【基礎 物理(熱力学)】Module 2:理想気体の性質と状態方程式
本モジュールの目的と構成
Module 1では、熱力学という学問の基本的な「視点」と「言語」を学びました。私たちは、無数の分子の集団運動を「温度」や「圧力」といった巨視的な(マクロな)状態で記述する方法論を手に入れました。本モジュールでは、その土台の上に立ち、これらのマクロな状態量が、互いにどのような法則性を持って結びついているのかを探求します。その探求のクライマックスに待ち受けるのが、熱力学における最も強力な羅針盤の一つ、「理想気体の状態方程式」です。
このモジュールは、17世紀から19世紀にかけての偉大な科学者たちの実験と洞察の足跡を追体験する、知的な冒険の旅でもあります。ボイル、シャルル、ゲイ=リュサックといった先人たちが、巧みな実験を通じて、一見複雑に見える気体の振る舞いの背後に潜む、驚くほどシンプルな法則を一つひとつ発見していきました。本モジュールでは、それらの個別の法則が、どのようにして一つの美しく、そして普遍的な方程式へと統合されていくのか、その論理的なプロセスを丁寧に解き明かしていきます。
この学習プロセスを通じて、あなたは以下の能力を体系的に習得します。
- ボイルの法則と圧力・体積の関係: 温度が一定のとき、気体の圧力と体積がどのように関係しているかを学びます。
- シャルルの法則と体積・温度の関係: 圧力が一定のとき、気体の体積と温度の関係性を探求し、絶対温度の重要性を再確認します。
- ボイル・シャルルの法則の統合: 二つの独立した法則を、より一般的な一つの関係式へと統合する科学的な思考プロセスを学びます。
- 理想気体の状態方程式の導出: アボガドロの法則を取り入れ、気体の「量」という概念を組み込むことで、熱力学の基本方程式を完成させます。
- 気体定数の物理的意味と単位: 状態方程式に現れる普遍定数Rが、物理的に何を意味するのかを深く理解します。
- 状態方程式における各変数の単位系の統一: 方程式を正しく運用するための、極めて実践的で重要なルールを学びます。
- 理想気体のモデル化とその適用限界: 私たちが扱う「理想気体」がどのような仮定に基づいているのか、そしてその限界はどこにあるのかを学びます。
- 混合気体における分圧の法則(ドルトンの法則): 複数の気体が混在する状況を扱うための法則を習得します。
- 気体の状態変化とグラフ(P-V, P-T, V-T): 気体の状態変化を視覚的に表現し、分析するための強力なツールであるグラフの読み書きをマスターします。
- 状態方程式を用いた未知数の計算: これまでに学んだ知識を総動員し、具体的な問題を解決する応用力を養います。
このモジュールを終えるとき、あなたは単に一つの公式を暗記したのではなく、気体の状態を支配する普遍的な法則性を理解し、それを自在に応用して未知の問題を解決するための、強力な分析ツールと思考のフレームワークを手に入れているはずです。それは、今後の熱力学の学習全体を照らす、確かな光となるでしょう。
1. ボイルの法則と圧力・体積の関係
1.1. 気体の「弾性」への挑戦:ボイルの実験
1.1.1. 17世紀の科学的背景
17世紀のヨーロッパは、科学革命の真っ只中にありました。ガリレオ・ガリレイが天体の運動を数学的に記述し、アイザック・ニュートンが万有引力の法則を発見する少し前、科学者たちの関心は、私たちの身の回りにありながら、その性質が謎に包まれていた「空気」にも向けられていました。空気は重さを持つのか、真空は存在するのか、そして空気の持つ「弾性」、すなわち圧縮したり膨張したりする性質は何に由来するのか。これらは、当時の自然哲学者たちにとって最もホットなテーマの一つでした。
この問題に、厳密な定量実験という近代科学的なアプローチで初めて切り込んだのが、アイルランドの化学者であり自然哲学者であったロバート・ボイルです。彼は、単なる思弁や定性的な観察に留まらず、「測定」を通じて自然法則に迫ろうとしました。彼の研究は、気体の性質に関する最初の定量的な法則、「ボイルの法則」の発見へと結実します。
1.1.2. J字管を用いた巧みな実験
ボイルが行った実験は、そのシンプルさと巧妙さにおいて、科学実験のお手本とされています。彼は、一端が閉じられたJ字型のガラス管を用いました。
- 初期状態: まず、J字管の閉じた側の端に、一定量の空気を閉じ込めます。このとき、開いた側と閉じた側の水銀柱の高さが同じになるように調整します。この状態では、閉じ込められた空気の圧力は、外部の大気圧と釣り合っています。
- 圧力の増加: 次に、J字管の開いた側の口から、水銀を少しずつ注ぎ足していきます。水銀を追加すると、その重みによって閉じ込められた空気は圧縮され、体積が減少します。
- 測定: 水銀を追加するたびに、ボイルは二つの量を精密に測定しました。
- 体積 (\(V\)): 閉じ込められた空気柱の長さ。管の断面積は一定なので、これは体積に比例します。
- 圧力 (\(P\)): 閉じ込められた空気が及ぼす圧力。これは、外部の大気圧に、開いた側と閉じた側の水銀柱の高さの差 (\(h\)) に相当する水銀の圧力を加えたものと釣り合っています(\(P = P_{atm} + \rho g h\), ここで \(\rho\) は水銀の密度)。
ボイルは、温度を一定に保つように注意しながら(当時は温度計の精度が低く、室温が一定に保たれるように実験をゆっくり行ったと考えられています)、この測定を繰り返しました。そして、得られた圧力 \(P\) と体積 \(V\) のデータの間に、驚くほど単純な数学的関係が隠されていることを見抜いたのです。
1.2. 反比例の関係性:ボイルの法則
1.2.1. 法則の定式化
ボイルが発見した関係、それは「温度が一定のとき、一定量の気体の体積 \(V\) は、その圧力 \(P\) に反比例する」というものでした。これをボイルの法則と呼びます。
この「反比例する」という関係は、数式で以下のように表現できます。
\[ V \propto \frac{1}{P} \]
比例関係を等式にするためには、比例定数(ここでは \(k_1\) とおきます)を導入します。
\[ V = k_1 \cdot \frac{1}{P} \]
この式の両辺に \(P\) を掛けると、より覚えやすく、応用しやすい形になります。
ボイルの法則:
\[ PV = k_1 \quad (\text{一定}) \]
この式が意味するのは、温度と気体の量が一定である限り、気体の圧力を2倍にすれば体積は正確に1/2に、圧力を1/3にすれば体積は3倍になる、ということです。圧力と体積の積(\(PV\))は、常に同じ値(\(k_1\))を保つのです。
この法則は、ある状態(圧力 \(P_1\), 体積 \(V_1\))から、温度を変えずに別の状態(圧力 \(P_2\), 体積 \(V_2\))へ変化させた場合に、以下の関係式が成り立つことを保証します。
\[ P_1V_1 = P_2V_2 \]
この形は、具体的な問題を解く際に非常に強力なツールとなります。
1.2.2. 法則のミクロな解釈
ボイルの時代には、まだ原子や分子の存在は仮説の段階であり、彼自身がこの法則を分子レベルで説明することはありませんでした。しかし、現代の私たちは、気体分子運動論の視点から、この法則がなぜ成り立つのかを直感的に理解することができます。
- 圧力の起源: 気体の圧力は、無数の気体分子が容器の壁に衝突することによって生じます。圧力の大きさは、単位時間あたりに壁が受ける分子からの力積の総和、すなわち「衝突の頻度」と「一回あたりの衝突の強さ」に依存します。
- 体積の減少: 温度を一定に保ったまま、ピストンを押して気体の体積を半分に圧縮する状況を考えましょう。
- 分子の数密度: 体積が半分になることで、容器内の分子の「数密度」(単位体積あたりの分子数)は2倍になります。
- 衝突頻度の増加: 分子の速さは温度に依存するため、温度が一定ならば分子の平均速さは変わりません。しかし、密度が2倍になったことで、分子が壁に衝突する頻度は単純に2倍になります。
- 圧力の増加: 衝突頻度が2倍になる結果、壁が受ける力の総和、すなわち圧力も2倍になります。
このように、体積を \(1/2\) にすると圧力が \(2\) 倍になるという反比例の関係は、「体積が減ると、分子が壁にぶつかる回数が増えるから」という、非常に明快なミクロな描像によって説明することができるのです。
1.3. グラフによる可視化:P-V図と等温線
物理法則を視覚的に理解するための強力なツールがグラフです。ボイルの法則 \(PV = \text{一定}\) の関係は、縦軸に圧力 \(P\)、横軸に体積 \(V\) をとった「P-V図」上に描くことで、その特徴が一目瞭然となります。
中学校の数学で学んだように、\(xy = \text{一定}\) という反比例のグラフは「双曲線」を描きます。同様に、ボイルの法則に従う気体の状態変化をP-V図にプロットすると、滑らかな双曲線が得られます。
この、温度が一定の条件下での状態変化を示す曲線のことを、特に「等温線 (isotherm)」と呼びます。
P-V図上の等温線は、いくつかの重要な性質を持っています。
- 温度と等温線の位置: 同じ気体でも、温度が異なり、描かれる等温線の位置も変わります。後で学ぶように、温度が高いほど、気体はより大きな圧力または体積を持つことができます。したがって、より高い温度の等温線は、P-V図の原点からより遠い位置(右上側)に描かれます。逆に、温度が低いほど、等温線は原点に近い位置に描かれます。
- 状態変化の表現: 気体の状態は、P-V図上の一つの点で表されます。気体をゆっくり圧縮したり膨張させたりする「準静的」な等温変化は、この等温線に沿って点が移動するプロセスとして表現されます。例えば、点A(\(P_1, V_1\))から点B(\(P_2, V_2\))へ等温圧縮する過程は、同じ双曲線上で左上方向に点が移動する軌跡として描かれます。
ボイルの法則は、熱力学における最初の定量的法則として、その後の気体研究の礎を築きました。そして、P-V図という視覚的ツールは、これから学ぶさまざまな状態変化を統一的に理解し、分析するための不可欠な「地図」となるのです。
2. シャルルの法則と体積・温度の関係
2.1. 熱気球から始まった探求:シャルルとゲイ=リュサック
2.1.1. 時代の空気:モンゴルフィエ兄弟の成功
18世紀後半のフランス。啓蒙思想が花開き、科学への関心が社会全体で高まっていた時代。1783年、モンゴルフィエ兄弟が、火で熱した空気を使った「熱気球」の有人飛行に成功し、パリの空に浮かび上がったことは、人々に熱狂的な興奮をもたらしました。人類が初めて空を飛んだこの歴史的快挙は、科学者たちの探究心にも火をつけました。「なぜ空気を熱すると、気球は浮かび上がるのか?」「気体の体積と熱さ(温度)の間には、どのような関係があるのだろうか?」
この問いに、定量的な実験で答えようとしたのが、フランスの科学者ジャック・シャルルです。彼は発明家としても知られ、モンゴルフィエ兄弟の成功のわずか数日後には、より安全で高性能な「水素ガス気球」を開発して有人飛行を成功させた人物でもあります。彼は気球の開発を通じて、気体の熱膨張という現象に強い関心を持ちました。
2.1.2. 圧力を一定に保つ実験
シャルルは、ボイルの実験が「温度」を一定に保ったのとは対照的に、「圧力」を一定に保った条件で、気体の体積が温度によってどのように変化するかを調べました。
彼の実験は、一端が開いたガラス管に少量の水銀を入れ、一定量の空気を閉じ込めるような形で行われたと考えられています。この装置全体を、温度を変えることができる温浴(水やお湯)に浸します。
- 圧力の一定化: ガラス管を縦に置くと、閉じ込められた空気の圧力は、外部の大気圧と、栓となっている水銀の重さによる圧力の和に等しくなります。実験中、大気圧と水銀の量は変わらないため、空気の圧力は常に一定に保たれます。
- 温度の変化と体積の測定: 温浴の温度を様々に変えながら、そのつど閉じ込められた空気の体積(空気柱の長さ)を測定します。
シャルル自身は、1787年頃にこの法則の基本を発見したものの、その結果を公表しませんでした。この関係が広く知られるようになったのは、1802年に同じくフランスの科学者ジョセフ・ルイ・ゲイ=リュサックが、より精密な実験を行って、この法則を明確な形で発表したことによります。そのため、この法則は「シャルルの法則」と呼ばれることも、「ゲイ=リュサックの法則」と呼ばれることもありますが、高校物理では一般に「シャルルの法則」として知られています。
2.2. 絶対温度へとつながる道:シャルルの法則
2.2.1. 法則の発見と定式化(セルシウス温度を用いた表現)
ゲイ=リュサックらの精密な実験により、以下の事実が明らかになりました。
圧力が一定のとき、一定量の気体の体積は、温度が1℃上昇するごとに、0℃のときの体積の 1/273.15 だけ増加する。
これは、一見すると複雑に見えますが、数式で表現するとその構造が明確になります。
0℃のときの気体の体積を \(V_0\) とし、セルシウス温度 \(t\) [℃] のときの体積を \(V(t)\) とすると、この関係は次のように書けます。
\[ V(t) = V_0 + V_0 \times \frac{t}{273.15} \]
この式を \(V_0\) でくくると、
\[ V(t) = V_0 \left( 1 + \frac{t}{273.15} \right) \]
となります。これがセルシウス温度を用いたシャルルの法則の表現です。この式は、気体の体積 \(V\) が温度 \(t\) の一次関数になっていることを示しています。
2.2.2. 絶対温度の導入:法則の単純化
この \(1/273.15\) という奇妙な分数は、物理学者たちに深遠なインスピレーションを与えました。もし、温度を \(t = -273.15\)℃ まで下げることができたなら、上の式はどうなるでしょうか。
\[ V(-273.15) = V_0 \left( 1 + \frac{-273.15}{273.15} \right) = V_0 (1 – 1) = 0 \]
理論上、気体の体積がゼロになってしまう温度が存在することを示唆しています。これは、Module 1で学んだ、あらゆる熱運動が停止する理論的な下限、「絶対零度」の概念と見事に一致します。
そこで、この絶対零度 \(-273.15\)℃ を新たな基準(ゼロ)とする新しい温度尺度「絶対温度 \(T\)」を導入することを考えます。
\[ T \text{[K]} = t \text{[℃]} + 273.15 \]
この絶対温度 \(T\) を用いて、シャルルの法則を書き換えてみましょう。
まず、セルシウス温度の式を少し変形します。
\[ V(t) = V_0 \left( \frac{273.15 + t}{273.15} \right) \]
ここで、分子の \(273.15 + t\) は絶対温度 \(T\) そのものです。また、\(V_0\) は \(t=0\)℃、すなわち \(T_0 = 273.15\) K のときの体積です。したがって、
\[ V(T) = V_0 \frac{T}{T_0} = \left( \frac{V_0}{T_0} \right) T \]
\(V_0\) と \(T_0\) はどちらも定数なので、その比 \(V_0/T_0\) もまた新しい定数となります。これを \(k_2\) とおくと、シャルルの法則は驚くほどシンプルな形になります。
シャルルの法則(絶対温度を用いた表現):
\[ V = k_2 T \quad \text{または} \quad \frac{V}{T} = k_2 \quad (\text{一定}) \]
この式は、「圧力が一定のとき、一定量の気体の体積 \(V\) は、その絶対温度 \(T\) に比例する」ことを意味します。ボイルの法則が反比例であったのに対し、シャルルの法則は美しい正比例の関係にあるのです。この単純な比例関係は、絶対温度という物理学的に本質的な尺度を導入して初めて現れるものであり、絶対温度の重要性を雄弁に物語っています。
ある状態(体積 \(V_1\), 絶対温度 \(T_1\))から、圧力を変えずに別の状態(体積 \(V_2\), 絶対温度 \(T_2\))へ変化させた場合には、以下の関係式が成り立ちます。
\[ \frac{V_1}{T_1} = \frac{V_2}{T_2} \]
2.3. グラフによる可視化:V-T図と絶対零度
シャルルの法則の関係を、縦軸に体積 \(V\)、横軸に温度をとった「V-T図」上に描いてみましょう。
- 横軸にセルシウス温度 (\(t\)) をとった場合:\(V(t) = V_0 (1 + t/273.15) = (V_0/273.15)t + V_0\) という一次関数のグラフなので、直線になります。この直線を低温側に延長(外挿)していくと、温度が \(t = -273.15\)℃ の点で横軸と交わります。これは、理論上、体積がゼロになる点、すなわち絶対零度を示しています。重要なのは、気体の種類や量を変えても、直線の傾きは変わりますが、必ず -273.15℃ で横軸と交わるという点です。これは、絶対零度が物質の種類によらない普遍的な下限であることを示しています。
- 横軸に絶対温度 (\(T\)) をとった場合:\(V = k_2 T\) という正比例の関係なので、グラフは原点 (\(T=0\) K, \(V=0\)) を通る直線となります。この方が、セルシウス温度を用いたグラフよりもはるかにシンプルで、物理的本質を直感的に捉えることができます。直線の傾き \(k_2\) は、圧力が低いほど、また気体の量が多いほど大きくなります。
この、V-T図上で原点を通る直線になるという性質は、シャルルの法則の視覚的な特徴として、しっかりと理解しておく必要があります。
3. ボイル・シャルルの法則の統合
3.1. 二つの法則から一つの法則へ:科学的統合の思考
科学の進歩は、しばしば、一見すると無関係に見えた個別の現象や法則が、より高い視点から見ると、一つの統一的な原理の異なる側面に過ぎなかった、と明らかになるプロセスを辿ります。熱力学における気体の法則の発展も、その美しい一例です。
私たちは、これまでに二つの重要な経験則を学びました。
- ボイルの法則: 温度 (\(T\)) と気体の量 (\(n\)) が一定のとき、圧力 (\(P\)) と体積 (\(V\)) は反比例する。\[ PV = \text{一定} \quad (\text{at constant } T, n) \]
- シャルルの法則: 圧力 (\(P\)) と気体の量 (\(n\)) が一定のとき、体積 (\(V\)) は絶対温度 (\(T\)) に比例する。\[ \frac{V}{T} = \text{一定} \quad (\text{at constant } P, n) \]
これらは、それぞれ特定の条件下でのみ成り立つ、いわば「条件付きの法則」です。では、圧力、体積、温度がすべて同時に変化するような、より一般的な状況を記述する法則は存在するのでしょうか。ボイルの法則とシャルルの法則を、一つの包括的な法則へと「統合」すること。それが次のステップです。
この統合は、単に数式を組み合わせるパズルではありません。それは、「気体の体積は、一体何によって決まるのか?」という問いに対する、より深い洞察を求めるプロセスです。
- ボイルの法則は「体積は、圧力に反比例して変化する」と教えてくれます (\(V \propto 1/P\))。
- シャルルの法則は「体積は、絶対温度に比例して変化する」と教えてくれます (\(V \propto T\))。
この二つの知見を組み合わせると、「気体の体積は、圧力に反比例し、かつ絶対温度に比例する」という、より一般的な関係性を推測することができます。これを数式で表現すると、
\[ V \propto \frac{T}{P} \]
となります。この比例関係を等式にするために、比例定数 \(k_3\) を導入すると、
\[ V = k_3 \frac{T}{P} \]
この式の両辺に \(P\) を掛け、\(T\) で割ると、見慣れた形が現れます。
3.2. ボイル・シャルルの法則の導出
この直感的な推測が正しいことを、より論理的に導出してみましょう。仮想的な2段階の状態変化を考えるのが、一般的で分かりやすい方法です。
ある一定量の気体が、初期状態A(圧力 \(P_1\), 体積 \(V_1\), 絶対温度 \(T_1\))から、最終状態C(圧力 \(P_2\), 体積 \(V_2\), 絶対温度 \(T_2\))へと変化するプロセスを考えます。
この直接的な変化を、以下のような仮想的な中間状態Bを経由する2段階のプロセスに分解します。
第1段階:状態A → 状態B (等温変化)
- まず、温度を初期温度 \(T_1\) に保ったまま、圧力を \(P_1\) から最終的な圧力 \(P_2\) まで変化させます。
- この過程は等温変化なので、ボイルの法則が適用できます。
- 中間状態Bの圧力を \(P_2\)、体積を \(V’\)、温度を \(T_1\) とすると、ボイルの法則から、\[ P_1 V_1 = P_2 V’ \]が成り立ちます。この式から、中間状態の体積 \(V’\) は、\[ V’ = \frac{P_1 V_1}{P_2} \quad \cdots ① \]と表せます。
第2段階:状態B → 状態C (定圧変化)
- 次に、圧力を \(P_2\) に保ったまま、温度を \(T_1\) から最終的な温度 \(T_2\) まで変化させます。体積は \(V’\) から \(V_2\) に変化します。
- この過程は定圧変化なので、シャルルの法則が適用できます。
- 状態B(体積 \(V’\), 温度 \(T_1\))と状態C(体積 \(V_2\), 温度 \(T_2\))の間に、シャルルの法則を適用すると、\[ \frac{V’}{T_1} = \frac{V_2}{T_2} \quad \cdots ② \]が成り立ちます。
統合
- これで、二つの法則を繋ぐ準備ができました。②の式に、①で求めた \(V’\) の表現を代入します。\[ \frac{1}{T_1} \left( \frac{P_1 V_1}{P_2} \right) = \frac{V_2}{T_2} \]
- この式を整理します。両辺に \(P_2 T_1 T_2\) を掛けると分数が消えますが、ここでは \(P, V\) を左辺に、\(T\) を右辺に集めるように整理してみましょう。\[ \frac{P_1 V_1}{T_1} = \frac{P_2 V_2}{T_2} \]
この最終的な式は、初期状態(添字1)と最終状態(添字2)の間で、\(PV/T\) という量の値が変わらない、すなわち「一定」であることを示しています。
ボイル・シャルルの法則:
\[ \frac{PV}{T} = k_3 \quad (\text{一定}) \]
この法則は、ボイルの法則とシャルルの法則を特別な場合として内包しています。
- もし温度 \(T\) が一定(\(T_1 = T_2\))ならば、\(\frac{P_1 V_1}{T_1} = \frac{P_2 V_2}{T_1}\) となり、分母の \(T_1\) を消去すると \(P_1 V_1 = P_2 V_2\) というボイルの法則が得られます。
- もし圧力 \(P\) が一定(\(P_1 = P_2\))ならば、\(\frac{P_1 V_1}{T_1} = \frac{P_1 V_2}{T_2}\) となり、\(P_1\) を消去して整理すると \(\frac{V_1}{T_1} = \frac{V_2}{T_2}\) というシャルルの法則が得られます。
このように、ボイル・シャルルの法則は、より広く、より一般的な状況を記述できる、一段階上の法則なのです。この「個別の法則を発見し、それらをより普遍的な法則へと統合していく」というプロセスは、物理学だけでなく、あらゆる科学分野における発展の王道と言うことができます。
4. 理想気体の状態方程式の導出
4.1. 最後のピース:気体の「量」とアボガドロの法則
ボイル・シャルルの法則 \(PV/T = \text{一定}\) は、気体の圧力、体積、温度の間の関係を見事に捉えましたが、まだ完成形ではありません。この式の右辺にある「一定」の値は、一体何によって決まるのでしょうか?
同じ1気圧、0℃の条件下でも、10 L のヘリウムガスと 20 L のヘリウムガスでは、明らかに何かが違います。それは気体の「量」です。ボイル・シャルルの法則の「一定」の値は、この気体の量に関係しているはずです。この最後のピースをはめ、気体の法則を完成させたのが、イタリアの科学者アメデオ・アボガドロの洞察でした。
1811年、アボガドロは、気体反応の実験結果などを基に、次のような画期的な仮説を提唱しました。
アボガドロの法則:
同じ温度、同じ圧力のもとでは、同じ体積のすべての種類の気体は、同じ数の分子を含む。
これは、当時としては非常に大胆な仮説でした。気体の種類(水素、酸素、窒素など)によって、分子の大きさや質量は全く異なるはずなのに、それに関係なく、同じ体積には同じ数の分子が入っている、というのです。この法則は、後に気体分子運動論によって理論的な裏付けが与えられ、現在では物理学の基本法則の一つとされています。
この法則を、私たちが今考えている問題に適用してみましょう。
アボガドロの法則は、言い換えれば「温度と圧力が一定のとき、気体の体積 \(V\) は、そこに含まれる分子の数、すなわち物質量 \(n\)
[mol] に比例する」ことを意味します。
\[ V \propto n \quad (\text{at constant } T, P) \]
4.2. すべての法則の統合:状態方程式へ
さあ、すべてのピースが揃いました。ボイル・シャルルの法則とアボガドロの法則を統合し、熱力学における最も重要な方程式の一つを導出しましょう。
-
ボイル・シャルルの法則の再訪:
\[ \frac{PV}{T} = k_3 \quad (\text{一定}) \]
この式の意味は、「一定量の気体」にとっては、\(PV/T\) が定数になる、ということです。
-
アボガドロの法則の導入:
では、気体の量、つまり物質量 \(n\) [mol] を2倍にしたら、この定数 \(k_3\) はどうなるでしょうか?
温度と圧力を一定に保ったまま、物質量を \(n\) から \(2n\) に増やすと、アボガドロの法則により、体積 \(V\) は \(2V\) になります。
このときの \(PV/T\) の値を計算してみると、
\[ \frac{P (2V)}{T} = 2 \left( \frac{PV}{T} \right) = 2k_3 \]
となり、元の値の2倍になります。
-
比例関係の発見:
同様に、物質量を3倍にすれば \(PV/T\) の値は3倍に、\(n\) 倍にすれば \(n\) 倍になります。このことから、ボイル・シャルルの法則における「一定値 \(k_3\)」は、気体の物質量 \(n\) に比例することがわかります。
\[ k_3 \propto n \]
-
普遍気体定数Rの導入:
この比例関係を等式にするために、新しい比例定数を導入します。この比例定数は、気体の種類(水素、酸素、ヘリウムなど)によらない、宇宙のどこでも成り立つ普遍的な定数であることが実験的に確かめられています。これを普遍気体定数 (universal gas constant) と呼び、記号 \(R\) で表します。
\[ k_3 = nR \]
-
状態方程式の完成:
この \(k_3 = nR\) を、ボイル・シャルルの法則 \(PV/T = k_3\) に代入します。
\[ \frac{PV}{T} = nR \]
最後に、この式の分母を払って、最も標準的な形に整理します。
理想気体の状態方程式 (Ideal Gas Law):
\[ PV = nRT \]
これが、ボイルの法則、シャルルの法則、アボガドロの法則という、3つの偉大な経験則を一つの数式の下に統合した、金字塔的な方程式です。
4.3. 状態方程式が持つ意味
この方程式は、単なる数式の寄せ集めではありません。それは、理想気体というモデルの「状態」を完全に記述する、驚くべき力を持っています。
-
状態量の完全な束縛: 気体のマクロな状態を記述する4つの主要な変数、圧力 (\(P\))、体積 (\(V\))、物質量 (\(n\))、絶対温度 (\(T\)) のうち、3つを決めれば、残りの1つは自動的に、そして一意に決まることを、この方程式は示しています。例えば、容器の体積、入っている気体の量、そしてその温度が分かっていれば、その気体が示す圧力は、計算によって完全に予測できるのです。
-
熱力学の羅針盤: 気体が、ある状態1(\(P_1, V_1, n_1, T_1\))から別の状態2(\(P_2, V_2, n_2, T_2\))へ変化する、あらゆるプロセスを考える上で、この方程式は常に成り立ちます。
\[ P_1V_1 = n_1RT_1 \quad \text{and} \quad P_2V_2 = n_2RT_2 \]
この関係は、熱力学の問題を解く上で、常に立ち返るべき不動の出発点、まさに羅針盤のような役割を果たします。特に、密閉容器に入った一定量の気体(\(n_1 = n_2\))の状態変化を考える場合は、
\[ \frac{P_1V_1}{T_1} = nR \quad \text{and} \quad \frac{P_2V_2}{T_2} = nR \]
から、ボイル・シャルルの法則 \(\frac{P_1V_1}{T_1} = \frac{P_2V_2}{T_2}\) が直ちに導かれます。
理想気体の状態方程式は、熱力学の学習における最初の、そして最も重要な到達点の一つです。この方程式の導出過程を理解し、その物理的な意味を深く把握することが、今後のより複雑なトピック(熱力学第一法則、熱効率など)を理解するための鍵となります。
5. 気体定数の物理的意味と単位
5.1. 普遍気体定数Rとは何か
理想気体の状態方程式 \(PV=nRT\) に現れる定数 \(R\) は、普遍気体定数 (universal gas constant) と呼ばれます。その名の通り、この定数はヘリウム、窒素、二酸化炭素といった気体の種類によらず、また、地球上であろうと遠い星の内部であろうと、あらゆる理想気体に対して共通の、普遍的な値をとります。この普遍性は、物理法則の美しさと強力さの象徴です。
実験的に定められた \(R\) の値は、用いる単位系によって異なりますが、国際単位系(SI)では以下のようになります。
\[ R \approx 8.314 , \text{J/(mol·K)} \]
大学受験の物理では、問題の指示に応じて 8.3 J/(mol·K) や 8.31 J/(mol·K) という値が使われます。この数値を覚えることも大切ですが、より重要なのは、この \(R\) が物理的に何を意味しているのか、そしてその単位「J/(mol·K)」が何を表しているのかを深く理解することです。
5.2. 気体定数Rの物理的解釈
気体定数 \(R\) の物理的な意味は、いくつかの異なる角度から解釈することができます。
5.2.1. 解釈1:気体が膨張してする「仕事」との関係
状態方程式 \(PV=nRT\) の左辺 \(PV\) の単位を考えてみましょう。圧力 \(P\) の単位は [N/m²]、体積 \(V\) の単位は [m³] です。したがって、その積の単位は、
\[ [P] \times [V] = \left[\frac{\text{N}}{\text{m}^2}\right] \times [\text{m}^3] = [\text{N·m}] \]
力 [N] × 距離 [m] の単位 [N·m] は、力学で学んだ通り、「仕事」や「エネルギー」の単位であり、これは「ジュール [J]」に等しいです。つまり、状態方程式の左辺 \(PV\) は、エネルギーの次元を持っているのです。
このことから、右辺の \(nRT\) もまた、エネルギーの次元を持つはずです。この視点から、気体定数 \(R\) の単位「J/(mol·K)」を読み解いてみましょう。
\(R\) [J/(mol·K)] とは、「1 mol の理想気体の温度を 1 K 上昇させたときに、\(nRT\) というエネルギーがどれだけ増加するか」を表す量である。
さらに、このエネルギーは、気体が膨張して外部にする仕事と密接に関連しています。例えば、圧力を一定に保ったまま気体を加熱する「定圧膨張」を考えます。温度を \(\Delta T\) だけ上昇させると、気体は膨張してピストンを押し、外部に対して仕事をします。このとき、気体が外部にする仕事 \(W\) は \(P\Delta V\) で表され、状態方程式から \(P\Delta V = nR\Delta T\) となることが導かれます。
この関係から、気体定数 \(R\) は、1 mol の気体を定圧下で 1 K 温めたときに、その気体が膨張して外部にする仕事量に相当する、と解釈することもできます。つまり、\(R\) は、熱エネルギーが仕事へと変換される際の、気体の性質を特徴づける重要な係数なのです。
5.2.2. 解釈2:ミクロとマクロを繋ぐ橋渡し
より根源的な視点に立つと、普遍気体定数 \(R\) は、さらに基本的な二つの定数によって結びつけられています。
-
ボルツマン定数 (Boltzmann constant, \(k_B\)): 気体分子1個あたりの熱エネルギーの尺度を表す、ミクロな世界の極めて重要な定数です。\(k_B \approx 1.38 \times 10^{-23}\) J/K。絶対温度 \(T\) の気体分子1個が持つ平均の運動エネルギーは、\((3/2)k_B T\) のように、このボルツマン定数を使って表されます。
-
アボガドロ定数 (Avogadro constant, \(N_A\)): 1 mol というマクロな量の集団に、どれだけの数の粒子(分子)が含まれているかを示す定数です。\(N_A \approx 6.02 \times 10^{23}\) /mol。
この二つの定数を用いると、普遍気体定数 \(R\) は、次のように表されます。
\[ R = N_A k_B \]
この式の意味を考えてみましょう。
-
\(k_B\) [J/K] は、「分子1個」を 1 K 温めることに関係するエネルギーの尺度。
-
\(N_A\) [/mol]
は、「1 mol あたり」に含まれる分子の数。
したがって、これらの積である \(R\) の単位は、
\[ [R] = [N_A] \times [k_B] = \left[\frac{1}{\text{mol}}\right] \times \left[\frac{\text{J}}{\text{K}}\right] = \left[\frac{\text{J}}{\text{mol·K}}\right] \]
となり、\(R\) の単位と一致します。
この関係式は、普遍気体定数 \(R\) が、ミクロな世界の物理法則を支配するボルツマン定数 \(k_B\) を、人間が扱いやすいマクロな単位である「モル (mol)」の世界に換算するための、スケール変換係数であることを示しています。
\(PV=nRT\) というマクロな世界の法則と、気体分子運動論というミクロな世界の理論は、この \(R = N_A k_B\) という関係を通じて、深く結びついているのです。
5.3. 単位「J/(mol·K)」の分解
最後に、単位 \(R \approx 8.31\) J/(mol·K) の意味を、もう一度分解して理解しておきましょう。この単位は、分数として読むことができます。
\[ \frac{8.31 , \text{J}}{\text{mol} \cdot \text{K}} \]
これは、以下のことを意味しています。
「1 mol の理想気体があり、その温度が 1 K であるとき、その気体が持つ \(PV\) や \(nRT\) で表されるエネルギー的なポテンシャルは 8.31 J である」
あるいは、
「1 mol の理想気体の温度を 1 K 上昇させるごとに、そのエネルギー状態は 8.31 J ずつ変化する」
このように、気体定数 \(R\) は、単なる方程式の帳尻を合わせるための数字ではありません。それは、気体の熱的な振る舞いのスケールを定め、マクロな現象とミクロな分子運動とを結びつけ、エネルギー変換の大きさを規定する、物理的に極めて深い意味を持った定数なのです。この理解が、熱力学をより本質的なレベルで捉えるための鍵となります。
6. 状態方程式における各変数の単位系の統一
6.1. 公式を機能させるための「お作法」
理想気体の状態方程式 \(PV=nRT\) は、そのシンプルさと普遍性において、物理学における最も美しい方程式の一つです。しかし、この方程式を実際の計算問題で正しく機能させるためには、厳格に守らなければならない「お作法」が存在します。それが、方程式に代入するすべての物理量の単位を、一貫した単位系に揃えるということです。
このお作法を無視すると、たとえ公式を正しく覚えていても、計算結果は全く意味のない、誤ったものになってしまいます。特に、気体定数 \(R \approx 8.31\) J/(mol·K) を用いる場合は、他のすべての物理量を**国際単位系(SI)**に統一することが絶対的なルールとなります。
なぜなら、\(R\) の値 8.31 は、圧力にパスカル [Pa]、体積に立方メートル [m³] などを代入することを前提として導出された数値だからです。異なる単位(例えば、体積にリットル [L])をそのまま代入することは、リンゴとミカンを足し算するようなもので、数学的に許されません。
熱力学の計算で高得点を安定して取るためには、この単位換算を、意識せずとも自動的に行えるレベルまで習熟することが不可欠です。
6.2. SI単位系への統一ルール
状態方程式 \(PV=nRT\) の計算を行う前に、必ず以下のSI基本単位にすべての値が変換されているかを確認してください。
物理量 記号 SI単位(読み方) 記号 圧力 \(P\) パスカル Pa 体積 \(V\) 立方メートル m³ 物質量 \(n\) モル mol 絶対温度 \(T\) ケルビン K 気体定数 \(R\) ジュール毎モル毎ケルビン J/(mol·K) この中で、特に注意が必要で、換算が必要になることが多いのは圧力 (\(P\)) と 体積 (\(V\)) です。
6.3. 実践的単位換算ガイド
6.3.1. 圧力 (Pressure) の換算
問題文では、圧力はしばしば「気圧 (atm)」で与えられます。
- 1気圧 (atm): 標準大気圧 (1 standard atmosphere) のことで、海面上で我々が通常受けている空気の圧力に相当します。
- 換算関係: パスカル(Pa)への換算は、以下の関係式を用います。\[ 1 , \text{atm} = 1.013 \times 10^5 , \text{Pa} \]\(1 , \text{Pa} = 1 , \text{N/m}^2\) であることも思い出しておきましょう。
- 近似値: 大学受験の計算では、しばしば \(1.0 \times 10^5\) Pa という近似値が用いられます。問題文に「1.0 atm = \(1.0 \times 10^5\) Pa とする」といった指示がある場合は、それに従ってください。
例: 2.0 atm の圧力を Pa に変換する。
\[ P = 2.0 , \text{atm} \times (1.013 \times 10^5 , \text{Pa/atm}) = 2.026 \times 10^5 , \text{Pa} \]
6.3.2. 体積 (Volume) の換算
体積で最もよく使われる非SI単位は「リットル (L)」です。また、「立方センチメートル (cm³)」や「ミリリットル (mL)」も頻出します。これらの立方メートル (m³) への換算は、空間的なイメージと共に完璧にマスターする必要があります。
基本となる考え方:
1 m とは 100 cm のことです。したがって、1 m³ とは、「一辺が 1 m (= 100 cm) の立方体」の体積です。
\[ 1 , \text{m}^3 = (100 , \text{cm}) \times (100 , \text{cm}) \times (100 , \text{cm}) = 1,000,000 , \text{cm}^3 = 10^6 , \text{cm}^3 \]
リットル (L) との関係:
リットルの定義は「一辺が 10 cm の立方体の体積」です。
\[ 1 , \text{L} = (10 , \text{cm})^3 = 1000 , \text{cm}^3 \]
また、\(1 , \text{cm}^3 = 1 , \text{mL}\) なので、\(1 , \text{L} = 1000 , \text{mL}\) です。
m³ と L の換算:
上記の二つの関係から、
\[ 1 , \text{m}^3 = 1000 \times (1000 , \text{cm}^3) = 1000 \times (1 , \text{L}) = 10^3 , \text{L} \]
が導かれます。逆に、リットルを立方メートルに変換する場合は、
\[ 1 , \text{L} = \frac{1}{1000} , \text{m}^3 = 10^{-3} , \text{m}^3 \]
となります。これは最重要の換算式です。
換算まとめ:
- \(1 , \text{L} = 10^{-3} , \text{m}^3\)
- \(1 , \text{cm}^3 = 10^{-6} , \text{m}^3\) (\(\because 1 , \text{cm}^3 = 1 , \text{mL} = 10^{-3} , \text{L} = 10^{-6} , \text{m}^3\))
例: 8.3 L の体積を m³ に変換する。
\[ V = 8.3 , \text{L} \times (10^{-3} , \text{m}^3/\text{L}) = 8.3 \times 10^{-3} , \text{m}^3 \]
6.3.3. 温度 (Temperature) の換算
これは Module 1 で学びましたが、改めて徹底します。温度は必ず**絶対温度(ケルビン, K)**を用います。セルシウス度 (℃) で与えられた場合は、必ず以下の変換を行ってください。
\[ T \text{[K]} = t \text{[℃]} + 273.15 \quad (\text{近似的に } 273 \text{ を使うことが多い}) \]
6.4. 単位換算を怠った場合のエラー例
問題: 27℃、1.0 atm で 2.0 mol の理想気体が占める体積 [L] はいくらか。ただし \(R=8.3\) J/(mol·K), 1.0 atm = \(1.0 \times 10^5\) Pa とする。
【誤った計算例】
状態方程式 \(V = nRT/P\) に、与えられた値をそのまま代入してしまう。
\[ V = \frac{2.0 \times 8.3 \times 27}{1.0} = 448.2 \quad (\text{← 全く意味のない数値}) \]
温度に27を、圧力に1.0を代入した時点で、計算は破綻しています。
【正しい計算プロセス】
- 単位の統一: まず、すべての値をSI単位系に変換する。
- \(n = 2.0\) mol (OK)
- \(R = 8.3\) J/(mol·K) (OK)
- \(T = 27 \text{℃} + 273 = 300\) K (変換!)
- \(P = 1.0 \text{ atm} = 1.0 \times 10^5\) Pa (変換!)
- 状態方程式で体積 \(V\) [m³] を計算:\[ V = \frac{nRT}{P} = \frac{2.0 \times 8.3 \times 300}{1.0 \times 10^5} \]\[ V = \frac{4980}{10^5} = 4980 \times 10^{-5} = 4.98 \times 10^{-2} , \text{m}^3 \]この時点で答えはSI単位の m³ で得られます。
- 最終的な単位への換算: 問題は体積をリットル [L] で尋ねているので、最後に単位を変換します。\(1 , \text{m}^3 = 10^3 , \text{L}\) なので、\[ V = (4.98 \times 10^{-2}) , \text{m}^3 \times (10^3 , \text{L}/\text{m}^3) = 4.98 \times 10^1 , \text{L} = 49.8 , \text{L} \]
答え: 49.8 L
このように、計算のコアとなる部分はすべてSI単位系で行い、最後の最後で問題が要求する単位に変換する、という手順を踏むことが、ミスをなくし、安定して正解にたどり着くための最も確実な方法です。単位換算は、熱力学における計算の「準備運動」であり、この運動を怠れば、本番の競技で必ず失敗します。常に単位を意識する癖をつけましょう。
7. 理想気体のモデル化とその適用限界
7.1. 「理想」とは何か?:物理におけるモデル化
物理学は、複雑で多様な自然現象を、できるだけ少ない単純な法則で説明しようと試みる学問です。そのために、物理学者はしばしば「モデル化」という強力な手法を用います。モデル化とは、現実の複雑な対象から、現象の本質に関わらない些細な要素を意図的に無視・単純化し、数学的に扱いやすい理想的な状況を設定することです。
力学で物体を「質点」(大きさと形を無視)や「剛体」(変形を無視)として扱ったように、熱力学においても、現実の気体の振る舞いを理解するために「理想気体 (ideal gas)」というモデルを構築します。理想気体の状態方程式 \(PV=nRT\) は、このモデルに対して厳密に成り立つ法則です。
このモデルがどのような「理想化」、すなわち、どのような仮定に基づいているのかを理解することは、その法則がなぜうまく機能するのか、そして、どのような条件下では現実からずれてしまうのか(適用限界)を知る上で、極めて重要です。
理想気体モデルは、主に以下の二つの大胆な仮定に基づいています。
仮定1:分子自身の体積はゼロとみなす
- 内容: 気体分子は、大きさを持たない「質点」として扱います。つまり、分子一つひとつの体積は、気体全体が占める容器の体積に比べて、無視できるほど小さいと仮定します。
- 意味: この仮定により、気体の体積 \(V\) とは、純粋に「分子が運動できる空間の広さ」そのものである、と考えることができます。もし分子に大きさがあれば、分子が運動できる空間は、容器の体積から分子自身の体積の合計を引いたものになり、話が複雑になってしまいます。
仮定2:分子間力は働かないとみなす
- 内容: 気体分子の間には、互いに引き合ったり、反発しあったりする力(ファンデルワールス力などの分子間力)が、一切働かないものと仮定します。
- 意味: 分子たちは、他の分子の存在を全く気にせず、独立に運動します。彼らが相互作用するのは、他の分子や容器の壁と衝突する瞬間だけです。この仮定により、気体の「内部エネルギー」(後に詳しく学ぶ)は、分子の運動エネルギーの総和だけで決まる、という非常にシンプルな扱いが可能になります。もし分子間力があれば、分子間の距離によって変化するポテンシャルエネルギーも考慮しなければならず、これもまた話が複雑になります。
7.2. 理想気体モデルがうまく機能する条件
これら二つの仮定は、現実の気体(実在気体)においては、明らかに成り立っていません。現実の分子には有限の大きさがあり、分子間力も確かに存在します。にもかかわらず、多くの場合において、理想気体の状態方程式は、現実の気体の振る舞いを驚くほど正確に予測することができます。それはなぜでしょうか。
それは、高温・低圧の条件下では、これら二つの仮定が非常に良い近似として成立するからです。
- 低圧の条件: 圧力が低いということは、容器の体積が非常に大きいか、あるいは気体の分子数が少ないことを意味します。どちらの場合も、分子一つあたりが使える空間が広大になります。
- 分子の体積の無視: 広大な空間に分子がまばらに存在しているため、分子自身の体積の合計は、容器全体の体積に比べて、相対的に全く問題にならないほど小さくなります。(仮定1が成立しやすい)
- 分子間力の無視: 分子間の平均距離が非常に大きくなるため、分子同士が近づいて互いに力を及ぼし合う機会がほとんどなくなります。(仮定2が成立しやすい)
- 高温の条件: 温度が高いということは、気体分子が持つ平均の運動エネルギーが非常に大きいことを意味します。
- 分子間力の無視: たとえ分子同士がすれ違ったとしても、その運動エネルギーが分子間に働くわずかな引力よりもはるかに大きいため、分子はその引力を「振り切って」しまい、軌道はほとんど影響を受けません。分子間力の影響は、相対的に無視できるほど小さくなります。(仮定2が成立しやすい)
このように、「分子がまばらで、元気に飛び回っている」状態、すなわち高温・低圧の環境下では、現実の気体は限りなく理想気体に近い振る舞いをするのです。私たちが日常的に経験する空気(常温・常圧)は、この条件を十分に満たしているため、理想気体の法則が良い近似として成り立ちます。
7.3. モデルの破綻:実在気体とのずれ
逆に、理想気体のモデルが破綻し、現実の気体とのずれが顕著になるのは、仮定が成り立たなくなる低温・高圧の条件下です。
- 高圧の条件: 圧力を非常に高くすると、気体は小さな体積に無理やり押し込められます。
- 分子の体積の影響: 分子が密集してくるため、分子自身の体積が、容器の体積に対して無視できなくなります。気体が運動できる「真の空間」は、容器の体積 \(V\) よりも小さくなります。この効果により、実在気体の体積は、同じ条件の理想気体が示す体積よりも大きくなる傾向があります(反発力が効いて縮みにくくなる)。
- 分子間力の影響: 分子間の平均距離が小さくなるため、分子間引力が無視できなくなります。分子同士が引き合うことで、壁への衝突の勢いが弱められ、圧力が理想気体の場合よりも低くなる傾向があります。
- 低温の条件: 温度を非常に低くすると、分子の平均運動エネルギーが小さくなります。
- 分子間力の影響: 分子の運動エネルギーが小さくなると、分子同士がすれ違う際に、分子間引力によって「捕らえられ」やすくなります。これにより、分子の自由な運動が妨げられ、圧力が理想気体の場合よりも顕著に低下します。さらに温度を下げると、分子間引力が運動エネルギーに打ち勝ち、分子は互いに凝集して液体や固体へと状態変化(相転移)します。これは、分子間力を完全に無視した理想気体モデルでは、決して起こりえない現象です。
このように、理想気体の状態方程式は万能ではなく、その適用には限界があることを理解しておくことは、物理現象をより深く、そして批判的に見る上で重要です。
オランダの物理学者ファン・デル・ワールスは、この分子自身の体積(反発力)と分子間力(引力)の効果を取り入れて、理想気体の状態方程式を補正した、より現実に近い「ファン・デル・ワールスの状態方程式」を提唱しました。
\[ \left( P + a\frac{n^2}{V^2} \right) (V – nb) = nRT \]
ここで、\(a\) の項が分子間力による圧力の補正、\(b\) の項が分子自身の体積による体積の補正を表します。この式は大学レベルの内容ですが、物理学者がどのようにしてモデルを改良し、より現実に近づけていくかを示す良い例と言えるでしょう。
8. 混合気体における分圧の法則(ドルトンの法則)
8.1. 複数の気体が共存する状況
これまでは、単一種類の気体の振る舞いについて考えてきました。しかし、私たちの身の回りにある空気のように、現実の気体は多くの場合、複数の異なる種類の気体が混ざり合った「混合気体」です。例えば、乾燥空気は、体積比で約78%の窒素 (\(N_2\))、約21%の酸素 (\(O_2\))、約1%のアルゴン (Ar)、そしてごく微量の二酸化炭素 (\(CO_2\)) などから構成されています。
このような混合気体の全体の圧力は、個々の成分気体の性質とどのように関係しているのでしょうか。この問いに、シンプルで強力な答えを与えてくれるのが、「ドルトンの分圧の法則」です。
8.2. 分圧の定義とドルトンの法則
8.2.1. 分圧とは何か?
まず、「分圧 (partial pressure)」という概念を正確に定義します。
ある混合気体を考えます。この混合気体と同じ体積 (\(V\))、同じ絶対温度 (\(T\)) の容器に、混合気体に含まれる成分気体の一つだけを単独で入れたと仮定したときに、その成分気体が示すであろう圧力。これを、その成分気体の「分圧」と呼びます。
例えば、空気(窒素と酸素の混合気体とします)が入った容器があるとします。
- この容器から酸素をすべて取り除き、窒素だけを残したときに窒素が示す圧力が、「窒素の分圧」です。
- 逆に、窒素をすべて取り除き、酸素だけを残したときに酸素が示す圧力が、「酸素の分圧」です。
8.2.2. ドルトンの法則
19世紀初頭、イギリスの化学者ジョン・ドルトンは、多数の実験を通じて、混合気体の圧力に関して、以下のような極めて単純な法則が成り立つことを発見しました。
ドルトンの分圧の法則:
混合気体の全圧 (\(P_{total}\)) は、その混合気体を構成する各成分気体の分圧 (\(P_1, P_2, P_3, \dots\)) の総和に等しい。
数式で表すと、以下のようになります。
\[ P_{total} = P_1 + P_2 + P_3 + \dots = \sum_{i} P_i \]
この法則は、理想気体のモデルに基づけば、直感的に理解することができます。理想気体では、分子の種類に関わらず、すべての分子は独立に運動し、分子間力は働かないと仮定されています。したがって、容器の壁への圧力は、単にそこにある全種類の分子が壁に衝突することによって生じる圧力の合計になると考えられます。窒素分子が壁を押す圧力と、酸素分子が壁を押す圧力を、単純に足し合わせれば、それが全体の圧力になる、というわけです。これは、混合気体中の各成分気体は、あたかも他の種類の気体が存在しないかのように、独立して振る舞うことを意味しています。
8.3. 分圧とモル分率の関係
ドルトンの法則は、分圧を計算するための別の強力な関係式を導きます。
体積 \(V\)、絶対温度 \(T\) の容器に、\(n_1\) mol の成分気体1、\(n_2\) mol の成分気体2、… が入った混合気体を考えます。
- 各成分気体の分圧:成分気体1だけをこの容器に入れたと考えると、その分圧 \(P_1\) は、理想気体の状態方程式から、\[ P_1V = n_1RT \quad \implies \quad P_1 = \frac{n_1RT}{V} \]同様に、成分気体2の分圧 \(P_2\) は、\[ P_2 = \frac{n_2RT}{V} \]となります。
- 混合気体の全圧:混合気体の全分子数は、\(n_{total} = n_1 + n_2 + \dots = \sum n_i\) です。したがって、混合気体全体の全圧 \(P_{total}\) は、\[ P_{total}V = n_{total}RT \quad \implies \quad P_{total} = \frac{n_{total}RT}{V} \]となります。
この関係を使って、分圧と全圧の比を計算してみましょう。成分気体1の分圧 \(P_1\) を全圧 \(P_{total}\) で割ってみます。
\[ \frac{P_1}{P_{total}} = \frac{n_1RT/V}{n_{total}RT/V} \]
この式では、\(RT/V\) の項が分子と分母で共通なので、きれいに消去できます。
\[ \frac{P_1}{P_{total}} = \frac{n_1}{n_{total}} \]
ここで、右辺の \(n_1/n_{total}\) は、全物質量に対する成分1の物質量の比率であり、これを成分1の「モル分率 (mole fraction)」と呼び、\(x_1\) と書くことがあります。
\[ x_1 = \frac{n_1}{n_1 + n_2 + \dots} \]
したがって、分圧に関して以下の非常に重要な関係式が成り立ちます。
ある成分気体の分圧は、混合気体の全圧に、その成分気体のモル分率を掛けたものに等しい。
\[ P_i = x_i P_{total} \]
この関係式は、混合気体の組成(各成分の物質量の比率)がわかっていれば、全圧から各成分の分圧を、あるいはその逆を簡単に計算できることを示しており、極めて実用的です。
例:空気の分圧
空気の組成が窒素80%、酸素20%(モル分率で \(x_{N_2}=0.8, x_{O_2}=0.2\))の混合気体であるとします。大気圧(全圧)が \(1.0 \times 10^5\) Pa であるとき、窒素と酸素の分圧はそれぞれ、
- 窒素の分圧: \(P_{N_2} = x_{N_2} P_{total} = 0.8 \times (1.0 \times 10^5 , \text{Pa}) = 0.8 \times 10^5 , \text{Pa}\)
- 酸素の分圧: \(P_{O_2} = x_{O_2} P_{total} = 0.2 \times (1.0 \times 10^5 , \text{Pa}) = 0.2 \times 10^5 , \text{Pa}\)
と計算できます。もちろん、これらの和は \(0.8 \times 10^5 + 0.2 \times 10^5 = 1.0 \times 10^5\) Pa となり、全圧に等しく、ドルトンの法則が満たされていることが確認できます。
9. 気体の状態変化とグラフ(P-V, P-T, V-T)
9.1. 状態変化を視覚的に捉える
気体の状態は、圧力 \(P\)、体積 \(V\)、絶対温度 \(T\) といった状態量の組によって決まります。これらの変数のうち、一つを固定し、他の二つの関係をプロットしたグラフは、気体の状態やその変化を視覚的に理解するための非常に強力なツールです。特に重要なのが、P-V図、V-T図、P-T図の3種類です。
これらのグラフを自在に読み解き、相互に変換できるようになることは、熱力学の問題解決能力を飛躍的に向上させます。特に P-V図 は、後の Module 4 で学ぶ「気体がする仕事」がグラフ上の面積として表現されるため、最重要のグラフとなります。
9.2. 基本的な状態変化とそのグラフ上の表現
気体の状態変化のうち、最も基本的な4つのプロセス(定積変化、定圧変化、等温変化、断熱変化)が、それぞれのグラフ上でどのような軌跡を描くかを見ていきましょう。(断熱変化については、Module 6 で詳しく学びますが、ここではその概形だけを紹介します。)
9.2.1. 定積変化 (Isochoric Process)
定義: 体積 \(V\) を一定に保ったまま、気体を加熱または冷却するプロセス。
関係式: \(V = \text{一定}\)。状態方程式 \(PV=nRT\) から、\(P = (nR/V)T\) となり、圧力 \(P\) は絶対温度 \(T\) に比例します。これは、シャルルの法則を圧力の視点から見たもので、ゲイ=リュサックの法則とも呼ばれます。
- P-V図: 体積 \(V\) が一定なので、グラフは y軸に平行な直線(垂直な線分) となります。
- 加熱(\(T\) が増加)すると、圧力 \(P\) が増加するため、点は上向きに移動します。
- 冷却(\(T\) が減少)すると、圧力 \(P\) が減少するため、点は下向きに移動します。
- V-T図: 体積 \(V\) が一定なので、グラフは x軸に平行な直線(水平な線分) となります。
- P-T図: \(P\) と \(T\) が比例関係にあるため、グラフは原点を通る直線の一部となります。
9.2.2. 定圧変化 (Isobaric Process)
定義: 圧力 \(P\) を一定に保ったまま、気体を加熱または冷却するプロセス。
関係式: \(P = \text{一定}\)。シャルルの法則そのものであり、体積 \(V\) は絶対温度 \(T\) に比例します。
- P-V図: 圧力 \(P\) が一定なので、グラフは x軸に平行な直線(水平な線分) となります。
- 加熱(\(T\) が増加)すると、体積 \(V\) が増加するため、点は右向きに移動します。
- 冷却(\(T\) が減少)すると、体積 \(V\) が減少するため、点は左向きに移動します。
- V-T図: \(V\) と \(T\) が比例関係にあるため(シャルルの法則)、グラフは原点を通る直線の一部となります。
- P-T図: 圧力 \(P\) が一定なので、グラフは y軸に平行な直線(垂直な線分) となります。
9.2.3. 等温変化 (Isothermal Process)
定義: 温度 \(T\) を一定に保ったまま、気体を圧縮または膨張させるプロセス。
関係式: \(T = \text{一定}\)。ボイルの法則そのものであり、圧力 \(P\) と体積 \(V\) は反比例します (\(PV = \text{一定}\))。
- P-V図: \(P\) と \(V\) が反比例関係にあるため(ボイルの法則)、グラフは双曲線となります。この曲線を等温線と呼びます。
- 膨張(\(V\) が増加)すると、圧力 \(P\) が減少するため、点は曲線に沿って右下に移動します。
- 圧縮(\(V\) が減少)すると、圧力 \(P\) が増加するため、点は曲線に沿って左上に移動します。
- V-T図: 温度 \(T\) が一定なので、グラフは y軸に平行な直線(垂直な線分) となります。
- P-T図: 温度 \(T\) が一定なので、グラフは x軸に平行な直線(水平な線分) となります。
9.2.4. 断熱変化 (Adiabatic Process)
定義: 外部との熱のやり取りを遮断した状態で、気体を圧縮または膨張させるプロセス。
関係式: \(Q=0\)。このとき、\(PV^\gamma = \text{一定}\) という関係(ポアソンの法則)が成り立ちます。ここで \(\gamma\)(ガンマ)は比熱比と呼ばれる1より大きい定数です。
- P-V図: \(P \propto 1/V^\gamma\) となり、等温変化の \(P \propto 1/V\) よりも、体積変化に対する圧力変化が急峻になります。したがって、グラフは等温線よりも傾きが急な曲線を描きます。
- 断熱圧縮: 気体を圧縮すると、外部から仕事をされ、内部エネルギーが増加するため、温度が上昇します。グラフ上では、ある等温線から、それより高温の等温線へと乗り移るように、急なカーブを描いて左上に移動します。
- 断熱膨張: 気体が膨張して外部に仕事をすると、内部エネルギーを消費するため、温度が下降します。グラフ上では、ある等温線から、それより低温の等温線へと乗り移るように、急なカーブを描いて右下に移動します。
9.3. グラフの読み解きと相互変換
熱力学の問題では、あるプロセス(例えば、A→B→C→Aというサイクル)が P-V図で与えられ、それを V-T図に書き換えさせるといった問題が頻出します。このような問題に対応するには、以下の思考プロセスが有効です。
- 頂点の状態量を特定する: サイクルを構成する各頂点(A, B, C, …)について、グラフから読み取れる \(P, V, T\) の値を特定します。もし未知数があれば、状態方程式 \(PV=nRT\) を使って求めます。
- 各辺のプロセスを特定する: 各頂点を結ぶ辺(A→B, B→C, …)が、上記の4つの基本変化(定積、定圧、等温、断熱)のどれに該当するかを、グラフの形状から判断します。
- 変換先のグラフに点をプロットする: 変換先のグラフ(例えばV-T図)の座標軸をとり、ステップ1で特定した各頂点の状態量(この場合は \(V\) と \(T\))に対応する点をプロットします。
- 点を結び、軌跡を描く: ステップ2で特定したプロセスの種類に応じて、プロットした点を適切な線(直線、原点を通る直線など)で結びます。このとき、変化の方向(矢印)を忘れずに記入します。
この作業を正確に行うには、4つの基本変化がそれぞれのグラフでどのような形状になるかを、完全に記憶し、瞬時に引き出せるようにしておく必要があります。
10. 状態方程式を用いた未知数の計算
10.1. 計算問題の分類とアプローチ
理想気体の状態方程式 \(PV=nRT\) は、具体的な数値を計算する問題において、その真価を発揮します。計算問題は、その構造によっていくつかのパターンに分類できます。適切なアプローチを選択することで、問題を効率的かつ正確に解くことができます。
パターン1:ある一つの状態における未知数の計算
- 問題の形式: 「圧力P, 体積V, 物質量nの気体の温度Tを求めよ」のように、4つの状態量(P, V, n, T)のうち3つが与えられ、残りの1つを求める最も基本的なタイプ。
- アプローチ: 状態方程式 \(PV=nRT\) に、与えられた値をSI単位系に統一して代入し、未知数について解くだけ。
- 注意点: 単位換算(atm→Pa, L→m³, ℃→K)を絶対に怠らないこと。気体定数 \(R\) の値を正確に用いること。
パターン2:二つの状態を比較する計算
- 問題の形式: 「気体を初期状態(\(P_1, V_1, T_1\))から、最終状態(\(P_2, V_2, T_2\))に変化させた。\(V_2\) を求めよ」のように、状態変化の前後の関係を問うタイプ。
- アプローチ: このタイプでは、状態方程式を2回立てるよりも、ボイル・シャルルの法則の形 \(\frac{P_1V_1}{T_1} = \frac{P_2V_2}{T_2}\) を利用するのが圧倒的に効率的。
- 前提条件: このアプローチが使えるのは、気体の物質量 \(n\) が変化しない(気体の出入りがない、化学反応が起こらない)場合に限られます。問題文の「密閉容器」や「シリンダーに閉じ込められた」といった表現が、この条件を示唆します。
- 利点: 気体定数 \(R\) や物質量 \(n\) を計算に含める必要がないため、計算が簡略化され、ミスが減ります。単位も、両辺で同じ単位を使っていれば、必ずしもSI単位系に統一する必要はありません(例えば、両辺の圧力をatm、体積をLで計算しても、比が同じなので結果は正しくなります。ただし、温度だけは絶対温度Kでなければなりません)。
パターン3:複数の気体や容器が関わる問題
- 問題の形式: コックで繋がれた二つの容器を考える問題や、混合気体の問題、ピストンで仕切られたシリンダーの問題など、複数の部分系が相互作用する応用的なタイプ。
- アプローチ:
- 各部分系に着目: まず、それぞれの容器や区画について、独立に状態方程式を立てます。
- 束縛条件を見つける: 各部分系を結びつける物理的な条件(束縛条件)を見つけ出し、連立方程式を立てます。
- コックを開く: 混合後の全物質量 \(n_{total} = n_1 + n_2\)、全体積 \(V_{total} = V_1 + V_2\)。混合後は圧力と温度が系全体で一様になる (\(P_{final}, T_{final}\))。
- ピストンで仕切られている:
- 自由に動くピストン(なめらかに動く): 両側の圧力が常に等しい(力のつり合い:\(P_1 = P_2\))。
- 固定されたピストン: 両側の体積が一定。
- 系全体の体積は一定: \(V_1 + V_2 = V_{total}\)(一定)。
- 断熱されたピストン: 両側の熱の移動はない。
- 熱をよく通すピストン: 十分時間が経つと、両側の温度が等しくなる (\(T_1 = T_2\))。
- 思考の鍵: 複雑な問題こそ、基本に立ち返り、「各部分の状態方程式」と「部分間を結ぶ物理法則(力のつり合い、エネルギー保存など)」を一つひとつ丁寧に立式することが、解決への道筋となります。
10.2. 実践的ケーススタディ
ケース1:U字管の問題(二状態比較)
問題: 図のように、断面積が \(1.0 \times 10^{-4} , \text{m}^2\) のU字管に、なめらかに動くピストンで理想気体が封入されている。初期状態では、気体の温度は27℃で、気体部分の長さは 0.20 m であり、ピストンは左右の水銀面と同じ高さにあった。大気圧を \(1.0 \times 10^5\) Pa、水銀の密度を \(1.36 \times 10^4 , \text{kg/m}^3\)、重力加速度を 9.8 m/s² とする。
(1) 気体をゆっくり加熱し、温度を127℃にした。ピストンは元の位置からどれだけ上昇するか。
(2) (1)の後、U字管の右側から水銀を注ぎ、ピストンを元の位置(最初の高さ)まで押し戻した。このときの気体の温度を求めよ。
思考プロセス:
(1) 定圧変化
- 状態の特定:
- 初期状態1: \(T_1 = 27 + 273 = 300\) K。ピストンは左右の水銀面と同じ高さなので、気体の圧力 \(P_1\) は大気圧に等しい。\(P_1 = 1.0 \times 10^5\) Pa。体積 \(V_1 = S \times L_1 = (1.0 \times 10^{-4}) \times 0.20 = 2.0 \times 10^{-5} , \text{m}^3\)。
- 最終状態2: 温度 \(T_2 = 127 + 273 = 400\) K。加熱中、ピストンは自由に動けるので、気体の圧力は常に大気圧に等しいまま(定圧変化)。\(P_2 = P_1 = 1.0 \times 10^5\) Pa。体積 \(V_2\) は未知。
- アプローチ: パターン2。気体の量は一定なので、ボイル・シャルルの法則 \(\frac{P_1V_1}{T_1} = \frac{P_2V_2}{T_2}\) を使う。
- 計算: \(P_1=P_2\) なので、シャルルの法則 \(\frac{V_1}{T_1} = \frac{V_2}{T_2}\) に帰着する。\[ V_2 = V_1 \times \frac{T_2}{T_1} = (2.0 \times 10^{-5}) \times \frac{400}{300} = \frac{8}{3} \times 10^{-5} \approx 2.67 \times 10^{-5} , \text{m}^3 \]気体部分の長さ \(L_2 = V_2/S = (2.67 \times 10^{-5}) / (1.0 \times 10^{-4}) = 0.267\) m。上昇した距離 \(\Delta L = L_2 – L_1 = 0.267 – 0.20 = 0.067\) m。
(2) 定積変化
- 状態の特定:
- 初期状態2: (1)の最終状態がここでの初期状態。\(P_2 = 1.0 \times 10^5\) Pa, \(V_2 \approx 2.67 \times 10^{-5} , \text{m}^3\), \(T_2 = 400\) K。
- 最終状態3: ピストンを元の位置に戻したので、体積は最初の状態と同じ。\(V_3 = V_1 = 2.0 \times 10^{-5} , \text{m}^3\)。温度 \(T_3\) は未知。圧力 \(P_3\) は?水銀を注いだことで、左右の水銀面に高さの差 \(h\) が生じ、その分の圧力が加わる。\(P_3 = P_{atm} + \rho g h\)。しかし、\(h\) も未知数なので、このままでは解けない。
- 思考の転換: 状態2から状態3の変化を直接追うのは複雑。しかし、状態1と状態3を比較すると、体積が同じである(\(V_1=V_3\))。これは定積変化の関係を使えることを示唆する。
- アプローチ: 状態1と状態3でボイル・シャルルの法則を立てる。\(\frac{P_1V_1}{T_1} = \frac{P_3V_3}{T_3}\)。\(V_1=V_3\) なので、\(\frac{P_1}{T_1} = \frac{P_3}{T_3}\)(ゲイ=リュサックの法則)が使える。しかし、依然として \(P_3\) と \(T_3\) の二つが未知数。
- 再度の思考転換: そもそも、この問題で必要なのは状態量の「比」だけではないか? 物質量nは最初から最後まで一定。\(PV=nRT\) から \(n = PV/RT\)。状態1の量と状態3の量を計算すれば、\(n\) を消去できる。いや、もっとシンプルに考えよう。
- 正しいアプローチ: 状態1から状態3への変化を考える。\(V_1 = V_3\)(定積変化)。
- 状態1: \(P_1 = 1.0 \times 10^5\) Pa, \(T_1 = 300\) K
- 状態3: 体積は \(V_1\) に戻った。このとき、(1)でピストンが上昇した距離 0.067m 分だけ、右側の水銀面は左側より高くなっているはず。したがって、高さの差は \(h = 2 \times 0.067 = 0.134\) m。(ピストンが \(\Delta L\) 上昇すると、左の水銀面は \(\Delta L\) 上昇し、右の水銀面は \(\Delta L\) 下降するため、高さの差は \(2\Delta L\) となる)。
- 圧力 \(P_3 = P_{atm} + \rho g h = (1.0 \times 10^5) + (1.36 \times 10^4) \times 9.8 \times 0.134 \approx 1.0 \times 10^5 + 0.178 \times 10^5 = 1.178 \times 10^5\) Pa。
- \(\frac{P_1}{T_1} = \frac{P_3}{T_3}\) より、\[ T_3 = T_1 \times \frac{P_3}{P_1} = 300 \times \frac{1.178 \times 10^5}{1.0 \times 10^5} = 300 \times 1.178 = 353.4 , \text{K} \]
- セルシウス度に直すと、\(t_3 = 353.4 – 273 = 80.4\) ℃。
この例のように、複雑な問題では、どの二つの状態を比較するのが最も計算が楽になるかを見極める戦略的視点が重要になります。状態方程式と、そこから導かれるボイル・シャルルの法則を自在に行き来しながら、最適な解法ルートを探す訓練を積みましょう。
Module 2:理想気体の性質と状態方程式の総括:気体の混沌を支配する、秩序の数式
本モジュールを通じて、私たちは気体という、一見すると捉えどころのない存在の振る舞いを、いかにして人間が理解し、予測可能な法則の下に置いたか、その壮大な知的探求の物語を追体験してきました。Module 1で学んだマクロな「言語」を使い、私たちは気体の状態を支配する、エレガントで強力な「文法」、すなわち理想気体の状態方程式 \(PV=nRT\) に到達しました。
旅の始まりは、ボイルとシャルル(ゲイ=リュサック)という先人たちの地道な実験でした。彼らは、変数を一つずつ固定するという、科学における極めて重要な制御実験の手法を用い、圧力と体積の間の「反比例」、そして体積と絶対温度の間の「正比例」という、混沌の中に潜む単純な秩序をそれぞれ発見しました。私たちは、これらの個別の法則が、単なる独立した事実ではなく、より大きなパズルのピースであったこと、そしてそれらが「ボイル・シャルルの法則」という一つの関係式へと統合されていく論理の必然性を学びました。
そして、アボガドロの法則という最後のピースがはまったとき、すべての法則は \(PV=nRT\) という一つの頂点へと収束しました。この方程式は、気体の4つの状態量(P, V, n, T)を完全に結びつけ、一方を決めれば他方が定まるという、強力な予測能力を私たちに与えてくれました。私たちは、この方程式の普遍性を保証する気体定数 \(R\) の物理的な意味を、エネルギーやミクロな世界との繋がりから深く考察し、方程式を正しく運用するための単位系の統一という、実践的な規律の重要性を学びました。
さらに、私たちは一歩引いた視点から、この法則が成り立つ舞台である「理想気体」というモデルそのものにも目を向けました。分子の体積と分子間力を無視するという大胆な理想化が、なぜ、そしてどのような条件下でうまく機能するのか、そしてそのモデルが破綻する低温・高圧の世界では何が起こるのかを理解することで、物理法則の持つ「適用限界」という、科学の誠実さを学びました。ドルトンの分圧の法則や、状態変化を示す様々なグラフの解読法は、この基本法則をより複雑で現実的な状況へと応用するための、具体的な武器となります。
このモジュールで得たものは、単なる一つの公式の知識ではありません。それは、実験データから法則を見出す「帰納的思考」、個別の法則を一つの原理にまとめる「統合的思考」、そして法則を未知の状況に適用して解を導く「演繹的思考」という、科学の根幹をなす思考の三本柱を実践的に訓練した経験そのものです。\(PV=nRT\) という羅針盤を手に、次なるモジュールでは、エネルギーの出入りが関わる、よりダイナミックな熱力学の世界へと漕ぎ出していきましょう。