【基礎 物理(原子)】Module 9:核反応

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本モジュールの目的と構成

Module 8では、不安定な原子核が、自らのスケジュールに従って、自発的に姿を変えていく「放射性崩壊」という現象を学びました。それは、原子核が、誰からの干渉も受けることなく、静かに安定を求めていく、いわば自然界の「独白」でした。

しかし、もし私たちが、この原子核に、外部から積極的に働きかけたらどうなるでしょうか。原子核という、固く閉ざされた扉を、別の粒子という「鍵」や「弾丸」で叩いたとき、その内部では、一体どのようなドラマが繰り広げられるのでしょうか。

本モジュールでは、このような、原子核が外部からの粒子と相互作用することによって、その構造を変化させる現象、すなわち「核反応(Nuclear Reaction)」の世界を探求します。これは、原子の電子配置の変化である「化学反応」の、原子核バージョンです。しかし、そこに関わるエネルギーのスケールは、化学反応の百万倍以上にも達し、その帰結は、20世紀以降の人類の歴史を、良くも悪くも、根底から形作ることになりました。

私たちは、このモジュールで、人類が手にした最も強力な二つの核反応、「核分裂(Fission)」と「核融合(Fusion)」の物語を解き明かしていきます。核分裂は、重い原子核が分裂する際に莫大なエネルギーを解放する反応であり、原子力発電の動力源であると同時に、原子爆弾という恐るべき破壊力を生み出しました。一方、核融合は、軽い原子核が融合して、さらに大きなエネルギーを生み出す反応であり、太陽をはじめとする宇宙の星々を輝かせ、地上における究極のクリーンエネルギー源として、今なお人類がその実現を夢見る「星の火」です。

本モジュールは、以下の学習項目で構成されています。

  1. 核反応式の記述法: 核反応という現象を、物理学の言葉(数式)で、どのように正確に記述するのか、その基本的な「文法」を学びます。
  2. 核反応における保存則(質量数、原子番号): 核反応の前後で、何が変化し、何が変化しないのか。全ての核反応を支配する、二つの重要な「保存則」を理解します。
  3. 核分裂反応の発見: 中性子をウランに照射した実験から、当初の予想を完全に覆す、原子核が「分裂する」という、歴史的な発見の物語をたどります。
  4. ウランの核分裂: 核分裂の代表例である、ウラン235の核分裂反応が、具体的にどのようなプロセスで起こるのかを、核反応式を用いて学びます。
  5. 連鎖反応の原理: 一つの核分裂が、次なる核分裂を指数関数的に引き起こしていく「連鎖反応」の原理を理解し、なぜそれが莫大なエネルギー解放に繋がるのかを探ります。
  6. 原子炉の基本構造と制御: 核分裂の連鎖反応を、暴走させることなく、安全に、そして持続的に制御するための装置「原子炉」が、どのような基本要素(燃料、減速材、制御棒)から成り立っているのかを学びます。
  7. 核融合反応の原理: 太陽の中心で起こっている、軽い原子核同士が融合して、より重い原子核になる「核融合」のプロセスと、なぜそれが極限的な高温・高圧を必要とするのかを理解します。
  8. 太陽エネルギーの源: 私たちの生命の源である太陽が、数十億年にわたって輝き続ける、そのエネルギーの源泉が、水素原子核の核融合反応であることを学びます。
  9. 核分裂と核融合のエネルギー比較: 二つの核反応を、燃料、安全性、廃棄物といった様々な観点から比較し、それぞれの特徴と、エネルギー源としての可能性と課題を探ります。
  10. 核融合炉開発の課題: 地上で太陽を創り出す、究極のエネルギー源「核融合炉」の実現に向け、現代の科学技術が挑んでいる、壮大な課題について触れます。

このモジュールは、原子核の内部に秘められた、途方もないエネルギーの扉を開く物語です。それでは、人類の運命を左右する、核反応の世界へと進んでいきましょう。

目次

1. 核反応式の記述法

ある物質が別の物質に変化する「化学反応」を、化学反応式を用いて簡潔に記述するように、原子核の世界で起こる「核反応」もまた、そのプロセスを明確に表現するための、標準的な表記法(核反応式)が存在します。この表記法を理解することは、複雑な核反応の現象を、論理的に、そして定量的に把握するための第一歩となります。

1.1. 核反応の一般的な表現

核反応とは、一般的に、

「ある原子核(標的核 X)に、別の粒子(入射粒子 a)を高速で衝突させた結果、標的核が変化して、新しい原子核(生成核 Y)が作られ、同時に別の粒子(放出粒子 b)が放出される現象」

と定義されます。

この一連のプロセスは、化学反応式に似た形で、以下のように表現されます。

\[ X + a \longrightarrow Y + b \]

  • 左辺(反応物): 反応前の状態。標的核 X と入射粒子 a を示します。
  • 右辺(生成物): 反応後の状態。生成核 Y と放出粒子 b を示します。
  • 矢印(→): 反応の方向を示します。

また、より簡潔に、この反応を \(X(a, b)Y\) という形式で表記することもあります。これは、「標的核 X に、入射粒子 a をぶつけたら、放出粒子 b が出てきて、生成核 Y が残った」ということを意味します。

1.2. 登場する粒子とその記号

核反応式には、様々な原子核や素粒子が登場します。それぞれの粒子は、前章で学んだ表記法(左上に質量数 A、左下に原子番号 Z)に従って、正確に記述される必要があります。核反応で頻繁に登場する、基本的な粒子(入射粒子 a や放出粒子 b)の記号を、以下にまとめておきます。

粒子名記号質量数 A原子番号 Z (電荷)
陽子 (Proton)p, \({}^{1}_{1}\text{H}\)11
中性子 (Neutron)n, \({}^{1}_{0}\text{n}\)10
電子 (Electron)e⁻, β⁻, \({}^{0}_{-1}e\)0-1
陽電子 (Positron)e⁺, β⁺, \({}^{0}_{+1}e\)01
α粒子 (Alpha particle)α, \({}^{4}_{2}\text{He}\)42
重陽子 (Deuteron)d, \({}^{2}_{1}\text{H}\)21
γ線光子 (Gamma photon)γ00

1.3. 具体的な核反応式の例

この表記法を用いて、物理学史における最初の人工的な核反応、すなわち、ラザフォードが1919年に行った実験を、核反応式で記述してみましょう。

  • 実験内容: 窒素原子核に、α粒子を衝突させると、酸素原子核と陽子が生成された。
  • 各要素の特定:
    • 標的核 X: 窒素14 (\({}^{14}_{7}\text{N}\))
    • 入射粒子 a: α粒子 (\({}^{4}_{2}\text{He}\))
    • 生成核 Y: 酸素17 (\({}^{17}_{8}\text{O}\))
    • 放出粒子 b: 陽子 (\({}^{1}_{1}\text{H}\))

これらを、上記の一般的な形式に当てはめると、この核反応の核反応式は、

\[ {}^{14}{7}\text{N} + {}^{4}{2}\text{He} \longrightarrow {}^{17}{8}\text{O} + {}^{1}{1}\text{H} \]

と書くことができます。

また、簡潔な表記法では、\({}^{14}\text{N}(\alpha, p){}^{17}\text{O}\) となります。

このように、核反応式は、複雑な原子核の変化を、誰にでも明確に伝わる、世界共通の言語として機能するのです。しかし、この言語が意味を持つためには、それが従うべき、普遍的な「文法」、すなわち「保存則」が存在します。

2. 核反応における保存則(質量数、原子番号)

化学反応式において、反応の前後で、それぞれの元素の原子の数が保存されるように、核反応式が物理的に意味を持つためには、反応の前後で、ある特定の物理量が、厳密に保存されていなければなりません。これらの「保存則(Conservation Laws)」は、核反応を支配する、最も基本的なルール(文法)です。

高校物理の範囲で扱う、ほとんど全ての核反応(素粒子の生成・消滅を伴うような、より複雑な反応を除く)は、以下の二つの、極めてシンプルで強力な保存則に従います。

2.1. 保存則①:質量数(核子数)の保存

「核反応の前後で、反応に関与する全ての粒子の、質量数(A)の総和は変わらない。」

  • 物理的な意味:この保存則の背後にある、より本質的な意味は、「核子(陽子と中性子)の総数は、反応の前後で保存される」ということです。核反応とは、陽子や中性子といった、基本的な「部品」が、新しく生成されたり、消滅したりする現象ではありません(β崩壊のような素粒子の転換は例外的なプロセスです)。そうではなく、核反応とは、既存の核子たちが、その結びつきの形を組み替える(リアレンジする)現象なのです。したがって、反応前に存在した陽子と中性子の合計の数は、反応後に存在する陽子と中性子の合計の数と、完全に一致しなければなりません。
  • 確認方法:核反応式 \(X + a \rightarrow Y + b\) において、(左辺の各粒子の質量数の和) = (右辺の各粒子の質量数の和)が、成り立っていることを確認します。

例:ラザフォードの核反応

\[ {}^{14}{7}\text{N} + {}^{4}{2}\text{He} \longrightarrow {}^{17}{8}\text{O} + {}^{1}{1}\text{H} \]

  • 左辺の質量数の和: \(14 + 4 = 18\)
  • 右辺の質量数の和: \(17 + 1 = 18\)両辺は等しく、質量数の保存則が成り立っています。

2.2. 保存則②:原子番号(電荷)の保存

「核反応の前後で、反応に関与する全ての粒子の、原子番号(Z)の総和は変わらない。」

  • 物理的な意味:原子番号 Z は、陽子の数を表し、基本電荷 \(e\) の単位で測った、その粒子の「電荷」を表します。(電子の場合は Z=-1 となります。)この保存則の、より本質的な意味は、「電気量の総和は、反応の前後で保存される」、すなわち「電荷保存の法則」です。核反応によって、電荷が勝手に生まれたり、消えたりすることはありません。反応前の全電荷と、反応後の全電荷は、厳密に等しくなければなりません。
  • 確認方法:核反応式 \(X + a \rightarrow Y + b\) において、(左辺の各粒子の原子番号の和) = (右辺の各粒子の原子番号の和)が、成り立っていることを確認します。

例:ラザフォードの核反応

\[ {}^{14}{7}\text{N} + {}^{4}{2}\text{He} \longrightarrow {}^{17}{8}\text{O} + {}^{1}{1}\text{H} \]

  • 左辺の原子番号の和: \(7 + 2 = 9\)
  • 右辺の原子番号の和: \(8 + 1 = 9\)両辺は等しく、原子番号(電荷)の保存則も成り立っています。

2.3. 保存則の応用

これらの保存則は、単に、書かれた核反応式が正しいかどうかを「検証」するためだけの道具ではありません。未知の生成物を「予測」するための、強力なツールにもなります。

例題: アルミニウム27(\({}^{27}{13}\text{Al}\))にα粒子(\({}^{4}{2}\text{He}\))を衝突させると、中性子(\({}^{1}_{0}\text{n}\))が1個放出された。このとき、生成された原子核 Y は何か。

  1. 核反応式を立てる:未知の生成核を \({}^{A}{Z}Y\) とおくと、核反応式は、\[ {}^{27}{13}\text{Al} + {}^{4}{2}\text{He} \longrightarrow {}^{A}{Z}Y + {}^{1}_{0}\text{n} \]と書けます。
  2. 質量数 A について、保存則を適用する:\(27 + 4 = A + 1\)\(31 = A + 1\)\(A = 30\)
  3. 原子番号 Z について、保存則を適用する:\(13 + 2 = Z + 0\)\(15 = Z\)
  4. 生成核 Y を特定する:生成核は、質量数 A=30, 原子番号 Z=15 の核種であることがわかりました。周期表で原子番号15の元素を調べると、それはリン(P)です。したがって、生成核 Y は、リン30(\({}^{30}_{15}\text{P}\))であると、一意に決定できます。

このように、二つの単純な保存則は、一見すると複雑な原子核の世界の出来事を、まるでパズルを解くように、論理的に、そして明確に解き明かすための、普遍的な羅針盤として機能するのです。

3. 核分裂反応の発見

1932年のチャドウィックによる中性子の発見は、原子核物理学の研究に、革命的な新しい道具をもたらしました。陽子やα粒子のような、正の電荷を持つ粒子は、原子核(これも正の電荷)に近づくと、強いクーロン斥力によって弾き返されてしまいます。しかし、電荷を持たない中性子は、この反発力を受けることなく、容易に原子核の懐深く侵入し、核反応を引き起こすことができる、理想的な「弾丸」でした。

イタリアの物理学者エンリコ・フェルミをはじめとする、世界中の研究者たちは、この新しい弾丸である中性子を、周期表の様々な元素に次々と打ち込み、どのような新しい原子核が生まれるかを、競って研究し始めました。そして、1930年代後半、その探求の矛先が、当時知られていた最も重い元素、ウランに向けられたとき、誰も予想しなかった、物理学の歴史を永遠に変える、驚くべき発見がなされることになります。

3.1. 超ウラン元素の探求

エンリコ・フェルミらの当初の狙いは、ウラン(U, Z=92)に中性子を吸収させてβ崩壊を起こさせ、それによって、自然界には存在しない、原子番号93以上の、新しい「超ウラン元素」を人工的に作り出すことでした。

彼らが想定していた反応プロセスは、以下のようなものでした。

  1. ウラン238(\({}^{238}{92}\text{U}\))が中性子(\({}^{1}{0}\text{n}\))を1個吸収し、より重い同位体であるウラン239(\({}^{239}{92}\text{U}\))になる。\[ {}^{238}{92}\text{U} + {}^{1}{0}\text{n} \longrightarrow {}^{239}{92}\text{U} \]
  2. 生成されたウラン239は不安定であり、β⁻崩壊を起こして、原子番号が一つ大きい、新元素93(ネプツニウム, Np)に変わる。\[ {}^{239}{92}\text{U} \longrightarrow {}^{239}{93}\text{Np} + {}^{0}_{-1}e \]

実際に、ウランに中性子を照射すると、複数の、強い放射能を持つ生成物が得られました。フェルミらは、これを新元素の生成によるものだと考えましたが、その生成物の化学的な性質は、非常に複雑で、同定は困難を極めました。

3.2. オットー・ハーンらの化学的追跡

この謎の解明に、決定的な役割を果たしたのが、ドイツの化学者、オットー・ハーンと、その共同研究者フリッツ・シュトラスマンでした。彼らは、フェルミの実験を追試し、ウランに中性子を照射した後の生成物を、化学的な手法を用いて、 painstakingly(骨の折れるほど丹念に)分離・分析していました。

彼らは、生成物の中に、ラジウム(Ra, Z=88)に似た性質を持つものが含まれていると考え、その分離を試みていました。しかし、1938年の暮れ、彼らは、何度実験を繰り返しても、その生成物が、ラジウムよりもはるかに軽い元素である、**バリウム(Ba, Z=56)**と、化学的に全く区別できない、という信じがたい結論に達しました。

原子番号92のウランから、陽子2個を持つα粒子が飛び出すα崩壊は知られていましたが、陽子36個(92 – 56 = 36)が一気に失われるような、巨大な崩壊プロセスは、当時知られていた、いかなる核物理学の常識でも説明不可能でした。ハーンは、自身の実験結果に絶対的な自信を持ちながらも、その物理的な意味を理解できず、深い困惑に陥りました。彼は、この不可解な結果を、ナチス・ドイツからスウェーデンへ亡命していた、かつての共同研究者である、物理学者リーゼ・マイトナーへの手紙で知らせます。

3.3. マイトナーとフリッシュによる物理的解釈

その手紙を受け取ったリーゼ・マイトナーは、ちょうどクリスマス休暇を、同じく物理学者である甥のオットー・フリッシュと過ごしていました。雪の積もる森を散歩しながら、二人は、ハーンが発見したこの奇妙な化学的証拠の、物理的な意味について、議論を交わしました。

そして、彼らは、ニールス・ボーアが提唱していた、原子核を水滴のように捉える「原子核の液滴模型」に、その謎を解く鍵があることに気づきます。

彼らの描いたシナリオは、以下のようなものでした。

  1. ウランのような巨大な原子核は、陽子同士の強いクーロン斥力によって、表面張力でかろうじて形を保っている、不安定な「液滴」のようなものである。
  2. そこに、一個の中性子が吸収されると、そのエネルギーによって、原子核の液滴は激しく振動を始める。
  3. この振動が十分に激しくなると、液滴は、ちょうど中央でくびれた、ピーナッツやひょうたんのような形になる。
  4. この段階になると、くびれた両端にある正の電荷同士のクーロン斥力が、もはや核力の表面張力を上回り、原子核は、二つの、より小さな液滴へと、分裂してしまう。

マイトナーとフリッシュは、生物学で細胞が分裂する様子になぞらえて、この新しい原子核反応を「核分裂(Nuclear Fission)」と名付けました。

さらに彼らは、結合エネルギー曲線を念頭に、分裂前のウラン原子核の質量と、分裂後の二つの原子核(バリウムなど)の質量の合計を比較しました。その結果、分裂後の方が、わずかに質量が軽くなること、そして、その失われた質量(質量欠損)が、\(E=mc^2\) に従って、約 200 MeV という、それまでのいかなる核反応とも比較にならない、莫大なエネルギーに変換されて放出されることを、理論的に計算して見せたのです。

ハーンとシュトラスマンの化学的な証拠と、マイトナーとフリッシュの物理的な解釈。この二つが結びついた瞬間、人類は、原子核の内部に秘められた、途方もないエネルギーの扉を、開いてしまったのでした。

4. ウランの核分裂

リーゼ・マイトナーとオットー・フリッシュによって、その物理的なメカニズムが解き明かされた「核分裂」。その最も代表的で、そして歴史的に最も重要な例が、「ウランの核分裂」です。ここでは、ウランの核分裂が、具体的にどのようなプロセスで起こるのかを、核反応式を用いて、より詳しく見ていきます。

4.1. 核分裂を起こしやすいウラン:ウラン235

天然に存在するウランは、主に二種類の同位体から構成されています。

  • ウラン238 (\({}^{238}_{92}\text{U}\)): 天然ウランの 99.3% を占める、最も一般的な同位体。
  • ウラン235 (\({}^{235}_{92}\text{U}\)): 天然ウランの中に、わずか 0.7% しか含まれていない、希少な同位体。

このうち、中性子を吸収して核分裂を起こす能力は、両者で大きく異なります。特に、エネルギーの小さい、ゆっくりとした中性子(熱中性子と呼ばれる)を吸収して、効率よく核分裂を起こすのは、ウラン235の方です。ウラン238も、非常にエネルギーの高い高速中性子を吸収すれば核分裂を起こすことがありますが、その確率は低くなります。

そのため、原子力発電や原子爆弾で、核分裂の主役として利用されるのは、この希少なウラン235です。(このため、天然ウランから、ウラン235の濃度を高める「ウラン濃縮」というプロセスが必要になります。)

4.2. ウラン235の核分裂プロセス

ウラン235の原子核に、一個の熱中性子が衝突し、吸収されると、次のようなプロセスが進行します。

  1. 複合核の形成:まず、ウラン235の原子核(\({}^{235}{92}\text{U}\))が、中性子(\({}^{1}{0}\text{n}\))を捕獲します。その結果、質量数が1だけ大きい、極めて不安定な励起状態にある、ウラン236の原子核(複合核)が、一瞬だけ形成されます。\[ {}^{235}{92}\text{U} + {}^{1}{0}\text{n} \longrightarrow {}^{236}_{92}\text{U}^* \](* は、励起状態にあることを示す。)
  2. 原子核の分裂:この複合核 \({}^{236}_{92}\text{U}^*\) は、液滴模型で説明されたように、激しく振動し、\(10^{-12}\) 秒という、極めて短い時間のうちに、二つの、より小さな原子核へと分裂します。これらの分裂によって生成された原子核のことを、「核分裂片(Fission Fragments)」と呼びます。
  3. 中性子の放出:そして、核分裂のプロセスにおいて、最も重要なのが、この分裂と同時に、2個から3個の、新しい高速中性子が、外部に放出されるという事実です。

4.3. 核分裂反応式の例

ウラン235の核分裂の仕方は、一通りではありません。様々な質量の組み合わせの核分裂片が、ある確率分布に従って生成されます。(最も生成されやすいのは、質量数が95付近と140付近の組み合わせです。)

以下に、その代表的な反応例を一つ、核反応式で示します。

\[ {}^{235}{92}\text{U} + {}^{1}{0}\text{n} \longrightarrow {}^{141}{56}\text{Ba} + {}^{92}{36}\text{Kr} + 3({}^{1}_{0}\text{n}) + Q \]

この式を、詳しく見ていきましょう。

  • 反応物:
    • \({}^{235}_{92}\text{U}\): 標的核であるウラン235
    • \({}^{1}_{0}\text{n}\): 入射粒子である中性子
  • 生成物:
    • \({}^{141}_{56}\text{Ba}\): 核分裂片の一つ、バリウム141
    • \({}^{92}_{36}\text{Kr}\): もう一つの核分裂片、クリプトン92
    • \(3({}^{1}_{0}\text{n})\): この反応で、3個の新しい中性子が放出されたことを示す。
    • Q: この核反応によって放出された、莫大なエネルギー。
  • 保存則の確認:
    • 質量数 A: (左辺) \(235 + 1 = 236\) → (右辺) \(141 + 92 + 3\times1 = 236\) (保存されている)
    • 原子番号 Z: (左辺) \(92 + 0 = 92\) → (右辺) \(56 + 36 + 3\times0 = 92\) (保存されている)

4.4. 放出エネルギー Q の源泉

この反応で放出されるエネルギー Q は、約 200 MeV という、莫大なものです。このエネルギーは、どこから来たのでしょうか。

それは、Module 7で学んだ、結合エネルギー曲線と質量欠損によって説明されます。

  • ウラン235のような重い原子核は、結合エネルギー曲線の右側の、緩やかに下降している領域にあります。
  • 一方、核分裂片であるバリウムやクリプトンは、曲線の中央の、より高い領域にあります。

これは、分裂後の核分裂片の方が、核子1個あたりの結合エネルギーが大きく、より「固く」結びついた、安定な状態であることを意味します。

その結果、反応前の全質量(ウラン235+中性子1個)よりも、反応後の全質量(バリウム+クリプトン+中性子3個)の方が、わずかに軽くなります。

この失われた質量(質量欠損 \(\Delta m\))が、アインシュタインの公式 \(Q = (\Delta m)c^2\) に従って、莫大なエネルギーに変換され、主に核分裂片の運動エネルギーや、ガンマ線、中性子の運動エネルギーとして、解放されるのです。

そして、この核分裂反応が、人類の歴史を永遠に変えるほどのインパクトを持った、最大の理由。それは、一つの反応で、反応を引き起こしたのと同じ粒子(中性子)が、複数個、新たに生み出されるという、この特異な性質にありました。

5. 連鎖反応の原理

ウラン235の核分裂反応が、単に大きなエネルギーを放出する、というだけであれば、それは数ある核反応の一つに過ぎなかったかもしれません。この現象を、人類史上、最も強力なエネルギー源へと変貌させた、決定的な鍵。それは、一つの核分裂が、「複数の新しい中性子を放出する」という、その自己増殖的な性質にありました。この性質が、「連鎖反応(Chain Reaction)」という、爆発的なプロセスを可能にするのです。

5.1. 連鎖反応のアイデア

核分裂の発見のニュースが世界に広まると、多くの物理学者たちが、ほぼ同時に、同じ可能性に気づきました。

  1. まず、1個の中性子が、1個のウラン235原子核に衝突し、核分裂を引き起こす。
  2. この最初の核分裂によって、平均して 2.5個程度の、新しい高速中性子が放出される。
  3. もし、この新しく生まれた2.5個の中性子が、それぞれ、周りにある別のウラン235原子核に衝突し、次の世代の核分裂を、2.5回、引き起こすことができれば…
  4. その次の世代の核分裂では、\(2.5 \times 2.5 = (2.5)^2 = 6.25\) 個の、さらに新しい中性子が生まれる。
  5. そのまた次の世代では、\((2.5)^3 \approx 15.6\) 回の核分裂が…

このように、反応が、まるでネズミ算式に、世代を重ねるごとに、指数関数的に自己増殖しながら、拡大していくプロセス。これが、「連鎖反応」の基本原理です。

このプロセスは、極めて短時間のうちに、天文学的な数の原子核を分裂させることができます。例えば、1 kg のウラン235に含まれる原子核の数は、約 \(2.5 \times 10^{24}\) 個というとてつもない数ですが、もし連鎖反応が効率よく進めば、その全てが分裂するのに、わずか1マイクロ秒(100万分の1秒)もかかりません。その結果、約 200 MeV × (\(2.5 \times 10^{24}\)) という、都市を壊滅させるほどの、莫大なエネルギーが、一瞬のうちに解放されることになるのです。

5.2. 連鎖反応を維持するための条件

しかし、ただウラン235を集めてきただけでは、必ずしも連鎖反応が起こるわけではありません。連鎖反応が、自己持続的に(Self-Sustaining)維持されるためには、いくつかの重要な条件をクリアする必要があります。

条件①:中性子のエネルギー(減速)

核分裂で放出される中性子は、非常にエネルギーの高い「高速中性子」です。しかし、ウラン235が最も効率よく捕獲し、核分裂を起こすのは、エネルギーの低い「熱中性子(低速中性子)」です。

したがって、生まれた高速中性子を、次の核分裂を引き起こす前に、効果的に減速させる必要があります。

条件②:中性子の損失(臨界質量)

ある世代で生まれた中性子が、次の世代の核分裂を引き起こす前に、系から失われてしまう、いくつかのプロセスが存在します。

  • ウラン238による捕獲: 天然ウランや低濃縮ウランには、核分裂を起こしにくいウラン238が大量に含まれており、これが中性子を「横取り(吸収)」してしまう。
  • 外部への逃走: 核分裂性物質(ウラン235など)の塊が小さいと、内部で生まれた中性子が、次の原子核にぶつかる前に、表面から外部へ逃げ出してしまう確率が高くなる。

連鎖反応が持続するためには、これらの損失を補って、ある世代で生まれた中性子のうち、平均して、ちょうど1個以上が、次の世代の核分裂を引き起こす必要があります。

この条件を満たすために必要な、核分裂性物質の最小の質量のことを、「臨界質量(Critical Mass)」と呼びます。

  • 臨界未満 (Subcritical): 塊の質量が臨界質量より小さい場合。中性子の損失が生成を上回り、連鎖反応はすぐに収束して停止する。
  • 臨界 (Critical): 塊の質量がちょうど臨界質量の場合。中性子の生成と損失が釣り合い、連鎖反応は、一定の割合で、安定して持続する。
  • 超臨界 (Supercritical): 塊の質量が臨界質量を超える場合。中性子の生成が損失を上回り、連鎖反応は、指数関数的に増大(暴走)する。

5.3. 二つの応用:原子爆弾と原子炉

この連鎖反応の原理は、人類に、二つの全く異なる応用への道を示しました。それは、「制御されない連鎖反応」と、「制御された連鎖反応」です。

  • 原子爆弾(Uncontrolled Chain Reaction):原子爆弾の原理は、核分裂性物質を、意図的に、そして瞬間的に「超臨界」状態にすることです。例えば、臨界質量に満たない、二つのウラン235の塊(サブクリティカル塊)を用意しておき、爆薬などを使って、これらを一瞬のうちに合体させ、一つの、臨界質量を大幅に超える塊(スーパー クリティカル塊)を作り出します。これにより、暴走的で、制御不能な連鎖反応が、マイクロ秒単位で発生し、巨大な爆発を引き起こすのです。
  • 原子炉(Controlled Chain Reaction):一方、原子力発電などで利用される原子炉の目的は、エネルギーを、安全に、そして長期間にわたって、安定して取り出すことです。そのためには、連鎖反応を、暴走させることなく、「臨界」状態、すなわち、中性子の生成率と損失率が、常に釣り合った状態に、精密に制御し続ける必要があります。この、巧妙な制御を可能にするのが、次章で学ぶ、原子炉の基本構造なのです。

6. 原子炉の基本構造と制御

核分裂の連鎖反応という、指数関数的に増大しかねない、極めて強力なプロセスを、暴走させることなく、安全に、そして安定した「臨界」状態に保ち続ける。これが、平和利用のエネルギー源としての「原子炉(Nuclear Reactor)」に課せられた、至上命題です。この、巧妙で精密な制御を実現するために、原子炉は、いくつかの基本的な構成要素が、有機的に組み合わさった、複雑なシステムとして設計されています。

ここでは、最も一般的な原子炉の一つである、軽水炉(加圧水型や沸騰水型)を念頭に、その基本的な構造と、連鎖反応を制御するための仕組みについて学びます。

6.1. 原子炉の主要な構成要素

原子炉の心臓部である「炉心」は、主に、以下の四つの要素から構成されています。

  1. 核燃料 (Nuclear Fuel):
    • 役割: 核分裂を起こし、熱エネルギーを発生させる、原子炉の「薪(まき)」にあたる部分です。
    • 物質: 通常、天然ウラン(ウラン235の含有率0.7%)を、核分裂しやすいウラン235の含有率が3~5%程度になるように高めた、「低濃縮ウラン」が用いられます。燃料は、二酸化ウラン(UO₂)のセラミックペレットに焼き固められ、それが、ジルコニウム合金製の長い被覆管(燃料被覆管)に密閉されて、「燃料棒」となります。多数の燃料棒を束ねたものが、「燃料集合体」として炉心に装荷されます。
  2. 減速材 (Moderator):
    • 役割: 核分裂によって発生する高速中性子を、次の核分裂反応を効率よく引き起こすことができる、低速の熱中性子にまで、減速させる役割を担います。
    • 原理: 中性子を、自身と質量が近い原子核(軽い原子核)に、弾性衝突(ビリヤードの球の衝突のようなもの)させることで、効率よくその運動エネルギーを奪います。
    • 物質: 日本や米国の多くの原子炉(軽水炉)では、**普通の水(軽水, H₂O)**が、この減速材として用いられます。その他、重水(D₂O)や、黒鉛(炭素)が用いられるタイプの原子炉もあります。
  3. 制御棒 (Control Rods):
    • 役割: 連鎖反応の「ブレーキ」役です。中性子を非常によく吸収する性質を持ち、これを炉心に出し入れすることで、核分裂反応に使われる中性子の数を調整し、連鎖反応の速さ(原子炉の出力)を制御します。
    • 物質: 中性子を吸収しやすい、**カドミウム(Cd)ホウ素(B)**などを含む合金で作られています。
    • 操作:
      • 制御棒を炉心から引き抜く → 中性子の吸収が減り、連鎖反応が活発になる → 出力が上がる。
      • 制御棒を炉心に挿入する → 中性子の吸収が増え、連鎖反応が穏やかになる → 出力が下がる。
      • 緊急時には、全ての制御棒を、瞬時に完全に炉心に挿入(スクラム)することで、連鎖反応を緊急停止させます。
  4. 冷却材 (Coolant):
    • 役割: 核燃料棒が、核分裂によって発生する、膨大な熱エネルギーによって、溶融(メルトダウン)するのを防ぐため、その熱を炉心から運び出す役割を担います。
    • 物質: 軽水炉では、減速材である軽水が、冷却材の役割も兼ねています。その他、ガス(ヘリウムなど)や、液体金属(ナトリウムなど)を冷却材として用いる原子炉もあります。
    • エネルギーの利用: 冷却材によって運び出された高温の熱は、熱交換器で水を沸騰させて、高温高圧の蒸気を作ります。この蒸気が、タービンを回し、発電機を駆動することで、最終的に電気エネルギーが作り出されます。

6.2. 連鎖反応の制御プロセス

これらの要素が、どのように連携して、連鎖反応を「臨界」状態に保つのでしょうか。

  1. 起動:まず、制御棒をゆっくりと引き抜き、炉心内の中性子の数を増やして、連鎖反応を開始させ、原子炉を臨界状態に導きます。
  2. 定常運転:原子炉が目的の出力に達したら、制御棒の位置を微調整して、ある世代の核分裂で生まれた中性子のうち、ちょうど1個だけが、次の世代の核分裂を引き起こすように、中性子の吸収率をコントロールします。これにより、出力は一定に保たれます。
  3. 出力調整・停止:出力を上げたいときは制御棒を少し引き抜き、下げたいときは少し挿入します。運転を停止する際には、制御棒を完全に炉心に挿入し、中性子の大部分を吸収させることで、連鎖反応を臨界未満の状態にし、停止させます。

このように、原子炉とは、核分裂という強力な火を、減速材で燃えやすくし、制御棒というブレーキで巧みに操りながら、冷却材という媒体を通して、その熱エネルギーを安全に取り出す、極めて精巧に設計された「釜」なのです。

7. 核融合反応の原理

核分裂が、重い原子核が「分裂」してエネルギーを生み出す反応であったのに対し、「核融合(Nuclear Fusion)」は、その全く逆のプロセスです。すなわち、

「二つの、軽い原子核が、極めて高いエネルギー状態で衝突し、合体(融合)して、より重い、一つの原子核になる過程で、莫大なエネルギーを放出する反応」

のことです。

この反応は、私たちの最も身近な天体である太陽をはじめ、宇宙に輝く全ての恒星のエネルギー源であり、地上における、究極のクリーンエネルギー源として、その実現が期待されています。

7.1. エネルギー解放の原理:再びの結合エネルギー曲線

なぜ、軽い原子核が融合すると、エネルギーが生まれるのでしょうか。その答えは、再び、Module 7で学んだ「結合エネルギー曲線」にあります。

  • 曲線の一番左の領域には、水素(H)やその同位体である重水素(D)、三重水素(T)、そしてヘリウム(He)といった、非常に軽い原子核が位置しています。この領域では、曲線は、質量数が大きくなるにつれて、非常に急な勾配で上昇しています。
  • これは、軽い原子核が融合して、少しでも重い原子核(例えば、ヘリウム)になると、その生成物の原子核は、元の原子核に比べて、核子1個あたりの結合エネルギーが、著しく大きくなることを意味します。
  • 核子たちは、反応後、はるかに「固く」、そして「安定な」状態に移行します。

その結果、反応前の全質量(例えば、重水素と三重水素の質量の和)と、反応後の全質量(ヘリウムと中性子の質量の和)を比較すると、核分裂の場合と同様に、反応後の方が、質量がわずかに軽くなっています。

この失われた質量(質量欠損 \(\Delta m\))が、\(E = (\Delta m)c^2\) に従って、莫大なエネルギーに変換されて放出されるのです。

そして、結合エネルギー曲線の勾配が、核分裂が起こる右側の領域よりも、核融合が起こる左側の領域の方が、はるかに急であるため、燃料1グラムあたりのエネルギー放出量は、核融合の方が、核分裂よりも、さらに数倍も大きくなります。

7.2. 核融合を阻む巨大な壁:「クーロン障壁」

核融合が、これほどまでに大きなエネルギーを放出するのであれば、なぜ、私たちの身の回りでは、自然に起こらないのでしょうか。その理由は、核融合反応を起こすためには、乗り越えなければならない、極めて高い「壁」が存在するからです。

  • 原子核は、すべて、陽子を含んでいるため、正の電荷を持っています。
  • 正の電荷を持つ二つの原子核を、互いに近づけようとすると、その間には、距離が近づくにつれて、急速に強くなる、**強烈な静電気的な反発力(クーロン斥力)**が働きます。
  • 一方、原子核を結びつける「強い核力」は、非常に強力な引力ですが、その力が届くのは、\(\sim 10^{-15}\) m という、極めて短い距離だけです。

したがって、二つの軽い原子核を融合させるためには、この巨大なクーロン斥力の壁(クーロン障壁)を無理やり突き破って、核力が働く距離まで、互いを接近させる必要があります。

7.3. 「熱核融合」:星の中心の環境

このクーロン障壁を乗り越えるための、唯一の現実的な方法は、原子核に、非常に大きな運動エネルギーを与えることです。すなわち、原子核を、超高速で、互いに正面衝突させるのです。

物質を構成する原子や原子核の運動エネルギーは、その物質の「温度」として現れます。原子核が、クーロン障壁を乗り越えるのに十分な運動エネルギーを持つためには、その物質を、数千万度から、数億度以上という、超高温の状態にする必要があります。

このような超高温状態では、原子は、もはや電子をその周りに束縛しておくことができず、原子核(正のイオン)と電子が、ばらばらに、そして激しく飛び回っている、電離した気体の状態になります。この状態を「プラズマ」と呼びます。

このように、超高温のプラズマ状態を利用して引き起こされる核融合反応のことを、特に「熱核融合(Thermonuclear Fusion)」と呼びます。

太陽や恒星の中心部では、その巨大な重力が生み出す、超高温・超高密度のプラズマ環境によって、この熱核融合反応が、何十億年にもわたって、安定して維持されているのです。

8. 太陽エネルギーの源

私たちが日々浴びている太陽の光、そして、地球上のあらゆる生命活動の根源となっている、その膨大なエネルギー。その源泉は、一体何なのでしょうか。19世紀の科学者たちは、この謎に頭を悩ませました。もし太陽が、石炭のような化学燃料で燃えているのであれば、数千年で燃え尽きてしまうはずです。重力による収縮で熱を発生させている、という説も提唱されましたが、それでも、数千万年程度しか、その輝きを維持できません。しかし、地質学的な証拠は、地球が、そして太陽が、何十億年もの間、活動を続けてきたことを示していました。

この長年の大問題を、最終的に解決したのが、20世紀に生まれた、核融合という新しい物理学の概念でした。太陽は、その中心部で、水素を燃料とする、巨大な「核融合炉」だったのです。

8.1. 太陽の中心核で起こっていること

太陽の中心部は、我々の想像を絶する、極限的な環境です。

  • 温度: 約 1500万 K(ケルビン)
  • 密度: 水の約 150倍
  • 圧力: 地球の海面での大気圧の約 2500億倍

この超高温・超高密度の環境下で、物質は「プラズマ」状態となり、原子核(主に水素の原子核である陽子)と電子が、ばらばらに、そして猛烈な速さで飛び交っています。

この猛烈な熱運動によって、陽子たちは、互いのクーロン斥力を乗り越えて、頻繁に衝突し、核融合反応を引き起こすことができるのです。

8.2. 陽子-陽子連鎖反応(p-pチェーン)

太陽の中心で、主に起こっている核融合反応は、「陽子-陽子連鎖反応(Proton-Proton Chain Reaction)」、または略して「p-pチェーン」と呼ばれる、一連のプロセスです。これは、いくつかのステップを経て、最終的に、4つの水素原子核(陽子)から、1つのヘリウム4原子核が合成される反応です。

その主要なプロセスは、以下のように進みます。

  • ステップ1:まず、2個の陽子(\({}^{1}{1}\text{H}\))が衝突します。このとき、弱い相互作用によって、片方の陽子が中性子に変わり、重水素原子核(\({}^{2}{1}\text{H}\))が作られます。同時に、陽電子(\(e^+\))とニュートリノ(\(\nu_e\))が放出されます。\[ {}^{1}{1}\text{H} + {}^{1}{1}\text{H} \longrightarrow {}^{2}{1}\text{H} + {}^{0}{+1}e + \nu_e \](この最初の反応が、p-pチェーン全体の反応速度を決める、最も起こりにくいプロセスです。)
  • ステップ2:ステップ1で生成された重水素原子核(\({}^{2}{1}\text{H}\))が、すぐに別の陽子(\({}^{1}{1}\text{H}\))と衝突・融合し、ヘリウムの同位体である、ヘリウム3原子核(\({}^{3}{2}\text{He}\))を生成します。このとき、ガンマ線(\(\gamma\))が放出されます。\[ {}^{2}{1}\text{H} + {}^{1}{1}\text{H} \longrightarrow {}^{3}{2}\text{He} + \gamma \]
  • ステップ3:ステップ2で生成されたヘリウム3原子核(\({}^{3}{2}\text{He}\))が、2個、互いに衝突・融合します。その結果、1個の、極めて安定なヘリウム4原子核(\({}^{4}{2}\text{He}\))が生成され、余った2個の陽子(\({}^{1}{1}\text{H}\))が、再びプラズマの中へと放出されます。\[ {}^{3}{2}\text{He} + {}^{3}{2}\text{He} \longrightarrow {}^{4}{2}\text{He} + 2({}^{1}_{1}\text{H}) \]

8.3. 全体としての反応とエネルギー放出

これらのステップを、全体としてまとめると、4個の陽子が、最終的に1個のヘリウム4原子核に変換されたことになります。(ステップ1と2は、ステップ3が1回起こるために、それぞれ2回ずつ起こる必要があります。)

全体としての、正味の反応は、

\[ 4({}^{1}{1}\text{H}) \longrightarrow {}^{4}{2}\text{He} + 2({}^{0}_{+1}e) + 2\nu_e + 2\gamma + \text{運動エネルギー} \]

と書くことができます。

この反応の前後で、質量を精密に比較すると、反応後の質量の方が、わずかに軽くなっています。

  • 反応前(陽子4個)の質量: 4.02910 u
  • 反応後(ヘリウム4原子核1個)の質量: 4.001506 u
  • 質量欠損 \(\Delta m\): 約 0.0276 u

この質量欠損が、\(E=(\Delta m)c^2\) に従って、莫大なエネルギーに変換されます。そのエネルギーは、約 26.7 MeV にも達します。

太陽は、その中心部で、毎秒およそ6億トンもの水素を、ヘリウムに変換する、この熱核融合反応によって、自らの輝きを維持しています。この過程で、毎秒約400万トンの質量が、光のエネルギーへと姿を変え、宇宙空間に放射されているのです。

この、原子核の質量がエネルギーに変わるプロセスこそが、何十億年もの長きにわたって、地球に光と熱を供給し、生命を育んできた、太陽の、そして宇宙の、根源的な力の源なのです。

9. 核分裂と核融合のエネルギー比較

核分裂と核融合は、どちらも、原子核内部の結合エネルギーの状態を、より安定な方向へ変化させることによって、質量の一部を莫大なエネルギーへと変換する、という点で、共通の原理に基づいています。しかし、その反応の特性、燃料、安全性、そしてエネルギー源としての将来性において、両者は、いくつかの重要な対比をなしています。ここでは、この二つの巨大な核エネルギーを、様々な観点から比較してみましょう。

9.1. エネルギー解放量の比較

まず、それぞれの反応が、どれくらいのエネルギーを放出するのか、その大きさを比較します。

  • 核分裂 (Fission):
    • 反応あたりのエネルギー: ウラン235の原子核が1個、核分裂すると、およそ 200 MeV のエネルギーが放出されます。
    • 燃料1gあたりのエネルギー: 1 g のウラン235が、すべて核分裂したとすると、約 \(8.2 \times 10^{10}\) J のエネルギーが生まれます。これは、高品質な石炭を、約3トン燃焼させたエネルギーに匹敵します。
  • 核融合 (Fusion):
    • 反応あたりのエネルギー: 例えば、重水素(D)と三重水素(T)が1回、核融合反応(D-T反応)を起こすと、約 17.6 MeV のエネルギーが放出されます。\[ {}^{2}{1}\text{H} + {}^{3}{1}\text{H} \longrightarrow {}^{4}{2}\text{He} + {}^{1}{0}\text{n} + 17.6 \text{ MeV} \]一回の反応あたりのエネルギーは、核分裂よりも小さいように見えます。
    • 燃料1gあたりのエネルギー: しかし、核融合の燃料となる原子核は、ウランに比べて、はるかに軽量です。そのため、同じ質量の燃料に含まれる原子核の数が、ずっと多くなります。1 g のD-T燃料(重水素と三重水素が1:1の混合物)が、すべて核融合したとすると、約 \(3.4 \times 10^{11}\) J のエネルギーが生まれます。これは、高品質な石炭を、約11トン燃焼させたエネルギーに匹敵します。

結論燃料の単位質量あたりに取り出せるエネルギーは、核融合の方が、核分裂よりも、およそ4倍程度、大きい

9.2. 特徴の比較表

特徴核分裂 (Fission)核融合 (Fusion)
物理プロセス重い原子核(ウランなど)が、分裂して、より軽い原子核になる。軽い原子核(水素同位体など)が、融合して、より重い原子核になる。
反応条件低速の中性子を当てるだけで、常温・常圧でも開始可能。数千万~数億度の超高温と、超高密度のプラズマ状態が必要。
燃料資源ウラン、プルトニウム。資源は有限で、特定の地域に偏在。重水素、三重水素(リチウムから生成)。重水素は海水中にほぼ無尽蔵に存在。
放射性廃棄物使用済み核燃料など、半減期が数万年以上にも及ぶ、高レベル放射性廃棄物を生成する。主生成物は、安定なヘリウム。炉壁などが中性子で放射化するが、その放射能は、核分裂生成物に比べて、はるかに半減期が短く、減衰が速い
安全性連鎖反応を制御する必要がある。暴走すると、過酷事故(メルトダウン)に至る危険性がある。反応を維持すること自体が極めて困難であり、燃料供給を止めたり、プラズマの温度が少しでも下がったりすると、反応は自然に停止する(フェイルセーフ)。原理的に暴走は起こらない。
技術的実現性原子炉として、すでに実用化され、世界中で発電に利用されている。地上で、投入エネルギーを上回るエネルギーを、持続的に取り出すことは、まだ研究開発段階。21世紀中葉以降の実用化を目指している。

9.3. エネルギー源としての評価

以上の比較から、二つの核エネルギーは、以下のように評価することができます。

  • 核分裂エネルギー(原子力発電):
    • 長所: すでに確立された技術であり、気候変動対策として、二酸化炭素を排出しない、大規模で安定したベースロード電源となる。
    • 短所: 臨界事故の潜在的なリスク、高レベル放射性廃棄物の長期的な管理、核拡散(核兵器への転用)への懸念といった、深刻な課題を抱えている。
  • 核融合エネルギー:
    • 長所: 燃料が事実上無尽蔵であること、原理的に安全性が高いこと、そして、高レベル放射性廃棄物を原理的に生成しないことから、実現すれば、人類にとって、究極のクリーンで持続可能なエネルギー源となる可能性を秘めている。
    • 短所: その実現には、プラズマの超高温での閉じ込めなど、極めて高度で困難な科学技術的課題を、いくつも克服する必要がある。

核分裂は「人類が手にした火」であり、その扱いには、細心の注意と責任が伴います。一方、核融合は、人類が、いまだ手にすることのできていない、天上の「星の火」である、と言えるでしょう。

10. 核融合炉開発の課題

核融合エネルギーが、安全性、燃料資源、環境適合性の全ての面で、究極のエネルギー源となる、絶大なポテンシャルを秘めていることは、明らかです。その原理は、太陽が何十億年も前から、完璧に実践している、実証済みのものです。問題は、その太陽の中心部で起こっている極限的な物理環境を、いかにして、この地球上で、安全に、そして持続的に、しかも投入した以上のエネルギーを生み出す形で、人工的に再現するか、という、壮大な科学技術的挑戦にあります。

現在、世界中の科学者と技術者が、この「地上の太陽」の実現、すなわち「核融合炉」の開発に、知力を結集して取り組んでいます。その開発が直面している、主要な課題は、以下の点に集約されます。

10.1. 課題①:超高温プラズマの生成と維持

核融合反応を起こすためには、燃料となる重水素や三重水素のガスを、1億度以上という、太陽の中心(1500万度)さえもはるかに超える、超高温にまで加熱する必要があります。(地上の炉は、太陽のような巨大な重力による圧縮効果が得られないため、温度でそれを補う必要があるのです。)

この温度では、物質は、原子核と電子がばらばらに飛び交う「プラズマ」状態になります。まず、このプラズマを、どのようにして生成し、そして、その超高温状態を、反応が持続するのに十分な時間、維持し続けるか、ということが、第一の課題となります。

10.2. 課題②:プラズマの閉じ込め

1億度のプラズマは、この世のどんな固体材料も、触れた瞬間に蒸発させてしまいます。したがって、プラズマを、真空容器の「壁」に、決して触れさせることなく、空間に浮かせて、閉じ込めておく必要があります。

この「閉じ込め」方式には、現在、大きく分けて二つのアプローチがあります。

  • 磁場閉じ込め方式 (Magnetic Confinement):プラズマは、荷電粒子(イオンと電子)の集まりであるため、強力な磁場によって、その運動を制御することができます。ドーナツ状の真空容器を取り囲むように、超伝導コイルなどで強力な磁場を作り、磁力線の「かご」のようなものを形成して、その中に高温のプラズマを閉じ込める方式です。この方式の代表的な装置が、「トカマク型」や「ヘリカル型」と呼ばれるものです。現在、フランスで建設が進められている、国際協力による巨大な実験炉「ITER(イーター)」も、このトカマク方式を採用しています。
  • 慣性閉じ込め方式 (Inertial Confinement):こちらは、全く異なるアプローチです。重水素と三重水素を詰めた、直径数ミリの、極小の燃料ペレットを用意します。そのペレットの表面に、全方向から、極めて強力なレーザー光や、粒子ビームを、ナノ秒(10億分の1秒)という、ごく短い時間、同時に照射します。これにより、ペレットの表面は、急激に加熱されて爆縮(内側への爆発)を起こし、中心部が、太陽の中心をはるかに超える、超高密度・超高温状態にまで圧縮され、核融合反応が、一瞬だけ起こります。この、燃料自身の「慣性(その場に留まろうとする性質)」によって、プラズマが四散するよりも速く、反応を終わらせてしまおう、という方式です。米国の国立点火施設(NIF)などが、この方式の研究をリードしています。

10.3. 課題③:エネルギーの純増(自己点火条件)

核融合炉が、発電所として意味を持つためには、プラズマを加熱したり、磁場を維持したりするために「投入したエネルギー」よりも、核融合反応によって「生み出されたエネルギー」の方が、大きくなければなりません。

この、エネルギーの収支が、プラスになるための条件は「自己点火条件」とも呼ばれ、プラズマの**「温度 T」「密度 n」、そして「閉じ込め時間 τ」**という、三つの重要なパラメータの積(\(n \cdot \tau \cdot T\))が、ある一定の閾値(ローソン条件)を超える必要があります。

これまでの実験では、瞬間的に、この条件を部分的に満たすことはできていますが、持続的に、そして安定して、エネルギーの純増を達成することは、まだ実現されていません。ITER計画の、主要な科学的目標の一つが、このエネルギー純増を、世界で初めて実証することにあります。

これらの課題に加えて、核融合で発生する強力な中性子に耐えうる、材料の開発や、燃料である三重水素(トリチウム)を、炉内でリチウムから生産・循環させる技術の確立など、実用化までには、まだ多くの技術的なハードルが存在します。

核融合炉の開発は、人類のエネルギー問題を、根本的に解決する可能性を秘めた、壮大な挑戦です。その道のりは、長く、険しいものですが、世界中の科学者たちの、たゆまぬ努力が、今日も続けられています。

Module 9:核反応の総括:星の火を地上に灯すための挑戦

本モジュールでは、原子核が、外部からの粒子との相互作用によって、その姿をダイナミックに変える「核反応」の世界を探求してきました。その旅は、ラザフォードによる、窒素を酸素に変えるという、人類初の人工的な原子変換から始まりました。そして、私たちは、核反応の中でも、特に強大で、人類の歴史に深く関わってきた、二つの対照的な反応、「核分裂」と「核融合」に焦点を当てました。

「核分裂」は、ハーン、シュトラスマン、マイトナー、フリッシュらの探求によって、ウランという重い原子核が、中性子の衝撃によって分裂し、莫大なエネルギーと、さらなる中性子を放出する現象として、その姿を現しました。この「連鎖反応」の発見は、人類に、制御された形での「原子炉」という、強力なエネルギー源をもたらした一方で、制御されない形での「原子爆弾」という、破滅的な力をも、その手に与えました。

一方、「核融合」は、太陽や星々が、何十億年もの間、輝き続けるエネルギーの源泉でした。軽い原子核同士が、超高温・超高圧という、極限的な環境下で融合し、より安定な核になる過程で、核分裂をさえも上回る、さらに大きなエネルギーを解放する、この「星の火」。その燃料は、海水中に無尽蔵に存在し、原理的に安全で、クリーンであることから、人類の未来を支える、究極のエネルギー源として、大きな期待が寄せられています。

しかし、その「星の火」を、この地上で、安全に灯し続けること、すなわち「核融合炉」の実現は、プラズマの閉じ込めという、極めて困難な科学技術的課題を、私たちに突きつけています。

核分裂という「手にした火」を、いかに賢明に、そして安全に管理していくか。そして、核融合という、いまだ手にしていない「天上の火」を、いかにして、その手に掴むのか。原子核の反応を学ぶことは、単に物理学の知識を得るだけでなく、人類の未来と、科学技術が持つ、光と影の両面に、深く思いを馳せることでもあるのです。

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