【基礎 物理(熱力学)】Module 5:定積変化と定圧変化

当ページのリンクには広告が含まれています。

本モジュールの目的と構成

Module 4では、熱力学の普遍的なエネルギー保存則である「第一法則 \(\Delta U = Q + W\)」を学びました。これは、系のエネルギー収支を支配する、あらゆる熱現象の根幹をなす法則です。しかし、この法則は非常に一般的であるため、そのままだと少し捉えどころがないかもしれません。物理学の理解を深める鍵は、一般的な法則を、より具体的で単純な状況に適用し、その挙動を観察することにあります。

本モジュールでは、熱力学における最も基本的で重要な二つの「舞台設定」—**体積を一定に保つ「定積変化」**と、圧力を一定に保つ「定圧変化」—に焦点を当てます。これらの制約された条件下で、熱力学第一法則がどのように振る舞い、どのような新しい物理概念を生み出すのかを、体系的に探求していきます。

この探求を通じて、私たちは「モル比熱」という、気体の熱的な性質を特徴づける極めて重要な概念に到達します。特に、なぜ気体には「定積モル比熱 (\(C_V\))」と「定圧モル比熱 (\(C_p\))」という二種類の比熱が存在するのか、そしてその差が普遍気体定数 \(R\) と等しくなる(マイヤーの関係式)のはなぜか、その物理的な意味を深く解き明かします。これは、熱力学第一法則の理解を、一段階上の、より定量的なレベルへと引き上げるプロセスです。

このモジュールを学ぶことで、あなたは以下の知的なステップを経験します。

  1. 定積変化の定義とP-V図上の表現: 体積が一定という最も単純な状況設定を理解します。
  2. 定積変化における熱力学第一法則の適用: 第一法則が \(\Delta U = Q\) というシンプルな形になることの意味を探ります。
  3. 定積モル比熱の定義: 気体の内部エネルギーの変化を直接反映する物理量、\(C_V\) を導入します。
  4. 定圧変化の定義とP-V図上の表現: より身近な、大気圧下のような状況設定を理解します。
  5. 定圧変化における気体のする仕事: 気体が膨張・収縮する際に外部とする仕事の計算を再確認します。
  6. 定圧変化における熱力学第一法則の適用: 加えられた熱が、内部エネルギーの増加と外部への仕事という二つの役割に分配される様子を分析します。
  7. 定圧モル比熱の定義: 仕事の分だけ、より多くの熱を必要とする理由を体現する物理量、\(C_p\) を導入します。
  8. マイヤーの関係式(\(C_p – C_V = R\))の導出: 二つのモル比熱の間に存在する、美しく普遍的な関係を、第一法則と状態方程式から理論的に導出します。
  9. 比熱比(\(\gamma\))の定義とその物理的意味: 気体の断熱的な性質を特徴づける重要なパラメータ、\(\gamma\) を学びます。
  10. 定積・定圧変化における状態量の変化の比較: 二つのプロセスを並べて比較することで、その違いをより明確に理解します。

このモジュールを終えるとき、あなたは単に二つの状態変化について知るだけでなく、熱力学第一法則という一般的なツールを、具体的な問題状況に合わせて特殊化し、そこから新しい洞察を引き出すという、科学における強力な問題解決アプローチを身につけているはずです。


目次

1. 定積変化の定義とP-V図上の表現

1.1. 最もシンプルな熱プロセス:定積変化

熱力学における様々な状態変化の中でも、最もシンプルで基本的なものが「定積変化 (isochoric process)」です。その名の通り、定積変化とは、

気体の体積 (\(V\)) を一定に保ったまま、加熱や冷却によって、その状態(圧力 \(P\) や温度 \(T\)) を変化させるプロセス

を指します。「isochoric」という言葉は、ギリシャ語の「isos(等しい)」と「khōros(空間、場所)」に由来し、「体積が等しい」という意味をそのまま表しています。等容変化と呼ばれることもあります。

1.1.1. 実験的な実現方法

定積変化を実験的に実現するには、どうすればよいでしょうか。体積を一定に保つためには、気体を閉じ込める容器が、内部の圧力変化によって膨張したり収縮したりしない、頑丈なものである必要があります。

したがって、定積変化は、鋼鉄製のボンベのような、固く密閉された剛体容器の中で気体を加熱または冷却することで、近似的に実現することができます。この容器に熱を加えると、気体は膨張しようとしますが、容器の壁がそれを許さないため、体積は一定のまま、内部の圧力と温度だけが上昇していきます。

1.2. 定積変化における状態量の関係

体積 \(V\) と物質量 \(n\) が一定という条件下では、理想気体の状態方程式 \(PV=nRT\) は、圧力 \(P\) と絶対温度 \(T\) の間に、どのような関係をもたらすでしょうか。

\[ PV = nRT \]

この式を \(P\) について変形すると、

\[ P = \left( \frac{nR}{V} \right) T \]

となります。ここで、括弧の中の \(n, R, V\) はすべて定数なので、この部分は全体として一つの定数となります。したがって、

定積変化では、気体の圧力 (\(P\)) は、その絶対温度 (\(T\)) に正比例する。

\[ P \propto T \quad (\text{at constant } V, n) \]

この関係は、19世紀初頭にゲイ=リュサックによって発見されたため、「ゲイ=リュサックの法則」とも呼ばれます(シャルルの法則(定圧下で \(V \propto T\))と対をなす法則です)。

この法則は、ある状態(\(P_1, T_1\))から別の状態(\(P_2, T_2\))への定積変化において、以下の関係式が成り立つことを意味します。

\[ \frac{P_1}{T_1} = \frac{P_2}{T_2} \]

この関係は、ミクロな視点からも直感的に理解できます。体積が一定の箱の中で気体を加熱すると、分子の平均運動エネルギーが増加し、分子はより速く、より強く壁に衝突するようになります。その結果、壁が受ける平均的な力、すなわち圧力が増加するのです。

1.3. P-V図上での表現

気体の状態変化を視覚的に分析するための最も重要なツールである「P-V図」上で、定積変化はどのように表現されるでしょうか。

P-V図は、縦軸に圧力 \(P\)、横軸に体積 \(V\) をとったグラフです。定積変化は、体積 \(V\) が一定値(例えば \(V_0\))に保たれるプロセスなので、その軌跡は V軸(横軸)上の点 \(V_0\) を通り、P軸(縦軸)に平行な、垂直な線分となります。

  • 定積加熱: 気体を加熱すると、\(P \propto T\) の関係に従い、温度の上昇とともに圧力も上昇します。したがって、P-V図上では、点は垂直な線分に沿って、上向きに移動します。
  • 定積冷却: 気体を冷却すると、温度の下降とともに圧力も下降します。したがって、P-V図上では、点は垂直な線分に沿って、下向きに移動します。

この「P-V図上の垂直線」は、定積変化を象徴する、極めて重要な視覚的特徴です。この後の熱力学第一法則の適用において、この形状が持つ意味が、さらに明らかになります。


2. 定積変化における熱力学第一法則の適用

2.1. 仕事がゼロになる特別な状況

熱力学第一法則 \(\Delta U = Q + W\) は、系の内部エネルギーの変化が、熱と仕事という二つのエネルギーの出入りによって決まることを示しています。定積変化という特殊な状況設定は、この第一法則の三つの項のうち、一つを劇的に単純化します。

その項とは、「仕事 (\(W\))」です。

Module 4で学んだように、熱力学における仕事は、気体が体積を変化させることによって、外部となされるエネルギーのやり取りでした。

  • 気体が膨張する(\(\Delta V > 0\))とき、気体は外部に仕事をし、された仕事 \(W\) は負となる。
  • 気体が圧縮される(\(\Delta V < 0\))とき、気体は外部から仕事をされ、された仕事 \(W\) は正となる。

では、体積が全く変化しない定積変化では、どうなるでしょうか。

\(\Delta V = V_{final} – V_{initial} = 0\) であるため、気体は外部の何かを押しのけて膨張することも、外部から押し込まれて収縮することもありません。したがって、

定積変化においては、気体が外部からされる仕事 (\(W\))、および気体が外部にする仕事 (\(W_{by}\)) は、常にゼロである。

\[ W = 0 \quad (\text{定積変化}) \]

この事実は、P-V図からも明らかです。仕事は、P-V図上のグラフとV軸で囲まれた面積に対応しましたが、定積変化のグラフは「垂直な線分」であり、その面積はゼロです。

2.2. 第一法則の単純化とその物理的意味

仕事 \(W\) がゼロになるという、この極めて重要な結論を、熱力学第一法則の式に代入してみましょう。

\[ \Delta U = Q + W \]

\[ \Delta U = Q + 0 \]

定積変化における第一法則:

\[ \Delta U = Q_V \]

ここで、熱量 \(Q\) に添字 \(V\) をつけて \(Q_V\) と書いたのは、これが「体積一定の条件下で系に加えられた熱量」であることを明示するためです。この習慣は、後の定圧変化における熱量 \(Q_P\) と区別するために重要になります。

この \(\Delta U = Q_V\) というシンプルな関係式は、物理的に何を意味しているのでしょうか。

定積変化においては、系(気体)に与えられた熱は、一切、外部への仕事には使われず、そのすべてが、系の内部エネルギーを増加させるために費やされる。

これは、エネルギーの使途が一つに限定された、最も効率的な「内部エネルギーの貯金」プロセスと言えます。

  • 定積加熱(\(Q_V > 0\)): 外部から吸収した熱エネルギーが、100%そのまま分子の運動エネルギーの増加に変換され、温度が上昇します。
  • 定積冷却(\(Q_V < 0\)): 外部へ放出した熱エネルギーは、100%そのまま分子の運動エネルギーの減少(内部エネルギーの減少)に由来し、温度が下降します。

2.3. 内部エネルギー測定への応用

この \(\Delta U = Q_V\) という関係は、実験的に、ある物質の内部エネルギーの変化量を測定するための、直接的な手段を提供してくれます。

ある物質を頑丈な容器(体積一定)の中に入れ、その物質に与えた熱量 \(Q_V\) と、その結果生じた温度変化 \(\Delta T\) を精密に測定すれば、その測定された熱量 \(Q_V\) こそが、その物質の内部エネルギーの変化量 \(\Delta U\) そのものなのです。

この考え方は、次のセクションで導入する「定積モル比熱」という、物質の熱的性質を特徴づける重要な物理量を定義するための、論理的な基礎となります。定積変化という、仕事がゼロになる特殊な舞台設定を用意することで、私たちは内部エネルギーという、直接目には見えない量の変化を、熱量という測定可能な量と直接結びつけることができるのです。


3. 定積モル比熱の定義

3.1. なぜ「モル比熱」という新しい概念が必要か

Module 1では、物質の「温まりにくさ」を示す指標として、「比熱 (\(c\))」と「熱容量 (\(C\))」を学びました。比熱 \(c\) は単位質量(1kg)あたりの熱容量であり、熱容量 \(C\) は物体全体の熱容量でした。これらの概念は、固体や液体を扱う際には非常に便利です。

しかし、気体を扱う場合、その「量」を質量 [kg] で測るよりも、「物質量 [mol]」で測る方が、はるかに物理的な本質を捉えやすくなります。なぜなら、理想気体の状態方程式 \(PV=nRT\) や内部エネルギーの式 \(U=\frac{3}{2}nRT\) が示すように、気体の熱力学的な振る舞いは、分子の種類や質量よりも、そこに存在する分子の「数」(すなわち物質量 \(n\))に、より直接的に依存するからです。

そこで、気体の熱的な性質を記述するために、質量の代わりに物質量を基準とした、新しい「比熱」を定義します。それが「モル比熱 (molar specific heat)」です。

モル比熱の一般的な定義:

1 mol の物質の温度を 1 K だけ上昇させるのに必要な熱量。

単位は J/(mol·K) となります。これは、気体定数 \(R\) と同じ単位であり、両者が深い関係にあることを示唆しています。

3.2. 定積モル比熱 (\(C_V\)) の定義

モル比熱は、温度を上げる際の「状況設定」(体積を一定に保つか、圧力を一定に保つかなど)によって、その値が変わってきます。

まず、前節で学んだ「定積変化」におけるモル比熱を定義します。これを「定積モル比熱」と呼び、記号 \(C_V\) で表します。(添字の \(V\) は Volume=体積が一定であることを示します。)

定積モル比熱 (\(C_V\)) の定義:

1 mol の気体の温度を、体積一定のまま 1 K だけ上昇させるのに必要な熱量。

この定義から、\(n\) mol の気体の温度を、定積変化で \(\Delta T\) だけ上昇させるのに必要な熱量 \(Q_V\) は、

\[ Q_V = n C_V \Delta T \]

と表すことができます。この式は、熱量計算の基本式 \(Q=mc\Delta T\) の、モル比熱バージョンです。

3.3. \(C_V\) と内部エネルギーの深い関係

さて、ここからが本題です。この定積モル比熱 \(C_V\) は、単なる熱の出入りを表す量にとどまらず、気体の内部エネルギーそのものの性質と、極めて深く結びついています。

前節で、定積変化においては、第一法則から \(\Delta U = Q_V\) が成り立つことを見ました。

そして今、\(Q_V = nC_V\Delta T\) という関係式を得ました。

この二つの式を組み合わせると、

\[ \Delta U = n C_V \Delta T \]

という、非常に重要な関係式が導かれます。

この式が意味するのは、驚くべきことです。

気体の内部エネルギーの変化量 \(\Delta U\) は、定積モル比熱 \(C_V\) を用いて、常に \(nC_V\Delta T\) と表すことができる。

ここで、最も強調すべき点は、内部エネルギー \(U\) は、その定義から状態量であり、変化の経路によらない、ということです。したがって、\(\Delta U = nC_V\Delta T\) という関係式は、定積変化のときだけでなく、定圧変化であろうと、等温変化であろうと、断熱変化であろうと、あらゆるプロセスに対して成り立つ、普遍的な式なのです。

私たちは、\(\Delta U\) を計算するための、極めて強力で一般的なツールを手に入れたことになります。

3.4. 単原子分子理想気体の \(C_V\)

この強力な関係を使って、私たちがすでに知っている「単原子分子理想気体」の \(C_V\) の値を、理論的に決定してみましょう。

Module 4の初めに、単原子分子理想気体の内部エネルギーの変化量が、

\[ \Delta U = \frac{3}{2}nR\Delta T \]

と表せることを導出しました。

そして今、あらゆる変化に対して、

\[ \Delta U = n C_V \Delta T \]

が成り立つことも分かりました。

この二つの \(\Delta U\) の表現は、当然、等しくなければなりません。

\[ n C_V \Delta T = \frac{3}{2}nR\Delta T \]

両辺に共通する \(n\Delta T\) を消去すると、

単原子分子理想気体の定積モル比熱:

\[ C_V = \frac{3}{2}R \]

という、驚くほどシンプルで美しい結果が得られます。

結論の解釈:

この結果は、単原子分子理想気体の定積モル比熱が、普遍気体定数 \(R\) という、物理学の基本定数のみで決まる「定数」であることを示しています。\(R \approx 8.31\) J/(mol·K) なので、\(C_V \approx \frac{3}{2} \times 8.31 \approx 12.5\) J/(mol·K) となります。ヘリウム、ネオン、アルゴンといった単原子分子気体は、種類によらず、ほぼこの同じ値の定積モル比熱を持つことが、実験的にも確かめられています。

\(C_V\) は、もともと「定積変化で温度を1K上げるのに必要な熱量」として定義されました。しかし、その正体は、気体の内部エネルギーが温度に対してどれくらいの割合で増加するかを示す、より本質的な物理量だったのです。この理解は、次の定圧モル比熱との比較において、さらにその重要性を増すことになります。


4. 定圧変化の定義とP-V図上の表現

4.1. 日常世界に最も近いプロセス:定圧変化

定積変化が「固い箱の中」という、少し特殊な状況設定だったのに対し、次に見る「定圧変化 (isobaric process)」は、私たちの日常生活や多くの工学的応用において、より頻繁に現れる、極めて重要なプロセスです。

定圧変化とは、その名の通り、

気体の圧力 (\(P\)) を一定に保ったまま、加熱や冷却によって、その状態(体積 \(V\) や温度 \(T\)) を変化させるプロセス

を指します。「isobaric」という言葉は、ギリシャ語の「isos(等しい)」と「baros(重さ、圧力)」に由来します。

4.1.1. 実験的な実現方法

定圧変化は、どのような状況で実現されるでしょうか。圧力を一定に保つためには、気体が膨張・収縮するのに合わせて、容器の体積が自由にかつ滑らかに変化できる必要があります。

その典型的なモデルが、「なめらかに動くピストン付きのシリンダー」です。

シリンダーの外部が、常に一定の圧力(例えば、大気圧)にさらされているとします。シリンダー内の気体と外部の圧力とが釣り合っている状態を考えます。この状態で内部の気体をゆっくり加熱すると、気体は膨張してピストンを押し上げます。体積は増加しますが、ピストンが自由に動けるため、内部の圧力は外部の圧力と常に釣り合ったまま、一定に保たれます。これが定圧膨張です。逆に冷却すれば、気体は収縮し、定圧圧縮が起こります。

私たちが、蓋のされていないビーカーでお湯を沸かすとき、水蒸気は大気圧という一定の圧力の下で発生・膨張しており、これも定圧変化の一種と見なせます。

4.2. 定圧変化における状態量の関係

圧力 \(P\) と物質量 \(n\) が一定という条件下では、理想気体の状態方程式 \(PV=nRT\) は、体積 \(V\) と絶対温度 \(T\) の間に、どのような関係をもたらすでしょうか。

\[ PV = nRT \]

この式を \(V\) について変形すると、

\[ V = \left( \frac{nR}{P} \right) T \]

となります。ここで、括弧の中の \(n, R, P\) はすべて定数なので、この部分は全体として一つの定数となります。したがって、

定圧変化では、気体の体積 (\(V\)) は、その絶対温度 (\(T\)) に正比例する。

\[ V \propto T \quad (\text{at constant } P, n) \]

これは、Module 2で学んだ「シャルルの法則」そのものです。

ある状態(\(V_1, T_1\))から別の状態(\(V_2, T_2\))への定圧変化において、以下の関係式が成り立ちます。

\[ \frac{V_1}{T_1} = \frac{V_2}{T_2} \]

4.3. P-V図上での表現

P-V図(縦軸P、横軸V)上で、定圧変化はどのように表現されるでしょうか。

定圧変化は、圧力 \(P\) が一定値(例えば \(P_0\))に保たれるプロセスなので、その軌跡は P軸(縦軸)上の点 \(P_0\) を通り、V軸(横軸)に平行な、水平な線分となります。

  • 定圧膨張: 気体を加熱すると、シャルルの法則 \(V \propto T\) に従い、温度の上昇とともに体積も増加します。したがって、P-V図上では、点は水平な線分に沿って、右向きに移動します。
  • 定圧圧縮: 気体を冷却すると、温度の下降とともに体積も減少します。したがって、P-V図上では、点は水平な線分に沿って、左向きに移動します。

この「P-V図上の水平線」は、定圧変化を象徴する視覚的特徴です。定積変化が「垂直線」であったのに対し、定圧変化は「水平線」として、明確に区別されます。この形状の違いが、仕事の有無という、決定的な物理的差異を生み出すのです。


5. 定圧変化における気体のする仕事

5.1. 体積変化と仕事

定積変化との最も決定的な違いは、定圧変化では体積が変化するという点です。体積が変化するということは、系と外部との間で、エネルギーが「仕事」という形でやり取りされることを意味します。

  • 定圧膨張(\(\Delta V > 0\)): 気体は膨張し、外部にあるピストンなどを押し動かします。これは、気体が外部に対して正の仕事をすることを意味します。
  • 定圧圧縮(\(\Delta V < 0\)): 外部からピストンが押し込まれ、気体は収縮します。これは、気体が外部から仕事をされることを意味します。

5.2. 仕事 W の計算

定圧変化において、気体が外部からされる仕事 \(W\)(我々の第一法則の規約における \(W\))を計算してみましょう。

Module 4で学んだように、圧力が一定 \(P\) のもとで、体積が \(V_1\) から \(V_2\) へと変化した場合、気体が外部にする仕事 \(W_{by}\) は、

\[ W_{by} = P \Delta V = P(V_2 – V_1) \]

と計算できました。

熱力学第一法則で用いる、気体が外部からされる仕事 \(W\) は、この \(W_{by}\) と符号が逆になるので、

定圧変化における仕事:

\[ W = -W_{by} = -P \Delta V = -P(V_2 – V_1) \]

となります。

  • 膨張の場合: \(V_2 > V_1\) なので \(\Delta V > 0\)。したがって、\(W = -P\Delta V\) はの値になります。これは、「気体が外部に仕事をした(エネルギーを失った)」という状況と一致します。
  • 圧縮の場合: \(V_2 < V_1\) なので \(\Delta V < 0\)。したがって、\(W = -P\Delta V\) はの値になります。これは、「気体が外部から仕事をされた(エネルギーを得た)」という状況と一致します。

この \(W = -P\Delta V\) という公式は、定圧変化における熱収支を計算する上で、内部エネルギーの変化 \(\Delta U\) と並んで、重要な計算パーツとなります。

5.3. P-V図の面積との関係

仕事とP-V図の面積の関係を、定圧変化のケースで再確認しておきましょう。

P-V図において、定圧変化は、圧力 \(P_0\) の高さにある、\(V_1\) から \(V_2\) までの水平な線分として描かれます。この線分とV軸とで囲まれた領域は、高さが \(P_0\)、幅が \(\Delta V = V_2 – V_1\) の長方形となります。

この長方形の面積は、

\[ \text{面積} = (\text{高さ}) \times (\text{幅}) = P_0 \times \Delta V \]

となり、これはまさしく、気体が外部にした仕事 \(W_{by}\) の大きさに一致します。

したがって、

  • 定圧膨張の場合、\(W_{by} = P_0 \Delta V > 0\) であり、仕事はグラフの下側の面積に等しくなります。
  • 定圧圧縮の場合、\(W_{by} = P_0 \Delta V < 0\) であり、仕事は「負の面積」として、その絶対値がグラフの下側の面積に等しくなります。

定積変化では仕事がゼロ(面積ゼロの線)であったのに対し、定圧変化では、この \(P\Delta V\) という明確な仕事のやり取りが存在します。この違いが、次の熱力学第一法則の適用において、どのような結果をもたらすのかを見ていきましょう。


6. 定圧変化における熱力学第一法則の適用

6.1. エネルギーの二つの使い道

定圧変化のプロセスでは、気体に熱を加えると、気体は温度を上昇させると同時に、体積を膨張させて外部に仕事をします。これは、加えられた熱エネルギーが、二つの異なる目的のために「分配」されることを意味します。

熱力学第一法則 \(\Delta U = Q + W\) を、この状況に適用して、エネルギーの流れを分析してみましょう。

この式を、加えられた熱 \(Q\) について解くと、

\[ Q = \Delta U – W \]

となります。ここに、定圧変化における \(W\) の表現 \(W = -P\Delta V\) を代入すると、

\[ Q = \Delta U – (-P\Delta V) \]

定圧変化における第一法則(熱の分配):

\[ Q_P = \Delta U + P\Delta V \]

ここでも、熱量 \(Q\) に添字 \(P\) をつけて \(Q_P\) と書き、これが「圧力一定の条件下で系に加えられた熱量」であることを明示します。

この式が、定圧変化におけるエネルギー収支の核心です。

定圧変化において、系(気体)に与えられた熱 (\(Q_P\)) は、

1. その一部が、系の内部エネルギーを増加させる (\(\Delta U\)) ために使われ、

2. 残りの部分が、系が外部に対して仕事をする (\(P\Delta V = W_{by}\)) ために使われる。

6.2. 定積変化との比較

この結果を、定積変化の場合と比較すると、その違いは鮮明になります。

  • 定積変化: \(Q_V = \Delta U\)加えられた熱は、100%内部エネルギーの増加(温度上昇)に充てられます。
  • 定圧変化: \(Q_P = \Delta U + P\Delta V\)加えられた熱は、内部エネルギーの増加(温度上昇)と、外部への仕事の両方に「支払わ」なければなりません。

このことから、極めて重要な結論が導かれます。

同じ物質量 (\(n\)) の気体を、同じ温度だけ (\(\Delta T\)) 上昇させたい場合、定圧変化の方が、定積変化よりも多くの熱量を必要とする。

なぜなら、定圧変化では、同じ \(\Delta U\)(内部エネルギーの増加、すなわち温度上昇)を達成した上で、さらに \(P\Delta V\) という外部への仕事の分だけ、余計にエネルギーを供給してやる必要があるからです。

アナロジー:お小遣いの使い道

あなたの目標が「知識を \(\Delta U\) だけ増やす(参考書を買う)」ことだとします。

  • 定積変化の状況: あなたは家に閉じこもっていて、外出の必要がありません(仕事\(W=0\))。もらったお小遣い(\(Q_V\))は、すべて参考書代(\(\Delta U\))に使うことができます。\[ Q_V = \Delta U \]
  • 定圧変化の状況: あなたは、参考書を買いに、書店まで出かけなければなりません。そのための交通費(外部への仕事 \(P\Delta V\))も必要になります。したがって、同じ参考書を買う(同じ \(\Delta U\) を達成する)ためには、参考書代(\(\Delta U\))に加えて交通費(\(P\Delta V\))も必要となるため、より多くのお小遣い(\(Q_P\))をもらわなければなりません。\[ Q_P = \Delta U + (\text{交通費}) \]

この関係から、\(Q_P > Q_V\) であることは明らかです。この差が、次の「定圧モル比熱」の概念へと繋がっていきます。


7. 定圧モル比熱の定義

7.1. なぜもう一つのモル比熱が必要なのか

前節の結論、「同じ温度を上昇させるのに、定圧変化は定積変化より多くの熱を必要とする(\(Q_P > Q_V\))」は、気体の「温まりにくさ」が、その状況設定によって異なることを示しています。

この事実は、気体の熱的な性質を特徴づける「モル比熱」もまた、状況に応じて二種類定義する必要があることを意味します。

一つは、すでに学んだ「定積モル比熱 (\(C_V\))」。これは、体積一定の条件下での温まりにくさを表し、内部エネルギーと深く結びついていました。

そしてもう一つが、定圧変化における温まりにくさを表す「定圧モル比熱 (\(C_p\))」です。(添字の \(p\) は Pressure=圧力が一定であることを示します。)

7.2. 定圧モル比熱 (\(C_p\)) の定義

定圧モル比熱 (\(C_p\)) の定義:

1 mol の気体の温度を、圧力一定のまま 1 K だけ上昇させるのに必要な熱量。

単位は、\(C_V\) と同じく J/(mol·K) です。

この定義から、\(n\) mol の気体の温度を、定圧変化で \(\Delta T\) だけ上昇させるのに必要な熱量 \(Q_P\) は、

\[ Q_P = n C_p \Delta T \]

と表すことができます。

物理的な意味から、私たちはすでに \(C_p > C_V\) であることを知っています。なぜなら、同じ1 mol の気体の温度を 1 K 上昇させるという同じ目的を達成するために、定圧下では、外部への仕事という「余分なコスト」がかかるため、より多くの熱(エネルギー)を投入する必要があるからです。

7.3. \(C_p\) は何を物語るか

\(C_V\) の正体が、実質的に「内部エネルギーの温度に対する変化率」であったのに対し、\(C_p\) は何を物語っているのでしょうか。

\(C_p\) は、熱が仕事へと変換されるプロセスを含んだ、より包括的なエネルギーの出入りを特徴づける量です。それは、気体が単にエネルギーを内部に溜め込む能力(\(C_V\) に関連)だけでなく、外部環境と相互作用しながら膨張し、力学的な仕事を生み出す能力をも反映した指標なのです。

この二つのモル比熱 \(C_p\) と \(C_V\) は、気体の熱力学的な性質を完全に特徴づける、極めて重要な「二つの個性」と言えます。そして、この二つの個性の「差」にこそ、気体の本質に関わる、美しい法則が隠されているのです。次のセクションでは、いよいよその関係を解き明かす「マイヤーの関係式」の導出に挑みます。


8. マイヤーの関係式(\(C_p – C_V = R\))の導出

8.1. 熱力学における美しい関係

これまでに、私たちは気体の二つの異なる「温まりにくさ」の指標、定積モル比熱 \(C_V\) と定圧モル比熱 \(C_p\) を定義し、物理的に \(C_p > C_V\) であることを理解しました。

では、この二つのモル比熱の「差」 (\(C_p – C_V\)) は、一体どれくらいの大きさで、物理的に何を意味するのでしょうか。19世紀のドイツの物理学者ユリウス・ロベルト・フォン・マイヤーは、この差が、驚くべきことに、気体の種類によらない普遍的な定数、すなわち気体定数 \(R\) に等しくなることを理論的に示しました。

マイヤーの関係式 (Mayer’s relation):

\[ C_p – C_V = R \]

この式は、一見すると無関係に見えた三つの物理量(\(C_p, C_V, R\))の間に、深い内的な繋がりがあることを示しています。この関係式の導出は、熱力学第一法則と理想気体の状態方程式を組み合わせる、熱力学の醍醐味が詰まった、非常に重要なプロセスです。

8.2. 導出のステップ・バイ・ステップ

\(n\) mol の理想気体が、圧力 \(P\) 一定のまま、温度が \(T\) から \(T+\Delta T\) へと微小に変化する「定圧変化」のプロセスを考えます。このプロセスを、熱力学第一法則の視点から分析することで、マイヤーの関係式を導きます。

ステップ1:第一法則からの出発

  • 定圧変化における熱力学第一法則は、加えられた熱 \(Q_P\) が、内部エネルギーの変化 \(\Delta U\) と、気体が外部にした仕事 \(W_{by}\) の和に等しいことを示しています。(ここでは、\(W = -W_{by}\) ではなく、\(W_{by}\) を直接使う方が式が直感的になります。)\[ Q_P = \Delta U + W_{by} \]

ステップ2:各項の具体的な表現の代入

  • 次に、この式の各項(\(Q_P, \Delta U, W_{by}\))を、私たちがこれまでに学んだ具体的な数式で表現していきます。
    • 熱 \(Q_P\): 定圧モル比熱 \(C_p\) の定義から、\[ Q_P = n C_p \Delta T \]
    • 内部エネルギーの変化 \(\Delta U\): ここが最も重要なポイントです。内部エネルギー \(U\) は、経路によらない「状態量」であり、その変化量 \(\Delta U\) は、温度変化 \(\Delta T\) だけで決まります。したがって、定積変化で導出した関係式 \(\Delta U = nC_V\Delta T\) は、この定圧変化のプロセスに対しても、全く同じ形で適用することができます。\[ \Delta U = n C_V \Delta T \]
    • 仕事 \(W_{by}\): 定圧変化において、気体が外部にする仕事は、\[ W_{by} = P\Delta V \]
  • これらの表現を、ステップ1の第一法則の式にすべて代入します。\[ n C_p \Delta T = n C_V \Delta T + P\Delta V \quad \cdots ① \]

ステップ3:理想気体の状態方程式の活用

  • このままでは、式の中に \(P\Delta V\) という項が残っており、まだ \(C_p, C_V, R\) だけの関係式にはなっていません。そこで、\(P\Delta V\) を、温度変化 \(\Delta T\) を使って表現するために、理想気体の状態方程式 \(PV=nRT\) を活用します。
  • 定圧変化の始状態(温度 \(T\), 体積 \(V\))と終状態(温度 \(T+\Delta T\), 体積 \(V+\Delta V\))において、状態方程式はそれぞれ成り立ちます。
    • 始状態: \(PV = nRT\)
    • 終状態: \(P(V+\Delta V) = nR(T+\Delta T)\)
  • 終状態の式を展開します。\[ PV + P\Delta V = nRT + nR\Delta T \]
  • この式の左辺の \(PV\) は、始状態の式から \(nRT\) に等しいので、置き換えます。\[ nRT + P\Delta V = nRT + nR\Delta T \]
  • 両辺にある \(nRT\) を消去すると、\[ P\Delta V = nR\Delta T \]という、\(P\Delta V\) と \(\Delta T\) の間の重要な関係式が得られます。

ステップ4:最終的な結論へ

  • いよいよ最終段階です。ステップ3で得られた \(P\Delta V = nR\Delta T\) を、ステップ2の終わりで得た式①に代入します。\[ n C_p \Delta T = n C_V \Delta T + (nR\Delta T) \]
  • この式のすべての項には、共通して \(n\Delta T\) が含まれています。プロセスは空虚なものではないので、\(n \neq 0\) かつ \(\Delta T \neq 0\) です。したがって、両辺を \(n\Delta T\) で割ることができます。\[ C_p = C_V + R \]
  • 最後に、\(C_V\) を左辺に移項すれば、証明は完了です。\[ C_p – C_V = R \]

8.3. マイヤーの関係式の物理的意味

このエレガントな関係式は、物理的に何を物語っているのでしょうか。

気体の定圧モル比熱と定積モル比熱の差は、気体が1モルあたり、温度を1K上昇させる際に、膨張して外部にする仕事量に正確に等しい。

思い出してみましょう。

  • \(C_V\) は、内部エネルギーを1K分温めるのに必要な熱量でした。
  • \(C_p\) は、内部エネルギーを1K分温め、かつ、その際に膨張して外部に仕事をするために必要な熱量でした。
  • したがって、その差 (\(C_p – C_V\)) は、純粋に「1モル、1Kあたりの仕事の量」に相当します。

そして、ステップ3で見たように、\(P\Delta V = nR\Delta T\) という関係は、まさにこの仕事量が \(nR\Delta T\) であることを示しています。\(n=1\) mol, \(\Delta T = 1\) K とすれば、この仕事量はちょうど \(R\) [J] となります。

マイヤーの関係式は、熱力学第一法則というエネルギー保存則の舞台の上で、気体の熱的性質(\(C_p, C_V\))と、力学的な性質(仕事)とが、気体定数 \(R\) を介して、分かちがたく結びついていることを示しているのです。


9. 比熱比(\(\gamma\))の定義とその物理的意味

9.1. 二つのモル比熱の「比」

マイヤーの関係式によって、二つのモル比熱 \(C_p\) と \(C_V\) の「差」が、普遍的な意味を持つ定数 \(R\) となることがわかりました。物理学では、しばしば、二つの量の「差」だけでなく、その「比」もまた、重要な物理的意味を持つことがあります。

そこで、定圧モル比熱 \(C_p\) と定積モル比熱 \(C_V\) の比を、新しい物理量として定義します。これを「比熱比 (specific heat ratio)」と呼び、ギリシャ文字の **\(\gamma\)(ガンマ)**で表します。

比熱比 (\(\gamma\)) の定義:

\[ \gamma = \frac{C_p}{C_V} \]

\(C_p > C_V > 0\) なので、比熱比 \(\gamma\) は、常に1より大きい、単位を持たない無次元量です。

9.2. 単原子分子理想気体の \(\gamma\) の値

比熱比 \(\gamma\) の値は、気体の種類(単原子か、二原子かなど)によって異なります。私たちが今扱っている、最も単純な「単原子分子理想気体」の場合、その値はいくらになるでしょうか。

これまでに、以下の関係を導出しました。

  • 定積モル比熱: \(C_V = \frac{3}{2}R\)
  • マイヤーの関係式: \(C_p = C_V + R\)

これらを使って、\(C_p\) を計算します。

\[ C_p = \frac{3}{2}R + R = \left(\frac{3}{2} + 1\right)R = \frac{5}{2}R \]

したがって、単原子分子理想気体の定圧モル比熱は \(C_p = \frac{5}{2}R\) となります。

この二つの値を、\(\gamma\) の定義式に代入します。

\[ \gamma = \frac{C_p}{C_V} = \frac{\frac{5}{2}R}{\frac{3}{2}R} \]

気体定数 \(R\) と係数の分母の2が、きれいに打ち消し合います。

単原子分子理想気体の比熱比:

\[ \gamma = \frac{5}{3} \approx 1.67 \]

この \(\gamma = 5/3\) という値は、ヘリウムやアルゴンといった単原子分子気体の性質を特徴づける、非常に重要な定数です。

9.3. 比熱比 \(\gamma\) の物理的な役割

比熱比 \(\gamma\) は、単なる二つの比熱の比にとどまらず、気体の熱力学的な振る舞い、特に断熱変化を記述する上で、中心的な役割を果たします。

Module 6で詳しく学びますが、外部との熱のやり取りがない断熱変化(\(Q=0\))において、気体の圧力 \(P\) と体積 \(V\) の間には、

\[ PV^\gamma = \text{一定} \]

という関係が成り立ちます。これを「ポアソンの法則」と呼びます。

この式に登場する指数 \(\gamma\) こそが、比熱比に他なりません。

  • \(\gamma\) の値が大きい気体ほど、断熱圧縮したときの温度上昇や圧力上昇が急激になります。
  • また、音波が空気中を伝わる速さ(音速)も、この比熱比 \(\gamma\) を使って表されることが知られています(\(v = \sqrt{\gamma RT/M}\))。

なぜ \(\gamma\) が断熱変化に現れるのでしょうか。直感的には次のように説明できます。断熱圧縮では、外部からされた仕事がすべて内部エネルギーの増加(\(\Delta U = W\))になります。このとき、\(C_V\) が小さい気体ほど、同じ仕事(エネルギー)をされても、温度が上がりやすくなります(\(\Delta T = \Delta U / nC_V\))。そして、\(C_V\) が小さいと、相対的に \(C_p\) も小さくなるため、比である \(\gamma=C_p/C_V\) が大きくなります。つまり、\(\gamma\) が大きいということは、「エネルギーを溜め込む能力(\(C_V\))が低く、加えられたエネルギーがすぐに温度上昇に反映されやすい」という、気体の断熱的な性質を反映しているのです。

このように、比熱比 \(\gamma\) は、気体の内部構造(単原子か二原子かなどで \(C_V\) が決まる)と、その気体が示す断熱的な振る舞いとを結びつける、重要な架け橋となる物理量なのです。


10. 定積・定圧変化における状態量の変化の比較

10.1. 比較のための共通の土俵設定

定積変化と定圧変化は、それぞれ体積または圧力を一定に保つという、異なる制約の下でのプロセスです。この二つのプロセスの違いをより深く理解するためには、ある共通の条件下で、それぞれのプロセスがどのような異なる結果をもたらすのかを比較することが有効です。

比較のための「共通の土俵」として、以下の二つのシナリオを設定してみましょう。

  • シナリオA:同じ熱量 \(Q\) を加えた場合
  • シナリオB:同じ温度 \(\Delta T\) だけ上昇させた場合

どちらのシナリオでも、同じ初期状態(\(P_1, V_1, T_1\))から出発する、\(n\) mol の単原子分子理想気体を考えます。

10.2. シナリオA:同じ熱量 \(Q\) を加えた場合の比較

初期状態(\(P_1, V_1, T_1\))の気体に対し、定積変化と定圧変化で、それぞれ同じ量の熱 \(Q_0\) (>0) を加えたとします。最終的な状態(温度、圧力、体積、内部エネルギー)は、それぞれどうなるでしょうか。

10.2.1. 定積変化 (A→B)

  • 熱・仕事・内部エネルギー:
    • 加えられた熱: \(Q_V = Q_0\)
    • 仕事: \(W = 0\)
    • 第一法則より、内部エネルギーの変化: \(\Delta U_V = Q_V = Q_0\)
  • 状態量の変化:
    • 内部エネルギーが \(Q_0\) だけ増加したので、\(\Delta U_V = \frac{3}{2}nR\Delta T_V = Q_0\) より、温度上昇は \(\Delta T_V = \frac{Q_0}{\frac{3}{2}nR}\)。
    • 体積は一定: \(V_B = V_1\)。
    • 圧力はゲイ=リュサックの法則に従い上昇する。

10.2.2. 定圧変化 (A→C)

  • 熱・仕事・内部エネルギー:
    • 加えられた熱: \(Q_P = Q_0\)
    • 第一法則より、\(Q_P = \Delta U_P + W_{by, P}\)。つまり、\(Q_0 = \Delta U_P + W_{by, P}\)。
    • 気体は膨張して外部に正の仕事をするので、\(W_{by, P} > 0\)。
    • したがって、内部エネルギーの変化は \(\Delta U_P = Q_0 – W_{by, P}\) となり、\(Q_0\) よりも小さくなります。

10.2.3. 比較と結論

  • 内部エネルギーと温度:
    • \(\Delta U_V = Q_0\)
    • \(\Delta U_P = Q_0 – W_{by, P} < Q_0\)
    • したがって、\(\Delta U_V > \Delta U_P\) となります。
    • 内部エネルギーは温度にのみ依存するため、これは**\(\Delta T_V > \Delta T_P\)** であることを意味します。

結論1:同じ熱量を加えても、温度上昇は、定積変化の方が定圧変化よりも大きい。

これは、定圧変化では加えられた熱の一部が外部への仕事として「逃げて」しまうため、内部エネルギー(温度)の増加に使える分が少なくなる、という物理的描像と一致します。

  • P-V図上での比較:初期状態Aから、定積変化は垂直にB点へ、定圧変化は水平にC点へと移動します。
    • \(\Delta T_V > \Delta T_P\) なので、B点の温度 \(T_B\) はC点の温度 \(T_C\) よりも高くなります。
    • P-V図では、より高温の等温線が右上に位置するため、B点は、C点を通る等温線よりも、さらに外側(右上)の等温線上にあることになります。

10.3. シナリオB:同じ温度 \(\Delta T\) だけ上昇させた場合の比較

次に、初期状態(\(P_1, V_1, T_1\))から、定積・定圧それぞれのプロセスで、同じ温度 \(\Delta T_0\) (>0) だけ上昇させたとします。

10.3.1. 内部エネルギー

  • 内部エネルギーの変化 \(\Delta U\) は、温度変化 \(\Delta T\) のみに依存します。
  • どちらのプロセスでも \(\Delta T = \Delta T_0\) なので、結論2:内部エネルギーの変化量は、定積変化と定圧変化で等しい。\[ \Delta U_V = \Delta U_P = \frac{3}{2}nR\Delta T_0 \]

10.3.2. 熱と仕事

  • 定積変化 (A→B’):
    • \(W=0\)。
    • \(Q_V = \Delta U = \frac{3}{2}nR\Delta T_0\)。
  • 定圧変化 (A→C’):
    • \(W_{by, P} = P\Delta V = nR\Delta T_0\)。
    • \(Q_P = \Delta U + W_{by, P} = \frac{3}{2}nR\Delta T_0 + nR\Delta T_0 = \frac{5}{2}nR\Delta T_0\)。

10.3.3. 比較と結論

結論3:同じ温度だけ上昇させる場合、必要な熱量は、定圧変化の方が定積変化よりも大きい。

\[ Q_P = \frac{5}{2}nR\Delta T_0 > Q_V = \frac{3}{2}nR\Delta T_0 \]

この熱量の差 \(Q_P – Q_V = nR\Delta T_0\) は、まさに定圧変化の際に外部へした仕事の量に一致します。

  • P-V図上での比較:
    • 初期状態Aは、ある等温線 \(T_1\) 上にあります。
    • どちらのプロセスも、最終的には同じ温度 \(T_2 = T_1 + \Delta T_0\) の等温線上に到達します。
    • 定積変化(A→B’)は、垂直に上昇し、等温線 \(T_2\) と交差します。
    • 定圧変化(A→C’)は、水平に右へ移動し、同じ等温線 \(T_2\) と交差します。

この比較分析を通じて、定積変化と定圧変化という二つの基本的なプロセスが、熱力学第一法則の枠組みの中で、どのように異なるエネルギーの収支パターンを示すのかを、定量的かつ視覚的に理解することができます。これは、より複雑な熱サイクルを分析するための、重要な基礎訓練となります。


Module 5:定積変化と定圧変化の総括:制約が生み出す、熱力学の個性

本モジュールでは、熱力学第一法則という普遍的な原理に、「体積一定」あるいは「圧力一定」という具体的な「制約」を課すことで、気体の振る舞いがどのように特徴づけられ、どのような新しい物理概念が生まれるのかを探求しました。これは、一般的な法則を特殊な状況に適用することで、より深い理解を得るという、科学における王道のアプローチの実践でした。

まず、最も単純な「定積変化」では、仕事のやり取りがゼロになるため、加えられた熱がすべて内部エネルギーの増加に直結する (\(\Delta U = Q_V\)) ことを学びました。この関係は、系の内部エネルギーの変化を直接反映する新しい指標「定積モル比熱 (\(C_V\))」を定義するための論理的な礎となり、その値が単原子分子理想気体では \(C_V = \frac{3}{2}R\) となることを理論的に導きました。

次に、より現実的な「定圧変化」に目を向けました。ここでは、系は外部と仕事のやり取り (\(W = -P\Delta V\)) を行うため、加えられた熱は内部エネルギーの増加と外部への仕事という二つの役割に分配される (\(Q_P = \Delta U + P\Delta V\)) ことを明らかにしました。この「仕事」という余分なエネルギーコストの存在が、なぜ同じ温度上昇でも定圧過程の方がより多くの熱を必要とするのか、そしてなぜ「定圧モル比熱 (\(C_p\))」が \(C_V\) よりも大きくなるのか、その物理的な理由を解き明かしました。

本モジュールのクライマックスは、この二つのモル比熱の間に潜む、美しくも力強い「マイヤーの関係式 (\(C_p – C_V = R\))」の導出でした。熱力学第一法則と理想気体の状態方程式を組み合わせることで、二つの熱的性質の「差」が、気体が膨張する際に行う「仕事」の本質的な大きさを表す普遍気体定数 \(R\) に帰着することを示しました。これは、熱と仕事、そして気体の内部構造が、分かちがたく結びついていることの証左です。さらに、二つの比熱の「比」である比熱比 \(\gamma\) が、気体の断熱的な性質を支配する重要なパラメータであることを学びました。

定積と定圧という、異なる制約の下で、気体は異なる「個性」(異なる熱の吸収の仕方、異なる仕事のやり取り)を見せます。しかし、その根底には常に熱力学第一法則という普遍的なルールが流れています。この、一般性と特殊性を行き来する思考こそが、熱力学を深く理解する鍵です。この二つの基本プロセスをマスターした今、私たちは、これらを組み合わせた、より複雑でダイナミックな「等温変化」と「断熱変化」の世界へ、自信を持って進むことができます。

目次