【基礎 物理】Module 11: 現代物理学Ⅱ:量子力学

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【本モジュールの学習目標】

Module 10で探求した相対性理論が、巨大な宇宙と光速に近い極限の世界で、我々の時間と空間の常識を覆した「マクロの革命」であったとすれば、このモジュールで学ぶ量子力学は、原子や電子といった、極めて小さなミクロの世界で、我々の存在と実在そのものに関する常識を揺るがす「ミクロの革命」です。この革命は、19世紀末の物理学では説明不可能な、いくつかの実験事実から始まりました。まず、熱せられた物体が放つ光のスペクトル(黒体放射)を説明するために、プランクが提唱した「エネルギーはとびとびの値しかとれない」という量子仮説を学びます。次に、この考えをアインシュタインが発展させ、光が波であると同時に「粒」としての性質も持つ(光量子仮説)ことを示した光電効果とコンプトン効果を検証し、粒子と波の二重性という奇妙な概念に遭遇します。驚くべきことに、この二重性は光だけでなく、電子をはじめとするすべての物質が持つ普遍的な性質であることが、ド・ブロイ波の提唱によって明らかになります。この奇妙な世界を支配する新しいルールが、不確定性原理(位置と運動量は同時に確定できない)と、ミクロな世界の運動を記述する究極の法則、シュレーディンガー方程式です。このモジュールを終えるとき、あなたは、確定的で予測可能だった古典物理学の世界観が崩壊し、すべてが確率の波として存在する、不確かで不思議な、しかし驚くほど正確な量子の世界への扉を開くことになるでしょう。


目次

1. 古典物理学の破綻と量子の夜明け

量子力学は、アインシュタインの相対性理論のように、一人の天才の思考から生まれたというよりは、古典物理学の理論ではどうしても説明がつかない、いくつかの実験事実の謎を解き明かそうとする、多くの物理学者たちの苦闘の末に生まれました。その最初の綻びは、一見すると地味な「熱放射」の問題にありました。

1.1. 黒体放射問題と「紫外破綻」

  • 黒体(Black Body)とは:外部から入射するあらゆる波長の電磁波を完全に吸収し、また熱平衡状態にあるときには、あらゆる波長の電磁波を放射する、理想的な物体。
  • 黒体放射(Black-body Radiation):黒体を加熱したとき、その温度に応じて放射される電磁波(光)のこと。溶鉱炉の中の鉄が、温度が上がるにつれて赤→黄→白と色を変えて輝くのがこの例です。
  • 古典物理学の困難と「紫外破綻」:19世紀末の物理学者たちは、当時確立されていた熱力学と電磁気学の法則を用いて、この黒体放射のスペクトル(どの波長の光がどれくらいの強さで放射されるか)を理論的に説明しようと試みました。
    • レイリー・ジーンズの法則: 古典論に基づいた計算では、波長が長い(振動数が低い)領域では実験結果とよく一致しました。
    • 紫外破綻 (Ultraviolet Catastrophe): しかし、波長が短い(振動数が高い)紫外線の領域になると、理論的な放射エネルギーは無限大に発散してしまうという、明らかに矛盾した結果が導かれてしまいました。これは、古典物理学がミクロな世界では破綻していることを示す、深刻な「事件」でした。

1.2. プランクの量子仮説:エネルギーは「とびとび」の値をとる

  • プランクの「絶望的な行為」:1900年、ドイツの物理学者マックス・プランクは、この紫外破綻を解決するため、ある大胆で、彼自身が「絶望の中から生まれたやむにやまれぬ行為」と呼んだ仮説を提唱しました。
  • 量子仮説 (Quantum Hypothesis):黒体の壁で振動している荷電粒子(振動子)が放出・吸収できるエネルギーは、特定の振動数 ν(ニュー)に対して、ある最小単位の整数倍の値しかとることができない。E=nhν(n=0,1,2,3,…)
  • プランク定数 h:
    • h はプランク定数と呼ばれる、自然界の最も基本的な定数の一つです。h≈6.626×10−34 J⋅s
    • E=hν は、エネルギーの最小単位であり、これをエネルギー量子と呼びます。
  • 仮説の成功:プランクがこの「エネルギーがとびとびの値しかとれない」という奇妙な仮説を導入して計算したところ、導き出された黒体放射のスペクトル曲線は、実験結果と完璧に一致しました。
  • 意味:これは、エネルギーというものが、水が流れるように連続的なものではなく、砂粒のように**不連続で、つぶつぶな(量子化された)**ものである可能性を示唆する、量子時代の幕開けを告げるものでした。しかし、この時点では、なぜエネルギーが量子化されるのか、その物理的な意味は誰にも分かりませんでした。

2. 光の粒子性:光量子仮説からコンプトン効果へ

プランクの量子仮説は、当初、黒体内部の振動子のエネルギーに関する特殊な仮定だと考えられていました。しかし、このアイデアの真の革命性を見抜き、光そのものに適用したのがアインシュタインでした。

2.1. 光電効果:古典電磁気学では説明不能な現象

  • 光電効果 (Photoelectric Effect):金属に特定の振動数以上の光を当てると、金属表面から電子(光電子)が飛び出してくる現象。
  • 古典電磁気学による予測と矛盾:光を波として考えると、光電効果は以下のように説明されるはずでした。
    • 予測①: 光のエネルギーは振幅(明るさ)で決まるので、どんな振動数の光でも、明るくすれば電子は飛び出すはず。
    • 予測②: 明るい光ほど、電子は大きな運動エネルギーを持つはず。
    • 予測③: 暗い光の場合、エネルギーが蓄積されるまで時間がかかり、電子が飛び出すのに時間的な遅れがあるはず。
  • 実験結果との致命的な矛盾:しかし、実際の実験結果はこれらの予測をことごとく裏切りました。
    • 事実①: ある特定の振動数(限界振動数 ν0​)以下の光は、どんなに明るくても電子は一つも飛び出さない。
    • 事実②: 飛び出す光電子の運動エネルギーの最大値は、光の明るさにはよらず、振動数にのみ比例して大きくなる。
    • 事実③: 光を当てると、電子はほぼ瞬時に飛び出す。

2.2. アインシュタインの光量子仮説:光は「粒」の集まり

  • 1905年(特殊相対性理論と同じ「奇跡の年」)、アインシュタインは、この謎を解明するために、プランクのアイデアをさらに発展させた、革命的な仮説を提唱しました。
  • 光量子仮説 (Light Quantum Hypothesis):光とは、空間に広がった波なのではなく、振動数 ν に比例したエネルギー E=hν を持つ、粒子のようなエネルギーの塊(光量子、または光子 Photon)の集まりである。
  • 光電効果の説明:この仮説に立つと、光電効果の謎は、魔法のように鮮やかに説明できます。
    1. 光電効果は、「光子」という一粒の弾が、金属中の一個の電子に衝突する「一対一のイベント」である。
    2. 電子を金属表面から引き出すためには、ある最低限の仕事(仕事関数 W)が必要。
    3. エネルギー hν を持つ光子が電子に衝突し、その全エネルギーを電子に与える。光子のエネルギーが仕事関数より小さければ (hν<W)、電子は飛び出せない(限界振動数 ν0​=W/h の存在)。
    4. 光子のエネルギーが仕事関数より大きければ、電子はエネルギー hν−W を自身の運動エネルギーとして飛び出す。
  • アインシュタインの光電方程式:飛び出す光電子の運動エネルギーの最大値を Kmax​ とすると、Kmax​=hν−W
    • この式は、光電子の運動エネルギーが、光の明るさ(光子の数)にはよらず、振動数 ν の一次関数であることを完璧に説明し、実験結果と完全に一致しました。

2.3. コンプトン効果:光の粒子としての「衝突」

  • アインシュタインの光量子仮説は、当初あまりにも過激なため、多くの物理学者に受け入れられませんでした。光が干渉や回折を示す「波」であることは、誰もが知る事実だったからです。
  • コンプトン効果 (Compton Effect):1923年、アメリカの物理学者コンプトンは、X線(波長の短い光)を物質に当てて散乱させる実験を行いました。
    • 古典的な波動論では、散乱されたX線の波長は、元の波長と変わらないはずでした。
    • しかし実験結果は、散乱されたX線の波長が、散乱する角度に応じて、元の波長よりも長くなることを示しました。
  • 粒子としての衝突モデル:コンプトンは、この現象を「光子という粒子と、電子という粒子の、ビリヤードのような弾性衝突」として解析し、見事に説明しました。
    • 光子は、エネルギー E=hν だけでなく、運動量 p=h/λ も持つ粒子として扱います。(λは光の波長)
    • この「光子と電子の衝突」というモデルに、力学のエネルギー保存則運動量保存則を適用して計算すると、散乱後のX線の波長の変化が、実験結果と寸分違わず一致したのです。
  • 結論:コンプトン効果は、光がエネルギーだけでなく、運動量をも備えた「粒子」として振る舞うことを決定的に証明し、光の粒子性を不動のものとしました。

3. 物質の波動性 – すべてのものは波である

光が波と粒子の二つの顔を持つことが明らかになりました。しかし、物語はここで終わりません。フランスの若き貴公子が、この奇妙な二重性が、光だけのものではないという、さらに大胆なアイデアを提唱します。

3.1. ド・ブロイの類推:対称性への信念

  • 1924年、フランスの物理学者ルイ・ド・ブロイは、博士論文の中で、自然界の対称性という美しい信念に基づき、次のように考えました。光が波でありながら粒子のように振る舞うのなら、電子のような粒子もまた、波のように振る舞うのではないか?
  • 彼は、光子の運動量と波長の関係式 p=h/λ が、光だけでなく、電子をはじめとするすべての物質粒子にも適用できるのではないか、と仮定しました。

3.2. 物質波の波長:λ=h/p

  • ド・ブロイ波(物質波):ド・ブロイの仮説によれば、運動量 p=mv を持つすべての粒子は、それに付随する波としての性質を持ち、その波長 λ(ド・ブロイ波長)は、λ=ph​=mvh​
  • マクロな世界との関係:この式によれば、野球のボールのようなマクロな物体でも、ド・ブロイ波長は計算できます。しかし、質量 m が非常に大きいため、波長 λ は測定不可能なほど小さくなり、波動性が見えることはありません。
  • 波動性が見えるのは、電子のように質量 m が非常に小さい、ミクロな世界に限られます。

3.3. デイヴィソン・ガーマーの実験:電子の波動性の証明

  • 当初、ド・ブロイの仮説は単なる思弁的なアイデアだと見なされていました。
  • しかし1927年、アメリカの物理学者デイヴィソンとガーマーは、ニッケルの結晶に電子線を当てる実験で、反射された電子の強度が、特定の角度で強くなることを発見しました。
  • これは、X線が結晶によって回折されるパターン(ブラッグ反射)とそっくりでした。彼らの実験は、電子線が、あたかも波のように、結晶格子によって回折・干渉を起こしたことを明確に示していたのです。
  • 計算された電子のド・ブロイ波長は、この回折パターンを完璧に説明しました。
  • これにより、粒子と波の二重性は、光だけでなく、物質の根源的な性質であることが実験的に証明されました。

4. 量子力学の基本原理と記述法

「すべてのものは波であり、粒子である」という奇妙な結論を受け入れたとき、我々の古典的な世界観は根本的な修正を迫られます。

4.1. 不確定性原理:観測の限界と存在の曖昧さ

  • ドイツの物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルクは、この波と粒子の二重性から、ミクロな世界の測定には、原理的な限界が存在することに気づきました。
  • 思考実験:ガンマ線顕微鏡:電子の位置を正確に測定しようとすれば、分解能の高い(波長の短い)光、例えばガンマ線を使う必要があります。
    • しかし、波長の短いガンマ線は、運動量が非常に大きい光子です。この光子が電子に当たると、電子を大きく蹴飛ばしてしまい、その運動量が大きく変わってしまいます。
    • 逆に、電子の運動量を乱さないように、波長の長い(運動量の小さい)光を使うと、今度は光の回折現象のために、電子の位置がぼやけてしまい、位置を正確に決められなくなります。
  • 不確定性原理 (Uncertainty Principle):
    • このように、粒子の位置を正確に決めようとすればするほど、その運動量が不確かになり、逆に運動量を正確に決めようとすればするほど、位置が不確かになるという、トレードオフの関係が存在します。
    • 位置の不確定さ Δx と運動量の不確定さ Δp の積は、プランク定数 h で決まるある一定値以下には、決して小さくすることができません。Δx⋅Δp≥4πh​
  • 意味:これは、我々の測定技術の限界ではなく、自然そのものが持つ本質的な性質です。電子は、ある瞬間に確定した位置と運動量を同時に持つ、という古典的な描像が、根本的に間違っていることを示しています。ミクロな粒子の存在は、本質的に「曖昧さ」や「ぼやけ」を含んでいるのです。

4.2. 古典的決定論の終焉

  • 古典力学(ニュートン力学)の世界観は、決定論でした。ある瞬間のすべての粒子の位置と運動量さえ分かれば、運動方程式を解くことで、その後の未来は完全に予測可能である、という考え方です(ラプラスの悪魔)。
  • しかし、不確定性原理は、出発点である「ある瞬間の正確な位置と運動量」を知ること自体が原理的に不可能であることを示しました。
  • これにより、古典的な決定論は崩壊し、物理学は、未来を確率的にしか語れない、確率論的な世界観へと移行せざるを得なくなりました。

5. シュレーディンガー方程式と波動関数

では、この確率的で曖昧なミクロの世界を、物理学はどのように記述するのでしょうか。その答えを与えたのが、オーストリアの物理学者エルヴィン・シュレーディンガーでした。

5.1. 波動関数 Ψ:存在確率の波

  • 波動関数 (Wave Function) Ψ:量子力学では、電子などの粒子の状態は、波動関数 Ψ(プサイ)と呼ばれる、空間と時間に依存する複素数の波で記述されます。
  • ボルンの確率解釈:波動関数 Ψ そのものには、直接的な物理的意味はありません。
    • しかし、その絶対値の2乗 ∣Ψ∣2 は、その時刻、その場所で粒子が発見される確率密度を表します。
    • つまり、量子力学における粒子は、古典的な点ではなく、空間に広がった「確率の波」として存在すると考えます。∣Ψ∣2 が大きい場所ほど、粒子が見つかる可能性が高いのです。

5.2. シュレーディンガー方程式:波動関数の「運動方程式」

  • シュレーディンガー方程式 (Schrödinger Equation):古典力学におけるニュートンの運動方程式 F=ma が粒子の軌道を決定したように、量子力学では、シュレーディンガー方程式が、波動関数 Ψ の時間的・空間的な振る舞いを決定します。(量子力学的な運動エネルギー)Ψ + (ポテンシャルエネルギー)Ψ = (全エネルギー)Ψ
    • この方程式は、ポテンシャルエネルギー(原子核からのクーロン力など)が与えられれば、その中で電子の波動関数 Ψ がどのように振る舞うかを解き明かすための、量子力学の最も基本的な方程式です。

5.3. コペンハーゲン解釈と観測問題

  • コペンハーゲン解釈:ボーアやハイゼンベルクらを中心に形成された、量子力学の標準的な解釈。
    1. 粒子は、観測されるまでは、波動関数 Ψ に従って確率的に広がって存在する。
    2. 粒子が観測された瞬間、波動関数は一点に収縮し(波束の収縮)、粒子は特定の位置に確定した粒子として発見される。
  • 観測問題:この「観測」とは一体何なのか、観測によってなぜ確率の波が一瞬で収縮するのか、という問題は、依然として物理学における最も深く、未解決な謎の一つです。
  • シュレーディンガーの猫のパラドックスなどは、このミクロな世界の確率的な性質が、我々のマクロな世界の常識といかに相容れないかを示す、有名な思考実験です。

【Module 11 まとめ】

本モジュールでは、20世紀物理学のもう一つの柱である量子力学の誕生と、その驚くべき世界観を探求しました。

  1. 量子の発見黒体放射という古典論の破綻をきっかけに、プランクがエネルギーの量子化 (E=nhν) という概念を導入しました。このアイデアは、アインシュタインによって光電効果の謎を解く光量子仮説 (E=hν) へと発展し、コンプトン効果によって光が紛れもない粒子としての性質を持つことが証明されました。
  2. 粒子と波の二重性: 光が波と粒子の二つの顔を持つという発見は、ド・ブロイによって、電子をはじめとするすべての物質が同様に波としての性質(物質波 λ=h/p)を持つ、という普遍的な粒子と波の二重性の原理へと拡張されました。
  3. 量子力学の基本原理: この奇妙な二重性は、ミクロな世界の記述法を根本から変えました。粒子の位置と運動量を同時に確定することはできないという不確定性原理は、古典的な決定論の終焉を告げました。
  4. 新しい物理の枠組み: 量子力学では、粒子の状態は、その存在確率を表す波動関数 Ψ によって記述されます。そして、その波動関数の振る舞いを支配するのが、量子世界の運動方程式であるシュレーディンガー方程式です。粒子は、観測されるまでは確率の波として存在し、観測によってその状態が一つに確定するという、確率論的な世界観が示されました。

量子力学は、我々の直感とはかけ離れた、奇妙で不思議な理論かもしれません。しかし、その正しさは数々の実験によって疑いようがなく証明されており、現代の半導体技術、レーザー、原子力、化学反応の理解など、科学技術のあらゆる分野の基礎となっています。

次の**Module 12「現代物理学Ⅲ」では、この量子力学という強力なツールを用いて、物理学の長年の謎であった「原子の構造」**の解明に挑みます。なぜ原子は安定に存在できるのか、なぜ原子は特定の色の光しか放出・吸収しないのか。量子力学が、原子の世界の謎をいかにして見事に解き明かしていったかを見ていきましょう。

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