【基礎 物理】Module 12: 現代物理学Ⅲ:原子・原子核物理学
【本モジュールの学習目標】
これまでの11のモジュールを通して、我々は物理学の壮大な旅をしてきました。ニュートン力学に始まり、熱力学、電磁気学、そして常識を覆す相対性理論と量子力学へ。この最終モジュールは、その旅の集大成です。我々が獲得したすべての理論、特に量子力学と相対性理論という強力なツールを駆使して、我々自身を含むすべての物質の根源である**「原子」、そしてその中心に鎮座する「原子核」の世界を探求します。まず、原子がスカスカの構造を持つことを発見したラザフォードの実験と、その構造を量子論で初めて説明したボーアの原子模型を通して、原子の謎に迫ります。次に、原子の中心にある、陽子と中性子が核力という未知の力で固く結びついた原子核の世界へとズームインします。そこでは、アインシュタインの E=mc2 が現実のものとなる、質量欠損と結合エネルギーの概念を学びます。さらに、不安定な原子核が放射線を放って崩壊する放射性崩壊**、そしてその巨大なエネルギーを解放する核分裂と核融合のメカニズムを解き明かします。最後に、現代物理学の最前線である素粒子物理学の扉を開き、物質と力を構成する究極の粒子たちと、自然界の4つの基本的な力を紹介します。このモジュールを終えるとき、あなたは、物理学という学問が、いかにしてこの世界の成り立ちを、その最も根源的なレベルから、美しく、そして統一的に描き出すのかを実感し、この壮大な知的体系の全体像を俯瞰することができるようになるでしょう。
1. 原子構造の探求
物質の基本単位である「原子(Atom)」は、古代ギリシャでは「これ以上分割できないもの」を意味していました。しかし、19世紀末から20世紀にかけて、原子がさらに小さな粒子からなる、内部構造を持つことが明らかになっていきます。
1.1. 原子モデルの変遷:ミクロの世界への道筋
- トムソンの「ぶどうパンモデル」 (1898年頃):
- J.J.トムソンによる電子の発見を受け、原子の最初の具体的なモデルとして提唱されました。
- 正電荷が一様に分布した球(パン)の中に、負電荷を持つ電子(ぶどう)が点在しているというモデルです。原子全体としては電気的に中性です。
- 長岡半太郎の「土星型モデル」 (1904年):
- 日本の物理学者、長岡半太郎は、トムソンのモデルに先駆けて、より現代的なモデルを提唱していました。
- 中心に正電荷を持つ原子核があり、その周りを電子が土星の環のように回っているという、太陽系に似たモデルです。これは、後のラザフォード模型の先駆けとなる、極めて鋭い洞察でした。
- ラザフォードのα線散乱実験と原子核の発見 (1911年):
- ニュージーランド出身の物理学者アーネスト・ラザフォードは、原子の構造を調べるため、非常に薄い金箔に、放射性物質から出るα線(正電荷を持つ粒子)を打ち込む実験を行いました。
- トムソン模型が正しければ: α線は、正電荷が薄く広がった原子の中を、ほとんどまっすぐ通り抜けるはずでした。
- 実験結果: ほとんどのα線は予想通り直進しましたが、ごく稀に、ありえないほど大きな角度で散乱されたり、ほとんど真後ろに跳ね返されたりするα線が観測されました。
- 結論: ラザフォードはこの衝撃的な結果を、「15インチ砲弾をティッシュペーパーに撃ち込んだら、跳ね返って自分に当たったようなものだ」と表現しました。これは、原子の正電荷と質量のほとんどが、原子の中心にある、非常に小さく、密度の高い領域に集中していることを意味します。彼は、この中心部分を**原子核(Nucleus)**と名付けました。
- これにより、原子は、太陽系のように、中心の原子核の周りを電子が回っている**「ラザフォード原子模型」**として描かれることになりました。原子は、その大きさのほとんどが「空っぽ」の空間だったのです。
- ラザフォード原子模型の困難:古典論の壁:
- この太陽系モデルは画期的でしたが、古典電磁気学の観点からは、深刻な困難を抱えていました。
- 古典論によれば、原子核の周りを円運動する電子は、加速度運動をしているため、絶えず電磁波を放射してエネルギーを失い、最終的には数十億分の1秒というごく短時間で原子核に墜落してしまうはずでした。
- しかし、現実の原子は非常に安定に存在しています。ラザフォード模型は、原子の安定性を説明できなかったのです。
2. ボーアの原子模型:量子論による原子の安定性の説明
ラザフォード模型の困難を解決し、原子の世界に初めて量子論の光を当てたのが、デンマークの物理学者ニールス・ボーアでした。
2.1. 原子スペクトルの謎:なぜ光は「線」状なのか
- 原子スペクトル:気体を放電管に入れて加熱したり、高電圧をかけたりすると、気体は特有の色の光を放ちます。この光をプリズムなどで分光すると、虹のような連続的なスペクトルではなく、特定の色(波長)の光だけが、とびとびの輝線として現れます。これを輝線スペクトルと呼びます。
- 古典論では説明不能:ラザフォード模型では、電子はどんな軌道でも回れるため、放出する光の振動数も連続的になるはずで、なぜ特定の色の光しか出さないのか、全く説明できませんでした。この線スペクトルの謎は、原子の安定性の問題と並ぶ、当時の物理学の大きな謎でした。
2.2. ボーアの二つの仮説:量子条件と振動数条件
1913年、ボーアは、古典論を大胆に捨て去り、プランクやアインシュタインによって導入された「量子」の考え方を原子構造に適用することで、これらの謎を解決しようと試みました。彼は、以下の二つの革命的な仮説を立てました。
- 仮説①:量子条件(定常状態の仮説):原子内の電子は、特定のとびとびのエネルギーを持つ円軌道(定常状態)にいる限り、電磁波を放射することなく安定に存在できる。
- 電子の角運動量 L=mvr が、プランク定数 h を 2π で割った量(ℏ、エイチバーと読む)の整数倍になるような、特定の軌道しか許されない、と仮定しました。
- n は量子数と呼ばれます。
- ド・ブロイ波による解釈: この量子条件は、後にド・ブロイが提唱した物質波の考え方によって、より自然に理解されます。電子の軌道一周の長さ (2πr) が、電子のド・ブロイ波長 (λ=h/mv) の整数倍になっているとき、電子の波は強め合って安定な定常波として存在できる、という条件に他なりません。(2πr=nλ)
- 仮説②:振動数条件:電子が、エネルギーの高い定常状態 Em から、エネルギーの低い定常状態 En へと移る(遷移する)とき、そのエネルギー差に等しいエネルギーを持つ光子(光)が、ただ一つ放出される。hν=Em−En
- これは、原子がなぜ「線」スペクトルを示すのかを鮮やかに説明します。原子が放出・吸収できる光のエネルギーは、許されたエネルギー準位の差によって決まるため、その振動数もまた、とびとびの値しかとれないのです。
2.3. 水素原子のエネルギー準位
- ボーアは、これらの仮説を最も単純な水素原子(陽子1個、電子1個)に適用しました。
- 古典的な力学(クーロン力=向心力)と、自身の量子条件を連立させることで、電子がとりうる軌道の半径 rn と、その軌道におけるエネルギー En を、量子数 n の関数として導き出しました。En=−2ℏ2k02me4n21∝−n21
- エネルギー準位:
- 電子がとりうるエネルギー En は、n2に反比例するとびとびの値しかとれません。これをエネルギー準位と呼びます。
- n=1 の状態が最もエネルギーが低く安定した基底状態、n≥2 の状態が励起状態です。
- この理論的に計算されたエネルギー準位の差から、水素原子が放出する光のスペクトル系列(ライマン系列、バルマー系列など)の波長を計算したところ、実験結果と驚くほど正確に一致しました。
2.4. ボーア模型の成功と限界
- 成功:
- 原子の安定性の問題を解決した。
- 水素原子の線スペクトルを見事に説明した。
- 限界:
- 水素以外の、電子を複数持つ原子のスペクトルは説明できなかった。
- なぜ電子が特定の軌道しかとれないのか、その根本的な理由は説明できなかった(量子条件は、いわば天下り的な仮定だった)。
- ボーア模型は、古典論から量子論への過渡期に現れた、不完全ながらも決定的に重要な一歩でした。原子の完全な記述は、その後のシュレーディンガーやハイゼンベルクによる、本格的な量子力学の完成を待たねばなりません。
3. 原子核の物理学
原子の中心には、原子の質量の大部分を占める原子核が存在します。ここからは、原子核そのものの構造と性質を探求していきます。
3.1. 陽子と中性子:原子核の構成要素
- 陽子(Proton):
- ラザフォードらによって、水素原子の原子核として発見されました。
- +e の正電荷を持ち、その質量は電子の約1840倍です。
- 中性子(Neutron):
- 1932年、チャドウィックによって発見されました。
- 電荷を持たず、質量は陽子とほぼ同じです。
- 核子(Nucleon):陽子と中性子は、原子核を構成する粒子として、まとめて核子と呼ばれます。
- 原子番号 Z と 質量数 A:
- 原子番号 Z: 原子核に含まれる陽子の数。元素の種類を決定する。
- 質量数 A: 原子核に含まれる核子(陽子+中性子)の総数。
- 中性子の数は N=A−Z で与えられます。
- 同位体(Isotope):陽子の数(原子番号)が同じで、中性子の数が異なる原子同士のこと。化学的な性質は同じですが、質量や原子核の安定性が異なります。(例:12C と 14C)
3.2. 核力:原子核をまとめる強い力
- 問題: 原子核の中には、正電荷を持つ陽子が、非常に狭い領域に閉じ込められています。クーロンの法則によれば、陽子同士の間には、極めて強力な電気的な斥力が働くはずで、原子核は一瞬でバラバラに吹き飛んでしまうはずです。
- 核力(Nuclear Force):
- それにもかかわらず原子核が安定に存在するのは、この電気的な斥力をはるかに上回る、非常に強力な引力が核子間に働いているからです。この力を核力と呼びます。
- 性質:
- 非常に強い力: 電気的な力よりも100倍以上強い。
- 非常に近距離でのみ働く: 力の到達範囲が、10−15 m 程度と極めて短い。これ以上離れると、急激に力が弱くなる。
- 電荷に依存しない: 陽子同士、中性子同士、陽子と中性子の間、いずれにも同じ強さで働く。
- 核力は、自然界に存在する**「4つの基本的な力」の一つである「強い相互作用」**の現れです。
3.3. 質量欠損と結合エネルギー:E=mc²の応用
- 質量欠損(Mass Defect):
- 原子核の質量を精密に測定すると、不思議なことに、それを構成する陽子と中性子の質量の総和よりも、わずかに軽くなっていることが分かります。
- この失われた質量を質量欠損 Δm と呼びます。Δm=(構成核子の質量の総和)−(原子核の質量)
- 結合エネルギー(Binding Energy):
- なぜ質量が減るのか?その答えは、アインシュタインの**E=mc2**にあります。
- バラバラの核子が集まって原子核を形成するとき、核力の働きによって、系はより安定な(エネルギーの低い)状態になります。このとき、余分なエネルギーが外部に放出されます。
- この放出されたエネルギーが結合エネルギー EB であり、質量とエネルギーの等価性により、このエネルギーに相当する分だけ、系の質量が減少するのです。EB=(Δm)c2
- 結合エネルギーは、その原子核を、再びバラバラの核子に分解するために必要なエネルギー、とも言えます。
- 核子あたりの結合エネルギー:結合エネルギーを質量数Aで割った値は、原子核の安定性を示します。この値は、質量数50〜60の鉄(Fe)付近で最大となり、これより軽い核種でも重い核種でも小さくなります。この事実が、後の核融合と核分裂の原理の鍵となります。
4. 放射線と放射性崩壊
すべての原子核が安定なわけではありません。中には、粒子や電磁波を放出して、より安定な別の原子核に変化しようとするものがあります。
4.1. 放射線の発見と3つの種類(α, β, γ線)
- 1896年、ベクレルはウラン鉱石から目に見えない線が放出されていることを発見しました。その後、キュリー夫妻らの研究により、この放射線には、磁場や電場によって振る舞いが異なる、主に3つの種類があることが分かりました。
- α(アルファ)線:
- 正体は、ヘリウムの原子核(陽子2個、中性子2個)。
- 電荷は +2e。
- 透過力は弱く、紙一枚で止まるが、電離作用(物質の原子から電子を弾き飛ばす能力)は強い。
- β(ベータ)線:
- 正体は、電子。
- 電荷は -e。
- 透過力はα線より強く、数mmのアルミニウム板で止まる。電離作用はα線より弱い。
- γ(ガンマ)線:
- 正体は、エネルギーの高い電磁波(光子)。
- 電荷はゼロ。
- 透過力が非常に強く、分厚い鉛やコンクリートでなければ止められない。電離作用は最も弱い。
4.2. 放射性崩壊の法則と半減期
- 放射性崩壊(Radioactive Decay):不安定な原子核が、放射線を放出して、別の原子核に変化(壊変)すること。
- 崩壊の法則:
- 放射性崩壊は、個々の原子核にとっては完全にランダムな、確率的な現象です。
- しかし、多数の原子核の集団として見ると、単位時間に崩壊する原子核の数は、その時点で存在する原子核の数に比例します。
- 半減期(Half-life) T:
- 放射性原子核の数が、元の半分に減少するまでにかかる時間。
- 半減期は、原子核の種類によって決まる固有の値であり、数秒のものから、数十億年のものまで様々です。
4.3. α崩壊、β崩壊、γ崩壊のメカニズム
- α崩壊:
- 主に質量数が大きい原子核で起こる。
- 原子核からα粒子(24He)が放出される。
- 崩壊後、質量数は4、原子番号は2減少する。
- β崩壊:
- 原子核内の中性子が、陽子と電子に変化し、電子(β線)が核外に放出される現象。(厳密には反電子ニュートリノも放出される)
- 崩壊後、質量数は変わらず、原子番号は1増加する。
- γ崩壊:
- α崩壊やβ崩壊の直後、励起状態にある原子核が、より安定な基底状態に移るときに、余分なエネルギーをγ線として放出する現象。
- γ崩壊では、質量数も原子番号も変化しない。
5. 核エネルギーの解放とその応用
結合エネルギーの曲線が示唆するように、原子核を操作することで、莫大なエネルギーを取り出すことが可能です。
5.1. 核分裂反応と原子力
- 核分裂(Nuclear Fission):
- ウラン235(92235U)のような、非常に重い原子核に、速度の遅い中性子を吸収させると、原子核が不安定になり、二つ以上のより軽い原子核に分裂する現象。
- このとき、核子あたりの結合エネルギーが大きい領域へと移行するため、莫大なエネルギーが解放されると共に、数個の新たな中性子が放出されます。
- 連鎖反応(Chain Reaction):
- 核分裂によって放出された新たな中性子が、さらに別のウラン原子核に吸収されて、次の核分裂を引き起こす。この反応が、ねずみ算式に次々と続いていくのが連鎖反応です。
- 原子力発電の原理:
- 原子力発電所では、この連鎖反応が、暴走しないように制御棒(中性子を吸収する物質)でゆっくりと進行させ、核分裂で発生する熱エネルギーで水を沸騰させて蒸気を作り、その蒸気でタービンを回して発電します。
5.2. 核融合反応と恒星のエネルギー
- 核融合(Nuclear Fusion):
- 水素やヘリウムのような、非常に軽い原子核同士が、超高温・超高圧の状態で融合し、より重い原子核になる反応。
- この反応でも、核子あたりの結合エネルギーが大きい領域へと移行するため、核分裂をはるかに上回る、莫大なエネルギーが解放されます。
- 太陽や恒星が輝くメカニズム:
- 太陽の中心部では、約1500万度という超高温・超高圧のもと、4つの水素原子核(陽子)が、いくつかの段階を経て1つのヘリウム原子核に変換される**核融合反応(陽子-陽子連鎖反応)**が絶えず起きています。
- この核融合で解放されるエネルギーが、太陽が何十億年もの間、輝き続けるエネルギーの源泉です。
- 地上の核融合:核融合は、燃料が豊富で、放射性廃棄物が少ない、究極のクリーンエネルギーとして期待されており、世界中でその実現に向けた研究(ITERなど)が進められています。
6. 物質の根源へ – 素粒子物理学序説
原子核を構成する陽子や中性子もまた、「究極の粒子」ではありませんでした。20世紀後半の物理学は、さらにミクロな世界、素粒子の世界へと分け入っていきます。
6.1. 素粒子の標準模型
- 素粒子(Elementary Particle):現在のところ、それ以上分割できない、物質の最も基本的な構成要素と考えられている粒子。
- 標準模型(Standard Model):これまでに発見された素粒子と、それらの間に働く「4つの基本的な力」のうち3つを、極めて高い精度で記述する、素粒子物理学の基本理論。
6.2. 物質を構成する粒子:クォークとレプトン
標準模型によれば、すべての物質は、クォークとレプトンという2種類の素粒子からできています。
- クォーク(Quark):
- 陽子や中性子といった、ハドロンと呼ばれる粒子を構成する素粒子。単独で取り出すことはできず、常に2個か3個の組み合わせで存在する。
- アップ、ダウン、チャーム、ストレンジ、トップ、ボトムの6種類(世代)がある。
- 陽子は、2個のアップクォークと1個のダウンクォークからなる。
- 中性子は、1個のアップクォークと2個のダウンクォークからなる。
- レプトン(Lepton):
- クォークとは異なり、単独で存在できる素粒子。
- 電子が最もよく知られたレプトン。
- その他に、ミュー粒子、タウ粒子、そしてそれぞれのパートナーである3種類のニュートリノがある。
6.3. 力を媒介する粒子と4つの基本的な力
標準模型では、力は、**力を媒介する粒子(ゲージ粒子)**を交換することによって伝わると考えます。自然界には、以下の4つの基本的な相互作用(力)が存在します。
- 強い相互作用(核力):
- クォーク同士を結びつけて陽子や中性子を作り、さらにそれら核子をまとめて原子核を形成する、最も強い力。
- 媒介粒子はグルーオン。
- 電磁相互作用(電磁気力):
- 電荷を持つ粒子間に働き、原子の構造や化学反応、我々の身の回りのほとんどの現象を支配する力。
- 媒介粒子は光子(フォトン)。
- 弱い相互作用:
- β崩壊のように、素粒子の種類を変化させる、非常に短距離でのみ働く力。
- 媒介粒子はウィークボソン(W粒子、Z粒子)。
- 重力:
- 質量を持つすべての物体の間に働く、最も弱いが、宇宙の巨大な構造を支配する力。
- 媒介粒子は、未発見だが**重力子(グラビトン)**であると予想されている。
標準模型は、重力を除く3つの力を、見事に記述することに成功していますが、重力との統合や、暗黒物質(ダークマター)、暗黒エネルギーの謎など、現代物理学にはまだ解き明かされていない、広大なフロンティアが残されています。
【Module 12 まとめ】
本モジュール、そしてこの物理学の全講座を通じて、我々は壮大なスケールの旅をしてきました。
- 原子の世界へ: 本モジュールではまず、ラザフォードの実験によって原子が中心に核を持つ構造であることが暴かれ、ボーアの模型によって量子論が初めてその安定性と離散的なスペクトルを説明した、原子物理学の黎明期をたどりました。これは、量子力学が、抽象理論ではなく、現実の物質構造を説明する強力なツールであることを示しています。
- 原子核の探求: 次に、原子の中心にある原子核にズームインし、陽子と中性子が核力という未知の力で結びついていること、そしてその結合の際に生じる質量欠損が、E=mc2 に従って莫大な結合エネルギーとなることを見ました。これは、相対性理論が、核の世界で現実的な意味を持つことを示しています。
- 核エネルギーの利用: この原子核のエネルギーを解放する二つの方法、すなわち重い核を割る核分裂と、軽い核を融合させる核融合の原理を学びました。前者は原子力発電として、後者は恒星のエネルギー源として、我々の文明と宇宙の根幹を支えています。
- 物質の根源へ: 最後に、陽子や中性子もまた究極の粒子ではなく、クォークからなる複合粒子であり、すべての物質と力が、標準模型に記述される少数の素粒子と4つの基本的な力に支配されているという、現代物理学が到達した最も深い描像を垣間見ました。
これで、高校物理から始まり、現代物理学の入り口に至るまでの、物理学の構造的体系を巡る我々の旅は、一区切りとなります。ニュートンのリンゴから、マクスウェルの電磁波、アインシュタインの歪んだ時空、そして量子の確率の波を経て、我々は今、物質と宇宙の根源についての、かつてないほど深く、統一的な理解を手にしています。
しかし、物理学の探求に終わりはありません。標準模型の先にあるものは何か、重力と量子論をいかにして統合するのか、宇宙の始まりと終わりはどうなっているのか。この講座で身につけた「思考のOS」は、あなたがこれから未知の問題に立ち向かい、世界のさらなる謎を探求していく上で、きっと力強い羅針盤となってくれるはずです。あなたの知的な冒険が、これからも続くことを願っています。