【基礎 物理(熱力学)】Module 4:内部エネルギーと熱力学第一法則

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本モジュールの目的と構成

Module 3では、気体分子運動論を通じて、マクロな世界の「温度」がミクロな世界の「分子の運動エネルギー」と直結していることを解き明かしました。私たちは、気体という系が内部にエネルギーを蓄えている、という具体的なイメージを手に入れたのです。本モジュールでは、この「内部に蓄えられたエネルギー」を内部エネルギー (\(U\)) として厳密に定義し、その量がどのようにして変化するのか、そのルールを探求します。

この探求の中心に位置するのが、物理学全体を貫く最も根源的な原理である「エネルギー保存則」の、熱力学における表現、すなわち**「熱力学第一法則」**です。この法則は、一見すると複雑に見える熱現象におけるエネルギーの出入りを、驚くほどシンプルな「足し算」で記述します。それは、系のエネルギー変化を管理する、普遍的な「エネルギーの家計簿」のようなものです。

このモジュールを学ぶことで、あなたは熱力学におけるエネルギーの「三大登場人物」—内部エネルギー (\(U\))熱 (\(Q\))、そして仕事 (\(W\))—の役割を理解し、それらの間の関係性を支配する第一法則を自在に使いこなす能力を身につけます。

  1. 内部エネルギーの定義: 系が内部に蓄えるエネルギーとは何か、特に理想気体の場合にその正体が何であるかを明確に定義します。
  2. 単原子分子理想気体の内部エネルギー: Module 3の成果を使い、理想気体の内部エネルギーを温度の関数として具体的に数式で表現します。
  3. 内部エネルギーが温度のみに依存する理由: なぜ理想気体の内部エネルギーは、体積や圧力にはよらず、温度だけで決まるのか、その物理的な理由を深く掘り下げます。
  4. 気体が外部にする仕事の計算(P-V図の面積): 熱力学における「仕事」を定義し、それがP-V図上で面積として視覚的に表現されることを学びます。
  5. 気体が外部からされる仕事: 仕事の向きを意識し、後の第一法則で重要となる符号の規約の基礎を築きます。
  6. 熱力学第一法則(エネルギー保存則)の表現: エネルギー保存則を、内部エネルギー、熱、仕事という三つの量を用いて定式化します。
  7. 内部エネルギー変化、熱、仕事の関係性: 第一法則が示す三者の関係を、具体的なシナリオやアナロジーを通して直感的に理解します。
  8. 第一法則における各項の符号の規約: 熱力学の計算で最も重要かつ間違いやすい、各量のプラス・マイナスの意味を徹底的に整理します。
  9. 第一種永久機関の不可能性: エネルギーを無から生み出すことがなぜ不可能なのかを、熱力学第一法則の観点から論理的に証明します。
  10. 熱力学第一法則を用いた熱収支の計算: 様々な状態変化に対して第一法則を適用し、具体的な熱量の計算を行う実践的な問題解決能力を養います。

このモジュールは、熱力学という学問の「エンジン」部分に相当します。ここでの学びは、後のモジュールで扱う様々な熱サイクルや熱効率の理解に不可欠な土台となります。エネルギーの出入りを支配する普遍の法則をマスターし、熱現象をよりダイナミックに分析する力を手に入れましょう。


目次

1. 内部エネルギーの定義:分子の運動エネルギーの総和

1.1. 系が内部に蓄えるエネルギー

物理学において、ある着目している空間や物質の集まりを「系 (system)」と呼びます。熱力学では、シリンダーに閉じ込められた気体などが、系の典型的な例です。そして、「内部エネルギー (internal energy, 記号: \(U\))」とは、その名の通り、系がその内部に蓄えているエネルギーの総和を指します。

より厳密に言えば、内部エネルギーは、系を構成するすべての粒子(原子や分子)が持つ、あらゆる種類のエネルギーの合計です。これには、

  • 粒子の運動エネルギー: 分子一つひとつが持つ並進運動、回転運動、振動運動などのエネルギー。
  • 粒子間のポテンシャルエネルギー: 分子間に働く力(分子間力)に起因する位置エネルギー。
  • さらには、原子内の電子のエネルギーや、原子核のエネルギーなども原理的には含まれます。

しかし、高校物理の熱力学で扱う範囲では、化学反応や核反応によるエネルギー変化は考えないため、主に上記の運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの二つが重要となります。

1.2. 理想気体における内部エネルギーの単純化

ここで、私たちがこれまで扱ってきた「理想気体」というモデルの仮定を思い出してみましょう。

  • 仮定1:分子自身の体積はゼロ
  • 仮定2:分子間力は働かない

この「分子間力が働かない」という仮定が、内部エネルギーを考える上で、劇的な単純化をもたらします。分子間に力が働かないということは、分子間の距離が変化しても(つまり、気体の体積が変化しても)、粒子間のポテンシャルエネルギーは常にゼロ(あるいは、変化しない基準値)とみなせることを意味します。

その結果、理想気体の内部エネルギー (\(U\)) は、純粋に、系内に存在する全分子の運動エネルギーの総和に等しい、と結論づけることができます。

理想気体の内部エネルギーの定義:

[ U = (\text{系内の全分子の運動エネルギーの合計}) ]

これは極めて重要な結論です。現実の気体(実在気体)や、液体、固体では、分子間力が無視できないため、内部エネルギーにはポテンシャルエネルギーも含まれ、その扱いは非常に複雑になります。しかし、理想気体モデルにおいては、内部エネルギーの正体は「全分子の運動エネルギー」であると、シンプルに断言できるのです。

1.3. 状態量としての内部エネルギー

内部エネルギー \(U\) は、圧力 \(P\)、体積 \(V\)、温度 \(T\) などと同じく、「状態量 (state function)」と呼ばれる物理量の一種です。

状態量とは、その時点での系の「状態」だけで一意に決まる量であり、その状態に至るまでの過去の経緯(プロセス)には依存しないという性質を持ちます。

  • アナロジー:山の高さある山の山頂の「標高」は、その山の状態だけで決まる状態量です。あなたがどの登山口から、どのようなルート(急な道、緩やかな道)を辿って山頂に到達したとしても、山頂の標高そのものは変わりません。

同様に、ある気体が「圧力 \(P_1\)、体積 \(V_1\)、温度 \(T_1\)」という状態にあるとき、その内部エネルギー \(U_1\) は、ただ一つの値に決まります。その状態に達するために、気体を急激に圧縮したのか、ゆっくり加熱したのか、といった途中のプロセスは、現在の内部エネルギーの値には全く影響しないのです。

この「状態量」という性質は、後に学ぶ熱力学第一法則 \(\Delta U = Q+W\) において極めて重要になります。この式の主役である \(\Delta U\)(内部エネルギーの変化量)は、変化の始めの状態と終わりの状態だけで決まり、途中の経路にはよりません。一方で、熱 \(Q\) や仕事 \(W\) は、どのような経路を辿ったかによってその値が変わる「経路関数(プロセス量)」です。状態量と経路関数の違いを理解することが、第一法則を正しく理解する鍵となります。


2. 単原子分子理想気体の内部エネルギー

2.1. Module 3の結論からの出発

内部エネルギーの正体が、理想気体においては「全分子の運動エネルギーの総和」であることがわかりました。この定義と、Module 3の気体分子運動論で得られた結論とを組み合わせることで、私たちは内部エネルギーを、測定可能なマクロな量(物質量 \(n\) や絶対温度 \(T\))を用いて具体的に表現することができます。

Module 3の中心的な結論を思い出しましょう。

理想気体を構成する分子1個あたりの平均運動エネルギー (\(\overline{KE}\)) は、絶対温度 (\(T\)) のみに比例する。

[ \overline{KE} = \frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{3}{2}k_B T ]

ここで、\(k_B\) はボルツマン定数です。この式は、ヘリウム (He) やアルゴン (Ar) のような、1つの原子がそのまま分子として振る舞う「単原子分子」の理想気体に対して、厳密に成り立ちます。これらの分子は、並進運動(空間を飛び回る運動)しか考えなくてよいため、その運動エネルギーは3つの自由度(x, y, z方向)からなり、合計で \(\frac{3}{2}k_B T\) となります。

2.2. 内部エネルギー U の導出

理想気体の内部エネルギー \(U\) は、この「分子1個あたりの平均運動エネルギー」に、「系内の分子の総数 \(N\)」を掛けることで求められます。

[ U = N \times \overline{KE} ]

この式に、\(\overline{KE} = \frac{3}{2}k_B T\) を代入します。

[ U = N \left( \frac{3}{2}k_B T \right) = \frac{3}{2}Nk_B T ]

この式は、内部エネルギーをミクロな量(分子数 \(N\)、ボルツマン定数 \(k_B\))で表現したものです。これを、実験室で扱いやすいマクロな量(物質量 \(n\)、気体定数 \(R\))で書き換えてみましょう。

ここで、以下の二つの関係式を用います。

  • 分子数と物質量の関係: \(N = n N_A\) (\(N_A\) はアボガドロ定数)
  • 気体定数とボルツマン定数の関係: \(R = N_A k_B\)

これらの関係から、\(Nk_B = (nN_A)k_B = n(N_A k_B) = nR\) という、非常に便利な置き換えが可能になります。

この \(Nk_B = nR\) を、先ほどの \(U\) の式に代入すると、

単原子分子理想気体の内部エネルギーの公式:

[ U = \frac{3}{2}nRT ]

という、極めて重要で、かつ美しい公式が導かれます。

2.3. 公式の徹底解説

この公式 \(U = \frac{3}{2}nRT\) は、熱力学の問題を解く上で、理想気体の状態方程式 \(PV=nRT\) と並んで、最も頻繁に用いる道具の一つです。その意味を、あらゆる角度から理解しておきましょう。

  • 依存性: この式が明確に示しているのは、単原子分子理想気体の内部エネルギー \(U\) は、物質量 \(n\) と絶対温度 \(T\) の積にのみ比例し、圧力 \(P\) や体積 \(V\) には直接依存しない、ということです。
  • 温度との直結: 物質量 \(n\) が一定の、密閉された気体を考える場合、内部エネルギーは純粋に絶対温度 \(T\) だけの関数となります(\(U \propto T\))。温度が2倍になれば、内部エネルギーも2倍になります。温度を測ることは、間接的にその気体が蓄えている内部エネルギーを測っていることと等価なのです。
  • 状態方程式との連携: 状態方程式 \(PV=nRT\) を使うことで、内部エネルギーを \(P\) と \(V\) を用いて表現することも可能です。\(nRT\) の部分を \(PV\) で置き換えると、[ U = \frac{3}{2}PV ]という形も得られます。この形は、圧力と体積が分かっている場合に、内部エネルギーを直接計算するのに便利です。

内部エネルギーの変化量 \(\Delta U\)

熱力学第一法則で実際に重要になるのは、内部エネルギーの絶対値そのものよりも、ある状態から別の状態へ変化したときの「変化量 \(\Delta U\)」です。

気体が、状態1(温度 \(T_1\))から状態2(温度 \(T_2\))へと変化したとき、内部エネルギーの変化量 \(\Delta U\) は、

[ \Delta U = U_2 – U_1 = \frac{3}{2}nRT_2 – \frac{3}{2}nRT_1 ]

[ \Delta U = \frac{3}{2}nR(T_2 – T_1) = \frac{3}{2}nR\Delta T ]

となります。同様に、\(P\) と \(V\) を用いて表現すると、

[ \Delta U = \frac{3}{2}(P_2V_2 – P_1V_1) = \frac{3}{2}\Delta(PV) ]

となります。

熱力学の問題を解く際には、まず変化の種類(定積、定圧、等温など)を特定し、その上で \(\Delta U\) を計算するために、この \(\Delta U = \frac{3}{2}nR\Delta T\) という公式を適用する、という流れが基本パターンになります。この公式を確実に使いこなせるように、徹底的に習熟してください。


3. 内部エネルギーが温度のみに依存する理由

3.1. 法則の再確認:ジュール=ゲイ=リュサックの法則

前節で導出したように、気体分子運動論によれば、単原子分子理想気体の内部エネルギーは \(U=\frac{3}{2}nRT\) と表されます。この式は、内部エネルギーが体積 \(V\) や圧力 \(P\) には依存せず、絶対温度 \(T\) のみの関数であることを示しています。

この驚くべき性質は、実は、気体分子運動論が確立される以前から、実験的にも示唆されていました。この法則は、発見に貢献した科学者の名をとって「ジュール=ゲイ=リュサックの法則」(あるいは単にジュールの法則)と呼ばれます。

ジュールの法則:

理想気体の内部エネルギーは、温度のみに依存し、体積には依存しない。

気体分子運動論は、この実験的に見出されたマクロな法則に対して、なぜそうなるのか、というミクロなレベルでの明確な理論的根拠を与えてくれます。

3.2. 理論的根拠:理想気体の仮定への回帰

なぜ、理想気体の内部エネルギーは体積が変わっても変化しないのでしょうか?その答えは、理想気体モデルを定義する、あの二つの根源的な仮定に立ち返ることで明らかになります。

3.2.1. 仮定2「分子間力は働かない」がもたらす帰結

  • ポテンシャルエネルギーの不在: 内部エネルギーは、一般的には「分子の運動エネルギーの総和」と「分子間のポテンシャルエネルギーの総和」の二つの要素から構成されます。ポテンシャルエネルギーとは、分子間に働く引力や反発力(分子間力)に起因する、分子の位置関係に依存するエネルギーです。
  • 理想気体の特異性: 理想気体モデルでは、この分子間力を完全にゼロであると仮定します。力が働かないのであれば、分子間の距離が変わっても、すなわち気体の体積が膨張したり収縮したりしても、ポテンシャルエネルギーは全く変化しません(常にゼロとみなせます)。
  • 結論: したがって、理想気体の内部エネルギーを構成する要素は、実質的に「分子の運動エネルギーの総和」だけになります。

3.2.2. 温度と運動エネルギーの直結

  • 運動エネルギーと温度: そして、Module 3で学んだ最も重要な結論が、「分子の平均運動エネルギーは、絶対温度にのみ比例する (\(\overline{KE}=\frac{3}{2}k_B T\))」というものでした。分子の運動の激しさは、温度というただ一つのマクロな量によって決まります。
  • 総合的な結論:
    1. 理想気体の内部エネルギーは、全分子の運動エネルギーの総和に等しい。
    2. 分子の平均運動エネルギーは、絶対温度だけで決まる。
    3. したがって、理想気体の内部エネルギーは、絶対温度だけで決まる

この論理の流れは完璧です。体積を2倍にしようが、半分にしようが、温度さえ一定であれば、分子1個あたりの平均運動エネルギーは変わらず、それゆえに内部エネルギーの総和も変わらないのです。

3.3. 実験的検証:ジュールの自由膨張実験

この法則を実験的に検証しようと試みたのが、ジェームズ・プレスコット・ジュールです。彼は、以下のような巧妙な実験(ジュールの自由膨張実験)を行いました。

  1. 装置: 二つの容器(容器A、容器B)を、コックで繋ぎます。容器Aには高圧の気体を満たし、容器Bは真空にしておきます。この二つの容器全体を、水で満たされた大きな断熱水槽の中に沈めます。水の温度は、精密な温度計で測定できるようにしておきます。
  2. 実験操作: しばらく待って系全体が熱平衡に達した後、コックを一気に開きます。すると、容器Aの気体は、真空の容器Bに向かって、何の抵抗も受けずに急速に膨張します(これを自由膨張と呼びます)。やがて、気体は二つの容器全体に広がり、新しい平衡状態に達します。
  3. 観測: このプロセスの前後で、水槽の水の温度変化を観測します。

3.3.1. 実験から期待されることと、その解釈

この実験のポイントは、系全体が断熱水槽に覆われているため、外部との熱のやりとり (\(Q\)) がゼロであることです。また、気体は真空に向かって膨張するため、外部の何かを押しのける必要がなく、外部に対してする仕事 (\(W\)) もゼロです。

もし、気体の内部エネルギーが体積に依存するならば、何が起こるでしょうか?

  • もし、体積が増加すると内部エネルギーが増加するような性質(例えば、分子間に反発力が働く場合)があれば、膨張によって内部エネルギーが増加するはずです。そのエネルギーはどこかから持ってこなければならないので、気体自身の運動エネルギーが使われ、結果として気体の温度は下がるはずです。
  • もし、体積が増加すると内部エネルギーが減少するような性質(分子間に引力が働く場合)があれば、膨張によって内部エネルギーが減少し、その差額が運動エネルギーに変換され、気体の温度は上がるはずです。

3.3.2. 実験結果とその意味

ジュールがこの実験を行った結果、観測されたのは「水の温度は、全く変化しなかった」というものでした。

  • 解釈: 水の温度が変化しないということは、気体と水の間で熱の移動がなかったことを意味します。\(Q=0\) であり、かつ \(W=0\) であるプロセスで、気体の温度も変化しなかった。これは、気体の内部エネルギーが、体積が変化したにもかかわらず、全く変化しなかったことを示唆しています。
  • 結論: この実験結果は、「気体の内部エネルギーは体積によらない」という法則の強力な実験的証拠とされました。

(補足:後のより精密な実験により、実在気体では、この自由膨張によってわずかな温度変化(ジュール=トムソン効果)が起こることがわかっています。これは、実在気体には分子間力が働くためです。しかし、理想気体というモデルにおいては、内部エネルギーは温度のみに依存する、というジュールの結論は、依然として正しいとされています。)

この「内部エネルギーは温度のみの関数」という性質は、理想気体を扱う上でのシンプルさの根源であり、後の熱力学第一法則を用いた計算において、思考を明快にするための大原則となります。


4. 気体が外部にする仕事の計算(P-V図の面積)

4.1. 熱力学における「仕事」の定義

熱力学第一法則のもう一つの重要な登場人物が「仕事 (Work, 記号: \(W\))」です。力学で学んだ仕事は、物体に力が作用して、その力の向きに物体が移動したときに「力が仕事をした」と定義されました。熱力学における仕事も、その本質は同じです。

特に重要なのが、「気体が外部にする仕事」です。シリンダーに閉じ込められた気体が膨張して、外部にあるピストンを押し動かす状況を考えてみてください。このとき、気体はピストンに対して力を及ぼし、移動させているので、まさに「仕事をしている」ことになります。

この気体がする仕事は、気体自身のエネルギー(内部エネルギー)を消費して、外部の物体(ピストンなど)にエネルギーを与えるプロセスです。これは、熱と並んで、系が外部とエネルギーをやり取りする、二つの主要な方法の一つです。

4.2. 仕事の計算方法

4.2.1. 定圧変化の場合

まず、最もシンプルなケースとして、圧力 \(P\) を一定に保ったまま、気体が膨張する「定圧変化」を考えます。

  • 設定: 断面積が \(A\) のシリンダー内で、気体がピストンをゆっくりと距離 \(\Delta x\) だけ押し出したとします。
  • 気体がピストンに及ぼす力: 気体の圧力が \(P\) なので、ピストンを押す力 \(F\) の大きさは、圧力の定義(力/面積)から、[ F = PA ]となります。
  • 気体がした仕事: 仕事の定義(力 × 距離)から、気体がこの間に外部にした仕事 \(W_{by}\) は、[ W_{by} = F \Delta x = (PA) \Delta x = P(A \Delta x) ]
  • 体積変化との関係: ここで、括弧の中の \(A \Delta x\) は、断面積 × ピストンの移動距離なので、気体の体積の増加分 \(\Delta V\) に他なりません。
  • 結論: したがって、定圧変化において気体が外部にする仕事は、定圧変化における仕事:[ W_{by} = P \Delta V = P(V_{final} – V_{initial}) ]という、非常にシンプルな式で計算できます。

4.2.2. 圧力が変化する場合とP-V図

では、圧力が一定ではない、より一般的な状態変化の場合はどうなるでしょうか。例えば、等温膨張のように、膨張するにつれて圧力が徐々に低下していく場合です。

この場合、仕事の計算には積分が必要となり、高校物理の範囲を少し超えますが、その結果の幾何学的な意味を理解することが極めて重要です。

結論から言うと、

気体が外部にする仕事は、その状態変化のプロセスを表すグラフを P-V図上に描いたとき、そのグラフの線とV軸とで囲まれた部分の「面積」に等しい。

このルールがなぜ成り立つのかを、直感的に理解してみましょう。

P-V図上で、ある状態から別の状態へ、圧力が変化しながら膨張するプロセスを考えます。このプロセスを、非常に幅の狭い、多数の「短冊」に分割します。

それぞれの短冊は、幅が非常に狭い \(\Delta V\) を持つ、長方形と見なすことができます。この微小な区間では、圧力はほぼ一定の \(P\) とみなせるので、この短冊一本分の仕事は、先ほどの定圧変化の式から、\(\Delta W = P \Delta V\) となります。これは、まさにこの短冊の面積に相当します。

プロセス全体でした仕事は、これらすべての短冊の面積を足し合わせたものになります。そして、短冊の幅を限りなくゼロに近づけていくと、この面積の総和は、グラフの曲線とV軸とで囲まれた領域の面積に、正確に一致します。これは、数学における「積分」の基本的な考え方そのものです。

4.3. P-V図の面積が示す物理的意味

この「仕事 = P-V図の面積」という関係は、熱力学の問題を解く上で、視覚的な補助として、また具体的な計算手段として、絶大な威力を発揮します。

  • 膨張と圧縮:
    • 気体が膨張する(体積が増加する)場合 (\(\Delta V > 0\))、気体は外部に正の仕事をします。これは、P-V図上でグラフが右方向に進むプロセスであり、その面積は正の値として計算されます。
    • 気体が圧縮される(体積が減少する)場合 (\(\Delta V < 0\))、気体は外部から仕事をされることになります。このとき、気体がした仕事は負の値となります。これは、P-V図上でグラフが左方向に進むプロセスであり、その面積は負の値として解釈されます。
  • サイクルにおける正味の仕事:気体が、状態A → B → C → A のように、一巡して元の状態に戻るプロセスを「サイクル(熱サイクル)」と呼びます。この1サイクルで気体が外部にした「正味の仕事」は、
    • 膨張過程(A→B→C)で曲線の下側にできる面積(気体がした正の仕事)から、
    • 圧縮過程(C→A)で曲線の下側にできる面積(気体がした負の仕事 = 外部からされた仕事)を、
    • 差し引いたものになります。
    • その結果、1サイクルで気体がする正味の仕事は、サイクルがP-V図上で囲む閉じたループの面積に等しくなります
      • もしサイクルが時計回りであれば、膨張時の仕事が圧縮時の仕事より大きいため、全体として正の仕事を外部にします(エンジンなど)。
      • もしサイクルが反時計回りであれば、圧縮時の仕事が膨張時の仕事より大きいため、全体として負の仕事をします(外部から仕事をされることで機能する冷凍機など)。

この P-V図と仕事の関係は、後の熱機関の効率などを議論する上で中心的な役割を果たします。P-V図を見たら、即座にその「面積」が「仕事」を表している、と反応できるようになることが重要です。


5. 気体が外部からされる仕事

5.1. 視点の転換:作用・反作用

前節では、「気体が外部にする仕事 \(W_{by}\)」に注目しました。これは、気体を主語として、気体がピストンなどを押してエネルギーを外に与えるプロセスです。

しかし、熱力学第一法則 \(\Delta U = Q + W\) を定式化する際には、しばしば、これとは逆の視点、すなわち「外部が気体にする仕事」を考える方が、物理的な意味が明快になる場合があります。これを \(W_{on}\) と書くことにしましょう。

気体がピストンを押すとき(作用)、同時にピストンは気体を押し返しています(反作用)。作用・反作用の法則により、これらの力は大きさが等しく、向きが反対です。したがって、移動距離が同じであれば、

外部が気体にする仕事 (\(W_{on}\)) は、気体が外部にする仕事 (\(W_{by}\)) と、大きさが等しく、符号が逆になる。

[ W_{on} = – W_{by} ]

この関係は常に成り立ちます。どちらの「仕事」を考えているのかを、常に意識することが重要です。

5.2. 仕事の符号とエネルギーの移動方向

この二つの仕事の定義と、エネルギーの移動方向との関係を整理しておきましょう。

  • 気体が外部にする仕事 \(W_{by}\):
    • 膨張時 (\(\Delta V > 0\)): 気体が外部のピストンを押しのける。気体はエネルギーを失い、外部にエネルギーを与える。このとき、\(W_{by}\) は 正 (\(>0\)) の値をとる。
    • 圧縮時 (\(\Delta V < 0\)): 外部のピストンが気体を押し込む。気体はエネルギーを得て、外部からエネルギーを受け取る。このとき、\(W_{by}\) は 負 (\(<0\)) の値をとる。
  • 外部が気体にする仕事 \(W_{on}\):
    • 膨張時 (\(\Delta V > 0\)): 気体が膨張するのを、外部が妨げながら押し返される。外部は気体からエネルギーを受け取る。このとき、\(W_{on}\) は 負 (\(<0\)) の値をとる。
    • 圧縮時 (\(\Delta V < 0\)): 外部が気体を積極的に押し込む。外部は気体にエネルギーを与える。このとき、\(W_{on}\) は 正 (\(>0\)) の値をとる。

5.3. 熱力学第一法則における「仕事 W」の定義

さて、いよいよ熱力学第一法則 \(\Delta U = Q + W\) の定式化に進みますが、この式の最後の項である \(W\) は、一体どちらの仕事(\(W_{by}\) か \(W_{on}\) か)を指しているのでしょうか?

これは、物理学の教科書や分野によって、採用する流儀が異なるため、学習者が最も混乱しやすいポイントの一つです。

  • 物理学で主流の流儀(本稿で採用):熱力学第一法則を、系のエネルギー保存則として、よりシンプルに捉えるため、\(W\) を「外部が系(気体)にした仕事 \(W_{on}\)」と定義します。[ \Delta U = Q + W_{on} ]この定義の利点は、エネルギーの移動の向きが直感的になることです。
    • \(Q\) は、系に加えられた熱エネルギー。
    • \(W_{on}\) は、系に加えられた仕事のエネルギー。
    • \(\Delta U\) は、その結果としての、系の内部エネルギーの増加分。つまり、「内部エネルギーの増加量 = もらった熱 + してもらった仕事」という、非常に分かりやすいエネルギーの収支計算の形になります。
  • 化学や工学で使われることがある流儀:エンジンなどの熱機関(系が外部に仕事をする装置)を考えることが多い分野では、\(W’\) を「系(気体)が外部にした仕事 \(W_{by}\)」と定義することがあります。この場合、\(W_{by} = -W_{on}\) なので、第一法則は、[ \Delta U = Q – W_{by} ]と書かれます。この式の意味は、「内部エネルギーの増加量 = もらった熱 – (外部にしてあげた仕事)」となり、これもまた正しいエネルギー収支を表しています。

どちらの流儀を使っても、最終的に得られる物理的な結論は全く同じです。大切なのは、自分がどちらの定義の \(W\) を使っているのかを常に明確に意識し、首尾一貫して計算することです。

本稿では、以降、ことわりのない限り、熱力学第一法則を

[ \Delta U = Q + W ]

と書き、**\(W\) は「気体が外部からされた仕事」**を意味するものとします。したがって、

  • 気体が圧縮されたとき: \(\Delta V < 0\) であり、\(W\) は正の値をとる。
  • 気体が膨張したとき: \(\Delta V > 0\) であり、\(W\) は負の値をとる。

この符号の規約を、次のセクションでより詳しく整理します。


6. 熱力学第一法則(エネルギー保存則)の表現

6.1. エネルギー保存則の普遍性

物理学の世界には、時代やスケールを超えて成り立つ、いくつかの偉大な「保存則」が存在します。運動量保存則、角運動量保存則、そして、その中でも最も根源的で影響力の大きいものが**「エネルギー保存則」**です。これは、「宇宙全体において、エネルギーの総量は常に一定に保たれる。エネルギーは、その形態を力学的なものから、熱、電気、化学、光といった様々な形に変えることはあっても、無から創造されたり、無に消滅したりすることはない」という、自然界の鉄則です。

19世紀、ジュールの実験によって熱がエネルギーの一形態であることが確立されたことで、このエネルギー保存則は、力学の世界から熱現象を含む、より普遍的な法則へと拡張されました。その、熱力学の領域におけるエネルギー保存則の具体的な表現こそが、「熱力学第一法則 (First Law of Thermodynamics)」なのです。

6.2. 第一法則の構成要素

熱力学第一法則は、ある「系」(例えばシリンダー内の気体)と、その「外部」(外界)との間でエネルギーがやり取りされる際の、厳密な収支計算のルールを定めます。この収支計算に登場するのは、以下の三つの主要な物理量です。

  1. 内部エネルギーの変化量 (\(\Delta U\)):
    • これは、系の「残高」の変化に相当します。
    • 系の状態が変化した結果、その内部に蓄えられているエネルギー(理想気体では全分子の運動エネルギーの総和)が、どれだけ増加したか、あるいは減少したかを示します。
    • \(\Delta U = U_{final} – U_{initial}\)
  2. 熱 (\(Q\)):
    • これは、系の「口座」への熱的なエネルギーの「入金・出金」に相当します。
    • 系と外部との間に温度差があることによって、系の境界を越えて移動するエネルギーの流れそのものを指します。
    • \(Q\) は、外部から系へと熱が移動する場合を正と定義します。
  3. 仕事 (\(W\)):
    • これは、系の「口座」への力学的なエネルギーの「入金・出金」に相当します。
    • 系が外部の物体を押したり、逆に外部から押されたりすることによって、系の境界を越えて移動するエネルギーの流れを指します。
    • 前節で述べた通り、物理学では、外部が系に対して仕事をする場合を正と定義することが一般的です。

6.3. 法則の定式化とその意味

これら三つの量を用いると、熱力学第一法則は、以下のような極めてシンプルで強力な方程式として表現されます。

熱力学第一法則:

[ \Delta U = Q + W ]

この式の意味を、言葉で丁寧に翻訳してみましょう。

あるプロセスにおける、系の内部エネルギーの変化量 (\(\Delta U\)) は、そのプロセス中に外部から系に加えられた熱 (\(Q\)) と、外部から系に対してなされた仕事 (\(W\)) の和に等しい。

これは、まさにエネルギーの「家計簿」あるいは「銀行口座の収支報告」そのものです。

  • \(\Delta U\):月末の預金残高の変化額
  • \(Q\):給料などの形で、他人から振り込まれた(もらった)お金
  • \(W\):アルバイトなどで、他人のために働いて(働いてもらって)得たお金

このアナロジーで言えば、「預金残高の変化 = もらった給料 + もらったバイト代」となり、第一法則の構造と完全に一致します。エネルギーは、熱という形か、仕事という形のどちらかで系に出入りし、その合計分だけ、系のエネルギー残高(内部エネルギー)が変化する。ただそれだけのことなのです。

この法則の強力さは、その普遍性にあります。気体の種類が何であれ、状態変化のプロセスがどのような複雑な経路を辿ろうとも、このエネルギー収支の式は常に、そして厳密に成り立ちます。熱力学における、あらゆるエネルギー計算の出発点であり、最終的な判断基準となる、不動の根本法則。それが熱力学第一法則です。


7. 内部エネルギー変化、熱、仕事の関係性

7.1. 三者の役割分担

熱力学第一法則 \(\Delta U = Q + W\) は、内部エネルギー (\(U\))、熱 (\(Q\))、仕事 (\(W\)) という三つの物理量の関係を規定します。これらの概念は密接に関連していますが、その物理的な役割と性質は明確に異なります。この違いを理解することが、第一法則を深く使いこなすための鍵となります。

内部エネルギー (\(U\))熱 (\(Q\)) と 仕事 (\(W\))
性質状態量 (State Function)経路関数 (Process Function)
意味系がその状態において「持っている」エネルギーの蓄え(残高)。系と外部との間でエネルギーが「移動する」プロセスそのもの(入出金)。
依存性始状態と終状態で一意に決まる。途中の経路には依存しない。始状態と終状態が同じでも、途中の経路によって値が変わる
アナロジー山頂の標高山頂までの道のり登るのにかかった時間

この違いは決定的です。例えば、ある気体を状態Aから状態Bへと変化させるとき、内部エネルギーの変化量 \(\Delta U = U_B – U_A\) は、どのようなプロセスを辿ろうとも常に同じ値です。しかし、その間に気体に与えた熱 \(Q\) や、気体にした仕事 \(W\) の値は、プロセスによって全く異なります。

: 気体を状態AからBへ変化させる二つの異なるプロセス

  • プロセス1: まず断熱的に圧縮し(仕事 \(W_1 > 0, Q_1 = 0\))、その後、体積一定で冷却する(\(W_2 = 0, Q_2 < 0\))。
  • プロセス2: まず体積一定で加熱し(\(W_3 = 0, Q_3 > 0\))、その後、断熱的に膨張させる(\(W_4 < 0, Q_4 = 0\))。

どちらのプロセスでも、始点と終点が同じAとBであれば、\(\Delta U = U_B – U_A\) は共通です。しかし、

\(\Delta U = (Q_1 + Q_2) + (W_1 + W_2)\)

\(\Delta U = (Q_3 + Q_4) + (W_3 + W_4)\)

となり、\(Q_{total} = Q_1+Q_2\) と \(Q'{total} = Q_3+Q_4\) の値、および \(W{total} = W_1+W_2\) と \(W’_{total} = W_3+W_4\) の値は、一般的に異なります。ただし、それらの和 (\(Q+W\)) は、常に同じ \(\Delta U\) の値になるのです。

7.2. 具体的なプロセスにおける三者の関係

熱力学第一法則は、特に、気体の基本的な状態変化(定積、定圧、等温、断熱)において、どのように現れるのかを見ていきましょう。

シナリオ1:定積変化 (体積一定)

  • プロセス: ピストンを固定したシリンダー内の気体を加熱する。
  • 仕事 (\(W\)): 体積が変化しない(\(\Delta V = 0\))ため、気体は仕事をすることも、されることもありません。したがって、\(W=0\)
  • 第一法則: \(\Delta U = Q + W\) に \(W=0\) を代入すると、[ \Delta U = Q \quad (\text{定積変化}) ]
  • 物理的意味: この場合、外部から加えられた熱は、すべて内部エネルギーの増加に使われます。気体を温めるために使ったコンロの熱が、そのまま分子の運動エネルギーの増加につながる、という非常にシンプルな状況です。

シナリオ2:等温変化 (温度一定)

  • プロセス: 周囲の温度を一定に保ちながら、気体をゆっくりと膨張させる。
  • 内部エネルギー (\(\Delta U\)): 理想気体の内部エネルギーは温度のみに依存するため、温度が一定ならば内部エネルギーも変化しません。したがって、\(\Delta U=0\)
  • 第一法則: \(\Delta U = Q + W\) に \(\Delta U=0\) を代入すると、[ 0 = Q + W \quad \implies \quad Q = -W ]
  • 物理的意味: \(W\) は「された仕事」なので、\(-W\) は「した仕事 (\(W_{by}\))」を意味します。つまり、\(Q = W_{by}\)。これは、外部から吸収した熱が、すべて外部に対する仕事へと変換されることを意味します。分子の運動エネルギー(温度)を一定に保つためには、膨張して仕事をする(エネルギーを失う)分と、全く同じ量の熱を外部から補給してやる必要がある、ということです。

シナリオ3:断熱変化 (熱の出入りがゼロ)

  • プロセス: 断熱材で覆われたシリンダー内の気体を、急速に圧縮する。
  • 熱 (\(Q\)): 断熱されているため、外部との熱のやり取りはありません。したがって、\(Q=0\)
  • 第一法則: \(\Delta U = Q + W\) に \(Q=0\) を代入すると、[ \Delta U = W \quad (\text{断熱変化}) ]
  • 物理的意味: この場合、外部からされた仕事は、すべて内部エネルギーの増加に使われます。自転車の空気入れを指で押さえながら素早く圧縮すると、ポンプが熱くなるのはこの現象です。ピストンを押すという力学的な仕事が、空気分子の運動エネルギーを直接増加させ、結果として温度を上昇させるのです。逆に、断熱膨張させると(スプレー缶からガスを一気に噴射するなど)、気体は仕事をするために自身の内部エネルギーを消費し、温度が著しく低下します。

これらの関係性を理解することは、各状態変化の本質を捉え、具体的な問題を解く上での思考のショートカットとして機能します。


8. 第一法則における各項の符号の規約

8.1. なぜ符号の規約が重要なのか

熱力学第一法則 \(\Delta U = Q + W\) を用いた計算で、受験生が犯す最も典型的な、そして致命的なミスが「符号の間違い」です。各項(\(Q, W, \Delta U\))が、どのような物理的状況で正 (+) になり、どのような状況で負 (-) になるのか、そのルール(規約)を100%正確に理解し、適用することが、熱力学の計算をマスターするための絶対条件です。

符号は、単なる数学的な記号ではありません。それは、エネルギーがどちらの方向に移動したか、そして系のエネルギー残高が増えたか減ったかを示す、物理的に極めて重要な情報を持っています。この規約を曖昧なままにしておくと、計算結果はプラスとマイナスが逆転し、全く意味をなさなくなります。

8.2. 各項の符号のルール(物理学標準規約)

本稿では、物理学の多くの教科書で採用されている標準的な規約、すなわち、

[ \Delta U = Q + W ]

(ただし、\(W\) は外部が気体(系)にした仕事)

に基づいて、各項の符号のルールを徹底的に整理します。この表を、思考の基準として常に参照できるようにしてください。


物理量記号正 (+) の場合負 (–) の場合
内部エネルギーの変化\(\Delta U\)内部エネルギーが増加<br>(温度が上昇)<br>\(U_{final} > U_{initial}\)<br>\(T_{final} > T_{initial}\)内部エネルギーが減少<br>(温度が下降)<br>\(U_{final} < U_{initial}\)<br>\(T_{final} < T_{initial}\)
\(Q\)系が外部から熱を吸収<br>(加熱される、吸熱)<br>系が外部へ熱を放出<br>(冷却される、発熱)<br>
仕事\(W\)系が外部から仕事をされる<br>(圧縮される)<br>\(\Delta V < 0\)<br>系が外部へ仕事をする<br>(膨張する)<br>\(\Delta V > 0\)<br>

8.3. 符号規約の覚え方と実践的アドバイス

この規約を記憶に定着させ、ミスなく適用するためのヒントをいくつか紹介します。

  • 自分(系)中心で考える: あなた自身が「系(シリンダーの中の気体)」になったと想像してください。あなたのエネルギー(内部エネルギー)が増えるのは、どんなときでしょうか?
    • 食べ物をもらう(\(Q>0\)): 外部から熱というエネルギーをもらえば、あなたのエネルギーは増えます。
    • マッサージをしてもらう(\(W>0\)): 外部から仕事をしてもらえば(体を揉んでもらう=圧縮される)、あなたのエネルギーは増えます。
    • エネルギーが増える要因(もらう、してもらう)は、すべてプラス、と覚えるのが基本です。
    • 逆に、エネルギーが減るのは、熱を放出する(\(Q<0\))、あるいは外部に仕事をする(\(W<0\))ときです。
  • 仕事 \(W\) の符号は体積変化 \(\Delta V\) と逆:これが最も実践的なルールです。
    • 圧縮: \(\Delta V\) は (\(V_{final} < V_{initial}\)) → \(W\) は
    • 膨張: \(\Delta V\) は正 (\(V_{final} > V_{initial}\)) → \(W\) は負仕事の計算(例えば \(W = -P\Delta V\) を計算するときなど)をする際には、まず体積変化の符号を確認し、そこから \(W\) の符号を決定する癖をつけると、間違いが劇的に減ります。
  • 問題文の言葉に注意する:問題文の表現が、符号を決定する上で重要なヒントになります。
    • 「気体を加熱した」→ \(Q > 0\)
    • 「熱が奪われた」「放熱した」→ \(Q < 0\)
    • 「気体を圧縮した」→ \(W > 0\)
    • 「気体が膨張した」→ \(W < 0\)
    • 「気体が外部にした仕事は 100 J」→ これは \(W_{by} = 100\) J のこと。第一法則で使う \(W\) は \(W = -W_{by} = -100\) J となる。
    • 「気体が外部からされた仕事は 100 J」→ これは \(W = 100\) J のこと。そのまま代入できる。

この符号の規約は、熱力学の計算における交通ルールのようなものです。ルールを知らなければ、事故(計算ミス)は避けられません。初めのうちは、計算のたびにこの表に立ち返り、一つひとつの項の符号を指差し確認するくらいの慎重さで問題に取り組むことを強く推奨します。


9. 第一種永久機関の不可能性

9.1. 人類の古からの夢:無からエネルギーを生み出す機械

「永久機関」という言葉には、どこか神秘的で魅力的な響きがあります。これは、一度動き出したら、外部からエネルギーを供給しなくても、永久に運動を続けるとされる架空の機関のことです。古くから、数多くの発明家や思想家が、この夢の機械の実現に取り憑かれてきました。

永久機関は、その動作原理によって、大きく二つの種類に分類されます。

  • 第一種永久機関: エネルギーを外部から供給することなく、無からエネルギーを創り出し、外部に対して永久に仕事を続ける機関。
  • 第二種永久機関: 熱源から得た熱エネルギーを、100%仕事に変換できる機関。(これはModule 9で学ぶ熱力学第二法則によって否定されます。)

本セクションで問題にするのは、このうちの「第一種永久機関」です。これは、例えば、何もないところから勝手に回転し始め、発電機を回して電気を起こし続けるような、まさに「魔法の機械」です。

9.2. 熱力学第一法則による「不可能」の証明

19世紀に熱力学第一法則が確立されたことで、この第一種永久機関を作るという人類の長年の夢は、理論的に、そして完全に不可能であることが証明されました。その証明は、驚くほど明快です。

第一種永久機関が満たすべき条件を、熱力学第一法則の言葉で記述してみましょう。

  1. 外部からエネルギーを供給しない:機械は、燃料を燃やしたり、電気を供給されたりしません。したがって、系に加えられる熱 \(Q\) も、外部から系になされる仕事もゼロであると考えることができます。[ Q = 0 \quad \text{and} \quad W_{in} = 0 ]
  2. 外部に対して永久に仕事を続ける:機械は、重りを持ち上げたり、発電機を回したりといった、外部に対する仕事を継続的に行います。これは、系が外部にする仕事 \(W_{by}\) が正であり続けることを意味します。私たちの第一法則の規約(\(W\) は「される仕事」)で言えば、\(W = -W_{by}\) は負であり続けることになります。[ W < 0 ]

では、これらの条件を熱力学第一法則 \(\Delta U = Q + W\) に適用してみましょう。

\(Q=0\) なので、法則は \(\Delta U = W\) となります。そして、\(W < 0\) なので、

[ \Delta U < 0 ]

となります。

9.2.1. 証明の論理

  • 結論の意味: \(\Delta U < 0\) というのは、この機関が仕事をすればするほど、その内部エネルギー \(U\) が減少し続けなければならない、ということを意味します。
  • エネルギー源: つまり、この機関が生み出す仕事のエネルギー源は、外部の何かではなく、機関自身が内部に蓄えているエネルギー(内部エネルギー)なのです。
  • 有限性の壁: しかし、どんな物体や系であっても、その内部に蓄えることができるエネルギーの量には限りがあります。内部エネルギーは有限です。
  • 論理的破綻: 有限である内部エネルギーを消費し続けて、無限に(永久に)仕事を続けることは、論理的に不可能です。いつか必ず、内部エネルギーは尽きてしまい、機関は停止せざるを得ません。

したがって、熱力学第一法則(エネルギー保存則)が成り立つ限り、第一種永久機関は絶対に実現できない、と結論づけられます。

9.3. 法則の力と科学の健全性

第一種永久機関の不可能性の証明は、熱力学第一法則が単なる計算ルールではなく、自然界の根本的な制約を記述した、極めて強力な法則であることを示しています。この法則の確立により、科学者や技術者たちは、無益な永久機関の開発から解放され、エネルギーを「創り出す」のではなく、いかに効率よく「変換」し、「利用」するかという、より建設的で現実的な問題へと、その知性と情熱を振り向けることができるようになったのです。

現在でも、「永久機関を発明した」と主張する人々が現れることがありますが、それらはすべて、巧妙に隠されたエネルギー源があったり、測定の誤差やトリックがあったりするものです。熱力学第一法則は、そのような主張が誤りであることを見抜くための、確固たる理論的な試金石として、科学の健全性を守り続けているのです。


10. 熱力学第一法則を用いた熱収支の計算

10.1. 問題解決のフレームワーク

熱力学第一法則 \(\Delta U = Q + W\) は、具体的な物理問題におけるエネルギーの収支(バランス)を計算するための、中心的なフレームワークです。気体が、ある状態から別の状態へ変化する際に、どれだけの熱を吸収または放出したかを問う問題は、入試における定番パターンです。

このような問題を解くための体系的な思考プロセスは、以下の通りです。

ステップ1:状態変化のプロセスを特定する

  • 問題文を読み、どのような状態変化(定積、定圧、等温、断熱、あるいはそれらの組み合わせ)が起きているのかを正確に把握します。
  • P-V図が与えられている場合は、グラフの形状からプロセスを読み取ります。

ステップ2:内部エネルギーの変化量 (\(\Delta U\)) を計算する

  • 常に、まず \(\Delta U\) から計算するのが定石です。
  • 理想気体の内部エネルギーは温度のみに依存するため、始状態と終状態の温度(\(T_1, T_2\))が分かれば、以下の公式で一意に決まります。
    • 単原子分子の場合: \(\Delta U = \frac{3}{2}nR\Delta T = \frac{3}{2}nR(T_2 – T_1)\)
    • (参考)二原子分子の場合: \(\Delta U = \frac{5}{2}nR\Delta T\)
  • もし温度が直接分からなくても、状態方程式 \(PV=nRT\) を利用して、圧力と体積から計算することも可能です。
    • \(\Delta U = \frac{3}{2}\Delta(PV) = \frac{3}{2}(P_2V_2 – P_1V_1)\)

ステップ3:気体がされた仕事 (\(W\)) を計算する

  • 次に、仕事 \(W\) を計算します。\(W\) は経路に依存するため、プロセスごとに計算方法が異なります。
  • 定積変化: 体積が変化しないので、\(W=0\)
  • 定圧変化: \(W = -P\Delta V = -P(V_2 – V_1)\)。圧縮なら正、膨張なら負になることを確認。
  • 等温・断熱変化: 仕事の計算には積分が必要ですが、高校範囲では、第一法則の他の項から求めたり、問題で直接与えられたりすることが多いです。
  • P-V図が与えられている場合: グラフとV軸で囲まれた「面積」から仕事を求めます。膨張なら \(W<0\)、圧縮なら \(W>0\) であることに最大限の注意を払います。

ステップ4:熱力学第一法則から熱量 (\(Q\)) を求める

  • 最後に、第一法則の式 \(\Delta U = Q + W\) を \(Q\) について解きます。[ Q = \Delta U – W ]
  • ステップ2とステップ3で求めた \(\Delta U\) と \(W\) の値を、符号に細心の注意を払って代入します。
  • 得られた \(Q\) の符号を吟味します。
    • \(Q > 0\) ならば、気体は熱を吸収した(吸熱)。
    • \(Q < 0\) ならば、気体は熱を放出した(発熱)。

この「\(\Delta U\) → \(W\) → \(Q\)」という計算順序は、状態量で経路によらない \(\Delta U\) を先に確定させ、次いで経路に依存する \(W\) を計算し、最後に収支の帳尻を合わせる形で \(Q\) を求める、という論理的な流れであり、ミスを減らす上で非常に有効です。

10.2. 具体的な状態変化における熱収支計算

ケース1:定積変化

  • \(W=0\)
  • \(\Delta U = \frac{3}{2}nR\Delta T\)
  • \(Q = \Delta U – W = \Delta U = \frac{3}{2}nR\Delta T\)
    • 吸収した熱はすべて内部エネルギーの増加になる。

ケース2:定圧変化

  • \(W = -P\Delta V = -P(V_2-V_1)\)
  • \(\Delta U = \frac{3}{2}nR\Delta T = \frac{3}{2}nR\left(\frac{P_2V_2}{nR} – \frac{P_1V_1}{nR}\right) = \frac{3}{2}(P_2V_2-P_1V_1)\)
    • 定圧なので \(P_1=P_2=P\) だから、\(\Delta U = \frac{3}{2}P(V_2-V_1) = \frac{3}{2}P\Delta V\)
  • \(Q = \Delta U – W = \left(\frac{3}{2}P\Delta V\right) – (-P\Delta V) = \frac{3}{2}P\Delta V + P\Delta V = \frac{5}{2}P\Delta V\)
    • 定圧変化で吸収した熱は、その一部(3/5)が内部エネルギーの増加に使われ、残り(2/5)が外部への仕事に使われる、という面白い関係があります。

ケース3:等温変化

  • \(\Delta U = 0\) (温度が一定なので)
  • \(W\) の計算は積分が必要。
  • \(Q = \Delta U – W = 0 – W = -W\)
    • 吸収した熱はすべて外部への仕事になる。

ケース4:断熱変化

  • \(Q = 0\)
  • \(\Delta U = \frac{3}{2}nR\Delta T\)
  • \(\Delta U = Q + W\) より、\(\Delta U = W\)
    • 外部からされた仕事はすべて内部エネルギーの増加になる。

計算例:

1 molの単原子分子理想気体を、圧力 \(1.0 \times 10^5\) Pa に保ったまま、体積を \(2.0 \times 10^{-2} , \text{m}^3\) から \(3.0 \times 10^{-2} , \text{m}^3\) までゆっくり膨張させた。この過程で気体が吸収した熱量 \(Q\) を求めよ。

思考プロセス適用:

  1. プロセス特定: 定圧膨張。
  2. \(\Delta U\) 計算:\(\Delta U = \frac{3}{2}P\Delta V = \frac{3}{2} \times (1.0 \times 10^5) \times (3.0 \times 10^{-2} – 2.0 \times 10^{-2})\)\(\Delta U = \frac{3}{2} \times (1.0 \times 10^5) \times (1.0 \times 10^{-2}) = 1.5 \times 10^3\) J。
  3. \(W\) 計算:\(W = -P\Delta V = -(1.0 \times 10^5) \times (1.0 \times 10^{-2}) = -1.0 \times 10^3\) J。(膨張なので、された仕事 W は負。これは正しい。)
  4. \(Q\) 計算:\(Q = \Delta U – W = (1.5 \times 10^3) – (-1.0 \times 10^3) = 1.5 \times 10^3 + 1.0 \times 10^3 = 2.5 \times 10^3\) J。(Q > 0 なので、気体は熱を吸収した。これも物理的状況と一致。)

答え: 2500 J

このように、定められたフレームワークに従って、各項を一つひとつ、符号に注意しながら計算していくことで、複雑に見える熱力学の問題も、確実に解き明かすことができます。


Module 4:内部エネルギーと熱力学第一法則の総括:エネルギーの収支を司る、宇宙の会計原則

本モジュールを通じて、私たちは熱力学の核心をなす、エネルギー保存の法則、すなわち「熱力学第一法則」の世界を探求してきました。これは、熱現象という複雑な舞台の裏で、エネルギーという名の通貨がいかに厳密に管理され、やり取りされているかを明らかにする、宇宙の普遍的な会計原則です。

旅の始まりは、「内部エネルギー」という概念の確立でした。理想気体というモデルにおいては、その正体は無数の分子が持つ運動エネルギーの総和に他ならず、その量は絶対温度というただ一つのマクロな指標によって決まる(\(U = \frac{3}{2}nRT\))、という、Module 3との見事な連携を確認しました。この「内部エネルギーは温度のみに依存する」という事実は、後の議論全体を貫く、シンプルかつ強力な指導原理となりました。

次に、私たちはエネルギーが系の境界を越えて移動する二つの形態、「仕事」と「熱」に焦点を当てました。特に、気体がする仕事がP-V図上の面積として視覚化できることを学び、これは後の熱サイクル解析への重要な布石となります。

そして、これら三つの登場人物—内部エネルギーの変化 \(\Delta U\)、熱 \(Q\)、仕事 \(W\)—を一堂に会させ、\(\Delta U = Q + W\) という第一法則の定式化に至りました。私たちは、このシンプル極まりない方程式が、実はエネルギーの出入りを完璧に記述する「エネルギーの家計簿」であることを、アナロジーや具体的なシナリオを通じて深く理解しました。また、その運用において最も重要となる各項の「符号の規約」を徹底的に学び、エネルギーの流れの向きと、系のエネルギー残高の増減とを正確に対応させる訓練を積みました。

最後に、この法則の力強い帰結として、無からエネルギーを創り出す「第一種永久機関」が理論的に不可能であることを証明し、科学法則が持つ制約としての側面を学びました。そして、定積、定圧、等温、断熱といった基本的な状態変化に対し、第一法則というフレームワークを適用することで、エネルギーの収支を定量的に計算する、実践的な問題解決能力を養いました。

熱力学第一法則は、変化の「可能性」と、その際のエネルギーの「収支」を規定します。しかし、それは、ある変化が自発的に「どちらの方向に」進むのか、そして、熱を仕事に変換する際に、どのような「限界」があるのかについては、何も語ってくれません。その謎に挑むのが、次なるモジュールで学ぶ「熱力学第二法則」です。エネルギー保存という厳格な会計原則をマスターした今、私たちは、熱現象の持つもう一つの、より深遠な側面である「不可逆性」と「方向性」の世界へと、歩みを進める準備が整いました。

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