【基礎 物理】Module 2: 古典力学Ⅰ:質点の運動と力
【本モジュールの学習目標】
このモジュールは、物理学の根幹をなす古典力学、その中でも特にニュートン力学の世界への本格的な入り口です。Module 1で学んだ物理学の言語(ベクトル、単位、有効数字)を駆使して、物体の「運動」そのものを精密に記述する方法(キネマティクス:運動学)から始めます。次に、その運動が「なぜ」変化するのか、その原因である「力」との関係を解き明かす法則(ダイナミクス:動力学)へと進みます。ここでは、ニュートンの3つの運動法則を深く理解し、重力や摩擦力といった実在の力を分析する手法を学びます。最終的には、運動方程式を立てて様々な物理現象を予測・説明できるようになること、そして運動を「力積と運動量」という別の視点から捉え直すことまでを目指します。ここでの学習は、後続のエネルギー、波動、電磁気学など、物理学のあらゆる分野を理解するための思考の根幹を形成します。
1. 運動の記述(キネマティクス):変位、速度、加速度
キネマティクス(運動学)とは、運動の原因(力)には立ち入らずに、運動そのものをどのように記述するかを扱う分野です。時間と空間を舞台に、物体の動きを客観的かつ定量的に表現するための語彙と文法を学びます。
1.1. 基準系と座標:運動を記述する「舞台設定」
- 運動の相対性
- 物体の運動を語る上で、大前提となるのが「運動は相対的である」という考え方です。例えば、電車に乗っている人から見れば、網棚の上の荷物は静止していますが、駅のホームにいる人から見れば、荷物は電車と同じ速度で動いています。
- どちらの記述が「正しい」というわけではなく、どちらも「誰から見るか」という観測者の立場によって変わる、相対的なものなのです。
- 基準系(Frame of Reference)
- この「観測者の立場」を物理学的に明確にしたものが基準系です。基準系とは、物体の位置や運動を記述するための基準となる座標系と、その座標系に同期した時計のセットを指します。
- 高校物理では、特に断りがなければ、地面に固定された基準系(実験室系)を考えます。この基準系を定めることで初めて、「物体がどの位置にいるのか」「どの向きにどれだけの速さで動いているのか」を客観的に議論できます。
- 座標(Coordinate)
- 物体の位置は、基準系に設定された座標を用いて数値で表されます。
- 直線運動(1次元): x軸のみで位置を表現します。例:
x = 5.0 m
- 平面運動(2次元): xy平面上の座標で位置を表現します。例:
(x, y) = (3.0 m, 4.0 m)
- 直線運動(1次元): x軸のみで位置を表現します。例:
- 物体の運動とは、時間が経過するにつれて、この位置座標が変化していく現象であると定義されます。
- 物体の位置は、基準系に設定された座標を用いて数値で表されます。
1.2. 変位(Displacement) vs. 道のり(Distance)
物体の移動を表現する際、似て非なる2つの重要な量があります。それが「変位」と「道のり」です。この区別は、ベクトルとスカラーの区別に直結します。
- 道のり(Distance)
- 物体が実際に移動した経路の全長のことです。
- 大きさのみを持つスカラー量です。
- 例:陸上トラックを1周してスタート地点に戻ってきた場合、道のりは400mです。
- 変位(Displacement)
- 物体の位置の変化を表す量です。
- **始点から終点に向かう有向線分(矢印)**として定義されます。
- 大きさと向きを持つベクトル量です。
- 例:陸上トラックを1周してスタート地点に戻ってきた場合、始点と終点が同じなので、変位は**0(ゼロベクトル)**です。
- 一次元(x軸上)の運動では、変位 Δx は、後の位置 x2 から前の位置 x1 を引いたものとして計算されます。
- Δx=x2−x1
- Δx の符号は運動の向きを表します(正ならx軸の正の向き、負なら負の向き)。
- なぜ変位が重要か?
- 物理学、特に力学では、途中の経路よりも最終的な位置の変化が重要になる場面が多いため、道のりよりも変位が基本的な量として扱われます。後述する速度や加速度も、この変位を基に定義されます。
1.3. 速度(Velocity) vs. 速さ(Speed) – 平均と瞬間の違い
「速度」と「速さ」も日常では混同されがちですが、物理学では厳密に区別される、ベクトルとスカラーのペアです。
- 平均の速度 (Average Velocity)
- ある時間間隔 Δt の間に生じた変位 Δx
を、その時間間隔で割ったものです。
- vˉ
=ΔtΔx
=tあと−tまえx
あと−x
まえ
- 変位がベクトル量であるため、平均の速度もベクトル量となり、その向きは変位の向きと同じになります。
- ある時間間隔 Δt の間に生じた変位 Δx
- 瞬間の速度 (Instantaneous Velocity)
- ある特定の時刻における速度のことです。自動車のスピードメーターが指しているのは、この瞬間の速度の「大きさ」です。
- 数学的には、平均の速度を計算する際の時間間隔 Δt を限りなくゼロに近づけた(Δt→0)ときの極限値として定義されます。
- v
=limΔt→0ΔtΔx
=dtdx
- これはまさに、位置ベクトル x
の時間微分そのものです。
- 瞬間の速度ベクトルの向きは、その瞬間における物体の進行方向(軌跡の接線方向)を向きます。
- 速さ (Speed)
- 瞬間の速度の大きさ(ベクトルの長さ)のことを速さと呼びます。
- 大きさのみを持つスカラー量です。
- v=∣v
∣
1.4. 加速度(Acceleration):速度の変化率
- 加速度の定義
- 加速度とは、単位時間あたりの速度の変化率です。速度がどれくらい「速く」変化しているかを示す指標です。
- 速度がベクトル量であるため、加速度もベクトル量です。
- 日常的には「加速する」というと速度が増すイメージですが、物理では速度が変化しさえすれば(減速する場合や、向きが変わる場合も含む)加速度が生じていると考えます。
- 平均の加速度 (Average Acceleration)
- ある時間間隔 Δt の間に生じた速度の変化 Δv
を、その時間間隔で割ったものです。
- aˉ
=ΔtΔv
=tあと−tまえv
あと−v
まえ
- ある時間間隔 Δt の間に生じた速度の変化 Δv
- 瞬間の加速度 (Instantaneous Acceleration)
- ある特定の時刻における加速度です。
- 平均の加速度を計算する際の時間間隔 Δt を限りなくゼロに近づけたときの極限値として定義されます。
- a
=limΔt→0ΔtΔv
=dtdv
- これは、速度ベクトル v
の時間微分です。さらに、v
は位置 x
の時間微分だったので、加速度は位置 x
の時間二階微分 (a
=dt2d2x
) となります。
- 加速度の向き
- 加速度の向きは、速度の変化ベクトル Δv の向きと同じです。
- 進行方向と同じ向きに加速度が生じると、物体は増速します。
- 進行方向と逆の向きに加速度が生じると、物体は減速します。
- 進行方向と異なる向き(例えば垂直な向き)に加速度が生じると、物体は向きを変えます(カーブします)。円運動が良い例です。
1.5. (発展)微分・積分との関係性:運動学の統一的理解
変位・速度・加速度の関係は、微分・積分の概念を用いることで、極めて明快に統一的に理解できます。難関大学を目指す上では必須の視点です。
- 微分による関係(位置 → 速度 → 加速度)
- 位置 x(t) を時間 t で微分すると、速度 v(t) が得られます。
- v(t)=dtdx(t)
- 速度 v(t) を時間 t で微分すると、加速度 a(t) が得られます。
- a(t)=dtdv(t)=dt2d2x(t)
- 位置 x(t) を時間 t で微分すると、速度 v(t) が得られます。
- 積分による関係(加速度 → 速度 → 位置)
- 加速度 a(t) を時間 t で積分すると、速度の変化量が得られます。時刻 t1 から t2 までの速度の変化は、
- Δv=v(t2)−v(1)=∫t1t2a(t)dt
- 速度 v(t) を時間 t で積分すると、変位が得られます。時刻 t1 から t2 までの変位は、
- Δx=x(t2)−x(t1)=∫t1t2v(t)dt
- この積分関係は、後述するv-tグラフの面積が変位を表すことの数学的な本質です。
- 加速度 a(t) を時間 t で積分すると、速度の変化量が得られます。時刻 t1 から t2 までの速度の変化は、
2. 等加速度直線運動と自由落下
キネマティクスの中でも、加速度が一定であるという特殊な、しかし非常に重要な状況が等加速度直線運動です。多くの物理現象が、この運動で近似できます。
2.1. 3つの公式の導出と物理的意味
加速度 a が一定の場合、時刻 t=0 での初速度を v0、初期位置を x0 として、任意の時刻 t での速度 v と位置 x を求める3つの公式が導かれます。これらの公式を丸暗記するのではなく、その導出過程を理解することが本質的な学力に繋がります。
- 公式1: v=v0+at
- 導出: 加速度の定義式 a=ΔtΔv=t−0v−v0 を v について解くだけです。
- 物理的意味: 速度 v は、初速度 v0 に、時間 t の間に加速度 a によって加えられた速度変化量 at を足し合わせたものである、ということを示しています。
- 公式2: x=x0+v0t+21at2 (または変位で Δx=v0t+21at2)
- 導出(積分を用いる方法): v(t)=v0+at を時間で積分します。
- x(t)=∫v(t)dt=∫(v0+at)dt=v0t+21at2+C (Cは積分定数)
- t=0 で x(0)=x0 なので、積分定数 C=x0 となります。よって、x=x0+v0t+21at2 が得られます。
- 導出(グラフを用いる方法): 後述するv-tグラフの面積(台形)として求められます。
- 物理的意味: 位置 x は、初期位置 x0 に、もし加速度がなければ進むはずの距離 v0t と、加速度があることによって追加で進む距離 21at2 を足し合わせたものであることを示しています。
- 導出(積分を用いる方法): v(t)=v0+at を時間で積分します。
- 公式3: v2−v02=2a(x−x0) (または変位で v2−v02=2aΔx)
- 導出: 公式1 (t=av−v0) と公式2から時間 t を消去することで導かれます。これにより、時間の情報がない(または不要な)状況でも、速度と変位の関係を直接求めることができます。
- 物理的意味: この式は、後のModule 3で学ぶ仕事とエネルギーの関係に密接に結びついています。両辺に質量 m/2 を掛けると、21mv2−21mv02=maΔx=FΔx となり、「運動エネルギーの変化が、力(ma)のした仕事(FΔx)に等しい」というエネルギー原理の原型が現れます。
2.2. v-tグラフの幾何学的意味
等加速度直線運動をグラフで可視化すると、その物理的意味がより深く理解できます。特にv-tグラフ(縦軸に速度v、横軸に時間tをとったグラフ)は極めて重要です。
- グラフの形状
- v=v0+at は t の一次関数なので、v-tグラフは直線になります。
- 傾き (Slope)
- グラフの傾きは、ΔtΔv であり、これは加速度 a の定義そのものです。
- 傾きが正なら a>0(増速)、傾きが負なら a<0(減速)、傾きがゼロなら a=0(等速直線運動)です。
- 面積 (Area)
- グラフと時間軸で囲まれた部分の面積は、その時間内での変位 Δx を表します。
- これは、微小時間 Δt に進む距離が vΔt であり、それを時間全体で足し合わせる(積分する)ことに対応します。
- 時刻0からtまでの面積は、高さが v0 と v、幅が t の台形の面積なので、
- 面積 = 21(v0+v)t
- ここに v=v0+at を代入すると、面積 = 21(v0+v0+at)t=v0t+21at2 となり、公式2が導かれます。
2.3. 自由落下:重力による等加速度運動の典型例
- 自由落下 (Free Fall) の定義
- 物体が重力のみを受けて落下する運動のことです。厳密には空気抵抗を無視した理想的な状況を指します。
- 重力加速度 (Gravitational Acceleration)
- 地表付近では、物体の質量や種類によらず、すべての物体は鉛直下向きにほぼ一定の加速度で落下します。この加速度を重力加速度といい、記号 g で表します。
- その値は場所によってわずかに異なりますが、通常 g≈9.8 m/s² を用います。
- 等加速度直線運動としての扱い
- 自由落下は、加速度 a が重力加速度 g に等しい、特別な等加速度直線運動と見なせます。
- 鉛直上向きを正の方向とすることが多いですが、問題に応じて下向きを正にとることもあります。どちらに設定するかで、g の符号が変わることに注意が必要です。
- 鉛直上向きを正とする場合:加速度 a=−g
- 鉛直下向きを正とする場合:加速度 a=+g
- あとは、この a の値を等加速度直線運動の3公式に代入すれば、投げ上げ、投げ下ろし、自由落下といったすべての鉛直方向の運動を解析できます。
3. 平面運動:放物運動とベクトルによる解析
現実の運動の多くは、直線上ではなく平面上や空間内で起こります。ここでは、2次元の平面運動を解析するための最も重要な原理「運動の独立性」と、その代表例である放物運動を学びます。
3.1. 運動の独立性:平面運動を分解して考える
- 原理
- 平面上の物体の運動は、互いに直交する2つの方向(例えばx方向とy方向)の運動に分解して、それぞれ独立に扱うことができる。
- これは、力(そして加速度)がベクトルであり、x成分とy成分に分解できることに起因します。x方向の力はx方向の運動のみに影響し、y方向の運動には影響を与えません。逆もまた然りです。
- 解析の手順
- 座標系の設定: 運動を解析しやすいように、直交座標系(xy座標)を設定します。
- 分解: 位置、初速度、加速度といったすべてのベクトル量を、x成分とy成分に分解します。
- 独立した解析:
- x方向: x成分のみに着目し、1次元の運動として解析します(等速直線運動や等加速度直線運動など)。
- y方向: y成分のみに着目し、1次元の運動として解析します。
- 合成: それぞれの方向で得られた結果(任意の時刻tでの位置(x,y)や速度(vx, vy))を、ベクトルとして再び合成することで、平面上での物体の状態を完全に記述できます。
3.2. 放物運動のベクトル解析
- 放物運動 (Projectile Motion) とは
- 地表付近で物体を斜め上や水平に投げ出したときの運動です。空気抵抗を無視すれば、物体には鉛直下向きの重力しか働かないため、加速度は常に鉛直下向きで大きさ g の一定値となります。
- 放物運動の分解
- 水平(x)方向:
- 力(加速度)の水平成分はゼロです (ax=0)。
- したがって、水平方向の運動は等速直線運動となります。
- vx=v0cosθ (一定)
- x=(v0cosθ)t
- 鉛直(y)方向:
- 力(加速度)の鉛直成分は −g です (ay=−g)。(鉛直上向きを正とする)
- したがって、鉛直方向の運動は**等加速度直線運動(投げ上げ)**となります。
- vy=v0sinθ−gt
- y=(v0sinθ)t−21gt2
- 水平(x)方向:
- ベクトルによる統一的記述
- これらの成分をベクトルとしてまとめると、放物運動をよりエレガントに記述できます。
- 加速度ベクトル: a
=(0,−g) (常に一定)
- 速度ベクトル: v
(t)=(vx,vy)=(v0cosθ,v0sinθ−gt)
- 位置ベクトル: r
(t)=(x,y)=((v0cosθ)t,(v0sinθ)t−21gt2)
- 軌跡の式
- x と y の式から時間 t を消去すると、物体の通る道筋である軌跡の式が得られます。
- t=v0cosθx を y の式に代入すると、
- y=(tanθ)x−(2v02cos2θg)x2
- これは、y が x の2次関数であることを示しており、グラフが放物線になることの数学的な証明です。
3.3. 相対速度:動く観測者からの視点
- 相対速度の定義
- 物体Aから見た物体Bの速度を、Aに対するBの相対速度といい、v
AB と表します。
- これは、Bの速度からAの速度をベクトル的に引き算することで求められます。
- v
AB=v
B−v
A
- v
- この定義は、ベクトル v
A を基準としたときの v
B の値と解釈でき、基準系の変換と考えることもできます。
- 物体Aから見た物体Bの速度を、Aに対するBの相対速度といい、v
- 考え方のコツ
- 「Aから見たBの速度」を求めたい場合、「自分がAに乗って、Aが静止していると考えると、Bがどう見えるか」を想像します。
- 数学的には、v
A を移項した v
B=v
A+v
AB という関係式が成り立ちます。これは「地面から見たBの速度」は「地面から見たAの速度」と「Aから見たBの速度」のベクトルの和である、という直感的な理解と一致します。
- 応用例
- 川を横切る船の運動:船の静水に対する速度と、川の流水の速度の合成として、岸から見た船の運動が決まります。
- 衝突問題:2物体の衝突を、一方の物体から見た相対運動として捉えることで、問題が簡単になる場合があります。
4. 運動の法則(ニュートン力学):慣性の法則、運動方程式、作用・反作用の法則
ここからが力学の核心、ダイナミクス(動力学)です。キネマティクスが運動を「記述」する学問だったのに対し、ダイナミクスは運動の「原因」である力と、それによって生じる運動の変化(加速度)との関係を法則化し、未来の運動を予測する学問です。その中心にあるのが、アイザック・ニュートンが体系化した3つの運動法則です。
4.1. 第1法則(慣性の法則 Law of Inertia)
物体に力が働かない(または、働く力がつりあっている)ならば、静止している物体は静止し続け、運動している物体は等速直線運動を続ける。
- 慣性 (Inertia)
- この法則が主張しているのは、物体が本来持っている「現在の運動状態を維持しようとする性質」であり、この性質を慣性と呼びます。
- 力は運動そのものの原因ではなく、運動を変化させる(加速させる)原因である、ということを示唆しています。
- 法則の意味
- 力が働かない世界では、運動の変化(加速度)は生じません (a=0)。
- a=0 の運動とは、静止または等速直線運動のことです。
- この法則は、一見すると第2法則(F=ma)で F=0 とした場合に含まれるように見えます。しかし、第1法則のより重要な役割は、後続の第2、第3法則が成り立つような特別な基準系、すなわち**慣性系(Inertial Frame of Reference)**の存在を宣言することにあります。
- 慣性系とは
- 慣性の法則が成り立つ基準系のことです。静止しているか、等速直線運動をしている基準系がこれにあたります。
- 逆に、加速している電車の中のような基準系(非慣性系)では、力が働いていないように見える物体が勝手に動き出す(加速度が生じる)ように見えます。これは「慣性力」という見かけの力を導入することで説明されますが、高校物理の基本は、まず慣性系に立って物事を考えることです。
4.2. 第2法則(運動方程式 Equation of Motion)
物体に力が働くと、物体には力の向きに加速度が生じる。その加速度の大きさ a は、力の大きさ F に比例し、物体の質量 m に反比例する。
- 運動方程式:F=ma
- この法則を数式で表現したものが、物理学で最も重要かつ強力な式の一つである運動方程式です。
- ma
=F
と書かれることも多いです。
- 式の意味の徹底理解
- ベクトル方程式: これはベクトルの方程式です。つまり、加速度 a
の向きは、物体に働く合力 F
の向きと常に同じです。
- F は合力 (Net Force): 左辺の F
は、物体に働いているすべての力をベクトル的に足し合わせた合力(または正味の力)です。一つの力だけを見てはいけません。
- m は慣性質量: ここでの質量 m は、力の作用に対する「動きにくさ」「運動状態の変化のしにくさ」を表す指標です。同じ力でも、質量が大きい物体ほど生じる加速度は小さくなります。この意味で、質量は慣性の大きさそのものであると言えます。
- ベクトル方程式: これはベクトルの方程式です。つまり、加速度 a
- 力学のセントラルドグマ
- 運動方程式は、力学における問題解決の中心的な役割を担います。
- 「力」が分かれば「加速度」が分かり、加速度が分かればキネマティクスの知識(積分や公式)を使って、未来の速度や位置を完全に予測できる、という強力な因果律を示しています。
4.3. 運動方程式の立て方:思考のアルゴリズム
運動方程式を正しく立てて問題を解く能力は、力学の学力の根幹です。以下の手順を機械的に実行できるように訓練してください。
- 着目物体を決める: どの物体の運動について方程式を立てるのかを明確にします。
- 物体に働く力をすべて図示する:
- 「触れているものからの力」と「離れていても働く力(重力、電磁気力など)」に分けて考えると、力の見落としが防げます。
- 重力、垂直抗力、張力、摩擦力など、考えられる力をすべて矢印で描き込みます。このステップが最も重要です。
- 座標系(軸)を設定する:
- 通常は、加速度の向きに軸の一方(例:x軸)を、それと垂直な方向にもう一方の軸(y軸)をとると、計算が最も簡単になります。
- 力を軸方向に分解する: 図示した力が座標軸に対して斜めを向いている場合は、すべて軸の方向の成分に分解します。
- 軸ごとに運動方程式を立てる:
- x方向:
(x方向の力の合力) = m × (x方向の加速度)
- y方向:
(y方向の力の合力) = m × (y方向の加速度)
- 多くの場合、片方の軸方向には動かない(加速度がゼロ)ので、力のつりあいの式になります。
- x方向:
4.4. 第3法則(作用・反作用の法則 Law of Action and Reaction)
物体Aが物体Bに力 FAB を及ぼすとき、物体Bは必ず物体Aに、大きさが等しく向きが反対の力 FBA を及ぼし返す。
- 数式表現: F
AB=−F
BA
- 法則の要点
- 全ての力はペアで存在する: 宇宙に孤立した力は存在せず、必ず相手がいます。
- 大きさが等しく、向きが逆: ペアとなる2つの力は、常に大きさが等しく、一直線上で互いに逆向きです。
- 異なる物体に働く: これが最も重要なポイントです。作用(AがBを押す力)はBに働き、反作用(BがAを押し返す力)はAに働きます。2つの力は異なる物体に作用するため、互いに打ち消し合うことはありません。
- 「力のつりあい」との決定的な違い
- 力のつりあい: 一つの物体に働く複数の力が、ベクトル的に打ち消し合っている状態(合力がゼロ)。
- 作用・反作用: 二つの異なる物体の間に働く、一対の力のこと。
- 例:机の上の本には、下向きの「重力」と、上向きの「机からの垂直抗力」が働いてつりあっています。この2力はつりあいの関係です。一方、「本が机を押す力」と「机が本を押す力(垂直抗力)」は作用・反作用の関係です。「地球が本を引く力(重力)」の反作用は、「本が地球を引く力」です。
5. 様々な力:重力、垂直抗力、張力、摩擦力
運動方程式を立てるためには、まず物体に働く具体的な力を見つけ出す必要があります。ここでは、力学で頻出する基本的な力を詳述します。
5.1. 重力と万有引力 (Gravity / Universal Gravitation)
- 重力: 地球が地上の物体を引く力。物体の質量を m、重力加速度を g とすると、その大きさは W=mgと表されます。向きは常に鉛直下向きです。
- 万有引力: 本質的には、重力は質量を持つすべての物体間に働く万有引力の特殊な場合にすぎません。質量 M と m の物体が距離 r だけ離れているとき、互いに引き合う力の大きさは F=Gr2Mm で与えられます(Gは万有引力定数)。
- 重力と質量の関係:
- 運動方程式 F=ma の m(慣性質量)と、万有引力の法則 F=Gr2Mm の m(重力質量)は、物理的に異なる概念ですが、実験的に極めて高い精度で比例することが知られています(等価原理)。このため、通常は両者を区別せず、単に「質量」と呼びます。
5.2. 垂直抗力 (Normal Force)
- 定義: 物体が面に接しているとき、面が物体を垂直に押し返す力。英語のNormal(垂直な)に由来し、記号は N がよく使われます。
- 特徴:
- 向きは常に面に垂直な方向です。
- 大きさは決まっていません。物体が面を押す力に応じて、面が押し返す力の大きさを自動的に調節します。
- よくある誤解:
- 「垂直抗力 N=mg」と暗記してはいけません。これは、水平な床の上に物体が静止しているという、ごく限られた状況でのみ成り立つ力のつりあいの結果です。
- 斜面上では N=mgcosθ となりますし、エレベーターが加速していれば N の値は変化します。必ず、運動方程式や力のつりあいの式を立てて、その都度大きさを決定する必要があります。
5.3. 張力 (Tension)
- 定義: 糸やロープが物体を引く力。記号は T がよく使われます。
- 特徴:
- 向きは常に糸が伸びる方向を向きます。張力は物体を「押す」ことはできません。
- 「軽くて伸び縮みしない理想的な糸」を考える場合、一本の糸なら、どの部分でも張力の大きさは等しいと仮定します。
- 糸の両端につながれた物体 A と B があれば、糸は A を B の方向に、B を A の方向に、同じ大きさ Tで引きます。これは作用・反作用の法則の一例です。
5.4. 摩擦力 (Frictional Force)
- 定義: 物体が面と接しながら運動しようとするとき、その運動を妨げる向きに、面に平行に働く力。記号は f がよく使われます。
- 摩擦力には、物体の運動状態に応じて2種類あります。
- 静止摩擦力 (Static Friction)
- 状況: 物体が面に接して静止しており、外から力を加えられているが、まだ動き出していない状態。
- 特徴:
- 大きさは決まっていません。外から加える力に応じて、物体が動き出さないように自動的に調節されます。
- 加える力を大きくしていくと、静止摩擦力も大きくなっていきますが、やがて限界に達します。この限界の値を**最大静止摩擦力(または最大摩擦力)**と呼びます。
- 最大静止摩擦力: 大きさは垂直抗力 N に比例し、fs,max=μsN と表されます。μs は静止摩擦係数と呼ばれる、面と物体の材質や状態で決まる定数です。
- したがって、静止摩擦力の大きさ fs は、0≤fs≤μsN の範囲で変化します。
- 動摩擦力 (Kinetic Friction)
- 状況: 物体が面上を滑って運動している状態。
- 特徴:
- 大きさは、物体の速さによらずほぼ一定であると近似されます。
- その大きさは垂直抗力 N に比例し、fk=μkN と表されます。μk は動摩擦係数と呼ばれる定数です。
- 向きは常に、物体の運動の向きと逆向きです。
- 一般に、同じ接触面では、動摩擦係数は静止摩擦係数より小さいか等しくなります(μk≤μs)。つまり、一度動き出してしまえば、動き出す瞬間の抵抗よりも小さな力で動かし続けることができます。
6. 力のつりあいと剛体の静力学
物体が静止し続けている、あるいは等速直線運動を続けている状態は、物理的に非常に重要です。この状態では、加速度がゼロであるため、運動方程式は力のつりあいの式となります。
6.1. 力のつりあい条件
- 質点の場合:
- 物体(質点)に働くすべての力のベクトル和(合力)がゼロであること。
- ∑F
=F
1+F
2+⋯=0
- 実用上は、座標軸を設定し、各軸方向の力の成分の和がゼロである、という連立方程式を立てます。
- x方向の力のつりあい: ∑Fx=0
- y方向の力のつりあい: ∑Fy=0
- 静力学 (Statics)
- 物体が静止している状態を専門に扱う分野を静力学と呼びます。建築物の設計など、工学的に極めて重要な分野です。
6.2. 静力学問題の解法プロセス
静力学の問題は、運動方程式を立てるプロセスとほぼ同じですが、加速度がゼロである点が異なります。
- 着目物体(または部分)を明確にする。
- 働く力をすべて図示する。(最重要)
- 座標軸を設定する。
- 力を軸方向に分解する。
- 各軸方向について、力のつりあいの式を立てる。
- 「上向きの力の和」=「下向きの力の和」
- 「右向きの力の和」=「左向きの力の和」
- 連立方程式を解いて、未知の力(張力、垂直抗力など)を求める。
6.3. (発展)剛体のつりあい:力のモーメントの導入
- 剛体 (Rigid Body)
- 大きさがあり、力が加わっても変形しない理想的な物体。
- 質点とは異なり、剛体は場所を移動する並進運動に加えて、その場で回転する回転運動も行います。
- 剛体が静止し続けるための条件
- 剛体が完全に静止するためには、並進運動も回転運動も起こらない必要があります。そのためには、2つの条件が同時に満たされなければなりません。
- 力のつりあい: 物体に働く合力がゼロであること(並進運動を起こさない条件)。
- ∑F
=0
- ∑F
- 力のモーメントのつりあい: 任意の点のまわりの力のモーメントの和がゼロであること(回転運動を起こさない条件)。
- ∑M
=0
- ∑M
- 力のモーメント (Moment of Force) とは
- 物体を回転させようとする能力の大きさを表す量です。トルク(Torque)とも呼ばれます。
- ある回転軸からの距離が r の点に、角度 θ で力 F が働くとき、力のモーメントの大きさは M=r(Fsinθ)、すなわち「回転軸から力の作用線までの垂直距離」×「力の大きさ」で定義されます。
- 力のモーメントには向き(回転の方向)があり、反時計回りを正、時計回りを負と約束することが多いです。
- この概念は、Module 4「回転運動」でさらに詳しく学びますが、シーソーのつりあいなどを考える際に、その基礎的な考え方が現れます。
7. 運動量と力積の関係
ニュートンの第2法則 F=ma
は、運動を記述する上で万能に近いですが、衝突や合体・分裂のように、力が瞬間的に、しかも複雑に変化するような現象を扱うには不便な場合があります。このような問題を鮮やかに解決するために導入されるのが、「運動量」と「力積」という新しい物理量です。
7.1. 運動量 (Momentum)
- 定義: 質量 m の物体が速度 v
で運動しているとき、その運動の勢いを表す量として、質量と速度の積で定義されます。
- p
=mv
- p
- 特徴:
- 速度がベクトルであるため、運動量もベクトル量です。その向きは速度の向きと同じです。
- 単位は [kg・m/s] となります。
- 同じ速さでも、質量の大きい物体(トラック)の方が、質量の小さい物体(自転車)よりも運動量が大きく、止めるのが困難です。運動量は、このような運動の「止めにくさ」の指標とも言えます。
7.2. 力積 (Impulse)
- 定義: ある物体に力 F
が、時間 Δt の間だけ作用したとき、その力が物体に与えた衝撃の効果を表す量として、力と時間の積で定義されます。
- I
=F
Δt (力が一定の場合)
- I
- 力が変化する場合:
- 衝突のように力が時間的に変化する場合は、F-tグラフを描いたときの、グラフと時間軸で囲まれた面積が力積の大きさになります。
- 数学的には、力の時間積分として定義されます。I
=∫F
(t)dt
- 特徴:
- 力がベクトルであるため、力積もベクトル量です。その向きは力の向きと同じです。
- 単位は [N・s] ですが、N = kg・m/s² なので、[kg・m/s] となり、運動量の単位と一致します。これは単なる偶然ではありません。
7.3. 運動量と力積の関係式
運動量と力積を結びつける、極めて重要な関係式を導出します。
- 導出:
- ニュートンの運動方程式 F
=ma
から出発します。
- 加速度の定義 a
=ΔtΔv
=Δtv
′−v
を代入します。(vは前、$v’$は後の速度)
- F
=mΔtv
′−v
- 両辺に Δt を掛けて整理すると、
- F
Δt=mv
′−mv
- F
- ニュートンの運動方程式 F
- 関係式:
- I=Δp
- (物体が受けた力積)=(物体の運動量の変化)
- 物理的意味:
- この関係式は、ニュートンの第2法則を言い換えたものに他なりません。
- 「力を時間にわたって加えると(力積)、物体の運動状態(運動量)が変化する」という、運動法則の本質を別の角度から表現しています。
- バットでボールを打つような衝突現象では、接触している間の力 F を正確に知るのは困難ですが、衝突前後の速度(運動量)を測定すれば、ボールが受けた「力積」の合計を知ることができます。
7.4. 運動量保存則への布石
この運動量と力積の関係は、Module 3で学ぶ物理学の大法則「運動量保存則」への重要な布石となります。
- 考察: 2つの物体A, Bが衝突する状況を考えます。
- 作用・反作用の法則により、AがBから受ける力積 I
AB と、BがAから受ける力積 I
BA は、大きさが等しく向きが逆になります (I
AB=−I
BA)。
- 運動量と力積の関係から、
- Aの運動量変化: Δp
A=I
AB
- Bの運動量変化: Δp
B=I
BA
- Aの運動量変化: Δp
- したがって、Δp
A=−Δp
B、すなわち Δp
A+Δp
B=0
となります。
- これは、「2物体全体の運動量の合計は、衝突の前後で変化しない」ことを意味します。これが運動量保存則の本質であり、次回モジュールで詳しく探求していきます。
- 作用・反作用の法則により、AがBから受ける力積 I
【Module 2 まとめ】
本モジュールでは、古典力学の第一の柱である、質点の運動と力の関係について体系的に学びました。
- 運動の記述(キネマティクス): 運動を記述する言語として、変位・速度・加速度というベクトル量を定義し、それらが微分・積分の関係で結ばれていることを見ました。特に、加速度が一定という重要な状況である等加速度直線運動の3公式とその意味、そして平面運動を成分ごとに独立に解析する「運動の独立性」という強力な原理を学びました。
- 運動の法則(ダイナミクス): 運動の原因である「力」と運動の変化を結びつけるニュートンの3法則を学びました。特に、力学の根幹をなす運動方程式 ma=F を正しく立て、問題を解くためのアルゴリズムを習得しました。また、重力、垂直抗力、張力、摩擦力といった、現実世界で出会う様々な力の性質を理解しました。
- 法則の応用: 加速度がゼロの特殊な場合として、力のつりあいと静力学の考え方を学びました。さらに、ニュートン力学を別の視点から捉え直す運動量と力積という概念を導入し、**「力積が運動量の変化に等しい」**という重要な関係式を導きました。
Module 2であなたが手に入れたのは、目の前の物理現象を「力」という観点から分析し、その未来を予測するための普遍的な思考ツールです。このツールは、この先の物理学のすべての分野で形を変えて登場します。
次の**Module 3「古典力学Ⅱ:仕事、エネルギー、運動量」**では、力学の世界を全く新しい視点から眺めます。それは「仕事」と「エネルギー」という概念です。力と加速度で一つ一つ物体の運動を追うのとは異なり、エネルギーというスカラー量に着目することで、より複雑な系をよりエレガントに解き明かす手法を学びます。また、本モジュールの最後に触れた「運動量保存則」についても、詳しく掘り下げていきます。