん細胞の多くは、この接着制御の異常を示します。

細胞接着の主役は、細胞接着分子 (Cell Adhesion Molecules, CAMs) と呼ばれる、細胞膜を貫通する膜タンパク質です。これらのタンパク質が、ジッパーのように互いに結合することで、細胞同士を結びつけています。

5.2. 動物細胞における主要な結合様式

動物の組織、特に上皮組織(体を覆う、あるいは管腔の内壁を裏打ちする組織)では、機能の異なる複数の結合様式が、特定の位置にセットで存在することが多く、これを結合複合体と呼びます。代表的な3つの結合様式を見ていきましょう。

5.2.1. 密着結合 (Tight Junction):細胞間の「シーリング」

  • アナロジー: ジップロック / コーキング剤
  • 構造: 隣り合う細胞の細胞膜が、まるで縫い合わされるように、非常に密着して融合した構造です。クローディンオクルディンといった膜タンパク質が、細胞膜をぐるりと取り囲む帯状のネットワークを形成し、隣の細胞の同様のネットワークと噛み合っています。
  • 機能: 細胞と細胞の間の隙間を完全に塞ぎ、液体や溶質が細胞層の裏側へ漏れ出すのを防ぐバリアとして機能します。
  • 存在場所: 消化管(特に小腸)の上皮細胞で極めて重要です。消化管内の食物や消化液、細菌などが、細胞の間を通って体内に侵入するのを防いでいます。また、脳の血管内皮細胞では、血液脳関門という厳重なバリアを形成し、脳の環境を保護しています。

5.2.2. 接着結合 (Adherens Junction) と デスモソーム (Desmosome):細胞間の「リベット」

これらは、細胞同士を機械的に強く結びつけ、組織に強度を与えるための接着装置です。

  • 接着結合 (Adherens Junction)
    • アナロジー: ベルト / 面ファスナー
    • 構造カドヘリンというカルシウムイオン依存性の接着分子が、細胞膜を貫通し、細胞外で隣の細胞のカドヘリンと結合します。細胞内では、カドヘリンはカテニンというタンパク質を介して、細胞骨格の一種であるアクチンフィラメントの束と連結しています。
    • 機能: 上皮細胞では、細胞の周囲をぐるりと取り囲む「接着ベルト」を形成し、組織全体の収縮や形態変化に寄与します。
  • デスモソーム (Desmosome)
    • アナロジー: スポット溶接 / 強力な鋲(リベット)
    • 構造: 接着結合と似ていますが、より強力な接着力を持ちます。細胞膜を貫通する接着分子(デスモグレインなど、カドヘリンファミリー)が、細胞内の細胞質板と呼ばれるタンパク質の円盤に連結されています。そして、この細胞質板には、細胞骨格の中でも最も強靭な中間径フィラメント(ケラチンなど)が結合しています。
    • 機能: 隣接する細胞の中間径フィラメント網を連結することで、組織全体にシート状の構造的な強度を与えます。特に、皮膚の上皮細胞や心筋細胞のように、機械的なストレスに強くさらされる組織でよく発達しています。

5.2.3. ギャップ結合 (Gap Junction):細胞間の「連絡通路」

  • アナロジー: 隣の家との間にある内線電話 / 連絡トンネル
  • 構造: 隣り合う細胞の細胞膜に、コネクソンと呼ばれるタンパク質複合体でできたチャネル(管)が、それぞれ埋め込まれています。二つの細胞のコネクソンが、細胞間でドッキングすることで、両細胞の細胞質を直接つなぐ、開閉可能な細い孔が形成されます。
  • 機能: この孔を通して、イオン(Na⁺, K⁺, Ca²⁺など)や、低分子のシグナル伝達物質(cAMPなど)、アミノ酸といった小分子が、細胞から細胞へと直接、迅速に移動することができます。これにより、隣接する細胞群が、電気的にも化学的にも同調して、一つのユニットとして機能することが可能になります。
  • 存在場所:
    • 心筋細胞: ギャップ結合を介して電気的な興奮(活動電位)が素早く伝わることで、心臓の筋肉が同調して、協調的に収縮することができます。
    • 発生過程の胚: 細胞群が協調して分化していく上で、重要な役割を果たしていると考えられています。
    • 神経細胞の一部(電気シナプス): 化学シナプスよりも高速な情報伝達を可能にします。

5.3. 植物細胞における結合様式

植物細胞は、硬い細胞壁に囲まれているため、動物細胞のような複雑な接着装置は持ちません。細胞壁自体が、個々の細胞をセメントのように固めて、組織の構造を維持しています。しかし、植物も多細胞生物である以上、細胞間のコミュニケーションは不可欠です。

5.3.1. 原形質連絡 (Plasmodesma / 複数形: Plasmodesmata)

  • アナロジー: 都市の区画を貫いて走る地下鉄 / LANケーブル
  • 構造細胞壁を貫通して、隣り合う植物細胞の細胞質同士を直接連結する、細い管状の構造です。この管の中心には、両細胞の小胞体が連結したデスモチューブルと呼ばれる構造が走っています。
  • 機能: ギャップ結合と同様に、イオン、糖、アミノ酸、さらには低分子のタンパク質やRNAといった、比較的小さな分子が細胞間を自由に移動するための通路となります。これにより、植物体全体が、物質や情報を交換しあう、一つの連続した細胞質のネットワーク(シンプラスト)として機能することができます。
  • 意義: 光合成産物(糖)を、葉の細胞から、成長点や根といった非光合成組織へ輸送する際の重要な経路となります。また、ウイルスはしばしば、この原形質連絡を通って、植物体内を感染拡大していきます。

動物と植物は、全く異なる進化の道を歩んできましたが、多細胞体制を維持するために、「機械的な接着」と「化学的な連絡」という二つの課題を、それぞれ独自の結合様式を発達させることで解決してきたのです。

6. 細胞骨格の役割

細胞は、単に膜でできた袋に、水と細胞小器官が浮かんでいるだけの存在ではありません。その内部には、細胞の形態を決定し、内部の秩序を維持し、さらには細胞自身が動くための、精巧な骨組みと輸送網が存在します。これが細胞骨格 (Cytoskeleton) です。細胞骨格は、私たちの体を支える骨格のように静的なものではなく、必要に応じてダイナミックに重合(組み立て)と脱重合(解体)を繰り返す、極めて活動的な構造体です。このセクションでは、細胞骨格を構成する三種類の主要なタンパク質繊維――微小管、アクチンフィラメント、中間径フィラメント――の構造と、それぞれが担う多彩な役割について探求します。

6.1. 細胞の骨組みと輸送インフラ

細胞骨格とは、真核細胞の細胞質全体に張り巡らされた、タンパク質からなる繊維状のネットワークです。その主な機能は、以下の3つに大別できます。

  1. 細胞の形態維持と支持 (Support and Shape): 細胞に機械的な強度を与え、その特徴的な形(例えば、神経細胞の長い軸索や、赤血球の円盤状)を維持します。植物細胞では細胞壁が主な支持体ですが、細胞壁を持たない動物細胞では、細胞骨格の役割が特に重要です。
  2. 細胞内輸送 (Intracellular Transport): 細胞小器官や、物質を積んだ小胞などが、細胞内を移動するための「レール」として機能します。このレールの上を、モータータンパク質と呼ばれる分子のエンジンが、荷物を牽引して移動します。
  3. 細胞運動 (Cell Motility): アメーバ運動や、筋収縮、細胞分裂時の染色体の移動、鞭毛や繊毛の運動など、細胞レベルの様々な「動き」を生み出す原動力となります。

細胞骨格は、以下の三種類のタンパク質繊維から構成されており、それぞれが異なる太さ、構造、機能を持ち、しばしば協調して働きます。

  • 微小管 (Microtubules): 最も太い繊維。
  • アクチンフィラメント (Actin Filaments): 最も細い繊維。
  • 中間径フィラメント (Intermediate Filaments): 中間の太さを持つ繊維。

6.2. 微小管 (Microtubules):細胞内の幹線道路と構造材

  • アナロジー: 高速道路 / 鉄骨
  • 構造チューブリンという球状のタンパク質(α-チューブリンとβ-チューブリンがペアになった二量体)が、らせん状に重合してできた、中空の硬い管状の構造です。直径は約25nmと、三種類の中で最も太いです。
  • 動態: 微小管は、常に重合と脱重合を繰り返す、非常にダイナミックな構造です。一端(プラス端)ではチューブリンの重合が速く進み、もう一端(マイナス端)では脱重合が起こりやすいという極性を持っています。
  • 中心体 (Centrosome): 動物細胞では、微小管の形成は、核の近くにある中心体という領域から制御されています。中心体は、一対の中心小体とその周辺物質からなり、微小管のマイナス端がここに固定され、プラス端が細胞の周辺部に向かって放射状に伸びていきます。このため、中心体は微小管形成中心 (MTOC) とも呼ばれます。

微小管の機能:

  1. 細胞の形態維持: 硬い管状構造によって、細胞を内側から支え、圧縮力に抵抗して、細胞の形を維持します。
  2. 細胞内物質輸送のレールキネシンダイニンといったモータータンパク質が、微小管をレールとして利用します。これらのモータータンパク質は、ATPのエネルギーを使って、微小管上を特定方向に移動し、細胞小器官や輸送小胞といった「荷物」を運びます。(例:キネシンは主にプラス端方向へ、ダイニンはマイナス端方向へ移動)。神経細胞の長い軸索内の物質輸送などで不可欠です。
  3. 細胞分裂時の紡錘糸: 細胞が分裂する際には、中心体から伸びた微小管が紡錘糸 (spindle fibers) を形成します。紡錘糸は、複製された染色体を両極へ正確に分配するという、極めて重要な役割を担います。
  4. 繊毛と鞭毛の運動: 真核生物の繊毛 (cilia) や鞭毛 (flagella) の中心には、「9+2構造」と呼ばれる、微小管が規則正しく配列した軸糸が存在します。ダイニンが隣接する微小管を滑らせるように動くことで、繊毛や鞭毛の屈曲運動が生み出されます。

6.3. アクチンフィラメント (Actin Filaments):多機能な細いロープ

  • アナロジー: 一般道 / ロープ / 筋肉
  • 構造アクチンという球状のタンパク質が、二重のらせん状に重合してできた、細くて柔軟な繊維です。マイクロフィラメントとも呼ばれます。直径は約7nmと、三種類の中で最も細いです。微小管と同様に、重合・脱重合が速いプラス端と遅いマイナス端という極性を持ちます。
  • 分布: 細胞質全体、特に細胞膜の直下に密なネットワーク(細胞皮層)を形成しています。

アクチンフィラメントの機能:

  1. 細胞の形態維持と変化: 細胞膜直下の細胞皮層を形成することで、細胞の表面に張力を与え、形を維持します。また、アメーバ運動のように、細胞が形をダイナミックに変化させる際にも中心的な役割を果たします。小腸の上皮細胞に見られる微絨毛の芯も、アクチンフィラメントです。
  2. 筋収縮: 筋肉細胞では、アクチンフィラメントは、ミオシンというモータータンパク質のフィラメントと相互作用し、互いに滑り込むことで筋収縮を引き起こします。
  3. アメーバ運動: 細胞が這うように移動する際、移動方向に向かってアクチンフィラメントの重合が起こり、細胞質が流動して仮足が伸びることで前進します。
  4. 細胞質分裂: 動物細胞の細胞質分裂の最終段階では、細胞の赤道面にアクチンフィラメントとミオシンからなる収縮環が形成されます。この収縮環が巾着袋の口を絞るように収縮することで、細胞が二つにくびり切られます。
  5. 細胞質流動: 植物細胞などで見られる、細胞質が細胞内を循環するように動く現象(原形質流動)は、アクチンフィラメントをレールとして、ミオシンが細胞小器官を動かすことによって生じます。

6.4. 中間径フィラメント (Intermediate Filaments):丈夫で安定した支持ケーブル

  • アナロジー: アンカーケーブル / 鉄筋
  • 構造ケラチン(上皮細胞)、ビメンチン(間葉系細胞)、ニューロフィラメント(神経細胞)、ラミン(核膜の内側)など、細胞の種類によって異なる、多様な繊維状タンパク質から構成されています。これらのタンパク質が束なり、ロープのように編み合わさって、丈夫な繊維を形成します。直径は約8〜12nmで、微小管とアクチンフィラメントの中間の太さです。
  • 動態: 微小管やアクチンフィラメントとは対照的に、一度形成されるとあまり分解されない、非常に安定で丈夫な構造です。また、チューブリンやアクチンのような球状タンパク質からではなく、繊維状タンパク質から構成され、明確な極性を持ちません

中間径フィラメントの機能:

  1. 細胞の機械的強度の維持: 細胞に張力への抵抗性を与え、引き伸ばされたりする機械的なストレスから細胞を守ります。皮膚の上皮細胞では、ケラチンフィラメントがデスモソームを介して細胞間を連結し、シート全体の強度を高めています。
  2. 核や細胞小器官の固定: 細胞質内にネットワークを張り巡らし、や他の細胞小器官を、細胞内の特定の位置に「錨(いかり)」のようにつなぎ止め、その位置を安定させます。
  3. 核膜の裏打ち核ラミナと呼ばれる、核膜の内面にメッシュ状の層を形成するラミンは、核の形状を維持し、染色質の構造を組織化するのに役立っています。

これら三種類の細胞骨格は、それぞれが独自の役割を担いつつも、互いに連結し、協調して働くことで、細胞という動的なシステムの構造と機能を支える、不可欠なインフラストラクチャーを形成しているのです。

7. 動物細胞と植物細胞の比較

これまで、真核細胞に共通する様々な構造について学んできましたが、生物界を見渡すと、真核生物は動物、植物、菌類、原生生物といった多様なグループに分かれています。中でも、高校生物学で中心的に扱われるのが動物植物です。両者は、共通の真核生物の祖先から分岐し、それぞれが全く異なる生活様式――動き回って外部から栄養を摂取する「従属栄養」の動物と、定着して光エネルギーから栄養を作り出す「独立栄養」の植物――に適応してきました。この生活様式の違いは、細胞レベルの構造にも明確な違いとして現れています。このセクションでは、動物細胞と植物細胞の構造を比較し、共通点と相違点を整理することで、それぞれの細胞が持つ「設計思想」を理解します。

7.1. 両者に共通する基本的な構造

まず、動物細胞と植物細胞は、どちらも真核細胞であるため、その基本的な設計は共通しています。両者が共通して持つ主要な構造は以下の通りです。

  • 細胞膜 (Plasma Membrane): 細胞の内外を隔て、物質の出入りを選択的に調節する、生命の基本的な境界。
  • 核 (Nucleus): 遺伝情報であるDNAを保持し、細胞の活動をコントロールする司令塔。
  • 細胞質 (Cytoplasm): 細胞膜と核の間の、細胞小器官が浮かぶ基質部分。
  • ミトコンドリア (Mitochondria): 細胞呼吸によってATPを産生するエネルギー変換工場。植物も呼吸を行うため、ミトコンドリアは必須です。
  • リボソーム (Ribosomes): タンパク質合成の場。
  • 小胞体 (Endoplasmic Reticulum): タンパク質や脂質の合成・輸送を担うネットワーク。
  • ゴルジ体 (Golgi Apparatus): 物質の修飾・選別・配送を行う物流センター。
  • 細胞骨格 (Cytoskeleton): 細胞の形態維持や内部輸送を担うタンパク質繊維網。

これらの構造は、真核細胞としての生命活動を維持するための、普遍的で基本的な装置と言えます。

7.2. 植物細胞に特有の構造とその機能

植物細胞は、動物細胞には見られない、その定着型の独立栄養生活に適応した、いくつかの特徴的な構造を持っています。

7.2.1. 細胞壁 (Cell Wall)

  • 構造: 細胞膜のさらに外側を覆っている、硬くて厚い層です。主成分は、β-グルコースが重合した多糖類であるセルロースです。セルロースの強靭な繊維が、ヘミセルロースやペクチンといった他の多糖類によってつなぎ止められ、複雑な網目構造を形成しています。
  • 機能:
    1. 物理的な保護と支持: 硬い細胞壁が、個々の細胞と植物体全体の形を決定し、機械的に支持します。これにより、植物は骨格なしで重力に逆らって立ち上がることができます。また、病原菌の侵入などから細胞を保護する役割もあります。
    2. 浸透圧による破裂の防止: 植物細胞が、低張液(純水など)に置かれると、浸透によって細胞内に水が大量に流入します。細胞壁を持たない動物細胞であれば、この圧力で破裂してしまいます。しかし、植物細胞では、細胞壁が細胞膜の膨張を物理的に押しとどめるため、破裂することはありません。逆に、細胞が水で満たされて内側から細胞壁を押す圧力(膨圧)が生じ、これが植物の組織に張り(硬さ)を与えます。草本性の植物がしおれずにいられるのは、この膨圧のおかげです。

7.2.2. 葉緑体 (Chloroplast)

  • 構造: 内外二重の膜で囲まれ、内部にクロロフィルを含むチラコイドを持つ、光合成に特殊化した細胞小器官。
  • 機能光合成の場です。太陽の光エネルギー、二酸化炭素、水を使って、グルコースなどの有機物を合成します。これにより、植物は自ら栄養を作り出すことができます(独立栄養)。動物は葉緑体を持たないため、植物などが作った有機物を外部から摂取する必要があります(従属栄養)。

7.2.3. 発達した中心液胞 (Large Central Vacuole)

  • 構造: 成熟した植物細胞では、細胞の体積の大部分(しばしば90%以上)を占める、一重の膜(液胞膜またはトノプラスト)で囲まれた大きな袋状の構造です。
  • 機能: 動物細胞のリソソームのように単なる小さな小胞ではなく、多様で重要な役割を担います。
    1. 浸透圧の調節と形態維持: 液胞は、水やイオン、糖などを蓄えた細胞液で満たされており、細胞の浸透圧の中心的な調節器官です。水の流入によって生じる膨圧を維持し、細胞壁と共に細胞の形態を支えます。
    2. 物質の貯蔵: 水分だけでなく、アミノ酸、糖、有機酸、無機イオンなどの栄養素や、アントシアニンなどの色素、アルカロイドなどの有毒な二次代謝産物を貯蔵する場所としても機能します。
    3. 老廃物の分解: リソソームと同様に、加水分解酵素を含み、不要になったタンパク質や細胞小器官を分解する役割も担います。

7.3. 動物細胞に特有の構造とその機能

一方、動物細胞にも、その活動的な従属栄養生活に適した、植物細胞には見られない構造が存在します。

7.3.1. 中心体 (Centrosome)

  • 構造: 核の近くに位置する、一対の中心小体と、それを取り巻く周辺物質からなる構造。高等植物や菌類には見られません。
  • 機能微小管形成中心 (MTOC) として、細胞骨格である微小管の形成を制御します。特に、細胞分裂の際には、複製されて両極に移動し、染色体を分離するための紡錘糸を形成する中心的な役割を果たします。

7.3.2. リソソーム (Lysosome)

  • 構造: 多様な加水分解酵素を含む、一重膜の小胞。
  • 機能細胞内消化の専門器官です。食作用によって取り込んだ食物粒子や、侵入してきた細菌などを分解します。植物細胞では、この機能の多くを発達した中心液胞が担っているため、動物細胞ほど明瞭なリソソームは通常見られません。

7.4. 構造と機能の比較まとめ

特徴動物細胞 (Animal Cell)植物細胞 (Plant Cell)関連する生活様式
細胞壁なしあり(セルロース主成分)植物:定着生活のための物理的支持
葉緑体なしあり植物:光合成による独立栄養
中心液胞なし(または非常に小さい)あり(大きく発達)植物:膨圧による形態維持、物質貯蔵
中心体ありなし(高等植物)動物:細胞分裂の制御
細胞間結合密着結合、接着結合、デスモソーム、ギャップ結合原形質連絡動物:柔軟で動的な組織形成<br>植物:硬い細胞壁を越えた連絡
栄養摂取従属栄養独立栄養
貯蔵物質グリコーゲンデンプン

この比較から、動物細胞は運動性や柔軟性を確保するために硬い細胞壁を持たず、代わりに発達した細胞骨格や多様な細胞間結合装置を持つように進化したこと、一方、植物細胞は定着生活と自給自足の栄養様式のために、強固な細胞壁と光合成工場である葉緑体、そして体を支える巨大な液胞を発達させてきたことがわかります。両者の違いは、それぞれの進化の歴史と、環境への見事な適応の結果なのです。

8. 細胞の大きさの限界

細胞は生命の基本単位ですが、その大きさには驚くほどの多様性があります。最小の細菌は直径1マイクロメートル(μm, 1/1000ミリメートル)にも満たない一方で、ダチョウの卵の卵黄は一個の巨大な細胞です。しかし、ほとんどの生物の体細胞は、直径10〜100μmという、私たちの目には見えない非常に狭い範囲に収まっています。なぜ、細胞は際限なく大きくなることができないのでしょうか?なぜ、ゾウのような巨大な動物も、ネズミのような小さな動物も、ほぼ同じ大きさの細胞からできているのでしょうか?この根源的な問いの答えは、単純な幾何学の法則、すなわち「表面積と体積の関係」に隠されています。このセクションでは、細胞の大きさに物理的な上限が存在する理由を、論理的かつ数学的に解き明かします。

8.1. 生命活動と物質交換の必要性

まず、細胞がなぜ外部と物質を交換する必要があるのかを再確認しましょう。細胞は、生命活動を維持するために、絶えず以下のことを行っています。

  • 栄養素の取り込み: 細胞呼吸の燃料となるグルコースや、タンパク質合成の材料となるアミノ酸などを、外部から取り込む必要があります。
  • 酸素の取り込み: 好気呼吸を行う細胞は、ATPを効率的に産生するために、継続的に酸素を取り込まなければなりません。
  • 老廃物の排出: 代謝の結果として生じる二酸化炭素やアンモニアなどの有害な老廃物を、細胞外へ迅速に排出しなければなりません。
  • 熱の交換: 代謝活動は熱を発生させるため、過度に体温が上昇しないように、熱を外部へ放散する必要があります。

これらの物質交換はすべて、細胞の「表面」である細胞膜を介して行われます。つまり、細胞膜は、生命活動に必要な物質を搬入し、不要な物質を搬出するための、唯一の窓口なのです。

一方で、これらの物質を消費したり、産生したりする代謝活動の大部分は、細胞の「内部」、すなわち細胞質で起こります。

ここから、細胞の生存にとって極めて重要な関係が見えてきます。

  • 細胞の表面積は、外部との物質交換能力を決定する。
  • 細胞の体積は、内部での代謝活動の総量(必要な物質の量、不要な物質の産生量)を決定する。

したがって、細胞が効率的に生命活動を維持するためには、体積(需要)に見合っただけの表面積(供給能力) を確保しなければならない、という制約が生まれます。

8.2. 幾何学の法則:表面積と体積の関係

ここで、細胞を単純な立方体または球体と仮定して、その大きさが変化すると表面積と体積がどのように変化するかを考えてみましょう。

立方体の場合

一辺の長さを L とする立方体を考えます。

  • 表面積 (Surface Area, SA) = (一辺 × 一辺) × 6面 = 6L²
  • 体積 (Volume, V) = 一辺 × 一辺 × 一辺 = 

球体の場合

半径を r とする球体を考えます。

  • 表面積 (SA) = 4πr²
  • 体積 (V) = (4/3)πr³

どちらの場合も、重要なのは長さの次元です。

  • 表面積は、長さの2乗 ( or ) に比例して増加する。
  • 体積は、長さの3乗 ( or ) に比例して増加する。

これは、細胞が大きくなればなるほど、体積の増加率が表面積の増加率を上回ることを意味します。

8.3. SA/V比:細胞の大きさの制約要因

細胞の効率を考える上で重要な指標が、**体積に対する表面積の比(Surface-Area-to-Volume Ratio, SA/V比)**です。これは、単位体積あたり、どれだけの表面積が物質交換に利用できるかを示しています。

先ほどの立方体の例で、L の値を変えてSA/V比を計算してみましょう。

一辺の長さ (L)表面積 (SA = 6L²)体積 (V = L³)SA/V比 (SA/V)
1 mm6 mm²1 mm³6.0
2 mm24 mm²8 mm³3.0
4 mm96 mm²64 mm³1.5

この表から明らかなように、細胞(立方体)が大きくなるほど、体積に対する表面積の比(SA/V比)は急激に減少します。

これが、細胞の大きさを制限する根本的な原因です。細胞が大きくなりすぎると、増大し続ける体積(代謝需要)に対して、表面積(物質供給能力)が相対的に小さくなりすぎてしまいます。その結果、

  • 細胞の中心部まで、必要な栄養素や酸素が十分な速さで行き渡らなくなる。
  • 細胞全体で発生する老廃物や熱を、表面から十分に排出できなくなる。

こうして、細胞は代謝活動を維持できなくなり、死に至ります。したがって、細胞は、このSA/V比が生命活動を維持できる範囲内に収まるように、小さいサイズを保つ必要があるのです。

8.4. その他の制約要因

SA/V比に加えて、他にも細胞の大きさを制限する要因があります。

  1. 拡散の限界: 細胞内の物質輸送の多くは、拡散に依存しています。拡散は、短い距離では非常に効率的ですが、距離が長くなると、移動にかかる時間は距離の2乗に比例して急激に増加します。もし細胞が巨大になると、細胞膜から取り込んだ物質が、拡散によって細胞の中心部に到達するまでに、非現実的な時間がかかってしまいます。
  2. 核による制御の限界: 細胞の活動は、核からの指令(mRNAなど)によって制御されています。細胞が大きくなりすぎると、一つの核が、広大な細胞質全体を効率的に管理・制御することが困難になります。ゾウリムシのような大きな単細胞生物が複数の核(大核・小核)を持つのは、この問題への一つの解決策と考えられます。

8.5. 大きさの限界を克服するための戦略

生物は、この物理的な制約の中で、様々な戦略を発達させてきました。

  1. 多細胞化: 大きな生物が単一の巨大な細胞からなるのではなく、多数の小さな細胞から構成されている理由がこれです。体を大きくしながらも、個々の細胞はSA/V比を高く保つことで、効率的な物質交換を可能にしています。ゾウがネズミより大きいのは、細胞の数が多いからであって、細胞の大きさが大きいからではないのです。
  2. 細胞の形態変化: 細胞は、SA/V比を大きくするために、球形から逸脱した形をとることがあります。
    • 細長い形: 神経細胞のように細長くなることで、体積をあまり増やさずに表面積を稼ぐことができます。
    • 扁平な形: 赤血球のように扁平な円盤状になることも、SA/V比を高めるのに有効です。
    • 表面の凹凸: 小腸の上皮細胞の表面にある微絨毛のように、表面をひだ状にすることで、細胞全体の大きさを変えずに、細胞膜の表面積を劇的に増大させています。
  3. 内部の区画化: 真核細胞が細胞小器官を発達させたことも、大きさの限界をある程度克服する戦略と見なせます。細胞内を膜で仕切ることで、特定の化学反応を狭い区画に限定し、拡散距離の問題を緩和しています。
  4. 能動的な輸送システム: 細胞質流動や、細胞骨格をレールとした物質輸送システムは、単純な拡散だけに頼らない、より効率的な細胞内輸送を可能にしています。

このように、細胞の「小ささ」は、単なる偶然ではなく、物理法則に支配された、生命の効率性と生存を最大化するための、必然的な帰結なのです。

9. 細胞分画法

真核細胞の内部には、核、ミトコンドリア、葉緑体といった、それぞれが特殊な機能を持つ様々な細胞小器官が存在します。では、科学者たちはどのようにして、「ミトコンドリアが細胞呼吸の場である」とか、「リボソームがタンパク質合成の場である」といった事実を突き止めてきたのでしょうか。生きた細胞を顕微鏡で観察するだけでは、その動的な機能の詳細までを知ることは困難です。そこで、特定の細胞小器官を単離し、その化学組成や酵素活性を試験管内で調べるための強力な手法として開発されたのが細胞分画法 (Cell Fractionation) です。このセクションでは、細胞をその構成成分に分離するための基本的な技術である細胞分画法の原理と手順について学びます。

9.1. 研究手法の必要性:細胞小器官の機能をいかに探るか

ある細胞小器官の機能を特定するためには、大まかに言って二つのアプローチが考えられます。一つは、その小器官だけを細胞から取り除いたり、機能を破壊したりして、細胞全体にどのような影響が出るかを調べる方法。もう一つは、その小器官だけを細胞から純粋に取り出してきて、それが単独でどのような化学反応を行うことができるかを調べる方法です。

細胞分画法は、後者のアプローチを実現するための技術です。細胞を穏やかに破砕し、その中身(細胞小器官)を、その物理的な性質の違い、具体的には大きさと密度の違いを利用して、段階的に分離していきます。この手法により、研究者は、特定の細胞小器官を大量に集め、その生化学的な性質を詳細に分析することが可能になるのです。

9.2. 細胞分画法の原理:遠心分離による分離

細胞分画法の核心となる技術は、遠心分離 (Centrifugation) です。遠心分離機(遠心機)は、試料を入れたチューブを高速で回転させることで、非常に大きな遠心力を発生させる装置です。

この遠心力を受けると、溶液中の粒子は、その大きさと密度に応じて、チューブの底に向かって沈降します。

  • 大きくて密度の高い粒子ほど、速く沈降する。
  • 小さくて密度の低い粒子ほど、ゆっくりと沈降する。

細胞内の各細胞小器官は、それぞれ固有の大きさと密度を持っています。例えば、核は非常に大きくて重いですが、リボソームは非常に小さいです。この性質の違いを利用し、遠心分離の速さ(回転数)と時間を段階的に変えることで、異なる細胞小器官を順番に沈殿させ、分離することができるのです。このプロセスを分画遠心法 (Differential Centrifugation) と呼びます。

9.3. 実験の手順

細胞分画法は、一般的に以下のステップで進められます。

Step 1: 細胞の破砕(ホモジナイゼーション)

まず、研究対象の細胞(例えば、ラットの肝臓細胞など)を集め、細胞膜を破壊して内容物を放出させる必要があります。この操作を破砕またはホモジナイゼーションと呼びます。

  • 方法ホモジナイザーと呼ばれる、ガラス製の筒と、それにぴったりとはまるガラスまたはテフロン製の杵(ピストン)からなる器具を用います。細胞懸濁液を筒に入れ、杵を回転させながら上下させることで、細胞膜が機械的に引き裂かれ、破砕されます。
  • 重要な条件: この破砕は、**低温(氷冷下)で、かつ等張液(スクロース溶液など)**中で行う必要があります。
    • 低温: 細胞が破壊されると、リソソームなどから分解酵素が放出されます。低温に保つことで、これらの酵素の活性を抑え、細胞小器官が分解されるのを防ぎます。
    • 等張液: 細胞内外の浸透圧を等しくすることで、ミトコンドリアやリソソームといった膜で囲まれた細胞小器官が、浸透圧の変化によって膨張して破裂したり、収縮して変形したりするのを防ぎます。

この操作によって得られた、細胞小器官が均一に懸濁した液体を**細胞破砕液(ホモジネート)**と呼びます。

Step 2: 分画遠心

次に、細胞破砕液を遠心分離にかけ、細胞小器官を段階的に分離していきます。

  1. 低速遠心:
    • まず、細胞破砕液を比較的低い回転数(例: 1,000 g, 10分間)で遠心分離します。
    • すると、最も大きくて重いや、破砕されずに残った細胞、細胞骨格などが沈殿します。
    • チューブの底にたまった沈殿物 (pellet) を「核画分」として回収します。
    • 上澄み液(上清, supernatant)には、核よりも小さい細胞小器官がまだ浮遊しています。
  2. 中速遠心:
    • 先の遠心分離で得られた上清を、新しいチューブに移し、中程度の回転数(例: 20,000 g, 20分間)で遠心分離します。
    • すると、次に大きくて重いミトコンドリアや、植物細胞の場合は葉緑体、またリソソームなどが沈殿します。
    • この沈殿物を「ミトコンドリア画分」として回収します。
  3. 高速遠心(超遠心):
    • 再び上清を新しいチューブに移し、さらに高い回転数(例: 80,000 g, 1時間)で遠心分離します。
    • この段階では、小胞体やゴルジ体が破砕されてできた小さな小胞の断片(これらを総称してミクロソーム画分と呼ぶ)が沈殿します。
  4. 超々遠心:
    • さらに上清を、極めて高い回転数(例: 150,000 g, 数時間)で超遠心分離機にかけると、最も小さくて軽い粒子であるリボソームが沈殿します。

この操作の後に残った最後の上清は、**細胞質ゾル(可溶性画分)**と呼ばれ、解糖系の酵素など、細胞質に溶けているタンパク質や低分子化合物を含んでいます。

9.4. 沈殿する順番のまとめ

分画遠心法によって細胞小器官が沈殿してくる順番は、その大きさと密度の序列を反映しています。

沈殿する順番(速い → 遅い)

核 > 葉緑体 ≧ ミトコンドリア > 小胞体・ゴルジ体(ミクロソーム) > リボソーム

この順番は、大学入試でも頻繁に問われる重要な知識です。

(注意:より精密な分離を行うためには、密度勾配遠心法という、ショ糖などの密度勾配をつけた溶液中で遠心分離し、各小器官が自身の密度と等しい位置にバンドを形成させる方法が用いられます。)

9.5. 分離した画分の機能の同定

こうして分離された各画分(核画分、ミトコンドリア画分など)が、本当に目的の細胞小器官を含んでいるのか、そしてどのような機能を持つのかを調べる必要があります。

  • 形態の確認: 各画分の一部を、電子顕微鏡で観察し、特徴的な構造(例えば、ミトコンドリアならクリステ構造)を持つ小器官が含まれているかを確認します。
  • マーカー酵素活性の測定: 特定の細胞小器官には、そこにしか存在しない特有の酵素(マーカー酵素)が存在します。各画分に含まれる酵素の種類と活性を測定することで、その画分の純度や、担っている機能を推定することができます。
    • ミトコンドリアのマーカー酵素: コハク酸デヒドロゲナーゼなど、クエン酸回路や電子伝達系に関わる酵素。
    • リソソームのマーカー酵素: 酸性ホスファターゼなど、酸性条件下で働く加水分解酵素。
    • ペルオキシソームのマーカー酵素: カタラーゼ(過酸化水素を分解する酵素)。

例えば、ある画分が酸素を消費してATPを合成する能力を持ち、かつコハク酸デヒドロゲナーゼ活性が高ければ、それはミトコンドリアを豊富に含む画分であると結論づけることができます。

細胞分画法は、細胞というブラックボックスの中身を、機能的な部品ごとに取り出して調べることを可能にした、細胞生物学における画期的な分析技術なのです。

10. 電子顕微鏡と光学顕微鏡

私たちが細胞やその内部構造について、これほどまでに詳しく知ることができるのは、ひとえに「見る」ための道具、すなわち顕微鏡のおかげです。17世紀に発明された光学顕微鏡は、人類に初めてミクロの世界の存在を知らしめました。そして20世紀、電子顕微鏡の登場は、生命の設計図をさらに微細なレベルで解き明かすことを可能にし、生物学に革命をもたらしました。この二つの顕微鏡は、どちらも微小な物体を拡大して観察するという目的は同じですが、その原理と能力、そして見える世界は全く異なります。このセクションでは、光学顕微鏡と電子顕微鏡の原理と特徴を比較し、科学者がどのようにしてこれらのツールを使い分け、生命の謎に挑んでいるのかを探ります。

10.1. 「見る」とは何か?分解能の重要性

顕微鏡の性能を語る上で、倍率としばしば混同されがちですが、より本質的に重要な指標が分解能 (Resolution) です。

分解能とは、近接した二つの点を、一つの点としてではなく、二つの独立した点として識別できる最小の距離のことです。この値が小さければ小さいほど、より微細な構造を鮮明に見分けることができ、「分解能が高い」あるいは「性能が良い」ということになります。

例えば、どんなに画像の倍率を上げても、元の画像がぼやけていれば、細部がはっきり見えるようにはなりません。顕微鏡の究極的な性能は、どれだけ小さなものまでを「点」として区別できるか、という分解能によって決まるのです。そして、顕微鏡の分解能の限界は、観察に用いる「」の波長によって物理的に決定されます。一般的に、分解能は用いる波の波長のおよそ半分が限界とされています。

10.2. 光学顕微鏡 (Light Microscope, LM):生きた細胞を覗く窓

光学顕微鏡は、私たちが高校の実験などで最もよく目にする、基本的な顕微鏡です。

  • 原理:観察に用いるのは、私たちの目に見える光、すなわち可視光線です。光源から出た光が、試料(プレパラート)を透過または反射し、その光を対物レンズ(一次拡大)と接眼レンズ(二次拡大)という二段階のガラスレンズで屈折・拡大して、観察者の目に届けます。
  • 分解能:可視光線の波長は、約400 nm(紫)〜 700 nm(赤)です。したがって、光学顕微鏡の理論的な分解能の限界は、最も波長の短い紫色の光を使っても、その約半分の約200 nm (0.2 μm) となります。この距離より小さい構造は、ぼやけてしまい、区別することができません。
    • 観察可能なもの: 細菌(約1〜5 μm)、真核細胞(約10〜100 μm)、核やミトコンドリア、葉緑体といった、比較的大きな細胞小器官の存在おおまかな形、動きを観察することができます。
    • 観察困難なもの: ミトコンドリアのクリステ構造、リボソーム、ウイルス、タンパク質やDNAといった、0.2 μmより小さいものは、光学顕微鏡では原理的に見ることができません。
  • 特徴:
    • 生きた細胞の観察: 光学顕微鏡の最大の利点は、生きたままの細胞を観察できることです。細胞分裂やアメーバ運動、原形質流動といった、ダイナミックな生命現象をリアルタイムで追跡することができます。
    • カラー観察: 可視光を利用するため、試料が元々持っている色(例:葉緑体の緑)や、特定の構造を選択的に染色する染色法(例:酢酸カーミンによる核の染色)を用いることで、カラー像として観察できます。
    • 操作の容易さとコスト: 比較的安価で、操作も簡便です。大気中で観察できるため、試料の準備も電子顕微鏡に比べて容易です。
    • 特殊な観察法: 位相差顕微鏡や微分干渉顕微鏡など、無色透明な生きた細胞にコントラストをつけて観察するための特殊な技術もあります。

10.3. 電子顕微鏡 (Electron Microscope, EM):微細構造を暴く究極の眼

20世紀に入り、光学顕微鏡の分解能の限界を超えるために開発されたのが、電子顕微鏡です。

  • 原理:観察に用いるのは、光ではなく、電子線 (Electron Beam) です。電子は、粒子であると同時に波の性質も持ち、その波長(物質波の波長)は、加速電圧を高めることで、可視光線よりもはるかに短くすることができます。この短い波長の電子線を、ガラスレンズの代わりに磁場コイルを用いた電子レンズで収束・拡大し、蛍光板や検出器に当てて像を形成します。
  • 分解能:電子顕微鏡で用いられる電子線の波長は極めて短いため、その分解能は約0.1〜0.2 nmに達します。これは、光学顕微鏡の約1000倍も高い分解能であり、原子のレベルに迫るものです。
    • 観察可能なもの: 光学顕微鏡では見えなかった、細胞小器官の内部の微細構造(超微細構造, ultrastructure)、リボソーム、ウイルス、さらにはタンパク質やDNAといった巨大分子の形まで観察することができます。
  • 特徴:
    • 生きた細胞の観察は不可能: 電子線は空気分子によって散乱してしまうため、鏡筒内は高真空に保つ必要があります。そのため、水分を多く含む生きた細胞をそのまま観察することはできません。
    • 複雑な試料作製: 観察するためには、試料を化学的に固定し、脱水し、樹脂に包埋して超薄切片(数十nmの厚さ)に切り出し、電子の散乱能を高めるためにウランや鉛などの重金属で電子染色を施す、といった一連の複雑な前処理が必要です。これらの処理の過程で、人工的な構造変化(アーティファクト)が生じる可能性もあります。
    • 白黒(モノクロ)像: 得られる像は、電子が透過または散乱した量の違いを明暗で表したものであり、本質的に白黒です。教科書などで見るカラフルな電子顕微鏡写真は、後から画像処理で着色されたものです。

10.4. 電子顕微鏡の二つのタイプ:TEMとSEM

電子顕微鏡には、主に二つの異なるタイプがあり、観察したい対象によって使い分けられます。

  • 透過型電子顕微鏡 (Transmission Electron Microscope, TEM)
    • 原理: 超薄切片にした試料に、電子線を透過させ、その透過した電子を使って内部の像を形成します。
    • 見えるもの: 細胞や組織の断面図です。核膜の二重構造、ミトコンドリアのクリステ、小胞体の網目構造といった、内部の超微細構造の観察に適しています。分解能はSEMより高いです。
  • 走査型電子顕微鏡 (Scanning Electron Microscope, SEM)
    • 原理: 試料の表面に細く絞った電子線を当てて走査(スキャン)し、表面から放出される二次電子反射電子を検出して、表面の凹凸に対応した像を形成します。
    • 見えるもの: 細胞や組織の表面の立体的な構造です。赤血球の形、昆虫の複眼、花粉の表面模様など、物体の外観を、非常に大きな焦点深度(ピントの合う範囲が広い)で観察するのに適しています。

10.5. 顕微鏡の使い分け:相補的な関係

光学顕微鏡と電子顕微鏡は、どちらが優れているというものではなく、それぞれの長所と短所を補い合う、相補的な関係にあります。

研究者は、まず光学顕微鏡を使って、生きた細胞の全体的な振る舞いや、組織における細胞の位置関係を把握します(マクロな視点)。そして、興味のある現象や特定の構造について、さらに詳細な情報を得るために、電子顕微鏡を使って、その超微細構造を解析します(ミクロな視点)。この二つのスケールからの情報を統合することで、生命現象のより完全な理解が可能になるのです。

顕微鏡技術の進歩は、生命科学の歴史そのものです。そして現在も、生きた細胞の微細構造をナノレベルで観察しようとする超解像顕微鏡など、新たな技術が次々と開発されており、私たちの生命観を更新し続けています。

Module 2:細胞の構造と機能の総括:生命という名の、ミクロな都市を旅する

本モジュールでは、Module 1で学んだ分子という「部品」が、いかにして生命の基本単位である「細胞」という、驚くほど精巧でダイナミックなシステムを構築しているか、その構造と機能の全貌を探る旅をしてきました。私たちは、17世紀の科学者たちが顕微鏡を通して初めて覗き見た小さな「部屋」が、やがて「細胞説」という生物学の根幹をなす大原則へと発展していく、科学的探求の偉大な道のりを目の当たりにしました。

そして、細胞というミクロの世界に足を踏み入れると、そこには生命の二つの偉大な様式――単純な一室構造の「原核細胞」と、核や多様な細胞小器官によって複雑に区画化された「真核細胞」――が存在することを知りました。特に真核細胞は、まるで高度に機能分化した「都市」のようでした。遺伝情報を守り指令を出す「市役所」としての、エネルギーを供給する「発電所」ミトコンドリア、光から富を創造する「農場」葉緑体、物質を生産し輸送する「工場と輸送網」小胞体、そしてそれらを仕分けし配送する「物流センター」ゴルジ体。これらの細胞小器官が、細胞内膜系というネットワークで連携し、見事な機能分担を実現している様子を見てきました。

さらに私たちは、この都市を外界と隔てる「国境」である細胞膜が、単なる壁ではなく、流動モザイクモデルで記述される動的な構造であり、選択的透過性という知的な働きで細胞内外の環境を維持していることを学びました。また、多細胞生物という「国家」の中で、細胞同士が細胞間結合によって結びつき、コミュニケーションをとる様や、都市の形を支え、内部交通を担う「インフラ」である細胞骨格のダイナミックな役割にも光を当てました。

この旅を通して、私たちは生命の重要な特質である「区画化(コンパートメント化)」の意義を深く理解したはずです。細胞は、膜によって内部を仕切ることで、多種多様な化学反応を、それぞれに最適な環境で、互いに干渉することなく、効率的に同時進行させることを可能にしています。これは、限られた空間で最大限の機能性を引き出すための、生命の根源的な戦略です。

本モジュールで得た細胞の構造と機能に関する知識は、次のエネルギー代謝、遺伝、発生といった、より複雑な生命現象を理解するための、揺るぎない土台となります。なぜなら、それらの現象は全て、この細胞という舞台の上で、本モジュールで学んだ役者たち(細胞小器官)によって演じられるドラマに他ならないからです。生命の階層性を一つひとつ登っていくこの知的な旅は、まだ始まったばかりです。

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