【基礎 化学(理論)】Module 5:溶液の性質と濃度
本モジュールの目的と構成
これまでのモジュールで、私たちは原子や分子の基本的な性質、それらを結びつける化学結合、そして気体という自由な粒子が従う法則について探求してきました。しかし、化学反応の大部分、そして生命活動のほとんどは、気相や固相ではなく、粒子が溶媒中に均一に分散した「溶液 (Solution)」という舞台の上で繰り広げられます。水という普遍的な溶媒が、なぜ多種多様な物質を溶かし込み、生命の温床となり得たのか。溶液中で、物質はどのように振る舞い、その「濃さ」はどのように表現され、制御されるのか。これらの問いに答えることが、化学反応を定量的に理解し、操作するための不可欠なステップとなります。
本モジュールでは、化学の主役ともいえる「溶液」に焦点を当て、その性質と濃度表現を体系的に学びます。まず、物質が溶媒に溶け込む「溶解」という現象を分子レベルで解き明かし、その際に伴うエネルギー変化や、温度・圧力といった外部条件が溶解にどう影響するかを探ります。次に、化学の実験と計算において必須のスキルである、溶液の組成を正確に記述するための様々な「濃度」の表現方法をマスターします。この学びは、単なる定義の暗記に留まらず、化学反応の量的関係を議論し、精密な実験操作を行うための、実践的で定量的な言語を習得するプロセスです。
本モジュールは、溶解という現象の質的な理解から、濃度という量的な記述へと至る、以下の論理的なステップで構成されています。
- 溶解のミクロな世界: まず、物質が溶媒に溶けるという現象の根源的なメカニズムに迫ります。特に、イオン結晶が水に溶ける際の「水和」というプロセスを分子レベルで理解し、「似たものは似たものを溶かす」という溶解の基本原則を学びます。
- 溶解に伴う熱の出入り: 物質が溶ける際に、なぜ熱を発生したり吸収したりするのか、「溶解熱」の概念を通じて、溶解というプロセスに伴うエネルギー変化を理解します。
- 「どれだけ溶けるか」の定量的指標: ある物質が溶媒にどれだけ溶けることができるかを示す「溶解度」を厳密に定義し、その温度依存性を視覚的に表現した「溶解度曲線」の読み取り方と活用法を学びます。
- 溶液の状態分類: 溶解度を基準として、溶液が「飽和溶液」「未飽和溶液」「過飽和溶液」という三つの状態にどのように分類されるのか、その定義と相互関係を理解します。
- 固体の溶解度と温度の関係: 溶解度曲線を用いて、ほとんどの固体の溶解度が温度上昇と共にどう変化するのか、またその原理を利用した「再結晶」という精製法について、定量的な計算も含めて学びます。
- 気体の溶解度と圧力の関係: 固体とは異なる挙動を示す気体の溶解度に注目します。温度・圧力という二つの要因が気体の溶解度にどう影響するのか、特に圧力との関係を記述する「ヘンリーの法則」をマスターします。
- 濃度の表現法① 質量パーセント濃度: ここから、溶液の組成を定量的に表現する方法を学びます。まず、最も直感的で日常生活でも用いられる「質量パーセント濃度」の定義と計算方法を習得します。
- 濃度の表現法② モル濃度: 化学の世界で最も標準的に用いられる「モル濃度」を導入します。溶液の体積と溶質の物質量(モル)を結びつけるこの濃度表現が、なぜ化学反応の量的計算において不可欠なのかを理解します。
- 濃度の表現法③ 質量モル濃度: 温度変化を伴う現象(沸点上昇など)を扱う際に重要となる、温度に依存しない「質量モル濃度」を学びます。モル濃度との違いを明確に区別し、その有用性を理解します。
- 濃度の換算と溶液の調製: 最後に、これまで学んだ様々な濃度表現を相互に変換する計算スキルと、実験室で目的の濃度の溶液を正確に調製するための具体的な操作手順(固体の溶解、希釈)を、計算と実践の両面からマスターします。
このモジュールを完遂したとき、皆さんは化学反応の舞台である「溶液」を、その成り立ちから組成まで、定性的かつ定量的に記述するための盤石な知識とスキルを身につけているはずです。これは、次のモジュールで学ぶ希薄溶液の性質や、化学平衡、中和滴定といった、より高度な化学の世界を探求するための必須のパスポートとなるでしょう。
1. 溶解のメカニズムと水和
なぜ食塩は水によく溶けるのに、油には溶けないのでしょうか。逆に、ロウソクのロウは水には全く溶けませんが、熱した油には溶けます。このような、物質によって「溶ける」「溶けない」が決まる現象の背後には、分子レベルでの粒子間の相互作用という、明確なメカニズムが存在します。このセクションでは、物質が溶媒に溶け込む「溶解 (dissolution)」という現象、特に化学や生命現象において最も重要な溶媒である「水」が、どのようにして様々な物質を溶かすのか、その鍵となる「水和 (hydration)」のプロセスを中心に解き明かします。
1.1. 溶解の基本原則:「似たもの同士はよく溶け合う」
溶解現象を理解する上での最も重要な経験則が、「似たもの同士はよく溶け合う (Like dissolves like.)」というものです。ここでいう「似たもの」とは、粒子の極性が似ていることを意味します。
- 極性溶媒 (Polar Solvent): 水 (H₂O) のように、分子内に電荷の偏り(極性)を持つ溶媒。
- 無極性溶媒 (Nonpolar Solvent): ヘキサン (C₆H₁₄) やベンゼン (C₆H₆)、四塩化炭素 (CCl₄) のように、分子全体として極性を持たない溶媒。
この原則に従うと、
- 極性物質(イオン結晶や、砂糖・エタノールのような極性分子)は、極性溶媒(水など)によく溶ける。
- 無極性物質(ヨウ素 I₂ や、ロウ・油のような無極性分子)は、無極性溶媒(ヘキサンなど)によく溶ける。ということになります。では、なぜこのようなルールが成り立つのでしょうか。その答えは、粒子間に働く力の種類と強さにあります。
1.2. イオン結晶の溶解と水和
塩化ナトリウム (NaCl) のようなイオン結晶が水に溶けるプロセスは、溶解のメカニズムを理解するための最良のモデルです。
- 水分子の接近:水分子 (H₂O) は、酸素原子側が負の電荷(δ⁻)を、水素原子側が正の電荷(δ⁺)を帯びた、極性の高い「極性分子」です。イオン結晶が水に入れられると、多数の水分子が結晶の表面にあるイオンに引きつけられて集まってきます。
- 配向と引力:このとき、水分子はランダムに集まるのではなく、静電気的な引力が最大になるように配向します。
- 結晶表面の陽イオン (Na⁺) の周りには、水分子の負の極である酸素原子側が向き、引きつけられます。
- 結晶表面の陰イオン (Cl⁻) の周りには、水分子の正の極である水素原子側が向き、引きつけられます。
- 水和とイオンの引き抜き:一つのイオンに対して、多数の水分子が群がって取り囲み、強い静電気力で引きつけます。この、水分子がイオンを取り囲んで安定化させる現象を「水和 (hydration)」と呼びます。この多数の水分子による引力の合計が、結晶格子中で陽イオンと陰イオンを結びつけている力(格子エネルギー)を上回ると、イオンは結晶の表面から一つ、また一つと引き剥がされ、水中に引き込まれていきます。
- 水和イオンとしての分散:水中では、引き抜かれたイオンは、周りを水分子に取り囲まれた「水和イオン (hydrated ion)」として安定に存在します。Na⁺ は水和ナトリウムイオン (Na⁺(aq))、Cl⁻ は水和塩化物イオン (Cl⁻(aq)) となり、溶液中に均一に分散していきます。これが、イオン結晶の溶解の正体です。(aq) は、ラテン語で水を意味する aqua に由来し、水和していることを示す記号です。
1.3. 分子の溶解
分子からなる物質の溶解も、同様に極性の観点から説明できます。
1.3.1. 極性分子の溶解 (例: エタノール、砂糖)
エタノール (C₂H₅OH) や砂糖(スクロース, C₁₂H₂₂O₁₁)は、分子内に -OH のような極性の大きな部分(ヒドロキシ基)を持っています。
これらの分子が水に入れられると、分子の極性部分と、水分子との間に水素結合という強い分子間力が形成されます。この新しい水素結合の形成が、水分子同士の水素結合や、エタノール分子同士の水素結合を断ち切るエネルギーを十分に補うため、両者はスムーズに混じり合い、溶解が起こります。
1.3.2. 無極性分子の溶解
- 無極性溶媒への溶解 (例: ヨウ素のヘキサンへの溶解)無極性分子であるヨウ素 (I₂) と、無極性溶媒であるヘキサン (C₆H₁₄) の間には、共に弱いファンデルワールス力が働きます。ヨウ素分子同士、ヘキサン分子同士を結びつけている力もファンデルワールス力なので、両者が混ざり合う際に、エネルギー的な障壁がほとんどありません。そのため、無極性物質は無極性溶媒によく溶けます。
- 極性溶媒への不溶性 (例: ヨウ素の水への不溶性)では、なぜヨウ素は水に溶けないのでしょうか。これは、ヨウ素と水の間に引力が働かないから、というわけではありません。弱いながらもファンデルワールス力は働きます。本当の理由は、水分子同士が、水素結合という非常に強い力で結びついているからです。無極性であるヨウ素分子が水の中に割り込んでいくためには、この強力な水の水素結合ネットワークを断ち切る必要があります。しかし、ヨウ素と水との間に形成される引力は、そのエネルギーを補うにはあまりにも弱すぎます。結果として、水分子は、ヨウ素分子を「排除」して、自分たちだけで強く結びついている方がエネルギー的に安定なため、溶解はほとんど起こらないのです。
溶解という現象は、単に溶質が溶媒の中に消えていくプロセスではなく、溶質-溶質間、溶媒-溶媒間、そして溶質-溶媒間の三種類の粒子間力のバランスによって決まる、ダイナミックな相互作用の結果なのです。「似たもの同士はよく溶け合う」という経験則は、この粒子間力の性質を反映した、普遍的な指針と言えます。
2. 溶解熱(吸収または発生)の概念
物質が溶媒に溶けるとき、しばしば熱の出入りが伴います。例えば、水酸化ナトリウムを水に溶かすとビーカーが熱くなり、逆に硝酸アンモニウムを水に溶かすとビーカーが冷たくなります。このように、物質が溶媒に溶解する際に発生、または吸収する熱量のことを「溶解熱 (heat of solution)」と呼びます。溶解熱は、溶解というプロセスが、単なる混合ではなく、粒子間の化学的な相互作用の変化を伴う現象であることを示しています。このセクションでは、なぜ溶解によって熱の出入りが生じるのか、そのメカニズムをエネルギーの観点から解き明かします。
2.1. 溶解プロセスのエネルギー的分析
ある溶質(例えばイオン結晶)が溶媒(例えば水)に溶けるプロセスは、概念的に以下の二つのステップに分けて考えることができます。
ステップ1:溶質の粒子間力を断ち切る(吸熱過程)
まず、溶質の結晶を構成している粒子(陽イオンと陰イオン)を、バラバラにして引き離す必要があります。粒子同士を結びつけている力(イオン結晶の場合はイオン結合)に逆らって引き離すためには、外部からエネルギーを加えなければなりません。このエネルギーは、結晶の格子エネルギーに相当します。この過程は、必ず吸熱(エネルギーを吸収する)となります。
\[ \text{溶質の結晶} + \text{格子エネルギー} \rightarrow \text{バラバラのイオン(気体)} \]
ステップ2:溶媒和(水和)による安定化(発熱過程)
次に、バラバラになった溶質の粒子(イオン)が、溶媒の分子(水分子)に取り囲まれて安定化します。このとき、溶質粒子と溶媒分子の間に新しい引力が形成されるため、エネルギーが放出されます。この放出される熱を溶媒和熱、特に溶媒が水の場合は「水和熱 (heat of hydration)」と呼びます。この過程は、必ず発熱(エネルギーを放出する)となります。
\[ \text{バラバラのイオン(気体)} + \text{水} \rightarrow \text{水和イオン} + \text{水和熱} \]
2.2. 溶解熱の決定:吸熱と発熱の差し引き
最終的に観測される溶解熱は、これら二つのステップの熱量の差し引きによって決まります。
\[
\text{溶解熱} = (\text{ステップ2で放出される水和熱}) – (\text{ステップ1で吸収される格子エネルギー})
\]
この大小関係によって、溶解が発熱反応になるか、吸熱反応になるかが決まります。
2.2.1. 発熱を伴う溶解 (Exothermic Dissolution)
水和熱 > 格子エネルギー の場合。
- メカニズム: 溶質の結晶格子を壊すのに必要なエネルギーよりも、水和によってイオンが安定化する際に放出されるエネルギーの方が大きい場合です。
- 結果: 全体として、余分なエネルギーが熱として外部に放出されます。したがって、発熱反応となり、溶液の温度は上昇します。
- 例:
- 水酸化ナトリウム (NaOH): 格子エネルギーは大きいですが、Na⁺イオンと、特にOH⁻イオンが強く水和するため、非常に大きな水和熱を放出します。結果、大きな発熱を伴います。
- 濃硫酸 (H₂SO₄): 濃硫酸を水で薄める際も、硫酸分子と水分子が水和して安定化するため、激しく発熱します。(「水に硫酸」の順でゆっくり加えるのはこのためです。)
- 塩化カルシウム (CaCl₂): 融雪剤として使われますが、これも水に溶ける際に発熱する性質を利用しています。
2.2.2. 吸熱を伴う溶解 (Endothermic Dissolution)
水和熱 < 格子エネルギー の場合。
- メカニズム: 水和によって放出されるエネルギーだけでは、溶質の結晶格子を壊すのに必要なエネルギーを完全には賄えない場合です。
- 結果: 不足分のエネルギーを、周囲の環境(溶媒である水やビーカーなど)から熱として吸収します。したがって、吸熱反応となり、溶液の温度は低下します。
- 例:
- 硝酸アンモニウム (NH₄NO₃): 格子エネルギーが、NH₄⁺イオンとNO₃⁻イオンの水和熱を上回るため、水に溶かすと著しい吸熱を示します。携帯用の瞬間冷却パックは、この性質を利用しています。
- 硝酸カリウム (KNO₃)
- 塩化アンモニウム (NH₄Cl)
2.3. 熱化学方程式による表現
溶解熱は、化学反応熱の一種として、熱化学方程式で表すことができます。
- 水酸化ナトリウム(発熱):\[ NaOH(\text{固}) + aq = NaOHaq + 44.5 \text{ kJ} \](固体NaOH 1 molを多量の水に溶かすと、44.5 kJの熱が発生する)
- 硝酸カリウム(吸熱):\[ KNO_3(\text{固}) + aq = KNO_3aq – 34.9 \text{ kJ} \](固体KNO₃ 1 molを多量の水に溶かすと、34.9 kJの熱が吸収される)
ここで、”aq” は多量の水 (aqua) を表し、”(固)” は固体、”NaOHaq” などは水溶液の状態を表します。
溶解熱の存在は、溶解が決して物理的な混合現象ではないことを示しています。それは、粒子間の結合が切れ、新たな相互作用が生まれる、まぎれもない化学的なプロセスなのです。そして、このエネルギーの出入りは、次に学ぶ溶解度が温度によってどのように変化するかに、深く関わっています。
3. 溶解度と溶解度曲線
「この物質は水によく溶ける」「あれは溶けにくい」といった表現は日常的に使いますが、化学では、この「溶けやすさ」を客観的な数値で表す必要があります。そのための指標が「溶解度 (Solubility)」です。溶解度は、物質が持つ基本的な性質の一つであり、温度や溶媒の種類によって変化します。このセクションでは、溶解度を厳密に定義し、特に温度による溶解度の変化をグラフで表現した「溶解度曲線 (Solubility Curve)」の読み方と、そこから得られる情報を理解します。溶解度曲線は、溶液の調製や、混合物から純物質を分離する「再結晶」といった操作において、極めて実践的な情報を提供してくれます。
3.1. 溶解度の厳密な定義
溶解度とは、一定温度において、一定量の溶媒に溶かすことができる溶質の最大量のことです。
化学では、通常以下のように定義されます。
溶解度: ある温度で、溶媒 100g に溶ける溶質の最大質量 (g)
この定義で最も重要なポイントは、基準となる量が「溶液 100g」ではなく、「溶媒 100g」であるという点です。後で学ぶ質量パーセント濃度と混同しないように、細心の注意が必要です。
例:
「20℃における硝酸カリウム (KNO₃) の水に対する溶解度は 31.6 である」という記述が意味することは、
- 20℃において、水 100g に対して、硝酸カリウムは最大で 31.6g まで溶ける。
- このとき出来上がる飽和溶液の質量は、100g (溶媒) + 31.6g (溶質) = 131.6g となる。
3.2. 溶解度曲線 (Solubility Curve)
多くの固体の水への溶解度は、温度によって大きく変化します。この温度と溶解度の関係をグラフにプロットしたものが溶解度曲線です。
- 縦軸 (y軸): 溶解度 (溶媒100gに溶ける溶質の質量[g])
- 横軸 (x軸): 温度 [℃]
グラフ上には、様々な物質(硝酸カリウム、塩化ナトリウム、ミョウバンなど)の溶解度曲線が、それぞれ固有の線として描かれます。
3.3. 溶解度曲線の解釈と利用法
溶解度曲線は、溶液に関する豊富な情報を含んでいます。
3.3.1. 特定の温度における溶解度を読み取る
溶解度曲線を使えば、任意の温度における物質の溶解度を簡単に知ることができます。
読み取り方:
- 知りたい温度を横軸上で見つける。
- その温度から垂直に線を伸ばし、目的の物質の溶解度曲線との交点を見つける。
- その交点から水平に線を伸ばし、縦軸の値を読み取る。その値が、その温度における溶解度となる。
例:
グラフから、60℃における硝酸カリウム (KNO₃) の溶解度を読み取ると、約 110 となります。これは、60℃の水 100g には、KNO₃ が最大 110g 溶けることを意味します。
3.3.2. 溶液が飽和しているかどうかを判断する
溶解度曲線上の点は、その温度でちょうど最大量の溶質が溶けている状態、すなわち「飽和溶液」を表しています。
この曲線を利用して、ある特定の溶液が飽和状態にあるか、まだ溶ける余裕があるか(未飽和)、あるいは溶けすぎているか(過飽和)を判断できます。
- 曲線上の点: その溶液は飽和している。
- 曲線より下の領域の点: その溶液は未飽和である(まだ溶質を溶かすことができる)。
- 曲線より上の領域の点: その溶液は過飽和である(不安定な状態で、本来の溶解度以上に溶質が溶けている)。
これら飽和・未飽和・過飽和溶液については、次のセクションでさらに詳しく学びます。
3.3.3. 再結晶による物質の析出量を計算する
溶解度曲線が持つ最も実践的な応用例が、再結晶の際の計算です。多くの物質は、温度が高いほど溶解度が大きくなります。そのため、高温の飽和溶液を冷却すると、温度の低下によって溶解度が下がり、溶けきれなくなった分の溶質が結晶として析出します。
計算方法:
ある物質の飽和溶液を、高温 (t₂℃) から低温 (t₁℃) へ冷却したときに析出する結晶の質量は、以下の考え方で計算できます。
析出する結晶の質量 = (t₂℃での溶解度) – (t₁℃での溶解度)
(これは、あくまで溶媒100gあたりの析出量です。)
例題:
60℃の硝酸カリウム飽和水溶液 210g を、20℃まで冷却した。何gの硝酸カリウムの結晶が析出するか。
(60℃での溶解度は110、20℃での溶解度は32とする。)
解答プロセス:
- 最初の溶液(60℃飽和溶液)の組成を分析する:
- 60℃での溶解度は110なので、飽和溶液は「水 100g + KNO₃ 110g = 溶液 210g」の比率でできている。
- 問題で与えられた溶液は 210g なので、この溶液には水が100g、KNO₃が110g含まれていることがわかる。
- 冷却後の状態(20℃)を考える:
- 水の質量は変化しないので、冷却後の溶液にも水は100g含まれている。
- 20℃におけるKNO₃の溶解度は32である。これは、20℃の水100gには、KNO₃が最大で32gしか溶けていられないことを意味する。
- 析出量を計算する:
- もともと110gのKNO₃が溶けていたが、20℃では32gしか溶けていられない。
- したがって、溶けきれなくなった分が結晶として析出する。
- 析出量 = (初めに溶けていた量) – (冷却後に溶けていられる量)
- 析出量 = 110g – 32g = 78g
溶解度曲線は、単なるデータのグラフではなく、溶液の状態を視覚的に理解し、化学操作(特に精製)を定量的に計画するための、強力な思考ツールなのです。
4. 飽和溶液、過飽和溶液
溶解度と溶解度曲線の概念を学んだことで、私たちは溶液の状態をより精密に分類することができます。ある温度で、決まった量の溶媒に溶質を加えていくと、やがてそれ以上溶けなくなります。この「限界」に達したかどうかに基づいて、溶液は主に「未飽和溶液」「飽和溶液」、そして特殊な状態である「過飽和溶液」の三つに分類されます。これらの状態を理解することは、溶解現象の平衡という側面を捉える上で重要です。
4.1. 未飽和溶液 (Unsaturated Solution)
未飽和溶液とは、ある温度において、溶解度よりも少ない量の溶質が溶けている溶液のことです。
- 特徴:
- まだ溶質を溶かす「余裕」がある状態です。
- この溶液にさらに溶質を加えると、その溶質は溶解します。
- 溶解度曲線との関係:溶解度曲線グラフにおいて、曲線よりも下の領域にある点は、すべて未飽和溶液の状態を表しています。
4.2. 飽和溶液 (Saturated Solution)
飽和溶液とは、ある温度において、溶けることのできる最大量の溶質が溶けている溶液のことです。
- 特徴:
- これ以上、同じ温度で溶質を溶かすことができない、いわば「満腹」状態の溶液です。
- この溶液にさらに溶質の結晶を加えても、その結晶は溶けずに底に沈殿します。
- 溶解平衡:飽和溶液中で、溶け残った結晶が存在する場合、そこではミクロなレベルでダイナミックな変化が起こっています。
- 結晶の表面から溶質が溶液中へ溶け出す速度(溶解速度)
- 溶液中の溶質が結晶の表面に析出する速度(析出速度)この二つの速度が等しくなり、見かけ上、溶解も析出も停止しているように見える状態になっています。これが「溶解平衡」と呼ばれる動的平衡状態です。飽和溶液は、この溶解平衡が成立している溶液なのです。
- 溶解度曲線との関係:溶解度曲線グラフにおいて、曲線上の点は、すべてその温度における飽和溶液の状態を表しています。溶解度とは、まさに飽和溶液の濃度を特定の形式で表したものと言えます。
4.3. 過飽和溶液 (Supersaturated Solution)
過飽和溶液とは、ある温度での溶解度を超えて、より多くの溶質が溶けたままになっている、不安定な状態の溶液のことです。
- 特徴:
- 本来溶けていられる量以上に溶質が溶けている、非常に不安定な「過密」状態です。
- この状態は、ごくわずかなきっかけで簡単に崩れます。
- 作り方:過飽和溶液は、通常、次のような手順で作られます。
- 温度による溶解度の差が大きい物質(例: 酢酸ナトリウム、チオ硫酸ナトリウム)を、高温の水に溶解度以上に溶かし、濃い飽和溶液を作る。
- ゴミやホコリが入らないように注意しながら、この溶液を静かにゆっくりと冷却する。
- 冷却によって溶解度は下がりますが、結晶が析出する「核」となるものがないと、本来析出すべき溶質が溶けたままの状態が維持されることがあります。これが過飽和状態です。
- 結晶の析出(過飽和の解消):この不安定な過飽和溶液に、
- **溶質の小さな結晶(種結晶)**を一片加える。
- 容器の壁をガラス棒でこするなどの物理的な刺激を与える。これらの行為が結晶の「核」となり、それをきっかけとして、溶解度を超えて溶けていた過剰な溶質が一気に結晶として析出し、溶液は最終的にその温度の飽和溶液になります。この析出の際には、溶解熱の逆のプロセスとして、熱(凝固熱)が放出されます。
- 溶解度曲線との関係:溶解度曲線グラフにおいて、曲線よりも上の領域にある点は、すべて過飽和溶液という不安定な状態を表しています。
アナロジー:椅子の数と人の数
ある部屋に、決まった数の椅子(溶解度)があるとします。
- 未飽和: 部屋に入ってきた人の数が、椅子の数より少ない状態。まだ座る余裕があります。
- 飽和: 部屋の椅子がすべて人で埋まっている状態。これ以上人が来ても座れません(外で待つ=沈殿)。部屋を出ていく人と入ってくる人が同じ数で、満席を維持しているのが溶解平衡です。
- 過飽和: パーティーなどで、無理やり椅子の数以上に人が部屋に詰め込まれている状態。非常に不安定で、誰かが軽く押す(刺激を与える)だけで、座れなかった人たちが一気に部屋の外へ押し出されてしまう(結晶の析出)、というイメージです。
これらの溶液の状態を区別することは、溶解度曲線を正しく読み解き、再結晶のような操作を理解するための基礎となります。
5. 固体の溶解度と温度の関係
多くの固体物質、特に塩(えん)のようなイオン結晶の溶解度は、温度によって変化します。この温度と溶解度の関係は、物質によって様々であり、その挙動は溶解度曲線によって一目瞭然となります。この関係を理解することは、物質の精製法である「再結晶」の原理を理解し、その効率を計算する上で不可欠です。このセクションでは、固体の溶解度が温度によってどのように変化するのか、その一般的な傾向と例外、そしてその知識がどのように応用されるかを探ります。
5.1. 温度と溶解度の一般的な関係
結論: ほとんどの固体物質の水に対する溶解度は、温度が高くなるほど増大する。
溶解度曲線のグラフを見ると、硝酸カリウム (KNO₃) やミョウバン (KAl(SO₄)₂·12H₂O) のように、多くの物質の曲線が右肩上がりになっていることがわかります。
理由:
この現象は、溶解熱とルシャトリエの原理(化学平衡の移動に関する原理、Module 9で詳述)によって説明できます。
多くの固体の溶解は、結晶格子を壊すためにエネルギーを必要とするため、全体として吸熱反応となります(溶解熱が負)。
\[ \text{固体} + \text{水} + \text{熱(吸熱)} \rightleftharpoons \text{飽和水溶液} \]
この溶解平衡において、外部から「加熱」という変化を加える(温度を上げる)と、ルシャトリエの原理によれば、その変化を和らげる方向、すなわち**熱を吸収する方向(吸熱方向)**に平衡が移動します。この場合、吸熱方向は溶解が進む右方向なので、結果として、より多くの固体が溶けることになります。つまり、溶解度が増大するのです。
5.2. 温度による溶解度の変化が小さい物質
すべての物質が、温度によって劇的に溶解度を増大させるわけではありません。
その代表例が塩化ナトリウム (NaCl) です。
NaClの溶解度曲線は、他の多くの塩と比較して非常に傾きが緩やかで、ほぼ水平に近いです。これは、温度を上げても溶解度があまり変わらないことを意味します。
(例: 0℃で35.7, 100℃で39.8 と、100℃変化してもわずかしか増えない)
理由:
塩化ナトリウムの溶解熱は非常に小さく、ほぼゼロに近い(わずかに吸熱)ためです。熱の出入りがほとんどないため、温度を変化させても、ルシャトリエの原理による平衡の移動が起こりにくいのです。
5.3. 温度上昇で溶解度が減少する例外的な物質
非常に稀ですが、固体の中には温度が高くなるほど溶解度が減少するという、一般的な傾向とは逆の挙動を示す物質も存在します。
その代表例が、硫酸セリウム(III) (Ce₂(SO₄)₃) や、身近なものでは**水酸化カルシウム (Ca(OH)₂) **(消石灰)です。
これらの物質の溶解度曲線は、右肩下がりになります。
理由:
これらの物質の溶解は、例外的に発熱反応(溶解熱が正)であるためです。
\[ \text{固体} + \text{水} \rightleftharpoons \text{飽和水溶液} + \text{熱(発熱)} \]
この平衡系を加熱すると、ルシャトリエの原理により、熱を吸収する方向、すなわち**溶解とは逆の方向(析出方向)**に平衡が移動します。その結果、溶けていた固体が析出し、溶解度が減少するのです。
5.4. 溶解度曲線と再結晶
この「温度による溶解度の差」を巧みに利用した物質の精製法が「再結晶 (Recrystallization)」です。
原理:
不純物を含む固体を、高温の溶媒に飽和状態近くまで溶かします。その後、この溶液を冷却すると、目的物質の溶解度が急激に下がり、純粋な結晶として析出してきます。一方、少量しか含まれていない不純物は、低温でも溶解度以下であるため、溶液中に溶けたまま残ります。この析出した結晶をろ過することで、純粋な物質を得ることができます。
再結晶に適した物質・適さない物質:
- 適した物質: 硝酸カリウム (KNO₃) のように、**温度による溶解度の変化が大きい(溶解度曲線の傾きが急な)**物質。冷却することで、大量の結晶を回収できるため、精製効率が高いです。
- 適さない物質: 塩化ナトリウム (NaCl) のように、**温度による溶解度の変化が小さい(溶解度曲線の傾きが緩やかな)**物質。冷却しても、溶解度がわずかしか下がらないため、ほとんど結晶が析出してきません。
- このような物質を水溶液から精製する場合は、冷却するのではなく、水を蒸発させて溶媒の量を減らし、強制的に飽和状態を超えさせて結晶を析出させる方法(蒸発乾固)がとられます。海水から食塩(天日塩)を作るのがこの例です。
ミニケーススタディ:硝酸カリウムと塩化ナトリウムの混合物の分離
少量の塩化ナトリウムを含む硝酸カリウムの混合物を精製したい場合、再結晶は非常に有効な手段です。
- 混合物を高温(例: 80℃)の水に溶かし、濃い溶液を作る。この温度では、KNO₃もNaClもよく溶ける。
- この溶液を低温(例: 10℃)まで冷却する。
- KNO₃の溶解度は温度低下によって劇的に下がるため、大量の純粋なKNO₃の結晶が析出する。
- 一方、NaClの溶解度は温度によってあまり変わらないため、その大部分は溶液中に溶けたまま残る。
- ろ過によってKNO₃の結晶を分離すれば、精製が完了する。
このように、溶解度曲線は、物質の基本的な性質を示すだけでなく、混合物を分離・精製するための戦略を立てる上で、極めて重要な情報を提供してくれるのです。
6. 気体の溶解度とヘンリーの法則
これまでは固体の溶解度について見てきましたが、気体も液体に溶けることができます。炭酸飲料のシュワシュワ感は、二酸化炭素という気体が水に溶け込んでいることによるものです。しかし、気体の溶解度は、固体の場合とは異なり、温度だけでなく圧力によっても大きく変化するという特徴があります。このセクションでは、気体の溶解度がこれらの要因によってどのように変わるのか、特に圧力との関係を記述する「ヘンリーの法則」について学びます。
6.1. 気体の溶解度に影響する要因
6.1.1. 温度の影響
結論: 気体の液体への溶解度は、温度が高くなるほど、減少する。
これは、ほとんどの固体とは逆の傾向です。
理由:
気体が液体に溶けるプロセスは、一般的に発熱反応です。気体分子は自由に飛び回っている高いエネルギー状態にあり、液体中に取り込まれて動きが制限されると、エネルギーを放出して安定化します。
\[ \text{気体} + \text{液体} \rightleftharpoons \text{溶液} + \text{熱(発熱)} \]
この平衡系に対して、ルシャトリエの原理を適用すると、温度を上げる(加熱する)と、その変化を和らげる方向、すなわち**熱を吸収する方向(吸熱方向)**に平衡が移動します。この場合、吸熱方向は溶解とは逆の、気体が溶液から出ていく左方向です。その結果、気体の溶解度は減少します。
身近な例:
- 炭酸飲料: 冷たい炭酸飲料はよく泡が出ますが、ぬるくなるとすぐに気が抜けてしまいます。これは、温度が上がって二酸化炭素の溶解度が下がり、気体となって逃げていくためです。
- 魚の生息: 夏場に湖沼の水温が上がりすぎると、水中に溶けている酸素(溶存酸素)の量が減少し、魚が酸欠になって死んでしまうことがあります。
6.1.2. 圧力の影響
結論: 気体の液体への溶解度は、その気体の圧力(分圧)が高いほど、増大する。
理由:
気体の溶解は、溶解平衡として捉えることができます。
- 溶解速度: 液面上にある気体分子が、液面に衝突して液体中に溶け込む速さ。これは、液面上にある気体分子の数(密度)、すなわち気体の圧力(分圧)に比例します。
- 逸出速度: 溶液中の気体分子が、液面から気体中へ飛び出していく速さ。これは、溶液中の気体の濃度に比例します。
圧力を高くすると、液面に衝突する気体分子の数が増えるため、溶解速度が大きくなります。その結果、溶液中の気体の濃度がより高くなるまで溶解が進み、新しい平衡状態に達します。したがって、圧力と溶解度は比例関係にあるのです。
6.2. ヘンリーの法則 (Henry’s Law)
この圧力と溶解度の比例関係を定量的に表したのが、イギリスの化学者ウィリアム・ヘンリーが発見した「ヘンリーの法則」です。
ヘンリーの法則: 一定温度で、一定量の溶媒に溶ける気体の質量(または物質量)は、その気体の圧力(分圧)に比例する。
この法則は、数式で以下のように表せます。
\[
m = kP \quad \text{または} \quad n = k’P
\]
- \(m\): 溶ける気体の質量
- \(n\): 溶ける気体の物質量
- \(P\): 気体の圧力(分圧)
- \(k, k’\): 比例定数(ヘンリー定数)。気体と溶媒の種類、温度によって決まる。
ヘンリーの法則の別の表現(体積について):
ヘンリーの法則は、溶ける気体の体積を使って表現することもでき、こちらの方が化学では頻繁に用いられます。ただし、少し注意が必要です。
溶ける気体の体積を、そのときの圧力 (P) のもとで測定すると、その体積は圧力 (P) によらず一定である、とは言えません。
しかし、溶媒に溶けている気体の体積を、標準状態(0℃, 1.013×10⁵ Pa)に換算した値で考えると、その値は圧力に比例する
最も重要な表現はこれです:
一定温度で、一定量の溶媒に溶ける気体の体積を、そのときの圧力のもとで測ると、圧力によらず一定である、とは言えない。
溶解する気体の質量が圧力に比例する、というのが最も基本的な形です。
**「一定温度で、一定量の溶媒に溶ける気体の量を、そのときの圧力における体積で表すと、その体積は圧力に依らない」という表現は誤解を招きやすく、高校化学では「溶ける気体の『質量』または『標準状態に換算した体積』が圧力に比例する」**と理解するのが正確です。
なぜ標準状態換算体積が圧力に比例するのか?
- ヘンリーの法則より、溶ける気体の物質量 \(n\) は圧力 \(P\) に比例します (\(n = k’P\))。
- 気体の体積は、標準状態では物質量に比例します (\(V_0 = 22.4 \times n\))。
- したがって、標準状態に換算した体積 \(V_0\) は、\(V_0 = 22.4 \times k’P\) となり、圧力 \(P\) に比例します。
例題:
20℃、1.0 × 10⁵ Pa の二酸化炭素は、水 1.0 L に 88 mg 溶ける。同じ温度で、圧力を 4.0 × 10⁵ Pa にすると、同じ水 1.0 L に何 mg の二酸化炭素が溶けるか。
解答:
ヘンリーの法則より、溶ける気体の質量は圧力に比例する。
圧力が \(\frac{4.0 \times 10^5}{1.0 \times 10^5} = 4\) 倍になっているので、溶ける質量も4倍になる。
\[
88 \text{ mg} \times 4 = \boldsymbol{352 \text{ mg}}
\]
身近な応用例:炭酸飲料
ペットボトルに入った炭酸飲料は、高い圧力(3〜4気圧)で二酸化炭素が封入されています。
- 開栓前: 高圧下で、ヘンリーの法則に従い、多くの二酸化炭素が水に溶けている。
- 開栓時: 「プシュッ」という音と共に、容器内の圧力が一気に大気圧(約1気圧)まで下がる。
- 開栓後: 圧力が下がったため、二酸化炭素の溶解度が急激に減少し、溶けきれなくなった二酸化炭素が気体となって、泡として出てくる。
ヘンリーの法則は、私たちの身近な現象だけでなく、血液中の酸素や二酸化炭素の輸送、あるいは潜水病(減圧症)のメカニズムなどを説明する上でも、基礎となる重要な法則です。
7. 溶液の濃度表現:質量パーセント濃度
化学反応の舞台である溶液を定量的に扱うためには、その「濃さ」、すなわち濃度 (Concentration) を正確に表現する必要があります。濃度とは、一定量の溶液または溶媒の中に、どれだけの量の溶質が含まれているかを示す尺度です。化学では、目的や状況に応じて、いくつかの異なる濃度の表現方法を使い分けます。このセクションでは、その中で最も直感的で、日常生活や工業の分野でも広く用いられている「質量パーセント濃度」について、その定義と計算方法を学びます。
7.1. 質量パーセント濃度の定義
質量パーセント濃度 (%) は、溶液の全質量に対する溶質の質量の割合を、百分率(パーセント)で表したものです。
その定義式は、以下のようになります。
\[
\text{質量パーセント濃度} [%] = \frac{\text{溶質の質量} [\text{g}]}{\text{溶液の質量} [\text{g}]} \times 100
\]
ここで、溶液の質量は、溶質の質量と溶媒の質量の和であることに注意が必要です。
\[
\text{溶液の質量} [\text{g}] = \text{溶質の質量} [\text{g}] + \text{溶媒の質量} [\text{g}]
\]
したがって、定義式は以下のように書き換えることもできます。
\[
\text{質量パーセント濃度} [%] = \frac{\text{溶質の質量}}{\text{溶質の質量} + \text{溶媒の質量}} \times 100
\]
例:
「10%の食塩水」が意味することは、
- この食塩水が 100g あったとしたら、そのうち 10g が食塩(溶質)で、残りの 90g が水(溶媒)である。
- 溶質と溶液の質量の比が 10 : 100 = 1 : 10 である。
7.2. 質量パーセント濃度の計算
質量パーセント濃度の計算問題は、主に以下の3つのパターンに分類できます。
7.2.1. 濃度を求める計算
溶質と溶媒(または溶液)の質量が与えられ、濃度を計算する最も基本的なパターンです。
例題1:
食塩 (NaCl) 25g を水 100g に溶かして作った食塩水の質量パーセント濃度は何%か。
解答プロセス:
- 溶質と溶媒の質量を確認:
- 溶質の質量 = 25 g
- 溶媒の質量 = 100 g
- 溶液の質量を計算:
- 溶液の質量 = 25 g + 100 g = 125 g
- 定義式に代入:\[\text{濃度} = \frac{25 \text{ g}}{125 \text{ g}} \times 100 = 0.2 \times 100 = \boldsymbol{20 %}\]
7.2.2. 溶質または溶媒の質量を求める計算
濃度と溶液(または溶質)の質量が与えられ、残りの量を計算するパターンです。
例題2:
15%の砂糖水 200g を作るには、砂糖と水はそれぞれ何g必要か。
解答プロセス:
- 溶液の質量と濃度から、溶質の質量を求める:定義式 \( \text{濃度} = (\text{溶質}/\text{溶液}) \times 100 \) を変形すると、\( \text{溶質の質量} = \frac{\text{溶液の質量} \times \text{濃度}}{100} \) となる。
- 砂糖(溶質)の質量 = \( \frac{200 \text{ g} \times 15}{100} = \boldsymbol{30 \text{ g}} \)
- 溶液の質量と溶質の質量から、溶媒の質量を求める:
- 水(溶媒)の質量 = (溶液の質量) – (溶質の質量)
- 水の質量 = 200 g – 30 g = 170 g
7.2.3. 溶液の混合や希釈に関する計算
濃度の異なる溶液を混合したり、水で薄めたりする問題です。このタイプの問題を解く鍵は、「混合や希釈の前後で、溶質の質量の合計は変化しない」という保存則を利用することです。
例題3:
10%の塩酸 100g と 30%の塩酸 200g を混合した。混合後の塩酸の質量パーセント濃度は何%か。
解答プロセス:
- 各溶液に含まれる溶質(塩化水素)の質量を計算:
- 10%塩酸中の溶質: \( \frac{100 \text{ g} \times 10}{100} = 10 \text{ g} \)
- 30%塩酸中の溶質: \( \frac{200 \text{ g} \times 30}{100} = 60 \text{ g} \)
- 混合後の溶液全体の質量と、溶質全体の質量を計算:
- 混合後の溶液の質量 = 100 g + 200 g = 300 g
- 混合後の溶質の質量 = 10 g + 60 g = 70 g
- 混合後の濃度を計算:\[\text{濃度} = \frac{\text{混合後の溶質の質量}}{\text{混合後の溶液の質量}} \times 100 = \frac{70 \text{ g}}{300 \text{ g}} \times 100 \approx \boldsymbol{23.3 %}\]
7.3. 質量パーセント濃度の特徴
- 利点:
- 直感的で分かりやすい: 全体の重さのうち、どれだけが目的の成分かを示すため、理解しやすい。
- 調製が容易: 必要な質量の溶質と溶媒を天秤で量り取って混ぜるだけで調製できるため、特別な器具(メスフラスコなど)が不要。
- 温度に依存しない: 質量は温度によって変化しないため、質量パーセント濃度も温度に依存しない。
- 欠点:
- 化学反応の量的関係には不向き: 化学反応は、粒子の「数」(物質量)の比で進行するため、質量で表された濃度では、反応の量的計算が煩雑になる。例えば、10%の塩酸と10%の水酸化ナトリウム水溶液を同量混ぜても、ぴったり中和するとは限らない。
この化学反応の計算における不便さを解消するために、次に学ぶ「モル濃度」という、物質量に基づいた濃度表現が必要となるのです。
8. 溶液の濃度表現:モル濃度
質量パーセント濃度は直感的で便利ですが、化学反応の量的関係を議論するには不向きでした。化学反応は、反応に関わる物質の「粒子の数(すなわち物質量 mol)」の比に基づいて進行します。したがって、化学者にとって最も使いやすい濃度表現は、一定の体積の溶液の中に、溶質の粒子が何モル含まれているかを示すものです。これを実現するのが「モル濃度 (molarity)」であり、化学のあらゆる分野で最も標準的に用いられる濃度単位です。
8.1. モル濃度の定義
モル濃度 (記号: c または M) は、溶液 1 L あたりに含まれる溶質の物質量 (mol) で定義されます。その単位は モル毎リットル (mol/L) です。
定義式は、以下のようになります。
\[
\text{モル濃度} [\text{mol/L}] = \frac{\text{溶質の物質量} [\text{mol}]}{\text{溶液の体積} [\text{L}]}
\]
例:
「1.0 mol/L のスクロース水溶液」が意味することは、
- この水溶液が 1 L あれば、その中にスクロースが 1.0 mol 溶けている。
- 溶液の体積と溶質の物質量の比が 1.0 (mol) : 1.0 (L) である。
8.2. モル濃度の計算
モル濃度の計算も、定義式に基づいて行います。質量で与えられた溶質を、モル質量を用いて物質量(mol)に変換するステップが加わることが多いです。
8.2.1. 濃度を求める計算
例題1:
水酸化ナトリウム (NaOH, 式量 40) 20 g を水に溶かして、500 mL の水溶液を調製した。この水溶液のモル濃度は何 mol/L か。
解答プロセス:
- 溶質の質量を物質量 (mol) に変換する:
- NaOH のモル質量は 40 g/mol。
- 溶質の物質量 = \( \frac{\text{質量}}{\text{モル質量}} = \frac{20 \text{ g}}{40 \text{ g/mol}} = 0.50 \text{ mol} \)
- 溶液の体積をリットル (L) に変換する:
- 溶液の体積 = 500 mL = 0.500 L
- 定義式に代入:\[\text{モル濃度} = \frac{0.50 \text{ mol}}{0.500 \text{ L}} = \boldsymbol{1.0 \text{ mol/L}}\]
8.2.2. 溶質の物質量や質量、溶液の体積を求める計算
濃度、体積、物質量(または質量)のうち、二つが分かっていれば、残りの一つを求めることができます。定義式を変形した以下の形がよく使われます。
\[
\text{溶質の物質量 (mol)} = \text{モル濃度 (mol/L)} \times \text{溶液の体積 (L)}
\]
例題2:
0.20 mol/L の塩酸 300 mL 中に含まれる塩化水素 (HCl) の物質量は何 mol か。また、その質量は何 g か。(HClの分子量 36.5)
解答プロセス:
- 溶液の体積を L に変換:
- 体積 = 300 mL = 0.300 L
- 溶質の物質量 (mol) を計算:
- 物質量 = (0.20 mol/L) × (0.300 L) = 0.060 mol
- 物質量 (mol) を質量 (g) に変換:
- HCl のモル質量は 36.5 g/mol。
- 質量 = (物質量) × (モル質量) = (0.060 mol) × (36.5 g/mol) = 2.19 g
8.3. モル濃度の利点と欠点
- 最大の利点:化学反応の計算における利便性:モル濃度は、溶液の体積から直接、反応に関与する粒子の数(物質量)を算出できるため、化学反応の量的関係(化学量論)の計算に極めて便利です。例えば、中和反応において、「a mol/L の酸水溶液 V mL と、b mol/L の塩基水溶液 V’ mL が過不足なく反応する」といった計算を、簡単に行うことができます(中和滴定)。これは、質量パーセント濃度では煩雑になる計算です。
- 欠点:温度依存性:モル濃度は、溶液の体積を基準にしています。液体の体積は、温度によって膨張・収縮するため、厳密にはモル濃度は温度によってわずかに変化します。例えば、20℃で正確に調製した 1.000 mol/L の溶液を 30℃に温めると、溶液の体積がわずかに膨張するため、濃度は 1.000 mol/L よりも少しだけ低くなります(溶質の物質量は変わらないが、分母である体積が増えるため)。通常の実験ではこの影響は無視できることが多いですが、沸点上昇や凝固点降下のように、温度変化そのものを精密に扱う分野では、この温度依存性が問題となることがあります。その問題を解決するために、次に学ぶ「質量モル濃度」が用いられます。
モル濃度は、化学という学問の「標準言語」です。溶液を用いたあらゆる計算の基礎となるため、その定義を正確に理解し、自在に計算できるようになることは、化学をマスターするための必須条件です。
9. 溶液の濃度表現:質量モル濃度
モル濃度は化学反応の計算に非常に便利ですが、温度によって溶液の体積が変化するため、濃度値も厳密には温度に依存するという欠点がありました。沸点上昇や凝固点降下といった、温度変化を精密に扱う物理化学の分野では、この欠点は無視できません。そこで、温度の影響を受けない、より厳密な濃度表現として考案されたのが「質量モル濃度 (molality)」です。モル濃度と名称が非常に似ているため混同しやすいですが、その定義は明確に異なり、特定の目的のために使われる重要な濃度単位です。
9.1. 質量モル濃度の定義
質量モル濃度 (記号: m) は、溶媒 1 kg あたりに含まれる溶質の物質量 (mol) で定義されます。その単位は モル毎キログラム (mol/kg) です。
定義式は、以下のようになります。
\[
\text{質量モル濃度} [\text{mol/kg}] = \frac{\text{溶質の物質量} [\text{mol}]}{\text{溶媒の質量} [\text{kg}]}
\]
モル濃度との決定的な違い:
質量モル濃度を理解する上で、モル濃度との違いを明確に意識することが極めて重要です。
観点 | モル濃度 (molarity) | 質量モル濃度 (molality) |
基準となる量 | 溶液の体積 [L] | 溶媒の質量 [kg] |
単位 | mol/L | mol/kg |
温度依存性 | あり(体積が温度で変化) | なし(質量は温度で不変) |
このように、分母が「溶液」か「溶媒」か、そして「体積(L)」か「質量(kg)」か、という二つの点で明確に異なります。
例:
「1.0 mol/kg のグルコース水溶液」が意味することは、
- 水(溶媒)1 kg (1000 g) に対して、グルコースが 1.0 mol 溶けている。
- この溶液全体の質量は、1000 g (水) + 1.0 mol × (グルコースのモル質量 180 g/mol) = 1000 + 180 = 1180 g となる。
9.2. 質量モル濃度の計算
例題:
尿素 (CO(NH₂)₂, 分子量 60) 30 g を水 500 g に溶かした。この水溶液の質量モル濃度は何 mol/kg か。
解答プロセス:
- 溶質の質量を物質量 (mol) に変換する:
- 尿素のモル質量は 60 g/mol。
- 溶質の物質量 = \( \frac{30 \text{ g}}{60 \text{ g/mol}} = 0.50 \text{ mol} \)
- 溶媒の質量をキログラム (kg) に変換する:
- 溶媒の質量 = 500 g = 0.500 kg
- 定義式に代入:\[\text{質量モル濃度} = \frac{0.50 \text{ mol}}{0.500 \text{ kg}} = \boldsymbol{1.0 \text{ mol/kg}}\]
9.3. 質量モル濃度の利点と用途
- 最大の利点:温度非依存性:質量は温度によって変化しないため、質量モル濃度は温度に依存しません。20℃で調製した 1.0 mol/kg の溶液は、50℃に加熱しても、-5℃に冷却しても、その濃度は 1.0 mol/kg のままです。この性質のため、質量モル濃度は、温度変化が本質的に重要となる以下の分野で主に使用されます。
- 主な用途:希薄溶液の束一的性質:次期モジュールで詳しく学ぶ、沸点上昇や凝固点降下といった現象(希薄溶液の束一的性質)は、溶液中の溶質粒子の「数」に比例して、その度合いが決まります。
- 沸点上昇度: \( \Delta T_b = K_b \times m \)
- 凝固点降下度: \( \Delta T_f = K_f \times m \)これらの公式で用いられる濃度は、まさに質量モル濃度 (m) です。温度が変化する沸騰や凝固の現象を扱うため、温度に依存しない質量モル濃度が理論的に最適な尺度となるのです。
- 欠点:
- 体積が不明: 質量モル濃度から、その溶液の体積を直接知ることはできません。そのため、一定体積をホールピペットで正確に分取するような操作には不向きです。
- 調製の手間: 溶液を調製する際に、溶質だけでなく溶媒も正確に秤量する必要があるため、モル濃度(メスフラスコで標線まで溶媒を加える)に比べてやや手間がかかります。
質量モル濃度は、モル濃度ほど汎用的に使われるわけではありませんが、溶液の物理化学的な性質を厳密に議論する際には不可欠な、専門性の高い濃度表現です。その定義と、モル濃度との違いを正確に理解しておくことが重要です。
10. 濃度の換算と溶液の調製
化学実験や計算においては、異なる濃度表現を相互に変換するスキルや、目的の濃度の溶液を正確に調製する技術が不可欠です。特に、化学で最もよく使われる「モル濃度」と、物理的な性質と結びつきやすい「質量パーセント濃度」の間の換算は、頻出する重要な計算です。また、理論的な計算だけでなく、それを実験室で再現するための正しい器具の選択と操作手順を理解することも、実践的な化学能力を養う上で欠かせません。このセクションでは、これらの濃度の換算方法と、溶液の具体的な調製方法について学びます。
10.1. 濃度の換算:モル濃度と質量パーセント濃度
モル濃度 [mol/L] と質量パーセント濃度 [%] を相互に変換するためには、両者の定義をつなぐ「架け橋」が必要です。その役割を果たすのが、溶液の密度 (density) [g/cm³ または g/mL] です。密度は、溶液の質量と体積を結びつける唯一の情報だからです。
換算の基本戦略:
直接的な変換公式を丸暗記するのではなく、「1 L (= 1000 mL) の溶液を基準に考える」という思考プロセスを身につけることが、応用力を高める鍵です。
10.1.1. モル濃度 → 質量パーセント濃度への換算
例題1:
密度が 1.10 g/cm³ の 2.00 mol/L 塩酸 (HCl, 分子量 36.5) の質量パーセント濃度を求めよ。
解答プロセス:
- 基準となる溶液を設定: この塩酸が 1 L (= 1000 mL) あると仮定する。
- 溶液の質量を計算: 密度を使って、体積を質量に変換する。
- 溶液の質量 = (体積) × (密度) = 1000 mL × 1.10 g/mL = 1100 g
- 溶質の物質量を計算: モル濃度の定義から。
- 溶質の物質量 = (モル濃度) × (体積) = 2.00 mol/L × 1 L = 2.00 mol
- 溶質の質量を計算: 物質量をモル質量で質量に変換する。
- 溶質の質量 = (物質量) × (モル質量) = 2.00 mol × 36.5 g/mol = 73.0 g
- 質量パーセント濃度を計算:\[\text{濃度} [%] = \frac{\text{溶質の質量}}{\text{溶液の質量}} \times 100 = \frac{73.0 \text{ g}}{1100 \text{ g}} \times 100 \approx \boldsymbol{6.64 %}\]
10.1.2. 質量パーセント濃度 → モル濃度への換算
例題2:
密度が 1.84 g/cm³ の 98% 濃硫酸 (H₂SO₄, 分子量 98) のモル濃度を求めよ。
解答プロセス:
- 基準となる溶液を設定: この濃硫酸が 1 L (= 1000 mL) あると仮定する。
- 溶液の質量を計算:
- 溶液の質量 = 1000 mL × 1.84 g/mL = 1840 g
- 溶質の質量を計算: 質量パーセント濃度の定義から。
- 溶質の質量 = (溶液の質量) × (濃度[%]/100) = 1840 g × (98/100) = 1803.2 g
- 溶質の物質量を計算:
- 溶質の物質量 = \( \frac{\text{質量}}{\text{モル質量}} = \frac{1803.2 \text{ g}}{98 \text{ g/mol}} = \boldsymbol{18.4 \text{ mol}} \)
- モル濃度を計算:基準とした溶液の体積は 1 L なので、求めた物質量がそのままモル濃度となる。\[\text{モル濃度} = \frac{\text{溶質の物質量}}{\text{溶液の体積}} = \frac{18.4 \text{ mol}}{1 \text{ L}} = \boldsymbol{18.4 \text{ mol/L}}\]
10.2. 溶液の調製
10.2.1. 固体の溶質からの調製
目的のモル濃度の水溶液を、固体の試薬から正確に調製する手順は以下の通りです。この操作では、メスフラスコ (volumetric flask) という、体積を精密に測るための特殊なガラス器具を使用します。
例:0.10 mol/L の水酸化ナトリウム水溶液を 100 mL 調製する
- 必要な溶質の質量を計算:
- 必要なNaOHの物質量 = 0.10 mol/L × 0.100 L = 0.010 mol
- 必要なNaOHの質量 = 0.010 mol × 40.0 g/mol = 0.40 g
- 秤量: 電子天秤を使い、ビーカーに水酸化ナトリウム 0.40 g を正確に量り取る。
- 溶解: 少量の純水(蒸留水)をビーカーに加え、ガラス棒でかき混ぜて完全に溶かす。
- 移し替え: 溶液を、100 mL のメスフラスコに、ろうとを使って注ぎ入れる。このとき、ビーカーやガラス棒に付着した溶質を純水で洗い、その洗い液もすべてメスフラスコに加える(定量的移し替え)。
- 定容(メスアップ): メスフラスコに純水を加え、液面の底(メニスカス)が容器の首に刻まれた標線 (marked line) にちょうど一致するように調整する。
- 混合: 栓をして、メスフラスコを逆さまにする操作を数回繰り返し、溶液を均一にする。
10.2.2. 濃溶液の希釈による調製
濃度の高い貯蔵溶液(ストック溶液)を、溶媒で薄めて目的の濃度の溶液を調製することも頻繁に行われます。
希釈の基本原理:
希釈操作では、加えるのは溶媒だけなので、溶液中に含まれる溶質の物質量 (mol) は、希釈の前後で変化しません。
\[
(\text{希釈前の溶質の物質量}) = (\text{希釈後の溶質の物質量})
\]
モル濃度と体積でこれを表すと、以下の希釈公式が導かれます。
\[
C_1 V_1 = C_2 V_2
\]
- \(C_1\): 希釈前の濃度, \(V_1\): 希釈前に取り出す溶液の体積
- \(C_2\): 希釈後の濃度, \(V_2\): 希釈後の溶液の最終的な体積
例:18 mol/L の濃硫酸から、3.0 mol/L の希硫酸を 100 mL 調製する
- 必要な濃硫酸の体積を計算:
- \(C_1 = 18 \text{ mol/L}, C_2 = 3.0 \text{ mol/L}, V_2 = 100 \text{ mL}\)
- \(18 \times V_1 = 3.0 \times 100\)
- \(V_1 = \frac{3.0 \times 100}{18} \approx 16.7 \text{ mL}\)
- 調製操作:
- メスシリンダーで濃硫酸 16.7 mL を量り取る。
- 100 mL のメスフラスコに、あらかじめ少量の純水を入れておく。
- 【重要】 激しく発熱するため、必ず水の中に、ガラス棒を伝わらせて硫酸を少しずつ加える。(逆は厳禁!)
- 冷却しながら、標線まで純水を加えて均一にする。
濃度の換算と溶液の調製は、化学の理論と実践を結びつける重要なスキルセットです。正確な計算能力と、適切な器具を用いた安全な操作手順の両方を習得することが、信頼性の高い化学実験を行うための第一歩となります。
Module 5:溶液の性質と濃度の総括:化学反応の舞台を定量的に記述する言語
本モジュールでは、化学反応が繰り広げられる主要な舞台である「溶液」に焦点を当て、その成り立ちから組成の記述法までを体系的に探求しました。私たちの旅は、なぜ物質が溶けるのかという根源的な問いから始まりました。「似たもの同士はよく溶け合う」という経験則の背後には、極性という分子の性質と、水和というミクロな粒子間相互作用が存在することを学びました。また、溶解に伴う熱の出入りは、このプロセスが単なる混合ではなく、化学的なエネルギー変化を伴う現象であることを示してくれました。
次に、私たちは「どれだけ溶けるか」という問いに答えるため、「溶解度」という定量的な指標を導入し、その温度依存性を「溶解度曲線」として視覚化しました。この曲線は、溶液が飽和・未飽和・過飽和のどの状態にあるかを示すだけでなく、再結晶という精製技術の理論的支柱となることも理解しました。さらに、固体とは異なる挙動を示す気体の溶解に目を向け、圧力との関係がヘンリーの法則によって見事に記述されることを見出しました。
モジュールの後半では、溶液という混合物の組成を、化学の言語で正確に記述するための三つの重要な「濃度」表現、すなわち質量パーセント濃度、モル濃度、そして質量モル濃度を習得しました。それぞれが持つ利点と欠点、そして使われるべき文脈を理解し、特に化学反応の量的関係を議論する上でモル濃度がいかに不可欠であるかを学びました。
最終的に、私たちはこれらの知識を総動員し、異なる濃度表現間を自在に換算する計算スキルと、メスフラスコなどの精密な器具を用いて目的の溶液を正確に調製するという、化学実験の根幹をなす実践的な技術を身につけました。
このモジュールを通じて、皆さんは溶液というものを、単なる「液体」としてではなく、その内部で起こるミクロな相互作用から、その組成を示すマクロな数値まで、多層的に理解するための視点と、それを記述するための定量的な言語を獲得したはずです。ここで習得した「濃度」という概念は、化学の世界における共通のボキャブラリーであり、今後の化学平衡、酸と塩基、酸化還元といった、あらゆる分野の議論の基礎となる、極めて重要な知的基盤です。