【基礎 化学(理論)】Module 2:原子構造と周期律

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本モジュールの目的と構成

Module 1では、物質を構成する基本的な粒子である陽子、中性子、電子を発見し、原子というミクロな世界の扉を開きました。しかし、これらの粒子が原子の中でどのように配置され、その配置がなぜ元素ごとに異なる「個性」を生み出すのでしょうか。この根源的な問いに答えるのが、本モジュール「原子構造と周期律」のテーマです。化学の世界における最も美しい成果物の一つである「周期表」は、単なる元素のカタログではありません。それは、原子の内部構造、すなわち電子の配置という設計図に基づいて、物質のあらゆる性質が予言可能であることを示す、壮大な「法則の地図」なのです。

このモジュールでは、原子の構造をさらに深く探求し、その構造から必然的に導かれる性質の周期的変化、すなわち「周期律」を解き明かしていきます。この学びは、元素の性質を個別に暗記するという無味乾燥な作業から皆さんを解放し、性質の背後にある根本原理からすべてを論理的に予測するという、真に科学的な思考法へと導くことを目的としています。

本モジュールは、以下の論理的なステップで構成されています。原子の内部構造から始まり、それがどのように周期表という形に整理され、最終的にどのようにして性質の予測へと繋がるのか、その知の連鎖を追体験してください。

  1. 原子の内部アーキテクチャの解明: まず、原子核の周りを運動する電子が、無秩序に存在するのではなく、「電子殻」と呼ばれる特定のエネルギー準位に階層的に収まっていることを学びます。そして、電子がどの殻にどのように配置されるかを決める、基本的なルールをマスターします。
  2. 原子の化学的性格を決定する「価電子」: 電子の中でも、特に原子の化学的性質を支配する「価電子」に焦点を当てます。価電子の数が、なぜその原子の反応性や安定性を決定づけるのか、そのメカニズムを深く理解します。
  3. 周期表という「法則の地図」の読解: なぜ周期表が現在のような形をしているのか、その構造の秘密に迫ります。「周期」と「族」が、それぞれ電子殻の数と価電子の数に対応していることを学び、周期表が単なる表ではなく、原子構造の反映であることを理解します。
  4. 元素ファミリーの分類: 周期表上の位置によって、元素が「典型元素」と「遷移元素」という二つの大きなファミリーに分類されることを学びます。それぞれのファミリーが持つ、性質上の特徴とその由来を探ります。
  5. 「似たもの同士」の原理: なぜ同じ「族」(縦の列)に属する元素は、化学的な性質が驚くほど似ているのか。アルカリ金属やハロゲンといった具体的な例を通して、価電子の数が化学的挙動を支配するという原則を再確認します。
  6. 性質の周期的変化(1)原子の大きさ: ここから、周期表を横断・縦断する際に、原子の性質がどのようにリズミカルに変化するかを探求します。第一弾として、「原子半径」が周期表上の位置によってどのように変化するのか、その傾向と物理的な理由を解明します。
  7. 性質の周期的変化(2)電子の引き抜きにくさ: 原子から電子を1個引き抜くために必要なエネルギー、「イオン化エネルギー」の周期的変化を学びます。これが原子の陽イオンへのなりやすさを測る指標であることを理解します。
  8. 性質の周期的変化(3)電子の受け入れやすさ: 原子が電子を1個受け取った際に放出するエネルギー、「電子親和力」の周期的変化を探ります。これが原子の陰イオンへのなりやすさを示す指標となります。
  9. 性質の周期的変化(4)共有電子対を引きつける力: 二つの原子が電子を共有して結合する際に、その共有電子対をどれだけ強く引きつけるかを示す尺度、「電気陰性度」を学びます。これは、化学結合の性質を予測する上で極めて重要な概念です。
  10. 知識の統合と「予測の科学」への飛躍: 最後に、これまで学んだすべての知識を統合し、周期律が持つ真の力、すなわち「予測能力」を体験します。周期表上の位置さえわかれば、まだ見ぬ元素の性質さえも論理的に予測できることを、具体的なケーススタディを通して学びます。

このモジュールを終えたとき、皆さんは周期表を、もはや暗記すべき無機質な表としてではなく、原子の電子構造から万物の性質を読み解くための、強力な知的ツールとして使いこなせるようになっているでしょう。それでは、化学の核心とも言える、秩序と法則性の美しい世界へ踏み出しましょう。

目次

1. 電子殻(K, L, M殻)と電子配置の規則

Module 1の最後で、ラザフォードは原子の中心に原子核があり、その周りを電子が回っているという画期的な原子モデルを提唱しました。しかし、このモデルには古典物理学の観点から一つの重大な欠陥がありました。それは、「なぜ電子は原子核に墜落しないのか?」という問題です。負の電荷を持つ電子と正の電荷を持つ原子核は静電気力で引き合っています。古典電磁気学によれば、加速運動(この場合は円運動)する荷電粒子は電磁波を放出してエネルギーを失い、やがて原子核にスパイラル状に引き込まれてしまうはずです。しかし、現実の原子は安定して存在しています。この矛盾を解決し、原子の内部構造の理解をさらに一歩深めたのが、電子の振る舞いに関する新たなルール、「電子殻」と「電子配置」の概念です。

1.1. ボーアの原子モデルと電子殻の導入

ラザフォードモデルが抱える矛盾を解決するため、1913年、デンマークの物理学者ニールス・ボーアは、当時台頭してきた量子論の考え方を取り入れ、以下のような大胆な仮説を立てました。これがボーアの原子モデルです。

  1. 電子は、原子核の周りの特定に定められた円軌道しか運動することができない。これらの軌道を運動している限り、電子は電磁波を放出せず、エネルギーを失うことはない。
  2. これらの軌道は、原子核に近いものから順に、それぞれ固有のエネルギー準位を持つ。
  3. 電子は、エネルギー(光など)を吸収することでより外側の軌道(高いエネルギー準位)へ移動し(励起)、逆に外側の軌道から内側の軌道(低いエネルギー準位)へ移る際には、そのエネルギー差に相当する光を放出する。

この「電子が存在できる特定の軌道」のことを「電子殻 (electron shell)」と呼びます。ボーアのモデルは、特定の原子がなぜ特定の色(波長)の光だけを放出・吸収するのか(線スペクトル)という、長年の謎も見事に説明することができました。

1.1.1. 電子殻の名称と構造

電子殻は、原子核に近いものから順に、アルファベットを用いて以下のように名付けられています。

  • K殻 (n=1): 最も内側にあり、エネルギー準位が最も低い殻。
  • L殻 (n=2): K殻の外側にある、2番目の殻。
  • M殻 (n=3): L殻の外側にある、3番目の殻。
  • N殻 (n=4): M殻の外側にある、4番目の殻。…以下、O, P, Q…と続きます。

この n=1, 2, 3… という番号は「主量子数 (principal quantum number)」と呼ばれ、電子殻のエネルギーの大きさと広がりを表す重要な指標です。主量子数 n が大きいほど、電子殻は原子核から遠くにあり、そのエネルギー準位も高くなります。

これは、原子を一つのビルに喩えることができます。

  • 原子核: ビルの基礎部分。
  • 電子殻: ビルの各階(1階、2階、3階…)。
  • 電子: 各階に入居できる住人。高層階(nが大きい)ほど、位置エネルギーが高いのと同じように、外側の電子殻ほどエネルギーが高いとイメージすると良いでしょう。

1.1.2. 各電子殻の収容定員(最大電子数)

それぞれの電子殻(階)には、収容できる電子(住人)の最大数が決まっています。主量子数が n の電子殻に収容できる電子の最大数は、以下の簡単な式で与えられます。

\[

\text{最大電子数} = 2n^2

\]

この公式に従って、各電子殻の”定員”を計算すると、以下のようになります。

  • K殻 (n=1): \( 2 \times 1^2 = 2 \)個
  • L殻 (n=2): \( 2 \times 2^2 = 8 \)個
  • M殻 (n=3): \( 2 \times 3^2 = 18 \)個
  • N殻 (n=4): \( 2 \times 4^2 = 32 \)個

この「定員」は、電子殻がさらに「電子軌道(オービタル)」という小さな部屋に分かれていることによって決まります(この詳細は大学化学の範囲ですが、M殻の定員が18人なのは、S室、P室、D室というタイプの異なる部屋があるため、とイメージしておくと後の学習に繋がります)。

1.2. 電子配置の基本ルール

原子が持つ電子は、どの電子殻に何個ずつ入るのでしょうか。この電子の配置(電子配置 (electron configuration))は、ランダムに決まるのではなく、いくつかの基本原理に従っています。その原理とは、「エネルギーが最も低い状態が、最も安定である」という自然界の大原則です。電子は、可能な限りエネルギーの低い、安定な配置をとろうとします。

電子を各電子殻に配置していく際の、具体的なルールは以下の通りです。

ルール1:エネルギーの低い殻から順に入る(構成原理)

電子は、原子核に最も近い、エネルギー準位の最も低いK殻から順に詰まっていきます。K殻が定員(2個)に達すると、次にエネルギーの低いL殻に電子が入り始めます。L殻が定員(8個)に達すると、次にM殻へ…というように、内側の殻から順番に電子が収容されていきます。

これは、ビルの住人が、可能であれば階段の上り下りが楽な低層階から部屋を埋めていくのに似ています。

1.2.1. 原子番号1から20までの電子配置

このルールに従って、原子番号 (Z) が1の水素から20のカルシウムまでの電子配置を見ていきましょう。原子番号は陽子の数であり、中性の原子では電子の数と等しくなります。

原子番号元素記号電子の総数K殻(n=1)L殻(n=2)M殻(n=3)N殻(n=4)
1H11
2He22
3Li321
4Be422
5B523
6C624
7N725
8O826
9F927
10Ne1028
11Na11281
12Mg12282
13Al13283
14Si14284
15P15285
16S16286
17Cl17287
18Ar18288
19K192881
20Ca202882

1.2.2. ルール2:M殻とN殻の例外的な順序

上の表を注意深く見ると、奇妙な点に気づきます。原子番号18のアルゴン (Ar) で、M殻の電子は8個になりました。M殻の最大定員は18個なので、まだ10個の空きがあります。素直なルールに従うなら、次のカリウム (K) の19番目の電子はM殻に入るはずです。しかし、実際にはM殻に8個の電子が入ったまま、20番目のカルシウム (Ca) の電子と共に、一つ外側のN殻に入り始めています。

これはなぜでしょうか。実は、電子殻の中はさらに詳細なエネルギー準位を持つ「電子軌道(オービタル)」に分かれており、M殻の一部(3d軌道)のエネルギー準位が、N殻の一部(4s軌道)のエネルギー準位よりもわずかに高くなっているためです。電子はあくまで全体のエネルギーが最も低くなるように配置されるため、エネルギー的に有利なN殻の”席”(4s軌道)を先に埋め始めたのです。

高校化学の段階では、この複雑なエネルギー準位の逆転について深く知る必要はありません。まずは以下の事実をルールとして覚えましょう。

ルール2(暫定ルール):

M殻は、電子が8個入ると一旦安定化し、次の電子はN殻に入り始める。

このルールにより、カリウム (K) とカルシウム (Ca) の電子配置が説明できます。これ以降の遷移元素の電子配置はさらに複雑になりますが、まずはこの原子番号20までの電子配置を確実に書けるようにすることが、化学を理解する上での第一歩となります。

電子配置は、単なる電子の住所録ではありません。それは、各元素がどのような化学的性質を持つのか、どのようにして他の原子と結びつくのかを解き明かすための、最も基本的な設計図なのです。次に学ぶ「価電子」の概念は、この電子配置が化学的性質に直結していることを、より明確に示してくれるでしょう。

2. 価電子の数と原子の性質

前のセクションで、原子内の電子が電子殻という階層構造の中に、一定のルールに従って配置されていることを学びました。この電子配置の中でも、原子の化学的な「個性」や「振る舞い」を決定づける上で、圧倒的に重要な役割を果たすのが、最も外側の電子殻に存在する電子たちです。これらの電子は、原子が他の原子と出会ったときに、最初に接触する「最前線」にいるからです。このセクションでは、この最重要の電子である「価電子」の概念を学び、その数がなぜ原子の性質を支配するのかを探ります。

2.1. 価電子 (Valence Electron) とは何か?

価電子とは、原子の最も外側にある電子殻(最外殻)を占める電子のことです。原子価電子(げんしかでんし)とも呼ばれます。

  • 最外殻 (Outermost Shell): 電子が入っている電子殻のうち、主量子数 n が最も大きい殻を指します。
  • 価電子の役割: 価電子は、原子核からの束縛が最も弱く、エネルギー準位が最も高いため、化学反応の際に移動したり、他の原子と共有されたりしやすい電子です。つまり、原子の化学結合や反応性に直接関与するのが価電子なのです。

原子を一つの国に例えるなら、内側の電子殻(閉殻)にいる電子は、国内で安定した生活を送る一般市民のようなものです。一方、価電子は、他国との交渉や交流の最前線に立つ外交官や貿易商に相当します。国の対外的な振る舞いがこれらの人々に大きく依存するように、原子の化学的な性質は価電子によって決まるのです。

2.2. 価電子の数え方

価電子の数は、その原子の電子配置を見れば一目瞭然です。最外殻にある電子の数を数えるだけです。

:

  • 水素 (H): 電子配置はK(1)。最外殻はK殻で、電子は1個。→ 価電子数 1
  • 炭素 (C): 電子配置はK(2)L(4)。最外殻はL殻で、電子は4個。→ 価電子数 4
  • ナトリウム (Na): 電子配置はK(2)L(8)M(1)。最外殻はM殻で、電子は1個。→ 価電子数 1
  • 塩素 (Cl): 電子配置はK(2)L(8)M(7)。最外殻はM殻で、電子は7個。→ 価電子数 7
  • アルゴン (Ar): 電子配置はK(2)L(8)M(8)。最外殻はM殻で、電子は8個。

2.3. 価電子と貴ガス(希ガス)の安定性

ここで、原子番号2(He), 10(Ne), 18(Ar) などの**貴ガス(希ガス)**と呼ばれる元素に注目してみましょう。

  • ヘリウム (He): 電子配置は K(2)。最外殻であるK殻が定員の2個で満たされている(閉殻)。
  • ネオン (Ne): 電子配置は K(2)L(8)。最外殻であるL殻が定員の8個で満たされている(閉殻)。
  • アルゴン (Ar): 電子配置は K(2)L(8)M(8)。最外殻であるM殻に電子が8個入っている。

これらの貴ガス元素は、化学的に極めて安定しており、ほとんど他の原子と反応して化合物を作らないことで知られています。この事実から、科学者たちは**「最外殻電子が定員で満たされている(閉殻)、あるいは8個存在する電子配置は、非常に安定した状態である」**という重要な結論に達しました。

2.3.1. オクテット則 (Octet Rule)

この「最外殻に8個の電子が入った配置が安定である」という経験則を、「オクテット則」または「八隅説」と呼びます。「Octet」はラテン語で「8」を意味します。

(ただし、K殻が最外殻となるヘリウムの場合は、2個の電子で安定となるため、これはデュエット則と呼ぶこともあります。)

このオクテット則は、化学反応の方向性を理解するための、非常に強力な指針となります。すなわち、貴ガス以外の原子は、化学反応を通じて電子を放出したり、受け取ったり、あるいは共有したりすることによって、価電子の数を8個(または2個)にし、貴ガスと同じ安定な電子配置になろうとする傾向があるのです。

2.4. 価電子と原子の反応性:オクテット則への道

原子がどのようにして安定な貴ガス型電子配置を目指すかは、その原子が持つ価電子の数によって決まります。

ケース1:価電子数が少ない原子(主に金属元素)

例えば、ナトリウム (Na) は価電子を1個持っています (K(2)L(8)M(1))。彼がオクテット(8個)を満足するためには、あと7個の電子を受け取るか、あるいはM殻にある1個の電子を完全に手放すかの二つの選択肢があります。エネルギー的には、7個もの電子を外部から獲得するよりも、1個の電子を放出する方がはるかに容易です。

そこで、ナトリウムは価電子を1個放出して、1価の陽イオン (Na⁺) になる傾向があります。Na⁺ の電子配置は K(2)L(8) となり、これはネオン (Ne) と同じ安定な電子配置です。

\[ Na (K2, L8, M1) \rightarrow Na^+ (K2, L8) + e^- \]

同様に、価電子を2個持つマグネシウム (Mg) は、電子を2個放出して2価の陽イオン (Mg²⁺) に、価電子を3個持つアルミニウム (Al) は、電子を3個放出して3価の陽イオン (Al³⁺) になりやすい性質を持ちます。

ケース2:価電子数が多い原子(主に非金属元素)

一方、塩素 (Cl) は価電子を7個持っています (K(2)L(8)M(7))。彼がオクテットを満足するためには、7個の電子をすべて放出するよりも、あと1個の電子を外部から受け取る方がはるかに容易です。

そこで、塩素は電子を1個受け取って、1価の陰イオン (Cl⁻) になる傾向があります。Cl⁻ の電子配置は K(2)L(8)M(8) となり、これはアルゴン (Ar) と同じ安定な電子配置です。

\[ Cl (K2, L8, M7) + e^- \rightarrow Cl^- (K2, L8, M8) \]

同様に、価電子を6個持つ酸素 (O) は、電子を2個受け取って2価の陰イオン (O²⁻) になりやすい性質を持ちます。

ケース3:中間の価電子数を持つ原子

価電子を4個持つ炭素 (C) やケイ素 (Si) のような原子は、電子を4個放出するのも、4個受け取るのも、どちらも大きなエネルギーが必要で困難です。そこで、彼らは他の原子と価電子を「共有」することによって、お互いにオクテットを満たそうとします。これが後に学ぶ「共有結合」の基本原理です。

2.5. 価電子数の例外的な扱い(貴ガス)

価電子の定義は「最外殻の電子」ですが、貴ガス元素については、その価電子の数を例外的に 0 とすることが慣例となっています。

  • ネオン (Ne): 最外殻電子は8個だが、価電子数は 0
  • アルゴン (Ar): 最外殻電子は8個だが、価電子数は 0

これは、貴ガスが極めて安定で、化学反応において価電子として働く(他の原子との結合に関与する)電子を持たない、という化学的性質を反映した便宜的な扱いです。価電子を「反応に関与する能力のある電子」と解釈すれば、貴ガスの価電子が0であると考えるのは非常に合理的です。

まとめ

価電子の数原子がとる典型的な行動
1電子を1個放出して +1 の陽イオンになるNa → Na⁺
2電子を2個放出して +2 の陽イオンになるMg → Mg²⁺
3電子を3個放出して +3 の陽イオンになるAl → Al³⁺
4電子を共有する(共有結合)C, Si
5電子を共有、または電子を3個受け取るN, P
6電子を2個受け取って -2 の陰イオンになるO, S
7電子を1個受け取って -1 の陰イオンになるF, Cl
8 (0)安定で反応しないNe, Ar

このように、価電子の数は、原子がイオンになるのか、共有結合を作るのか、あるいは反応しにくいのか、といった最も基本的な化学的性質を決定づける、極めて重要なパラメーターなのです。そして、この価電子の数が周期的に変化することこそが、次章で学ぶ「周期表」と「周期律」の根幹をなしています。

3. 周期表の構造:族と周期

これまでに、原子の電子配置、そしてその化学的性質を支配する価電子について学びました。19世紀、多くの科学者たちは、当時発見されていた様々な元素の性質を整理し、その背後にある法則性を見出そうと努力していました。その集大成が、現代化学の象徴とも言える「周期表 (Periodic Table)」です。周期表は、単に元素を並べたリストではありません。それは、原子の電子構造という設計図に基づいて、元素の性質が周期的に繰り返されるという「周期律 (Periodic Law)」を視覚的に表現した、情報満載の地図なのです。このセクションでは、周期表がどのような構造を持ち、その「族」と「周期」が何を意味しているのかを解き明かします。

3.1. 周期表の誕生:メンデレーエフの偉大な功績

現代の周期表の原型を築いたのは、1869年、ロシアの化学者ドミトリ・メンデレーエフです。当時、彼は知られていた63種類の元素を、それぞれの性質が似たもの同士が縦に並ぶように、原子量の順に配列しました。

メンデレーエフの仕事が特に偉大であった点は、以下の二つです。

  1. 性質の周期性を優先: 彼は、一部の元素(テルルとヨウ素など)で原子量の順序が性質の類似性と逆転する箇所があっても、性質の類似性を優先して配置しました。これは、原子量よりももっと根源的な何かが元素の性質を決めていることを示唆する、鋭い洞察でした。
  2. 未発見元素の予言: 彼は、周期的な性質が維持されるように、表の中に意図的に空欄を設けました。そして、その空欄に入るであろう「未発見の元素」の性質(原子量、密度、化合物の形など)を、周囲の元素の性質から驚くほど正確に予言したのです。後に、ガリウムやゲルマニウムといった元素が発見され、その性質がメンデレーエフの予言通りであったことから、彼の周期表の正しさが証明されました。

3.2. 現代の周期表:原子番号順への改良

メンデレーエフの周期表は画期的でしたが、いくつかの矛盾点も残っていました。この問題は20世紀初頭、イギリスの物理学者ヘンリー・モーズリーの研究によって解決されます。彼は、各元素が放出する固有のX線の波長を調べ、元素の最も基本的な性質を決定するのは原子量ではなく、原子核の正電荷の数、すなわち「原子番号」であることを突き止めました。

そして、元素を原子番号の順に並べ替えることで、メンデレーエフの周期表が抱えていたすべての矛盾が解消され、現代の周期表の形が完成しました。

周期律 (Periodic Law): 「元素の性質は、その原子番号の関数として周期的に変化する。

3.3. 周期表の基本構造:周期と族

現代の周期表は、横の行と縦の列からなるグリッド構造をしています。この行と列には、それぞれ「周期」と「族」という名前がついており、極めて重要な意味を持っています。

3.3.1. 周期 (Period)

周期とは、周期表の横の行のことです。周期表には、上から順に第1周期、第2周期、…、第7周期まであります。

周期が意味するもの:

**周期の番号は、その周期に属する元素の原子が持つ「電子殻の数」に対応しています。**より正確には、最外殻電子の主量子数 (n) と一致します。

  • 第1周期: H, He
    • 電子はK殻 (n=1) に入る。電子殻は1つ。
  • 第2周期: Li, Be, B, C, N, O, F, Ne
    • 最外殻電子はL殻 (n=2) に入る。電子殻は2つ (K, L)。
  • 第3周期: Na, Mg, Al, Si, P, S, Cl, Ar
    • 最外殻電子はM殻 (n=3) に入る。電子殻は3つ (K, L, M)。

このように、周期表を上から下へ見ていくことは、原子の電子殻が一つずつ増えていく過程を見ていることと同じなのです。同じ周期に属する元素は、最外殻が同じであるため、「原子の大きさ(半径)」に一定の傾向が見られます(後のセクションで詳述)。

3.3.2. 族 (Group)

とは、周期表の縦の列のことです。族には、左から順に1族、2族、…、18族という番号が付けられています。

族が意味するもの:

(典型元素において)族番号の一の位は、その族に属する元素の「価電子の数」に対応しています。

  • 1族: Li, Na, K, …
    • 価電子数は 1 個。
  • 2族: Be, Mg, Ca, …
    • 価電子数は 2 個。
  • 13族: B, Al, …
    • 価電子数は 3 個。
  • 17族: F, Cl, Br, …
    • 価電子数は 7 個。
  • 18族: He, Ne, Ar, …
    • 価電子数は 0(または最外殻電子は8個、Heは2個)。

価電子の数は、原子の化学的性質を支配する最も重要な要因でした。したがって、同じ族に属する元素は、価電子の数が同じであるため、化学的な性質が非常に似通っているのです。この性質の類似性こそ、メンデレーエフが周期表を作成する際に最も重視した点であり、周期表の最大の有用性の一つです。

周期表の構造と電子配置の関係のまとめ

周期表の要素対応する原子構造の要素意味
周期 (横の行)電子殻の数 (最外殻の主量子数)周期が進むと、原子が大きくなる。
 (縦の列)価電子の数同じ族の元素は、化学的性質が似ている。

このように、一見複雑に見える周期表は、実は原子の電子配置という非常にシンプルなルールに基づいて構成されています。原子番号順に元素を並べていくと、価電子の数が1, 2, 3…と増えていき、安定な貴ガスで一つの周期が終わり、次の周期で再び価電子が1から始まる…このサイクルの繰り返しが「周期律」の正体なのです。この構造を理解すれば、周期表はもはや暗記の対象ではなく、元素の性質を読み解くための強力な論理ツールとなります。

4. 典型元素と遷移元素の分類

周期表という壮大な地図を読み解く上で、すべての元素を同じように扱うのではなく、その性質の違いからいくつかの「地域」に分けて考えると、全体の理解が格段に進みます。周期表上の元素は、その電子配置と化学的性質に基づいて、大きく二つのグループに分類されます。それが「典型元素」と「遷移元素」です。この分類は、周期表のどこに位置するかによって決まり、それぞれのグループが特徴的な性質を示します。

4.1. 典型元素 (Typical Elements / Main Group Elements)

典型元素とは、周期表の1族、2族、および12族から18族に属する元素のことです。周期表の左右両端のブロックを占める元素群、とイメージすると良いでしょう。(ただし、12族の亜鉛Zn、カドミウムCd、水銀Hgは遷移元素に含める場合と典型元素に含める場合があり、定義がやや曖昧ですが、高校化学では典型元素に似た性質を持つ金属として扱われることが多いです。)

典型元素の主な特徴:

  1. 性質の周期性が明瞭:名前が「典型的」と示す通り、典型元素の性質は、周期表を横(周期)や縦(族)に移動する際に、非常に分かりやすく、規則的に変化します。原子半径、イオン化エネルギーなどの周期性がはっきりと現れるのは、主にこれらの元素です。
  2. 価電子の数が族番号と直結:典型元素では、族番号の一の位が、そのまま価電子の数に対応しています(1族なら1個、17族なら7個)。この価電子の数の規則的な増減が、性質の明瞭な周期性をもたらす原因です。
  3. 同族元素の性質が酷似:同じ族に属する典型元素同士は、価電子の数が同じであるため、化学的性質が非常によく似ています。例えば、1族の元素(アルカリ金属)はすべて水と激しく反応し、17族の元素(ハロゲン)はすべて反応性の高い非金属です。
  4. 金属元素と非金属元素が混在:典型元素には、ナトリウム (Na) やアルミニウム (Al) のような金属元素と、炭素 (C)、酸素 (O)、塩素 (Cl) のような非金属元素の両方が含まれています。周期表の左側から右側に行くにつれて、金属的な性質が弱まり、非金属的な性質が強まるという変化が見られます。

電子配置の観点から:

典型元素は、電子が最も外側の電子殻(s軌道またはp軌道)に順次満たされていく元素群です。このシンプルで規則的な電子の埋まり方が、性質の分かりやすさに繋がっています。

4.2. 遷移元素 (Transition Elements / Transition Metals)

遷移元素とは、周期表の3族から11族に属する元素のことです。周期表の中央の窪んだ部分を占める元素群です。

遷移元素の主な特徴:

  1. すべてが金属元素:遷移元素は、そのすべてが金属としての性質(金属光沢、電気・熱伝導性、展性・延性)を示します。鉄 (Fe)、銅 (Cu)、金 (Au)、銀 (Ag) など、私たちの生活に身近な金属の多くがここに含まれます。
  2. 隣り合う元素の性質が似ている:典型元素が同「族」(縦)で性質が似ているのに対し、遷移元素は同じ「周期」(横)で隣り合う元素同士の性質もよく似ています。これは、電子配置の仕方に原因があります(後述)。
  3. 複数の酸化数をとる:多くの遷移元素は、化合物中で複数の異なる酸化数(イオンになったときの価数のようなもの)をとることができます。例えば、鉄は+2 (Fe²⁺) と+3 (Fe³⁺) の両方の状態をとり、銅は+1 (Cu⁺) と+2 (Cu²⁺) の状態をとります。これは、最外殻電子だけでなく、その一つ内側の電子殻の電子も化学結合に関与しやすいためです。
  4. イオンや化合物が有色のものが多い:遷移元素のイオンや化合物は、鮮やかな色を呈するものが多いという特徴があります。例えば、硫酸銅(II)水溶液の青色、ニクロム酸カリウムの赤橙色などがその例です。これは、遷移元素の電子が、d軌道と呼ばれる特定のエネルギー準位の間で光を吸収して移動するためです。
  5. 触媒として働くものが多い:多くの遷移元素やその化合物は、化学反応の速度を高める「触媒」として優れた能力を発揮します。例えば、アンモニア合成における鉄触媒や、接触法による硫酸製造における酸化バナジウム(V)触媒などが有名です。

電子配置の観点から:

遷移元素の最大の特徴は、電子の埋まり方にあります。遷移元素では、電子は最外殻(例:N殻)ではなく、その一つ内側の電子殻(例:M殻のd軌道)に主に満たされていきます。

例えば、第4周期の遷移元素(ScからZnまで)では、最外殻のN殻には電子が1個または2個入ったままで、内側のM殻の電子が18個の定員に達するまで順次増えていくのです。

最外殻の電子の数(価電子数)が1または2でほぼ一定のまま、原子核の電荷が少しずつ増えていくため、性質の変化が穏やかになり、隣り合う元素同士でも性質が似通ってくるのです。

4.3. 周期表における配置と分類のまとめ

周期表をブロックに分けて、典型元素と遷移元素の配置を視覚的に整理してみましょう。

  • 左端のブロック (1, 2族)典型元素(sブロック元素)
  • 右端のブロック (13-18族)典型元素(pブロック元素)
  • 中央のブロック (3-11族)遷移元素(dブロック元素)
  • 最下部のブロック(ランタノイド、アクチノイド)内部遷移元素(fブロック元素) – 高校化学ではあまり詳しく扱いません。

アナロジーによる理解:

国々が並ぶ大陸(周期表)を想像してみましょう。

  • 典型元素: 大陸の東海岸と西海岸に位置する国々。それぞれの沿岸国(族)は、独特の文化(化学的性質)を持っており、海岸沿いに北から南へ旅をすると、その文化がはっきりと受け継がれているのがわかります(同族元素の類似性)。また、西海岸(金属)から東海岸(非金属)へ大陸を横断すると、景色(性質)が劇的に変わっていきます(周期性)。
  • 遷移元素: 大陸の中央に広がる広大な内陸地帯。ここの国々(元素)は、互いに国境を接しており、文化や言語が少しずつ変化していくため、隣国同士でもよく似た特徴を持っています。また、この地域は豊かな鉱物資源(有用な金属)に恵まれ、多様な産業(触媒作用、有色化合物)が栄えています。

この「典型」と「遷移」という二つの視点を持つことで、100以上ある元素の性質を、より体系的かつ効率的に理解し、整理することができるようになります。

5. 同族元素の性質の類似性

周期表の最大の発見は、元素を原子番号順に並べると、化学的性質の似た元素が周期的に現れることでした。そして、この「性質の似た元素」は、周期表の「族」(縦の列)に属する元素たち、すなわち同族元素として見事に整理されます。なぜ同じ族の元素は、互いに似たような振る舞いをするのでしょうか?その答えは、これまでに学んだ「価電子」の数にあります。同じ族に属する元素は、価電子の数が等しいため、化学反応の際に同じような挙動を示すのです。このセクションでは、代表的な族を取り上げ、その具体的な性質と、それらが価電子の数によっていかに説明されるかを見ていきましょう。

5.1. 1族元素:アルカリ金属 (Alkali Metals)

1族に属する元素のうち、水素(H)を除く、リチウム(Li)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、ルビジウム(Rb)、セシウム(Cs)、フランシウム(Fr)をアルカリ金属と呼びます。(水素は非金属であり、性質が大きく異なるため除外されます。)

共通する性質:

  • 価電子の数1個。この1個の価電子を放出して、1価の陽イオン (Li⁺, Na⁺, K⁺など) に非常になりやすい。
  • 反応性: 価電子を1個失うだけで貴ガス型の安定な電子配置になれるため、反応性が極めて高い。空気中の酸素や水と容易に反応するため、石油中に保存する必要があります。
  • 水との反応: 水と激しく反応して、水素ガスを発生し、水溶液は強いアルカリ性を示します。これが「アルカリ金属」という名前の由来です。(例: \(2Na + 2H_2O \rightarrow 2NaOH + H_2 \uparrow\))
  • 物理的性質: 他の金属に比べて密度が小さく、水に浮くものもあります(Li, Na, K)。また、ナイフで簡単に切れるほど柔らかい。
  • 炎色反応: これらの元素やその化合物を炎の中に入れると、特有の色を示します(Li: 赤, Na: 黄, K: 紫など)。

族内での傾向:

族を下に行くほど(原子番号が大きくなるほど)、原子半径が大きくなり、原子核と価電子の間の距離が遠くなります。そのため、価電子をより放出しやすくなり、反応性は下に行くほど増大します。KはNaよりも、CsはKよりも、さらに激しく水と反応します。

5.2. 2族元素:アルカリ土類金属 (Alkaline Earth Metals)

2族に属する元素のうち、ベリリウム(Be)とマグネシウム(Mg)を除く、カルシウム(Ca)、ストロンチウム(Sr)、バリウム(Ba)、ラジウム(Ra)をアルカリ土類金属と呼びます。(BeとMgは性質がやや異なるため、通常は含めませんが、広い意味で2族元素全体を指すこともあります。)

共通する性質:

  • 価電子の数2個。この2個の価電子を放出して、2価の陽イオン (Ca²⁺, Sr²⁺, Ba²⁺など) になります。
  • 反応性: 価電子を2個失う必要があるため、1族のアルカリ金属ほどではありませんが、高い反応性を持ちます。
  • 水との反応: 高温の水や、常温の水と反応して水素を発生し、水酸化物(例: Ca(OH)₂)を生成します。これらの水酸化物はアルカリ性を示します。
  • 炎色反応: 特有の炎色反応を示します(Ca: 橙赤, Sr: 紅, Ba: 黄緑)。

族内での傾向:

アルカリ金属と同様に、族を下に行くほど原子半径が大きくなり、電子を放出しやすくなるため、反応性は下に行くほど増大します。

5.3. 17族元素:ハロゲン (Halogens)

17族に属する、フッ素(F)、塩素(Cl)、臭素(Br)、ヨウ素(I)、アスタチン(At)をハロゲンと呼びます。「ハロゲン」とは、ギリシャ語で「塩を作るもの」を意味し、ナトリウムなどの金属と反応して塩(えん)のような化合物をよく作ることに由来します。

共通する性質:

  • 価電子の数7個。あと1個の電子を受け取れば貴ガス型の安定な電子配置になれるため、1価の陰イオン (F⁻, Cl⁻, Br⁻など) に非常になりやすい。
  • 反応性: 電子を受け取る傾向が非常に強く、反応性が極めて高い非金属です。特にフッ素は全元素中で最も反応性が高いとされています。
  • 存在形態: 反応性が高いため、天然では単体として存在せず、主にイオンとして海水や鉱物中に含まれています。単体は、有色の二原子分子 (F₂, Cl₂, Br₂, I₂) として存在します。
  • 水素との反応: 水素と反応して、ハロゲン化水素 (HF, HCl, HBr, HI) を生成します。これらは水に溶けると、フッ化水素酸、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸といった強酸(HFは弱酸)になります。

族内での傾向:

族を下に行くほど、原子半径が大きくなり、原子核が外部の電子を引きつける力が弱まります。そのため、電子を受け取る能力が弱まり、反応性は下に行くほど減少します。

また、分子量が大きくなるにつれて分子間力(ファンデルワールス力)が強くなるため、常温での状態が以下のように変化します。

  • F₂: 淡黄色の気体
  • Cl₂: 黄緑色の気体
  • Br₂: 赤褐色の液体
  • I₂: 黒紫色の固体(昇華性あり)

5.4. 18族元素:貴ガス(希ガス) (Noble Gases / Rare Gases)

18族に属する、ヘリウム(He)、ネオン(Ne)、アルゴン(Ar)、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)、ラドン(Rn)を貴ガスまたは希ガスと呼びます。

共通する性質:

  • 電子配置最外殻が定員の電子で満たされた、極めて安定な電子配置を持っています(HeはK殻に2個、他は最外殻に8個)。
  • 価電子の数: 価電子は 0 とされる。
  • 反応性: 電子配置が非常に安定しているため、電子を放出も受容もしにくく、他の元素とほとんど反応しません。化学的に「不活性 (inert)」であると言われます。このため、「高貴な (noble)」ガスと呼ばれます。(ただし、近年ではキセノンやクリプトンの化合物が合成されており、完全に不活性というわけではないことが分かっています。)
  • 存在形態: 反応しないため、単体のまま単原子分子として大気中にわずかに存在します。(大気中に存在する割合が少ないため「希(まれ)な」ガスとも呼ばれます。最も多いアルゴンでも約0.93%です。)
  • 物理的性質: 無色・無臭の気体で、融点・沸点が非常に低い。

5.5. まとめ:族と性質のリンク

名称価電子数イオンの価数性質の要約
1族アルカリ金属1+1反応性が極めて高い金属。水と激しく反応。
2族アルカリ土類金属2+2反応性が高い金属。
17族ハロゲン7-1反応性が極めて高い非金属。二原子分子。
18族貴ガス0(イオンにならない)化学的に不活性。単原子分子。

このように、ある元素が周期表のどの「族」に属しているかを知ることは、その元素の化学的性格の大部分を理解することに直結します。周期表の縦の列は、まさに性質の似た「元素の家族」を形成しているのです。

6. 原子半径の周期的変化

周期表が元素の性質の周期律を反映したものであることを学びました。ここからは、具体的な物理的性質が、周期表上でどのようにリズミカルに変化していくのかを探求していきます。その最も基本的で重要な性質が「原子の大きさ」、すなわち原子半径です。原子の大きさは、その原子がどのように他の原子と相互作用するか、どのように結合を作るかを左右する根源的な要素です。原子半径の大小は、原子核の電荷(陽子の数)と電子配置という、二つの要因のせめぎ合いによって決まります。このセクションでは、原子半径が周期表の周期(横の行)と族(縦の列)で、どのような規則性をもって変化するのか、そしてその背後にある物理的な理由を解明します。

6.1. 原子半径の定義

まず、「原子の半径」をどのように定義するかを明確にしておく必要があります。原子は、電子が雲のように広がっているものであり、サッカーボールのように明確な境界線があるわけではありません。そのため、単独の原子の半径を直接測定することは困難です。

そこで、原子半径は通常、**二つの原子が結合しているときの、原子核と原子核の間の距離(核間距離)**から算出されます。

  • 共有結合半径: 同じ種類の原子2個が共有結合している場合(例: 塩素分子 Cl₂)、その核間距離の半分を原子半径とします。
  • 金属結合半径: 金属結晶中で、隣り合う原子の核間距離の半分を原子半径とします。

ここでは、これらの半径をまとめて「原子半径」として扱い、その相対的な大小関係の傾向を見ていきます。

6.2. 周期内での傾向:右へ行くほど小さくなる

結論同じ周期(横の行)では、原子番号が大きくなるにつれて(右へ行くほど)、原子半径は小さくなる傾向がある。

これは一見、直感に反するように思えるかもしれません。原子番号が増えるということは、電子の数も増えるのだから、原子は大きくなるのではないか?と考える人も多いでしょう。しかし、現実はその逆です。

理由:

この現象を理解する鍵は、「原子核の正電荷」と「電子殻」の関係にあります。

  1. 電子殻は同じ: 同じ周期に属する元素は、最外殻電子が同じ電子殻に入っていきます。例えば、第2周期の元素(Li, Be, B, C, …)では、電子はすべてL殻に順次追加されていきます。つまり、原子核からの大まかな「距離」のレベルは変わりません。
  2. 原子核の電荷が増加: 一方で、右へ行くほど原子番号が増えるため、原子核内の陽子の数が1つずつ増えていきます。これにより、原子核の正電荷 (\(+Z\)) が増大します。
  3. 引力の増大: この原子核の正電荷の増大により、原子核が周囲の電子(同じL殻を回っている電子たち)を引きつける静電気的な引力が、より強力になります

結果として、電子が同じ殻に追加されることによる反発力の増加よりも、原子核の引力が増大する効果の方が上回り、電子全体がより強く原子核の中心方向へ引きつけられます。そのため、原子は全体として収縮し、半径が小さくなるのです。

アナロジー:

L殻という一つの円形トラックの上を、電子というランナーが走っていると想像してください。

  • Li (3番) → C (6番) → F (9番) と右に行くにつれて、トラックの中央にいる監督(原子核)の「引きつける声の大きさ」(正電荷)が、+3, +6, +9 とどんどん大きくなっていきます。
  • ランナー(電子)の数は増えますが、彼らは同じトラック上を走っています。
  • 監督の声が大きくなるにつれて、ランナーたちはより内側のレーンに引き寄せられて走るようになり、チーム全体が占める範囲(原子半径)は小さくなっていきます。

※ただし、この傾向は18族の貴ガスでわずかに逆転します。貴ガスは安定な閉殻構造をとり、他の原子と結合を作りにくいため、その半径はファンデルワールス半径という別の定義で測定されることが多く、同周期のハロゲンよりもわずかに大きくなることがあります。しかし、全体的な傾向として「右へ行くほど小さくなる」と理解しておくことが重要です。

6.3. 族内での傾向:下へ行くほど大きくなる

結論同じ族(縦の列)では、原子番号が大きくなるにつれて(下へ行くほど)、原子半径は大きくなる。

これは非常に直感的で分かりやすい傾向です。

理由:

この現象の理由は、「新しい電子殻の追加」という、極めて大きな要因によります。

  1. 電子殻の数が増加: 同じ族を下に行く(周期が一つ進む)と、電子は一つ外側の、新しい電子殻に入り始めます。
    • Li (第2周期) → Na (第3周期) → K (第4周期) と進むと、最外殻が L殻 → M殻 → N殻 と、原子核からより遠い殻へと移っていきます。
  2. 遮蔽効果: 新しい電子殻が追加される効果は絶大です。原子の大きさは、実質的に最外殻の広がりによって決まるため、殻が一つ増えるだけで原子は格段に大きくなります。

この「新しい殻の追加」という効果は、原子核の正電荷が増える効果(下に行くほど陽子も増える)をはるかに上回ります。そのため、族を下に行くにつれて、原子半径は明確に大きくなっていきます。

アナロジー:

ロシアの民芸品であるマトリョーシカ人形を想像してください。

  • Li, Na, K, Cs…というアルカリ金属の同族元素は、マトリョーシカ人形のセットのようなものです。
  • NaはLiをすっぽりと包み込む、一回り大きな人形です。
  • KはNaをさらに包み込む、もっと大きな人形です。
  • 族を下に行くごとに、人形の「層(電子殻)」が一つずつ増えていき、その大きさ(原子半径)がどんどん大きくなっていくのです。

6.4. 原子半径の周期的変化のまとめ

以上の二つの傾向を、周期表全体でまとめると以下のようになります。

  • 周期表の右へ行くほど → 小さくなる (原子核の電荷増大の効果)
  • 周期表の下へ行くほど → 大きくなる (電子殻の増加の効果)

この結果、周期表の左下に位置する元素(セシウム Cs や フランシウム Fr)が最も原子半径が大きく、周期表の右上に位置する元素(ヘリウム He や フッ素 F)が最も原子半径が小さいということになります。

原子半径のこの規則的な変化は、次に学ぶイオン化エネルギーや電気陰性度といった、他のすべての周期的な性質の基礎となります。原子の「大きさ」が、電子の「捕まりやすさ」や「引きつけやすさ」に直接影響を与えるからです。この二つの傾向とその物理的な理由をしっかりと理解することが、周期律をマスターする上で不可欠です。

7. イオン化エネルギーの周期的変化

原子半径という「大きさ」の周期律を学んだ次は、原子の化学的性質に直結する「エネルギー」の周期律に目を向けます。原子が化学反応する際には、電子を放出したり、受け取ったりします。その「電子の放出のしやすさ」を定量的に示す指標がイオン化エネルギーです。イオン化エネルギーの大小は、その原子が陽イオンになりやすいか(金属的か)、なりにくいか(非金属的か)を決定づける重要なパラメーターです。そして、このイオン化エネルギーもまた、原子半径と同様に、周期表上で美しい規則性をもって変化します。

7.1. イオン化エネルギーの定義

イオン化エネルギー (Ionization Energy) とは、気体状態の原子から電子を1個取り去って、1価の陽イオンにするために必要な最小のエネルギーのことです。

\[ M(g) + E_I \rightarrow M^+(g) + e^- \]

ここで、Mは原子、\(E_I\)がイオン化エネルギー、\(M^+\)は1価の陽イオン、\(e^-\)は電子を表します。この定義で重要なポイントは以下の3点です。

  1. 気体状態 (gaseous state): 他の原子との相互作用がない、孤立した原子を基準にするため、気体状態の原子を考えます。
  2. 電子を1個取り去る: 2個以上ではなく、まず最初の1個を取り去るエネルギーを指します。これを特に「第一イオン化エネルギー」と呼びます。
  3. 必要なエネルギー: 電子を取り去るには、原子核からの引力に逆らって仕事をする必要があるので、必ずエネルギーを外部から与えなければなりません(吸熱変化)。したがって、イオン化エネルギーは常に正の値をとります。

要するに、イオン化エネルギーが小さいほど、電子を簡単に取り去ることができ、陽イオンになりやすいと言えます。逆に、イオン化エネルギーが大きいほど、電子が原子核に強く束縛されており、陽イオンになりにくいことを意味します。

7.2. 周期内での傾向:右へ行くほど大きくなる

結論同じ周期(横の行)では、原子番号が大きくなるにつれて(右へ行くほど)、第一イオン化エネルギーは大きくなる傾向がある。

理由:

この傾向は、原子半径の周期的変化から直接的に説明できます。

  1. 原子半径の減少: 同じ周期で右へ行くほど、原子半径は小さくなりました。
  2. 原子核の引力の増大: これは、原子核の正電荷が増大し、最外殻電子をより強く引きつけるためでした。

最外殻電子が、より小さく、より強力な原子核の引力によって強く束縛されているのですから、その電子を引きちぎって取り去るためには、より大きなエネルギーが必要になるのは当然です。したがって、イオン化エネルギーは原子半径とは逆に、周期表の右へ行くほど増大します。

結果として:

  • 周期の左側に位置するアルカリ金属(1族)は、イオン化エネルギーが最も小さく、非常に陽イオンになりやすい性質を持ちます。
  • 周期の右側に位置する貴ガス(18族)は、イオン化エネルギーが最も大きく、極めて陽イオンになりにくい安定な元素です。

ミニケーススタディ:小さな逆転

グラフを詳細に見ると、この「右肩上がり」の傾向の中に、いくつかの小さな「谷」が存在することに気づきます。例えば、第2周期では、Be > B、N > O という逆転現象が見られます。

  • Be > B: Be(K2, L2)の電子は安定な2s軌道から、B(K2, L2, p1)の電子はやや不安定な2p軌道から取り除かれるため、Bの方がエネルギーが小さくて済みます。
  • N > O: N(K2, L2, p3)では、3つのp軌道に電子が1つずつ入った安定な配置(フントの規則)になっています。一方、O(K2, L2, p4)では、1つのp軌道に電子が2つ入っており、電子間の反発があるため、そのうちの1つは比較的取り除きやすいのです。これらの例外は、電子軌道(オービタル)の安定性という、より詳細な電子配置のルールによって説明されますが、高校化学の段階では、まず「全体として右へ行くほど大きくなる」という大まかな傾向を掴むことが最も重要です。

7.3. 族内での傾向:下へ行くほど小さくなる

結論同じ族(縦の列)では、原子番号が大きくなるにつれて(下へ行くほど)、第一イオン化エネルギーは小さくなる。

理由:

これも、原子半径の傾向から明快に説明できます。

  1. 原子半径の増大: 同じ族で下へ行くほど、新しい電子殻が追加されるため、原子半径は大きくなります。
  2. 原子核からの距離: 最外殻電子は、原子核からより遠い位置に存在することになります。
  3. 遮蔽効果: 内側にある電子殻の電子たちが、原子核の正電荷を「さえぎる(遮蔽する)」効果も大きくなります。

最外殻電子は、原子核から遠く、かつ内殻電子によって原子核の引力が弱められているため、束縛が弱くなります。その結果、電子を取り去るために必要なエネルギーは少なくて済み、イオン化エネルギーは小さくなります。

結果として:

同じアルカリ金属(1族)の中でも、リチウム(Li) < ナトリウム(Na) < カリウム(K) < セシウム(Cs) の順にイオン化エネルギーは小さくなり、陽イオンへのなりやすさ(反応性)は増大していきます。

7.4. 第二イオン化エネルギー以降(逐次イオン化エネルギー)

原子から2個目の電子を取り去るために必要なエネルギーを第二イオン化エネルギー、3個目を取り去るエネルギーを第三イオン化エネルギーと呼び、これらを総称して逐次イオン化エネルギーといいます。

\[ M^+(g) \rightarrow M^{2+}(g) + e^- \quad (\text{第二イオン化エネルギー}) \]

\[ M^{2+}(g) \rightarrow M^{3+}(g) + e^- \quad (\text{第三イオン化エネルギー}) \]

重要な点は、逐次イオン化エネルギーは、必ず第一 < 第二 < 第三 < … の順に大きくなるということです。なぜなら、電子を1個取り去ると、残りの電子に対する原子核の有効的な引力が強まり、さらに電子を取り去るのが困難になるからです。

特に注目すべきは、価電子をすべて失い、貴ガスと同じ安定な電子配置(閉殻)になった状態から、さらに内側の電子殻の電子を取り去ろうとするとき、イオン化エネルギーが急激に、桁違いに大きくなるという点です。

例:ナトリウム (Na) とマグネシウム (Mg)

  • Na (K2, L8, M1):
    • 第一イオン化エネルギー: 小さい(M殻の価電子1個を失う)
    • 第二イオン化エネルギー: 極めて大きい(安定なL殻(ネオン型)から電子を失う)
  • Mg (K2, L8, M2):
    • 第一イオン化エネルギー: 小さい
    • 第二イオン化エネルギー: やや大きい(Mg⁺から2個目の価電子を失う)
    • 第三イオン化エネルギー: 極めて大きい(安定なL殻(ネオン型)から電子を失う)

このイオン化エネルギーの急激な上昇は、原子内にエネルギー的に不連続な「電子殻」が存在することの、極めて強力な実験的証拠となっています。ある元素の逐次イオン化エネルギーのデータを見れば、その元素の価電子の数を推定することさえ可能なのです。

8. 電子親和力の周期的変化

イオン化エネルギーが「電子をどれだけ放出しやすいか(陽イオンへのなりやすさ)」の指標であったのに対し、今度はその逆、「電子をどれだけ受け入れやすいか(陰イオンへのなりやすさ)」の指標となる電子親和力について学びます。この性質は、特に周期表の右側に位置する非金属元素の化学的性格を理解する上で重要です。電子親和力もまた、原子の電子配置に支配され、周期表上で規則的な変化を示します。

8.1. 電子親和力の定義

電子親和力 (Electron Affinity) とは、気体状態の中性原子が電子を1個受け取って、1価の陰イオンになるときに放出されるエネルギーのことです。

\[ X(g) + e^- \rightarrow X^-(g) + E_{ea} \]

ここで、Xは原子、\(e^-\)は電子、\(X^-\)は1価の陰イオン、そして \(E_{ea}\) が電子親和力です。

定義に関する重要なポイント:

  1. 気体状態 (gaseous state): イオン化エネルギーと同様、孤立した原子が基準です。
  2. 電子を1個受け取る: 1価の陰イオンになる際のエネルギー変化を指します。
  3. 放出されるエネルギー: 多くの場合、原子が電子を受け取ると、より安定な状態になるため、エネルギーを外部に放出します(発熱変化)。この放出されるエネルギーが大きいほど、「電子親和力が大きい」と表現します。

つまり、電子親和力が大きいほど、電子を強く引きつけて陰イオンになりやすい性質を持つことを意味します。

注意:符号の規約について

電子親和力の値は、参考書によって符号の扱いが異なる場合があり、注意が必要です。

  • 高校化学で一般的: 放出されるエネルギーの「大きさ」そのものを正の値で示すことが多い。(例: Clの電子親和力は 349 kJ/mol)
  • 物理化学・大学化学: 熱力学の慣例に従い、系がエネルギーを放出する場合(発熱)を負の値で示すことが多い。(例: Clの電子親和力は -349 kJ/mol)どちらの規約であっても、「電子親和力が大きい」という言葉が意味するのは、「より大きなエネルギーを放出して、より安定な陰イオンを形成しやすい」ということです。ここでは、前者の「放出エネルギーの大きさ」として扱います。

8.2. 周期内での傾向:右へ行くほど大きくなる(貴ガスを除く)

結論同じ周期(横の行)では、原子番号が大きくなるにつれて(右へ行くほど)、電子親和力は大きくなる傾向がある。ただし、18族の貴ガスは除く。

理由:

この傾向も、原子半径と原子核の電荷から説明できます。

  1. 原子核の引力の増大: 同じ周期で右へ行くほど、原子核の正電荷が増大します。
  2. 原子半径の減少: 原子全体が小さくコンパクトになります。

原子核の正電荷が強く、かつ原子が小さいために、外からやってくる電子を原子核の近くに引きつけることができます。そのため、外部の電子を捕らえて陰イオンになった際の安定化の度合いが大きくなり、より多くのエネルギーを放出できるのです。

結果として:

  • 周期の右側に位置する**ハロゲン(17族)**は、あと電子が1個で安定な貴ガス型電子配置になれるため、電子を受け取る傾向が極めて強く、電子親和力は同周期内で最大となります。
  • 周期の左側に位置する**アルカリ金属(1族)**などは、電子を受け取るよりも放出する傾向が強いため、電子親和力は比較的小さくなります。

8.3. 族内での傾向:下へ行くほど小さくなる傾向

結論同じ族(縦の列)では、原子番号が大きくなるにつれて(下へ行くほど)、電子親和力は小さくなる傾向がある。

理由:

これも原子半径の増大で説明されます。

  1. 原子半径の増大: 同じ族で下へ行くほど、最外殻が原子核から遠くなります。
  2. 原子核の引力の減衰: 外からやってくる電子が、原子核の正電荷を感じにくくなります。

原子核の引力が遠くまで及びにくいため、電子を捕らえたときの安定化の度合いが小さくなり、放出されるエネルギー(電子親和力)も小さくなる傾向があります。

ミニケーススタディ:ハロゲンの例外 (Cl > F)

この「族を下るほど小さくなる」という一般的な傾向には、有名な例外があります。それは、17族ハロゲンにおけるフッ素(F)と塩素(Cl)の関係です。傾向に従えば、F > Cl となるはずですが、実際には Cl > F となり、塩素(Cl)の電子親和力が全元素中で最大となっています。

  • 理由: フッ素原子は、原子半径が極めて小さい(全元素中で最小クラス)ことが原因です。あまりにも原子が小さいため、最外殻のL殻にすでに存在する7個の電子が密集しており、電子の「満員電車」のような状態になっています。そこへ新たに8人目の電子がやってくると、既存の電子との間に強い静電気的な反発力が生じます。この反発力が、原子核の引力による安定化を一部打ち消してしまうため、放出されるエネルギーが予想よりも小さくなってしまうのです。一方、塩素原子はフッ素よりも一回り大きく(最外殻がM殻)、電子の居場所に余裕があるため、新しい電子をスムーズに受け入れることができ、結果として大きなエネルギーを放出できるのです。

8.4. 貴ガスや2族元素の電子親和力

貴ガス(18族):

貴ガスは、すでに最外殻が満たされた非常に安定な電子配置を持っています。そのため、電子を受け取るメリットが全くありません。むしろ、新たな電子は一つ外側の、エネルギーがより高い新しい電子殻に入らなければならず、これは非常に不安定な状態です。したがって、貴ガスの原子は電子を受け取ろうとせず、**電子親和力は極めて小さい、あるいは負の値(エネルギーを吸収しないと陰イオンになれない)**となります。

アルカリ土類金属(2族):

ベリリウム(Be)やマグネシウム(Mg)などの2族元素も、最外殻のs軌道が電子で満たされている(例:BeはK2, L2(2s²))ため、比較的に安定です。貴ガスほどではありませんが、電子を受け入れる傾向は弱く、電子親和力は非常に小さい値を示します。

電子親和力の大小関係を整理すると、以下のようになります。

  • 大きい(陰イオンになりやすい): ハロゲン(17族)。特にClが最大。
  • 小さい(陰イオンになりにくい): アルカリ金属(1族)、アルカリ土類金属(2族)。
  • 極小または負: 貴ガス(18族)。

電子親和力は、イオン化エネルギーと並んで、原子が電子をどのように扱うかを示す重要な指標です。この二つの性質を理解することで、なぜある元素は陽イオンになり、別の元素は陰イオンになるのか、その根本的な理由を電子配置のレベルから説明できるようになります。

9. 電気陰性度の定義と周期的変化

これまでに、孤立した原子が電子を放出する際のエネルギー(イオン化エネルギー)と、電子を受け取る際のエネルギー(電子親和力)について学びました。これらは、原子が「イオン」になる際の性質を説明する上で非常に重要です。しかし、化学結合の多くは、原子が完全に電子をやり取りするイオン結合ではなく、電子を互いに「共有」する共有結合です。では、二つの原子が電子を共有しているとき、その電子は公平に真ん中に存在するのでしょうか?答えは「No」です。原子の種類によって、共有している電子を引きつける強さに違いがあります。この「共有結合している電子対を、自身のほうへ引きつける能力の強さ」を数値化したものが電気陰性度 (Electronegativity) です。これは、アメリカの化学者ライナス・ポーリングによって提唱された、化学結合の性質を理解するための極めて重要な概念です。

9.1. 電気陰性度の定義

電気陰性度とは、分子内の原子が、共有電子対を引きつける能力の相対的な尺度です。

この定義には、イオン化エネルギーや電子親和力との重要な違いがいくつか含まれています。

  1. 分子内の原子が対象: 孤立した原子ではなく、実際に化学結合を形成している原子について定義される概念です。
  2. 共有電子対が対象: 完全に奪い取るのではなく、あくまで共有している電子をどれだけ自分側に引き寄せられるか、という綱引きの強さを表します。
  3. 相対的な尺度: 直接測定されるエネルギーの値ではなく、様々な結合エネルギーのデータなどを基に計算された、単位のない相対的な数値です。ポーリングは、最も電気陰性度の強いフッ素 (F) の値を 4.0 と定め、これを基準として他の原子の値を決定しました。

アナロジー:

二人の子ども(原子)が、一つのおもちゃ(共有電子対)を一緒に使って遊んでいる(共有結合)とします。

  • もし二人が同じくらいの力(電気陰性度が同じ)であれば、おもちゃは二人の真ん中あたりにあるでしょう。
  • もし片方の子ども(原子A)が、もう一方の子ども(原子B)よりも力が強い(電気陰性度が大きい)なら、おもちゃはA君のほうに引き寄せられた状態で使われるでしょう。このおもちゃの「引き寄せ度合い」が電気陰性度です。

9.2. 電気陰性度の周期的変化

電気陰性度は、原子核が電子を引きつける能力の指標であるため、その周期的傾向はイオン化エネルギーや電子親和力と非常によく似ています。

9.2.1. 周期内での傾向:右へ行くほど大きくなる

結論同じ周期(横の行)では、原子番号が大きくなるにつれて(右へ行くほど)、電気陰性度は大きくなる。

理由:

周期を右へ進むほど、原子核の正電荷が増大し、かつ原子半径が小さくなります。そのため、原子核が、自身に属する電子だけでなく、結合相手と共有している電子対に対しても、より強い引力を及ぼすことができるようになります。したがって、共有電子対を引きつける能力である電気陰性度は大きくなります。

9.2.2. 族内での傾向:下へ行くほど小さくなる

結論同じ族(縦の列)では、原子番号が大きくなるにつれて(下へ行くほど)、電気陰性度は小さくなる。

理由:

族を下に進むほど、原子半径が大きくなり、最外殻(共有電子対が存在する領域)が原子核から遠くなります。原子核の引力が及びにくくなるため、共有電子対を引きつける能力は弱まり、電気陰性度は小さくなります。

9.2.3. 電気陰性度の全体像

これらの傾向をまとめると、電気陰性度は周期表の右上に位置する元素ほど大きく、左下に位置する元素ほど小さいということになります。

  • 最大フッ素 (F) が 4.0 で最大。次いで酸素 (O) が 3.4, 窒素 (N) と塩素 (Cl) が 3.0-3.2 程度で続く。F, O, N は特に電気陰性度が大きいトップ3として重要です。
  • 最小フランシウム (Fr) や セシウム (Cs) などのアルカリ金属が最小クラス(約 0.7)。
  • 貴ガス: 貴ガスは、通常は他の原子と結合を作らないため、ほとんどの場合、電気陰性度の値は定義されません。

9.3. 電気陰性度の意義:化学結合の性質の予測

電気陰性度という概念の真の価値は、**二つの原子間の電気陰性度の「差」**を考えることで、その間の化学結合の性質を予測できる点にあります。

結合する二つの原子 (A, B) の電気陰性度の差 \( \Delta EN = |EN_A – EN_B| \) に注目します。

1. 差が非常に大きい場合(例:NaとCl)

  • 電気陰性度が極端に小さい金属原子(Na: 0.9)と、極端に大きい非金属原子(Cl: 3.2)が結合する場合。
  • 差 \(\Delta EN\) は 2.3 と非常に大きい。
  • これは、綱引きの力が違いすぎるため、塩素が共有電子対をナトリウムから完全に奪い取ってしまうことを意味します。
  • 結果として、Naは陽イオン (Na⁺) に、Clは陰イオン (Cl⁻) となり、静電気力で引き合う「イオン結合」が形成されます。

2. 差が小さい、またはゼロの場合(例:HとH, CとH)

  • 差がゼロ: 同じ原子同士(H₂ や Cl₂ など)が結合する場合。電気陰性度の差は当然0です。共有電子対は二つの原子核のちょうど中間に公平に分布します。このような結合を「無極性共有結合」と呼びます。
  • 差が小さい: 電気陰性度の値が近い原子同士(C: 2.6 と H: 2.2 など)が結合する場合。差 \(\Delta EN\) は 0.4 と小さい。共有電子対はわずかに炭素側に偏りますが、その偏りは非常に小さいです。これもほぼ無極性の共有結合と見なせます。

3. 差が中程度の場合(例:HとO, HとCl)

  • 電気陰性度が異なる非金属原子同士(H: 2.2 と O: 3.4)が結合する場合。
  • 差 \(\Delta EN\) は 1.2 と中程度の大きさです。
  • 共有電子対は、電気陰性度の大きい酸素原子のほうに大きく引きつけられます。
  • その結果、酸素原子側はわずかに負の電荷(\(\delta-\))を帯び、水素原子側はわずかに正の電荷(\(\delta+\))を帯びることになります。このように、分子内に電荷の偏りが生じた結合を「極性共有結合」と呼びます。この「極性」が、後に学ぶ分子全体の性質や、分子間に働く力(水素結合など)を理解する上で極めて重要になります。

電気陰性度は、イオン化エネルギーや電子親和力といった、より基礎的な性質から導き出される応用的な概念ですが、化学結合のタイプを分類し、分子の性質を予測するための、非常に実践的で強力なツールなのです。

10. 元素の周期律に基づく性質の予測

これまでに、原子半径、イオン化エネルギー、電子親和力、電気陰性度といった様々な性質が、周期表上で規則的な変化、すなわち「周期律」を示すことを見てきました。本モジュールの最終目標は、これらの知識を断片的なものとしてではなく、一つの統合された論理体系として理解し、それを用いて「未知のものの性質を予測する」能力を身につけることです。周期律の真価は、既知の事実を整理すること以上に、未知の領域に対して科学的な推論を可能にする、その予測能力にあります。このセクションでは、これまでの学習内容を総動員し、周期表上の位置情報だけを頼りに、元素やその化合物の性質を予測する思考プロセスを体験します。

10.1. 周期律の力:すべては電子配置から始まる

性質を予測する上での思考の出発点は、常に「原子の電子配置」です。ある元素の周期表における「周期」と「」の位置がわかれば、その元素の電子配置、特に化学的性質を支配する価電子の数電子殻の数が特定できます。

思考の連鎖:

  1. 位置の特定: 周期表の (周期, 族) を確認する。
    • 周期 → 最外殻の主量子数 (n) がわかる → 原子の大きさのおおよそのレベルがわかる。
    •  → 価電子の数がわかる → 化学的な挙動の基本パターン(イオンになるか、共有結合か、価数など)がわかる。
  2. 基本性質の推定: 電子配置から、4つの基本的な周期的性質を推定する。
    • 原子半径: 周囲の元素と比較して、大きいか小さいか。
    • イオン化エネルギー: 電子を放出しやすいか(小さい)、しにくいか(大きい)。
    • 電子親和力: 電子を受け入れやすいか(大きい)、にくいか(小さい)。
    • 電気陰性度: 共有電子対を引きつけやすいか(大きい)、にくいか(小さい)。
  3. 化学的・物理的性質の予測: 基本性質の組み合わせから、より具体的な性質を導き出す。
    • 金属性・非金属性: イオン化エネルギーが小さければ金属、大きければ非金属。
    • イオンの価数: 価電子の数から、安定なイオンの価数を予測(例: 1族なら+1)。
    • 化合物の組成: 相手の元素との関係で、イオン性化合物か共有結合性化合物か、またその組成比(例: 1族と17族なら1:1)を予測。
    • 結合の極性: 電気陰性度の差から、形成される共有結合が極性を持つか、無極性かを予測。
    • 酸化力・還元力: 電子を奪う能力(酸化力)や与える能力(還元力)の強弱を予測。

この論理的な連鎖をたどることで、単なる暗記に頼らずとも、元素の多様な性質を体系的に理解し、予測することが可能になります。

10.2. ケーススタディ1:未知の元素の性質を予測する

問題設定:

原子番号37の元素、ルビジウム(Rb)の性質について、周期表の位置から予測しなさい。

思考プロセス:

  1. 位置の特定:
    • ルビジウム(Rb)の電子配置を考えると、Kr(36)の次なので、K(2)L(8)M(18)N(8)O(1) となる。
    • 最外殻は第5電子殻(O殻)なので、第5周期に属する。
    • 価電子は1個なので、1族に属する。
    • 結論: Rbは、第5周期・1族の元素である。
  2. 基本性質の推定:
    • 分類: 1族なので、アルカリ金属の一員である。
    • 原子半径: 1族なので大きいグループ。同じ族のカリウム(K, 第4周期)よりは大きく、セシウム(Cs, 第6周期)よりは小さい。周期表全体で見ても、かなり大きい部類に入る。
    • イオン化エネルギー: 1族なので非常に小さい。族内で下の方に位置するため、Kよりもさらに小さく、Csよりは大きい。電子を1個失って1価の陽イオン (Rb⁺) に非常になりやすい。
    • 電気陰性度: 金属なので小さい。Kよりも小さく、Csよりは大きい。
  3. 化学的・物理的性質の予測:
    • 反応性: アルカリ金属であり、イオン化エネルギーが非常に小さいため、極めて反応性が高い。その反応性は、Kよりも激しく、Csよりは穏やかだと予測される。
    • 水との反応: 他のアルカリ金属と同様に、水と激しく反応し、水素ガスを発生させて水酸化ルビジウム(RbOH)を生成するはず。RbOHは強アルカリ性を示すだろう。\( 2Rb + 2H_2O \rightarrow 2RbOH + H_2 \uparrow \)
    • 物理的性質: 銀白色で柔らかく、密度が小さい金属であると予測される。
    • 化合物の形成: 17族のハロゲン(例: 塩素Cl)とは、電子を完全に渡してイオン結合性の化合物(RbCl)を形成するだろう。

このように、周期表上の位置がわかるだけで、その元素の人物像(元素像)をかなり詳細に描き出すことができます。

10.3. ケーススタディ2:化合物の性質を比較予測する

問題設定:

アンモニア(NH₃)とホスフィン(PH₃)の性質を比較し、どちらがより水に溶けやすいか、またどちらの沸点が高いかを周期律に基づいて予測しなさい。

思考プロセス:

  1. 構成元素の位置の特定:
    • 窒素(N)とリン(P)は、どちらも15族に属する同族元素である。
    • Nは第2周期、Pは第3周期に位置する。
  2. 中心原子の基本性質の比較:
    • 電気陰性度: 同じ族では、周期が小さい(上にある)ほど電気陰性度は大きい。したがって、N > Pである。実際、N(3.0)はP(2.2)よりもかなり大きい。
    • 水素(H)の電気陰性度は 2.2 である。
  3. 結合と分子の性質の予測:
    • 結合の極性:
      • N-H結合: 電気陰性度の差は |3.0 – 2.2| = 0.8。比較的大きな極性を持つ。
      • P-H結合: 電気陰性度の差は |2.2 – 2.2| = 0。極性はほとんどない。
    • 分子の極性:
      • NH₃分子: 三角錐形をしており、N-H結合の極性が打ち消されずに残るため、分子全体として大きな極性を持つ(極性分子)
      • PH₃分子: 同じく三角錐形だが、P-H結合自体の極性が非常に小さいため、分子全体の極性も非常に小さい
    • 分子間力:
      • NH₃分子間: Nは電気陰性度が非常に大きいF, O, Nの一つであり、かつHと直接結合している。そのため、分子間には極性分子であることによる双極子間力に加えて、**極めて強力な分子間力である「水素結合」**が働く。
      • PH₃分子間: 分子の極性が小さいため、主に弱いファンデルワールス力が働く。
  4. 物理的性質(溶解度・沸点)の結論:
    • 水への溶解度: 水(H₂O)は極性の高い分子である。「似たもの同士はよく溶け合う」という原則から、極性の大きいNH₃は水と水素結合を形成して非常によく溶ける。一方、極性の小さいPH₃は水に溶けにくいと予測される。
    • 沸点: 沸点は分子間力の強さで決まる。分子間に強力な水素結合が働くNH₃は、弱いファンデルワールス力しか働かないPH₃よりも、はるかに分子間力が強い。したがって、NH₃の沸点はPH₃の沸点よりも著しく高いと予測される。
    • 事実確認: 実際の沸点は、NH₃ (-33℃)、PH₃ (-88℃)であり、予測は完全に正しい。

この例は、周期律から導かれる電気陰性度の違いが、分子の極性を生み、それが分子間力、さらには溶解度や沸点といったマクロな物理的性質までを支配するという、美しい論理の連鎖を示しています。

周期律は、単なる知識の整理棚ではありません。それは、原子の電子構造という根本原理から出発し、元素や化合物の未知の性質さえも論理的に導き出すことができる、化学における最も強力な思考ツールなのです。

Module 2:原子構造と周期律の総括:単なる暗記から「予測の科学」へ

本モジュールでは、原子の内部構造、特にその電子配置が、元素のすべての性質を支配するという、化学の中心原理を探求してきました。私たちはまず、電子が「電子殻」という階層構造に特定のルールで収まっていることを学び、その中でも最前線に立つ「価電子」が、原子の化学的性格を決定づけることを理解しました。

この原子構造の知識を手に、私たちは化学の偉大な成果物である「周期表」へと進みました。周期表の「周期」が電子殻の数、「族」が価電子の数に対応していることを見出したとき、周期表はもはや単なる元素の羅列ではなく、原子の電子構造を視覚化した「法則の地図」へとその姿を変えました。この地図を読み解くことで、元素は「典型元素」と「遷移元素」という大きなファミリーに分類され、同じ家族(族)に属する元素がなぜ似た性質を持つのか、その理由が明らかになりました。

そして、モジュールの後半では、この地図の上で繰り広げられる、性質のリズミカルな変化、すなわち「周期律」の具体的な姿を追いました。原子半径、イオン化エネルギー、電子親和力、電気陰性度。これらの基本的な物理量が、周期表の右へ、下へと進むにつれて、なぜ、そしてどのように変化するのかを、すべて電子配置と原子核の引力という根本原理から説明しました。

最終的に、私たちはこれらの知識をすべて統合し、周期律が持つ真の力、すなわち「予測能力」を手にしました。周期表上の位置情報さえあれば、その元素がどのようなイオンになり、どのような反応性を示し、どのような化合物を形成するのか、そしてその化合物の性質までもが、論理の糸をたどることで予測できるようになったのです。

このモジュールを経て、皆さんの化学に対する視点は大きく変わったはずです。もはや化学は、無数の事実をひたすら暗記する学問ではありません。それは、原子の電子構造という普遍的な原理から、森羅万象の物質の性質を解き明かし、予測することさえ可能な、エレガントで強力な「論理の科学」なのです。ここで身につけた予測的思考力は、今後のすべての化学学習において、皆さんを導く羅針盤となるでしょう。


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